ルリが、ドラゴンが百合だと言うことに判断すると共に、炎を吐き出したその日の夜。ルリが無意識のうちに炎を吐き出した河原の騒ぎが収束し、夕暮れが空を茜色に染め始めた頃。
俺は駅前のベンチに腰掛けていた。
「本当にごめん、姉さん。いきなり変なことを頼んで」
待っていたのは、もちろん俺の姉。
少し疲れた様子で現れた。それでも、俺を見る目は温かい。
「そんなに気にしないでよ。それにしても、こうやって話すのって、結構久しぶりだね」
姉さんは苦笑いしながら言った。基本的にズボラで引っ込み思案な性格だが、俺にとってはいつも的確なアドバイスをくれる頼りになる姉だった。
以前住んでいたマンションをトールさんたちと同居するために引っ越し、今はルリと同じ高校に通うため一人暮らしをしている俺の部屋は元々姉さんの部屋だった場所だ。
「にしても、ドラゴンねぇ。私の周りにはなんでこう……」
姉さんのぼやきに俺は申し訳なくなる。まさか幼馴染みがドラゴンだったとは夢にも思わなかっただろう。
「いや、その本当に悪い」
「別にあんたが気にする必要はないから。ルリちゃんだって、いきなりドラゴンって言われたらびっくりするのは当たり前だしね」
姉さんはそう言いながらも、内心では心配しているのが分かる。ルリのことは子供の頃から知っていて可愛がってくれていた。
「にしても、ドラゴンねぇ。そう言えばあんた、ルリちゃんと進展したの?」
突然の問いに俺はポカンとする。
「進展? 進展ってどういう意味なんだ?」
「まぁ、私も人のこと言えないからね」
姉さんは曖昧に笑って流そうとする。何か深い意味がありそうだが追及する暇はなかった。
「朝起きたら角が生えてびっくりしてたよ」
とりあえず話を戻し、昨日の出来事を簡単に説明しながら河原へ向かう。約束の場所へ向かう道すがら、姉さんはルリについて感慨深げに呟いた。
「ああ、あそこあそこ。あそこで確かトールがルリちゃんに……」
到着するとそこには信じられない光景が広がっていた。メイド服姿のトールさんが、ルリと叔母さん相手に熱弁を振るっている。
「それでそれで! 小林さんが私を庇ってお父さんに叫んだ時なんて……もう!」
その迫力に圧倒される。傍らで姉さんは「……あの馬鹿」と低く唸っていた。普段は飄々としている姉さんだが、トールさんへの愚痴が出るあたり相当参っているらしい。
「トール」
姉さんの呼びかけにトールさんはギクリと体を強張らせた。
「えっ、あっ…こっ小林さん! それに弟さんもなんでここに?」
「少し様子を見に来たつもりだけど、これはどういうことなのかな?」
「いやいや、えぇっと……」
先ほどまでの饒舌さが嘘のようにしおれるトールさん。最強のドラゴンでも愛する人には形無しだ。
「ルリ、叔母さん、大丈夫か?」
「うぅ、小林ぃ……あのトールって人、喋り出したらマシンガンみたいに止まらないんだけどぉ」
「それはそうだね。そして私にも少し目的ができたし」
「目的?」
俺の疑問に姉さんは含み笑いを浮かべた。
「ドラゴンのおっぱいは火炎袋を人間態に押し込んだものであり、炎を貯め込むために大きいことが分かる」
ルリが唐突に講義を始めた。火炎放射の原理を説明するその目は真剣そのものだ。
「それで?」
「つまり私がより強い炎を出すことができれば—」
ルリは拳を握り締めた。
「私の胸も大きくなってトールさんのような巨乳になれる!」
「トールさぁん?」
ルリの豹変ぶりに唖然とする俺たち。完全にトールさんに洗脳されてしまったようだ。
「うぅ、小林さぁん……」
先ほどまで姉さんにお灸を据えられて縮こまっていたトールさんは涙目で訴えかけてくる。
「まったくあんまり姉さんにしつこいと駄目だよ」
「そう言われても弟さん。私のこの小林さん愛は止められないんですよ!」
トールさんは堂々と言い切った。人間とドラゴンの壁どころか同性の壁さえ越えてゆく鋼のメンタルだ。
帰り道、姉さんはルリと並んで歩きながら何か話している。残された俺はトールさんと二人になった。
「それで、あなたはどうするつもりなんですか?」
「どうするって?」
俺が怪訝そうな顔をすると、トールさんはじっと見つめてきた。
「ルリさんのこと好きなんでしょう?」
「別に。ただの幼馴染だから心配なだけだって」
「ふぅん。人間は結構不便ですね。いや、ドラゴンも似たようなものですか」
トールさんは少し寂しげに肩をすくめた。彼女の経験からくる言葉だと思うと重みがあった。
「まあでも早めに自分の気持ちには正直になった方が良いですよ。知り合いにはかなりの堅物もいますし」
「それってエルマさんとかですか?」
「まあそうです。私としてはあなたが小林さんの弟だからなるべく幸せになってほしいですけどね」
「ははぁ……やっぱ姉さんラブですね」
「ふっ。何を当たり前のことを」
トールさんは自信満々に頷いた。迷いのないその姿に思わず笑ってしまう。
分かれ道に来て互いに別れを告げた後、俺はルリと叔母さんと三人で帰路についた。
「にしても小林にドラゴンの知り合いがいるなんて」
「本当よね。しかもあんなにおっぱい大きいなんてねぇ」
「叔母さん! なぜそこにこだわる!?」
思わず突っ込んでしまう。
「だったらトールさん以外のドラゴンでおっぱいが小さい子は何人くらいいるの?」
「ん?」
俺は知り合いのドラゴンを思い浮かべた。まず男のファフニールさんは除外。次に子供のカンナちゃん……うーむ微妙だ。
残るのは大人の女性型ドラゴン二人。ルコアさんとエルマさん。
「子供は入る?」
「ってことはいないんだね」
ルリが恨めしそうな目で見上げてくる。
「まあドラゴンの知り合いは5人で子供と男で2人。残り3人は……」
「デカいんだね!」
ルリは歯噛みしながら宣言した。
「私ドラゴンの力を使いこなす! そして!」
ルリの視線は遥か上空を見据えている。俺にはトールさんの幻影がはっきりと見えた気がした。その胸元を。
「まずは正しい炎の吐き方を覚えてからにしようぜ」
「うるさいな! 私は燃え滾ってるんだ!」
ルリの決意表明に俺は苦笑い。こうして奇妙な日常が始まった。
「さて……これからどうなるんだろうな」
空を見上げながらぽつりと呟くと、ルリも一緒になって見上げた。その目は希望に満ちているようでいて、どこか危険な予感が漂っていた。
明日も平和な一日であってくれますように——なんて祈りが届かないことはすでに明白だった。
イルルは2人目のヒロイン?
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あり
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なし