残念ですが女帝との契約は見送らせていただきます 作:嘆きの大平原
メジロアルダンと言うウマ娘は、これまでメジロ家で基礎を学び、トレセン学園に入学してからは最小限の負荷で最大限の効率を目指し、試行錯誤を繰り返して来た。
それは彼女の脆く儚い身体を衰えさせぬ様、それでいて少しでも上へと這い上がる様な、気の遠くなる作業でもあった。
しかし正真と契約を結んでから、彼女の生活は一変した。
体幹やインナーマッスルを鍛えながら、走行姿勢など独学で崩れていた部分を矯正し、食事や睡眠時間などの生活スタイルの改善やトレーニング前後だけでなく日常的な身体のケアまで、多岐に渡る指導が与えられた。
『正真兄さんの指導? ……とても為になったわ。えぇ、とてもね』
草臥れた表情と死んだ目で答えた姉に嘘はなかった。正真の指導は、文字通りメジロアルダンの血肉を作り替えた。
その過程で心身共に地獄を見せられただけの事だ。
最初の一月は、筋肉痛で日常生活に支障が出る所まで追い込まれたし、いっそ壊して下さいなどと弱音を吐かされた。その度に正真は真顔でこう諭した。
『慣れるまで頑張れ。死ぬより安いさ』
メジロアルダンは泣いた。実際ルームメイトに泣きつくまでしたのも、一度や二度ではない。
『壊れそうとか壊れるかも知れない、ってのはセーフラインだよ。壊れてないからね』
サクラチヨノオーとバンブーメモリーの直談判の際、何でもない事の様に正真はそう言った。
『そこまでしなければいけないのか? と言う問いにはまだ足りない、と答える他ないね。無理無茶無謀? 勝手に言ってろって感じだし、君らが言う所の鬼畜の所業を乗り越えてからが本番なんだ。アルダンが泣いても止めない、絶対にだ』
友人だけでなく生徒会のメンバーやトレーナー達、果ては理事長にまで呼び出されようと、正真は各種の研究資料やレポートなどを手に、鬼畜の所業は必要な事で担当バの為であると懇切丁寧に、そして執念深く説明した。結果として正真は無罪を勝ち取ったのである。
そして何とか筋肉痛を引きずる事なく日常生活を送れる様になった頃である。
『ここらでひとっ走りしようか。そろそろストレスで禿げるかも知んないし』
己の脚で大地を踏み、己の脚で駆けたあの日の感動は、アルダンの心に強く刻まれている。
まるで羽が生えた様に軽い身体、己の求めに応じて芝を蹴りつける脚の心強さ、そして何より走る事そのものの喜び。
自己最高記録を3秒以上縮める変化……むしろ進化と言っていい程のそれを、彼女は暫く信じられずにいた。
『頑張った甲斐あったろ? えらいぞ、アーちゃん』
頭を優しく撫でながら、眼を細めて笑う正真の声はとても心地よくて、懐かしい呼び名も相まって思わず涙ぐんでしまったのは、二人だけの秘密として墓まで持って行って欲しいと思う。
『明日からもう一段上げられそうだね。走り込みを増やそうか? 具体的には坂路とか』
涙は即座に乾いた。
もっと
アルダンは切実に思うのだった。
Q.壊す覚悟はおありですか
A.壊して作り直します
正しく鬼畜生である。この子ならこれぐらい乗り越える!弱音吐ける内はまだセーフ!みたいな根性マンの信頼は冗談抜きで怖いですね。