残念ですが女帝との契約は見送らせていただきます 作:嘆きの大平原
「貴女の今後のご活躍をお祈り申し上げます……一応、理由言った方がいい?」
「……聞かせてもらおう」
エアグルーヴは、自分に視線を向ける事なくターフを眺める男にそう答えた。
男は肩を竦めると、右手を顔の横に上げて人差し指を立てる。
「1つ、俺がトレーナーになったのは身内への義理だからだ。
続けて中指を立てた男は、こう続けた。
「2つ、君がダイナカールの娘さんだから。恐らく……いや、君はティアラ路線に進むだろう。あの人の娘なら、必ず樫の女王を……オークスを目指す。私情塗れなのは承知で言うけど、1ミリも協力したくない。絶対にだ」
エアグルーヴが口を挟むよりも先に薬指を立てた男は、そこで初めて彼女を見据える。
「そして3つ、俺がメジロハイネの息子だからだ。俺には生まれた時点で芝に立つ資格がない。ぶっちゃけ君が妬ましい」
翡翠を思わせる双眸に浮かぶのは、明確な拒絶だった。
生まれて初めてとも言っていい強烈な敵意を感じ、エアグルーヴは思わず身を硬くする。
男もそれに気付いたのだろう。眼を閉じ溜息を吐いて「すまん」と頭を下げた。
「改めて口にすると情けない事この上ないが……全部本音でね。1トレーナーとしては、君の夢や理想を応援する。けれど
「時間を取らせてすまなかった」
言いながらウマ耳をぺたりと伏せるエアグルーヴに苦笑を浮かべ、浦河は踵を返す。
「こちらこそすまなかったね。まぁ君はきっと相応しい『杖』に出会えるよ」
──ここはそう言う場所だからね。
その言葉は決して気休めではないだろう。何故だかエアグルーヴはそう感じた。
「……貴男が信頼に足るウマ娘に出会える様、私も祈らせてもらいたい」
思わずと言った風に振り返った浦河は眼を瞬かせると、相好を崩す。
「ありがとう。まぁなんだ……お互い頑張ろう」
「あぁ」
笑みを交わした二人は、それぞれの道へと歩みを進める。
いつか、彼らの道は交わる事となる。それは親子二代の連覇がかかったレースかも知れない。或いは偶然が運んだ別のレースかも知れない。
寄り添わず、しかし何処かでお互い意識し合う関係。
この出会いが齎す未来とは、果たして。
エアグルーヴ:みんな大好きたわけメーカー。この後頼りになる杖と出会える、たぶん。
ダイナカール:ご存知樫の女王。
浦河正真:実在馬『メジロセイシン』より。姓は生まれた牧場名から。名前はセイシンを別読みにしただけ。元馬の名は温泉名から名付けられたらしく、正しくは清心と思われる。競走馬データでは戦歴が見当たらず、名付けはされたもののデビューしなかった?……と言う所からウマ娘ではなくヒトムスコに。
メジロハイネ:作中では浦河正真のカーチャン。史実でもメジロセイシンのカーチャン。史実のオークスにおいて三着で敗れるも、セントライト記念で雪辱を果たした。尚、件のオークスは一着~五着までの差がハナ・アタマ・ハナ・アタマと言う超接戦。当時の動画もあるので興味がある方は是非。