彼女が麦わらの一味に加わるまでの話 作:スカイロブスター
世界経済新聞に不定期連載特集記事『エレジア滅亡の真実』が連日に渡って掲載され、秘密をぶちまける。
第2弾『エレジアが滅んだ日。赤髪海賊団の決断』
第3弾『歌の魔王。音楽の都に秘められた謎』
第4弾『罪なき咎を背負った歌姫』
番外記事『エレジア島の死闘。血浴のベアトリーゼ、血蛭海賊団を撃滅!』
世界経済新聞の社主“
「コヨミの奴、クールな記事を寄こしやがってっ! 歌の魔王トットムジカ? 赤髪の娘が歌姫? 血浴のベアトリーゼ? どれもこれも最高にエンターテイメントじゃねえかっ!! こいつは世界が踊るぜっ! クワハハハハハッ!」
モルガンズの機嫌に反比例し、五老星は猛烈に不機嫌だった。
「あの鳥男め」「まさか7年も前にウタウタの実の能力者がトットムジカを発動させていたとは……」「よりによって赤髪の娘か」「いつもの飛ばし記事ではないのか?」「だとしても、情報が世に出てしまった事実は動かん」
五老星達は溜息を吐き、揃って頷く。
「ともかく身柄の確保だな」「放置しておくには危険すぎる」「しかし、赤髪は黙っていないだろう」「相応の戦力を送り込まねばなるまい」「その辺りも含めて海軍に命じよう」
それにしても、と記事を見つめて五老星の一人が倦んだ面持ちで呟く。
「フランマリオンの箱庭の者がなぜエレジアに居る? この娘はニコ・ロビンの番犬ではなかったのか? 記事を読む限り、単独でエレジアに居たようだが……どういうことだ?」
答えを持たぬ他の面々は顔をしかめるだけ。
○
船足の速い巡洋艦で構成された海軍遊撃隊が一路エレジアを目指し、波を越えていく。
「この記事が事実なら、赤髪の娘は“事故”の被害者だろう。しかも、記事には自身の危険性を理解し、7年に渡って制御する術を修練していたとある。エレジア滅亡の“罪”を背負ったうえで夢を目指すという健気な少女を、問答無用で捕縛しろというのは……赤髪と戦争になるだけでなく、世間からも相当の批判を買うぞ」
遊撃隊旗艦の司令官室。
執務机に広げた新聞記事を見下ろしながら、紫髪の大柄な老人は電伝虫へ苦々しく告げた。
海軍本部特別顧問兼海軍遊撃隊司令、“黒腕”ゼファー元本部大将の懸念に対し、海軍元帥センゴクは訥々と返す。
『……だが、五老星の言う通り、赤髪の娘自身にそのつもりがなくとも、ウタウタの実の能力は悪用されたら途方もなく危険だ。制御の術とやらがトットムジカの脅威にどこまで有効なのかも分からん。赤髪の娘の身柄を予防拘禁し、危険な真似をせぬよう正しく導くことは安全保障上、妥当だ』
どこか言い訳じみた説明を並べる旧友に、ゼファーは慨嘆を返す。
「分かった。“上手くやる”」
『頼む』センゴクは砂を噛むような声で応じ『それとな、ゼファー。どういうわけか現地には“血浴”のベアトリーゼもいる。留意しておいてくれ』
「億越えの賞金首か。おつるちゃんの報告書を読んだ限りだと、かなりの戦巧者らしい」
ゼファーは目線を掲載写真へ移す。夜色の髪をした小麦肌の美女が写っていた。
『ああ。しかし、懸念すべきは戦闘能力より気質だ。あの娘は政府と海軍に強烈な嫌悪と敵意を抱いているらしい。確信犯的に妨害してくるだろう』
センゴクの見解に、ゼファーは思わず溜息が漏れた。
「政府が危険視するほど厄介な能力を持つ少女、娘を狙われて怒れる四皇、そして、強力な賞金首による妨害。厄介な任務を寄こしてくれたな」
『……すまんな。武運長久を祈る』
通信が終わると、
ドアがノックされ、ゼファーが『入れ』と許可を出す。
茶と茶請けを載せた盆を持った青髪の美女――副官の女性将校アインが入室した。御茶くみなど本来は従卒の仕事なのだが。
「どうぞ、先生」
「ありがとう、アイン」
受け取ったお茶を口に運び、ゼファーは大きく息を吐く。
「皆の様子は?」
「士気は良好で適度の緊張感を保っています。赤髪が相手でも怖気づくことはないでしょう」
アインは盆を小脇に持ち換えながら応じた。その端正な顔は実に凛々しい。
「懸念があるとすれば、捕縛対象者の持つ特異な能力ですね。耳を塞ぐ以外に対抗策が無いというのは厄介です。指揮統率に難が生じます」
「確かにな。それに、“血浴”の存在もある。こいつもかなり厄介な相手だ」
ゼファーは左手でスクエア眼鏡の位置を修正した。
尊敬する上官の意見へ大きく頷き、アインは自分の考えを口にする。
「つる中将の報告書は私も閲覧しました。対多数戦闘に長けた戦巧者のようですから、対策としては高い戦闘力を持った個人か少数で挑むべきかと」
「そうだな。だが、相手は海軍本部将官と伍して渡り合える手練れだ。生半な者では時間稼ぎも出来まい」
「私にお任せください」
アインは静かに意気軒昂し、自身を持って告げた。
「歳は精々二十歳少しでしょう? 私の能力なら無力化が不可能ではありません」
モドモドの実の能力者であるアインは、モドモドのエネルギー波を当てた対象を12歳若返らせる。否。精確には対象を12年分の時間遡行させる。仮に20歳の相手にモドモドのエネルギー波を二度当てたらば、マイナス24年の遡行により存在自体が抹消されてしまう。
難があるとすれば、射程がかなり短く、行使時に動作発光が生じること。戦闘においては初見殺しの能力でありネタ割れするとかなり厳しい。
老練なゼファーもその辺りを危惧したが、戦い前にアインの士気へ水を差す真似は控えることにした。
「お前の志願は考慮しておこう。ただし、状況次第では私やビンズが相手をすることになる。その辺りは了承するように」
「はい、先生」とアインは素直に頷いた。
優等生の教え子に少しだけ目尻を下げ、ゼファーは再び茶を口にしてから、表情を引き締めた。
「そう、状況次第だ。赤髪の娘を狙ってクズ共が動く可能性もある」
ゼファーは人生の大半を海賊との戦いに費やしてきた。数え切れぬほど多くの仲間を失ってきたし、妻子も海賊に殺され、教え子達の命と右腕を奪われた。だからこそ、海賊という人種の卑怯さ、狡猾さ、残忍さ、そして愚劣さを完全に理解している。
「政府は赤髪の娘を捕えろと命じたが、事はクズ共から守ることになるかもしれん」
○
海軍遊撃隊がエレジアを目指していた頃、赤髪海賊団の旗艦レッド・フォース号は単独でエレジアへ向かっていた。それこそ、海面を飛んでいるような船足で。
「世経め」
赤髪海賊団副長のベン・ベックマンは苦々しい顔で毒づいた。
「記事になっちまった以上は仕方ないさ」
後甲板の転落防止柵に身を預け、海を眺める“赤髪”シャンクスが静かに嘯く。その面持ちにいつもの明朗さや快活さは感じられない。
「それに……記事になったことは悪いことばかりじゃなかった。そうだろ?」
不承不承ながら、ベックマンも頷かざるを得ない。
世界経済新聞の特集記事でウタの近況が分かり、赤髪海賊団の面々は美しく育ったウタの姿に『俺達の娘は世界一の別嬪さんだ!』と大喜びし、勢い宴会を開いてしまったりもした。
そして、最新号にはウタのインタビューも記載されていた。
記事の中で、ウタは赤髪海賊団と別れてからの7年間、どれほど寂しい思いをしてきたかを隠すことなく語り、インタビューの仕舞いに――
ウタ:あの夜、私を置いて去っていった父達のことを随分と恨みました。でも、惨劇の真実と父達の真意を知った時、私は父達の大きな、とても大きな愛情を理解できました。今は父達の思いやりに心から感謝しています。
――何か伝えたい言葉はありますか?
ウタ:私はもう大丈夫だよ。エレジアで起きたことを背負って歌い続ける。いつか必ず世界最高の歌手になる。ありがとう、シャンクス。皆。大好きだよ。
インタビュー記事を読み終えた赤髪海賊団の面々――今や大海賊団の大幹部達は憚ることなく男泣きし、ヤソップなどは故郷に残してきた妻子を思ってかひときわ大号泣し、シャンクスも少しの間船長室にこもり、部屋から出てきた時は目元が赤かった。
ベックマンは煙草を口に運び、紫煙をくゆらせる。
7年前に涙を呑んで手放した“俺達”の娘。悲しませただろう。寂しい思いをさせただろう。でも、俺達も辛く苦しかった。シャンクスも可愛がっていたルフィに思わず当たるほど落ち込んだのだ。
全てはウタが世界最高の歌手になる未来を守るため。可愛い俺達の娘が夢を叶えられるようにするため。
そんな俺達の気持ちを、ウタは分かってくれていた。酷な真実を知っても、心折れず夢を目指すと言ってくれた。
あの日の決断は間違っていなかった。俺達の娘はやっぱり世界一の娘だ!
だが。とベックマンは思う。
「世経のせいで、薄らバカ共がウタを狙うようになった」
「……ああ。困ったもんだ」
シャンクスは大きく深呼吸して空を見上げ、
「ベック。俺は物心ついた頃からロジャー船長の船で世界中を旅してきた。いろんなものを見聞きして、嬉しいこともムカつくことも悲しいことも楽しいこともたくさん経験してきた。だが、これは知らなかったよ」
右拳を強く握り込む。
「自分の子供を狙われるってのは、こんなに腹が立つことなんだな」
ベックマンは船長に首肯を返して尋ねる。
「まずウタを保護する。その後はどうする? 俺達の船に囲うのか?」
シャンクスは大きく息を吐き、
「政府やバカ共に狙われる中、ウタの夢を叶えてやるにはどうすれば良いのか、俺にも分からない。ただな」
海の皇帝は断固たる意志を告げた。
「誰であろうと俺の娘に手出しはさせない」
○
世界経済新聞の特集記事が世界の一部を揺らし、誰も彼もがエレジアを目指していた頃。
エレジアの王宮で『鑑賞会』が催されていた。
『ウタという少女は危険だっ! あの子の歌は世界を滅ぼすっ!!』
記録者の悲痛な絶叫。道化染みた巨大な怪物がエレジアを破壊し、赤髪海賊団が立ち向かう。
「これがトットムジカか」ベアトリーゼは頬杖を突きながら眺め。
「スクープっ! スクープですよ、これはっ!」コヨミは手帳にペンを走らせ。
「……こんなものが遺されていたのか」とゴードンは血の気が引いた顔を覆い。
「―――」ウタは愛らしい顔を蒼白にして凍りついていた。
人面蛭野郎の襲撃から数日後のこと。コヨミが廃墟で映像電伝虫を何匹か見つけてきて、この惨状だ。
ウタは震えながら無言で映像を凝視している。瞬きすらできない。冷汗が止まらない。呼吸が浅く速くなっていて、鼓動のテンポはまるで機関銃の連射みたい。
予備情報を認識していても、覚悟を決めていても、実際に往時の映像を前にすると、その罪の恐ろしさに心が大きく軋み、激しく歪んでいく。
と。
隣に座るベアトリーゼがウタの肩に手を回して抱き寄せた。あやすように肩を撫でる。
「大丈夫大丈夫。大丈夫だよ」
「あー失敗したっ! この映像電伝虫から絵を抜いて原稿に添付しておけばっ!」とコヨミが呟く。
「コヨミ! 少しは当事者に気を使え! ゲンコツ落とすぞ!」
「おっとこれは失敬。昂奮のあまり失念していました」
叱声を飛ばす野蛮人とちっとも悪びれない新聞記者。
ベアトリーゼは鼻息をつき、映像の中で赤髪海賊団と戦う巨大な怪物を見つめる。
「しかし、こいつは何なんだろうな? 悪魔の実はたしかに何でもアリだけど、大抵は能力者の体力や技能、練度に依拠してるもんだ。これだけの巨体を実体化させるリソースはどこから得てる? 歌唱者からか? それとも、トットムジカの楽譜自体が何かしらのリソースを内包してるのか?」
冷静にトットムジカを考察し始めた野蛮人に、ゴードンとウタが目を瞬かせた。
「そんなこと考えて何の意味があるのよ」
顔を蒼くしたままのウタが
「脅威の正体を正しく把握することで対策を練り、対抗手段を講じられる」
コヨミが面白そうに口端を吊り上げた。
「当時のウタさんは9歳。この巨体を9歳児の体力だけで実体化させた、というのは考え難い気がします。ま、かといって他のリソースに心当たりがあるわけでもありませんが」
「その辺りについて何か知ってる?」
ベアトリーゼに水を向けられたゴードンは映像を見つめながら、苦しげに答えた。
「……トットムジカに関する伝承は総じて、決して触れてはならないもの、という内容ばかりで、トットムジカの正体に言及したものは覚えがない。ただ一つ言えるのは、トットムジカは意思を持っている。この夜、奴は幾重もの封印を破ってウタへ忍び寄った」
「意思、ねえ」ベアトリーゼはふと思い出し「今更だけど、トットムジカの楽譜は?」
「……この王宮の奥底に封印してある」とゴードンは呻くように自白した。
「あ? 処分してないの?」
ベアトリーゼが眉間に深い皺を刻み、逆にコヨミは好奇心を爆発させる。
「マジですか! 見たいっ! 現物を見せて下さいっ! お願いしますっ!」
「ダメだッ! アレは二度と外に出さないっ!」
声を荒げるゴードンへ、ベアトリーゼが刃で刺すように言った。
「いやいやいや、そんな危険なもんは焼くなり海に捨てるなりしなよ。なんで残してるの」
もっともな苦言を受け、ゴードンは大きくうなだれて告解する。
「……分かっている。頭では分かってはいるんだ。あんな恐ろしいものは処分した方が良い、と。でも、音楽家としての私は、あの危険な楽譜に貴重性を見出してしまっているんだ……」
「常識人のゴードンさんをして、ですか。これぞ業ですね」とコヨミは顕微鏡を覗くような目でゴードンを見つめる。
「やれやれ」ベアトリーゼは腕に抱く歌姫を一瞥し「ウタちゃん。酷なようだけど、この映像を見て何か思い出したりしない?」
酷い問いかけをさらっと寄越す野蛮人に、ウタは渋面を返しつつも答えた。
「分からない……本当にこの時のことは何も、何も覚えてないの。送別会でエレジアの人達からリクエストされた曲を歌ってて……気が付いたら街が燃えていて、シャンクス達が私を置き去りにしてエレジアから去っていくところだったから……」
尻すぼみになっていく声と沈鬱に俯いていくウタ。そんなウタの肩を優しく擦りながら、ベアトリーゼは考察し、推論を立てていく。
「ウタウタの能力者を仲介しないと実体化できない。普通の歌手とウタウタの能力者の違いは?」
「仮想世界を作れるか否か、でしょうか」とコヨミが相槌を打つ。
「カギはそこかな。デカパイお姉さんの鏡世界(ミロワールド)もそうだったけど、こういう仮想世界を作り出す類の能力は能力者の体力や練度とは別リソースがある気がするな……意識。仮想世界。実体化……」
突拍子もないことを言いだしたベアトリーゼに、ウタは『デカパイお姉さんって誰よ』と怪訝顔を浮かべ、ゴードンは理解不能と言いたげで、コヨミは興味津々なのか目を煌めかせている。
三者三様の反応を向けられる中、ベアトリーゼは穴開き靴下みたいな前世記憶やら抜けだらけの原作知識やらも持ち出して頭を捻り、SF的想像を構築して言語化した。
「理屈として辻褄を合わせるなら、トットムジカは集合無意識の収束体であり、ウタウタの実の能力者が構築する仮想世界で具現化し、何らかの方法で現実世界に実体化を遂げる。
ただし、その実体化は能力者の意識が保持されている間だけ、か。実体化の原理を解き明かして、保持の永続性を実現できれば世界がひっくり返るな」
ベアトリーゼのトンデモ考察に対し、
「アンタ、何言ってんの?」
呆れるウタの顔には、もう恐れも不安もなかった。
○
数日の時が流れ――
彼らは来た。
奇しくも時を同じくして。
羊みたいな雲の群れが流れる晴天の早朝。エレジアの三人娘は灯台の塔頂部から穏やかな海を一望し、
「精鋭の海軍遊撃隊。四皇の赤髪海賊団。それと、箸にも棒にも掛からぬ海賊船が数隻、と。これはビッグニュース間違いないですよっ! フィルムが足りるかなーっ!」
大ドンパチ間違いなしの状況にコヨミがはしゃぎまくる。
「思ったよりバカ共の数が少ないな。道中で沈められたかな」
ベアトリーゼはアンニュイ顔を浮かべながら、指先に高周波を生じさせてダマスカスブレードの刃を磨く。
その隣では、ウタがレッド・フォース号から一瞬たりとも目を離さない。
「シャンクス……皆……」
そして、戦いが始まる。
歌姫を巡る戦いが。
Tips
ゼファー
原作キャラ。劇場版『FILM Z』のキャラ。
原作時系列だと、実はまだ海軍に復帰してない。本来はこの一年後に復帰して海軍遊撃隊を率いる。
アイン
原作キャラ。劇場版『FILM Z』のキャラ。
ネット情報によると、女性海兵では珍しくスカートを穿いたキャラなんだとか。
シャンクス
原作キャラ。
世界経済新聞の記事に一喜一憂。娘が狙われる状況に大変御立腹。
トットムジカに対するトンデモ考察。
作者が捻りだした戯言。異議異論はあって当然。