彼女が麦わらの一味に加わるまでの話   作:スカイロブスター

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NoSTRa!さん、佐藤東沙さん、烏瑠さん、拾骨さん、誤字報告ありがとうございます。



61:想像と現実の違い

 小さな島を巡る戦争が始まって三日。

 

 オイコット王国近海で海軍とオイコット軍の武装船群が海賊と死闘を重ねる中、『解放軍』を自称する賊徒の軍勢がアラワサゴ島西岸に上陸を強行。激しい陸戦が繰り広げられていた。

 幾度かの小競り合いの後、戦場は三カ所に集約された。

 

 島の北部に立つアラワサゴ島最高地点。暗号名『フラムト』。

 

 島の中央部のリン鉱石採掘場と開拓村群。

 

 島の南部にある島唯一の港湾と都市部に通じる連絡道路(シーサイドハイウェー)

 

 全ての戦場と双方の戦力を合わせても、兵が万に届かぬ実に小規模な戦いである。

 しかし、戦いそのものは戦争と評して良いほどに激しいもので、オイコット軍の『捕虜を取るな。降伏を認めるな。一人残らず殺し尽くせ』という姿勢は、報復の連鎖を引き起こしていた。オイコット軍が捕らえた解放軍の兵士達を銃殺すれば、解放軍は捕まえた“義勇兵”を斬首し、三日目を迎えた頃には双方が捕虜をリンチに掛けて嬲り殺しにする始末だ。

 

 海軍支部准将プリンプリンは報告書へ次のように記している。

『まるで冥界の門が開かれ、悪鬼の群れが溢れ出たようだ』

 

     〇

 

 アラワサゴ島の第6開拓村は既に残骸と化していた。

 民家や納屋は一つ残らず破壊され、焼け落ち、廃墟となっている。憩いの場であったろう広場を始め、あちこちにオイコット軍の重砲による大きな砲撃孔が穿たれていた。

 そんな残骸と化した第6開拓村が、この日の中央部の戦いにおける焦点だった。

 

 砲撃の噴煙が霞のように漂う村内は、元々の陽気に加えて戦闘の炎熱によって空気が煮えている。その煮えた空気は煤と火薬と死体の臭いに満ちていた。

 青い腕章を巻いたオイコット軍の義勇兵達も、黄色い腕章や鉢巻を付けた解放軍の兵士達も、汗みずくで頭のてっぺんから爪先まで煤と土汚れに塗れ、黒ずんでいる。

 双方の兵士達は廃墟や砲撃孔に潜り込みながら、銃弾を浴びせ合い、擲弾を投げつけ合い、刀剣類や銃剣やスコップで殺し合う。

 

 稀に生じる戦闘の切れ目。そのわずかな時間に負傷者を後退させ、弾薬を補給し、少しばかりの飲食を取り、そそくさと排泄を済ませ、せっせと掩体を掘ったり民家の土台石を積み上げて急造陣地を作ったり、敵情に探りを入れたり、隙を突いて狙撃したりする。

 

 そこに原作の活劇チックな混戦乱闘はなかった。

 悪魔の実の能力者や覇気使いや常人離れした戦士のいない戦場は、ただただ現実的で無慈悲な戦闘が行われている。

 

 夜明け前に始まった戦いは、朝を過ぎ、昼を越え、おやつ時を迎えた頃。いよいよ山場を迎えた。

 義勇兵の指揮官は応援を求めて電伝虫に怒鳴り、解放軍の指揮官は増援を欲して電伝虫に吠える。

 先に兵力強化を成功させた方が、この場の勝利者となるだろう。

 

 そして、先に第6開拓村へ現れたのは、解放軍の方だった。

 

 が。

「うわぁああああっ!!」「助けてくれぇっ!」

 現れた解放軍の兵士達は増援というより、敗残兵達が逃げ込んできたような有様だった。

 

 戦場に戸惑いが生じ、戦闘交響曲の演奏がにわかに止まったところへ、

「ようやく味方が居たか。散々探し回ったぜ、まったく」

 敗残兵達に続き、両手で持つだけでなく口にまで刀をくわえた若い剣士が現れる。

 

 緑髪の頭に黒布を海賊巻きした若き剣士ロロノア・ゾロは、なぜか物凄くうんざりしていた。

 

「ひゃああ、来たぁあっ!?」「皆、逃げろ、ぶった切られるぞぉ!!」

 と、ゾロを目にした敗残兵達が血相を変え、再び逃げ出す。その恐慌振りに解放軍の兵士達がギョッとし、対峙する義勇兵達は反射的に身を晒した敗残兵達へ銃撃を加える。

 

 戦闘交響曲が一瞬で再開される。銃声が幾重にも連ねられ、弾丸が吹き荒れた。

 

「ここも銃ばっかりかよ。剣士はいねえのか、剣士は」

 ゾロは辟易顔を浮かべてぼやき、

「とりあえず、この場を押さえねェと味方と話も出来ねェか」

 三本の刀を構えて敵中へ向けて駆けだした。

 

 自殺的な蛮勇に義勇兵達が制止の声を発しようとした刹那。

 

「三刀流……鬼斬りっ!!」

 交差させた三刀を広げるように振るいながら放つ突進技に、解放軍の兵士達が文字通り吹き飛ばされた。鮮血が飛び散り、斬り飛ばされた腕や両断された小銃が宙を舞い、斬られた兵士達が戦場に転がっていく。

 

 ゾロの進撃と斬撃は止まらない。

 馬手の刀で敵を袈裟に斬り、弓手の刀で敵を逆上げに斬り、口にくわえた和道一文字で敵を横薙ぎに斬る。

 飛来する銃弾を切り落とし、軍刀やスコップの剣林を切り払い、銃剣の槍衾を切り飛ばし、剛の剣が肉を裂き、豪の剣が骨を断つ。三本の刃が振るわれる間合いに入った全てが斬られていく。

 

 その姿はまさに剣鬼だ。

 

「うわぁあああっ!?」

 ゾロの激烈な蹂躙は解放軍の兵士達の士気崩壊を引き起こし、

「今だっ! 総員、あの三本持ちに続けっ! 突撃っ!」

 ゾロの強烈な活躍は義勇兵達の士気爆発を招く。

 

 恐慌状態に陥った解放軍の兵士達は義勇兵達の突撃を抑えきれず、たちまち壊走。

 かくして、第6開拓村の戦いはロロノア・ゾロによって決着を迎えた。

 

 

 

 で。戦闘後。

 

 

 

「第2開拓村? そりゃ採掘場を挟んで反対側だぞ。なんでこんなところにいる?」

 義勇兵の指揮官がゾロへ問う。その顔つきはどこか険しい。

 たった一人の応援にして勝敗を決する活躍を果たしたヒーローだが、怪しいところがあれば……

 

「こっちが聞きてェよ。第2開拓村? とやらへ行けって言われたから、いざ向かってみりゃあ、いつまで経っても辿り着けねェし、出くわす奴は敵ばかりだし、騙されてんのかと思ったぞ」

 言い訳するどころか悪態を吐き、ゾロは腹をグーグー鳴らしながら告げた。

「何か食いもんと酒はねえか? 朝から迷いっぱなしで飲み食いしてねェんだよ」

 

 指揮官は後始末を指揮監督する務めを抱えており、この太々しく図々しい若造について考えることが面倒臭くなった。腰の雑嚢からスキットルを抜き、ゾロへ放る。

「食い物は用意させる。とりあえず、そいつを呑んでろ。急場を救ってくれた礼だ」

 

「遠慮なく貰っとくぜ」

 ゾロが言葉通りスキットルを呷り始め、指揮官は小さく頭を振って踵を返す。

 

 味方の死傷者が集められ、手当てと簡易埋葬が行われる。敵の死者は砲撃孔へ投げ込まれ、油を掛けて焼き捨てられた。捕らえられた敵は私物を全て奪い取られ、別の砲撃孔へ連れていかれ、次々と殺されていった。慈悲もなく、許容も無い。

 捕虜が処刑されていく様を、オイコット軍宣伝班が写真と映像電伝虫に収めている。

 

 悪趣味なこった。ゾロは顔を背けるように瓦礫へ腰を下ろし、スキットルを傾けながら鼻息をつく。

 武人の端くれであるゾロは、抵抗できない者や敗れた者を容赦なく殺害することが気に入らない。口にも出した。『もう戦えない奴まで殺すことはねェだろう』と。

 

 だが、オイコット軍の兵士達は血走った目つきでゾロを睨みつけた。

『雇われ兵が口出しするなっ! こいつらを一人残らずぶち殺して、東の海中に教えてやるんだっ! 俺達の国に手を出したらどうなるかってなっ!!』

 当事者達の怒りと憎しみの激しさに、ゾロは閉口したものだ。

 

 ゾロはスキットルを呷って思う。こういう戦いは気が乗らねえ。それに……

「これだけ荒事師が集まってて、ドンパチばっかりってェのは無しだろ。チャンバラもしろよ」

 戦争は集団による鉄と炸薬の殴り合いばかりで、英雄譚や軍記モノで聞いたような個人の勇気と名誉を賭した武の競い合いが、まったくなかった。

 

 物足りない。まったく物足りない。

 ゾロは溜息をこぼし、スキットルを傾ける。も、既に空だった。思わず仰々しいほどのげんなり顔を作る。

「チャンバラはねえし、敵に強ェ剣士はいねェし、おまけに酒もねェ。散々だな」

 

 ゾロは知らない。この日、迷子の間に出くわした複数の解放軍部隊を潰したことで、解放軍から優先殺害目標にされたことを、まだ知らない。

 

       〇

 

 夜闇を払う照明弾の光を浴び、銃剣がぬめった輝きを放つ。

 怒鳴り叫びながら駆けるオイコット軍義勇兵達の顔は興奮と恐怖と狂気で引きつり、さながら悪鬼のようだ。

 

 解放軍の野戦陣地から迎撃の斉射が始まり、弾丸の嵐が義勇兵達を削ぐように倒していくが、突撃は止まらない。義勇兵達は死傷者を置き去りにしながら、着剣した小銃を強く固く握りしめて走り続ける。

 20メートル。15メートル。10メートル。5メートル。そして――

 

 義勇兵達が次々と解放軍の陣地へ飛び込み、銃剣で刺突し、銃床で殴りつけ、擲弾を投げ込み、拳を叩きつけ、相手の首を絞める。

 顔の皺や睫毛がはっきり見え、吐息や唾が掛かる距離で繰り広げられる殺し合い。

 

 その最中――

「夜這いはお断りよ~」

 縦にも横にもデカい女が業務用冷凍庫染みた体躯で軽妙に躍動し、長大なモンキーレンチをバトンのように振り回し、ぐちゃりと義勇兵達の手足を殴り潰し、ごしゃりと義勇兵達の胴体を殴り砕き、ぐしゃりと義勇兵達の頭蓋を殴り割る。まるで二本足の粉砕機だ。

 

「ボンクラ共が~っ! 晩酌くらいさせやがれっ!!」

 デコに『7』と瘢痕を入れたガラの悪い男が毒づきながらサーベルを振るう。不気味な瘢痕や悪趣味な柄シャツや先端の尖ったブーツなどチンピラ紛いな容貌とは裏腹に、『7』男の剣は正統派のサーベル術で兵士達の命を滑らかに刈り取っていく。

 

 秘密犯罪会社バロックワークスの幹部二人が獅子奮迅の活躍をする中、イガラッポイと偽名を称する王国護衛隊長イガラムがバロックワークス・ミリオンズの面々を指揮する。

「浮足立つなっ! 敵はそう多くないっ! 落ち着いて対処しろっ!」

 

 ビビは仲間達と共に着剣した小銃を手にした。愛用の刃鞭は混戦に不向きだ。味方を巻き込みかねない。次々と打ち上げられる照明弾の灯りと腕に巻いた布の色を頼りに敵味方を見分け、銃弾を放つ。

 夜闇に轟く無数の銃声と爆発音と怒号と罵声と悲鳴と断末魔。14歳の少女は恐怖を感じる余裕などない。指揮を執るイガラムと周りの仲間と掌中の銃の熱を頼りに、ひたすら引き金を引くだけだ。

 

「死ねぇえええええええええっ!!」

 その時、ビビの横合いから義勇兵が刃付けしたスコップを振り上げて突っ込んできた。

 

 ビビが反射的に銃口を向けると、義勇兵は銃剣に飛び込む形になった。

 どすり、と銃剣が肉に刺さる感触が手に伝わり、

「ひっ」「ぎゃあっ!!」

 ビビと義勇兵の悲鳴が被り、目が合う。

 

 ビビを殺そうとし、ビビが銃剣を刺した義勇兵はまだ少年だった。その面差しに幼馴染(コーザ)の顔が脳裏によぎった。

 義勇兵が倒れ込み、ビビが慌てて銃剣を引き抜こうとするも、刃が筋肉に締め上げられて引き抜けない。結果として銃剣で腹をぐりぐりと抉られた義勇兵が吐血しながら泣き叫ぶ。

 

 意図せぬ自分の所業と銃剣が抜けない現実に、ビビはパニックになる。顔を冷汗と涙と鼻水で汚しながら銃剣を引き抜こうとするも、根が張ったようにビクともせず、義勇兵の凄惨な悲鳴によって増々恐慌に駆られていく。

 

「何やってんだっ! 引き金を引けっ!」

 仲間のミリオンズに怒鳴られるがまま引き金を引けば、発砲の反動でずるりと銃剣が抜けた。ビビは奇妙な安堵感を抱きつつ、若い義勇兵がゆっくりと絶命していく様を見つめた。

 

 ・・・

 

 ・・

 

 ・

 

 恐怖の夜は二時間ほどで終わりを迎え、味方の救助と残敵の始末が進められる中、ビビは物陰に身を潜め、血と泥に汚れた両手で顔を覆い、声を押し殺して泣いていた。

 戦闘が終わって興奮と恐怖と抜けると、殺人の罪悪感と自己嫌悪、生き残った安堵など様々な感情がぐちゃぐちゃに乱れ混じり、ビビは涙が堪えられなかった。

 

 バロックワークスに潜入して以来、賞金稼ぎとして犯罪者を死傷させ、窃盗や強盗など組織の悪事に加担してきた。修羅場を潜ってきたという自信があった。祖国を救うために手を汚すことも辞さぬ覚悟もあった。

 しかし、戦争の残酷さと狂気と恐ろしさはビビの想像を超えていた。健やかな精神を持つ14歳の王女にとって、この島の戦はあまりに無惨で残虐だった。

 憎悪と憤怒に満ちた戦いは苛烈極まりなく。捕虜に対する暴力はあまりにおぞましく。

 

 たった三日。わずか三日でビビの心は擦り切れそうになっていた。

 祖国を救うためという決意が挫けそうになるほどに。

 

 同時に、ビビの覚悟は刷新されてもいた。この島で起きているような戦禍を、なんとしても防がなければならない、と。

 この三日間の経験で、ビビは確信した。

 もしも、アラバスタでこの島のような戦争が起きたら、二度と元には戻れない。

 

 血と泥に汚れた手で目元を拭い、ビビは火薬と死の臭いに満ちた空気で深呼吸し、努めて気を静める。

 朝靄をゆっくりと溶かしていく早朝の曙光を見つめ、ビビは強く誓う。

 絶対に生きて帰り、バロックワークスの正体を明らかにしてみせる、と。

 

       〇

 

 蜜柑畑。真っ青な空。蜜柑の木々の隙間から覗く遠景の海辺。

 木々に実った蜜柑は黄色く熟れていて、甘酸っぱそうな香りが漂っている。ナミは蜜柑を突き、皮の弾力を確かめて思う。

 やっぱり。これ、ウチの蜜柑だ……

 

 きょろきょろと周囲を見回し、蜜柑の木々の間に人影を見つける。

 ノジコ……? いえ、あのモヒカンっぽいポニーテールは……嘘、そんなはず……でも……っ!

 

 気づけば、ナミは人影の背を追って走り出していた。

 しかし、走っても走っても人影に追いつけない。さして広くなかったはずの蜜柑畑は終わりなく続き、人影との距離は一向に縮まらない。

 

「待ってっ! ねえ、待ってよっ! ベルメールさんでしょっ!? ベルメールさんっ!!」

 ナミは人影へ呼びかけながら走り続ける。体中の汗腺から汗が吹き出し、服はおろか下着まで濡らしている。肺が苦しい。気管が苦しい。息が続かず、喉が痛い。手足も重くなってきた。

 

「待って……待ってよ。お願いだから、待ってっ!」

 それでも、ナミは人影を追い続ける。体が安めと悲鳴を上げても手足を必死に動かし続ける。汗を振りまき、空気を求めて喘ぎ、涙を流しながら遠くにある背中へ手を伸ばし、ナミは人影に向かって叫ぶ。

 

 

「おかあさんっ!!」

 

 

 自分の叫び声にナミは目を覚ました。眼前に潜水服姿のハゲジジイの顔があり、その手が自分の服を半ば脱がしていることに気付き、

「きゃああああああああああああああああああっ!?」

 ナミは防衛本能のままに悲鳴を上げ、老人の顔面へ拳を叩きつけた。拳に老人の鼻を潰す感触を覚えながら容赦なく振り抜く。

 

「あだっばああああああっ!?」

 老人が悲鳴を上げながら仰向けに倒れ込む。

 

「な、なな何してんのよあんたっ!! この変態っ! レイプ魔っ! 女の敵っ!!」

 ナミは半ば脱がされた着衣ごと身体を抱えて後ずさりし、老人へ罵詈雑言を浴びせた。

 

「あばばばば」

 老人は苦悶したままで返答しなかった。鼻を押さえる両手の隙間からぼたぼたと血が流れている。どうやら鼻骨がイッたらしい。

 

 ナミは素早く周囲を見回す。

 然程広くない密閉空間。防水布製のテントだろうか。フワフワと揺れる体感と外から聞こえる潮騒。ひょっとしたら海上をぷかぷかと浮いているのかもしれない。

 

 なんにせよ、変態ジジイと一緒に居たくない。ナミは貞操の危機から脱すべく立ち上がろうとし、

「っっつうっ!!」

 瞬間、体の芯から激痛が走って崩れ落ちた。呼吸するだけで体が軋み、内臓が悲鳴を上げる。生理反応として涙が滲むほどの痛みに加え、体が重く熱く、力が抜けていく。

 な、何が一体どうなって……

 

 ナミが苦悶しているところへ、テントの出入り口が開かれた。

 

 二十代前半頃の小麦肌をした美女。癖の強い夜色の長髪をローテールの御団子に結いまとめ、すらりとした長身をタイトな潜水服に包んでいる。

 そして、暗紫色の瞳が映えるアンニュイな美貌。

 

 ナミはどこかで美女を見た覚えがあった。が、痛みと熱に頭が回らず思い出せない。

 

「ドクトル、何を騒いでるんだ?」

 美女は禿頭の老人の様子に眉をひそめて訝り、次いでナミの覚醒に気付いて端正な麗貌に柔らかな微笑が浮かべた。

「目が覚めたのね」

 

「あ、あんた達、誰よっ!? 私をどうする気っ!?」

 ナミが苦痛と熱に息を乱しながら睨むも、美女は子猫を相手にしているように微笑みを崩さず、鼻を押さえて苦悶している老人へ目線を戻す。

「おいおい、ドクトル。鼻血イワせてどうした。ひょっとして、この娘にイケないことしようとしたの?」

 

「ふざけるな!!診察のために濡れた着衣を脱がせようとしたらいきなり殴られたんだ!!あああ鼻が折れたぞ!?助けられた礼を言うどころかいきなり暴行するなど……ありえないありえないありえない!!なんて無礼で非文明的な野蛮人なんだ!!」

「そりゃご愁傷様」

 早口で喚き散らす禿頭の老人に、夜色髪の美女はナミへ向けたものとは別物の冷笑を返した後、再びナミへ目線を戻す。

「いろいろ説明して欲しいだろうけれど、まずはそこの爺様に診て貰った方が良い。一応は医者の真似事が出来るからね」

 

「真似事とはなんだっ!私はこの世界でも指折りの生命学者だぞっ!そこらの医者よりよほど人体の構造に精通しているんだっ!それを変態だのレイプ魔だの名誉毀損も甚だしいっ!このような扱いは極めて遺憾だっ!」

 老人が鼻を押さえながら憤慨するも、小麦肌の美女は気だるげに目を細めただけ。

 

 その表情に、ナミは美女の正体にようやく思い至る。

 覚えがあるはずだ。何度も手配書で目にしてきたから。

『悪魔の子』と組んで10代の内から西の海やグランドラインで海賊やマフィアを獲物にし、海軍を蹴散らしてきた女強盗。

 ここ数年は個人(ソロ)で暴れまわり、今や下手な海賊団の賞金総額(トータルバウンティ)より高額な賞金を懸けられた女。

 その名は――

 

「血浴の、ベアトリーゼ」

 ナミがどこか茫然とした調子で呟く。

 

「あら。東の海でも私の顔と名前が知られてるのね」

 微苦笑を返すベアトリーゼ。

 

「あ」ナミは言葉に詰まる。

 実際のところ、東の海において、同海と関わりが皆無に等しいベアトリーゼの知名度はさほど高くない。ナミが個人的にベアトリーゼへ関心を持っていただけだ。

 

 同じく海賊を獲物とする女悪党として、悪党共を血祭りにあげて大金を奪い取る活躍に痛快さを抱いていた。個人で海賊団を撃滅させるベアトリーゼの強さに羨望と嫉妬を覚えていた。

 自分も彼女くらい強かったら。自分も彼女のように振る舞えたら、と。

 

 同時に不安も生じていた。

 伝え聞く血浴のベアトリーゼは海賊に冷酷極まるという。もしも自分が魚人海賊団アーロン一味の一人と知られたら……

 

「……何がどうなってるの?」

 ナミが可憐な顔と不安げに曇らせながら、おずおずと尋ねる。

 

「どうもこうも、漂流していた貴女を見つけたから船乗りの仁義として救っただけ。それで手当てしようとして、まあ、善意に仇で返されたってところかな」

 ベアトリーゼは鼻を押さえているドクトルを一瞥し、ナミへ問う。

「さて。貴女はどこの誰さんで、どうしてドンパチをやってるオイコット王国の海に流されてたのかなぁ?」

 

 冷たい暗紫色の瞳に見つめられながら、ナミは痛みと熱で鈍る頭で必死に考える。

 海賊に対して冷酷非情な女強盗を言いくるめられる理由を。




Tips
プリンプリン准将。
 原作キャラ。アーロン一味の強さを表現するために登場した一発屋。原作での生死は不明。

ゾロ
 アラワサゴ島紛争におけるFOE。

ビビ
 真っ直ぐな彼女はこの凄惨な戦争で何を知り、何を学び、何を誓うだろうか。

ナミ
 野蛮人に拾われ、オイコット編からリタイヤならず。

ベアトリーゼ。
 澄まして大人ぶっているけれど、漂流しているナミを発見した時はビックリ仰天。
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