彼女が麦わらの一味に加わるまでの話   作:スカイロブスター

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5:マーケットへようこそ

 砂と岩しかないと語られる島は、遠目には一個の岩塊にしか見えない。

 島の中央に鎮座する岩が巨大すぎるから。

 

 そして世評の通り、島そのものは赤茶けた砂と無数の岩に覆われており、植生が非常に乏しい。

 見るからに不毛の土地で、ベアトリーゼは忌々しい故郷を思い出して仏頂面を作った。

 

 テルミノの武装商船が島に近づくと、島から小型船がやってくる。舳先に立つ事務員染みた丸腰の男がメガホンを口に当てて、言った。

「取扱品は何ですか―――っ?」

 プリティに困惑したテルミノは正直に、この島へ初めてきたことを告げ、説明を求めた。

 

 すると――

「マーケットには港がいくつかありましてーっ! 取扱品ごとに入港先が異なりまーすっ! というわけで取扱品は何ですかーっ!?」

 船を寄せて普通に会話できる距離になっても、事務員男はメガホンで話しかけてくる。うるさい。

 

 耳を押さえながら、テルミノは積荷の内容と牽引する鹵獲海賊船の売却を申し出る、と。

「わかりましたーっ! それではーっ! 7番港に入ってくださーいっ! そこで係の者が停泊場所へーっ! 誘導しまーすっ! 現地の者の説明を聞きーっ! 指示に従ってくださーいっ!」

 うるせェ。

 

 

 

 で。

 

 

 

 ベアトリーゼとロビン、テルミノ一行は上陸してマーケットに到着した。

 

 マーケットは全10港からなる大型港湾都市であり、数学的無秩序さで構成されていた。

 

 港湾区画から蜘蛛の巣状に広がる様々な通りに、木造の建物、石造の建物、煉瓦の建物、近年流行り始めたコンクリート製の建物、大中小の天幕、掘っ立て小屋やバラックが乱雑に軒を並べ、ジェンガみたく縦方向にもいい加減な建築を積み重ねている。

 

 店舗を持たずに荷車や路上で直接商っている者も多く、そこかしこに多種多様な屋台と露天商の連なりがある。辻の陰では見るからに怪しい売人達が商売に精を出しており、水商売が多い辺りでは男女と財布の駆け引きが繰り広げられていた。

 

 マーケット内は様々な人種や民族の見本市だった。

 白髪銀髪金髪茶髪黒髪、栗色に焦げ茶に赤毛、緑に青にピンクにエトセトラ。瞳の色や肌の色の多種多彩。老若男女に大きい奴に小さい奴、ヒレが生えている奴に毛むくじゃらの奴。様々な宗教や民俗衣装に身を包んだ奴。

 商人。従業員。店員。仲買人。卸売人。運送業者。案内業者。盗賊と山賊と海賊。賞金稼ぎと用心棒と傭兵。海軍の将兵と世界政府のスパイとどこぞの公務員。個人客と団体客。スリと置き引きと詐欺師。お金持ちからルンペンまで。居ないのは天竜人くらいだろうか。

 まさに混沌と混雑そのもの。

 

「なんとまあ」「凄いわね」

 燦々と輝く陽光が生み出す鮮烈な明暗と陰影。砕石舗装された路面が熱気を漂わせている。

 

 お上りさんのように周囲を見回し、感嘆を漏らすベアトリーゼとロビン。

 この街より栄えた街はいくらでもあるだろうが、このカオスな光景はちょっと覚えがない。それに野心と欲望に満ちた活気が凄まじい。

 

 不意に、ベアトリーゼの穴あき前世記憶が囁く。ニューヨークでもここまで人種/民族のるつぼじゃなかったなぁ、まさに異世界の光景だ。

 

「ビーゼ?」気づけばロビンがこちらの顔を覗き込んでいた。「どうかしたの?」

「ん。何でもない。人混みの凄さに気圧されたかな」

 ベアトリーゼが小さく頭を振っていると、

「よぉ、姉ちゃん達。初見さんだろ?」

 12歳くらいのクソ生意気そうな少年が声を掛けてきた。

 

 クソ生意気そうな少年は視姦するようにベアトリーゼとロビンを見回し、ナイフみたくギラギラした目つきでベアトリーゼが左手に持つトランクケース――大金が詰まっている――を見つめながら、続ける。

 

「俺はナップ、案内業者だ。3000ベリーでどこへでも連れて行ってやるぜ。それと、別の御用向きも請け負ってるぜ」

 ナップと名乗ったクソ生意気な少年は股間をぽんと叩き、ニヤリ。

「俺はスゲーデカチンでスゲーテクニシャンだからよ。ゴクジョーの一夜を味わわせてやるぜ。姉ちゃん達はイケてっからよ、3Pなら二割引にしてやるぜ」

 

 12歳くらいの小僧から下品な言葉モリモリで売春を持ちかけられ、ベアトリーゼとロビンは唖然として互いの顔を見合わせ、ナップへ応じる。

「他に当たれ、坊主」

「遠慮させてもらうわ」

 

「ンだよ、尻軽そうな見た目してるくせにお固ェな。エロいナリしてンじゃねーよ紛らわしい」

 悪態を吐くナップ少年。

 

「……拳骨食わせていいかな?」と微かに眉目を吊り上げたベアトリーゼ。

「子供相手に大人げないわよ」

 相棒を宥めるロビンもイラッとしているようで、口元がかすかに引きつっていた。

「古書を取り扱う店はどこかしら?」

 

「3000ベリー。前払いだぜ、黒髪のイケてる姉ちゃん」

 ナップ少年はずいっと右手を差し出した。

 

     ○

 

「この街にゃあ王様や頭目みてェな人間はいねェ。それぞれの通りや地域に顔役はいるが、それだけだ。細々としたトラブルは日常茶飯事だけど、マーケットが潰れちまうようなデカいドンパチは起きねェからな。王様みてェなもんは要らねェんだよ」

 ロビンの求めに応じ、2人を古書店街へ案内しながらナップが語る。

 

「まるでリバタリアね」とロビン。

「そこまで高尚なもんじゃないと思う」

 ベアトリーゼはマーケットの様相とナップの説明から、故郷の盗賊市や闇市を思い出していた。規模は桁違いであるし、故郷のものほど殺伐でも野蛮でもないが。違法で非合法なのに誰もが堂々と商売している雰囲気は、ニューヨークのキャナル・ストリートに近いかもしれない。

 

 多種多様な料理が並ぶ屋台群からは様々な匂いが漂っている。嗅覚が痺れそうなほど甘ったるい臭い。判別不能なほど様々な香辛料と発酵食品の臭い。

 東西南北の海に生息する動物達の剝製や骨格標本を扱う店。世界中の民族衣装を並べる店。所狭しと様々な工作機械を積み上げている店。

 ある通りは全ての店が人形を扱っていた。ヌイグルミからビスクドール、市松人形に球体関節人形まで。本物の人間の骨と皮を使って作られたという球体関節人形がショールームに展示されており、虚空を見つめるガラス玉の瞳がどこか物悲しい。

 

 そうして古書店が軒を連ねる通りへ辿り着く。インクと紙の香りが通りを包んでいた。文化的商材を扱っている関係か、通りを行き交う人々も他の通りと違って知的な印象を受ける。

 

「これ全部古本屋なの?」

「そうだぜ、小麦肌のイケてる姉ちゃん。この通りに並んでる全部が古本屋だ。絵本の専門店だったり、純文学の専門だったり、てな具合さ」

 ベアトリーゼの問いにナップはどこか得意げに返した。

「ここが黒髪のイケてる姉ちゃんの御要望した古書店街だが、一店一店巡ってたら何日あってもたりゃあしねェぜ。具体的にどんな本を探してんだ? 古代のセックス指南書か? それとも、発禁になったエロ小説か? 溜まってるならエロ本より俺のデカチンをお勧めするぜ」

 

 下品なジョークを飛ばすクソガキに、ベアトリーゼはいよいよ拳骨をくれてやろうかと思案する。ロビンはやれやれと言いたげな嘆息をこぼし、静かに言った。

「歴史関係の古書を扱っている店は?」

 

「歴史関係? オハラが海軍にふっ飛ばされたおかげで歴史絡みの古書はどれもこれもプレミア価格がついてるぜ。出来の悪い写本や贋作が多いから気ぃ付けるこった」

 ナップ少年の言葉は棘のようにロビンを刺激したが、冷静沈着なロビンは感情を表に出すことはなく、案内についていく。

 

 ベアトリーゼはロビンの心情を慮りつつも、密やかに周囲を警戒し続けていた。

 というのも、ベアトリーゼの見聞色の覇気が複数の脅威を捕捉していた。

 捜索探査範囲内に悪魔の実の能力者と覇気使いが複数人おり、海軍関係者も少なくないようだ。こいつらのうち、半数はベアトリーゼでも対処可能だが、残る半数は……かなり際どい。もしかしたら勝てないかもしれない。

 

 流石はグランドラインの有名スポット。やばそうなのが普通に買い物してやがる。

 もしかしたら原作のネームドがいるかも。

 まあ、居ても分からない奴だったらどうしようもないけど。

 

 前世知識といってもしょせんは穴あき靴下状態。主要キャラ以外はうろ覚え。

 はたして遭遇しても、ネームドだと分かるかしら。

 

      ○

 

 案内された古書店は仄暗い。外の暑気が一切届かぬらしく、どこかひんやりしている。並べられた書架には古書がぎっしりと詰め込まれていて、どれも年代物らしかった。

 書籍のページをめくるよりロビンに語ってもらう方が好きなベアトリーゼにはあまり感動を覚えない光景だが、ロビンは思わず拳を握り込んでいた。

 

 軽く見回しただけでも、『全知の樹』に収蔵されていたものと同じ書籍をいくつか確認できた。込み上げてくる懐かしさと郷愁。胸を刺す喪失感。ロビンは形の良い唇を細め、密やかに深呼吸して揺れる心情を整えた。

 

 ロビンは店の奥へ進み、カウンターで新聞を眺めている店主らしき初老男性の許へ向かう。

 店主は着流しをまとった魚人だった。両腕から胸元に和彫り調の刺青が走っており、爪楊枝をくわえながら新聞のページをめくっている。

 

「店主さん。少し良いかしら」とロビン。

「御用向きは何かね、黒髪のお嬢さん」

 魚人店主は新聞をカウンター台に置いてロビンへ向き直る。

 

「信頼できる第一級資料を探しているの」

 ロビンは一瞬、視線を外して店内を窺う。

 客は自分とベアトリーゼだけ。案内を終えたナップ少年は既に去っている。それでも、ロビンは人の耳目を避けるように声を潜め、告げた。

「特にポーネグリフ関連の資料が欲しい。情報でも構わない」

 

「……黒髪のお嬢さん。そいつはお勧めしないな」

 魚人店主は目を鋭くし、殺気に似た剣呑な雰囲気をまとって続けた。

「十数年前にオハラが焼かれた理由は、ポーネグリフを研究してたせいってェのがもっぱらだ。あそこは学者バカばかりだったから、手前らが死刑台に向かって突っ走ってることに気付いてなかったのさ。お嬢さんはまだお若い。歴史を学びたいなら違う切り口を選んだ方が良い」

 

 ぎゅっと拳を握り込むロビンを横目に、ベアトリーゼが口を開く。

「随分と事情通のようだけど?」

 

「古書に大枚をはたく人間はそう多くないのさ。まして魚人相手に気持ちの良い商売をする人間はな、小麦肌のお嬢さん」

 魚人店主は顎先を掻きつつ、

「オハラは良いお得意様だった。特にクローバーの旦那は金払いがよかった。稀覯本や禁書の類をポンポン買ってくれたもんさ」

 ロビンをじっと見つめる。

「黒髪のお嬢さんはオハラで見た若い女先生によく似てるな」

 

「――!」

 息を呑むロビン。無言で警戒心のギアを一段上げるベアトリーゼ。

 

「まあ、あんたが“どこの誰か”なんてこたぁ大した問題じゃあないがね」

「なら、望みの品を売ってくれるの?」とベアトリーゼ。

 

「個人的にゃあ若いお嬢さん方を死地に放り込むような品を売りたかないンだが……お嬢さん方に関しちゃあ“今更”かな」

「ええ」「そうだな」

 ロビンは覚悟を決めた顔つきで、ベアトリーゼはいつものアンニュイ顔で大きく首肯した。

 

「お嬢さん方の希望に叶う資料は二冊ある。一冊は手元にあって、こいつは今から500年ほど前に考古学者が書いたポーネグリフ研究の資料だ。学者先生の名前を取ってヴァイゲル草稿と呼ばれてる。内容の信頼性は少しばかり怪しいが、貴重な一冊だ」

 魚人店主は顎先を掻きながら語り、顔をしかめて続けた。

「もう一冊だが、こいつはもう売っちまった。13のポーネグリフの内容が記録された冒険家ハッチャーの日誌、その写本だ」

 

「ポーネグリフの内容が記してある、ですって? そんなものが――」

「残念ながら内容はこの世界の歴史や情報に関して記されたものじゃない。ポーネグリフの中身は現地に関するメモ書きみたいな内容ばかりだ。オハラの学者が望むようなものではなかったらしい。実際、クローバーの旦那も購入しなかった」

 

「……その売り先は?」とロビンが問えば。

「ヌーク兄弟という海賊だ。もっとも、今の奴らは海賊というより」

 刺青塗れの腕を掻きつつ、魚人店主はやや困り顔で言った。

 

「遺跡荒らしだがね」




Tips
 人種
 ワンピース世界の人種や民族は多種多様。

 リバタリア
 伝説の海賊都市。ゲーム『アンチャーテッド4』のストーリーラインはリバタリアの発見を目指すもの。

 キャナルストリート
 ニューヨークで有名な盗品市場。今は盗品より偽ブランド品や違法コピー品などパチモノが主流らしい。

 ナップ少年
 オリキャラ。クソ生意気な12歳。アメリカ製ティーン向けドラマにはこういうマセた悪ガキが必ず出てくる。

 魚人の店主。
 イメージ的にはVシネマに出てくるセリフ下手な役者。

 ヴァイゲル草稿
 実在の神秘学者ヴァレンタイン・ヴァイゲルに由来。語感が良かったから。

 ハッチャー日誌
 実在のトレジャーハンター、マイケル・ハッチャーに由来。現代で最も成功したトレジャーハンター兼沈没船サルベージ業者だとか。
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