夕暮れが差し込む東京タワーにて、2人の男女がエレベーターへと向かっていた。
男は長身瘦躯で丸眼鏡の向こうの瞳はどこかこの時代に生きるのに疲れ、失望したかのように濁っていた。
隣には栗色の長髪で端正な顔立ちの女が物憂げな表情で足を進めていた。
2人は昭和を愛してやまなかった。
昔が良かったなんて年より臭い考えかもしれないが、昔ながらの暖かさをこの時代では感じることができない。こんな世の中では、大人は心を摩耗してやりがいをなくし、いずれ子どもにも影響されるだろう。
疲れ切ったこの社会に誰が魅力を感じるであろうか?
誰もが思っているはずだ。
『昔に戻りたい。』、と。
故に彼らの呼びかけに応じた大人たちは組織を構築するに至るほど数が集まった。
皆、日々の刺激には満足しているはずだ。
刺激のない日々は、時が加速したかのように感じられ、朝起きたはずが気が付けば夜になっている・・・、
そんな虚無感を与えてしまう。
誰しもが充実感を得られた時を取り戻さなければなるまい。
今こそ、大人たちが決起する時だ。
この街には昭和を懐かしむにおいが振りまいてある。
それをかいだ大人は過去に戻りたい意思が強まる。
今向かっているのは、昭和を取り戻そうとする彼らの意志をさらに高めるための、においを排出するスイッチの元である。
男と女がスイッチにもうすぐで辿り着くというとき、
ふいに男の足に何かがしがみついた。
男が足元を見ると、それはまだ幼稚園生であろう男の子であった。
随分と疲弊しているようで、両の眼はどこを見ているのかも分からない。
息を切らし、鼻血を垂らし、赤いTシャツと黄色の短パンは汚れにまみれていた。
この少年は反逆者だ。
少年の行いは彼の両親を今の時代に生きるように促した。
その一家は、最後の仕上げをする我々の活動を阻害しようとしている。
男も別に全ての人間を掌握するような野心などはない。
切り捨てなければいけないのならば、そうしよう。
立ち向かってくるのも自由だ。
思いの先は違えど、未来を切り開こうとする気持ちは分かる。
だからこそ、男も行き先を告げた。
今ここにいるのは少年1人だけだ。
残りの者は部下がとらえたのだろうか?
『家族といる幸せをあんた達にも分けてあげたいくらいだぜ。』
父親はそういったはずだが、結局は離れ離れではないか。
今頃、子どもと離れたことを悔いているだろうか。
昔ならば近所の者同士で子どもの面倒を見ていたものだが、やはり今の時代の絆はもろいものだ。
だが、それもじきに終わる。
歩を進め、男の足から少年の手を外した。
すぐに少年は足にしがみついてくる。
もう一度外すが、さらにしがみついてくる。
まだ幼稚園に通うような少年がこれほどの思いを抱いていることには、普段の男ならば敬意を表するところだが、今は先を急いでいる。
やや怒りを感じながらも強引に振りほどくと、少年が付きまとうことはなくなった。
スイッチの元に着くと男は眉間にしわを寄せた。
メーターの数値がどんどん小さくなっている。
においが効果を発揮しなくなるほどの数値である。
これでは、大人を昭和の時代に残すことはできない。
恐らく、一家の大胆な行動をテレビ中継していたがために、胸打たれた大人が未来を信じたくなったのだろう。
浅ましい考えだ。
その先に待つのは破滅のはずだ。
だが、彼らがいなければかつての街の復興はままならない。
締め時である。
少年の方を見やると以前床に寝そべったままでいた。
『坊主、お前の未来・・・返すぞ。』
男と女はエレベーターへと静かに向かう。