彼女が麦わらの一味に加わるまでの話   作:スカイロブスター

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8:地下遺跡の戦い

 ベアトリーゼとロビンが目当ての『ハッチャー日誌』をこっそり盗み出す計画から、強襲して強奪する方向へ切り替えていた時、通路から集団が姿を見せた。

 

 ハードゲイな装いのヌーク兄弟海賊団船長ヌーク・コッカとヤモリ頭のエロボディ女ジェーコ。それと船員達。弟ペップの姿が見えないが、地上に控えているのだろう。

 

「こりゃあキャプテン。急にどうしたんですかぃ?」

 警備の頭目らしい海賊が慌ててコッカの許へ駆け寄り、揉み手で尋ねる。もっとも、その目はコッカの隣に立つジェーコのデカパイに注がれていたが。

 

「教授へ会いに来たのヤモ」

 コッカに代わってジェーコが応えた。語尾はおかしいが、すんげぇ美声だった。声帯の美しさが音となって表れ、輝いているようなスーパー美声だった。

 

 ジェーコはデカパイを強調するように腕を組み、ヤモリ特有の大きなギョロ目を動かす。

「塩梅はどうなのヤモ?」

 

「教授はようやく本命に手が届いたと言ってまさぁ。ただ、酷くデリ……デリカット? な発掘作業になるんで、時間を食うとも」

 と海賊が説明すれば、

 

「セイセイセーイッ!! 眠てェこと抜かしてンじゃあねーぞっ! 本命に届いたならチャキチャキ終わらせやがれってンだっ!」

 不満顔をこさえたコッカを宥めるように、ジェーコが声をかける。

「キャプテン、ここで急いてしくじったら大事ヤモ。それで“教授”はどこヤモ?」

 

「あそこでさぁ」

 海賊がコッカとジェーコを奴隷の学者の許へ連れて行く。ヤモリ頭の女が腰を振り、尻を強調するようなキャットウォークで歩く様は哲学的気分を抱かせる。

 

 コッカが教授を睥睨しながら、質す。

「教授よォ、ようやく眠り姫に届いたそうじゃあねェか。あとどれくらいで俺は眠り姫を拝めるンだぁ? いい加減、我慢しすぎてスプラッシュしそうだぜ、俺ぁよぉ」

 

「眠り姫の墓所は既に届いた。だが、状況は極めてデリケートだ」

 疲れ顔で“教授”が告げた。

「墓所となっている屋敷を安全に発掘するためには、少しずつ土砂を取り除き、なおかつ入念に補強をしていかなくてはならない。この地下空間は砂上の楼閣より脆い。飴細工のようなものだ。僅かなことで大崩落を招きかねん」

 

「セイセイセイセーイッ!! ンなかったりぃ話ぁどーでも良いンだよ、教授。俺が聞きたいのは具体的な数字だ。あと何日だ? あと何時間だ? 俺はあと何回腰振ったら、眠り姫に会える? そこをきっちりかっつり分かり易く答えろ」

 

 コッカは冷酷な目つきで教授を見下ろす。残酷かつ残忍な輝きが宿っていた。

「俺ぁテッメーに多くのものを与えた。労働力。機材。時間。それに、クソ高ェ古本まで買い与えた。テッメーは結果を出す義務っつぅもんがあるよなぁ? だから、あと何日だ? 何時間だ? 俺はあとどれだけ我慢すれば良いのか、チャキチャキ答えろ」

 

「そ、それは――私の一存では応えられない。発掘作業は私だけでなく、土木作業のプロである現場監督とも協議して進めている」

 教授は咄嗟に現場監督も巻き込んだ。現場監督が目を剥き「このクソ野郎やりやがった」と殺気立つも、コッカとジェーコに睨み据えられて震え上がる。

 

「……どうやら貴方達には具体的な数字を出せないようヤモ。代わって私が決めるヤモ」

 おもむろにジェーコが告げ、

「ま゛っ!?」「ちょっ!?」

 驚愕する教授と現場監督、それと、

「フォ――ッ! そりゃあ名案だぜ。ジェーコ、爽快にビシッと決めやがれっ!」

 ニタニタと笑うコッカの承服を得て、ジェーコは命じる。

「3日。貴方達に3日あげるヤモ。そのうえで、貴方達が真摯に仕事へ当たれるよう、ペナルティも決めておくヤモ」

 

 ジェーコは長い舌を伸ばし、目玉の表面を舐めた後(ヤモリに瞼はないため、こうやって目を掃除する)、

「達成予定から1時間遅れる度に爪を1枚剥がしていくヤモ。手足の20枚を剥がし終えたら、次は指の第1関節を切り落としていくヤモ。第1関節が終われば、第2関節。指を落とし終わったら、掌を少しずつ削っていくヤモ。掌が終わったら足を同じように削るヤモ」

 ヤモモモと不気味に笑う。ヤモリ面と美声が相成って怖い。凄く、怖い。

 

 そして、コッカは満足げな喜色を浮かべ、ゲラゲラと大爆笑した。

「フォーッ! そいつぁクールな名案だぜ。安心しろ、テッメーら。ジェーコの言ったことはこれまで“何度も”やったことがある。どれだけ切り刻んでも敗血症なんぞにゃあ罹らねェ、安心していーぞ」

 

 どこに安心する要素がありやがるんだこのバカ、と内心で絶叫する真っ青顔の教授と現場監督。

 

 その時、発掘作業現場で崩落防止櫓が倒壊し、轟音と悲鳴と共に大量の粉塵が噴出。倒壊時に生じた粉塵嵐が地下空間に広がっていく。

 

「なんじゃ――――あっ!!」

 コッカの怒号もまた、粉塵嵐に飲み込まれていった。

 

     ○

 

 視界は皆無。騒音だらけで聴覚も当てにはならない。

 

 それでも、ベアトリーゼには全てが見えている。

 見聞色の覇気と異能による捜索探査。汗が触れても瞬きしないほどの集中力。自己暗示に近い野戦反応心理状態。投入しえる全てを用い、大量の粉塵が飲み込み覆った地下遺跡の全てが見えている。

 

 ロビンがハナハナの実で倒壊させた櫓が見えていた。

 立ち竦み混乱する奴隷や右往左往する海賊達が見えていた。

 怒号を上げようとして粉塵を深く吸い込み、激しく咳き込むヌーク兄が見えていた。

 眼瞼の無い両眼をギョロつかせて周囲を探ろうとしているジェーコの様子が見えていた。

 その場に伏せて両手で頭を守っている教授と現場監督の姿が見えていた。

 横倒しになったテーブルの傍らに落ちているハッチャー日誌が見えていた。

 

 だから、ベアトリーゼはハッチャー日誌を目指し、濃霧の如く広がった粉塵の中を全速力で駆けていく。アイススケーターが氷上を滑走するように姿勢を低く迅速に。足音はおろか装具の揺れる音すら漏らさずに。

 

 粉塵を切り裂いて一気に日誌へ肉薄。勢いを殺さぬまま、トンビが食べ物をかっ攫うように手を伸ばし――

 

「セーイセイセイセーイッ! あああああああああうっとぉしーいっ!!」

 瞬間、コッカが怒号を発し、

 

「!! 伏せるヤモ―――――ッ!!」

 ジューコが悲鳴のように警告を発した、その直後。

 

「オールレンジッ! ライムグリーン・スプラ――――ッシュッ!」

 炭酸飲料を思い切り振り回してから開封したように、ヌーク・コッカが“爆発”。全身から衝撃波と弾丸と化した高速飛沫が発せられ、粉塵だけでなく右往左往していた奴隷や海賊を次々と巻き込んでいく。

 

「ぎゃあああああっ!?」「ぐあああっ!!」

 悲鳴と共に奴隷達や海賊達が薙ぎ払われ、コッカを中心に粉塵が吹き払われる。

 

「船長、乱暴すぎるヤモっ!」「勘弁してくださいよ船長っ!!」「ぎゃああ、俺の、俺の足がアアアっ!!」「ああ……血が、血が止まらねえよぉ」「ぅあああ」「痛えよ痛えよ」

 身を起こして怒鳴るジューコや海賊達。土砂と血に塗れた死傷者達が苦悶とすすり泣きをこぼす。

 

 そして、着衣の汚れを払っていたコッカが、闖入者に気付いて眉根を寄せる。

「あああ~ん? だぁれだテッメ~。客を招いた覚えはねーぞオゥッ!」

 

 高速飛沫の嵐を防ぐため、足を止めざるを得なかったベアトリーゼが、コッカの目線に捉えられた。荒事慣れしたジューコや海賊達が即座に侵入者へ身構える。

 

 ベアトリーゼは顔を覆う昆虫面ヘッドギアの中で舌打ちしつつ、飄々と応じた。

「や、お気になさらず」

 

「気になるわ、バッカヤローッ! それに……テッメー、“なんで日誌を引っ掴んでやがる”ッ!」

 コッカは額に青筋を浮かべ、ベアトリーゼを睨み据えた。

「はっはぁ~ん。さてぁ今のぁテッメーの仕業だなぁっ? ド派手な陽動しかけて日誌を強奪()ろうってわけだ。味な真似し腐るじゃねーか、スベタがよォ」

 

「見た目の癖に巡りが良いね」

「誰が炭酸の抜けたコーラ頭だゴルァッ!!」

 軽口を叩くベアトリーゼに瞬間沸騰し、コッカは両腕をベアトリーゼへ向け、

「くらぁえ、ファンタカッターッ!」

 超高圧炭酸水の収斂放射。

 

 言わずと知れたように高圧水流によるウォーターカッターは鋼板だろうと容易く穿ち貫く。人体のような軟目標など造作もなく貫通/切断してしまう。実際、射線上に居た奴隷が巻き込まれ、真っ二つにされる。

 

 ベアトリーゼは舞うように側転やバク転を重ねて炭酸水のウォーターカッターを回避。

「くたばれクソアマっ!!」「撃て撃て撃てっ!!」

 そこへ、海賊達が拳銃や小銃で射撃を加えてくる。

 

 ち、と鋭い舌打ちをこぼし、ベアトリーゼは日誌を小脇に抱えながら回避運動のギアを一段上げる。高圧高速ウォーターカッターの攻撃をかわしている関係で、弾幕斉射の全てをかわし切れない。如何に高度な身体操作技法に基づく回避能力が高くとも面制圧射撃は厳しい。

 

 ベアトリーゼは見聞色の覇気で自分に命中する弾丸だけを判別し、着弾箇所に武装色の覇気を巡らせて超硬化。弾丸を撥ね退ける。

 

 銃声の斉唱と弾丸が撥ねる硬い音色が響く中、

「――あの女、覇気使いヤモっ!」

 ジェーコが警告するように鋭く叫ぶ。

 

 コッカが苛立たしげに怒鳴る。

「総員、抜刀っ! あのクソスベタを活け造りにしちめェっ!!」

 

『おおっ!』

 海賊達がサーベルやカトラスを抜き、ジェーコが覇気を巡らせたのか両手を黒く変色させる。荒事慣れしているだけに身のこなしに無駄がなく、間合いを詰めながらベアトリーゼを包囲していく。

 

 ウォーターカッターと弾幕が途絶え、ベアトリーゼは足を止めた。日誌を後ろ腰の雑嚢へ乱暴に突っ込み、どこか物憂げな声音で告げる。

「お前らの探し物は見つかったんだから、もうこの日誌は要らないだろ? 私が貰っても問題ないし、私がここから立ち去っても不都合がないはずでは?」

 

「どーんだけ自己チューな考え方してンだ、このアマッ! その古本がいくらしたと思ってやがるっ! 要らなくなったからってタダで手放すわきゃねーだろうがっ!」

 コッカが青筋を幾つも浮かべながら吠えた。

「だいたい……手前のもんを黙って奪われる海賊が居るかボケェッ!!」

 

「人がせっかく“命を助けてやる”って言ってるのに」

 はあ、とわざとらしく溜息をこぼし、ベアトリーゼは言った。氷のように冷たい声で。

「仕方ない。少し遊んでやる」

 

「セイセイセーイッ!! 吹くじゃあねーかスベタがッ!! ちっと覇気が使えるくらいでちょーしこくなよっ! グランドラインにゃあテッメー程度の覇気使いなんざ珍しくも何ともねーンだっ!」

 

 ベアトリーゼは既に悪魔の実の能力を“発動”している。誰も気づかぬままに。否、能力を使用するために、あえて下らないやりとりをしたと言って良い。

 

 動物系悪魔の実の能力者であり、常人と異なる知覚野を持つジューコのみ奇妙な“耳鳴り”を感じていたが、それは先ほどの倒壊とコッカの“爆発”のためだと気にしていない。

 

「クソスベタの血祭りパーティを始めてやらぁっ!!」

 コッカががなった、刹那。

「いいや。もう終わったよ」

 吐き捨てるように呟き、ベアトリーゼは右手を上げてパチンとフィンガースナップ。

 

 瞬間。

 ベアトリーゼを中心に不可聴域高周波の大波紋が地下世界に伝播し――

 

 

 

 

 

 ヌーク兄弟海賊団の船員ジャックはがちゃりと剣を手から落として、

「――ああ」

 神々しく輝く円盤型飛行物体(UFO)を見ていた。

 

    〇

 

「ゥウ……」

 海賊達は目から焦点を失い、茫洋としながら次々と武器を落としていく。いや、海賊達だけではない。奴隷達も茫然自失状態に陥り、虚空を凝視しながら棒立ちしていた。

 そして、誰も彼もが虚ろな目つきでブツブツと独り言を重ねたり、自分にしか見えない何かへ話しかけたりしている。

 

「な、何が――ジャック! マイクッ! ベンソンッ! 何してやがるっ!? 野郎共、さっさと武器を拾いやがれっ!」

 コッカが怒声を挙げるも、船員達は何の反応も返さない。

 

 ジャックは『誰も信じてくれないんだ。僕がUFOにさらわれたって。嘘じゃないのに』とブツブツ。マイクは頭を抱えて『ごめんなさいごめんなさい』と泣きながら謝り続け、性病持ちのベンソンは顔を押さえて『溶ける溶ける顔が溶ける』と悲鳴を上げていた。他の船員や奴隷達も似たような状態に陥っている。

 

「だめヤモ、船長っ! 皆、おかしなことになってるヤモッ!」

 無事に反応を返す者はヤモリ頭のエロボディ女ジューコだけ。そのジューコにしても、

「ヤモッ!?」

 体から力が抜けたようにその場からへたり込み、

「ジュー、コッ!?」

 コッカも足腰が言うことを聞かず、その場に膝をついてしまう。

 

「か、体が……何が――何が起きてやがるっ?!」

 混乱しながら、コッカはおそらく原因だろう存在を睨みつけた。

「テッメーッ! クソスベタ、何しやがったぁあっ!」

 

「解説が欲しけりゃニュース・クーでも読んでろ」

 ベアトリーゼは冷ややかに嘲笑う。

 

 この手の“創作物”なら手の内を御丁寧に(読者へ)解説することがセオリーであるが、このワンピース世界を現実世界として生きているベアトリーゼは、手の内を明かすような発言など絶対にしない。

 

 情報は重要な武器であり、情報は自身の墓穴にもなりかねない。たとえこれから死にゆく者であろうと、自身の優位性を損なうような情報開示は決してしない。

 臆病で慎重なネズミほど長生きできるのだから。

 

「他の雑魚共はともかく、能力者のお前ら二人はここで確実に殺しておくか」

 ベアトリーゼは絶対零度の殺意を発し、

「ふざけ――」

 

 怒鳴り返そうとするコッカの許へ一瞬で間合いを詰め、武装色の覇気をまとった漆黒の拳を動けぬコッカの顔面目掛けて放つ。

 

「やらせないヤモッ!」

 も、紙一重で割り込んできたジューコが武装色の覇気を纏った両腕で、ベアトリーゼの一撃を防ぐ。

 

 さながら砲弾と装甲が激突したかのような轟音がつんざく。

 

 ベアトリーゼはヘッドギアの中で密やかに眉根を寄せた。

 元よりあの技は悪魔の実の能力者と上位覇気使いには効果が鈍いが、これほど早く立ち直ってくることは予想外。

 

「ヤモリンドー・アーツッ! ゲッコーラッシュッ!」

 ジューコがデカパイを揺らすように大きく身をしならせ、左右の乱打を放つ。

 

 ベアトリーゼは高速乱打を危なげなく左右の手の甲で受け流す。ギャリギャリと金属が擦れ合うような衝突音が響き、

 

「――からのっ! ゲッコートリプルシュートッ!」

 ジューコの右足が鞭のようにしなり、下段蹴りが連続で放たれた。

 

 牽制の乱打から崩しの下段蹴りか。ベアトリーゼが下段蹴りを一度、二度と膝受けで防いだ直後、三度目の下段蹴りが突如軌道を変え、上段蹴りに切り替わる。

 

「!」

 首を刈り取るような勢いで迫る変形上段蹴り。ジューコの強靭な体幹と姿勢制御技能が無ければ実現不可能な、上位技法(オーバーアーツ)

 

 ベアトリーゼは咄嗟に身を捻ってかわすも、爪先がヘッドギアをかすめた。

 ばきり、とヘッドギアが壊れ、癖の強い夜色のミディアムヘアと小麦肌のアンニュイ顔が晒される。

 

「ヤモモモ、ぶちのめし甲斐のある可愛い顔してるヤモ」

 不敵に笑うジューコと鋭く舌打ちするベアトリーゼ。そして、

「その面ぁ手配書で見たぁ覚えがあるぜ……っ! 『悪魔の子』とつるんでるクソスベタだっ! たしか『血浴』のベアトリーゼッ!」

 コッカが怒りで強面を真っ赤に染めた。

 

「セイセイセイセイセーイッ!! 西の海をちょろちょろ逃げ回ってたメスガキ共が、グランドラインに来て、俺相手にはしゃぎましたってかぁっ!? たかが賞金数千万ベリー風情のガキが、この俺をっ!! ナァメやがってェ―――――っ!!」

 ブチギレまくるコッカ。

「テッメーも悪魔の子も、穴っつぅ穴をガバガバんなるまで犯してから、生きたまま剥製にしてやるっ! マーケットの中央広場に飾ってやるぞクソスベタッ!!」

 

「発情期のエテ公みたいにいちいち喚くな、鬱陶しい」

 麗しいアンニュイ顔で悪態を吐くベアトリーゼに、コッカは怒りのあまり貧血を起こしかけ、次いで、力の入らぬ足腰に活を入れて無理やり立ち上がった。

 

「ぶち殺すっ!」

 コッカが吠えた瞬間。

 

 ベアトリーゼは蹴った地面に砂煙を残し、瞬時にジューコへ肉薄。

「ヤモッ!?」

 ジューコはギョロ目を思わず蠢かす。ヤモリの強力な視力でも、自身の見聞色の覇気でも、動きを捉えられなかった。既に相手は攻撃挙動に入っている。迎撃も回避も間に合わない。被弾を前提にした防御しかない。想定被弾部位へ集中的に武装色の覇気をまとう。

 

 前世記憶を基に名付けられたベアトリーゼの一撃が放れた。

周波衝拳(ヘルツェアハオエン)ッ!!」

 

 ずどん。

 

「ヤモォ―――――――――――――ッ!?」

 打撃の暴虐的な衝撃がジューコの体内を蹂躙しつくし、ジューコの目と鼻と口から鮮血が噴出。これまで色んな相手と戦い、いろんな攻撃を食らってきたが、これほど強力無比な一打は食らったことが無かった。まるで体内で衝撃波が発生し、爆発したかのようだった。

 

 筋肉を圧潰され、骨を砕き折られ、内臓をいくつか破壊され、血流を激しく乱され、神経を焼かれたジューコはぐるりと白目を剥き、腰を抜かしたようにへたり込む。

 

 勝負はついた。が、ベアトリーゼは躊躇なく確殺の手刀をジューコの首へ向けて放つ。

 

 残忍だからでも冷酷だからでもない。能力者はしぶとい。確実に殺したと判断するには、首を落とすくらい必要――それがベアトリーゼの認識だった。

 

「させるかボケェッ!! ライムグリーン・スプラッシュッ!!」

 コッカの放った炭酸水の飛沫弾幕が迫り、ベアトリーゼはトドメを中止して飛び退く。

「覇気使いの能力者か。鬱陶しいスベタがよぉ~っ!! 何の実を食いやがった。超人系なのは間違いねぇ。催眠系能力か? 意識操作系能力か?」

 

「教える義理はない。何もわからぬまま死ね」と歯牙にもかけぬベアトリーゼ。

 

「テッメェ~、それでも海賊かぁ? 海賊が手前を誇り名乗らねぇでどうするっ!」

「私は海賊じゃない」

「なら……テッメーは何だってンだっ!! ファンタカッター・バラージッ!!」

 

 炭酸水のウォーターカッターが乱れ放たれ、地面を削り、遺跡を穿ち、巻き添えに海賊や奴隷がぶった切られる。

 

 絶対貫通切断の水流刃を舞うようにかわしながら、ベアトリーゼはせせら笑い、

「私は『悪魔の子』の番犬(ガードドッグ)。そして、私は」

 笑みを消して誇りを湛え、

「ニコ・ロビンの仲間だ」

 踊るようにウォーターカッターの群れを掻い潜り、跳躍してコッカのクロスレンジへ。

 

「テッメ」

 容易く懐へ潜り込まれて強面を引きつらせるコッカの顎に目がけ、

「弾丸撃(ゲショシュラーク)ッ!!」

 ベアトリーゼは全身の体重を乗せた漆黒の拳を叩きつけ――

 

 

 ずがん。

 

 

「―――――――――――――――――――ッ!」

 コッカの口から発せられた音声はもはや言語になりえなかった。カエルパンチと呼ぶにはあまりにも暴威的な一撃により、コッカの巨躯はロケットの如く打ち上げられ、凄まじい勢いで天井の巨岩の中心へ激突した。

 

 直後、地表貫通弾を叩きこまれたような大衝撃が天井の巨岩を通じ、地下空間を支える通りの建築物群へ伝播。地下空間全体がめきめきと不吉な悲鳴を上げ、軋み、震え始める。

 

 地下空間を満たす破滅の音色に、ベアトリーゼはアンニュイ顔を蒼くした。

「やば。下手打った」

 

 ベアトリーゼが反省の言を呟いた瞬間。

 天井の巨岩にビキッと無数の亀裂が走り始めた。

 

 

 

 

 地下空間全体を震わせる強烈な揺れ。そこら中から不穏な音色が響きだす。

「ビーゼ、やりすぎよ……っ!」

 戦闘に加わらず、先んじて退路を確保していたニコ・ロビンは眉間に深い皺を刻む。

 

 そこへ、夜色のミディアムヘアを揺らしながら駆けてくるボディスーツ姿の美女。この不吉極まる音色と震動を生み出した元凶、ベアトリーゼのカムバックだ。

「ごめん、ロビンッ! しくじったっ!」

 

 ロビンはベアトリーゼの無事に安堵しつつも、天井の巨岩にビキバキと走っていく無数の亀裂を目にし、顔を蒼くした。

「急いで地表へ脱出しないと……っ!」

 ロビンがそう告げた直後。

 

 

 天井の巨岩が中心から砕け、大量の岩石を先鋒に土砂の激流が降り注いだ。

 




Tips
 拷問:人間の品性と想像力の技術。

 ライムグリーン・スプラッシュ。
 スプライトはコカ・コーラ社の製品。技の元ネタを気付いてもらえるだろうか。

 ファンタカッター
 ファンタはコカ・コーラ社の製品。基本はグレープとオレンジ。シーズン限定テイストがたくさんある。ナチス時代のドイツで開発された物が原点。

 UFO
『砂ぼうず』のオマージュ。

 ヤモリンドー・アーツ
 ジューコのオリジナル戦技。ノリで作ったので深く考えてない。

 周波衝拳(ヘルツェアハオエン)
『銃夢』に登場するパンツァークンストの基本奥義。打撃に周波数による振動を乗せて放つ技。
 主人公は自身の能力を考慮した結果、前世記憶を基にこの名を付けた。
 

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