次の日、教室が妙に静まり返っていた。
理由は簡単だ。ルリが朝からずっと俯いたまま。授業中も窓の外を虚ろな目で見ていた。
その様子を見ていて、ユカは俺に話しかけていた。
「小林君、ルリ、何かあったの?」
そう尋ねられたが。
「・・・まぁ、少しドラゴン関連でね」
「あぁ、なるほど」
その一言で悟ってくれたようだ。ありがとう、ユカ。
現在、この街で起きた出来事に少なくともルリは驚きを隠せない。
平穏な生活から、ドラゴンという非日常が多少は入っていた。
それでも、ドラゴン同士の戦いは、ルリにはあまりにも刺激が強すぎた。
けれど。
「あのイルルは、多分」
あの時のイルルがこちらを見ていた視線。
それは、ただ単なる殺気では無いような気がした。
それを確かめるために、今日は俺1人で帰路を選んだのだ。
ルリには悪いが、今日はユカに任せておけば問題ないだろう。
街並みはいつもと変わらない。
だがその一角にある公園が、昨日の戦場だったと思うと不思議な気持ちになる。
ベンチに腰掛け、しばらく考え込んでいると——
ザッ。
足音が響いた。
ゆっくり振り返ると、そこには鮮やかな赤い髪と鋭い深紅の瞳を持つ姿があった。
イルルだ。
「あんた……ここで何やってんの?」
イルルは怪訝そうな顔で俺を見る。
マント一枚に下着のみという露出度の高い服装。
歩くたびに翻る布地の隙間から見える素肌に、通行人が次々と視線を奪われる。
(あぁやっぱり)
「とりあえず先ずは聞きたいことがある」
「ほぅ、なんだ」
俺の正面にイルルは堂々と立ち、腕組みをする。
その大胆な姿勢で胸がマントからはみ出しそうになっており、周囲の注目を集め始めた。
「まず一つ聞きたいんだけどさ」
「なんだ?」
「そういう格好で往来を歩いて恥ずかしくないの?」
俺の一言に周囲の人々が思わず咳き込んだ。
イルル自身も一瞬目を丸くする。
「そんなに可笑しい格好か?」
「この世界では可笑しい格好だがな」
「人間はよく分からない。まぁ、だから知りたいんだがな」
それと共にイルルは、俺の方を見る。
「何故お前は、あのドラゴンを守っていた」
「ドラゴン?あぁ、ルリか」
その言葉の意味を理解して、俺はすぐに返答する。
「そりゃあ、ドラゴンであろうとルリは友人だ。
例え相手がトールやエルマであっても同じように守るさ」
「なぜだ?」
「それは俺達が友人だからだよ」
イルルは少し考え込むような仕草を見せる。
「友人だからだと?」
それには、イルルは心底驚いた様子だった。
「そんなに可笑しい事か?」
「可笑しいだろ。だって、お前の方が明らかに弱いのに」
「・・・それが守らない理由になるのか?」
イルルの困惑する表情を見ながら、俺は懐から鯛焼きを取り出す。
「元々エルマさんに渡すつもりだったけど、食べる?」
渡される鯛焼きに戸惑いを隠せないイルル。その手が微かに震えている。警戒心丸出しのその顔に苦笑しながらも、俺は自分の分を一口かじった。
サクッといい音を立てて餡子の甘い香りが鼻腔をくすぐる。うん、美味い。
「ほら、毒なんて入ってない」
俺がそう言うとイルルは少し眉をひそめてから、ためらいがちに受け取った。その指先が触れた瞬間、一瞬だけ体温を感じた気がする。こんな戦闘狂ドラゴンでも温かいんだなと思ってしまうあたり、俺も相当おかしいかもしれない。
イルルがおそるおそるかぶりつく様子を横目で見ながら考える。
異世界のドラゴンという存在だからこそ持つ考え方。きっと彼女にとって「人間とドラゴンが一緒に暮らす」というこの日常自体が理解不能なのだろう。それが昨日の破壊衝動に繋がっているのかもしれない。
(なんか引っかかるんだよな)
昨日見たイルルの視線。敵意だけじゃない、何か――まるで古い殻を被ってるような、無理に感情を押し込めている感じ。それが妙に気になっていた。
一方でイルルは明らかに狼狽えている。鯛焼きを咀嚼する口元が歪み、「くそ……うまっ……」と小さく漏らす声さえ聞こえる。そしてまたすぐに厳しい表情に戻ろうとする。
「おい人間」
「ん?」
「こんなことをして何が狙いだ?」
吐き捨てるような問いかけに苦笑いが浮かぶ。やっぱり信じきれてないか。まぁ無理もないけど。
「狙いなんてないよ」
あっさりと言い放つ俺に、イルルはますます眉間のシワを深くした。
「俺にとっては当たり前のことなんだ。ドラゴンだからって特別扱いするわけでもないし、敵意がないなら追い出したりもしない。ただそれだけさ」
その言葉にイルルは一瞬だけ動きを止め、遠くを見つめた。
「人間は……敵だ」
ぽつりとこぼれた声は今までとは別人のように小さく脆かった。
「ずっとそう教わって育ってきた。なのに……」
そこまで言って唇を噛み締める。その姿があまりにも痛々しく見えて思わず肩に触れそうになるが寸前で踏みとどまる。
(まずい、深入りするのはよくないかもな)
この距離感が今の俺たちには適切だと思った。イルルにとって俺は「理解不能な存在」かもしれないが、それでいい。いずれ自分で答えを探すしかないんだ。
そう結論づけていると不意にイルルが立ち上がる。手には半分残った鯛焼き。どうやら全部食べ終わる前に去るつもりらしい。
「明日も……ここに来ていいのか?」
背を向けたままの問いかけに一瞬驚く。まさかそんな言葉が出てくるとは思わなかった。
「どんなに強がっても、腹が減れば鯛焼きの誘惑には勝てないってわけか?」
冗談交じりに返すとイルルは勢いよく振り向き睨みつけてきた。しかしその耳先が僅かに赤くなっているのを見逃さなかった。
「黙れ、この人間!調子に乗ると承知しないぞ!」
怒鳴りながらも手早くマントを翻し歩き去っていく後ろ姿に思わず笑いがこみ上げてくる。さてさて、明日は何を持って行こうかと考えながら、俺も帰路についた。
イルルは2人目のヒロイン?
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あり
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なし