チュートリアルおじさんと異世界巡り   作:雪夜小路

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Ⅳ章.レベル31~40

47.コラボ「生きてた頃より美しく」1

 

 コラボイベント「生きてた頃より美しく」における重要キャラがやってきた。

 

 レイノーパートナー社から派遣されたレイスのルーフォである。

 

「得意なことは事務一般です。接客対応も可能です。イラストも描けます。マッサージ士の資格も持っています」

 

 キリッとした顔つきで、やや透けつつ自己紹介を始めた。

 緊張している様子はさほどない。こういった挨拶になれている、と木村は感じた。

 

「キィムラァ。彼女は…………たいへんな戦力になりそうだぞ」

 

 おっさんの反応も途中で長い間があった。

 戦力は戦力でも、木村たちの求めている戦力とはかけ離れている気がする。

 

「お言葉ありがとうございます。ご期待に沿わせていただくよう励みますので、よろしくお願い致します」

「ああ、よろしく頼むぞ」

 

 丁寧な物言いである。

 おっさんも解説を諦め、普通に話し始めた。

 話ができそうな存在だとわかったので、「ヨシ!」としたようだ。

 

 おっさんが自己紹介をして、木村たちもぐるりと紹介をおこなった。

 ルーフォは顔と名前を何度か確認して覚えようとしている。

 

「ルーフォさん。質問なんですが、こちらには何をされに来られたんでしょうか?」

「ケイリーマネージャーから、こちらから直接指示されるとうかがっています。私の力が役に立つ職場だと」

 

 言葉とは裏腹に、ルーフォには明らかな戸惑いが見えた。

 木村たちの姿を見て、何かが絶対的におかしいと感じている様子だ。

 その感覚を大切にして欲しいと木村は思った。思ったところでどうしようもない。

 

「ちなみになんですが、ここにはどうやって入られました?」

「入口からです。受付の方にこちらへ行くよう案内されたのですが、……問題があったでしょうか?」

 

 木村がおっさんを見る。

 「知らないぞ」と彼は首を横に振った。

 おっさんがわからないなら他の誰もわかるわけがない。

 

「えっと、すみません。部屋の外から受付に戻れますか?」

 

 ルーフォは困惑の表情だ。

 木村とおっさんが部屋の外に出て、ルーフォも後に従う。

 ロングスカートのため足がよく見えないのだが、おそらく歩いていない。

 宙に浮いているのかどうかはわからないが、上下に動かず地面をすーっと平行移動してみせる。

 

「あっ、そちらではなくこちら側から来ました」

 

 木村がブリッジを出て、左に歩いたところでルーフォが彼を止めた。右の通路を指している。

 はい、アウト。右の通路は行き止まりだ。

 

 将来的に何かの施設は作れるだろうが、現時点ではまだ建設不可能領域である。

 

 ルーフォもすぐに行き止まりを知った。

 壁すらすり抜けられる彼女が、行き止まりの壁を透過して進むことができない。

 

「……どういうことですか? 私はたしかにこちらから来ました」

 

 嘘は言っていないだろう。

 彼女もまたソシャゲイベントの被害者なのだ。

 

「申し上げづらいんですが、ルーフォさんは派遣という形で、ここに転移させられたかと思われます」

「転移、ですか?」

 

 木村は頷いて見せた。

 周囲のキャラたちも同情の眼差しを向ける。

 

「ここがどこかわかりますか? いえ、わかるならむしろ教えて欲しいんですが」

「ヘルストリート四番通りの四。デストービル四号棟の四階です……よね?」

 

 四が並びすぎて不吉だった。

 ひとまず四は置くとして、ここがヘルストリートなるところとは考えづらい。

 ましてやビルなんてどこにも見えない。建物どころか丘すらもない殺風景な荒れ地だ。

 過去に転移したパーンライゼ区域の方が、草なり魔物なりとみるべきところがあった。ここは精霊が浮いているだけである。

 

 木村たちは無言でブリッジへきびすを返す。

 不安そうに付いてきたルーフォに外の現実を見せた。

 

「この景色が、今の外の様子です。ここがヘルストリートなんでしょうか?」

「いえ……、違います。……嘘、冗談ですよね」

「本当です」

「建物はどこに行ったんですか。それにこの光って――」

 

 彼女は笑い出した。

 笑いながら周囲をジロジロと見ている。

 

「ケイリーさん! もう出てきてください! ドッキリでしょう! もう! ランパスがこんなにいたら、さすがの私でも気づきますよ!」

 

 ランパスとは精霊のことだろうか。

 これがこんなにいることが異常なのかと木村は不安になった。

 ケイリーなる人物は出てくる気配がない。本当に出てきたら木村たちこそドッキリである。

 

「もうケイリーさん! 早く出てきてくださいよ! じゅうぶん騙されましたから。あなたたちも、彼のいたずらに付き合わなくていいんですよ。ほら、彼を出して」

 

 ルーフォの笑いが徐々に収まっていく。

 ウィルやペイラーフもいたたまれない様子だ。

 ゾルはルーフォに興味をなくし、金クワガタと戯れている。

 

「……ドッキリじゃ、ないんですか?」

「残念ながら」

 

 沈黙が場を支配した。

 

「キィムラァ。召喚者レベルの上限が解放されたぞ」

 

 それ、今言う必要があるのか。

 とりあえず沈黙が続くよりは良かったので、おっさんの言葉を聞いておく。

 

「カクレガの拡張も可能になったぞ」

「……そう」

「泊まり込みの仕事になる。ルーフォの部屋を作ってやるべきだぞ。福利厚生が充実していることを示すんだ」

「そうだね」

 

 拡張された領域に、ルーフォの部屋を作り彼女を案内する。

 とりあえず今夜は部屋で休んでもらうことにした。

 

 おっさんやウィルとも話をしたが、今の状態では何もわからないということで、今夜はお開きになった。

 

 

 翌日になっても、空は暗いままである。

 太陽は昇ることもなく、精霊がポツポツと浮かんでいる。

 月明かりも、地形的な目印も見当たらず、カクレガはどこかへ移動を続けていた。

 

 ルーフォも落ち着いたので、昨日のメンバーを集めて状況を整理することにした。

 

 まず一つ目。

 ここは地上ではなさそうだ。

 地図はいまだに真っ白なままだし、太陽も月もない暗闇である。

 ところどころ精霊がぽつりぽつりと、ほのかに周囲を照らしている。

 

「あれはランパスです。冥府に灯る光です」

 

 そのまんまな説明だった。

 ひとまず、ここが冥府であるのは認めよう。

 もう少しランパスとやらの解説が欲しいところだ。

 

「ランパスが多いと良くないのでしょうか?」

 

 ウィルも気になったようで尋ねてくれた。

 

「それはもう。彼らの光は私たちには眩しすぎます」

 

 この部屋だって明るいのだが、眩しくはないのだろうか。

 それともウィルの言う神気量が問題なのか。

 

「今さらな質問で恐縮ですが、もしかしてみなさんは生者では?」

 

 木村はもちろん頷いた。

 ウィルやゾルはたびたび死んでいるせいか、やや自信が持てない様子だ。

 

「いえ、ウィルさんやペイラーフさんは見るからに生者とわかります。昨日、初めて見たときは驚きました。どちらかと言えば、キィムラァさんと相談役が判断しかねます」

 

 まさかの木村とおっさんが生者認定から外れた。

 なお、おっさんのことは相談役ということで彼女の中で落ち着いたらしい。

 

「キィムラァさんは、輪郭があまりにもぼやけすぎて、幽霊よりも幽霊のようです」

 

 幽霊よりも幽霊らしいと言われても木村は困るだけだ。

 それはつまり、幽霊ではないということになるのだが、それなら木村は何なのだろうか。地球人?

 

「おっさんは?」

「死者が生者のフリをしているような……。逆ですかね、生者が死者のフリをしている? どちらつかずな印象です」

 

 前にもどこかで聞いた話だった。

 フルゴウルらが「中に別のモノがいる」とか話していた。

 おっさんが何も言わないところを見るに、当たっていそうだが答える気はない様子だ。

 

「興味深いですね。生者はどう見えるんでしょうか?」

「輪郭ははっきりしているんですが、姿がぼやけて見えます」

 

 生者がルーフォを見ると透けているのだが、その逆みたいなものだろうか。

 とりあえず見え方の話はここまでにして、今後の話に移る。

 

「やっぱり、ここがどこかだよね」

「冥府なのは間違いありません。ただ詳しい位置は……。どうしてこんなことに」

 

 間違いなくコラボイベントのせいなのだが、これはどちらに文句を言うべきだろうか。

 ソシャゲの運営か、あるいは彼女を送り出した死生DO(株)なのか。

 文句を言ったところで帰してくれることはない。

 

 冥府は広さこそあれど、ルーフォなどの存在が住む地域はごくごく一部に限られているらしい。

 冥都エリュシオンなる都市の一区画で暮らしていたという。

 

「もしかして……、エレボス域に入っていませんか?」

 

 ルーフォの顔色は元から青白いので判断が付かないが、透明度が増している。

 どうやら良くないことのようだ。

 

「エレボス域とはどういったところでしょうか?」

「エレボスは死んだばかりのものたちの行き先が裁かれる地です。私も遠い昔に一度しか訪れたことがありません」

 

 すなわち死んですぐの頃だろう。

 裁決を受けた後は、冥都エリュシオンでずっと暮らしているらしい。

 

 木村たちも冥都とやらに行きたい。

 さらに言えば、冥都よりも地上に戻りたい。

 カクレガは木村たちの意志など関係なくどこかへ走っている。

 

「見てください! 地図が表示されました!」

 

 ウィルが声をあげた。

 声につられて全員が地図を見つめる。

 地図の白抜き部分が埋まっていくが、特に何も出てこない。

 走っていてわかってはいたが、本当に何もない場所のようである。

 ただ、大きな文字で、ここがどこかだけ簡潔に記されていた。

 

「……タルタロス?」

 

 木村が思い浮かべたのはエビフライにつけるソースである。

 あれはタルタルだが、どこか近い印象を覚える。

 語感から悪い雰囲気と思えない。

 

「知ってます?」

 

 ルーフォを見ると、ほぼ空気と同化していた。

 あまりにも希薄になっており、存在消失が危ぶまれる。

 尋ねるまでもなく良くない場所だとわかる。木村の語感は信用ならない。

 

「冥府の最奥。極悪の魂が送られる最果ての流刑地。地獄の中の地獄。どうして私が?」

 

 もはや敬語とか何もない。

 完全に説明だけ残し、ルーフォは倒れた。

 ウィルが支えようとしたが、彼女はウィルの腕をすり抜けて床にめり込んでしまう。

 誰も起き上がらせることができない。木村は触ることができたが、見た目以上に重く持ち上げられない。

 

 おっさんですらうまくつかめず難儀している。

 仕方ないので、しばらくこのまま寝かせておこうということになった。

 それでも部屋の隅に移動させようと、木村が四苦八苦していたところで面倒なキャラが来た。

 

「おー、こんなところにおったかぁ。日課はどうしたぁ。一服の時間だぞぉ」

 

 アコニトである。

 だいたい事態から遅れてくるのだが、今回もやっぱり遅れて来た。

 

 外でのヤバイ類いの吸引を許す代わりに、デイリー要員として真面目に戦ってもらっている。

 残念ながらイベント中なのと冥府のためデイリーはないと思われる。

 

「なんだぁ? ずいぶんとまた影の薄い奴がおるなぁ。また、がちゃとかいうのを引いたか。懲りんのぁ。ちょうどよいわぁ。こやつも連れて行くぞぉ。儂の力を見て、序列というモノを知ってもらわんとなぁ」

 

 アコニトが笑いながら、ルーフォの腕を軽く引っ張って起こした。

 満足に動かすことのできなかった木村の二の腕を、「もっと鍛えろぉ」とぺちぺち叩いてくる。

 

「うぬもいつまで寝とるかぁ。ほれ、立つんだぁ」

 

 アコニトがルーフォの頬をペシペシ叩いて意識を覚まさせた。

 ルーフォも意識が曖昧なままアコニトについていく。

 

「今、普通に触れていませんでしたか?」

「うん。頬も叩いてた」

 

 死なせすぎたのがまずかっただろうか。

 木村も心配になってくる。一日一死は魂に良くさそうだ。

 復活するからと、安易にキャラを死なせてはいけないと強く誓った瞬間だった。

 

 手遅れのアコニトとルーフォが外に出る。

 木村も恐る恐る外へ出た。おっさんも木村の横ですぐに連れ帰れる体勢だ。

 

 ゾルが試しにと外に出たが、一瞬で死んだ。

 耐久力のあるボローではどうかと思ったが関係ない。

 やはり外に出ると瞬間的に倒れて、光へと消えてしまう。

 

 生者が足を踏み入れるべき場所でないというのは事実のようだ。

 あっという間に死者にさせられてしまう。

 

 木村はルーフォの言もあり、いよいよ自分が何なのか不安になった。

 そして、自らの立てた誓いが数分で破られたことに気づいた。

 

「……どういうことだぁ?」

 

 煙管を吸いながら、アコニトが目を点にしている。

 周囲の状況のまずさをようやく理解してきたらしい。

 

 しかし、その理解もじきにクスリで消滅する。

 説明するだけ時間と労力の無駄だろう。

 

「あ、あ……、くる」

 

 外で意識を覚醒させてきたルーフォが、指を空に向けて震えていた。

 指の先には精霊ことランパスが光っている。

 

 周囲が暗い上に、ランパス自体の明かりが穏やかすぎて近づいてきていることにわからない。

 さほど距離が近くなったとは思えなかった。強そうにも見えない。

 

「どうふぃたぉ、蝋燭ごとき明かりぎゃぁ! 調子ふぃ乗ってんしゃねぇぞ! うふなど、儂の一息ふぇ星々の彼方まで消し飛ばしてくれるわわわぁ!」

 

 主力の意識がだいぶおかしくなってきている。

 呂律もまともに回ってない。

 

 ランパスが近づいてくると、不思議なことに光が徐々に形を作っていく。

 ほのかな光とは裏腹に、光で形成される像は大きい。いや、あまりに大きすぎる。

 

 現れたのは巨人だった。

 

 人らしき形をしていることはわかる。

 問題は大きさだ。見上げても顔が見えない。

 裸のため股間が丸見えで嫌になる。

 

「撤退するぞ!」

 

 おっさんが木村を抱え、木村は消えかけていたルーフォを抱える。

 こうして三位一体となってカクレガに戻った。

 

 アコニトはいつもどおりだ。

 

 

 ブリッジに戻り、作戦会議をおこなう。

 

「見ていましたが、なんですかあれは?」

 

 ウィルの問いに答えられる者はいない。

 ルーフォは意識を失っているし、おっさんもチュートリアル外のようだ。

 

「でかかったな」

「大きすぎますよ。潰されるかと思いました」

 

 カクレガはわずかに揺れただけだったようだ。

 過去では、尻尾鎧の狐火からの花火コンボが一番やばかった。

 いちおうカクレガの拡張により、カクレガ自体も強化されるらしい。

 強化されると言うが耐久力だけだ。そのうち外に出て戦ってくれることを期待している。

 

「おっ、進行ミッションが出たぞ」

「進行ミッション?」

「ああ。ミッションを達成することでシナリオが進むようだ」

 

 すごいメタっぽい会話だ。

 地図を見ると、カクレガの移動が止まっている。

 

「なるほど。それでミッションは?」

「“ランパス系統を三体撃破”――だぞ」

「……ランパスってさっきの奴を?」

 

 木村がモニターに映る光を指さす。

 なおカクレガに戻ると、巨人も光に戻ってふよふよとどこかへ行った。

 

「そのようだぞ」

「しかも三体?」

「そうだ。良く理解しているな」

 

 おっさんはグッドと親指を上げて応える。

 そんな反応はいらない。

 

 イベントらしいと言えばイベントらしいが、初日からハードすぎる。

 

 

 こうしてコラボイベントのミッションが幕を開けた。

 

 早く閉じて欲しいと木村は祈るのみである。

 

 

 

48.コラボ「生きてた頃より美しく」2

 

 まさか最初のイベントミッションで詰まるとは、木村も予想していなかった。

 

 ランパスを三体撃破とあるが、一体も倒すことができていない。

 

 

 戦闘メンバーが限定されるのがつらい。

 

 外に出られるのはアコニトとルーフォだけだ。

 他のキャラを全て試したわけではないが、やはり外に出た瞬間に死ぬ。

 

 ルーフォはイベント限定参入キャラらしく、ステータスが固定され強化できない。

 さらに戦闘もできない。総務・経理業務以外は難しいらしい。

 

 本来ならブリッジによる後方支援がメインだろう。

 しかし、後方に置くこともできない。

 強制戦闘メンバー入りである。

 

 彼女はミッションを全部クリアすることで正式に仲間になるらしい。

 逆に言えば、ミッションを全てクリアするまでは強化すらできない状態だ。

 正直、戦えないなら、仲間にならなくても良い。カクレガ内のスキルも期待できない。

 

 はっきり言って邪魔なのだが、木村としては同情の方が大きかった。

 もしも自分がいきなりどこかの戦場、しかも最前線に立たされ、銃を持って相手の精鋭と戦え、とか言われてもどうしようもない。

 彼女の場合は銃すらない。仲間も協調性のないアコニト一人だ。

 

 最初の最初だけはできるキャリアウーマンみたいな印象だったが、今は「あわあわ」言って逃げ回るだけである。

 キィムラァとしてもブラック過ぎる派遣先で申し訳なく思う次第であった。

 

 せめて、彼女が死なないようにフォローするのが木村としては精一杯だ。

 

 

 そうなると戦闘は完全にアコニト神に頼る他ない。

 クスリ無しで戦うが、相手は完全に格上。ウィルの魔力センサーだと約三倍である。

 後方からセリーダで強化しても、巨人たちのHPの多さと自己回復により毒のダメージが相殺されてしまっている。

 

 さらにHPの多さのためか自爆でも倒しきれない。

 意識放出を食らっても、ギリギリで生き残ってしまう。

 木村もルーフォを意識して、気軽にアコニトを自爆させられない。

 

「どうすんだこれ?」

 

 明らかに戦力不足だ。

 もしも全員がまともに戦えるならまだやりようがある。

 シンプルにHPを削ってからの自爆でいけるだろう。

 いつもの必勝法が潰された形だ。

 

 ガチャを引いて、イベント専用キャラを手に入れるしかないのか。

 おそらく専用キャラなら冥府でも戦えるだろう。

 しかし、練度に問題がある。

 

 アコニトと同様、キャラにひたすら死んでもらえば外に出られるんじゃないか!

 ――と思いはしたものの、実行しないほどの良識は木村にも残っていた。

 

 仮に実行しても、他の条件でアコニトが除外されている可能性もある。

 赤竜の加護が怪しいと木村は思うが、トロフィー効果は外せるが、加護のみを外して試すこともできない。

 

「やっぱりガチャ。ガチャは大抵のことを解決する……」

 

 他のイベント限定キャラが使えるかも知れない。

 運が良ければアコニトが被って、さらに強くなることもあり得る。

 なによりイベント限定という文字が良くない。引きたいという木村の欲を刺激する。

 

 問題は外したときのダメージが大きいことだ。

 おそらくコラボイベント期間中は立ち直れないだろう。

 初期の頃より仕様は良くなったが、天井が実装されているわけでもない。

 外すことはあり得るし、専用武器だけ出るという悲劇のパターンだってあり得る。

 

 今回のイベントを見送ることも考えられるが、二週間近くもここにいたくない。

 ただ、イベントが終わったからと言って、必ずしもここから出られるとは限らない。

 

 ランパスの超強化は異世界ならではだろう。

 コラボイベント初日の第一ミッションでここまで難しかったらユーザーが絶対に離れる。

 ゲーム内では、ランパスがただの火の玉の雑魚敵として出てくるに違いない。火の玉の巨人化設定を付けた馬鹿を殴りたい。

 

 考えても碌なアイデアが出てこない。文句ばかりが出てきている。

 これは良くない、と木村は一度休憩を取ることにした。

 

 軽く運動してプロテインでも飲めば、アイデアが出てくるかもしれない。

 

「……あれ?」

 

 立ち上がってモニターをふと見ると、外が真っ暗になっていた。

 ランパスがまったく見えない。

 

 障壁を降ろしたのか、単純にランパスがいないだけなのか。

 誰かに尋ねようにも他のキャラたちは、いったん解散にしたのでブリッジには木村しかいない。

 

 ほっといて後でまた見に来ることにした。

 

 

 軽く運動してプロテインを飲んだところで、良いアイデアなんて出なかった。

 出てきたのは汗に、乳酸、それとホエイなのかソイなのかよくわからない飲みものだけだ。

 

 ブリッジに戻ると、景色が戻っている。

 

 ただランパスが異常なほどすぐ近くに映っている。

 暗緑色の明かりが、モニターいっぱいに広がっていた。

 

 いったん無視したが、時間が経っても動かない。

 

 もしかしなくても、こちらに気づいている可能性がある。

 動いていないから気づかれていてもおかしくはない。

 ひとまず相談ということでキャラたちを呼ぶ。

 

「どう? こっちに気づいてる?」

「気づいているかはわかりませんが、神気量が他と比べて少ないです。こちらとほぼ同等かそれ以下ですね」

 

 これはありがたい話だ。

 どうやらランパスにも個体差があったらしい。

 強さが神気量に比例するとすれば、勝てそうな相手ということになる。

 

「記念すべき一体目になりそうだな」

 

 すぐさまアコニトたちを連れて討伐に出ることにする。

 無理そうならすぐさま撤退で良いだろう。

 

 外に出ると、暗緑色の明かりが広がり、形を為してきた。

 両足が片足ずつ蛇になっており、上半身が人間、ただし背中には鳥の翼という魔物が現れた。

 

 大きさも巨人たちよりずっと小さい。巨人どころか木村たちよりも小さいではないか。

 顔立ちもまだ子供のようである。暗緑色の髪でやや大人びて見える。

 

「おお。やはり! 生者か! 生者だろ! 生者だよな!」

 

 少年のような子供が木村たちを見て騒いでいる。見た目は少年だが言葉使いはおじさんくさい。

 魔物は翼をバッタバッタと羽ばたかせ、木村たちを観察するようにくるくる回り始めた。

 魔物版のアコニトか何かかなと木村は考えてしまう。

 

「なんだぁ、うぬは?」

「おお! 話せるか! 生者と話せるとは来た甲斐があった。吾輩のことはテュッポと呼ぶがいい。お主たちは何者だ? どこから来たのだ? 話をしようではないか!」

 

 ふはははと笑っているが、別に笑うところはない。

 倒してしまっても良いのだが、話すことができる現地の存在は貴重だ。

 

「えっと、テュッポさんはなぜこちらに?」

「話せば長くなるのだがな。ここに来る前の吾輩はやんちゃでな。使命などというものに突き動かされ、金ピカの――」

「あ、いえ。なぜ自分たちの前に現れたのかなんですが」

「おお、そっちか。珍しい風を感じたのでな。ひとっ飛びしてきたみたのだ。そうすれば奇妙な風がここから漏れ出ているではないか。そうして待っていたところでお主たちが出てきたのである。力を使い果たした甲斐があったというものだ」

 

 わっはっはとテュッポは笑っている。

 風というのが、何なのか木村にはわからない。

 ウィルが言うところの神気のようなものだろうか。

 

「キィムラァ、外で話すのも何だ。中に入ってもらったらどうだ」

「お、それは良い。是非ともお邪魔しよう」

 

 おっさんと、おっさんみたいな少年は何かが通じ合っている。

 二人で仲良く中に入っていった。

 

 ルーフォも戦闘がなくて良かったとほっと一息ついていた。

 木村はまだ理解が追いついていないが、仲間になってくれそうな雰囲気である。

 倒さなくて良かった、木村もルーフォと同じく安堵の息を吐いた。

 

 アコニトは暗い中で煙管をたしなんでいる。

 煙を口からぽくぽく出して、星も月もない空をぼんやり見ていた。

 

「真っ暗だぁ」

 

 アコニトが暗闇に向かって煙を吹きかけるが、すぐに闇に溶けて見えなくなってしまう。

 カクレガの入口から漏れ出る光だけが周囲を照らしている。

 

「暗すぎて怖いかも」

 

 あまりにも真っ暗だ。

 ここまで暗い景色は日本ではあまりないのではないか。

 少し歩けば、暗闇に飲み込まれてしまい消えるんじゃないかと錯覚するほどである。

 

「あれ?」

 

 木村は暗すぎることに違和感を覚えた。

 そして、気づく。周囲に何体もいたはずのランパスが一体も見えない。

 

「戻るかぁ。暗すぎて、開放感がないぞぉ」

 

 アコニトも珍しく喫煙を途中でやめてしまう。

 

 喫煙に開放感が必要なのかと木村は首を捻ってしまった。

 

 

 

 お茶と菓子を平らげたテュッポは、木村たちの事情を聞くなり、お礼にと仲間になってくれた。

 

 餌を与えて、魔物が仲間になる……。

 まるで桃太郎か、ドラ○エの世界に来てしまったようだ。

 むしろ、あれらの世界が冥府だったのか。

 

 見た目は明らかに魔物なのだが、話は通じるしおっさんとも意気投合している。

 話が長い点はマイナスだが、性能で見れば普通に強い。

 

 異世界人枠のためかレア度は☆2だが、そのぶん強化はしやすい。

 魔物として出てくる巨人たちと同様に、HPが高く自己回復を持っている。

 攻撃力や防御力も平均的に高く、火属性と風属性の技も使える。

 

 通常攻撃に相手の全ステータスをやや下げるデバフが付くのもありがたい。

 どちらかと言えば戦士型だが、ゾルとは逆の長期戦向けだろう。

 物理が効きづらい相手にも使えるのは利点だ。

 

 

 

 テュッポが仲間になって三日が経った。

 

 いまだにランパスは一体も倒すことができていない。

 

 ランパスとの戦闘はテュッポが入った分だけ有利になった。

 テュッポが前衛となり、ターゲットが分散されたので安定性は増したと言える。

 

 しかし、連携はまったく取れていない。

 特にアコニトは普段から連携をとらず、好き勝手に戦うタイプだ。

 もう片方のテュッポも、アコニトなどいっさい気にせず自由気ままに戦っている。

 

 互いが好き勝手に戦って、これだけ戦えるなら木村も文句は言わない。

 無理に連携を取ろうとすると、この手のキャラは変な意識をして弱くなる恐れがある。

 

 そもそも木村も連携を取らせるほどの指揮能力はない。

 戦闘中に細かく命令コマンドを出せるのは理解しているが、下手に指揮して戦列が乱れることを彼は怖れている。

 現場のことは現場に任せれば良いというスタンスであった。

 唯一、彼が自信を持って戦闘に手が出せるのは、自爆コマンドのみである。

 

 それに、仮に連携を取ったところでランパスに勝てないこともわかった。

 この巨人どもは「たえる」系の技を持っていることが判明した。あるいは形態変化と言っても良い。

 

 一度だけ戦闘が非常にうまく進み、HPを削ったところでアコニトを自爆させた。

 その後、巨人は地に倒れ、勝ったと思ったが巨人に変な紋様が出て凶暴化してしまった。

 テュッポが言うには“ティターン状態”とか言うようで、この凶暴化状態こそが本来の彼らの姿だったらしい。

 タルタロスに長くいたことで、この姿を忘れかけているとテュッポは話す。

 

 

 そんな謎仕様まで持ち込まれ、本イベントはすでに詰み状態の一歩手前だ。

 あとはもう仕様変更か、ガチャしかない。

 

 仕様変更は運営によるものなので当てにしづらい。

 四日目だが、ログインボーナスのアイテム以外に何の音沙汰もないので、ソシャゲ内ではまともに進んでいるのだろう。

 異世界とコラボ世界とで訳のわからない混ざり方をしてしまい、もはや手が付けられない。

 カオスな冥府に成り果ててしまっている。

 

 残るはガチャなのだが、どうしても手が出ずにいた。

 引きたい気持ちは狂うほどにあるが、爆死したときと、仮にキャラを手に入れても使えなかったときが怖い。

 

 特に二つ目の地上で使えなかったときが大問題だ。

 生者が冥府では使い物にならないように、死者であるキャラが地上に出たときどうなるかが、ふと気になってしまった。

 イベント終了後。地上に出たとして、イベントキャラが使い物にならなくなったら、と考えると、木村の手は引く直前で止まってしまうのだった。

 

「テュッポさん。他に戦ってくれそうな知り合いはいませんか?」

「ふーむ。心あたりがないな」

 

 戦力が欲しいのだ。

 別にガチャである必要はないな、と木村が気づいたのは四日目のことだ。

 現地のことは現地の人に聞いてみれば良い、とテュッポに尋ねたが駄目そうである。

 

 ただし、古参では心あたりがないというだけで、最近入ったばかりの存在ならいるかもしれないという。

 問題はカクレガが入口近くまで移動ができないため、そのような希有な存在が木村たちに気づき、なおかつ訪ねてきてくれるのを待つしかないということだ。

 ついでに仲間になってくれるかどうかもわからない。

 

 問題だらけだ。

 

 

 五日目の朝になり、おっさんが活路を見いだした。

 

「キィムラァ。この付近の知り合いと連絡が取れたぞ。短時間なら外で戦えるようカクレガに機能をつけてくれたぞ。向こうもこんな状況で今まで時間がかかってしまったらしい」

「それは助かる」

 

 本当に助かる。

 この付近の知り合いがナニカは気になるがどうせ教えてくれない。

 それに冥府が混ざったとか訳のわからない状況で、対応してもらっただけで感謝が尽きない。

 

 最初の難関を突破できる可能性が一気に高まる。

 さっそく四人を引き連れて準備をする。

 試しにゾルを入れてみた。

 

 カクレガの入口付近にシャワーのようなノズルが付いていた。

 

「これ?」

「そうだぞ。近寄ってみるんだ」

 

 ヘッドから橙色のガスが出た。

 絵面が非常に良くない。

 

「なんだぁ!」

 

 アコニトがすごいびっくりしている。

 他のキャラも影響され、小さな騒ぎになった。

 

 狭い入口付近で、キャラが密集したところにガスが噴出される。しかも色つき。

 どこかの国が行ったという、ガス虐殺の場面はこんなのだったのかもしれないと嫌な気分になった。

 色こそ良くないが、無臭であり霧を潜ったキャラたちも特に変化はない。

 これで外でも戦えるようになったのだろうか。

 

「よし。じゃあ、行ってみよう」

「キィムラァ。残念だが、連れて行けるのは三人までだぞ」

「……はい?」

 

 まさかの三人制限という出端くじき。

 しかもそのうち一人はルーフォ固定なので自由枠は二人。

 アコニトとテュッポが替えられるが、それでも実質戦闘員は二人。

 

 勝てる気がまったくしない。

 先に言えよ、と木村はこめかみがピクピクしたことを自覚した。

 

「あと一人は? 誰か来るの? いつ来るの?」

「現時点では何とも言えないぞ」

 

 駄目だこりゃ。

 木村は謎の四人目の言及を諦めた。

 とりあえずガスの効果があるかどうか、外に出て確かめることにする。

 

 確かにアコニト以外も外に出られるようになった。

 出られても短時間であり、戦闘すればするほど外に出られる時間は減っていくようだ。

 短期決戦以外で外に出ることはやはり難しい。すなわち、状況が好転するほどの活路にはならない。

 

「今回のイベントは諦めようか」

 

 カクレガの中にいても、気が重いため外に出てきていた。

 キャラを連れていくと襲われるのだが、おっさんと二人ならなぜか襲われない。

 初期からのこの仕様は冥府でも通用するらしい。

 

 見渡す限りの真っ暗闇の中に、ぽつりぽつりと明かりが灯っている。

 まるで今の木村の心境をそのまま表したかのようだ。

 

 行き詰まり先が見えない中で、ガチャという淡い期待が光として灯っている。

 仮に引いたとしても、おそらくここにある光のような低レアばかりが出て、虹色という希望が出てこない。

 

「……駄目だな」

 

 外に出ても気が滅入ってくる。

 頭の中がガチャでいっぱいになってきている。

 他に手立てがありそうだが、「もうガチャを引くしかない」と思いつつある。

 この状態でガチャに手をつけ、何度涙を流したかわからない。

 

 しかし、――引けたこともあったのだ。

 だからやめられない。

 

「引くか」

 

 引きたいと思ったときに引く。何をだらだら言い訳ばかり並べているのか。

 爆死したらトロフィー部屋で泣き叫べば良い。

 

 いや、でもとりあえず単発チケを数回やるか。

 いやいや、一気に10連を回すのも良い。

 

 引くと決めれば一気にウキウキしてきた。

 どうやって引くかを悩み始めるが、これは陰鬱な悩みではない。

 ガチャから出てくるキャラを想像しているだけで、木村の心はストレスから解放されていく。

 

「戻ろうか」

 

 木村は虹色や金色の扉を意識して、おっさんに声をかけた。

 かけた声も明らかに軽くなっている自覚がある。

 

 ふと、視界の端に――金色の光が見えた。

 

 ガチャの妄想がついに変なものを見せつけたのだと木村は錯覚した。

 木村はおっさんから焦点をずらし、金色の光に目を向ける。

 やはり錯覚ではない。金の光が浮かんでいる。

 

「キィムラァ。どうやら四人目のメンバーがやってきたようだぞ」

「あの光が四人目なの?」

「ああ、そうだぞ」

 

 目映いほどの金の光が木村たちへと徐々に近づいてくる。

 ついに、希望の四人目がやってきた。

 

 これでガチャは回さなくても済む。

 引かなくて済む?

 

「――でも、10連だけなら」

 

 希望の色が金なら、いったい虹色は何を表すのか。

 木村はその答えを知りたかった。

 

 ……木村はただ、ガチャが引きたいのだ。

 

 

 

49.コラボ「生きてた頃より美しく」3

 

 金色の光が木村たちに近寄ってくると、他のランパスと同じように形を為し始める。

 

「……ああ、やっぱり」

 

 肘近くまで伸びる金髪に、整った顔立ち。

 着ている服はスーツのようだが、女性だと木村は知っている。男装の麗人だ。

 瞳が見えるほどに開いていないが、そこに四つの瞳があることもまた木村はすでに承知済みだ。

 

「フルゴウルさん」

 

 木村は、遠くから金色の光を見ていて、なんとなくそんな気がしていた。

 このタルタロスとかいうソースみたいな名前の地は、いわゆる悪人が落ちる地ということだ。

 さらに、ここまで鮮やかな金色の光の主が、何人もいるとは考えづらかった。

 

「お前と、――声からしてキィムラァくんもそこにいるようだね」

 

 フルゴウルはおっさんを見てから、木村の方を見て話しかけてきた。

 やはり木村は見えないようで、彼女の見ている方向は木村がいる位置からややズレている。

 

「見覚えのある光が見えたから来てみたが……、貴様でもあの花火を食らっては、生きていられないか。しかし、キィムラァくんもここにいたのは予想外だったよ」

「いえ。迷い込んだだけで、まだ死んでないんです」

「……どういうことかな?」

「えっと、長くて信じられない話になりますけど」

「異世界へ迷い込み、死んで地獄にまで落とされた私に信じられないものなどないよ。それに、ここでは時間はいくらでもある。違うかな?」

「時間は、あと十日を切ってますね」

 

 フルゴウルは疑問の声を挙げたが、木村は答えない。

 パーティーメンバーの四人目とは聞いたが、彼女はどちらかと言えば敵サイドだったはず。

 念のため、おっさんにカクレガに入れても大丈夫なのか確認を取る。

 

「入れても大丈夫かな?」

「もちろんだぞ。彼女はすでに仲間だからな。ちゃんと部屋も作るんだぞ」

 

 まったく問題なさそうだ。

 開きっぱなしだったカクレガの入口に入るよう示したが、木村が見えてないので入ってくれない。

 木村が声で誘導するが、フルゴウルは足を動かさない。

 

「入る前に二つ聞いておきたい」

「はい。どうぞ」

「赤の君はいるのかな?」

 

 フルゴウルは赤竜の逆鱗に触れてこうなった。

 あのときも赤竜は木村たちといた。今もいると彼女は考えている。

 もしもいたら、また消し飛ばされる可能性がある。彼女にとって赤竜がいるかどうかは重要なことだろう。

 

「いませんよ」

「それでは、あの光はどうやって出したのかな?」

「アコニトが……、覚えてますか? 煙管を吸ってた頭がおかしい狐の」

「無論、覚えている」

「彼女が、赤竜の力を一部だけ使えるようになったんです」

 

 なるほど、とフルゴウルは頷いた。

 頷いた後に彼女は目を開いた。四つの瞳が現れ、気のせいか場の雰囲気が重くなる。

 

「私はお前を何と呼ぶべきだ?」

 

 フルゴウルはおっさんに問いかけた。

 目を開くと、意識のスイッチが変わるようで語調が荒くなる。

 

「好きなように呼ぶと良いぞ」

 

 親指を立てて、何でも来いと言わんばかりに笑顔を見せる。

 一方のフルゴウルに笑みという文字はない。

 

「二人は、どういう関係だったんですか?」

 

 前から気になっていたので木村は尋ねた。

 おっさんの中身が、元の人物と別物というのは木村も知っている。

 他ならぬフルゴウルから聞いた。その彼女がおっさんをここまで邪険にする理由がわからない。

 

「古い知り合いだったが、中身は完全に別物のようだ。記憶も本当にないようだな。――ミスターと呼ばせていただこう」

 

 只ならぬ関係があるのは間違いないが、彼女も折り合いをつけたらしい。

 木村もこれ以上踏み込む勇気がなかった。

 

 ひとまずカクレガに入ることにする。

 

 

 

 カクレガの中でフルゴウルに詳しい事情を話した。

 

 迷い込むどころか、世界が混ざり合っているということを聞き唸っている様子もあった。

 

 内部の説明や、他のキャラへの紹介もして、作った部屋に彼女を案内する。

 

 すぐに戦闘へ連れて行きたい気持ちもあったが、休息も必要だろう。

 

 それに、木村もしなければいけないことがあった。

 

 お待ちかねのガチャタイムである。

 

 

 自室に入り、メニューを開く。

 

 召喚を押して、召喚メニューへ移動する。

 

 続けて通常ガチャから、限定ガチャへ移動した。

 

 ここで深呼吸を一つ。

 

 ガチャを引くにあたり、二つの宗派が存在する。

 

 出ろと強く祈る派と、無心となるべき派だ。

 普段の木村は前者であるが、今回はすでに戦闘メンバーが揃ったので後者でいく。

 物欲センサーは実際に存在すると木村も考えている。出ろと祈れば祈るほど出なくなるように思える。

 

 虹色の扉が出れば十分だ。限定キャラは出てくれなくても良い。

 この時点ですでに無心とはかけ離れているのだが、木村は気づかなかった。

 

「来い」

 

 期待と欲望を込めた声とともに“10連召喚!”をポチる。

 

 周囲の時は止まっているだろうが、部屋の中なので特に変化はない。

 

「……は?」

 

 木村を囲むように扉が現れる。

 現れるのはボロッボロの木の扉だ。

 

「待て待て。ふざけんな」

 

 おかしい。

 この木の扉から出るのは☆1だ。

 そして、仕様の変更によりガチャからの排出は☆3以上だけになったはずである。

 バグだろうか。お詫びがもらえたりするのか。ウキウキを返せという気持ちだ。

 

 九つの木の扉が出た後で、最後の扉が焦らすように現れた。

 様々な色が混じり、木村を惑わす虹色の扉である。

 

「――許した」

 

 九つの木の扉はもうどうでもよくなった。

 白扉9、金色1よりは、まだこちらの方が幾分かマシだ。

 もちろん虹色の扉が二つ以上出ることもあるのだろうが見たことはない。

 

 もう虹色の扉を見ることができただけで木村は大満足である。

 しばらく扉を開けず、虹色の扉を見つめる。

 

 心が癒やされていくのを感じる。

 何が出るかも重要なのだが、虹色が出た時点で悩みの半分は解決されたようなものだ。

 

 スキップを押してしまいたいが、虹色の扉だけは自分で開けたい。

 仕方なく一つずつ開けていくことにした。

 

 扉の一つ目に手をかける。

 ギィィと懐かしの不愉快な音が響く。

 

 扉から逆光が刺し、木村は目を閉じる。

 どうせ「よう。キィムラァ。また、俺の~」だ。

 木村は演出を見ることもなく、次の扉に歩を進める。

 

「私はフルゴウル。黄金の時代を築くものだ」

 

 木村は足を止めて、扉を振り返る。

 壊れかけの木の扉と似つかわしくない金色の女性が立っている。

 

「え、なんで?」

「なぜ、とは?」

 

 疑問符で返された。

 そりゃ、キャラに仕様の疑問を投げても仕方がない。

 

 ☆1はおっさんしか出ないものだと思っていたので、完全に不意打ちである。

 なぜフルゴウルが出てきたのだろうか。

 

 木村はおっさんとフルゴウルの共通点を考えた。

 一つの仮説が浮かび上がる。どちらも死んだらしきキャラだ。

 フルゴウル曰くおっさんの皮を被ったキャラは死んでおり、フルゴウル自身も死んでいる。

 

 この木の扉から出てくるのはゲームで死んだ存在の可能性が高い。

 

 おっさんは完全に外れだが、フルゴウルは戦闘メンバーでもある。

 もしかしてキャラ重ねできていたりするのだろうか。

 そうすればこれは当たりとも言える。

 

 とりあえず残りの八個の木の扉を開けていく。

 

「私はフルゴウル。黄金の時代を築くものだ」

「私はフルゴウル。黄金の時代を築くものだ」

「私はフルゴウル。黄金の時代を築くものだ」

「私はフルゴウル。黄金の時代を築くものだ」

「私はフルゴウル。黄金の時代を築くものだ」

「私はフルゴウル。黄金の時代を築くものだ」

「私はフルゴウル。黄金の時代を築くものだ」

「私はフルゴウル。黄金の時代を築くものだ」

 

 頭がおかしくなりそうだった。

 おっさん9連自己紹介よりはマシと考え、ただただ堪える。

 

 さて、念願の虹色の扉の前に立った。

 手を擦り合わせ、限定キャラを切に期待する。

 ところが手をかける直前で、扉の方から勝手に開いた。

 

「いつになったら開けるのかぁ? ん~?」

 

 出てきたのは見覚えのあるアコニトである。

 しかも好感度が反映されてないのか、不機嫌さがMAXである。

 一方の木村は開ける喜びが潰され、しかも限定キャラじゃないので気落ちする。

 もはや相手がアコニトなら怒ってもしかたがない。いろいろ諦めている。

 

「なんだぁ、勝手に呼びつけておいてその顔はぁ?」

 

 限定キャラじゃないのは残念だが、当たりと言えば当たりだ。

 アコニトはほぼ確定で戦闘メンバー。しかも☆5のためか重ねることでの能力アップも大きい。

 

「よろしく頼むよ、アコニト」

「……薄気味悪いのぉ。儂は帰るぞぉ」

 

 アコニトが扉を閉めようとするが扉は動かない。

 扉を開けっぱなしにして、逃げようとするが見えない壁に阻まれた。

 壁が徐々に木村側へ動いているようで、アコニトはとうとうこちら側に出てきてしまった。

 

 出てきてすぐに光へと消えてしまう。

 無事にキャラが重なったようだ。

 

 

 休憩に入ったばかりのフルゴウルには悪いが、さっそく戦闘に出てみることにした。

 

 アコニトのステータスを見ると、覚醒値が一つ上がっている。

 

 覚醒値の上昇に伴い能力値も上がっていた。

 赤竜の加護と重複しているのか、上がり幅がかなり大きく感じる。

 

 さらに、覚醒値が上がったことでスキルも強くなった。

 毒の時間当たりの効果が倍になったらしい。

 ダメージがさらに高まる。

 

 次の覚醒で毒が猛毒という別状態異常に変化するらしいので楽しみが増えた。

 やっぱりもう、ガチャチケットを全て排出してもいいんじゃないだろうか。

 

 なお尻尾鎧の使っていた狐火というスキルは、まだ使えないようだ。

 スキルテーブルを確認すると、かなり進んだところに配置されているのでしばらく見ることはできそうにない。

 

 

 

 続いてフルゴウルのステータスを見る。

 まず覚醒値だ。

 

「……+9?」

 

 他のキャラだと覚醒値は5が限界のはずだ。

 それをあっさりと上回っている。

 

 しかし、読みとけるのは数字だけであった。

 +9になったから、どう強くなるのかの解説が一切ない。

 他のステータスを見てみるが、ステータス値がまったく書かれてない状態だ。

 スキルの解説どころか、スキル項目すらない状態である。

 これが☆1の特性なのか。

 

「おぉ、見た顔がおるなぁ。がちゃで出てきたのかぁ?」

 

 アコニトがフルゴウルに気づいた。

 どうせクスリで飛んでるからと紹介を飛ばしていたと木村も思い出す。

 

「いや、彼女はガチャじゃなくて、タルタロスに落とされたらしい」

「なんだぁ、死んだのかぁ」

 

 それだけである。

 興味をなくしてしまったらしい。

 

「赤竜の力を得たと聞きましたが、私に何か思うところがありますか?」

「あぁ……? ないぞぉ」

 

 フルゴウルの問いにアコニトは本当にわかってない様子だった。

 どうでも良さそうに彼女は答える。

 

「あなたは私たちの作った機関を気に入らないと言われていましたね」

「――あぁ。ないぞぉ」

 

 今度はアコニトも質問を理解した様子だった。

 それでも答えは変わらない。

 

「誤解しとるなぁ。儂が真に怒っていたのは『機関』そのものではなく、『同胞があの機関を良し』としたことだぁ。光のは何も知らんかった。ならば良し」

「よくわかりませんね」

「うぬは人だろぉ。人が作ったものに関して、神である儂は、それが儂らを脅かすものでない限りは、ともかくいったんは受け止めるぞぉ。受け入れるか、ケチを付けてつっぱねるか、そも関与しないかはその後だぁ。あの機関はもはやない。それを作ったのがうぬだからと言って、ないものに対して何も思うところはないわぁ」

 

 木村にはよくわからない価値観である。

 そういえば、このアコニト神は岩石料理もいったん口にしていた気がする。

 

 他人にはわからない自分ルールみたいなものだろう。

 

 

 かくして、ようやく四人そろっての戦闘が始まった。

 四人そろってとは言っても、ルーフォが戦えないので実質は三人である。

 

「つっよ」

 

 笑いが出てしまう。

 これはアコニトに対する評価である。

 

 覚醒が一だけ上がり、能力値が上がったのは知っている。

 この変化は見ている側からはさほどわからない。

 

 スキル強化の毒効果二倍がおかしい。

 

 見るからに巨人たちの回復を凌駕している。

 ダメージが二倍どころじゃない。

 すでに巨人が倒れている。

 

「ひょっとして毒の効果が倍って、ダメージが倍とは違うのか……」

「違うぞ。毒の効果なら侵食速度、侵食範囲、侵食力とそれぞれの効果が倍になっていくからな。毒状態にした初期段階と相手の体積が大きいときに、より効果の高まりを感じられるぞ」

 

 おっさんが解説をしてくれる。

 どうやらキャラを一つ重ねるだけで、かなり強くなったようだ。さすが☆5。

 

 まずますガチャを引きたくなってきた。

 もう限定といわず、アコニトピックアップの時に引いても良いんじゃないか。

 覚醒が一つ上がってこの強さなら、さらに段階を重ねたときの強さは如何ばかりだろう。

 あるいはアコニトと言わず、ゾルのピックアップを狙っても良さそうだ。

 

 

「なんか、すごい……」

 

 こちらはフルゴウルへの評価である。

 前衛がテュッポ、中衛がアコニト、後衛がフルゴウルなのだが彼の魔法がユニークだ。

 彼の使う筺は、すでにアイテムの宝箱として何度も見ている。

 ただ、魔法として使われる姿は初めて見た。

 

 大きく展開すれば筺がそのままバリアになるし、小さく展開して飛ばすと弾丸になる。

 中に魔力を詰めることで筺を開いたときの効果も変えられるようだ。

 攻撃から防御までを一人でこなすことができている。

 

 便利そうだが使い分けが難しそうだ。

 一般的なゲームでは役割が広いキャラは強くなりにくく設定されている。

 万能な仲間キャラなどほとんどおらず、役割に特化させてパーティーを組んだ方が強い。

 

 ただ、彼女の場合はゲーム内で仲間になるキャラではないだろう。

 終盤のボスキャラなので、守備範囲が広いまま強くなる可能性も考えられる。

 

 変てこなパーティーに違いないが普通に強い。

 凶暴化するランパスの巨人を相手にしても、三人で渡りあう。

 もしもルーフォをペイラーフに替えられるなら、長期戦最強メンバーではないだろうか。

 

 とうとう自爆なしで、凶暴化したランパスを倒すことができてしまった。

 

「やっと一体」

 

 やっとの一体目に違いないが、今後が楽観できる一体だ。

 この様子であれば二体目も倒せるだろう。

 

 

 その後は快進撃だった。

 

 まず最初のミッションをクリアし、次のミッション「ランパス十体撃破」もその日の内にクリアした。

 当日にクリアできたのは理由があり、単純にランパスが弱くなったためだ。

 

 通常、進めば進むほど敵が強くなるはずなのだが、逆になっている。

 どうもカクレガは、タルタロスの最深部付近から浅い領域に移動しているようだ。

 ランパスの数が増えてきて一度に数体という同時戦闘は増えてきたが、ランパスはずっと弱くなった。

 奥にいた恐ろしい巨人たちはいったい何だったんだのか不思議になるくらいあっさり倒せる。

 

「ふと思ったんだけど、倒された巨人たちはどこに行くんだろう」

 

 敵を倒していると疑問が湧いてきた。

 すでにここが死後の世界だと木村は理解している。

 地上で死んだフルゴウルもいた。ランパスなるものに変わったが、いちおう意識をもって活動している。

 

 それなら、ここで倒された者はいったいどこへ消えるのだろうか?

 

「僕も気になるところですね。何かご存じないでしょうか?」

「私の目で見る限り、彼らは大地に戻っているようだ」

「大地にですか?」

「そうだ。地上では消失するか彷徨うのだが、ここでは全てが大地に吸い込まれている」

 

 カクレガもその大地の中を走っているのだが大丈夫なのだろうか。

 そのまま吸収されたりしないのか。

 

「大地に吸収された後はどこへ行くのでしょうか?」

「タルタロスの奥へと向かっているようだが、その後、どうなるかはわからない。実は私もその先が気になっていて奥へと進んでいたんだ」

 

 フルゴウルも気になって奥へと進んでいたらしい。

 そのため、深部にいた木村たちと出会うこともできたわけである。

 残念ながら彼女の探究記は終了し、今は木村たちとともに逆方向へ戻る形だ。

 

 地図も進路周辺なら埋まってきているが、さすがに奥は白いままである。

 後でテュッポに尋ねてみようと木村は思った。

 

「お、地図が変わった」

 

 ミッションが進んでも地図はいっこうに変わらなかったが、ようやく変化が見られた。

 進路を遮るよう、垂直に太めの線が引かれている。

 

「壁と門だね。壁と門は一部しか見えないだろうが、ブリッジで見てみると良い。大半のランパスがここに集中している。門を叩き、裁きのやり直しを求めているんだ」

 

 明かりがここに殺到しているわけだ。

 地獄絵図というやつだろう。

 

 

 言われたとおりブリッジで見てみると、外は非常に明るかった。

 門はランパスに照らされた範囲では上が見えない。横もどこまで広がっているのかわからない。

 ランパスが脱出しようと壁に沿って移動しているのか、左右のどこまでも色とりどりの明かりが連なっている。

 お祭りでもしているんじゃないかと思うほどである。

 

「キィムラァ。ミッションが追加されたぞ」

 

 地図中のカクレガが止まったことから、ミッションが追加されたことは予想していた。

 おっさんが背筋を伸ばし、張りのある声でミッションを告げる。

 

「“門前のランパスを全て撃破”だ」

 

 ブリッジにいた全員の表情が固まった。

 ソシャゲなら要するにステージの敵を全て撃破だが、ここでは意味合いが違う。

 

「あの数ともなると、面倒ではあるね。行こうか」

 

 フルゴウルは息を一つ吐いて席を立った。

 彼女が固まっていた理由と、木村が固まっていた理由が違っていたことに気づかされた。

 

「あのランパスたちは、最近まで生きていたんでしょ?」

「そうだろうね。直に諦めて門と壁から離れるだろう。そうして奥へ向かう。その後は知ってのとおりだ」

 

 深部まで進めるものはごく一部。

 猛者中の猛者だけが深部へと進むことができる。

 深部へ進んだ猛者も、木村たちの苦戦したティターンに踏み潰される。

 大抵の者は深部へ進む前に、殺されて大地へ還るのだそうだ。

 

「どうしたんだい? まだ行かないのかな?」

 

 フルゴウルが「大丈夫かな?」と木村に声をかける。

 木村としても大丈夫なのか、大丈夫じゃないのかわからないところだ。

 

 あのランパスたちは死人たちであり、生前はひどいことをしていたのだろう。

 それでも、ここでは意志があって助かろうともがいている。

 彼らを撃破することは人殺しと同じではないか。

 

「おそらく……ですが、僕もあなたと同じ疑問を抱いていると思います」

 

 ウィルがこぼした。

 その後は、言葉を選ぶようにぽつりぽつりと吐き出していく。

 彼の話すことはまさしく木村と同じ思いだった。より丁寧に語ってくれている。

 

「なるほど。君たちはそういうふうに考えるのか」

 

 フルゴウルはふむふむと頷いた。

 逆に、木村は彼女がどう思うのかが気になり始める。

 

「フルゴウルさんは、あの人たちを全て殺すのに抵抗がないんですか?」

 

 あえて“撃破”ではなく“殺す”と強い言葉を選んだ。

 住民が殺されるのを木村は異世界に来て多数見てきたが、自ら積極的に殺すとなると今回が初めてになるだろう。

 

「ない。私は私の目的のためなら手段を選ばない」

「目的ですか?」

「ああ。私にはやり遂げなければならないことがあるんだ」

「……『黄金の時代を築く』ことですか?」

 

 もしかして、と木村はガチャで聞いた言葉をかけてみる。

 フルゴウルが目を見開いた。見えていないはずなのに四つの瞳がまっすぐに木村を捉えたように感じる。

 

「誰から聞いた? その男か?」

 

 フルゴウルがおっさんを見た。

 おっさんは知らないぞと返す。実際におっさんではない。

 

「いえ。あなたから直接聞きました」

 

 しかも都合九回聞いた。

 ガチャについては説明していなかったと木村は気づく。

 扉から出てくる前はこちらと記憶が繋がってないが、出てくる時の台詞も同様らしい。

 どうも踏んではいけないところを踏んでしまったらしいので説明をする。

 

「私は他に何か話していたか?」

「いいえ。先ほどの言葉だけです」

 

 ここまで言ってようやくフルゴウルが目を閉じる。

 目を開くとスイッチが入るというか、怖くなるので勘弁して欲しいと木村は思った。

 

「とにかく、私は彼らを殺すことに何の抵抗もないな」

 

 けっきょく同じところに戻ってしまった。

 

「……ふむ。つまり君たちの心理的抵抗は、あの数の意識を自ら刈り取ることにあるわけだね」

「そう、なりますかね」

 

 違う気がする。

 だが、もしも光が一つなら抵抗は薄まるだろう。

 実際に巨人や、襲いかかってくるランパスは手にかけたのだ。何の抵抗もなかった。

 彼らが襲いかかってくればできるのだろうか。

 

「先にも話したとおり、彼らをここで倒しても死ぬとは限らない。大地に還り、奥へと進み、新たな生を得るかもしれない。そうするとここで彼らを殺すことは、彼らをこの地獄から救うことと考えられないかな」

 

 あるいはフルゴウルの言うとおりなのかもしれない。

 問題は大地の先で、ただ消滅する場合だ。

 それに逃げ惑う者を攻撃するのも憚られる。

 

「ウィルくん、君はできるだろう」

「できることと、実際に行うことは別のことかと思います」

「そうだね。でも、君は実際に殺せるだろう」

「……殺したいとは思いません」

 

 フルゴウルは頷き、ウィルも嫌そうな顔で頷いた。

 

 木村はウィルの意見を尊重する。

 実際に手をかけることになるのは、木村ではなくウィルたちだ。

 どうしてもやらなければならないことはあるが、これはやるべきとは思えない。

 

「おぉ! 相も変わらずここにおったかぁ! 葉っぱの時間だぁ。外へ行くぞぉ!」

 

 シリアスブレイカーがやってきた。

 哲学の時間は終わり、大人の休憩時間が始まる。

 アコニトはブリッジのモニターを見て、明るくなったと喜んでいる。

 

「お祭りのようだぁ。儂はこういう雰囲気が好きだぞぉ」

 

 まさかこの雰囲気を全て倒せと言われているとは思うまい。

 

「あぁ! わかったぞぉ。こいつらを全て倒せと言われて、いっちょうまえに悩んでおったのだろぉ! ん~?」

 

 何だこの洞察力は、と間違いなくここにいた全員が思った。

 木村は盗み聞きをしてたのだろうと疑ったが、そんな面倒なことをするタイプじゃないと否定した。

 認めたくはないが、このアコニト神は嫌な洞察力だけはある。

 使う方向を間違えているだけだ。

 

「おぉい、そこの金髪。こういうのは得意だろぉ。何とかしてやれぇ。共食いでもさせればいいだろぉ」

 

 フルゴウルも、アコニトのあまりに飛んだ発言に言葉を返すことができない様子だ。

 あるいは馬鹿に絡むと面倒だから、関わりたくないだけかもしれない。賢い。

 

「いいかぁ、その程度の悩みなんてもんはなぁ。外で一服しているうちにおおかたは解決するもんだぁ。ほれ、いくぞぉ」

 

 とにかく外で葉っぱが吸いたいらしい。

 地獄に来てもルーティンを変えないところは見習うべきだろうか。

 

 アコニト、フルゴウル、今回はテュッポではなくウィル、それに場違いなルーフォを連れて外に出た。

 もちろんおっさんはデフォルトで付いてくる。

 

 外に出て、あまりのランパスの数にルーフォが困惑している。

 困惑と言うより恐怖だ。今までも散々倒してきたがまだ慣れないらしい。

 どうかこのままの彼女でいて欲しいと木村は思う。

 

「すごい数ですね……」

 

 ウィルもランパスの明かりに圧倒されている。

 多いとは思ったが、数百ではきかないかもしれない。千はいそうだ。

 

「久々に明るいところで吸えるぞぉ」

「もうちょっと離れて吸って」

 

 困った奴だ、などと言ってアコニトが距離を取る。

 どっちが困った奴なのか教えてやりたいが、言い出すとうるさいので木村は黙った。

 それにどうせ言ったところで、すぐにぶっ飛んで意味のない議論となる。煙と喧嘩しているようなものだ。

 

 ウィルやアコニトに気づいたのか、近くにいたランパスが寄ってくる。

 彼らは形を為し、人や魔物といったものに変わっていく。

 

「運悪くタルタロスに追いやられてしまった者たちよ。私の声に耳を傾けるが良い」

 

 フルゴウルが前に出て、群衆に話を始めた。声だけ聴くと非常に心地の良い印象を抱く。

 木村やウィルも黙って彼女を見ている。アコニトは遠いところを見つめていた。

 

「私たちはタルタロスの深部からやってきた。ここから出る算段がついたのだ」

 

 周囲の人たちがざわめいた。

 戸惑っている者の姿も見える。

 俺も連れて行け、と声が出てきた。

 

「良いだろう。――ただし一人だけだ。諸君らの中でただ一人を連れて行くことにする」

 

 群衆の中の一人が魔法を唱えた。

 炎弾がフルゴウルに向かってまっすぐに飛んでくる。

 

「一つ大切なことを告げておく」

 

 フルゴウルが筺を作って炎弾を防ぐ。

 防ぐどころか炎弾は筺の中に入ってしまった。

 炎弾の入った筺を、彼女は術者のところへ飛ばす。

 

 術者に筺が当たって、蓋が開いた。

 出てきた炎が術者は燃やし尽くす。術者は悲鳴を上げ燃え尽きた。

 周囲は凍り付いたような反応だが、フルゴウルは涼しい顔をしている。

 

「見ていただいてわかったように、こちらの六人、誰もが貴公らより遙かに強い。私たちの席を奪おうとする気概は買うが、賢い判断とは言えないな」

 

 木村とルーフォが「え?」とフルゴウルを見たが、彼女は二人にかまわない。

 彼女は粛々と演説を続けていく。

 

「さあ、地獄から抜け出すための席は一つだ。急いで決めるが良い。もうしばらくの間だけ待つ」

 

 フルゴウルが演説は終わりだと一礼をした。

 礼をして彼女が木村たちのところに戻ってくる、そのほんのわずかな時間の間に争いは始まった。

 

 木村たちがフルゴウルに説明を求める視線を向ける。

 

「これで自らの手で殺す相手は減るだろう。手間も罪悪感も薄まるのではないか。それに、――彼らの争いを見れば、君たちの心理的抵抗もさらに薄まるに違いない。ここの連中は自分だけが生き残るために、他者の命など顧みない。ここはそういった者たちの巣窟だ。無論、私もね」

 

 彼女は目を開き、口元に笑みを浮かべていた。

 何がおもしろいのか木村にはわからない。

 

「見ろ。生き残るためにいろいろな戦略が生み出されている。戦乱から離れて様子を見ようとする者、徒党を組み乱戦での生き残りを図る者、強いものを見極め確実に倒せる者から潰していく者……。ここは一つの乱世だ」

 

 倒れたときに金の筺が出るので、いろいろな色の光が金色に変わっていく。

 色とりどりの光が、全て金色に塗りつぶされていくようだった。

 

「まるで黄金の世界ですね」

「美しい表現だ。調律のとれた世界だろうな」

 

 おそらくウィルは皮肉で言ったのだろう。

 フルゴウルはわかっているかどうかわからないが、言葉回しが気に入ったらしい。

 

 千はくだらないであろう黄金の光が視界を覆い尽くした。

 彼らの意識は大地に飲み込まれ、物言わぬ素材だけが筺の形で残る。

 

 本当にあっという間だった。

 千は五百に、五百は二百五十にと指数関数的な速さで消滅していく。

 最後に数体の強者が残り、さらに彼らの中の勝者をフルゴウルが殺してしまう。

 

「ミッションが達成されたぞ」

 

 おっさんが親指を上げて、完了を知らせてくれる。

 

 最近カクレガにつけたばかりのアイテム自動回収機能が役に立つだろう。

 上を通るだけで勝手にボックスにアイテムが溜まっていくのでこの数ならどうなるか楽しみだ。

 

「なんだ……」

 

 木村はほっと息を吐いた。

 思ったよりもずっと気が楽だ。

 

 やる前はもっと罪悪感にさいなまれると思っていたが、終わってしまえば何ともない。

 もちろん実際に手を下したのがフルゴウルだからというのもあるだろう。

 数が多すぎて消えていった者たちへの感情も曖昧な状態だ。

 

 顔見知りの死は、一人であっても悲しみが溢れてくる。

 もしもカクレガの誰かが死ぬことになれば、間違いなく木村は涙を流すだろう。

 

 しかし、知り合いでもない存在の死はたとえ千に届こうと無味乾燥だ。

 今まさに実行により証明されてしまったところだ。

 

 木村はふと思い出す。

 どこかの国の偉い人が、こんなことを言っていたはずだ。

 

 「数人の死は悲劇だが、万人の死は統計でしかない」と。

 また、「一人の殺害は犯罪者を生み、何万の殺害は英雄を生む」だっただろうか。

 

 木村は自らが異世界に来てから、周囲の人間やそれに近い存在が万近く、あるいはそれ以上に死んだと考えている。

 それならばこの異世界巡りは、ひょっとして自らが英雄に至る話だったりするのだろうか。

 

 ここまで考えて、思わず木村は笑ってしまう。

 

「あり得ない」

 

 馬鹿げている。

 

 もはやギャグだろう。

 

 アコニトが聞いたら抱腹絶倒間違い無しだ。

 ちょっと反応を見たいので、機会があれば話してみよう。

 

 なお、その当人は「クキキ、クキ」と漫画でしか聞いたことがない笑い声を出している。

 口の端から泡も出しているので、もう会話はままならない。

 

 悔しいことにこの薬中の言ったとおりになった。

 一服する間に悩みは消え去った。

 

 おっさんが薬中の足を引っ張ってカクレガに投げ入れる。

 

 木村も二人に付き添って戻った。

 

 

 カクレガは勝手に動き出す。

 

 地面から門を潜りぬけ、ステージは次の段階へ進んだ。

 

 

 

50.コラボ「生きてた頃より美しく」4

 

 門を越え、ミッションに従って中ボスを倒した。

 

 ヘカトンケイルとかいう腕と顔がたくさんある巨人だ。

 手数は多いものの、最初にいた巨人の方がまだずっと手強い。

 

「どんどん簡単になっていく」

 

 最初のミッションが異常すぎた。

 いまだにあの巨人より強い敵が出てこない。

 すでにタルタロスを出て、エレボスとかいう地域に入っている。

 

 深度で言えば、どんどん浅くなっているわけだ。

 次のミッションも“裁定の場を通過する”と非常に簡単そうだ。

 もしかして、このまま一気にイベントクリアできてしまうんじゃないか。

 

「キィムラァくん。君はこのミッションがとても簡単だと思っているんじゃないか?」

「まさに思っていたところです」

「正直な回答だ。君がそう思うのは無理もない。しかし、よく考えてみて欲しい。内側にいる勢力が団結すれば門を突破することも可能だろう。なぜ彼らはそうしないのか」

 

 あの門が突破できるとは考えにくいが、タルタロスの奥にはさらに強い存在もいるかもしれない。

 全員が力を集中すれば門も破壊できる可能性がある。

 そもそもカクレガのように地面の下から潜ればあっさり突破できそうだ。

 

 質問の意図と逸れてしまった。

 聞かれているのは「突破できるとして、なぜ突破しないのか」だ。

 

「……なぜですか?」

 

 考えるのが面倒だったのでそのまま尋ね返した。

 

「突破したところで意味がないからだよ。門はしょせんハードであり、最終的な防壁は人であるという原則による。視点を変えれば、門は巨人たちの行動を制限している。代わりに門は彼らを絶対的な力から守っている。門から出ない限りは手を出さない、とね」

 

 そこまで言われると木村でもわかってくる。

 

「つまり、ここには巨人たちよりも強い存在がいるということでしょうか?」

 

 正解のようでフルゴウルが頷いた。

 あの巨人より強いと言われても木村にはピンとこない。

 尻尾鎧のようなものが、うろついていると考えれば良いのだろうか。

 

「私も裁きを受けたときに目にした。はっきり言おう。勝てる相手ではない。だからこそ、私はこちら側ではなく、タルタロスの奥に希望を見いだし進んだ」

 

 そういう理由があったのかと木村は相づちを打つ。

 しかしながらこちらに戻ってきてしまっている。

 

「ルーフォも言ってたけど、その裁く人が強いってこと? 閻魔様なんですか?」

「エンマ様というのが何者か知らないが、ハデスという神の一柱だ」

 

 聞いたことはある。

 ゲームでもときどき耳にする名前だ。

 たしかゼウスやポセイドンらの兄弟じゃなかっただろうか。

 神話にはさほど詳しくないので、ゲーム内での関係性くらいでしかわからない。

 ただ、彼らの強さは漫画でも目にすることはあるが、ハデスというとあまり強い印象がない。

 

 しかし、木村でも知るくらいには有名な神である。

 名前からして、カゲルギ=テイルズの出身に違いない。

 そうなるとゲイルスコグルと似たような立ち位置だろうか。

 

 どんどん嫌な予感がしてくる。

 今回はゲイルスコグルよりもさらにメジャーな神だ。

 ゲイルスコグルですら手が付けられないのに、さらにメジャーな神ってどうなるんだ。

 

 

 木村の心配を余所に、カクレガはエレボスを突き進んでいる。

 

 何もなかったタルタロスと比べれば地形が豊かだ。

 

 丘や川、貧相ではあるが木だってある。

 川には船だって浮かんでいる。ひょっとして三途の川だろうか。

 エレボスに入ってもやはり太陽どころか月もない。空は真っ暗なままだ。

 空は真っ暗でも良いのだが、真っ暗な川はなぜだか見ていてとても恐怖を感じる。

 

「ランパスが多いね」

「多すぎます。私が来たときはこんなにいなかったです」

 

 ルーフォがブリッジから外を見てもらした。

 この多さは異常らしい。

 

 エレボスはとにかく明るい。

 空は暗いが、地上はランパスにより照らされている。

 

 ランパスの光が何十もの列を為している。

 魔物や、羽の生えたランパス、犬っぽいが犬とは何か違う生物がランパスの列を管理していた。

 行ったことはないが、コミケの会場はもしかしてこんな感じなのかと木村は思った。

 

「このごろ死者が増えたとは聞いていましたが、こんなに増えたんですか。エリュシオンでも仕事が増えたのはこれで……。ここまでの死者となると地上で戦争か流行病でもあったんですね」

「……そうなのかも」

 

 木村はルーフォの言葉を聞き、死者が増えた原因に思い当たった。

 まさかの自分たちである。

 

 帝都、グランツ神聖国、獣人の郷、デモナス地域と多くの存在が死んできた。

 それらの存在がここに殺到しているのではないか。

 

 まだ確定したわけでもないので、木村はあやふやな回答でごまかしておいた。

 

「キィムラァ、カクレガの強化をしておくべきだぞ」

 

 今日もおっさんが言ってきた。

 ここのところカクレガの強化を勧められる。

 なんでも障壁や隠密性能を高めておいた方が良いと言う。

 

 ただ、今のところ強化をしなくても特に問題はない。

 カクレガの拡張時に性能もアップするようなので、それで間に合っている。

 アコニトの自爆が尻尾鎧の自爆くらいになれば、さすがに強化を考えるだろうが今は必要ない。

 

 ただでさえルーフォやフルゴウルの部屋を作りポイントが減った。

 しかも、あまり役に立たない橙色のガス発生装置も、ちゃっかりポイントを奪っていったようだ。

 今はブリッジをさらに強化すべく、ポイントを溜める時期である。

 

「また今度ね」

 

 そのため、今日も同じ回答を返した。

 

 カクレガはランパスの列に沿って進んでいく。

 

 

 列もいよいよランパスの先頭付近に来た。

 

 ウィルも訓練が終わったようで、ブリッジにやってきている。

 フルゴウルやルーフォとも一緒に外の光景を見る。

 

「まもなく裁決の場だ」

 

 ミッションにある“裁決の場”に近づき、カクレガのスピードが緩やかになった。

 法廷みたいな建物を木村は考えていたのだが、外で行われるらしい。

 

 地面に間隔を大きく開けて椅子が三つ置かれている。

 それぞれの椅子に魔物がどっしりと座っていた。そこそこ大きい。

 彼らから見えるところにランパスが一体出てきて、「エレボス」と一体が声を出す。

 残りの二体も同様に「エレボス」と声を出し、ランパスは別の魔物に連れて行かれてしまった。

 

 すごいアナログな裁定だ。

 まさかこれを何万もの魂でおこなうのだろうか。

 いったい何日かかるかわからない。列で待つのもつらいだろう。

 

「人によるようだね。私は並ぶこともなく、すぐにタルタロスへ送られたよ」

「それは……」

 

 どうなんだ?

 木村も判断に困るところだった。

 そんな存在がパーティーにいることをどう受け止めればいいのか。

 

「えっ、なに? 大丈夫?」

 

 フルゴウルと話していると、ウィルが目に付いた。

 彼は顔面を蒼白にして、汗がすごい勢いで流れている。

 隣にいたルーフォもほぼ消えかけている状態だ。

 

「本当に、何も感じないんですね」

 

 ウィルは声を抑えて話している。

 まるで聞かれるとまずいと言わんばかりの小声だ。

 

「これが普通の反応だよ。実は私も先ほどから目を閉じている。開ければウィルくんたちと同じようになるだろうからね」

 

 フルゴウルは普段から細目なので、閉じているときと区別が付かない。

 それより何がそんなに問題なのかが木村にはわからなかった。

 思いつくのは座っている三体の魔物だ。

 

「あの椅子に座ってる三体の魔物はそんなに強いの?」

「いえ……、奥に、いるでしょう」

 

 椅子に座る三体の魔物。その奥を木村は見た。

 やや高くなっている位置に、魔物と同様に座っている男がいる。

 見た目は人だ。顔はイケメンだが、全体から陰気な雰囲気を感じさせる。

 黒い髪に黒い衣装、葬儀屋かと思うほどだ。かなり疲れているようで眉間を揉んでいた。

 

「……強いの?」

 

 木村にはまったく強そうに見えない。

 どんな化物かと思ったが普通に人のようだ。

 なんならテュッポや巨人のほうがずっと強そうである。

 

「神気の量はゲイルスコグルよりも少ないですが、神気の質が……」

「質?」

 

 量の話は聞くが、質の話はあまり聞かない。

 ゲイルスコグルのときはそびえ立つ柱のようなとか言っていたくらいか。

 あれも量の話なのか、質の話なのかも木村には判断が付かない。

 

「密度が濃すぎます。粘性の強い真っ黒な液体に沈められ、身動きが取れないような。暗黒そのものです」

「暗黒――良い表現だ。実は私にも彼がよく見えなかった。あまりにも異質な存在だ」

 

 さすがは神レベルといったところだろう。

 幸いと言うべきか、こちらからあちらの魔力は感じ取れるが、あちらからは気づかれてない様子だ。

 あのレベルからすると、こちらのレベルがあまりにも低すぎるということもあるのかもしれない。

 もしくは裁定に気を取られ、こっちを見るどころではないかだろう。

 

 この機に乗じ、静かに通り抜けさせてもらうことにしよう。

 

 

「HE-Y! 空を飛ぶ時ッ間だぞぉ! ふっふー! ふっふふー! ふえぇええい! アッコニト・タァーイム! フィーバー!」

 

 

 最低の存在が最悪のタイミングでやってきた。

 すでに頭は空へ吹っ飛んでいる。

 

「おっさん。黙らせて」

「くるなぁ! 儂の征く道を遮るなぁ! どけぇ! 許してなるモノかぁ! びゃああああ!」

 

 アコニトはおっさんから逃げつつ毒煙をまき散らしていく。

 暴れたが抵抗むなしくあっという間に絞められた。

 

 アコニトタイムはただいまをもって終了である。

 

 木村がウィルやフルゴウルに向き直ると、彼らは全員がモニターを見ている。

 いつも余裕のあるフルゴウルですら唖然とした様子であった。

 恐る恐る木村もモニターを見た。

 

 ハデスをはじめ、他の魔物たちもモニターを見返している。

 彼らの冷たい視線が確かに木村たちを捉えていた。

 

「気づかれたようだぞ」

「逃げよう」

 

 おっさんが障壁を降ろしたようで、モニターの映像が消える。

 移動を速めたのか、加速度が木村を襲った。

 

「キィムラァ。カクレガの強化をするべきだぞ。――今すぐに」

 

 おっさんの声は真剣そのものである。

 木村はブリッジを出て、家具のマシンに走った。

 ときどき攻撃されているようで衝撃がおとずれ、床が大きく揺れる。

 

 到着して、画面を操作し、カクレガの機能項目を急いで呼び出す。

 外壁硬度や隠密性能、耐震性能に対し、溜めていたポイントを全てつぎ込んだ。

 

 考える余裕すらなかった。

 とにかく強化をしないとやられると感じた。

 

 テュッポや怖い熊たちもカクレガには気づいていた。

 相手の攻撃でカクレガが揺れるとなると、かなり久々だ。

 

 魔力とやらは感じなくとも、恐怖を覚えるには十分な体験だった。

 

 おっさんのチュートリアルは、もっと真剣に受け止めておくべきだったと木村は意識を改めた。

 

 

 カクレガの強化を終えると、揺れはすぐさま弱まった。

 しばらくすると揺れすらも感じなくなる。

 

「強化してきたけど……。これ、どうなってるの?」

 

 ブリッジに戻ると、同様のメンツが残っている。

 ただし、アコニトはまだ首を絞められたままだし、ウィルとルーフォも倒れていた。

 

「ウィルくんとルーフォさんは、ハデスの攻撃による魔力を身に受けてやられてしまったようだ。無理もない」

 

 フルゴウルは余裕の面持ちだが、椅子から立つことはできない状態らしい。

 魔力を感じたり、見ることができるのも考えものだ。

 

「今も攻撃は続いてる?」

「されていないぞ」

「私の眼で見たところでは配下が追ってきているだけだ。彼らはこちらの位置に気づいていない」

 

 障壁が下りているためモニターは機能停止しているが、フルゴウルの眼だと見えるらしい。

 

「ハデスは?」

「最初に数回だけ攻撃してきたが、彼と側近の魔物はその場から動いている様子はない」

 

 ありがたいことに、ハデスはカクレガの追撃は部下に任せたらしい。

 彼は今も裁定の場で、ランパスの裁きをしているようだ。

 裁定を続けることが現在の優先事項なのだろう。

 

 どうかこのまま見逃して欲しいと木村は願った。

 

 

 

 “裁定の場を通過する”という一見簡単そうな極悪ミッションをクリアした後は順調だ。

 

 エレボスの魔物たちからもカクレガは発見されず、撃破型のミッションも奇襲をかけることで達成できている。

 裁定の場から離れるほどに魔物の強さも弱くなってきて、タルタロスと同じく楽に進めている。

 

 ランパスが光を灯す光景も終わりが見え始めた。

 ぼんやりと光るものがあるが、ランパスのように動く光ではない。

 

 木である。

 生え際から葉っぱに覆われ、上に行くほど広がっている。

 日本では見たことのない木だ。

 

「ワカメみたいな木が生えてるね」

「白ポプラの木です。エリュシオンにはこれがたくさん生えているんです」

 

 久々にルーフォの声が明るい。

 帰ってこれたという喜びと安堵が表情からもわかる。

 

 どうやらエレボスも終わり、エリュシオンとやらに近づいてきたと推測できる。

 

 

 ここにきて木村は今回のイベントがどういったものなのか考えるに至った。

 

 おそらく――順序が逆になっている。

 

 最初のランパス三体撃破の時点では、異世界だから巨人になると思っていたが今なら違うと思える。

 あれは本当にイベント終盤の中ボスみたいな存在だったのではないか。

 

 本当のストーリーはエリュシオンか地上の一部から始まり、徐々にタルタロスへ向かっていくはずだ。

 そうしないとストーリーがつながらない。

 

 いきなり地獄の底からでは物語どころではない。意味不明だ。

 

 まず、カクレガがなぜか冥府に行く。

 エリュシオンがあって、そこでルーフォに出会う。

 ルーフォとともにエレボスへ行って、ハデスからタルタロス行きが決定される。

 そうして門を越え、タルタロスをひたすら進み巨人たちを倒し、真のボスを倒すことになるはずだ。

 

 ただし、この仮定で進んでも問題が残る。

 タルタロス深部にいるべきボスはどこに消えたのかだ。

 今の仮定であれば、木村たちはまず最初にボスと出会うはずである。

 

 しかし、ミッションでもボスは出てきていない。

 単純に全てのミッションを達成しないとボスが出てこない仕様なのかもしれない。

 

 

 そもそもなぜ順序が逆になったのかすらもわからない。

 三つの世界が混ざったことと関係があるのだろうか。

 

 コラボイベントの場合、通常ボスとして出てくるのはコラボ先の敵であることが多い。

 コラボ先本来の敵がソシャゲの存在の影響を受けて出てくる。

 そうなるとボスはルーフォの世界のキャラだ。

 

 なお、裁定の場にいたハデスはカゲルギ=テイルズのキャラで間違いなさそうだ。

 ルーフォのいた「Beautiful Wraith」世界にもハデスはいたようだが、彼女が裁かれたときに見たハデスはもっと恐ろしい見た目だったと話す。

 

「ルーフォさんがいた世界で、タルタロスの奥には何がいるとされてたんですか?」

「極悪人です」

 

 それは前にも聞いている。

 木村は具体的な名前が知りたかった。

 ルーフォも木村の心情がわかったようで謝ってくる。

 

「すみません。縁のないところなので……」

 

 それもそうだ。

 木村だって、地球の犯罪者を知っているわけでもない。

 国際指名手配を受けている人物の一人だって名前を挙げられない。

 平和なところで暮らしていると、あまりそういった地域や存在と関わらなくなってくる。

 

 コラボイベントタイトルの「生きてた頃より美しく」も意味をなさないタイトルになった。

 正規の流れでは、ルーフォが戦いに慣れて来て、最後のボス戦あたりでルーフォの美しい決意表明で終わる話だったんだろう。

 ところが、逆順になったことで戦いに対する恐怖が埋め込まれ、見どころが一つもない。

 

 それでもルーフォは何もしないのは悪いと思っているようで、できることをしてくれている。

 ただ、できることがどうしてアコニトのマッサージなのかはわからない。

 

 マッサージ士の資格を持っているとは聞いた。

 アコニトもルーフォのマッサージはうまいと聞いている。

 ぜひともマッサージのために、ここに残って欲しいとアコニトは言っていた。

 言われているルーフォは乾いた笑顔で「ははは」だったので、さっさと帰してあげたいと思ったことを木村は覚えている。

 

「歌もめちゃんこうまいぞぉ。マッサージと歌、それに香が混ざり、もはや極楽だぁ。トブぞ」

 ――とはアコニトの言である。

 香だけでもトんでるだろ、と心の中で木村は突っ込んだ。

 

 アコニトから聞いたところ、ルーフォは生前は歌手を目指していたらしい。

 夢破れて若くして死んでしまい、エリュシオンでは真面目に事務仕事に徹しているようだ。

 もしかしてアコニトは、話を聞くことでルーフォの気を軽くしてあげてるのかと思ったが、「ないな」と判断した。

 

 なお、今はカラオケで歌うくらいだとか。趣味はヒトカラらしい。人前で歌うと問題があるとかないとか。

 歌手志望だったのに、あまりうまくないのが恥ずかしかったりするのだろうか。

 

 きっと、このあたりの話が本来のコラボイベントでは出てきたのだろう……。

 彼女は一刻も早くエリュシオンに帰ってもらい、事務の仕事をこなし、ヒトカラを楽しむ日々に戻ってもらいたいと木村は心から願っている。

 

 

 だが、願ってから木村は思うのだ。

 

 こうやって願ったことは実現されないことが多い、と。

 

 自らが願ったから、種々の願いが実現されなかったのだとすれば――。

 

 悪いのは、願ってしまった自分なのだろうか?

 

 答えはいつも出てこない。

 

 

 カクレガは進む。

 冥府の都、エリュシオンへ。

 

 木村の淡い願いを乗せて。

 

 

 

51.コラボ「生きてた頃より美しく」5

 

 エリュシオンなる都市が見えてきた。

 

 多くの建物がぼんやりとした光に覆われている。

 遠くから見ると、都市の部分と周囲との明暗がはっきりとしすぎていて、衛星写真から撮影した夜の都市と地方の比較のようだ。

 

 ミッションで出てくるランパスは異常なほど弱くなってきている。光の強さが木村でもわかるほど弱々しい。

 野良ランパスらしいが、野良犬と同じレベルの扱いだ。出てきたのも実寸大の犬の魔物だった。

 

「私の知っているランパスはこれでした。外は怖いところですね」

 

 まさにランパスを倒した横でルーフォが告げた。

 地表に出てきたときは、ほとんど何も喋らないので珍しい。

 彼女が言う「外」というのが、「エリュシオンの外」ということは木村もわかった。

 

 今まで恐怖の対象と見ていたモノよりも、さらに危険度の高いモノを見ると、これまでに見ていたモノへの恐怖が薄れる。

 麻痺の一種だろうが、ゲームとかで自分が強くなるならまだしも、今回のルーフォのように自らが強くなったわけでもないのにこの麻痺が入ると危険だ。

 対象への正しい恐怖判定ができなくなってしまう。

 

「吾輩のようなものを、しっかり怖がってもらわなけば困るぞ!」

 

 テュッポが「ガハハ」と笑っている。

 ルーフォもテュッポの物言いに笑っていた。

 テュッポはいかにもな魔物なのだが、ルーフォは彼を怖がっていない。

 見た目とは裏腹に紳士的であるし、彼女をしっかりと守っていることが多いからだろう。

 

「早く元の生活に戻りたいです」

「――そうだね」

 

 同意はしたが、木村にはすでに諦めが混ざってきている。

 ついにルーフォ本人がフラグを立ててしまった。

 

「ルーフォさんは、戻ったら何がしたいですか?」

「思いっきり歌いたいです。朝までコースで喉を酷使したい」

「吾輩も一緒に歌ってしんぜよう!」

「歌うときは一人が……、いえ、でも――」

 

 趣味のヒトカラだろう。

 施設候補の中に音楽室があったことを木村は思い出した。

 もしも彼女のささやかな願いが潰え、自分たちに付いてくることになったときはポイントを最優先で投入しようと決めた。

 

 もちろん彼女の願いが潰えないよう、全力で支えなければならない。

 

 

 

 結論を言ってしまえば無理だった。

 

 ルーフォの願いは叶わなかった。エリュシオンは壊滅した。

 

 壊滅にあたり何が起きたのか、木村たちが行動を起こさなかったのかは説明する必要があるだろう。

 

 説明したところで木村の注意力不足、あるいは因果応報になってしまう点は否めない。

 ただ、注意したところで防げたかと言えば、そんなこともない。

 滅ぶものは、やはり滅ぶべくして滅ぶ。

 

 壊滅の主たる原因は、異世界における大半のものと同じだ。

 

 すなわち、討滅クエストである。

 

 

 木村たちは小さなミッションをこなしつつ、エリュシオンに近づいていった。

 

「キィムラァ。ミッションが更新されたぞ。“エリュシオンの守護獣を一体倒す”だ。強敵になる。しっかり準備するんだぞ」

 

 おっさんの口ぶりからするにどうやらボスらしい。

 タルタロスの門前で、ヘカトンケイルなる巨人を倒すミッションが出たときも同じことを言っていた。

 

 逆順で考えれば、エリュシオンステージでのボス戦だ。

 エレボス領域のボスがヘカトンケイルなら、それよりも弱いことが予想される。

 弱いからと言って油断するわけにはいかない。どんな敵なのか知っておくことは重要だろう。

 

「エリュシオンの守護獣ってどんなのか知ってますか?」

 

 知っているとしたらルーフォしかいない。

 彼女も都市の外のことはほとんど知らないので望み薄だ。

 

「聞いたことはあります。エリュシオンの周囲には、エリュシオンを守るためにエレボスから遣わされたランパスがいる、と」

 

 わかってはいたが情報は少ない。

 ルーフォが知らないことは、守護獣がしっかり働いている証だろうか。

 彼女が知らないところで、外敵からエリュシオンを守っている。そもそも外敵なんて現れるのか?

 木村が見た限りでは野良のランパスくらいしか記憶がない。

 

 この付近の野良ランパスはどれも雑魚ばかりだ。

 雑魚とは言っても、エリュシオンの住人からすれば脅威なので、守護獣は野良ランパスを倒すための存在とも考えられる。

 そう考えれば、守護獣の強さも知れている。

 

 

 カクレガが止まった地点から、ブリッジで外の景色を見る。

 

「いた。あそこだね。出よう」

「神気は多くありませんね。エレボスの官吏のほうが強いくらいでした」

 

 どうやらランパスではないようで、木村の目に守護獣とやらはまったく見えない。

 暗闇の中を闊歩しているらしい。むしろ、その方が木村には怖い。

 

 とりあえず魔力センサー持ちの二人の言葉を信じて外に出ることにする。

 

 メンバーは冥府に来てからお馴染みになった四人だ。

 

 アコニト神、いるだけルーフォ、頼れる前衛テュッポ、回復以外はなんでもOKのフルゴウルである。

 

 アコニトにも守護獣の姿が見えないようで、テュッポとフルゴウルがおびき寄せることになった。

 狐は夜行性だったはずなので、アコニトは夜目が利くと木村は思っていたがそんなことはなかったようだ。

 人と狐の悪いところを取ってきたのが、このアコニトと言える。

 

 戦力の話に戻ると、二人でも余裕そうである。

 フルゴウルとテュッポだけでもがんばれば倒せそうだ。

 

「――なんかおるぞぉ」

 

 アコニトは明後日の方向を向いて煙管を吸っていた。

 おっさんが注意するかと思ったが、おっさんもアコニトと同じ方を向いている。

 

 木村も何だろうかと見ればランパスがいた。

 

 赤紫色の灯火が宙をたゆたう。

 

「アコニトはランパスの対処をお願い」

 

 木村はすぐさま対処した。

 あからさまに面倒そうな顔でアコニトが頷きもせず歩いて行く。

 予想外の遭遇戦だが、ここらのランパスならアコニト一人でも余裕だろう。

 

「儂の葉っぱタイムを邪魔した代償は高く付くぞぉ」

 

 ボス戦とあってか、危険な葉っぱではないようでアコニトの意識も正常だ。

 これなら苦戦はしそうにない。正常時であれば、エースは間違いなくアコニトだ。

 

 アコニトがランパスへと歩いて行くと、カクレガの入口がせり上がった。

 戦闘メンバーじゃないため出てこられないようだが、入口部分からウィルが必死の形相で木村を見ている。

 

「逃げてください! 異常な神気反応があります!」

 

 叫びに似た声が、外に出ていた全員へ伝わる。

 アコニトは気だるげに振り返り、フルゴウルやテュッポも守護獣から距離を取った。

 

 赤紫色のランパスが形を為していく。

 

 赤紫色の光は浮いたままで、白い骨が現れてくる。

 蛇のような胴体に、腕と爪が生えているが、全てが骨である。

 頭の骨格がランパスの部分に出てきて、眼の部分からランパスの赤紫が灯り瞳となった。

 

「なんで、ここに……」

 

 木村やアコニト、ウィルにはお馴染みの姿である。

 討滅クエストで二回戦目に現れる屍竜だ。

 

「――あっ」

 

 木村は思い出した。

 前回の討滅クエストが終わった際にトロフィーが追加されていた。

 

 説明文の中に何か書いてあった。内容が頭に浮かんでくる。

 

“あなたは屍竜を倒した。屍竜は冥府の灯と成り果ててなお、生者を憎み探し求める。生者なき世界で――”

 

 読んだときは冥府なんて行かないと思って、軽く読み流していたので完全に忘れていた。

 

 木村が、屍竜がなぜここにいるのかわかったところで、屍竜の動きが止まるわけではない。

 

 

 屍竜は地上で現れた時と同様にうなりをあげる。

 

 地表であれば、お供の四体の竜が変化を始めるのだが、今回は屍竜本体が変化を始めた。

 

 

 骨がランパスのような光に包まれ消えていく。

 光の色は赤、青、黄、緑とお供の竜たちと同じ色だ。

 

 色がぐちゃぐちゃに混ざり合い、またしても形態変化をした。

 

 見た目は討滅クエストの最初に出てきた竜に似ている。

 ザ・ファンタジー世界の竜といった姿だが、肉体ではなく光で構成されていた。

 羽も大きな二枚ではなく、赤・青・黄・緑の四色である。

 体は初期の雷を使ってころの金色に光り、瞳は赤紫色が怪しく灯る。

 

「もはや屍竜でありませんね。冥竜とでも呼びましょうか。とにかく逃げましょう」

 

 形態変化を見つつ、木村たちはカクレガの入口に戻ってきていた。

 守護獣は木村たちよりも、冥竜をより危険度が高いとみてターゲットを変えている。

 

 カクレガに入った瞬間に戦闘は始まったらしい。

 

 戦闘音はたった一度しか聞こえなかった。

 

 一撃で葬り去ったのだろう。

 

 

 冥竜が現れ、ブリッジで様子を確認した。

 

 どうやら冥竜はカクレガを見失ったらしい。

 モニターを見ていても、相手から見つからないのは強化のおかげだろう。

 

「あれは倒せませんよ」

「同感だね」

 

 魔力センサー持ちの二人が勝てないと言うからには、こちらの戦力と隔絶した差があるのだろう。

 屍竜の魔力が当時のメンバーの四倍だったので、少なくともそれ以上ということだ。

 

「キィムラァ。ミッションが更新されたぞ」

 

 おっさんはマイペースだ。

 冥竜が守護獣を倒しても撃破にカウントされるらしい。ありがたい。

 

「次のミッションは“都市エリュシオンの指定座標へ行く”だ」

 

 木村はほっとした。

 まさか冥竜を倒せとかだったらどうしようかと思っていたところだ。

 

「……まずいですよ」

 

 木村はウィルがまずいというのが何かわからなかった。

 モニターを見て、ようやく意味がわかる。

 

 まるで蛾のように、暗闇に灯る光へと冥竜は進んでいく。

 光とは冥都エリュシオンに他ならない。

 

「冥竜の行き先は僕たちと同じです。しかも、僕たちよりずっと速い」

 

 討滅クエストの残滓が、冥府にまで達しようとしていた。

 

 

 

 やはりコラボイベントは逆順に進んでいたようだ。

 

 ミッションが簡単すぎる。

 

 どこどこを訪れよ、誰々のところへ行け、某を倒せばかりだ。

 しかも、それらは一瞬で達成されていく。カクレガから出る必要すらない。

 全て冥竜が破壊か殺すかして、目標を消しているからである。

 

「キィムラァ。次のミッションは“治安維持員の撃破”だ。ミッションが達成されたぞ。次のミッションは――」

 

 おっさんが次々にミッションとその達成を言っているのが不気味だ。

 

「フルゴウルさん。悪いんですけれど、ルーフォさんを部屋まで連れて行ってあげてもらってもいいですか」

 

 フルゴウルも頷いて、彼女をブリッジの外へ誘導した。

 ルーフォも最初の頃はエリュシオンが破壊される様を見ていたが、奇声を上げて、ついに黙りこくってしまったのだ。

 

 死んでも涙は流れることを木村は知った。

 セリーダの時と似ている。彼女もこうやって壊れていった。

 

 カクレガがエリュシオンにたどり着くと、すでに冥竜はエリュシオンを破壊しつくしていた。

 探しているのは木村たちだろうが、今さら外に出ても遅いだろう。

 

 冥竜を倒すべく、守護獣とやらが破壊されたエリュシオンに来るが焼け石に水だ。

 止めることすらできない。空に浮かぶ赤紫色の雲が雷光を発し、都市へ無差別に落ちていく。

 ゲイルスコグルにやられた経験から光の剣を覚えたようで、雷光が幾千の剣となって都市に降り注いでいた。

 それだけでなく、四枚の翼が光れば、炎・氷・地割れ・竜巻と災害がエリュシオンを無秩序に襲う。

 

 冥竜の破壊行為は執拗だった。

 都市の住人や建物を全て消し去るつもりだろう。

 

「不愉快だ」

 

 ルーフォを部屋に送り、戻ってきたフルゴウルが眼を開いたまま呪詛のようにこぼす。

 ただでさえ目を開けると怖いのに、怒っているとさらに怖さが倍になる。

 

「何がそんなに不愉快なんですか?」

「あの金色の体がだ」

 

 ……イメージカラーを奪われて怒っているのだろうか。

 小学生かな? 木村は笑うところか判断に迷う。

 

「黄金が力を示すのは良い。だが、あまりにも破壊的すぎる。美学を感じない」

 

 竜に美学を求めるのか。

 もしも体が黄金じゃなかったら言わなかっただろうに。

 

「吾輩も不愉快である」

 

 テュッポもなぜか怒っていた。

 

「テュッポさんはどうして不愉快なんですか?」

「あの蜥蜴は吾輩の宿敵と似た技を使いおる」

 

 それが怒るところなのか。

 木村は首をかしげる。

 

「体が金色のところも気にくわん。まさにあやつのようである。それでいて戦い方が美しくない。もはや汚物であろう」

 

 あやつが誰かは知らないが、フルゴウルと似たようなレベルである。

 汚物とは言うが、強い汚物は脅威だ。

 

「キィムラァ。最初のミッションが開示されたぞ。ミッションを達成してストーリーを進めていくんだ」

 

 おっさんも訳のわからないことを言っている。

 言っているおっさんも意味がわからないと首をかしげていた。

 どうやらシステム上の矛盾に悩まされているようだ。触れないようにする。

 

「ファーストミッションは――“冥府の導き手と会話をする”だ」

 

 その導き手がどこにいると言うのか。

 死んでいるのではないかと木村は思ったが違うとすぐに否定する。

 もしも死んでいるなら、ミッションがすぐさま達成されるから死んではいない。

 

 どこかにいる。

 しかし、出てくる気はないようだ。

 そりゃこの状況で出てきてくれるわけもない。

 

「やはりこの世界でも“冥府の導き手”がいるのであるか。それなら吾輩の旅程もここまでであろう」

 

 テュッポが組んでいた腕を解いた。

 

「みなのもの。世話になった。せめてもの礼である。あの汚物は吾輩が片付けよう。もはや我慢ならん」

「えっ?」

 

 木村は話の流れがまったくわからない。

 テュッポが自らの旅の終わりを告げたのも、冥竜を片付けるというのも理解できない。

 

「キィムラァどの。最後に一手間を頼みたい。真の力を引き出す『すぺしゃるすきる』というのは吾輩も使えるのであろう」

「いや、あれは――」

「使えるぞ」

 

 木村が否定しようとしたところで、おっさんが肯定した。

 おかしい。スペシャルスキルは☆4以上でないと使えないはずだ。

 ☆3以上でも使うようになるようだが、スキルテーブルをかなり進行しなければならない。

 ましてや☆2のテュッポが使えるはずがない。

 

「使えるのは一度きりだ。使った後にどうなるかはわかっているな。――本当に使うのか?」

 

 テュッポは無言で肯定する。

 議論も確認も言葉で語ることはすでにないようだ。

 

「少し待つんだぞ」

 

 おっさんがブリッジを出て行き、帰ってくると手に酒を持っていた。

 このおっさんは酒を集めるのが趣味のようで、あちこちのところで酒を集めている。

 死んだ住人の家から集めるのは良い趣味と言えないが、クスリよりはだいぶマシなので黙っている。

 ちなみに飲むのではなく集めることが楽しいらしい。アコニトが勝手に飲んだときは、激怒して空瓶で彼女の脳天をかち割っていた。

 

「持っていくんだ」

「かたじけない」

 

 以前も見た流れだ。

 遠征に行くメンバーの餞別に贈っていた。

 ずいぶんと昔のことのように思える。彼らは元気にやっているだろうか。

 

「征くか! 金ピカを潰すのは久方ぶりである!」

 

 テュッポは気合いを入れて、ブリッジから出て行く。

 話の流れが見えないながらも、木村たちは彼の後を追う。

 

 傷心のルーフォには悪いが、またすぐに外へ連れ出すことになる。

 彼女は抵抗もなく、ぽとぽとと歩いて付いてくる。

 

 

 

 テュッポはカクレガの入口が開くと、堂々と外に出た。

 冥竜も木村たちに気づいたようで、歓喜のうなりをあげている。

 

「フルゴウル殿」

「何かな?」

 

 テュッポがフルゴウルを呼ぶ。

 しかし、彼は振り向かない。まっすぐ冥竜を見据えていた。

 

「聞くところによれば、貴女は黄金の時代を築こうとしているようであるな」

「――そうですよ」

 

 フルゴウルが木村を目を薄く開いて見てくる。

 いかにもテュッポに話したのは木村で間違いない。

 テュッポがしつこく聞いてきたので、話してしまったのだ。

 フルゴウルも普段は明後日の方向を見ているのに、こういうときだけしっかり木村を睨んでくる。

 

「吾輩の宿敵もまた、黄金の時代を築いた。覚えておくと良い。黄金の時代を築くとき、吾輩のようなモノが立ち塞がることになる。されど立ち止まってはならん。世界が敵であろうとも黄金の輝きを持って打ち砕くのである!」

 

 木村にはよくわからない話だった。

 フルゴウルは何か思うところがあるようで黙って聞いている。

 

「貴女は知謀策略を得意とするようだ。それも良し。しかし、策略だけで世に輝きは満ちないのである。キィムラァ殿。黄金の輝きを確かなものとするに何が必要と思われるか?」

 

 いきなり質問が飛んできて木村は困惑する。

 少し考えて思い至った。こういうときの最善の答えである。

 

「――心、でしょうか?」

 

「否。必要なのは力。絶対的な力である」

 

 やはり暴力。

 暴力は全て解決する。

 おっさんと似ていると感じたのはこのあたりか。

 真面目に考えて損をした気分だ。

 

「ルーフォ殿。吾輩という怪物が、恐怖を持って貴女の悲しみや虚しさを追い払ってしんぜよう!」

 

 テュッポは「わはは」と笑っている。

 笑うところではない。ルーフォも意味がわからないという顔をしている。

 

「別れの時である。吾輩の失った力を今一度だけここに。キィムラァ殿、――いざ」

 

 木村は先頭コマンドからスペシャルスキルを選択した。

 たしかにテュッポが白く光っている。

 

 木村はテュッポを選択する。

 

 テュッポが緑色の炎となって燃え上がった。

 細い竜巻となって、緑の炎が暗い空に立ち昇っていく。

 

〈我が母ガイア、我が父タルタロスよ。その偉大なる御身らにを足降ろすことを許されたい〉

 

 冥竜の広げていた赤紫色の雲を突き破り、さらにその上へと緑色の炎は昇る。

 こちらを見ていた冥竜も、空へと頭を動かした。

 

〈大地母神の怒りすさまじく、されども黄金の輝きは止めることあたわず。いっそうの輝きを持って遍く星々を貫く〉

 

 広範囲に広がる赤紫色の雲の上に、緑色の雲が広がっていく。

 雲の広がりはすさまじく、地平線の彼方までもが緑の雲に包まれているようだ。

 

「異常な、あまりにも膨大な神気反応です。神気が吹き荒れている」

 

 ウィルも右に左にと落ち着かない。

 フルゴウルはただ上空をジッと見ていた。

 

〈しかれども幾億の雷霆も、大地母神が末子を貫き通すことかなわず。――母よ。誇られよ。かの黄金を破った、此の唯一無二を――〉

 

 地平の彼方に大きな蛇がにょきにょきと現れた。

 一匹や二匹ではない。数十、数百、数千の大蛇が見渡す限りの地平線から、炎の瞳で木村たちをねめつけている。

 

〈吾輩こそ、黄金を阻むもの――テュポーンである〉

 

 突如、風が吹き荒れる。

 木村たちは倒れ、冥竜の展開していた赤紫色の雲も吹き飛んでしまう。

 冥竜も風によりバランスを崩し、空をふらついていた。おっさんだけが揺れることもなく、立って空を見ている。

 

 空にテュッポがいた。

 

 ただ、顔の大きさが空の大半を占めている。

 さらに肩から大量の大蛇が湧いており、地平線に見える大蛇は全てその肩から出てきていたものだった。

 胴体から先は、地平線の彼方に消えていて見ることすらできない。

 

 ゲームなどで必殺技が過剰なエフェクトで描かれることがある。

 星を潰したり、山を砕いたり、海を割ったりだ。これもその一種だと木村は考えた。

 ゲームなら「はいはい、誇大表現乙」としらけるところだが、実際に目の当たりにすると言葉を失ってしまう。

 今まで見たアコニトやゾル、それに敵ながらゲイルスコグルといった敵の技とは規模が違いすぎる。これまでの戦闘がお遊びだと思えるほどだ。

 

「汚物がずいぶんと楽しそうに怪物の真似事をしていた。真の怪物と破壊、――恐怖を教えてやるのである」

 

 地平の果てから睨んでいた蛇が、一斉に木村たちの方へ這い寄ってくる。

 一匹の蛇が地面から出てきて、木村たちを頭の上に乗せ、冥竜から距離を取った。

 

 数千の蛇に睨まれ、さすがの冥竜も身動きが取れず固まっている。

 蛇に睨まれた竜であった。

 

 幾万の蛇たちの口が開き、喉の奥から緑色の炎が流れ出てくる。

 まるで溶岩のようにドロドロとした緑の炎が、冥竜を包み込んでいく。

 冥竜の叫び声は上がるが、なかなか死にきれないようでいつまでも叫び続けていた。

 

 強さの次元が違いすぎる。

 しかも、エフェクトがどちらかと言えば敵寄りだ。

 

 ここで木村はようやく理解した。

 今回のコラボイベントのラスボスが誰だったのかを――。

 

 緑色の炎が消えると、冥竜は跡形もなく消えていた。

 冥竜どころか大地すらぽっかりと穴が空いてなくなってしまっている。

 エリュシオンの跡地は完全に焼却されてなくなってしまった。

 

「吾輩は、常に一人で戦ってきたのである。それ故に、此度の旅程はなかなかに新鮮であった」

 

 周囲の大蛇が消えていく。

 木村たちを乗せていた蛇も、地上に木村たちを降ろすと消えてしまった。

 空に見えていたテュッポも薄くなってきている。

 

「かの黄金も、一人ではなかった。奴が再び立ち上がることができた所以も今ならわかる。フルゴウル殿、貴女の黄金の道を彩る、多様な光があらんことを――――」

 

 それだけ残して、テュッポは空の闇に消えてしまう。

 

 

 木村たち、空いた穴、暗い空、広がる大地だけがこの場に残った。

 

「終わったね」

 

 いや、もう一人いた。

 木村たちは背後から聞き覚えのない声を聞いた。

 

 木村たちが振り返ると、紫の髪の女がいた。

 女は場違いなほど楽しそうな笑みを浮かべて木村たちに対面している。

 

 

 真のボスはどこかへ消え去った。

 

 しかし、ファーストミッションは未だに達成されていない。

 

 

 

52.コラボ「生きてた頃より美しく」ED

 

 木村たちの前に紫色の髪をした女が立っている。

 

 どこからともなく現れ、緊張感のない笑顔を携えたまま木村に近寄ってくる。

 彼女が手に持っている松明が周囲をぼんやりと照らしていた。

 

「長旅、お疲れさま」

 

 労いの言葉をかけてくれるが、そもそも何者かわからない。

 敵か味方かはわからないものの会話はできる存在だ。

 誰も尋ねる気配がないので、木村が口火を切った。

 

「えっと、すみません。その、どなたでしょうか?」

「“冥府の導き手”って言えばわかるかな」

「あぁ、あなたが……」

 

 ファーストミッションの“冥府の導き手と会話をする”の対象がようやく現れた。

 冥府の導き手なのに、ミッションもほぼ終わった今になって現れても困るというのが、偽らざる木村の思いである。

 

「あっ」

 

 後ろで声がしたと思ったらルーフォが、女の方を見ていた。

 知り合いだったろうかと木村は期待する。

 

「もしかして受付の……」

「うん。そうそう。――エレベータを降りられたら、右手へまっすぐお進みください。左手、一番手前の部屋で皆様がお待ちになっております。『そのままお入り頂いてけっこう』とのことです――覚えててくれて良かった」

 

 ルーフォがカクレガへ迷い込んだときに、受付の人から案内されたと言っていた。

 この冥府の導き手がその受付だったようだ。

 

「あの、どうしてこんなことをされたんですか?」

 

 口がうまくきけていないルーフォに代わり、木村が質問をした。

 どうやって飛ばしたのかはわからないが、なぜルーフォを飛ばしたのかはわからない。

 

「ルーフォさんもいきなりタルタロスに飛ばされて困惑されていましたよ」

「そうだよね。実は彼女だけじゃなくて、君たちもタルタロスに飛ばしたんだけど反応が薄くてつまらなかった。面倒ごとになれてるでしょ」

 

 やれやれと導き手は両手を挙げた。

 なんかとんでもないことをさらりと告げられた。

 カクレガをあそこに飛ばしたのが自分だと告白している。

 そんなことができるのかはともかく、ひとまずやってたとして話を進める。

 

「どうしてそんなことを?」

「私と最初に出会ってたら、あなたたちが死ぬから。何通りもの未来を見たけど、最初に私と出会ったら貴方たちは死んでた。君は見えないからはっきりしないけど、たぶん死んでた。アレと戦うことになるけど、あなたたちじゃ無理でしょ」

 

 導き手は手に持った松明で、テュッポの空けた大穴を照らす。

 照らしたところで底が見えるわけでもない。

 

「――だからね。アレが敵じゃなくて仲間になる未来に変えて、自分から消えてもらうように仕向けたの。転移させる場所の調整が大変だったんだから」

 

 仕向けたの、と笑顔で言われても困る。

 そもそも未来が見えるというところから突っ込みたい。

 ただ、見えるものは見えるのだろう。そこを言っても仕方ないかもしれない。

 

 木村も見えないものならわかる。

 例えば、ボスと化したテュッポと戦って勝てるヴィジョンだ。

 戦っても、カクレガごと底の見えない穴に落とされる未来しか浮かばない。

 

 仮にこの女が、未来が見えるとしても疑問は残る。

 

「……未来が見えて、貴方がカクレガをタルタロスに飛ばしたとして、どうして自分たちを助けてくれたんでしょうか?」

 

 かなり手間のかかることをやってくれている。

 そこまでして彼女が自分たちを助ける理由がわからない。

 聞かれた女性もやや困った顔を見せている。

 

「うーん。三つの世界が混ざったって話したら信じてくれる?」

「信じます。一つは、ルーフォやテュッポの世界――、」

 

 即答したことに導き手はやや驚いている。

 木村の話を黙って聞く姿勢だ。

 

 ルーフォとテュッポは同じ世界だろう。

 コラボイベントの仲間キャラとボスの組み合わせだ。

 

「それに裁定場にいた魔物たちの世界――、」

 

 彼らはカゲルギ=テイルズからやってきたキャラだろう。

 キャラ名が神話そのものでゲームっぽいし、テュッポとは雰囲気が違う。

 特にハデスが人間に近すぎる。ああいった擬人化はジャパニーズソシャゲのお家芸だ。

 

「最後は、迷い込む前の世界」

 

 最後の一つが、木村も迷い込んでしまった名も知らぬ異世界。

 この導き手はどこだろうか。どちらかというとカゲルギ=テイルズに出てきそうだ。

 

「すごいすごい! 大正解!」

 

 手を猛烈な勢いで叩いて感動していた。

 ずいぶんと気が抜ける存在である。

 

「でも、それが観測できるってことはもしかして――君は、それ以外の世界も知ってるんじゃないかな」

 

 急に笑いを止めないで欲しい。

 木村も出自を暴かれたようでドキリとした。

 ただ、暴かれたところでどうしようもないだろう。

 

「ふんふん。なるほど、なるほど。私もわかったからスッキリした。そういうことね」

 

 導き手は木村の反応を観察し、納得した様子である。

 特にそれ以上は追及してこない。

 

「とにかく三つの世界の冥府が混ざっちゃったの。冥府にいた存在はそのまま残ったままでね。起きるのは三つの世界の存続争いってわけ」

 

 単純に人口密度が三倍になったのだろうか。

 広いから分けて住めば良さそうな気がするがどうなのだろう。

 

「特にカゲルギ=テイルズと、彼女のいた世界は重なるところが多かったんだよね。どちらかに消えてもらいたかった。私も主人は二人もいらないからさ。どちらでも良かったんだけど、真面目に仕事をする側の主人に残ってもらいたかったんだよね。それで、仕事をほっぽり出して存続争いを始めたご主人には消えてもらうことにしたの。怖い方ね」

 

 消えてもらうことにしたの、とさらりと告げた。

 それは、つまりルーフォを裁いたという怖い見た目のハデスを殺したということだろうか。

 

「でも都合上、私じゃご主人には手を出せない。そこで君が迷い込んだ世界の存在に手を結ぶことにしたの。知ってるでしょ。オレンジくん」

 

 木村は知らなかった。誰? オレンジ?

 おっさんが「ああ」と頷いたので知り合いのようだ。

 

「手を組む条件で出たのが君たち二人の安全確保と、その仲間たちの地上への見送りってわけ。それだけしてくれたら、あとは好きにしてくれて良いって言うんだから変わってるよね。本当にご主人も倒したし、それ以外のことは一切口出ししてこないんだから。助かるんだけど助かりすぎて不気味。未来でも本当に何も干渉してこないし」

 

 おっさんも頷いている。

 木村も気になるが、知ってはいけない気配を感じた。

 少なくともルーフォのいた世界のハデスを倒すだけの力を持った存在ということになる。

 知らぬが仏。虎の尾を自ら踏みにいくこともない。

 

「どうして……、どうして私なんですか?」

 

 黙っていたルーフォが尋ねた。

 コラボイベントの主人公だから、と木村は考える。

 そうなると自分も異世界転移物語の主人公ではないだろうか。

 

「私も最初はわからなかった。君はわかる。私が未来を見通せない存在だからね」

 

 自分はそういう理由か、と木村も納得した。

 フルゴウルや教授と同じ基準だ。

 

「どうして貴女を彼らにくっつける必要があったのか、私も途中でわかった。――大変だろうけど、救われる日が必ず来るから」

 

 軽薄な笑顔を消して、慈しみを感じさせる顔つきで導き手がルーフォを諭した。

 わずかな同情か哀れみの口調を感じたのは気のせいだろうか。

 

「とりあえず、地上に帰れるってことで良いんですか?」

「そうだね。この話が終わればすぐに帰ることになるよ。ここは生者がいる場所じゃないから」

 

 木村はほっと一息ついた。

 イベント期間中はずっと冥府になるんじゃないかと心配だった。

 

「ただね。死者が地上に戻るのは例外中の例外なの。――特にそこの貴女は注意しなさい」

 

 導き手の目線の先にいたのはフルゴウルである。

 そういえば彼女は死人だった。

 

「貴女とルーフォを地上に帰すために、ご主人の説得に狂うほど精神を削ったんだからね。もしも地上で大きな問題を起こしたら、私が直接回収に行くから」

 

 松明の先端をぐるぐる回して、フルゴウルを威嚇している。

 あまり怖さを感じない忠告だと木村は思った。

 

「……翼の生えた三体の魔物を、私の迎えによこしたのは貴女かな?」

「鋭いね。そのとおり。貴女には二人を助けるために、タルタロスへ早めに入ってもらった。彼らと知り合いの上に力もあるようだからね」

 

 どうやらフルゴウルがあまりにもひどい極悪人だから、裁定無しのタルタロス直行ではなかったようだ。

 そう考えると彼女も被害者なのかもしれない。

 

 被害者と言えば、木村にはもっと心に残ることがあった。

 今回の話での、一番の被害者たちだ。

 

「エリュシオンはこうなる必要があったのでしょうか?」

 

 冥竜の攻撃に巻き込まれ、壊滅した都市や人たちだ。

 この犠牲は必要だったのか木村には疑問である。

 

「そりゃ、アレを消せるなら安い犠牲でしょ」

 

 何でもないことのようにさらりと告げる。

 

「でも、たくさんの人が死んでしまいました。それに都市も再建に時間がかかるでしょう」

 

 すでにエリュシオンの人たちはすでに死んでいるので、死んだとは違うかもしれない。

 言われた導き手は、きょとんとした顔で木村を見ていた。不思議そうな様子である。

 

「あれ? 知らないの? タルタロスでやられたなら『さよなら』だけど、エリュシオンやエレボスでやられちゃった場合は、いったんエレボスで止められるから大丈夫。壊れた都市は別の次元から持ってくればいいだけだからね。簡単簡単」

 

 こんなふうに、と導き手は呟く。

 彼女はいつの間に手に持っていた石を、真っ暗闇の穴に投げ込んだ。

 

「見てて」

 

 大穴が急激な勢いで埋まっていき、地面が生じた。

 しかも、その地面から建物群が動画でも見ているかのように、にょきにょきと生えてくる。

 

 あっという間に、元と同じような建物群ができあがってしまった。

 広いわりに人はいないためやや寂しさを感じる。

 

「簡単でしょう」

「どこが?」

 

 木村は思わず口にしてしまった。

 これは魔法としてどれくらいの難易度なのだろう。

 ウィルの反応を見ようと後ろを向けば、彼は愕然としていた。

 フルゴウルも目を見開いているので、どれくらい恐ろしいことをしているのかわかる。

 

 なお、アコニトは話に飽きたのか離れて煙管を吸っていた。

 この図太さは見習うべきかもしれない。普通はこの状況で吸えないだろう。

 話もまったく聞いている様子がない。

 

「あのぅ。私は、エリュシオンに帰れないのですか?」

 

 エリュシオンが再建したのと、人……死人も復帰することを知り、やや元気が出たルーフォが問いかけた。

 先ほどの話を聞く限りでは、彼女は地上に付いてくることになる。

 

「ごめんね。契約しちゃったから、今は諦めて」

 

 今は、ということはそのうち帰れるのだろう。

 あっさり諦めるよう告げたが、同情する顔は見せている。

 

「戦闘に出ないよう、派遣契約を切り替えておくから。できることをやってくれればそれで良いよ。もちろんお給金もちゃんと出る。貴女の部屋のモノもそっちの部屋に移動させる。カラオケ部屋も作る、でしょ?」

「はい。最優先で」

「最新の曲も随時更新するようしておくから遠慮なく歌ってね。生きていた頃よりも美しい歌声を世界に響かせてきて。――全てが終わったら裁定なしでエリュシオンに戻れるよう、私の加護も付けておくから」

 

 いたせり尽くせりだ。

 加護というのがどれほどかわからないが、あれほどの魔法が使えるのだから、加護も相当のものだと推測できる。

 ルーフォもしぶしぶといった様子ではあるが頷いている。

 ……諦め半分かもしれない。

 

「それと、貴女にはこれ」

 

 導き手は赤い小さな粒々をフルゴウルに渡した。

 何かの実のように見える。

 

「私が導くからには、これも付けてあげる」

「これは?」

「ザクロの実。口にしたらタルタロス行きが決定だけど、どうせ貴女はタルタロス直行だから気にしなくて良い。――貴女の未来は見えてる。貴女は、自分の野望のためにこの子たちを裏切る。しかし、裏切ったとてアレが気にしていたわりに夢は成就しない」

 

 導き手はずばり言い切った。

 フルゴウルが裏切るのは、木村もなんとなく思っていた。

 どう考えても木村たちの側にいる存在じゃない。明確に敵側だし、思考も同様だ。

 

「貴女の眼でそこの少年が見えないように、私もそこの少年の未来は見えない。何が言いたいかわかる? 夢を叶えたいなら、そこの少年から離れないようにしなさい。もしも裏切りとは別に、どうしても離れなければならないことになったときは、その実を口にしなさい」

「口にするとどうなるのかな?」

「わからない。私は未来が見えても、運命を操るわけではないからね。貴女の夢はどうやっても叶わないかもしれない。ただ、彼といたときの未来が私には見えない。見えない未来は可能性でもある。私は貴女に可能性を提示しているだけ。助言はした。一縷の可能性も渡した。後は、貴女の好きにしなさい」

 

 突き放した言い方だった。

 これが彼女本来の口調なのかもしれない。

 フルゴウルも礼を言って、赤い実を黄金の筺に入れていた。

 

「これで私の話は終わり」

「キィムラァ。ミッションが達成されたぞ。最後のミッションになるな。“タルタロスの最奥にいるものの撃破”だ。強敵になる。しっかり準備するんだぞ。ミッションが達成されたな。――やったな。全てのミッションが達成されたぞ。カクレガに戻るんだ」

 

 ミッションの提示と達成をおっさんが同時に告げる。

 おっさんがカクレガの出入り口を示した。

 

 ウィルやフルゴウルがさっさと入る。まるで導き手から逃げるようだ。

 続いてルーフォが、何度か導き手を振り向きつつ、カクレガの中に入っていった。

 引き留めて欲しかったのだろうか、残念ながら呼び止められることすらない。導き手は手を振って別れを言外に示している。

 

 木村もさっさと中に入りたかったが、問題が一つ残っている。

 喫煙中のアコニトである。

 

「アコニト。戻るよ」

「星が綺麗だぁ。星塵のハナタレも見てみよぉ。一等星が我々に謝辞を示しておるぞぉ」

 

 木村はため息をついた。

 大人しく吸っているからまともなやつかと思ったが違った。

 静かにぶっ飛んでいる。星の話をしだしたらもう駄目だ。力尽くしかない。

 

「一等星は何て言ってるの?」

 

 導き手が、薬中の言葉にのっかった。

 悪乗りしているようである。けっこうノリが良いのだろうか。

 

「星々の彼方まで響く歌を、地の底の果てまで届けさせよう、となぁ」

 

 まともっぽい会話だが、まったくまともじゃない。

 なぜか恥ずかしくなり木村がアコニトの手を引けば、彼女は認知症の老人のようにひょこひょこと付いてくる。

 これはなかなか珍しいことだ。狐の散歩をしている気分になる。

 

「すみません。ちょっと、いや、かなり頭がおかしくなってて」

「わかってるよ。――気をつけてね」

「ありがとうございます」

 

 簡単に別れを告げてカクレガに入った。

 おっさんもカクレガに入り、入口が閉まる。

 

 一番近くの部屋に入り、地図を見る。

 地図はまだ変わっていない。冥府のままだ。

 

「……ん?」

 

 ミッションを制覇したためか、暗かった地図が徐々に埋まってきている。

 

 中心よりやや右よりに縦線が一本、全体を分断するように引かれている。

 この線は、タルタロスとエレボスを分けた門と壁だとすぐにわかった。

 

「もしかして、このマップって――」

 

 冥府全体のマップはシンプルだった。

 横長の長方形だ。

 

 それを横二つに分断するように縦線が一本。門と壁だ。

 細かい地名を無視すれば、これの地図の形は窓、あるいは扉に見える。

 

 これが扉なら、冥府にいるオレンジというのは竜なのか?

 

 

 答えを知ることもなく地図は変わった。

 

 ×印のたくさん付いたデモナス地域が表示される。

 

 冥府の冒険は終了し、無事に地上へ戻ってこられた。

 

 これでしばらくは穏やかな日々が続くと木村は考えた。

 

「全ての進行ミッションが達成されたな。導き手からの追加ミッションが出たぞ。しっかり取り組むんだ」

 

 しかし、コラボイベントは地上に戻ってもまだ終わっていなかったのである。

 

 

 地図部屋の中心に金の筺が現れた。

 木村はフルゴウルを見るが、彼女の仕業ではないようだ。

 

 そうなるとイベントボス撃破の報酬だろう。

 

 さっそく開けてみる。

 ガチャチケットの他にも、様々な素材がたくさん出てくる。

 カラオケ部屋もすぐに建設することができそうだ。

 

「……成長素材が多いな」

 

 素材は多いが、特にスキルテーブルを進める素材が目に付く。

 前衛を鍛えるために使う素材が中心だ。

 

「あ――」

 

 木村は、ようやくこの素材が何なのかに思い至った。

 

 テュッポに投資した素材がそのまま返ってきているのである。

 それはつまり永久離脱だ。テュッポはもうパーティーに帰ってこないとシステムが示している。

 

 ちゃんと別れの言葉も告げてない。

 苦しい状況でずっと助けてもらって、お礼も言えてない。

 最後までガハハ、わははと笑っていた。彼の奇妙な笑い声を聴くことはもうできないとわかった。

 

 木村は自らの目元が潤んでいると感じた。

 ここ最近では珍しいことだ。多くの人が死んでも「はいはい」くらいだったのに。

 数日しか一緒にいなかった人でもない存在との別れが、なぜこんなにも目に来てしまうのか。

 

 彼と同様に他のキャラもいつか消えてしまう日が来るのだろうか。

 想像するだけで、なぜか目元が潤んできてしまう。

 

 溢れ出るモノを抑えようとすればするほど、かえってこみ上げてくる。

 

 木村は黙って部屋に歩き、目から流れ出るものを隠すように枕に突っ伏した。

 

 

 

 

 

 

 翌日になり、気を取り直すため単発ガチャを引いた。

 

「吾輩はテュッポである。人よ、神よ、この怪物を怖れるが良いぞ」

 

 腕組みをした魔物がボロボロの木の扉から出てきた。

 

「涙を返して」

 

 魔物はガハハと笑うだけだ。

 木村もつられて笑う。

 

 こうしてコラボイベントのストーリー部分は終わった。

 

 

 

53.コラボ:追加ミッション1

 

 ソシャゲにおいて、イベントストーリーのクリア後に追加イベントやミッションが出されるモノがある。

 

 難しいクエストを出すことで、中級者以上への退屈しのぎと、さらなる強化を促す役目がある。

 さらに運営側で見れば、ある基準の敵を段階的に強くして出すことで、倒せるユーザーの数や、各強さレベルにおけるプレイヤー数が計れる。

 

 くだらないイベントでも、作る側にはいろいろと事情がある。

 ただし、異世界ではどうかわからない。

 

 とりあえず、本日から追加ミッションが出されるとのことだ。

 

 謎の手紙が、昼過ぎに木村の机の上に置かれていた。

 

 

“やっほー。

 

 冥府の導き手だよ。

 

 ご主人は、今日も死んだ目で死者を裁いてるよ。

 

 それじゃあ、お待ちかね。追加ミッションの一日目をやってみよー。

 

 この子たちの連携に対処できるかな?

 

 『訓練室で冥府の導き手の配下と、誰も戦闘不能にならず一定時間戦う』

 

 君たちの戦いを見てたけど戦術や連携がないよね。

 弱くはしてあげてるから、工夫してこの子たちの攻撃を受けられるようにしよう。

 

 勝ちを狙えない相手からは、負けない戦い方をしていくべきだぞ。

 もしも、そういった相手に勝てると思うタイミングが来たら、罠の可能性を第一に考えよう。

 

 全部の追加ミッションをクリアすると、ステキなプレゼントをあげちゃうぞー!”

 

 

 なんだか気が抜ける内容である。

 

 おっさんの役割を導き手が奪ってしまった。

 

 追加ミッションは訓練室で行われるようだ。

 ……冥府から訓練室の装置にアクセスできることが驚きである。

 

 キャラたちを誘って訓練室に向かおうとするが、初っぱなからアコニトが喫煙室にいない。

 こういうときは食堂か農園の二択である。

 

 食堂に行ったが見つからず、農園に行ってみると姿が見えた。

 農園は二つの区域に分かれている。木村は便宜的に青果領域と花領域と呼んでいる。

 

 青果領域の担当のゴードンで、花領域の担当がペイラーフだ。

 本人たちは畑と園とそれぞれ呼ぶが、他のキャラに言わせれば農園で一括にされてしまう。

 

 花領域には、アコニトとペイラーフの二人がいた。

 この二人は仲が良いのか悪いのか木村にはよくわからない。

 

 道徳的には真逆だ。ペイラーフが正義なら、アコニトは悪である。

 両者間で日常会話はまず成立しない。アコニトの心ない発言でペイラーフがキレる場面をよく見る。

 しかし、この二人は趣味や特技において近しいものがあるようで、分野によっては話題がはずむ。

 

 例を挙げれば、医療の話だ。

 ペイラーフは治癒が得意で薬にも詳しい。

 その薬も、量を間違えれば毒となるわけでアコニトはそのあたりに詳しい。

 この二人がタッグを組めば、人間に対する薬の効能を高めることができてしまう。

 

 さらに趣味の花に関しても、二人は通じるところがある。

 アコニトが彼女の技で土を弄ると、花の咲き方が目に見えてよくなる。

 さらに室内の温度管理や、花を切ったり、適切に保存したりはペイラーフがしている

 

「おぉ。良い子だぁ。しっかり育つんだぞぉ」

 

 アコニトは、彼女の好きなタバコの花の前で屈んでいた。

 以前、声をかけると花がよく育つと話していたので実践している様子だ。

 話すのに夢中で木村には気づいてない。

 

 彼女は花の根元に液体を注いでいる。

 木村の見間違いでなければ、手に持っているのは酒瓶ではないだろうか。

 

 いや、まさか彼女でもさすがに酒を花にやらないだろう。

 そう思っていると、酒瓶を口につけて飲み始めた。

 

「カァー! きくなぁ!」

 

 きいちゃ駄目だろ、と思うが声はかけられないし、足も近寄ろうとしない。

 木村は立ち去りたい。酔っ払いとかかわると碌な事がないことは経験済みである。

 

 今日の追加ミッションは彼女なしでまずやってみようか。

 そんなことを考えていると、木村の横をペイラーフが無言で通っていった。

 彼女は、土の入ったプランターを抱えている。

 

「なにやってんの!」

 

 ペイラーフが背後からアコニトに近づき、手に持ったプランターを彼女の頭に叩きつけた。

 アコニトの首がグキと斜めに曲がった。

 

「なんで酒をやるのさ! 馬鹿じゃないの! ほんと馬鹿じゃないの!」

 

 二回も言った。

 木村の分も言ってもらったと勝手に思っておく。

 

 しかし、おっさんの攻撃を日々受けてきたアコニトは首が曲がったくらいではびくともしていない。

 曲がった状態のままでへらへら笑っている。

 酔って痛覚が麻痺しているのかもしれないと木村は思った。

 

「なんだぁ、杏林。知らんのかぁ? 儂の国では酒粕を木の根にやることもあったぞぉ。それに酒は悪さをする菌を殺す。量を間違えなければ薬にもなるんだぁ」

「人にはね! 花は別でしょ!」

 

 アコニトの話は木村も聞き覚えがある。松に日本酒の酒粕を与えるのだったか。

 それに酒は百薬の長とも言われる。他の花にも実は良いのか? 素人では判断つきかねる。

 

「もういいよ! ほら、花はこっちで切っておくから、あなたは別の仕事に行って!」

 

 ペイラーフが手でしっしっと、アコニトを追い払う。

 タバコの花は綺麗なのだが、肝心の葉への栄養を奪うので咲いたらすぐに切らないと駄目らしい。

 

 アコニトも斜めになったままの首で木村を振り返った。

 できれば気づかれないまま退席したかったのだが、どうやらさせてもらえそうにない。

 

「おぉ。坊やぁ。どうしたぁ? 吸いたくなったかぁ?」

 

 尻尾をごそごそとあさり、「ほれ」と葉巻を出してきた。

 ほれ、じゃないんだが、吸う吸わないはさておきもらってはおく。

 葉巻を尻尾に入れるから、尻尾が嫌がって逃げ出すんだとわかっていないんだろうか。

 

「アコニト。追加ミッションが出たから訓練室に行こう」

「――儂は行かんぞ」

 

 顔つきが急にキリッとしたものになった。

 訓練室と聞き、酔いが醒めたらしい。

 

 首も斜め45度からまっすぐ上を向く。

 普通の状態になっただけなのに、随分としっかりしているように見える。

 

 アコニトは訓練室に来ない。訓練をしない。

 まず、訓練室には必ずと言って良いほどおっさんがいる。

 この時点で両者にとって望ましくない事態であることが明白だ。

 

 さらに初めの頃、例の竜で何度かシミュをしたのがトラウマとなった。

 あそこは死に部屋だと考えているらしい。

 

「儂は、絶対、行かん」

 

 固い決意が見られる。

 倫理感や道徳意識はボロボロなのに、こんなことばかり意志が固い。

 

「そう言わないでよ。アコニトがここで酒瓶を持ってたことはおっさんには黙っとくから」

 

 彼女がいまだ手に持っている酒瓶はおっさんのものと思われる。

 支給されたり、アイテムで手に入るものは食堂とおっさんが管理している。

 食堂のものは食堂外に原則持ち出しが禁止されているので、ここで飲むものはおっさんのものだ。

 

「バレたときも一緒に謝るからさ」

「うつけがぁ。謝るくらいなら最初から盗らんぞぉ。よく聞け、坊やぁ。儂はなぁ――覚悟を決めて、酒を飲んでおるんだぁ」

「そんなことに覚悟されても」

 

 しかも格好良かったのがズルい。

 アコニトが格好良いのは、酒を飲んでるときと、意志を持って自爆する直前だけだ。

 

「ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと行きなよ!」

 

 ペイラーフに土を投げられ、けっきょくアコニトと一緒に農園を出た。

 

 

 訓練室に来ると、室内がざわついた。

 トレーニング中のウィルも驚いて、アコニトを見ている。

 

「追加ミッションが出て、訓練室で行われることになったんだ」

 

 ウィルとゾル、それにフルゴウルもいる。

 ちょうど良いので、このままやってしまおう。

 

 訓練室を管理しているおっさんも追加ミッションが出たことを承知していた。

 さっそく施設の設定をいじってくれる。

 

「待つんだ。戦闘メンバーは三人までだぞ」

 

 さあ、戦おうと思ったところで三人縛りを聞かされた。

 このおっさんはそういう条件を話すのが遅い。

 どうして最初に言ってくれないのか。

 

「なんだぁ儂はいらんかったなぁ。見ておくぞぉ」

「駄目だな。女狐は強制参加のようだぞ」

「はぁぁあ? なぁぜ儂が出んとならんのだぁ?」

 

 おそらく連携が取れない代表格だからだろう。

 追加ミッションその一の趣旨が、連携や戦術を考えることだった。

 

 文句を言いつつもアコニトが戦闘メンバーに入った。

 残りの二人はゾルとウィルであり、フルゴウルは木村の横で戦闘を見ることになる。

 このメンバーでの戦闘は久しぶりだ。ここにボローを入れれば、地上でのいつものメンバーである。

 

 異様にだだっ広くなった訓練室の真ん中に三人が立った。

 彼らと相対するように三つの影が生じる。

 

「相手は、私をタルタロスに連れて行った三体だね。あのときよりずっと弱々しいな」

 

 横にいたフルゴウルが話してくれる。

 どうやら三つの影は彼女をタルタロスに連行した魔物らしい。

 どう見えているのかわからないが、手紙に書いてあるとおり弱体化されているようである。

 

 三つの影が形をなした。

 悪い魔法使いが着るような黒のローブを、頭から足下まですっぽりかぶっている。

 特に特徴的なのが背中にある羽だ。蝙蝠のような黒の羽がローブを突き破って背中部分から出ている。

 顔ははっきりとよく見えないが、女性のような細い顔をしているようだ。

 

 全員がその片手に冥府の導き手と同じ松明を持っており、もう片方の手にそれぞれの武器を握っている。

 ナイフに、鞭に、……あと一人が何を持っているのかいまいちはっきりしない。

 

「木の枝? ――を持ってるのがいない?」

「いるね」

 

 どうやら本当に木の枝だったらしい。

 細かく枝分かれし、先端に実をつけている木の枝だ。

 

「始めるんだ!」

 

 おっさんが戦闘の開始を宣言した。

 同時に視界の右上隅に時間が表示されている。

 1:00から0:59と時間が減っていく。どうやら一分間もたせればいいようだ。

 十分とかじゃなくて木村は安堵する。

 

 異世界特有のクリア不可の課題じゃないかと一抹の不安があったが、そんなことはなさそうである。

 戦っても勝てないなら、三人で逃げ回れば一分くらいはもつだろう。

 

「思ったよりも簡単かも」

 

 木村の声にフルゴウルがクスッと笑った。

 なんだろうと木村は彼女を見るが、彼女は答えず、指でアコニトたちを示す。

 

 魔物の三体のうち一人が、謎の木の枝を振った。

 一体も鞭を振るう姿勢だ。さすがにその距離で鞭を振っても届かないだろうと木村は思った。

 

「……ふぁ?」

 

 アコニトが元の場所から消えて、三体の魔物の前に現れた。

 伸びかけていた鞭がアコニトを絡め取り、残りの一体の前に移動させられ、彼女はナイフで喉を切られる。

 

 アコニトの頭が、首の皮一枚で胴体と繋がった状態になった。

 頭がぷらぷらと揺れ、皮が千切れ、ゴトッと床に落ちて転がる。

 木村は、床に転がる頭だけとなった彼女と目が合った。

 

 アコニトは首から煙を噴出しつつ倒れ、光となって消えた。

 

 流れるような処理作業である。

 美しさすら感じた。

 

 試合終了となった。

 全員が無事である必要があるので、誰か倒れた時点で終わるらしい。

 

 三体の魔物は影のようにスッと姿を消してしまった。

 仕事人とはこういうのを言うのだろうか。

 

「何が起きたの?」

 

 なんとなくは木村でもわかる。

 魔法の専門家の口から詳細を聞いておきたい。

 こちらの方にやってきたウィルに解説を期待する。

 

「いやぁ、素晴らしかったですね。学長以外であのレベルの転移を使えるのは初めて見ました。僕もあの杖が欲しいです」

 

 ウィルは良いものを見たことと、故郷を思い出したことで感慨深そうである。

 その後も転移魔法の難易度や特徴について語ってくれている。

 

 やはり最初にアコニトが瞬間移動したのは転移だったようだ。

 杖と言うことは、魔物の一人が持っていた謎の枝は杖と分類されるらしい。

 

「あの鞭も、何か仕掛けがありそうでしたね」

「鞭に捉えられた瞬間から、狐くんの力が低下していた」

「弱体化でしたか。封印の一種とも考えられますね。ナイフの方はどうでしたか?」

「回復不可と鋭利化だろう。似たようなものを見たことがある。並大抵の鎧では防げない」

 

 目の前に転移させられ、鞭で力を封じられ、ナイフで一撃必殺、と。

 凶悪な連携だ。初見で防げる気がしない。あの導き手はなかなか性格が悪い。

 

 

 ぐちぐち言っていても仕方ない。

 とりあえず前向きに作戦を考えることにした。

 

 最初は逃げる方向で考えていたが、転移があると逃げられそうにない。

 我らが守護神ボローの挑発も考えたが、鞭とナイフの連携を受けるとやられる可能性が高いとフルゴウルは話す。

 

「防げる気がしませんね。性格の悪さを感じます。防戦しなければならない、――そう思わせるのが狙いではないでしょうか」

「攻撃は最大の防御、と言うことかな。その思考は嫌いじゃない」

 

 要するに、攻撃に回られるとどうやっても防げない。

 それなら相手から攻撃される前に、こちらから攻撃して相手のモーションを妨害していくという作戦だろう。

 

 この方向でいくなら重要なのは手数だ。

 ゾルの一撃必殺は相性が悪いので、メンバーをチェンジする。

 

「私が行こう。彼女たちには煮え湯を飲まされたからね。弱体化しているなら好機だ」

 

 どうやら冥府でも一悶着起こしていたらしい。

 フルゴウルの目がうっすら開かれ、攻撃的な笑みを浮かべている。

 

 問題はアコニトである。

 

「儂は行かんぞ!」

 

 彼女はもう絶対に戦わないと駄々をこねた。

 気持ちはわかる。開始一秒たらずで首を刎ねられたらそりゃ嫌だろう。

 木村も首だけアコニトと目が合ったときは、訓練室だとわかっていても背中に嫌な汗が流れた。

 

「儂は! 絶対に! 行かん!」

 

 仕方ないので、おっさんに彼女が酒を盗んだことをチクって無理矢理連れてきてもらった。

 アコニトが腫れた顔で何も言わず木村を見てくるので、彼は怖くなっている。

 

 

 またしても魔物三体が現れ、アコニトたちに対峙する。

 

「始めるんだ!」

 

 おっさんの声で試合が始まる。

 初手は前回と変わらない。二体の魔物がそれぞれ杖と鞭を振るう。

 

 やはりアコニトが転移させられたが、彼女には筺を持たせている。

 あちらも武器を持っているのだ。こちらがあらかじめ武器を展開していてもずるいとは言うまい。

 

 アコニトの手から放たれた筺が展開され鞭の巻き取りを防いだ。

 筺が消えるとすぐにアコニトは毒煙をまき散らして、枝の魔物と距離を詰める。

 書かれていたように魔物たちは連携こそできるが、動きはアコニトでも近距離戦ができるほどに弱い。

 

 ナイフは近接戦が強そうだが、フルゴウルが魔物の手に筺を作り上げ無力化した。

 ウィルもやや弱めの魔法を連発することでナイフや鞭の動きを抑えていく。

 

「いけそうだ」

 

 とにかく攻撃を絶やしてはいけない。

 攻撃する余裕を与えれば、刈られるのはこちらである。特にアコニト。

 

 残り二十秒を切り、スペシャルスキルゲージが溜まった。

 アコニトを選択して、彼女の深淵を引き出す。

 

 アコニトの姿が霧に変わっていく。

 フルゴウルとウィルも、アコニトを巻き込む可能性がなくなったので飽和攻撃に切り替えていった。

 

 これで勝ちだ。

 

『書いたよね。“勝てる”と思ったら罠の可能性を考えなさいって』

 

 どこからか声が聞こえた。

 久々の感覚だ。頭の中に直接声響いてきた。

 

「キィムラァ。どうやら選択を誤ったぞ」

 

 霧に囲まれた三体の魔物を守るようにして白の光が灯っている。

 彼女たちの手に握られていた松明が、白の光をいっそう強くすれば紫の霧が消滅した。

 さらにウィルとフルゴウルにも白の光は及び、白の光が二人を一瞬で燃やし尽くしてしまう。

 

「試合終了だぞ」

 

 魔物たちは、何も言わずに消え去った。

 訓練室にいた周囲のキャラたちも沈黙で結果を見ている。

 焼かれて消えたウィルやフルゴウルはもちろん、アコニトすら戻ってこない。

 

「今の、何?」

「カウンタースキルだな。こちらのスペシャルスキルに反応したようだぞ」

 

 敵の中にはトリガーを持つものがいる。

 そういった奴はHPが半分以下になったり、こちらが回復スキルを使ったりと条件を満たすことで特殊な攻撃をしてくる。

 この習性を利用して攻撃を制限することもできるのだが、初見ではまずできない。

 

 先ほどの松明の光が、スペシャルスキルへのトリガー攻撃に該当するようだ。

 今までの攻撃とは桁違いの攻撃が戦闘メンバーを襲った。

 アコニトの霧状態ですら、一瞬で焼き尽くすほどの白光である。

 

「手紙に書かれていたようだな。声が聞こえたぞ。耳に痛くてもきちんと忠告は受け止めるんだ」

 

 どうやらおっさんにも、あの声が聞こえたようである。

 通じるものがあるようで、彼も導き手のチュートリアルに頷いている。

 

 

 三回目でようやくミッションを達成した。

 どうやら追加ミッションは一筋縄ではいかないようである。

 

 木村たちを試すというよりは、強くさせようという意図を感じさせる。

 

 

 ちなみに機嫌を悪くしたアコニトは、食堂で酒を振る舞ったらご機嫌に戻った。

 

「これくらい単純なら異世界生活も楽なのに」

 

 彼はこれからの異世界巡りに不安を感じ始めていた。

 

 強くはなっている。

 それはスキルテーブルから見ても間違いない。

 

 しかし、敵の強さがそれ以上に強いと感じられる。

 

 いったいこの先、自分たちは何と戦わされるのかがわからない。

 異世界巡りの結末は、絶対に勝てない相手と戦わされて全滅ではないだろうか?

 

 もしかしたら、みんながこういった不安を抱えていて、酒を飲んで不安を薄めようとしているのかとも彼は思った。

 

 

 追加ミッションの一日目は終わった。

 

 木村は不安のただ中にいる。

 

 

 

54.コラボ:追加ミッション2

 

 追加ミッションの二日目が始まった。

 

 ……始まったはずなのだが、なかなか手紙が来ない。

 訓練室に行ったり、食堂で配膳の手伝いをしたり、農園でお茶を飲んで一日を過ごす。

 

 手紙が来たのは夜になってからだった。

 ご飯を食べて、部屋に戻ったら机の上に置かれていた。

 

 

“こんばんは。

 

 冥府の導き手だよ。

 

 今日はご主人と一緒に裁定をしてるよ。

 過労で一人倒れちゃったんだ。

 

 今日の追加ミッションはこれ。

 

『戦力の確認』

 

 敵を知り、己を知れば――の己の部分だね。

 

 

 ご主人がどうしてあんな目をしてるのかわかったよ。

 

 裁いても裁いても光る列。”

 

 

 どうやら冥府の導き手は、裁定に駆り出されたようだ。

 昨日まで見られた余裕がなくなりつつあった。

 最後に状況と心境が書かれている。

 

 国語の教科書でこんな俳句を読んだ気がした。

 五・七・五に縛られない自由律俳句だったか何かだ。

 

 国語の先生が俳句好きだったらしく、この句について説明してくれていた。

 自由律の部分に目が行くが、実はこの句には前書きがあるとのこと。

 これを読むことで作者の意図が読めるとか何とか。

 もしや冥府の導き手も同じ心境なのだろうか。

 

 とにかくミッションが始まったようで、視界の右端に項目が現れる。

 

 これはいったいどうやってるんだろうか。

 もしもここに戦闘コマンドを置き、見るだけで発動できるようになれば便利だ。

 今のコマンド方式はめんどうすぎる。コマンドを選んで次の画面、コマンドを選んでキャラ選択、コマンドから敵を選択……。

 コマンドが最初から視界の隅に出ており、視線だけで選ぶことができれば、もっと戦闘が有利に進められるのではないかと木村は考えた。

 

 考えただけなので何にもならない。

 明日にでもおっさんに相談してみることにする。

 

 

 さて、本日のミッションは戦力確認である。

 右に浮かぶ項目はキャラ、アイテム、結晶、トロフィーの四つ。

 戦闘よりはずっと楽だろうが、各項目でノルマの数字があり地味に面倒だ。

 

 

 まずはキャラ項目から開始する。

 

 ステータスの確認だけなので、あっという間だと思ったが地味に難しい。

 昼なら訓練室に行けば良いのだが、今は夜であり自室に戻っているキャラが多い。

 

 地図部屋は空だった。

 ブリッジも戦闘外なので誰もいない。

 

 食堂に行ってようやくキャラをみつけた。

 おっさんとテュッポ、それにゴードンというカクレガ中年組が酒を呑み交わしていた。

 昼間から悪びれもせず呑んでいるアコニトと違い、昼間のテンションとは違って静かに呑んでいるところが雰囲気を感じさせる。

 あそこに混ざりに行く勇気が木村にはない。

 

 ちょうど厨房担当のリン・リーが、彼らにツマミを出して礼を言われていた。

 リン・リーも昼間とは違い、ゆっくりと厨房内で作業していた。

 まるで自らの城に異常がないか確認する兵のようだ。

 こちらも怖くて近寄りがたい。

 

 ゴードンとリン・リーはどちらも☆3だ。

 スキルテーブルもほぼ進めていないので戦闘には貢献しない。

 代わりにカクレガ専用スキルが卓越しているため、いなくてはならない存在となっている。

 

 また、再び仲間になったテュッポは、☆2から一つ下がって☆1となっていた。

 性能としては☆2の時と変わらないが、あの強すぎるスペシャルスキルは発動できないらしい。

 もう一度見てみたかったので残念ではあるが、戻ってきてくれたことは素直に嬉しい。

 

 

 食堂を離れ、彷徨っているとかすかに歌声が聞こえてくるのでそちらに移動する。

 

 作ったばかりの音楽室ことカラオケ部屋である。

 

 ゆっくり開けると、絶賛歌唱中のルーフォがいた。

 他にはスメラとプーシャンもいる。……いるのだが眠っている。

 聞いた話だとルーフォの歌を聴いていると、とてつもなく眠くなるらしい。

 

 ルーフォは戦闘に出なくても良くなったので、アイテムや素材の帳簿を付けてくれている。

 資金や資源の計算もまたできるので、今後は事務の分野で役にたってくれそうだ。

 

 さらに製作室でボローに手を挙げて挨拶し、喫煙室を素通りして鑑賞室に着いた。

 ゾルとテイがクワガタやカブト虫と遊んでいる。テイは遊んでもらっているように見える。

 

 

 キャラ十体の確認を終えたので、次にアイテムを見ていく。

 こちらは簡単だ。素材や収集品も含むので、鑑賞室を回っていけば良い。

 

 ポッポス区域で集めた採集素材だけで部屋の半分以上が埋まっている。

 次に採集を本格的にやるなら、部屋の拡張か、別の置き場を作る必要がでてくるだろう。

 

 

 アイテムの確認はあっという間に終わり、続いて結晶だが、これは意識しただけで終わった。

 結晶を一つも持っていない。唯一、ゾルだけが結晶の恩恵を受けている。

 

 鑑賞部屋の真ん中にある無機質な装置は、未だに働くことがない。

 おっさんが無理難題を突きつけられたとぼやいていたが、解決する見込みはなさそうだ。

 このまま合成ができないと、素材ばかりが溜まっていってしまうので困る。

 それにキャラの強化もできないわけでもったいない。

 

 

 最後にトロフィーである。

 

 木村は鑑賞室を出て、自室に向かう。

 途中で四足歩行をしている奇獣を見かけたので、慌てて身を隠した。

 奇獣は雄叫びを上げながら、逆方向へと走り去っていく。

 あっちは食堂だ。匂いにつられたのだろう。

 

 オアシスと同様に水飲み場には獰猛な獣がいる。

 おそらくあの奇獣は狩られることになる。獣狩りの夜だ。

 

 さらに進むと訓練室に人影があった。

 ウィルが何か魔法の練習をしているようである。

 そういえば製作室にはいなかった。ようやく物作りの才がないことに気づいたようだ。

 

 哀れに思いつつも木村は自室にたどり着いた。

 おっさんにすら入れない、謎仕様のトロフィールームへ入る。

 

 トロフィーの数は目に見えて増えていた。

 前回はトロフィーのない棚があったが、今はどの棚も一つは置かれるようになった。

 冥府巡りで得られたものが大きいということだろう。

 

 ぱっと見で金トロフィーが二つも増えている。

 ちょうど左右反対側なので、最初と最後を金トロフィーになるよう見ていくことにした。

 

 

 最初の金トロフィーはイベントの棚だ。

 テュッポと、その肩から出ている多くの蛇が竜をにらみつけている。

 にらみつけられているのは冥竜だった。よく見ると蛇の頭の一つに木村たちも小さく見える。

 

 題名:“怪物たちの王”

 説明:“あなたはテュッポの真の姿を見た。其の前に立ちはだかるは黄金ただ一人のみ。”

 効果:“テュッポ☆1を仲間にすることができる”

 

 ……テュッポが仲間になったのは、トロフィーの効果によるものだったらしい。

 テュッポは、この場面でテュポーンと名乗っていた。どっかの世界でいうところの真名開放みたいなものなのか。

 

 ギリシャ神話はさほど詳しくないが、この黄金が誰を指しているのかくらいは木村でもわかる。

 最高神ゼウスのことだろう。真の姿のテュポーンをどうやって倒したのか想像できない。

 

 ハデス神がいるくらいだ。ゼウス神がいないわけはないだろう……。

 せめて敵として出てこないことを願うだけだ。

 

 

 次の棚には、追加ミッションの仕掛け人のトロフィーがあった。

 すなわち冥府の導き手である。

 

 銅のトロフィーで、彼女が石を穴に投げ入れるところである。

 顔文字のような抜けた顔であった。

 

 題名:“ヘカテーの魔法”

 説明:“あなたはヘカテーの魔法を見た。地上の魔法と彼女の魔法を同じものと考えるべきではない”

 効果:“ヘカテーの魔法を見たキャラの魔法能力が上昇する”

 

 絵面はひどいが、効果はありがたい。

 フルゴウルやウィルも彼女の魔法を見ていた。どうやら強くなっているらしい。

 ずっと冥府の導き手と呼んでいたが、ヘカテーというのが正しい名前だったようである。

 

 ヘカテーという名は聞いたことがあるが、どんな神なのかいまいち思い出せない。

 冥府にいて魔法を使う神というそのまんまな情報しかわからない。

 

 次もヘカテー関連のトロフィーなので何かがわかるかもしれない。

 

 銀のトロフィーだ。

 ヘカテーが松明を持って、腕を上げている。

 顔もにこやかでまったく緊張感がない。この人の像はこんなのばっかだな。

 

 題名:“ヘカテーの加護”

 説明:“あなたはヘカテーの加護を得た。夜道に彼女の灯りあらんことを――”

 効果:“ヘカテーの加護を持つキャラは敵の攻撃対象にならない”

 

 加護を与える存在の顔はいい加減なのに、効果がすごいずるい気がする。

 実質、これは無敵ではないのか。攻撃とかやりたい放題だ。

 

 ヘカテーの加護はルーフォが持っている。

 デイリーのサバイバルなら、立っているだけでクリアできるんじゃないか。

 そもそも戦闘に出られないようになっているので、悲しいことに効果を発揮しない能力ということか。

 どうしてもクリアできないときは、ルーフォに頼み込んでみることにしよう。

 

 

 ヘカテーのトロフィーから離れ、同じ棚の銅トロフィーを見ていく。

 

 暗い印象の男が椅子に座っている。

 ただ座っているだけなのに圧力を感じさせる。

 木村も彼に見つかった時のことを思い出して、顔が引き攣った。

 

 題名:“ハデスからの逃亡”

 説明:“あなたはハデスから逃げ切った。死から逃げ切れる者はいない。きっと疲れていたんだろう。”

 効果:“確定即死が5%の確率で致命傷に置き換わる”

 

 これは、どうなんだ……。

 まず、確定即死がどんなものかわからない。

 確実な死が、ミリ単位で生きている状態になるということだろうか。

 しかも確率が5%と低いし、生き残ったとしても何かができるとは思えない。外れ効果とみるべきだ。

 

 

 採集の棚にもトロフィーがついに現れた。

 四つの角が生えたクワガタが飛ぶ姿の銅トロフィーである。

 間違えようもなくゾルと一緒にいるクワガタだった。

 

 題名:“最高レア:生物”

 説明:“あなたは初めて最高レア生物を手に入れた。甘いものが好物らしいぞ”

 効果:“生物ペット(昆虫系)の能力が上がる”

 

 ……あれ?

 このトロフィーは前からあったのか。見逃していたようだ。

 説明文はすでに知っている情報だ。テイが甘いものを餌に背中に乗せてもらっている。

 効果がちょっと恐ろしい。昆虫系のペットはまだいるのか……。むやみやたらに増えてもらっても困る。

 

 

 他にもチョロチョロと増えていた銅トロフィーを見ていく。

 そして、ついに最後の金トロフィーにたどり着いた。

 予想どおりのトロフィーとなっている。

 

 討滅戦の銅トロフィー、銀トロフィーに並ぶように金トロフィーが置かれている。

 四枚の翼を生やした冥竜が、都市を破壊している場面が抜き取られていた。

 ようやく討滅クエストの呪縛から解放された気がする。

 

 題名:“キミかボクか”

 説明:“あなたは冥竜を倒した。…………『マタ アオウネ』”

 効果:“冥府のキャラの能力が大幅にアップする”

 

 説明文のこれは「また、会おうね」か。

 嫌な印象しか与えない文章だ。なんなんだあの竜は。

 しぶとすぎるだろう。もう永久に出てこないで欲しい。出てくるたびに悲しみが増える。

 

 説明で持って行かれたが効果は強い。

 普通の能力アップでもそこそこ強くなることは確認済みである。

 それが大幅アップときた、強くなることが約束されている。さすが金トロフィー。

 

 しかし疑問がある。この効果は誰にかかるのだろうか。

 テュッポはかかるだろう。フルゴウルはカゲルギ=テイルズのキャラだがどうだろう。

 ルーフォも当然かかるのだろうが、彼女の能力が上がっても帳簿がより正確かつ迅速に仕上がるだけである。

 

 

 最後の最後で、後ろ髪を引かれる思いにさせられ本日の追加ミッションを終えた。

 

 誰とも話すことがない静かな夜であった。

 

 

 

55.コラボ:追加ミッション3

 

 追加ミッションも三日目である。

 

 本日は朝から手紙が来た。

 来たというよりは顔面に落ちてきた。

 

 二度寝しようかとうとうとしていたら、天井に封筒が現れてそのままストンと落ちて額に刺さった。

 寝転んで見ていたスマホを、鼻に落としたときの痛みと比べれば可愛いものだが、びっくりするのでやめてほしい。

 

 寝転んだまま封筒から手紙を取り出して読む。

 ぱっと見、文面はますます短くなっている。

 

“『周辺の調査』

 

 そちらの周辺地域からの死者が増えていると、列の調査係から連絡がありました。

 

 配下を同行させますので調査しなさい。”

 

 

 もはや、「おはよう」という挨拶すら書く余裕もないようである。

 用件だけの寂しい文になってしまった。しかもミッションではなく、命令になっている。

 

 内容は周辺の調査とある。

 この辺りで急激に死者が増えたのは十日ほど前のことだ。

 それとは別の話なのだろうか。配下も送ってくるようなのでそちらにも聞いてみよう。

 

 ようやく体を起こし、ベッドからも足を下ろす。

 何かぞわりとしたものを踏んだ。謎の物体はむぎゅっと動いた。

 

「うえぁっ!」

 

 変な声が出てしまった。

 

 ベッドの上を後ずさりすると、踏まれた何かが動き出した。

 むくりと起き上がり、目の高さで動きを止める。

 

 見覚えがあった。

 薄紫色の毛がもふもふしている。

 

「えぇ、なんで……?」

 

 アコニトの尻尾がいた。尻尾だけだ。

 まさかこれが冥府の導き手の配下というわけではないだろう。

 見つめていたが、喋ってはくれない。鎧も着けてない。どうやら尻尾だけのようである。

 

「……えっと、どうしたの?」

 

 本当にどうしたのか。

 本体から離れようと思って、離れられるものなのだろうか。

 そもそも本体こそどうしたのか。

 

 尻尾の一本を扉の外に向け、ぬるぬると歩き出す。

 付いてきてと言わんばかりに、尻尾をおいでおいでとくねくね曲げてみせてくる。器用だ。

 

 ようやくベッドから下り、尻尾の後に続き部屋を出る。

 尻尾はよどみなく廊下を歩いて行く。途中ですれ違ったルーフォが三度見していた。

 

「なんですか、あれ?」

「アコニトの尻尾」

「ぇ、ああ。……はい?」

 

 木村も気持ちはわかる。

 『言われてみればアコニトの尻尾だな。でも、尻尾だけで動けるの?』という反応だろう。

 彼女は、尻尾が楽しそうに動いているのを見るのが初めてだからなおさらだ。

 

「どうしてですか?」

「わからない。付いてこいってジェスチャーしてきた。一緒に来る? ……というか来て」

 

 嫌な予感しかしない。

 どうせなら誰かを巻き込みたい。

 ルーフォには悪いが、犠牲になってもらうとしよう。

 

 尻尾はずいずいと我が物顔で廊下を進み、階段もするする上がっていく。

 ルーフォも歩くことなく、わずかに浮かんでの水平移動なので木村の足音だけが響く。

 

 最上層の農園にたどり着き、畝の間を歩いて行くと農園の隅に足が生えていた。

 白い足が地面から上に伸びて、膝の部分でぐにゃっと曲がり横を向いている。

 

「えっと、あれはアコニトだよね」

 

 尻尾の一本が縦に動いたので正解のようだ。

 違っていたら大ごとである。

 

 昨夜、食堂を襲撃し、逆にやられたといったところだろう。

 相手もタイミングも悪かった。薬もやっていたであろうので彼女も悪い。悪いことだらけだ。

 良いことが一つもない。尻尾が無事だったことくらいか。

 

「助けてやってくれって話なのかな?」

 

 尻尾は「No!」と言うように、数本を激しく横に振って主張する。

 それならどうしてここに案内したのだろうか。

 木村はよくわからない。

 

「おそらく。アコニトさんがここにいることは知ってもらいつつも、助ける必要はないと伝えたかったのではないでしょうか。報連相ですね」

 

 尻尾が「正解!」と示すようにルーフォへ一本を突きつける。

 ホウレンソウ……。大切だとは聞いたことがある。本体と違って出来た尻尾だ。

 

「それで尻尾さんはどうするの? 予定があるの?」

 

 迷うように細かく動いているので特に予定はないらしい。

 いきなり自由になっても困る状況なのだろう。

 

「気になったのですが、かなりボサボサになっています。汚れもひどい」

 

 言われてみれば毛に艶がない。

 土は当然として埃もあっちこっちに付いている。

 焦げ痕すらあるのはどういうことなのか。

 

「よろしければケアしましょうか?」

「できるの?」

「はい。時間をいただければ」

「それじゃあしてあげて」

 

 尻尾は大喜びだ。るんるんな様子でルーフォについていく。

 声が出なくても気持ちはよくわかった。

 

 けっきょく、どうやって尻尾だけ分離したのかはわからずじまいだった。

 

 

 一つの問題が解決をみたところで、訓練室にいるであろうおっさんに会いに行く。

 今日の追加ミッションを説明しなければならない。

 

 着けば訓練室もまた異様な雰囲気に包まれている。

 とある二人の前に、他のキャラたちが集まっていた。

 

「おはようございます」

「おはようございます」

 

 問題の二人は困った顔で、木村に挨拶してきた。

 挨拶された木村も困惑する。二人ともウィルだった。

 同じ顔、同じ服、同じ声に同じ仕草で二人は歩いてくる。

 

 この時点で木村が事情を察したのは、導き手からの手紙があったからだろう。

 相手の姿を真似る配下が送られてきたに違いない。

 むしろ尻尾の方がずっと驚いた。

 そのため冗談も言える。

 

「分裂したの?」

「わかりません。ここで眠ってしまい起きたら、このとおりです」

「わかりません。ここで眠ってしまい起きたら、このとおりです」

 

 そういえば夜もここに一人でいた。

 魔法の特訓に疲れて眠ってしまったと推測される。

 そこでいたずら好きな配下のおもちゃにされてしまったわけだ。

 

「実は――」

 

 木村は、冥府の導き手からの手紙について話した。

 ドッペルゲンガーが配下だとわかったが、どちらが配下なのかがわからない。

 

「おっさんはどっちが偽物かわかる?」

「ああ。ちゃんと見分けられるようになるんだぞ」

 

 わかっている様子だ。

 わかっていなければカクレガ内の侵入は許さないか。

 木村の話もすでに知っている様子だったし、配下から直に話を聞いていたのかもしれない。

 

 しかし、二人のウィルはまったく見分けがつかない。

 試しに魔法を使ってもらったが、どちらも同レベルで実行している。

 これはこれですごい。ウィルが二人いれば単純に火力は倍だ。

 

 ステータスを見ればわかるのではないかと気づいた。

 二人を視界に捉え意識したところで、おっさんの手に遮られる。

 

「行動や言葉で見分けられるようになるんだ」

 

 ステータスを見るのは反則らしい。

 ウィルをどれくらい理解しているかが課題だが自信はない。

 

 試しに過去の経験を尋ねたが、どちらも普通に答えてきた。

 記憶までコピー済みということだろう。かなり優秀な能力を持っているようである。

 

「このまま調査に行こうか」

 

 外で二人の動きを見ていた方がわかるかもしれないと木村は考えた。

 

 

 カクレガの外に出た。

 メンバーはウィル二人に、フルゴウルである。

 ゾルが出たそうにしていたが、ウィルに止められてしまった。

 あの鎧はこの地域で虐殺をしていたから、刺激してしまう可能性があるとのこと。

 

 ごもっともなので、住民を刺激しないメンバーである。

 ちなみにフルゴウルの目には、どちらがウィルの偽物か一目瞭然らしい。

 ウィルと同じ魔法を使う変な存在に見えるようだが、どちらが偽物かは教えてくれない。

 

「住人が死んでいるということですが、神気の量が減少しているからかもしれません」

 

 二人のウィルが同時に可能性を告げた。

 左右から声がかかってくるので、木村は立体音響を味わっている気分だ。

 どうせなら可愛い女の声でやってもらいたい。それならリアルASMRとなりハッピーである。

 

「冥府に行く前と比べて、地域の神気が減っています。冥府と繋がったときに流れてしまったのかもしれません」

 

 さもありなん。

 多い方から少ない方に流れるイメージなので、冥府からこちら側に流れると考えていたが感覚とは逆なようだ。

 

「見たところ、ここ二日でも精気層の高度が下がっている。溜まっていた精気が発散しているようだ。竜脈が移動した可能性はないか?」

「竜脈?」

「神気が溜まりやすい地や、その経路のことですね。竜脈が変わるという話は聞いたことがありません」

 

 温泉のスポットみたいなものだろう。

 地下から噴き出していた熱湯がなくなったイメージをする。

 源泉がなくなったか、あるいはフルゴウルの言うように流れが変わったのか。

 

 その原因は、やはり冥府と繋がったことではないだろうか。

 地下に冥府が出たのでそっちに移動したとか。

 

「冥府に竜脈が持って行かれた?」

 

 木村は思ったことを口にしてみる。

 素人発言だが「冥府が出現すると竜脈がどうなるか」に答えられる玄人などここにはいない。

 

 ありえるかもしれない――全員がそう思ってしまった。

 

「原因はひとまず冥府の出現として、住人がどうなっているかを調べてみましょう」

 

 すでに地図で集落の位置は確認済みだ。

 近くに来てから、外に出てきている。

 

「いますね」

 

 木村も見えた。

 多くの魔物が地面に横たわっていた。

 魔物というより獣に近い。鹿のようにも見える。

 異様に大きな四本の足と、頭から生える幾何学的な角が特徴的だ。

 

 近づいていくと数頭が起き上がろうとしたが、力が入らないのかそのまま地面に倒れ込んでしまった。

 獣のような深い黒の感情が読めない目が、木村たちを見つめている。

 数多くの目に見つめられ木村は非常に居心地が悪い。

 

「人間。これは、お前らの仕業か?」

 

 不意に声をかけられてた。

 喋れるのかと驚いたが、聞き取れたのは間違いない。

 このあたりが獣じゃなくて、魔物としての特性なのかもしれない。

 

 ウィルやおっさんが答えないので木村が答えることにする。

 最近はこういう役回りが多くなってきた。これは成長と言えるのだろうか。

 

「判断に迷うところです」

 

 木村が答えるとウィルとフルゴウルが意外そうに木村を見た。

 木村もなんだろうと見返す。

 

「お前らが来たから、こうなったのではないか?」

 

 ウィルらと話す前に魔物が声をかけてくる。

 

「それは、否定できません」

「西部や中部の奴らも死んでいった。お前らの仕業か」

「西部は違います。中部はそうなります」

 

 ようやく否定できたが、肯定もできてしまった。

 西部はゲイルスコグルが皆殺しにしたから違うと言える。

 中部はイベントと言えど、こちらに責があるかもしれない。主にアコニト。

 

「こちらも聞きたいのですが、あなた方がそうなっているのは魔力が減っているからですか?」

「魔力こそ我らの生きる源。こうなっては、もはや我らは生きられぬ」

「引っ越しとかを考えたりは?」

「この地より外は人の地。出れば争いとなる。我々は争いを好まない。人とは違う」

「でも、このままでは死んでしまうのではないですか?」

 

 答えは返ってこない。

 そもそも移動する力もなさそうである。

 移動したところで争いになるくらいなら、ここで死ぬという心構えだ。

 潔いとは思う。どうせ死ぬならせめて素材として死んでいってもらえないか、と思った自分を諫めた。

 

「驚きました。そんなこともできたのですね」

「……なにが?」

「魔族と話をしていたではないですか」

「そりゃ言葉が通じるから、話くらいできるよ」

 

 コミュ障だから会話はできないと馬鹿にしてるのか。

 これは裏の読み過ぎだろう。単純に人外と話す勇気を褒めてくれたのだ。

 

「彼らは何と言ったのです?」

「…………え? 聞き取れてないの?」

 

 思っていたことと、まったくの別方向だった。

 

 今さら言葉の問題が出るとは予想外だ。

 異世界だろうが、ソシャゲの世界だろうが、今まで普通に日本語で話していた。

 

 ソシャゲはまだ日本産のゲームだからわかる。

 異世界で日本語が通じるのはおかしいと思ったのも早三ヶ月ほど前の話である。

 もはや異世界生活に慣らされてしまい、そんなものだと思い込んでいた。

 

 互いに驚ろいたところで、彼らとの会話を振り返る。

 住民たちの言葉をウィルたちに伝えた。

 

「外には行けないでしょう。神気が減ったとは言え、ここよりも濃い地などそうはありません」

「珍しい種族だ。精気をそのまま取り込んでいるのか。このままでは間違いなく死ぬ。すでに取り込み量よりも消費量の方が多い状態だ。明日には崩壊するだろう」

 

 燃費が悪すぎる。

 死へのカウントダウンがすでに一日を切っているようだ。

 

「やっぱり他の住人たちもそんな様子なのかな」

「そうなるだろうね。この付近の住人たちがこれらと同じ特徴を持つなら、あと五日もすれば、ここから彼らは一人もいなくなるだろう。人の時代の始まりだ」

 

 そして、住民たちは仲良く冥府へ行くことになる。

 冥府の列はさらに長くなることだろう。

 

 その後も、他の住人たちを巡っていったがやはり同様であった。

 木村たちを敵として力を行使し、魔力不足に陥り、そのまま体が崩れ落ちたものも目にした。

 崩壊と聞いていたが、体が砂のように朽ち果てていくのは、そのまま死体として残るよりも残酷さを感じた。

 

 日も暮れたので今日の調査を終了する。

 

 

 カクレガに戻ると、いつの間にかウィルが一人に戻っていた。

 

 調査ミッションが完了し、偽物は帰ってしまったようである。

 けっきょくどちらが偽物なのかはわからずじまいだ。

 

 

 夜になって、自室でぐだぐだしているとアコニトがやってきた。

 

「坊やぁ。邪魔するぞぉ」

 

 尻尾がない。

 戻ってきてもらえてないらしい。

 

「どうかしたの?」

「どうかせんと来ちゃいかんのかぁ? ん~?」

 

 面倒くせぇな、この尾無し狐と木村は思った。

 しかし、用もないのに部屋へ来ることは滅多にない。

 だいたいヤニを吸ってるか、酒を呑んでるか、その両方だ。

 彼女は近くにいるとうざいくらい絡んでくるが、離れるとまったく絡まなくなる。

 

 尻尾がないと本当にケモ耳のコスプレをしているお姉さんだ。

 服も扇情的なので、男子高校生には目の毒である。胸の膨らみに目が行ってしまう。

 

「ん~? どこを見てるんだぁ?」

 

 こういうときばかり目ざとい。

 本当に何をしに来たのか。尻尾の代わりに自分で遊びに来たのかと木村は思った。

 

 そして、ぼんやりとアコニトを見ていて違和感を覚える。

 

「……誰?」

「おぉい、坊やぁ、尻尾がないと儂の判別もできんのかぁ?」

「声も顔もアコニトだけど……、なんだろう、なんか違う」

「あぁ?」

「なんだろう、漂ってくる素のキチ○イ感がない。まともな人がアコニトの真似をしてる感じがする。――ウィルの真似をしてた人?」

 

 アコニトの顔つきが変わった。

 彼女が絶対にしないであろう混じりけ無しの微笑みである。

 やはり何者かがアコニトの真似をしていたようだ。昼の人と同じだろうか。

 

「ずいぶん、この狐娘を愛してるんだね」

「愛しているとは違いますが、付き合いが長いですからね」

 

 異世界に来た初期からのお付き合いだ。

 おっさんとほぼ同時である。

 

 そろそろ異世界に来て100日になる。

 運営から100日記念プレゼントがあるかもしれない。

 

「狂人の真似は難しい。昼の彼は簡単だったんだけど」

「最後までわかりませんでした。お見事です」

 

 アコニトは満足そうに微笑んでいる。

 こんな顔もアコニトはできるんだと木村は意外に思った。

 人の顔を形成するのは、顔面の筋肉だけでなく中の人間性が大きいと知った。

 

「主からの届け物だよ」

 

 胸の谷間から封筒を取って、差し出してくる。

 躊躇しつつも木村は封筒を手に取って、中を開けて読んだ。

 

“調査お疲れ様。

 

 最後のミッションです。

 

 『周辺の住民を助ける』

 

 絶対に助けなさい。

 一人たりとも死なせてはいけません。

 

 手段は選びません。

 配下の貸し出しもします。

 

 全員を救いなさい。

 

 これ以上の裁定は私も気が狂います。

 

 松明で殴られたくなければなんとかしなさい。以上”

 

 

 無茶振りだ。

 

 文章は長くなったが、嬉しくない。

 

「導き手さんは、けっこう心がやばい状況ですか?」

「怖くて誰も近寄れませんね。私も、自分からこちらを志願したくらいです」

「相当じゃないですか……。でも、松明で殴るなんて書くくらいの余裕はありそうですね」

 

 松明で殴られたところでさほど痛くもないだろう。

 魔法で消し飛ばすとかじゃない。緊張感がやや薄れてきた。

 

「……え、なんですか?」

 

 アコニトの顔が凍り付いている。

 真っ青だ。薬でトリップ失敗したとき並に顔色が悪い。

 

「松明で殴る――本当にそう書いてあるんですか?」

「はい。最後のところに」

 

 アコニトは固まっている。

 真剣に困っている様子である。

 この顔もなかなか新鮮なので黙って観賞する。

 普段はさっさと薬に逃げるので、ここまで真面目に困らない。

 

「主は魔法が得意なんです……」

「はい。見ました。すごかったですね」

 

 都市を一つ元どおりにするのが簡単だと言っていた。

 ウィルは驚愕していたし、どれくらいすごいのか説明もできない様子だった。

 「教授よりもすごい」と言いかけたが、「それは、でも……」と躊躇っている様子も見られた。

 

「しかし、主が本気の本気で戦うときは、松明を片手に持ってぶん殴るんです」

「……魔法は?」

「もちろん魔法も使っています。魔法をサブにした肉弾戦スタイルが強いんです。強すぎて加減ができないから、普段は制御のできる魔法をメインで使っていると言われているくらいですから」

「つまり、松明で殴るっていうのは――」

「『跡形もなく叩き潰すぞ』と捉えていただければよろしいかと」

 

 無茶振りに脅しまで加わった。最悪だ。

 

 ビジョンがないまま部屋を出る。

 

 とりあえず集まって話をする必要がある。

 

 

 時はすでに夜である。

 

 異世界に来て、一番長い夜になりそうな気配を木村は感じた。

 

 

 

56.メインストーリー 4

 

 夜中にも関わらず、主なメンバーがブリッジにそろった。

 

「……僕に化けていた人ですか?」

 

 ウィルが、偽アコニトを見るなり口にした。

 普段と明らかに違う顔つきだ。騙す気がないようなのですぐにわかる。

 

「昼は失礼いたしました。ヘカテー様の配下が一人。モルモーでございます」

 

 とても丁寧な所作だった。

 だが、アコニトの顔と声、それに服装でやられると心底気持ち悪い。

 ウィルも木村と同じ気持ちらしい。「ああ、いえ」とやんわり応えつつ、偽物から一番遠い席に座った。

 

 そういえば本物の方と今日はまだ会ってない。

 足なら見たが、地面から生えた足を見て、「会った」とカウントするのもおかしな話だ。

 尻尾は、ケアされてさらっさらのきらっきらになった状態で見かけた。よほど気に入ったのかルーフォにべったりしていた。

 そのうちケモ耳も単体で移動を始めるんじゃないかと不安に駆られる。

 

「状況を説明させていただきます」

 

 きれいな偽アコニトが現状の説明を始める。

 精神を追い込まれている上司からの無理難題を説明していた。

 あなたたちも追い込まれているが、一緒にいる私も殺されるのでなんとかして欲しいと締めくくった。

 

「応急的な延命措置として、私の筺に収納するという手がある」

 

 カゲルギ=テイルズの悪役で、どこかの社長だか会長をしていたフルゴウルが初手で良い案を出してくる。

 このあたりはマネージメント能力が欠けている木村には助かる話だ。

 

「延命はできる。しかし、私も力が上がっているとは言え、あの数を全て収納することは難しい。加えて、彼らの精気吸引もやっかいだ。筺に入れたとしても長くは保たない」

 

 彼らの魔力消費は大きい。

 とにかく燃費が悪く、しかも魔力が切れると死んでしまう。

 

 延命措置はできそうだが、その後が続かない。

 この地に再び魔力を呼び込むことができればいいが、もちろんそんな手段はない。

 彼らの燃費を効率化する、カクレガの仲間に加えて死ななくさせるといった案は出たが実行は出来そうにない。

 

「石化ができる知り合いがここにいればなんとかなったかもしれないが……。彼女の配下にそういったものはいないのかな?」

 

 フルゴウルが偽アコニトに尋ねた。

 

「いるにはいますが……」

 

 石化は魔力抵抗が大きいと通じないらしい。

 この地の住人を石化させることは難しいと偽アコニトは話す。

 

 そもそも石化させたらセーフってどうなの、と木村は思った。

 いや、確かに死なないから課題の解決はできている。課題は解決するけど、いろいろと別の問題が残らないだろうか。

 思考パターンが自分とは違いすぎることに木村は戸惑っている。

 

「この地で生かすことは難しい。それでは、別の場所へ移動させることを考えよう。移動手段は転移になるだろうが、枝を持っていた彼女の力を借りることはできるのかな」

「可能です。三姉妹も喜んで力を貸すでしょう」

「そうなると移動先か」

 

 またしても難題である。

 魔力が少なくともここよりも多い場所だ。

 ダ・グマガ渓谷しか思い浮かばない。連れて行けば間違いなく殺し合いが始まる。

 

「そういった場所は二カ所ほど心あたりがあります。まず一つがダ・グマガ渓谷です」

 

 ウィルが木村と同じ提案をした。

 フルゴウルがどのような場所か尋ねたので、ウィルが説明し、すぐさま却下された。

 あそこの住人がどういう存在かは泡列車の中でフルゴウルも体験しただろう。

 

 木村もふと考えた。

 あのときのフルゴウルとケリド、さらに黒いおっさんを相手にごり押しできる熊の彼はどこにいったのだろう。

 ついでに彼と一緒にいた若そうな男性の行方も気になる。赤竜の爆発に巻き込まれたはずだ。

 

「もう一つはここですね」

 

 そう言って、ウィルはブリッジの簡易地図でグランツ神聖国の南東を示した。

 まだ、行ったことがないため真っ黒である。

 

「ここは神気が溢れています。人も入れません。条件は良いはずです。彼らなら大丈夫かもしれません」

「距離がやや遠いですね。ひとまず可能かどうか聞いてみます」

 

 偽アコニトが目を閉じる。

 ときどき口をパクパク開いて、何かと話をしているようだった。

 

「可能のようです」

 

 どよめきが生じた。良いどよめきだ。

 偽アコニトも安堵の表情を隠すことができないようである。

 

「三姉妹が現地を実際に視察してみるようです」

 

 全員がほっと息を吐いて、背もたれに体重を預けたところで、偽アコニトがまた目を瞑って会話を始めた。

 途中で問題が起きたようで、慌ただしく会話を交わしていた。

 良くないことが起きたことは間違いない。

 

 会話が終わったようで、偽アコニトが目を開いてウィルを見た。

 静かにジッとウィルを見つめる。両者間で緊張の糸が張り詰めている雰囲気だ。

 

「念のため確認しますが――、その地に何があるか知っていて言われましたか?」

「何があるのか……? その地は、五年前にルルイエ教授――僕の神聖術の師ですね――がおこなった実験で人が立ち入れなくなった、くらいしか聞いてません。神気の濃度については僕も近くまで行って見たので間違いないです」

「そうですか。嘘ではないようですね。その地は却下です」

「何があるんですか?」

 

 ウィルはすぐさま尋ねかえした。

 木村も気になる。途中で偽アコニトの雰囲気が変わった。

 そこに何かがあったことは明白だ。ただの実験跡地の更地とは思えない。

 

「大きな石柱があったようです。三姉妹が近寄ることを躊躇うほどの禍々しい石柱が五本――。主からも立ち入りを禁じられました」

 

 淡々と偽アコニトは話す。

 ウィルは心あたりがあったようで「ああ」と一言もらしていた。

 

「知ってるの?」

「ええ、まあ……、石柱と言えば教授の作られたオリジナルの神聖術ですね。見たことはありませんが、話だけなら聞いたことがあります。五本の石柱で空間を仕切り、囲まれた領域に歪みのない空間を構築する、と」

 

 木村も教授と話したことを思い出した。

 歪んだ世界を正そうとしたが、歪みきった自分にはできなかった、と。

 

「結果として場が歪んだとは聞きました。歪みというのがどういうものかはわかりません。神気に溢れて人が入れなくなってしまった、と理解しています」

「神気に溢れているくらいでしたら、エリニュス三姉妹が躊躇うことも、主が立ち入りを止めることもありませんが……。それよりも、今はこちらの問題に当たりましょう」

 

 偽アコニトが脱線した話を戻した。

 木村としても気になるところではあるが、住人の死を止めることが先決だろう。

 

 

 その後も案は出した。そして意見は出尽くした。

 沈黙が覆った。

 

「――ん? ちょっと待つんだぞ」

 

 おっさんが席を離れた。

 ブリッジから出て行って、すぐまた戻ってくる。

 

「モルモー女史。ここに転移はできるか?」

 

 珍しくおっさんが喋った。

 こういう場面で口を開くのはかなり珍しい。

 普段ならご機嫌そうな顔でニコニコ眺めているだけだ。

 地図の真っ黒の部分を指して、偽アコニトの返答を待っている。

 

「この距離なら可能でしょう」

「俺を転移させてくれ」

 

 偽アコニトがすぐに目を閉じて、冥府側の誰かと会話を始める。

 木村も気になったのでおっさんに近づいて尋ねた。

 

「あてがあるの?」

「渡りに船だ」

「どういうこと?」

 

 おっさんは説明しなかった。

 偽アコニトの側に、初日に戦った三姉妹が現れ、すぐにおっさんとどこかへ消え去ってしまう。

 ウィルとフルゴウルが非常に警戒していたので、初日のときよりも強い状態なのだろう。

 

 彼らが消えて雑談をしていると、すぐに戻ってきた。

 しかも一人増えていた。

 

「ついたぞ」

「おっ! ここがカクレガだねっ!」

 

 ぼっさぼさの赤茶色の髪に、つなぎを着ているずぼらそうな女性である。

 顔にそばかすがあり、そばかすどころか汚れもついていた。

 片腕に何かケースを抱えている。

 

 彼女は楽しそうに周囲を見渡していた。

 ひととおり見渡した後で、ようやく木村たちを見る。

 顔の汚れもトレードマークになるような明るい笑みを浮かべている。

 

「やあやあ! よろしくね!」

 

 女が近づいて、手を差し出してくる。握手だろう。

 日本では一般的でないが、そういった文化があることを木村は知っている。

 異世界では初めてだったが、こっちにも同じ文化があるようだ。

 

 ひとまず握り返そうと木村が手を伸ばしかけたところで、おっさんに手首をつかまれた。

 おっさんは木村ではなく、女の方を見ている。木村からおっさんの表情は見えない。

 

「手は出すな、と言ったはずだぞ」

「やだなぁ! 挨拶だよっ! あたしは挨拶は大切だと思ってるんだ!」

 

 女はやかましい声でおっさんに説明している。

 おっさんがどういう表情をしているかはわからないが無言である。

 根負けしたようで、女は「困ったもんだ」と手を引いた。

 

「時間もない。さっそく外に出るぞ」

「よっしゃあ! どんどんやるよぉ!」

 

 女もやる気満々である。

 おっさんと女が出て行き、偽アコニトも続く。

 木村も続こうとしたところで、二人から制止がかかった。

 

「ちょっと……」

「君、待て」

 

 ウィルとフルゴウルである。

 フルゴウルが目を開いているし、ウィルも顔色が良くなかった。

 良くない話だと木村は察する。

 

「さっきの存在に近寄らない方が良いです」

「同感だ。混ざりすぎている」

 

 魔力感知持ちの二人が危険を示している。

 おっさんも手を出すなと言っていたはずだ。

 それよりも意味のわからない言葉がでてきた。

 

「混ざりすぎているってどういうこと?」

「言葉どおりだ。どう見えているのかはわからないが、私には、先ほどのモノは数多の生物を混ぜ合わせた多様な色を持っていた。一つの生命体として見ることは到底できない」

「やはりそうなのですか。僕も気持ち悪くて仕方なかったです。見えているのは一個体なのに、何百という神気の質が混ざっているように感じました」

 

 思った以上におぞましい回答が返ってきた。

 木村が見た目で判断するに作業着姿のお姉さんという感じだったが、実質はかなり違っているらしい。

 

「先ほどの感覚に心あたりがあります。採集素材部屋の合成装置と関係があるのではないでしょうか」

 

 ウィルに発言に木村も合点がいった。

 おっさんの知り合いのようだし、さらにウィルも合成装置を混ぜるとか何とか言っていた。

 

 あのときはおっさんが合成装置の仕様を変更するのに、無理難題を押しつけられたと話していたが内容は何だっただろうか。

 もしかして今回のことが、それと関係があるのかもしれない。

 カクレガに関することなら、おっさんが積極的に動くことも説明が付く。

 

 

 

 カクレガの外に出たのは良いが真っ暗だ。

 フルゴウルや冥府組は見えるのだろうが、木村には何も見えない。

 

 ウィルが光の魔法で周囲を照らしてくれた。

 倒れている住民が目と鼻の先にいて木村は驚いてしまった。

 

「どんどん回収するよぉ!」

 

 女が魔物に手を触れる。

 魔物が消えた。

 

「えっ?」

 

 あまりにも一瞬で、木村は理解が追いつかない。

 本当にただ女が手を触れただけで、木村の数倍の図体をもつ魔物が消えた。

 

 驚いているうちにも、女は次から次へと魔物に触れて消し去っていく。

 あまりにも迅速かつ作業的で声がかけづらい。

 

「よっしゃあ! 次いってみよう!」

 

 あっという間に見える範囲の魔物が消え去った。

 いつの間にか現れていた翼の三人組が、転移の魔法を行使し、別の場所に移る。

 

 そこでも先ほどと同様に女はサクサクと魔物を消してしまう。

 デスクトップ画面に置いてある要らないファイルを、ゴミ箱にいれるような気軽さである。

 

 魔物の数が増えてきて、女が手を増やした。

 比喩でも何でもなく、女の背中や腕から別の腕が生えてきたのだ。

 それが倒れている魔物や逃げようとする魔物に触れて、姿を消し去っていく。

 ここにきて、ようやく木村もウィルたちの言葉どおり、この謎の女がやばい存在だと認識できた。

 木村はもちろんとして、ウィルやフルゴウルも女から距離を置いているし、偽アコニトや三人組も女から距離を取っている。

 

 作業が場所を変え何度も行われ、夜も明けぬうちに全てが終わった。

 カクレガに戻って、女は一仕事やり終えたとほっと息を吐きつつ、ルーフォの入れたお茶を飲んでいる。

 

「あの……」

「ん? どうかしたかい?」

「えっと、外で消した人たちって、どうなったんですか?」

「ここにいるよ!」

 

 地面に無造作に置かれたケースを女は指さす。

 特に特徴のないケースだ。スーツケースに近い無機質さを感じる。

 この世界で、ここまで角張ったケースを見るのは初めてかもしれない。

 

「この中に?」

「うん!」

 

 無邪気な表情で女は頷いた。

 木村は「あの数をこの中に? どうやって?」と追及したかった。

 だが、にっこり顔であっさり肯定されると木村も追及できない。

 とりあえず木村としては彼らの今後を聞いておきたい。

 

「彼らは、この後、どうなるんですか?」

 

 とても……とてつもなく嫌な未来を木村は感じていた。

 漫画やアニメではこうやって連れ去られていったキャラは、実験されてむごい状態になる。

 ケースに詰められた時点で、もうすでにむごい状態とも言える。

 

 女はぽけーと木村を見て、その後でおっさんを見た。

 おっさんは女を見ずに木村を見ている。

 

「言ってないのかい?」

「ああ。木村は彼らの今後を気にしているようだぞ」

「なるほどね! 大丈夫! 心配しないでいいさ! この子たちは、別のところで穏やかに生きていってもらうよ!」

「別のところ? でも大丈夫でしょうか。魔力の量とか、他の人との折り合いとか」

 

 ここの住人は魔力がないと生きていけない。

 しかも人との折り合いが悪い。人と言わずとも別の生き物がいるところでは、原住民と争いが起きるのではないだろうか。

 

「大丈夫! そのあたりはちゃんと聞いてるから! この子たちがこれから行くところは、魔力もたくさん手に入るし、争いになる他の住民もいないからね! 心配しないで!」

 

 女は問題ないと自信満々に頷いている。

 不安になりおっさんを見るが、彼も「嘘はついてないぞ」と肯定した。

 木村もそれならと、これ以上は追及しなかった。ただ、なんだろうか。おっさんの言い方が気になる。

 

 女はお茶も飲み終え、席を立った。

 

「お茶、ごちそうさま! おいしかったよ!」

 

 女はルーフォに礼を言い、ルーフォも満足そうに頷いた。

 尻尾もルーフォと一緒に頭を下げている。たぶん頭だが尻尾なので正解かはわからない。

 

「それじゃあ、帰るよ! 転移をよろしく!」

「ちゃんとアレを直すんだぞ」

「当然さ! 約束は守るよ!」

「納期も守れるんだぞ」

「……がんばるよ」

「おい、待て」

 

 謎の女は最後の一言だけ明後日の方向を見ていた。

 おっさんと女が言葉を交わすと、翼の三人組と一緒に女が消えた。

 おっさんも一緒に消えてしまっている。

 

 いなくなると一気に静かになってしまう。

 

 けっきょく彼らはどこに連れて行かれるのだろうか。

 

 

 ひとまず全員がほっと息を吐き、椅子に腰掛けた。

 偽アコニトにも疲れが見える。

 

 実は全員が特に何もしていない。

 ちゃんと働いたのは消えた謎の女と、冥府の三人組くらいだ。あとおっさん。

 

 しかし、黙って付いていくだけでもけっこう疲れたし、夜も遅い。

 何より問題が一つ片付いたことで、緊張が消え去ったのは大きいと言える。

 

 待ってみるが、おっさんは戻ってこないし封筒も届かない。

 偽アコニトが何度か会話をしていたが、さらに別の問題があったようだ。

 

「すみません。『まだ帰ってくるな』と言われまして……」

 

 偽アコニトが申し訳なさそうに告げてくる。

 問題はあったようだが、こちらには影響がないのでもう解散して良いとのことだ。

 おっさんは帰ってこないが、特に気にせず全員が部屋に帰っていく。

 

 偽アコニトもここで待たせるのは可哀相だったので、空き部屋を提供した。

 椅子とベッドもつけ、必要なものがあれば提供するとも加える。

 

 彼女はすごく丁寧に礼を述べ、大人しく部屋に入った。

 アコニトもあれくらい丁寧だったらいいのに。そう思いつつ木村は自室へ向かう。

 

「おっ、坊やぁ。儂の尻尾を知らんかぁ?」

「……あれ? 本物?」

「あぁ? 高貴で神性豊かなこの儂が二人もいるものかぁ。そうか、来たるべき日が来れば儂の分け身を見せてやるぞぉ。かぁー、まったく贅沢な奴よぉ」

「本物だ」

 

 この発言はきっと偽物にはできない。

 顔芸がもうおかしいし、体中が土まみれで汚い。

 汚れをまったく気にせず、廊下をぺたぺた歩いているのも異常だ。

 認知症を患った老人のような行動をしている。

 

「尻尾ならルーフォにケアされてキラキラになってた。今も一緒にカラオケ部屋にいるのかな」

 

 お茶を入れてもらう前は、カラオケ部屋で熱唱していた。

 尻尾がタンバリンを叩いて、盛り上げていたのはあまり見たくない光景だった。

 

「は? 儂を差し置いてケアだぁ?」

 

 どこに腹を立てたのかわからないが、怒った様子でカラオケ部屋に進んでいった。

 追いかけようかと思ったが、今夜は疲れたのでもう寝ることにした。

 

 ルーフォには迷惑をかけるが明日にでも謝ろう。

 

 

 

 翌朝になって、偽アコニトはまだいた。

 

 そろそろ姿を別人に変えてもらいたいのだが、わざわざ口にするほどでもない。

 問題は片付いたようでおっさんは帰ってきており、木村が起きたときにはすでに日課のトレーニングをしていた。

 

 偽アコニトから招集を依頼され、主要メンバーをブリッジに集める。

 いつものメンバーなのだが、本物のアコニトがいない。ルーフォや尻尾はいる。

 

「あれ? アコニトって知らない?」

 

 木村はけしかけたことを言わず、知らない顔をしてルーフォに尋ねた。

 ルーフォはちょっと言いにくそうな表情である。

 

「実は、昨夜、いろいろありまして、ゴミ捨て場に尻尾さんが連れて行きました」

 

 木村は察した。

 察してなお疑問が頭に浮かぶ。

 

 ……負けたのか?

 尻尾に? 本体が? 

 やはり本体は尻尾じゃないのか。

 

「良いことをしたな」

 

 おっさんは尻尾へグッジョブと親指を立てて示した。

 尻尾も二本を腕組みさせて、どんなもんだと誇らしげだ。

 

「主からこちらを渡すようにと預かっています。これが最後になるようです」

 

 偽アコニトが差し出したのは封筒である。

 どうやら最後の手紙は顔の上に落としてこないらしい。

 

 だいぶ余裕が出来てきたのかもしれない。

 追加ミッションも終わりだろう。

 

 木村は手紙を広げる。

 そして、一同に聞こえるよう声に出して読む。

 

「“まずはおつかれさま。

 

 冥府との大きな道も、今日の昼には閉じることになります。

 

 君は追加ミッションを全て達成しました。死者数ゼロ! 素晴らしい!

 

 特別報酬として、そこにいる私の部下を貸し与えます。

 

 好きに使ってください。

 

 それと――」「失礼」

 

 読んでいる途中で、偽アコニトが席を立って木村の手から手紙を奪った。

 手紙を食い入るように見ている。

 

「上司と話をしますので離席します」

「あ、はい」

 

 何も聞かされてなかったようだ。

 偽アコニトは焦った顔つきで部屋から出て行ってしまった。

 

「続きを読むね。

 

“それと君たちは東に進み、ヘイラード王国にたどり着きます。

 

 不可抗力もあるでしょうが、可能な限り死者が出ないよう、

 

 慎んで行動することを冥府から祈らせていただきます。”」

 

 慎んで、が太字で書かれていた。

 

「ヘイラードですか。大国ですね」

 

 ウィルは知っているようだ。

 かなり大きな国らしい。

 

 偽アコニトもしょんぼりした顔つきで戻ってきた。

 帰れなかったことが一目でわかる。

 

「しばらくお世話になります」

「あ、はい。部屋は昨日のところをそのまま使ってください」

「ありがとうございます」

 

 すごいしょんぼりしている。

 アコニトの顔でしょんぼりしていると可愛いと木村は思ってしまう。

 

「おぉ! ここにおったか尻尾ぉ! ――お? おおっ?」

 

 扉を開けてアコニトがやってきた。

 本物である。

 

 ゴミ捨て場に追いやられたのは事実だったようだ。

 体に土とゴミが付いているし、匂いがひどい。フルゴウルが顔を背けている。

 どうやら彼女は体が丈夫ではないらしい。泡列車でも酔っていたし、アコニトのタバコも近くで嗅ぐと咳をしていた。

 

 本物のゴミアコニトが、偽物のしょんぼりアコニトを見て固まっている。

 ……そういえば、本物がこの偽物と会うのは初めてだったかもしれない。

 

 出会ってはいけない二人が出会ってしまった。

 

「見ろぉ、坊やぁ。儂が増えたぞぉ!」

 

 うひゃひゃひゃ笑って木村を見てくる。

 木村は、昨日の話で流れがわかるが他の人は間違いなくわかってない。

 素面でこの反応ができるってのが、素直にすごいと思う。

 

「喜べよぉ! ほれぇ、ほ――」

「うるさいぞ」

 

 おっさんが本物の首に指を二本当てた。

 木村からは首の皮をつまんだように見えた。

 それだけで、アコニトは意識がぷっつり切れて崩れ落ちる。

 

「それではモルモー女史もこれからよろしく頼むぞ。見た目は変えておいた方が良いな」

 

 本物を見捨てたまま、集まった人員はブリッジから出て行く。

 

 さすがに不憫に木村も思ったが、偽アコニトの家具を揃えてあげないといけない。

 

 

 

 新たな仲間を増やし、カクレガはヘイラード王国へと進んでいく。

 

 王国と言えば、どの物語でも出てくる典型的な統治形態だ。

 しかも、後からウィルから聞くには帝国と肩を並べるほどの大国らしい。

 

 また、滅びるんじゃないか。

 

 木村は楽しみよりも不安が心に浮かんだ。

 決して根拠のない不安ではない。

 

 現に今まで通過した地点はだいたい滅んでいる。

 昨夜もデモナス地域を実質的に壊滅させた。

 

 他の物語でも、だいたい王国はモンスターの襲撃があったりする。

 特に王都は良くない。テロ行為のメッカだ。何でも起こる。

 

 これは滅ぶ。

 木村はもう諦めた。

 

 

 しかし、木村のこの不安は当たらなかった。

 ヘイラード王国はすぐさま滅ぶことはなかったのである。

 

 あるいは――滅んだ方が幸せだったのかもしれない。

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