彼女が麦わらの一味に加わるまでの話   作:スカイロブスター

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佐藤東沙さん、拾骨さん、誤字報告ありがとうございます。


51:彼女達にさよならはいらない

 戦が終わり、申し訳程度の黙祷を捧げれば。

 後はまさしく大宴会。

 

 赤髪一味は航海用備蓄とかそんなものお構いなしに、ありったけの食料と酒を持ち出し、日の高いうちから大騒ぎした。

 

 もちろん、宴の主賓は彼らの愛娘だ。

 赤髪一味はまず七年前にウタを置き去りにしたことを伏して詫び、それからウタのことを如何に気に掛け想ってきたかを恥ずかしげもなく語り、美しく育ったウタをこれでもかと絶賛激賞し、この七年間の冒険譚と武勇伝を尾ひれ背ひれをつけて喋り倒した。

 

「しかし……ウタの友達があの“血浴”とはなぁ」

 シャンクスはしみじみと呟き、ウタの隣に座ってラッキー・ルウの手料理を幸せそうに食べるベアトリーゼを窺う。

 

 赤髪の視線を浴び、ベアトリーゼはニヤリと不敵に笑う。

「愛娘にワルい女友達が出来て心配? この先、ウタちゃんに彼氏が出来たら大変そうね」

 ベアトリーゼの投げ込んだ爆弾は見事に炸裂する。

 

「彼氏なんてまだ早いっ!」「ウタに男が出来るなんて嫌だーっ!」「絶対に認めんぞっ!」「そうだそうだ!」「ウタはいつまでも俺達だけの御姫様なんだっ!」「ウタの交際相手は厳格に審査するっ!」

 いい歳したおっさん達(ゴードン含む)がぎゃーぎゃーと悲鳴を上げた。

 期待通りの反応にベアトリーゼが大笑いし、コヨミも爆笑し、肴にされたウタは顔を真っ赤にする。

 

 そうして酔いが回ってくると、オヤジ達が『ウタの歌が聞きたーい歌って歌ってー』とリクエストを重ねだした。

 仕方ないなーとウタは嬉しそうに頷き、そうだ、と思いつく。

「他にも聞いてもらいたい人達がいるの」

 

      ○

 

「作戦は失敗だ。責任は全て俺にある」

 エレジアを離れていく海軍遊撃隊。旗艦の隊司令室で、ゼファーは電伝虫相手に告げた。

 破壊された右の義手が取り外されていた。四肢切断に伴う経年形状変化により、断端が細く丸くなっている。

 

『赤髪一味と血浴、有象無象の海賊共。それにトットムジカだ。これだけの敵を相手に回しながら、海賊船多数を撃破し、トットムジカを鎮静化。作戦自体は失敗でも責任追及などされんさ』

 電伝虫から海軍元帥センゴクの労いが届く。も、ゼファーの気分は晴れない。

 

 センゴクは旧友の心情を慮り、話の水先を変える。

『それで……赤髪の娘はどうだ? 脅威になりえるか?』

 

「その心配は限りなく薄い。あの娘は芯がある。愚かな真似はすまい」

 ゼファーは赤髪父娘の様子を思い返しながら答え、

『血浴はどうだ? あれは政府と海軍を心底嫌い抜いている。赤髪の娘を利用し、我々へトットムジカをけしかける可能性はないか?』

「ない」

 海軍へ強烈な敵意を向けてきた美女を脳裏に浮かべながら、断言した。

「あの女が我々を討ちに来る時は自分の手でやるだろう。そういう類だ」

『そうか……後はこちらで処理しておく。御苦労だった』

 

 隊司令用電伝虫の通信が切られる。と、ドアがノックされた。入室許可を出せば、アインが困り顔を見せた。

「先生の判断をお願いしたいことが起きまして……」

「どうした?」ゼファーは怪訝そうに「何か問題が起きたか?」

 

 それが、とアインが困惑顔で説明を始めた。

「赤髪から通信が入っており、協力してくれた礼に我々へ世界最高の歌姫の曲を聞かせたい、と……どうしますか?」

 ゼファーは何とも言えぬ顔を作り、背もたれに大きな体を預けた。

「……一曲だけだ。全艦に聞かせてやれ」

 

「よろしいので?」

 意外そうに問うアインへ、ゼファーは精悍な顔を和らげた。

「偶には良い。それに……魔王から救い出した歌姫から礼の歌を聞かせてもらう、というのは得難い体験だろう?」

 

 アインは恩師の口振りに微笑み、大きく頷いた。

「分かりました、先生。手配します」

 

 

 電伝虫を通じて伝声管や拡声器から、海軍遊撃隊に少女の声が届けられる。

 ――海兵の皆さん。私はウタ。世界一の歌姫を目指す歌手の卵……もう、ヒヨコかな? 今日、私の力が及ばず危険な事態が生じたところを皆さんに助けていただきました。そのお礼に一曲、皆さんに贈りたいと思います。私は海賊“赤髪”の娘で、海兵の皆さんは海賊の娘の歌なんて聞きたくないという方も居られるかもしれませんが……一曲だけ、お付き合いください。

曲は『この素晴らしき世界』。

 

 天使の歌声で紡がれるゆったりした調子の、穏やかな歌詞による世界讃歌。

 海兵達は手を止め、伝声管や拡声器から流れる優しい歌にしばし耳を傾けた。

 

 ――What a Wondaful World……

 御拝聴、ありがとうございました。どうか皆さんの航海に幸がありますように。

 

 わずか三分強の短い曲。

 だが、酷く心に残る歌を聞き終え、海兵達は余韻を味わっていた。

 

「……良い曲でしたね」どこか満足げにアインが呟く。

「そうだな」

 ゼファーはアインに同意を返し、眼鏡を外して目元を揉む。小さく息を吐いてから、珍しく冗談めかして言った。

「いつか、今日のことを自慢できるかもしれんな。俺達は世界一の歌姫を救ったことがある、と」

 

 アインは目を瞬かせ、師の冗談に大きく首肯する。

「ええ。そんな日が来ると良いですね」

 

       ○

 

「御拝聴ありがとうございました。皆さんの航海に幸がありますように」

 電伝虫の前で歌い終えたウタは、ふっと小さく息を吐いて通信を切った。

 赤髪一味の面々もゴードンもコヨミも拍手喝采し、歌の余韻に浸る。

 

「良い曲だな……ウタが作ったのか?」

 シャンクスに問われたウタは首を横に振り、

「ううん。これはビーゼに教えて貰った……ビーゼ?」

 

 ベアトリーゼが目元から一筋の涙をこぼしていた。

 

 ウタは目を真ん丸にし、ウサミミ髪を真っ直ぐに屹立させ、吃驚を上げる。

「あああああっ!! ビーゼが泣いてるっ!!」

 

「え」

 大声で指摘されたベアトリーゼは無自覚だったため戸惑いながら目元を拭い、驚愕した。

「なんで……え? や? え? え?」

 

 巨匠ルイ・アームストロングのかすれた濁声で歌われる原曲と全く違う、天使の美声で歌われた『この素晴らしき世界』。素晴らしかった。感動した。それは認める。この世界で自分しか知らない曲を他人の歌声で聞いたことで、前世の郷愁と懐古を強く刺激され、感傷的な気分になったことも実感している。

 でも、ベアトリーゼは理解できない。自分が涙をこぼすほどに心を揺さぶられた理由が分からない。自己分析が出来ない。

 

 狼狽えるベアトリーゼに、ウタが勝ち誇ってにんまりと笑う。

「私の歌に感動して泣いたっ! 私の勝ちだよ、ビーゼっ!」

 

「ち、ちが……これは、その、そう、汗っ! 目元に出来た汗っ! だからノーカウントだ! ノーカウントっ!」

 人前で感涙した羞恥に顔を真っ赤に染め、ベアトリーゼは慌てふためく。

 

 ウタはそんなベアトリーゼに向け、両手を顔の横に沿えて悪戯っぽく白い歯を見せた。

「負け惜しみー」

 

 かっちーんっ! ベアトリーゼは眉目を吊り上げる。

「生意気な小娘めっ! ならもう一曲歌ってみろっ! ベソ掻くまで酷評してやっからっ!」

 

 2人のやり取りに、シャンクスと赤髪一味は幼いウタがルフィと過ごしていた頃を思い出し、心底楽しそうに笑った。

 

       ○

 

 宴がお開きになった頃には、すっかり夜も更けていた。

 ベアトリーゼは中庭のベンチに座り、酔い覚ましに淹れた珈琲のカップを口に運ぶ。

 雲のない夜空に大きな月が浮かんでいて、星々がきらきらと輝いている。遠くから夜啼鳥の歌が聞こえていた。

 

「やあ。少し良いか」

 シャンクスが顔を覗かせ、ベアトリーゼと向かい合うように地べたに腰を下ろす。飲み足りないのか、手にある酒瓶を軽く呷った。

「ウタとゴードンから聞いたよ。ウタが随分と世話になったそうだな。今日の件と合わせて礼を言う。ありがとう」

 ぺこりと頭を下げる様は、大海賊ではなく父親そのものだった。

 

「あんたがこの島を訪れるまで、ウタは俺達を恨んでいたと聞いた。心から笑うことも出来ず、いつも寂しそうに海を見つめていたとも。あんたが居なかったら、今夜のように笑顔で再会できなかったかもしれない」

 シャンクスはベアトリーゼをまっすぐ見つめ、言った。

「デカい借り、いや恩が出来た」

 

「そんな仰々しく考えることはないよ」

 ベアトリーゼは両手でカップを包むように持ち、小さく息を吐く。

「私は何かしてあげたわけじゃない。あの子が殻を破り、立ち上がる時期にたまたま居合わせただけ。私はあくまで自分の目的を果たすためにここに来た」

 

「目的?」シャンクスは片眉を上げて「そういえば、あんたはニコ・ロビンと組んでいると聞いたが……」

「ロビンとは不本意な別れをして数年経つ。居場所は分かっているから、会いに行っても良いんだけど……」

 懐から黒い手帳を取り出し、ベアトリーゼは眉を下げてぼやく。

「この件にロビンを巻き込んでいいものか」

 

「ん?」シャンクスは眉根を寄せ、顎を撫でながら「その手帳、どこかで見た覚えがあるな」

 

「―――は?」

 ベアトリーゼが目を瞬かせる。

「手帳の中はなんか変な記号で書かれてないか?」

 シャンクスが酒瓶片手にさらりと告げる。

 

 唖然としているベアトリーゼへ、シャンクスは微苦笑と共に語り始めた。

「あれはたしかロジャー海賊団が解散して間もない頃、20年くらい前だな。リヴァースマウンテン近くの島で男に出会った。彼は“ウィーゼル”と名乗ったよ」

 

 ベアトリーゼは鼓動が早まる感覚を抱きつつ、シャンクスへ尋ねる。

「どんな男だった?」

 

「表現が難しいな。銀髪翠眼の長身で、疲れ果てた老人のようでもあったし、力のある目つきは若々しさがあった」

 赤髪は酒瓶の口を指で撫でながら、当時を振り返る。

「“ウィーゼル”は口数の多い男ではなかったが、俺がロジャー船長の船に乗っていたことを明かすと少しだけ語ってくれた。自分が西の海きっての蛮地出身であること。この世界の暗部について調べるため旅をしてきたこと。そして、その旅で知ったことを記録した手帳を、信頼できる人物へ託しに向かう途中だと言っていた」

 

 シャンクスは酒瓶を傾けた。

「別れた後、“ウィーゼル”がどうなったかは知らない。今も生きているなら結構な年頃だろう……その手帳絡みで俺の知っていることはこれくらいだ」

 

「興味深い話だった。ありがとう」

 ベアトリーゼはすっかり冷めてしまった珈琲を一息で飲み干した。夜空に浮かぶ月を見上げた。

 

 手帳の解読は完了している。

 天竜人フランマリオン一族の憎悪と狂気の歴史を知った。故郷“箱庭”の秘密を知った。“抗う者達”の存在を知った。

 そして、自身の出自についても。

 ベアトリーゼは密やかに呟く。感情の籠らぬ冷たい声で。

「……宿命、か」

 

「?」

 よく聞こえなかったシャンクスが小首を傾げたところへ、

「やっと見つけたぁ」

 ウタがやってきて父とドラ猫女をじろりと見据える。

「こんなところで、2人で何してたの?」

「ウタが世話になった礼を言っていただけさ」とシャンクスが苦笑い。

 

 ベアトリーゼは腰を上げて悪戯っぽく微笑み、

「そ。ちょっと話してただけ」

 シャンクスへ流し目を向けつつ、ウタに告げる。

「ひょっとしたら……私、ウタのママになるかも」

 

「へ? ……はあぁあああっ!?」

 言葉の意味を解したウタは海老のように目を剥き、眉目とウサミミ髪をこれ以上ないほど吊り上げた。

「シャンクスッ!! どういうつもりっ!! ビーゼは私と六つしか違わないんだよっ!?」

 

「待て、ウタッ! そんな話は一切してないぞっ! やましいこともしてないっ!!」

 憤慨して詰め寄ってくる娘を宥めつつ、シャンクスはベアトリーゼに抗議する。

「冗談にしても性質が悪いぞっ! 勘弁してくれっ!」

 

「おやすみ」

 ひらひらと手を振り、ベアトリーゼは王宮内へ戻っていった。難詰する娘と釈明する父のやり取りを背に聞きながら。

 

      ○

 

 翌日。

 王宮の一室で、ウタとシャンクスとゴードンが『これから』について相談し合う。

 

 大海賊“赤髪”の娘であること、特異なウタウタの実の能力者であること、トットムジカのこと、いろいろなことが世間に知られ、実際に海軍とバカ共がウタの身柄を狙ってきた以上、もうこれまでのようにエレジアで隠棲は出来ない。

 

「私……シャンクスと皆と一緒に居たい……」

 懇願するように、ウタは隣に座るシャンクスを窺う。

 赤髪の父は不安げな娘の二色頭を慈しみ撫でながら大きく頷き、

「少なくとも、ほとぼりが冷めるまで俺の船に乗っていた方がいい。だが、その後はどうしたらいいか……俺の船に囲いこんでいたら、歌手にはなれない」

 思案顔をゴードンへ向けた。良い考えはないか、と。

 

 もう一人の育て親というべき歌姫の師は少し考えてから、提案する。

「コヨミ君から四皇と呼ばれる大海賊達は縄張りを持つと聞いた。君の縄張りで少しずつ歌手活動をしていってはどうだろう? 少なくとも海軍や政府の影響が強い加盟国を巡るより良いと思うが……」

 

 ウタはゴードンの提案を自分なりに検討し、頷いた。

「私はそれでも良いよ。今日明日に状況が変わるわけでもないし、様子を見てから改めて考えてみたら?」

 

 場当たり的な言い草に聞こえ、シャンクスが眉を下げながらウタを質す。

「おいおい。ウタにとっての大事だぞ。そんな調子で良いのか?」

 

「大丈夫だよ」

 ウタは誇るように唇の両端を緩めた。

「だって、私はシャンクスの娘で、ゴードンに鍛えられた、世界最高の歌手だから!」

 無邪気な笑みを向けられた大人達は、気恥ずかしいものを覚えて頬を掻いたり、顎先を撫でたり。

 

「ゴードンはどうするの? 私がいなくなったら一人になっちゃうけど」

 教え子が恩師を案じるも、当人はあっけらかんと微笑む。

「私もこの島を離れるよ。なに、少し裕福そうな島に行けば音楽教師の仕事くらいあるさ。なんなら、酒場や路上で演奏して食い扶持を稼げばいい。腕には自信があるからね」

 

 冗談めかして告げるゴードンに、シャンクスがすぐさま困り顔を作り、

「あんたはウタと俺の恩人だ。日銭暮らしなんてさせられない。あんたの身の振り方は俺に任せてくれないか?」

「そこまで甘える訳には……」

「頼むよ、ゴードン。俺に顔を立てさせてくれ」

 ワンピ世界の国王だったとは思えぬほど謙虚なゴードンを説得した。

 

 少しばかりの押し問答の末、ゴードンが折れると、

「それとね、トットムジカの楽譜のことなんだけれど」

 ウタは切り出した。

「私が手元に持っておこうと思うの」

 

「……焼いちまうか、海の底に沈めちまった方がいいんじゃないか?」

 二度も娘を危険に晒した楽譜に手厳しいシャンクス。

「私もそれは危ういと思うが……」とゴードンも心配そうに言った。

 

 ウタは朴訥に自分の考えを語り、

「皆が助け出してくれたあの時、楽譜から感じたの。寂しい、悲しい、そんな感情が伝わってきたの。トットムジカはとても危険だけれど、だからこそ“独りぼっち”にしちゃダメなんだと思う。もしかしたら、トットムジカはウタウタの実の呪いとかじゃなくて、ウタウタの実の能力者に寄り添うものなのかも。それに」

 自信をたっぷり込めて宣言した。

「魔王だって私のファンにしてみせるっ!」

 

 呆気にとられた父と師は互いに顔を見合わせた後、承諾するように大笑いした。

 

      ○

 

 ベアトリーゼも島を離れる準備を進めていた。

 交易船の定期便を待つでも赤髪の船に乗せてもらうでもなく、コヨミの愛シャチに2ケツさせてもらう予定だ。

 

 そのため、ベアトリーゼはオフィスと化した王宮図書室で、コヨミから買い取った予備潜水服をちまちまと仕立て直している。なんせベアトリーゼはニコ・ロビン同様に180センチ越えの長身。160センチ台のコヨミより20センチ近く背が高い。加えて、ベアトリーゼはアスリート体型。いろいろと弄らねばならなかった。

 

「エレジアを離れた後、どこへ行く予定なんですか?」

 歌姫争奪戦争の原稿と写真を本社へ送り終え、解放感を隠さぬコヨミがウキウキ顔で問う。

 

 針仕事を進めつつ、ベアトリーゼが応じる。

「とりあえずハブ港のある島だ。そこから先は内緒」

「ベアトリーゼさんって明け透けなようで秘密主義ですよね。キモは話さないというか。スクープの臭いがする手帳やノートを見せてくれないし……」

「佳い女は秘密を持っているものさ」

 拗ね顔を向けるコヨミに、ベアトリーゼは小さく肩を竦めた。

 

 そんなやり取りを交わしているところへ、ウタがひょこっと現れた。

「今、良い?」

 

「大丈夫ですよ。ウタさんもどうぞどうぞ」

 コヨミは作業中のベアトリーゼを無視してウタを招じ入れる。

「今後の予定は決まりましたか?」

 

「うん。コヨミの記事で起きた騒ぎが収まるまでシャンクス達の船に乗る。ゴードンは赤髪海賊団の縄張りで音楽の先生をすることになったよ」

 ウタが小針を含んだ回答を返すも、コヨミは気にも留めない。記者たるもの面の皮は分厚くなければならぬ。

 

「ビーゼは……やっぱりコヨミと一緒に行くの?」

 ちらりとベアトリーゼを窺い、ウタは“本題”をちょろりと明かす。

「私と一緒にレッド・フォース号に乗っても良いんだよ?」

 ホントは是非来てほしいのだけれども、素直に切り出せない。自意識過剰な思春期の乙女心。

 

 ベアトリーゼは小さく口端を緩め、

「ウタちゃんにウタちゃんの夢があるように、私にも私のやることがある。なに、大丈夫。お互いの近況は新聞で分かるさ。アタシは事件欄。ウタちゃんは文化欄でね」

 残念そうに美貌を曇らせ、ウサミミをへにょらせるウタへ、にやり。

「それに、そのうちウタちゃんのコンサートかライブを見に行くかもしれない」

 

「かもしれないじゃなくて、必ず来てよっ! ビーゼもコヨミもっ!」

「気が向いたら」

「取材経費が出たら」

 ウタが不満げに唇を尖らせ、ベアトリーゼとコヨミが笑った。

 

      ○

 

 そして、迎える別れの日。

 出港していくレッド・フォース号。同じく出港していくシャチのチャベス。

 

 レッド・フォース号の舷側から身を乗り出し、ぶんぶんと手を振るウタ。

 シャチの背で2ケツするコヨミとベアトリーゼが大きく手を振り返す。

 彼女達の間で『さよなら』は交わされない。

 

 コヨミとベアトリーゼが潜水ヘルメットを被ると、シャチのチャベスが潜行していく。水中海流に乗って一気に進むつもりらしい。

 波間に消えていった2人と1匹を見送り終え、ウタは紫色の瞳を潤ませて呟く。

「一緒に過ごした時間はそんなに多くないのに、なんでこんな寂しいのかな……」

 

「友達になるのに時間は関係ないからな」

 シャンクスはウタの肩に手を置き、優しく語り掛けた。

「また会えるさ。それに……きっと手配書や新聞で何度も目にするだろう」

 

「それはそうかも。特にビーゼは」

 くすりと微苦笑し、ウタは小さくなっていくエレジアを見つめ、大きく頭を下げた。

「お世話になりました」

 万感の思いを込めて感謝を告げ、顔を上げたウタは赤髪一味と居候のゴードンを見回し、高らかに叫ぶ。

 

「私の新たな門出を祝して歌いますっ!」

 

 雲一つない蒼穹と穏やかな碧海に、歌姫と海賊達の陽気な合唱と超一流音楽家の演奏が響き始めた。

 




Tips
『この素晴らしき世界』
 ルイ・アームストロングの名曲。

ウタ
 ひとまず赤髪海賊団に籍を置くことに。いずれ再び巣立つ時が来るかもしれない。

ベアトリーゼ。
 黒い手帳の中身は追々明かします。


エレジア編終了。
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