チュートリアルおじさんと異世界巡り   作:雪夜小路

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Ⅷ章.レベル71~80 前半

118.ハーフアニバーサリー

 

 カクレガはドライゲンを離れ、東に向かっている。

 

 目的地としていたグランツ神聖国がいよいよ近づいた。

 近づいたもののハーフアニバーサリーキャンペーンをしているため進みは遅い。

 デイリークエストが毎日全開放されていることに加え、昼はその地域でミッションも出題される。

 それでも夜は進行するので、『何事もなければ』次のイベントまでにグランツ神聖国へとたどりつくペースである。

 

 何事もなければ、と強調したのは明らかな問題が一つあるためだ。

 ×印のついたグランツ神聖国と、現在のカクレガの地点との間に、もう一つ×印が付いた地点があること。

 

 ――帝都ガラハティーンである。

 

 記念すべき討滅クエストの第一回開催地。

 そして、カクレガの笑い女と称される亡国の王女セリーダの故郷だ。

 

 今は廃墟と化している。

 木村としても悪い意味で思い出深い。

 セリーダの精神崩壊と向かい合う時期が来ているようで木村は陰鬱だった。

 

 そんなセリーダと妙なところで関わりがあった存在がいた。

 しかも、その数が二。

 

 一つは創竜である。

 ドライゲン逗留中にカクレガまで遊びにきていた。

 おっさんが入らせないようにしたが、どうにかして入ってきた。

 以前にも謎の存在に侵入されているので、木村は家具コインを大量に消費してでも侵入対策をあげるべきと考えていた。

 

 話を戻すと、創竜がセリーダを見て反応を示した。

 より正しくはセリーダの首にぶらさげていたブローチにである。

 創竜も事情を知りたがり、木村もセリーダとブローチに関して彼の知っていることを話した。

 

 ブローチはアコニトの毒を無効化して、さらには他の状態異常もほぼ無効化する。

 ただし、状態異常がかかった状態でブローチをつければ、その状態異常が付けている間は固定化されるという変わったブローチである。

 効果は良いのだが、よくわからない効果が混ざっているモノだった。

 

 木村が説明した後で、創竜は「ま、僕が創ったからブローチの効果は説明してもらわなくてもわかるだけどね」と笑っていた。

 木村は苛つきが自らの顔に出たことを自覚した。なぜ説明させたのか?

 セリーダの説明だけさせれば良いだろうに、と。

 

「よくできた作品だったから、回収に行こうかとも思ったけど帝国の王女様かぁ。剣も近くにあるから良いのかなぁ」

 

 悩んだ様子を見せてから、けっきょく創竜は興味を失った。

 訳ありで間違いない。創竜は帝国の王女という立場などを気にする存在でもない。

 そもそも帝国はすでに滅んでいる。彼女の王女という地位は今日では何の意味もないのである。

 それに剣とも言った。伝説の折れた剣に間違いない。前に話したエルメラルダ絡みで何か事情があったようだ。

 けっきょく創竜は剣とブローチ、それに王女の解説は口にしなかった。

 

 

 そして、セリーダと関わりのある存在その二は竜人である。

 運営やら運命の神にいろいろと弄られているようだが、討滅クエストの竜はずばり彼だ。

 すなわち、帝都ガラハティーンを滅ぼした張本人だった。

 

 コッコッココッ、コケ

 

 ――で、その竜人は今や鶏だ。

 堕天使鶏を倒したのに姿がなぜか戻っていない。

 今は畑で、嘴を土にさしてミミズをもぐもぐ食べている。

 朝はご機嫌な声で鳴き、卵も産んでリン・リーが調理する。立派な鶏だ。

 生産性だけで言えばアコニトよりも高い。鶏になってからは他のキャラとも関わりが増えた。

 

 最初は木村も竜人が鶏のままだと信じられなかった。

 街の普通の鶏がカクレガの中になぜか入ったきただけだと考えていた。

 しかし、アコニトが馬鹿にして鶏を蹴ったら、熱線で反撃して彼女の額に風穴を開けたので竜人であることは間違いない。竜鶏である。

 

 創竜は「そのうち戻るんじゃない」とどうでも良さそうであった。

 木村としても今の方が助かるので戻す気も消えた。

 

 鶏は今日も元気に鳴いている。

 

 

 

 木村もすっかり朝6時には目覚める習慣ができあがり、朝の訓練を終えたウィルたちと朝食を一緒にとっている。

 

「今日のミッションは何でした?」

「デイリークエストの消化以外だと、『特産品を三つ回収』だって」

 

 ハーフアニバーサリーキャンペーンということで特殊ミッションがあるのだが、非常に平和なミッションだ。

 いつぞやみたいにいなくなった尻尾を探せとか、超強敵を倒せとかいった無茶振りはない。

 地域の人と交流する、売買でいくら稼ぐ、そこそこの魔物を倒す……。

 新規参入者向けであることが透けて見える内容だ。

 

 あと半年もサービスがもたないことをわかっている木村としては虚しい取り組みと思わざるを得ない。

 それでもやはりミッションが簡単なことは喜ぶべきことだろう。

 

 しかも特殊ミッションは簡単な上に報酬が良い。

 おまけでログインボーナスも増加しているので幸せな期間である。

 十日間で10連ガチャチケットが2枚もらえ、単発チケに関しては毎日もらえてしまう。

 

「平和だね」

「そうですね」

 

 二人は実感のこもった声で希望を述べる。

 トレーニングをし、野菜や花の様子を見に行き、外でデイリーミッションを行い、現地の住民とも交流を持つ。

 あまりにも穏やかな日々だった。

 

「この期間がずっと続けば良いのに」

 

 続かないのである。

 

 

 

 木村たちが悲劇の到来を予感し始めたのは、亡き帝都ガラハティーンにいよいよ近づいた頃だった。

 

 ログインボーナスも全て受け取ってしまい、特殊ミッションだけがだらだらと続く日々のことである。

 カクレガの進みが異常に遅くなり、嫌な気配も充満するがイベントの通知はこない。

 

 特殊ミッションの中で奇妙な依頼も増え、それに合わせ現地住民から奇妙な話が聞こえてくるようになった。

 奇妙な話とは一言でまとめるとこうなる。

 

「帝都の様子がおかしい」

 

 もうすでに帝都はなく、帝国すらないのだが、帝都に近い住民ほど滅びた事実をまだ完全に受け入れることができず、凄惨たる廃墟を『帝都』と呼ぶ。

 彼らの中で帝都がどれだけ大きな存在で絶対的なものであったのかを示すようであった。

 その帝都の滅びも、前触れなく一瞬だったことも大きいだろう。

 

「幽霊が出た」

 

 木村は最初、廃墟の「あるある」だと感じた。

 かつての帝都を知っている人が、廃墟を目の当たりにし、過去に見聞きした記憶がそこにいた人たちの姿や建物の光景を頭に流している、と。

 オカルトや魔法的なものではなく、科学的あるいは精神的なものから発せられるものと木村は考えた。

 彼自身も滅びた地を前にして、似たような声や姿が頭をよぎったことがある。

 

 この考えが徐々に違うのではないかと考えるようになったのはカクレガの進行が遅れていることが一つとしてある。

 加えて、住民たちの話すことが帝都ではないまったく別の景色を見て、聞き慣れない言葉を聞いたという話が出たからだ。

 同じものを見た・聞いたという声が別地点の関連がない人間から出てきたことが決定的だった。

 

 何かが起きている。

 

 木村たちもここは認めるに至った。

 しかし、肝心の何が起きているのかがわからない。

 

 ヒントになりうるのが特殊ミッションである。

 最初は地域観光かなと思うような任務が、徐々に異質なモノに変わってきた。

 

「今日のミッションは何でした?」

「『帝国皇帝の遺物を三つ発見する』だったかな、二つだったかも」

「またソレですか。不気味ですね」

 

 帝国の歴史調査が増えている。

 昨日は『帝国開明時代の痕跡を見つける』、一昨日は『崩れた碑文の解読』と方向性が如実に見えてくる。

 どれも地図上にヒントが出るので達成自体はとても簡単だが、こうも歴史系のミッションが連続してくると、どこかに誘導されている気配が強まる。

 

 

 カクレガ内でも不安が募ってくる。

 

 その中で木村は10連ガチャを引いた。

 「不安から逃れるため」と自らに言い聞かせていたが、もちろんただ引きたかっただけである。

 単発チケットがたくさんあるのに使わなかったのは、「単発チケットは時間止めに便利だから」とさらに言い訳を重ねた。もう救えない。

 

 引き時を見誤ったとは言え、☆5を引けたなら勝利である。

 

 そして、――木村は勝利した。

 

 10連目に現れた虹色の扉を見て、木村の心は踊った。

 やはり自分の判断は正しかったという正当化の嵐。不安はどこか遠くへ吹き飛んだ。

 頭の中にじんわりと多幸感を知らせる脳内麻薬が流れ込み、思考がずぶずぶと鈍っていく。

 体も踊る直前だったが、それを止めたのは最初の一つ目の扉がボロボロの木の扉だったためである。

 

「これってもしかして」

 

 木村も学習してきている。

 イベント後にこの木の扉は出てくることが多い。

 加えて、出てくるキャラにもパターンがあることに気づいてきた。

 

 最大の特徴はストーリー上で死んでいるキャラだ。

 おっさん、フルゴウル、テュッポ、シエイとどれも死んだ、あるいは死亡相当の状態になっている。

 さらに付け加えれば、どれも木村たちと一定の関連があるキャラだ。

 現時点で心あたりがあるキャラは一人しかいない。

 

 木村が深呼吸して扉のノブに手を伸ばす。

 手がノブに触れる直前で、赤い棒が扉を貫いて出てきた。

 

「うわっ!」

 

 驚いて手を引くと、赤い棒が炎であることがわかる。

 炎の刃が木の扉を焼き切り、開いた空間から不機嫌そうな巫女が現れた。

 

「さっさと開けな。わっちはせっかちなんだ」

 

 思っていたとおりのキャラが現れる。

 アコニトの師であるリコリスがそこにいた。

 ☆1なのは間違いないだろうが、強さだけなら☆6である。

 木村も喜びたいが、彼女の醸す剣呑さに緊張し、なかなか喜べない。

 

「あの馬鹿は元気にしてるかい」

「…………ええ。まあ」

 

 リコリスは扉をくぐって普通に話しかけてくる。

 木村の返答が遅れたのは、今のアコニトを思い出してしまったからだ。

 アコニトが元気なのは間違いないが、またしても部屋が丸焦げになる未来が見えてしまった。

 けっきょく彼女はクスリをやめることはできず、昨日もクスリと二人三脚で意識をぷかぷかどこかへ飛ばしていた。

 

「リコリス神……、その、申し上げづらいんですがアコニトはまたクスリで」

 

 前回の失敗を踏まえて、木村は先に現状のアコニトを告げた。

 途中で言葉は切れてしまったが、言いたいことはきちんと伝わった。

 リコリスは不機嫌な表情をわずかに動かしたが、そのまま無言で固まったままである。

 何も言わず、木村をジッと見つめている。木村も嫌な緊張で背中に冷たい汗がダラダラと流れていくのを明確に感じた。

 わずか数秒の沈黙だったが、木村は数分にも感じられた。

 

 リコリスが自身を見つめていないということに木村は気づき、目を逸らして残りの扉を開けていく。

 その間もリコリスは動かず、怒りを溜めているようであった。

 この怒りの矛先はもはや変えようがない。

 

 他のキャラも出てきたが、☆3ダブりなのですぐに扉から出て消えてしまう。

 もしも最後の扉が虹色ではなかったらさっさとスキップするのだが、虹色の扉は手ずから開きたいので残しておいた。

 

 アコニトがキャラ、武器ともに完凸リーチなので出てくれると嬉しいのだが、隣にいるリコリスと会わせてはいけない気配を感じる。

 空気を読まないキャラなのでこういうときに限って現れそうなのだ。

 

 木村は恐る恐る虹色の扉を押した。

 こんな嫌な気持ちで虹色の扉を押すことがあるとは彼も思わなかった。

 

 逆光で見えづらいが、シルエットが明らかに違ったので木村はほっと息をつく。

 背中に翼のあるキャラで、木村はどこか見覚えがあった。

 

「私こそが最強最速! 目にも留まらぬ剣捌きを披露してあげる!」

 

 元気の良い女性の声だ。

 この声も木村は聞き覚えがあった。

 

 光が収まると、木村はやはり記憶にあるキャラだとわかった。

 しかし、彼の記憶の中にある姿よりも、随分と高さも幅も大きくなり、顔も大人びている。

 

 アコニトの記憶の中で見た。

 彼女と同じ東日向の神様だった。

 動物のシルエットから鳥だとはわかるが、何の鳥かはわからない。

 鷹や鷲といった獰猛な印象ではない。目もまん丸でやや可愛い印象を受ける。

 

「よろしくね」

 

 明るい声で木村の肩にタッチしてくる。

 背は木村よりもずっと高く、頭一つ分の差があった。

 ちょっと馬鹿っぽいが、そこが人の良さそうなところを出している。

 

「トリキルティス。あんたは相変わらず元気そうだね」

 

 やや距離を開けていたリコリスが、鳥の女性に話しかけた。

 トリキルティスが彼女の名前である。リコリスが挨拶しているので、アコニトの知り合いで間違いない。

 声をかけられた方は笑顔のまま固まっている。

 

「随分と背が伸びた」

 

 リコリスがトリキルティスの前に立つ。

 彼女もトリキルティスを見上げていたが、その表情はアコニトのことを忘れるくらいには緊張感が薄れていた。

 ただし、声をかけられた方は相変わらず笑顔のまま固まっている。

 

「ば、ば」

 

 トリキルティスからは笑顔のまま変な声が出始めた。

 思考がようやく回ってきたようだ。

 

「ば?」

 

 ババアかな、と考えた木村はアコニトに毒されすぎている。

 トリキルティスは表情を一変させ、大きく宙に飛び上がって退いた。

 

「化けて出た!」

 

 トリキルティスは両手に剣を構えて、リコリスに立ち向かう。

 リコリスも合わせるように手に炎の刀を出した。

 

「どれ、久々に稽古をつけてやろうかね」

「待ってください!」

 

 戦闘寸前で木村が声を出して止めた。

 前回のアコニトの件があるので、事情はさっさと説明しておく。

 

「状況を説明しますから剣をしまってください!」

 

 なにより、ここは木村の部屋である。

 戦闘で燃やされたり、斬りつけられたりすれば困るのは彼だった。

 

 

 とりあえず状況を説明し、トリキルティスは納得こそしていないが理解はした。

 

 二人を引き連れてカクレガの中を案内する。

 リコリスは前回の記憶があるので、ほぼトリキルティスに対しての案内だ。

 

「……たぶんここにいます」

 

 木村は来たくなかったが、来ないわけに当然いかない。

 目の前にはアコニトがいるであろう喫煙室がある。

 扉が開くが臭いは出てこない。

 換気機能が優れている。

 

 それも部屋に入るまでであり、入ると甘ったるいような臭いがした。

 木村はここにいたくないし、トリキルティスにいたっては、部屋に入ろうともしていない。

 

「外で待ってな」

 

 木村も部屋に入って電気を付けたところで外に出された。

 視界の端に、アコニトらしき姿が横になってだらーんとしているのは見えた。

 家具を燃やされても困るので「どうか穏便に」と伝えたかったが、表情を消したリコリスを前にしては彼も言葉にすることができなかった。

 

「ほんとバカだね」

 

 トリキルティスが呟く。

 同時に扉一枚を隔てて、爆音が響く、扉も壁も大きく揺れた。

 警報器とスプリンクラーが作動し、廊下の向こうから騒ぎ声とこちらに駆けつける足音が聞こえてくる。

 

 一方で爆心地にいる人間は静かに感じた。

 すぐ近くで鳴る警報器の音がどこか遠くで聞こえてくるようだった。

 扉が開き、黒焦げになった部屋とずぶ濡れの巫女が現れた。彼女は何も言わずに部屋を出た。

 

 とりあえず警報器とスプリンクラーを止めた。

 駆けつけたウィルやおっさんもリコリスを見て全て察した。

 木村も喫煙室はしばらく直すのをやめる決心がついた。いちいち直すとキリがない。

 

 

 ひとまず食堂でお茶でも飲みながら新しい参入者の紹介をすることにした。

 

 

 

119.陣営ボーナス

 

 ソシャゲのキャラを語る際に切って離せないのが性能である。

 

 大抵のソシャゲでキャラのリセマラやTierが攻略サイトに載っている。

 見た目や性格、ストーリーでの活躍、声優が魅力的なキャラも性能が悪ければ、愛がなければ使い続けることが難しい類いは多い。

 とりわけ戦闘がメインや難しいゲームであればあるほど、キャラの性能は重要となる。

 カゲルギ=テイルズも例外ではない。

 

 ただし、カゲルギ=テイルズの場合は、強さの他にカクレガ内での職業能力や人格も重視される。

 ここで新たに手に入れた☆5のトリキルティスと☆1のリコリスを考える。

 

 まず☆5のトリキルティスである。

 ☆5の物理前衛であり、同じく☆5の物理前衛であるゾルとは役割がやや被る。

 しかしながら、棲み分けはできていた。ゾルが単体メインの一撃必殺型であるのに対し、トリキルティスは複数体相手でも使える手数タイプであった。

 

 動きが遅く大型の敵あるいは高防御の敵にはゾルが使える。

 逆に、動きの速い小型の敵や防御の薄い敵、数が多い場合にはトリキルティスが使える。

 

「キィムラァ。陣営ボーナスが発動されたぞ」

 

 ☆5のキャラで同陣営キャラをパーティに入れることで能力にプラス効果が得られた。

 今回はトリキルティスとアコニトである。三体、四体と増えるほど陣営ボーナスも大きくなる。

 この点から言っても、トリキルティスを育てるメリットは大きかった。

 彼女をパーティーに入れるだけでアコニトも強くなる。

 頭打ちになりつつある戦力の限界が突破される。

 さらには連携攻撃も発動するようだ。

 

 このような理由から木村はトリキルティスに可能な限りの素材を投入した。

 

 

 もう一方の☆1リコリスである。

 

 ☆1は大きく二種類あった。

 育てられるキャラと、育てさせる気がないキャラである。

 前者に該当するのはフルゴウルやシエイ、テュッポ。素材を投入すれば他のキャラ同様に強くできる。

 

 後者はおっさんや今回のリコリスが該当する。

 おっさんはそもそもスキルテーブルが開けない。木村も見てみたいのだが名前以外は見せる気がない。

 

 一方でリコリスはステータスが見える。

 スキルテーブルだって見える。強くすることは一応可能だ。

 しかし必要素材がエグすぎた。一段階目の強化ですら、現在のアコニトのスキルテーブルを一つ進めるよりもずっと多くの素材が要求される。

 救済措置とも言うべきか、☆1の彼女は普通に強い。生前ほどの強さはないが、無強化で☆5を凌駕する強さである。

 スキルテーブルのエグさは本来☆6相当であり、スキルテーブルの一枚目を埋め尽くして、二枚目のスキルテーブルに突入しているからとも考えられる。

 

 要するにリコリスは強化する必要もなく普通に戦力になる。スタメンだ。

 トリキルティスやアコニトとも連携がとれて、戦術眼も文句なしのピカイチ。

 ただし、欠点の一つとして彼女の本来の力である崩壊は使えなくなっていた。

 使えなくはなったが、むしろ使えないおかげで安定感が増している。

 常に発していた魔力がないおかげで恐怖が薄れているようだ。

 

 リコリスにはもう一つ大きな欠点があった。

 ずばりパーティーメンバーの精神疲労が大きい。特に東日向組の疲労がMAXだ。

 

「なにやってんだい、バカども。狐、あんたはもっとしっかり動け! ……おい、鳥頭。どうしてそっちから切ったんだ。もうちょっと考えて動きな!」

 

 デイリーミッションでパーティーを組んでいるが、リコリスの指導が絶えず入る。

 アコニトはいつもの位置固定燻製機から移動型燻製機になった。

 トリキルティスにも敵を倒す順番にケチが入っている。

 

 アコニトは復活後にリコリスに手でも口でもフルボッコにされ、肉体的にも精神的にもリコリスに抵抗できない。

 トリキルティスは専用武器もなく能力が大きく制限されているため、やはりリコリスには反抗ができない。

 パワハラかしごきで表現が迷う状態の指導が二人に入っている。

 時々、怒りの炎の刀が敵ではなく二人に向かうほどだ。

 

「あんたも認識の範囲が狭まってるよ。もっと保たせな。気が緩みすぎだ」

「……はい」

 

 ウィルも以前に黒竜から指導を受けた無意識制限の解除を、今度はリコリスに習っている。

 彼女としても教えることは嫌いではないようで、ウィルに無意識制限解除の指導をしていた。

 今はひたすら自己認識の範囲を広げて保つ特訓の最中である。木村から見るとウィルは突っ立っているだけなのだが、額に汗が流れているのを見るに魔法を展開しているのだろう。

 特訓が辛そうだが、ウィルはまだ指導される側が望んだ結果であるので良い。

 アコニトとトリキルティスは見るからにうんざりしていた。

 

 それでもきちんと彼女たちが動くのは、体、あるいは魂にリコリスへの恐怖が染みついているからだろう。

 木村から見てもリコリスは怖い。隣で立っているだけなのだが、彼自身も叱られている気持ちになる。

 声を出している時も十分怖いのだが、なにより黙って睨んでいる時が一番怖い。

 

 木村にとっても彼女がパーティにいるだけで精神が疲労する。

 

 

 さて、帝都に近づくにつれ、いよいよ周囲の異常が際立ってきた。

 

「やはり、これはアレですよね。またあのイベントですか……」

 

 地獄のデイリーミッション消化が終わり、塔を出たところでウィルが口にした。

 木村も異常性には気づいているのだが、今のところでは害がない。

 

「だろうね。今は光ってるだけだけど」

 

 周囲にはぼんやりとした光がぷかぷかと無数に浮かんでいる。

 まるで幽霊か火の玉かといった具合だ。昼だからぼんやりしているぐらいで済むが、夜になるとなかなかに幻想的な光景になる。

 過去に似たような光景を見た。ずばり冥府である。あのときは姿を変えて襲ってくることもあった。

 

「どうでもいいだろぉ、そんなもん。光りたいだけ光らせとけぇ」

「ほんとだね。早く帰って水が浴びたいよ」

 

 神二柱は肉体的にも精神的にも参っている。

 周囲の異常にはまったく興味を抱く余裕がなかった。

 

「リコリスさんはどう見ます?」

「昔、これと似たようなのを見たんだが、どこで見たか思い出せなくてね……」

「おぉい婆、耄碌しすぎだぞぉ」

「バカ狐! 年寄りにそんな言い方するもんじゃないでしょ!」

 

 アコニトとトリキルティスは仲良く炎の刀で尻を刺された。

 想像を絶する痛みと思われるが、木村はフォローのしようがない。

 

 トリキルティスは裏表のない善人的な性格だが、やや頭が緩い傾向がある。

 リコリスからもアコニトからも鳥頭と言われているが、アコニトの馬鹿さと比べれば可愛げのある方である。

 

「何にせよ、良い兆候ではないね」

 

 二人にお灸をすえたリコリスが、顔だけで振り返ってそう残した。

 

 

 リコリスの言葉が裏打ちされたのは、まさにその日の夕食時である。

 

 木村も日本にいた頃は朝は食べず、昼はちょこちょこ、夜に多めという食生活だったが今は変わっている。

 朝に多めに食べ、昼にそれなり、夕方は軽めになった。

 夕方以降に何かをすることが少ないからだ。

 

「話があります。すぐにブリッジへ」

 

 木村が食べている途中でモルモーがやってきた。

 最後まで食べ切ることも許されず、すぐさまブリッジに連行される。

 

 ブリッジにつけば、すでに主要なメンバーが揃っていた。

 一番遅く参入したリコリスも主要メンバーとして呼ばれている。逆に一番早く参入したアコニトはいない。

 

「地上で起きている現象が判明いたしました」

 

 招集をかけた礼も短めに、モルモーは本題に入った。

 彼女は能動的に動かないタイプなので、冥府の関係だと木村は嫌な推測が働く。

 そして、それは当たっていた。

 

「魂魄操術と流転輪回が発動されています」

 

 木村はどちらも聞いたことがない。

 ウィルを見たが、魔法博士のウィルも知らない様子である。

 おっさんを見ると、普段どおりの笑顔なのですでに知っていたのだろう。

 リコリスも「ああ」と小さく頷いた。ようやく思い出したようだ。

 

「すまない。私はどちらも知らない。いったいどういった術なのかな?」

「僕も知りませんね。是非、知りたいです」

 

 フルゴウルが代表して質問した。

 モルモーも頷く。

 

「知らなくて当然です。知っていれば冥府から地上に戻ることは許されなかったでしょうから」

 

 尋ねた二人は沈黙した。

 

「――私は、聞かない方が良い話かな?」

 

 フルゴウルが再度尋ねる。

 彼女が危惧したのは、二種の魔法を知ることによって冥府に連れ戻されることを怖れていたからである。

 ウィルが黙っていたのは、知ってはいけない類いの術だと気づきつつも、知りたいという欲が押し寄せ、両者がせめぎ合っていたからだった。

 

「いいえ、今回は上司の了解を得ています。知ったからといって、すぐさまあなたが怖れるような事態になることはなりません。ただし、行使しようとする傾向がわずかでもあれば話は別です」

「わかっている。知る以上のことはしない」

 

 ウィルも黙って頷いた。

 二人を見て、モルモーが周囲を見る。

 周囲もどういった話になるかが予想でき、彼女に続きを促す。

 

「魂魄操術と流転輪回は別々の術式です。両者を同時に使うことで一つの現象が引き起こされます」

 

 木村はその現象を察した。

 冥府の住人であるモルモーが緊急で人を集め、さらに魂魄やら輪廻なんて言葉を聞けば嫌でも想像できてしまう。

 

「――死者の蘇生です」

 

 モルモーは答えを粛々と告げた。

 木村は予想どおりの言葉が出たので驚きがない。

 異世界ならそれくらいあるよねという認識だ。冥府があるくらいなので死者復活があってもまるで不思議ではない。漫画やゲームで何度も見ている。

 

「やはりあるのですか」

 

 今度はフルゴウルが口をつぐみ、ウィルが端的に感想を述べた。

 彼も神聖国で、それ系統の術式が研究されていたのを知っている。どれも失敗であった。

 興味半分でルルイエ教授に尋ねたことはあったが、教授は死者の蘇生に関しては研究対象外としてさほど興味を抱いていなかった。

 ただ、ぽつりと一言漏らしていた教授の言葉がウィルの脳裏に蘇る。

 

「“魔法中の魔法。世界の歪みの最たるものの一つ”」

「あなた自身からの言葉ではありません。あなたの魔法の師の言葉ですね」

「そのとおりですが、なぜそのように思われたのですか?」

「一つは、私から見たあなたの思考とは内容がそぐわないということ。さらに、私は上司からあなたの師のプロファイルを授かっています。彼の性行と先ほどの言葉が合致していました」

「……そうでしたか」

 

 ウィルは思うところがあれど深くは尋ねなかった。

 モルモーの上司――冥府の導き手がルルイエ教授を調べ、そしてそのプロファイルをモルモーに授けた。

 この言葉の意味するところを正しく理解したからである。

 

 すなわち、「ルルイエ教授は生かしておくべきではない」と。

 さらに言えば、彼は口にしていないだけで死者の蘇生方法も知っていた。

 

「わっちは過去にその術らしきのを見たことがあるね。あいつらは『還霊の儀』と呼んでいたはずだ。だが、あれは一人が限度で、器も必要だろ」

 

 さすがに千年は生きているアコニトにさえババアと呼ばれることだけ有り、リコリスの経験はここにいるメンバーの比ではない。

 彼女が知っているのは、死者と近しい生者を見繕い、その生者に死んだ魂を降ろし一時的あるいは永続的に死者を呼び戻すという降霊術であった。

 

「通常であればそうです。付け加えるなら死後の時間も重要になります。あなた方も知っているでしょう。冥府で彼らの魂は消費されることを」

 

 木村もフルゴウルから聞いた。

 冥府の最奥であるタルタロスで倒された霊魂は、さらなる奥へ向かい、消え去ってしまうと。

 逆に言えば、タルタロスよりも手前からなら霊魂の消費も止めることができうる。

 

「通常ではないということですか?」

「はい。何もかもが異常です。魂魄操術と流転輪回だけでなく、未知の術式すら発動しています。すでに消費され蘇る道理のない存在すらも蘇り、魔力と魂が混ざり合い形を為しつつあります。このままでは周辺一帯は死者の都になりかねません」

 

 全員が沈黙している。

 一瞬だけ思考が止まったが、すぐに回転し始め、彼らに今できることが何かを考える。

 

 そして、みなが同じ結論に至った。

 

「とりあえず次に起きる出来事を待つしかないよね」

「そうですね。何かできることはありますか?」

「覚悟を決めるくらいじゃないかな」

「私もお手上げです」

 

 言葉どおり様子見である。

 死者の都になるからどうしようかと問われてもどうしようもない。

 冥府の住人であるモルモーですら為す術なしなのだ。木村たちがどうにかできるはずもなかった。

 

 木村はリン・リーに置いてもらった夕食の残りを食べに食堂へ向かう。

 

 

 

 二日後、カクレガは進行を自動で止めた。

 停止した位置は帝都ガラハティーン。奇しくも木村たちが初めてカクレガに入った地点である。

 

 周囲は半年も経たずに荒廃を極めた。

 調査により周辺の遺物はおおかた回収されている。

 遺物と言っても討滅クエストの竜により燃やし尽くされて大抵は灰すら残っていない。

 

 丘の上を見れば、氷付けにされていた城も半年近く経過したことで氷は溶け、見るに堪えない城跡が残る。

 城の内部に残る宝物や文化財は盗賊や調査団に全て回収され食器の一つもない。

 

 市壁付近は地割れにより近づくことができず、今もまだ崩壊が起きているところすらある。

 もうすでに人はいない。人どころか犬や猫、鼠ですらもこの地に残った魔力の残滓にあてられて周辺地域に散ってしまった。

 イベント由来と考えられる淡い霊魂だけがふわふわと廃都をさまよっている。

 

 帝都ガラハティーンは完全な廃都となっていた。

 

「懐かしい」

 

 その廃都に立って木村は周囲を見渡す。

 幽霊を見たという人たちを木村は笑うことができない。

 彼もまた、かつてここで見聞きしたことを思い出して声が聞こえてくるようだ。

 

 異世界に来て、初めての大都市だった。

 周囲のあらゆるものに目を奪われ、丘の上の城で木村は国のトップと話をした。

 そこから先もまた印象に残っている。メッセージ、地響き、人のざわめき、竜の出現、炎に叫び声、肉の燃える臭い、立っていることも曖昧になる感覚、どれもが今もまだ彼の中で再生される。

 

「あはは、キームラー。城ですよー。走りましょー。あははは」

 

 木村としては迷うところではあったが、久々にセリーダも外に出した。

 彼女の生まれ故郷である。滅びの時、彼女は気を失いそのまま連れ去ったので、最後の光景を見せてあげられなかった。

 もしも見せていれば彼女は完全に壊れ、今と同じようにカクレガで一緒だったかは怪しい。

 

 さすがの木村も廃都を見せはすれど、セリーダの狂った意識を戻そうとまでは思わない。

 だが、その一方で本当にこのままで良いのかと思う気持ちもある。

 狂ったまま一生を終えさせていいのか、と。

 

 辛いだけの過去を見つめ直させるよりも、狂っていても幸せそうに生きている方が幸せではないかと。

 あるいは、自らが彼女の心を意図的ではないにしろ壊してしまった責任からの逃避ではないかと。

 

 ここ数日で同じような考えが回っていたが、けっきょく意識を戻すことはできなかった。

 彼女は楽しそうにステップを踏んで、彼女がかつて暮らしていた城に向かっていく。

 

 木村もゆっくりと笑う彼女の後を追う。

 彼の側には同じく帝都に因縁のあるアコニトと一度見たかったと話していたウィル、それに保護者枠としてリコリスが付く。

 

 木村の足取りは重かった。

 実際に傾斜がきついということもあるが、精神的なものも大きい。

 

「おぉい、坊やぁ。そこまでして見る必要はまったくないぞぉ」

「そうだけどね」

 

 丘の上の城、今はもう瓦礫が残るだけの城跡。

 そこは、この異世界トリップが碌でもないものになることを気づかせた出発点でもある。

 

 もう一度、丘の上から城跡を見て、城跡から都を見下ろしたいと木村は感じた。

 もちろんそれらはただの彼の感傷であり、やったところで意味はない。

 肌寒さとやはり帝都は滅びたということが再認識されるだけだ。

 

「それでも、やっぱりあそこからちゃんと見ておきたいんだ」

 

 アコニトもわかりやすいほどのため息だけついて引き下がった。

 リコリスは何も言わない。ウィルも周囲を見渡して、ときどき足を止めて瓦礫を手に取り、ぶつぶつと口にするくらいである。

 ふわふわと浮いているケルピィも周囲を観察して付き従う。

 おっさんは当然のように木村の側にいる。

 

「あははー、あはは、あは……」

 

 城跡にたどりつくと笑い続けていたセリーダの声が止まった。

 彼女の笑い声は時々止まる。止まった時はだいたい涙を流している。

 今も例外ではない。彼女は城跡を前にして止まり、目から涙が流れていた。

 狂った意識の中ですら、過去の思い出がフラッシュバックして感情が複雑に交錯している。

 

 そんな彼女の姿を見て、木村はますます罪悪感が大きくなったことを自覚する。

 それでも何をすることもできず、ただ立ち尽くすだけだった。

 

 動きを止めたセリーダを、同じく動きを止めた木村が見る。

 ウィルやケルピィは荒らされた城跡を見て回り、アコニトとリコリスは仲良くタバコを吸っていた。

 

「あは、あははー、キィムラァー、案内しますよー、こっちですー」

 

 止まっていたセリーダが動き出した。

 いつもの狂った笑いとともに木村を呼ぶ。

 

「待ってください」

 

 木村が足を踏み出そうとしたところで横から声がかかった。

 ウィルとケルピィが彼のすぐ側にいた。

 

「え、何?」

「僕たちはケルピィさんとこの丘から周辺の景色を見ました」

「全方位のどの光景にも霊魂が浮かんでいたんだ」

 

 木村がぼんやりとしていた間に、ウィルとケルピィは調査をしていた。

 その報告を聞き、木村も頷く。木村たちが来た道は霊魂がたくさんいたが、どうやら来た道だけでなく帝都周辺に満遍なく霊魂が湧いているようだ。

 

「えっと……、霊魂が多いって話?」

「違います。霊魂が少ないという話です」

「少ない方角があったってことね。どっちなの?」

「ここ。この城跡だよ。見渡してごらん」

 

 ケルピィの声に木村もようやく景色の違和感に気づいた。

 セリーダの姿ばかりに目が行って、他のことに何も気づくことができていなかった。

 

「ほんとだ」

 

 帝都に浮かんでいた霊魂がこの城跡には一体もいない。

 瓦礫だけが静かに転がっている。

 

 

 ピッピコーン!

 

 

 静寂を切り裂いてメッセージがやってきた。

 あまりにもタイミングが良すぎる。狙ってやっていないか疑うほどだ。

 しかしながら時刻はちょうど十時なので予約した時間と言われればそうなのかもしれない。

 

 いつもどおり、おっさんはにこやかに封筒を差し出した。

 

 木村は息を軽く吐き出して封筒を受け取る。

 そして、中身の手紙を取り出して読んだ。

 

「“イベント『ハッピー・アンバースデー・イヴ』開催よて”わっ!」

 

 手紙を読み終わる直前で変化が訪れた。

 霊魂が一つもなかった城跡が全体的にぼんやりと光り始めた。

 

 木村だけでなくウィルやリコリスも警戒を強める。

 アコニトはどうでも良さそうにタバコをふかしていた。

 

 ぼんやりとしていた光は明確な形を作り始めた。

 直線状、あるいは曲線状、楕円状と地面や空中を照らしていく。

 光り始めたのは城跡だけではない。城跡から始まり、丘の中段、帝都、周辺地域へと光は高速に広がっていく。

 

「……城だ」

 

 淡い光で構成されているため見えづらいが、城跡には光の城ができていた。

 しかも、木村はその城に見覚えがあった。

 

「あはー。おとうさまー、私ですよー、セリーダですー。ただいま帰りましたー」

 

 セリーダが笑いながら、城の中へと駆け込んでいく。

 扉が開き彼女は城に入る。扉の中では数多の光が列をなしていた。

 今まではぼんやりとした光だった霊魂が、薄ぼんやりと形を伴っていく。

 

「セリーダ。よく帰ってきた。心配していたのだぞ」

「ごめんなさい。おとうさまー。あは、あはは、あははー」

 

 セリーダは泣きながら笑っている。

 そのセリーダを光で構成された人が抱きしめた。光だけでなく質量を持っていた。

 

 抱きしめた人物の声と姿に木村は見覚えがあった。

 謁見の間で見た皇帝である。姿はぼんやりとしてわかりづらいが間違いない。

 

「亡霊?」

 

 まさしく亡霊だった。

 王も、左右に整列する家臣たちもまさしくあの時のままだ。

 姿が薄く、はっきりしないことを除けば、ここはまさしく帝都ガラハティーンのカレドア城。

 そして、セリーダを抱きしめるのは皇帝アセンドス三世である。

 

「余は騙されておった」

 

 アセンドス三世がセリーダを抱きしめたまま木村たちを見る。

 木村は彼の目に見覚えがある。彼と敵対した人たちが木村たちを見てきた目だ。

 

「奴らはセリーダを救った恩人にあらず、奴らこそが災厄の根源――帝国に仇するものである。奴らを捕らえ、首を刎ねよ! 死骸を街中に晒すのだ! 『帝都に仇する脅威は滅した』と万民に示せ!」

 

 左右の家臣たちが「ハッ!」と声を揃えた。

 そして、彼らが一斉に木村たちを向く。

 

「ぼさっとするんじゃない。準備をしな」

 

 リコリスが炎の刀を手に出した。

 ウィルも戦闘態勢に入る。ぼんやりとしていたアコニトも立ち上がった。

 

「くるよ」

「かかれっ!」

 

 戦士たちの長である存在が声をかける。

 亡霊の兵士たちがどこからか湧き上がり、木村たちに襲いかかった。

 

 

 正式なイベント開始は一週間後だが、実質的にこの時点で幕は切って落とされた。

 

 彼らの二度目の滅びが始まる。

 

 

 

120.イベント準備 上

 

 半年前に滅びた都がよみがえった。

 

 ぼんやりとした光を伴い、出来の悪い立体投影のようである。

 それでもこの薄い光は実体を伴っていた。そして、木村たちはその光の実体と闘っている。

 

「ずいぶんしぶといね」

 

 光のカレドア城で、亡霊のごとき帝国兵士たちが木村たちに襲いかかっている。

 個々の戦闘力で言えば木村たちの方が圧倒していた。

 

 リコリスは兵士の攻撃を全て避けて攻撃している。

 ウィルも魔法で全てを押し返す。アコニトも毒で亡霊兵士を近寄らせない。

 全員の防御力も上がっているため、亡霊兵士からの攻撃を食らったところで痛手にはならない。

 

 しかしながら、亡霊兵士らはキャラの攻撃で怯むことはあれど死ぬことがない。

 倒れても倒れても起き上がってくる。さらに兵士の数は時間経過とともに増えている。

 どこかから湧き出てくる。まさしく今の彼らは亡霊であった。

 

「じり貧だね。退くべきじゃないかな。……キィムラァくん?」

 

 ケルピィの声に木村は返答しない。

 木村にケルピィの声は届いていない。木村は目の前で行われている戦闘状況にまったく意識が向いていなかった。

 

 どうしてこうなるのか? という疑問が木村を支配していた。

 もしも彼らともう一度話すことができたらと思うことがたびたび彼にはあった。

 一方で話したところでどうしようもないともわかっていた。今さら「巻き込んですまない」と謝ったところでどうしようもない。

 けっきょく彼らはもうよみがえられないし、完全に滅んでしまって話すこともできない。全て木村にとって都合の良い感傷に浸るだけのことだった。

 

 ところが彼らがよみがえった。

 十中八九イベントの影響なのだが、何の影響かはこの際関係ない。

 彼らの顔や声を木村は覚えている。そして、人でこそないかもしれないが彼らが目の前にいた。

 しかも、明確に木村たちに敵意を向けている。木村は彼のつまらない感傷から引き釣り出され、現実と向き合うことをよぎなくされている。

 

「おい、アコニト。玉の言うとおりだ。キリがない。そこのガキどもを連れてこの場を離れな」

 

 リコリスが振り返りもせずにアコニトに告げる。

 アコニトも反抗する気もなく、彼女の言に大人しく従う。

 

「おい、坊やぁ。いつまで呆けておるか。さっさと退くぞぉ」

 

 アコニトが木村の頬をベチベチと叩く。

 

 木村も正気に戻った。

 周囲を亡霊兵士に包囲されているとわかりアコニトの声に頷く。

 突破はできるだろうが、懸念点が二つあった。

 

「セリーダは?」

「ほっとけぇ。夢見心地だぁ」

 

 セリーダは亡霊の中にあって状態が落ち着いている。

 そこが彼女の本来の居場所であるかのように、アセンドス三世の亡霊の後ろで兵士たちに守られ身を委ねていた。

 亡霊たちがセリーダに危害を加えることはない。どちらかと言えば、木村たちの方がセリーダに危害を加える側であった。

 

「ぼさぼさするんじゃないよ。早く行きな」

 

 リコリスの声が苛立ちを含んでいた。

 彼女こそが木村の懸念点その二である。

 

「リコリスさんは?」

 

 弱い亡霊たちと言えど数が数だ。

 足止めを一人でさせて良いものか木村は戸惑っていた。

 

「ハッ、あの婆の心配なら無用だぁ。年長者のありがたい意見は聞くべきだぞぉ、ほれ、行くぞぉ」

 

 アコニトが半ば無理矢理に木村の腕を引く。

 かつてリコリスに「逃げろ」と言われて、駄々をこねて戦場に残り続けた彼女とは違う。

 自らに与えられた役割をこなすことができるほどに彼女も歳をとった。

 

「出でよ。余の精鋭たち」

 

 アセンドス三世の声に従い、さらなる兵士たちが湧き出てくる。

 木村たちを圧殺すべくさらに陣を立て直し、魔法の詠唱も始まった。

 

「お主らに逃げ道など、もはや――」

「あるね」

 

 王の言葉をリコリスが遮った。

 そして、彼女は片手に握っていた炎の刀を地面に突き刺す。

 

「咲き乱れろ。曼珠沙華(ラジアータ)

 

 地面から炎の刀が次々と立ち上がる。

 兵士たちを刺し貫き、炎を上げ、毒の火の粉を周囲にまき散らす。

 

 見たことのない現象に兵士たちも驚きを隠せなかった。

 炎刀は兵士たちの壁を破り、脱出路を作りあげる。

 

「行くぞぉ」

 

 機を逃さずアコニトが木村の腕を引く。

 それにウィルが続き、おっさんが当然のように殿を務めている。

 

「逃がすな。追うのだ」

「させないよ。鉄色箭(サンギネア)

 

 木村たちの背を追いかけようとする亡霊たちの行く手を、地面から生えていた炎刀が動いて阻む。

 炎刀の外側にも亡霊兵士は現れるが、内側の数と比べれば多いとは言えない。

 その内側の亡霊は行く手を阻む一人に襲いかかろうとしていた。

 

「お主に恨みはない。だが、奴らの仲間である以上、ここで死んでもらうぞ」

「わっちはもうとっくに死んでるそうだ。あんたらと同じさ。いつまで歩きつづけるのか、まったくなかなか死ねないね」

「む?」

「変なことを言った。忘れてくれ。それよりわっちは待つのも待たせるのも嫌いでね。そろそろあいつらの後を追わせてもらうよ」

「余がそれをさせると思うか」

「思うね。あいつらはもう十分離れただろ、わっちも手を抜く必要がない。久々に使うから加減できるか不安でね。そっちのお嬢ちゃんが大切なら、全身全霊で庇うんだね」

 

 地面から生えていた炎刀が消えていく。

 兵士たちの行く手を遮っていた炎刀すらも消えてしまう。

 

 壁となっていた炎刀はなくなったが、兵士たちは木村たちを追いかけることができなかった。

 全兵士がリコリスを見つめている。彼女から目を離してはいけないと彼らの本能が告げている。

 

「――燃えつくしたる」

 

 リコリスはもはや何も持っていない。

 彼女の手からは炎刀すらも消え去っていた。

 さらに彼女の燃えるような真っ赤な髪が、白く灰のように脱色していく

 

「此がわっちの寝るところ(リコリス)咲き続けるは天上の花(ラジアータ)

 

 ぽつりとリコリスは呟くと地面から芽が伸びて、すぐさま赤い花が一輪咲いた。

 

 薄い緑色の茎の先に、赤い花が付いている。

 花弁は上向き。葉はない。

 

 一輪、また一輪と兵士たちの足下からも花が咲いてくる。

 帝国の兵士たちはその花を初めて見た。

 

 葉見ず花見ず――彼岸花である。

 

 

 

 丘を駆け下りていたアコニト達は追っ手が減ったことに気づいた。

 

「うぅっ」

 

 ウィルが短く呻き、足を止め、膝をついた。

 おっさんも足を止めて、丘の上を見やっている。

 木村も彼らの様子を見て、上で何かが起きていると察した。

 

「真っ赤っかだ」

 

 先ほどまでいた丘の上が赤く染まっている。

 ぼんやりと光る城の下部分を、赤い光が覆っていた。

 

 城へ至る道は白い光で舗装されており、城の周囲も白く光っているので赤の光は余計に目立つ。

 赤の光がわずかに波打っていて、まるで天の世界が燃えているようであった。

 追ってきた兵士も城の様子を見て立ち止まっている。

 

「婆の色だぁ」

 

 アコニトはそう呟いたものの、リコリスが何をしているのかはわかっていない様子である。

 おっさんとウィルの様子から木村は彼女が行っていることが何となくわかる。

 テュッポ(真)やヅラウィ曲芸団の見せた技ではないか。

 おそらく最上級の技を使っている、と。

 

 リコリスなら使えてもおかしくはない。

 ましてや彼女を縛っていた崩壊は☆1になってなくなっている。

 技としての崩壊も消え去ってしまったが、縛りとしての崩壊が消えた今なら魔法も過去より自由に扱える面がある。

 

「……広がってるよ」

「ほんとだ。これって大丈夫なの?」

 

 丘の上だけが燃えるように赤かったが、その赤が徐々に丘の上から出てきている。

 徐々に丘を赤い花で侵蝕し始め、丘の下へ――木村たちの方へと速度を増して迫っていた。

 

 丘の上をみやっていたおっさんが振り返り、木村とウィルを担いで走り始める。

 担がれた状態で木村は丘を侵蝕する赤い花を見ていた。

 

 地面に真っ赤な花が咲き乱れ、一面が赤い花に埋め尽くされる。

 地面どころか亡霊兵士にまでその赤い花が咲き始めた。

 兵士から命を吸い取るようにして芽を伸ばしている。

 赤さは華やかだが、同時に恐怖も感じさせる。

 鮮烈で同時に艶やかな命の色だ。

 

 どこか別の世界へ来てしまったかのようだった。

 花が日本的あるいはアジア的で、城や道の西洋さとそぐわないがそれもまた異世界感を醸し出している。

 

 数日前にモルモーから発された言葉が木村に思い起こされ、実感を覚えた。

 

 帝都ガラハティーンはまさしく死者の都になったのだ、と。

 

 

 

 木村たちはなんとかカクレガに戻った。

 

 地図部屋兼最終準備部屋で息を整えていると、リコリスも平然と戻ってくる。

 セリーダは戻ってこない。もしかしたらリコリスが連れてくるかもしれないと木村は思っていたが、淡い希望は消え去った。

 

「あいつらもなかなかやるもんだね。お嬢ちゃんを最後まで守ってたよ」

 

 珍しい言葉だった。

 リコリスがプラスに評するのは滅多に聞かない。

 

「あの。王や兵士たちはどうなったんでしょうか?」

「死んじゃいないよ。わっちの全力でも消せなかったとなるとカラクリがありそうだね」

 

 亡霊たちはやはり死なない。

 倒れることはあれど、この世界の魔物やデイリーの敵のように消滅することはなかった。

 リコリスはカラクリと言うが、木村は単純に仕様ではないかと考えている。亡霊はHPがゼロになっても復活する。あるいはHPが1残って全回復する。

 亡霊やゾンビ、アンデッド系のエネミーが持っていそうなあるある仕様だ。

 

「今回は死者がよみがえるイベントなんですか?」

 

 ウィルが悪趣味だと言わんばかりに顔を歪めている。

 木村もまだイベント通知の手紙をしっかりと読むことができていない。

 

 ここで声に出して読み、また集まって読んでも手間が倍になるので人を集めて知らせることにした。

 

 

 

 ブリッジにすぐまた集まり、フルゴウルやモルモーも呼んだ。

 

「イベントのメッセージが来ました。外の影響はイベントによるものと思われます」

 

 ブリッジから外の様子は見える。

 亡霊となった兵士たちが光の都をうろついている。

 兵士たちだけではない。住民たちもかつての暮らしをしていた。無論、亡霊の姿でだ。

 

 兵士たちは木村たちを探しているかもしれないが探知機能が増したわけではないので、見つかる心配はない。

 仮に見つかってもカクレガの装甲を、彼らが突破する術もない。

 

「イベント名は『ハッピー・アンバースデー・イヴ』で七日後から開始のようです」

 

 木村が手紙を読んでいく。

 

“メガラヤックの片隅でソケット博士がタイムマシンの試作機を完成させた。

 

「行くぞ助手よ!」

 

 ソケットは助手のナットとさっそくタイムマシンで時空の流れに飛び込んだ。

 

 ところがタイムマシンの動作に異常が生じ、時空の流れが研究所を中心に歪んでしまう。

 

 五百年前の領主から、四十年前に生きていたソケットの祖父、なんと未来の住民までもまぜこぜになる。

 

 あなたはメガラヤックにいたため、時間の混線に巻き込まれてしまった。

 

 さあ、ソケット博士たちと一緒に時間の混線を元に戻そう。

 

 ついでに行方がわからなくなったナットもみつけてあげよう”

 

 木村はあらすじを読み上げた。

 その後で、頭をポリポリと指でかく。

 

「クソイベ」

 

 この言葉しか出てこない。

 あらすじだけで言うとクソイベに尽きる。

 どうして最初の一行目から“タイムマシン”が出てくるのか。

 しかも動作がおかしくなっていると来て、主人公たちは巻き込まれたらしい。

 

 ストーリーはクソイベに違いない、報酬やボス難度も要素にあるが異世界においてはストーリーが最重要だ。

 すでに最悪の一歩手前の状況になっている。イベントが始まったらさらに悪くなる。

 

「ナットくんが心配だね」

 

 フルゴウルなりの冗談だった。

 木村も少しクスッと来た。行方不明になり、ついで扱いされている助手くんだ。

 フルゴウル以外のメンバーは単語がSFすぎてどうやら話の流れに付いてくることができていない。

 

「つまりどういうことなんですか?」

 

 ウィルが尋ねる。

 木村も彼なりの解釈を返した。

 

「タイムトラベル系? 時間が過去に行ったり、未来に行ったりするのかな。あれ? でもそうなると帝都の人たちはどういうことなんだろう? なんで亡霊?」

 

 時間が巻き戻るなら、亡霊みたいな姿である必要はない。

 過去に見たように人の姿のまま現れるべきだ。

 

「おそらくだけれどね。この世界の構造がそのストーリーの設定に追いついていなんじゃないかな。私がいた世界でもあるけれど、そこまで異常ではなかったはずだよ」

「どういうことですか?」

「つまりね。あの帝都の人たちはよみがえった訳ではなく、“時間が巻き戻った結果として現れたように見せられている”ということかな。この世界としては部分的に過去に戻るということが世界構造としてあり得ないから、別の方法であの人物たちが現れるような現象が無理矢理引き起こされた。それがモルモー女史の言う死者の復活術式群や未知の術式だったということじゃないか、と私は考えている。もしも本当に過去と現在、未来が混ざれば、過去の人間の行動により現在と未来が大きく変わってしまうからね。パラドックスが連鎖的に起きうる。そのため現在に各時間軸の人物の記録だけを持ってきて矛盾を無くすよう代用しているのではないかな」

 

 周囲はわかったような、わかっていないような微妙な表情である。

 木村もどちらかと言えばわかってないに属するところだった。

 

「時間の幅が広い。五百年前となると相当だ」

「まだ帝国すらない時代ですよ」

「王国もないね」

 

 過去だけではなく未来も混ざると書いてある。

 この世界の未来は半年ほどしかないはずなので、未来が混ざるかは疑わしい。

 もしも未来が混ざるのなら大神も喜ぶところだ。時間幅はひとまず置くとして今後の話が重要になる。

 

「今は半年前の滅ぶ直前だけど、イベントが始まる頃にはさらに過去と未来がごちゃ混ぜになるかもってことですよね」

「そうだろうね。人の記憶も重要になるかもしれない。君たちの話を聞いたところでは彼らは滅ぶ直前の記憶があったようだからね。歴史と実際の出来事が一致せず問題が大きくなるかもしれない。特に帝国ができる前の人物がここにくれば帝国などただの侵略者だろう。そのあたりの歴史も知っておくべきだろう。我々の立ち回りも変わってくる」

 

 木村は面倒な話だと感じた。

 彼は歴史が嫌いである。人の名前を覚えられない。

 特に世界史のカタカナの名前はまったく頭に入らないのである。

 

「もう一つ重要なことがある」

 

 フルゴウルは人差し指をみせて示す。

 

「ソケットなる博士の身柄確保だ。タイムマシンがどのようなものかは現時点で不明だが、おそらく彼にしか直せない。“時間の混線を直そう”と書かれているくらいだ。間違いなく本イベントのキーマンは彼になるはずだ」

 

 この点に関しては全員が理解を示した。

 木村はソケット博士を一発ぶん殴ってやりたい気持ちでいっぱいだ。

 もちろん運営が作りあげたキャラなので、ソケット博士を殴るのは筋違いではあることは認めている。

 

「キィムラァくんに一つ聞きたい。イベント名はどういう意味かな?」

 

 フルゴウルが木村に尋ねる。

 異世界でも言葉は伝わるがおそらく変な訳として伝わっている。

 考えた言葉は意図したように伝わるが、書かれているものを読み上げる時は訳がおかしくなる傾向があった。

 

 イベント名は前回、それ以前も意味があった。

 タイトルの意味を知り、推測をしておくことが重要である。重要ではあるのだが……。

 

 今回のイベント名は「ハッピー・アンバースデー・イヴ」。

 

「えっとですね。ハッピーが『祝う』。アンバースデーが……アンバースデー? 『誕生日じゃない日?』 イヴがクリスマスイヴとかで使うから『前日』かな? まとめると『誕生日じゃない日の前日を祝う』でしょうか」

「わからないね。強いて言うなら一年間で誕生日の前日だけは祝わないということかな」

 

 おそらくイベントが始まらないとこのあたりの意味はわからない。

 だいたいのイベントでそんなものだった。しかも最後の方でようやくわかることが多い。

 タイトルは重要ではあるが、けっきょくのところ現時点ではわからないという、いつもの結論に至ってしまった。

 

 なお木村はイヴを前日と言ったが、前夜が正しい。

 さらに言うなら、昔は一日の起点が今のようにきっちり0時ではなく、前日の夜というざっくりしたものなのでイヴもまた昔基準では当日である。

 

「セリーダはどうしましょう?」

「セリーダ? ……そのうち戻るんじゃないかな」

 

 フルゴウルはさほどセリーダを重要視していない。

 なぜならセリーダはカクレガのメンバーのため死ねばカクレガに戻る。

 今の話では歴史がめちゃくちゃに入り乱れ、近く騒乱が起きることをフルゴウルは予想していた。

 そのためセリーダも騒乱に巻き込まれ、カクレガに死に戻るという意味で発言した。

 

 フルゴウルだけではなく、他のメンバーもまた彼女を重要視しているものはいなかった。

 そもそもセリーダはいつも頭が壊れて笑っているのでコミュが取れず、カクレガの誰とも人付き合いがない。

 最初期のメンバーなので、元の彼女がどんなかを誰も知らないし、もっと言えば木村も彼女の人となりを知らない。

 初めて出会った時の彼女の護衛たちが、アコニトのスペシャルスキルで溶けて消えて、ひどく取り乱した姿が印象に残っている。

 そこから先はほぼほぼクスリで頭がいかれていた。

 

 聞いただけの話ではアセンドス三世はセリーダを特に可愛がっていたようである。

 そりゃ最愛の娘がそんな扱いをされていればぶち切れるよな、と木村は納得してしまう。

 しかもサポートメンバーとしてほぼスタメン入りしていたので、彼女は頭がイカれつつもキャラや魔物の死に様を何度も見ている。

 もしもこの都が今のままなら、彼女はここに残った方が幸せだろう。

 だが、状況は刻一刻と変わりゆくとすでにわかっている。

 

「さて、さっそく周辺地域の調査をしようか。ケルピィ殿、マップが出せるかな」

「はいよー。どうやらカクレガも周辺探索ができるようになったみたいだよ。移動して人員を各地点に置くことができるみたいだね」

 

 ケルピィが解説する。

 おっさんよりもチュートリアルをしているなと木村は感心した。

 

 イベントに向けて、仕様が徐々に変更されつつある。

 木村がカクレガにいてもセリーダが単独行動できるのはそのあたりだろう。

 

 いろいろとやれることはできたが、どれもいまいち木村にはピンとこない。

 一番最初にすべきことがすでに彼の中では決まっていて、どうにもそれをやらない限りは次に進められない気持ちであった。

 

「リコリスさん」

「なんだい?」

「彼らに全力をぶつけたと言いましたが王様はどんな様子でした?」

「言っただろ。死ななかったよ。倒れてもすぐに起き上がった」

「あ、いえ。起き上がった後の様子です」

「お嬢ちゃんを守った後は、さすがにわっちとまともにやり合う気概はなくしたようでね。わっちも鬼じゃないから、何もせずに丘を下りたよ。あいつらも追ってこなかった」

 

 もしもアコニトがいれば、鬼婆と呼んだだろう。

 死なない亡霊軍団の戦意を失わせるほどの力を持った存在を戦鬼と呼ばずして何と呼ぶべきか。

 

「頼みがあります。彼らと話をしに行くので付いてきてもらえませんか。リコリスさんがいれば彼らもいきなり襲いかかることはしないでしょうから」

「話してもわかりあえるとは思えないね」

「僕もわかりあえるとは思ってません。話すというよりは伝えるでしょうか。彼らに何が起きているかを伝えたいんです」

 

 木村はただ伝えたいだけである。

 かつては彼も何もわからず、彼らが滅びに立ち向かうのを為す術なく見守った。

 見守るどころか彼らが滅んでいく中で、アコニトを犠牲にして報酬をゲットしようと竜に挑ませたくらいだ。

 

「伝えてどうなるかはわかりません。けっきょく同じことの繰り返しになるかもしれません。それでも、僕は彼らにここで何が起きているのか、何が起きようとしているのかを伝えておきたいんです。僕自身が後悔をしないためにも」

「身勝手だ」

 

 リコリスは一言で木村を断じた。

 顔は相変わらず不機嫌なまま席を立つ。

 

「いつまで座ってるんだい。さっさと行くよ。決めたならすぐ行動しな」

 

 リコリスは立ち上がってブリッジを出て行く。

 木村も慌てて彼女の後を追った。

 

 ウィルも後ろから追ってきて、ついでに廊下で寝ていたアコニトもリコリスに首根っこを掴まれた。

 

「なぁんで儂がぁ! 儂はいらんだろぉ。いい加減にしろよ、クソ婆ぁ! くつろいどるのが見えんのかぁ!」

「老人扱いするんじゃないよ。きびきび歩け」

 

 アコニトの首を掴む手から、ミシミシと鳴ってはいけない音が聞こえてくる。

 必死に手を剥がそうとアコニトも対抗するが、まったく効果がない。

 やはり鬼婆で間違いないなと木村も感じた。

 

「トリキルティスにしろぉ! どうせ暇しとるぞぉ! おぉい! トリキル! どうせそのへんにおるだろぉ!」

「呼んだ?」

 

 背の高い影が廊下の曲がり角から出てきた。これには木村も驚いた。

 食堂からの帰りらしく、彼女の手はおかしで溢れている。

 

「チェンジ! 儂とチェンジだぁ! ボケ老人の徘徊に付き合ってやれぇ!」

「そういうことだ。鳥頭、あんたも来な。バカ狐もだ」

「はぁ?!」

「僕も行きたいです!」

 

 ウィルがやたら積極的である。

 亡霊兵士に試したい魔法があるか、丘で腰を抜かしていたリコリスの謎魔法が見たいかのどちらかだと木村は推測した。

 おそらく後者だと予想し、それは見事に当たっていた。ウィルは付いていけばまたリコリスの謎魔法が間近で見られると考えている。

 

 問題があった。

 戦闘メンバーがリコリス、アコニト、トリキルティス、ウィル、すでに外に出ているセリーダを入れて五人になる。

 

「戦闘メンバーがオーバーしているので誰かを外さないと駄目かな。トリキルティスさんに留守番してもらった方が良いのではないですか」

「いえーい! だってさ。ごめんね、バカ狐。羽を伸ばして帰りを待ってるからねー」

 

 ふっふー、と勝ち誇ったようにトリキルティスが翼を広げて、アコニトを挑発する。

 その中でおっさんが木村の誤解を指摘した。

 

「キィムラァ。セリーダは派遣人員の扱いだぞ。戦闘メンバーはここの四人でも大丈夫だ」

「……らしいです」

 

 トリキルティスが逃げ、リコリスがアコニトの首から手を離し、解放されたアコニトがすぐさまトリキルティスの足を掴んだ。こういうときだけ動きが異常に速いし連携もとれている。

 掴まれてもまだ逃げようとしたところで、リコリスが動きの鈍ったトリキルティスの首根っこを掴み、さらにどさくさに紛れて逃げようとしたアコニトの首も掴む。

 

 こうして外に出るパーティーメンバーが確定した。

 

 

 メンバーを見ていて木村は思う。

 

 話し合いにまるで向いていないパーティーだと。

 

 

 

121.イベント準備 中

 

 木村たちはカクレガを出た。

 

 アセンドス三世らと話すべく城へ向かう。

 途中で襲いかかってくる亡霊兵士を蹴散らしていく。話をするために力を振るう。

 木村はリコリスたちが闘う姿を後ろから見ていて、けっきょく和平のためにはまず戦いがいるのかと考えていた。

 

 力がなければ話し合いの場に付くことすらできない。

 木村はこれを世界の矛盾と考えたが、まず力ありきという人間世界の理でもあった。

 

 

 城にたどりつき、亡霊兵士に囲まれたところで木村はリコリスに矢面に出された。

 いきなり先頭に出されて木村も焦ったが、すぐにアセンドス三世が出てきたため、さっさと話せということだと遅れて理解した。

 

「投降をしに来た訳ではないようであるな」

「はい。話があります。あなた方には話すこともないと思われますので、僕が一方的に伝えるだけになるかもしれません。現在の状況に関する話です」

 

 王は黙って先を促した。

 木村は彼らに現状の説明をおこなう。

 かつて王と声を交わしたときに出ていたフィラーが今は出ない。

 伝える内容のまとめ方は拙さがあったが、伝える姿に迷いはなかった。

 

「要するに帝都が滅びたのはお主がここに来たためで、余らがこのような姿でよみがえったのもやはりお主らがここに再び訪れたからということか?」

 

 アセンドス三世は木村の話をまとめた。

 まとめ方に悪意が混ざっていることは王自身も理解しているところではあったが、周囲に家臣団がいる手前、流れを有利にしておきたいという意志もある。

 実際のところ、木村たちをここに連れてきたのは帝国側であり、滅びたのも木村の行為による直接的なものではなく、何らかの大いなる力(イベント)によるもの。さらにはアセンドス三世らがよみがえったのもまた、木村のせいではなく不可抗力によるものと王は理解はしている。

 

「そのとおりです。僕があなた方とこの都を滅ぼしました。今回、あなた方がよみがえったのも僕のせいになります」

 

 木村は全ての原因が自らだと認めた。

 一部の家臣団はざわついたが、逆に王と一部の側近は木村の言葉を受けて冷静になった。

 王としては木村が何らかの否定をするものと考えていたが、彼は否定もせず真っ向から言葉を返し、その姿に戸惑いは見えない。

 

「そして三週間後に、やはりあなた方はまた滅ぶことになるでしょう。ただ、どう滅ぶかはまだわかりません。前回のようにいきなり竜が襲いかかってくるかもしれませんし、他の強大な存在に圧し潰されるかもしれません。三週間を待たず、今日や明日に滅ぶこともあり得ます」

 

 木村は淡々と告げる。

 彼の他人事のような物言いに、王の前と言えど、いよいよ兵士たちのざわめきが大きくなった。

 

「キィムラァよ。余になぜそのことを告げる。儂らが、抗えぬ滅びに嘆く姿を見物するためか」

 

 木村はここで初めて戸惑いを見せた。

 王の質問が木村には理解できなかった。滅ぶ人たちを横目で楽しむ趣味は彼にまったくない。

 

「あなた方にこの話を告げたのは自己満足が一番大きなところです。前回は伝える時間も余裕もありませんでしたから。今回はちゃんと伝えておきたかったんです」

 

 リコリスにも身勝手と言われたので、この点に関しては彼も認めるところである。

 ただ彼らに伝えたかったのは、この手前勝手な理由の他にもう一つあった。

 これもまた身勝手なものだが、彼だけで完結する話ではない。

 

「強いて言うなら……セリーダがこの城を見て、あなたに出会えてとても安心していた様子でした。僕は彼女に、あなた方が為す術なく滅んでいく姿を二度も見せたくないんです。ですが、やっぱりあなた方は滅ぶ。それならせめてあなた方が理不尽な敵と戦い抜き、セリーダとも言葉を交わして、納得できずとも後悔しないよう消え去って欲しいんです。彼女が壊れず顔を上げるために。それは、僕にはできないことですから」

 

 セリーダはずっと過去に生きている。

 クスリで頭を馬鹿にしていないと生き続けることができない。

 木村も彼女に過去ではなく未来を向いて欲しいのだが、自らのやった行いを理解しているため、彼女を促す資格があると思えない。

 

「それだけです」

 

 木村は言葉を締めくくった。

 言いたいことは言った。後は野となれ山となれ。

 

 ウィルとトリキルティスは戦闘態勢に入る。

 周囲にいた兵士たちからも、戦闘の意志が現れていた。

 

 王から開戦の一言があれば、すぐさま始まる。

 

「キィムラァ」

 

 名を呼ばれて木村は姿勢を正した。

 言いたいことを言ってやや緊張を失ってしまっていたことを彼も自覚する。

 それだけではない。アセンドス三世の声に重みがあった。王として帝都の行く末を担う者に課された責任が声に込められていた。

 

「疾く失せよ。二度とその足で余の居城に踏み入ることまかり成らん」

 

 木村も兵士たちも王の言葉がすぐに理解できなかった。

 リコリスが木村の腕を小突く。

 

「ぼさっとするんじゃない。長居無用だ。帰るよ」

「……あ、はい」

 

 木村は王に問いかけることもできなかった。

 王も木村にこの判断の理由を説明することはない。

 

 全兵士らの殺気こもった視線を浴びつつ城を出た。

 

 

 

 カクレガに戻り、木村はやや放心状態だった。

 

 言いたいことを言えば、気持ちはすっきりすると彼は考えていた。

 甘かった。すごくもやっとしている。和解できるとまで都合良くは思っていなかったが、あの雰囲気で戦闘にならなかったのもよくわからない。

 二極論ではないが、もっとわかりやすい結論にいたって欲しかった。もやっとしてなかなかイベントの準備が手に付かない。

 そんな木村にかまわずフルゴウルたちはイベントの準備を進める。

 

「これを見て。地図に新しい表示が出たんだ」

 

 机の上に帝都を含めた一帯の地図が表示された。

 大まかに帝都とその東西南北でブロックに分かれる。さらに帝都内は三つに分かれていた。

 帝都外の東西南北の四エリアと帝都内の三エリアの合わせて七つのエリアが七色に塗り分けられている。

 各エリアの上には横長のゲージが設置されており、どれも満ちている。

 

「どのゲージも満タン。まるで……」

 

 そこで木村から言葉が失われた。

 各エリアのゲージをぼんやりと見ていて、それが何を意味するのか感じ取った。

 もちろん実際には違う可能性も十分にある。それでも直感は大切にすべきだろう。悪い方に働いた直感ならなおさらだ。

 

「まるでHPゲージみたいだ」

 

 木村はきちんと言葉に出した。

 周囲はきょとんとしている。ゲーム用語のため、彼らにはうまく伝わっていない。

 

「僕の世界にあったゲーム――遊戯ではよくあるエフェクトなんです。体力の残量をあんなふうにゲージで表して、攻撃を食らえばどんどん減っていく。そしてゲージがゼロになったら――」

「死ぬ、と」

 

 フルゴウルが言葉を引き継いだ。

 木村は説明をしていて嫌な気持ちになった。

 違って欲しいと思う反面、HPゲージ以外には見えなくなっている。

 帝都のカレドア城も色分けさもうれており、ゲージが配置されていた。

 これがきっとアセンドス三世らのHPなのだろう。

 

 彼らの滅びが地図で、しかも手抜きのようなゲージで嫌なほどわかりやすく表されている。

 今までも趣味の悪いイベントはたびたびあったが、ここまで嫌悪感を抱いたのは初めてかもしれない。

 これではまるで過去あるいは未来の人間を駒としたゲームだ。

 

「……そういやゲームだった」

 

 そこまで気づいて木村はかえって冷静になった。

 これはソシャゲのイベントなのである。

 

 外側の世界からみればただのゲーム。

 そのゲームの内側にいるからこそ、このゲームに嫌悪感を抱けるわけだ。

 あるいは他のゲームもそんなものなのかもしれない。今さらながら貴重な体験である。したくもない体験ではあるが……。

 

 キャラはプレイヤーに操られあっけなく死ぬ。

 プレイヤーはキャラの死にいちいち感傷をもたない。

 そもそも彼らはすでに死人である。今回のイベント地域に生者はいない。

 そのため今までのイベントの中でも、人死にがもっとも少ないイベントであろう。

 しかしながら死者の記憶と魂を利用している点が、今回のイベントをもっとも醜悪に見せている。

 「すでに死んでいる存在の残滓を再利用しているだけだから、どう扱っても別に問題ないですよね。どうせ全て消えますから」と倫理に配慮していますという姿勢を見せようとしてくる倫理感覚の欠如が本イベントのえぐみを出している。

 

「ゲージが七つあるということは、城の彼らの他にも勢力がいるってことだよね」

 

 エリアの色分けはされているが、カレドア城以外のゲージはまだ灰色である。

 カレドア城のゲージは薄茶色。セリーダの亜麻色の髪を連想させた。

 

「他の勢力はまだ現れていないのかもしれない。今のうちに各勢力地域を見てみてはどうだろうか。ソケット博士も見つけて確保しなければならないからね」

 

 フルゴウルの提案に全員が賛同した。

 カクレガも各エリアの移動ができるようでさっそく他エリアの探索を始める。

 

 各エリアを回り、けっきょく何も得られないまま一日目を終えた。

 

 

 

 二日目になり、異常は現れた。

 

 南エリアである。

 帝都南門からの整備された道は消え去っていた。

 

「……凄まじい魔力反応ですね」

 

 ウィルが冷や汗を垂らしつつその異常をモニター越しに見ている。

 数ヶ月前の彼ならすでに倒れていたであろう。

 

「あれって……竜巻?」

 

 木村も異世界に来て、つむじ風は見た。

 風魔法とかで使ってくる敵もいたし、ウィルも似たようなことができる。

 しかし、あくまでつむじ風だ。せいぜい建物一つ二つ分の風が渦を巻いているだけである。

 「せいぜい」と付けたが、実際に目の当たりにするとつむじ風でも十分に恐怖を感じられる。

 

「もはや巨大な柱だね」

 

 南エリアの風の渦はつむじ風と評するにはあまりにもスケールが違いすぎる。

 風は土埃を高く巻き上げ、渦巻いてこそいるがあまりにも巨大すぎて茶色の壺のようだ。

 

 しかもその巨大な竜巻は一本ではない。少なくとも五本はある。

 南エリアを巨大竜巻が蹂躙していた。

 

「……はっきりと見えないがね。中央の巨大な竜巻の内側に何かおぞましい存在がいる」

 

 フルゴウルが戦々恐々と呟いた。

 木村も竜巻群の中にあってなおひときわ大きな竜巻を見る。

 フルゴウル以外には土埃が邪魔をしていて、その内側を見ることはできない。

 

「ゲージにも色が付いたね」

 

 木村もゲージを見る。

 灰色だったゲージが、エリアと同じ青色になっていた。

 木村は青色を見てふと思い出した。

 

「青、竜巻……」

 

 誰かから聞いた。

 すぐに思い出すことができた。創竜が言っていた。

 誰だかが青を竜巻ごと真っ二つにしたんだぞ、とかだったはずである。

 

「おっさん」

 

 おっさんは無言。

 目を合わせようともしない。

 これは知っている時の反応である。

 故に答えは明解だ。南エリアには竜がいる。青竜だ。

 

 今までも異世界の竜を見てきたが、青竜の力は隔絶しているように木村は思えた。

 目で見てはっきりとわかる危険性が現象になっている。ある意味で一番木村の認識に近い竜とも言える。

 

 警戒はしていたが、竜巻は南エリアを跨ぐことはない。

 

 周囲のエリアにも目を配りつつ二日目を終えた。

 

 

 

 三日目は帝都の内部で異変が生じた。

 

 ちょうど討滅クエストの赤竜が現れたあたりだ。

 広場付近に赤い長帽子を被った亡霊が大量に現れていた。

 

「地味ですね」

「そうだね」

 

 昨日の竜巻で全員が今日の変化を怖れていたが、思った以上に地味でほっとしている。

 またしても化物が現れるんじゃないかとヒヤヒヤしていたが、縦に長い赤のとんがり帽子を被った亡霊が歩くだけだ。

 ウィルやフルゴウルの見立てでは戦闘力もない。木村から見ても戦闘員には見えない。

 地味だ。これくらいで良い。あんな竜巻の化物なんて誰も望んでいない。

 

「ここまで無害だと逆に気になるね。彼らはいったい何なんだろう?」

「元の街並みよりもやや新しく小ぎれいなので帝都の過去なのでしょうが、歴史がわからないのでさっぱりですね」

 

 歴史調査クエストでもこの活動は出てこなかった。

 赤い帽子を被った亡霊たちが集団で声をあげているが、意味のある言葉には聞こえない。

 

「デモ行為だろうか」

「それっぽい雰囲気はありますね」

 

 看板を持って行進をしたり、道ばたで演説をしている。

 木村も生では見たことがないが、SNSやニュースでそういった活動をしている人たちを見た。雰囲気が似ている。

 

「ゲージの色は赤。まあ、色は関係ないか。南が例外だよね」

 

 ところが色は関係があったのである。

 帝国歴八九年――赤の叛逆と呼ばれる事件が起きた。

 革命家を名乗る反逆者の名はメロツレド。今はカクレガの真上で常人を偽っている。

 

 

 

 四日目の異常はいっそ清々しいものであった。

 

 西側エリアに魔物が現れた。

 かつてデモナス地域に生息していた魔物あるいはモンスターが大量に蠢いている。

 

「どう?」

「強そうなのはいますが、デモナス地域ほどではありません」

「私から見てもたいしたものはいないね。今の戦力なら苦戦はしないだろう」

 

 木村の目から見ても魔物は小型である。

 小型と言っても木村の背くらいは余裕であるのだが、目を瞠るほどの巨体の姿はない。

 ただし、一体一体は弱くとも数は多い。全て倒すとなれば多大な根気が求められることに疑いようはなかった。

 

「時代はいつなんだい?」

 

 リコリスが素朴な疑問をあげた。

 木村はウィルを見た。ウィルも首を捻る。

 

「この地域に魔物がいたなんて話は聞いたことがありませんね」

 

 王国の西にはまだそこそこいた。

 しかし帝国に入ってからはまったくと言って良いほど見ていない。

 帝国は人間主義と言うべきか、かつてアセンドス三世も魔物はみな処刑と話していた。

 それくらいに魔物の数が少ない。人が移り住むよりもずっと昔のところだと一同は結論づけた。

 

 ゲージの色は緑。

 やや黒っぽい深めの緑色である。

 

 二日目の青よりは断然危険度は低いが、三日目の赤よりは危険度が高い。

 現時点では要観察となった。

 

 

 

 五日目の変化は地味だった。

 

 帝都の一部が変化した。

 都の外れの外れがボロボロの街並みに変わった。

 街並みと言って良いのかも微妙なところである。木だけで組んだ家が並ぶ。

 

「スラムだね。時代はいつだろうか。昨日まではいかなくとも、かなり前と思われるが……」

 

 木村もフルゴウルの意見に同意した。

 住んでいるのは人なのだが、彼らの目に生気はない。

 腕も足も胴体だって枯れ枝のように細く、立ち上がるだけで折れそうなほどの人がやまほどいる。

 亡霊である彼らに何かを与えることもできないので、木村たちは目を背けるようにスラムから離れていく。

 

 移動速度があまりにも緩やかになり木村は異変に気づいた。

 周囲を含めて空までもが暗くなる中で、道ばたに座る一つの人影がぼんやり明るい。

 

“調べる”

 

 コマンドが現れた。

 木村がコマンドを押すと久々に見た文字列が現れる。

 

“特殊能力名称:罅”

 

 特殊能力者であることは木村もわかる。

 しかし――、

 

「キィムラァ。何を見たんだ?」

「特殊能力者がいる。……でも」

 

 木村はその字が読めなかった。

 

「缶に虎……、いや虎でもない。何て読むんだろう」

 

 文字の読み方は諦めて人影を観察する。

 他のスラムの人たちと同様に全身が枯れきった枝のようである。

 目は開けているようだが、その目が何を見ているのかまったくわからない。

 生きる力をまったくもって失っているようだ。破れた衣服も、そこから伸びる皮膚もボロボロだった。

 

「とりあえず無視で良いかな」

「そうか」

 

 特殊な力を持っているのは間違いない。

 しかし、彼が何かをできるとは思えない。今日の晩には飢え死にしていそうだ。

 

 全員に特殊能力者がいることは共有したが、誰も彼の力を見いだすことができないため今はスルーすることにした。

 かつて見た特殊能力者であるロゥも、力を発揮するのは特殊な状況になってからであった。

 現状で下手に刺激することは憚られる。

 

 ゲージの色は灰色のままである。

 

 ただしゲージはところどころで小さく欠け、ひびが入っていた。

 

 

 

 六日目である。

 

 本日は東エリアに異常が生じた。

 

 あまりにもわかりやすい。

 東エリア一面が銀色に輝いている。

 あまりの光景に木村たちも思わず外に出て観察を始めた。

 

「銀色の海? 何これ?」

「汞だぁ。近寄りすぎるなぁ」

「みずがね?」

 

 外でタバコが吸いたいと言って出てきたアコニトが答えた。

 予想外のところから答えが返ってきたので、木村も驚いている。

 

「狐くんらしい古い言い方だね」

 

 フルゴウルが応える。

 彼女はタバコの臭いが苦手なので風上をキープしていた。

 

「水銀と呼ぶ方が一般的ではないかな」

「ああ、水銀。……えっ、これ全部水銀なんですか」

 

 水銀なら木村も知っている。

 化学の授業で出てきた。中学の公民の教科書でも公害の話であった。

 なぜアコニトが知っているのかもわかった。水銀が毒だから、毒の専門家である彼女も知っていたというわけだ。

 

 しかし、目の前は一面銀世界である。

 量が量だ。なぜ一面の水銀世界ができあがってしまったのか。

 

「水銀といえば黎燦国のエルメラルダでしょうか?」

「あれ、知ってるの?」

「初代帝王によって滅ぼされた国ですからね。有名ですよ。歴史というより、もはやお伽噺に足を踏み入れていますね」

「あ、いや、国じゃなくてエルメラルダって人の方」

 

 創竜が興奮して話していたので、木村も名前の響きを覚えている。

 エルメラルダで間違いない。これまたウィルという意外なところから名前が出てきた。

 

「エルメラルダは人の名前ではないですよ。役職……、いえ、称号と言いましょうか。黎燦国はグランツ神聖国に似ているんです。グランツ神聖国が黎燦国に似ていると言うべきでしょうか。神聖国よりもずっと神聖術至上主義だったようで、トップも当代のもっとも優れた神聖術者が務めていたと聞きます。その頂点をエルメラルダと呼んでいたのです。最終のエルメラルダは神にもっとも近づいたと言われています。神聖国でも研究されていました。水銀を使うことまでは知られているのですが……」

 

 ウィルはそこで言葉を切った。やや興奮している様子が見られる。

 水銀が使われるが、使い方は知られていない。もしかしたら見られるかも知れないという昂ぶりである。

 

 一面の銀色は世界を侵蝕していた。

 南の竜巻も異世界だが、この東もまさしく異世界である。

 西の魔物だらけの光景も異世界と言えば異世界なのだがやや迫力に欠ける。

 

 東と南は現状で手に負えないということは確かである。

 

 

 

 七日目である

 

 いよいよ明日からイベントが始まる。

 開幕を前日に控え、最後の領域である北側が解禁された。

 

 黒のエリアであり、色からして木村は不安だった。

 不吉な色だ。暗闇を連想させる。

 

 朝の六時前にブリッジで待機する。

 変化が起きるのは六時とすでに判明していた。

 

「うわ……」

 

 時計が06:00を示し、北エリアも変更された。

 初めは庭かと木村は思った。四角形で囲まれた小エリアがいくつも現れたからだ。

 しかし、庭ではないことがすぐにわかった。四角形で囲まれた小エリアの中に石が整然と並んでいる。

 

 日本でも似た景色はある。

 さらに言えば異世界でも似たような景色を幾度も見た。

 人間の共通項というべきか、この様式は世界が変われど、同じものになるのであろうか。

 

「墓地だろうね」

「ええ。たぶん間違いないでしょう」

 

 まだ日も明けておらず、暗く冷たい雰囲気が北エリアを覆っていた。

 墓地とくればアンデッドであろう。亡霊やゾンビが墓場から現れればそれらしいが捻りはない。

 

「詳しい時代は不明だが、少なくとも墓地があるからには人の時代と考えて良いだろう」

「魔物は墓地なんて作らないでしょうからね」

 

 もしかしたら作るかもしれない。

 だが少なくとも西の魔物たちが作るとは木村は思えなかった。

 

「墓地としても不気味だね。なぜこんなに点在させる必要があるのかな」

 

 墓地がエリアで分けられていることはある。

 しかし、そのエリアが飛びすぎている。十字に並んだところから北に大きく離れたところにまた小エリアがある。

 それどころか明らかに別区域として墓地エリアができているところもあった。

 

「それに、エリアを区切るものがちょっと……」

 

 ウィルもやや引いた様子で口にする。

 木村も墓地の各エリアを区切っているものを観察する。

 中心の墓地エリアはまだ木の柵でまともな墓地の形をしていた。

 ところが中心エリアから離れるにつれて、墓地の区切りをつけるものは白く小さいものに変わってきている。

 

「うわ気持ちわるっ」

 

 その柵が何なのか木村も気づいてしまった。

 鳥肌が立つのを抑えられない。

 

 石だと思っていた白のそれは骨であった。

 大量の骨を地面に挿すことで墓地の柵が築かれている。

 いったいどれだけの骨を――人の死骸を使っているのか数えたくもない。

 

 誰も何とも言わないが、暗黙の了解で北エリアに近づこうとはしなかった。

 東西南北のどの帝都外エリアも入りがたいものとなっている。

 

「北エリアのゲージを見て」

 

 ケルピィが地図を示す。北エリアのゲージで異常が生じている。

 他のエリアのゲージは全てMAX状態で固定なのだが、北エリアだけは減っていた。今も減り続けている。

 

「あ、ギリギリ残った」

 

 どこまで減るのか、このまま消滅するんじゃないかと予想したがゲージはミリ残して止まった。

 始まる前からすでに死にかけている。墓場なのできっとすでに死んだ存在だろうが、ここで死んだらいったいどうなるのだろうか。

 墓場(マイナス)(マイナス)が掛け合わさり、何らかのプラスが生じるのかと木村は冗談交じりに考えた。

 

 

 

 けっきょく帝都から外には出られない。

 

 巨大竜巻の南、魔物だらけの西、水銀世界である東、不気味すぎる墓地の北とどれも足を踏み入れたくはない。

 帝都の中も混沌としている。広場の赤帽子は日に日に勢力を増しており、逆にスラムは今にも潰えそうだ。

 立ち入りを禁じられたカレドア城では、飛龍に乗った兵士たちが空を飛び周囲を監視している姿が見て取れる。

 

 各地域に人員を一名ずつ派遣できるようだが、カレドア城のセリーダ以外は配置できていない。

 かろうじて広場なら派遣できそうだが行きたがる者はいない。

 

「最後のエリアが開放されましたが、ソケット博士はいませんね」

 

 今回のイベントの最重要キャラと考えられるソケット博士がまだ現れていない。

 見つけしだい確保して、カクレガ内で軟禁し、余計なことをさせないつもりだったのだがそもそも姿が見えない。

 

「もう死んでいるのではないかな?」

 

 一部が少し笑い、その後、長い沈黙が訪れた。

 十二分にありえる。南は即死、東もきっと死ぬ、西でも十中八九死ぬ。北はそのまま墓入りだ。

 帝都の広場エリアならまだしも、スラムエリアやカレドア城エリアでは死なない保証がまるでない。

 

「ナットくんも心配だね」

 

 最初は冗談だった言葉も今は笑えなくなっている。

 博士は戦犯だからどのエリアに飛ばされても自業自得として、助手のナットくんはまだ同情の余地がある。

 憐憫の情が湧く。せめて帝都内であって欲しい。

 

「全勢力が解禁されたところで、イベントが開始された後のことも考えようか」

 

 昨日までも考えていたが、北エリアがどうなるか未知数だったのであまり深い話し合いはしていなかった。

 今のところ各勢力は各エリア内で活動はしているが、エリアを跨いでの行動は見られない。

 これはイベント開始前であることによる制限だと推測されている。

 

 イベントが開始されればエリア間での移動制限はなくなるであろう。

 そのときに各勢力がどう動くかが注目される。

 

 ちなみにカクレガの現時点の方針としては均衡維持だ。

 それとカレドア城の勢力が潰えないよう支援することともしている。これは単純に木村の願いである。

 

 イベントが始まらないと何とも言えないところはあるが、今回のイベントは先が見えない。

 手を出さず成り行きを見守るだけという選択肢もあるはずだが、異世界が絡む以上、とてつもなく嫌な予感を全員が感じ取っていた。

 

 いちおう残るエリアも明らかにやばいところは消しておきたい。

 特に均衡を破る勢力があるなら潰してから均衡を取ることも念頭に置いている。

 

「やはり一番警戒すべきは南エリアだろう」

 

 二日目に現れた南エリアの竜巻は今もなお渦巻いている。

 ときどきエリアを越えようと竜巻が境界線すれすれまで迫っているのも確認できた。

 

「非常に好戦的であり、脅威もわかりやすい。それ故に動きも読みやすく、利用もしやすいと言える」

 

 南以外のエリアがそれぞれ敵同士としても、南エリアほどわかりやすい脅威を放っておくことはできない。

 一時的とはいえ、手を取り合う形になると予想される。

 

「開幕は時間との闘いになる。竜巻が各エリアを襲う前に、勢力を集結させ一気に倒す」

「集結してくれるでしょうか?」

「カレドア城と広場、それに東の水銀は応じるだろう。文明があるのなら、力を合わせることで為し得ることがあることも知っている。他勢力の力を知り、あわよくば勢力を削がせ、最大の脅威を討てるなら誘いに乗ってくる」

 

 なるほど、と木村も頷いた。

 逆に誘いに乗らないところも理由がわかる。

 

「西の魔物たちは手を出してこないだろう。理想は西に竜巻を襲わせ、西の勢力を削ぎつつ竜巻の主を倒すことだ。東の水銀が帝都エリアを侵略するとも考えられるが、それくらいは安いものだろう」

「北とスラムはやはり無理ですよね」

「スラムは戦力と数えるべきではない。開幕の鍵を握るの北だね。話が通じる相手なら誘いに乗るだろう。南エリアの脅威から一番距離があるからね。ほどほどに参加して様子見をすることもできる。話ができない相手なら、逆に脅威が一つ増えることになる。南の相手をしつつ、北にも目を向けなければなるのだから。仮に南の脅威を排除した後でも、彼らはどのエリアにも自由に攻めることが可能だ」

 

 鍵を握る北エリアはすでにHPがゼロに近い。

 誘いに乗らない可能性どころか、そもそも話もできず動きがない可能性もあり得る。

 

 明日の開幕に合わせて、これからカクレガの人員を各エリアに派遣し、開戦直後の動きを統一しようということで決まった。

 

 派遣の候補案は広場エリアがフルゴウル。

 ここは明らかに話が通じる相手なので、おそらく彼女が問題なくこなす。

 

 東エリアはアコニト。

 まったく向いてない役回りだが、水銀毒に耐性があるキャラしか派遣できないため彼女になった。

 

 西エリアはトリキルティス。

 機動力のある彼女で無秩序な魔物たちを南エリアに追いたてる。猟犬の役割だ。

 西エリアの魔物たちを無理矢理、竜巻との戦いに巻き込んで戦力もとい囮にしてしまおうという作戦である。

 

 南エリアはリコリスだ。

 彼女が竜巻の主を挑発して西エリアに竜巻を誘導させる。

 相性はあまり良くないが、他のパーティーメンバーも出して彼女を援護する予定だった。

 

 問題は北エリアである。

 

 幽霊のルーフォに声をかけたのだが拒否されてしまった。

 アンデッドが怖いからと言うが、鏡に映らない自分のことを棚にあげている。

 

 冥府のモルモーは今回上司から参加禁止命令を受けたようで自粛している。

 自粛を半ば楽しんでおり、毎日リラクゼーションルームで緩やかな時の流れを満喫していた。

 

 写真家兼マスコミのヘルンに墓地の撮影話で持っていったが、オカルトネタは興味ないと断られた。

 もう面倒だから木村はこのマスゴミリスを無理矢理連れて行こうと考えた。

 

 けっきょくマスゴミリスには逃げられ、木村は食堂でしょぼしょぼとご飯を前にしている。

 ペイラーフがやってきたのはそんな時であった。

 

 彼女は花の手入れが終わったようで、これから園にテーブルを置いてティータイムをするとのことである。

 イベントのことなど知ったことではない様子であり、随分と気楽なものだと木村は感じた。

 

「息抜きに一緒にお茶でもどう! 最近また根を詰めすぎてるんじゃない!」

「まあ、そうだね。……誘いはありがたいんだけど、今はお茶を飲むどころじゃないかも」

「食事も摂れず、お茶を飲む心身の余裕もないってそろそろ気づくべきだね!」

 

 ペイラーフが木村の手の付近を指で示す。

 そこには食事が並べられていたが、箸はほとんど付けられていなかった。

 

「忙しいにしても、ゴタゴタから離れて時間を過ごすことも大切だよ!」

「…………やっぱり、同席させてもらおうかな」

「よしきた! お菓子を持ってきてね! 多いぶんには困らないから!」

 

 ペイラーフは「先に行って準備しとくから!」と叫び、食堂を去った。

 静かになってから木村は気づいた。今のは医者としてのペイラーフなりの気遣いだったのではないかと。

 木村はクロエに適当にお菓子を出してもらう。説明せずともペイラーフの声が聞こえていたようで、すでにお洒落な袋にお菓子が詰められていた。

 せっかく出してもらった食事を食べきれなかったことをリン・リーに詫び、木村も食堂を出る。

 

 

 お茶菓子を片手に最上層の植物園へと向かう。

 

 

 

122.イベント準備 下

 

 木村は土の臭いを感じながら園の中を歩いていた。

 

 土の臭いにまじり、徐々に花の匂い、さらにはお茶の香りがまじってくる。

 植物園の中心に白い机が置かれ、その上には小ぎれいなポットとティーカップが用意されている。

 机を囲むようにセットされた椅子の大きさは大中小の三つ。

 すでにペイラーフが椅子にかけていた。

 

「来たね! お菓子はこっちに! ゴードンも呼んできてよ!」

 

 ペイラーフは木村からお菓子を預かると、皿に並べていく。

 木村はゴードンを呼ぶため菜園に向かったが、こちらもやはりペイラーフの声が聞こえていたようで作業を止めてテーブルに歩いてくるところであった。

 

 三人でテーブルを囲み、静かにお茶を飲む。

 ゴードンはもともと寡黙なので、酒を飲まないとほとんど喋らない。

 ペイラーフもお茶とお菓子を口にしている時だけは、異常に静かになってしまう。

 お茶会という題目にしては会話がないのだが、気まずくなることはなかった。穏やかな時の流れを感じる。

 

 コケコケ

 

 静かな場に鶏の声がまじる。

 竜人鶏である。すっかり園が生息域になってしまった。

 木村がお菓子のカスを地面に落としたので、それを狙って彼の足下をうろつく。

 もっとよこせと木村の足をつついてきたので、木村は自らのクッキーを半分に砕いて地面に落としてやる。

 

「すっかり鶏が板に付いてきたね!」

 

 鶏が板に付かれても困るのだが、と木村は唸るが意外と鶏はみなに好かれている。

 ゴードンも地面の虫を食べてくれて喜んでいるし、ペイラーフも植物を食べず、寄ってくる虫だけをつまむので邪険にはしていない。

 リン・リーも新鮮な卵が手に入ると喜んでいた。ゲージに閉じ込めて育てる鶏よりも放し飼いにさせて良い餌を食べさせた鶏の方が上質の卵を産むと力説していた。

 さらに、この竜人鶏は夜に野菜を盗みに来る泥棒(アコニト)を退治してくれる。

 

「ところで、この後、北エリアの墓地に行くんだけどペイラーフも一緒に来てくれない?」

「やだね! だいたいあたしの治癒じゃ死人は治せないよ!」

「ごもっとも」

 

 拒否されるのはわかっていたので木村も深追いはしない。

 ゴードンを見るが、彼も首を横に振った。

 

「誰を派遣するか迷ってるんだよね」

 

 フルゴウルが言うには、協力を得るため各エリアに連絡役兼説得役兼人質を配置すべきということだ。

 言った本人も広場エリアに派遣するので反論もないのだが、北エリアを誰にするかが課題である。

 

「その子はどう?!」

 

 ペイラーフが地面でさらなる餌を要求する鶏を見た。

 木村も竜人鶏を見る。餌くれとふくらはぎを容赦なく攻撃をしてきている。

 

「退屈してる様子でね! ちょうど広いところを散歩させてあげたかったんだ!」

 

 だからと言って墓地を散歩させるのはどうなのか? 説得役という役目もまるで果たさない。

 木村は疑問をグッとお茶で流し込み、鶏を見つめる。

 

 鶏もつぶらな瞳で木村を見返している。

 

 

 

「それで鶏を連れていくことになったんですね」

 

 カクレガの出入り口でウィルが呟いた。

 すでに北エリアまでカクレガで来ている。後はここにいるであろう何者かと話をするだけである。

 

 鶏は木村の両腕に抱かれて大人しくはしている。

 暴れないでおいてやるというふてぶてしさをどことなく感じさせる。

 

 この偉そうな鶏を墓場に派遣することが今回の最終目標となる。

 

「中央にいるあのヒトガタだね。さっさと話をつけにいくよ」

 

 相手を刺激しないよう少数メンバーである。

 戦闘要員のリコリスと会話要因のウィル、派遣要員の鶏だ。

 

 リコリスとウィルはこのメンバーに納得しているが、木村は納得していない。

 このメンバーが到底相手を刺激しないメンバーとは思えなかった。

 大切なのは人数ではなく、メンバーの人種ではないか。

 ついでに言えばおっさんもいる。

 アコニトがいないだけマシか。

 

 北エリアもカクレガ内で調査はした。

 反応があるのは一つだけ。墓地の中央に魔物が一体いる。人の形をしている魔物だ。

 リコリスはあの人の形をした魔物をヒトガタと呼ぶ。呼ぶ声にどこか恐ろしさを感じたのは木村だけではない。

 

「先に言っとく。――話が通じるなんて期待をするんじゃないよ。ヒトガタで、墓場を住処にする奴なんて碌な奴じゃないからね」

 

 リコリスが先頭を歩きながら、後ろを付いていくる木村とウィルに告げた。

 彼女の経験論が多分に含まれている。長い時を生きてきた彼女はそういった魔物を討伐した実績があった。

 

「話が通じないなら武力行使だ」

 

 いつもどおりではないかと木村は思う。

 この巫女装束の強キャラは武力が前に出過ぎている。

 そもそも話し合いで解決したことの方が稀だ。アコニトも手は早いが師匠よりはマシだった。

 

 そのアコニトはすでに派遣地である東エリアに送った。

 不承不承の様子ではあったが、いちおう水銀の海をペタペタと歩いていったのを木村は確認した。

 フルゴウルとトリキルティスもすでに広場エリアと西の魔物エリアに派遣済みである。

 リコリスはまだ送るには早いのでこちらを手伝ってもらっていた。

 

「気をつけるべきことはありますか?」

 

 ウィルがリコリスに尋ねる。

 彼も墓場に住む人型の魔物を相手にする機会はなかった。

 アンデッドということから土、腐敗、病のあたりは系統として使いそうだとは考えていた。

 

「あんたの見立ては?」

「見た限りでは神気量はさほど多くありません。戦闘になれば制圧できるでしょう。ただ、腐敗や病を使われると対応が厄介かと」

「神気の量に重みを付けすぎてるね。ヒトガタは自らの強さを惑わすことが多い。わっちだって本気で力を抑えれば警戒されないほどには薄まるよ。厄介と言ったが、あんたが言ったくらいのは厄介とは言わない。魔の系統とは常に炎を纏って相対するべきだ。気をつけるのはそんなことじゃない」

 

 散々な批判だった。

 前半に関してはウィルもオーディンや黒竜で感じたので素直に反省する。

 後半に関しては無意識制限の解除の話である。炎属性の自己付与を厚くすることで魔法の抗力が増すということだ。要は簡易的なバリアである。

 

「それでは気をつけるべきことは?」

「話が通じたら警戒しな。最大限の警戒をな」

「……話をしに行くんですが」

「だからだよ。話が通じる魔物は厄介だ。特に今回は場所が死臭の充満する墓場。しかもヒトガタ。話をしているうちに死に取り込まれることもある。違和感を覚えたら躊躇なく手をだしな。その時点を過ぎたらもう手遅れになるよ」

 

 木村はふと思う。

 メンバーを間違えたのではないかと。

 あまりにも脳筋だ。話が通じても通じなくても武力行使になる確率が極めて高い。

 もう出口も間近であり、今さら「やっぱチェンジ」とも言えない雰囲気なので、木村はとりあえず武力行使になりそうなら待ったをかけようと決めた。

 

 木村とウィルは警戒心が足りていない。

 リコリスは大真面目に気をつけるべきことを話していた。

 話ができるということは少なくとも耳から音が伝わっているということである。

 もしも音で精神を操る系の魔法であれば、その時点ですでに攻撃を受けていることになる。

 さらには、話ができるからには言葉も伝わるということだ。音だけでなく言葉の意味にすら魔法を込められるなら、攻撃をされているという認知すらできない。

 話をしているうちに徐々に心が相手の虜囚にされることもある。俗にいう催眠だ。

 

「『一体の亡霊は一人を連れていく。一匹の半屍人は集落を連れていく。一匹の言葉を解するヒトガタは(くに)を連れていく』――奴らは憎むべき存在だ。あんたらはそのへんがわかってない」

 

 リコリスが緊張感の足りていない木村とウィルに、彼女の国の格言を送った。

 連れていくとは黄泉の国に連れていく――すなわち死ぬということ。

 言葉を解するヒトガタは生者の基盤を揺るがす存在である。

 彼女はそれを幾度となく見てきていた。

 

 リコリスがウィルに対抗する魔法を教えた。

 精神系への対策として、自らにあらかじめ魔法を掛けるという方法だ。

 仲間に対して敵意が生じることをキーにして発動し、微少な痛みが自らに生じるというものである。

 痛みにより精神を引き戻すという荒技ではあるが、シンプルな割りに効果が大きい。年寄りの知恵というやつだが、ここにそれを口にするものはいない。

 

「もしもこれが発動したら、即時発動する術を広範囲にばらまく。いいね」

「はい。火花を散らします」

「目を閉じて、耳も塞いで戦えるならさらに効果的だ」

「それは……難しいかもしれません」

 

 リコリスもウィルの言葉に頷く。

 精神系や幻惑系は光と音を遮断することが重要なのである。

 場を乱すことで相手の術を散らしつつ、自らの攻撃を加えることが重要ということだ。

 

 木村も途中からようやく、今から話にいく存在がどれだけ警戒に値すべき相手か理解してきた。

 相手が一人で、魔力もさほど多くない、しかも人の形をしているといった点で状況を甘く見ていたが、どの点も甘く見てはいけない点であった。

 墓場という地形も不気味である。この配置に何らかの意味があるのではないかと推測をしたが、この点に関しては推測の域を出ない。

 

「さて、行くよ」

 

 カクレガの扉が開く。

 

 冷たい空気が入り込むのを木村は感じた。

 

 

 

 墓場の一部が盛り上がり、そこから四人と鶏一匹が現れる。

 

 墓地の中央にいた存在も突如として現れた木村たちに気づき、警戒を露わにした。

 墓地の存在も近づく木村たちに警戒心を増し、近づく木村たちも墓を椅子にしていた存在が立ち上がったことに警戒した。

 

 木村も近くに来て、その存在が霊体化していないとはっきりと確認できた。

 周囲の墓は、他のエリアと同様にぼんやりとした光で、透過もしているが墓地の中心の存在だけは実体に見える。

 

「これをやったのはお前らか」

 

 男の声だった。低い声だが年寄りとは違い、声に張りがあった。

 姿は上から下まで黒いローブを被っており、顔がはっきりと見てとれない。

 

 ローブから出した指が透過している墓を示す。

 その指は不気味なほどに白く、血が通っているようには見えなかった。

 

「そうとも言えます」

 

 木村が曖昧に答えた。

 もしもここがカレドア城ならはっきりと「はい」と答えただろう。

 

「――そうか」

 

 短い返事とともにローブ男のすぐ前方に黒い玉が現れた。

 手の平サイズの小さな黒玉は宙に浮いている。

 

 男が玉に手を伸ばすのと、リコリスが駆け出すのは同時だった。

 開戦の火蓋がすでに落とされている。

 

 武力行使になったら止めようと木村は考えていたのだが、声を出すよりも早く戦いが始まってしまう。

 気づけばすでにリコリスは両手に炎刀を出しており、ローブの男が出した黒い障壁を一刀のもとに切り伏せて男に迫る。

 リコリスのあまりの速さと強さにローブの男も驚きが浮かんでいる。

 

「ッ!」

 

 ローブの男が黒い玉を握るが、その腕は炎を纏った刀で切り落とされた。

 さらに返す刀でそのまま炎刀が男を斬りつけた。

 しかし――、

 

「……消えた?」

 

 炎刀は空振りに終わった。

 切り落とした腕だけが地面にボトリと落ちる。

 

「転移に見えたのですが、神気反応が以前感じたものと違いますね」

「随分と珍しい魔法だぞ」

 

 おっさんも少し驚いている様子であった。

 リコリスが周囲に忙しく目を配り、のんびりと魔法考証をしていたウィルとおっさんを睨む。

 

「後ろから神気――」

 

 ウィルが神気反応に気づき声を出したが、言い切るよりも早くリコリスが彼の横を通り抜ける。

 木村とウィルが振り返るとローブの男がすでに切り刻まれているところであった。

 

 リコリスはローブごと男の両足を切り落とし、残った片腕の肩にもう一方の刀を突き刺し、そのまま地面に組み伏せる。

 

「ぐっ! お――」

 

 倒れた男の口に炎刀を突きつけていつでも殺せる状態を作り出した。

 もしもわずかでも抵抗の兆しがあれば、男の口に構えた炎刀が喉を貫き、頭を燃やし尽くすことになる。

 完全に味方キャラがやって良い所業ではない。殺意しか感じられない攻撃である。木村でもヒトガタに対する憎悪らしきものをリコリスから感じるほどだ。

 ただ両足と片腕を切り落とされてもローブの男は生きていた。

 

「ま、待ってください!」

「待ってるだろ」

 

 これでもリコリスは容赦をしている。

 容赦していなかったら、男は最初の転移もどきすらできず両断されていた。

 

「話を」

「だったら早くしな」

 

 木村も焦る。

 話をしようとは思うが、ここから何を言っても悪くなる気配しかない。

 腕と両足を切り落としておいて、「これから青竜を倒しに行くんで協力してください」と言えるほど無思慮でもない。

 さらに言えば、木村がしたかったのは話である。双方向のコミュニケーションだ。リコリスが急かす話とは通告であり一方通行のものであった。

 

 木村は何を言うべきか迷った。

 時間が経つほどリコリスの苛立ちが増していくのがわかり余計に焦る。

 

「…………何か、言い残すことはありますか?」

 

 悩んだ末に木村の口から出てきたのは、別れの言葉を迫るものだった。

 もうどうしようもなく関係が悪化しているので、どうせならこのままここで北エリアを消滅させていいのではないかと計算が働いたのだ。

 北エリアの残りHPはほぼゼロであり、おそらくここでこの男が倒れれば終わりだ。

 イベント開始前に不安要素が一つ消せる。

 

「ヒトガタ、変な真似をしたらわかってるね」

 

 リコリスが炎刀を男の口から離す。

 ウィルは木村から出た言葉に呆然としていたが、リコリスはむしろ及第点だと頷いた。

 彼女は、原則、ヒトガタの魔物は世界から消滅させるべきという考えである。

 仲良くしましょうなどと木村が言えば、男を焼却するつもりだった。

 

 問答無用で焼却するのが良回答だが、最後の一言程度で済ませるなら可である。

 ただし、その最後の一言も魔法の行使でなければ二パターンしかないので実際は聞いても無駄なことだ。

 

 無意味で哀れな命乞いか、木村たちへの罵詈雑言。

 どちらを口にしてもリコリスはすぐさまヒトガタを灰にするつもりでいる。

 

「……お前らのやったことが具体的に何かは俺にはわからん。転移として話をさせてもらう。俺がここに転移される前に、俺の側に二人ほど人間がいた。少年と少女。そう、ちょうどそこの鶏を抱えた小僧と同じくらいの年頃だ」

 

 木村は男と目が合った。

 知っているかというような無言の間ができたので、木村は知らないと首を横に振った。

 

「あいつらも俺と同様に光に包まれていた。この近くに転移している可能性がある。俺はこのとおりのアンデッドだが、あいつらは人間で俺とは無関係だ。お前の憎む対象ではないはずだ。元の場所に帰してやってくれ。あいつらには、まだまだやるべきことが残っている」

 

 男がリコリスを見た。

 リコリスも感情を排した目で男を見返す。

 

 木村はなんとなく話が理解できていた。

 この男はどこからか転移されてきたらしい。そして、彼の側にいた人間二人も転移された。

 男は無関係と言うが、きっと無関係ではない。人間なのはおそらくそうなのだろう。

 この男は自らの命乞いはせず、その人間二人を助けようとしている。

 

 木村は好感を抱いたが、木村が抱く好感程度でリコリスが止まることはない。

 もうひとつ気になっていたことを木村は尋ねた。

 

「あなたはどこから来ましたか?」

「スコタディ霊園だ」

「知ってる?」

 

 木村はおっさんを見る。

 おっさんは目を閉じて記憶を辿っている。

 

「近くに街か目印になりそうなものはありました?」

「すぐ東にサブマという街がある。目印……、北にウリ山系、西にディアトン川、南にモッペ湿原」

「どれも“俺”は知らないな」

 

 おっさんが知らない。

 木村はこの反応に心あたりがあった。

 

「あの、もしかしてですけど『冒険者』という言葉に聞き覚えがありますか?」

「あるな。俺は、生前は冒険者。今もダンジョンのボスで冒険者という立ち位置だ」

「あ、そうですか。ああ、そうなんですね。あー」

 

 当たりを引いた。

 冒険者どころかダンジョンとかいう、今のこの世界にはない単語が出てきた。

 ほぼ確定である。この男は未来から来ている。しかもサ終後の存在が不確かな未来からだ。

 

「ん」

 

 リコリスが男から離れて後ろに飛ぶ。

 両手に炎刀を出して、警戒を増している。

 どこかから馬の鳴き声が聞こえた気がした。

 木村の抱いていた鶏が急に暴れ出して、地面に降り立ちどこかへ走って行く。

 

「げ……、あ、良かった」

 

 仰向けに倒れた男の体の上にポサリと冊子が落ちた。

 馬の鳴き声で、もしかして本神が降臨するのではないかと心配したが現れたのは冊子だけである。

 

 冊子は木村も見覚えがあった。

 木村も過去のイベントでもらっている。オーディンの小言集だ。

 内容は面白くもないのだが、重要なのは内容ではない。この冊子を持っていると、オーディンの庇護の下にあるという証になるということだ。

 あくまでオーディンの庇護にあるというだけで、すぐさま木村たちの味方と判断することはできないが敵対する必要性もない。

 少なくともここで消滅させてはいけないということは確かである。

 か細い未来への架け橋だ。

 

 リコリスと男は成り行きがわかっていない。

 木村は理解できたので、今さらだが腰を据えて話をすることにした。

 

「リコリスさん。戦闘はもうなしです。おっさん、ペイラーフを連れてきてもらっていい? 治療しないと」

「わかったぞ」

 

 おっさんはあっさりとカクレガに入っていく。

 一方のリコリスは炎刀を引かない。

 

「説明しな」

「この人……人じゃないか。……男の方は他の霊体と違って実体です。こちらの攻撃もしっかり通っていました。過去の情報から構成された存在ではありません」

 

 墓は違うようだが、アンデッドの男は実体がある。

 カレドア城や他の地域のように半透明ではなく、しかもリコリスの攻撃で腕が落ちたようにダメージが通る。

 

「このことから最初は、この男の方は過去にいた存在ではなくて、もともとここにいたか、どこか別の場所から転移されたのかな、と考えました」

 

 リコリスも木村の言葉に頷く。

 頷きはすれど木村の方を見ない。アンデッドの男から目を逸らさないようにしている。

 ときどき竜人鶏がアンデッドの男をツンツンとつついているが、飽きたのかどこかへ離れていってしまう。

 

「でも、今回のイベント内容から別の可能性も考えられます。この男性が未来から来ているという可能性です。概要では五十年先だかも混ざったと書いてありました。実際、僕たちは前のイベントで未来から来た人とも会いました。サ終後の未来からです。その人が今の世界には存在しない『冒険者』だったとも話していました。その男性は『冒険者』という言葉を知っている。トドメはその冊子ですね。未来を守ろうとしている神が作ってる冊子です。その男性が不確かな未来からの来訪者であることを示すものでもあります」

「未来から来たのはわかった。生かしておく理由は?」

「安易に殺されると、不確かな未来がさらに不確かになるということ。それに、南エリアを抑える際の戦力は多い方が良いということ、でしょうか……」

「それだけかい?」

 

 命を助けるにはまだ理由が足りなかった。

 木村はすでにアンデッドの男よりもリコリスの方が怖くなっている。

 どれだけヒトガタに対して恨みつらみがあるのか。未来と戦力を秤の片側に乗せてもなお殺意の方が重い。

 

「他には、えっと……、男の方がさっき話していましたが、人が二人ほど時間転移に巻き込まれているようです。あの状況で嘘を言うとは思えないのでこれは本当のことでしょう。巻き込まれた二人に関しては見つけたら保護しようと考えていますが、そこはご理解いただけますか?」

 

 リコリスは頷いた。

 人には甘い。

 

「その二人は僕と同じくらいの年頃で、場所も時間もまったく知らないところに放り出されたことになります。他のエリアも相当物騒ですから、一人ではないにせよ、ひどく心細い思いをしているはずです。仮にその状態の二人を保護して『カクレガは安全です。心配しないで』と言ったところで心は落ち着かないでしょう。ですが、もしもその際に知った顔がいたら、二人も少しは安心できるのではないかと思います」

 

 ひどく長く感じた沈黙の後に、リコリスは足を下げた。

 得物はそのままだが、とりあえずの譲歩といったところである。

 

「はいはい! どいてどいて! あたしが来たよ!」

「彼を治したげて」

「はいよ!」

 

 墓場でもお構いなく大声を出してペイラーフがやってきた。

 やってくるだけで空気の暗さが晴れやかになるようである。貴重な存在だ。

 ここにアコニトも加わると空気の重さもなくなる。時と場所、状況によるが彼女もまた貴重な存在だと派遣してから木村は気づいた。

 

 彼女を水銀の海に旅立たせてしまったが、どうしているかが気になった。

 もうすでに死んでカクレガに戻っているかもしれない。だが、普段はすぐに死ぬのに、一人で動かせた時に限ってなかなか死なず、謎の活躍をすることも木村は知っている。

 

「はい! 動かないでね! まず足から治すよ!」

 

 そもそも足は両方ともなく、片腕は切られ、もう片方の腕は肩口を貫かれているので動けない。

 この状態で生きていること自体が不思議だが、そこは魔物なのでそんなものなのだろうと木村は見ている。

 人間なら楽にさせるべきか迷う状態だが、魔物なので回復する余地はある。ペイラーフは回復力はカクレガに右の出るものはいない治癒能力者である。

 木村も何度か見ている。対象が単体なら、死んでなければそれなりに治すレベルに達している。切り落とした腕も状態が良ければ元どおりになるほどだ。状態異常だって特殊なものを除いて消せる。

 

「あの、キィムラァ。あれ、良いんですか」

「え? 何が?」

 

 ウィルが戸惑った様子であった。

 木村は何のことかがわからない。二人の会話も耳に入らずペイラーフが回復魔法を発動させる。

 彼女の白い杖がほわんと光り、男の太ももと切り落とされた足がくっつ……、

 

「あ!」

「あ……」

「…………ぁ」

「あぁ」

 

 ペイラーフ、木村、治療を受けていた男、ウィルの声が混ざった。

 ウィルは「やはり」とさらに続ける。

 

 木村は最近のゲームは知っているが、昔のゲームを知らない。

 そして、昔のゲームと同様の法則が異世界にもあったことを知らなかった。

 アンデッドに治癒魔法をかけるとどうなるかである。ダメージを受けるのである。

 生者なら完全回復するというプラス方向の効果が裏返る。しかも瀕死状態のアンデッドだ。

 

 治癒術の浄化光を浴び、男は砂のようにサラサラと朽ちていった。

 その後、ほのかな光の結晶が残る。

 

「え、え? どういうこと? 回復が間に合わなかった?」

 

 木村は混乱した。

 昔のゲームの理屈なんて彼は知らない。

 キャラはキャラだ。キャラは回復魔法で回復するという理屈である。

 回復が間に合わなかったとは言いつつもそうは見えなかった。

 どちらかといえば回復魔法で死んだように見えた。

 

「アンデッドを回復すると攻撃になるんです」

「え? そうなの? 邪属性に聖属性が天敵みたいな話?」

「実際に見たのは初めてなんですが、書物では『強制活性』と書かれていましたね」

「強制活性?」

 

 木村が思ったよりも難しそうな話だった。

 

「アンデッドの方々は身体の成長が著しく遅くなっているのですが、回復系の術式をかけることで成長が進み、身体にダメージを負うということです」

 

 木村もなんとなくわかった。

 ここで終わるかと思ったがウィルはさらに続ける。

 

「教授はもっと詳細に言及されていました。アンデッドは神気が内に溜まりやすい性質があるのですが、身体の成長が進む際の神気量流出が凄まじく止めることができず、身体を維持できないでしたか。すでに体を損傷して神気も多く失い、流出面が大きいところに回復を当てれば――」

「こうなるってことね」

「さらに言うならば」

 

 完全にウィルは魔法論スイッチが入った。

 木村だけでなく、ペイラーフやリコリスも辟易してくる。

 

「彼らの体表には目に見えないほどの小さな生物がびっしりと付いており、その生物もまた体表を経由してアンデッド化の影響を受けるようです。その微少なアンデッド化した生物がさらに宿主アンデッドの状態を安定させます。アンデッド循環ですね。状態異常除去の神聖術によりアンデッド循環が緩まり、他の神聖術の効果が増します。ペイラーフさんの治癒術式は神気の流出とアンデッドの弱体化という二つの側面で彼らを害します」

 

 ダブルパンチである。

 アンデッド絶対殺すウーマン――ペイラーフの誕生である。

 

 

 ウィルが語り終え、場は沈黙に包まれた。

 

 木村は先ほどまでのリコリスへの説得が全て無に帰した。

 ウィルは気づいていたのだが、止めるべく声をかける相手は木村ではなくペイラーフだった。

 ペイラーフは治すつもりで意気込んで来たのに、トドメを刺すという結果になり気まずさで声を出せないでいる。

 

「あんたはよくやった。あいつも穏やかな最期を迎えたよ」

 

 唯一、全てに気づいていて黙っていたリコリスが、ペイラーフの肩を優しく叩く。

 今日もっとも穏やかな声であった。戦闘が終わった後の安堵感がその声に込められている。

 

「帰るよ」

 

 言うが早いか、すでにリコリスは踵を返してカクレガの入口に向かっている。

 その背中と肩からは緊張という重みが薄れていた。

 

 木村もやっちゃったものは仕方がないと諦めた。

 土の下からよみがえったものが、土に戻ったと前向きに捉えることにする。

 せめて今際の際に話していた「転移に巻き込まれた二人」は助けてあげようと静かに誓った。

 木村の後におっさんが続き、ペイラーフも割り切ったのか立ち上がってカクレガにスタスタ帰っていく。

 

「けっきょくどういう神聖術だったんでしょうか」

 

 珍しく一番悔いが残っているのがウィルだった。

 転移らしき神聖術を間近で見て、ぜひどういった術式なのか知りたかったのだが男は消えてしまった。

 おっさんも珍しいと言ったくらいなので、もう見ることもできないかもしれない。

 せめておっさんから術式を聞いておこうと決めた。

 

 墓標代わりに置いておいたオーディンの小冊子が風でめくられる。

 ある一ページが開かれて、文字が怪しく光った。

 光が収まるとページはすぐに閉じてしまう。

 

 

 

 コケ、と完全に回収を忘れられた鶏がどこかで鳴いた。

 

 最終目標はひとまず果たされた。

 

 

 

123.メインストーリー 9

 

 まもなくイベントが始まる。

 

 通常であればイベントの開始時には、ブリッジもしくはそれに準ずる地点に重要メンバーを集めるのだが今回は数が少ない。

 ケルピィとシエイ、テュッポ、メッセ、ボローくらいだ。モルモーはいるのだが、今回は参戦不可なのでご意見番としてのみ参加だ。やる気はまったくない。

 他の重要メンバーは派遣で各地に散らばっている。

 

 メニューでの時計が11:58に変わったのを確認し木村は伝令を飛ばす。

 

「伝令――『まもなくイベントが始まります。各自準備を始めてください』」

 

 メッセが木村の伝令を各エリアに派遣されたメンバーへと飛ばす。

 返答があったのは三件だけである。

 

『ウィルとフルゴウルから「了解」と連絡あり、トリキルティスもすでに追い込みを始めており順調とのこと』

 

 広場エリアのフルゴウルと貧困街エリアのウィルは返答をくれた。

 しかしながら、今回の作戦においてさほど意味のあるエリアではない。

 この二拠点は戦力と呼べるほどの戦力はない。

 

 貧困街に特殊能力者はいたが、ウィルが接触しても意味のある反応はなかった。

 体も心も死にかけている状態である。

 

 広場エリアも人らしき姿はたくさんあるが、戦力となりうるべき人物は確認されていない。

 市民運動らしき行動なので、もとをたどれば一般人である。

 戦力の期待はできない。

 

 王城にはセリーダと彼女を守る王とその兵士たちがいるが、立入禁止のため接触はしていない。

 いちおうメッセで連絡は送っているのだが、返答はなく一方通行だ。

 

「残り一分を切りました。リコリスさんに出陣の合図を」

『伝えます』

 

 カクレガの現在地は南エリアの地下である。

 竜巻を発生させている青竜の近くだ。カクレガで接近できる地点まで移動している。

 ここにリコリスを派遣して、青竜を挑発し西エリアに呼び込む。

 

 そして、西エリアにはトリキルティスがいる。

 彼女はすでに西エリアの魔物を南エリアに追いたてている。

 実際には攻撃がほとんど通用しないので、攻撃して数を集めて引き連れているという流れだ。

 

「アコニトは?」

『返答ありません』

 

 アコニトは東の水銀エリアに派遣してから音沙汰がない。

 戻っていないので死んでいるわけではないだろうが、いっさいの返答はなく、東エリアに動きもない。

 

 北エリアの竜人鶏はもちろん返事がないので聞く必要もない。

 ゲージはミリで残ったままなので、もしかしてペイラーフが浄化したアンデッドも復活するのではないかと考えたが姿はなかった。

 とりあえず北エリアに関してはないものとして作戦を遂行していく。

 

「イベント開始」

 

 時計が12:00になったところで木村は告げた。

 メッセも各エリアに伝える。現状で延期の連絡はない。始まったと推測される。

 

『竜巻に動きあり。リコリスへと移動』

 

 ブリッジのモニターにも映っている。

 青竜の竜巻はそれぞれがランダムに動いていたのだが、それらが明確にリコリスへと向かっている。

 小さなリコリスへ柱のような竜巻群が迫る。

 

 リコリスもときどき炎で攻撃は仕掛けているのだが、相性の悪さはみえる。

 炎が風の壁に巻き取られては消えていく。リコリスも空を飛べるわけでなく、空への攻撃も得意ではないので有効な攻撃手段はない。

 彼女本人から捨て身で挑めばやり口はあるとは聞いたが、今回は挑発目的が主なので捨て身での攻撃は控えてもらっている。

 

「……強すぎる」

 

 木村の呟きには主語が抜けている。主語は「風」だ。

 青竜の竜巻は遠くからだと柱だが、近くに寄ってようやくそれが風の集合体だとわかる。

 近づくにつれ強まる横風とそれに伴う土埃で戦闘どころではない。

 もはやリコリスも逃げの一手になっている。

 

「あっ」

 

 とうとうリコリスも竜巻に巻き込まれた。

 竜巻が中段から炎に包まれるが、炎もやがて消え、上空へと運ばれて消え去った。

 

 スケールが違いすぎた。

 リコリスは戦力としては強いが、あくまで対人・対集団戦への強さだ。

 今回の相手は人や集団というよりも現象である。青竜本体というよりも自然災害との戦いである。

 

 これらの竜巻は日本版改良藤田スケールにおいても最高階級のJEF5に当たる。

 瞬間風速は秒速で140m/sを超えており、時速にして500km/hを超えている。

 

 ちなみに平均分速で参考値をあげると平均風速で10m/sほどで傘はさせなくなる。

 20m/sで看板が外れ、30m/sでは車の運転が困難になる。

 40m/sになると倒壊する家屋も見られる。

 

 エネルギーの話で言えば、2013年5月にアメリカのオクラホマ州ムーアを襲った竜巻を例に出すと、広島に落とされた原爆のおよそ600倍。

 この竜巻の瞬間風速で記録されているものが約90m/sである。

 青竜の竜巻はさらにこれよりも強い。

 

 もしも青竜の竜巻が地球の都市を襲えば、通り道の地表から建物は消えてなくなる。

 建物だった物体が、元の場所から百メートル以上離れた地点に突き刺さっていることになろう。

 

 鉄筋コンクリートのビルですら、地表から漏れなく消えるのである。

 石で上手に組みました程度の建物は例外なく消え失せる。完全にオーバーキル。

 異世界版一級建築氏が「魔法を大量に仕込んでありますので、軍の魔法を一斉に受けても大丈夫です」なんて台詞はフラグ以外の何ものでもない。

 

「リコリスさんの顔写真が灰色になったね」

 

 ケルピィの声で木村はモニターを見た。

 各エリアに派遣キャラの顔がアイコンとして出ていたが、リコリスの仏頂面が灰色になった。遺影写真のようだと木村は感じた。

 やられたということだろう。他のアイコンはまだ通常のままだ。それならばアコニトも生きているということになる。

 

 リコリスを消し去った竜巻がさらに動き始める。

 どこか一方にではなく、分かれて各エリアへ進んで行った。

 

「キィムラァくん。言いづらいんだけど――これ、抵抗できないよ」

 

 ケルピィが告げた。

 木村も返す言葉がない。そのとおりだ。

 どうやって闘えばいいのかすらさっぱりわからない。

 リコリスの炎ですら竜巻の一つを軽く炙って終わりになった。

 他のキャラの攻撃がまともに通るとは考えづらい。

 

 竜巻の風が攻撃と防御の両方を兼ねている。

 そして、そのどちらも完全にこちらの防御力と攻撃力を上回る。

 すなわち攻撃は効かず、防御はできない。当たれば渦に飲み込まれ上空に放り出され、地面に激突して死ぬ。

 

「メッセ。各方面に撤退の指示を。回収を急ごう」

『了解』

 

 無駄に死なせる必要もない。

 西エリアと帝都の二エリアは回収すべきだ。

 カレドア城エリアに関しては、迷ったあげく木村は回収を見送った。

 

 イベントが開始されたためか竜巻はとうとうエリアの境界を越えた。

 西エリアの魔物を全て消し飛ばし、帝都を討滅クエストの時よりも跡形なく消し、北の墓地エリアの墓を藻屑のように消し去った。

 

「鶏、つよ」

 

 北エリアの竜人鶏は竜巻で回収できなかったのだが、あろうことか竜巻を生き残った。

 頑丈に作られていることは知っていたが、耐えるどころか熱線で反撃し、竜巻を追い払ってすらいた。

 

 東エリアは水銀が竜巻に巻き取られて地上から消え去ったのだが、そこにアコニトや他の存在は確認されなかった。

 最後までアコニトのアイコンは灰色になることはない。

 

 全てのエリアを消し飛ばした後で、どこかから気持ちの悪い笑い声が鳴り響いていた。

 

 笑い声がとても愉快で、どうしようもなく楽しそうで、木村はその声にどこか不愉快さと怒りを覚えた。

 

 

 地上からおおよそ全てが消えた後でカクレガでは情報交換会が行われた。

 

「帝都エリアのゲージが減っているね」

 

 回収したフルゴウルが呟いた。

 すでにウィルとトリキルティスも回収済みだ。

 しかし、戦死したリコリスとセリーダはカクレガでの復活がない。

 

「帝都エリアの三エリアは全てゲージが5分の1ほど減っていますが、北・西エリアはゲージがそのままですね。東はほんの少し減ったくらいですか」

 

 亜麻色のカレドア城のゲージ、赤色の広場エリアのゲージ、灰色でひび割れの貧困街エリアのゲージは減っている。

 消滅したにもかかわらずゲージの減り方は少ない。およそ20%消耗している。

 残りがまだ80%近くもある。地表には何もないにも関わらずだ。

 

 ゲージが減った帝都エリアとは違い、北・西エリアはゲージが減っていない。

 北エリアはもともと1みたいなものなので消滅せず現状維持だ。

 西エリアは魔物が全滅したがゲージはそのままである。

 東エリアは数%ほどゲージが減っていた。

 

「一日の消耗限界が20%なのかもしれません」

 

 木村はゲージが減っている方の推論を述べた。

 もしも今日一日でゲージが完全に消える仕様なら、今回のイベントは一日で終了だ。

 イベントを長く遊んでもらうために一日のゲージの減少を一定の限度を持たせているのではないか。

 

「つまり、明日になったら各エリアがよみがえる可能性があると?」

「復活するかどうかはまだわかりませんが、それなら霊体だった説明もつきませんか。霊体なら再構成するのが実物よりも簡単だから、と」

「私も霊体なのだがね」

「あ、いや、そういった意味で言ったのではなく」

「冗談だよ」

 

 フルゴウルのジョークはややタイミングと趣味が良くない。

 それでもまだジョークが出るだけの余裕がある。

 

「一日に20%が現象の限界ということは最低でも五日間は行われることになるのかな」

「おそらく。ゲージの減り方が20%で抑えられた推測はできるのですが、ゲージの減り方の推測はちょっとわかりませんね」

「そちらは推測できている」

 

 フルゴウルが告げた。

 

「核となる人物の損傷具合だろうね」

「核となる人物っていうのは各エリアのボスってこと?」

「君の言い方に合わせればそうなる。広場エリアで活動のリーダーと出会った。ギャンダーという者だ。カレドア城はアセンドス三世だろう」

「貧困街エリアは例の特殊能力者でしょうか」

「おそらくそうだろう」

 

 各エリアにボスがいて、それの体力がゲージに連動されている。

 いかにもゲームらしい設定だ。

 

「それなら西エリアは?」

「強そうなのはいなかった」

 

 トリキルティスが誇らしげに告げた。

 倒すことはできないが、魔物を追いたてる役割はこなしたので働いた感を出している。

 

「まだ出ていない可能性もあるのではないですか」

「それはあるかも。日数経過が出現のトリガーになってるかもしれない。あるいはゲージ減少か」

 

 もちろん両方の可能性もある。

 日数が経過し、ゲージが何パーセント以下という条件だ。

 

「東エリアが不気味ですね。完全にやられたわけではないということでしょう。それならここにいた存在はどこに消えたのでしょうか。アコニトさんも姿が見えませんし」

 

 木村もウィルと同様の気持ち悪さを感じていた。

 アコニトの姿がない。東エリアにいた存在もわずかなダメージで済んでいる。

 

「地下ではないかな?」

「地下ですか?」

「そう。竜巻の発生が多い地域では地下にシェルターを作ると聞いている。もちろん規模の違いはあるだろうが、地表のものは風で吹き飛ばしても地下深くに潜られてはあの巨大竜巻もさほど意味をなさない」

 

 木村も「なるほど」と頷く。

 地表のものこそ跡形ないが、地魔法のように地面が大きく抉られている様子はない。

 地表面より上では絶対的な攻防揃えた竜巻も、地面深くには攻撃が届かないという推測は正しいと感じた。地表に姿が見えないことも説明がつく。

 

「それよりも問題はやはり竜巻の主だろうね」

 

 誰もが後回しにしていた問題にようやくメスが入る。

 

「打つ手がありませんね。リコリスさんの炎ですらアレでは」

「私の筺もすぐさま破壊されるだろう」

「竜巻にドゴーンって突っ込んで本体を斬ったらどう?」

 

 ウィルとフルゴウルに混じってトリキルティスが提言した。

 あまりにも捨て身な発言に二人は苦笑する。

 

「すごい風でしたから突撃する体が耐えられないと思います。リコリスさんですらあっという間でしたから」

「そうだよね。鬼婆もアレじゃあね。そのまま天国まで行ってくれればいいんだけど」

 

 トリキルティスがアハハと楽しげに笑うが、他の誰も笑わない。

 最近はリコリスからのしごきがひどかったので、彼女の鬱憤が晴れたと木村も考えておくことにした。

 

「やれるとしたら鶏くんだろうね」

「……ああ」

 

 木村もメインキャラで考えていて忘れていた。

 そういえば鶏は善戦を見せた。創竜印の異常な防御力に、貫通性の高い熱線。

 あの熱線が本体を貫けば意外に良い戦いになるのではないかと木村やウィルも想像することができた。

 

「配置換えが必要だね。今は変更できないようだが、巫女殿と鶏くんを早いうちに入れ替えるべきだろう」

 

 木村はなるほどと頷いた。

 

 こうして一日目は青竜による壊滅で幕を閉じた。

 

 

 

 二日目に入り、リセットが入った。

 

 すなわち帝都が復活した。

 城も、広場も、貧困街もすっかり元どおりだ。

 さらに西エリアの魔物もうごめき、東エリアは水銀が満ちる。

 北エリアは墓地が戻ったが、ボロボロなのでさほど更地と変わりがない。

 

 リコリスも南エリアで復活した。

 復活したが、南エリアに戻された青竜の竜巻に巻き込まれかけている。

 カクレガですぐさまむかい、北エリアで回収しておいた鶏と入れ替えをおこなう。

 

「空が綺麗だったね」

「心配したよ、師匠! 無事で良かった!」

 

 トリキルティスがリコリスを厚く出迎えていた。

 木村はこの鳥女が昨日、笑いながらした発言を、この場で繰り返してやりたいと感じたがなんとか堪える。

 彼もリコリスの死んだ灰色アイコンを遺影写真みたいだな、と思ったのがまずかった。

 彼は自らがアコニトの影響を受けていると感じた。彼女ならきっと口にした。

 

「それで、アレはなんだい」

「秘密兵器です」

 

 リコリスの代わりに外に出した鶏を秘密兵器と木村は説明する。

 正直、あの鶏でどうにかならなかったらどうにもならない。

 工夫でどうにかできる相手を超えている。

 

 ブリッジから鶏と青竜の戦いを見守る。

 初手は青竜の竜巻である。鶏を襲ったというより、竜巻の経路に鶏がいて巻き込まれた。

 鶏はあっさりと竜巻に飲まれて見えなくなったのだが、空から赤黒い熱線が地上や空中を駆け巡った。

 竜巻を貫き、ときどき切り裂くように撃たれるのを見たのだが、やはり竜巻の壁は厚い。

 竜巻の中にいるため狙いが定まらない上に、光が水に入った時に屈折するように熱線も竜巻の壁で減衰や屈折するようで本体には当たらない。

 

 青竜も鶏に気づいたのか、竜巻の移動がわずかに止まったが地上に降りた鶏が何事もなく歩く様子を見て、鶏を無視して帝都や東西エリアに竜巻が突っ込んでいく。

 

 二日目もまた帝都は壊滅した。

 

 やはり西エリアは魔物が全滅してもゲージがまったく減らない。

 東エリアは水銀が地面に吸い込まれるようにしてなくなり、ゲージが減らなかった。

 北エリアは例のアンデッドが復活したようで竜巻に一瞬だけ抗ってみせたが、一瞬で飲み込まれて消え去った。ゲージはミリで残ったままだ。

 

 二日目の反省会も楽しいものではない。

 

 鶏を援護して青竜を倒す算段をつけるかどうかであった。

 そもそも論として、別にこのままイベントを終わらせても良いのではないかという話も出た。

 

 木村も帝都が関わらなかったらそれでも良かった。

 

 しかし、討滅クエストで竜に滅ぼされ、霊体でよみがえったところを青竜に滅ぼされてではあまりにも惨い話だ。

 戦うどころか抗うことすらできていない。闘って満足して消えてください、とは言えない状態である。

 せめて青竜をどうにかしてあげたいと木村は考えている。

 

 思っているだけで策は浮かばない。

 せめて変化が起きて欲しいが、そう都合良く起きることはないと彼も知っていた。

 

 ところが彼の浅い知は裏切られた。

 

 

 

 三日目に入り、状況が動いたのである。

 

 しかも一つではなく二つも変化があった。

 

 

 一つ目。

 北エリアに念願のソケット博士が出現した。

 ただし、ソケット博士はタイムマシンと一緒にお陀仏してしまった。

 

 ローブを着たアンデッドが、もう動かなくなったソケット博士と壊れたタイムマシンをどうしようもなく見下ろしている。

 

 

 二つ目は西エリア。

 

 隕石が落ちた。

 

 さほど大きな隕石ではない。

 頭蓋骨ほどの隕石が割れ、中から粘液が出てきた。

 粘液は緑色で、石からヌトッと出てきて地面に流れ出る。

 

 様子を見に来た魔物が粘液を触ろうとした。

 粘液は見た目とは裏腹に素早く動いた。魔物の顔にべっとりと取り憑き、もがく魔物の口から体内に侵入していく。

 

 やがて魔物はもがくのをやめて起き上がった。

 

 魔物は仲間達のところへ歩んでいく。

 

 

 その歩みに淀みはなく、先ほどまで四足歩行だったとは思えないほど、綺麗な二足歩行だった。

 

 

 

124.イベント「Happy unbirthday eve」1

 

 イベントも三日目。

 

 時刻は5:59。

 

 今日も青竜の竜巻は元気に南エリアで渦巻いている。

 青竜は破壊活動に関して極めて積極的であり、討滅クエストの竜を思い起こさせるほどであった。

 壊している途中や壊し尽くした後に、下卑た笑い声がかすかに聞こえてきたのも二日目で幻聴ではないことがわかった。完全に青竜は破壊を楽しんでいる。

 

 6:00になり本日のエリア破壊戦が始まった。

 前二日と同様に竜巻がエリアを横断すべく北進していく。

 しかし、その進みが急に止まる。

 

「……奇妙な神気反応が」

「本当ですね。北でしょうか」

 

 魔力感知組のウィルとモルモーも呟いた。

 ウィルは神気反応を受けて気づく受動型だが、モルモーは別の方式で魔力を探知できる。

 受動型で感知してから、能動的に位置を探るといった芸当も可能であり、いろいろと汎用性が高い。

 

 モニター内の景色がぐるりと回るが、北エリアは遠いのでよく見えない。間に帝都もある。

 そのままぐるりと回ったところで木村は異常に気づいた。

 

「待って。止めて。さっきのところ」

「空に何かあったね」

 

 木村以外も気づいていた。

 映像が戻ると、ちょうど空から高速で何かが地面に落ちたところだった。場所は北ではなく西エリアだ。

 

「……隕石?」

 

 木村も落ちたところを見たのは初めてだった。

 映画とかではあるのだが、木村の見た映画での隕石は地球を破壊する規模の隕石である。

 映像の切り替わりで空に浮かんでいたときは点のようであったが、空に見えたと思ったら一瞬で落ちてきてしまう。

 遠くてはっきり見えないが、地上に落ちた後も津波や地震も起きることはない。

 石が落ちた。終わり。それだけである。

 

「魔力の反応は?」

「北エリアのものは消えました。西エリアのものは微かに残っている程度ですね」

 

 反応が隕石だったとすれば、北エリアの上空から西エリアに落ちたということかと木村は推測した。

 しかし、空に点として浮かんで見えたのは西側だったので推測とは一致しない。

 

「行ってみましょう」

 

 現時点でできることはそれだけだ。

 南エリアに鶏はいるが、言葉も通じず、まともな戦力として期待はできない。

 西エリアの微少な魔力を持つ隕石と、北エリアから探知された反応を確認することにする。

 

 青竜の竜巻も異常を感知した西エリアと北エリアにそれぞれ向かっている。

 竜巻は速度もそれなりだが高速というほどではない。カクレガの方が断然速いので先に行って確認することは容易である。

 

 反対意見もなく、カクレガは西エリアに舵を切った。

 

 

 

 木村たちは西エリアで隕石を確認できた。

 

 すでに大気との摩擦で生じていた熱は失われ、ボーリング玉程度の黒っぽい石が転がっている。

 穴が空いているが、中は空洞で何も入っていない。空っぽ。

 これだけならここで解散である。

 

「隕石が亡霊だ」

 

 隕石自体が亡霊仕様であった。

 城や兵士、あるいは西エリアの魔物たちと同様に石は半透明だ。

 この隕石が現時点で起きた異変ではなく、過去の時点で起きた出来事を示すものである。

 

「変なのがいるね」

 

 歩く鬼婆ことリコリスが木村たちとは違う方角を見て告げた。

 彼女の視線の先には一体の魔物がいる。

 

 西エリアには魔物が多い。

 ゴブリンのような小さなものから、四足歩行の犬っぽい獣、大きめの毛虫らしきもの、目が三つの烏とまるで低レベル迷宮の坩堝のようである。

 しかも魔法を使ってくる個体もおらず、本当にゲーム初期のエリアのようであった。

 

 多様な魔物はいても特徴がある。

 群れる魔物と群れない魔物。また、同型魔物には類似の特徴があるという点。

 ゴブリンや犬っぽい獣は群れ、毛虫や烏はさほど群れない。さらに同型の魔物は大きさや強さ、色合いに個体差はあれど、特徴はほぼ一致する。

 

 その西エリアにおいて異様な魔物がいた。

 犬型の魔物の群れから一体だけ離れた個体が木村たちの視線の先にいた。

 その犬型魔物はまるでファンタジーアニメのように後ろ足の二本で地上に立つ。

 木村たちが直立する犬型魔物を見つめているように、その魔物も木村たちを見つめていた。

 

「セイメイタイ、ゲンゴ、チノウ、ブンメイ」

「……喋った」

 

 犬の魔物が喋った。

 木村も驚いた。発した言葉はカタコトだが意味はわかる。

 

「生命体、言語、知能、文明?」

 

 木村が犬の魔物の言葉を繰り返す。

 犬の魔物が目と口を開き、驚いたような表情を作った。

 木村や犬の魔物だけでなく周囲のキャラたちも驚いている。

 その驚きは犬ではなく、木村に向いていた。フルゴウルが思い出して呟く。

 

「……この現象は、以前にも見たね」

「え? 何がです?」

 

 木村が仲間達を見るが、仲間達は魔物を注視しつつ木村の疑問に答えた。

 

「私には先ほどの獣の唸りは声に聞こえなかった」

「僕もですね。デモナス地域の住人の時と同じです。キィムラァ、あなただけがあの魔物の唸りを言葉として認識しています」

 

 リコリスはどうかと木村は見たが、彼女は反応を示さない。

 すでに手に炎刀を出して攻撃する準備をしている。

 

「こちらの言葉がわかりますか?」

「リカイ、モトム、コウシン」

「わかりました。話をしましょう」

「ショウダク」

「話をすることになったから武器を下ろして」

「位置はこのままで話しな」

 

 リコリスの言葉を受けて、木村は犬の魔物にその旨を伝えた。

 犬の魔物も是と返し、話し合いになる。距離はそのままだが、すでに武器は構えていない。

 

 カタコトで話しづらいが、魔物が伝えたいことは木村も理解できた。

 理解はできたが、その理解に常識が付いていかない。

 

「つまり、貴方は宇宙人だということですね」

「イナ、ヒトデハナイ」

「えっと、宇宙生命体?」

「フタシカ、ソノタンゴ、ゼンセイブツガイトウ」

 

 木村もわずかに考えたが、すぐに「あー」と頷く。

 彼は外の星から来た文明の生物という意味で「宇宙生命体」と言ったつもりだったが、「宇宙生命体」という単語だけを見れば宇宙にいる生物で有り、宇宙にいる生物全てということになるという話だ。

 翻訳がうまくいっていないのか、この生命体が言葉に厳しいだけなのか木村は判断がつかない。

 

 話をかいつまむと、彼あるいは彼女の星が滅びかけたから宇宙船で脱出して宇宙を彷徨い、この星にたどりついたようだ。

 聞いたことのない星から、主の存続という木村の理解を超えた目的のため、途方もない時間をかけて、この星にやってきた宇宙人が目の前にいた。

 

 木村は珍しくガチャ以外で興奮している。

 魔法の蔓延る世界にやってきて、大なり小なり驚きの連続だったが、最近は「魔法だから」で慣れてきていた。

 

 ところがこの宇宙人は別枠だ。

 魔法的な要素もあるのだろうが、木村の世界とも繋がっている部分を感じる。

 限りなく非現実的にもかかわらず現実に存在しうるであろう存在がいて、言葉を交わしている。

 

 しかも現状では木村だけが彼と言葉が交わすことができる。

 希少かつ特別という状況に彼は満たされていた。

 ある意味で限定ガチャに似ている。

 

「キィムラァ、そろそろ」

 

 竜巻が迫っている。

 カクレガに避難する時間だ。

 貴重な存在を竜巻の餌食にするわけにもいかない。

 

「どうぞカクレガに入ってください」

 

 木村はカクレガで宇宙人を匿うことに決めた。

 リコリスがやや嫌な顔をしたように見せたのは木村の勘違いではないだろう。

 彼女が反対なのはわかっていた。ただ、今回は彼女だけでなくウィルやフルゴウルも反対の様子なのが木村には意外だった。

 

「残念だが、今回のゲストはカクレガに入れないぞ」

 

 おっさんは無慈悲である。

 事務的に感じさせる言葉で入船を拒否する。

 システム的に入れないなら仕方ない。助けられるキャラもいない。

 

 宇宙人を一人置いて、木村たちはカクレガに戻った。

 

 

 宇宙人は竜巻から逃げたが、やはり為す術なく飲み込まれた。

 

 途中で二足から四足歩行になって逃げたのは、やはり元となった生物の特徴によるものだろう。

 彼らは生物に取り憑き、内部から体を操り支配するようである。

 

 木村もカクレガに戻り、徐々に冷静さが戻ってきた。

 どう考えても危険生物だ。元の人格は乗っ取られるので完全に支配である。

 SF映画なら完全に悪い敵対者であり、主人公の身近な存在か政府関係者を乗っ取って地球を侵略するべく暗躍する輩だ。

 リコリスだけでなくウィルやフルゴウルが反対なのも当然だ。しかも、見た目が魔物で言葉は木村だけしか通じない。そりゃ入れさせられない。

 

「……宇宙人。宇宙人かぁ」

 

 木村の無意味な呟きがブリッジに溶けていく。

 ウィルとフルゴウルはデモナス地域の住民が、先ほどの存在の子孫ではないかと議論していた。

 彼らの血の色は緑色だったと木村も記憶している。ゲイルスコグルと尻尾鎧に虐殺された時に見た光景が頭にまだこびりついている。

 

 ヒトの血が赤いのは、赤血球中のヘモグロビンが酸素と結合して赤になるからだったはずだ。生物で習った。

 生物の教師は青い血にも言及していた。カブトガニの血は青いらしい。銅を含む色素たんぱく質によるものだっただろうか。

 しかも、このカブトガニの青い血は、細菌の毒素を検出する唯一の天然資源として重宝されているだったか。

 それでは緑色の血には、何が含まれていて、どのような効果があるのだろうか?

 

 緑といえば、本イベントの西エリアのゲージも緑色だ。

 そのゲージが三日目にしてようやく減った。西エリアのキーマンは宇宙人で確定した。

 

 木村は血とゲージの色で連想していたが、ウィルやフルゴウルは魔力的な観点で話をしている。

 魔力的な要素以外として、彼らの言語を木村だけが理解できていたという点も重要なファクターだと彼らは話す。

 木村はデモナス地域の住民の起源論にはさほど興味が湧いていない。思い出したくないカテゴリーに入っているので議論には参加しない。

 

 木村は今回のイベントに関する見方がやや固まりつつあることを自覚していた。

 本イベントは、今までのイベントよりもゲーム的な要素が大きい。エリアに分かれている点、各エリアにHPらしきゲージがある点、それに日ごとにリセットされる点と挙げられる。

 さらにいえばシナリオが希薄だ。今のところストーリーの主要キャラは出てきていない。戦犯の博士もいまだに木村たちは出会えていない。全てがこの異世界の人物あるいは生命体だけで構成されている。

 

 そして、木村が今回一番に感じていることは魔法的な要素よりも科学的な要素が強いということだ。

 科学というより科学的空想――SFの要素が大きい。

 

 本イベントの元凶となったタイムマシン。

 東エリアに満ちる水銀の海。

 南エリアから各エリアを蹂躙する超巨大竜巻。

 西エリアに落ちた隕石とそこから現れた宇宙人。

 ……とそれぞれが一冊の本の主題になるテーマにもなりうる。

 

 北エリアのアンデッドは、SFよりもホラーに該当しそうではあるが死者の蘇りという点ではSFと言えなくもない。

 フランケンシュタインも怪奇小説寄りのSFなので間違ってはいないだろう。

 

 もちろん前面に出ているものがSFに見えるというだけで、それを司るものが魔法なのでけっきょく魔法だとは木村理解している。

 それでもSFらしさという共通点を感じた木村は帝都の三エリアに関してもSF要素があるのではないかと期待し始めた。

 ロボットものはないはずだ。機械要素は異世界の過去という点でそぐわない。もしも出たとすれば例の博士が担うべきところである。

 ロストフューチャー、深海世界といろいろ考えたところで木村は「SFってそもそも何だっけ」と頭がこんがらがってしまった。

 サイエンスフィクションが元のはずだが、サイエンスファンタジーになりつつある。しまいには少し不思議とか言われる始末だ。

 もはや何でもありではないか、とまで考えてしまい、妄想から離れて現実を見ることにしたのである。

 

 次に向かうのは北エリア。

 もう少しで先日アンデッドを浄化した地点に到着する。

 

「……あれ?」

 

 木村が北エリアのゲージをなにげなしに見ると、ゲージが微増していた。

 今もミリ単位なのだが、細線から太線に見えるくらいにゲージが増している。錯覚だと言われれば納得してしまう程度である。

 

 

 カクレガは北エリアの墓地にたどりつき、木村たちも変化に気づいた。

 浄化したアンデッドが復活しているのは知っていたのだが、そのアンデッドの近くに見慣れぬ物体があった。

 明らかにこの世界のものではない機械的なパーツが地面に散らばっている。換気扇のファンのようなものから、モーターらしき軸を持ったもの、線が通っていそうな管と様々だ。

 

 変化のその二として、落ちている部品を集めている存在がいる。

 例のアンデッドではなく、別の存在が複数いた。見るからに骸骨であり、骸骨以外に形容できない。

 

「屍者を使役してるね」

 

 リコリスの言葉は短く重い。

 彼女の目つきが敵を見るそれだったので、木村はそっと彼女から目を逸らす。

 木村も異世界でアンデッド系のモンスターは何度か見たが、ここまで立派な骸骨は見たことがない。

 ゲームからそのまま持ってきたような骸骨(スケルトン)である。しかも複数いる。小学校の理科室にあった埃を被った骨格標本を思い出してしまう。

 それらの骸骨を例のアンデッドが指示して、操っているように見える。

 

「埋めています」

 

 地面に大きな穴が空いており、その穴に例のスケルトンが地面から拾ったパーツを入れていた。

 見ていても仕方がないので木村たちも見に行くことにする。

 

 

 リコリス、ウィル、フルゴウル、ペイラーフを連れてカクレガから出た。

 

 例のアンデッドはすぐに木村たちに気づいたが、興味なさげに顔を背け、パーツの埋没作業に戻る。

 相手に前回のような警戒心はない。周囲の骸骨も木村たちに興味を示さない。

 

 リコリスは戦闘態勢だが、他の三人に戦闘の意志はない。

 リコリスはフルゴウルをトリキルティスにしようとしていたが、あまりにも武力的メンバー過ぎたので木村が替えた。

 木村はペイラーフを会話要員と考えているが、リコリスはアンデッド抹殺要員と考えている点に大きな違いがある。

 

「戦闘なら後にしろ。竜巻が来る前にやらなければならないことがある」

 

 木村が声をかけるよりも前に、アンデッドの方が木村たちに告げた。

 アンデッドは顔を木村たちに見せることもなく、ただ穴の中を見ている。

 

「以前は、その、なんというかすみません」

 

 とりあえず木村は謝罪を述べる。

 いきなりの戦闘で、しかも助けるところから浄化してトドメを刺してしまった。

 

「……この瓦礫はいったい?」

「知らん。お前らではないのか? いきなり現れて爆散した。中にいた女も死んだぞ。今は埋葬の最中だ」

 

 木村たちは顔を見合わせる。

 機械が何かは木村もおぼろげに把握できる。

 タイムマシンだ。しかし、中にいたのが女性というのはわからない。

 

「その女性がソケット博士ではないかな?」

「男性だと思っていましたが、女性ということですか」

「性別は言及されていなかったはずだよ」

 

 木村は思い起こすが、確かにソケット博士の性別について書かれていなかった。

 勝手に男性だと考えていたが、女性の可能性もあり得る。

 しかし、別の可能性もある。

 

「あるいは助手のナットが女性だったかだ」

 

 木村も頷く。

 この機械がタイムマシンなら、中にいたのはソケット博士と助手のナットだ。

 

「もう一人いませんでしたか?」

「一人だけだ。最期に少しだけ声を発していた。言葉は通じなかったが、夢半ばだったな」

「夢半ば? どういうことです?」

「あの女は瀕死だったが、声に情熱があった。その目はすでに光を映さずともしかと未来を向いていた。――夢を追いかける者の眼差しだ。せめて弔いくらいはすべきだろう」

 

 木村は言葉が出なかった。

 その女性がソケット博士か助手のナットかはやはりわからない。

 今は目の前のアンデッドの言葉が、あまりにもアンデッドらしくない言葉で理解が追いついていなかった。

 

「屍者が夢を語るとはね。偉くなったもんだよ。その女もあんたが操れば良いんじゃないかい? こいつらみたいに」

 

 リコリスが尋ねた。尋ねるというよりは皮肉であった。敵を前にして手よりも口が先に出ることは珍しい。

 フルゴウルがちらりとリコリスを見たが、彼女の視線は誰も気づかなかった。

 

「俺はこいつらを操っていない。こいつらが勝手にここへやってきたから、手をかしてもらっているだけだ。それと――」

 

 そこまで言って、アンデッドはようやく木村たちへと振り返った。

 彼はリコリスへと視線を向けた。その視線に恐れはない。堂々と彼女に対峙している。

 

「なるほど。俺はお前の言うところの屍者に違いない。リッチとも呼ばれるな。屍者が偉そうに語らせてもらおう。俺は先日、お前らに消された。昨日、一昨日は竜巻に消し飛ばされた。しかし、俺はまだここに立っている。なぜかわかるか? 俺はここで消える定めではないということだ。俺には夢がある。その夢が成就するまで俺は消えない。屍者ですら夢がある。お前らに夢があるのか?」

 

 木村にはアンデッドの理屈がわからなかった。

 なぜ夢があると消えないのか。根性論かこじつけだ。

 夢を尋ねられたが、夢の有無がいったい何だというのか。

 性能厨に寄っている木村からは、遠い考えの持ち主であった。

 

「私もこのような姿だが夢はあるよ」

 

 フルゴウルが場を和ませるように発言した。

 やや緊張が緩んだように思える。

 

 カクレガでも考えの遠い持ち主は多くいる。

 ここにいるパーティーですら木村とは遠い考えの持ち主だ。

 彼らの根底にある意思と、彼らの能力・為し得ることは切り離して判断すべきと木村もわかっている。

 

「とりあえず夢の話はいったん置きましょう。亡くなった女性が博士か助手かもひとまず後回しです。おっさん、この壊れたタイムマシンはカクレガで直せそう?」

「無理だぞ」

 

 埋められつつあったタイムマシンをカクレガの製造室で直そうと考えていたが、おっさんはあっさりと不可能と断定した。

 博士の死体はすでに土にまみれて見えず、掘り返すほどのメリットがあるとも木村には思えない。

 そうであれば埋められた博士と埋没しつつあるタイムマシンはもう考える必要がない。

 目の前のアンデッドが戦っている姿は昨日もモニターで見た。

 彼を戦力として取り込む方が優先順位で上となった。

 

「先日は状況が状況だったので改めて提案させていただきます。あなたはあの竜巻と戦っていましたよね。僕たちもどうにかしてあの竜巻の中にいる存在を倒したいと思っています。先日の遺恨もあるでしょうが、ひとまず竜巻の主を倒すまでは手を組みませんか。僕たちからは情報の提供と、あなたが言われていた人間二人の保護を提示できます」

 

 リコリスの背中から剣呑な雰囲気を木村は感じたが、手を組む点に関しては妥協できない。

 西エリアの宇宙生命体は意思疎通こそできたが戦力になり得ず、対竜巻には現状で無力と言える。

 このアンデッドの戦力も竜巻と比べれば無視できる程度のものだとしても、手数は可能な限り増やしておきたい。

 

 それに木村はおそらくこのアンデッドは反対しないと考えている。先ほども「人間二人の保護」の部分で表情がやや動いた。彼は一緒に転移されたと考えられる人間に固執している。

 タイムマシンで死んでいった博士(もしくは助手)を見た直後なら、その人間二人の安否はことさら不安視されるだろう。

 

「人間二人の保護が約束されるなら、俺も手を組むことに異存はない」

 

 やや時間を置いてからアンデッドは答えた。

 木村もほっと息をつく。

 

「それではさっそく説明をさせてもらいます」

 

 竜巻はまだこちらに来る気配がない。

 今は帝都エリアを絶賛蹂躙中だ。

 

 あの竜巻が襲う優先順位は、対象の数で決まっているようである。

 西エリアや帝都エリアは優先的に狙われており、遠くて過疎な北エリアと水銀だけの東エリアは後回しにされている。

 現在進行形で竜巻に消し飛ばされている亡霊諸氏には申し訳ないとわずかに思いつつも、木村はこの時間猶予を有効に活用してアンデッドに説明することにした。

 なお、ペイラーフはお役御免とさっさとカクレガに帰った。

 

 説明を開始したが、その最初で詰まった。まだ自己紹介部分である。

 木村たちが簡単に自己紹介したところで、アンデッドが口を開いて固まったのだ。

 

「俺の名前は……」

 

 アンデッドとは思えないほど堂々と動いていた口がここで止まる。

 木村たちも待ってみたが、なかなか続きが出てこない。

 

「えっと、お名前は?」

「――そうだ。こういうときのために作っておいたのだ」

 

 アンデッドはローブの中をまさぐり始めたが、右手がごそごそ、左手がごそごそと動き、首もかしげている。

 アンデッドの手が動くたびにリコリスが警戒するので互いに気が気ではない。

 

「俺の名前だが、思い出せない。よくあることだ。どうやら作ったばかりの名札もどこかへ行ったな。せっかく骨に刻み込んでおいたんだが……。どちらにせよ本名で呼ぶ奴は少ない。『リッチ』と呼んでくれ。そう呼ぶ奴の方が圧倒的に多い」

 

 リッチは名前じゃなくて種族名だろ、と木村は感じた。

 しかもリッチという種族に、木村は良い印象を持っていない。

 存在が悪という意味の悪印象ではなく、強さとして悪い印象ばかりが先立つ。

 

 リッチはゲームや漫画では圧倒的に噛ませ犬ポジションだ。

 序盤、中盤くらいの墓場やダンジョン、街にいきなり出てきて、「なぜこんなところにリッチが!」と驚かれている。

 このときにリッチがどれだけやばい存在かを、遭遇者がひたすら解説してやられる。

 やれ死者の王だ、やれ大魔道士のなれの果て、やれ死を越えた賢者だ、と。

 解説してる暇があればさっさと逃げろよ。

 

 そして、その後に主人公が出てきて「あれ? またオレ何かやっちゃいました?」とあっさりリッチはやられてしまう。

 悲しいくらいに噛ませ犬ポジションが異世界ものの定番である。

 

 しかも目の前のリッチは自らの名前を忘れて、骨を備忘録代わりにしていたようだ。

 夢があることを語るよりも名前を覚えるところが先ではないのか。

 木村も不安になってきた。手を組むのは失敗だったかと。

 

「リッチさんが先日使った魔法はいったい何だったのでしょうか?」

 

 黙っていた木村の横からウィルが乗り出してきた。

 おっさんに尋ねたが、明確な返答をもらえずやきもきしていたのである。

 

「闇魔法だ」

「はい? 闇の神聖術?」

 

 ウィルも疑問符で返す。木村も知っている単語だった。

 過去に王都で見た。不変だか不偏で干渉できなくなる無敵技だった。

 何ならアコニトが闇竜から加護をもらって、半端だが使うことができている。

 意識の世界を作って、別世界へ隔離するだったはずだ。闇の同化と呼ばれていたはずである。

 

「もしかして闇で竜巻を消すこともできるんですか」

「闇で竜巻は消せんだろ」

 

 「何を言ってるんだ」という口調で返された。

 木村も首をかしげるし、ウィルもよくわからず停止している。

 

「見せてもらえばいいんじゃないかな」

 

 フルゴウルが提案する。

 リコリスが嫌そうな顔をしたが、口にはしない。

 やるならさっさとやれ、というように顎だけでリッチに示す。

 手にはしっかり炎刀を出しているので、協力体制もあってないようなものだ。

 

「まず、これが闇の最高位」

 

 リッチが口にするが、特に変化は見えない。

 ウィルとフルゴウルはわかったようで頷いた。

 

「すり抜けですね。それはわかります」

 

 木村もウィルにやってもらったことがある。

 超短時間の回避技だ。

 

「闇の高位」

 

 リッチが手を伸ばすとそこから真っ黒の剣が伸びた。しかも形状が斧になったり、手だけでなく体の一部から複数出すこともできている。

 これには「おお」と木村も唸る。これこそ木村の考えていた闇魔法に近い。

 ウィルも不思議なものを見るようであった。

 

「闇の中位」

 

 リッチから離れたところに犬の魔物が出てきた。

 真っ黒で獰猛なフォルムだ。それが意思を持ったように動いている。

 リコリスを刺激しないよう、闇の犬たちは木村たちから離れるように走って行く。

 これには木村も「おぉ」と唸りから声に変わった。

 

「最後に闇の低位だ」

 

 リッチの目の前に闇の小さな玉が現れる。

 これは木村も前に見た。すぐに腕を斬られてしまったいたのでどういった魔法かはわからない。

 

 今回、リッチは闇の小さな玉を直接握らなかった。

 闇の玉が地面にズプリと音もなく沈み、黒の水たまりを作ってそれがリッチの足下に広がる。

 その黒い闇がリッチに這い上がって取り憑いた。ボロボロのローブがさらに黒くなっていかにも闇の魔法使いという印象になる。

 

「少し飛ぶぞ」

 

 リッチの体がふわりと浮かんだ。

 木村はわかりやすくすごかったので楽しんでいるが、ウィルは絶句している。

 

「あの辺りに転移する」

 

 リッチの姿がフッと消え、一秒足らずでリッチが指で示していた地点からリッチが現れる。

 スッと現れるというよりWebで画像を読み込んだように、頭から徐々に体へと下に出てきていた。

 

「すごい!」

 

 木村は心からの賞賛を送った。

 前回も見たが、あの時はリコリスの恐さが勝り、素直にリッチの技を見ることはできなかった。

 

 特にこの転移は便利そうだ。

 青竜の竜巻の壁をこれで越えられるのではないかと考える。

 さほど期待していなかった反動もあり、打開策が一気に湧き上がり、木村は自らの認識を改めていく。

 

 しかも、リッチは転移してからも雷や氷といった魔法を見せてきた。これはウィルやシエイもできるのでさほど木村は驚きがない。

 しかしウィルやフルゴウルが驚いているように見えた。心なしかおっさんもやや興味深そうである。

 

「こんなところだな。もう一つあるのだが、特殊な状況でないと使えん。今は無理だ」

 

 リッチがすたすたと歩いて戻ってくる。

 木村は両手を叩いて彼を迎えた。

 

「すみません。闇魔法を見くびってました。すごかったです、とても」

 

 木村は正直に感想を述べる。

 最後の雷と氷は別魔法だろうが、飛行と転移だけでも便利すぎる。

 高位と中位もザ・闇魔法という見た目で木村は満足している。手を組んだのは間違いではなかった、と。

 

 リッチも木村の素直な賛辞に、まんざらでもないようで表情を緩めていた。

 一方でカクレガの魔法考証組は表情を硬くしている。リコリスは相変わらずの仏頂面だ。

 

「これは……、闇ではないのでは?」

「私も初めて見るものだった」

 

 両者も疑問が顔に浮かんでいる。

 フルゴウルの初めて見るものは木村でもまだわかる。

 

「どういった構築をされていますか?」

「構築?」

「はい。無詠唱で術を展開しているのであれば、魔法領域で術式の構築をされているでしょう。その構築がどういったものかを知りたいのです」

「言っている意味がさっぱりわからん。頭の中で詠唱しているだけだ」

「……はい?」

〈闇よ。獣となりて野を走れ〉

 

 リッチが呟いた。

 闇の獣が湧き出て、墓地を走って行く。

 やがて黒い犬は影のように地面に溶けて消えてしまった。

 

「今の詠唱を頭の中で唱えると発動する」

「…………はい?」

「うん?」

 

 ウィルは混乱している。

 リッチも言われている意味がわからない。

 

「中位と高位は不明だが、低位はウィルくんや巫女殿がやっているものと同じ類いのものだね。自らへのエンチャントだろう。何を付与して、なぜあの現象が起きているのかが不明だが」

「自らに闇を付与して、『こうしたい』と願ったらそれが実現される。なぜ起きるかは知らないが、そういうものだろう?」

 

 フルゴウルも言葉を失った。

 木村も珍しい展開に面白みを感じている。

 思考が体育会系だと考えていたが、どうやら魔法も体育会系らしい。

 なせばなる。なぜなるかは知らないがなるものはなるから後はどうでも良い。魔法部分の思考は木村も近い。

 「魔法は魔法だから発動する、そんなものだろ」というくらいの気軽な考え方が彼は好ましい。

 ウィルはあまりにも魔法考証が多すぎる。

 

「つまり、その状態のあんたが相手に『俺の言葉に従え』と願えば、相手を言葉で操れるのかい?」

 

 リコリスが静かに尋ねた。

 あまりにも感情の抑揚を感じさせない質問に場が張り詰めた。

 運命の選択とも言える質問だった。全員の視線がリッチに向けられる。

 

「――そうだ。俺が願えばそうなる」

 

 リッチは一切の言い訳もなく肯定した。

 

「そうかい」

 

 リコリスが動き、その手には炎刀が出ていた。

 けっきょくこうなるのかと今度は木村が言葉を失った。

 

「だが、俺がそう願うことはない。なぜかわかるか?」

 

 リコリスの炎刃はすでにリッチの喉元まで迫り止まっている。

 もしも今の発言が命令に属するものであれば、リコリスも操られた可能性があった。

 その場合は、すぐさま対抗魔法が発動され彼女は正気に戻り、リッチの首はあえなく飛んでいたであろう。

 

「人の行動は己から湧き出たものでなければ意味がない。それを湧きだたせるのがたとえ他人であったとしても、そこにはお前のような圧倒的な強さ、あるいは言葉を体現すべき行動といったものが必須だろう。意志という源泉を欠いた行動を強いるのは俺の哲学に反する。相手がそも無価値な存在であれば別だろうが、少なくともそちらとは協力体制にあり、そのうち一人は夢を持っていると言った。俺が言葉一つで気軽に操って良い存在ではない」

 

 リッチは途中でフルゴウルを見て言った。

 フルゴウルも軽く頷き、「そのようですよ」とリコリスをなだめる。

 ちなみに、言われたフルゴウルその人は、言葉一つで他人を操る人種なので価値観の違いを感じていた。

 

 リコリスも「ふん」と声が聞こえてきそうな仕草で炎刃を納め、足を退かせる。

 後退する途中で一言だけ述べるにとどまった。

 

「屍人が夢なんてもつべきじゃないね」

 

 その言葉はリッチに言ったというより、彼女自身に言い聞かせているように感じた。

 リコリスが木村のすぐ近くまで戻ってくる。油断こそしないが、いちおう協力関係とはみなしたようである。

 

 

 こうして、いくつかの悶着を超えて北エリア――リッチとの協力体制ができあがった。

 

 青竜の竜巻は帝都を壊滅させ、北エリアへと迫っている。

 

 

 

125.イベント「Happy unbirthday eve」2

 

 竜巻が帝都エリアを破壊し終わった。

 

 西エリアもすでに片付いているので、残るは北と東である。

 東エリアの水銀はすでに地中へと引っ込んでいるので、実質は北のみとも言える。

 

 木村たちも北エリアで待ち構える。

 リッチという仲間も加わり、できることは増えた。

 作戦も決定している。リッチで仲間を竜巻の内側に転移してもらい攻撃をしかける。

 

 なお、この突入作戦にリッチは付いてこない。

 本人の言によれば、「俺は墓地から移動できない」ということらしい。

 リコリスに疑われ、力づくで墓地の外側へと引きずられていたが、フルゴウルとウィルがリッチの存在にブレを感知したので嘘ではないようだ。

 

 

 時が来た。

 

「飛ばすぞ!」

 

 竜巻の轟音が近づくなかでリッチが叫ぶ。

 木村はおっさんに危険だと促されカクレガのブリッジから様子を見ている。

 作戦メンバーはリコリス、トリキルティス、ウィル、フルゴウル。アコニトがいない中では最強メンバーだ。

 

 四人の姿がフッと消えた。

 転移はされたらしい。

 

 転移直後にフルゴウルが筺で全員を包み、一時的に防御。

 ウィルが魔法で青竜本体を攻撃し、トリキルティスがリコリスを連れて飛び、二人がかり青竜に斬りかかる。

 

 竜巻の内側のため様子は見えないが、木村はすぐに駄目だったとわかった。

 赤い炎がチラリと見えたが、すぐに消え去ってしまう。

 

「全員やられたよ」

 

 ケルピィも教えてくれる。

 一瞬だけ止まった竜巻もまた動き始める。

 リッチも抵抗を見せたが焼け石に水。まるで効き目がない。

 墓地間の移動は転移でできるようだが、墓地から外に逃げることはできず、墓地ごと竜巻で消され、リッチは消え去った。

 

 他のエリアもすでに壊すものはない。

 青竜の笑い声がまたしても聞こえてくる。

 

「やられたね」

 

 ケルピィの言うとおりだ。青竜の一人勝ち。

 本日のエリア戦は終了した。

 

「それじゃあ、さっそく移動するね」

 

 だが、終了したのはエリア戦だ。

 まだ明日の準備が残っている。これなら今日のエリア戦が終了してもできる。

 

 後ろ向きなことに、木村たちは今日は青竜に勝てると考えていない。

 青竜を直接見たわけではないが、青竜本体も帝都や西エリアの存在と同様に霊体の可能性がある。

 霊体であれば木村たちの攻撃はほぼ効かない。今日の戦闘目的は撃破というより、青竜本体と竜巻突破の実現性確認が大きい。もちろん撃破できれば御の字だ。

 

「じゃあ、先にペイラーフのところに行ってきます。その後でモルモーのところに」

「はーい。こっちはエリアの選定をしとくね」

「おねがいします」

 

 青竜との戦闘前にすでに仲間やリッチとは話をしている。

 今日はともかく、明日以降の戦いをまともなものに進めるために何をするべきかだ。

 

 上がった策は二つ。

 一つ目は攻撃が通るようにするということ。

 青竜だけでなく他のエリアも、みな霊体で木村たちの攻撃が通らない。

 あの霊体たちへの攻撃方法として、リッチから案が出た。彼のいた時代にも霊体に似た存在がいたようだ。

 霊体への攻撃として常世魔草を煎じて飲むことが有効だと話していた。その常世魔草もローブの中にわずかだが持っていたようである。

 何でも冒険者の仲間と組んで挑む時に必要だったようだ。問題はこの草がわずか数本しかない。この量では一人分すら怪しい。

 

 できることとしてはこの植物自体を増やすか、似た効果のアイテムを見つけるかだ。

 園でどうにかして増やせないかをペイラーフに相談する。以前に、珍しい植物を採取して増やしていた。

 カクレガの機能で園にはそういった特殊な機能があるらしい。一時期はこの効果で高価な花の密造を考えていたが、そういったものはブームを起こしてからでないと効果が見込めないと知ってやめた。

 似た効果のアイテム探しはモルモーに頼む。どうせ暇そうにしているので鑑定を手伝わせ、アイテム作成あるいは合成で汎用性が高いものにできないか調べてもらう。

 

「おかえりー。選定は終わったよ」

 

 木村はペイラーフとモルモーに頼み込み、ブリッジに戻ってきた。

 中央のデスクには選定されたエリアが映っている。

 

 やるべきことその二がこのエリア選定であった。

 エリアというのは墓地にできそうな帝都のエリアである。特に南側だ。

 リッチが墓場から移動できないというので、移動できるための墓場を増やすことが目的である。

 現在の北エリアからでは南エリアの竜巻内部へのピンポイント転移が難しい。できるだけ距離を詰めておく。

 さらに墓地が増えれば増えるほど彼の力は増すようである。出力も上がり、竜巻自体に干渉できる可能性も増す。

 今のうちに帝都の南側に転移できる墓地を作ることで、明日は作戦開始直後に南エリア近くまで転移でき、帝都を阻止できることもできうる。

 

「二人ともできるとは言いませんでした」

「こっちも選定はしたけど、竜巻で瓦礫が飛ばされてて難しいかも」

 

 どちらも良い結果ではなかった。

 ペイラーフとモルモーは両者とも明確な回答はしてくれなかった。

 植物のサンプルが少なすぎる。増やすにしろ日数もない。似たようなものも見つかるかどうか不明だ。

 墓地の作成も青竜の視界に入らないよう作る必要があり、墓地を作るための墓石や柵とすべき物も竜巻で飛ばされている。

 

 前途多難であった。

 仲間達が復活してから木村は話をしたが、先行きは不透明だ。

 仮に墓地らしきものを作ったとしても、それが有効かどうかは明日の朝にリッチが墓地エリアとともに復活するまでわからない。

 

 それでも木村たちは行動を始めた。

 

 三日目の終わりに木村はブリッジのボードで現状を確認した。

 

 

☆ 三日目のゲージ変化と概要

 

 王城:60%⇒40% 青竜の竜巻により壊滅

 広場:60%⇒40% 青竜の竜巻により壊滅

 貧困:60%⇒40% 青竜の竜巻により壊滅

 北墓:1%⇒3%? 青竜により壊滅 骸骨が増えた

 東銀:95%⇒95% 変化なし

 南竜:100%⇒100% 変化なし

 西緑:100%⇒80% 青竜の竜巻により壊滅

 

 

 

 

 四日目が始まった。

 

 木村たちは貧困街エリアにいた。

 帝都の中で比較的竜巻の被害が少ないのが貧困街エリアだったためだ。

 最初から貧困街はボロボロのため、壊しがいがなく青竜が竜巻で襲う数が少なかったのだろう。

 

 王都に元からあった瓦礫をしようして墓地らしきエリアは作ったのだが、果たしてこれでいいのか木村たちも不安であった。

 瓦礫を比較的大きく長方形に並べて、墓石の代わりにこれまた石をぽつぽつと置いただけだ。いちおう木村も帝都で討滅クエストにやられた人たちに向けての気持ちは込めたが、気持ちを込めただけで墓と認められるかは怪しい。

 とりあえずこれでうまくいっているならリッチが転移でやってくる手はずだ。

 駄目なら木村たちが北エリアに行くことになる。

 

 今は壊された景色が戻る最中である。

 再構築の様子を地上で見ていた。

 

 メンバーはウィル、フルゴウルと少なめだ。

 どうにもリコリスとトリキルティスはリッチと相性が悪いので留守番してもらっている。

 戦闘も今日のところは予定していないので問題ないと判断した。

 

「あ、すごい。神気量が本当に増えてますね」

 

 一番最初に気づいたのはウィルだ。

 6時になってすぐ呟く。呟きの後ですぐにリッチが木村たちの作った墓地もどきに飛んできた。

 

「成功したようだな」

「驚きました。本当にこれで良いんですね」

「すでに完成されたダンジョンを侵蝕しなければ判定はかなり緩い。形だけ整えてもいける。それに周囲の人間が墓地だと考えればさらに緩くなる」

 

 木村だけでなく、他も「はぁ」と返すだけだ。

 墓地の判定にはさほど興味がない。ウィルは気になっていた方だけ尋ねた。

 

「本当に神気量が増えていますが、どういう理屈ですか?」

「俺も知らん。とりあえず墓場の領域を増やせば増やすほど力は増す。これで力も増すが、あれに正面から対抗できるほどではないな」

 

 木村は竜巻を見た。

 またしても南エリアを越えて蹂躙しようとしている。

 今日も西エリアからのようで、今の帝都はまだ被害はない。しかし、風前の灯も同然だ。

 

「常世魔草はどうだったか」

「……いちおう植えてみたのでそれ待ちです。成功かどうかも現状では不明です」

「だろうな」

 

 草の方は失敗の可能性が高い。

 まずモルモーによる似た効果探しは失敗だった。

 ペイラーフも地面に植えはしたが、根がちょっとしかないので成功する可能性は極めて低いと言っていた。

 最悪、合成機に入れて種が出ることにワンチャン賭けた方が確率は高いかもしれない。

 

「……そうか」

 

 リッチが強くなっても状況は昨日とさほど変わらない。

 こちらの攻撃が通らなければ意味がない。

 

 昨日の竜巻への突入は成功した。

 中に入ったが、内側も地獄のようだったらしい。

 仮にこちらの攻撃が通っても、勝てるかは怪しいということになる。

 

“戦力が足りていない”

 

 誰も言葉にはしないが、全員の共通認識が一致した。

 ここからできることが思い浮かばない。

 

 西エリアに行って宇宙人と話をしてみたいが、これは木村の興味であって戦力には結びつかない。

 帝都の三エリアはどうやっても青竜との戦闘に役立つとは思えない。

 東エリアの水銀は地下に引っ込んでしまっている。

 

 墓場を作ればリッチは強くなるようだが、作りすぎれば青竜に見つかり竜巻で消し飛ばされる。

 仮にリッチを強くしたところで攻撃は青竜に通らない。

 彼もまた霊体ではない。現状では霊体は霊体からしかまともに攻撃が通らないのである。

 すなわち、どのエリアかに青竜に対して有効な攻撃手段を持つものでなければこの状況は打破できない。

 何らかの変化が望まれる。

 

「しかし、このエリアは何と言うか……ひどいな」

 

 リッチが話を逸らした。一度、物事を俯瞰すべく周囲を見渡すことにしたのだ。

 貧困街エリアの惨状には墓場に住む彼も「ひどい」と述べる状態だ。

 

 ある意味で墓地エリアよりも死んでいる地域がここだ。

 人はいるのに活気はまるでなく、竜巻が来る前にすでに人は野ざらしになっている。

 なんなら自然に塵となって消えてしまう人すらいるくらいであった。

 

「ええ、ここは誰も彼もがこんな感じですね」

「ふむ……、ん? 誰も彼もが? あいつらは雰囲気が違うが」

 

 リッチが白い指で木村たちの背後を示す。

 そこには貧困街を歩いている数人の集団がいた。

 

「……え、あれ、セリーダ? いや、違う、誰?」

 

 遠目でセリーダと横顔の雰囲気が似ていたが違っていることに気づいた。

 着ているものも違うし、髪の色も違う。似ていたのはあくまで雰囲気だけだった。取り巻きもまったく知らない人物である。

 

「雰囲気は似ていましたね。しかし、神気が異常に薄いです。今にも消えそうなほどに」

「私にはぼんやりとしか見えないんだが、そんなに似ているのかな」

「知り合いと似ているのか?」

「何となくの雰囲気だけは」

「追いましょう」

 

 何にせよ、昨日までいなかったのは間違いない。

 昨日、西と北に変化があったように、今日の変化がこれなのかもしれない。

 

 木村たちはセリーダに似ている女性たちを追う。

 その姿がぶれている。時々、本当に消えてしまい、別のところから現れるほどだ。

 

「すみません! あの!」

 

 木村は声をかけるが、女性たちは木村の声に気づかない。

 フルゴウルが筺で閉じ込めるが、筺の壁すも無視して通り過ぎていく。

 

「どうしようもありませんね」

 

 歩調はゆっくりだが確実に東エリアへと移動していく。

 姿も、声も、魔法すら届かせることができない。

 亡霊よりも亡霊のようであった。

 

 そんな彼女たちが例の特殊能力者の近くまでやってきた。

 セリーダに雰囲気が似た女性が座る男に声をかける。周囲の人物の雰囲気は硬いが、その女性だけは柔らかい微笑みを男に向けていた。

 

 声をかけられた特殊能力者が反応を示した。

 木村が見た限りでは、初めて人の声に反応をしたはずだ。

 

「あ、あぁ……、あっ……」

 

 特殊能力者が慌てて手をセリーダ似の女性に手を伸ばすが、その手は虚空を切った。

 彼女たちは亡霊ですら届かない幻影だった。

 

 男は立ち上がろうとしたが、その足は思うように動かず、その場に崩れる。

 セリーダ似の女性たちは、倒れた男にかまわず移動を始める。

 

 仲間たちは女性の後ろ姿を追うが、木村は倒れた男が気になった。

 男は倒れたまま女性の背中に手を伸ばしている。

 歩くこともうまくできないようだ。

 

「先に追ってて」

 

 木村は倒れた男の腕を引き、彼を起こす。

 そのまま回転するように男の体を背中へと回し、彼を背負った。

 酒とクスリで潰れたアコニトを担いで喫煙所に捨てに行く技術がここで役だった。

 この男は軽そうとは思っていたが、重量がまるでない。人の形をした風船を背負った気分である。

 

 木村は男を背負ったまま、女性たちの後を追う。

 背負われた男は嗚咽と涙を流して、彼女たちを見つめていた。

 

 やがて女性たちは帝都から出て、東エリアへと歩を進める。

 木村たちもやや躊躇したが、彼女たちを追って東エリアに侵入した。

 彼女たちの会話も時々聞こえてくるのだが、声すらも途切れ途切れでうまく聞き取れない。

 東エリアに北が、やはりこちらの声は女性に届かず、触ることもできない。

 

 「姉様」、「エルメラルダ」、「心配」、「お戻りに」といった単語は聞き取れる。

 詳しい内容はわからないが、東エリアに帰る先があるようだ。

 

 彼女たちの後を追っていると、東エリアにも小さな変化が生じた。

 地中から水銀が出てきた。場所はセリーダ似の女性が進む先である。

 

 液体金属は形を変えて人の姿を見せる。

 その姿もまたセリーダと雰囲気が似ていた。

 しかし、セリーダよりずっと大人びており、冷たい雰囲気を感じる。

 

「メーティル」

「お姉……! わざ……迎えに…………あり……」

 

 水銀の女性が声をかけるとセリーダ似の亡霊がお供の女性を置いて、水銀の女性へと走る。

 水銀の女性も両腕を広げて女性を抱き留める姿勢を作る。

 

 しかし、セリーダ似の女性は水銀の女性をすり抜けた。

 すり抜けてから水銀の女性の背後で立ち止まっている。見えない誰かと抱擁を交わすように腕にそのスペースができている。

 

 ここでセリーダ似の亡霊たちは消え去った。

 残されたのは木村たちと、木村の背負った亡霊男性、それと水銀の亡霊女性だ。

 リッチは墓場から出ることができないのでおいてきた。

 

 全員が沈黙であり雰囲気が良くない。

 特に水銀のこわめの女性が木村を睨んでいるのが良くない。

 木村も睨まれているのが自らではなく、背負っている男性だと気づいたが下ろすこともできない。

 

「……えっと、すみません。二人はお知り合いなんですか?」

 

 かろうじて出すことのできた言葉がこれである。

 されど言葉に反応はない。女性は背負われた男性を冷たい目で睨んでいる。

 睨まれた男は再び廃人の状態に戻ってしまう。木村の問いかけや水銀女性の声も届いていない。

 

「ゴミが」

 

 水銀女性は明確な怒りを言葉に込めて放ち、液体の姿に戻った。

 もはや興味はないと地面へと消えていく。

 

「あの……、えっと、そうだ! 僕たちの仲間に先ほどの彼女と似た女性がいるんです! あなたと関係があるかもしれません!」

 

 必死に木村は叫んだ。

 関係は全くない可能性が高いが、とりあえず生じた変化を逃すわけにはいかない。

 水銀の地下への浸透は残りわずかのところで止まった。ゆっくりと人の形に戻っていく。

 

「聞かせなさい」

 

 木村は言葉につまった。

 先ほども女性の顔は木村に向いていたが、正確には男の方を向いていた。

 今は間違いなく木村に向いている。視線の角度にしてわずか数度の違いだが、その違いの大きさを感じている。

 背の高さこそ違うが、過去に似た感覚を味わった。スクルドやリコリスに睨まれた時だ。この女性はおそらく強い。それもとてつもなく。彼の背に冷たい汗が流れ始めていた。

 

「僕の仲間にセリーダという女性がいます。そのセリーダが先ほど消えてしまった女性に似ていたんです。あなたとも何となくですが似ていますので、もしかして関係――血の繋がりでしょうか、があるのではと思い、声をかけさせていただきました」

 

 水銀の女性がわずかに驚いている様子である。

 彼女の視線がミリ単位で動く、男性をわずかに見た。その後ですぐまた木村に戻る。

 

「会わせなさい。そこの地面ですか」

 

 水銀の女性が視線を地下に向けた。

 木村もすぐに理解した。はっきりとはわからないが、カクレガがあることは推測できる。

 外側からカクレガの位置を把握できる時点で彼女の強さがわかる。

 木村も緊張の度合いが一つ上がった。

 

「彼女はそこにはいません。あの西の城の中に、彼女の家族だった存在たちと一緒にいます」

「確認させます」

 

 水銀女性の横の地面から水銀が湧き上がる。

 湧き上がった水銀は宙へ伸びて、鳥の形を取った。その鳥の上に兵士の姿も現れる。

 

「連れてきなさい」

 

 水銀の兵士は小さく頷く。

 鳥が翼をうつ。銀の翼が陽の光を反射し煌めいた。

 

「――待ちなさい」

 

 一瞬だけ浮いた鳥がまた地面に着地した。

 兵士が女性に顔を向ける。

 

「連れてこなくてもけっこう。確認だけに留めなさい」

 

 銀の鳥がまた浮き上がり、今度こそ空をかけていった。

 とても比重が重い水銀とは思えないほど軽やかに飛んでいる。

 

「あなたたちはここで待ちなさい」

 

 周囲から水銀の兵士たちが湧き上がり、木村たちを囲んだ。

 良い雰囲気ではない。木村はリコリスを連れてこなかったことを後悔した。

 しかし、この場面ではすぐさま武力抗争が起こりそうなので、かえって連れてこなくて良かったとも思えている。

 いつもこういう場面になると「ああしておけば……」と悔やむ。同時に、反対の考えも浮かんでくる。迷ってばかりだ。

 

「質問があるのですが」

 

 沈黙を破ったのはウィルだった。

 水銀の女性がウィルを見た。興味はない目である。

 

「黎燦国のエルメラルダとはあなたのことでしょうか?」

「そうだとしたらなんなのです」

 

 木村としてもウィルの悪い癖が出たと目を瞑ってしまう。

 この女性はまともに話せる人種ではない。木村でもわかるほどだ。

 ウィルは常識人ぶっているが、魔法が絡むとたがが外れる。黙って待てなかったのか。

 

 最近のウィルは自らへのエンチャントで、強すぎる外部魔力からの保護手段を得た。

 保護の良い点として戦闘中に相手の魔力から自らを守ることができる。

 悪い点としては魔力感知が弱くなるという点である。

 

 魔力感知によって引き起こされる恐怖は自己防衛手段であるがそれが利かなくなる。

 檻を隔てて猛獣がいる。檻が頑丈であるほど、猛獣への恐怖は薄まる。

 その檻すら飲み込む猛獣がいることも忘れてしまう。

 

 今のウィルは檻一枚隔てた猛獣に興味を持って近づいた子どもであった。

 

「水銀のエルメラルダは、神にもっとも近づいた存在と言われています。どのような神聖術か知りたかったのです」

 

 もしもここにリコリスがいたら、ウィルの後頭部を意識が昏倒するほどに叩いていた。

 隣のフルゴウルは愚か者を見る目でウィルに視線を送る。

 木村は呆れているし、おっさんは笑顔である。

 ウィルは顔を輝かせている。

 

 猛獣が子どもの手を噛み千切らなかったのは、子どもの表情が読み取れたからだ。

 水銀の女性はウィルの顔を見つめてその表情の意味に気づいた。

 そして、彼女も表情をほんのわずかに緩ませる。

 

「今の言葉は、うぬぼれではなく好奇心ですか」

「はい! 興味が尽きません!」

「あなたであれば、直に知ることになるでしょう」

 

 ウィルは「やった」と嬉しそうだが、木村は嬉しくない。

 今の言葉に含まれる意味が理解できてしまった。

 

 もしも城から戻った兵士が「セリーダと似ている人物はいませんでした」と報告したら、ウィルを(もちろん木村たちも)魔法で殺してやるという意味だ。

 逆にいた場合でも、何らかの形で手が下されるのではないかと木村は不安になってきた。

 彼女はクスリで頭がやられている。王城にはいるがまともな状態ではない。

 あの様子のセリーダを見て、良い報告になるはずがない。

 もしもクスリの効果が切れていても同じだ。

 

 

 兵士の帰りを待っていると、周囲の水銀兵士たちが構えていた武器が下りた。

 

「確認が取れました」

 

 兵士は帰ってきていない。

 どうやってか水銀の女性は、城に送った兵士と連絡を取ったようだ。

 

「あなたの言う『セリーダ』は確かにいたようです」

 

 木村はひとまず安堵する。

 彼が似ていると感じただけで、他のヒトからは似ていないと思われる可能性もあった。

 どうやらそこはクリアされたようである。問題は彼女の状態だ。

 

「彼女は狂騒状態とのこと。この状態になった経緯を説明しなさい」

 

 木村はわずかに迷ったが素直に説明する。

 この素直さが彼の持つ唯一の武器であると言っても良い。

 

「彼女は過去に家族や知り合いの死を目の当たりにし、心を深く病んでしまいました。僕たちでは彼女の心のケアが難しく、自殺をされても困るためクスリであの状態を保っています」

 

 誰が彼女の家族を死なせたかは言わない。

 木村たちと南エリアにいる鶏なのだが、今はその鶏すらも木村たちの仲間である。

 

「ちなみに彼女は、ここにあった帝国のお姫様です。帝国は半年ほど前に滅んでしまったので今は意味のない肩書きですが」

 

「……そう、ですか」

 

 水銀の女性に動揺が見られた。

 どう考えているのかは木村の知るところではないが、断定と命令の二パターンの会話にようやく変化ができた。

 女性が木村の背負った男を見る回数も増えているが、男にやはり変化はない。最初に現れ、消えてしまった女性以外には興味を示さない。

 

「このゴミクズめが」

 

 女性は、木村たちにはいっそ無関心だが、木村の背負う男性には怒りが込められている。

 しかもその怒りは徐々に増しているようにすら見えた。

 水銀の女性が木村に手を伸ばす。

 

「……あ」

 

 一瞬だった。木村の横から男のかすれた声が聞こえた。

 女性の手の形状が変わり、木村の顔の横へと槍のように伸びていた。

 木村は首を動かせず、眼球だけを動かして女性の伸びた腕の先を見つめる。

 

 背負った男の眉間に女性の腕が突き刺さっていた。腕というよりは刃である。

 リッチが闇を刀や斧に変えたように、女は水銀の形状を自由に変え、武器として男を刺した。

 

 刺さった男は塵のように崩れ去ってしまう。

 女性は崩れ去る男を見ることもなく、木村たちの横を歩いて行く。その歩く先は西である。

 

 女性はすでに木村たちに興味をなくしており、竜巻が迫る王城をひたむきに見つめて歩を進めていく。

 彼女が一歩踏み出すたびに地面からは水銀の兵士たちが現れ、水銀の軍団ができあがる。

 木村も彼女が青竜と戦ってくれそうだと期待した。

 

「良かったね。水銀の魔法が見れそうだよ」

 

 木村はウィルに声をかけたが彼はなかなか返答をしない。

 何かに気づいたようで、口をポカンと開け、水銀の軍団を見つめている。

 

「どうかしたの?」

「しかし、いや、そんな……。あ、いえ、あまりにも自然すぎて気づくのが遅れました。これは恥ずかしい……。僕はすでに水銀の神聖術を見ていたようです」

「そうだね」

 

 フルゴウルがウィルの言葉に頷いた。

 ウィルが解説すると木村は思ったが、彼は水銀の軍団を見つめるだけで解説を行わない。

 ただ、木村も何となくはわかる。これだけの規模の軍団を湧き上がらせること自体が異常な現象である。

 

「この水銀の軍隊が魔法の軍団ってことだよね」

「やや違う」

 

 木村の理解をフルゴウルが否定した。

 彼女が珍しく目を見開いて四つの瞳で、水銀の軍団を追っている。

 

「全てが魔法だ。この軍も、先ほど話していた女性さえも」

「それは、まあ、水銀だったからそうなのかなとは思ってました。本体は別のところにいて、水銀で分身体を創って現れていた、と」

「それもやや違う。分身体ではない。全てが完全な別個体。あの軍団の中に誰一人として同じ人物はいない。精気組成すら別物。それぞれが命を持った水銀だ。水銀の主は彼らを一人ずつ作り込んでいる。いや、これはもはや作っているとも思えない。再現をしているのか? 互いに干渉し合ってさらなる完成に近づいている。まるで自らが天の中心と思いこんでいるかのような魔法だ」

 

 気に入らないな、とフルゴウルは吐き捨てる。

 木村としてはフルゴウルも似たような存在ではないかと感じている。

 

「アコニトが心配になってきた」

 

 水銀の女性に聞きそびれてしまった。

 東エリアの状況を知ってしまい、彼女が大丈夫か不安になってくる。

 

「狐くんなら大丈夫ではないかな」

 

 フルゴウルが口にするが、特に彼女も根拠があるわけではない。

 割とどうでもよいとすら思っている。

 

「まあ、アコニトだからね」

 

 なんだかんだで無事だとは木村も考えている。

 ただ、生きたまま拷問されていれば、さすがに可哀相だと思う。

 

「けっきょく男の人はなんだったんだろう」

 

 もちろん誰もわからない。

 塵となってしまったが、先ほどの女性と因縁があるように見えた。

 それに消えてしまったセリーダ似の女性を見た時の反応も気になっている。

 

 反応と言えば軍団を率いる水銀の女性が男を見た時の反応も気になった。

 セリーダの状態を聞いた時もわずかながらも取り乱していたし、塵になった男を見ていた。

 

 わからないことが増えていく中で、わかったこともある。

 塵になった男と水銀の女性が知り合いということだ。あの反応であれば間違いないだろう。

 エリアはそれぞれ完全に別の時代だと考えていたが、被っている時代があるのかもしれない。

 

 

 いまだ手探りの中、状況が動き出す。

 

 王城に迫る竜巻と水銀の軍団がぶつかろうとしていた。

 

 

 

126.イベント「Happy unbirthday eve」3

 

 水銀の軍団が西へと向かっている。

 

 木村たちもカクレガに入って追うが、軍団の動きは見た目よりもずっと速い。

 何らかの移動速度上昇魔法がかかっていることは確実だった。

 

「実際のところ、あの人たちは強いの?」

 

 普通に強いのは木村でもわかる。カクレガの位置も見破っていた。

 しかし、今回の場合は普通に強いだけでは駄目だ。それならリコリスで良い。

 リコリスでも破れない青竜の巨大竜巻を打ち破れるほど、あの水銀軍団が強いかどうかが肝要である。

 勇んで西進していったが、これであっさり竜巻に負けたら、今後の異世界生活で笑い話の鉄板になることは疑いない。

 

 水銀の兵士一人一人が元の人間であった人格と力を保持しているということは木村も聞いた。

 ついでに、素材である水銀の特性も受け継いでいるとも聞いた。つまるところそれだけ。

 元になった人間たちがそこそこ強いだけでは意味がない。

 なるほど水銀で兵士を作り出す力はレアに違いない。

 されど彼らが強いかどうかは微妙ではないか。

 

「何とも言えないね」

 

 リコリスの返答は素っ気ない。

 戦力判断については慎重なタチなのだ。

 彼女もさほど彼女自身が強いとは考えていない。

 自身に何ができて、何ができないかを他者よりよく知っている。

 自身にできないことをどう術でカバーしていくかを長年考え、実践してきたのが今の彼女の姿である。

 

 こういう場面で一番口が動くウィルは、そのリコリスに腹パンを決められて悶絶している。

 地上での軽率な行動に対するお叱りという名のしごきであった。魔力量で判断するなと言われたのに、あの緊迫した場面で、あの緊張感を欠いた発言はあまりにも愚かすぎてリコリスも口で叱る気も失せていた。

 

「私は戦いになると思うね」

 

 ウィルの代わりにフルゴウルが水銀軍団を支持した。

 

「その心は?」

「彼女たちが竜巻に負けることがないからだよ」

 

 木村はフルゴウルの言う意味がいまいちわからない。

 勝てるかどうかではなく、負けがあるかどうかの話になってしまった。

 

「先にも触れたが、彼女たちは水銀から作られ、水銀の特徴を受け継いでいる。君も見たように姿を自由自在に変えていたね」

 

 木村もさすがに覚えている。

 地面から出た時は液体で、地上に出ても鳥や人、武器と自由に姿を変えていた。

 

「見たところ各個体に一定の体積を与えていたようだが、彼女たちは統合や分離もできるようだった。仮に竜巻でちりぢりにされたとしても彼女たちは死なない。水銀自体が消えない限りはまた集まって個体に戻る」

 

 木村も理解できてきた。

 規模こそ恐ろしいが、巨大竜巻はあくまで巻き上げて落とすだけ。

 巻き上げも自由落下も水銀をばらばらにするだけで、存在そのものに対するダメージはないということだ。

 もちろんバラバラにされるはずなので再生に時間はかかるだろうが、負けはないということになる。

 

「そうか。水銀軍団の作成者は地下にいるわけで、本体が無事だから駒の軍団はコンテニューし放題」

 

 自律軍団がずっと戦い続ける。

 竜巻が地下を脅かさない限り負けはない。

 しかし、巨大竜巻でちりぢりにされるので勝ちもない。

 

「竜巻で巻き上げられた後は空に出る。意識は曖昧だが見た気がする。綺麗だったよ」

 

 リコリスも同じことを言っていた。

 竜巻の頂上まで巻き上げられて、空を飛び、遙か先の地上に落とされる。

 巻き上げられた時点で風速と遠心力、巻き込まれた他の物との衝突で意識がほぼ飛ぶようだ。

 

「あの竜巻は普通の生命体には脅威だ。巻き込まれた時点で上下左右の感覚を奪われる。気づけば遙か空の上。落下に抵抗をする力すらも残されていない。しかし、今回は水銀という流動的な生命体だ。さらに彼女たちの兵士は飛んでいたね」

「あっ、たしかに」

 

 木村も思い出す。

 水銀で比重が重いのに、すごい軽快に飛ぶと感じた。

 遙か上空まで竜巻の背はあるが、宇宙までは到底届かない。もしもその上空から攻撃が可能だとすれば――。

 

「始まるね。見ておこう」

 

 水銀の軍団は王城の丘を横切り、竜巻へと迫っていた。

 

 

 竜巻が近づき、王城を守る騎竜兵が今日も無駄な特攻を見せる。

 

 城付きの魔法師達が竜巻にいくつも魔法を放つが焼け石に水ですらない。

 土埃のベールを剥がすことすらできず、魔法はかき消されていく。

 

 すでにイベントも四日目。

 三度も王や城を守ることができない自らの力に彼らは絶望していた。

 さらに言及するなら、生前は討滅クエストの竜からも王都を守ることはできていない。

 

 そんな彼らの絶望など露知らず、銀色の軍団が丘の麓を進軍する。

 銀色の軍団は丘の上を一顧することもなく、竜巻へと迷いなく突き進んでいく。

 

 眼前に迫った巨大竜巻――もはや壁に銀色の軍団はぶつかった。

 軍団と言えど、竜巻と比べれば規模などささやかなものだ。

 

 木村もあっけなく感じた。

 まるでテレビショッピングに出てくる掃除機の宣伝だ。

 「ほら見て! うっかり床にこぼしてしまった水銀もこのとおり!」と男の声が聞こえてくるようである。

 ついでに「わぁ、すごーい!」と演技めいた女の合いの手だって聞こえる。

 

 水銀はあっという間に竜巻に巻き取られた。

 地上には何一つ残らない。竜巻の外面にすら銀色の痕跡はまるで見えない。

 あの竜巻の風の層はいったいどれだけ厚いのかと木村も怖くなる。フルゴウルの話を事前に聞いてはいたが、本当にどうにかできるのか不安になってきた。

 

「少し近づきすぎたね」

 

 フルゴウルが見上げている。その方角は竜巻の上方だ。

 ときどきフルゴウルはカクレガの壁の先すらも見通して、天井を見るのだが木村はその仕草が割と好きである。

 猫も何もないはずの天井を見つめることがあると聞いている。きっとこんな感じなのだろうと考えていた。

 

 果たして竜巻は、カクレガのモニターからは完全に壁のような状態になっている。

 仰角が足りていない。竜巻の上がどうなってるかわからない。仮に見えていても、雲が邪魔をしているのでモニターでは様子が確認できなかった。

 

「巻き上げられた水銀が上空で集まっている」

 

 彼女の視線の先では水銀が集まっていた。

 竜巻の上のさらに雲の上に水銀は結集している。

 

 木村たちの前に現れた女性が浮かぶ水銀の端に立ち、眼下に広がる雲海を見下ろしていた。

 全ての水銀が巻き上げられ、上空に集い、その位置は青竜の真上にあった。

 

「蜥蜴は地を這うものです。落としなさい」

 

 足で踏んでいた水銀が形を変える。

 初めは雫のようだった。余談だが、ときどき雨のイメージ絵で綺麗な雫型が見られる。!の上部分をひっくり返したものだ。

 あれは間違っている。雨の雫の下部分は空気の抵抗で平べったくなっている。まんじゅう型とか言われる。

 

 形を変える水銀の先端はイメージの雫でも、雨粒のまんじゅう型でもない。

 槍の先端のように尖鋭としていた。下向きの鏃となり、刺さったら抜けないよう逆鉤すら付いている。

 槍にも属性の付与がされている。貫通力を高めるべく、幾十にも張り巡らされていた。

 

 水銀の女が指を上から下に振る。

 足下にあった水銀は落下を始めた。自由落下ではなく初速も付いている。

 

 水銀の槍はまず雲を貫いた。

 上方向への風を槍の周囲に展開した風魔法が相殺し、勢いを落とすことなく、むしろいや増して鉛直下向きに突き進む。

 

「――あ?」

 

 上空からの飛来に気づき、見上げた青竜の最期の言葉はこれだけだった。

 次の瞬間には槍が青竜の頭を貫き、胴体まで達した。

 

 続いて水銀の槍は青竜の体内で形を変える。

 無数の槍となって内部から外側へと貫く、さらに内側の開いたスペースから魔法を発動し、内部を破壊する。

 

 

 木村たちも竜巻に変化が起きたのを確認した。

 周囲の竜巻が外側に広がるように霧散していき、青竜本体のいる竜巻も砂埃が上空へと広がっていった。

 

 黒茶色のスクリーンが徐々に薄れ、とうとう内部にいた青竜が現れる。

 大きさは思っていたよりも小さい。討滅クエストの竜よりもやや大きいくらいだ。

 木村の外形は一般的に考える竜のフォルムに一番近い。ゲームでもいそうだ。

 六本の青く光る翼に、手や足には鋭く太い爪が付いている。

 

「わぁ……」

 

 蜥蜴らしき頭部には縦長の穴があき、胴体からは銀色の細い棒が無数に突き出ていた。

 羽に灯っていた青い光が明滅して一枚ずつ消えていく。

 青竜はまさに今、死にゆくところだった。

 

 空を飛ぶこともできず、地に落ちていき、地に達するまでにその体は光へと消えていく。

 地上には水銀の軍団が降り立ち、青竜を見ることなく歩を東に進める。

 

「いやぁ、強いねぇ。同じ時代に生まれなくて良かったよ」

「強すぎませんか」

 

 ケルピィの声に木村も反応する。

 戦いになるかどうかを議論していたが戦いにならなかった。

 一部始終を直視していたわけではないが、水銀軍団の圧勝と言って良いだろう。

 

「使っている術で特殊なものはなかった。せいぜい浮遊くらいかね。基本に忠実に、連携を第一に、集団として良く訓練されてるよ」

 

 リコリスは感心した様子で頷いている。

 彼女のいた国では、神として個の強さを求められていた。

 しかし水銀の軍団の戦い方は個の強さとは方向性が違った。集団としての強さである。

 

「わっちらにはない戦い方だ。参考になるね。特訓のメニューに入れようか」

 

 トリキルティスが大きな目をさらに見開いてリコリスを見た。

 どうやって特訓から逃げるか、師の考えを変えさせようか考えているに違いないと木村は見ている。

 

「城に向かってる」

 

 水銀の軍団の次なる矛先は王城だった。

 西進と比べればややゆったりとした速度で丘を登っていく。

 

「嫌な予感が……」

 

 セリーダ関係だ。

 指揮官の女性が執着していた。絶対にただならぬ関係がある。

 木村も行って様子を見たいのだが、立入禁止を告げられているので二の足を踏んでしまう。

 

「入っていったね」

 

 軍団が案内されて入っていく。

 

 迷ってうだうだとしているうちに水銀の女性たちが外に出てきた。

 外見から判断するに特に大きな変化はない。セリーダも連れ出されているわけではない。

 木村の嫌な予感は外れた。最近は良く外れるのであまり当てにしていない。

 

 王城のゲージに変化は見えない。

 ミリで変わったと言われればそうかもしれない。

 むしろ東エリアのゲージがはっきりとわかるほど減っている。

 ケルピィが言うには水銀軍団が動いたところでゲージが減ったようだ。

 前回も水銀が竜巻に巻き込まれたとき、もしくは竜巻が来て地下に避難した時に減っていた。

 水銀軍団の作成者が軍団を動かすことで、ダメージを負っていると推測ができる。自己犠牲型の魔法なのかもしれないと木村は考えた。

 

 ゲージの減少で言えば、貧困街エリアが一番大きい。

 四日目の開始時にすでに40%で今は25%くらいだ。やはりエリアボスはあの特殊能力者で間違いなさそうだ。

 20%にならず25%と残っているのは貧困街エリアが彼以外は無事に残っているからだろうか。

 西エリアは竜巻に蹂躙され20%まるごと減っている。

 

 けっきょく水銀軍団は城を出た後は丘を下り、そのまま東へと消え去っていった。

 途中で女性がカクレガをチラリと見たので気づいてはいたが、すでに興味は失われているようである。

 

「リッチくんに話はしておくべきかな」

「……あ、そうですね」

 

 木村も忘れていた。

 貧困街でセリーダ似の人物を追い始めてから、一気に状況が進展したのでリッチが置き去りになっている。

 

 説明もかねて貧困街エリアへ行くことになった。

 

 

 イベントが始まってから昼に帝都エリアが無事なのは今日が初めてだ。

 

 広場エリア付近では赤帽子の謎集団が活動しているが、普通に他の市民も生活していた。

 もちろん市民は亡霊で、昨日までの記憶はあるようだが、特に何かができることはない。謎の活動で不安を紛らわしているようにも見える。

 

 貧困街エリアは特殊能力者の男を失ったが、他が消えることもなく相変わらず生きているのか死んでいるのかわからない。

 広場エリアのような活発な活動はなく、途中ですれ違う人たちは木村たちに目もくれない。

 

 その中にリッチはいた。

 彼も木村たちに気づき声をかけてくる。

 

「見ていた。事情は知らないが倒したようだな」

「はい」

 

 木村も見たことと聞いたことを説明した。

 リッチも黙って聞いている。

 

「よくわからんな」

 

 けっきょくのところ、なぜかわからないけど東の軍団は手伝ってくれたということだ。

 明日も竜巻を止めるために手を貸してくれるかは不明である。

 今は東に戻って地中に消え去った。

 

「あの水銀の軍勢が恐ろしく強いことはよくわかった。まったく、この地は魔窟か」

 

 南も化物、東も化物、西には宇宙生命体、地下には暴力鬼婆と魔窟に間違いない。

 怖れを感じさせる言葉とは裏腹にリッチの顔は不敵である。

 

「魔窟と言う割りに楽しそうですが」

「楽しいな」

「楽しい? この状況がですか?」

「ああ。ともに戦ってきた仲間はおらず、頼りになる助言者もいない。周囲には戦うことすら憚られるほどの難敵ばかり。なるほど、これは久々の逆境だ。――俺達はな。元の時代では頂点間近だったのだ。ただ、その近くて遠い頂に至る道のりがわからなかったが、ようやくその過程が見えた気がする。この局面を乗り切ることができれば俺は……、俺達はさらなる高みに達することができる。試練の時だ。きつい、が、心は躍るな」

「はぁ、そんなものですか」

 

 木村とはまったく思考が違う。

 楽してそこそこにやれれば良いと思ってるのが彼だ。

 わざわざきつい思いをして上に行く気はない。今をときめくZ世代の賜物だ。

 

「それより何をしているんです?」

「見てわかるだろ。霊園を作っている」

 

 リッチが魔法で作った石を、近くにいた骸骨が器用に並べていた。

 墓を作っているのはわかるが、なぜ墓を作っているのかが木村の知りたいところだ。

 墓地を増やすなら北エリアに増やせばいい。どうしてわざわざ貧困街エリアに作るのか。お前ら早く死ねという無言のメッセージか。

 

「北エリアでは駄目なんですか。こちらは転移用だけにとどめて……」

「北よりもこちらの方が馴染みやすいのだ。ここは半年ほど前まで都で、滅亡の際に多くの人が亡くなったのだろう。すでに墓地の素地ができている。見ろ。ここだけで骸骨がこれだけ湧いたのだぞ。霊体もだ。みな安穏な寝所を求めているのだろう」

 

 嫌な話を聞いたと木村は感じた。

 ある種の専門家が、帝都自体が墓地として認識されやすいと言う。

 実際に骸骨が北エリアよりもたくさん湧いている。それどころかふわふわと霊体までいる。

 霊体は冥府のランパスと似ているが、フルゴウルが言うにはまったく別物のようだ。

 こちらは本当に浮いているだけで実体になって襲いかかってこない。

 

「今日はどうにかなったが明日もどうにかなるかはわからん。戦力は増やすに越したことはない。どうせ増やすなら効率よく増やせるところで増やすべきだ」

 

 木村も効率という言葉には弱い。

 その上、リッチの言葉はそのとおりである。

 水銀の軍団が明日も動く確証はない。戦力は多い方が良い。

 青竜の倒し方の例は見せてもらった。まったく同じ事ができなくても似たようなことができれば倒しうる。

 その際にキーマンとなるのはこのリッチだろう。前回は竜巻内部だったが、上空へと転移し、そこから迅速に直下の青竜へと攻撃を加える。

 

「何か手伝うことはありますか?」

「男の理屈っぽい優秀な魔法使いがいただろう。あいつでなくても良いのだが、土魔法が使える奴を貸してくれ。労力は骸骨で足りているのだが、墓石と縁石がまるで足りていない。俺も石を整えるのは得意だが、大量に作製するのは得意ではないからな」

 

 北の霊園も縁石代わりに骨を刺していた。

 木村としてもアレをここでやられるのは心理的にとてつもなく嫌だ。

 それと石を整えるのが得意とリッチは言うが、魔法でつくり出された墓石は形が歪で得意にはまったく見えない。

 何にせよ、手を貸す必要があるのは間違いない。ウィルを派遣することにする。

 

「それと、都の他のエリアにも霊園を築かせてもらうよう話をしてみてくれ」

「……はあ。それはまあ、やってみます」

 

 本格的に帝都に墓地を築くようだ。

 木村としてもリッチが戦力を増すことは望むところである。

 それに広場エリアのこともフルゴウルから聞いているので見に行ってみたい気持ちもあった。

 

「広場エリアの方に行ってみます。あ、王城エリアは無理ですよ。僕たちは立入禁止を食らっていますので」

 

 東の水銀軍団の件もあるので、破って訪問してみても良いのだが結果が良くなるはずもない。

 藪をつつくこともなく、まずは広場エリアの方で話をしてみることにする。

 

 一つずつ着実に物事を進めていくことも重要だ。

 

 

 

 そんなわけで広場エリアにやってきた。

 

 広場エリアといっても王城エリアと貧困エリアは帝都のごく一部なので、ほぼほぼ帝都エリア一帯を占めている。

 特に広場で活動していることが多いので広場エリアと呼んでいるにすぎない。

 

 その中でフルゴウルが以前に接触を図ったのがギャンダーという男性だ。

 赤帽子を被る謎の活動のリーダーだと聞いている。

 

「先に言っておくが、キィムラァ君とは間違いなく相性が悪いよ。私は嫌いではないがね」

 

 そんなわけで活動団体のアジトにつれてもらってきた。

 実際にはアジトはいくつもあるようで、その中の一つに何度も回り道をしながらたどりついたというのが実状だ。

 こちらも目立ちすぎるといけないということで木村に、フルゴウルとおっさんだけだ。

 木村はともかくフルゴウルとおっさんだけで十分目立つ。

 

「やあ! 会いたかった! 君たちがフルゴウル氏の友人だね! 聞いてはいるだろうが改めて、私はギャンダー。赤帽子運動のリーダーをしているものだ」

 

 背が高くがっしりした体格の西洋系男性はそれだけで迫力がある。

 おっさんとは違う威圧感が全身から出ている。

 

 出された右手を木村が握ると、ギャンダーもガシッと掴んでくる。

 しかもその手がなかなか離れない。木村が何だろうとギャンダーの顔を見れば彼は涙ぐんでいた。

 

「感動した!」

 

 声がでかい。ペイラーフもかくやだ。

 しかもギャンダーのツバが木村の顔にかかってくる。

 

「あの巨大竜巻を倒したのは君たちの活躍によるものなんだろう!」

「いや、あれは、」

「私にはわかる。君たちの力の素晴らしさ、それは団結の力だ! 団結があの竜巻を討ち破った!」

「いや、」

「みなまで言うことはない。私たちも勇気づけられたんだ! 活動を再開することができる! これは天啓だ!」

「あの」

「みんな、彼らの成果に盛大な感謝を!」

 

 周囲にいた亡霊達の拍手が木村たちを包む。

 木村はもう帰りたくなってきた。

 

「君たちが一緒に活動してくれれば、私たちの正義もより広く伝わり結束も強まるだろう」

「僕」

「さあ、今日も活動にいそしもう! 待っているからね! 行くぞ!」

 

 オー! というかけ声で彼らは外に出て行った。

 部屋には木村たちだけが残る。

 

「話が通じませんね」

「だろうね」

 

 フルゴウルはにこやかである。

 会話の成り行きを楽しんでいたようだ。

 

「けっきょく赤帽子活動についても聞けませんでした」

 

 木村は、フルゴウルにリーダーから直接聞いてみれば良いと言われていた。

 今ので木村も何となくわかった。

 

「実はフルゴウルさんも聞けていないのでは?」

「そうだよ」

 

 やっぱりと木村も頷く。

 

「言っておくけれど、他の人物からすでに活動の目的は聞いている」

「そうだったんですか。それで目的はどうなんです?」

「知らなくても良いことだね。空虚で薄っぺらい目的だったよ」

 

 それってどうなの、と木村も首をかしげる。

 とにかくギャンダーは気持ちと主張が前に出すぎている。

 

「ギャンダーさんは、リッチさんとは話が合いそうですね」

 

 体育会系と体育会系だ。

 深く考えず勢いでどうにかなると思っていそうな人種同士だ。

 

「合わないね」

「え、ポジティブなところが似てませんか?」

「目的を持っていて、活発な行動をして、強固な意志を持ち、苦境を楽しみ、自らの力に対する曖昧な理解――確かに似ているね」

 

 木村が言おうとした項目をフルゴウルが倍以上にして言ってくれた。

 彼が言おうとしたのは目的と活動くらいだ。

 

「同族嫌悪ということですか?」

「別物だよ。同族ではない。一つ相違を挙げるとして、リッチ君は人の話に耳を傾ける点で大きく違う」

「それは、まあ、たしかに」

 

 あのリッチは人の話をかなり聞く。

 きちんと聞いた上で是非や賛否を述べる。

 

「リッチ君は自己主張が激しいのだが、押しつけがましくはない。彼だけで完結している印象がある」

「そうですね。『お前たちがどう考えているかは知らんが、俺はこう思っている。だから俺はこうする』ってのが多いです」

「そう。一方で彼らは『私たちはこう思っている。だから、あなたたちも同じ事を思い、同じ行動をすべき』だ。これが根底にあるため、彼らは人の話をまったく聞かない」

 

 フルゴウルの言うとおり木村はギャンダーが苦手だった。

 思っていることを押しつけ。人の話を聞かない。

 

「まるで宗教だ」

「それは宗教をあまりにも広く捉えすぎているね。キィムラァ君の言いたいところはカルトだろう」

「そう、なのかも?」

 

 無宗教の人間からすると、カルトと宗教者はほぼほぼ同義である。

 どちらも「何かを深く信じている人たちの集団」で言い表されてしまうからだ。

 

「フルゴウルさんは彼らのような人たちは、その、嫌いではないんですよね」

「そうだね。扱いやすくて便利だ。彼らのような人たちを扇動したことがあるから知っているのだが、彼らは目的を手段で正当化するから派手にパフォーマンスをしてもらいたいときには使い勝手が良い。立場上都合の悪い人物に当てる時の片道切符としても使い捨てることができる」

「あぁ、そっち側の」

 

 そういえばこういう人だったと木村も思い出す。

 道具扱いだ、と考えたところで木村もこの話がどこに向かっているのか感づいた。

 

「……あの、もしかして、これって彼らを利用している人がいるって話ですか?」

「ようやくわかってくれたね。ギャンダーはリーダーだが黒幕ではない。操るにはちょうど良い駒だろう。彼らに空っぽな目的を植え付け、何事かを為そうとしている人物がどこかにいる」

 

 他の人が言えば、そうかもしれないねと思う程度だっただろう。

 しかし、今回は過去に同じことをしでかした人物が言うので説得力がある。あくまで説得力のレベルだ。

 

「その……、説得力はすごいあるんですが、本当に黒幕なんているんですか?」

「証明は簡単だ。このエリアは赤帽子活動が主というのは君も認めるところだろう」

「はい。それはそうでしょう」

「それならこのエリアの、君が言うボスにあたる存在は誰になるかな?」

「それはギャンダー……、あのもしかしてですけれど」

「ああ。倒してみると良い。きっとゲージは減らないよ」

 

 亡霊なので倒しづらいが、あの程度の亡霊であれば空に打ち上げて落下ダメージで倒せる。

 しかし、これは極めて非人道的な証明方法と言わざるを得ない。

 フルゴウルはわかって言っている。

 

「倒すのはちょっと。得意の魔眼で判断はできないんですか?」

「今のところできない。ギャンダー氏に魔法的な光はない。見える範囲で観察してもおかしな人物はいない。ここのボスは魔法を使わないのではないだろうか」

 

 魔法を使わないからフルゴウルもウィルもわからない。

 頭脳と言葉でギャンダーらを操る奴がいる。ある意味ですごい人物ではある。

 

「モルモーさんに頼んでみますか」

「それが良いだろうね」

 

 読心はモルモーの得意技だ。

 あっという間に誰が黒幕かを当ててみせるだろう。

 しかし、亡霊には魔法が通じづらいので読心も通じるかは怪しいところである。

 

「ところで黒幕を見つけてどうするのかな?」

「え、それは……あれ?」

 

 フルゴウルから唐突に疑問を突きつけられた。

 あまりにもシンプルな疑問だというのに、木村は答えが出てこない。

 

 広場エリアには姿を見せない黒幕がおそらくいる。

 その黒幕を見つけてどうするか? 特定できて満足するだけである。

 

「うん。今回の目的から逸れているよ」

 

 そもそも木村がここに来た目的は別にあった。

 墓場を作って良いか尋ねに来たのだ。

 

 どうしてこんな話にしてしまったのかフルゴウルを責めかけたが、そもそもギャンダーがリッチと似ているなんて脇道に逸らしたのが自分だと木村も気づいた。

 回り道をしつつ本来の目的を思いだし、木村はギャンダーたちを追う。

 

 

 ギャンダーに追いつき、墓場を作る意図を説明すると、情熱を持って感心され、あっさりと彼の許可を得た。

 対価として謎の活動に参加して注目を浴びることになったが、それも一瞬なので大したことはない。

 

 けっきょく黒幕がいようがいまいが、今はどうでも良いということで広場エリアから去った。

 

 

 

 その後も大きな動きはない。

 

 木村は四日目のゲージの変化を振り返る。

 

★四日目のゲージ変化と概要

王城:40%⇒39% 青竜の竜巻により兵士が一部死亡。

広場:40%⇒39% 青竜の竜巻による飛来物で住居が一部倒壊

貧困:40%⇒25% 水銀女性の攻撃により特殊能力者が死亡

北墓:3%⇒15% 墓場の拡大。マミーと霊魂が増えた

東銀:95%⇒90% 水銀を消費して部隊を移動

南竜:100%⇒80% あっさりやられる

西緑:80%⇒60% 青竜の竜巻により壊滅

 

 

 ようやく帝都エリアの減少が止まった。

 貧困は減っているが、あそこは最悪なくなってもかまわない。

 明日――五日目の注目はやはり東の水銀軍団が南の竜巻に対処するかどうかだろう。

 

 北エリアのゲージが増えていることも注目だ。

 本当に墓場が増えれば増えるほどゲージが増している。

 100%になるといったいどうなるのか不安にもなってしまうくらいである。

 

 

 明日は西エリアの宇宙生命体と話をしてみたいと思いつつ四日目を終えた。

 

 

 

127.イベント「Happy unbirthday eve」4

 

 五日目が間もなく開始される。

 

 けっきょくリッチは一昼夜かけて貧困エリアに墓地を作っていたようだ。ブラック過ぎる。

 北エリアの黒ゲージが20%を超えており、貧困エリアに迫ろうとしていた。

 アンデッドの数はゲージの進行に併せて増えている。

 

「ひっさびさに徹夜しましたねぇ!」

 

 ウィルもブリッジに戻っているが、目がキマっていた。テンションもおかしい。

 リッチと一緒に墓石と縁石を作っていたようで無精髭も見えている。

 

「勝てそうなの?」

「無理ですよ。神気量の増加割合で概算したとして、帝都全てを墓地にしても、とうてい青竜には及びません」

「そうなんだ。でも、量で足りない分は使い方でカバーすれば何とかなるんじゃ」

「まず無理です。水銀の軍団と同じことをするにはやはり相応の神気量が必要になります。これは初めからわかっていたことです」

 

 どうやっても無理らしい。

 木村は最後の一言が気になった。

 

「最初からわかってたの?」

「はい。夜を徹して勝てるほどあの竜巻は甘くありません。マスティーヌ教授の試験じゃないんですから」

「……じゃあなんで墓石作りを手伝ったの?」

 

 疑問である。

 最初から無駄だとわかっていてなぜリッチを手伝ったのか。しかも徹夜で。

 

「リッチ氏の神聖術に興味があったので近くで見たかったのが一つです。それに死霊術は滅多にお目にかかれませんからね。実際にアンデッドが生まれ出るところを、目のあたりにすることができたのは徹夜した以上の価値があると言えます」

 

 ウィルはとても満足そうな表情である。

 彼の顔とは裏腹にリコリスはわかりやすく嫌そうな顔をしていた。

 

「すごいんですよ。僕はアンデッドを生み出しているのがリッチ氏によるものだと思っていたのですが、本当に氏の神聖術の痕跡もなくアンデッドが湧き出すんです。しかし、当然として自然に湧き出すことはあり得ません。彼そのものにそういった力が宿っているのだと仮説が立てられます。また、霊体やマミー、スケルトンに指示を出していたようですが……、そうだ、キィムラァもぜひ来てください。彼はアンデッドと会話をしているようなのですが、僕は聞き取ることができませんでした。あなたなら聞き取れるのではないでしょうか。さらにですね。スケルトンやスピリットの個体も生前の――」

 

 矢継ぎ早に言葉が湧き出てくる。

 完全に徹夜明けのナチュラルハイ状態だ。脳内麻薬がすごそうである。

 木村もゲームで経験がある。この状態は切れた後がつらいのだが、大丈夫なのだろうか。

 

「おい。あまり入れ込みすぎるんじゃないよ」

「大丈夫です。僕は知りたいだけですから、相手を知ることで対策も立てられるでしょう」

「そう言った奴から取り込まれていって、帰ってこなくなったんだ。もしもあんたが取り込まれたら、わっちが始末するからね」

「はい! その際は是非とも王城の方達に使った神聖術でお願いします。間近で見てみたかったんです!」

 

 ハイ状態が過ぎる。

 今のリコリスは木村から見ても剣呑な雰囲気だった。

 その彼女に対して満面の笑みで言い返せる状態が、今のウィルの実態を表している。

 

「あんたは、休んだ方がいいね」

「いえ、今は眠れそうにありません。次から次に知りたいことが浮かんできて、それに対する仮説と実証法が頭を絶え間なく巡っているんです。東の水銀にしても、発動者を近くで見ることはできないでしょうか。どうやってあの軍団を作っているのか大変気になります。どう見ても神聖術の範疇を超えていますよ。地下に乗り込むわけにはいきませんか?」

「すみません。ちょっとペイラーフを連れてきます」

「そうしな。こんな危なっかしいのは近くにおいておけないよ」

 

 とうとう木村は医者を呼ぶことにした。

 ウィルのこれはもう病気だ。強制的な休養が必要だろう。

 

「キィムラァ、待ってください! 僕は今ここで止まるわけにはいきません! 神聖術の最奥に近づけている気がします。今を逃せば僕はもう辿りつけないんです!」

「もういい。良い子は寝る時間だよ」

 

 リコリスがウィルの目の前に指を立てた。

 指先に小さな火がポゥと灯り、火はゆらゆらと揺れる。

 その火を見つめていたウィルの瞼がゆっくりと閉じて、体も倒れた。

 リコリスがウィルの体を器用に支えた。

 

「……そんなこともできたんですね」

「この若造は一つだけ良いことを言ってた。『相手のことを知る』のは大切だとね。わっちも以前、奴らの技を知ろうとしてね。そのときに覚えた技だよ」

 

 あまり嬉しそうな表情ではない。

 敵の催眠術を研究して、自らも使えるようになったということだ。

 木村はリコリスは派手な攻撃技しか使えないと考えていたが、どうやらそういうわけでもなかったようである。

 

「鳥頭、こいつを医局まで連れてってやんな」

「はーい」

 

 トリキルティスが嬉しそうにウィルを担いで出て行った。

 

 きっと彼女は連れていったきりもう戻ってこない。サボる口実を手に入れたのだ。

 

 

 

 五日目は水銀軍団と青竜の突撃で幕を開けた。

 

 流れは四日目と基本的に変わらない。

 場所が南エリアだったということくらいである。

 青竜がまたしても竜巻で水銀軍団を巻き上げ、上空からのカウンターで死んだ。

 

 今回は距離をおいて見ているので、木村も昨日いったい青竜がどうやられたのかの解像度が上がった。

 上空で水銀がよせ集まって巨大な槍の形態を取り、そこからスピードを付けて落ちる。

 天罰を形にすればこういう魔法なのかなと感じた程度である。

 

「シンプルだけど強力に仕上げているね。防ぐのは難しいよ」

 

 大きさもあり、重さもあり、速さもある。

 対ボス用の攻撃としてはゾルの必殺技と似たようなものだ。

 しかも、槍が刺さったあとに内側からの攻撃が付け加えられている。

 

 防ぐのは難しいが、当たらなければどうということはない。

 魔法の準備、発動から直撃までの時間と普通に避けるだけの時間はある。

 付け加えるなら、槍は大きいが方向は急激に変更ができないので、ある程度のスペースと速さがあれば避けられる。

 しかし、青竜自らが作り出した竜巻が壁となり、避けるだけの時間とスペースを奪っていた。

 

「昨日は完全な油断。今日は様子見。明日は何かしら対応をしてくるだろうね」

 

 正式な戦いであれば昨日の時点で終わりだった。

 今回はゲームが元のため明日になればリセットされる。

 二日連続で同じ手段にやられたのだから、三日目になれば当然対策される。

 なんなら今日からでも対策されたはずだが、青竜の自らの力への慢心からやられたところが大きい。

 

 水銀の軍団は青竜を倒した後はさっさと引き上げていく。

 フルゴウルは王城との間で何かしらの話があったと考えているが、話ができない限りわかることもない。

 何にせよ、この二日間は帝都で竜巻の被害がほぼないことになる。喜ばしいことだ。

 

「西エリアに行きましょう」

 

 帝都エリアの動きも気にはなるが、さほど大きな動きはないと考えられる。

 二日前に挨拶した宇宙生命体と軽く情報を交換しただけで別れてしまっていた。

 

 今日は西エリアも無事なので、ぜひとも話がしてみたいと木村は考えていたのである。

 

 久々に穏やかな一日になりそうだった。

 

 

 

 さっそく西エリアにやってきた。

 

 今日は竜巻が来ないため、魔物がうじゃうじゃしている。

 うじゃうじゃこそしているが、カクレガのモニターで見る限りは落ち着いている。

 パーンライゼ区域やハムポチョムキキ平野を思い出す。大型の魔物はいないのでかなり地味なエリアだ。

 とりわけ大きな混乱も変化も見られない。

 

 イベントも五日目にもなり、一日の流れがわかってくる。

 おそらく一日に何度か、どこかのエリアで何かしらのイベントが発生する。

 

 三日目は西エリアに隕石が落ちた。

 さらに北エリアにてタイムマシンが出現した。

 

 四日目は貧困街エリアから東エリアにかけてセリーダ似の女性が現れた。

 

 一日目はあるかどうかわからない。

 イベントの開始そのものが何かしらのイベントとも考えられる。

 

 二日目は見逃している可能性が高い。

 もちろんこれは一日目にもあり得る話だ。

 

 今回のイベントで各エリアに人員が配置できるのは、イベントを発生させるための条件だからではないかと木村は考えている。

 あるいは条件ではないにせよ、発生した場合には観測するためには誰かしらの存在がいる。

 異世界では単純に木村たちがいれば発生する場合もあるだろう。

 いなくても発生するなら見逃すだけだ。

 

 イベントの見逃しを防ぐためにも各エリアに誰かを配置することは重要である。

 そのため今日は配置できるエリアにそれぞれ人員をおいた。

 

 南にゾル、北にはテュッポ、貧困街はシエイ、広場はフルゴウルである。

 西エリアにはリコリスかトリキルティスをおく予定だった。

 

「どこに行ったんだろう」

 

 西エリアの配置を決める前に、宇宙生命体と会って話をしたかった。

 しかしながら、その宇宙生命体がなかなか見つからない。

 

 二足歩行の犬型なので、目立ってすぐ見つけられると思っていたが、それらしき姿はない。

 

「地下に潜ったのかな?」

 

 宿主を犬から別の魔物に変えた可能性がある。

 水銀エリアのように、地下に潜れば避難することもできる。

 犬の魔物からミミズのような魔物に切り替えれば地下に避難できるだろう。

 

 フルゴウルを広場においてきたのは失敗だった。見つけることができない。

 ウィルも寝ていていない。起こすのも気が引ける。

 

「モルモーさんに頼んでみよう」

 

 彼女は竜巻が負けたのを見届け、朝飯を食べに行ってしまった。

 今ならまだ食堂にいるかもしれない。

 

 ブリッジを出て、食堂にいけば「ちょうど食べて出たところ」とリン・リーは話す。

 木村も慌てて食堂を出て、彼女の部屋に向かう。階段を上がったところでちょうどモルモーに追いついた。

 

「モルモーさん」

 

 モルモーは木村に声をかけられ、振り返ることもなく早足で逃げた。

 木村は慌てて後を追う。

 

「モルモーさん。ちょっと、なんで逃げるんですか」

「嫌です」

「まだ何も言ってないです。聞いてください」

「私は宇宙生命体に興味はありませんし、地上のイベントにも関わる気はありません。ましてや派遣員には絶対なりません」

 

 モルモーは今回のイベントに興味がまったくない。

 基本的に怠惰で、上司からも参加無用と太鼓判もあり、人死にもない。彼女は一かゼロしかないのである。

 アコニトとも似ているが、彼女は一とゼロに加えてマイナス一があり、三種類ある点で違う。

 

「いや、派遣するつもりはないです。宇宙生命体を探してもらいたいんです。姿が見えないのでお手上げなんですよ。ほら、リラクゼーションチケットもありますから」

「不要です。いつもそれで何かがしてもらえると思ったら大間違いですよ」

 

 彼女も疲れている時はリラクゼーションに行きたがるが、そもそも最近は働いてないので疲れていない。

 この提案を拒否される可能性は木村も考えていた。

 

「いいですか。従来の方法に頼りきるのではなく、新しい手法を探し求めることも大切です。特にあなたは今後も未知の壁にぶつかることが多いでしょう。小さな試練からコツコツと達成することが大きな試練を乗り越える際には必要です。今後のためと思って、今日は新たな手法を模索することに励んでください。それでは」

 

 こういうときばかり含蓄がありそうな言葉を並べてくる。さすがカクレガ三大老の一角である。

 その彼女の背中に木村は声をかけた。

 

「そういえば、昨日、クロエさんからもらった新たなお菓子の試作品があるのですが、モルモーさんはお菓子が嫌いではありませんよね。今回は甘さを控えめにしたもののようです。食後のデザートにも良いかと。お茶にも合います」

「なるほど、それは新しい。今までとは違うアプローチです。成長していますね。私の期待した成長とは方向性が違いますが、まあ、良いでしょう。今回はそれで手を打ちましょう」

 

 その後もモルモーはぶつぶつと小言を吐いていたが、木村ははいはいと頷く。

 彼にすれば時間も労力も少なく、同じ結果が手に入るのであれば手段にさほどこだわりはない。

 既存のもので解決できるならそれにこしたことはないのである。

 

 

 お菓子を口にしたモルモーの横で木村は結果を待った。

 

「――西エリアにはいませんね」

「え?」

「どこかに行ってます」

「地面の中とかではなくて?」

「それくらいなら探せます。間違いなく西にはいません」

「では、どこに?」

 

 尋ねてはみたが、木村も理解しつつあった。

 今回のエリア破壊戦には、亡霊達に一定のルールが課されている。

 朝の6時に復活して各エリアに戻されるとか、木村たちの攻撃は受けないが亡霊同士の攻撃は受けるとかだ。

 そのルールの中でも七エリア内は移動できるがエリア外には移動できないというものがある。

 もっと言えば、亡霊の発動した魔法さえエリアの外にはたどりつくことはない。

 

 七エリアの外に移動できず、西エリアにいないのなら必然的に他のエリアとなる。

 北と南は何もなく、一番近いのは帝都の三エリア。

 そこには――

 

「まずい」

 

 木村にとっては話が通じる超レアな外来宇宙生物だ。

 しかし、ウィルやフルゴウルにとっては話の通じないクリーチャー。

 

 しかも、二日前に話した時は今の状況はかいつまんで説明しただけ。

 彼(あるいは彼女)は種の生存が目的で遙か星の彼方から、この名も知らぬ星にやってきたのだ。

 そこでいきなり竜巻に遭遇し、ぶっ殺されて翌日には復活する。

 

 まず間違いなく意味不明な状況の渦中に彼はいる。

 その混沌の状況の中で、彼は生き残るために何をしようとするか。

 知性はあった。それならまずは同じような知能生命体から情報を入手するだろう。

 

 彼の事情・視点を考慮すればその行為は妥当と言えよう。

 もちろんこれは彼の側に立った場合であり、彼の行為は積極的で勇気ある行動と評価される。

 入手する方法についての言及を無しとすればだが……。

 

 木村の中に嫌な予感がひしひしと湧き上がっている。

 同時にわずかな安心感が生まれた。最近はこの嫌な予感が外れることが多い。

 

「――見つけました」

 

 モルモーが閉じていた目を開いた。

 特に彼女の表情から感情は感じさせない。それが木村に安心感を生んだ。

 

「王城エリアにいますね」

 

 木村は久々に言葉を失った。

 最近外れっぱなしの嫌な予感がついに当たった。

 安心感があればあるほど、予感が当たった時のダメージは大きい。

 

 特定外来生物(宇宙)が王城エリアにいる。

 犬の魔物の姿のまま王城に入ることはまずできない。

 そうなると宿主は犬から別の生命体に乗り換えたと推測される。

 

 犬や猫なら可愛いものだ。微笑ましいと言える。

 飛龍でもまだ可愛いものだろう。微笑みは消えるだろうが。

 

 明らかな問題は人を宿主にした場合だ。

 情報量は獣より遙かに多く、人によっては魔法も使えるし、飛龍を駆れる。

 命令一つで多数の人を動かすことだって可能だ。

 なにより宿主はもう助からない。

 

 おそらく彼は昨日から学習をしていたのだろう。

 自らがどこに行けるか、どこに行けばより多くの情報が得られるか。

 そして彼は青竜と違い、学習の成果を朝一で行動に移した。果断な行動と言える。

 

 ただ、もしも彼の積極性を逆の立場から見たらどうなるか。

 木村も映画や漫画で見たことがある。一つのジャンルとも言える。

 

 

 人、それを侵略と呼ぶ。

 

 

 

 木村はブリッジに戻り、全速力で王城エリアに向かうよう指示を出した。

 

 同時にメッセからも王城エリアに対して通信を送ってもらう。

 内部にそういった存在が紛れ込んでいることを知っておくことが重要だ。

 

『返答ありません』

 

 木村は地団駄を踏む。

 せっかく情報を得て発信しても、聞く耳を持たれなければ意味がない。

 

「あー、もう!」

 

 このままだとどうなるだろうか。

 あの宇宙生命体は知性があった。すぐさま殺戮を行うとは考えづらい。

 だが、王城側からすれば侵略者というか侵入者である。乗っ取りだ。気づかれれば戦闘は免れない。

 

 木村は自らの気持ちが乱れていることに気づいた。

 マップのカクレガアイコンが王城に近づくのを見ながら、深呼吸を一つおこなう。

 

 今回のイベントの形がまた見えてきたと彼は感じた。

 ルールの一部にあるように、現時点では亡霊同士でしか攻撃は通らない。

 そのためエリア間での争いが求められる。わかっていたことだが青竜がいなくなってよく見えてきた。

 エリア間の攻防戦というよりも侵略戦の要素が大きい。少なくとも東西南北のエリアはその因子を色濃く持っている。

 

 南は言わずもがな性格も力も侵略そのものだ。

 西はただの生存活動がそのまま侵略行為としてみなされる。

 北は地味だが、他エリアに墓場を作るという点で侵略していると言える。

 東はあの水銀軍団を他エリアにけしかければ力は充分だ。侵略の意思が薄いのが救いである。

 

 帝都三エリアは侵略エリアには感じない。今は、だが。

 王城は戦力こそあれど中途半端な武力だ。広場や貧困街は力がないに等しい。

 

 元のイベントはどういったものなのか。

 三エリアを四エリアから防衛するのが目的だったのか。

 しかしながら、時空間の混在を元どおりにする趣旨なので守るのは違うと感じる。

 

 とりあえずまだ時間はさほど経っていない。

 いきなり城の中で激しい攻防がおこなわれているということはないだろう。

 

「キィムラァくん、映像を見て」

「……おぅ」

 

 王城に近づいてきて、ケルピィに声をかけられモニターを見る。

 城から煙が出ている。白煙だ。火が見えないのが唯一の救いだが、さほど救われた気持ちにならない。

 

「あれ? よく見ると王城からじゃないね」

「……ほんとですね」

 

 さらに近づいてわかってきた。

 城からではなく、城の周囲から煙が上がっている。

 ますます近づき、王城の丘に赤帽子を被った集団がおしかけていた。

 ほっとしていいのかどうか、木村もわからなかった。

 

『フルゴウルから連絡。「一部の暴徒と化した集団が城に迫っている」とのこと』

「見たまんまだね」

 

 いちおう兵士たちは一定のラインを引いた状態で防戦をしている。

 時代こそ違えど帝都市民ということで一方的な市民への攻撃はしない方針らしい。

 今はまだそんなぬるいことを言っているが、帝国旗を燃やす炎が城の一部を燃やせばどうなるかわからない。

 

 一触即発の状況だ。

 しかも、見えないだけで城の外側だけでなく、宇宙生命体により内側ですら危うい。

 

 木村に迷いが生まれている。

 王城エリアには刻一刻と近づいているが、王からは立入禁止を厳命されている。

 混乱が起きている今なら、カクレガで地下からこっそり侵入して城の内部を見ることもできそうである。

 できそうではあるが、仮に宇宙生命体を見つけてもカクレガに誘導はできない。こちらはシステム的に立入不可だ。

 宇宙生命体を見つけて、話をつけた後に外へと連れ出す必要がある。

 

 立入禁止とは言われたが、そんなことを言っている場合なのか。

 宇宙生命体が話し合いで物事を解決すれば良いが、すでに侵略は開始されていると見て良いだろう。

 城の外から警告を告げて、トップに届くまでにどれだけの時間がかかる。

 

 そもそもトップに届くのか。外側があの状況だ。

 届いたとして手遅れにならないか。そもそも聞いてもらえるかと様々な疑問が木村の頭を巡る。

 

「……質問があります」

 

 木村は声にして問いかけた。

 彼の中で答えを出す踏ん切りが付かなかったからだ。

 

「立ち入りを禁止した相手が、危険を伝えに力づくで入り込んできたらどうしますか?」

 

 木村は問いかけたが、ケルピィ、メッセ、リコリス、おっさんの誰に問いかけたのかがはっきりしない。

 もしもアコニトがいれば間違いなく彼女に尋ねたがここに彼女はいなかった。

 このメンバーから返ってくる答えは予想がついている。

 

「わっちは――」

 

 口を開いたのはリコリスだった。

 予想はしていた。おっさんは無言だろうし、ケルピィは一歩譲っただろう。

 

『その質問には、あなたの心根が表れています』

 

 リコリスの言葉を遮って、メッセが告げた。

 被せられたリコリスはメッセをちらりと見て、黙って発言を譲る。

 

『危険を告げにくることと、立入の禁止を破ったことは別の話でしょう。警告は聞く。しかし立ち入ったのなら当然として敵対あるのみです。第一に、立入禁止の厳令は『もう我々に関わるな』という彼らの意思表示と自分は考えています。実際に入り込むことだけでなく、今までにおこなっていた警告もすでに厳令に抵触しています。――あなたが欲しかったのは擁護の言葉でしょうか? 「危険を告げに来たのだから、入ってもきっと許してもらえるよ」といったような。甘えないでください』

 

 言葉だけでなく、メッセの視線も木村を非難している。

 木村も優しい言葉は期待していなかったが、ここまでばっさり言われるとかえって決心が付く。

 

「いや、このメンバーに擁護の言葉は期待してない。むしろはっきり言ってもらえてよかった。カンフル剤になった。ありがとう」

『カンフ……? どういたしまして』

 

 木村は息を吐いた。

 メッセは基本的に木村に当たりが強い。

 カクレガに関する仕事以外では木村に関わろうともしない。

 

 ある意味で出会った当初からの姿勢が一貫している。

 彼は彼女のぶれなさが嫌いではなかった。むしろ好ましさすら感じている。彼にはないものだ。

 

「王城に乗り込んで、宇宙生命体を王城から引き離すすればどういった戦法が考えられますか?」

「パッと思いつくのは外と内で分かれることだね。陽動と侵入だ。陽動は王城の外で派手に暴れて城内部の兵士を外におびき寄せる。侵入は宇宙生命体を見つけて、城の外部に連れ出す」

 

 ケルピィが即座に案を出した。

 リコリスも頷き、肉付けをしていく。

 

「わっちが外で暴れよう。前回の印象もあるからね。効果はある。内側はトリキルと若造に任せるんだね」

 

 外側のリコリスは適任だろう。

 ウィルがいるのは宇宙生命体を感知できる人員だからだ。

 それにトリキルティスは力と速さで宇宙生命体を外に飛んで連れ出す役目になる。

 

「立入を禁止されただろ。本当に入っていいのかい?」

 

 リコリスがジト目で木村を見る。これは試している目線だ。

 木村もその点に関しては悩んだところだ。

 

 彼ら自身で解決できる可能性がなくはない。

 なんなら宇宙生命体がうまく立ち回り、何事も起きない可能性だってある。

 

 それなら木村たちの介入は、完全に余計なお世話だ。

 

「かまいません。もう諦めました。セリーダを彼らにどうにかして欲しかったのですが、彼らには無理です。周囲の状況も悪すぎます」

 

 セリーダに王たちの格好良いところを見せて、納得して消えて欲しかった。

 しかし、あまりにも状況が悪い。竜巻、水銀、リッチ、宇宙生命体と取り巻く環境が前提を大幅に超えた。

 

「この状況を彼らだけで解決できるなら、そもそも彼らは死んでいません。討滅クエストの竜だってうまく捌けています。現状でいけばセリーダが帝都の崩壊を見ることは請け合いです。なんなら彼らと一緒に自殺もあり得ます。しかも、セリーダだけが死んでも復活する、そうだよね」

「生き返るぞ」

 

 そうなるくらいなら、と木村は続ける。

 

「もう静観はやめます。徹底的に介入する踏ん切りが付きました。僕たちの介入により彼らの立ち位置を良くします。そのためなら彼らに敵対されて憎まれてもかまいません。王達も、他の勢力も、まだ姿を見せない博士か助手だって利用できそうなら徹底的に利用します。セリーダが立ち直れるなら全て良し。今回のイベントの最終目標はこれのみです」

 

 リコリスが黙って木村を見つめている。

 言い切りはしたが、この沈黙の視線が木村は苦手だ。

 間違ったことを言ったかもしれない。何かをきついことを言われるかもしれない。

 不安は数多くある。それでも木村はリコリスの目から逃げずに見つめ返した。これはやると決めたのだ。引き返すつもりはない。

 

「言葉が多いのは良くないね。やりたいなら『やる』とだけ言って実行に移せばいいんだ。……でも、迷いがなかったのはあんたにしては良かったんじゃないか」

 

 気になる言い方だが、木村はほっと息を吐いた。

 

「ケルピィさんの先ほどの案を採用します。現地での行動に関しては陽動のリコリスさんと侵入のトリキルティスさんに任せます。リコリスさんはトリキルティスさんとウィルを起こしてきてもらえますか。ケルピィさんはより具体的なプランの詳細を練ってください。メッセはフルゴウルさんとリッチさんに作戦概要を伝えて」

 

 三者三様の返答があった。

 木村も彼らが動き出してからモニターを見た。

 

 

 白煙と黒煙が混ざりつつある王城がどうにも頼りなさそうであった。

 

 今にも崩れ落ちそうなほどに……。

 

 

 

128.イベント「Happy unbirthday eve」5

 

 王城は内外ともに混乱していた。

 

 外は広場エリアの暴徒が押しかけており、兵士が鎮圧に動き出すかどうかの瀬戸際だ。

 そこにカクレガから放たれたリコリスが兵士たちに圧力をかけている。

 

 一方で内側は誰々がいないとか、外側をどう対処するかで騒ぎになっている。

 

「どう?」

「……あまり感じませんね」

「しっかりして」

 

 ウィルを起こしてブリッジに連れてきたのはいいが、まだ寝ぼけ眼である。

 徹夜の反動が出てきてしまっており、反応が極めて鈍い。「しっかりしっかり」とトリキルティスに頭をぺちぺち叩かれていた。

 

「あ、反応が出ました。高さはそこまでないので一階でしょう」

 

 運が良かった。

 カクレガはステルス機能こそ高いが、外に出られるのは地上部分のみだ。

 建物であれば一階までである。一階に対象がいるのであれば、近くまで移動してから外に出られる。その後は確保して城外に脱出すれば良い。

 

「もう少し先ですね」

 

 カクレガが進むにつれ、木村は嫌な気配を感じ始めていた。

 この通路は木村も過去に通った記憶がある。謁見の間がこの無駄に広い通路の途中にあったのだ。

 

「あ、ここです。この扉の先です」

「うわぁ……」

 

 木村は口から思わず声が漏れた。

 モニターに映る上等な扉は、彼の記憶にしっかり残っている。

 いろいろと思い出深い扉であった。そして、新たな思い出を刻み込もうとしていた。

 

「大丈夫ですか?」

「……いやぁ、どうだろう。この先しだいかなぁ」

 

 嫌な予感が、木村の中で極めつけに大きくなってきていた。

 外れていて欲しいが、外れていてもきっと良いことにはならない。

 

「行こう」

 

 カクレガは進む。

 扉の下をすんなりと潜り、モニターにはかつての謁見の間が現れた。

 

 探すまでもない。

 だだっ広い謁見の真正面に、まともな人影が一つある。

 アセンドス三世が玉座にかけていた。瞬きもせずまっすぐ前を向き、まるで人形のようだった。

 覇気も威厳もなくただただ無機質さを感じさせる様子である。

 その表情を見て、木村も嫌な予感が当たったと確信した。

 

「……いました」

 

 ウィルも言葉に詰まっていた。

 彼も玉座に腰掛けている男性が誰かを知っている。

 そして、ここには彼しかおらず、宇宙生命体の反応は彼から出ていた。

 要するに宇宙生命体は王を乗っ取った。混乱に乗じたとは言え、行動が速すぎる。

 

 木村が考えうる限り最悪の状態だ。

 この状況を避けるために突入したと言ってよいのに、もう手遅れの状態になっていた。

 

 体にうまく力が入らない。脱力してしまう。

 もう引き返したい気持ちでいっぱいだが、今引き返すとリコリスをけしかけたという事実だけが残る。

 先にリコリスをけしかけるべきではなかった。中の様子を見てからで良かったのだ。

 

「作戦を変更します。ウィルはここにいて。トリキルティスさんだけ一緒に出ましょう」

「君が出るの?」

「はい。彼は話が通じますから。僕が出た方が話が早いでしょう」

 

 モニターから目を逸らし、木村はブリッジを出る。

 トリキルティスとおっさんが彼の後ろを付いていき、廊下を早歩きで出口に向かう。

 

 話していったいどうなるのかも、言い出しっぺの木村ですらわからない。

 

 とりあえず話してみるかくらいの投げやりな気持ちである。

 

 

 

 カクレガの入口が開くと、玉座にかけていた人影が木村たちを見た。

 

「こんにちは。二日ぶりです。何をされているんですか?」

「現在、情報収集中」

 

 顔はアセンドス三世だが、彼がしないであろう表情としゃべり方である。

 感情が顔にも声にも乗っていない。人の記憶を読み取っているのか、口調は以前よりも人のものに近づいている。

 しかしそのせいかAIの搭載されたアンドロイドと話している気分にさせる。それでも人に近いので気持ち悪さが木村を支配し始めた。不気味の谷というやつだ。

 

「良い情報は手に入りましたか?」

「肯定。五人の体を移り換え情報を入手。現在の『王』の個体の情報量は、戦略的に前四人の情報量を上回る」

「ああ、そうでしたか。どうしてここに一人でいたんです?」

「演算をしていた」

「演算? 何の演算です?」

「生存のための逃走方法」

 

 木村は頭の中に疑問符が浮かんだ。

 トリキルティスを見るが、彼女はさっぱりわからないと晴れやかな顔をしている。

 

 彼女の顔を見て木村もちょっと元気が出た。

 木村はときどき思うことがある。もしも異世界で出た最初のキャラがアコニトではなかったら、この凄惨な旅路の行方は変わっていたのではないかと。

 思うだけで変えられるわけでもないので、すぐに思考は元に戻る。

 

「侵入した時と逆順で逃げれば良いのではないですか? 王城を出て、広場なり、貧困街へと行けば良いでしょう。人はたくさんいますよ」

 

 木村もやけくそ気味だった。

 どうしてこうなるのか、これを避けるために突入したのに全て無駄になった。

 彼らの立場を良くしようにもすでにトップが死んでいる。兵士たちは頭を失い混乱するだろう。

 

「おとーさまー! セリーダですよー!」

 

 扉の向こう側で聞き覚えのある声がした。

 今は特に聞きたくなかった声だ。声の調子からしてまだ状態固定のネックレスは外せていないようである。

 彼らに半ば押しつけたセリーダはこの調子。彼女を立ち直らせるという目的もまるで進んでいない。いったい全体どうしろというのか。

 

「黎燦国の魔道士がここに来る。どのルートも逃げられる可能性が極めて低いと演算される」

 

 セリーダの声にまったく反応を見せず、王(宇宙生命体)が告げた。

 木村も彼の言葉に理解が追いつかない。

 

「黎燦国の魔道士って東の水銀軍団ですか?」

「肯定」

「彼女たちがここに? どうして?」

「昨日、個体『王』は『黎燦国の魔女』と盟約を結んだ。互いに協力関係にある」

 

 木村も思い出す。

 昨日は西エリアで水銀軍団が青竜を倒した。

 その帰りに彼女たちが王城に寄った。その時の話が盟約だったのだと理解はできた。

 

 疑問は残る。

 盟約というが、水銀軍団のメリットが不明だ。力で簡単に支配できるだけの力量差がある。

 王城側が黎燦国に助けられることはあれど、その逆が果たしてあるのか。

 それに――、

 

「危険な状況と発覚しなければ来ないのでは?」

 

 外側でリコリスが暴れているが、外側から見て危険なのはその部分だけである。

 今すぐメッセ経由で手を引いてもらえば良いだろう。広場エリアの暴徒もいるが、あれは危険のうちに入るとは思えない。

 

 内側はもっとひどい状況になっているが、王がどうなっているかは外からわからない。

 わからなければ来ることもない。

 

「否。すでに彼女たちは動き出している」

 

 王が首を動かした。

 木村も彼の視線の方を見る。

 そこには水銀の兵が立っていた。

 部屋の片隅だったのでまったく今まで気づかなかった。

 

 木村が手を挙げて挨拶をしてみたが反応はない。

 人形のようにも見える。

 

「えっと、生きてるんでしょうか?」

「あの状態は生命活動とは明確に定義できない。知能はあり、定期的に情報を東へと発信している」

 

 最悪だった。

 一種の監視カメラである。

 

「え、じゃあ、最初から?」

「肯定」

 

 最悪の状態がさらに悪い状態へと進んでいる。

 最良は限度があるが、最悪に限度はなく常に更新されていく。

 

「どうしよう? 帰る?」

 

 トリキルティスも帰りたそうにしている。

 木村だって帰りたい。しかし、このまま逃げればますます悪い方に転がる気がして足が動かない。

 ちなみに幽霊体はカクレガに対しても範囲外扱いなので入れず、干渉できないことは判明しているので、引きこもってさえいれば実害はない。

 それでもやはり水銀軍団に追いかけられれば生きた心地はしない。

 

 

 トドメと言わんばかりに謁見の間の扉が開かれた。

 開いた扉の隙間からセリーダが入ってきた。

 

「あははー、キィムラァー。お久しぶりですー!」

「なっ! なぜあやつらが! 王様! ご無事で!」

「王の様子がおかしいぞ! 貴様ら、王に何をしたか!」

 

 おまけで付いてきた兵士や近臣たちが叫んでいる。

 木村は叫ぶ兵士たちの声が頭に入ってこない。もう彼らのことなどどうでも良かった。

 

「おとーさま。どうしましたかー?」

 

 セリーダは無邪気に木村たちへと近寄った。

 頭がおかしくなっていても、王の様子がおかしいことには気づく。

 彼女はさほど気に留めもせず王に抱きついて、楽しそうに笑っていた。

 

 王が無事なのは外見だけだ。

 またしても彼女に近しい人が害された姿を見せることになってしまった。

 

「演算終了。実行」

 

 渦中の王(宇宙生命体)が呟いた。

 セリーダが「変なおとーさま」とカラカラ笑っている。

 

「うわっ」

 

 王の目と鼻、それに耳から液体が溢れ出てきた。

 そして、その液体が意思をもったように動き、抱きついていたセリーダにとりつく。

 スライム上の粘液がセリーダの頭から額を伝わっていく。

 

「あはは、変な液ガボッ、ゲボ、ガッ、あッ」

 

 セリーダの開いた口から粘液が浸入していく。

 笑い声は瞬時に悲鳴に変わった。粘液を出そうと彼女はもがくが無駄な抵抗だった。

 あまりにも生々しい侵略行為に木村は動けなかった。もぬけの殻となった王の体が光に消えていき、倒れてもがくセリーダだけが残る。

 彼女の落ち着かない眼が正面に向き、あがいていた手が収まった。

 

「あははー。異常。おかしいですー。原因。おとうさまー。解析。みんな?」

 

 セリーダと宇宙生命体が交互に出てきている。

 不気味な状態だった。表情が文字通り明滅を繰り返している。

 

「斬っちゃうからね」

 

 トリキルティスが剣を構える。

 木村はトリキルティスの声は聞こえたが、反応ができなかった。

 

〈強、化〉

 

 トリキルティスの振るわれるよりも早くセリーダが起き上がる。

 起き上がり方が人の動きらしくない。まるでバッタが飛ぶように跳ねていた。

 明らかに自らに強化魔法をかけていた。セリーダは☆2で補助要員だが、強化の進み具合はカクレガでもトップ5に入る。

 ☆2なので素材の要求数が軽く、他に補助要員がいないのでロール別の素材が被らないというのも大きい。

 もしもセリーダがまともな状態で戦えば、余裕で兵士たちを凌駕する。

 

「あは! 特定。すごい飛びました! 解除」

 

 セリーダの手が動く。

 彼女の首にかかっていたネックレスを掴み、首から外した。

 定期的に笑っていた表情が、ピタリと収まる。木村も何が起きたのか理解できた。

 

 あのネックレスには状態を固定する効果がある。

 アコニトのクスリによる錯乱状態が固定されていたが、同時に宇宙生命体の取り憑きもある程度は防いでいた。

 そして今、ネックレスが取られ彼女は宇宙生命体に乗っ取られた。

 

「あ――」

 

 セリーダの眼球が上下左右にぐりぐり動いている。

 それ以外は完全に動きが止まった。木村は取り憑きの瞬間を初めて見たが、彼女の身に何が起きているのかをおおよそ理解した。

 

「トリキルティスさん。斬ってください。今がチャンスです。せめて一瞬で」

 

 先ほどは半ば乗っ取られつつあったセリーダ(宇宙生命体)に避けられたが、今なら抵抗なく斬れると木村は読んでいる。

 乗っ取りをして記憶を読むのであれば、読み込む時間が必要となるはずだ。

 そして、その情報量が多ければ多いほど時間はかかる。

 

 セリーダはラリってこそいたが、木村たちと半年間ほど過ごしてきた。

 仮にその時の記憶が残っているのであれば、その読込と情報の理解には相応の時間がかかる。

 

「わかった! 痛みもなく優しく終わらせてあげる!」

 

 トリキルティスが剣を振るったが、その剣は横から現れた影に阻止された。

 今まで状況を静観していた水銀の兵士が横から、彼女の振るった剣を槍で止めた。

 

「小癪な!」

 

 水銀の兵士は槍でトリキルティスの攻撃を防いでいる。

 強いのはセリーダにどこか近い女性だけだと思っていたが、この兵士も普通に強い。

 強化段階がまだ途上とはいえ、トリキルティスの剣を全て防いでいた。攻撃はほぼせず、セリーダを守ることに徹している。

 

 木村はウィルを連れてこなかったことを後悔している。倒すなら今のうちなのだ。

 今、倒せばセリーダは復活する。宇宙生命体も母体がやられれば少なからずダメージを負うだろう。

 後はカクレガに入って撤収すれば良い。ここで時間が潰されることがまずい。

 幽霊の兵士たちもそろってきている。

 

〈全能力強化〉

 

 セリーダの声だった。

 木村は彼女の穏やかな声を滅多に聴かないので誰の声か一瞬戸惑う。

 ペイラーフが静かに喋ると誰だかわからない現象と近い。

 

「わわっ!」

 

 トリキルティスが水銀の兵士に攻撃したが、逆に彼女が後ずさった。

 すぐさま距離を詰めて攻撃するが、先ほどまでと戦闘が変わっていることに木村でも気づくことができた。

 水銀兵士の動きが良くなっている。力も速さも技量すら増していた。

 原因はわかる。先ほど声で聞いたばかりだ。

 しかし理由がわからない。

 

「なぜ水銀兵士に強化をかけたんですか?」

 

 木村は戦闘をしている二人越しにセリーダ(宇宙生命体)に尋ねた。

 

「この個体を強化することが最善と演算された」

 

 道理に合わない。

 彼は水銀軍団から逃れる術を探していた。

 そうであればトリキルティスを強化してここから連れ出してもらうのが最善と木村は考えている。

 しかしながら、木村と宇宙生命体では前提が違う。宇宙生命体は王の知識も読み取っている。

 木村の知らない情報が彼にはあった。この場で一番情報に詳しいのは彼だろう。

 ここで木村は思い至った。

 

「もう一つ質問です。僕たちはどう動くのが最善でしょうか?」

 

 短時間でいろいろとありすぎて木村も考えが回らない。

 助けようとしたセリーダは宇宙生命体に支配され、立場を良くしようとした王城エリアはトップを失っている。

 木村もどうすればいいのかわからない。情報が足りず、仮に足りても演算能力もない。

 それなら一番詳しい存在に聞けば良い。彼はずっとそうやってきた。

 決断力から遠く、相談と協働こそが木村の武器である。

 

「ここからすぐに立ち去るのが最良」

 

 セリーダ(宇宙生命体)は落ちていたネックレスを拾い上げて自らの首にかけていた。

 すでに支配済みなのに首にかける意味が木村にはわからない。

 とりあえず指針を聞くことはできた。

 

「貧困街領域が最善」

「――ありがとうございます。トリキルティスさん、撤退です。おっさん入口を」

「わかったぞ」

 

 すぐにカクレガの入口がせり上がる。

 

 トリキルティスも水銀の兵士から距離を取った。

 兵士はトリキルティスを追ってこない。セリーダが宇宙生命体に支配されてなお彼女を守ろうとしている。それ以外では動く気配すらない。

 

 今は好都合である。

 カクレガの扉が閉まり、すぐに動き出した。

 

 リコリスを途中で回収し、貧困街へと向かう。

 

 

 

 ブリッジに戻ると、ウィルが机に突っ伏して寝ていた。

 

 カクレガは迫る水銀軍団を南に迂回している。

 水銀軍団が王城に行くか、カクレガを追うかに注目されたが王城に行った。

 王城エリアに行くのを見届けた後で、カクレガは宇宙生命体の言葉に従い貧困街エリアにたどりつく。

 

 貧困街エリアはアンデッドが目に見えて増えていること以外に大きな変化はない。

 リッチが我が物顔で墓作りをしているくらいだ。特殊能力者のすぐ近くで墓を作っているのは新手の挑発行為だと木村は感じるのだが、リッチ本人が極めて真面目な表情なので何も言えないし、そもそも声は届かない。

 彼らは地下にカクレガが来ていることにも気づいていない様子だ。

 

「……あ」

 

 戦況図のゲージに変化が生じている。

 王城エリアは王がやられたため約40%だったのが25%ほどになっていた。

 今はさらに緑のゲージが減った。50%を割り、40%に届かないくらい。45%ほどになった。

 

「やられちゃった」

 

 緑のゲージが大きく減ったということは、宇宙生命体がやられたということ。

 派遣者アイコンに出ていたセリーダも消滅してしまった。

 

 木村も意味がわからない。

 水銀軍団から逃走をするために彼はセリーダを乗っ取ったはずなのに、あっさりやられてしまっている。

 

 やられた事実を認めて不安になってくる。

 彼の勧めで貧困街に来たが、その彼があの有り様だ。本当に貧困街にいて大丈夫なのか。

 王城から出た後は東エリアに戻るだろうが、貧困街エリアはちょっとした寄り道程度の位置にある。

 

「来てるね」

「ええ」

 

 王城エリアを出た水銀軍団が貧困街エリアに向かっている。

 モニター経由の目視なのでまず間違いない。

 

 ギリギリまでカクレガで粘ることにした。

 上で墓作り作業をしているリッチと特殊能力者にはやや悪い気持ちになる。

 

 かくして水銀軍団が貧困街エリアにやってきた。

 路上に倒れていた人とアンデッドを容赦なく排除し、リッチと特殊能力者の前まで迫る。

 特殊能力者はまるで反応を見せないが、リッチはさすが水銀軍団の魔力に気づいたのか墓作りを止めて、立ち上がって迎えた。

 

「随分と粗暴な訪問だな」

「死人に用はありません。黙っていなさい」

「そう言うな。こいつは話し甲斐がない。それに水銀による創生魔法というのも気になっていた」

「出てきなさい」

 

 リッチの近くの地面から一体のスケルトンが出てきた。

 おまけと言わんばかりに別のスケルトンも地面から出てくる。

 

「お前たちに用事があるようだ。相手をしてやれ」

 

 リッチがスケルトンに話しかける。

 スケルトンも頷くように骨を鳴らして水銀の女性に体を向けた。

 

 水銀の女性が指を上げると、一瞬でスケルトン立ちが水銀の槍に貫かれ崩れて落ちる。

 継いで水銀の女性の殺意のこもった視線がリッチに向いた。

 

「冗談が通じないな」

 

 リッチは平気な様子である。

 モニター越しに見ていて木村も素直に感心した。場数を踏んでいる印象だ。

 単純に木村たちがここにいるということをわかっていないだけかもしれない。

 

「時に、水銀の魔法というのは俺も見たことこそ初めてだが聞いたことはある。ここまで応用が利くのならもっと使い手が増えても良さそうだが、やはり扱いが難しいのだろうな」

 

 水銀女性が指が動く。

 リッチも目の前に闇の玉を展開した。互いに臨戦態勢に入った。

 

「水銀は液体ならまだしも蒸気になると副作用も大きいと聞く。過去に多くの帽子屋がやられたともな。――狂ったようになるんだったか」

「あぁ……、あぁ!」

 

 互いの魔法が発現する直前、特殊能力者が叫んだ。

 怖い夢でも見たかのように天を仰ぎ、頭を抱えて震え始めた。

 男の叫び声が戦闘の合図になるかと思いきや、意外なことに水銀の女性の方が先に手を引いた。

 それどころか女性は男の側に近寄り、彼の肩に手を置いている。先日までの陰険な様子とは打って変わっていた。

 

「あなたは為すべきことを為しました。自分を責めるのはやめなさい。あの子もそれを望んでいません。もちろん私たちも」

 

 男は少し落ち着いたようだ。

 女性も男から離れ、リッチの横を通る。

 彼女の側面から現れた剣と槍が、瞬きする間も与えずリッチを斬り、貫いた。

 速すぎた。あまりにも一瞬の出来事にやられたリッチも唖然とした表情で崩れ落ちていく。

 

「あなたたちの友人には借りがあります。本日は警告だけにとどめましょう」

 

 水銀の女性が指を上げた。

 

「ぐっ、がっ」

 

 水銀の槍の一本がリッチに刺さった。

 さらに剣も現れて、リッチの体に突き刺さる。

 崩れ落ちたリッチに容赦なく水銀の槍と剣が次から次へと突き刺されていく。

 

「懲りずにまた王城へ踏み込むのなら――」

 

 水銀の女性の瞳がモニター越しに木村とあった。

 静かな殺意に木村も息を呑む。

 

「次はあなたたちがこの死人と同じ有り様になります」

 

 トドメの一撃がリッチを貫き、彼の体を光に消した。

 水銀の女性は一顧だにすることもなく貧困街エリアから立ち去り、東エリアへと帰っていった。

 

 木村たちは沈黙でその背中を見送る。

 

 とりあえずリッチには明日にでも謝っておこうとも決めた。

 

 

 

 夜になった。

 

 五日目も終わりが近づいている。

 朝の出来事を見てからは特に大きな変化がない。

 小さなイベントがどこかで起きると考えていたが起きなかった。

 あるいは起きたが見逃したか、起きる条件を満たさなかったということもありえる。

 

 

 とりあえず木村はブリッジでひとり、五日目の変化を振り返った。

 

☆五日目のゲージ変化と概要

王城:39%⇒23% 王が乗っ取られて死亡、一部の兵士が死亡

広場:39%⇒38% 暴徒化した一部市民が水銀の軍団により抹殺された

貧困:25%⇒24% 一部の人が水銀軍団の攻撃を食らって死亡

北墓:15%⇒35% リッチ消滅。墓場はアンデッドが拡大。各種アンデッドが増加

東銀:90%⇒85% 水銀を消費して部隊を動かす

南竜:80%⇒60% やられる

西緑:60%⇒45% 宇宙生命体が死亡

 

 とうとう王城エリアが最下位になってしまった。

 それでも1日20%しか減らないなら、あと二日は朝を迎えることができる。

 

 最下位の王城エリアとは逆に、開始時は1%だった北の墓場エリアは35%前後まで来ている。

 リッチがやられても、アンデッドが勝手に動いて墓場を拡大していく。そもそもリッチがやられてもゲージにまったく影響しない。

 すなわちあのリッチは北エリアのボスではない。

 もしもこのゲージが100%になったらいったいどうなるのか。

 当初は考えもしなかった不安が木村の中で大きくなっている。

 

 気になる点として王城エリアでサポートにおいていたセリーダのアイコンが消滅した。

 以前、南エリアにおいたリコリスが青竜にやられた時は暗転だったはず。なぜセリーダ(宇宙生命体)が別れる間際にネックレスを首にかけたのかが、今さらながら理解できてきた気がしていた。

 あのネックレスは着用時の状態を固定化させる。それなら明朝の開戦時は……。

 

 イベントも五日経って場が一種の安定を見せ始めた。

 青竜は開幕で倒され、残りのエリアは膠着、西と北は活動こそしているが全体を揺るがすほどの変化にはならない。

 最大の脅威と感じられた南エリアは、脅威故に真っ先に倒されようとしている。

 そう、場は着実に安定した状態へ向かっているのだ。

 

 さて、明日はイベントも六日目だ。

 本イベントとは別に気になる点が木村にはあった。

 前回のイベントでは、六日目に討滅クエストⅡの実施が宣告された。

 さすがに討滅クエストⅡが一ヶ月で再度開催されるとは思わないが、別のイベントを同時開催することは考えられる。

 安定という言葉をあざ笑うかのように開催されるのが、このサ終が確約されたクソゲーの特徴である。

 もちろんゲーム内では単純にイベントの中だるみ防止だろうが異世界ではさにあらず。

 ……どちらにせよクソゲーなのは変わらない。

 

 懸念や予想は数多くあるのだが、もっとも気になっていることは別にあった。

 朝に会った水銀の女性が口にしていたことである。

 

“あなたたちの友人には借りがあります”

 

 リッチを見せしめとしてなぶり殺す直前、彼女はこう言っていたはずだ。

 あの時は頭の中を素通りしていたが、後になってから気になってきた。

 

 木村たちと彼女の共通の知り合いとなると、イベントでのゲストを除けば一人しか考えられない。

 東エリアに浮かんでいるアイコンに目がいった。

 

 派遣したアコニトである。

 クスリでトんでいるときの顔写真が四角形の中に映っている。

 顔写真には悪意を感じるが、他のアイコンも似たようなものなので気にしない。

 水銀の彼女は“借り”と言っていたので、アコニトが何か彼女たちにとって良いことをしているはずだ。あのアコニトが。

 

「何やってるんだろう?」

 

 声は部屋に溶けていく。

 

 

 五日目は終わり、六日目を迎える。

 

 

 

129.イベント「Happy unbirthday eve」6

 

 六日目が始まった。

 

 最初の流れは変わらない。

 東の水銀軍団が、青竜を討つべく南へと動く。

 青竜のいるであろう竜巻も東の水銀軍団へと向かっていく。

 両雄が今日も一騎打ちとなる状況だ。かくして戦闘は始まった、のだが……。

 

「青竜はもしかして竜巻しか使えない?」

 

 木村は青竜の戦闘スタイルに疑問を呈した。

 二日前は水銀軍団の急襲だったので、青竜が為す術なくやられたのもわかる。

 しかし、昨日は少なくとも青竜も注意して戦い、敗れはしたがどうやってやられたか理解したはずだ。

 今日はその理解を元に青竜も対策を打って出ると木村は当然のように考えた。

 

 結果は竜巻で打上げからの水銀大剣の急降下である。紐の切れたダモクレスの剣だ。

 三日連続同じ死に方。まるで学習していない。

 

 水銀の剣に貫かれて、竜巻が消えていく。

 ここから起死回生の一手があるかとブリッジ一同の頭をよぎったが、そんなこともなく青竜は消えていった。

 対策と言えば、せいぜい最初にぶつけた竜巻が本体のいない遠隔操作竜巻だったくらいだろうか。

 水銀軍団は上空で形態を変化させて飛ぶことで、青竜の上まで移動し、そこから一撃を加えた。

 

「どうして自分の竜巻を消さなかったんだろう」

 

 自ら逃げ道を塞いでしまっている。

 遠隔操作の竜巻だけなら、水銀軍団が空に打ち上がってからも別の手段が取れた。

 少なくとも落ちてくる水銀の剣を避けることはできたに違いない。

 

「複数の竜巻を発生させる条件として、『自らを巻き込む竜巻を作ることが必須』とかかな」

 

 フルゴウルは可能性を口にしたが、彼女自身もこの発言に疑問を抱いている。

 木村はゲームとしてはありだと考えたが、青竜はゲームのキャラではない。そんな制限があるとは思えない。

 魔法の制限としてそのようなものがあるのか? 専門家であるウィルに一同の視線があつまった。

 

「神聖術として、そのような制限があるとは考えられません。むしろ出さない方が利点は多いでしょう。当然としてあれだけの巨大竜巻を持続させる力が必要ですし、操作も倍以上の難度になります。視界も奪われ、今回のように自らの行動に制限をかけます」

 

 専門家として青竜の戦闘パターンには別の疑問があった。

 木村が戦闘中に口にした疑問と同様である。

 

「加えて、キィムラァの最初の疑問にも答えますと、青竜は竜巻以外も使えるはずです。あれだけの巨大竜巻を複数発生させ、維持させ、操作する力があるのです。大規模で大雑把な術だけでなく、小規模で繊細な魔法も同様に扱える技量はあると考えるべきでしょう。大規模な神聖術も基本と基礎の積み重ねの上に成り立つものと教授も仰っていましたから」

 

 この言にはリコリスも小さく頷いた。

 竜巻の制限はなく、他の術も青竜は使えるという推測だ。それではなぜ竜巻だけで戦うのか?

 しかも無駄な竜巻まで発生させてまで、だ。

 

「戦術を考える頭がないとか?」

 

 木村があっけらかんと口にする。

 周囲もさすがにそれはないだろといった顔をした。

 木村なりの冗談だと考えたようで、フルゴウルなどは微笑んでいた。

 

 冗談に取られてしまったが木村は本気で口にしていた。かくいう木村にも経験がある。

 あまりプレイしないのだが戦術、戦略ジャンルなどでガチャ産の強い武器や技があるとそればかりをバカの一つ覚えのように使う。

 やがて敵が強くなり強武器や強技で対処できなくなった時にツケが回ってくる。

 本来、その進度までに覚えるべき戦術や細かいシステム・仕様を覚えておらず、育てておくべき他のキャラも育てず、レベル1のまま放置されたまま。

 その結果、どうやって倒せばいいのかわからず、攻略サイトで調べても、今度は育てるのが面倒になり、かつ、それ以降も面倒な敵ばかりと知り、ゲームをアンインストールする。

 木村がやりたいのは頭を使ったギリギリの戦術勝負ではなく、圧倒的力による無双プレイなのだ。……元を正せば戦術・戦略ゲーなので木村の言っていることの方がおかしい。

 青竜も竜巻で雑魚(人間)に対して無双プレイしていたので、強敵との戦いがわからないのではないか。

 脳死状態で最強の攻撃技と最硬の防御技を発動していれば大丈夫という流れが体にしみこんでしまい、身動きがとれなくなってしまう。

 

「――と、ゲームでもこういうことがあるんだ」

 

 木村は説明してみたものの、場の理解はよろしくない。

 ゲームの話を現実に持ってきたのが悪かった。

 

「大きな力に頼りすぎた代償という視点だね」

 

 フルゴウルがうまくまとめてくれた。

 

 木村はちまちまとした戦術ゲーの戦い方は苦手だ。

 話も同様である。推論を重ねるよりも、さっさと答えが知りたい。

 

「おっさんはどう思う?」

 

 答えを知っているであろう人間に尋ねることにした。

 直接的に尋ねても無言なので、あくまでおっさんの考えとして解答を引き出す。誘導の仕方ばかりうまくなってくる。

 

「こだわりがあるのかもしれないぞ。どんな相手でも全力で潰すようにしているのかもな」

 

 木村が想定していたよりもすんなりと答えてくれた。

 おっさんの言を聞くに「獅子は兎を搏つに全力を用う」というものだろうか。

 青竜は自らを獅子と考え、その他を兎と考えている。どんな雑魚でも全力の竜巻を用いている、と。

 

「それが正しいなら、キィムラァくんの言っていることも当たらずとも遠からずだね」

「どういうことです?」

「強大な力はあるが、適切に扱う力が欠けている。おもちゃを与えられた子どものようだね」

 

 強大な風魔法を与えられ、それを全力で振り回して楽しみながら周囲をなぎ倒す思慮の浅い子どもとフルゴウルは結論づけた。

 子ども故に聞き分けは悪い。叱りつけるにもそれを上回る力が必要になる。

 

「要するに戦い方に固執しているから、残りのゲージも同様の手段で倒されるということですよね」

「そうなるだろう」

 

 青竜のゲージは残り40%になった。

 明日と明後日も水銀軍団に開幕討伐されれば0%になり退場のはずだ。

 

「――何事もなければね」

 

 フルゴウルが最後にこぼした言葉が木村の耳に残った。

 

 

 

 青竜が倒され、青竜の性向を議論している間、カクレガは西エリアに向かっていた。

 

 木村は西エリアの宇宙生命体について気になっていることがあった。

 カクレガは西エリアの東側、すなわち帝都エリア付近にたどりつく。

 

「キィムラァくん、これ」

 

 一番先に異常に気づいたのはケルピィだった。

 ブリッジのモニターにその異常を映し出す。

 

「……ああ、やっぱり」

 

 モニターには一つの人影が走っている姿があった。

 セリーダである。

 

 セリーダはいつもの笑顔がない。

 まったくの無表情で帝都へ向かって走っている。

 走るフォームもお姫様走りとか微笑ましいものではなかった。

 まるで世界陸上かオリンピックかというような堂に入ったフォームである。

 人間での二足歩行で最高速を出すための技術が走り方に現れていた。

 

 ヒラヒラしたスカートも邪魔だったのだろう。

 大腿部付近で破られてしまっている。

 

「美しい走り方だな」

 

 セリーダについての言及、その第一声はおっさんであった。

 木村たちは理解はできても言葉が出るところまで追いつかなかった。

 

「あれってやっぱり、というか間違いなくあの宇宙生命体だよね」

「そうだぞ。身体強化もうまく使っているな」

 

 おっさんはあっさりと認める。

 彼はセリーダ(宇宙生命体)の身体強化にも言及した。

 おっさんの言う「うまく使う」とは、強力な身体強化を使っているという意味ではない。

 体全体に統一的な強化をかけるのではなく、身体の各部位に適切な強化を、強度を変えてかけているということである。

 しかし、これをこの場で理解したのは誰もいない。

 

 木村は走り方以前になぜセリーダがここにいるのかを理解しているところであった。

 事前にこの可能性は想定していたので、大きな驚きはない。

 

 宇宙生命体がセリーダを乗っ取ったという事実。

 宇宙生命体が城で最後に状態固定のネックレスを拾った理由。

 王城エリアのサポートからセリーダが消えた仕様。

 

 これらを整理すると現状はあり得た。

 

「予想どおりだったね。おめでとう」

「外れて欲しかったですけどね」

 

 ケルピィとは昨夜のうちにこの可能性を話していた。

 宇宙生命体の乗っ取り状態が固定され、六日目は宇宙生命体がセリーダの状態で開始された。

 

「どうしよう?」

 

 宇宙生命体が六日目をこの状態で始めることは木村も予想していたが、この先をまったく考えていない。

 彼女を捕まえて話そうともまったく思わない。むしろ関わり合いたくなかった。

 

「泳がせておいた方がいいかもしれないよ」

 

 一同が無言の中でケルピィが案を述べた。

 彼もこのことを木村と話していたので、受け入れるスピードが他よりも速かった。

 

「彼あるいは彼女の行動は積極的だ。情報を吸い取る機能と話ができる姿勢がある。下手に行動を制限するよりも自由に行動させることで、僕たちだけでは得られない情報を収集してくれるかもしれない」

 

 異存はない。

 セリーダを元に戻す話が出ても良さそうなのだが、さほど誰も彼女に興味がなかった。

 強いて言えば木村にはわずかに戻す気があったのだが、この場での議題に乗せることができずにいる。

 

 その原因は大きく二つ。

 一つは力づくで戻すほどのメリットが薄いこと。状態は固定されたが、少なくともイベントが終われば彼女は元に戻るだろうと考えていたこと。

 もう一つは得意の問題の先延ばしである。木村は今後のイベント展開を考えている。考え得る限り最悪の展開である。もしも彼女を元に戻すことでその展開を見せることになる。

 彼女の壊れた心を戻すためのイベントにする予定だが、トドメを刺すイベントになりかねない。

 

 木村には今一歩踏み込みが足りていなかった。

 

 

 

 西エリアでのイレギュラーを確認だけに留めた後で、木村たちは北エリアに向かった。

 

 ウィルによるとリッチはまだ北エリアから動いていないようである。

 昨日は水銀軍団の襲撃に巻き込んでしまったので、お詫びをしにいこうと考えていた。

 お詫びと言ってもソシャゲ運営のように何かを差し出すつもりはない。せいぜい言葉と態度だ。

 実質的な物は何一つ出さないが口は出す。これが無課金勢の在り方である。

 

「出てきたか」

 

 木村がカクレガから出ると、リッチがすぐさま応対した。

 まるで気づいていたような口ぶりである。

 

「気づいていたんですか?」

「以前よりも力が増しているからな。お前らの移動拠点は存在を感じない分、周囲との魔力や存在との境界で違和感がある」

「……あの、それってもしかして昨日もわかってました?」

「無論だ」

 

 木村も居心地が悪くなった。

 とりあえず早めに謝っておくにかぎる。

 

「巻き込んですみませんでした」

「ああいったことをするのなら事前に言っておけ」

「はい」

 

 木村も反省する。

 協力をもちかけておいて勝手に城に突っ込み、さらには後始末に巻き込んでしまった。

 逆なら切れているところだ。ひとまず事情を話し、先ほどまでの見たこと聞いたことを説明する。

 

「――なるほど。しかし都合が良かった。奴らの力量を測れたからな」

「水銀軍団の力量ですか。どうでした?」

 

 木村には一方的にリッチがやられたようにしか見えた。

 このリッチもそこまで弱くはないはずだが、力量差は素人でも明確に見て取れる。

 

「見ていたとおりだ。あいつらは強いぞ。しかし、青竜よりはやりようがある。あいつらが無類の強さを示すのは武器の届く範囲だ。遠距離を保てるなら戦いはできる」

 

 リコリスも似たようなことを言っていた。

 青竜よりはまだ戦えるだろうね、と。青竜はそもそも近づけないが、水銀軍団は近づける。

 彼らは超強力な魔法使いというよりも、魔法を使う武芸者集団という側面が強い。集団での連携もできているが連係攻撃を捌ければ勝ちようもある。

 

「ところでどうしてここに?」

 

 木村は話を変えた。

 リッチが北エリアにいることに違和感があった。

 彼本来のエリアなのでおかしくはないのだが、ここ数日は帝都エリアに墓地作りに行くのでここにいるのは珍しい。

 

「あの女が蘇りそうだぞ」

「え?」

 

 木村はあの女って誰だと考えを巡らせ、すぐにたどりついた。

 リッチの見つめる視線の先を見ればわかる。そこにはタイムマシンの残骸が埋まっている。

 前半の「あの女」が誰かはわかったが、後半の言葉が気になってきた。

 

「蘇る?」

「ああ。蘇る予兆を感じるな」

「蘇るんですか? 博士か助手が?」

「そうだ」

「……どうやって?」

「アンデッドとしてだ」

 

 それはそうだ、と木村も頷いた。

 カクレガの一員でも、霊体でもない以上は時間によるリセットは認められない。

 しかし、アンデッドによる復活と聞くとあまり良い印象はない。あまりを付ける意味もなかった。悪い印象だけがある。

 

「……アンデッドで蘇るとどうなるんですか?」

 

 骨になって働くアンデッドは見た。

 空にふわふわ浮かぶものや、腐った肉体のものも見た。

 木村もわずかに声が聞き取れるが、非常に聞き取りづらいものだった。

 そもそもまともな会話ができる個体が少ない印象がある。

 

「個体差は大きいな。数えたわけでもないが大きな未練がある奴ほど、蘇った時の自己の認識は強い印象がある。そもそも未練がない奴はアンデッドになってまで蘇らない」

「そんなものなんですか?」

「当然だ。為し得たものが生に未練を残すことはない。そいつはもう死んでいないというだけだ」

「よくわかりません」

 

 死生観に木村は興味がない。

 それよりも博士か助手が蘇ったときにどうするかだ。

 今回のイベントの趣旨は博士にタイムマシンを直してもらって、時空間の歪みを直してもらうというものだったはず。

 

「蘇った博士か助手にタイムマシンを作り直してもらうこともできるんですかね」

「それは俺からは何とも言えんな。過度な期待を与えないよう言っておく。蘇ったアンデッドが生前と同じ状態とは思わないことだ。知識や倫理観の欠落は当然のようにあるぞ。比較的まともな俺ですら、倫理観がおかしくなっているからな」

 

 木村も納得した。

 やたらリッチが夢を語るのは変だと思っていた。

 今の話でそのあたりの感覚がこのリッチから欠落したのだと行き着いた。

 

「この予兆から推察するに、女は早ければ今晩にでも蘇るだろう。今日、俺はここに腰を据え墓石を作ることにする。詫びにきたというなら言葉だけでなく態度で示せ。あの若い男を俺に貸せ。墓石作りを手伝わせる。あいつは才能があるぞ。それに運が良ければ蘇るところを見られるかもしれないと伝えれば喜ぶだろう。ネクロフィリアだろ、あいつ」

「……え?」

「あの男はスケルトンやマミーを食い入るように見ていたぞ。俺も初めてあの手の嗜好の持ち主に会った。なに、生前ならまだわからんが、今は悪い気がしない。じっくり見させてやろう」

 

 猛烈な誤解がある。

 しかし、木村は誤解を正そうとは考えなかった。めんどうだ。

 

「すぐに呼んできます。きっと喜びます」

「ああ」

 

 実際にウィルを呼ぶと喜んでいた。

 木村も説明が省けて嬉しいし、ウィルも死体復活の過程が見られて満足、リッチもたくさんの墓石が作れてご満悦。

 

 きっとこれが三方良しというやつだ、と木村は間違った納得をした。

 

 

 

 時刻は12:00。

 食堂も混雑し始めた。

 

 ピッピコーン!

 

 雑音の中でもその音はよく響く。

 イベントとほぼ関係ないキャラは手を止めず食べ続けるが、関係者は食器を投げおいて寄ってくる。

 

 おっさんもプロテインを片手に立ち上がり、木村に反対の手で手紙を差し出す。

 木村が手紙を受け取ると、おっさんはプロテインを飲み干し、筋肉に手を当て筋肉の声を聞き取ろうとしていた。

 

 今回の通知は予期していたので、木村に驚きはあまりない。

 良い通知ではないことは開けるまでもなく確定している。予期できるタイミングで通知を送ってくる運営に焼きが回ったかと心配する余裕だってあるほどだ。

 

「“イベント『Happy unbirthday eve』後半戦開始”……あれ? まともだ」

 

 イベント自体がまともじゃないので後半戦もまともではないのだが、告知内容自体は特段おかしなことはない。

 期間限定イベントの中だるみ防止として、一部のステージやボス戦が2週目から開始されることはある。

 木村は手紙の内容を読んでいく。

 

「えっと……、“みなさま、今回のイベントはお楽しみでしょうか?”――いいえ。“明日の6:00からイベント『Happy unbirthday eve』の追加ステージ『Unhappy rebirth』が開放されます。『Unhappy rebirth』は各エリアでのチャレンジステージに挑むことができるようになり、ストーリーで現れたキャラがパワーアップして貴方の前に立ちはだかります。死力を尽くして彼らを撃破し、報酬を手に入れましょう”」

 

 よくある高難度ステージだ。ボスや他のキャラがやたら強くなって出てくる。

 倒せると無償石が手に入るが、無理して倒さなくても大丈夫なやつである。ゲームの場合では、だが。

 

 文面にはまだ続きがあった。

 

「“また、追加ステージの開放に伴い、既存ステージを攻略する場合、既存ステージでの戦闘中にエリアに対応した助っ人キャラクター(※)が現れるようになります。まずは彼らと協力して既存ステージを攻略しましょう。”……余計なことを」

 

 初心者の救済策だろう。

 途中でゲームをやめる新規プレイヤーの退場数を減らす目的だ。

 助っ人での攻略の場合は自動周回ができませんと注記もされている。いちおうクリアだけさせて報酬を手に入れさせる。あるいはシナリオだけ読ませるつもりらしい。

 注意事項がさらに続く。

 

「“なお、助っ人は一日に一度、一つのエリアにしか現れません。まだ踏破できていないステージから挑戦してみましょう”」

 

 どこかのエリアに助っ人Aが現れたら、別のエリアでの助っ人Bが同日では現れない。

 助っ人はエリアごとにそれぞれ別のキャラで7人いるということである。

 前回の討滅クエストⅡとも似たような状況だ。

 日替わりの助っ人とも考えられる。

 

 文面も最後の行に近づいた。

 キャラにうたれていた※印の注意書きである。

 

「“※一部の助っ人キャラクターはシナリオのネタバレを含みますのでご留意ください。シナリオ上で死んでいるキャラクターや相対することがないはずのキャラクターも登場します。ボスによっては専用の掛け台詞も現れます”……死んだキャラねぇ」

 

 ゲームだからそういったものもありだと木村は思う。

 原典派はどうか知らないが、公式から発せられるifストーリーは魅力的なものがあるのも事実だ。

 

 これで全て読み終わった。

 近くにいたおっさんやフルゴウル、それにリコリスを木村は見る。

 木村としては予想していたものより気楽な話だと感じたので、彼らの渋い顔は自らの感想とギャップがあった。

 

「私が思うに、これはまずいんじゃないかな?」

「だろうね。すぐに伝えるべきだ」

 

 フルゴウルとリコリスが会話をしている。

 同じ場所にはよくいる二人だが、あまり接点がないので会話するシーンは珍しい。

 

「どこがまずいんです?」

「私たちの共通点だよ」

 

 フルゴウルが自らとリコリスを示した。ついでにおっさんも入っている。

 木村も遅れて気づいた。全員が死人である。

 

 そして、木村も何がまずいのかを察した。彼自身が前回のイベントで見た。

 アコニトが死んだはずのリコリスを見て動揺していた。逆にリコリスも殺したばかりのアコニトが現れたのを見て精神のブレを抑えきれなかった。

 

「彼らもまた死人だろうが、それでも現れるだけで動揺する相手はいるだろうね」

 

 そうですね、と返答しつつも「そんなものだろうか」と木村は疑問だった。

 しかしながらスタメン二人に言われれば無視することもできない。

 

 食事を中断して、ブリッジに集まりメッセを通じて各エリアにメッセージを送った。

 王城エリアは接触が禁止されていたのとセリーダがすでに消えたので送っていない。南エリアも青竜は倒されて鶏だけなので然りだ。

 北エリアや帝都エリアは反応してくれるだろうが、東エリアや貧困街エリアは期待できない。

 

 メッセージの内容はシンプルだ。

 “明日から新しいイベントが開始されます。あなたと関わりのある死んだはずの人が現れて襲ってくるかもしれません。どうか気をつけてください”

 

 詳しく説明するとして、どこまで詳しくするか迷ったのでもうこれで送った。

 正直わからせる気もさほどないし、不親切と言われても仕方がない内容であることは自覚している。

 そもそも送り先の彼ら自身が過去の欠片を集めたような亡霊である。今さら助っ人の死人が現れたところでどれほどのことがあろうかというのが木村の正直なところだった。

 

 この認識は夕方を待たず変えられることになる。

 変転の第一歩は意外なところからだった。

 

『反応がありました。東エリアからです』

「えっ、東? 東って東?」

『東です』

 

 無視を貫くと考えていた東エリアが真っ先に反応してきた。

 メッセージに関することではなくて、私たちに干渉するなというお叱りかと木村は疑う。

 

『“詳しく聞かせなさい”ということです。続いて帝都エリアからも応答あり。セリーダからも応答が来ています。リッチも応答を求めています』

 

 東どころか他のエリアからも問い合わせが来ている。

 想定以上の反応だ。

 

「貧困街エリアは?」

『応答ありません』

 

 安定の貧困街エリアで木村はなぜか安心してしまう。

 しかし、想像以上の反応にどこから返答したものか木村も迷い、フルゴウルに助けを求める視線を送る。

 

「せっかくの機会だ。一堂に会するのはどうかな。昨日の敵は今日の――、という言葉もある。明日はどうなるかわからない。情報を共有しておくべきだろう。場所は南エリアでどうだろうか。主は消え、彼らと無関係のエリアだ」

 

 リコリスやケルピィからも意見は出たが、大筋はフルゴウルと同じだ。

 彼女の意見に防衛面あるいは情報の収集面で捕捉の意見を付け加えただけに過ぎない。

 

 彼らにメッセから言づてしてもらい、全員から了承を得た。

 

 

 イベント開始から六日目。

 

 状況は良くも悪くも転機を迎えようとしていた。

 

 

 

130.イベント「Happy unbirthday eve」7

 

 エリアは七つ。

 

 そのうち四エリアのボス格が南エリアに揃った。

 竜巻で何一つない殺風景なエリアに、食堂から慌てて持ってきた椅子と机が並んでいる。

 土もまともに固めていないので直置きの机と椅子は傾いているし、せっかく拭いた机の上に土埃が積もり始めていた。

 

 事前に各所へ説明したように、各エリアはボス格と随員一名のみの参加という縛りは守られている。

 東エリア、帝都エリアは一人ずつお供を連れてきており、リッチとセリーダ(宇宙生命体)は一人だけだ。

 

「王城に関しては私たちが代表として参加しています」

 

 一番最後に現れた水銀軍団の魔女が告げた。

 応答は真っ先に来たのに来るのが遅かったのは王城に寄っていたからだろう。

 王城エリアが出てきていないのは、東の水銀軍団に全権を任せているからである。この二者がどういう関係性なのか木村も気になってくる。

 

 とりあえずそのうちわかると考え、今は改めて一同を見渡す。

 武器の持ち込みを禁止し、戦闘を御法度とはしたが、効果があるかどうかはわからない。

 そもそも魔法ありきの世界で武器の持ち込みを禁止したところで意味はない。紳士協定が限度というものである。

 

「集まったようですので始めさせてもらいます」

 

 木村の声に緊張が混ざる。

 それでも噛まずに言えたのは異世界を巡ってきた成果と言って良い。

 挨拶の口上も考えていたが、誰もそういったものを好まない様子なので最初から本題に入る。

 

「メッセージを送らせてもらったように、新たなイベントの告知がありました。メッセージでは省略及び要約したものを送ったので、ここで原本を読ませていただきます」

 

 木村はポケットに入れていた手紙を取り出し、全員を前にその文面を改めて声に出して読んでいく。

 最初は緊張していたが声に出して読んでいくうちに緊張も薄まってきた。

 

「――ボスによっては専用の掛け台詞も現れます。”――文面は以上です」

 

 最後の一文を読み終わったところで手紙を折って机に伏せる。

 そうして、顔を上げて居並ぶ四人を見た。

 

「その手紙は信頼できるものなのか?」

 

 口火を切ったのはリッチである。

 最初の質問としてはまずもっともところだ。ジャブのようなものだろう。

 

「残念ながら間違いありません。明日からあなた方と関連のある人が現れます」

 

 リッチは「そうか」と頷き、さらに質問を重ねた。

 

「最初の伝言で聞いたのは『俺達と関わりのある死んだ人が現れて襲ってくるかも』という話だったと記憶しているが、今の手紙からどうやってその推測になるんだ? 書かれている内容に従うなら、シナリオで出てくるキャラ? とかいうのが登場するのではないか」

 

 帝都エリアのギャンダーも力強く頷いている。

 デカい図体で黙って聞いているとそれだけで迫力がある。おっさんともキャラが被る。

 

「そこは話を飛躍させています。おっしゃるとおり文面には『シナリオ上で死んでいるキャラクターや相対することがないはずのキャラクターも登場します』とだけ書かれており、ゲーム上では違うキャラクター……人物が現れるはずです。しかし、実際のゲームのボスやシナリオはすでにこの世界には欠片ほどしかありません。現在のボスはあなた方です。それ故にシナリオはこの七日間に起きたこと、さらに遡って過去のあなた方の一生に他なりません。そこから“エリアに対応した助っ人”、“シナリオのネタバレ”、“死んでいるキャラや相対することがないはずのキャラ”といった文面。加えて過去の僕たちの経験から推測して、あなた方と因縁のある相手がやってくると考えました」

 

 リッチも「ふむ」といったん思考に入った。

 代わりに帝都エリアのギャンダーが口を開く。

 

「文面の中に死んでいるキャラ……人物の他に、“相対するはずのない人物”ともあったね。これを君はどう取るんだい?」

「すみません。そこは僕もはっきりとはわかりません。死んだ人の方に限定させて話をさせてもらってます。ただですね、これも僕たちの経験から言わせてもらいますが、過去にやってきた助っ人はどれも非常に強かったです。今回の場合ですと人ですらない可能性も高いと言わざるを得ません」

 

 人でない点についてはセリーダ(宇宙生命体)とリッチを見て言った。

 リッチはまだ人の可能性もあるが、宇宙生命体の方はまず間違いなく人が来るとは思えない。

 

「過去の例からみても、助っ人でくるキャラは能力的にあなた方の天敵の可能性が極めて高いと言えます」

 

 増殖鶏に対するデザチューやリコリス、さらに過去ではゲイルスコグル。

 明らかに呼んではいけない類いのものがやってくる。

 

「もう一つ付け加えるなら、イベントの見えない主催者は極めて性格が悪いので能力ではなく心理的に戦いたくない相手をぶつけてくる可能性もあります。例えば、性格を改変された最愛の人とかですね。このあたりが“相対するはずのない人物”とも考えられます」

 

 ギャンダーが「なるほどね」と頷いた。

 表情にブレは見られない。木村はギャンダーに最愛の人に値する存在がいないと読み取った。

 

「僕が気になっているのは助っ人が現れた後のことです。一日に一度、一つのエリアにしか現れないと書かれていますが、一日の終わりに消えるとは書かれていません。もしも彼らを倒せない場合は助っ人は場に残り続け、あなた方はずっと命を追われることになります」

 

 これは現実的にあり得る。

 ゲームのシステムとして一日に減るゲージの量は20%。一日だけ倒してもあまり意味がない。

 助っ人として現れるなら、居続けてくれなければ駄目なのだ。あるいは、もっと嫌な予想もできる。

 

「もちろん好戦的ではない助っ人が来るなら最高ですが、楽観視すると痛い目を見ます。悲観的に見て彼らは常にあなた方の命を狙うと考えた方が良いでしょう。さらに悪い方に寄せて言うとですね。助っ人にあなた方がやられた場合、翌日の復活がない可能性もあります」

 

 今は死んでも翌日にはすっかり元どおりになる。

 ゲージこそ減るが復活はする。

 

 しかし、助っ人にやられた場合はどうなるかがわからない。

 助っ人が一日に一度、一つのエリアに現れて、翌日はもう出なくなるのなら、クリアをさせるために助っ人によるキルは一度にゲージ全破壊もあり得る。

 一日に一つのエリアを確実に消していく寸法だ。

 

「僕としても、あなた方には死んでしまわれるよりは生き残っていただきたいと思っています。ここに一堂に会していただいたのも説明を一度でできるということ以外に、この場で助っ人の情報を共有しあい、相互に協力して助っ人を倒す枠組みを構築できるのではという思惑もあるためです」

 

 これは木村の案ではない。フルゴウルの案である。

 あるエリアに対する助っ人がそのエリアへの天敵となっても、他エリアから見ても天敵になるとは考えづらい。

 幅広い打ち手を揃えて挑むことが壁を乗り越えるためには大切なのだ。

 

「付け加えますと、ゲームなら助っ人も一エリア内で動きを制限されるでしょうが、この世界の場合はどうなるかわかりません。例えばリッチさんに対する助っ人がリッチさんを倒した後は帝都へ向かうか、王城に行くか、黎明国に行く可能性もあります。敵となりうる存在の情報は多いに越したことはないと思いますがどうでしょうか?」

 

 場は沈黙。

 絶対に助力するという契約を結びようもない。

 実際に明日にならないと天敵が現れるかどうかもわからない。

 仮に現れたとして確率は7エリア中の1、倒されても死ぬとは限らない。現に今日までも死んでから元に戻っている。

 

 誰もが進んで情報を出そうとはしなかった。

 木村たちもこの流れは予想していた。この場で納得せずとも明日になれば嫌でもわかる。

 推論という脆い砂の上に築いた空論を元にして話すよりも、実際に見聞きした情報を元に話したいのは当然だ。

 ただし、体験を元に話す場合、この中の一勢力はすでに消え去っている可能性はある。

 解散を宣言しようとしたときに一人が声をだした。

 

「奥ゆかしい奴らだ。先を譲ろうと思ったが、誰も言わないならこの俺から始めさせてもらおうか」

 

 リッチである。

 他の三勢力を小馬鹿にしたような態度である。

 俺から、と言うがそのまま俺で終わる可能性も捨てきれない。

 

「俺はリッチ。こいつらの説明するところによると俺は未来からこの場に呼ばれたようだ。俺を倒すべく現れる助っ人で考えられる候補は二つあるが、こちらだろう。チューリップナイツと呼ばれる三騎士だ。剣を振るう炎の赤騎士、槍を握る氷の青騎士、弓を携える光の黄騎士の三人組だな。俺……、いや俺達が全力で戦ったが、わずかに力及ばなかった。特徴はどいつもそこの女並みの力を持っていることに加え、連携も見られるということだな」

 

 リッチが水銀の魔女を示す。

 魔女は反応しない。それくらいならどうとでもなるという余裕すら感じる。

 木村としては脅威である。この魔女と同じくらいに強い(とリッチが感じている)騎士が三人もやってくる。連携もあるとなると充分な強敵だ。

 

「別の候補は何者か?」

 

 セリーダが無表情でリッチに尋ねた。

 会議が始まってから初めて声を聞いた気がする。

 

「もう一つの候補は……」

 

 リッチの歯切れが悪い。

 彼にしては珍しいことだと木村は感じた。

 いつもうるさいほど堂々と言い切るが、このパターンは自らの名前の時と似ている。

 忘れてしまっているのではと木村も不安になってくる。

 

「到達点――三騎士も含む冒険者集団の中でトップの存在だ。俺も一度だけ戦ったが、当時は手も足も出なかった。おそらく、今の俺が戦ったとしても同じ結果になるだろう」

「天敵と言うなら、そっちが来そうですが」

「いや……、来ない。俺が極限級になったら来ると後で手紙でもよこしていたからな。まだ、俺はその域に至っていない」

 

 リッチはやや悔しげである。

 彼は都合の良いこと言っている。最悪を考える木村としては到達点とやらが来ると感じた。確実に殺しにくるならそちらだ。

 

「おい、俺は言ったぞ。次はお前が言え。王城エリアに関してはお前らが詳しいだろう」

「え……、あ。そういえばそうですね」

 

 木村も気がついた。

 王城エリアだけは彼らの天敵が何になるかわかる。

 いちおう王城に関することのため、水銀軍団の顔色を窺うが彼女たちは反応を見せない。

 勝手にしろと木村も受け取り、説明をおこなう。

 

「王城エリアの助っ人は三体の竜で間違いないと思われます」

 

 記念すべき第一回の討滅クエスト。

 強さの調整をミスって帝都を滅ぼした三体の竜。

 

「竜といってもここに現れている青竜ほど大きくありません。あれの半分くらいの大きさでしょうか。それぞれが炎、氷、地といった属性を持っていまして、火を吐いたり、氷漬けにしたり、地割れを生じさせたりします。空も飛びます。北にある帝都もこの三体の竜により壊滅しました。炎は数秒で人を灰に変え、氷はあの王城をまるごと飲み込み、地割れに関してはまだ残っているので見たとおりです。防御力に関しては何とも言えませんが、王都の兵士の剣や魔法といった攻撃はまるで効いてなかったですね」

 

 木村は覚えていることを話した。

 この話に関してはリッチはもちろんとして帝都エリアのギャンダーも興味を示していた。

 水銀軍団の魔女もわずかながら興味を持ったようで目だけ動かして木村を見ている。

 

「仲間の毒も無効化していました。状態異常への耐性もかなり強いと推測されます。また、現れた時はそれぞれが場所も時間も別々に広場、王城、郊外でしたが、今回の場合は同時もあり得ます。この竜のこともあるのでエリアに関しては王城だけでなく帝都一帯に被害が出ると考えられます」

 

 以上です、と話を締めくくる。

 木村は最後にギャンダーを見て言った。彼の不安を煽るためである。

 ギャンダーは頷いて理解を示したが、さほど不安には見えない。目を瞑って眉間に指を当てている。

 そして指が下りて、目がカッと開かれた。

 

「君たちからの警告。確かに受け取った! 私たちも情報を提供しよう! 私たちの仇敵となると、かの悪逆皇帝フリューゲルに違いない!」

 

 木村もどこかで聞いたことがある。

 確かイベント開始前のミッションで出てきたはずだ。

 何代皇帝かは忘れてたが、帝国の飛龍部隊の創設者であり、名君だったとも記憶にある。

 ギャンダーの口にする「悪逆皇帝」とは木村の知識とは相反するものだった。

 

「皇帝フリューゲルにはどういった力があったのでしょう?」

「かの皇帝は我ら民衆の怨敵だった!」

 

 そこからギャンダーの罵詈雑言は続いた。

 木村は聞いた人間を間違えたと悟る。主語が「我ら民衆」と大きい。

 こういう輩の話はまともに聞いてはいけないとフルゴウルに聞いていた。木村もその彼女を見たが、微笑むだけだ。

 

「聞くに堪えません。黙りなさい。時間の無駄です」

「無理だ。我々の言葉は止まらない。止めることなどできようもない! まだまだ、次から次へと、とめどなく溢れてでてくる!」

「『黙れ』と言いました」

 

 水銀の魔女の鋭く短い言葉と視線に当てられ、ギャンダーは口上を止めた。

 まだ言い足りなかったのか不満がわずかに残っているが、木村は水銀の魔女に拍手を送りたい気持ちだった。

 なお、長々と罵詈雑言を垂れていたが戦力や外見的特徴は何一つ伝わってこない。

 本当に会ったことがあるのだろうか。広場で鎮圧されて死んでそうである。

 

 そもそも他のメンバーはリーダー格に等しい存在が来ているが、このギャンダーはリーダーとは名ばかりの声と体格、それに主語が大きいだけの人物である。

 フルゴウルも彼ひいては彼らを裏で操る人物がいると口にしていた。木村も当然のようにそう思えてきている。

 随伴者の男がそれかと思ったが、どうにも人物判断ができるだけの鑑定眼が木村にはない。

 

「私に彼の口から出た『皇帝フリューゲル』と一致する情報がある」

 

 横から口を出したのは出したのはセリーダ(宇宙生命体)だった。

 昨日の王の乗っ取りにより、彼の記憶と知識を吸収していたためだと木村も理解する。

 

「お願いします」

「フリューゲルは帝国歴六二年。第四代皇帝ボーデンの三男として生まれた。十歳までを帝国西部ティーアで過ごす。十二の時に次男の――」

 

 セリーダ(宇宙生命体)が説明をしてくれたのは良いが、あまりにも説明的すぎる。

 私情も抑揚も何もなく、ただ歴史年表を読んでいるだけで、歴史の苦手な木村は右から左に情報が抜けていく。

 しかもセリーダの顔もまったくの無表情で、話を聞いているというよりもゲームをしながら音楽をかけている時のbgm状態になっている気すらしてくる。

 

 要するに木村は話に集中できず周囲を見渡していた。

 リッチは明らかに退屈そうだ。彼は彼自身がそうであるように、人の感情の起伏で周囲を見聞きしている節がある。感情がなければそこに情報はないといった気配だ。

 ギャンダーは話を聞いているのかどうかわからない。時折、目を閉じて黙っているのは聞いているのか眠っているのかが不明だ。

 水銀軍団の魔女は黙って静かに聞いている。こちらは無表情に対して仏頂面というべきだろうか。木村は彼女の無機質な顔とセリーダの表情のない顔を見ていてふと感じるところがあった。

 

 ――どことなく似ているな、と。

 

 貧困街で会ったメーティルと呼ばれた女性と、この女性が血縁者であることは木村も察しているが、あの時はあくまでメーティルとセリーダが似ている感じた。

 笑っているセリーダとメーティルのほわほわした雰囲気が似ていたからだ。横から見た時の脳天気そうなところも似ていた。

 しかし、表情を消すとどうだろう。この魔女とも似ているように見える。

 

「――以上がフリューゲルの情報となる。戦力としての脅威は小さいと推定される。一方で、かの者の知略や統率力は使い方によっては脅威となり得る」

 

 木村もほとんど聞いていなかったが、最後の分析だけはそんなものだろうと頷く。

 フリューゲルがまともな皇帝で、きっとギャンダーらがまともな集団ではなかったので鎮圧されたのだ、と。

 しかし、疑問というほどではないが腑に落ちない点もある。言っちゃ悪いがその程度の出来事の人物が今回のイベントで現れることがあるのだろうか。

 やはり広場エリアにはまだ現れていない黒幕がいるのだと木村も間接的に察した。

 

「彼らの情報もある。帝国歴八九年――フリューゲルが三七の年――赤の叛逆と呼ばれる反乱運動が帝都で生じた。反乱の首謀者の名前はメロツレド。同年、エルカトの月、第七の日、軍の動員により反乱は鎮圧。首謀者のメロツレドは広場にて処刑された。それ以降の反乱活動はなし。赤の叛逆に関しての情報はこれだけだ」

 

 まさかのところから情報が出た。

 王の記録と記憶から彼らの素性が明らかになった。

 帝国歴の八九年。竜が帝都を滅ぼした半年前が帝国歴二七九年なのでおよそ二百年前だ。

 地味にけっこう前だなと木村は感じる。日本だと二百年前はまだ江戸時代のはずだ。徳川公が城にいて、松平や田沼といった教科書か時代劇でしか見ない名前の人がいる時代だろう。

 

 話に戻り、木村が気になったのは首謀者の名前だった。

 ギャンダーの名前が欠片も出てこない。

 

「首謀者はメロ、ツ、レド? でしたか? ギャンダーさんではなくて?」

「メロツレドである。彼とあったので生分類上は雄」

「あ、はい」

 

 全員の視線がギャンダーに集まった。

 ギャンダーはその視線を浴びているが怯みはない。

 

「その情報は間違いだ。活動のリーダーは私――ギャンダーである。そうだろう、コントゥ君!」

「はい。ギャンダーさんこそ我々のリーダーです」

 

 随伴者も「君たちは何を言ってるんだ」と憤慨の姿勢を見せた。

 ギャンダーは憤慨こそしていないが、嘘をついているようにも木村には見えない。

 嘘か真かを判断する術が木村にはない。アコニトがいれば一発だっただろう。

 

「リーダーは君で、首謀者がメロツレドではないかな」

「私はメロツレドという名に聞き覚えはない。君の知っている情報は真実ではない。そして、歴史は事実ではない。歴史とは、常に勝者にとって都合の良いように作り変えられた物語だ。多くの権力者や彼らになびく歴史家にとって、私の名前はよほど都合が悪いことだったということだ。これは一つの偉大なる勝利である! 我々の行いが権力者たちにとっての悪で、民衆にとっての正義だと裏付けられたのだ!」

 

 ギャンダーは立ち上がり演説をおこなった。

 リッチも拍手している。面白がっているのか、感じるところがあったのかは四対一くらいの割合だろう。

 セリーダの説明口調の話がよほどつまらなかったことへの意趣返しかもしれない。

 

「一理あります」

 

 意外なところから擁護の声が出た。水銀の魔女からだ。

 ギャンダーは喜ばしい表情を隠すことなく見返したが、彼女はギャンダーを見てすらいない。

 

「やはり我々は正しく――」

「座りなさい。耳障りで目障りです。もう口を噤んでいなさい」

 

 良い部分だけが聞こえるようになっているのであろうか。

 ギャンダーは途中の罵倒は聞こえていなかったかのようにニコニコとご機嫌である。

 

「私の情報も提供する。私はコルデモス系、第四惑星ハルピノクから来た。今はこの体に寄生しているが本来の私は軟体であり、諸君らの構成元素と近しいが、炭素ではなくケイ素、カルシウムを多く含む点で異なる」

 

 全員が沈黙。

 木村は二回目なのと化学的知識があるため聞き取れるようになっているが、ここにいる他の人は仮に二度目でも無理だし、人生を二周してもなお難しい。

 木村にデフォルトで備わっている翻訳機能ですら、彼の口の動きと音がまるで合っておらず、かなり無理のある翻訳がされていると感じた。

 

「私の天敵はアマノウミシダ生命体である。彼らは主に生命粒子を主食としており、強い再生能力及び――」

「あの! お話し中すみません! ちょっと止めてもらっていいですか!」

 

 木村は声を出してセリーダ(宇宙生命体)の話をピタリと止めた。

 明らかに誰もついていけてない。木村もついていけなくなった。ギャンダーとリッチはクエスチョンマークどころか頭が空っぽになっている。

 木村から話を聞いているウィルやフルゴウルですら内容を吟味することすらできていない。

 

 水銀の魔女にいたっては、手から水銀の剣を出し始めている。

 昨日の王城で何が起きたか木村も理解し始めた。おそらくセリーダ(宇宙生命体)はこの魔女に事情を説明した。今と同じように。

 そして、気の短い魔女は宇宙生命体の話がまったく理解できず、おちょくられていると感じ、話も通じないという結論に達し殺した。簡潔だ。

 今もまた紳士協定を破棄して、同じ事を繰り返そうとしているくらいである。

 昨日ならまず間違いなくバラバラだ。

 

「彼と僕たちでは基盤となる知識について大きな差があると思いますので、僕のわかる範囲でその差を埋めていきたいと思います。よろしいですね」

 

 リッチとギャンダーに異論はない。返事もない。まだ頭が空っぽのままらしい。

 水銀の魔女は落ち着きを取り戻して剣を戻した。

 

「まずですね。彼がどこから来たかという話ですが、彼は――」

 

 木村は指を上に向けて空を示す。

 

「この空のさらに向こう側、空を突き抜け、宇宙と呼ばれる空間に出て、夜空に浮かぶ月よりもさらに遠く、まさに今、僕たちを照らすあの太陽……この世界だと別の名前ですか、とにかく空の向こう側のずっとずっと遠くから来ています。えっと夜空の星だとどのあたりから来られたことになるんですかね」

「個体『王』の知識から引き出すなら、戦斧座の柄、刃から一番遠い部分にあたる」

 

 後半はともかく前半部分の戦斧座に関しては心あたりがあったようだ。

 水銀の魔女やギャンダーも知っているようである。しかし、理解したのは星座名だけである。

 

「……戦斧座からやってきた、と」

 

 水銀の魔女がいぶかしげに尋ねた。

 

「否。戦斧座の柄部分にあるOB型恒星を私たちはエルビノグ星と呼んでおり、この星から見た際の平面的距離は短いが、立体としてみればハルピノクとは1万光年は離れている」

「えっとですね。ここから見ると近いように見えますが、実際はとても離れているようです。こんな具合ですね」

 

 木村は両手パーにして水銀の魔女に手の平を見せる。

 右手はまっすぐで、左手は折り曲げて顔の近くに置き、両手の平が水銀の魔女から隣り合っているように見せる。その後、体の向きを変えて手の位置を横から見せることで立体的な距離を示した。

 

「これは極端な例ですが、奥行きが大きく異なります」

 

 水銀の魔女は微小な頷きをもって理解を示した。

 

「これ以上の自己紹介は不要です。敵の情報を解説しなさい」

 

 理解は示したが、どこから来たかをこれ以上議論する気もなかった。

 敵の情報だけを知りたいようで、その解説をセリーダ(宇宙生命体)ではなく木村に求めた。

 木村としてはハルピノクとかいう星からどうやって、どれくらいの時間をかけてきたのか知りたいところだったが、今後の楽しみにすることにする。

 

「えっと、敵対生物についての説明をもう一度お願いします」

「天敵はアマノウミシダ生命体である。彼らは主に生命粒子を主食としており、強い――」

「すみません。少しずつ咀嚼させてください。生命粒子とは何でしょうか?」

「諸君らが魔力あるいは神気と呼ぶものにあたる」

 

 場の理解が得られた。

 解説役の木村が一番理解から遠い。彼は魔力を感じることができない。

 もっと言えば、魔力を生命粒子と言った。魔力は粒子だったのかというところが気になる点だが話は次に進む。

 

「それで天敵のアマノウミシダ生命体、でしたっけ? どんな生物なんですか?」

「アマノウミシダ生命体は強い再生能力、硬く柔軟な外皮、数多の伸張する蝕腕、触腕の表面には無数のトゲがあり棘皮動物に該当する。宇宙空間でも生息でき、単独で大気圏も突破可能な強靱な生命力を持っている。この星の重力であれば大気圏内での飛行も可能だ」

「……えぇ、本当に?」

「事実である」

「それが魔力を食べるんですか」

「肯定。蝕腕を伸ばし、対象を捕らえ、トゲから生命粒子を吸収する。おおよそ全ての生命体の天敵と言って違いない」

 

 木村も言葉を失った。

 最初にこの宇宙生命体が滅びかけたという話を聞いたが、木村にも理由がわかった気がした。

 

「もしかしてあなたたちが滅びかけたのって、そのアマノウミシダによるものだったりしますか?」

「肯定。彼らは星の生命体を食べ尽くすのと並行して、星の生命粒子も吸い上げる。残るのは生命粒子を失った天体ほどの大きさの物質だ。生命粒子を失った星では生命体は生きられない」

 

 木村としても発見があった。

 この世界では星にも生命粒子(魔力)があるらしい。

 星の生命粒子がなくなると生命は住めなくなるようである。種の絶滅ではなく星が滅ぶという言葉の意味をようやく木村は理解できた。

 彼らはこの星にとっての侵略者であるが、過去には侵略を受けた方でもあるようだ。

 まだ可愛い方だろう。少なくとも今の時代には彼らの痕跡はほぼない。

 

「解説をしなさい」

 

 木村も言葉を失っていたが水銀の魔女の声で我に返った。

 わかる範囲で説明していく。

 

「彼らの天敵はアマノウミシダという生物です。えっと大きさはどれくらいなんでしょうか?」

「……個体差はあるが青竜の大きさほどが標準的である」

 

 木村は目を瞑った。

 宇宙生命体が言葉を迷ったのは大きさの単位系で混乱させるよりも、似た大きさのものの例をあげたほうが、木村たちにもわかりやすかろうという配慮があったからだろう。

 しかし、わかりやすくなればなるほど脅威が増していく。

 

「大きさは青竜サイズですね。そのアマノウミシダなる生物は強い再生能力を持っていて、硬く柔軟な外皮、数多の伸張する蝕腕、触腕の表面には無数のトゲがあり棘皮動物。訳でウミシダとなるのですが、外見は開いた花に触手とトゲがついていると考えていいんですかね」

「概ね確からしい」

 

 不確かそうな回答だが、何となく木村も外見が想像できた。

 海に住む生きた化石とも呼ばれるウミシダ。そのパワーアップした宇宙バージョンである。

 天の(アマノ)ウミシダと書けば格好良いが、そんな格好良さは求めていないし、現れても欲しくない。

 想像するだけで見た目が最悪だ。なるほど異世界の外宇宙侵略者といえばそれらしさはある。

 ちなみに地球の深海にいる方は見た目は悪いが、プランクトンを食べる穏やかなやつだ。

 見た目を知らなければぜひググって欲しい。

 

「青竜サイズの空飛ぶ植物みたいなので、触手がたくさんあって生物から魔力を吸い取る。硬くて暑さにも寒さにも強い。……攻撃は通じるでしょうか?」

「アマノウミシダは物理的な斬撃、突撃、潰撃には高い耐性が見られる。宇宙空間で活動することからも低温でも活動でき、恒星風を受けて移動していた観測事実からも高温にも耐性がある」

「……毒とかは?」

「数万種類以上の毒に耐性が確認されている。汎用的な魔法にはおおよそ耐性がある」

「えっと、アマノウミシダを倒した事例とかはあるんですか?」

「討伐の事例は存在しない」

 

 無敵だった。

 そんな恐ろしい生物がいるのか。

 

「共食いの他に死亡事例が一件だけ存在する。アマノウミシダが超重量惑星セペンダⅡ表面近くを回遊していた時に、惑星の重力に引きずり込まれ出られなくなり、その後の活動が極端に弱まり、死亡したという事例が存在する」

「……んっと? つまり、重力に弱いという話でしょうか?」

「否。セペンダⅡには生命体が存在していなかった。星自体の生命粒子も微小で、崩壊の寸前であった。この事例から考えられる対抗措置としては、第一にアマノウミシダの動きを止める。対象の大気内での移動速度は制限がかかる。大気圧が大きいほどその行動は緩慢となる。第二に周辺生命体からの生命粒子の吸収を阻止する。大気内での活動には生命粒子を消費する。その吸収を止めなければならない。これにより生命活動の停止に追い込む」

 

 まとめれば相手の動きを止めて、死ぬまで近づかないという単純なことだ。

 エネルギー切れという消極的な手法ではあるが、対処法がないよりはずっとマシである。

 

 木村の後ろでウィルとフルゴウルが小声で話していた。

 デモナス地域の魔族の話である。血の色から宇宙生命体の子孫が彼らではないかと仮説を立てていたのだ。

 デモナス地域で尻尾鎧が暴れた時に出てきた魔族のリーダーの話をウィルがしていた。

 彼らが拘束と加重を使っていたのは、アマノウミシダに対抗するための名残ではないかということだ。

 ここでふと木村に疑問が浮かんだ。

 

「星の生命粒子を吸収するなら、他の生物から吸収せずに星から吸収すれば良いんじゃないですか?」

「正しい。死亡事例ではセペンダⅡの生命粒子流が微弱のため、アマノウミシダは活動を停止した。この星の場合では課題が一つ残る。対象の停止位置は生命粒子流が微弱な場所でおこなわなければならない。可能であればゼロとなる地点が好ましい」

「そんな場所、この近辺には存在しないよ」

 

 フルゴウルが答えた。

 生命粒子流とは要するに魔力の流れだろう。

 彼女の魔眼は、この場にいる誰よりも精確に魔力の流れを捉えている。

 

「この地は精気に満ちている。イベントが始まるまでは討滅クエストの竜であろう品のない精気。イベントが始まってからは君たちそれぞれの異様な精気が常に流れている。仮に拘束してもアマノウミシダとやらは生き続けるだろう」

 

 セリーダ(宇宙生命体)は何も口にしない。

 フルゴウルの言に賛成も反対も示さず、黙って考え込んでいる。

 

「精気を消すだけなら何とかなるだろう。私の筺にアマノウミシダを入れることができれば外部からの精気は遮断できる。しかし、大きさが青竜となればそのサイズの筺を作り出すことは難しいね。強度も不安になる。拘束しつつ動きも止めることができないだろうか」

「現時点で不能」

 

 セリーダ(宇宙生命体)に手はないようだ。

 

「もしも本当にそのような生命体が現れたなら、小さくするくらいは手を貸しましょう」

 

 水銀の魔女も手を貸してくれると公言した。

 生命体に脅威を感じたようだ。この魔女は言わなくてもやるだろうが、言うからには必ず実行する一種の信頼がある。

 おそらく力業でやるのだろうが、果たして生命体に通じるのか。

 

「……えっと、残りは黎燦国さんだけですがどうします? 情報を提供されますか?」

「黎燦国のエーティルです。見てのとおり私は本体ではありません。私たちの創造主について口にする気はありません」

 

 木村も期待せずに尋ねたので、前置きなくすぐさま返答がありやや驚いた。

 ようやく魔女の名前がわかった。エーティルのようだ。この前に現れたのがメーティルと呼ばれていたので、彼女がメーティルの姉と木村は予想した。

 

「天敵候補が二つありますが、今回の場合は一つに絞られます」

 

 リッチと同じく候補は二つ。

 こちらも一つだけに絞られるようである。

 

「凪のエルメラルダ――ニネミアが現れます」

 

 解説の続きを待つがなかなか続きが出てこない。

 

「あの、続きとかって?」

「現れたら私たちで処理します。離れていなさい」

「いや、外見とかどんな力を使うのとか説明がないんですか?」

「ありません。現れればすぐにわかります」

 

 話はそこで打ち切りである。一方的だ。

 天敵なので言うほど簡単に処理できるとは考えられない。

 それに、もう一つの疑問も残る。リッチが尋ねる。

 

「別の候補を排除できる根拠はあるのか?」

「根拠はありますが、口にする気はありません」

 

 説明拒否である。尋ねた人も悪かったと言える。

 リッチの時とは違い、明確な根拠があるようなのでまだ信憑性がある。

 水銀の魔女ことエーティルはある意味ではっきりしている人種なので、そのあたりは信用しても良さそうだと木村も感じた。

 しかしながら、信用を裏切ってくるのがこの異世界型ソシャゲの特徴であるのも事実。警戒をしておくのに越したことはない。

 木村はこの場と流れを借りて、他のエリアの情報に関しても情報を聞き出そうとした。

 

「失礼ですが、貧困街にいるボロボロの男性と知り合いですよね。あの人があそこのボスなんですが、彼の天敵に心あたりとかがありませんか?」

「…………あります、が」

 

 珍しい反応である。

 仏頂面も一瞬だけ困惑に変わった。すぐに戻る。

 

「現れても、いえ、現れません」

「それではその思い浮かんだ人以外ではどうでしょう? 誰か候補はいませんか?」

 

 また仏頂面に戻る。

 そうして彼女は思案を再開させた。

 

「あれの天敵、あれに天敵? あれが勝てない相手?」

「実際には戦うことがなかったり、彼の心理的に非常に苦手と推察される相手です」

「戦うことがなく、あれが苦手な……」

 

 エーティルが無言でかたまってしまった。

 彼女が心あたりにたどりついたと木村も気づき、答えを待つ。

 

「わかりません」

 

 嘘だ、間違いなく何かに気づいたはずだ。

 だが、わざわざ口にはしない。怒りそうな気配を感じた。

 

「ところで、今さらなんですがあの男の人は何者なんですか?」

 

 無言である。わずかに嫌そうな顔をしている。

 あの男のことになるとエーティルが人間らしさを見せる。怒り以外の感情だ。

 知り合いなのは間違いなく、彼女も否定しないのだが、男とどういう関係で、そもそも彼がどういう人物なのかわからない。

 

「青竜の天敵の予想はどうなのです?」

 

 逆に木村が尋ねられた。

 露骨な話題そらしだが、わざわざ藪をつついて蛇を出すこともない。

 最後のエリアの天敵に関して話題が移ったことは、木村としてもありがたいことなので茶々を入れるつもりはなかった。

 

「天敵かどうかは不明ですが、青竜を倒したという存在に関しては心あたりがあります」

「聞かせなさい」

 

 エーティルは仏頂面に戻っている。

 このあたりの切替の速さは木村が真似できないところなので素直に感心する。

 

「一ヶ月――30日ほど前ですね。西にあるドライゲンという街で創竜という青竜の知り合いらしき存在に会ったのですが、彼が剣を創って与えた存在が青竜を倒したとは聞きました。竜巻ごと真っ二つにしたと」

「剣で、あれを真っ二つに……? しかも竜巻ごと。そんな芸当が可能なのか?」

 

 リッチも戦々恐々としている。

 聞いていた時はどうでも良かったが、今なら木村も恐ろしい存在だと感じる。

 青竜を斬ったり、貫いたなら目の前の水銀軍団も成し遂げているが、竜巻ごと真っ二つは真似できないに違いない。

 

「何者だ? 明らかに極限級だぞ。その存在こそ真に警戒すべき相手だろう」

「えっと、それがですね。創竜は斬った存在をエルメラルダと呼んでいました」

 

 エーティルがピクリと反応した。

 その後、思い出そうと眉を顰め、諦めたのか後ろの全身鎧の付き人を見返す。

 付き人も心あたりがないようで、小さく首を横に振る。

 

「またエルメラルダか。魔法だけではないのだな」

「そのようなことができる剣戟のエルメラルダは、歴代でも私の他に心あたりがありません。創作か人違いでしょう。他に情報がありますか?」

「彼と言っていた気がするので男性かと」

「男……、やはりいませんね」

「えっと、他には何て言ってたかな。エルメラルダだけど歴史とは一致してないとか」

 

 創竜ではなくおっさんが言っていたことだ。

 

「あとは黎燦国の魔道士も一刀両断してたとか」

「エルメラルダが黎燦国の魔道士を一刀両断? 逆の立場でしょう。敵対国でしたらいる可能性もあります。それでも私たちより強いことはまずないでしょう。誇張です」

 

 木村も言っていておかしいと感じた。

 聞いていた時は知識がないので「はいはいすごいすごい」だが、創竜の言っていたことがおかしい。

 『エルメラルダ』自体が黎燦国トップの称号だ。なぜそのエルメラルダが自国の魔道士を斬っているのか。やはり創竜の言っていることがおかしかったのか。

 

「あ! そうだ! 彼の使っていた剣があります。歴史の転換点で彼がその剣を使ったとか、帝国人ならみんな知ってるとか?」

「黎燦国ではなく、帝国人が知っている?」

 

 黎燦国のトップのエルメラルダが使っていて、なぜ帝国人ならみんなそのエルメラルダを知っているのか?

 黎燦国は初代帝王によって滅ぼされたとかウィルも話していたはずだ。最後のエルメラルダだったということだったのか。

 木村も言っている途中でこれまたおかしいことに気づいた。話を聞いた時は鶏退治で焦っていたから記憶が間違っているかもしれない。

 

「カクレガにあるので持ってきます。もう使い手が死んじゃってて使い手がいないから、探してみてと渡されたんです。――折れてる剣なんですが」

「待ちなさい!」

 

 エーティルが席を立っていた。

 その顔には明確な焦りが見えている。この時ばかりは隠そうとすることもなかった。

 

「わかりました。エルメラルダが誰なのか、はっきりと。しかし……」

 

 エーティルに混迷が見えている。

 

「そうですか……。ええ、そうですね。その天敵は現れません。別の候補が来るでしょう」

 

 そればかりだな、と木村も嫌気がさしてくる。

 木村はおっさんに他の候補はないかと尋ねるが当然のように無言。あるとも受け取れるし、ないとも受け取れる。

 結論は出ず、天敵候補の話はここで終わった。

 

「現れる順番はどうなるでしょうか?」

 

 もちろん誰もわからない。

 そのため推測のみだ。

 

 まず出たのは、今回のイベントでエリアが登場した順である。

 すなわち、王城[討滅クエストの竜]⇒南[?]⇒広場[フリューゲル]⇒西[アマノウミシダ]⇒貧困街[?]⇒東[凪のエルメラルダ]⇒北[三騎士]という流れだ。角括弧内は予想される天敵とする。

 

 この逆順や、あるいは年代順だ。

 西を最古とするか遙か遠い未来とするかでひとまず最古とすれば、以下のようになる。

 西[アマノウミシダ]⇒貧困街[?]もしくは東[凪のエルメラルダ]⇒南[?]⇒広場[?]⇒王城[討滅クエストの竜]⇒北[三騎士]だ。逆順もあり得る。

 

 この二つの場合はどちらにしても北エリアが最後もしくは最初になる。

 

 他の候補としてはカクレガの現在地に依存した相手が出てくるという案があった。

 実際のゲームでは挑んだところに現れるはずなので、カクレガの位置に依存して現れるという推測は確からしい。

 しかし、それでは二日目以降の候補が不明にならないかという話も出た。一日目の地点にカクレガがいれば二日目はどこから現れるかわからない。もちろん現れないならそれが最良だ。

 

 いちおうカクレガは一番御しやすいと考えられる広場エリアに位置することとした。

 過去の帝王の部隊と戦うことになる可能性はあるが、少なくとも一般人に毛が生えた程度の強さと推測される。

 

 開始位置は決めたが、けっきょくどれが出るかは始まってみないとわからないということで話は終わった。

 

 明確な協力体制についての話もない。

 強いてあげれば宇宙生命体に関しては水銀軍団も協力するとは言ったが実際のところどうなるかわからない。

 触らぬ神にたたり無しという言葉もある。放置するのが正しいこともあり得る。

 

 それぞれの陣営の首脳は、それぞれの思惑を持って彼らの陣地に帰っていく。

 

 

 

 夜になり、恒例となりつつある暗いブリッジに木村はいる。

 モニターの明かりだけがぼんやりとついていた。

 

☆六日目のゲージ変化と概要

王城:23%⇒23% 変化なし

広場:38%⇒36% 宇宙生命体により一部の運動家が死亡

貧困:24%⇒24% 変化なし

北墓:35%⇒50% アンデッドが増える。西エリアにも湧き出た

東銀:85%⇒80% 水銀を消費して部隊を動かす

南竜:60%⇒40% やられる

西緑:45%⇒45% 絶賛活動中

 

 非常に穏やかな一日だ。動きがあまりない。

 前回の六日目もこんなだったと木村は微妙な気分になる。

 

 宇宙生命体は今度は広場エリアで情報の取得を始めているようだ。

 活動家だけを狙っているようなので、今のところ木村たちも静観している。

 

 明日からは一日一日が今日とは比べものにならないほど悲惨なものになる予感がある。

 外れて欲しいが、これは外すことが難しいだろう。

 

◎天敵

王城:討滅クエストの竜

広場:皇帝フリューゲル

貧困:不明。天敵は現れない(天敵が他にもいそうだが……)

北墓:三騎士。もう一つの候補は冒険者のトップだが来ないと言ってる(望んでる)

東銀:凪のエルメラルダ(ニネミア)。もう一つの候補は現れないらしい。

南竜:明らかな天敵はいるが現れない。別の候補が来ると言うが……。

西緑:アマノウミシダ

 

 各エリアの天敵をまとめてみた。

 たくさん話をしてわかった気になったが、ほぼ確定なのが三カ所だけだ。

 王城の討滅クエストの竜、広場の皇帝フリューゲル、西緑のアマノウミシダだけである。

 

 残りの四エリアは願望や根拠不明な理由で来ないと言っている。

 なぜエーティルが来ないと言えるのかについてはケルピィが推論をたてている。

 

 木村もケルピィの推論が正しいと思う。

 すなわち、すでにその天敵が現れているということである。

 貧困街エリアの天敵が東エリアのボスで、東エリアの天敵候補その二が貧困街エリアのボス、と互いに天敵同士であるという可能性だ。

 すでに現れているので別に現れることはないという推論をたてているとケルピィは読んだ。

 しかし、その推論は甘い。ゲームでは同じキャラが現れることはおかしくない。ストーリー性を無視すれば、しょせんデータだからだ。

 さらに言うなら今回のイベントキャラは霊体である。肉体に縛られないことができるということでもある。

 

 しかし、もしも水銀の魔女の推論が正しければ他の候補が来ることも当然ある。

 そして、その場合は王城エリアの天敵が別の存在に代わる。討滅クエストの竜は既にいるからだ。姿こそ鶏にはなっているものの。

 

 北エリアのリッチは会談終了後はずっと墓作りにいそしんでいる。

 ウィルも手伝いで行ってしまったが、まだ帰ってこない。それに博士が復活したという速報も入ってこない。

 

 そう、博士か助手だ。

 本来のキーキャラクターはもはやマスコット以下だ。

 早々に死に、アンデッドとして蘇ろうとしているが、今さら復活したところで何ほどのこともない。

 

「……でもなぁ」

 

 七つのエリア、七体のボス、対となる七の天敵。

 本当にそれだけだろうか? ボスが七体いるが、それらは真の八つ目のボスが現れるための中ボスではないのか。

 真のボスが現れる時にこそ、博士や助手に役割が回ってくるのではないか。しかし、それなら、真のボスとはいったいどんなボスか。

 少なくとも他七つのエリアを中ボス扱いにするほどのボスなのだが、そんな存在が木村には思い浮かばない。可能性としてケルピィには話しておくが、この場で終わる程度の話である。

 

 少なくとも明日からの七日間を乗り切った先に現れる可能性のある存在である。

 そもそも仮定からして七つのエリアを倒さないと現れない存在だ。木村としては一部のエリアを除いては消えてもらう気はない。

 それぞれ穏やかにイベント終了とともに消えていってもらうつもりである。もちろん最優先は王城エリアだ。

 

 明日のことは予想できるが、実際に何が起きるかはやはり明日にならなければわからない。

 イベントは折り返しに至り、いよいよ明日から後半戦である。

 

 「よし」と席を立って木村はブリッジの扉へ向かう。

 扉が開き廊下の明かりがブリッジに差し込む。同時にモニターが消えブリッジの光源は失われた。

 

 扉が閉まり、ブリッジは真に暗闇に包まれる。

 

 

 

 木村は均一な明かりで照らされた廊下を一人歩いて進んでいった。

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