彼女が麦わらの一味に加わるまでの話 作:スカイロブスター
球形型ヘルメットと体の線を露わにする細身の潜水服をまとった『死』は、オウィ島の町の中央広場へバレリーナのように降り立ち――暴風と化した。
海賊に凌辱されている町に、死の暴風が吹き荒れる。
死の暴風が海賊達を飲み込んでいく。手足が千切れ飛び、首が宙を舞い、頭や胴が爆ぜ、殴り壊され、斬り捨てられ、蹴り砕かれ、貫き抉られていく。
死の暴風が町を彩っていく。鮮血で石畳が朱に染められ、骨肉や臓腑が壁面や街路樹を塗りたくり、無惨な肉塊があちこちに飾られていく。
死の暴風が町に殺戮の交響曲を響かせていく。発砲音。爆発音。金属がぶつかる音と金属が割れる音。肉の裂かれる音。骨の砕かれる音。恐怖の悲鳴。怯懦の叫喚。苦痛の絶叫。絶望の命乞い。憤怒の罵倒。そして、命を奪われる断末魔。
海賊達は何が起きたのか、自分達がなぜ襲われるのか、なぜ殺されるのか、何一つ分からぬまま一方的に駆逐されていく。
死の暴風によって、海賊達の主力が撃滅されるまでに2分13秒。
町内を制圧し終え、死の暴風が止むまでに5分7秒。
返り血で真っ赤に濡れた球形型ヘルメットを外し、ベアトリーゼは柔らかな唇をすぼめ、艶めかしく息を吐く。
「だっさ。7秒もオーバーしちゃった」
ほとんどの海賊は即死していたが、一部の不運な海賊達は肉体を酷く損壊させられながらも即死できず、激痛と絶望に発狂して泣き喚き続けていたが、ベアトリーゼは気にも留めない。
代わりに、10人ちょいほど生け捕りにした海賊達へ命じる。
「住民の亡骸を墓地へ運んで丁重に埋葬しろ。お前らの仲間の
パチンと指をスナップさせて音波を放てば、
悲鳴を上げて慄き震える海賊達に、ベアトリーゼは残酷に嗤う。
「お前らには“魔法”を掛けてある。もう一度言う。抵抗も逃亡も無駄だ。日没までに終わらせろ。出来なければ……バラバラにしちゃうぞぉ」
・
・・
・・・
「これが、“血浴”のベアトリーゼ……」
血に塗れた町を、ナミは慄然と見つめる。
ナミが恐れるアーロンでも、個人でこれほど一方的な虐殺は出来まい。しかも、ベアトリーゼに襲われた海賊達はほとんどが原形を留めていない。ダマスカスブレードで野菜のように切り刻まれ、打撃で粘土細工のように叩き潰され、謎の力と技で体を徹底的に破壊され尽くされている。生命の神秘によって即死できなかった者達も、手の施しようがないほどズタズタで、『早く殺してくれ』とすすり泣いていた。
10歳の頃から海賊の渡世を生きてきたナミも、ここまで残酷非道な光景は目にしたことが無かった。生理的忌避感と本能的恐怖から思わず嘔吐してしまう。
それでも、死に損ないの海賊共に同情も憐憫もしない。ナミの怒りと正義感は海賊共へ慈悲を注ぐことも許さなかった。
なぜなら、町は海賊達の犠牲者で溢れていたからだ。
住人達は虫けらのように殺され、ゴミのように打ち捨てられていた。嗜虐的に拷問死させられた骸も少なくない。
強姦された末に切り刻まれた裸の女性にノジコを想う。射撃の的にされたらしい駐在の銃殺体にゲンさんを想う。焼け落ちた建物の中に積み重ねられた老若の亡骸にココヤシ村の皆を想う。
無惨な犠牲者達の姿に大事な人達の姿が重なり、ナミの柔らかな心を締め付け、怒りと悲しみの火に油を注ぐ。
そして、ナミは胸に抱く幼い女の子ごと撃ち殺された母親を目にした。2人の血に染まった小さなぬいぐるみ。
ナミは心に一つの決意を抱く。怒りと悲しみの涙を拭い、身体の痛みを無視して血塗れの町を回る。数少ない生存者を見つけては、港傍の建物――何かの事務所へ連れていった。
生き残りは多くない。海賊共に弄ばれていた若い娘達が数人と、親達がとっさに隠したらしい幼子達だけ。
体を穢された娘達はただただ打ちのめされていた。ほとんど自失状態でドクトルの手当てを受けている。家族を失った幼子達はただただ泣いていた。本能的に庇護者と見做したのか、ナミの許に集まり、泣いている。
ナミは娘達や子供達に掛ける慰めの言葉を見つけられない。
これまで自分が如何に“幸運”だったか、思い知らされていた。確かにアーロン一味に愛する母を殺され、故郷を搾取的に支配されている。しかし、ココヤシ村はこの町のような運命を辿らなかった。かつて盗みに失敗した時もトレジャー海賊団に捕らえられた時も殴る蹴るこそされたが、この町の娘達のように凌辱されなかったし、殺されなかった。先日も死にかけたところをベアトリーゼに助けられた。
自分の幸運に後ろめたさを抱きながら、ナミは子供達を抱きしめ、頭や背中を撫でてやる。亡き母ベルメールが自身にしてくれたように。
ナミが自身に備わる善性と仁徳と良心を発揮しているところへ、井戸水で返り血を落としてきたベアトリーゼが姿を見せる。
「生き残りはここにいるだけだ。この町、いや、この島はもうダメだな」
「私達がもっと早く来ていたら……」
ナミは可憐な顔立ちを大きく歪める。
ベアトリーゼは小さく息を吐き、手近な事務机に腰かけた。
「それは海軍やオイコット軍が抱くべき後悔だよ。ナミちゃんが抱く必要はない」
「……理屈ではそうだろうけど……でも……」
ナミは自分の許に集まって泣いている幼子達に、往時の自分を重ねてしまっていた。ゆえに――
「海軍かオイコット軍に通報したら、この子達を保護しに来てくれると思う?」
この子達を放置していくことなど、既にナミの選択肢にはなかった。
「多分、来るだろう。ただ、保護された後まではどうか分からないな」
ベアトリーゼは事務机の引き出しを漁り、ウィスキーのミニボトルを見つけて『お』と声を漏らした。瓶の蓋を外して一口呷ってから話を再開する。
「聞いた限りじゃオイコットの国情は中々厳しいらしい。子供達はおそらく孤児院に預けられるだろうけど、真っ当に育てて貰えるかどうか。闘犬養成所みたいな施設も珍しくないからね。最悪、保護した後に放逐されることもあり得る。女の子らも同様だ。身寄りのない娘が選べる生き方はそう多くない」
優しくない世界の過酷な現実。
ナミはぎゅっと拳を握りこむ。
「こんなこと、頼むのは筋違いだと分かってる。出会ったばかりでお互いに信頼も信用も無いことも、これが独り善がりな同情だってことも分かってる。だけど」
ベアトリーゼを真っ直ぐ見た。
「私はこの子達を助けてあげたい。力を貸して」
「ふむ……説教紛いのことは抜きにしようか」
真剣な眼差しを向けられ、ベアトリーゼは長い脚を組んだ。
「私が奪ったクズ共の船に生き残りを乗せることは構わない。奪った食い物と金を分け与えても良い。その方が私とドクトルにとっても“都合が良い”からね。だけど、そこまでだ」
小さな酒瓶を傾け、ベアトリーゼは蜜柑色の髪の少女を見据える。
「オイコットなり他の国なりに連れて行った後、子供らや女の子達がどうなろうと関知しない。というか、そこまで面倒を見られない。私は信頼できる預け先なんて無いし、継続的な衣食住の世話なんて無理。生活を賄う金にしても、海賊共の金以外に当てはない。その辺、どうするの? この島から連れ出した後のことまでは知らないっていうなら、まあ、それも構わないけどさ」
夜色髪の蛮姫が告げた冷厳な言葉は、しかし避けられない現実的問題だった。
ナミは聡明な頭脳を最大限に働かせる。
解決策が一つだけあった。
だが、それは極めて危険な賭けになる。ナミは自分の周りで悲しむ子供達を見回す。
ふと思い出す。まだ幼いノジコが赤ん坊の自分を見つけ、負傷して死に掛けていた海兵のベルメールに助けを求めたのだと。
自身も家族を失ったばかりだったろうに、ノジコは赤ん坊だった自分を抱き上げた。
――いつでも笑ってられる強さを忘れないで。生き抜けば必ず楽しいことがたくさん起こるから。
母の言葉に背中を押され、ナミは踏み出す。
「……故郷に行けば、“貯金”が数千万ベリーあるわ。この子達も女の子達も無事に暮らしていける。でも、前提として、ある海賊一味を倒さないといけない」
ナミは腹を括った目でベアトリーゼを見据える。
「私の貯金の半分と、海賊一味が溜め込んでいるお金を全部あんたに渡す。だから、その海賊一味を潰して」
覚悟を示したナミに対して―――
そう来たかぁ。
ベアトリーゼは内心で困り果てた。
繰り返すが、ベアトリーゼは原作改変をする気などサラサラない。むしろ、原作展開を特等席で眺める気満々だった。ナミの好感度稼ぎも後々に見物人として優遇されたら良いな、程度の浅慮であった。
はっきり言おう。ベアトリーゼは甘く見ていた。
ナミの故郷を救いたいという決意と覚悟の強さを。ナミのアーロン一味に対する怨恨と憎悪の深さを。ナミの心の強さを。
眼前のナミは本気で嘱託殺人――殺しの依頼を口にしていた。
ヤバい。
ヤバい。ヤバい。ヤバい。
私がアーロン一味を刺身にしたら原作が変わっちゃうよォ。
うろ覚えだけど、たしかアーロン編ってシャボンディ編とかジンベエ絡みとか魚人島編とか後々にも影響があるんじゃなかったっけ?
ヤッバいって。
ステューシーに『海賊王の見届け人になる』とか言っておいて、海賊王の物語を妨害してりゃあ世話ねえわ!!
どうしよう? 引き受けても断っても不味いことになりそうだし、どうしよう? どうしよう?
どうしよう!?
ベアトリーゼは物憂げな思案顔でミニボトルを傾けているが、その実、内心で冷汗をだらだら流しながら必死に頭を捻り、なんとか原作展開を守る方策を考えていた。
と。その時――
ぷるぷるぷるぷる。ぷるぷるぷるぷる。
蛮姫の懐で小型電伝虫が鳴いた。
〇
金髪碧眼の貴婦人ステューシーは二つの顔を持つ。
一つは天竜人直属の諜報機関CP0のエージェント。海軍体術“六式”でも
一つは闇社会の帝王の一人である歓楽街の女王。闇金王や新聞王など大富豪と伍する社会的地位を持つ美しすぎる実業家だ。
最上級諜報員として、闇社会にも根を広げる大実業家として。ステューシーはこの世界でも屈指の情報網を持つ。加えて、その特異な出自から天竜人フランマリオン家より手厚い優遇や便宜、援助を受けている。まぁ、実験動物に対する研究者の好奇心と愛情に近い厚遇だが……プロであるステューシーは利用できるものを利用するだけだ。
ラドー島事件後、ステューシーは“大事なもの”を新たな隠匿場所に移し、当局の捜査へ密やかに干渉し、証拠を始末したり、情報を隠蔽したり、証人を黙らせたりしてベアトリーゼとドクトルの逃避行を陰から支援していた。
そして、ドクトル・リベットのことが“抗う者達”に露見した原因を調査し――
グランドライン“前半”某所。
歓楽街の女王は野蛮でも下劣でも残忍でもない。しかし、暴力の行使を厭わない。暴力を行使する際に容赦も慈悲も与えない。
この日、歓楽街の側溝から高級娼婦の死体が見つかった。
娼婦の骸は頬骨を砕かれ、耳鼻と指が削ぎ落されていた。銃で撃たれた口の中に、切り取られた指が押し込められている。
見立て殺人で言えば、密告者に対する罰と処刑。
歓楽街の人々は女王を裏切ったらしい愚か者の死に溜息をこぼし、凄惨な死体を教訓に女王を改めて畏れ敬う。
処刑を命じた当人は、不機嫌顔でアップルパイを突いていた。
「私の足元まで鼠が入り込んでいたとはね」
人の出入りが激しい歓楽街を事業にしている以上、鼠やモグラの侵入を防ぎきれない。諜報員と二足の草鞋を履く関係で、組織統制も末端まで神経を通わせることが難しい。むろん、仕方ない、と一言で済ませる訳にはいかない。諜報員に自分の足元まで迫られていた、など存在価値を損ないかねない失態だ。
ふっと息を吐き、フォークを置いて紅茶を口に運ぶ。
あの子の方は順調かしら。ステューシーは卓上に置いてある電伝虫へ手を伸ばす。妨害念波を飛ばす白電伝虫も起こし、ドクトル・リベットを預けた頼もしい蛮姫へ連絡を入れた。
幾度か繰り返される呼び出し音。そして――
『もしもし?』
通話具から届くベアトリーゼの声はどこか切羽詰まったような、安堵したような。
ステューシーは微かに眉をひそめ、
「そちらの状況は?」
『オイコットの件は知ってる?』
その反問から続く会話の展開を想像し、小さな嘆息がこぼれた。
「介入しちゃったの?」
『補給と休息に立ち寄った島がオイコットのドンパチに巻き込まれてて、成り行きで女子供を保護しちまった』
なるほど。声音の理由はそれね。
傍に第三者がいる可能性もありそうだ。言葉を選ぶ必要があるだろう。
「常識的には善行を讃えるべきなのだろうけれど、貴女の立場と任せた“仕事”を考えると、あまりよろしくない状況ね」
カップを口に運んだ後、ステューシーは問う。
「どうするつもり?」
『保護しておいて放りだすような真似は避けたい。もちろん、荷物はしっかり運ぶさ』
予想していた範疇の回答に、ステューシーは眉を大きく下げる。こちらとしては有象無象の戦災難民の安危よりドクトルの移送が重要だ。その辺りを取り違えられては困る。
「荷物の移送が露見するだけでも不味いのだけれど」
『小言を言いたいのは分かるよ。でも、トビウオライダーで東の海に入った時点で手遅れだ。私も失念していたけれど、ここでは目立ちすぎる。この島で海賊共から船を分捕ったから、乗り換えて目立たぬよう荷物配達するつもり』
ステューシーはカップの取っ手を指で撫でながら少し考え込み、鼠から聞き出した情報を伝える。
「こちらも少し事情が変わったわ。私の落ち度なんだけれど、足元に鼠が潜んでいたの。荷物の配送先が漏れているかもしれない」
『……不味いじゃん。どーすんの?』
「配送先は代替案があるわ。ただ、そちらの戦争が落ち着かないと厳しいわね。せっかく船を変えても臨検で見つかったら意味がないもの」
『確かに』
電伝虫の向こうで蛮姫が薄く笑う気配がした。
『いっそ戦争を終わらせちゃおうか』
「なんて?」
ステューシーは碧眼を瞬かせた。
〇
「――そういうわけだから、事態がひと段落したら、今度はこっちから連絡するよ」
ベアトリーゼが子電伝虫の通信を切ると、
「あんたが強いのは充分分かったけど、一人で戦争を終わらせるなんて、そんなこと出来る訳ないじゃない」
ナミがどこか怒ったように眉目を吊り上げるも、ベアトリーゼはミニボトルを飲み干し、妹へ人生経験を語る姉のような顔つきを向けた。
「この世界には一般人の常識が一切及ばない人間が居る。たとえば悪魔の実の能力者とかね」
「悪魔の実? そんなの与太話――」
怪訝顔を浮かべたナミへ、ベアトリーゼは手のひらに静電気球を作り出す。
ナミは呆気に取られ、泣いていた子供達もポカンとして静電気球を見つめた。
「私は悪魔の実プルプルの実を食べた振動人間。振動を自在に操れる」
ベアトリーゼは静電気球を熱プラズマ化させ、一瞬で小さな酒瓶を粘土のように軟化させた。
「グランドラインには、私みたいな“化物”がごろごろ居る。そして、私のような化物と互角にやり合える強者も大勢いる。たとえではなく事実としての一騎当千や破軍、国落とし。そういう奴らが珍しくないんだ」
絶句するナミに、ベアトリーゼはぐにゃぐにゃに軟化した元酒瓶のガラス塊を弄りながら告げた。
「さて、ナミちゃんの提案だけれど、“荷物の配送計画”が狂ったみたいだから、今のところは回答を保留しておくよ。こちらとしてはあくまで荷物を送り届けることが優先なんでね」
蛮姫は澄ましたアンニュイ顔で淡々と語っているが、内心は問題を先送りできて安堵の息をこぼしていたりする。
「そんな……」ナミが綺麗な顔を曇らせた。
「まあ、何かしら手を考えよう。助けておいて放り出すほど悪趣味じゃないからね」
ベアトリーゼはガラス塊を動物の置物に作り変え、机の上に置く。子供達が目を丸くして動物の置物を凝視していた。
「ドクトルが女の子達の手当てを済ませたら、飯にしよう。悲しくても辛くても、生きていくために飯を食わないとな」
机から腰を上げ、ベアトリーゼは出入り口へ向かう。
「その猫の置物はあげるよ」
「猫?」ナミは置物をまじまじと見つめ「これ、豚じゃないの?」
子供達も豚だと思っていたらしく、ナミの意見に同意してこくこくと小さな頭を上下させる。
ベアトリーゼはアンニュイ顔をくしゃりと歪め、逃げるように出ていった。
日が沈んだ頃、町外れで生き残っていた海賊達が爆ぜる音が鳴ったが、ナミや生き残った女子供達がその音色を聞くことはなかった。
Tips
ナミ
センシティブすぎたかもしれない。
原作だと登場エピソードで、ルフィに『覚悟が足りない』と指摘されたが、このナミは既に覚悟完了済みになりそう。
ステューシー
歓楽街の女王というより暗黒街の女王みたいになっているけれど、まあ、似たようもんだから良いかな?
ベアトリーゼ。
調子こいた結果、原作改変を招きそうになり、冷汗ダラダラ。