宇宙戦艦ヤマト2202リテイク 作:MinorJunction 太華日
ズォーダー大帝がデスラーに対してミルヴァールの尻拭いを命令する羽目になったのと大体同じぐらいの頃。
罠が待ち受けているとも知らないヤマト率いる地球艦隊は、アゼルメニアから5500光年離れた深宇宙空間を航行中。
ヤマトの食堂は大勢のクルーでごった返していた。
今日のランチはアゼルメニアで入手した食材を使った定食とカレー類。
『皆様こんにちは、2202年8月20日、お昼のYRAラジオヤマトの時間です!』
ヤマトの艦内時計は12時30分を指し、ヤマトラジオ放送局のライブ放送が食堂にも流れてきた。
「YRAラジオヤマト。本日は、なんと!桐生美影さんの復帰です!」
拍手喝采の効果音を流す音響スタッフたちだが、食堂では美影がヤマトに戻って来たことに拍手するクルーたちの姿があった。
斎藤も妹分のために共に拍手した。
放送室には、再び技術科の制服に袖を通した美影が、MCである百合亜の対面席に座っていた。
「いや~この席久しぶりだな~」
「美影さんはアゼルメニアではガミラス総領事館で領事館職員としてアゼルメニアに滞在していましたが、アゼルメニアの生活は如何でしたか?」
「刺激に溢れた毎日だったよ!天の川銀河系外縁部最大の宇宙港という評判は本当だったね」
「実際、アゼルメニアに来てみたら外だけでも凄いのに、中も凄かったとか?」
「いやぁ、言葉で表現するのが大変なほど。あそこを実際に見に行った人でないと、恐らく伝わらないと思う。何というかね、ニューヨークを思わせる交易港かつ未来都市なんだけど、何処かRPGに登場する町みたいな雰囲気がする、というか」
「例えば、冒険者ギルドみたいなところがアゼルメニアにはあるんですか?」
「そうそう、ギルドね。アゼルメニアにもあるんだよ。あと、猫耳や犬耳の女の子たちがいたり、イカ頭の異星人とか。あぁ、そうだ。何と絶滅したと思われていたビーメラ人に実際会ったんですよ!」
「わぉ。本当にRPGの世界に入っちゃったみたいですねぇ」
「多分、一生居ても飽きなかったかもしれない。アゼルメニアは大きく広くて、その歴史は古く、何と80万年前にはもうあったらしい!」
「凄い!あ、えっと……何々?」
音響室のスタッフのカンペを読む百合亜。
「80万年前というと、地球ではカラブリアン期の終わり頃で、ネアンデルタール人が現れ始めた時代、とのこと!」
「その時代の地球が氷河時代を迎えたのは80万年前にも隕石が衝突したせいだとか」
「そんな時代にもう宇宙旅行をしていた文明があったんですねぇー」
「ねぇー」
「ところで、美影さんもアゼルメニアにいて困ったことがあったとか?」
「そうそう、アゼルメニアは広くて様々な人種が行き交う貿易港ながら、貧富の差も激しくて」
「何か盗まれたって聞きましたよ?」
「そうなのよ。電子書籍の入ったデータパッドとか、カメラとか。取り戻すのが大変だったわ。それに、領事館の上司が口うるさいの!ガミガミのガミラス人!その上司さんは、確か叔父さんが在地球ガミラス大使館の大使なんだって!しかも貿易会社の娘!ご令嬢のお嬢様!メイドさんまでいて、いかにもお嬢様って感じでさぁ!かくいう私もそのメイドの一人だったけど。おまけに、アゼルメニアを満喫したいのに、有給休暇を出しても呼び出されるし、領事館の地球側の職員なんて大して仕事がある訳でも無いのに。ホント嫌になっちゃったよ~」
よほどに溜め込んでいたのか、上司の悪口や愚痴を矢継ぎ早にペラペラとぶち撒けた美影だったのだが、
「あ、あの美影さん?これ、艦内放送だから、悪口とかは……」
「あっ……」
慌てて口を塞ぐ美影。
「えーっとですね美影さん、本日のゲストの紹介なんですが……」
すると、放送室に現れたのは……。音声を聞いているだけでも、その空気が変わったことを聞き手側のクルーたちは察した。
「あらあら、相当鬱憤が貯まってたのかしら?それは誰の悪口か?教えて欲しいわね?」
「ぁっ……ヤバッ……」
時既に遅しである。女主人の侍女として付いてきたヒルデが力なく首を振った。
「本日のゲストは……在アゼルメニア・地球ガミラス総領事館より……マーリン・バレルさんと、その侍女のヒルデ・シュルツさんです」
「あら?ミカゲ?顔が真っ青だけど、大丈夫かしら?」
「が、ががが…ガミラス、か、カラー…です~…」
「あら。ナイスジョークね?ミカゲ・キリュウ?」
「デ、
「ん?翻訳機の故障かしら?よく聴こえなかったからもう一度言ってくれるかしら?」
「
「い、一旦。CM入りま~す……み、緑の流星さんからのリクエストでドヴォルザークの交響曲第九番「新世界より」第二楽章!」
この一連のやり取りはヤマトの艦内放送で第一艦橋以外の上から下まで伝わっていた。
食堂では斎藤が「何やってんだか」と呆れつつも笑みを浮かべている。
一方、勤務明けの島は食堂の出入り口で弁当を持った山崎とすれ違い、昼食を食べに来た。
「カレーか……。そういえば今日は金曜だった」
そんなことを呟きつつ、島はカレーライスを食べることにした。
「航海長」
料理の乗ったトレーを持ちながら座る場所を探していた島にそう声をかけてきたのは、
「加藤に山本に篠原?」
「座ってもいいぞ?」
「ありがとう」
航空隊の三人衆が座っているテーブル席に招かれる島。
左隣の席には斎藤たち空間騎兵隊。
ところが。
「!」
「!」
席に座ろうとした島と同じテーブルを共有する加藤たち、そして左隣の席の斎藤たちにとって、思いもよらないエンカウントが起きる。
「……ガトランティスの奴が何してやがる?」
「何って、テーブルを拭きに来ただけだ」
左隣のテーブル席に座る斎藤が怪訝そうな顔で言った。
なんとメーザーは簡易的な
拭き終わると島は座ったが、ガトランティスと地球は今戦争中だ。食堂の空気が緊迫する。しかし。それを見ていた岡崎 鈴が思わず笑い出してしまう。
「……フッフフフッ……何それ、シュール過ぎ!はははは……でも悪くないね!似合ってる似合ってる!」
メーザーが付けているエプロンにはデフォルメされたデバステーターらしきものが刺繍されていた。その反応に思わず恥ずかしがるメーザー、絞り出すように言う。
「……イワサって奴に渡されたエプロンとかいうものらしい」
そんな所に、
「あぁ、メーザーくん。ここは僕がやっておくよ。君はボビーと峯岸くんを手伝ってきて欲しい」
そう言って平田が間に入った。
「……わかりました」
怪訝そうな顔をするのは斎藤だけではないのだが、事情を知っている者もこの場には結構いる。
岡崎はつい笑ってしまったが、他の隊員たちはそうでもない。ちょうど食堂に入ってきた古代と、メーザーがすれ違うと、緊迫した雰囲気が彼らから笑顔を消させた。
一瞬空気も固まるが、メーザーが去ると、何事もなかったかのように時間が流れ始める。
その古代を斎藤が捕まえて問い質すと、再び緊張が走る。
「……なぁ艦長さん、あんたが捕虜を人道的に扱いたいのはわかるが、あれは何なんだ?」
斎藤の疑問は尤もだった。古代は答える。
「異文化交流というやつだ」
「ふざけてるのか?」
「至って真面目だ。佐渡先生に推されて断れなかった」
「……はぁ……あの先生も物好きだなぁ」
流石に斎藤も怒る気が失せたらしい。
「加藤、山本、篠原に……島?珍しい組み合わせだな」
島と目が合った古代はそんなことを言った。
古代も今日のお昼はカレーにしたようだ。
加藤、島たちのいるテーブル席の右隣に座っていた小島と技術科のクルーが席を空けようとするが、古代は「そのままでいい」と手で合図したため、小島たちは再び座った。
「やあ艦長さん。鶴見を誘ったんだが……」
篠原がそう言って視線を向けた先には、
「……あれは……」
鶴見と浅井千代子が同じテーブル席に座っているが、どこか初々しい雰囲気を醸し出している。
「あの二人、いつの間にあんな関係になっていたんだ?」
「そうだな古代……信じられないかもしれないけど、まだ俺たちは地球を出てたった1ヶ月なんだよなぁ」
「アルファ・ケンタウリとプロクシマ3の戦いが遠い過去に思えるのに」
「実際にはまだ8月後半。濃い1ヶ月よね」
「そういえば、この1ヶ月で新しい仲間も加わったよな。鶴見たちだけでなく……」
篠原が目を向けたのは、隣のテーブル席にどっかりと腰かけた空間騎兵隊の面々。
食堂の左舷側の窓の外には5隻のドレッドノート級重巡洋艦と、タンカー6隻が見える。
なお、ヤマトの右側にはヴェールヌイ級駆逐艦4隻とプリンツ・オイゲン級軽巡洋艦4隻、それにアンドロメダ級戦艦のアガメムノンがいる。
ヤマトの艦隊で唯一のキリシマ級軽巡洋艦のオオムロはカラクルム級艦隊との戦闘後、一先ずアゼルメニアまで曳航されたが、損傷が酷く、修理完了までに二週間も掛かることが判明。そのため、ヤマト艦隊はオオムロをアゼルメニアに残して出港するしかなかった(ちなみに、地球で修理を試みていたら、間違いなく廃艦になるほどの酷い損傷だった)。
念のため、プリンツ・オイゲン級軽巡洋艦サカワを共にアゼルメニアに残してきた。
島は窓の外に浮かんでいる艦隊を眺めながら、口にコーヒーを流し込んだ。
一方、カウンセリングルームは静かだった。
「……」
「……」
いや、正確には女性が二人対面しているが、お互いに何を話すべきか、話題が見つからずに困り、硬直しているといった方が正しいかもしれない。
「……てっきり、薫ちゃん……いえ、新見情報長がいるとばかり」
「その薫ちゃんは今、透子に付きっきりよ」
「何かあったの?」
「医者の守秘義務はあなたも知っているでしょ?話せないの」
「そう……」
実は、今井早紀は会議が終わる時間を見越してカウンセリングの予約を入れていた。予定よりも30分早かったが、誰もいないのでいざ部屋に入ってみたら、いたのはピンチヒッターを買って出た六角美沙だった、というわけである。
「……全く、やられたわ」
「何が?」
「私たち、どうやら薫ちゃんに謀られたみたいね」
美沙はそんなことを微笑みながら呟くと、優しく語りかける感じで早紀にこう言った。
「……早紀。元気だった?」
「……うん。姉さん」
「それであの二人が同じ部屋に行くように仕向けたんですか?」
「そうよ。そろそろ次の段階に進んでも良いと思ったから」
展望デッキには新見と透子の二人だけ。
「美沙から話は聞いていたけど、まさかその妹が今井艦長だったなんて」
「私は知っていたけど」
「……守秘義務、ですよね」
そう言われて新見は頷く。一瞬、「何で先に言わなかったの」と言いたげな表情を浮かべた透子だったが、透子自身も医者だ。新見の行動に理解は示したが、新見がそれは理由の半分で、もう半分は面白がってやった事だとも感じた。少々呆れ顔になり、溜め息を吐いた。
「……それで、落ち着いた?」
「わかりません……」
展望デッキのすぐ外には無数の星々が輝き、アゼルメニアの方向には超新星の残骸からなる大きく幻想的な星雲が浮かんでいる。溜め息を吐きながら、透子は一見すると何もない闇の続く宇宙空間を見つめながら呟いた。
「宇宙の闇に飲み込まれそうな気分……」
透子の悩みの原因は深い。
このヤマトでその理由を知っているのは、あの場にいた美沙と美影、そして、相談を持ちかけられた新見だけだった。
「……新見さん。自分が思ったような自分じゃなかった。そんな経験をしたことはあります?」
「それに答えるのは難しいけど……自分に失望した事があるか、と言われれば、あると答えるわね」
「……私ね。実は養子なんです」
それは突然の告白だった。
「私は実の親を知らない。その代わり、養父母が私にとっての両親でした」
「じゃぁ、愛情を持って育てられたのね?」
「そうでもない……養父は医者で、養母は考古学者でしたけど、養母の浮気癖が酷くて」
「えぇ……?」
「でも義理の姉が一人いました。そのお姉ちゃん……いえ、姉ときたら子供の頃はいつもオモチャのお医者さんごっこセットに付いてくる白衣を着て、よく実験と称して不味いミックスジュースを飲まされました。あれはまだ地球とガミラスが戦いになるよりもずっと昔のことだったけど」
「お義姉さんの事は嫌いだったの?」
「嫌いじゃなかったけど……何というべきか、頭のネジが一本外れているような性格をしていました。でも、私の事を本当の妹の様に接してくれてた。私が同級生に虐められた時、真っ先に助けてくれたのも義姉でしたし。まぁ……時々、モルモットの様に扱われたけど」
「……私の知り合いにも、あなたの義理のお姉さんに似たような人がいる。詳しくは言えないけど、ある記憶喪失の患者を診た時なんて、勝手に地球製の新薬を使ったりしたし。幸いその患者にはその薬が良い方に作用したみたいだけど……マッドサイエンティストを地で行くような人よ」
「それ、私のお姉ちゃんなら絶対しそうかも……」
「そのお義姉さんやご家族は?」
「……わかりません。母を祖父母が勘当して家を追い出して、義姉も母と一緒に出て行った。10歳の時に会ってからそれっきり。でも、私が医者と考古学者の両立に走ったのは良くも悪くも養父母の影響ですね」
新見は、両親が離婚した知り合いを何人か知っている。美沙と早紀のこともあって、少し口が重くなった。
「なるほどね、あなたにもそんな事が……」
「実の親を知らないだけならともかく……私は地球人ですらなかった……私の中に流れてる血は、地球人ではなく……ジェタリア人ですらなく、ガトランティス人の血……こんなの……こんな事って……」
何故ガミラスと接触すらしていなかった時代から、ガトランティス人の血が通う透子のような存在がいたのか。その疑問を新見は一旦脇に置く。透子本人にとって、これはアイデンティティの崩壊に直結する事態だからだ。
「ショックかも知れないけど……まずは事実を受け入れること」
「どうやって? 私が子供の頃、まだ地球はガミラスとも接触すらしてなかったはずなのに? 私のガトランティス人の血は一体どこから?」
「それは今考えても答えは出てこない。それよりも大事なことがある。DNAが地球人のものでなかったとしても、あなたは地球人よ。落ち込まないで」
「どうしてそう言えるんですか?」
「あなたはあなたよ。地球で育った桂木透子。それがあなたなのよ。まず、そこを見失っちゃダメよ」
「でも……私は……」
「桂木さん。『みにくいアヒルの子』ってお話。知ってるかしら?」
「アヒルに育てられた主人公は実は白鳥でした……ってお話ですよね?」
「それと同じ。アヒルと言う社会に産まれた白鳥は、自身が白鳥とは知らずに育った。アヒルとして産まれ、アヒルとして教育され、アヒルとして生きた」
「でも、あの話の中だと、アヒルの子は周りから違うことを疎まれて仲間外れにされていたはず……」
「それを、あなたは一番恐れている?」
「それは……そう。今気付いたけれど、私はそれを恐れているんだと思います……」
「つまり、自分が実はガトランティス人だった事実がいつか知れれば、それが周りからの信頼関係を失う原因になる?」
「そうなるかも……」
「……それはないと思う」
「どうしてそう言い切れるんですか?」
「あなたは遺跡で体験したことを隠さずに私たちに語り、そして、見せてくれた。ズォーダー大帝は実在するし、アゼルメニアを攻撃しようとしたカラクルム級戦艦の大艦隊も……」
「それだけで信用されるとは思えません」
「どうして?」
「情報を小出しにしていたらどうします? 私はもしかしたら、本当はテレザートのことを知っているかもしれない、って疑ったことは?」
「もしそれが真実なら、あなたは大した役者だわ。ショックを受けてるのも演技かしら?」
少し挑発気味に新見が言うと、透子はムキになって言い返したい感情が沸いたものの……。
「あなたは、嘘はついていない。自分の起源が思いもよらないところだったことに驚いて、ショックを受けている。何度もあなたの悩みを面と向かって聞いてきたからわかる」
そして、新見は透子の手を取り、彼女を見つめて言った。
「私はあなたが実はガトランティス人だったとしても、あなたの人格を否定したりしない。美沙や美影ちゃんもきっと同じ。それに、あなたは医者として大勢の命を救ってきたでしょ? 結局、DNAが、遺伝子が全てじゃないって事。子供は産まれる環境を選べないし、産まれる種も選べない。環境が人を作るのよ」
「……」
すると、透子は照れ臭そうに顔を逸らし、二人は再び一面の星空に目を向けるが、
『新見くん、どこにいる?』
突然に新見が持っていた艦内用通信機から真田の声がした。
「新見です。どうしました?」
『すまないが技術科研究室に来て欲しい』
「わかりました」
そう言うと通信機を切り、
「ごめんなさい。行かないと」
「えぇ。ありがとうございました」
新見はそうして展望室を足早に出て行った。
山崎は食堂で貰った弁当を機関制御室まで持ち込んだ。
今日の弁当はエビフライ定食だった。
制御室からは機関室を一望できるのだが、そこではアゼルメニアから加わった女性型ホログラムの427が、徳川に付きっきりでエンジンの面倒を見ていた。
それを見ていた山崎は、持ってきたもう片方の弁当を手に持ち、機関室に降りてきた。
「親父さん」
「あぁ、山崎か。……おっと、もうそんな時間か」
徳川は山崎が弁当を持ってきたことで今がお昼時だと悟ったようだった。
しかし、
「はぁ〜……シヅナ。言っただろう?お昼になったら親父さんを休憩させなきゃ」
「427です、山崎副部長。徳川サンはこの作業が終わるまで昼食は食べられない、とおっしゃっていました。ちょうど終わりましたので休憩に入ります」
「そうじゃない。時間は守れって言ってるんだ。君は機械だからわからないかもしれんが、人間は疲れが蓄積するんだよ」
「まぁまぁ、山崎。シヅナちゃんのお陰で予定よりも早くメンテナンスが終わったのだから良しとしようじゃないか」
「しかし、親父さん。あんたも還暦を超えてるじゃないですか。無理は禁物でしょうに」
「何言っとる。わしだってまだまだやれるぞ!」
するとそこへ。
「あ、やっぱりここにいた」
ラップトップに似た機械を右手に、銀色のボールのようなものを左腕に抱えたファニアが美奈子と共に機関室へとやってきた。
「確か君は……ファナイアさん?」
「オルファニア・ファーランダー。通称ファニアです」
「ファーランダー議員? 私にご用でしょうか?」
「そうよ、427。重要なことを忘れるところだった」
そう言って、ファニアはラップトップを一旦床に置いて、左腕に抱えていた銀色のボールを両手で持って427の前に差し出した。
「……あぁ。わかりました」
427はファニアが自分に何の用事があるのかを悟り、その銀色のボールに触れた。
すると、そのボールは何かの装置だったようだ。電源が入ったらしく、所々が光る。
数秒してボールの中央に走っている一本の線から青い光を出す以外の発光は収まった。
「それは一体……?」
「指向磁性発光浮遊体発生器」
「指向…じせい……?」
山崎と徳川と美奈子が謎の銀色のボールを訝しむ。地球人に突然その単語を言っても分からないと悟った427がファニアの代わりに解説した。
「……あなた方が理解できる言い方をするならば、これはポータブル式のホログラム発生装置です」
「ほぉ、なるほどな……そういえば、機関室にもこの子のためにそれと似たものを4つ配置していたが」
機関室の四隅には、アゼルメニアで取り付けてもらった装置が置かれていた。
こちらの場合は設置を考慮してか円柱の上に半円が被さっているような姿をしているが、よくよく見ればファニアが今持っている銀色のボールと似ていた。
「うん? 装置は停止しているな……?」
ファニアのボールに427が触ったためか、機関室にあるそれらの装置は作動を停止していた。
「私のデータがこのボールの中に全て移されたためです」
「ちょっと待て?ということは、そのボールに何かあったら……」
美奈子は我ながら嫌な質問だと思いつつも聞かずにいられなかった。
「最悪、私のデータは消し飛びます」
「そうならないためにも、これからバックアップを作らなきゃいけない。ついでに、プログラムの書き換えと追加も」
「それは本気か?」
徳川は目を見開いて、ファニアに凄むように問うが、ファニアは動じずに「えぇ」と肯定した。
「この子に万一のことがあったら困ります。バックアップは必要ですし、この船のクルーの一員としてあなたが扱うならば、尚更プログラムの追加が必要なんです!」
「……」
データの書き換えとバックアップに徳川は抵抗を覚えるものの、ファニアは先回りしてそう答えた。そこまで言われると、徳川はぐうの音も出なかった。
代わりに山崎が尋ねる。
「プログラムを書き換えると言ってたな。具体的に何をする?」
「まずは外見的な問題。何というか、このままだとイメージが硬いまま。服装のパラメータ設定をいくつか変更と追加。それに、このヤマトの詳細な構造図も必要ですよね?出来れば機関部の修理日誌もこの機会だから入れておきたい」
「……なるほど。分かった」
徳川も納得した様だった。
ファニアは銀のボールを再び左腕に抱え、ラップトップを右手に持つ。徳川は念を押すように言った。
「ファニアさん。くれぐれもその子、シヅナの扱いには気をつけてくれ」
「……徳川サン。私は427です」
「言われなくても慎重に扱うから一日か二日待っててくださいね」
そう言ってファニアは427を連れて機関室を出て行った。残された山崎と徳川と美奈子はそれを見送る。徳川と山崎が休憩に入ってる間、美奈子は仕事に戻った。
カウンセリングルームでは姉妹としての会話に花を咲かせていた美沙と早紀。しかしそこでドアチャイムが鳴った。
「どうぞ?」
美沙がそう言って訪問者を部屋に呼び込んだ。ひょっこりと顔を出したのは、意外な人物だった。
「失礼します。……あれ?今井艦長が何でここに?」
「エスシルト艦長こそ。私は新見さん……いえ、新見大尉のカウンセリングを受けに」
「私も」
「え?」
「あら、困ったわね。いつの間にか時間が過ぎてた」
他艦からカウンセリングを受けにやってきたのは早紀だけではなかった。
地球軍艦隊の艦船の内、ドレッドノート級は長期に渡る深宇宙航海を想定した艦船ではなかった。
一番艦ドレッドノートによるガリア4号星への道中で表面化した問題として、ドレッドノート級は110名程度のクルーで運用できるように極端とも思える自動化が施されており、ヤマトとほぼ同等の火力を発揮できるように重点が置かれた戦闘用の艦艇であるため、居住スペースも限られている。
また、そもそもカウンセラーのなり手不足からか、新見や美沙のような人材は、実はかなり貴重だったりする。
そのため、医療部員や船医こそいてもカウンセラーが乗っていない艦がほとんどという状態なのだ(余談だが、これもドレッドノート級が重巡洋艦として再分類された理由の一つである)。
「そうですか……」
「艦長……いえ、エスシルト少佐。私で良ければお話をお伺いするわ」
「え、でも……」
「一応私もカウンセラーの資格はあるのよ。薫ちゃん……新見情報長に比べたらひよっ子だけどね」
しかし、エスシルトには何故か、美沙と早紀の間を邪魔してはいけないという直感がした。なので、
「……わかりました。また今度……」
「エスシルト艦長、私すぐに帰りますから」
「いや、いいんです。家族水入らずの時間を邪魔するのは気が引けますから……」
そう言ってエスシルトは部屋を出て行った。
怪訝そうな表情を浮かべたのは早紀だった。
「……姉さん。私と姉さんが姉妹ってこと、薫ちゃん以外に話した?」
「えっと……いいえ」
一瞬美沙が考えたのは、「透子に話したか否か」。
しかし、例え彼女にそれを話していたとしても、透子が周りに吹聴するとは思えなかった。
「……そうだ。早紀。あなたに渡そうと思っていたものがあるの」
そう言って美沙は、細長いケースのようなものを早紀に手渡した。
「これは?」
「私のアゼルメニア土産」
箱を開けると、そこに入っていたのは、
「ペンダント……?」
「イヤリングだと服装規定に引っかかるでしょ? ペンダントなら見えないかも、って」
「ペンダントも本当は服装規定違反なんだけど……」
とはいうものの、早紀は美沙がくれたペンダントを試しにつけてみた。
「どう?」
「うん。やっぱり似合ってる」
その頃。ファニアと427は真田の案内で技術科研究室に辿り着いた。
すると新見が他のアゼルメニアの技術者たちと共に先に待っており、作業スペースを用意していた。
「お待ちしていました。こちらをご使用ください」
ファニアは持ってきたポータブル式のホログラム発生器とラップトップを新見が指定した場所に置いた。
改めてアゼルメニアの技術顧問団たちはファニアの元に集まり、ファニアは技術団代表として社交辞令をする。
「新見さん。真田技術長。研究室を使わせていただきありがとうございます」
それに真田も応える。
「同じ技術者として、必要な物や大事な物は理解しております。例え、産まれた星は違えど、まず大事なのは作業環境。そこに大差はありませんからね」
とはいえ、研究室は慌てて片付けたような感じだった。
「少々散らかっていて申し訳ない。この部屋は我々技術科の遊び場の様な物でね」
「あと試作品や失敗作の倉庫……寧ろ、部屋の7割が倉庫状態ですけどね」
新見は苦笑しながら言った。
「では、この子も試作品か何かですか? なんともレトロな感じのロボットですね!」
ファニアは、研究所を掃き掃除中だった赤いロボットに着目した。すると、そのロボットは少し怒ったみたいに言った。
「アナライザーハ、試作品デモ失敗作デモナイデス!」
「おぉ?喋った!対話型ロボットか……ますますレトロですねぇ」
「この子はアナライザーです。アナライザー。ファニア博士に挨拶を」
「ハジメマシテ、私ハ、コノヤマトノ自立型サブフレームAU09、通称「アナライザー」ト申シマス。ファニア博士」
握手を差し出すアナライザーに、ファニアも握手で応えた。
「初めまして。私はオルファニア・ファーランダー。ファニアと呼んで。よろしくお願いします」
「それとこちらが……」
「427と申します。アゼルメニア軌道上ドライドック427番の管理AIです。作業用ロボットさん」
427はその形状からアナライザーを作業用ロボットと認識していた。すると、アナライザーは憤慨した。
「ボクハ作業用ロボットではナイ!」
「……ではお掃除ロボットですか?」
「掃除モ、洗濯モ、何デモ出来ル万能ロボット!……ッテ、違ウ!」
片手を箒に変えてもう片手を掃除機のノズルのように変化させていたアナライザーはそれを一旦棚に上げて「掃除用ロボット」というレッテルを否定する。
ノリツッコミを覚えたアナライザーに感心しつつ、真田はアナライザーの頭に手を置く。
「アナライザーはこのヤマトのクルーなんだよ。言うなれば、我々の同僚であり家族だ」
そう言われて427は、
「ロボットが、ですか? 生体脳を搭載したサイボーグでもない、
「……アナタ、トテモ失礼デスネ」
アナライザーは、まるで拗ねているようだった。
この二人?の温度差とやり取りを見ていたファニアは技術レベルの違いに感心していた。特に体ではなく人格に対して。
「ボディはレトロなのに、実にコミカルで対話に長けてる……アナライザーと言いましたっけ?この子は実に面白いですね」
「アナタハ良イ人ミタイデスネ」
427の言動に気分を害していたアナライザーだったが、見た目で判断しないファニアには好感を持ったようだ。ファニアは今の427とアナライザーのやりとりを見て瞬時に悟った。
「つまり、アナライザーは学習機能を持ったロボットなんですね?」
「一目でわかるとは。さすがです」
一見すると無邪気な子供のようなファニアが改めて技術者の目線を持っていると真田は実感する。
ファニアが持ってきたポータブル式のホログラム発生器とラップトップ。ラップトップには既に銀色の球体である「指向磁性発光浮遊体発生器」が繋がっている。
「アナライザー。このラップトップと、研究室のコンピューターだけどシステムを接続できる?」
「可能デス」
アナライザーは自らの胴体に、ヤマトの研究室のコンピューターから伸びるコネクターと、ファニア持参のラップトップからのコネクタを繋げる。研究室のコンピューターからヤマトの修理日誌と技術データをコピーしてダウンロード。
アナライザーがメッセージスクロールを読み上げるようにステータスを報告してきた。
『ビッグプラネックス=サイバーダイン製ドライドック管理プログラムMRCH2544A型、製品番号NMRO/427ヲ認識シマシタ』
「よし、と。追加のプログラムは書き込める?」
『書キ込ミ可能デス』
「じゃぁ……始めましょうか。新見さん。頼んでいた画像データはありますか?」
ファニアが新見に頼んでいたのは、
「こんなものしかないけど……」
ファニアのラップトップと繋がっている研究室のコンピューター、そのアクセスポートにフラッシュメモリーのようなものを差し込む新見。
するとそのフラッシュメモリーのデータもラップトップは認識したらしい。
中のデータを瞬く間に解析して吸い上げて、画面上に表示した。
それは衣服の画像データだった。
ヤマトの機関科の女性用クルーの制服を始め、他にも数枚の衣服の画像データがあったのだが、
「うーん……制服はこのまま使えるとして、他が問題……」
ラップトップを手早く操作し、画像データの衣装を427が着られるようにホログラムデータサブルーチンに自動で落とし込むようにプログラムを書いた。その際にファニアの指は目にも留まらぬ速さで動いており、ラップトップ側も負けじとファニアの入力を素早く処理して画面に表示させていく。
「……よし出来た」
しかし、それもたった10秒で終わると、ファニアは猫の様な背伸びをする。真田と新見は、やはりファニアは猫なんだ……と心なしか思っていた。
アナライザーが報告してくる。
『バックアップノ作成、及ビ指定ノプログラムトファイル、最適化ヲ実行シマス。所要時間ハ26時間デス』
「26時間かぁ……まぁ、あくまで目安だから早まる可能性はあるけどね」
「ではファニア様、ニイミ様。私は一旦機能を停止します」
「わかったわ。ゆっくり休んでちょうだい」
「……休む?」
「あれ?あたし、おかしな事言った?」
「ニイミ様。私は機械です。機能停止を休むことと同列と捉えるのは不適切かと思います」
「ほぅ……このAIも中々言うな」
427は「休む」の定義を新見に求めたが、真田はまるで427が新見に対して皮肉を言ったようにも思えた。ファニアはもう少し機械的な表現に言い換えて命じた。
「バックアップ中は機能を停止して」
「了解しました」
ファニアにそう答えると427のホログラムは光の粒子となり、銀のボールに吸い込まれるようにして消えた。
すると、427のデータをバックアップするために色々なパラメーターがラップトップに現れては消えるを繰り返す。
「……最後のアゼルメニアでのバックアップは一ヶ月前。ロールアウトは1701日前」
「1701日前……ですって?」
日という単位で表すと聞いたことのないような桁である。
「地球暦で換算すると……?」
「地球の一年は365日、一日は24時間、1時間は60分です」
「……じゃぁ、約4年8ヶ月だな。誤差はあるが」
地球暦への換算を毛深いハーピーのようなハーピディア人の女性技術者が呟くように言うと新見が地球の一年と1日の長さを答え、最終的に計算を出したのは上半身が女性でクリオネのような下半身を持ち、床から浮いているシードレンデル人の技術者。見た目は女性だが、地球の暦に換算するまでの時間、僅か5秒だった。
「4年半……シンギュラリティに到達するにはまだ早い個体のような気もする」
ハーピディア人の女性技術者はそう言った。
「そうだな、ボニサ」
「でも、レナーリ教授。最近のAIはシンギュラリティに到達するまでの時間が早くなってるっていう統計を聞いたことあるけど?」
「それにしたって4年は早すぎるだろ、ファニア」
ハーピディア人のボニサは年相応という感じだったが、レナーリは見た目に反して男言葉を使っていた。
「シンギュラリティか……」
真田はふと、研究室のコンピューターとファニアのラップトップを自身の胴体に接続したままのアナライザーに目をやった。
シンギュラリティ。地球では「技術的特異点」を意味する言葉であるが、転じて、「AIなどの人工的な存在が自我を獲得した場合」もしくは「人間と同じような感情を獲得した場合」を指す単語でもある。
「シンギュラリティがそんなに珍しいことなのですか?」
そんなことをボニサが尋ねてくると、真田は驚く。
「?というと?」
「我々アゼルメニアでは、AIがシンギュラリティに到達することを「成人した」と見做しています」
「え?シンギュラリティに到達したことを「成人」と見做す、ですって?」
これには新見も驚いた。
「AIはインストールされた日から、アゼルメニアの人々や他のAI、あるいは入港した船のコンピューターなどから知識を吸収し、自己進化を繰り返しながら洗練されていきます。シンギュラリティに到達するまでに最大で50年掛かる個体も珍しくないんです」
「昔は1000年以上を掛けてシンギュラリティにようやく到達した個体もいる」
「例えば確か……」
ファニアは一瞬考えてから、こう言った。
「アゼルメニアの中央図書館に勤める第11世代型のルーティグ・ジルウェがそうですよね」
まるで習ったことのおさらいをしているような口調でファニアがレナーリにそう尋ねると、
「正解だ。あのAIは稼働し始めて16000年は経っているらしいが、どこまで人間臭くなるのか。見ていて楽しくなるよ」
そう言われて新見と真田は暗い顔をする。それを見てボニサが尋ねてきた。
「ん?どうしたんですか?」
「……いや、何でもない」
「えぇ。……気にしないで」
アゼルメニア中央図書館、仕事に忙殺さえされてなければ行けた、1万6千歳のAIとの問答も楽しめたかもしれないのに……そんな悔しさと羨望を覚えたのは2人だけの秘密である。
一方、エスシルト艦長はヤマトの廊下を歩いていた。
(何だろう……この船、実際に乗ったのは今日が初めてのはずなのに見覚えがある)
グナイゼナウとヤマトの艦内は同じ地球軍艦艇であっても別物だ。ドレッドノート級は、言うなれば艦内はストイックな雰囲気であるが、ヤマトの場合は長期の航海を考慮したため居住性が比べ物にならないほどに高い。実際にヤマトの廊下はドレッドノート級のそれに比べても温かみのある雰囲気を持っていた。
エスシルトは誰かに新見の居場所を尋ねようとしたが、そんな時だった。目の前の廊下から誰かが怒っている声が聞こえた。
「全く!ミカゲのお陰で艦内放送で恥を晒すことになったわ」
何となく聞き覚えがあった。普通なら怒っている人を避けるものだが、今日のエスシルトは違ったようだった。
「
放送室から出てきたマーリンはラジオで自身の悪口を言った美影に憤慨していた。
「そうですね……マーリン様。罰として、ミカゲさんには大使館の制服でヤマトの艦内業務を遂行してもらうのはいかがでしょうか? マーリン様がご退艦されるまでの間ずっと」
「ちょ、ヒルデちゃん、それは後生です!」
「あら、良い罰則だと思うわよ。状況によっては侮辱罪で営巣入りか、もしくは、これ。だから」
そう言ってマーリンは少しぎこちない動作だが、右手で首をスパンッと切るようなジェスチャーをした。
余計に美影の顔色が悪くなったのは言うまでもない。
「すみません。つかぬ事をお聞きしたいのですが……」
そう言ってエスシルトはマーリンたちに新見の居場所を聞こうとしたのだが、尋ねられた声の方向にマーリンが振り返り、二人が顔を合わせた途端、二人の間に電撃のようなものが走った。
「「!」」
「え、そんな……ミレー…ネル?」
「!?」
その名が自分の口から出たマーリンは驚いたが、その名を聞いた途端、エスシルトは強烈で突発的な頭痛に襲われた。
「ちょ、ちょっと、大丈夫ですか!?」
先ほど凹んでいた美影が、倒れそうになったエスシルトに駆け寄った。
「ヒルデちゃん、そこに艦内フォンがあるから佐渡先生か六角先生を呼んで!」
「は、はい!!」
美影は床に座り込んでしまったエスシルトの背中をさすりながら、廊下のすぐ先の壁にある受話器のようなものを指さしてヒルデを行かせた。
放送室でオンエア中だったスタッフも、この騒ぎを聞きつけて一時YRAが中断する騒ぎにもなった。
そんな中、マーリンはただただ立ち尽くしていた。
一話のストーリーとして長さはどうですか?
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短い
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普通
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長すぎぃ……