彼女が麦わらの一味に加わるまでの話   作:スカイロブスター

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エレジア編が長引いているので、まくるためにちょっと長めです。

佐藤東沙さん、烏瑠さん、トリアエーズBRT2さん、金木犀さん、誤字報告ありがとうございます。


50:緊急クエスト『魔王を討伐せよ』

 歌姫が歌い始めた瞬間、悪意の楽譜は黒い粒子に姿を変える。

 どす黒い“それ”は渦巻きながらウタの身体を包み込み、爆発的に肥大化した。“それ”から溢れた飛沫が球頭の黒兵に変化し、軍団を形成する。

 実体を得た“それ”は灯台を押し潰し、港湾施設を押し崩しながらどんどん巨大化し、道化のような姿を成していく。

 

「トットムジカ」

 シャンクスは怪物の名を呟き、

「……お前が俺の娘を泣かせるのは、これで二度目だ」

 静かに、だが激甚に憤怒しながら、トットムジカを睨み据えていた。握りしめた愛剣グリフォンの柄がみしみしと悲鳴を漏らす。赤髪海賊団の面々も青筋を浮かべ、眉目を限界まで吊り上げていた。

 

 距離が遠く、ウタの悲愴な叫びは彼らの耳朶に届かなかった。しかし、彼らは確かに聞いた。助けを求める娘の叫びを。

 もはや是非はない。如何なる法も如何なる理も如何なる権も、天すらも彼らを止められない。

 

 怒れる海の皇帝は愛剣の切っ先を魔王へ向け、宣告する。

「ウタを返してもらうぞ」

 

      ○

 

「あれが、歌の魔王トットムジカ」

 アインが美貌を蒼白に染めて呻き、どこか縋るようにゼファーを窺う。

「赤髪の娘が我々を倒すために召喚したのでしょうか?」

 

「違うな。おそらく何らかの事態で暴発的に生じたものだ」

 ゼファーは機械仕掛けの巨大な右腕を弄りながら、漆黒の怪物を真っ直ぐ見つめる。

 

 距離が遠くて聞こえなかった。が、ゼファーは確かに聞いた。

 父に助けを求める娘の叫び声を。

 

 そして、その叫び声はゼファーの心の傷を強く刺激した。

 ゼファーの妻と子は自身を逆恨みする海賊に殺された。自身の教習艦を海賊に襲われ、アインとビンズを除く全ての教え子を殺された。

 

 一日とて忘れたことがない。

 おそらく最期まで自分に助けを求め続けただろう妻と子。抱きしめた2人の亡骸の冷たさを。忘れたことがない。

 

 流血に染まっていく教習艦。片腕を落とされて動けなくなった自分の前で殺されていく教え子達の姿を。教え子達の断末魔を。助けを求める彼らを守れなかったことを。片時も忘れたことがない。

 

 遊撃隊を指揮し、どれほど海賊を叩き潰しても決して薄れぬ怒り。どれほど海賊をぶち殺しても癒えぬ後悔と無念。倒しても殺しても心の傷は血を流し続けてきた。

 

 だから、ゼファーは即断した。躊躇も逡巡も無かった。

 赤髪の娘が罪なき罪を背負って夢を目指すと語る記事を読んでいたことも、彼の決断を後押ししたのかもしれない。

 

 今度こそ。今度こそ救ってみせる。

 

「二番艦も離脱し、他艦と合流して海上待機せよ。当艦のみエレジア港へ強行突入、トットムジカを打倒して赤髪の娘を保護する。ただし、この突撃は俺だけで行う。他の者は俺が上陸次第、旗艦と共に下がれ」

 ゼファーは矢継ぎ早に命令を発する。

 トットムジカの事前情報――海軍資料や世経の特集記事から判断する限り、あれに通常兵器や生半な武力は通じない。高練度の覇気使いか能力者でなければ。

 つまり、自分だけだ。

 

 唖然とするアインが口を開こうとした矢先、

「艦隊の保全はともかく、我らに対する命令は誤っておられますな」

 旗艦の艦長が静かに言った。

「たとえ役に立たずとも、勝ち目がなくとも、海兵には戦わねばならん時があります。後に犬死と嘲られようとも、海兵には示さねばならん時があります。それに、我らにもしかと聞こえましたよ。助けを求める少女の声が。これに応えずして何が正義か。助けを求める”市民”を救わずして何が海兵か。違いますか?」

 

「情に絆されて艦と部下を危険に晒すか。降格ものの判断だぞ」

 渋面を浮かべるゼファーへ、艦長は柔らかく微笑んだ。

「心無き正義は暴力に過ぎぬと、貴方に教わりましたので」

 

 艦長の言葉に強く頷き、アインが一歩前に出て叫ぶ。

「先生と共に魔王へ挑む者は一歩前へっ!」

 即座に全員が一歩前に進み、これ以上ないほど見事な敬礼をする。

 

「全員、教育隊からやり直しだな」

 仰々しく溜息をこぼし、ゼファーは叫ぶ。

「これより、海軍遊撃隊はトットムジカより少女を救出するっ! 相手は魔王を称する化物とその軍勢だ。総員、戦闘用意っ!!」

 

 アイ・コマンダーッ!

 海軍将兵達の雄叫びが水面を揺らす。

 

      ○

 

 幸か不幸か、ウタウタの実の力を行使した魔王の歌を聞いた者は、灯台へ急行中のベアトリーゼだけだった。赤髪海賊団と海軍遊撃隊は距離が離れており届かなかった。コヨミは可聴圏外に脱していた。

 

 自我意識を仮想世界へ転送されたベアトリーゼの肉体は制御を失い、飛翔の慣性のまま水面を水切り石のように幾度か跳ねた末、港に水没した。コヨミが慌てて回収しなければ、そのまま溺死していただろう。

 

 コヨミは愛シャチ・チャベスの背にベアトリーゼを引っ張り上げた後、巨大な道化の化け物をカメラで撮影し、祈るように呟く。

「皆さん、ハッピーエンドをお願いしますよ」

 

      ○

 

「ᛗᛁᛖ ᚾᛖᚷ ᛟᚾ ᚷᛁᛖᚲ ᚷᛁᛖᚲ ᚾᚨᚺ ᛈᚺᚨᛋ ᛏᛖᛉᛉᛖ ᛚᚨᚺ 」

 歌姫が魔王の歌を紡ぎ編み続けている。

 

「中二病系JPOPで召喚される魔王とか、どんなラスボスだよ」

 全方位全周囲が新月の夜色に染まった空間で、ベアトリーゼは毒づいた。

 

 非現実的世界の中、たった独りで魔王トットムジカと黒兵の軍勢に対峙しながらも、その物憂げな顔に焦りも不安も恐れもない。

 自分を見下ろし、裂けたような大きい口の両端を吊り上げる魔王へ、ベアトリーゼはダマスカスブレードにプラズマ光をまとわせ、宣言する。

「お前、私の友達を泣かせてタダで済むと思うなよ」

 

 ベアトリーゼの宣戦布告を契機に、魔王と黒兵の軍勢が動き出す。

 魔王の右目と帽子の竜飾り、胸元に浮かぶ髑髏飾りから真っ赤な破壊光線や黒い雷電がしっちゃかめっちゃかに放たれた。

 光線と雷電が荒れ狂い、黒兵の大群がベアトリーゼ目掛けて雲霞の如く殺到する。

 

 が、ベアトリーゼは迷うことなく黒兵の大群へ逆襲突撃を敢行した。

 破壊光線を掻い潜りながら一挙手一投足で黒兵達を容易く蹴散らし、ベアトリーゼは猛々しく魔王を嘲笑う。

「おい、もっと本気出せよ。八つ裂きにしちまうぞ、マヌケ面っ!」

 

      ○

 

 遊撃隊旗艦の全砲と海兵達の銃火器が合唱する。

 銃砲弾は魔王にかすり傷すら付けられない。が、取り巻きの黒兵を薙ぎ払い、遊撃隊最大戦力たる“黒腕”ゼファーの突撃路を切り開く。うち漏らしの黒兵を直掩のアインが二丁拳銃と双剣で始末し、魔王の破壊光線や雷電をビンズの操る植物の盾が防ぐ。

 

 部下達の啓開した道を駆け抜け、古豪は“不自然”にして“反自然”的存在の魔王に、自然の母たる海の力――海楼石を宿した巨腕を叩きつける。

「スマッシュバスターッ!」

 

 巨人族すら容易く沈める剛腕の一撃。しかし、

「! この手応えは――」

 魔王は全く動じることなく鍵盤模様の巨腕を振るう。巨大な爪撃がゼファーを直撃する間際、精妙にして獰猛な剣戟が魔王の巨腕を弾き飛ばした。

 

 四皇の一人“赤髪”シャンクスが愛剣を肩に乗せ、ゼファーの許へ歩み寄る。

「随分と久しいな、ゼファー。俺がロジャー船長の船に乗っていた頃以来か?」

 駆け寄ってきたアインとビンズがシャンクスへ得物を向け、同じく追いついてきた赤髪一味がゼファーを睨む。

「ここへ何しに来た?」

 

 返答次第ではこの場で斬ると言いたげなシャンクスに、ゼファーは左手でスクエア眼鏡の位置を直しながら応じる。

「海軍軍人として怪異に襲われている少女を救いに来ただけだ」

 

 意外な回答に目を瞬かせ、シャンクスはにやりと男気溢れる笑みを浮かべた。

「そうか。そりゃ心強いな」

 

 フン、とゼファーは不快そうに鼻を鳴らし、魔王をぎろりと見据える。

「アレはどうなっている。手応えが妙だったぞ」

 

「ああ」シャンクスは顔を引き締めて「7年前もそうだった。あの時はウタの体力が尽きて収まったが……」

「……なるほど。お前達でも止められなかった訳はそれか。だが、これまで封印されていた以上、倒す術もあるはずだな」

 歴戦の古兵が自問するように呟いたところへ、

 

「どういうことだ!? なぜ、またトットムジカが現れた!?」

 港へ駆けつけてきたゴードンが汗塗れの顔で叫喚し、シャンクスに気付いて仰天する。

「シャンクスッ!? 君も来ていたのかっ!? いったい何が起きたんだっ!?」

 

「久しぶりだな、ゴードン。いろいろ積もる話があるが……」

 動揺と狼狽で半狂乱状態のゴードンへ問う。

「まずは奴からウタを取り返してからだ。ゴードン、奴を倒すにはどうしたらいい?」

 

「え、た、倒す? トットムジカを?」

「倒す手立てはあるのか、ないのか、どうなんだ元エレジア王」

 厳めしい老雄に詰問され、ゴードンは怯みつつも知識を開陳する。

「私が調べた限りでは、現実世界と仮想世界で同一部位を同時に攻撃することで、効果があるようだが……」

 

「そりゃ不味いな。仮想世界(あっち)には誰も――」

「いや……お頭、一人だけいるぜ。あー」

 見聞色の覇気の強力な使い手であるヤソップが困惑顔で言った。

「美人のねえちゃんが大暴れしてる」

 

       ○

 

 ベアトリーゼは新月の夜色の世界を蹂躙していた。

 地を飛び、天を駆け、宙を舞い、空を躍る。刃を振るい、拳を繰り出し、蹴りを放つ。

 軽やかに光線を避け、滑らかに雷電をかわし、黒兵達を切り裂き、貫き穿ち、刺し抉る。殴り砕き、蹴り潰す。

 

 黒兵達を撃破する度、身体が軽く速くなり、繰り出される攻撃が鋭く重くなっていく。

 黒兵達を駆逐する度、知覚が研ぎ澄まされ、思考が加速して明敏になっていく。

 

 四方八方を敵に囲まれ、巨大な怪異を相手にしながら、自身が妙域に至っている感覚を抱いていた。

 身体は思い描く以上に躍り、技は考える以上に切れる。心が不思議な解放感と孤独感にたゆたっている。俊敏な内線機動と機を操る心法に惑わされた黒兵達が乱れ、その間隙を逃さず放たれる一撃は黒兵の戦列を鎧袖一触に引き裂いた。

 

 巨大な魔王へ通じる一筋の道を迅雷の如く駆け抜け、ベアトリーゼは武装色の覇気で漆黒に染めた必殺拳を叩き込む。

「―――!?」

 手応え無し。

 

 続けて、拳打足蹴を叩き込み、プラズマ光をまとう両手両腕の四刀で刻み込む。打撃も斬撃も感触はあったが、まったく効いていない。

 

 ベアトリーゼは苛立たしげに美貌を歪める。

 一刻も早くウタを助けねばならないというのに――

 

 反撃の光線が放たれるも、ベアトリーゼはプルプルの実の力で光線自体の波長を狂わせ、大減衰/散乱させた。それでも、光線の残滓に肌を焼かれ、肉を削がれる。

 

「鬱陶しいんだよっ! さっさと死にやがれっ!!」

 悪魔も泣きそう(デビルメイクライ)な凶気を発しながら、迫りくる黒兵達諸共に魔王の横っ面を思いっきり蹴り飛ばす。

 

 と、今まで平然としていた魔王が大きく仰け反った。顔にヒビが走り、体表面がガラス片のように剝離する。

 悲鳴を上げる魔王に、ベアトリーゼは怪訝そうに片眉を上げた。

「なんだ? ――っ!」

 

 訝った刹那、強い見聞色の覇気を感じ取った。誰だか知らないが、見聞色の覇気を超高練度かつ超高精度で使いこなしている。相当な手練れだ。

 

 ベアトリーゼは視界をジャックされた不快感に思わず悪罵を吐く。

「どこの覗き見野郎だ。ぶち殺すぞ」

 こちらの視界を覗き込むような干渉を受け、同時に視覚へ現実世界で赤髪海賊団と海軍が共闘している光景が映った。向こう側でも魔王が顔にダメージを負っているようだ。

 

「こっちとあっちで同じタイミングで同じ部位を攻撃すれば、通る。そんなところか。クソマヌケ面め。面倒臭い設定しやがって」

 こちらの攻撃に合わせろと言いたげな視界の動きに、ベアトリーゼは中指を立てる。

「ざけんな。お前らが合わせろ」

 

 ベアトリーゼはクラウチング姿勢を取るように身を低く屈め、

「ちまちま手足を落としてられるか。一気呵成にあのアホ面をぶち抜く。四皇と元海軍大将が合わせられねーとは言わせねェぞ」

 挑発的宣言の後――全瞬発力に加えて両手両足の先で燃焼プラズマを爆発。自身そのものを一個の弾丸として投射する。

 

 ずどん!

 

 音を置き去りにする超高速飛翔。体の前へ伸ばした両腕のブレードがウィングの役割を果たし、緩やかなスピン運動を生む。

 さながらライフル弾と化したベアトリーゼを危険と判断したのか、黒兵達が集結して魔王の守る肉壁を築く。も、ベアトリーゼに触れた不運な黒兵達はその体躯を一瞬で粉砕され、瞬く間に肉壁が貫徹される。

 

 肉壁を貫いた蛮姫弾頭は一切勢いを落とさぬまま、魔王へ向かって突入していく。

 魔王が大きな口を開き、奥の手の破壊光線を放とうとした刹那。

 

 ――させないっ!!

 

 いずこから響く歌姫の叫びと共に動きが一瞬、滞る。

 その間隙が戦いを決した。

 

「私の友達を返せ」

 蛮姫の超高速突撃が魔王を捉える。

 

        ○

 

「あのねえちゃん、無茶苦茶だっ! いきなりドタマをブチ抜く気だぞっ!」

 ヤソップが呆れ顔で喚き、

「良いだろう。乗った」

 シャンクスは楽しげに笑い飛ばし、ゼファーを横目に窺う。

「出来るか、ゼファー?」

 

「デカい口を叩くな、ロジャーの見習い小僧」

 ゼファーは黒鉄の巨腕バトルスマッシャーを構え、鼻息をつく。

「花は持たせてやる。道を開いてやるから娘を助け出せ」

 

「ああ」

 シャンクスは男性的魅力の滴る微笑を返し、愛剣グリフォンを構えた。

 

 そして、彼らは一斉に動く。

 

 突撃してくる海賊達と海兵達を迎え撃つべく黒兵の大群が殺到し、魔王の放つ光線と雷電が吹き荒れた。

 

 アインの銃撃とビンズの植物の壁が後背を守り、赤髪海賊団の面々が両翼を固め、黒兵の津波を押し留める。

 ゼファーが大きな右拳を振るって光線と雷電を殴り払う。バトルスマッシャーが衝撃に耐えきれず砕け折れるも、老雄は左腕を覇気で塗り固める。黒腕が眼前に立つ黒兵の堅壁を一撃で叩き割った。

 

 魔王へ届く道を切り開き、老雄が雄々しく叫ぶ。

「行けェ赤髪ィッ!!」

 

「感謝するっ!」

 赤髪とマントをたなびかせ、シャンクスは魔王へ一直線に激走する。

 

 魔王の咆哮と共に鍵盤模様の巨腕が躍り、巨大な爪撃が迫る。も、覇気をまとわせた愛剣を一閃させて爪撃を払い除け、魔王の巨腕を足場に高々と跳躍。

 大きな口を開き、魔王は切り札の破壊光線を発しようとした刹那。

 

 ――させないっ!

 

 いずこから愛娘の叫び声が響き、魔王の挙動が一瞬、凍る。

 その隙が戦いを決した。

 

「俺の娘を返してもらうぞ」

 シャンクスは覇王色の覇気をまとった長剣を大きく振り下ろす。海賊王の必殺剣“神避(かむさり)”に酷似した一撃が魔王を捉えた。

 

 

 仮想世界にて蛮姫の超高速突撃が魔王の眉間を貫き、

 現実世界にて赤髪の超絶必殺剣が魔王の眉間を斬り、

 虚と実の両界に魔王の断末魔が轟き響く。

 

       ○

 

 魔王の巨躯が霧のように消失していき、数枚の古びた楽譜がはらはらと舞い降り、ウタが崩れ落ちる。

 ウタが地に倒れ伏す直前、シャンクスは娘を抱きとめた。

 

 記憶にある姿より随分と大きくなっていたけれど、眠れる娘の寝顔は思い出のものとなんら変わらない。ずっと会いたかった愛娘の温もりに、シャンクスは思わず顔が和らぐ。

 

「その子がお前の娘か」

 残骸と化した右腕を抱えたゼファーがスクエア眼鏡の奥から鋭い眼光を発する。

 

「だったら、どうする?」

 シャンクスは顔を引き締め、ゼファーを睨み返す。

 

「この様で四皇を相手にするほど酔狂ではない」

 ゼファーは鼻息をつき、慌てて駆け寄ってきたゴードンへ問う。

「この楽譜を押収ないし処分すれば、魔王の降臨は防げるのか?」

 

 ゴードンはどこか消沈した様子で応じる。

「……封印は無駄だ。七年前も今回も王宮地下の特別な封印を破って出てきた。焼却処分は……分からない。それで無に出来るのかもしれないが、超常の力で復活する可能性もないとは断言できない。相手は人智を超えた存在なんだ」

「始末に負えんな」と慨嘆をこぼすゼファー。

 

「――ぅ」

 と、ウタが目を覚ました。

 

「気付いたか」

 絶対に聞き間違えたりしない優しい声に、ウタの意識を覆う霧が一瞬で晴れた。自分を覗き込む父と家族の笑顔に、言葉にし尽くせぬほど様々な感情が溢れ出し、目頭が瞬間沸騰して涙腺が崩壊する。

 

 文句を言ってやろうと思っていた。恨み言をぶつけてやろうと思っていた。横っ面を張り飛ばしてやろうと思っていた。尻を蹴り飛ばしてやろうと思っていた。

 

「しゃんくす、しゃんくす、しゃんくすぅっ!!」

 

 でも、実際に出来たことは、ずっと会いたかった父に抱きついて嗚咽をこぼすことだけ。

 そんな愛娘を父はただ黙って抱きしめ返す。

 

 自身が叶えられなかった光景を前にし、ゼファーはしばし瞑目した後、

「元エレジア王、楽譜は一番詳しいアンタに預けておく。アイン、ビンズ。撤収するぞ」

 壊れた義手を左肩に担ぎ直して踵を返した。

 

 シャンクスはゼファーの背へ問う。

「この後に宴を開くつもりなんだ。一杯やっていかないか?」

 

「海賊と馴れ合う気はない。お前達は殲滅すべき敵だ」

 ゼファーは厳格に応じて振り返ることなく、アインとビンズを伴って軍艦へ向かって歩きだす。

「……娘を大事にな」

 

「ありがとう。この借りは忘れない」

 シャンクスの礼に応えることなく、ゼファーは去っていく。

 老雄の大きな背中は、まさしく漢の背中だった。

 

 アインは密やかに振り返り、この激戦の”戦果”を窺った。

 愛娘を抱きしめる大海賊の背中は、正しく父親の背中だった。

 

      ○

 

 シャチの背で目を覚まし、ベアトリーゼはコヨミを伴って港に停泊している軍艦の脇から陸へ上がった。

「ベアトリーゼさん、インタビューさせてくださいよっ!」

「元気が有り余ってるなら、そこらの海兵に取材して来い」

 ベアトリーゼは酷い疲労感から億劫そうに応じる。

 

 軍艦は魔王の攻撃を浴びたらしく酷く損傷し、負傷者も大勢出ているようだった。が、一部の海兵が油断なくベアトリーゼを監視しており、マスト櫓の狙撃兵達が銃口を向けている。

 

 ぶっ潰しても良いが、闘争の雰囲気でもない。何より気分が乗らない。

 と。ごつい爺様が美女とひょろ長いノッポを伴ってやってきた。右腕の肘から先がなく、やたら大きい義手を左肩に担いでいる。

 

「血浴か」

 老人が鋭い眼差しを向け、美女とノッポが得物に手をかける。軍艦の海兵達もにわかに殺気立つ。コヨミが暢気にカメラを構えた。

 

「一戦したいなら受けて立っても良いけど、どうする?」

 ベアトリーゼが物憂げ顔で気だるそうに尋ねる。

 

「……お前はなぜ海軍を憎む?」と老雄が反問してきた。

「別に憎んでないよ。私はあんた達を心底嫌ってるだけ。これまで海兵を手に掛けたこともあるけれど、それは必要だったからで、好き好んで海兵を殺したわけじゃない。で、どうするの? ウタちゃんを連れて行くならぶっ潰すし、私を捕まえる気なら受けて立つよ」

 暗紫色の双眸に殺気を込めて質せば。

 

「今日のところは見逃してやる」

 老雄はベアトリーゼを無視し、軍艦へ向かって歩き出す。

 

「一つだけ個人的なことを聞きたいんだけど、良いかな?」

 ベアトリーゼはちらりと記者を横目にしてから老雄の大きな背中へ問う。

「西の海にある”箱庭”のこと。何か知ってる?」

 

「……」老雄は肩越しにベアトリーゼを窺い「俺が海軍大将に就いた時、あの島について言われたことは三つ。あの島に決して近づくな。あの島に決して関わるな。そして、あの島のことを決して知ろうとするな、だ」

 

 老雄の口振りと声音に、ベアトリーゼは暗紫色の瞳を冷たくぎらつかせた。

「だけど、あんたはあそこで何が起きていて、あそこがどんな有様か知っていたわけだ」

「だとしたらなんだ?」

 ベアトリーゼは大柄な老雄の問いかけへ、酷薄な気配をまとって悪罵を吐き捨てる。

「あんた達が豚にかしずく犬共だと再認識したよ」

 

「貴様、私達を犬と侮るかっ!」

 青髪の美女が激昂して腰の双剣を抜きかけたところへ、

 

「よせ。その女には我々を罵る“資格”がある」

 老雄が美女を制し、ベアトリーゼを睨み据えた。

「だが、お前が海兵を殺めた事実は決して看過せん。次に出会った時はお前の首を必ず獲る」

 

「やれるもんならやってみなよ」

 鼻で笑って応じ、ベアトリーゼは言った。

「ああ。そうだ。ウタちゃんを救う手助けをしてもらった義理がある。私の名前を使っても良いぞ」

 

「? どういう意味だ」と怪訝そうに眉根を寄せる老雄。

「ウタちゃんを連れ帰れないと問題になるだろ。私に妨害されたとでも言えば良い。賞金が増額されても問題ないしね」

「要らん気遣いだ」

 ベアトリーゼへ舌打ちを返し、老雄は軍艦に乗り込んでいった。ひょろ長も続く。青髪の美女が去り際にベアトリーゼを忌々しそうに睨んでいった。

 

 ゆっくりと離岸していく軍艦を見送り、コヨミは感嘆を漏らし、

「”黒腕”ゼファー相手によくまあ、あれだけ啖呵を切れますね……」

 好奇心で目を輝かせた。

「ところで、箱庭とは何です?」

 

「そんなことより、ウタちゃんのところへ行くよ」

 あからさまにはぐらかし、ベアトリーゼはしつこく食い下がるコヨミを連れ、ウタの許へ歩き始める。

 

 

 かくして歌姫争奪戦の幕は下りた。




Tips

トットムジカ。
 本作では第二形態で打ち止め。理由はウタが取り込まれた後も抗い続けていたから。作中で表現できなかったのは作者の無能と非才ゆえ。

トットムジカ(曲)に対するベアトリーゼの罵倒。
 批判とか非難とか、そういう意図は全くないです。
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