彼女が麦わらの一味に加わるまでの話 作:スカイロブスター
金獅子海賊団の旗艦たる島船は、今や幽霊船のような有様だった。
白骨海域内で生じた突発性サイクロンを完全には避けきれず、船体のあちこちがヨレている。
船がサイクロンを避けきれなかった最大の原因は、岩塊を宙に浮かべている原動力――フワフワの実の能力者シキの力が鈍っていたからだ。
「大親分。メルヴィユの方は高度が落ちたそうですが、問題ナシとのことです」
多数の電伝虫を扱う通信士が、船長席で猛烈な不機嫌面を浮かべているシキへ報告した。
落雷の直撃を浴びたシキは、全身のあちこち――特に舵輪の刺さっている禿頭と剥き出しの刀を義足代わりにしている両足の接続部に酷い熱傷が出来ており、顔の右半分から右胸に掛けてシダ紋様の電熱傷が走っていた。
「そりゃ何よりだ。島船がこの様じゃあメルヴィユに帰るまで時間が掛かる」
仏頂面のままシキは盃を口に運ぶ。高価な美酒なのだが、体中の痛みと不愉快な気分のせいで味わいもいまいちよろしくない。
……あんな小娘にしてやられるとは。思った以上に実戦の勘が鈍ってやがる。
血浴のベアトリーゼとの戦い自体はシキの辛勝といえる結果だったが、戦略目標であるチレンの確保は失敗に終わった。試合に勝って勝負に負けた。そんな結末に苛立ちが募る。
ベアトリーゼはズタボロの有様で海に落ちた。能力者であの重傷。潜水装備も酷く損傷していたから、助けが無ければ確実に溺死しているだろう。
しかし、シキはあの小娘が死んでいると思えない。ああいう手合いは確実に息の根を止めない限り、死なないというのがこの海の通り相場だ。
「勇んで出馬してこの様じゃあ、下のモンに示しがつかねェな」
金獅子海賊団。中枢と直属の人員はともかく傘下の海賊共は、打算の関係に過ぎない。
“たかが”3億8千万程度の一匹狼、それも小娘にしてやられたとあっては、連中が『金獅子のシキも焼きが回った。今じゃ小娘一人始末できねェ』などと見做し、下剋上や裏切りを目論みかねない。
適当な海賊なり海軍部隊なりを血祭りにあげ、手綱を締め直しておく必要がある。
シキが酒を呷りながら思案していると、通信士が報告してきた。
「大親分。ドクター・インディゴ様から通信です」
「スピーカーにつなぎやがれ」
『シキの親分。能力者の小娘にしてやられて、ドクター・チレンの確保に失敗したとか』
スピーカーの向こうからのズバッと遠慮のない物言いに、船員達がギョッと目を剥く。
「ジハハハハ。耳に痛ェこと言うじゃねェか」
が、シキ自身は苦笑いを返す。自身の右腕と認めるインディゴだからこそ許される毒舌。
『聞いたところでは、ザパン君を戦いに投入していないそうですね』
「おう。上手い機会が無くてよぉ……チレンにゃ逃げられちまったし。ビブルカードで追跡は可能だが、一旦戻って立て直さねェと無理だな。今回は出番ナシだ」
シキがデカい絆創膏を貼った顎を撫でながら応じれば、ピロピロピロと笑う声が返ってくる。
『親分。提案させていただきたいことがあります』
片眉を上げつつ、シキは盃を傾けてから、インディゴに先を促す。
「言ってみやがれ」
〇
海鳥の優しい歌に誘われ、ベアトリーゼは目を覚ます。
「つぅ……っ!」
全身の痛みが酷く、思わず苦悶がこぼれた。意識がぼやけたまま目を動かし、周囲を見回す。
テントの中? 揺れていないから陸地らしいが……なぜ? ここはどこ?
不鮮明な記憶のページをめくって最終記述を探す。白骨海域の外れで鶏冠ジジイと戦い、積乱雲と乱気流を作り出して、野郎諸共に雷を浴びて……
ダメだ。そっから思い出せん。まぁ……まだ死んでなければ、牢にぶち込まれても拘束もされてない辺り、金獅子に捕えられたり、イカレポンチ共に囚われたりしているわけでもないようだし、陸地ということは白骨海域内ということでも無かろう。
マジでどこだよ。
ベアトリーゼは掛けられていた防水布を下げて上体を起こし、体を見回す。潜水服は脱がされており、Tシャツとボクサーショーツに着替えさせられていた。
……ブラをつけてない。
もぞもぞと確認。ん。意識が飛んでる間にレイプされたわけではないようだ。純粋に着替えさせられただけらしい。
両腕は指先から肘の辺りまで包帯が巻かれており、体のあちこちにガーゼや絆創膏が貼られ、軟膏が塗りたくられていた。
ベアトリーゼは痛む右手で左腕の包帯を少しめくる。酷い電熱傷で肌が爛れていた。おそらく右腕も似たようなものだろう。カランビットとダマスカスブレードが通電触媒になってしまったらしい。おかげで感電が重傷化してしまった。
両手を握ったり開いたり。腕を伸ばしたり、畳んだり。肩を回したり。ズキズキと痛みが酷いし、肌が突っ張る感じもするが、とりあえず指は動く。力も籠められる。見た目は酷いものの、熱傷深度は深くなかった。
枕元にはダマスカスブレードと装具ベルト。カランビットは無く鞘だけ。逸失したか。
次いで、ベアトリーゼは見聞色の覇気を展開する。
テントの外は緩やかな波が揺れる白い砂浜。テントが立つ周りは海岸に臨む木立で、木々に紅葉が混じっている。燦々と煌めく太陽の位置はオヤツ時手前くらいで、陽気はどこか涼しく潮風が仄かに冷たい。
秋島……? アラバスタ‐ジャヤ間の航路にそんなもんなかったはず。ということは隣接する別の航路? それとも航路と航路の間にある島か? 分からん。
そして、砂浜に接する岸壁に赤黒のトビウオライダーが見え隠れしていて、テントの前。石で作られた簡易かまどで、亜麻色髪の美女が薬缶でお湯を沸かしていた。
チレン? なんで? 逃げろって言ったよな? どゆこと?
ベアトリーゼはふらつきながら立ち上がり、Tシャツにボクサーショーツのまま、テントを出る。
「目が覚めたのね」
チレンが安堵の溜息をこぼす。
「私はどれだけ意識を失ってた?」
薬缶を手に取り、チレンはカップにお茶を淹れてベアトリーゼに差し出した。
「まだ24時間経ってない。それと、貴女の潜水服と装備だけど、ぼっろぼろよ。直るかどうかは私には分からないわ。あと、ここは小さな無人島みたい。貴方が寝てる間に少し散策してみたけれど、二日三日あれば、海岸線を一周できる程度しかないわ」
「ここへの経緯は?」
カップを受け取りつつ、ベアトリーゼは問いを重ねる。
「海中から逃げろって言われたけどね。あんな海藻だらけの海域、私が抜けられるわけないでしょ。海底でずっと様子を窺ってたら、貴女が沈んできたの。慌てて貴女を回収して、なんとか溺れないようにして、夜まで待ってから海上を進んで、白骨海域を出たわ。まあ、出たら出たで高速海流に捕まっちゃってね。後は流されるままにこの島よ」
ベアトリーゼはチレンの説明を聞き、大きく溜息を吐く。
「最後。あの鶏冠ジジイは?」
「生きてる」チレンは憎々しげに「重傷を負ったみたいだけど、自力で島船に戻っていった。向こうも損害が大きかったようね。少なくとも今のところは追ってこないわ」
「そっか」
ベアトリーゼはカップを置き、痛む腕を組んでしばらく瞑目した後、
「あああああっ!! くそっ! 負けたっ! 殺せなかったっ! 悔しいいいっ!!」
怒号を挙げながら地団太を踏む。
チレンは呆れ顔を作り、小さく肩を竦めた。
「元気そうで良かったわ」
ひとしきり怒鳴り喚き散らしてスッキリし、ベアトリーゼはお茶を口に運ぶ。と。引き締まった腹から、下水管が詰まったような音がした。
「……腹減った」
「空腹を知らせるにしてはひっどい音ね」
チレンが苦笑いを寄こした。
〇
保存食で当座の“燃料”を補給後、ベアトリーゼは体調の確認がてら小さな島を散策し、ついでに飲料水や食い物を確保する。
「山菜はともかく……」チレンはベアトリーゼの手元を凝視し「それは何?」
「トカゲ」
ベアトリーゼは30センチくらいある太ったトカゲをチレンに見せ、にっこり。
「美味そうだろ?」
「……私は砂浜で獲れた魚介でいいわ」とチレンがそっと目を逸らした。
で。
麦わらの一味が海上で元ドラム国王ワポルをぶっ飛ばし、ナミを治療するためドラム王国を目指していた頃。
無人島の砂浜で美女2人がサバイバル飯を囲む。
トカゲは鱗と皮を引っぺがし、内臓を引っこ抜き、ハーブと塩コショウして串焼きに。野営用鍋で魚介と山菜の磯汁が湯気を昇らせていた。
焼き物と汁物が完成するまで、直火焼きした大きなドングリの皮を剝いて齧る。
ホクホクして焼き栗みたいだけれど、渋みが酷くて不味い。それでも、貴重な炭水化物だ。食べておく必要がある。
しかめ面をしながら焼きドングリをポリポリと齧るチレン。
平気な顔して焼きドングリをボリボリ食べるベアトリーゼ。
「ホントにトカゲ食わないの? 美味いのに? 鶏みたいなもんだよ?」
「お気遣いだけで」チレンは迂遠に、だが、断固として拒否する。
「そう? じゃ遠慮なく」
ベアトリーゼはトカゲを手に取って頭から丸齧り。
「焼いた脳ミソがトロフワで美味いんだ」
「そう……良かったわね……」チレンは生暖かい目を返した。
野趣溢れる食事が済み、食後の御茶を嗜んでいるうちに日が傾き始めた。
ベアトリーゼが高周波を発動した指でダマスカスブレードの刃を研いでいると、チレンがおもむろに問う。
「……奴を殺せそうだった?」
「クソイカレポンチの邪魔が無けりゃあ、心臓を真っ二つにしてやれたよ」
ベアトリーゼはダマスカスブレードの刃を指でなぞっていく。木目紋様を宿す鋼刃が夕陽を浴びて艶めかしく輝いた。
「もしも……もう一度シキと戦う機会があったら」
チレンは煙草を取り出し、火を点して紫煙を吐く。紫煙越しにベアトリーゼを見た。
「今度こそシキを殺して」
酷薄な眼差しを向けてくるチレンを一瞥し、ベアトリーゼは整備を終えたダマスカスブレードを鞘に戻す。
「この仕事に殺しの依頼は入ってない。白骨海域のドンパチはあくまであんたを配達するための手段だ。鶏冠ジジイはムカつくし、邪魔臭いし、殺せるもんなら殺したいくらいだけど、殺し自体が目的じゃない」
「大立ち回りをする前と言ってることが違うようだけど? それとも敗けたことで考えを改めたのかしら」
煽るような物言いをするチレンに、
「言いくるめようとするな」
ベアトリーゼは疎ましげに鼻息をつく。アンニュイな面差しで気だるげに切り返す。
「あんたにはくたばりかけたところを助けられた借りがある。でも、それはそれ、これはこれ。私にあの鶏冠ジジイを殺してほしいなら、きちんと別途に交渉しなよ。相応の対価を用意するか、私を説得して絆すか、諦めて政府の奴らに情報を売って、奴らに金獅子を殺して貰え」
道理と筋の問題だ。
「……」
チレンは苦々しい面持ちで紫煙を吐き捨て、大きくゆっくりと息を整えてから、上着の懐から写真を取り出した。
写真の中で柔らかく微笑むチレンと同年代の男性と幼子。
愛おしげに、切なげに、悲しげに写真を撫でて、チレンはポツリと言った。
「奴らは私の夫と子供を殺した」
〇
それは“赤髪”シャンクスが四皇と呼ばれ始め、ベアトリーゼがガレーラカンパニーを退職し、プリティ海運の許に身を寄せていた頃のことだ。
グランドライン後半“新世界”。某世界政府加盟国。
チレンは俊英の流体力学研究者として、惑星環境力学的観点から摩訶不思議なグランドラインの海流や気象を科学的に解明しようという試みに参加していた。
当時のチレンは20代半ばながら、既婚者で幼い子供もいた。
夫とは学生結婚で、出産も学生のうちに経験。研究者と母親の二足の草鞋は大変な苦労の連続だったけれど、その苦労を大きく上回る幸福と充実を抱いていた。
研究者として、妻として、母親として、チレンは順風満帆の生活を送っていた。
少なくとも、あの日まで。
当時、“新世界”は荒れていた。
新たな皇帝の登場で皇帝達や大海賊達の抗争が激化しており、ビッグマム海賊団をして主力を担う年長者組が前線に出ずっぱりだった(その最中に“お使い”を命じられたガレットとモスカートが蛮姫と出くわした)。
チレンを襲った凶事は、そうした“新世界”の時勢によって起きた。
百獣海賊団の旗を掲げた海賊船団がチレンの国を襲撃し、蹂躙した。大勢が殺されるか、誘拐された。金穀から資源まであらゆるものが奪われ、あらゆるものが壊され、焼き払われた。
チレンは他の女性研究者と共に捕まり、強姦された。殺されたり連れ去られたりせずに済んだのは、ケダモノ共の気まぐれに過ぎない。
心身をこれ以上ないほど傷つけられ、チレンが苦痛と恥辱の涙と血を流しながらも自宅に帰りつけば、半ば破壊された家屋の中で、血溜まりに夫と幼い我が子が斃れていた。
喧嘩もしたことがない夫は激しく抵抗したのだろう。骸はずたずただった。
幼い我が子の小さな屍は頭を踏み潰されていた。
その場に崩れ落ち、チレンは喉が張り裂けんばかりに慟哭した。
この日、チレンの魂は修復不可能なほど決定的に張り裂けたのだ。
・・・
・・
・
煙草を燻らせながら、チレンは論文の内容を読み上げるように我が身に起きた惨事を淡々と語った。
ベアトリーゼは黙って話を聞く。
悲惨な話だと思う。同時にありふれたことだとも思う。ベアトリーゼはこの手の出来事の被害者だったこともある。加害者だったこともある。傍観者だったこともある。
「それから、役立たずの国軍とのろまな海軍がやってきて、私を医療キャンプに放り込んだ。医者が言うには、私は狂乱して兵隊達に叫んでいたそうよ。奴らを殺して。奴らを殺して。奴らを殺してって」
チレンは短くなった細巻を焚火に放り込み、感情が抜け落ちた瞳で燃えていく吸殻を見つめる。
「国軍はもちろん、海軍も動かなかった。あの無駄飯くらいの駄犬共、新世界の情勢が荒れてて、動く余裕がなかったんですって」
「ま、連中は今だって手が足りてないしな」とベアトリーゼが物憂げに合いの手を入れる。
「あれは襲撃から少し経った頃だった」
チレンは新しい煙草を取り出しながら話を続ける。
「首を吊ろうとしてた時よ」
・
・・
・・・
起きていれば、夫と息子を失った喪失感と我が身を襲った不幸の大きさに押し潰されそうだった。
眠ろうとすれば、自分をぐちゃぐちゃに壊した暴力と、焼け焦げた夫と我が子の姿が鮮明に浮かび上がり、恐怖と絶望に打ちのめされる。
荒れ果てた自宅を片付けることも出来ず、日々の生活もままならず。
チレンは耐えられなかった。もう堪えられなかった。現実の残酷さと無慈悲さに。
床に残る夫と我が子の血痕の前で、細首に縄をかけようとした刹那、チレンの許を“客”が訪ねてきた。
上等で高価な着衣の紳士――の振りをした『悪党』だ。チレンは即座に分かった。自分を凌辱して嘲笑っていたケダモノ達と同じ目をしていたから。
紳士気取りのケダモノは、投資を打診する銀行員のように礼儀正しく語った。御丁寧にお悔やみの言葉を最初に並べ、隠すことなく自身が金獅子海賊団の者だと名乗る。
「チレン先生。医者や司祭は貴女を救えません。薬や酒をどれほど飲もうとも貴女の痛みは和らがない。今、貴女に必要なのは目的だ。この世界の非情さに立ち向かう強い動機と言ってもいい。私達は貴女に生きる目的と動機を提供できます」
「あのクズ共と同じ海賊が私に何を出せるというの?」チレンが罵倒するように言えば。
「御家族の復讐。貴方自身の報復」と紳士気取りのケダモノは答えた。
チレンは咄嗟に言葉を紡げなかった。その言葉ががらんどうになっていた心に深く浸み込んでいく実感に脳が痺れ、体が震えていた。
そんなチレンへ、紳士気取りのケダモノは悪魔のように微笑んだ。
「貴女がどれほど訴えようと、海軍は動きません。連中は大海賊に手を出さない。戦力が足りないとか、時勢が悪いとかいろいろ理屈を並べますがね。結局のところは『負ける』というリスクを冒す勇気が無いんですよ、あいつらには」
「貴方達ならあると?」
「ええ。貴女のような才能ある人が手助けしてくれるなら。シキの大親分は貴女が才能を発揮するために必要なものを、能う限り用意する準備があります」
握手を求めるように、紳士気取りのケダモノは手を差し伸べた。
チレンは迷うことなく、その手を取った。
既に復讐と報復のこと以外、何も考えられなくなっていた。空っぽの心は怨恨の炎で燃え上がり、憎悪が全身に活力を与えていた。
誰も仇を取ってくれないなら。
誰もこの恨みと憎しみを晴らしてくれないなら。
私が自分で成し遂げる。
悪魔と手を組んででも。
・・・
・・
・
「だけど、あんたはシキを裏切った」
「私の国を襲った百獣海賊団は、シキと取引していた」
ベアトリーゼの指摘に、チレンは吐き捨てる。ありったけの敵愾心を込めて。
シキの下で復讐と報復の研究に取り憑かれていたチレンは、ふとした機会に知る。
百獣海賊団が襲わずとも、チレンの国は元々シキが襲う予定だったことを。
狙いはチレンを含めた科学者達とその研究資料。シキは浮揚能力をより効果的に運用するため、惑星環境学を扱っていた科学者達と研究資料を欲していたのだ。
シキは大量の武器調達のため、ロックス時代の縁から百獣海賊団とワノ国製武器を取引しており、その代価としてチレンの国を共同襲撃する計画を持ち掛けた。
金穀やその他を百獣海賊団に譲るが、科学者達や資料は無傷でシキが手に入れる――そういう話。もっとも、先走った百獣海賊団のアホ共が科学者達を害し、資料も少なからず破損させてしまい、以降、両者の取引は途絶えた。今、シキの武器調達は“ジョーカー”経由で行われている。
真実を知った時、チレンの胸中に生じた感情の爆発は、如何なる言葉でも表現できない……
復讐に心を焼き尽くされたチレンが、メルヴィユの拠点内で弾薬や燃料を爆発させたり、インディゴの危険な微生物や化学剤を散布させるといったテロ的手法を取らず、シキの許を出奔して海軍に情報を密告しようとした理由は、その方法では化物染みたシキを殺しきれない可能性が高いから。
復讐に理性以外の全てを削ぎ落とされていたからこその冷徹な判断。
同時に、クズ共に何もかも奪われ、何もかも壊され、挙句は仇に騙されていた女の復讐心は、もはやシキを殺すだけでは収まらない。全てが憎い。
自分を騙し操っていたシキが。全てを奪った百獣海賊団が。民を守れなかった国が。海賊共をのさばらせる海軍が。全てが憎く、恨めしく、許せない。
「それで。まずはシキと海軍をぶつけ合わせて、双方を滅茶苦茶にしてやろうとしたわけだ」
ベアトリーゼはアンニュイ顔でシニカルに笑う。
「学者先生らしい小賢しい悪企みだね。しかも海より深く暗い情念たっぷりだ」
くつくつと嘲る蛮姫にチレンは不快を隠さない。
「子供を勘違いで殺しても気にしない貴女には、理解できないかもね」
悪罵を浴びせられても、ベアトリーゼは鈴のように喉を鳴らす。
「“気に入った”よ。チレン先生。その渇望を叶えられるかは確約できないけれど、一つ約束してあげる」
宵の帳が落ち始めた空から注ぐ夕陽の残照と淡い月光を浴び、暗紫色の瞳が妖しく煌めいた。
「あの鶏ジジイともう一度戦う機会があったら、私が殺す」
Tips
シキ
辛勝。後始末を考えると頭が痛い。
ベアトリーゼ。
惜敗。悔しいいいいいいいいいい!
チレン。
悲惨な過去が明らかになった。