34.上限解放
木村が眼を覚ますと白いベッドの上だった。
見覚えがあった。さほど物が置かれていないカクレガの医務室だ。
「お! やっと起きたね!」
体を起こすと、うるさい声でペイラーフが入ってきた。
手袋をして、手には花を持っている。腰にハサミをぶら下げているので園の手入れをしていたのだろう。
ベッドのすぐ側にある棚の、小さな花瓶に手に持って花を挿し、古い花を回収している。
「どれくらい寝てた?」
カクレガが列車に追いつき、花も替えるくらいだ。
木村は自分がいったいどれくらい眠っていたのかが気になった。
「半日くらいかな!」
全然たいしたことがない。
一日すら経ってなかった。
「夜中にでっかい花火が打ち上がって、朝に爆心地で君を回収したんだよ。体にケガはなかったけど、何かおかしいところはある?」
木村は立ち上がってみたが、特に異常はない。
めまいもしないし、足がふらつくこともなかった。
「……大丈夫そうかな」
「元気だね!」
ペイラーフには負けるよ、とは言えない。
「他のみんな……、そうだ。おっさんは? アコニトは?」
爆発の直前に、おっさんはその場を動くなとか言っていた気がする。
それにアコニトも爆発の中心にいた。
「あの狐ならヤニ部屋でいつもどおりだよ」
さすがと言うべきだろうか。爆発なんてなんのそのだ。
ソシャゲ・異世界と両方の竜の攻撃を食らって、いつもどおりの生活を送れる。
心のタフさというか図々しさは見習うべき点があると木村も感じる。
「おっさんは?」
ペイラーフが首を横に振った。
見つからないということだろうか。
アコニトは復活するのにおっさんは復活しないのか。
あるいは生きてはいるが、爆風に巻き込まれどこかへ飛ばされたのか。
「訓練室でずっと筋トレをしてるんだ。あの汗臭さはついていけないね!」
「あ……無事なんだ?」
「そりゃ、少年を連れて帰ったのもあの筋肉だからね」
爆発直前の言葉はいったい何だったのか。
心配したのが馬鹿みたいだ。
「お、キィムラァ。目が覚めたか。元気そうだな。目覚めに一杯どうだ?」
おっさんが手に持った飲みものを渡してくる。
独特の匂いがした。彼が作る自家製プロテインである。
効果はあるようだが、木村はあまりこの手の飲みものが好きではない。
「目覚めに一杯。運動後に一杯。食後に一杯。就寝前に一杯。基本だぞ」
そんな基本は地球にすらない。
……ないはずだ。でも、スポーツ選手やボディービルダーはどうだろうか。
おっさんもその類いなので、あるいは基本なのかもしれないと木村は真面目に考えてしまう。
「とりあえずもらうよ」
考えていてもしょうがないので、おっさんからドリンクをもらい飲んでみる。
体に良いものはまずいと言うが、これはまずいというよりもいろいろ混ざってよくわからない味である。
何を混ぜているのかすらわからないし、聞いてはいけない気がする。
「列車はどうなったの?」
「消えたぞ。それよりキィムラァ。召喚者レベルの上限が解放されたぞ」
以前も聞いた流れだ。
もはや列車のことなどおっさんの中ではどうでもいいのだろう。
召喚者レベルが上がったと聞き、ステータスを見てみる。
レベルは19になっていた。列車に乗る前は16だったので一気に3も上がっている。
しかし、そもそも上限がいくつだったのかがわからない。
おそらく今回の上限解放で20から30に上がったと思われるが、そもそも20に達していない。
イベントストーリーをクリアすると召喚者レベルが解放される仕組みのようだ。
これはソシャゲでそうなのか、あるいは異世界限定なのかがいまいちはっきりしない。
今後のレベ上げも気兼ねなくやっていける程度に思っておくことにした。
「カクレガの拡張も可能になったぞ」
「それはありがたい」
「ほんとだね! 園をもっと拡張したかったんだ!」
横で聞いていたペイラーフも話に乗ってきた。
食べ物不足のため花の領域が野菜や果実に侵食されており、彼女が不満を持っていたことを木村は知っている。
「農園の拡大は必須だね」
「わかってるね! 頼んだよ!」
ペイラーフはご機嫌な鼻歌をまじえ医務室から意気揚々と出て行った。
医務室の音量が一気に二か三ボリュームは下がった気がした。
「それとトロフィー部屋が設置されたようだな」
「トロフィー部屋?」
「功績が認められればトロフィーが増えていくぞ。これを励みにしてどんどん研鑽や挑戦を重ねていくんだ」
実績クエストのようなものだろう。
ソシャゲだけでなく、コンシューマでも見られるものだ。
「敵を百体討伐」とか、「アイテムを全て集める」などの条件達成でもらえる。
コンシューマなら一種の自己満足だが、ソシャゲでは特典があることもあるので後で確認しておくことにした。
現在地を確認すべく、地図を見に行く。
ウィルもソファに座っていた。
「おはようございます。大変だったようですね」
あまりにも普通の挨拶だ。
これくらいの挨拶がちょうど良い。
起きがけに大声やプロテインとか望んでない。
「すごい西だな」
地図を見れば、木村の喉から語彙力の乏しい声が漏れてしまう。
西側に移動していたとはなんとなくわかっていたが、地図全体が西にスクロールしてしまっている。
帝国の西側が、かろうじて地図の右端に見えるかどうかだ。
「ますます神聖国と離れてしまった」
「思えば遠くへ来たものです」
ウィルがしみじみとした様子で地図を見つめている。
現在位置は国名も何も付いていない。いちおうカクレガが東には進んでいることはわかる。
「それで、デンシアでいったい何があったんです?」
ウィルが今回の顛末を尋ねてきた。
電車ではないのだが動力の違いは大きな問題ではない。
ウィルはあの乗り物が気になって様子だったので残念がっている。
木村は彼が見たこと聞いたこと、それに嗅いだことを余すことなく話していく。
列車の内部について話せば、ウィルはますます自らが乗れなかったことを悔しがっていた。
「けっきょく『しゃぼん玉われた』って、どういう意味だったんだろう?」
木村は最後まで機関部を見ることはなかった。
ソシャゲならストーリーは読まないし、さほど興味もわかない。
しかし実際に体験してみるとと、あの大量にあったしゃぼん玉がなんだったのか気になる。
赤竜がよくわからん状態になった原因もあの泡にあったことは間違いないだろう。
おっさんに聞ければ一番なのだが、今までの経験から、チュートリアルとカクレガ、筋肉、礼儀のこと以外はまともに話ができない。
そう言った点でこの世界の魔法に詳しく、かなり人格者なウィルはありがたい存在である。
なおカクレガで一番の人格者は、ボローだと木村は確信している。
人間からほど遠いロボが人格者とはこれ如何に。
「今の話から察するに、デンシアの機関は高度な神聖術が使われていると思われます」
ウィルが宙を見ながらあれやこれやと眼を動かしていた。
意見がまとまったようで木村を見て告げた。
木村も黙って続きを促す。
「まず、精神術でしょう。人が意識をなくしていたのなら、これが真っ先に思い浮かびます」
精神術とは意識を操る魔法らしい。
木村もここはわかるので何も尋ねることはない。
「神気から車輪を回す方法は専門外なのでわかりませんが、神気を取り出すだけなら精神術からの実体形成術式、それに分解の術で説明ができそうです」
実体形成術式が魔力を消費して現実に物を作る術式のことらしい。
大人気シリーズの主人公も使っているので、おそらくアレと同じようなものだと木村は推測した。
「精神術で人の意識を操り、実体形成で何かモノを作りあげます。作り上げたものを分解術式で解体するんです。解体の際に神気が発生しますから」
「魔力で物を作って、また壊すのか?」
「厳密には違うのですが、大まかな流れを言えばそうなりますね。モノを作り上げたときの神気よりも、分解で生じた神気の方が大きければシステムとしては成り立ちます」
なるほどと木村も理解できた。
ただ、それくらいなら簡単にできそうな気がする。永久機関じゃないのか。
「ただ、実体形成の方が分解術式よりも遙かに神気を消費します。分解術式で得られる神気なんて微々たるものです。さらに分解術自体が神気を消費しますから、実体形成で消費される神気量は、分解術で生成される神気量の十倍以上にはなるでしょう。そのため、このシステムは到底成り立ちません。あっという間に神気が尽きます」
やっぱりそう簡単な話ではなかった。
「ここで、感情を奪うという発言があったことを考慮します。そうすると精神術の前後で何か非現実性を持たせる術を挟んでいると考えられます。実体形成を意識の中で完成させ、意識上の実体を分解させるんです。実体形成で消費される大半の神気は、実体の形成時に使われるので意識の中で形成するならほぼゼロに近づきます。夢と言ってもいいでしょうね」
「……意味がわからない。実際にない物をどうやって分解するんだ?」
「分解術式はモノだけでなく記憶や意識にも使えるんですよ。ただ起きている人に対して使ってもわずかに気が軽くなる程度なんです。寝ている人に使うとぐっすり眠れるようになったという例がありました」
不安や心配事が分解されてスッキリするとかそういう話だろうか。
かなり便利そうな魔法だと木村は考えた。ぜひとも討滅クエスト中に使って欲しい。
「実体形成が無意識下でも十全に発揮されるとなると、対象者と結びつきの強いモノや出来事になるはずです。――思い出とそれに付き従う数多くの感情とも呼べるモノでしょう。これらが次々に分解されていきます。思い出が神気に変換されるすれば、あの泡はおそらく……」
「感情なのか。じゃあ“しゃぼん玉われた”っていうのは――」
「感情が消えてなくなっていくことを言っているのかと。何度も夢を見させられ、それが分解されていきます。夢とは言えども、何度も繰り返すことで最終的に対象は、何も感じず思うことができない廃人になるでしょう。あるいは夢の世界から出られなくなるかです」
フルゴウルはエネルギー源について言及していた。
細かくは覚えていないが「どれだけ使ってもなくならず、換えがきく」だったはずだ。
木村が理想的なエネルギーと思ったモノはすでに地球にもあったらしい。持ち帰っても木村は英雄になれそうにない。
非人道的な存在として扱われるだけだろう。
暢気に列車の中でお茶を飲んで過ごしている間にも、彼らの心が削られていっていたことになる。
「君たちが楽しんでいる時間もまた、誰かの犠牲の上に成り立っているんじゃないか?」という運営からの歪んだメッセージを感じる。
もちろん木村の考えすぎかもしれない。
「何を思っているのかはなんとなくわかるのですが、システムだけを評価するなら非常に画期的ですよ。もしも神聖国で作り上げれば教授の一席は約束されるでしょう。燃料とする人は死罪の人間を使えばいいんですからね。無駄に殺すよりも燃料にした方がずっと効率的ですし、何より殺される側にも痛みや恐怖はほぼないでしょう」
それはそうかもしれないが、やはり何か嫌な感覚が残る。
ウィルも木村の思いがわかったようだ。
「僕としては好みじゃないですね。どれだけ素晴らしい神聖術を使っていても、やはり肌に合う合わないがあるんです。論理とはかけ離れていますが、僕はこの感覚を大事にすべきだと思っています」
木村も頷いた。
論理や効率だけで評価できるものばかりじゃない。
子供にはわからないと言われるのかもしれないが、好き嫌いという感情に従うことも大切だと思った。
「それで赤竜の爆発はなんだったんだ?」
「聞いた限りでは、意識放出の一種かと思われます」
これです、と言ってウィルは手の平を見せてきた。
手の平の上でポンと、小さな音がして、ささやかな風が木村の頬を撫でる。
「……これが?」
「意識放出ですね。神気とそのときの意識を混ぜて撃ち放つことができます」
「強いの? 見た感じだと弱そうだけど」
「基本的にこれ単体で使うことはないです。他の神聖術や体術と重ねて使います。僕は適性がないから使い物になりませんね。神気も馬鹿食いします。今のでも普通の神聖術十発分は持って行かれます」
「今ので?!」
「はい。今のそよ風でです。よほどの適性と神気がなければまず使い物になりません」
漫画でも見かける怒りを力にする系のやつだろう。
たしかに向き不向きはありそうだ。
「意識放出に適性がある人は、感情のブレが大きく、他人の感情を読み取るのに長けていると聞きます。話していて感情を読まれたりしませんでしたか?」
そういえば、最後の質問は何かを確かめているような感じだったと木村は思い出す。
嘘か本当かがわかるのだろう。アコニトも似たようなことができていた。
そうすると最後の爆発は、列車のシステムに対する赤竜の激怒と考えられる。
アコニトも悲しんだり怒ったりしていたので、赤竜と似ている部分があったのかもしれない。
人の反応を見て、感情の変化を楽しむ系なのだろうか。実は赤竜も性格がかなり悪いんじゃないかと思い始めてしまう。
いろいろとわかったところで、ウィルと別れた。
頼まれていたカクレガの拡張を行わなければならない。
ブリッジも設備投資をして、より外部からの情報を得られるようにしたい。
ゆっくりした時間はあっという間に終了し、それなりに忙しい日常が戻ってきたと木村は感じる。
ほどほどにやることがあるというのは、生きる糧なのかもしれない。
木村は背伸びをしつつ、カクレガの通路を歩いて行った。
35.トロフィールーム
木村はカクレガの拡張をおこなっている。
今回の拡張は、農園に、ブリッジとどちらも最上階施設をメインに据えたものだ。
食べ物を栽培する農園と、外の魔物や食べ物の採取ポイントを発見しうるブリッジの索敵機能の増設が急務であった。
「キィムラァ。ブリッジの増強が一定段階を超えたことで、後方支援が可能になったぞ」
おっさんがわざわざ報告しにきてくれた。
筋トレ中だったようで汗だくである。
「後方支援?」
「戦闘中、前線メンバーの支援がブリッジからできるぞ」
「……わかったよ」
「それじゃあな。がんばるんだぞ」
どうやら筋トレ中でも、チュートリアルが優先されるようで無理矢理呼ばれてしまった形だ。
木村としてはもう少し後方支援の説明が欲しかったのだが、おっさんに遠慮してしまった。
筋トレに戻りたいというおっさんの意志というか、体から出てくる湯気に負けた。
説明は受けていないが、後方支援がどんなものかは想像がつく。
戦闘メンバーの四人とは別に、一人がブリッジにいて攻撃か補助かができるのだろう。
すぐさま交代ができるかどうかはわからないが、ノーリスクで攻撃か補助ができるぶん戦力はプラスだ。
もしもそんな機能が追加されると知っていたら、前回の討滅クエストまでに優先的に取得していただろう。
攻略情報がネットで共有されている現代の便利さがこういうときにわかる。
間違いなく他にも開放されていない機能がある。
どれかを集中的に強化するよりも、全体を強化していき、隠れた機能を開放させていく方が良いのかもしれない。
ひとまずのカクレガ改修を終え自室に戻ると、見覚えのない扉が現れていた。
扉の上には“トロフィールーム”と板が掲示されている。
そういえば、そんな話があった。
すでに忘れていた。
木村が扉の前に立つと勝手に扉は開く。
「は?」
木村はあまりの光景に立ちすくんだ。
部屋に入らなかったためか扉が勝手に閉じてしまう。
足をやや下げ、また近づける。扉が再び開いた。光景はやはり変わらない。
「……どうなってるんだ、これ?」
部屋は奥に数十メートルはある。幅も十メートルではきかない。
高さこそ低いが幅と奥行きが広すぎる。どこかの施設の資料室になってしまっている。
問題は明らかに隣の部屋を侵食していることだ。
隣の部屋は先ほど、実際に目で見て普通どおりだったのでこの部屋がおかしい。
ゲームでたまに見られる謎空間を目にしてしまった。
気を取り直してトロフィールームに足を踏み入れる。
トロフィーを飾るための棚が何列も整列しているが、実際に飾られているトロフィーは少ない。
一番近くにあったトロフィーを見てみる。
おっさんが筋肉を主張する姿の像があった。
トロフィーというか、もはや彫像と言って差し支えない。
色が赤茶色っぽいところを見るに、銅ランクのトロフィーだろうか。
“カゲルギ=テイルズの世界にようこそ!”
文字が浮かび上がってきた。どうやらこれがトロフィーのタイトルらしい。
控えめに言っても、ボディービルの世界へようこその方がふさわしい。
もっと言えば、カゲルギ=テイルズの世界ですらない。
“ここからあなたの物語が始まった”
説明文は一行だけ。
これに関しては間違っていない。
異世界で目覚めて初っぱなでこのおっさんが出てきたのだから。
“効果:なし”
効果がなし、と書かれているということは、効果があるものもあるという裏返しだ。
木村はさっそく他のトロフィーも見て回ることにした。
見て回って木村は早々に気づいた。
似たようなトロフィーは同じ列の棚に並ぶようである。
“壊滅の帝都”、“グランツ神聖国の終焉”、“ルーオ村の悲劇”などが同じ棚にあった。
氷付けの城、穴だらけの校舎、腐敗臭がしそうな村と、トロフィーの造形は名前のとおりあまりにも暗い。
この列だけはあまりトロフィーを増やしたくない。
増やしたくないと思いつつも、これらには効果があった。
帝国、グランツ神聖国、ルーオに属するキャラのステータスアップだ。
特にグランツ神聖国は国単位のためか、増加幅も大きく、色も銀色で豪華である。
国が滅ぼされてどうしてステータスが上がるのかは気にしないことにした。
ウィルが☆2の割にかなり強いのはこの効果の恩恵があるのだろう。
棚を移動すると今度はイベント関係やキャラ関連もあった。
デザチューや見覚えのない鳥のボス、仲間キャラの彫られた像がちょこちょこと並んでいる。
板にまん丸の穴が空いただけのトロフィーがあり、気になって意識を向けた。
題名:“無竜との遭遇”
説明:“あなたは無竜に遭遇し、無事に逃げることができた。”
効果:“消失の効果が可視化され、部分消失作用が無効になる”
竜と出会っただけで、銅のトロフィーがもらえるらしい。
効果まで付いている。この効果がどれほど有用なのかはわからないが……。
同じ棚を見ていくと、やはり赤竜のものもある。
しかも二つもあった。
一つは人間形態の姿なのでわかりやすい。
色は銅である。
題名:“赤竜との出会い”
説明:“あなたは赤竜と出会い、ともに食事を楽しんだ。”
効果:“意識放出とそれに伴う技の威力が上昇する”
もう一つは、列車の上に花火が打ち上がっているものだ。
こちらは金色のトロフィーである。
題名:“赤竜の加護”
説明:“あなたは赤竜の加護を得た。忘れてはならない。感情はヒトの証であることを。”
効果:“赤竜の加護を持つキャラが自己・他者犠牲術式の対象となったとき効果が変更される”
効果の下にチェックが入っている。
どうやら効果のオン/オフができるようである。
赤竜の加護とかいうものをいつの間にか手に入れていたようだ。
加護が金色で、遭遇が銅色なら、銀色は討伐だろうか。
それはそれで気になるが、現時点ではあまり倒そうとは思いたくない存在だ。
歩き回っていると、もう一つだけ金色のトロフィーがあった。
四角い箱に小さな玉が二つ入っている彫像である。
小さな玉はなんだろうとよく見ると、一つの玉に金色の円が二つ並んでいた。。
見覚えがある。フルゴウルの目だ。この二つの小さな玉は彼女の眼球だったらしい。
題名:“黄金君主の終わり”
説明:“あなたは黄金の筺の主を倒した。世界から、一つの輝きが失われた。”
効果:“ドロップの宝箱が筺に変更される。”
下にチェックボックスがある。
こちらも効果のオン/オフができるようだ。
「黄金の筺?」
筺が何かよくわからないが、黄金の筺の主とはフルゴウルのことだろう。
これはこの時点で手に入れてよいトロフィーではない気がする。
ストーリー終盤とかで手に入るモノではないか。
そもそも倒したのは赤竜だ。
いや、戦闘メンバーだったから問題ないのか。
同じ棚には銀色のトロフィーもある。
もしかしてと見れば、やはりフルゴウルの付き人だったダズマ討伐の証だった。
こちらにも効果があり、影属性への直接攻撃が有効になるとかであり、効果の善し悪しがいまいちわからない。
この二人は戦う姿もまともに見ることなく、トロフィーになってしまった。
効果が手に入ったから良しとして、細かいことは気にしないことにした。
かなり長い時間、トロフィーの観賞に費やしてしまったかもしれない。
そろそろ久々のデイリー消化へ行くことにする。
トロフィールームから出るとアコニトがいた。
背中を見せて、尻尾がふらふらとしている。
「どうしたの?」
「ひょっ! なんじゃっ! どこにおった!」
アコニトの尻尾がピンと立ち、その場でジャンプと、非常に驚かれた。
猫の足下に胡瓜を置く動画がこんなだった。
「どこって、トロフィールームだけど……」
木村がトロフィールームを指で示す。
アコニトが扉を怪訝な目で扉を見て、木村も同じ目で見てくる。
「おぉい、坊やぁ。昼間からキメすぎておらんかぁ?」
「いや、何もキメてないから。トロフィールームだって」
ほら、とトロフィールームの扉を開けて中に入ってみせる。
アコニトを見ると、すごい気持ち悪そうな顔で木村を見てきていた。
「……今日はまだ、本ギメしてないんだがなぁ。幻覚が見えるぞぉ」
「アコニトにはどう見えてるの? あと本ギメって何?」
「坊やが壁に埋まっておる」
アコニトがトロフィールームに近づくが、見えない壁に阻まれトロフィールームに入れない。
木村もアコニトの動きが演技でないと感じ、キャラには見えず入れない部屋なのだと理解が追いついた。
「アコニトや他のキャラには見えないし、入れないかもしれない」
「そうかぁ。それなら儂は安心して本ギメして来ようかぁ」
「うん。いや、……うん? ん? …………待って。何しに来てたの?」
アコニトが自室の扉を潜り直前で、彼女がなぜ自分の部屋にいたのか木村は気になり尋ねた。
なお、二個目の「うん?」は「安心して本ギメ」なる謎ワードに対する疑問だ。
彼女も思い出したようで、「おお、おお」と木村を振り返る。
「中年が『デイリーに行くから、坊やを連れてこい』と我が城に乗り込んで来たんだぁ。無作法者めがぁ、調子に乗りおってぇ。そろそろ儂の力を見せるべく一発殴っておくかぁ」
「返り討ち……。デイリー行くなら本ギメしちゃ駄目じゃん。一緒に行こう」
すごい嫌そうな顔をするアコニトを連れて、地図のある部屋に行く。
部屋にはおっさんはもちろんとして、ウィルやボロー、ゾル、セリーダもいた。
「遅いぞ、女狐」
他三人と一機の気持ちをおっさんが口にする。
「儂のせいじゃないわぁ。坊やが壁の中から奇想天外と現れたんだぁ」
「葉っぱキメてんじゃないぞ」
おっさんがアコニトの頬をベチィと叩く。
今のはきれいに入ったなぁと木村もわかるようになった。
「しかも、その幻覚を人のせいにするんじゃない」
さらにもう一撃が反対側からアコニトを襲う。
アコニトはその場でダウンした。
一撃目のクスリについて、木村は何も言えない。
二撃目については、アコニトのなけなしの名誉を守ることにした。
「今のアコニトの話は本当なんだ。トロフィールームとその扉が他の人には見えなくて、壁から出てきたように見えたって話」
「なんだ。それならそうと先に言うんだぞ。悪かったな、女狐。――よし、気を取り直してデイリーに行くぞ」
アコニトはダウンして何も聞こえていない。
おっさんが彼女の尻尾を、心なしか優しくつかみ引きずっていく。
木村たちも二人の後を追いかけた。
36.後方支援
木村は久々に試練の塔へ挑んでいた。
試練の塔でも後方支援が使えるようだ。
セリーダを戦闘メンバーに入れなくても、カクレガのブリッジから補助魔法をかけてくれる。
効果は全体ではなく単体と効果は落ちているが、これは何度かかければいいだけの話だ。
戦闘メンバーが実質プラス一となり恩恵が大きい。
このためか強化をあまりしていないはずだが、自爆無しでクリアできてしまった。
後方支援とメンバープラス一以上の強さを感じた。
召喚者レベルが上がったことで、キャラの強さにも影響があるのだろうか。
特にアコニトが強くなっている気がする。相手が強いほど毒の効果は弱くなる気がしていたが、今回は顕著に活躍が見られた。
……クスリをさほどキメてないからかもしれない。
倒したところで問題が一つ。
ドロップのアイテム箱が変わっている。
今までは漫画であるような、いかにもの宝箱だったのだが、金色の四角い立方体になってしまっている。
立方体は手の平に乗るサイズで、重さも持っているのかわからないくらいに軽い。
風船のようなサイコロだな、と木村は感じた。
“硬機体の骸片 小”
立方体を見るとアイテム名が出てくる。
名前が出てくるのは良いが、中のものはどうやって取り出すのかがわからない。
「見たことのない神聖術ですね。どういう仕組みなんでしょうか」
ウィルも興味津々で立方体を見てくる。
何か魔法をかけているようだが、立方体に変化は見られない。
手の上にあるのに、魔法をかけるのはやめてもらいたいと思ったが、立方体に夢中で気が回らないようである。
「結界の一種でしょう。外側からの干渉を受けつけません。投げつけてみてください」
言われたとおり、床に投げつけてみる。
質量もほとんどないので、軽い音を立てて転がるだけだ。中身は出てこない。
さらに、ゾルが剣で叩きつけてもびくともしない。アコニトの毒も効果はさっぱりだった。
「恐ろしい強度ですね。しかし、素材の容れ物が変わった原因はいったい?」
「実は――」
木村はウィルたちにトロフィールームのことを話した。
この立方体が筺とやらであり、フルゴウルという人物の討伐結果であるも説明する。
「……意味がわかりませんね」
「そうかもしれない」
重要人物を倒したから宝箱の性質が変わりました、と言われてもそりゃわからないだろう。
ゲームを知ってたら「そういうのもあるよね」で済む話だが、知らない人なら当然の反応かもしれない。
木村も、説明中にウィルがまったく理解できてない様子を見て、自らの話している内容の異常性に気づいた。
ウィルからすれば、そもそも宝箱が何なのかもわからないし、このデイリーの建造物や祠もなぜ出てきているのかもわからないだろう。
もちろん木村にもわからない。ただ、そういう事象がゲームではあると知っているから受け入れることができている。
さらに言えば、カクレガだって何をエネルギーとして走っているのかわからない。
今さらながらカクレガも、泡列車みたいなやばい機関が積まれているんじゃないか不安になった。
「気にしてもしょうがありません。次の階層に進みましょう」
「そうだな」
ほんとそれである。
いちいち気にしていたらやっていけない。
とりあえずそんなものだと受け入れて、楽しんだ方が体も心も健康だ。
なるようになるだろう。
「お、出てきたぞぉ」
気持ちを新田にした矢先、アコニトが声を出した。
彼女の足下に、アイテムが転がっている。
筺はどこかに消え去ったようだ。
「すごい。ほんとに出てる。どうやったの?」
「ふふん。聞いて驚け、『愚かなる筺よ。儂の崇高さにひれ伏し、かたく閉ざした岩戸を開くがよい。黄金に輝く外面の、暗き内面をさらし出せい。せやぁ!』と念ずれば、恐れおののき自ら出てきおったわぁ」
アコニトは愉快そうに高笑いしている。
木村はウィルを見た。ウィルは首を横に振った。
ゾルも同様であり、おっさんはすでにアコニトの頭を両手でつかんでいる。
「また、煙管にクスリを混ぜたな。『戦闘中はやめような』と言ったはずだぞ」
「混ぜてない! 儂はまともだぁ! 嘘じゃないぞぉ! 降ろせ! ほんとだぁ! もげる! 首がもげるぅ!」
両手で頭をつかまれ宙に浮いたアコニトが、足を必死にばたつかせていた。
クスリで言動がイカれていると思ったが、本人曰くまともらしい。
頭がおかしいやつはみんなそう言う。
まともな奴だって言うから、この世にまともな奴なんていないまである。
「ん? 女狐、お前……」
「開けと念じたら開いたんだぁ! 頭がッ! 割れるっ」
ミシミシとアコニトの頭からよろしくない音が聞こえてきている。
おっさんは彼女の頭を覗き込むようにジッと見ている。
頭が潰れる瞬間を目に焼き付けるつもりだろうか。
木村は話を整理する。
要するに、あの筺は「開け」と思うだけで開くらしい。
「降ろしてあげて。つぶれちゃう」
「ぐのっ……、頭がぐゎんぐゎんするぞぅ」
アコニトがちょっと可愛くなっている。
どうやら本当にまともな状態だったようである。
まともの状態であんな発言が出ることを、まともと呼んで良いかはわからない。
実際に筺が開くか検証してみようと思ったが、すでに開けられてもうない。
おとなしく次のフロアに進むことにした。
試練の塔は一つ階層が上がるだけで、敵の硬さが異常なほど上がる。
バランスがおかしいと木村は思っている。
戦闘の形になっているのは、後方支援によるところが大きいだろう。
戦力がプラス一されているのも大きい。
それに――
「なんか……、強いぞ」
機械のゴーレムはゾルやウィルの攻撃がさほど効いていない。
一方で、アコニトの毒はダメージが見られる。
今までになかったことである。
だいたいゾルやウィルの攻撃は効くけど、アコニトの毒は通らないしデバフも雀の涙というのが多かった。
正直、そろそろガチャでより強いキャラを狙い、アコニトは戦闘メンバーから外すべき頃合いかと思っていた。
雑魚の大群を一掃するには向いているのだが、強敵相手にはまるで歯が立たない。
それがどうだ。
デバフは効くし、毒も強くなっている。
初期の、雑魚相手に無双していたアコニトが帰ってきているようである。
「やっぱりクスリをキメてないから?」
「違うぞ。あの女狐をよく見るんだ」
おっさんが隣から口を出してきた。
さすがにこの状況でただ見るだけのわけがない。
ステータスを確認しろ、ということだということだろう。
アコニトのステータス詳細には見覚えのないバフが乗っていた。
“赤竜の加護”
「あ、トロフィーで見たやつだ」
「加護によりステータスに補正がかかっているぞ」
元のステータスを詳しく覚えていないが、間違いなく補正はかかっているだろう。
バフの詳細は、他のものと違って見ることができないのでステータスだけなのかはわからない。
「戦力が増強されたな」
喜ばしいことだ、と話す一方で小さく舌打ちのようなものが聞こえた。
戦闘メンバーからアコニトを排除したい気配を、以前よりおっさんから感じていた。
気持ちはよくわかる。戦闘中は頭がトンでまともに働かないし、戦闘後に生きていてもやはりまともに機能せず、おっさんが連れて帰る羽目になる。
時には毒煙を顔に向かって吐いてくるし、意識がおかしいとゲロまで吐く。泡だって吹く。
木村ですら蹴り飛ばしたいときがあるほどだ。
ここで木村はふと思い出した。
赤竜の金トロフィーには加護による効果が付いていたはずだ。
「自己、犠牲魔法? そんなのってあるんだっけ?」
「自己犠牲術式か。ゾルが使っているものだぞ。自らへの自傷や負荷により、効果を得るものの総称だな。女狐は持っていないぞ」
「駄目かぁ」
自己犠牲術式の他にもう一つあったはずだが、それもアコニトはもっていないだろう。
金トロフィーの効果は反映されないことになる。せっかくの金トロフィーなのにもったいないことだ。
それでも加護のステータスアップだけでも十分価値がある。
「あと二十秒だな」
「この階層はまだ倒しきれないか。仕方ない。自爆させて倒せるかどうか試してみよう。でも、クスリをキメてないとちょっと可哀相だな」
「そんなことはないぞ。木っ端微塵にしてやるんだ」
「……敵をだよね?」
返答はないが、確認する余裕もないのでコマンドを開いた。
慣れた手つきで自爆を選択し、緩やかに流れる時の中でアコニトを選ぶ。
「ん? なんだぁ?」
「ごめん、アコニト。自爆させるから。みんなはいつもどおりで」
「は? おい、うぬら。何をしておる?」
アコニトは唖然としているが、彼女以外は慣れたものだ。
ボローがウィルを守り、ゾルは大剣を盾にして衝撃に備え、おっさんは木村へ――、
「あれ?」
おっさんが木村の方へ来ない。
アコニトを凝視している。
「なんだぁ、光っておるぞぉ」
木村もアコニトを見る。
普段の自爆と様子が違っていた。
いつもならすでに体が膨らみ始め、弾ける寸前だ。
しかし、今回は彼女の体がぼんやりと赤紫に発光するだけである。
「キィムラァ。トロフィー効果は、他者犠牲術式も対象だったか?」
「あ、そうそう。そんなのも対象だった」
「そうか。それなら自爆も対象だぞ。見ておくんだ」
「そうなんだ。見てても大丈夫なの」
「眩しいぞ」
どうやら自爆は他者犠牲術式とやらだったようだ。
アコニトの体から出ている赤紫色の光がぴたりと収まった。
木村は覚えがある。
あのときもこうやって光がいったん消えたのだ。
「う……」
うめき声が聞こえたと思ったら、ウィルが膝をついている。
またアコニトに視線を戻すと、彼女の体が発光し、一瞬で赤紫の光が周囲に弾けた。
光と音と衝撃が、時間差もなく一瞬で体を通り抜けていく。
予想していたものよりも、ずっと光も音も小さい。
衝撃すらちょっと揺れた程度だ。
すぐに目を開けると、アコニトが消えてしまっていた。
アコニトだけでなくモンスターも消滅している。
さらにはモンスターどころか、ゾルやボロー、ウィルまでもが消えてしまった。
木村とおっさん、それに黄金の筺だけが部屋には残る。
「倒した……?」
「ああ、撃破したぞ」
自爆のような焦げ痕もないので本当に同じ部屋か疑ってしまった。
実は下の階層にワープしたと言われても納得してしまう。
筺がなかったら同じ部屋とわからない。
いつもなら出るはずの上への階段は出てこない。
ここが最上階とは考えづらい。まだまだ上があるはずだ。
モンスターは倒したからアイテムは出るが、味方がいないからクリアとみなされず上階への挑戦権はなくなったと推測できる。
「けっきょく何が起きたの? 消滅?」
「意識放出だな。意識はほぼ混ざっていないから、魔力爆発と考えていいぞ」
魔力爆発は知らないが、意識放出は聞き覚えがあるし、見たこともある。
しかし、木村がウィルに見せてもらった意識放出はもっとしょぼかったはずだ。
「効果も上がっているな。通常の意識放出であの威力は出ないぞ。たとえ自爆が変更されるとしてもだ」
「あ、銅トロフィーの影響かもしれない」
赤竜の銅トロフィーが意識放出の効果が上がるとかだった。
金トロフィーで自爆が意識放出に変更され、銅トロフィーで意識放出の効果がさらに上がり、この結果になったということだろう。
強いのは間違いないだろうが、あまりにも強すぎる。
尖ったスキルがさらに尖ってしまった。
今度は仲間すら残っていない。
もはや全滅だ。
いちおうアイテムは出るようだからギリギリ勝利に判定されるらしい。
勝利ではあるが、クリアとは判定されない微妙な結果だ。
アイテムが手に入るからまだ良いところか。
“硬機体の骸片 中”
黄金の筺を見れば、アイテム名が出た。
あとはアコニトが言ったように、念じてアイテムが出てくるかどうかである。
ここで念じてみても良いが、回収が面倒である。
カクレガに持って帰って、ウィルやおっさんと検証することにした。
37.採集
イベントのない日々が十日ほど続いている。
木村たちはポッポス区域なる地域に逗留していた。
人のいない地域のようで村や町がない。
代わりに魔物や採取ポイントも多いことがわかり、狩りや食べ物の採集に力を入れていた。
パーンライゼ区域と似たようなところだと木村は考えている。
カクレガの索敵機能を強化したことで、いろいろなアイコンが地図に出てくるので大幅に活動がしやすくなった。
消費よりも蓄積が増えていくので、このあたりの採集を可能な限りおこなってから東に進むと決めた。
レベルも低レベルのためかぐんぐんと上がっていく。すでにレベル28だ。
花や石、生物の採集でも経験値が入ることがわかり、レアものを中心に集めている。
今もまさに昆虫マークを見つけて、採集のため外に出たところである。
「おっ、いたぞ」
「みつけるの、早いです」
おっさんがあっという間に対象を見つけた。
見つけるのは早いが、捕まえたり採取したりは基本的にしない。
他のキャラや木村にやらせる。見つけることはチュートリアルで、捕まえるのは違う判定のようである。
今も捕まえるのはゾルがしていた。
彼女は採取、採集系のスキルを持っていて、普段よりも楽しそうに見える。
普段が美人で無表情のため話しかけても、一言か二言で話が終わってしまい、戦闘関係以外では話しやすいキャラではない。
本人も一人でいることが好きなようで、カクレガ内で誰かと一緒にいることは少ない。
「見て! 大きい!」
訂正だ。普段とは比べものにならないほど楽しそうだった。
人に向けない笑顔を、手に持ったクワガタに向けている。
色は真っ赤で、片手で持てるギリギリのサイズだ。
「立派なサイズだな。見せてみるんだぞ」
ゾルが、捕まえたクワガタをおっさんに渡す。
自ら手に入れることはしないが、他者が手に入れたものを扱うのはセーフらしい。
「マッカックワだな。素晴らしい大きさだぞ」
「大きな虫なぞ、気持ち悪いだけだぁ」
対魔物用でいちおうアコニトも来ているが、まったく乗り気じゃない。
木村としてもアコニトに同感である。
クワガタに目を輝かせる歳でもないし、そもそも虫が好きではなかった。
昆虫よりも、普段はまず見られない、はしゃいでいるゾルやおっさんを見て楽しんでいる。
ゾルとおっさんが満足そうな顔でクワガタを手に取って見ている。
手に持たれた側のクワガタは、角をばちんばちんと閉じたり開いたりして忙しい。
ノコが鋭く、ギザギザもついており、とても大きい。力も強そうであり、挟まれたらかなり痛そうだ。
「よし、もう一匹捕まえるぞ。キィムラァ、レベルが30に到達したことで“結晶合成”が開放されたぞ。マッカックワがいるということは、近くにマッサオカブトもいるかもしれない。見つけ対決させるんだ!」
「マッサオカブト! 次は私が早く見つける。負けない」
「競争だぞ」
ゾルもずいぶんと楽しそうだ。
こんなに楽しそうに行動していると、木村もなぜだか嬉しい。
……気のせいか。今、昆虫の話にまぎれて何か重要な話が混ざっていたような。
「レベル30? 結晶合成?」
答えは返ってこなかった。
おっさんはゾルと一緒に木々の中へ、冒険に行ってしまっている。
なお、おっさん側には捕獲役として、ウィルがついていっているのでなんとかなるだろう。
木村はアコニトと一緒に木陰へと入り、持ってきたお菓子と飲みもので一服するだけだ。
おっさん手製の大きなカゴに入れられたクワガタが、よじよじと側面を登り、天井からなんとか出ようとしている姿をぼんやりと眺める。
レベルが30になった、とおっさんは話していた……と思う。
カクレガを出る直前はレベルが28になったばかりだったので、このクワガタ一匹がレベル2を押し上げたことになる。
ここ数日の他の採集でも、一気にレベルが上がった記憶がある。
採集という経験値の大量稼ぎは異世界独自だろう。
間違いなくソシャゲの中では、ワンクリックで「採集完了しました」が出てわずかな経験値がもらえる程度のシステムだ。
あるいは戦闘のドロップか、遠征や遠征と同様に時間を待って手に入るものであろう。
まさかこんな、外に出て罠を張ったりして自分で捕まえに行くシステムの訳がない。
夜の暗い時間に明かりを持って、昼に蜜を塗っておいた木に昆虫がどれだけ集まったか見にいくなんてシステムはないだろう。
真夜中の採集で、手よりもずっと大きい蛾がアコニトの顔に止まったときは、さすがに彼女も叫んだ。
木村だって叫んだし、近くに隠れていた魔物も二人の絶叫に驚いて叫んだ。
はっきり言って、戦闘やストーリーよりも採集の方がやりこみ性がある。
自然をそのまま使うだけのエコシステムだ。エンジニアにもプレイヤーにも優しい。
ただ、もしもこの採集がメインのゲームならジャンルが変わってしまう。アドベンチャーだ。
“僕とおっさんの夏休み”みたいなタイトルになる。
ときどきおっさんやゾルらの声が聞こえる。何かいろいろと捕まえているようだ。
しかし、ステータスを見てみても経験値の表示も変化がない。
おそらくレベル30が今のレベル制限値なのだろう。
これ以上の採集は経験値が無駄になる。
もしかしたら制限解放のときまで、システム裏で溜まっており、制限解除と同時に消費されるかもしれないがたぶんない。
食料もそれなりに溜まってきたし、場所を移動する頃合いかもしれないと木村は考えた。
結晶合成はよくわからないので、カクレガに戻ったときに聞くとしよう。
隣を見ると、アコニトもすやすやと眠っている。
口を半分ほど開け、涎も垂らしてと非常に間抜けな寝顔だ。
「……え?」
クワガタの様子はとカゴを見れば柵が切り落とされていた。
中に赤いクワガタの姿がない。
「ぎゃああああああああああ! あぁああああああぁああああああ!」
突然の爆音に木村は体を大きく震わせた。
隣を見ると、寝ていたはずのアコニトが目を大きく開いている。
「あああああ! ぎぃぁあああああ!」
彼女は叫んで立ち上がっていた。
尻尾の一つに赤いクワガタが止まっている。
大型ノコが、アコニトの尻尾を力強く挟んでいるではないか。
「アコニト! 尻尾にクワガタが!」
「イッ! 痛いぞぉ! この糞虫が! くたばれ! 素揚げで食ってやるわ!」
アコニトがキレて、自分の尻尾めがけて毒を吹きかける。
“毒無効”
このクワガタ――強い。
「毒は効かないみたい」
「ふざけるなよ!」
本当にふざけた話であった。
明らかに機械みたいな魔物にも毒は効くのに、このクワガタはピンピンしている。
毒が効かないとわかり、アコニトはクワガタを手で取ろうとする。
しかし、クワガタのノコの力は、赤竜の加護を得たアコニトの力よりも上だった。
尻尾を硬く挟んで離れようとしない。取ろうとすればするほどノコが尻尾を強く挟み、アコニトが絶叫する。
ノコの方に手をかけて挟む力を緩め、木村が恐る恐るクワガタの胴体をつかんで引き離す。
木村もアコニトも息が絶え絶えである。凄まじい一戦の後のような息づかいであった。
「どうかしたのか?」
おっさんたちも、声に気づいて戻ってきた。
おっさんの両手にはそれぞれ大きなクワガタがもたれている。しかもさらに大きい。
ゾルの手には色が青い大きなカブト虫がいた。戦利品のようで木村に誇るように見せてくる。
「クワガタが逃げ出したんだ」
木村が手に持ったクワガタを見せる。
おっさんもカゴを見て頷いた。
「次はもっと丈夫なやつを作るぞ」
「そうじゃ! 貧弱なカゴを作りおって! 危うく儂の尾が断ち切られるところであったぞ!」
「貧弱なのはお前の尻尾だろう。ちゃんと鍛えるんだぞ」
両手にクワガタを持ったまま、自身の筋肉を誇張する。
あまり見たくない絵面だった。
「それよりこのクワガタどうしよう。いったんカゴに戻していい?」
木村としてはさっさとこのクワガタから手を離したい。
デカいし、力強く動くし、ときどき羽も開いて飛んで逃げようとする。
もっているだけ何をしてくるかわからずドキドキする。
「カゴは逃げてしまうから駄目だな。やれやれ仕方ないな。女狐、ちょっと尻尾に置かせてくれ」
「は? ――ぎゃああああああああああ!」
おっさんが手に持ったクワガタを、アコニトの尻尾に近づけると、クワガタはアコニトの尻尾を挟んだ。
挟んだことを確認して、おっさんがクワガタから手を離し、木村の持っていたクワガタを手に取る。
アコニトは叫びつつ、周囲を走り、尻尾のクワガタと格闘している。
ウィルも取ろうとしているようだが、クワガタには魔法も効きづらい様子である。
大きくなったためか力も強くなっており、尻尾を二本まとめて挟んでおり、先ほどよりもひどい状況だ。
「クワガタはああやってモノを挟ませると逃げづらくなるからな。覚えておくんだぞ」
たぶん使うことはない豆知識である。
ひとまず採集はもう終わりのようで、おっさんはカクレガの入口を開いた。
満足した様子でおっさんとゾルが戦果を両手に入口を歩んでいく。
けっきょくアコニトの尻尾のクワガタは、アコニトとウィルでノコを外し、木村が両手でつかんで取った。
38.結晶合成
結晶合成なるシステムの解説が始まったのは夜であった。
採集が終わった後にケージ作りが始まり、完成したのが夕方で、ご飯を食べてようやく解説に入る。
さほど急ぎでもなかったので木村も気にしていない。ゾルやおっさんらが楽しそうに作業しているのを彼も手伝った。
今まで、採ってきた素材はブリッジの空きスペースに置いていた。
しかし、スペースがさすがに狭くなったのと、虫やらなんやらがわさわさするので、部屋を新たに一つ作った。
コストの異常に低い鑑賞室とやらがあったのでそれである。
絵やら工芸品を飾る部屋だろうが、鉱石や昆虫、植物の置き場になってしまった。
本来の観賞物とは明らかに違うのだろうが、絵や工芸品を見る趣味などないのでどっちでも良い。
おそらくこの鑑賞室とは、本来のソシャゲシステム的には過去のイベント絵や音楽を聴くポジションではないかと木村は予想している。
各種の採集素材を管理する人物も決めた。
鉱石に関してはズェーダとスメラの兄妹が管理し、花や作物、種苗に関してはペイラーフとゴードンが管理を行う。
昆虫といった生ものに関してはゾルとテイの二文字コンビが管理するようである。
さて、この鑑賞室のド真ん中に怪しげな装置がある。
二人の人間が背中部分でくっつけられ、互いに逆向きに上を向いて、口を開けている不気味なオブジェだ。
質感も人の感じもすごいリアルだが、まさか剥製ではないだろうかと木村は疑っている。
みんな気持ち悪がるが、不気味さのあまり誰も何も尋ねない。
見て見ぬ振りを決め込んでいる。
「これが結晶合成装置だぞ」
おっさんがついに不気味なオブジェクトの解説を始めた。
「これが?」
「そうだぞ。これに採集素材を入れるんだ」
おっさんが装置、もとい人間オブジェの口に手に持っていた花を投入した。
人間オブジェの口が動き、花をごくりと飲み込む。喉も嚥下に合わせて動いており、本当に気持ちが悪い。
飲み込むと人間オブジェの口が閉じた。おっさんは反対側の人間オブジェの口にも鉱石を入れる。
「採集素材を投入すると結晶合成装置が作動するぞ。これで下から結晶が、」
「アァーーーーーー」
人間オブジェの口がわずかに開き、隙間から不気味な声が漏れ出てくる。
おっさんの解説も止まってしまうが、オブジェに対しておっさんは何もコメントしない。
「む?」
人間が一通り唸った後で、人間の繋がれた胴体部分がパカリと開いた。
中も臓器を真似ているのか、鮮烈なほどの赤に、不気味な生々しい器官が見えている。
そこから投入した採集素材がそのまま出てくるではないか。
「……これが結晶?」
「いや、元の素材のままだな。おかしいぞ」
おっさんも首をかしげている。
問題が起きているようだ。
おっさんは出てきた採集素材を手にする。
もう一度、人間オブジェの口に採集素材を投入していった。
「アァーーーーーー」
二人分のうめき声がこだまし、胴体から出てきたのはやはり素材そのままだ。
おっさんも珍しく困り顔である。
「すまないな。席を外すぞ」
おっさんは鑑賞室から出て行った。
ゾルはこちらに興味がないようでカブトとクワガタを交互に見ている。
ゾルと一緒にクワガタのケージ前で、クワガタたちの交尾を見ているとおっさんが戻ってきた。
「キィムラァ、わかったぞ。どうやら本来の仕様と大きく変えられているようだ」
「仕様を変える? どういうこと?」
なんでも本来の結晶合成装置は、カゲルギ=テイルズのアイテムだけが対象である。そりゃそうだ。
それでは困るので異世界のアイテムでも対応できるよう、とある存在に装置の改修を行わせたが、外見だけでなく作動上の仕様も変更されてしまったらしい。
「希少度が5以上のもの同士でしか結晶合成ができないようだ」
「それってどれくらいなの?」
「今、この部屋にあるものならあのマッカックワだけだぞ」
あの赤いクワガタはすごいレアらしい。
立派な角をもっているし、大きさもかなりある。
なによりレベルが一気に2も上がったことで納得できてしまう。
「青いカブト虫は違うの?」
「当然だろう。カブト虫だぞ? 大きさもかなり小さいからな」
何が当然なのかさっぱりわからない。
大きさが小さいと言うが、木村の見た感じではかなり大きい。
あれでも小さい個体ならば、大きい個体になったらもはや魔物と区別が出来なくなりそうだ。
「装置は直してもらえないの」
「難題を突きつけられてな、それが解決するまではこのままだろう。すまないな」
「いや、別にいいんだけど、どんな難題なの?」
「……移住者を探してくれというものだ」
「移住者?」
おっさんは疑問に答えず、眉間のあたりを揉んでいる。
どうやらかなりの難題のようだ。
「ひとまずできるもので合成してみるとするか」
おっさんがクワガタのケージの側に近づき、交尾中のクワガタを手にした。
重なっていたので一気に二体をつかみあげてしまう。
ちなみにクワガタが重なっているのは、交尾をしていたわけではない。
番となったクワガタの雄は、雌を守るため体を盾にして守る。
メイトガートと呼ばれる習性によるものだ。
この習性はカブト虫には見られない。
ゾルもおっさんについてきて、何をするつもりなのかと尋ねている。
おっさんは結晶合成だと話すが、ゾルは首を捻っていた。
ウィルもタイミング良くやってきて様子を見る。
「それでは気を取り直してやってみるぞ」
クワガタの角が小さい方を片方の人間オブジェにいれる。
反応が違う。人間の目がグワッと開き、金色に輝き始めたではないか。
おそらく投入したモノの希少度が高いときの特殊エフェクトだと思うが、もうちょっとマシなエフェクトはなかったのか。
「趣味が、とても悪いですね」
極めて感情を押し殺した声でウィルがぼやいた。
彼は冷たい目で合成装置を見ている。
おっさんは気にしない。
もう一匹の立派な角がある方をもう一体の人間オブジェに入れた。
こちらも目が金色に光っている。
目の輝きが強まり、天井に金色の光を射し、合成が終わったようで光が徐々に収まっていく。
胴体が開き、金色の光とともに一匹のクワガタが出てきた。
金色に輝いて、角が四本もあるクワガタである。
姿だけは先ほどよりもずっと大きい。
「これが結晶?」
結晶とやらが出ると思っていたのだが、なんか合成されただけのクワガタに見える。
「違うぞ。これではただの合体だ。すまないな、まだ問題があるようだ」
おっさんは「尋ねてくる」と、またしても部屋を出て行った。
ゾルはとても喜んで金色のクワガタを手にしている。
「これ、何ですか?」
「結晶合成装置ってやつらしいけど、よくわからない問題が起きてるらしい」
「何が起きてるか、わかってますか?」
「そりゃ……、合成でしょ?」
ウィルの顔を見ると、血の気が引いている。
血色が見たことがないほど良いゾルとは対照的だった。
「今のは合成と呼べないですよ。少なくとも僕の知る属性付与や性質転与、織り込みとか呼ばれる類いでもないですね」
「じゃあ、なんて言うの?」
「わかりません。……この異常性を何と説明すれば良いんでしょうか。まず、僕の知る合成というのはある物に対して別の物の性質付与することです。さらに神気の量は、元の二つを足した総和よりも少なくなるはずです」
「なんとなくわかる」
剣に、炎の石を合成すると炎の剣になるくらいの理解だ。
神気の量はよくわからないが、一足す一が二にはならず、どこかでエネルギーを食って二未満になるくらいの話だろう。
「第一に、僕の理解では生物は合成できません。やったという例はありますが、あんなに綺麗な形になり得ません。もっとぐちゃぐちゃの惨い状態になります」
「えっ、そうなの?」
「はい。合成というのはあくまで物だけです。合体などと軽く言われていましたが、言うほど簡単ではありません。第二に、あの金色の生物の神気総量が、明らかに前の二体の和よりもずっと多いです。もはや意味がわかりません」
木村はゲームやアニメでも、モンスター同士の合成を見たことがある。
二体をうまく合わせると、元のモンスター以上に強くなることだって別におかしいとまでは思わない。
二つの力を組み合わせることで、さらなる力を得る――よくある展開だ。
「とてつもなくすごい合成なんじゃないかな」
「僕も最初はそう考えたのですが、よくよく考えると逆かもしれません」
「逆?」
「はい。洗練されすぎて物しか掛け合わせられなくなった合成ではなく、もっと原始的な練り合わせと言いますか。二つを溶かして混ぜ合わせ、何かまったく別のモノを造っている。そんなものではないかと」
「合成ではなく混合?」
ウィルも小さく頷く。
「この装置もそうです。本物の人間を使っていると思われます」
「……やっぱりそうなのか?」
なんとなくこの人間は作り物じゃなくてマジモンじゃないかと思っていた。
深く考えないことにしていただけだ。衝撃というか、納得してしまう話である。
「神気の在り方が変質してしまっていますが、元は人間のはずです。この人間が混合のキーになっているのかもしれません。凄まじい神聖術ではあります。しかし、やはり僕の肌に合いません」
木村も同意見だと頷く。
実際の人間を素材にした装置が置かれている主人公の乗り物とかない。
……よく考えればそんなこともなかった。
割と過去の仲間や重要人物をコアにしている乗り物はけっこうあった。
それでも、かなり重要な物だ。
核や頭脳といったメインとしておかれているのである。
鑑賞室の真ん中に、誰かも知らないオブジェとして置かれることはたぶんない。
「こういったモノを見ると、教授の仰っていた――『神聖術は決して神聖なものではなく、歪みしかない“魔法”である』という意味がわかってしまう気がします」
こちらには木村は、「うん」とも「いいえ」とも反応を示すことができなかった。
金色のクワガタが鑑賞室の空を飛んでいる。
クワガタをつかんでいるゾルも一緒に空を飛んでいた。
出力がおかしいほど上がっており、この生命体を入れるケージはないのではないかと木村は考える。
けっきょくこの日は合成装置が直ることはなかった。
翌日になり、合成装置を見ると外見が大きく変わっていた。
人間の姿がなくなっており、非常に無機物的なものに見た目が変わっている。
二つの投入口と一つの排出口があり、それ以外に装飾が一切なく継ぎ目すらも見えない。
色も白で清潔感があり、触り心地もつるつるしており光沢がある。
昨日よりもだいぶ見た目が良い。
「どうしたの、これ?」
「原因がわかった。抽出の方が弱かったようで、合成に耐えきれなかったようだ。抽出が得意な奴に頼んだら、一晩でやってくれたぞ。デザインもそいつ寄りに変えられて、やや面白みがなくなったな。元に戻すこともできるぞ」
「いやいや! これで良い! こっちの方がずっと良い! 素晴らしいと思う!」
「わかった。素晴らしい意匠だったと伝えておくぞ。さて、結晶合成のチュートリアルをしようにも希少度5以上の素材がなくなってしまったな。採りに行くとするか」
おっさんが出て行くと、ゾルも「一緒に行く」と張り切って出て行った。
部屋に木村と、無言のウィルが残る。
「昨日よりもだいぶマシになったな」
ほっと息を吐いて、ウィルを見た。
ウィルは真顔で装置を凝視し続けている。
「どうかしたのか?」
「これ、何でしょうか?」
ウィルが装置を触りながら尋ねた。
昨日と同じような質問だ。
装置の役割は昨日話をしたので、合成に関して話をしているわけではないだろう。
そうすると、この白い外装が気になっていることになる。
「陶器かな?」
地球で言えば、便器に近い。
便器はひどいが、木村の知っている中で一番近いものであることは間違いない。
この世界にはこういったものはなかっただろうか。見たような気もするが思い出すことはできない。
「何が気になってるんだ? 少なくとも昨日のアレよりはずっとマシに見えるけど」
「綺麗すぎます。神気にまったく乱れがない。ブレがいっさいないんですよ」
神気のことはよくわからない。
とりあえず続きを聞く。
「どんなモノであれ、神気にブレはあります。教授も言われていましたし、僕ですら感じることはできます。えっと……、どれだけ見た目が綺麗なモノでも触れば神気が乱れたり、混じりけを感じるんです。ですが、これはブレが一切ない。一つのモノが最初からこの形で、このためだけに生まれたようなモノです。あまりにも機能的――純粋すぎる」
興奮しているのか怖れているのかわからないが、額に汗が伝っている。
よくわからないけどすごいことなのだろう。
木村としては、昨日のものよりはこちらの方がずっといいので、これ以上は追及しないことにした。
とりあえず悪趣味よりも機能的すぎる方が、今回の場合はずっとマシである。
採集のため朝からさっそく外に出る。
アコニトは昨日の件でうんざりして今日は付いてこようともしなかった。
木村もあまりにも可哀相と感じたため誘わないでおいた。
代わりにペイラーフとテイが付いてきている。
この二人はかなり精力的にあちこちへ移動するので、個人的にはボローか、やはりアコニトの方が助かる。
ボローは外での連続運転に堪えられず、アコニトはもうすでに頭がトンでいる。
昼過ぎにはすでに木村の体力が持たずリタイアしてしまう。
外出組はそれなりに成果に満足したようで、鑑賞室という名の保管庫でそれぞれの管理物を置いている。
「よし。キィムラァ、遅れたが結晶合成のチュートリアルを始めるぞ」
「よっしゃあ!」
「おー!」
ペイラーフとテイはノリノリで合いの手を入れている。
アウトドア派の体力とノリに、インドア派の木村にはついて行けない。
外で新たに手に入れたマッカックワを二匹ほど投入する。
音も光も何もなく、排出口から赤い結晶がストンと落ちてくる。
自動販売機や証明写真機でも、もうちょっとマシな反応がある。
しかし、人間オブジェに戻すのはいろいろと憚られるものがあるのも事実。
「結晶合成が無事に完了したな」
おっさんも良かったと一息ついている。
「安心してるところで申し訳ないんだけど、見た目って前回のやつといいとこ取りってできないかな」
この外装で光や音が出れば最高だ。
今のままではあまりにも反応がなさすぎてやや物足りない。
「わかった。尋ねてみるぞ」
おっさんが手に小さな赤い結晶を持って木村に見せてくる。
結晶は赤く煌めき、教科書で見たような雪の結晶の形をしていた。
「たしかに結晶だ。これがどうなるの?」
「これを使用することでステータスがアップするぞ。効果があるものもある。赤は物理攻撃だな。結晶の形から、攻撃速度アップも付いているぞ。一人一種類しか使用できないからな。新しいものを使うと古いものが上書きされるから注意するんだ」
なるほど。
見たことがあるようなシステムだ。
ルーンとか刻石とか、各ゲームでいろいろな名前がある。
このルーンのステータス上昇度や追加効果にブレがあり、上級者はひたすらステージを周回しなければならない。
木村のようなプレイヤーにとっては、とりあえずデメリット無しでステータスを上昇させることができる便利なアイテム程度だ。
そこまで必死になって選別をすることもない。
さっそく使ってみることにした。
効果はゾルにぴったしであり、近くにいるのもタイミングが良い。
「……これ、どうやって使用するの?」
ゲームなら使用するボタンで一発だ。
しかし、システムで見てみても使用するなんてコマンドはない。
おっさんが口にしていた物理攻撃上昇と攻撃速度アップの解説が載っているだけである。
「細かく砕いて煎じて飲むんだぞ」
嫌な使い方だ。
どんな味がするのか想像ができない。
「かして」
ゾルが寄ってきたので、結晶を渡す。
彼女は手で結晶を握りつぶし、そのまま口に持っていって飲み込んだ。
「マーとミーの力は私が引き継ぐ」
どうやらクワガタに名前を付けていたらしい。
飲み方と台詞の言い方はワイルドで格好良いが、名前がいい加減すぎた。
「キィムラァ、どうやら隠し効果があったようだぞ」
「本当に?」
これは嬉しい話だ。
さっそく木村もゾルのステータスを開いて見てみる。
“クワガタの心:クワガタムシ科と心が通じるようになる”
「……あ、ふーん」
どうでも良さそうな効果だった。
おそらくクワガタ二匹を素材にしたからだろう。
「いや、待てよ」
冷静に考えると、この効果はともかくとして、これは有用な情報ではないか。
すなわち、花や鉱石同士の合成により、似たような隠し効果が手に入るかもしれないということだ。
そのような効果を得ることができれば、今後の採集や戦闘で有利になりうる。
とりあえず合成の☆5以上という縛りは健在のようなので、該当素材を二つ以上手に入れれば積極的に合成してみることにする。
翌日になり、カクレガは移動を始めている。
久々に大きく東へ移動することにした。
「キィムラァ。合成装置の見た目を変えてもらったぞ」
「えっ、本当」
仕事が速い。
あの無機質すぎる装置が改善されるのは良いことだ。
さっそく見に行くことにした。
鑑賞室の扉を開けると、装置が目に入る。
人が接合された姿で、全身余すところなく真っ白だ。
「どうだ。互いの良いところが引き継がれているぞ」
「いや、こうじゃないんだなぁ」
言葉が足りてなかったかもしれない。
もしかして良いところ取りしか言わなかったか。そうかもしれない。
そうか良いとこ取りだとこうなってしまうのかぁ。感性の違いは埋められないものがある。
基本の見た目は白い外装で、光だけ出してくれれば良かった。
これはおそらく白い人型で音も光も出ない。悪いところだけが引き継がれている。
「なるほどな。逆だったか。また伝えておくぞ」
「頼む」
けっきょく合成装置は、白く簡素な見た目に戻っただけだった。
音や光は出てこないようである。
どうも光や音といったエフェクトは、趣味の悪い存在しか付けることができないらしい。
その存在が見た目が悪いと言われ、へそを曲げてしまったようである。
移住者を探さなければ絶対に付けないと言われたようだ。
そもそも改修してくれた存在たちはどこにいて、どういう存在なのかはわからない。
もちろん連絡を取る手段も想像がつかない。まさか電話じゃあるまい。
おっさんもまったく答える気がなく、無言を通している。
ピッピコーン!
そんなときにこの音が鳴った。
久々に聞いたので体が硬直してしまう。
おっさんから手紙を受け取って読む。
外ではまだ続いていたイベントが、ようやく終わったらしい。
ピッピコーン!
連続でやってくる。
前回のパターンから、この可能性は考慮していた。
「“討滅クエスト開催”」
手に汗が出たことを木村は実感した。
何度も悔しい思いをさせられた異世界における糞イベントだ。
しかし、今回は周囲に人の住む集落はない。
巻き込む存在はないのだ。
カクレガの進行を止めさせる。
そして、木村は手紙を握りしめ、主な戦闘メンバーに声をかけに行く。
為す術なくやられたあの時とは違う。
周囲に気にかけるものはなく、さらなる力も手に入れた。
雪辱を果たすときが来たのだ。
39.サポートペット
待ち望んだ討滅クエストが始まる。
「キィムラァ。今回も連続か、まとめるかを選べるぞ」
「連続で」
「連続だな。あと一分で開始されるぞ。しっかり準備するんだ」
前回までの流れは変わっていない。
想定したとおりだ。
組まれた予定に従い、初日は連続で討滅クエストを開始する。
最初の五体が前回から強くなっているのか、行動パターンが変化しているかを確認していく。
さっそくカクレガの外に出る。
戦闘メンバーはアコニト、ゾル、ウィル、ボローのいつもの四人。
これに前回はなかった後方支援役としてセリーダを入れる。
この時点ですでに前回よりも有利に立ち回ることができるだろう。
ただし今日のアコニトは頭がイッているため戦力にならない。
ほぼ前線が三人、後方一人だがどうなるかだ。
「出ましたね」
最初は赤竜。
前回と同じなら、次は青、黄、緑、金と続く。
「神気は前回と大きな変化が感じられません」
ウィルの神気センサーは前回と同じくらいを示している。
プレイヤーたちのレベルに合わせて、竜の強さを底上げしてこなかったようだ。ありがたい。
「よし。それじゃあ予定どおり相手の行動パターンを試しつつ倒していこう。ボローも攻撃を受けてもらうことになるけど頼んだよ」
頼られたボローは頷くだけである。
ゾルも今日はフルアーマーなしで戦う。
前回よりもスキルテーブルは進めているし、結晶もセットしている。
ウィルやボローも目立った強化はしていないが、スキルテーブルを進めた。
新たなスキルを手に入れており、ウィルは別の魔法も練習していたのでさらに強くなっている。
「無知蒙昧な星屑の民よ! 聞くのだ、高貴なる星々の声を! そして届けよ、遙か銀河の彼方へ! 我らの知性の輝きはいまだ失われていないと!」
アコニトはまったくもって駄目である。
一番強くなったであろうキャラがまったく使い物にならない。
失われていない知性の輝きとやらを、銀河以前に竜と自分たちにまず示してもらいたい。
どうも今日はSFの世界に行っているらしい。
深くイッてるときはSFの世界へ行くことが多い。
実は不思議というか、怖い話がある。
聞けばカゲルギ=テイルズは宇宙という概念がない世界らしい。
それなのにアコニトはどうしてか、クスリでイッてるときに宇宙の話ができている。
知らない人が聞けばもちろん頭がおかしいと思うだけだが、木村のように宇宙を知っていると、比較的まともそうなことを言ってるときもある。もちろんときどきだが。
「やはり前回と強さも行動パターンも同じです」
ぼんやりとしていたが、ウィルの声で現実に戻る。
戦況は木村から見てもこちらがずっと優勢だ。
三人がかりでも、楽に赤竜の制圧ができてしまう。
試しに一人で挑ませてみても、楽勝と言わないまでも動きを操ることができる。
これは「まとめて」を選択して挑んだときに、ばらけてから竜を誘導することが可能ということだ。
前回も誘導はできていたが、今回の目的は第二回戦の勝利。
そのため第一目標は前回とやや異なる。
今回の第一目標は自爆無しでの初戦突破である。
それもできるだけ、五体の竜を集めてからの突破だ。
今日の戦闘で、敵の情報を可能な限り集めなければならない。
ウィルの炎魔法が緑竜を燃やした。
トドメになったようで、緑竜は光へと消えていく。
「良い調子だな」
おっさんも腕を組んで戦況を見守っている。
すでに緑竜まで倒した。問題はこの後の金竜だ。
こいつをどれだけ引き寄せられるかが重要になる。
金竜は空を飛んでいるため、ボローの挑発が届いたり届かなかったりで前回は安定しなかった。
対策として、ゾルがボローを空に投げるというのが前回の策だったが、大きな問題があったのだ。
大きく飛んだ後、地上に落下した際のダメージが防御力無視という謎仕様なのである。
下手すると、着地の際にボローが即死する。
全員可能な限り無事な状態で第二回戦に挑みたい。
そのため、安全かつ安定して金竜を挑発させる必要がある。
ボローを外しての全員攻撃布陣という選択肢もあったが、第二回戦を考慮しても彼を外すことはない。
なによりも木村にはボローを外したくないという思いがあった。
このメンバーで勝ちたいのだ。
仮に外すとしてもセリーダを変えるべきと考えている。
セリーダをペイラーフに交代する。相性や戦略を考慮したものなどではない。
獣人の郷の弔い合戦である。
屍竜を倒しても彼らが生き返るわけではない。
そんなことは木村だってわかっている。
木村の自己満足だ。
それでもやると彼は決めた。
過去の因縁と呪縛をここで断ち切る。
四体の竜が消え、最後の一体が空に現れる。
金色の体とともに黒雲がどこからか現れ、稲光が宙を走った。
前回と同様に距離を取りつつ、キャラたちに雷を落としてくる。
ときどき接近して爪で攻撃してくるので、これをボローの近くでやれれば成功だ。
「ゾル。あれを使ってみよう」
「わかった。来て、ゴーちゃん」
金色のクワガタことゴーちゃんが、地面からもぞもぞと現れる。
結晶合成装置の不良作動による配合事故で入手した、希少度8の最高レアというすごいクワガタだ。
このゴーちゃんはサポートペットとして、戦闘中に一定時間召喚することができるらしい。
おそらくクワガタがペットなのは異世界独自だろう。
ソシャゲ内ではもっと動物に寄っているか、ファンタジーな生物だと思われる。
課金要素の気配もプンプンと感じるシステムだ。
連れているだけで経験値アップとか、ドロップ率アップとかが絶対にあると考えている。
あるいは移動力のアップや、スタミナ回復速度のアップだろうか。ゲームでは戦闘まで参加してくれるとは思えない。
このゴーちゃんをゾルが両手でつかむと空を飛ぶことができる。
羽の音がもはや騒音レベルで飛び方も下手くそなのだが、防御力がずば抜けている。
一緒に飛んでいる最中は状態異常が効かなくなる。物理攻撃や魔法攻撃も弾くし、範囲は狭いが角で攻撃だってできる。
ゴーチャンはアコニトの天敵である。
彼女は怖がってこのクワガタに近づこうとしない。
尻尾を挟み千切られる光景が彼女には見えているようだ。木村にも見える。
ちなみに飛ぶことができるのは“クワガタの心”を持つゾルだけだ。
他のキャラがゴーちゃんをつかんでも地面をノソノソ歩くか、角で攻撃されるだけである。
餌をやると少しの間だけなら背中に乗せてくれる。テイが乗せてもらいとても喜んでいた。
しかも、ケージに入らないので放し飼いしているが大きな問題を起こさない。
一部キャラからはアコニトよりも良識があると評価を受けている。
「すごいですね」
「ああ……、ほんとにな」
ウィルが上空を見て呟いた。
木村も同意する。
暗雲へと飛ぶ金色のクワガタとそれを掴む黒騎士。
同じく雷を操る金色の竜が空にいる。
金竜 VS 金クワガタ & ゾル
夢にも思わなかったドリームマッチだ。
今後も夢には出ないで欲しい。
金竜が稲光を生じさせ、光と轟音が金クワガタを襲う。
雷は金クワガタの表皮で弾かれ、別の方向へ飛んでいってしまう。
すごすぎるコーティングだ。ゾルにも有効のようで、雷攻撃がまったく効いてない。
距離を詰めれば、金竜が爪で直接攻撃をしてくる。
これはやばいんじゃないかと思ったが、なぜか攻撃を仕掛けた金竜が逆にのけぞっている。
「何が起きたんでしょうか?」
「金竜の爪を、角でうまく弾いてみせたぞ」
おっさんがこともなげに解説をした。まさかのパリィ。
しかも空中でゾルを運びながらの角パリィをかましてみせた。四本の角は伊達じゃない。
ただ、さすがにクワガタ単体で今の芸当ができるとは思えない。ゾルの技術が共有されている可能性がある。
さらにクワガタは自慢の四本角で、金竜に突撃をかましている。
のけぞったところでゾルが、金竜に降り立ち、直接攻撃ができるようになった。
金竜が暴れたところで、またクワガタを手に空へ逃げ回る。ヒットアンドアウェイが悪質だ。
クワガタとゾルの猛攻に金竜が追いやられ、地上に近づいたところでボローの挑発が届いた。
これで竜たちを引き寄せることは可能と判断できる。実際は混戦なので、ここまでうまく出来るかはわからない。
残る問題は倒し方だろう。
五体を同時に倒す必要がある。
同時の判定は、すでに前回調べた。
多人数でのほぼ同タイミング撃破は駄目だった。
第二回戦に進むには、一キャラの一攻撃で五体の竜をまとめて屠らなければならない。
「まとめて倒せそう?」
「……まだ難しいでしょう」
悔しそうにウィルが答えた。
前回から彼も特訓をしていたし、スキルテーブルだって進めた。
それでもこの竜たちを一撃でまとめて倒すのは、難しいとウィルは判断した。
相手のHPを残り一撃まで削ればできるだろうが、HPゲージが見えるわけではないのでギリギリに削るのが難しい。
「そうなるとやっぱりこれかぁ」
木村とウィルが最終兵器を見る。
最終兵器は口から泡を吹いて、うっすら目を開いて動作停止中だ。
目の開き方が左右で違うのと、瞼が痙攣してピクピクと高速で動いているのがとても気持ち悪い。
五体の竜を引きつけ、ウィルやゾルが弱らせてからアコニトのスペシャルスキルを使う。
一番最初のバランス崩壊時は効かなかったが、二回目の竜たちに毒が通じることはすでに調査済みだ。
なおゾルのスペシャルスキルは単体攻撃に加えて、フルアーマーかつ瀕死状態という制限が付くので五竜相手には向いてない。
強いボスなどに使うこと以外を想定してない決戦専用スキルである。
つまるところ、今回の鍵はアコニトなのだ。
彼女がまともに働けば何とかなると木村は考えている。
まともに働けば……。
金竜もいろいろ試しつつ倒すことができた。
アイテムを回収して、カクレガに戻る。
「アコニトは喫煙室には入れないで」
アコニトを喫煙室に戻すと、またラリるのでそれ以外の部屋に入ってもらう。
明日の討滅クエスト時はまともな状態でいてもらわなければならない。
今のように白目を向いて、ヘラヘラ笑われていては困る。
「暴れるようなら縛りつけてもいいから」
「了解だ。拘束して蜜を塗り、クワガタの前に置いておく」
「そこまではしなくて良いかな」
おっさんは不承不承といった様子で「クワガタは良くないな」と頷く。
無事にわかってくれたようである。
昼も過ぎて、そろそろアコニトが正気に戻った頃と思い、木村は鑑賞室に赴いた。
ひときわ大きなケージの中に、これまた大きな芋虫がいる。
藁袋のようなものに包まれ、その上からぐるぐる巻きにされたアコニトだった。
頭と足だけが出ており、口には猿ぐつわをされてもごもご言っている。
胴体の上を青いカブト虫がのそのそ歩いていた。
たしかにクワガタではないが……。
木村としてはアコニトを助けてあげたいのだが、あの大きなカブト虫に近づきたくない。
ケージの前に立って、顔の高さだけアコニトに合わせるよう腰を屈ませた。
「アコニト。覚えてないと思うけど、討滅クエストが始まったんだ」
むぐむぐ動いていた口が止まった。
彼女の顔に汗が伝っている。
「今日はアコニト抜きの四人で竜を倒せたんだ。もしもアコニトがいたら、まとめて倒すこともできると思ってる。その後の屍竜だっていけるはずなんだ。だから、明日はアコニトも正気なままで戦って欲しい。一緒に竜を倒そう」
「そんなことを言う前に、まず縄を解いてここから出せよ」とアコニトはもがいている。
もちろん木村も彼女の心理に気づいているが、カブト虫が木村に気づいて近づいてきたのでますます助けることができなくなった。
カブト虫は表情がわからないし、言葉も発さない。
じわじわと近寄ってくるのが木村はどうも苦手であった。
「最初の頃からアコニトは前線に立ってもらってる。ひどい目やむごい仕打ち、言葉にできないやられ方……、とにかくやられてばかりの印象が目立ってる。でも、知ってるんだ。アコニトは強いって。明日はアコニトの強さを見せて欲しいんだ。討滅クエストで強さを示すことができれば、きっとこの悪い流れが変わっていくと思う。怖いのはわかるけど、一緒に打ち勝とう」
アコニトばかりを戦わせるわけにはいかない。
木村も勇気を出して、ケージに手を入れてアコニトの猿ぐつわを外そうとする。
カブト虫が木村の腕を角でツンツンつついてくるが、無視してアコニトの猿ぐつわの紐を解いた。
「カブト虫……怖かったけど、がんばってみた。アコニトもがんばってみようよ」
アコニトが口で大きく息を吸って、吐いて呼吸を整えている。
落ち着いてから彼女は木村を見た。
「坊やぁ。カブト虫のケージに手をつっこむ決意と、荒れ狂う竜に身を投じる決意を一緒にしてくれるなよ」
あまりにも的確な指摘だった。
このカブト虫はケージに入っているし、命を脅かさない。
見た目がごつい割に、かなり穏やかで人なつっこいのでテイもケージから出して遊んでいるくらいだ。
一方、竜は容赦なく殺しに来る。
特に最初の竜は、殺戮を楽しんでいたようにも見えた。
第二回目の屍竜どもも、執拗に生者を殺しつくそうと動いていた。
「……ごめん」
穏やかなカブト虫と、殺しにくる竜へ挑む勇気を一緒にするべきではなかっただろう。
木村も馬鹿なことを言っていたと気づき、恥ずかしくなってしまう。
「とにかく縄を外せぇ。この状態では話にならんぞぉ」
それもそのとおりである。
意識が戻ったらこの状態だったのだろう。
さらに、木村からの討滅クエスト宣言とその戦いへの誘いが続いた。
機嫌は見るからに良くない。
こめかみあたりがぴくぴくしている。
もしもおっさんがこの場にいても、後先考えず煙を吹きかけるレベルだろう。
近くからハサミとペンチが一体化した謎工具を手に取って、アコニトの縄を外した。
彼女はフンと鼻を鳴らし、鑑賞室から出て行ってしまう。
返事は聞いていないが、大丈夫だろうか。
……駄目かもしれない。
心配していてもしょうがないので、木村は部屋に戻った。
最悪、明日はアコニトなしでもかまわない。明後日に回してもいい。
その場合、明日はアコニトをバフキャラに変えて、ウィルの魔法をバフもりもりで一気に倒せないか試してみることにする。
準備もあらかた終わった。
そういえば、まだ今回の討滅クエストの案内をじっくり読んでいなかった。
おそらく変更がないと思うが、細かい変更が書かれているかもしれない。
頭から読んでいくがやはり変更はなさそうだ。
三回目で運営側も慣れて来ていたためか、内容も簡素である。
「あれ?」
最後のほうにおかしな文があった。
“最終日に、メインシナリオでも活躍する強力な助っ人がやってきます。
まだ竜をまとめて突破できていない人は、助っ人と一緒に竜たちの最期を見届けよう。”
初心者救済用だろう。最終日に助っ人がヘルプにくるらしい。
メインシナリオで活躍したと書いてあるが、異世界なのでそんな強力なメインシナリオキャラは出てない。
……本当に救済なのだろうか?
最初の竜を倒してくれるだけで、屍竜たちが出てきたら帰ってしまい、後は勝手に死ねとか言いそうだ。
ここの運営なら十分あり得ると木村は考えている。
ただ、フレンドから助っ人を借りるシステムはソシャゲならけっこう見られる。
もしかしたら、このカゲルギ=テイルズでもそういったシステムがあるのかもしれない。
メインシナリオでは使えても、討滅クエストでは使えない設定なので、特別にヘルプ枠で来てくれる。
やはり初心者救済用だなと納得させて木村は手紙を閉じた。
翌日になり、地図の前で討滅クエストの開始を待つ。
異世界の空白だらけの地図を見ているとなぜか心が落ち着く。
「ここがデモナスなんですか」
横からウィルが話しかけてきた。
木村が見ると、彼は地図を示している。
討滅クエストで場所を確認していなかったが、“デモナス”と書かれた領域の西端に現在地の印があった。
木村は聞いたことがもちろんない。ウィルは知っているらしい。
「有名なのか?」
「ヒトならざるモノが住まう地、と」
「人ならざるモノ? 獣人とかのことか?」
「いえ、人間や獣人とは完全に別物と教授からは聞いています。ヒトよりもずっと強く魔物に近いようです」
「ああ、なるほど。そっち系なんだ。その割には領土は狭そうだ」
北は別の地域だし、南や東もすでに判明しており限りがある。
ヒトよりもずっと強いというが、ヒトの領域よりもずっと狭い。
「神気が多い場所でないと生きられないことと、我が強く集団での行動が苦手で、国としての体裁になってないようです。小さな集まりが多いと聞きます」
喋るモンスターの支配区域だろうか。いまいち木村にはどんなものかわからない。
ひとまず討滅クエストを片付けてから実際に見てみれば良い。
目の前のことから片付けていくべきだ。
地図を眺めていると、奥の扉が開いた。
アコニトである。見た感じではまともに見える。
「なんだぁ。陰気くさい顔をしおって。儂が来たんだぞ。勝利は約束されたようなものだぁ。もっと喜べぇ」
どうやら彼女も戦う気になったらしい。
木村が見たところ、昨日までの恐怖は見えない。
「あと一分で開始だぞ」
全員が揃ったところでおっさんが討滅クエストの開始を知らせた。
「今日はまとめてで」
「わかった。まとめて、だな」
予定どおり、今日で決着を付ける。
「よし。じゃあ、みんな。今日は討滅クエストを突破しよう」
残念ながら言葉数の多いメンバーではない。
ペイラーフやテイといった声を出して盛り上げる役は少ない。
ウィルが「はい」で、アコニトが鼻息で返事をし、ゾルとボローは黙って頷くだけだ。
セリーダがブリッジに向かい、戦闘メンバーはカクレガを出て行く。
木村とおっさんも彼らとともに外に出た。
四方に四色の竜が現れ、上空には金色の竜が雷鳴とともに現れる。
出現と同時に、ウィルとセリーダが補助魔法を順々にかけていきこちらも準備を済ませる。
赤竜と緑竜はボローが斜めに突っ込んで挑発をかける。
この二体の攻撃なら、割と集中砲火を受けても生存ができることはすでに検証済みだ。
青竜はウィルが、黄竜はアコニトがそれぞれターゲットを取ってボローへ近づかせる。
金竜はすでにゾルがゴーちゃんを呼び、羽音を響かせ空へ上がった。
昨日のメンバーは慣れた動きで敵を引き寄せている。
アコニトは、口ではああ言っていてもやや精彩を欠いていた。
それでも各種の能力アップ及びバフがめざましく、黄竜の土魔法を避けている。
時間をかけつつも全竜のターゲットがボローに向かせることができた。
後は体力の多めの竜にアコニトが攻撃をかけることで、スペシャルスキルのゲージを溜める。
ゲージは攻撃をしかけたり、食らったり、避けたりすることで上がる仕様だ。
通常なら前回分を引き継ぐのだが、討滅クエストではリセットされている。
最初からスペシャルスキルゲージを溜めた状態で戦闘開始をさせないためだろう。
なお、スペシャルスキルゲージは各キャラで持つのではなく、パーティーで共通となっている。
あと少しだ。
もう少しでゲージが溜まる。
それまでどの竜にも死なれてはいけない。
「よし! 溜まった! アコニト、やるよ!」
「許す! 蜥蜴どもめが、調子にのりおって。今までの借りを返すぞ!」
木村はコマンドからスペシャルスキルを選択する。
時の流れが緩やかになり、アコニトとゾルが白く輝いている。
アコニトで決定する。
「儂の深淵を見せてやろう!」
彼女の体が紫色の霧となっていく。
ゾルとウィルが離脱し、挑発中のボローと五体の竜が霧に飲み込まれた。
アコニトのスペシャルスキルは強いのだが、仲間を巻き込むという欠点がある。
いちおう本人の意志で霧をある程度は動かせるようなのだが、広く拡散させると細かい操作ができないらしい。
ボローはなんとか堪えきれるだろうが、通常のゾルとウィルは堪えきれないのでさっさと離れてもらう。
霧に包まれている間に、金竜が墜落したであろう地響きがあり、他の竜の断末魔が聞こえた。
紫色の霧が晴れていけば、五体の竜が地に倒れている。
連戦のときのように消えてはいないので、前回と同様に隠し条件が達成されたとみるべきだ。
「神気が急激に増大! 来ます!」
ウィルが叫んだ。
やはり屍竜たちが出現するらしい。ここからだ。
作戦もすでに立てている。
ウィルとゾルが走り始めた。
実を言えば、作戦と呼べるほどのものでもない。
ウィルとも話したが屍竜たちの攻撃は、今の時点では防げないという結論に至った。
即死、出血、酸、病気、虫という屍竜らの特殊攻撃を防ぐ手立てがない。
かろうじて虫はいけるが、他の特殊攻撃は手持ちのキャラでは対策が打てなかった。
強さも前回と同様なら、まだ及ばない可能性が高い。攻撃をされたら太刀打ちができない。
そうなるともはやできることは一つだけだ。
やられる前にやるしかない。
初手――自爆だ。
「アコニト。ごめ――」
「謝るくらいならやるな。坊やにやれることを全力でやれぇ」
「わかった。自爆させるから。アコニトの力を見せてやって」
「当然だぁ。儂を誰だと思っておるか」
コマンドから自爆を選択した。
淀みない動きで、またしてもアコニトに決定する。
彼女の体がうっすらと赤く光り始めた。
屍竜たちが最初のイベントモーションを見せている。ここがチャンスだ。
ウィルやゾル、それにかろうじて生き残ったボローが、屍竜を挟んでアコニトの反対側に待機した。
もしも特殊な自爆で屍竜をたち倒しきれないなら、戦うためのメンバーが残っていなければならない。
屍竜を盾にすることで生き残るという寸法だ。
「見せてやるぞぉ。死に損ないの骸どもめぇ。儂の――東日向三大影神が一柱である菫狐の力をなぁ!」
「――むっ」
アコニトから出る赤い光が一瞬だけ強まった。
「離れた方がよさそうだぞ」
「えっ?」
隣で見ていたおっさんが、急に木村を担いで走り出す。
あっという間に屍竜が遠ざかっていく。
信じられない速さであった。
遠ざかる景色の中で、アコニトから出ていた赤の光が収まった。
一瞬だけ光景が停止し、赤紫の光が木村の世界を覆った。
まぶしさのあまり目を瞑り、再び開いたらアコニトが消えている。
他四体の竜は消滅していたが、屍竜はまだいた。
まだ生きているという思いを木村が抱く前に、屍竜は何らかの衝撃を受け粉々になって消えていく。
その反対側にいたボローやゾルたちも衝撃を食らって消し飛んだ。
衝撃波が円上に広がり、走り抜けるおっさんに近づいていく。
巻き込まれると思ったところで、木村は降ろされ、おっさんが盾になった。
木村の両脇を音と凄まじい衝撃が走り抜けた。
音や衝撃による恐怖はあったが、なぜか清々しい気持ちが木村を包んだ。
どうしてかこんな状況なのに楽しいと感じる。場違いな感情が通り過ぎていった。
「終わったぞ」
おっさんが口にして、木村の前から避けた。
離れた位置には誰も残っていないが、金色の筺が出現していることがわかる。
「勝った」
もっと喜ぶと思っていたのだが、口から出てきたのは安心感だ。
重荷が口から出ていってしまったようである。
あまりの安堵で木村は自分が立っている感覚を失ってしまった。
現実にいることの実感が薄れてしまっている。
「ギシンジさん。獣人の郷のみなさん。倒しました。屍竜たちはもういないんです」
獣人の郷はここにはない。地図のどこにもなくなってしまった。
木村の声は届かないし、彼らは帰ってこない。
すでに全員が死んでいる。
「素晴らしい宴を本当にありがとうございました」
木村は礼を言った。
もちろんただの自己満足だとわかっている。
それでも口から勝手に出てくる言葉を止めることができなかった。
「でも、もしも出会うことがなければ――、」
意味のない仮定が出て、謝罪の言葉が出そうになったので口を止める。
謝ったところで本当にどうしようもない。
「みなさんのことは忘れません」
木村はアコニトに教わった処世訓を思い出して、ただそれだけ告げた。
やっと、一つのけじめを付けられた気がした。
40.討滅クエスト 第3回目
ソシャゲだけでなく、広く現実世界でも見られる現象がある。
「破られることはない」、「倒すことはできない」と思われていた記録や敵が、一度破られたり、倒せてしまうと次々に新たな記録や勝利が達成される。
何が言いたいかといえば、討滅クエストの三日目以降は決意もなく、作業的に五竜や屍竜らが倒せるようになった。
しかも、自爆前にアコニトから離れることで、撃破したが全滅したという状況を防ぐこともできている。
大量の素材が手に入ったのでキャラも強化して、戦闘が楽になっている感は否めないが、それよりも楽になった印象があった。
二日目でアコニトの自爆は意識放出ができていたようだ。
おっさんが離れたのはそういった理由があったらしい。しかし三日目からは出なくなった。
それでも意識放出なしの魔力爆発だけで、屍竜が倒せるというのは十分ありがたい話であり、やや疑問が残った。
もしかして、と木村はトロフィールームに足を向けた。
第三回目の討滅クエストも明日を最終日に控え、ようやくこの可能性に思い至ったのは遅すぎるというものだ。
「やっぱり」
討滅戦のトロフィーが二つ追加されている。
色は銅と銀の二種類だ。前回までは間違いなくなかった。
まず銅色のトロフィーを見る。
五体の竜が彫られていた。
題名:“やるかやられるか”
説明:“あなたは五体の竜を一人たりとも欠くことなくまとめて倒した。”
効果:“カゲルギ=テイルズにおける竜との戦闘で与ダメージ増加、被ダメージ減少”
なるほど、と木村は思った。
五竜との戦いが楽になった気がしていたが、ダメージが減少していたようだ。
具体的な数値は書かれていないが、体感できるほどの割合値であることには間違いない。
しかも与ダメージ増加によって、自爆のダメージも上がっていたのが二回戦目の安定突破を担っているともわかる。
第二回目開催の時にこのトロフィーが手に入らなかったのは、アコニトが一回戦で自爆して全員生存の条件を達成できなかったためだろう。
続いて、銀色のトロフィーを見る。
デザイン構成は銅のトロフィーと同じである。五体の竜が並ぶ。
ただし、竜の姿は戦ったものと同様、醜い姿に変えられてしまってしまっていた。
題名:“生きるか死ぬか”
説明:“あなたは屍竜を倒した。屍竜は冥府の灯と成り果ててなお、生者を憎み探し求める。生者なき世界で――”
効果:“確定即死を除く、全ての即死効果が50%の確率で無効化される”
確定即死を除くというのがよくわからない。
とりあえず即死系の攻撃を食らっても50%の確率で生き残ると考えておく。
銀色のトロフィーで手に入るくらいなので、ウィルが即死ブレスの対策は難しいと話していたのも納得できるものだ。
木村には気になることが一つある。
金色のトロフィーがない。もしかしたらこのシリーズは銀色までなのかもしれない。
しかし、なんとなくこの続きでいけば金色もありそうな気がする。あって欲しいと願っている。
金色があるなら隠し条件がまだ何かあるのかもしれない。
異世界ならでは条件があることも考えられる。もしくは今回の開催では入手できず、次の開催以降で手に入るものか。
討滅クエストも明日が最終日である。
助っ人が来ると運営からの手紙には書いてあった。
メインシナリオにも出ている助っ人とやらが、金トロフィーの鍵を握っているのかもしれない。
そもそも金トロフィーがない可能性だって十分ありえるのだ。
とりあえず、明日の様子を見ようと木村はトロフィールームから出た。
そして、第三回目の討滅クエストは最終日を迎えた。
すでにトロフィーの話と、助っ人の話はキャラたちにしている。
助っ人が来るからパーティーメンバーが三人になるかと思ったがそんなことはない。
おっさんに止められることもなく、いつもの四人で出ることができた。
「始まるぞ」
五体の竜が現れ始める。
この光景も慣れてしまった。
「さぁて、今日も蜥蜴どもに儂の力を見せつけるとしようかのぉ」
アコニトも緊張や恐怖がなくなり、余裕の言葉が出ている。
木村は嫌な予感がした。
これはフラグではないだろうか。
彼女がこんなことを言うときは何かが起きる。しかも彼女自身に。
「助っ人がやってきたぞ」
おっさんがにこやかに告げる。
このにこやかな顔もフラグではないか。
帝国が滅んだときもこの顔で手紙を渡してきたはずだ。
戦闘モードに入っていたウィルがすごい勢いで振り返った。
木村は自分が見られたかと思ったが、その目線は木村からややズレている。
やはりこれもフラグに見える。
気にしすぎていると思ったが、気にしてもしょうがない。
起きることは木村があがいたところでどうやっても起きる。どう受け入れるかが肝要だ。
諦め半分に木村も振り返り、ウィルの見ている方角を見た。
ちょうど緑竜のやや横の後方から、馬のようなものが砂埃をあげて駆けてきている。
全身があまりにも白く、赤褐色の土と対比されよく目立つ。
馬の上に誰かが乗っているようで、白い十字槍と同じく白の盾を持っている。
「……凄まじい。まるでそびえ立つ柱のような驚異的な神気です」
ウィルが戦々恐々と漏らした。
「あの姿、あの槍、ゲイルスコグル様?」
ゾルが金のクワガタを両手に持ったまま告げた。
珍しく驚いた表情で彼女は馬の方を見ている。
全員の視線を浴びたゾルが答える。
「私たちワルキューレが崇める戦女神の一柱です」
なんだか聞いた単語がある。
ワルキューレというのは木村も知っている。
ゾルが属していた組織ということらしい。ゲームでもよく見る名前だ。
「じゃあ、知り合いなの?」
「お目にかかるのは初めてです。世界が揺らぐとき、大神オーディンに遣わされるとしか聞いていません。聞いていた姿と一致しています」
「おお、オーディンなら儂も知っとるぞぉ。遙か西方の神だなぁ」
そういえば、このアコニトも神だった。
しかし、知名度が違いすぎる。先方は有名神話の神の中の神である。
一ソシャゲの初期☆5で、人を誑かして遊ぶのが趣味のアコニト神とは木村から見ても格が違う。
近づいてくると、その大きさがわかる。
竜よりは小さいが、木村たちの倍はあるだろう。
しかも馬の上に人が乗っているように見えたが、馬と人が一体化している。
馬の首から上の部分が人の上半身になっており、人どころか馬部分まで鎧に包まれていた。
騎士版のケンタウロスがいたらこんなのになるのだろう。
竜たちの直前でゲイルスコグルは止まった。
前脚をあげて槍と盾をかかげる。
雄叫びがあがった。
あまりの大音声に木村たちだけでなく竜までもが体をびくつかせた。
〈ヒリィ! セコォメッラシー! リューゲッド。エッド、ゼッ!〉
すごい声で叫んだ。
声が高いので女性のようだが、何を言ってるのか木村にはさっぱり聞き取れなかった。
「す、すごい……」
「何が?」
ウィルは感動しているが、木村は何に感動しているのかさっぱりわからない。
返答はないが、ウィルが空を見ているので木村も倣って空を見る。
金竜の呼び寄せていた黒雲に穴が開いた。五カ所だ。
開いた穴から光の柱が五本落ちた。
柱の下にいた竜に光が直撃する。
竜たちの断末魔も聞こえないうちに彼らが滅せられた。
何が起きているのかはさっぱりわからない。
しかし、あのゲイルスコグルとやらがこれをやったとは木村も理解できる。
五竜たちが撃破され、いつものイベントエフェクトを行い始めた。
どうやらこのまま屍竜戦に移るようである。
この位置は困る。
完全に五竜に囲まれてしまっている。
普段はこうならないように固めてから倒すのに、このまま自爆を使っていいか木村は迷った。
〈ヒリィ! セコォメッラシー! リューゲッド。エッド、ゼッ! ケリィガッド、スィーヲッ! アッハ!〉
またしてもゲイルスコグルが何かを叫んだ。
彼女は手にした槍を空に投げつけた。
空を見上げると、彼女の十字槍と同じ形の光槍が大量に空にぶら下がっている。
〈ウーラァー! ゲッド! オゥラーーハァ!〉
ゲイルスコグルが叫んで手を降ろすと、空にぶら下がった大量の光槍が地上に落ちてくる。
「動くんじゃないぞ」
おっさんの言葉どおり、木村たちは動きを止めていた。
言葉に従ったというよりも、単純に動くことができなかっただけである。
光の槍は木村たちを避け、屍竜らだけに降りかかっていく。
大量の光槍が体中に刺さり、彼らはその痛みに激しくもがいている。
アンデッドみたいな外見だ。光属性はとても効果がありそうだと木村は感じていた。
〈ジョラィ! ハッダーン! アーラァ!〉
ゲイルスコグルがさらに叫ぶ。まるでカウントダウンだ。
彼らに刺さっていた光の槍が輝きと大きさを増し、体を貫く杭となった。
地面に落ちていた光の槍も、まるで十字架のように乱立し、彼らの墓標と言わんばかりである。
攻撃に耐えられず屍竜たちは光の砂となって消え去ってしまった。
光の砂が空中に消え去り、黄金の筺が現れる。
ゲイルスコグルは勝利の雄叫びを空に向かってあげている。
完全に「もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな」状態であった。
とりあえず筺だけはさっさと回収する。
気づけばゲイルスコグルが近づいてきていた。
遠くで見えていたときよりもずっと大きい。胴体部分ですら木村たちの頭より高い位置にある。
大きくて、表情がまったく見えず、無言でじわじわ近づく。
木村の恐怖三項目を見事に達成している。
あんなに叫んでたのに、普通には喋れないのだろうか。
「よっ」と気軽に話しかけてくれればどれだけ気が楽になるか。
ゾルが膝をつき頭を垂れ、彼女なりの敬意を表してゲイルスコグルを迎える。
木村もぎこちなくも彼女の真似をした。ウィルも真似る。
「サイラ。ネイ――ゾル」
ゲイルスコグルもいつの間にか手に戻っていた槍を両手に持ち、彼女に対して何かを告げた。
普通に喋ることができたらしい。叫んでいるときとは打って変わって、澄んだ美しい声だった。
その後は木村やウィルを見て、すぐに目を移した。
視線の先にいるのはアコニトである。
「おぉー、やるのぉ。さすがはオーディンの使いっ走りだぁ」
アコニトがゲイルスコグルに笑いかけている。
よくこの状況で話しかけられるものだと木村は感心した。
彼女は気さくな様子で片手を挙げ、木村の横を通り過ぎゲイルスコグルに近寄る。
アコニトの挨拶への返答を、ゲイルスコグルは槍でおこなった。
小気味良い音が聞こえ、木村が見ていたアコニトの背中から槍の穂先が貫通して出てきている。
「は?」
アコニトの口から間抜けな声が出た。
ついでに口から血の代わりに煙があふれ出てくる。
どう見ても致命傷だ。
「ぐ、あぁぁ!」
ゲイルスコグルが槍を持ち上げると、アコニトの体が突き刺された状態で浮き上がる。
そのままゲイルスコグルは槍を空に向けた。
〈ヒリィ! セコォメッラ! ハァアアアイ!〉
「あぁああ! あああああ!」
ゲイルスコグルがまた叫ぶ。叫びすぎだ。
アコニトも負けじと叫んでいる。
槍が光り始め、アコニトの体が光で溢れた。
光が収まるとアコニトの姿が完全に消えてしまった。
アコニトは、――光になった。
「えぇ……」
木村やウィルも目を点にしている。
ゲイルスコグルはまた槍を降ろした。
ゲイルスコグルが視線をおっさんに移し、十秒近く見つめていた。
その後、何もせず目を移し、最後にボローを見た。
ゲイルスコグルが槍をかまえて、戻して、またかまえて戻してを繰り返している。
木村やウィルも何をしているのかわからず、何も言わないし言えない。
「スコグル様。ボロー殿は奇怪な見た目ではありますが私たちの仲間です。屍竜との戦闘でも戦列に加わり、身を挺してワルキューレを守ってくれています」
ゲイルスコグルはゾルの話を聞き、槍を降ろした。
敵か味方かの判定をしていたらしい。
おっさんはセーフで、アコニトはアウトのようだ。
ボローはグレーだったのか判定にかなり迷いが生じていた。
「この子は金クワガタのゴーちゃんです。とっても可愛いです」
ゾルが金クワガタを両手で掲げてみせると、ゲイルスコグルがわずかに固まった。
戦女神をしても、金クワガタの可愛さは理解が及ばないらしい。
とりあえず槍で刺されることはない。黙認された。
「ゾル。ラッセー、ガッハ。――ヘイヒャー! ラァアアア!」
ゲイルスコグルはゾルに何かを言うと、どこかへ走り去ってしまう。
その後ろ姿を木村たちは呆然と眺めるだけであった。
訳がわからなすぎて変な笑いがでてくる。
「『東に魔の気配があるから討伐に行く。貴方も後ろからついてきなさい』って」
乗せてあげればいいのに、と木村は思った。
こうして討滅クエストの第三回目の最終日は終わりを迎えた。
カクレガに戻るとアコニトも時間差で復活した。
「あれは照れ屋だぁ。東日向の大神に直接まみえて、恥ずかしくなってあの行為に及んだだろぉ。若いもんにはあるんだぁ、敬意がそのまま武に繋がることがなぁ。許してやるのが年配者の余裕ってやつだぁ。ただ、まぁ、次に会うことがあれば注意はせんとなぁ」
怒ってるだろうなと思ったが、まさかの許す発言である。困った奴だと笑っている。
絶対に魔物と同列にしか思われてないが、刺された本人がこう言っているので木村も放っておいた。
アコニトに問題はないようだが、ゲイルスコグルは大問題だ。
彼女が東に消えたことはわかっている。カクレガの進行方向も東だ。
しかし、討滅クエストの第三回目も今日で終わりだ。
助っ人のゲイルスコグルもじきに消えるだろう。
――そんなことはなかった。
翌日になり、地図の東側で×マークが次々と浮かび上がる。
何が起こっているかは明らかだ。
ゲイルスコグルによる異世界人の虐殺が行われている。
41.コラボイベント開催決定
カクレガは距離が一番近かった×印に到着した。
わかっていたことだが壊滅である。
デモナス地域はヒト以外のモノが住んでいるという話は本当らしい。
いわゆる人間用の箱物の家はなく、土を盛っただけのような穴ぐらが周囲に見られた。
穴ぐらの入口が人間よりもずっと大きく、中もそうだ。
残っている足跡も人間のものではない。靴も履かれておらず指は四本。
地面に木村の体ほどはある棍棒が無造作に落ちており、緑色の液体がへばりついていた。
「戦闘の痕跡が見られますね。この緑色の粘液はここに住んでいたモノの血液でしょうか」
棍棒と同様に、緑色の液体がそこらかしこに散っており、地面もえぐれた跡があった。
住民たちが武器で倒されたのだろう。
ヒトではない何かの生活していた痕跡は見られる。
体液や武器だってあちらこちらに落ちている。戦闘痕だってある。
それなのに死体は一つとして残っていない。
「光の神聖術により浄滅されたようです。これほどの神聖術となると昨日のアレしか考えられません」
やはりというか、ゲイルスコグルがやらかしたらしい。
あの人馬はヒト以外の生存を許さないばかりか、死体の存在すら許さないようだ。
辱めを与えるようなことはしていない。虐殺ではなく、抹殺が正しいと木村は考え直した。
さして意味のない考え直しである。
さらに移動すると、次の×印も、次の次の×印も死体一つ残らず消されている。
カクレガは四つ目の×印に移動し始めた。
木村は出入り口から一番近い、地図部屋のソファで待機している。
どうせまたすぐ外に出るのだ。いちいち部屋に戻るのも面倒というものだった。
いつの間にか地図上には、デフォルメされた可愛い人馬のマークが出ていた。
人馬マークが動き始めると×印がまた一つ増える。もう少し実態にあったマークにしてほしい。
「あまりにも徹底されていますね」
ウィルは顔に影を落としつつ漏らした。
昨日は、彼もあの光魔法がどれほどすごいかを嬉々として話していた。
光の最上位と治癒術を複合させ、短縮詠唱により複雑な操作が――とずいぶん興奮していた。
しかし、今日の惨状――惨状と言うには死体がなさすぎる。破壊の跡を見るとさすがに喜びは見られない。
「大丈夫ですか?」
「ん? ――ああ、うん」
ウィルは木村を気遣って声をかけた。
木村もやや遅れて返答した。
「無理そうなら、次の調査は僕たちでやりますよ」
横で聞いていたアコニトがキヒと下卑た笑いを漏らす。
「何か?」
「思いだし笑いだぁ」
彼女には良くあることなので、ウィルも気を留めなかった。
今日は葉っぱを吸っていないのでそれはない、と木村は思ったが別に指摘することでもないので黙っておく。
四つ目の×印地点に到着し、一同が外に出る。
木村は出てすぐに足を止めた。
ウィルやペイラーフは木村に声をかけようとはしなかった。
惨状がすでに四つも続いている。木村の心的負担を考え、そっとしておくことにしたのだ。
「坊やぁ」
立ち止まった木村の横でアコニトが葉巻を吸い始める。
彼女が葉巻を差し出したので、反射的に手に取りはしたが吸う気にはなれない。
「ひどい有り様だぁ」
「……うん」
煙を鼻から噴き出しながらアコニトは言う。こちらもひどい有り様である。
だが、ときどき耳からも煙を出しているので、鼻はまだ可愛いものだ。
「壊滅だね」
「気にすることはないぞぉ」
ウィルやペイラーフと同様にアコニトも気遣ってくれていると木村は感じた。
しかし、木村は彼女たちの気遣いを困惑で受け止めている。
なぜなら、彼は――、
「あの若造はひどい勘違いをしとったなぁ。笑ってしまったぞぉ。坊やは、一連の惨状を見てもなぁんとも思ってないだろぉ。ん~?」
木村は驚いてアコニトを見た。
彼女は木村を見ることもなく空を見ている。
木村など見なくても、反応がわかっているかのようである。
「坊やはあの若造や杏林のように必死になれないなぁ。しょせんは他人事だろうと、どこか遠くからこの状況を見ている。殺された奴らも可哀相とは思うが、うわべ程度にしか思えていない。そんな自分が不安になってるんだろぉ」
木村の感じていたところをアコニトはずばり言い当てた。
彼女はようやく木村を見る。ニタァと粘っこい笑みが顔に貼り付いていた。
「どうしてわかるの?」
「こういったときに、今の坊やのような顔をする人間をたぁくさん見てきたからだぁ」
得意げな顔でアコニトは頷いた。
よくよく考えれば得意げな顔をするところではない。
“こういったとき”を作り出してきたのも彼女自身なのでひどい話である。
今回、木村はその点に気づかなかった。ただ、感情を読み取ることには才覚があるんだなぁと思うだけだ。
「それはよくいる人間の、よくある思いだぁ。だからなぁ。――何も気にすることはないぞぉ」
木村は今回のゲイルスコグルによる虐殺をなんとも思えなかった。
知らない地域で、知らない種族の、知り合いでもない生命体が跡形もなく殺されている。
殺された彼らは巻き込まれて可哀相だとは思う。しかし、可哀相だと思ったところで彼らが生き返るわけでもない。
それでは抹殺を止めるべく、ゲイルスコグルを倒せるかと言えば無理だ。
彼我の戦力差は埋めようがない。木村でも無理とわかるし、ウィルやゾルもはっきりと無理だと言う。
ウィルやペイラーフは、止めることが無理ならせめて助けられる者は助けようと行動している。
このあたりから彼らと木村の気持ちの食い違いが発生し始めている。
助けてどうするのかというのが木村の正直な思いだ。
仮に助けたとして、ゾルをどう紹介するつもりか。
彼女はあなたたちを虐殺した存在と同じ組織に所属していますと言うのか。
どうやってもわだかまりができてしまう。それならいっそ手を差し出すこともなく無関係でいるべきだと思っていた。
ただ、ウィルやペイラーフの意識は理解できなくもない。
漫画やアニメの主人公たちもこういった場面では、戦力差など考えず、とにかく助けるべく行動する。
実際に目の当たりにすれば、木村も自らの意識が変わると思っていた。
三回目に突入し、やはり自らの意識は変わらなかった。一方、ウィルやペイラーフは諦めず、今も四回目の捜索を必死にしている。
彼らを馬鹿にしているわけではない。
ただ、どうしても必死になれない。自らの心がどんどんと乾いていくのを自覚していた。
ウィルやペイラーフに気を遣われると、自分の心が異常ではないかと、強く揺さぶられる錯覚があった。
アコニトは木村の感情に気づき指摘しただけでなく、それは普通と言った。
木村は、心が軽くなった気がした。
「これ、普通なんだ……」
「そうだぁ。良くある思いだ。自分が特別ではないかと思うことはないぞぉ。――そんなことより坊やぁ」
アコニトは真剣な表情で木村を見た。
先ほどまでのとぼけた様子がない。ここからが本題だと木村は身構える。
「吸わんのか? 儂のお手製だぞ。会心の出来だぁ」
アコニトは木村が指に持った葉巻を見ている。
どうやらカクレガで栽培した葉っぱから作ったもののようだ。
栽培の注意点や、葉の摘み方、乾燥のさせ方、巻き方などを真剣に話してくれている。
この惨状を前に、葉巻を真剣に語るアコニトといると、木村も自らがこれで良いと認められる気がしてくる。
以前と同じように彼女から火をもらい、咳き込みながら惨状を見つめる。
やはり何も感じない。
テレビで見る、どこか遠い場所の戦地のようだ。
大変なことが起きている。無垢の命がたくさん殺された。ああ、可哀相に。
――でも、自分じゃなくて良かった。
おいしくも何ともない、苦いだけの香りが口から出ていく。
倫理観や罪悪感も煙となって体から出ていき、空中で消えていっている。そんな気がした。
やはり四回目の捜索でも生存者は見つけられなかった。
地図上のデモナス地域西部は×印だらけだ。
見ている側からまた×印が一つ増える。どうやら止まることはないらしい。
ピッピコーン!
全員が黙っている。
もちろん聞こえているが、誰も反応する気になれない。
だいたい悪い予感というものは当たる。今も悪い予感をひしひしと感じている。
場違いなほどにこやかなおっさんから手紙をしぶしぶ受け取る。
手紙を開く手が重い。思うように動かない。
「“緊急メンテナンスのお知らせ”」
木村はバグに心あたりがあった。
これはもしや――、
「“ゲイルスコグルが討滅クエスト以外でも増援に来る不具合を修正しました”」
大正解である。
全員が顔を上げた。
木村も地図を見ると、先ほどまで楽しそうに動いていた人馬マークが消えている。
手紙にはお詫びも付けられ、素材が手に入る。
お詫びは少なかった。それもそうかと木村は納得する。
異世界でなければ、強敵を倒してくれる強力な助っ人だ。
ゲイルスコグルが通常の戦闘で出てきたとしても、ユーザーへの被害はほぼない。
むしろ詰まっていたクエストを攻略してくれる、ありがたいお助けキャラに違いないだろう。
ウィルとゾルはひとまず安堵していた。
しかし、ペイラーフは素材を見て顔を歪ませている。
「ここで生活していた存在の価値が、そのガラクタと等しいってことだね!」
直球な彼女には珍しく、木村でもわかる皮肉だった。怒りがこもっている。
アコニトだけがおもしろいと膝を叩いて笑っているので、他の誰にも笑えない話である。
ピッピコーン!
ピッピコーン!
最近は連続の通知が運営でブームなのだろうか。
しかも、間を一切置かずの連続通知だ。気分は最悪である。
おっさんが二通の手紙を左右の手にそれぞれ持つ。
どっちから読むんだと問われている。
とりあえず木村から見て右側の手紙を受け取った。
「“コラボイベント開催決定!”」
周囲はわかっていないが木村はわかる。
むしろ木村がわからない点は、こんなソシャゲでもコラボできる相手があったことだ。
コラボとは他のソシャゲやアニメ、漫画のキャラや世界設定をお迎えし、クロスオーバーすることで互いの認知度を高めていくものである。
「“あのアニメのキャラたちがカゲルギ=テイルズの世界にやってくる。”」
コラボイベントの開催は一週間後からのようだ。
どことコラボするのかが書かれていない。手紙の下側にキャラのシルエットだけがついている。
髪のやたら長い女キャラとだけはわかるが、他に特徴がなさ過ぎて何のキャラなのかさっぱりわからない。
「どのアニメのキャラだよ……」
アニメらしいが間違いなく有名どころではないだろう。
木村が知らない可能性は十分ある。
コラボイベントは諸刃の剣だ。
相手コンテンツのファンユーザーを取り込める可能性はあるが、相手先への配慮というか忖度が現れる。
相手に配慮しすぎると、受け入れ元の要素が薄まり肝心の元からいたユーザーが離れる。
クロスオーバーの加減が難しい。
木村としてはストーリーはどうでも良い派なので割とクロスオーバーがどうかは気にしない。
むしろストーリーを気にしなければ、良いことの方が多い気がする。
コラボキャラは経験上、かなり強いことが多い。
特に初回のコラボはそうだ。
コラボ相手への忖度がキャラの強さとして現れる。
初回はバランス加減がうまくできておらず、ぶっ壊れキャラが搭載される可能性もある。
通常のキャラなら修正されるだろうが、コラボキャラは利権関係もあるようで修正されないことが多い。
ただし、あまりのぶっ壊れはゲーム全体のインフレを招く恐れがある。
このぶっ壊れに対するメタキャラすら現れ、周囲が迷惑を被る。
ナル○ス、お前のことだぞ。
溜めてきた召喚チケットの使いどころかどうかを見極めなければならない。
だいたいコラボキャラは、紹介もかねて戦闘シーンやお試しで使う機会が与えられることもある。
それに初回は相手先の新規ユーザーを狙ってガチャチケットが配布されることもあり、既存ユーザーには嬉しいことも多い。
すなわち木村にとって、こちらは良い話だった。
――となると問題は残りの一通だ。
「“サブイベント「失せ物探し」開催”」
……思ったよりも悪い知らせではない。
明日から五日間、コラボイベントまでのつなぎで小さなイベントが開催されるらしい。
暇つぶしにはなるし、報酬も出るようなのでむしろこれも良い話である。
今日の通知は良いことだらけで、むしろ不吉な前兆に感じる。
「“キャラたちがなくした大切なものを一緒に探しに行こう”」
イベント内容も「ふーん」という程度の他愛ないものだ。
小さなイベントがあり、なくしたものがどこかの地点にあって、その地点までいくと敵が出てきて戦闘、勝ったら報酬ゲットの流れらしい。
内容はともかく似たようなサブイベはよくある。ひたすら周回よりは楽そうだ。
翌朝である。
「ああああああ! 大変だぁ! 大変なんだぁ!」
木村は寝ていたところを、アコニトの絶叫でたたき起こされた。
彼女は木村を揺さぶり、容赦なく夢の世界から現実へ引きずりだしてくる。
「起きよっ! 早く起きるんじだぁ! ゆるゆると寝とる場合ではないぞぉ!」
「……どしたの?」
寝ぼけ眼のまま木村はアコニトに問いかける。
アコニトがくるりと背中を見せてきた。普通に背中があるだけだ。
お尻の部分に穴が開いているが、特にそれ以外でおかしな部分はないように見える。
何だろうか?
お尻の部分に穴が開いて大変だということだろうか?
誰かに縫ってもらえばいいだけの話だろうに。
「尻尾が! 儂の尻尾がなくなったんだぁ!」
言われて木村も気づいた。
彼女のトレードマークが見事に消え失せている。
これではただの薬中ケモ耳ケツ見せ痴女だ。
ちょっと盛りすぎの気もする。
なぜこんなことに――、
「あっ」
木村はすぐさま原因に思い至った。
失せ物探しの失せ物ってこういうことか、と木村は思わず笑ってしまう。
「笑い事ではないわっ!」
アコニトの癇癪が無性におもしろく、木村は笑いが止まらない。
失せ物探しの第一日目はこうして始まった。
42.サブイベ「失せ物探し」1
アコニトの尻尾がなくなった。
朝起きたら、すでに尻尾が消えていたらしい。
サブイベ「失せ物探し」の一環だと思うが、前回のようにおっさんやテイの仕業の可能性もある。
ひとまずカクレガ内で情報を集めることにした、が……。
「尻尾に愛想を尽かされたんじゃないかな!」
「俺がお前の尻尾なんぞ知るわけがないだろう」
「尻尾がないほうがシュッとしてますね」
誰も真面目に話を聞いてくれない。
日頃の行いがどれほどなのか、嫌でもわかってしまう。
木村としても、別に尻尾がなくてもいいんじゃないかという気がしてきた。
「尻尾は……、ないと駄目なの?」
「無論だぁ」
アコニトが半ギレで答える。
なぜ当たり前なのか木村にはよくわからない。
彼には邪魔にしか見えなかった。
「とりあえずカクレガの中を探してみよう」
木村は尻尾が邪魔だと思っているが、アコニトが大切にしていたのは知っている。
カクレガの中をまずはひととおり確認することにした。
アコニトとあちらこちらを移動するが、尻尾はどこにもない。
もう諦めようかと思っていた、まさにそのときである。
木村はついに尻尾の痕跡を見つけた。
「あ! あった!」
「本当か! どこじゃ!」
「あそこ」
部屋の壁にかかった地図の中、その上に尻尾マークが出ている。
カクレガより北東方向に位置していた。まさか外に出るとは思わなかった。
そうなるとやはりサブイベントによって、尻尾はどこかに失せてしまったのだろう。
「そもそも尻尾が取れるなんてことあるの?」
「儂だって初めてだぁ。どうにも尻尾がないと力が入らんぞぉ」
そんなものなのだろうか。
木村には尻尾がないからよくわからない。
とりあえず尻尾を求めてカクレガを移動させることにした。
尻尾マークの地点までたどり着き、戦闘メンバーとともに外に出る。
戦闘メンバーを連れているのは、サブイベの説明で敵と戦闘と書かれていたからだ。
尻尾を守っているであろう魔物と戦って、尻尾を取り返すことになるだろう。
地図に尻尾マークは出ていたが、尻尾マークを中心に広めの円があった。
円の中のどこかに尻尾があるのだろう。
「……あれじゃないですか?」
外を歩いていると、ウィルが見つけたらしい。
彼はある一点を指で示している。
「いたぞ。良かったな、女狐」
おっさんが変な表現を使った。
「あった」ではなく「いた」である。
「……なに、あれ?」
木村もおっさんの言葉に違和感は覚えたが、つっこむことはできない。
見えているものを理解するのに、時間がかかってしまった。
尻尾が歩いている。
九本の尻尾の先端が足で、付け根部分がくっつき、頭となってタコのように地面を移動していた。
薄紫のもふもふ尻尾が、意志を持っているかのようにうねうねと動いている。
「気持ちわる!」
ペイラーフの発言は木村の思いそのままである。
本当に気持ち悪い。そこらへんの魔物より魔物らしい。
意味がわからない。アコニトの尻尾が未確認生物になっている。
「おお! 儂の尻尾だぁ!」
アコニトが歩く尻尾に嬉々として走って行く。
歩いていることに疑問を持たないのは、やっぱり神だからだろうか。
「おお。……おお? おぉ! なぜ逃げるか?!」
アコニトが近づくと、尻尾がアコニトから距離を取るように逃げ始める。
しかも速い。アコニトも全力で走っているようだが、それよりも尻尾は地面を音もなく颯爽と駆けている。
むしろアコニトの方が遅く見える。
「やっぱり尻尾に愛想を尽かされたんだね!」
ペイラーフがとても楽しそうだ。
おっさんも心なしか笑っているように見える。
木村も笑っているので人のことは言えない。
ウィルが真面目なのが気になった。
「今日のアコニトさんから神気を感じなかったんですが……」
木村の視線にウィルも気づいたようで、戸惑いながらも口を開いた。
「あの尻尾の方から普段並の神気が出ています」
「……それはつまり、アコニトの本体は尻尾ってこと?」
ウィルがブフォと噴き出した。
笑いを抑えつつも木村の言を肯定する。
「このまま見ていても仕方ありません。動きを止めましょう」
アコニトと、彼女の尻尾の鬼ごっこを見ているのも飽きてきた。
ウィルが魔法を発動する。
走り回る尻尾の、逃げている方向の地面が盛り上がった。
どうやら土の壁を作って追い詰める作戦だ。
アコニトが逃げ場を失った尻尾に近づく。
「観念せよ。儂は汝、汝は儂。今一度、一つとなるんだぁ!」
走り回って息切れしつつ、意味がわからないことを言い始めた。
アコニトが距離を詰めると、尻尾が飛んだ。
それぞれの尻尾を外側に広げ、ぐるぐると回転する。
尾の集める付け根部分を中心として、クルクルと回り、宙に飛び始めたではないか。
アコニトが必死に跳ねて手を伸ばすが、その手は飛ぶ尻尾に届かない。
天井からバナナを吊り下げ、猿の知能を試す実験のようだ。
「本当に尻尾の方が本体じゃないのかな」
ペイラーフとウィルが声を出して笑い始める。ゾルも笑いをかみ殺していた。
笑ってもいられないので、ウィルが風魔法で尻尾の飛行を遮った。
地面に落ちた尻尾は、またしても九本の足となって逃げてしまう。
これではいたちごっこだ。
「アコニト。もう攻撃するよ」
「許す! 手荒にはせんでくれよ!」
このままでは埒があかない。
ダメージを与えて弱らせることにした。
「わかりました」
「いきます」
ゾルがフルアーマーモードになり、ウィルも炎の上位魔法を使い始める。
セリーダは彼らに補助をかけ火力を増させる。
容赦がまったくない。
炎を浴び、ゾルの鉄骨に殴られ、さすがの尻尾も動きが鈍った。
毛がチリチリになり、尻尾が変な方向に曲がっている。
「あぁぁああ! 儂のッ! 儂の尻尾がぁ! 何をするかぁ!」
アコニトは泣き叫びながら逃げる尻尾を追いかける。
走りながらもウィルたちを責めており、なかなか忙しそうだ。
一方の尻尾はボロボロになり、ふらつきながらも主から逃げ続ける。
「どれだけ戻りたくないんだろう」
もはや尻尾に同情してしまう。
もしも尻尾が擬人化したら完全にこちらが悪役だろう。
敵役からボロボロになっても逃げ続ける、主人公かヒロインのポジションが今の尻尾だ。
ペイラーフも尻尾に回復をかけてしまった。
せっかくのウィルやゾルによるダメージがなくなり、ペイラーフに注目が集まる。
「ごめん! ついね、やっちゃったよ!」
これにはペイラーフも悪いと感じたようですぐに謝った。
木村も気持ちはわかるし、おっさんも責めてやるなとペイラーフを庇った。
ウィルやゾルもやりすぎたと感じたのか、攻撃の手を緩めてしまう。
尻尾は回復により活力を取り戻し、パーティー内部のいざこざをつき、猛烈な速さでどこかへ走り去った。
姿が小さくなってしまったのでカクレガで追うことにした。
尻尾のマークはすごい勢いで東へと逃げている。
「さすがは儂の尻尾だぁ! 見事に逃げおおせたわぁ!」
アコニトは怒りつつも笑みを浮かべて一同を見た。
ここにいるメンバーを責めつつも、自分(の尾)を上げるうまい言い方である。
もしも、「尻尾すら捕まえられんとは使えん奴らだ」などと言った日には、その尻尾に逃げられた愚か者と物理的にも精神的にもフルぼっこにされただろう。
「本当にさすがだね!」
「そうであろう! そうであろうとも!」
「私たちには捕まえられそうにない! 諦めて花の世話をすることにするよ!」
ペイラーフが席を立って、部屋から出て行った。
怒らせてしまったらしい。
「俺も筋トレの時間だ」
「ゴーちゃんがお腹空かせてる」
「僕も新しい杖を作らないといけないので」
アコニトと木村を除く、全員が部屋から出てしまう。
自業自得だろうと木村も席を立つ。
「待て! 良いのか! 儂がこんな様になって!」
「尻尾がなくても、アコニトはアコニトだよ」
「そんな話ではない!」
もちろん木村にもわかっている。
今のままではアコニトが戦えなくなってしまう。
力の大半が尻尾に付いて出て行った。今のアコニトは薬中の戦力外ゴミ狐だ。
「そうだね。そんな話じゃないよね。アコニトもアコニトなりに、自分を省みたらどうかな。どうして尻尾がアコニト自身から逃げるのか、どうしてみんなが尻尾を探すのに協力してくれないのかを」
「なぜ逃げるか……? そうか! 儂の姿を認識できていないのだろぉ。急に寄ってきたから怖くて逃げたんだぁ。次はゆっくり寄って抱きしめてやるとしよう! まったく世話のかかるやつだぁ!」
めでたい頭だ。
これぐらいじゃないと神とかなれないのかもしれない。
「じゃあ、どうしてみんなは探してくれないと思うの?」
「儂の尻尾だぞぉ! あやつらに捕まえられるはずがない! 奴らも無理と気づき逃げ追ったんだなぁ。なぁに! こちらから追わずとも、すぐに儂が恋しくなって戻ってくるであろうよ!」
アコニトは笑って出て行った。
もう、尻尾は戻ってこないかもしれない。
けっきょく主たる戦闘メンバーのやる気が皆無となり、この日の追跡は中止となった。
そして翌朝である。
木村は揺さぶられて起こされた。
またアコニトか、と目を開けるが彼女のいるべき位置に顔や姿はない。
気のせいかだったかと目を閉じる。
またしても揺さぶられた。
慌てて目を開き、視線を下げると低い位置に顔があった。
ペイラーフである。彼女は身長が低いので物陰に入るとたまに見えないことがある。
「おはよう。どうしたの?」
ペイラーフが口を開いて、自分の喉を指さす。
木村もまだ寝ぼけているので、彼女が何を言いたいのかさっぱりわからない。
「喉? 痛いの? 風邪でもひいた?」
医者の不養生ってやつだろうか?
いや、そんなわけがないと木村も気づいた。
戦闘以外でキャラたちはステータス異常にはならないらしい。
口で説明してくれればいいのに。
普段のように大きな声で話してくれたら一発で目が覚める。
その大きな声こそが彼女の――。
「……まさか、声を失ったの?」
ペイラーフが口をパクパクと動かしつつ、首を縦に振った。
事態は深刻さを増している。
アコニトの尻尾はいまだ帰ってきていない。
さらに、主治医の声もどこかへ消え、静かな朝を迎えた。
サブイベント二日目のことである。
43.サブイベ「失せ物探し」2
木村は地図部屋で戦闘メンバーの招集をかける。
アコニトが、ペイラーフの声がなくなったことを笑った。
見咎めたおっさんの突きで、喉を潰され彼女も声が出なくなった。
喉を潰されたアコニト(尻尾なし)は無視して、今後の進み方を検討する。
「声のマークが地図に出ていませんね」
地図の前でウィルが疑問を呈した。
アコニトの尻尾マークはあるのに、ペイラーフの声マークは出ていない。
そもそも声マークがどんなものなのかはわからない。
「順序があるのかもしれない。先に昨日のなくし物――尻尾を戻さないと声のマークが出てこないとか」
ウィルもなるほどと理解を示す。
すなわち、やることは昨日と同じだ。
アコニトの尻尾を、まず彼女に戻すことが必要となる。
尻尾マークの近くまで移動し、カクレガを出ると今回はすぐに見つかった。
昨日と同じように九本の足でぬるぬると歩いている。
木村は自らの間違いに気づいた。
ペイラーフの声は、アコニトの尻尾を戻してから出るわけではなさそうだ。
「ふるさーとを、とおくにーおもえーば」
尻尾が歌っている。口もないのに……。
しかも地味にうまい。
最初は間違いかと思ったが、近づけばその声は徐々に大きくなる。
発声源は尻尾で間違いなさそうだ。そして、その声はペイラーフの声である。
アコニトの尻尾に、なくした声が付いてしまった。マークが重なっているから見えないだけだった。
「また来たの!」
尻尾が木村たちに気づいたようで、歌を止めて声を出した。
ペイラーフの声そのままなので、木村たちは思わずペイラーフを見てしまう。
見られたペイラーフは、尻尾を見ろと指を示す。
「尻尾よ。儂だぁ。昨日は怖がらせてしまったなぁ。さあ、帰ってくるがよいぞぉ」
「嫌!」
明確な拒絶の意志が言葉となって生じた。
言われた方は笑っている。
「照れんでも良いのだぁ。素直じゃないのぉ」
「来ないで!」
昨日、嫌われてるなぁと木村は思ったが、本当に嫌われていた。
近寄るアコニトから、彼女の尻尾が逃げている。昨日と同じ光景が繰り広げられている。
尻尾だけなら見ていても良いのだが、ペイラーフの声までくっついているとなれば無視はできない。
声が出るのは戻す手段が増えたと考えることもできる。対話による説得だ。
ウィルやゾルはすでに攻撃態勢に入っているが、少し待ってもらうことにした。
「どうしてそんなに戻るのが嫌なの?」
木村は尻尾との会話を試みた。
もしかしたら今、一番異世界らしいことをしてるかもしれない。
口をきく尻尾と話すことなど、今後の人生ではおそらくないし、今後もないで欲しい。
「あなたならこいつの尻尾になりたいの!」
「……絶対になりたくない」
「なりたくないですね」
「なりたくない」
「なりたくないぞ」
四人の声が重なった。
ペイラーフも頷いて賛同する。
ゾルやウィルの構えていた武器が徐々におりていく。
最初の一言で論破されてしまうとは思ってもみなかった。
「少しは尻尾の気持ちも考えてよ!」
「尻尾の気持ち」
「そうよ! あなたたちは尻尾になって、こいつとずっと一緒にいられるの!」
木村たちは沈黙した。
他の誰かならともかく、尻尾本体に言われると説得力が違う。
そして、答えは間違いなく「No!」だ。もしも自分に意志があり、ずっと一緒にいるとしたら嫌だ。
「私だって自由に歩き回りたい! 空も飛んでみたい! 歌だって歌いたい! 誰かと一緒におしゃべりがしたい!」
尻尾に戻れば動くことや喋ることもできない。
拷問だろう。
「あなたたちなら普通に全部出来ること! でも、私にはできないの! 私、尻尾だから!」
空は飛べないと木村は思ったが、それ以外はそのとおりなので黙って聞く。
その後も尻尾は声高に主張をしていった。
黙って聞いていると辛くなってくる。
今まで大変だったんだろうなぁと同情してしまう。
「同情なんていらない! 私が欲しいのは自由! もう放っておいてよ!」
尻尾は走り去る。
アコニトが必死に追うが、他の誰一人として尻尾を追う者はいなかった。
尻尾もアコニトも帰ってこないまま二日目が終わった。
サブイベントも三日目である。
木村は早くから起きている。今日は誰の何がなくなるのかわからない。
早めに寝て、早めに起きて待機することにしたのだ。
「ゾルです」
控えめな声と、異常に強いノックが響いた。
どうやら今日はゾルらしい。
「どうぞ」
ゾルが部屋に入ってきた。
非常に珍しいことに鎧を着ず、下にはもこもこした地味な服を着ている。
彼女が鎧を着ていないところを木村は初めて見た。地味な服だが体型はスタイリッシュだ。
この体のどこからあの馬鹿力が出ているのかわからない。ゲームキャラだからそんなことを言いだしたらキリがない。
「……もしかして、鎧?」
「はい。なくなっていました」
今日はゾルの鎧がなくなったらしい。
地図部屋で地図を確認するが、鎧マークはない。
「尻尾が鎧を着てるとか?」
ウィルが顔を緩ませたが、すぐに引き締め直した。
声だって尻尾に付いた。鎧だって尻尾に付くのではなかろうか。
確認のため、尻尾マークへと移動する。
「やっぱり」
ブリッジから外の様子を見ると一発だった。
ゾルのフルアーマー鎧と魔物とが戦っている。武器はないので体当たりがメインだが十分に強い。
ゾルの鎧の各所から薄紫色の毛が出ているのはもはやホラーだ。
ホラーではあるが強さは本物である。
「戦うことってこんなに楽しかったのね!」
尻尾もご満悦だ。
驚くことにフルアーマー状態で喋ることができていた。
「おそらくアコニトさんの毒や沈黙無効の性質を受け継いでいますね」
それだけではない。
ペイラーフの魔力も手に入れたせいか回復魔法すら使える。
HPを犠牲術式で削り、力を高め、やばくなったら回復するという自己完結型の見本だ。
地味にこちらがやばい状態になりつつある。
モノを失った者は魔力も一緒になくなってしまうらしい。
すなわち、アコニト、ペイラーフ、ゾルという主力が戦力外になってしまった。
さらにあの尻尾は、三人分の魔力を備えている。
そんじょそこらの相手には負けない状態だとウィルも話す。
話したウィルですら勝てないと自らの力を評価した。
ちょっとしたサブイベだと考えていたが、かつてないピンチだった。
このままではせっかく育てた主力が全滅しかねない。
しかも狂気は入るらしく話が通じそうにない。
魔物の残骸と一緒に昨日から行方不明だったアコニトが倒れていた。
おそらく体当たりをまともに受け、瀕死になった思われる。
何も手立てがないまま三日目を終えた。
四日目になり木村は自室待機を辞め、地図部屋で睡眠を取った。
その他の主力戦力も一緒にいる。
状況は非常にまずい。
すでに木村たちだけの問題ではなくなっている。
アコニトの尻尾はゲイルスコグルが壊滅させた西部を抜け、中部に進出している。
地図に×印がぽつりぽつりと現れた。
尻尾は狂気に支配され、三人分の魔力とその力で侵略を始めたようだ。
有効な攻撃手段を持つのがすでにウィルしかいない。
力づくで止めようにも火力が足りない。今回は教授や赤竜という強力な助っ人もなしだ。
尻尾を後ろから、距離を開けて追っているが止める方法が思いつかない。
「まずいですね。今、僕の神気も持って行かれました」
どうやら今日の対象はウィルらしい。いよいよ対抗手段がなくなってしまった。
魔力を持って行かれたようだが、他に何かなくなった様子はない。
「何かなくしてない?」
「神気以外では、とりわけ何も……」
話している途中でウィルの顔面が青白くなっていく。
彼は慌てた様子で部屋から出て行った。
「やられました」
青い顔で戻ってきた。
大切なものを失ったらしい。
「止めるどころの話ではないかもしれません」
「何をなくしたんだ? 杖か?」
「いえ、杖はあります。本ですね。突っ返されたまま僕が持っていたのですが、それがなくなりました」
「……本?」
木村はわずかに安堵した。
本くらいなら別に大したことはない。
「どんな本なんだ」
「言葉で説明するのは難しいのですが……、教授の書かれた本です」
木村に悪寒が走った。
ウィルの顔が青ざめている理由がようやくわかった。
「その本は、その、なんだ……あの教授が書いたくらいだから、やばい本と思っていいのか?」
「はい――、とは言っても研究室の教材ですからね。常軌を逸している程度です」
木村もほっと息をついたが、言葉を反芻しウィルを見返した。
聞き間違えただろうか。
「常軌を逸して」
「る、です。常軌は逸していますが、読み解けたからといって教授のようになれるというわけではありませんよ。しょせん教材ですからね」
教材というのは教科書みたいなものだろう。
びっくりしたが、あまり大きなことにはなりそうにない。
「ただ、僕もまだ最後まで読めていないんです。いえ、ページを捲ることはできるのですが、中身を完全に理解できていないと言いますか。……読み通すためには、教授の仰った『魔法』を理解する必要があり、あと一歩踏み出せないと言いますか。ああ、なんでしょうね」
ウィルは煮え切らない態度である。
頭をくしゃくしゃと掻いて、何か葛藤しているようにも見えた。
「もしもあの本を読み通し、書かれていることを理解したのなら――」
地面が大きく揺れた。
木村たちも腰をかがめ、揺れが収まるのを待つ。
「何だろう?」
地震だろうか。
木村はふと地図を見た。
先ほどまでなかった×印が浮かんでいる。
増えた×の数は一つや二つではない。
「……理解してしまったようですね」
「何を理解したんだ?」
「神気とその法則――すなわち、この世界です」
教材のレベルを超えている。
あの教授はいったい何を教えようとしていたのか。
世界を理解した尻尾鎧が東へと進んでいく。
今の尻尾に世界はどう見えているのだろうか?
44.サブイベ「失せ物探し」3
力を得た尻尾が、原住民を殺し回っているらしい。
何だろうか……。
もう何をやってもこの世界の住民は死ぬ宿命となっているのか。
知り合った人が死ぬのにすら慣れてきていた。
知らない人が殺されても、もはや思うところが何もない。
朝に話す天気の話に似ている。今日の降水確率は40%。傘はどうしよう?
これくらいのノリで、原住民たちの死者数と殺され方を話している気がしている。
死にならされていってるんじゃないかと木村は疑っている。
ただ今回は、前回のゲイルスコグルほど圧倒的かつ徹底的ではないので、逃げてくる原住民を見ることができた。
人を大きくしたようなオークとか、角の生えた鬼っぽいやつとか、それでも人に近い存在だ。
ときどき虫に近いのも出てきたりもするが、言葉を喋っているところを見るに、あれらも原住民なのだろう。
原住民はもっと人から大きくかけ離れた姿形をしていると木村は思っていた。
この程度なら外にいる魔物の方がよほどモンスターだ。
件の尾の方が立派な化物と言える。
「その尾ですが……、止められそうにありません。むしろ逃げた方が良いと思います」
遠くから尾を見ているが、もはや暴走状態である。
抵抗する勢力も弱くはないだろうが、尾があまりにも強すぎる。
「この持ち主にして、あの尾ありだな」
おっさんが床で意識を失っているアコニトを見下ろしながらこぼす。
クスリで頭がパーになっており、とてもうるさいのでおっさんの正拳突きが彼女を黙らせた。
今は、ブリッジの冷たい床で心地よさそうに寝ている。
本体がこんなでも関係ない。尻尾鎧は無双している。
“九尾の尻尾だった私が、本体から切り離されたのでやりたいことをやっていこうと思います。九本の尻尾には莫大な魔力が籠もっていました。えっ、他のヒトの力も手に入ってる? 知りません。私は普通に無双します。戻ってこい? そちらはそちらで勝手にがんばってください”
もう、完全になろうの主人公だなぁと木村は現実逃避し始めた。
まずゾルの鎧により力がマシマシだ。
倍近くの身長をもつ一眼巨人の棍棒を片手で止めている。
攻撃も受けているようだが、ペイラーフの回復魔法で回復していく。
ここまでなら昨日と変わらない。
「武器を使ってるな」
「神装具ですね」
今日は手に武器を出して使っている。
神装具とは魔法でつくり出した武器のようで、使い捨てなのだろうか、とっかえひっかえだ。
「いえ、効果時間は短いのですが使い捨てではありません。相手の弱点に合わせて的確に武器を創っています」
狂気は入っているのに相手をどう殺すかに関しては冷静な判断ができるらしい。
昨日のうちに無理をしてでも叩くべきだった。
今の主戦力はボローだけだ。完全に防御型なので、止めることはできそうにない。
昨日ならまだウィルの魔法で攻撃ができたし、尻尾鎧の攻撃も体当たりだけだった。
「しかし、妙ですね。他の神聖術も使っているようですが、どうやってあの揺れを生じさせたのでしょう」
言われてみればおかしい。
先ほどカクレガを大きく揺らした攻撃はこの尻尾鎧によるもののはずだ。
×印も大量に湧き上がらせた。それなのに今は武器を使ってちまちま攻撃するだけである。
間違いなく強いが、常軌を逸した強さとまでは見えない。もっと大きな攻撃手段を隠し持っているのだろう。
「攻撃手段は持っているのでしょうが、何をしたのかがわかりかねます。攻撃が起きた地点を覚えていますか?」
もちろん覚えている。
大量の金筺が転がっていた。喜ぶに喜べない光景だった。
「あれほどの揺れですと地属性と思われるのですが、地面にそのような痕跡はありませんでした。それでは爆発系統かと言えば、そちらでもありません。こちらも熱波の痕跡がなかったですからね」
ウィルは興味深そうに暴れる尻尾鎧を見ている。
魔法関連になると、やはり好奇心に勝てないようでそわそわしているのが木村にもわかる。
「ちょっかいを出そうにも、アレじゃあな」
ウィルが戦える状態なら、ボローや他と組ませて戦わせることもできただろう。
しかし、今や彼はほとんど魔法が撃てない状況で、ボローを尻尾鎧のサンドバッグにさせるのも気が引ける。
ちょうどそんなときだ。
東の空に暗雲が満ち、数体の巨大な存在が現れた。
「なんか強そうなのがきた」
数は三体。
一歩ごとに地面を揺らし、尻尾鎧へと近づいていく。
動き続けていた尻尾鎧も、三体の登場を足を止めて待ち構えていた。
周囲でまだ生きていた原住民たちが、神でも崇めるように現れた三体にひれ伏している。
「すごい神気量ですね。人ではここまで保持できません」
すごいと評価するウィルの声は穏やかである。
最近、すごすぎる神気量を見たせいか彼の反応も薄まってきた。
「神気量だけなら、一体一体が尻尾鎧に匹敵します」
正直、神気量がいまだに木村にはどんなものかはわかっていない。
とりあえず多い存在の方が強いくらいに考えている。
「ちなみに、屍竜とあの尻尾鎧だとどっちが強いんだ?」
神気量がよくわからないので、一つの基準として屍竜の水準を尋ねてみた。
戦って良いラインかどうかがそれでわかる。
「強いかどうかはわかりませんが、量で言えば同じくらいだと思われます」
「あの尻尾鎧、本当に強いんだな……」
さらに、尻尾鎧に立ち向かう悪魔のような三体は、一体一体が尻尾鎧に匹敵するという。
もしも普通に出会っていたら、アコニトが自爆するしかなかっただろう。
「いえ、神気量はあくまで存在の強度でして、強さとはまた違うといいますか……」
ウィルが木村の言を否定するが、その後で詰まってしまった。
どうやって説明すればわかるか考えているようである。
「ルルイエ教授の神気量は、どれほどだと思いますか?」
「そりゃ……、ゲイルスコグル並?」
どこかの地域をまるごと使い物にならなくしたとか話していた。
ゲイルスコグルでも似たようなことができそうだ。
それなら、と木村は推測を伝えた。
「教授の神気量は、当時の僕よりも少ないです」
「えっ、そうなの?」
素直に驚いた。
今は強化したためか神気量も増えたとウィルは話していた。
当時というのは出会った頃の話だろう。そのときからすでにウィルは教授の神気量よりも上という。
「教授は神気の扱いがデタラメに巧いんですよね」
良い刀を持っていても、使い方が悪ければ弱いみたいな話だろうか。
あるいは格闘技における身長と体重といったものが、神気に相当するのか。
身長や体重がなくても、体の使い方や攻撃の当て方が卓越しているから戦えるのか。
「僕の見立てですが、あの三体はパワーで押すタイプです。おそらくわかりやすく強い」
木村にもそう見える。
与えられたわかりやすい力を存分にわかりやすい形で振るうタイプだ。
「逆に、あの尻尾鎧は教授と同様に巧いタイプです。教授の本を理解したことからもそう判断できます。先ほどの戦いもそれでした。相手の弱点を的確に突いています」
神気量が同じくらいで、巧いタイプってどれだけ強いのかがわからない。
素人から見れば、巧いタイプは何が巧いのかがさっぱりだ。
三体のうち、中心にいた悪魔のような一体が動いた。
黒い翼を両側に大きく広げ、二本の角からは目に見える稲妻のようなものが走っている。
見た目だけなら完全に終盤のボスだ。
大きさだけで尻尾鎧の十倍近い体格がある。
腕だって六本もある。そんなにいるのかと木村は疑問だった。
しかも、それに付き従う二体も中心ほどではないが似たような大きさときている。
左の一体が魔法を詠唱し、右の一体は中心の一体を守るように前に出てくる。
右の悪魔は大きさに反して動きが俊敏だ。尻尾鎧との距離をあっという間に詰めて接近戦が始まる。
ほとんど見えないが速さだけなら、木村から見ても尻尾鎧の方がずっと速い。
少なくとも右の悪魔の動きはまだ見えている。
その悪魔の攻撃を難なく躱して尻尾鎧は攻撃をしている。
しかし、この右の悪魔は速いだけでなく硬い。攻撃されてもまったく動じない。
そもそもの重量差もあるだろうが、尻尾鎧の神装具による攻撃を受けても、うっすら傷がつく程度だ。
尻尾鎧が右の悪魔を無視しようにも、右の悪魔は体から出る粘膜の糸を周囲に出して、尻尾鎧の動きを制限している。
どうやら蜘蛛のような真似事ができる悪魔らしい。
眼も複眼となっていて、攻撃こそ当たらないが、尻尾鎧の動きはしっかりと追えている。
そもそも、攻撃役は彼ではないのだろう。彼は尻尾鎧の動きを止める役割に徹しているように思える。
木村たちのパーティーで言えば、ボローの役目を右の悪魔が担っているのだろう。
時間は十分に稼げたらしい。
左の悪魔が唱えていた魔法が完成したようだ。
「初めて見る神聖術ですね。拘束系でしょうか」
真っ黒な鎖が地面や空中から出てきた。
黒の鎖は意志を持っているかのように動き出し、逃げ回っていた尻尾鎧を捕らえる。
捕らえるも何も一つの鎖の厚さが、尻尾鎧よりもずっと大きいので、鎖がぐるぐる巻きになり毛玉のようになってしまった。
「あれは、出られませんね……。何重にも拘束術式を織り込んでいます。もはや封印と言っても良いでしょう」
空中でぐるぐる巻きになった毛玉を前にして、ようやく中心の一体が動いた。
毛玉へと近づき、六本の手を毛玉に添えた。
「……す、すごい」
「何が?」
木村には六本の手が毛玉を包んでいるようにしか見えない。
二本で十分では、としか思えなかった。
「加重制御を六重に行っています。加重系統は二重だけでも相克が起きるはずです。六重はありえません!」
なるほど、わからんというのが率直な木村の感想である。
百聞は一見にしかず、手に添えられていた鎖が徐々に小さくなっていく。
どうやら目に見えない力で圧し潰されているようだ。加重制御とは要するに重力系の魔法のことだと木村は理解した。
六重の力で圧し潰されているのか、中心に重量を持ってきているのかはわからないが、たしかに強いボスが使ってきそうな力だ。
光がねじ曲がるほどの力を受け、黒の鎖は完全に宙に消えた。
圧し潰されてしまい、後には何も残らなかった。
「ふぅー、すごいものを見ることができました」
あっけなく終わってしまった。
ウィルは満足げであるが、木村は物足りなさが残る。
パワーだ、巧みだと言ったが、やはりこの世は数と力が正義という結論だ。
三体の悪魔たちも羽を広げ、静かに勝利を宣言する。
周囲で見ていた原住民たちも、彼らを再び崇拝する姿勢を見せた。
「とりあえず倒してもらえて良かった。ほっとけば元に戻るのかな」
「倒せていないぞ。よく見るんだ」
黙っていたおっさんが口を開いた。
悪魔たちも何かに気づいたらしい。勝利の宣告をやめ、周囲を見ている。
中心の悪魔が見ていた先に小さな火が灯った。
何もない地面のすぐ上に、マッチで擦ったようなしょっぱい火が灯っている。
小さな火は一つではない。彼らを囲むようにいくつもの小さな火が灯っていった。
悪魔たちが火を攻撃すると、すぐに火は消えてなくなるものの、別のところに小さく灯る。
「……何が起きているんでしょう?」
ウィルもわかっていない様子だ。
木村も何が起こっているかは知らないが、この現象の名前は聞いたことがある。
火の気のないところに火が生じ、突然消えたり、別の場所に現れ、列のように並ぶことだってあるという。
そして、火の色は紫で、あの尻尾の持ち主が何かを考えれば、答えはおのずと出てくる。
その現象の名は――、
「狐火だ」
ウィルが「何ですかそれは?」と尋ねてくるが、木村もさほど詳しいわけではない。
本体に聞くのが手っ取り早いのだが、まだグースカと寝ている。
「元いた世界の怪異現象なんだ。こんなふうに火が出てくる」
これくらいの説明しかできない。
鬼火も似ているが、たしか違う現象だったはず。
「この火がいったいどうなるんでしょう?」
「……さあ」
無数の火が灯る中に、ようやく尻尾鎧が現れた。
不気味な存在だったが、幾十の炎の中にいるとさらに不気味に映る。
「やられるところだったよ! よくも使いたくもない力を使わせくれたわね! これはお返しよ!」
空に浮かんだ無数の薄紫の火が、赤に変わり始める。
最近、よく見た光の色だった。
「全障壁を降ろせ! 全速後退! 急ぐんだぞ!」
おっさんが叫んだ。
ブリッジに映し出されていた映像が消える。
「来るぞ! 全員伏せるんだ! 衝撃に備えろ!」
おっさんが叫び、木村の頭を抑えた。
ウィルやペイラーフも、おっさんに続いて行動に移る。
「なんだぁ! うるさいぞぉ! 人がせっかく気持ちよく寝取るのに!」
大バカが眼を覚ましたらしい。
不満を何か言っている。
「なんだぁ? なぜうぬらは寝てお――」
凄まじい揺れであった。
今までも何度か攻撃に巻き込まれて揺れたが、これほどの揺れは初めてだ。
おっさんに抑えてもらってなかったら、飛んでいたかも知れない。
実際、アコニトが壁か天井にぶつかっているようで悲鳴が聞こえてきた。
揺れが収まるとブリッジのものがあちらこちらに飛んでいる。
ウィルやペイラーフの位置もすっかり変わっていた。
壁にヒビすら入ってるではないか。
アコニトがいた。
首が変な方向に曲がり、今まさに光に消えるところだった。
揺れが収まったところで映像がまた映し出された。
尻尾鎧が金色の筺が散らばる中に立っている。
爆心地の中心で、本体と似たような高笑いをしていた。
「……何が起きたの?」
「意識放出だぞ」
「あれが意識放出なんですか!?」
おっさんは肯定した。
珍しく解説をしてくれる。
もともとアコニトの持っていたスキルらしい。
敵からの攻撃を、尻尾を身代わりにして無効化し、尻尾の爆破で攻撃もするという罠タイプの技だ。
これを尻尾本体が使うことで自己犠牲術式として判定された。
赤竜の金トロフィーと銅トロフィーの効果を受けて、異常に強い花火になったらしい。
……尻尾に身代わりまでさせていたのか。
蜥蜴の尻尾切りではなく、アコニトの尻尾切りだ。
そりゃ怒るだろう、と木村も改めて納得せざるをえない。
「意識放出の効果は消せると聞いたが、今もまだ消せるのか」
「やっとく」
こんな大爆発技を何度も使われてはかなわない。
木村はすぐにトロフィールームに駆け込んで、金トロフィーから効果をオフにした。
ウィルの予想は外れていた。
パワー型は尻尾の方で、技巧型が悪魔たちだった。
今となっては何の意味もない予想の反省である。
ブリッジに戻ったところで、今後の作戦会議を始めることにした。
話すことは明白。
しかし、話すまでもなく経験から言って結論はすでに出ている。
――様子見だ。
45.サブイベ「失せ物探し」4
尻尾鎧の対策会議が始まった。
わかっていたことだが、前向きな意見は出てこない。
木村も意見を出してないので文句は言えない。
「この催しは五日間行われるんですよね」
「ああ。あと一日ある」
ウィルが事実の確認をした。
対策云々の話の前に、前提を再認識するようだ。
「今日が四日目。つまり、もう一段階強くなるということですね」
「……そうなる」
尻尾鎧はすでに四人分の力を手に入れている。
サブイベは五日間の開催、不具合がなければ明日が最後なのは間違いない。
また誰かが魔力とモノを失い、さらにあの尻尾鎧が力を得ることになる。
「明日は、たぶんボローかな」
強化した順で力を奪われるとすれば、次はボローだろう。
尻尾鎧の防御力がアップして、挑発を覚える可能性がある。
逃げる敵を無理矢理引きつけることも可能になり、さらにあの自爆だ。
金トロフィー効果はないため威力は弱まるが、狐火からの数量増加による自爆で圧殺ができる。
「……あ」
「気づいたか? 暴走は今日が最後になるかもしれないぞ」
ゾルが何かに気づいたような声を上げる。
おっさんも何か意味深に呟いた。
「どういうこと?」
おっさんは答えない。
チュートリアルの範囲外らしい。
代わりにゾルがおずおずと口を開いた。
「私の鎧は欠点があるんです」
鎧の欠点なら木村も知っている。
沈黙と狂気のバッドステータスが付き、継続ダメージを負う。
ただし、代わりに他の状態異常を無効化し、HPを失うほど力が上がっていくという恩恵も受ける。
「沈黙以外のバッドステータスはあの尻尾も受けています」
「うん。狂気は入ってるし、HPも失ってるよね。回復で克服してるけど」
「その通りなんです。克服しようと思えばできるんです。尻尾は沈黙を克服していますし、私も狂気なら克服できます。精神力でなんとかなりますから」
そういえばそうだ。
ゾルは今の尻尾鎧みたいに暴走することはほぼない。
フルアーマー中もチームワークを見せて、理知的に戦っている。
薬中の馬鹿狐も見習って欲しいくらいだ。尻尾の精神力のなさは本体譲りらしい。
「でも、それと尻尾の暴走に何の関係があるの?」
尻尾は今でこそ魔力の充電中か何かで動きが鈍っているが、すぐにまた暴れ出すだろう。
狂気に支配され、住民たちを嬉々として殺しに回る。
「尻尾は一日目や二日目を見た限りでは暴力的ではありませんでした。今は、狂気によって暴力衝動が出ていると思います」
たしかにそうだ、と木村も頷いた。
最初の二日間でも、アコニトやペイラーフの力は持っていたはずなので、こちらに攻撃をできただろう。
逃げるだけに専念していたのを木村も覚えている。
「つまり狂気がなくなればなんとかなるってことか……、でもどうやって?」
「そこでボローさんに繋がります。明日は、ボローさんから何かが失われるんですよね。何が失われると思いますか?」
まだ確定ではないが、ボローと推測はされる。
ひとまずボローと仮定して考えてみる。
ボローから失われるものを木村は想像した。
候補は多くない。専用武器も除外されるだろう。
間違いなく魔力は持って行かれる。それと別の何かだ。
外殻という名のフレームや、手抜きの口や目が持って行かれるとは考えづらい。
……他に取られるモノの候補がない。
極めてシンプルなボディだ。
ボディ以外を考えてみる。
ペイラーフは物理的なものでなく、声という目には見えないものを失った。
見えはしないけれども、彼女を特徴づけるものだった。
そうするとボローから失われる、彼を特徴づけるものは――。
「ああ、そうか」
木村もようやく思い至った。
ゾルやおっさんの推測に、かなり遅れたが相づちを打つ。
「止まるかもしれないね」
ただし、推測が当たって、尻尾鎧の動きが止まるとしても明日だ。
本日、四日目はどうしようもない。
最終日に望みを託し、尻尾鎧の後を追いかけることにした。
そして五日目になり、予想どおりボローが失われる対象となった。
ボローは整備室の片隅でうなだれている。完全に機能停止だ。
そのままにもしておけないので、木村たちは彼をブリッジの椅子に座らせた。
彼から失われたモノはおそらく予想どおりだ。
彼の一番の特徴である。
木村は見た目や性能だけでは、彼を採用しなかっただろう。
アコニトすら気遣える思いやり、戦闘で強敵相手に一歩も引かない勇気、力をひけらかさない態度。
良い点は数多いが、つまるところ、彼の特徴づけるモノは一言でまとめられる。
――心だ。
ボローが失った心は尻尾に受け継がれただろう。
彼の心が、狂気に支配されるとは思えない。ゾルのお墨付きだ。
ゲイルスコグルを相手に、ゾルから仲間という言葉を引き出すほどの存在である。
ブリッジの簡易地図で尻尾鎧の動きに注視する。
力を増し、動きが一瞬だけ速まったが、その後は徐々に動きが鈍りだし、最終的に止まった。
目視できる距離まで近づいたが、尻尾鎧は動くこともなく突っ立っている。
楽しげにはしゃぐ姿が見えず、地面をじっと見ていて怖い。
「止まりましたが、どうしますか?」
「予定どおり迎えに行こう」
木村は、ウィル、ゾル、ペイラーフらと一緒にカクレガから出る。もちろんおっさんもだ。
少し遠くから歩いて向かうが、鎧は木村たちに反応を示さない。
普通に話すことのできる距離までやってきた。
「カクレガに帰らない?」
鎧が木村たちを見る。
目の部分から、もこもこと毛が出ているのでシュールだ。
「わたし……、とんでもないことをしちゃった」
声に元気がない。
ペイラーフの声で、普通の音量になると別人に聞こえる。
「やっちゃったものはどうしようもないよ。死んだ人たちは戻ってこない」
事実である。
木村も通った道なのでわからなくもない
ただ、彼女……、彼女だろうか? 尻尾の場合は自ら手を下している。
「わたしがやったんだ」
「そうだぁ! うぬがやったんだぞぉ!」
いつの間にかアコニトが出てきていた。
絶対こじれるから連れてこないようしてたのに、ちゃっかり出てきている。
必要なときに使い物にならず、要らないときに出てくるキャラってなーんだ? 答えはアコニトである。
「うぬが殺した! 楽しかったかぁ? 逃げ惑う相手の背中を刺すのはぁ?」
木村を除く全員が非難の目でアコニトを見る。
おっさんが足を踏み出したところで、木村が彼を止めた。
この流れは過去に木村も体験したので、しばらく彼女のやり方を見ることにした。
「どうして足を止めたぁ? 最後までやり通せぇ。ほぅれ、まだ残っとるぞぉ。昨日のように武器を創り、笑いながら斬り倒せよぉ!」
遠くにちらりと見える原住民をアコニトは指で示す。
彼女は尻尾鎧のすぐ側に近づき、お得意のぐるぐるムーブをかましている。
「わたしは、あなたと違う」
「そうだなぁ、儂ならポンコツの心が混ざったくらいじゃ手を止めんぞぉ。うぬは――覚悟が甘いんじゃないかぁ。狂気だのと言うが、要は本心だろぉ。昨日までのあの姿がうぬのありのままだぁ。さらけ出せよぉ! 混ざった心など不純! まやかしだぁ! 真の姿を見つめなおせぇ。やることは明白だろぉ! 全力で楽しみぬけぇ!」
ノリノリだ。
見ていてとっても楽しそう。
ただし、周囲の雰囲気は過去最悪である。
もしも木村が止めてなかったら、おっさんが彼女を粉々にしている。
間違いなくアコニトパウダーだ。
「後のことなど案ずるなぁ。『お前が悪い』という奴などここにはおらん。みぃんな優しく受け入れてくれるだろうよぉ。最終的には儂の責任だぁ。儂が責められることになる。だからなぁ、うぬは好きにせい」
「……え?」
「うぬは儂の尻尾だろぉ。責は儂にあると言っておるんだぁ。存分にやれぇ。中途半端に手を止められた方が儂としても恥だぁ。さ、力を振るえぇ。己が望むままになぁ」
アコニトがにっこりと微笑んで、尻尾鎧を見つめた。
早くやれと言わんばかりに、次のターゲットであろう原住民を示している。
「わ、わたしは――」
戸惑う鎧を無視して、ペイラーフがアコニトに近づいた。
「杏林。うぬも言ってやれ。おぉっと、今、うぬは声が出、んぐぅっ!」
背の低い彼女が全力で腕を振ってアコニトの脇腹を殴りつける。
その後も、コンビネーションで右フック、左ボディアッパー、ストレートと決めた。
「ごっ、やめっ、止め」
アコニトが倒れてもマウントを取って殴りつけるので、さすがにウィルが止めた。
ペイラーフに代わり、おっさんが殴り始める。
「おっ、ま、しゃ、や」
アコニトの歯が折れても容赦なく殴り続ける。
見ていてあまりにもひどいので、木村がおっさんの猛攻を止めた。
ゾルが鎧に付き添い、カクレガの中に入っていく。
ウィルとペイラーフもカクレガに入った。
「キィムラァ。そんなやつはほうっておけ」
おっさんも怒りを隠さずにカクレガへと入っていった。
彼にしては珍しいことだ。
こうして木村とアコニトが取り残される。
「尻尾が帰りやすいように、悪役を買って出たの?」
なんとなくそうじゃないかと思ったことを木村は言ってみた。
九割方は本人の楽しみも混ざっていただろうが、一割は尻尾を気遣っていたようにも見える。
ペイラーフを怒らせて、この流れに持ち込もうとしたようにも感じた。
ゾルはなんとなく察しているような気がする。尻尾鎧のカクレガへの誘導が綺麗すぎる。
おっさんは察しつつも怒っていた。
いまいち怒るポイントがわからない。
「儂の尻尾のくせに、センチメンタルな奴だぁ、つぁ……」
アコニトは否定しない。
腫れた顔と、切れた口の中がとても痛そうだ。
木村としても、あまりにも顔が痛々しすぎて見ていられない。
「葉巻を、取ってくれぇ。右の袖だぁ」
右の袖から葉巻を取って、彼女の口に運ぶ。
火の付け方がわからないので、アコニトの背を支えて起こし自分で付けさせた。
「あやつらも、甘いわぁ、やるなら、きっちり殺るべきだぁ、いっ……」
死ねば楽ということを知ってる存在の言葉は重みがあった。
最近は一日に一回は死んでいるので、死に癖がつき始めている。大丈夫かな?
入口のすぐ側まで木村がアコニトを支えたが、彼女は直前で支えを外し、一人で歩いてカクレガに入る。
すぐにカクレガの喫煙者排出機構によって空を飛ぶ。
頂点までたどり着き、一瞬だけ止まり、加速しつつ落ちてきて地面に叩きつけられる。
すぐさま光になって消える。ゲームなら“she dead”とでも表示されているだろう。
彼女が持っていた葉巻の煙だけが軌跡として残っていた。
翌日になって、失ったモノがそれぞれに戻った。
「やっぱり喋れるのは良いね!」
ペイラーフも絶好調だ。
いちおう木村からアコニトの思惑をペイラーフにも話した。
「ふーん」と一言だけである。木村が気づいたくらいだ。彼女も気づいていたのかもしれない。
ウィルも後から気づいたと話す。
ゾルは金クワガタと遊んでいてどうでもよさそうだ。
知らないのはおそらく尻尾だけだが、わざわざ尻尾に向かって話すのも阿呆らしい。
アコニトもヤニ部屋で尻尾と一緒に煙を楽しんでいる。
尻尾は楽しんでいるかわからないが、アコニトは愛おしそうに尻尾を毛繕いしていた。
ひとまずカクレガには日常が戻った。
戻ってこないのはデモナス地域の住民とその暮らしである。
西部はゲイルスコグルに壊滅させられ、中部は尻尾鎧に荒らされた。
そして、明日からはコラボイベントが行われる。
今のところ、カクレガは動きを見せない。
周囲に扉もないので、大きなことにはならないと木村は考える。
そう考える一方で、東部がまだ残っているからコラボイベントがトドメを刺すのではないかとも思っている。
相反する思いを抱きつつ、カクレガでの一日が過ぎていく。
けっきょくのところ、誰かが言ったように「なるようにしかならない」のだろう。
それをどう受け入れるかが力なき自分には重要なのだ。
ただ、疑問を感じることはある。
本当にそうなのか、と。
46.メインストーリー 3
いよいよ明日から初コラボイベントだ。
すでに日は暮れかけている。
今日はもう、軽く運動し、後は寝るだけの状態である。
しかし、奇妙な点がいくつかあった。
「通知ってまだ来てない?」
「来ていないぞ」
木村がおっさんに問いかける。
コラボイベントが開催決定、というアナウンスは来た。
何らかのアニメとコラボし、明日からイベント開催するという内容は木村も確認した。
ただ、その後の連絡がまだ来ていない。
とあるアニメが何なのかがわからないし、どう開催されるのかも不明だ。
いつもならイベントに合わせてカクレガが勝手に移動し始めるのに、今回は移動の兆しを見せない。
コラボ先から中止を通達されたのだろうか。
それなら納得できる。
このカゲルギ=テイルズなるソシャゲは、暗めのストーリーが多い。
イベントストーリーや討滅クエストでヒトが死にすぎると思っていたが、メインシナリオではもっと死んでいる可能性が高い。
ゲイルスコグルみたいなのが、メインシナリオで出てくる時点でお察しだ。
こんなソシャゲとコラボしても評判を落とすだけだろう。
中止でも木村はかまわない。むしろ中止にしてくれた方が良い。
無駄な人死にが減ってみんなハッピーだ。
お詫びに何か配ってくれれば御の字である。
夜になり、訓練室で日課の運動をしているとウィルがやってきた。
彼は昼に訓練を行う派なので、この時間にここへ来ることは珍しい。
「異常事態です」
どうやら何かが起きたらしい。
木村は嫌な予感しかしなかった。
すぐにウィルについていく。
地図部屋ではなく、ブリッジに呼ばれた。
すでにおっさんとペイラーフ、それにゾルが金クワガタと一緒に来ている。
「外を見てください」
木村はモニターを見た。
日は既に沈み、外は真っ暗である。
暗闇の中にぽつりぽつりと、朧気な光が点在していた。
今夜は月も出ていないようで、朧気な光でもよく目立っている。
狐火と似ているが、こちらは色の種類にレパートリーがある。赤、白、青と様々だ。
「あの光は?」
「精霊の一種です」
「ああ、精霊ね」
木村も何度か見たことがある。
光だけの魔物だ。ときどき魔法を撃ってくる個体もいる。
魔法は撃ってくるが別に強いということはない。おどろかし程度だ。
「神気も多いので精霊はいてもおかしくはありません」
精霊が何かはよくわかっていないらしい。
魔力が多いところによく存在し、各地でも見られ、それぞれ別称があるとかないとか。
「ん? 精霊以外に何かあるってこと?」
木村は外の映像を見て、精霊がパッと目についたので答えた。
だが、「精霊はいてもおかしくない」とウィルは言う。そうなると精霊以外でおかしな点があるということになる。
「まずは精霊ですね。神気量が異常なんです」
「それはわからないな」
木村は神気とやらをまったく感じない。
多い少ないといわれてもさっぱりだ。
「異常というとどれくらいなんだ?」
「光の一つ一つが、僕たちよりも遙かに多いです。尻尾鎧で言えば三日目とほぼ同じくらいでしょうか」
「めちゃくちゃ多いじゃないか」
ウィルたちがどれくらいかはわからないが、尻尾鎧の三日目でなんとなく強さがわかる。
だいたいウィルたちの三倍と考えて良いだろう。原住民たちをタックルで殺せるようになったレベルだ。
「精霊は神気を多く持つものですが、この量でこの数となると説明がもはやできません」
光の数は見たところ十体は間違いなくいる。
視線を変えればもっといるのだろう。
「まずは、って言ってたから別の問題もあるってことだよな」
「はい。さらに別の問題があります」
「地図がおかしいぞ」
おっさんがウィルの言葉を引継ぎ、地図を示した。
ブリッジ用の簡易地図なので、地図部屋のものより精度が低い。
それでも敵の大まかな位置や現在地はわかる。
「真っ白だ」
デモナス地域という文字もない。
地域を区分する境界線も見えなくなっている。
カクレガを示す赤いポインタだけが地図の上にあった。
「周囲をよく見ると、デモナス地域とは地形が違っているんです」
「現在地は不明だ。さらに、カクレガが移動を始めたぞ」
それはつまり――、
「イベントが始まったんだ」
通知こそ来ていないが、イベントの前兆が起きている。
カクレガが移動することはあったが、場所自体が変わるというパターンは初めてだ。
ここがどこなのかがまったくわからない。
「こっちもおかしいことがあるんだ! 園の植物がみんな萎れてる!」
「ギーくんたちも元気がありません。怯えているのか、力がないのか、動かないんです」
ペイラーフとゾルも報告してきた。
ギーくんというのはカブト虫だ。飼っている虫たちも調子が悪いらしい。
抱えていた金クワガタのゴーちゃんは元気そうなので、最高レアともなれば別格なのだろう。
カブト虫だけならともかく、ペイラーフの植物が萎れているというのは気になる。彼女の管理は素人目から見ても十全だ。
何かが起きているのは間違いない。
カクレガが移動を始めたことから、コラボイベントだと推測はつく。
ピッピコーン!
答えを告げるように通知が来た。
いつもどおり周囲は固まり、おっさんが手紙を渡してくる。
木村は不安になってきた。通知にではない。
このタイミングの通知なら、コラボイベントのことしかありえない。
不安にさせたのはおっさんの顔だ。
いつも場違いなほどの笑顔で渡してくるのに、今回は真剣な表情である。
「“コラボイベント「生きてた頃より美しく」開催”」
また、暗い題名を、と木村は思った。
題名からすでに死んでいることがわかってしまう。
内容を仲間達にもわかるよう上から読んでいく。
“アニメ「Beautiful Wraith」(死生DO株式会社)とのコラボが、
明日より開催されることをお知らせいたします。
イベントに先立ち、本日からルーフォがカクレガにやってきます。
イベントでは、ルーフォを中心にしてストーリーが進みます。
彼女と一緒に冥府を駆け抜け、ソウルエッセンスを回収しましょう。
ソウルエッセンスを集めることで、本イベントだけの特別アイテムをゲットできます。”
その下には限定ガチャの話がごちゃごちゃと書かれている。
こちらは軽く流すだけにとどめた。
「あにめ?」
「びゅーてぃふる・れーす?」
「しせーどぅー?」
「そうるえっせんす?」
聞いていたキャラたちの反応はわかりきったものだ。
一から十まで全てが理解できていない。
説明するのも面倒である。
説明しようにも“Beautiful Wraith”なんてアニメを木村は知らない。
かなりマニアックなアニメだと思われる。
いつ放映されたのかも、制作会社がどこかすらもわからない。
ただ死生DO株式会社はさすがに木村でも知っている。大手企業だ。
化粧品だけでなく、葬儀業界と手広く名を馳せており、CMだって見たことがある。
……それくらいしかわからなかった。
進学予定だったので、大学研究はともかく企業研究はしていない。
仮にしていたとしても、そんな大手を研究することはなかっただろう。
大手企業が、若い人向けに作ったアニメだったのだろうか。
Wraithは幽霊のレイスのことに違いない。
それに場所に関しては気になる単語が出てきた。
冥府を駆け抜けようという文字だ。
「ここってもしかして冥府なのかも」
「メーフ、ですか? 聞いたことがありませんよ。どういうところなのでしょうか?」
「死後の世界だぞ」
おっさんのチュートリアルが始まった。
正確には、死んでからの処遇を決める場所というのが正しいらしい。
「しかし、俺の知っている冥府とは別物だぞ。いろいろと混ざってしまっているな」
混ざっているとおっさんは言った。
カゲルギ=テイルズでも似たような世界観はあるようだ。
もっと言えば、全員が似たような話をしたが、全員の話す冥府が別物の世界である。
ゾルの話す冥府は、戦士の魂の集い場所で、戦と饗宴が行われているらしい。
ペイラーフの語る冥府は、花に満ちており、苦しみのない安らかで穏やかな時を過ごす場所だとか。
それぞれのキャラというか人種ごとに、それぞれの死後の世界があるようである。
要するに、生者は死後の世界がわからないということだ。
「死後の世界ですか。僕はそういったものはないと思っていました」
「そうなのか?」
「死んだ後に神気は放出され、また別の生として廻るものだと」
「ああ、輪廻ってやつかな」
「それですね。教授も『流転輪回』といった術がある仰っていました。具体的には教えてもらえませんでしたが、あまり好みではないと話されていました」
さて、変な術の話に逸れてしまったが、重要なことはそこではない。
問題は死後の世界に迷い込んでしまっているということだ。
「外に出ても大丈夫なのでしょうか」
「生者が足を踏み入れて良い世界じゃないぞ」
そりゃそうだ。
全員が頷いて賛同を示す。
生きたまま死後の世界に来てしまっている、と思われる。
死後の世界とはいったい……。
そうは言っても、外に出られなければどうしようもない。
出歩くなりしてみた方が良さそうだ。
「まずは女狐で試してみるべきだぞ」
当然のように実験台として名前が出てくるのはどうなのか。
アコニト本人も死に慣れてきているので、なんとも思わないかも知れない。
「他にも気になることがあります。本日から誰か来るという話がありましたね」
「書いてあったな。ルーフォってキャラが来るらしい」
どこから来るのかはわからない。
本日らしいが、すでに夜だ。
場所も不明と来ている。
「とりあえず今日は解散にしようか」
「待つんだ。何か来ているぞ」
おっさんが話を止めた。
ウィルも扉の方を見ている。
「失礼いたします」
扉の外から声がした。
女性の声だが、聞いたことがない。
カクレガの中で知らない女性の声などないはずである。
全員が扉を見つめる。
おっさんが木村の前に立つ。
ゾルも戦闘態勢に入った。手に金クワガタをかまえる。
ウィルがペイラーフを引っ張って扉から距離を取る。
扉が開くことはない。
その存在は扉を透過して入ってきた。
女性の姿だ。
全身が青白く、体は透けて背後の扉が見えている。
髪が異常に長く、地面に達しているが、引きずることもなく地面に入り込んでしまっている。
入ってきた女性は、こちらを見て驚いた様子である。
もちろん木村たちだって驚いている。
「……えっと?」
「失礼いたしました。レイノーパートナー社から派遣されたルーフォです。よろしくお願いいたします」
女性は礼儀正しく、見本となるような礼を一同に披露した。
場所は冥府に移り、イベントキャラも現れた。
コラボイベントの舞台が急激に整い始めている。