チュートリアルおじさんと異世界巡り   作:雪夜小路

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Ⅴ章.レベル41~50

57.結晶強化

 

 カクレガは東に進んでいる。

 

 誰も住まなくなったデモナス地域を越え、ハムポチョムキキ平野に入った。

 

 名付けた人の頭は緩そうだが、デモナス地域に隣接しているだけあって、普通に魔物が出てくる。

 しかも地味に強い。一般人は間違いなく入れない。パーンライゼ区域に似た雰囲気の場所だ。

 採集と魔物の討伐を並行して進めつつ、デイリーもこなしていく。

 

 

 デモナス地域でおっさんが連れてきた謎の女は、やはり結晶合成装置と関わりがあったようだ。

 ついに結晶合成装置が通常稼働をすることになった。

 

 以前は希少度が5以上のもの同士しか合成できないワガママ仕様だったが、ついに何でもいけるクチになった。

 採集素材部屋に溢れていた素材というのゴミをどんどん合成装置に投入していく。

 レア度が高いと光るし、音の演出も出るようになった。

 部屋の拡張もする必要がなくなった。

 素晴らしいことだ。

 

 合成された結晶を、さらに別の効果が微妙な結晶と合成することで一段上の結晶もできるらしい。

 いくつか良さそうな結晶が完成したので、さっそくキャラに付与していく。

 

 ゾルは砕いて飲み込んでいたが、他のキャラは真似できない。

 ペイラーフが結晶を棒と鉢で細かく砕き、長い時間をかけて煎じることでようやく摂取できる。

 一人分でこれだ。ペイラーフも暇ではないので、一日に二結晶分しか作ることができなさそうである。

 

「はい! できたよ! ぐいっといくんだね!」

 

 ついに一人分ができた。

 最初の一杯はウィルの分である。

 見た目が土色で香りも土臭い飲みものが彼の前に置かれる。

 

「……ぅ」

 

 ウィルは一口付けて、すぐに離す。

 顔が歪み、見るからにまずそうである。

 彼の初めて見る顔に木村とペイラーフは笑いをおさえきれない。

 

 良薬は口に苦しというが、これは良薬なのだろうか。

 結晶はまだわからんでもない。

 

 スキルテーブルは謎だ。

 あの素材でキャラが強くなる原理が意味不明である。

 ゲームならそんなもんだと納得するが、どうして魔物の骨や臓物でキャラが強くなるのか。

 ウィルも最初の頃は自分の中にあれらの素材が入ってくることに、抵抗が凄まじくあったと話していた。

 

 しかし、煎じて飲む結晶と違い、スキルテーブルは一瞬で投入できるのであちらの方がキャラには優しいシステムだとも思う。

 木村としてもこの結晶を煎じた飲みものは口を付けたくない。

 

「一緒に飲まれませんか?」

「…………じゃあ、ちょっとだけ」

 

 口は付けたくないのは本心だが、怖いもの見たさというか、ウィルがそこまでひどい顔をされるとどんな味なのかは逆に気になった。

 ペイラーフも興味深そうに見ているが、残念なことに結晶効果が出てしまうので、これは飲ませられない。

 魔法が強くなるので、後で余った煎茶をフルゴウルにも飲ませる予定ではある。

 

「どうぞ! さあさあ、一献!」

 

 ペイラーフが満面の笑みで結晶煎茶を出してくる。

 飲みやすいように彼女が、園の花も入れて香りを出してくれているようだが、さらに混沌さが増した印象だ。

 

 まず、顔を近づけて香りを楽しむ。

 

「くっさ」

 

 楽しむってレベルじゃないぞ。

 ペイラーフが入れてくれただろう花の香りはする。

 やはり他の香りも混ざりすぎて、予想どおりにカオスだ。

 比喩抜きにして、香りを嗅いだだけで頭がグラリと揺れるほどの威力を持つ。

 これ、人間相手なら武器としても使えるんじゃないか。

 

 煎茶なので本質は味にある。

 ここまできたら、飲まないわけにはいかない。

 正直、もう香りだけで満足なのだが、ウィルとペイラーフの視線がわくわくしている。

 キャラたちに飲んでいってもらう手前、飲ませる本人は飲みませんじゃ納得されないものもあるだろう。

 

 目を瞑り、口を付けて煎茶を流し込む。

 液体が舌を通り、舌は電気信号として味を脳に伝える。

 

 赤身を帯びた土、緑深き草木、葉っぱに止まる虫たち、おっさんとゾルの声が響き渡る。

 青く広々とした空を筋状の雲が流れ、アコニトと緩やかな時を過ごしている。

 

「…………大丈夫ですか?」

 

 どこからか声が聞こえてくる。

 ウィルの声だ。彼はカクレガで留守番しているはずだ。

 アコニトがポツポツと呟いた。いつもと違い静かな声である。木村も声に頷き、再び目を閉じる。

 肌を撫でる風がどこまでも優しく――、

 

「起きて!」

「うわぁっ!」

 

 目を開けると、ウィルとペイラーフが見えた。

 

「あれ? ここってカクレガ?」

「どうしたんです?」

「いや、あれ?」

 

 木村が見ていたのは、紛れもなくポッポス地域での採集時間だった。

 あの地で過ごした時を木村は確かに追体験していた。

 

「ポッポス地域の景色が見えた」

 

 ウィルとペイラーフが顔を見合わせる。

 「飲んでも大丈夫なのか」の議論が真面目に行われ始めた。

 

 けっきょくウィルは飲んだ。

 鼻をつまみ、ペイラーフの言葉どおりに一気飲みだ。

 

 そして倒れた。

 

 

 ウィルが目覚めたのは翌日で、ちゃんと結晶の効果は生じていた。

 

 魔法攻撃上昇と速度アップがついている。

 

 速度アップは他の効果の方が良かったのだが、どれも微妙な効果ばかりなので今はとりあえずこれである。

 隠し効果は出なかったようだが、仕方ないだろう。

 

「体中を虫に這われる夢を見ました。もう二度と飲みたくないです」

 

 本心から言っているに違いない。

 案外、煎じて飲まずに結晶をそのまま飲み込んだ方が良いのかもしれない。

 ゾルがそれをして効果を得ていたし、飲み込んだ後で倒れることもなかった。

 

「効果はどうなの? 感じる?」

「ええ、神気の巡りが良くなったと思います。しかし、それ以上に気持ち悪いですね」

 

 さもありなん。

 虫に這われる悪夢を見て手に入れた力だ。

 良くない力に分類されるかもしれない。

 

「他に誰か飲まれたんですか?」

「フルゴウルとペイラーフが飲んだよ」

「大丈夫でしたか?」

「駄目だった」

 

 フルゴウルはウィルと同じモノを飲んだ。

 ウィルの飲んだ煎茶が余っていたので、そのままフルゴウルに飲ませたが彼女も駄目だった。

 

 ペイラーフは彼女専用の煎茶を飲んだ。

 回復力は十分なので、クールダウンタイムを減らす効果のある結晶にした。

 

 二人はそれぞれの部屋に連れられていき眠っている。

 ウィルも目覚めたので、彼女たちもそのうち起きてくるだろう。

 

 

 メインキャラには一通り結晶効果を付けておきたいが、とても面倒な奴がいる。

 アコニトである。彼女は絶対にこの煎茶を飲まないだろう。

 

 そもそもアコニトにはどの結晶が良いのかいまいちわからない。

 

 とりあえず魔法攻撃を上げておけば良いのだろうか。

 継続ダメージアップの結晶があるのならそれが一番だが、どうもなさそうだ。

 この平原で採集を行い、最後のあたりで良さそうな結晶を見繕って彼女に付与しようと木村は決めた。

 

 次のイベント開催はヘイラード王国とやらになるだろう。

 

 そこまでにキャラたちを強化をしておけば良い。

 

 

 次のイベントこそは、大きな問題なく楽しみたいものだ。

 

 

 

 ―― ―― ―― ―― ―― ――

 

 

 

 カクレガから大きく東に離れてヘイラード王国である。

 

 木村の願いは叶わない。

 王国では、すでに破局への事態が着実に進行している。

 

「準備は順調か?」

 

 王城の一室でピヨヨ宰相が対面の男に問いかける。

 問いかけられた人物は、王国神術省長官のモッフモフルドである。

 二人の間にピリピリとした空気が張り詰めていた。

 

 どちらも王都どころか王国において、上から数えた方がずっと早い地位にいる人物であった。

 部屋には人払いに加えて、盗聴の対策もされている。

 

「滞りなく。明日には完成し、私も確認をしますが問題はないでしょう。細かい調整をするくらいです。予定どおり十日後には実施できます」

「素晴らしい。さすがは神術省長官。お見事」

「いえいえ。これも宰相のお力添えあってのこと」

 

 二人は穏やかな笑みに変わり、剣呑な雰囲気も霧消した。

 ピヨヨは隠して置いてあった酒とグラスを二つずつ取り出し、机の上に置き、グラスを琥珀色の液体で満たした。

 一つをモッフモフルドに差し出す。

 

「ありがとうございます。本当に――我々だけで実行されますか?」

 

 モッフモフルドはグラスを手に取って、ピヨヨに最終の確認をした。

 ピヨヨもモッフモフルドの真意に気づいている。

 

「当然。我々でやり遂げなければならん」

「かしこまりました」

「残り十日。くれぐれも王や王子には知られることがないように」

「承知しております」

 

 二人は数ヶ月に及び、秘密裏で準備を進めてきた。

 

「十日後が楽しみでございますな」

 

 モッフモフルドが、ニタリと歪な笑みを浮かべた。

 十日後は王の生誕五十周年式典が催される。

 今年は王国の節目となるだろう。

 

「お喜びになるだろうな」

 

 ピヨヨがククッとこすい笑いを見せた。

 

「王都が熱狂に包まれることに違いありません」

「貴族だけの特権とされていた神術が、身分を越える記念の日となるのだ」

「夢のようでございますな」

「夢ではない。我々の力によるものだ。もちろん王の御意志あってこそ。必ず成功させるぞ」

「はい。必ずや」

 

 二人はグラスを手に持った。

 同期だった。身分と職分こそ違えど同じ夢を抱いた二人である。

 若い頃から二人で飲んでいる。器の中身は歳をとるにつれ変わっていったが、人の中身は変わっていない。

 

「王と民のために」

「王と民のために」

 

 乾杯――と、グラスを軽くぶつける

 

 二人は悪巧みをしているが、特に悪いことはしていない。

 王と民のために、サプライズで神術――魔法の演出を企てているだけである。

 

「そういえばピヨヨ。噂で聞いたんだが、地下水路から魔物の鳴き声を聞いた奴がいるらしい」

 

 酒も入りモッフモフルドも口調は公務から外れたものになっている。

 ピヨヨは魔物という言葉にピクリと反応する。

 

「そんな報告は上がってきていないな。まったく何をやっているのか。すまんな。明朝にさっそく調査させる。位置を絞り込みたい。聞いた奴を教えてくれるか」

「ああ、もう探った。朝一で知らせるようにしておく」

 

 式典の前でもあり、小さなことでも報告させるようにしていたが機能していない。

 忙しいことはわかるのだが、そういった小さなほころびが大きな失敗に繋がることをピヨヨは経験から理解していた。

 小さなこと、噂だろうが細かく拾い上げて対策をしておくことが何よりも重要だ。

 

 この考えは現代で言うならハインリッヒの法則に繋がる。

 別名は1:29:300の法則。重大な問題1件に対し、29件の軽い問題、300の異常があるというものだ。

 

 しかし、この法則の本質は過去のもの――すなわち、すでに起きている問題に対して解析されたものということだ。

 さらに、あくまで人が関係する事象に対してのみ有効な話ということである。

 

 事態は地下から動き始めている。人の力によるものでもない。

 

 要するに、不可抗力である。

 

 

 

58.シーズン

 

 王都の地下にある水路は、単に地下水路と呼ばれることが多い。

 

 正式名称はちゃんとあり、“ポルポル水源”である。

 百年も前の、まだ上水道が整備されてないころに、地方の一都市だったヘイラーを治めていた君主ポルポルの名から来ている。

 まだ治水も行われず、乾期になり水不足を嘆いていたころに、歩いて半日はかかるハトポポ川から地下をひたすら掘りすすめ水を引き入れたのがポルポルだ。

 地下を通すことで水の蒸発が減り、乾期でも安定して水を得られることになったのだった。

 水路というよりは、資源としての水を保管するためだったので水源という名が付いた。

 

 しかし、今では歴史のテストにしか出てこない名前である。

 すでに水源はもちろん、水路としての役目も終えているし、閉鎖されているのもむやみやたらに入られても困るためだ。

 他にもいくつか理由はあるのだが、正確な理由を知っている人間はすでにこの世にいない。

 

「あることは知っていましたが……、初めて入りました」

 

 王国の兵士たちが、光の神術で照らしながら水路脇の道を進んでいる。

 灯りと足音に驚いて、数匹の鼠たちが遠ざかっていくのを兵士たちは見た。

 年配間近の男を中心に、五人の兵士たちであった。

 

「僕もだよ。祖父がここを作ったとは聞いていたが、まだ水があるとはね。あまり飲みたくはないな」

 

 年配の長が笑って応えた。

 おもしろくもないが、周囲の兵士たちは笑みが浮かんだ。

 愛想笑いというわけではない。暗く、不気味な道のりを少しでも明るくしてくれようとした隊長の心遣いに触れたためである。

 

 九日後に迫る式典準備の中で、各地域から急遽集められた五人の混成隊である。

 

「魔物がいるようですが、本当でしょうか……?」

「それを確かめるのが僕たちの任務だよ。いて欲しくはないね。いたら全力で逃げよう」

 

 隊長の言葉に兵士たちはまたもや笑う。

 なお、隊長のケルピィは本気で言っている。決して冗談ではない。

 彼らに与えられた任務は、「魔物がいるかいないかを探ること」だ。戦闘は含まれていない。

 

 隊員を見繕ったのもケルピィだ。

 この忙しい中でも仕事を早く片付けて、上手にサボっている奴を選んだ。

 彼自身もサボるのがうまいので、そういう奴はよくわかる。死ぬ気で戦わない連中である。

 生きて帰って状況を伝えることが任務だ。死なれては困る。ただし、最悪よろしくないことが起きてもさほど面倒にならない人員でもある。

 

 隊員には言っていないが、同期であるモッフモフルドとピヨヨから直に受けた臨時の任務である。

 二人が頼んできたということは、なんらかの確証があるとケルピィも受け取った。

 事情と人員の話だけを聞かされてさっそく水路に入った次第だ。

 

 ちなみに頼んだ二人は別に確証があったわけではない。

 暇そうにしている奴で、現場での問題対応に長けているということでケルピィを選んだ。

 ケルピィもそのあたりは把握しているが、属している部隊への直接の命令ではないのでそこそこに調べて帰るつもりでいる。

 

 魔物がいるかいないかを正確に判断し、種類と数、行動範囲を把握することが目的だ。

 この点に関してのみ、依頼者と被依頼者の認識が一致している。

 

 魔物がいないにこしたことはない。

 だが残念なことに、すでにケルピィは魔物の痕跡を見つけている。

 鳴き声は聞いていないが、足跡をいくつか見つけた。濡れた足で歩き、水が乾き、足の裏に付いていた汚れが足跡として残っていた。

 

 数は三。

 大きさは鼠よりもやや大きい。

 足跡の状態から見て、十日以上は前のものだろう。

 近くに普通の鼠もいた。彼らは臆病だ。魔物がいるなら遠くに逃げる。

 よって、魔物はすぐ近くにはいない。

 

「うん。このあたりにはいないね。もうちょっと進んでみようか。アルくん、地図はどうなってる?」

「はい。この先で二手に分かれるようです」

 

 来た道も含めれば、T字路ということになる。

 

 しかし、ケルピィたちが道を進めば、通路は四つに分かれていた。

 地図を持つアルを四人が見つめる。

 

「待ってください……。やはり地図とは違ってます。ほら」

 

 アルが、地図を四人に見せる。

 下りてきた位置と、歩いてきた道のりを示した。

 

「本当だ。地図が間違ってるんじゃないか?」

 

 百年も前の水路だ。

 地図だって古い。

 

「そうかもしれないね」

 

 ケルピィは口では肯定しておいた。

 彼は、頭の中でこの状況を整理している。

 

 地図は間違いない。

 あの真面目な同期の二人が偽の地図を渡すとは考えづらい。

 ときどき壁にわかりづらく書かれている記号と、地図上の記号が一致していることもケルピィは確認済みだ。

 

 しかし、地図にない道があることは事実。

 ケルピィが地下水路に関して聞いているのは、太い主水路が数本と、それに枝水路がいくつかあるということだ。

 実際にアルが持っている地図には主水路と、枝水路がきちんと描かれている。

 

 来た道に加え、本来あるべき二本の道とは別に、もう一つ謎の道がある。

 描き忘れということもあり得ない話ではない。しかし、もっと現実的な案が浮かぶ。

 

 この水路は、水路の役割の他に、脱出路としての役割も備えていたという話があった。

 そういった道は地図にあえて載せていない可能性が高い。

 

 ただ、道が地図にある・ないは、さほど大きな問題ではない。

 ケルピィたちの任務はゴールにたどり着くことではなく、魔物の存在を確認することだからだ。

 

「せっかくだから、こっちの道がどこに続くか見てみよう」

 

 ケルピィは魔物の足跡が、地図にない道の方に残っていることを確認した。

 さらに残りの道は鼠が見えるが、この道には糞も残っていない。

 

 何もわかっていない隊員たちはケルピィの案に従う。

 

 

 兵士たちが謎の道を進むと別の道に繋がった。

 壁に記してある記号と、地図上の記号を符合させて別の位置に移動していることがわかった。

 

「記入漏れだったようですね」

「うん……。そうだね。まったくー、こんな中途半端な地図を渡されたら迷惑だよねぇ」

 

 やれやれというケルピィの声に、周囲の兵士もほんとですよと愚痴を漏らす。

 若い兵士たちは気づいていないが、ケルピィは先ほどの道が予想どおり脱出路だと気づいた。

 先ほどの分岐点から現在地までを地図上でたどる線と、謎の通路をたどった場合の線では、謎の通路をたどった線の方がずっと早い。

 

 重要なのは都市の中心からの距離が短縮されることだ。

 間違いなく、この先の道でも記されていない逃げ道がいくつかあるだろう。

 

 

 ケルピィの予想は正しかった。

 三本目の地図に記されていない通路を彼らは通っている。

 

 若い兵士たちも謎の通路に慣れてきて、やや足取りが軽くなってきた。

 その中でケルピィの足取りだけが重くなりつつある。

 

 魔物の痕跡はあるのに、姿がいまだに見えない。

 さらに謎の通路こと逃げ道を通っているということは、王都の中心部に近づいているということ。

 地下水路の地図と、地上の地形を照合すれば、王城へと近づいている。

 

「あれ? 隊長。壁に何かがあります」

 

 先頭を進んでいたイッチーが報告した。

 隠し通路の途中の壁が四角く切り抜かれ、そこには黒い格子が張り巡らされている。

 

「檻でしょうか?」

 

 本当に檻のようだ。

 中に猛獣か魔物、あるいは人間でも入っていれば、誰もが檻と納得する。

 格子の間隔も手が入るかどうかで、全体の大きさも人よりやや大きいほどのサイズだった。

 

 これにはケルピィも首を捻った。

 もちろん地図には載ってないし、何の話も聞いてない。

 

 地下水路で、しかも隠し通路の途中で檻があるとは考えづらい。

 そうすると考えられるのは、この檻は鍵のかかる扉であり、この中にさらなる隠し通路があると考えるべきだ。

 

「どうやって開けるんでしょうか?」

 

 イッチーが疑問を口にした。

 

 ケルピィの推測はもっともだが、鍵穴どころか取っ手すらない。

 そもそも隠し通路の中にさらに隠し通路を作るにしては、あまりにも目立ちすぎている。

 本当に隠すつもりがあるなら扉の存在自体を、壁と一体化させるなどしてわかりづらくするべきだろう。

 

 シッシが光の魔法で檻の中を照らしたが、奥はどこまでも闇であり先が見通せない。

 押しても引いても斬っても燃やしても手応えが感じられない。

 

 力圧しは諦めて、中の様子をみるだけにした。

 ケルピィも全力で観察をしたが、人どころか鼠の一匹すら確認できなかった。

 

「ほんと、なんなんだろうね」

 

 ケルピィがこの日、初めて本心からの言葉を繰り出した。

 周囲の兵士たちはそんなこと知ることもなく、「なんなんでしょう」と一緒に首を捻っている。

 

 けっきょく檻を無視して彼らは先に進んだ。

 鼠の魔物と遭遇し、光に驚き逃げた魔物をほっと息を吐いて見送った。

 

「襲われるかと思いました」

 

 先頭で硬直していたイッチーがようやく緊張から解放されて地面にへたりこんだ。

 鼠型の魔物は光と音に敏感なので、光源さえ出しておけば襲われることなどないと教練で教わらなかったのだろうか。

 最悪、叫べば魔物が驚いて逃げていく。声だけは出せるように和やかな雰囲気を作っておいたのだが、意味はなかったようである。

 今の時代は教わらないかもしれないな、とケルピィは考えた。

 

「はは……、よかったね。魔物の方から逃げてくれたよ。地図に位置を記録して帰ろう」

「はい。魔物のことは働かないエリートたちに任せましょう」

 

 シッシも心から頷いた。

 王国には魔物退治を専門とする部隊がある。シッシの言うエリートとは彼らのことだ。

 試験的に作られた「魔物討伐隊」なる組織であり、宰相直属なのだが、表に出てくることは滅多にない。

 

 しかも普段は、王国のあちらこちらにバラバラで飛ばされている。

 式典開催のため要所以外のメンバーは帰るよう命令が出たが、メンバー同士で初めて会う顔がいることも多い。

 

 王都にも数名配属されているのだが、基本的に魔物が王都で出ることはない。

 加えて、他の部隊の本隊がいるため、彼らが出張ってやはり出番はなく、閑職の最たるものとなっている。

 少なくとも仕事をしているとは思われてないし、実際してない。

 

「うん。そうだね。後は専門家に任せよう。……はぁ」

 

 その閑職のトップが、何を隠そうケルピィなのである。

 隊員たちはまさか彼がトップだとは思ってないし、本人もさほど要職にあると思ってない。

 ただ、報告はちゃんとするし、今度こそ魔物討伐隊の隊長として正式に仕事が回されてしまうことは避けられそうにない。

 

 面倒そうな仕事が増えてしまい、思わず彼はため息を付いてしまった。

 

 他者が忙しく動き回っているのを、遠くから暇そうに眺めるのが彼の趣味なのである。

 

 

 

 ―― ―― ―― ―― ―― ――

 

 

 

 場所は大きく西へと移動してカクレガである。

 

 メインシナリオが終了し、今はサブイベがひっそりと進行している。

 

 今回のサブイベは、シーズンと呼ばれていた。

 昨今は多くのソシャゲで見られるが、パスだの期間ミッションだのとあまり統一的な呼ばれ方をしていない。

 

 小さなミッションがたくさんあり、達成するとポイントがもらえ、ポイントが一定段階までたまるとアイテムがもらえる。

 もしもソシャゲなら、課金することで各段階におまけのアイテムがもらえるのだろう。

 やることはシンプルなので前回のように変な問題は起こらない。

 

 ソシャゲなら退屈なイベント期間だが、異世界なら大歓迎だ。心が安らぐ。

 尻尾が暴れたりしないし、住民が大量に死んだりもしない。最高か。

 

 こういったイベントは追課金すると段階が一気に進み、コーデをもらえることが多い。

 異世界でもコーデはもらえるが、あまり意味がない。

 各自がそれぞれで好きなものを着ている。

 

 能力が上がったり、技の演出が変わるなら木村も着て欲しいが、そうではなさそうなので木村は特に何も言わない。

 女キャラで露出が多い服を着てくれると木村はとてもハッピーである。

 

 ちなみにキャラとの信頼度を上げるところまで上げれば、やることがやれるのだが、木村はそこまで考えが至ってない。

 能力がわずかに上がることがわかったので、メインキャラの信頼度は優先的に上げているが、メインの異性キャラはどうも性的な目で見ることができない。

 

 アコニトは距離を開けて見る分にはエッチだが、中身がアレなので近くに寄りたくない。

 ゾルは鎧を脱ぐと違和感がすごい。なにより金のクワガタがセットで付いてくるし、力がやばすぎて捕まったら潰される。ハンバーグが食べられない。

 ペイラーフはそう言った目で見てはいけない神聖不可侵的なものを感じる。

 陽キャラ組はどうも話し方がわからなくて近寄りがたい。

 

 つまるところ、木村は適度な距離感を持ち、各キャラと仲間として上手に付き合っている。

 

 今もペイラーフと一緒に、園で植物の世話をしているところだ。

 拡張を考え、鉢の移動を手伝っている。

 

 足音が聞こえ、そちらを見るとおっさんが見えた。

 先ほどはアコニトが呂律の回ってない様子で来たが、今度はその天敵だ。

 

「大馬鹿狐はここにいたか?!」

 

 おっさんは怒りを隠さない状態である。周囲の景色が比喩抜きに歪んでいるのはどういうことか。

 どうやらまたアコニトが何かやらかしたらしいが、ここまで怒っているのも珍しい。

 

「さっき慌てて走っていった」

「どこにいった?!」

「カラオケ部屋に隠れたらってアドバイスはしたよ」

 

 木村はアコニトを売った。

 代価は情報である。

 

「なにをやったの?」

「訓練室で葉っぱを焚き、ゲロをまき散らし、脱糞もしたあげく、掃除も何もせず逃げた。廊下にも汚物が散っている」

「あっらぁ……」

 

 最悪すぎる。

 同情の余地がひとかけらもない。

 磔にされ、見せしめにされても「仕方ないね」の一言で済むレベルだ。

 

「クソ狐が本当に糞狐になったんだね!」

 

 ペイラーフは笑って、霧吹きで水をやっている。

 もしかしたら水ではなく養分なのかもしれないが、木村は判断がつかない。

 

 とにかくペイラーフはとても楽しそうだ。

 昨日、結晶煎茶で倒れていたためか、今日は元気が良い。

 なお、彼女は小さくなって植物の蔦に絡め取られ、養分にされる夢を見たらしい。

 

「ゴードンが肥料を欲しがってたから、粉々にするなら彼にあげて!」

「考えておく」

 

 おっさんはそれだけ告げて去った。

 決意をしている男の背だ。

 

 アコニトは死ぬ。

 

「よく、育ちそうだね!」

 

 彼女の血肉を養分として作物が育つに違いない。

 

 最終的に作物を口にするのは自分たちなのだが、それは良いのだろうか?

 

 そろそろ現実に戻って考えるべきことを考えねばならない。

 

 誰が汚物を片付けるのか、これが問題だ。

 

 

 やはりというべきか、処理は木村に回ってきた。

 

 臭いも見た目も最悪だった。吐きかけたし、触感を思い出すと肌が今でもぞわぞわする。

 

 糞狐を見たら、怒ろうと思っていたのだが、通行の一番多い廊下の真ん中にアコニトだったものが設置されていた。

 廊下が汚れないよう、丁寧に台の上にオブジェが置かれている。

 

 ここまで人体は曲がるのかと一種の感動を覚えるほどに捻られていた。

 腕と足で固結びができることを木村は初めて知った。

 

 糞狐が殺されることなくグニャグニャの見せしめにされているとわかり、木村は怒りが収まった。

 収まると言うよりは、恐怖で怒りがどこかへ消え去ってしまった。

 

「ぼう、や……たす……け……」

 

 彼女の途切れ途切れの声を、木村は聞かなかったことにした。

 そのまま黙ってペイラーフの手伝いに戻る。

 

「ころ……し、……くれぇ……」

 

 背後からか細い声が聞こえる。

 夜になって、まだ設置されていたらウィルかゾルに頼んで楽にしてあげよう。

 

 

 木村は気持ちを新たにして園への道を進んでいく。

 

 汚いものから目を逸らし、綺麗なものを目に入れて今日を生きぬくことにした。

 

 

 

59.武器作成

 

 糞狐事件から数日が経った。

 

 ハムポチョムキキ平野での採集もあらかた終わっている。

 レベルも現時点で最高段階の50に達してしまった。

 

 やはり採集での経験値が桁違いだ。

 戦闘で経験値を稼ぐのが馬鹿らしくなるほど経験値が入る。

 新しい草や虫、石を見つけるだけで、戦闘の数十倍の経験値になっているのは間違いない。

 

 しかし、レベルが上がってもさほどメリットはない。

 キャラが微妙に強くなっているような気がするが、気がするだけでステータス上は変わってない。

 それでは新たなコンテンツが開放されるかということもなく、スタミナみたいなものが増えていることもない。

 もしかしたら、そろそろ二つ目の召喚者スキルが手に入るかもしれないが、少なくとも次の段階まではないだろう。

 

 

 スキルテーブルも要求素材がエグくなってきており、なかなか進めることができてない。

 ひとまずステータスアップはともかく、各メインキャラの新しいスキルが手に入るところまでは進めておきたい。

 逆算すると、今回のイベント終わりまでにギリギリ手に入るかどうかというところだ。

 

 最近の戦力アップはモルモーによるものが大きい。

 彼女のおかげで、カクレガの戦力は確実に数段階は上昇したと言える。

 

 モルモーは冥府の導き手の部下であったが、カクレガに左遷された人物である。

 来たばかりのころはぎこちなかったが、すぐになじんでしまって仕事以外は自由に過ごしている。

 いちおう上司からは木村たちの監視という題目でここに送られたらしい。そんなことを監視される側に伝えていいのだろうか。

 

 彼女はキャラのマネが得意で、特殊な技以外ならほぼ同じステータスになれるらしい。

 記憶を読むのも得意であり、アコニトやゾル、ボロー、フルゴウル、おっさん以外ならマネをされると木村には本物・偽物の判別が付かない。

 ちなみにテュッポとルーフォのマネは、上司から禁止されているらしく、やってもらえなかった。

 

 彼女がマネをすることで、同じキャラが二人いると便利そうと思ったことが実現できるようになった。

 しかし、これはうまくいかなかった。トロフィーの効果がモルモー側のマネキャラにのらなかったのだ。

 ウィルに化けても、トロフィーの効果分だけ弱くなってしまう。

 

 魔法の複合といった難しいことはできるようになったが使うことも滅多にない。

 普通にゾルやアコニトといったメインキャラを使った方が強く、コピーキャラ作戦はお蔵入りになった。

 

 

 モルモーによる戦力アップは彼女自身の戦力ではなく、武具の製造ができたことだ。

 今まで誰もまともなものを作れなかったが、ついにまともな武具ができるようになった。

 もっとも彼女が知っている人物のマネをしているので、実際はマネをしている人物の力が大きい。

 

 足を引きずった老人が、椅子に腰掛け工具を持っているが、その姿が様になっている。

 実際、完成した装備の効果も、目に見えてキャラが強化されているのがわかる。

 

「……僕が作った物と何が違うんでしょうか?」

 

 ウィルが魔法の特訓以上よりも真剣に考え込んでいた。

 全てが違う、と木村は思ったのだが、あまりにも酷な話なので「なんだろうね」と合わせておくに留めた。

 

 実際のところ、ソシャゲのアイテムなのでこの世界のものと理が違うのではないだろうか。

 そのためウィルには作り上げることができない、と木村は考えている。

 

 何はともあれ、溜まっていた加工用素材も消化できたし、戦力もアップできた。

 スキルテーブルでちまちま戦力を上げていたのが馬鹿らしいほど、キャラが一気に強くなった。

 試練の塔も一気に二階も上に上がることが出来てしまっている。

 

 欠点としては装備しないと効果を発揮しないことであるが、これはしょうがない。

 まさかゾルみたいにいつでもどこでもフル装備というわけにもいかないだろう。

 

 ピッピコーン

 

 遠くから微かに災厄を呼ぶ音が聞こえた。

 空耳かと思ったが、おっさんが扉を開けて現れたので間違いなさそうだ。

 

「キィムラァ。手紙が来たぞ」

「うん……。はぁ」

 

 ため息まじりで封筒を開けると、予想どおりのものだった。

 

 イベントの告知である。

 またイベントが開催されるらしい。

 しかも5日後と、かなり早いペースだ。

 

「やはりイベントですか?」

 

 ウィルがうんざりした表情で聞いてくる。

 ここ二回のイベントでは出番がほぼなかった彼である。。

 最近は、新しい魔法の開発に火が付き、強敵を相手に使ってみたいと話していた。

 ボスに使わせてあげようと木村は考えている。

 

「えっと……、イベント名は“迷宮にて相まみえましょう”」

 

 なんか、あれ? 普通だ。

 即座に不吉なものを感じさせる題名じゃない。

 それにどんな異常あるのかも明確である。迷宮ができるらしい。

 

「迷宮? どんなものなんでしょうか?」

 

 ウィルの疑問にすぐには答えない。

 イベント内容も簡単に書いてあるのでそちらを先に読みあげることにした。

 

 へんぴな田舎に迷宮が突然でき、賞金稼ぎがいっぱい来た。

 あなたもたまたま近くにいたので、迷宮に入ってお宝をたくさん手に入れよう、とある。

 

「普通だ」

「いえ、普通ではないでしょう」

 

 ウィルからすれば普通じゃないだろう。

 迷宮という言葉がすでにこの世界では異質なものだ。

 

 しかし、木村は普通と考える。普通すぎてかえって怖い。

 もっと嫌な気配をビンビンに感じさせる名前にしてくれた方が身がまえることができる。

 これではまるで、どこにでもあるソシャゲの一イベントではないか。

 期待すらしてしまいそうになる。

 

 カクレガはまたもや勝手に動き始めている。

 方向からすると王国のどこかで行われるようだが、ゲーム同様にへんぴなところで開催されて欲しいものだと木村は考えた。

 

 だが、すぐに無理だろうなぁ、と諦めるのである。

 

 ふと脇に立っているおっさんが気になった。

 彼は地図を見て、カクレガの移動先を見つめている。

 

「どうしたの?」

「……この先に知り合いがいてな」

 

 木村は嫌な予感がした。

 このおっさんの知り合いには禄なのがいない。

 今までの経験からいって竜だろう。メインストーリーでセットになって出てくる。

 実はこのおっさんも竜じゃないかと木村は疑っているのだが、本人は無言だし証明することはできないので放っておく。

 とりあえず、触りのない言葉を言っておく。

 

「会えるかもしれないね」

「無理だな。他者に干渉することがない奴だ。こちらから干渉もできない」

 

 他者に干渉しない。こちらからも干渉できない。

 引きこもりかな、と木村は考えた。

 

「人が嫌いなの?」

「いや、かなり好きな部類だぞ」

 

 それもそれで嫌だな、と木村は考えた。

 無関心を貫いてもらうのが一番互いに影響がない。

 

「賑やかなのが嫌いとか」

「賑やかなのが好きな奴だ。賑やかな集まりから、一人離れてぽつんといるぞ」

「……ぼっちかな?」

 

 まるで自分のようだ。

 教室の中で一人。体育の時間はいつだって浮いていた。

 

「それって、寂しくないの?」

「寂しいのが大好きなんだぞ」

 

 意味がわからない。

 聞くんじゃなかった。

 

「うーん。でも、知り合いなら会えるといいね」

「無理だな。異常な力を持っているんだ」

「あぁ……」

 

 やっぱりという感想である。

 赤竜みたいに周囲を吹き飛ばしたり、無竜のように全てを消し去ったりする輩か。

 知っておいて損はない。いきなり巻き込まれるとタダじゃ済まない。心の準備はしておきたい。

 

「どんな力なの?」

 

 おっさんは答えない。

 得意の無言というわけではない。口を開きかけて閉じてを繰り返す。

 言おうとしていることがまとまらない様子である。かなり珍しい反応であった。

 

「強いて言葉にするとだな。“不偏のもとに、普遍にして、不変を為す力”だな」

 

 思った以上に意味がわからない。

 言葉遊びがすぎる。要するにどうなんだ。

 

「闇の力と呼ぶ奴もいる」

 

 木村の思っている闇とずいぶんと違う。

 ますますわからなくなってしまった。

 

「気にする必要はないぞ。どうせ出てきたとしても会うことはないからな。互いに干渉できないんだぞ」

 

 けっきょく最初の話に戻ってしまう。

 

 ひとまず、竜らしきものはいるけど無視できると考えておくことにした。

 

 

 

 ―― ―― ―― ――

 

 

 

 式典を五日後に控え、王都は混乱のさなかにあった。

 

 混乱は二種類ある。

 

 一つは式典の準備にかかわるもの。

 こちらは良い混乱だ。

 

 良い式典にすべく、与えられた役割をそれぞれがこなしている。

 忙殺されつつも五日後には終わるので、ゴールが見えており安心して動き回れる。

 

 

 もう一方の混乱は、地下水路にかかわるものである。

 こちらは悪い混乱だ。

 

 ピヨヨ宰相の部屋には、同期の三人が揃っている。

 談笑する雰囲気とはほど遠いものだった。

 

「魔物がね。増えてるって」

 

 ケルピィがふざけた口調で事実を告げる。

 口調は砕けているが、表情はいたってまともであり、聞いている側も注意することはない。

 

 地下水路の混乱が長引いている。長引くどころか悪化していた。

 水路に魔物がいたことは、すでに調査で判明しており、専門家を送り込んで退治して終わり。――関係者はみなそう思っていた。

 ところが魔物は討伐しても討伐しても次から次へと湧いて出てくるのである。

 魔物が出現するのを、専門家――魔物討伐隊の隊員が見ている。

 

「しかも、より強力な魔物が湧いてる。それだけじゃないんだな。さらに悪い報告があがってきてるよ」

 

 ケルピィが部下からの報告を、そのまま告げる。

 告げる相手はピヨヨ宰相と王国神術省長官モッフモフルドである。

 

「これ以上、悪くなることがあるのか?」

「うん。地下水路の地形が変わってるそうだよ」

「……地形が変わる? 魔物が水路を破壊しているということか?」

「いや、破壊じゃないって。道が、地図と大幅に変わってるそうだ。地図にあった道がなくなり、逆に地図にない道が現れるようになってる」

 

 報告を受けた二人が信じられないとケルピィを見るが、見られた彼もまた信じられない様子である。

 彼自身が地下水路を真っ先に調査したので、何がどうなってるのか意味不明だ。

 

「帝国からの攻撃という可能性はないですか?」

「ない。奴らは国内の維持だけで手一杯だ。今の帝国に、他国を害する余裕はない」

 

 帝国の東部はすでに壊滅していると報告があった。

 帝都の壊滅から始まり、その東の神聖国の壊滅と続き、あの地域は非常に良くない状態だ。

 人が帝国中西部に集まり、混乱が極まっていると聞く、さらに帝王の跡継ぎ問題も生じており、王国にとっては攻める機会でもある。

 

「パルーデ教国はどうでしょうか?」

「なるほど、彼らは魔物に通じてはいる。だが、彼らの教えからは逸れる」

 

 尋ねたモッフモフルドもそうだと頷く。

 パルーデ教国なら魔物殲滅を真っ先に行うだろう。

 

 質問されてばかりだが、むしろピヨヨ宰相の方が尋ねたいくらいである。

 

「そも、神術でこのようなことが可能なのか?」

「魔物の召喚、地形の変更、どちらも時間と労力をかければ可能ではあります。しかし、どうやっても痕跡は残ります。むしろこれほどの規模ならここからでも感じ取れて然るべきです。ところが神術省で、地下水路を含む王都全体を観測しておりますが、地下にそのような反応はありません。今もです」

 

 すなわち、魔物も地形変化も神術ではないことになる。

 モッフモフルドが報告を否定しているわけではないことは、ケルピィも理解している。

 モッフモフルドも地下水路をケルピィと一緒に少しだけ見ているので、その異常性を把握しているからだ。

 

「地下か……」

 

 ピヨヨ宰相が意味深に呟いた。

 二人もピヨヨを見る。

 

「数ヶ月前に密偵から報告があった。帝都が滅んだ直後で地下に姿を消した連中がいた、と。さらにその連中と同じと思わしき人物が神聖国の滅ぶ直前でも現れた、とな。当時は眉唾な報告だったが、今の地下水路で起きている現象は帝都や神聖国と似ていると私は考えている。どちらも神術の域を超えた超自然的な現象が起きているという点でな」

 

 聞いていた二人もことの重大さを理解した。

 式典どころの話ではない。

 

「すぐにでも王に話すつもりだ。軍も正式に動くことになるだろう」

 

 モッフモフルドも頷く。

 彼も同席して、王に神術省としての意見を献上することになる。

 

「ケルピィは引き続き地下水路の様子を見てくれ」

 

 ケルピィは頷いた。

 彼も重大さを理解しているが、二人よりも悲観的ではない。

 地下に消えた人間がいるのなら、ピヨヨ宰相が言う「超自然的な現象」ではないということだ。

 人為的なものという可能性が強まる。人為的なものであれば止めることもできうる。

 

「討伐隊で使っている出入り口以外は硬く封鎖し、兵を置くことになるだろう」

「無意味だよ。そこはこちらで調べた。もう、封鎖されてる。僕たちで使ってるところ以外はどうやっても開かなかった。神術省でも調査してみて欲しい」

「わかりました」

「それより、人為的なものということであれば、不審な人物を見張るよう情報省に依頼すべきだ。こちらはさらに地下水路で情報の痕跡を調べておくよ」

 

 三人の会話は終了した。

 ピヨヨとモッフモフルドは部屋から出たその足で王のもとへ行く。

 

 ケルピィも彼らに背を向けて地下水路へと向かった。

 その足はわずかに急いでいる。

 

 ピヨヨとモッフモフルドに報告していない案件があった。

 彼の部下の一人が、地下水路から戻ってきていない。

 

 着実に強くなった魔物を相手に、仲間を逃がし水路に残ったという。

 

 今朝のことだ。まだ、水路に新たな変化がないことを祈り、ケルピィは走る。

 

 彼の祈りは届かない。

 

 

 

 ケルピィが向かっている地下水路では、すでに新たな変化が起きていた。

 

「ズキュン、バキューン、イェー! もーイッパーツ! バァーン!」

 

 細身の男が両手に持った銃から火を噴き上がらせている。

 銃だけでなく、口からも効果音を出して周囲の魔物を撃ち落としていた。

 

 男の耳は頭の上から生えており、兎のように長くまっすぐ上に伸びている。

 口と銃も軽快だが、動きもまた軽快だ。魔物の動きを軽々と避けて、銃で反撃を加えている。

 

「見せてやるぜ! ファッ○ン害虫ども! これがラピッドファイアならぬ、ラビットファイアだぁ! ウッサウサにしてやるぜぇ! ウササササ! ウサササササ!」

 

 正面から襲い来る多量の魔物を、それ以上の弾丸で討ち滅ぼしていく。

 口から出る安い効果音と、銃から出る爆音が対照的だった。

 

「お宝ぜんっぶ一人占めだぁ! ウッサイエェ!」

 

 細身の男は景気づけのごとく、道の先に向けて弾を撃ち放つ。

 暗い道の先にいた、視認することのできない魔物の一匹が体を貫かれて倒れた。

 

「おいらが一番! みんなが二番……ん? あぁ? ウッサァア!」

 

 兎人が道の先にあったものを見て声を荒げた。

 彼は、自身が一番乗りではないことを理解してしまった。

 人が壁に背をもたれかけ、座り込んでいる。ケルピィの部下である。

 

「オーマイゴッド! おぉーーい、ウッサー神! どうしておいらが一番じゃないんですかぁ!」

 

 神は答えない。

 そもそも男はそんな神を信じていない。

 

「だれ……、だ」

 

 ケルピィの部下は、まだ生きていた。

 魔物から仲間を逃がし、魔物を倒すことはできずとも、手負いにさせ逃がすことまでは成功した。

 しかし、彼自身も負傷して動くこともできず、道ばたに座り込んでいる状態だ。

 

「ヘイ、そこの兄さん! あんたどうしてここにいる!」

 

 兎の耳に、赤い目をした男が叫んでいる。

 負傷した男に尋ねるというよりは、自分の気持ちをただ口にしているだけにも聞こえる。

 

「内部を調査し――」

「調査! 良いね! 調査してどうすんの?!」

「魔物を倒し――」

「そりゃそうだ! 魔物は倒すよな! 倒した後は? おいらが聞きたいのはそこよ!」

「外に被害が出ないよう――」

「よっしゃ! ハッピーな答えだ! おいらたちは友人どころか兄弟になることだってできるぜ! 生きるんだ、ヒーロー! お宝はおいらがもらってやるからな!」

 

 兎人は負傷した男の肩を強く叩き、そのまま道の奥に消えていった。

 

 楽しげな笑い声と、けたたましい銃声が男の頭に響く。

 残響の中で男は意識を失った。

 

 

 異世界に迷いこんだ兎人は、地下水路を人知れず進む。

 

 まだ見ぬ宝との出会いを信じて――。

 

 

 

60.カラオケ部屋

 

 カクレガは多種多様な人種、あるいは人外が生活している。

 

 初期の部屋三つと比べ、現在は大幅に拡張されたといえど、閉じた空間に数十名が暮らしていることになる。

 そうすると、アコニトはもちろんとして他者の行動に対する不満が募り、苦情が出てくる。

 木村は、大きな問題になる前に苦情を聞き、対応する役目も負っている。

 無論彼だけでなく周囲のサポートもあり解決に導かれる。

 

 さて、先ほど「夜に不気味な歌声が聞こえてくる」と木村に苦情が上がってきた。

 

 本来は、おっさんやウィル、ペイラーフに相談するのだが、今回は話が明白だ。

 木村はさっそく対応すべくアコニトのもとへ向かった。

 

「あぁ? 歌だぁ? 儂は知らんぞぉ」

 

 苦情の元凶は否定する。

 昼間でもまともなのは、イベント期間のためデイリーで外に出ることがないからだろう。

 

「危ないクスリやってるから覚えてないだけでしょ」

「酒だって呑んどるぞぉ」

「はぁ……。とにかく夜は静かにね」

「待てよ、坊やぁ。仮に儂としてだぞぉ、儂の美声が不気味になることはないだろぉ」

 

 木村は笑ってしまった。

 鼻水まで出そうになっている。

 

「だいたいなぁ、儂がトンでるときに歌っていたことがあったかぁ?」

「それは……ないかも」

 

 言われてみればない気がする。

 訳のわからない単語の羅列はあるが、まともな旋律にはなってない。

 万人がアレを歌だとは思わないだろう。たとえ真夜中の扉越しであったにせよだ。

 

「それにだぞぉ。坊やの理屈でいけば、昼に苦情が出ても良いだろぉ。うん?」

 

 要するに「私は昼間から薬で頭がトンでます」という最悪な主張である。

 しかし、確かにそうだと木村も思った。わざわざ夜を待って歌う理由がアコニトにはない。

 年中無休昼夜無視、常識倫理道徳に左右されないのがこの糞狐だ。

 

「あれ? 本当にアコニトじゃない?」

 

 そもそも問題を起こしすぎて、カクレガの誰もが彼女の声や顔を知っている。

 今回は誰の声かわからないけど、とにかく不気味という苦情だった。

 もしもアコニトなら名指しで特定されるはずだろう。

 

「ようやくわかったかぁ。儂なら苦情じゃ済まんぞぉ」

「それもそうだね」

 

 おっさんが出てきて、口にするのも憚られる状態にされる。

 苦情からの原因解析、妥協点探しという正式かつ煩雑な問題解決手順にはならない。

 間を省いて、発見即暴力による原因排除の強制執行コースだ。

 

「つまりどういうことかわかる坊やぁ? 儂に濡れ衣を着せようとしておる奴がおるということだぁ」

「そうはならないでしょ」

 

 意味のわからない話の展開だ。

 アコニトは木村の反論に聞く耳を持たない。

 

「坊や、今夜は張り込みだぁ。黒幕を見つけてしばき倒すぞ」

 

 ちょっとおもしろくなってきたので、木村はもう何も言わないことにした。

 とりあえず集合時間と地点を決めておく。葉っぱをキメないよう何度も釘をさした。

 

「待て。大切なものを忘れとったわぁ。坊やぁ。張り込みに一番必要なものがわかっとるか?」

「……わからないけど。気合いと忍耐力?」

「馬鹿を言うな。酒だ。忘れるなよ。樽じゃなくて、瓶で良いからな。ほどってものがあるぞぉ」

 

 聞かなかったことにした。

 酒の代わりに水を瓶に詰め、おっさんも連れて行くことにした。

 

 

 

 夜になり約束の時間になったが、集合地点にアコニトは来なかった。

 

「わかってた」

 

 そういう奴なんだ、あの狐は……。

 

「放っておくんだ。どうせあてにならないぞ」

「そうだね」

 

 隣で腕組みをしていたおっさんの言葉に頷く。

 木村もそれは思っていた。問題(アコニト)問題(不気味な歌声)を解決しても問題(アコニト)が残る。

 残った問題(アコニト)を解消するために特効薬(おっさん)を連れてきたが、必要なかったかもしれない。

 

「そろそろ報告のあった時間だぞ。しっかり準備するんだ」

 

 おっさんと薄暗い廊下を歩く。

 娯楽がほぼないため、夜のカクレガは非常に静かである。

 次の拡張はブリッジと、娯楽施設の拡充を図ることにしようかと考えている。

 

 歩いているとおっさんが口に人差し指を当てて、静かにとジェスチャーしてきた。

 木村は足を止め、耳に集中する。

 

 微かに音が聞こえてくる。

 音は徐々に大きくなってくる。女性の声だが誰の声かわからない。

 件のアコニトはもちろん違うし、ルーフォでもない。カラオケ部屋に入り浸る誰かでもない。

 

 不思議なことがまだある。

 歌声は聞こえてくる。しかし、足音がしない。

 声だけが近づいてきているようだ。本当に幽霊ではなかろうか。

 

 木村も不気味さが増してくる。

 しかし、曲がどこか聞き覚えがあった。

 それに足音がなくとも、考えればカクレガに足音がしないキャラはそこそこいる。

 

「――あっ」

 

 そして、木村はこの歌声の主が誰なのか思い至った。

 おっさんの背中を軽く叩いて、自分に任せてくれとジェスチャーで伝える。

 了承を得て、木村は声の主が近づいてくるのを待った。近くまで来たので、曲がり角から出る。

 

「声は、ペイラーフから借りたの?」

 

 声の主――アコニトの尻尾は驚いたようで歌を止めてしまう。

 予想どおりなので木村は驚かない。

 

 先ほどの歌が、アコニトがときどき口ずさんでいるものだと木村は気づいた。

 アコニトと同郷の存在で、女性の声、カラオケ部屋と連想していくと彼女の尻尾が思い至った。

 声は謎だったが、サブイベの時は喋っていたし、ペイラーフは普段が大声なので、普通の歌声になると誰なのかまったくわからなくても不思議ではない。

 

「……彼女に借りたの。ちゃんと許可は取ってある。彼女が寝ている間だけね」

「そう。ここで歌ってるのはカラオケ部屋で一緒に歌いたかったから?」

「いきなりみんなの前で歌うのが恥ずかしいから練習をしてたの。声を控えてたつもりだったけど、もしかして迷惑だった?」

 

 木村は事情を把握した。気持ちはなんとなくわかる。

 迷惑をかけるところはアコニトの尻尾らしいが、礼節を弁えているところが違う。

 

「ちょっとだけね。もう、練習は良いと思うよ。上手だった」

 

 お世辞は言ってない。

 木村はカラオケに行かないのでわからないが、普通にうまい部類だろう。

 公共放送の日曜昼に行われるものに出たとしたら、鐘が二回か合格かで迷うレベルだ。

 

「カラオケ部屋なら上手か下手かは、あまり関係ないんじゃないかな」

「わかってるの。けど……」

 

 木村は尻尾の気持ちがわかった。

 日本にいるときは木村もそれを持ち合わせていなかった。

 上手下手よりも一緒に楽しめるかどうか。その輪に一歩踏み込むことができなかった。

 

 しかし今ならどうだろう。

 

「僕も、歌はうまくないんだ。なにより人前で歌うのは恥ずかしいし。笑われたり、場を乱したりしたら悪いかなって思っちゃうから。でも、せっかくだから異世界でカラオケデビューしようかな、とも思う。ただ、いきなり一人で歌うのは恥ずかしいから、――どう、一緒に歌ってみない?」

 

 木村は一歩踏み込んだ。物理的にではなく、精神的にである。

 尻尾は迷っていたが、やがて決心をしたようで動きをピタリと止めた。

 

「行く」

 

 尻尾も踏み込む決意をしたようだ。

 

 木村と尻尾、あとおっさんがカラオケ部屋に進む。

 夜の廊下に二つの足音が響いた。

 

 扉前でわずかに躊躇ったものの、けっきょく木村は扉を押した。

 ルーフォたちは温かく迎え入れてくれ、木村と尻尾はデュエットで歌った。

 

 明らかに木村の歌が、尻尾の歌声の足を引っ張っていたのだが、尻尾は気にしてないし周囲も楽しんでいた。

 おっさんも歌ったが、あまり歌はうまくなく「喉を鍛えるか」と言っていた。

 喉用のプロテインでも出てくるかもしれない。

 

 けっきょく明け方近くまでみんなで歌い、ベッドに突っ伏して昼まで寝た。

 もう声が出ない。喉がガラガラだ。ペイラーフに診てもらった方がいいかもしれない段階に来ている。

 

 たまにはこんな日があっても良いと木村は思う。

 ただ、やはり喉が痛い。

 

 ペイラーフのところに行ってみよう。

 

 

 

「昨゛夜゛は゛、ずい゛ぶん゛と゛楽し゛ん゛だみ゛た゛い゛だね゛!」

 

 ペイラーフの声の方が、よりひどくガラガラに枯れていた。

 彼女はまなじりをピクピクとひくつかせている。

 

 詳しい事情を説明すると、彼女は怒りを収めてくれた。

 

 次はほどほどにしておこうと木村は思った。

 

 

 なお、アコニトは食堂で酒を呑んで、床で寝ていたらしい。

 

 朝に生ゴミと一緒に、ゴミ捨て場へ持って行かれたとのことである。

 

 

 

 ―― ―― ――

 

 

 

 木村たちがカラオケを楽しみ終わったころ、王都の地下は楽しくない状況になっていた。

 

「道が、広がってるねぇ」

 

 ケルピィが地下に下りると、狭い水路は広い通路に変貌を遂げていた。いちおうまだ水は通っている。

 朝に、神術省から変化の反応はなしと聞かされていたが、もはや王国の技術では対応できないと悟った。

 

 彼はこの現象が人為的なものと考えていたが、さすがに考えを改めかけている。

 今のところ情報省からも軍からも、これといって大きな情報はない。

 

 平時ならまだしも催事直前の人が多い中で、動きづらいうえに、民衆もごった返して手が付けられない。

 水路の変化は富んでいるが、今のところ外に影響がないことだけが救いだ。

 

 しかし、それもいつまでかわからない。

 仮にこの水路の異常が人為的なものであれば、外へ進出させるタイミングは明確だ。

 

 ――式典当日しかあり得ない。

 

 それまでにこの異常を終わらせたい。

 終わらせることが無理なら、せめて食い止める必要がある。

 

 地上ではすでにピヨヨを始め、王国がこの異常に本格的に動き出している。

 今も、魔物討伐隊に加え、軍が水路の調査に乗り出した状況だ。

 

「それでは、これより調査を開始する! 暇人どもは大人しくそこで見ていてもらおう」

 

 軍の現地司令官が、魔物討伐隊の集まりに聞こえるように言う。

 普段から仕事をしていないので、こういうとき魔物討伐隊は邪魔者扱いされる。

 ケルピィは実際に働いてないので仕方ないと思っているが、部下たちは各地で真面目に仕事をしているので、腹立たしそうにしているのが目に見えてわかる。

 

「調査を開始せよ!」

 

 正規軍の兵士たちが水路を進んでいく。

 魔物討伐隊は入口付近で待機しているだけだ。

 

 部下たちはともかく、ケルピィはこれで良いと考えている。

 この水路はあまりにも異常が過ぎる。魔物討伐隊では手に余る状況だ。

 

 先日も部下が油断して被害を受けた。

 なんとか救出が間に合い、「良かったねぇ」と話していたがどう考えてもおかしい。

 

 傷は深く、負傷から救出までの時間を考えれば、死んでいて当然だった。助かる道理がない。

 彼の周囲には魔物が当然のようにいて、襲われてなかったのも説明がつかない。

 さらに、助かった部下は気を失う直前に兎の獣人を見たと話している。

 

 王都に獣人はいない。

 遙か西に行かなければ獣人を目にすることもできないだろう。

 その獣人が今回の黒幕と考えることもできるが、部下の口ぶりではそんなこともなさそうだったという。

 

 真相はつかめない。

 とにかく情報が足りていないのだ。

 

「悔しいです」

 

 ケルピィの隣で、プーピーが声を出した。

 負傷した男とペアで、水路を調査していた隊員である。

 彼らで調査を完了するはずが、魔物に囲まれ仲間に助けられ、挙げ句の果てに軍に活躍を奪われた。

 自らの力不足をプーピーは嘆いていた。

 

「隊長。軍にどうにかできますか?」

「昨夜まではできないと考えてた。今はいけるかもしれないと考えてるよ」

 

 ケルピィも思っていたところを正直に述べる。

 昨夜までの水路は狭い道であり、大人数での利点が散らばって地図を埋めるくらいしかなかった。

 数という武器も狭い通路では逆効果になる。

 しかし、今は――、

 

「広くなったからねぇ」

 

 通路どころか神殿もかくやという広さだ。天井の高さが地上を超えているはずだ。

 異質で異常ではあるが、この広さであれば数という武器は活きる。

 

 神術も躊躇わず撃てるし、魔物を囲んでからの包囲殲滅も可能だ。

 この変化は軍にとっては有利に働く。

 

「彼らの弱点は魔物を知らないことだったが、これに関しては君たちが作った魔物の調査票を渡したからある程度の克服は見られるだろう」

 

 ケルピィの発言にプーピーは複雑な表情を見せる。

 本来は、調査票を元にこの異変を解決するのは自分たちだったのだ。そんな表情である。

 

「自分たちが命がけで作り上げたものを……」

「言っておくけどね。軍とか討伐隊とか神術省とかね。そんな横の縛りは忘れた方が良いよ。これは明らかに異常な事態だ。自分たちだけでなんとかする――じゃなくて、国全体で解決できれば良しとするべきだよ」

「上の人たちはそれで良いかもしれませんが、けっきょく国も個人の集まりではないですか。最前線で戦ってる自分たちは納得できません」

「最前線ねぇ」

「違いますか?」

「視点をどこに置くかの話じゃないかなぁ」

 

 けっきょく主観で見れば、各自の立ち位置が最前線だ。

 国で考えれば、主導する最高位の王が最前線と言えなくもない。

 ケルピィはそんな議論がしたいわけでもない。さっさと暇になりたい。

 話すのも億劫になったので、話を合わせておくことにした。

 

「そうだね。負傷した彼のこともある。なんとか僕たちも活躍の機会が欲しいところだよねぇ。今は待とう」

「はい!」

 

 プーピーは顔をほころばせた。

 ケルピィは、活躍の機会なんて来なくて良いと考えている。

 

 もしもそんな機会があるとすれば、相手は魔物ではなくきっと――。

 

 

 

 残念ながらその日のうちに活躍の機会はやってきた。

 

 兵士たちの詰め所は慌ただしくなっている。

 

“魔物とは違う存在がいるようだ”

“人型の魔物がいるらしい”

 

 こんな話があちらこちらから聞こえてきている。

 負傷した彼が話していた獣人だとケルピィは気づいた。

 そして、活躍の機会が如実に近づいていることを悟ってしまう。

 

 兎の獣人だけではなく、他の獣人や人間らしき姿もあるらしい。

 軍の一部と戦闘状態になり、こちらがやられたと聞く。

 

「プーピーくん」

「はい。なんでしょうか?」

「そろそろ出番が来るよ。みんなを呼んできて」

「……はい!」

 

 元気よく走っていくが、今後の方針を聞いてなお、あの元気を保てるだろうか。

 

 状況は刻一刻と悪くなっている。

 正規軍も人員を限界までかき集めて今の人数だ。

 そこで負傷者が多数出てきてしまった。対応も柔軟性がない。

 

 対応の遅さが上からも見られたようで、とうとう現場の指揮官が替えられてしまった。

 上の首だけなら簡単にすげ替えることができるのだろう。

 代わりの指揮官はケルピィの同期だった。

 

「ケルピィか。済まない。暇をさせてしまったな」

「いやいや、暇は好きだよ。ずっと暇でも良かったくらいだ」

 

 ケルピィは本気で言ったのだが、相手は冗談と受け取ったようだ。ハハハと快活に笑っている。

 優秀な同期を持つと苦労するのはケルピィなのである。

 

「情報を共有したい。来てくれ」

 

 冗談は終わりのようで、指揮官は真剣な顔つきに戻す。

 ケルピィも乗り気ではないものの、彼に付いていって説明を受けることになった。

 

 情報はケルピィの予想の域を出ていない。

 魔物に対して優勢だった正規軍だが、謎の勢力に対しては力を発揮できていない様子だ。

 正規軍が対人用の装備をしていたなら彼らが優勢だろう。しかし、対魔物用に武器は硬く重く、鎧もまた同じだ。

 謎の勢力は少人数だが身軽で、対人・対魔物両用の武器を使い、神術も用いて対抗してくるという。

 神術で隊列をかき乱されて、そこに魔物も現れるとなると正規軍の不利は否めない。

 

「魔物討伐隊にも同行して欲しい。魔物の相手は正規軍が行う。謎の勢力の相手を頼みたい」

「言ってることがおかしくないかな。僕たちは『魔物』討伐隊だよ。謎の勢力は人型だって聞いてる。魔物ではないよねぇ」

「どこかから湧いて出てくる存在は、見た目が人なだけで魔物とみなしてかまわない。討伐対象だ」

 

 もはや理論も何もない。

 ただ、この流れは予想できていた。

 実際、魔物討伐隊は人型の魔物の相手をすることもある。

 

「一大事だから仕方ないね。ただ、相手が降伏したときはこちらに扱いを任せてもらうよ。情報が欲しいからね」

「かまわない。無力化できるならそちらに任せよう」

「わかったさっそく行くとしよう」

 

 ケルピィにとっての妥協点は確保できた。

 正規軍は魔物こそが敵だと思っているようだが、ケルピィの見解は異なる。

 あくまで人、あるいは獣人といった存在が黒幕にあると考えている。

 

「――ということになったから。チームで分かれて正規軍に付いていって」

「…………魔物が相手ではないんですか?」

「うん。魔物は正規軍が相手をするって。僕たちは謎の人たちが相手。なるべく殺さないで、生かして捕らえてね」

「自分たちは、魔物討伐隊でしょう」

「うん。そうだよ。でもね。ここの魔物はまだ弱い。正規軍でもいける。数で押せるくらいだからね。一方、僕たちの相手は魔物よりも厄介だ。正規軍では無理だろう。より専門的な僕たちの出番ってわけだね。期待されてるよ。……はぁ、面倒くさい」

 

 思わず本音が漏れてしまう。

 隊員たちも苦笑している様子だ。

 

「僕が思うに、魔物はますます強くなると思うんだ」

「なぜ、そう思うんですか?」

「通路が広くなったからかな」

 

 隊員たちはよくわからないと首を捻っている。

 わからなくても仕方がない。ケルピィだってただの憶測だ。

 

「先日も魔物たちは巨大化し、急激に強くなった。油断して負傷する隊員が出るくらいにね。もしも魔物の強さの限界が道幅によって制限されていたのなら、道が広くなることで、魔物も広さに対応した強さ、大きさになるんじゃないか――僕はそう思ってる」

 

 あまり愉快な話ではない。

 しかし、この場は今、何でも起こりえる状態になっている。

 隊員たちも魔物の急激な変化を目の当たりにしたので、隊長の憶測を笑い飛ばすことはできない。

 

「もしも僕の予想が正しいなら、その時こそ僕たちの出番がやってくるだろう。先を見据えて、今は謎の獣人たちを相手にしておくべきだ。可能な限り彼らを生かして捕らえ――」

 

 情報を抜き出しておく、と隊員たちは考えた。

 しかし、ケルピィの考えは違う。

 

 もしもケルピィの予想が当たれば、戦力は足りなくなる。

 そうなった場合は少しでも戦力が欲しい。すなわち、彼らを捕らえ、味方に引き入れる。

 それこそが彼らを生かして捕らえる狙いである。

 何よりも彼自身が戦わなくなるので楽だ。

 

 

 さっそくチームを分けて、正規軍と一緒に水路を進んでいく。

 隊長だから入口でお茶でも飲んで待っていたかったのだが、許されなかった。

 

『タノニーチームが交戦。第三勢力を捕らえたようです』

 

 頭の中に声が響いてくる。

 念話が得意なメッセだ。彼女が一番安全な入口で待機し、情報を集め共有してくれている。

 音も集めているから、彼女が情報の集積地点となり、正規軍の指揮官と情報を交換し、全体を統括的に進行させていた。

 

「良いねー。こっちも戦闘痕が見えたから、もうじき交戦になると思う。また声を拾って」

『了解です』

 

 ふう、とケルピィは域を吐いた。

 

「話すだけで疲れるねぇ」

「交戦になるんですか?」

「うん。明らかだよ。これは魔物だろうね。餌を使ってくるんじゃないかな」

「餌、ですか?」

「先頭の人たちに伝えてきてくれる。人が倒れてるのが見えたら、絶対に近づくなって。全員止まれってね。じゃ、よろしく」

「あ、はい」

 

 プーピーが走って行く。やはり元気だ。若さが違う。

 しかし、ケルピィは自分がプーピーと同じ歳の頃も今とあまり変わってなかったと思う。

 人間性によるところが大きいのかもしれない。

 

「メッセちゃん。僕だよ。聞こえる?」

『次にちゃん付けで呼んだら、宰相にセクハラを受けたと直訴します』

「厳しいねぇ……。歳の差を考えたら、ちゃん付けでもおかしくないでしょう」

『ライノア翁くらいの差になれば認めましょう。――ご用件は?』

「魔物に利口なのが増えてる。罠を使う奴だよ。正面から出てくる奴以外も警戒するように伝えて。堂々と出てきたら罠だと思うくらいが良いね。そこにいる暇そうな指揮官にも話してやって。その後は君の方から各チームに伝達をして。急いだ方が良さそうだ」

『了解しました。その調子でお願いします』

「この調子でいくとおじさん、過労死しちゃうよ。若い子に労ってもらいたいなぁ。…………あれ? 聞こえてない?」

「隊長、伝えてきました」

「あ、うん。ありがとう。それじゃあ、進もうか」

 

 壁の崩れ、地面の瓦礫の飛び散り方をケルピィは見ている。

 ところどころで兵士の死体があるが、壁にまで血が付いていた。

 

 ケルピィに戦闘能力はさほどない。

 正規軍の兵士には到底及ばないし、魔物討伐隊の隊員たちと比べることなどもってのほかだ。

 しかし、観察力と推測がずば抜けていた。

 

「プーピーくんの硬質化は離れていても使えるんだっけ?」

「……突然ですね。使えますが、地面か壁に手を触れていないといけませんし、固めるのも地面や壁だけになりますよ」

「十分だよ。じゃあ、前の方に行こうか。魔物が近いよ」

 

 ケルピィとプーピーが前の方に行くと、ちょうど先頭の兵士たちが足を止めたところだった。

 

「生存者を確認しました」

 

 ケルピィにも見える。

 壁の近くで、ケガだらけの獣人が呻いていた。

 

「全員静かに」

 

 ケルピィは指を口につけて静かにと示す。

 ここまでの進行で、彼の言に従った方が良いと兵士たちも理解しているので口を閉じた。

 

「あれは罠。近づいたところで壁か地面……壁だな。壁から魔物が出てくるんだ。こちらでおびき出すから、動きを止めたところで一斉に攻撃をしてもらえるかな」

「わかりました」

「プーピーくん。僕と途中まで一緒に行こう」

 

 ケルピィとプーピーが負傷者へと足を進める。

 音が響くように、ケルピィはわざと足音を強めにした。

 

「プーピーくんはここで地面に手を付けて待機。魔物が出てきたら固めて。身動きを取れなくしよう」

 

 プーピーは声を出さずに頷いた。

 別に返事くらい声を出しても良いのにとケルピィは思っているがわざわざ口にはしない。

 

 一人で負傷者の近くまで寄り、壁の瓦礫が動くのを見てすぐに背を向けて逃げた。

 彼は背後から大きな音がしたことを確認する。近寄りすぎたかなとやや後悔している。

 

「土よ、固まれ! ――今だ! 攻撃を!」

 

 プーピーが魔法を使った。

 ケルピィが振り向くと、大型のワームが何本もの鋭い歯を見せていた。

 もしも、あと一歩近づいていたら死んでたなぁ、とケルピィは嫌な汗を全身に感じている。

 

 何はともあれワームは出てくる途中で地面を固められて身動きが取れなくなった。

 そこを正規軍たちが一気に仕掛けることで撃破したのである。

 

 餌とされた負傷者は、壁から出てくるワームに食いちぎられてしまった。

 

「やりましたね!」

 

 プーピーも兵士たちも喜んでいる。

 ケルピィは顔こそ喜びを表したが、素直には喜べない。

 

 ケルピィの予想は嫌な方に当たってきている。

 今のワームも、先日までは出てこなかった大きさだ。

 

 魔物が大きくなっている。

 謎の勢力も魔物にやられ始めた。

 

 彼らとの接触を急がなければならない。そして、手を取り合う必要がある。

 このままでは両者ともに、魔物にやられることになるだろう。

 

 あるいは、手をとりあったところで――。

 

 

 焦りがケルピィを支配し始めていた。

 

 

 

61.イベント前日

 

 明日からのイベントを控え、カクレガはすでに目的地に到着している。

 

 王都ムックリが地図に表示され、扉マークも王都にあったときは冷や汗ものだった。

 しかし、カクレガの目的地は王都から逸れていた。

 

 カクレガは王都から逸れ、やや離れたハトポポ川へと向かったのだ。

 そして、主流から枝分かれした支流の近くで止まった。

 木村は胸をなで下ろしたことを覚えている。

 

 川の近くに人工的な洞窟があり、そこがイベントのスタート地点になっている様子だ。

 入口の近くには兵士たちも立っているが、あれくらいならどうとでもなるだろう。

 

 本日はイベント前とあってか、デイリーも小さなイベントもない。

 朝におっさん宛のメッセージが来て、明日からイベントだからメンテするね、とあった。

 今日は、明日からのイベントに挑むための準備デイだ。

 

 悩むのは戦闘メンバーである。

 おっさんから聞く限り、今回は戦闘メンバーに縛りはない。

 前回のようにアコニト、ルーフォ強制とか、前々回のように自由選択が一人だけとかもない。

 

 完全に自由。

 自由すぎるとかえって困る。

 最初は敵も弱いだろうから、攻撃よりにしてガンガン攻めるか。

 あるいは対応がしやすいよう攻撃、防御、回復、サポートのバランスよりにするか。

 

 途中でキャラ変更が可能かわからないので、ひとまず木村はバランスよりで組むことにした。

 攻撃よりにしすぎて、いきなりボス戦に突入すると全滅しかけない。

 

 ブリッジの機能が使えるとして、サポートにはセリーダ安定となる。

 なにげにおっさんとアコニトを除くと、異世界に来た当初からずっと一緒だ。

 ずっと一緒なのに頭がおかしくなっており、戦闘以外で一番絡みの少ないキャラでもある。

 いつかはクスリから脱却しないといけないのだが、目処が立っていない。

 

 メインの一人目として、まともな回復役はペイラーフしかいないのでまず彼女を枠に入れる。

 クールダウン減少の結晶を飲んでいるため、以前よりは回復の頻度が上がったが、連発はできない。

 

 防御役はテュッポかボローで悩んだが、ボローにした。

 他のメンバーはもうあまり考え込まず、初期あたりのメンバーにしていく。

 

 すなわちアコニト、ボロー、ペイラーフ、ウィルがメインメンバーだ。

 ボローは充電の関係で短期決戦向けだが、装備の予備バッテリーで行動時間も上がったので大丈夫だろう。

 迷宮が狭いとアコニトの自爆が使えないかもしれないが、そこは仕方ないと割り切るしかない。

 

 最近はフルゴウルやテュッポが入ったことで誰かが抜けることが多かった。

 久々の初期安定メンバーで挑むことにする。なんだか懐かしい気持ちになってくる。

 

 念のためフルゴウルやテュッポは入れ替え要員としてブリッジに控えてはもらう。

 二人は地位や歳の関係で知識や経験が、木村たちとは段違いだ。そのあたりにも期待している。

 

 今回はすぐ近くに街はない。

 竜も出てこないとおっさんは言う。

 コラボキャラが出てきたりもしないだろう。

 

 誰かを巻き込んだり、巻き込まれる心配をせず楽しめる、初めてのイベントになりそうである。

 

 ただ、イベントで一つ気になることがあった。

 イベント名の“迷宮にて相まみえましょう”の後半部分である。

 

 「相まみえましょう」とは誰が誰にむかって言っているのかだ。

 迷宮の奥に少女がいるのは定番だが、そんな話なのだろうか。

 

 木村はますます今回のイベントに期待を抱くのであった。

 

 

 ―― ―― ―― ――

 

 

 

 木村がそんな淡い期待をしているころ、王都は熱狂をひた隠しにしている状況だった。

 

 地下の状況を知らない一般人たちは、翌日に行われる式典を楽しみに夜を迎えようとしている。

 地下に入っている人たちは、もはやどうしようもないと感じている。

 

「本当に開催するんだねぇ」

 

 ケルピィも水路の入口付近でぼやいた。

 上層部が開催に舵を切ったのは、地下水路に安定が見られたからだろう。

 

 ほんの数日前まで、慌ただしく変化をしていた地下水路は一昨日から変化が少なくなってきた。

 入口付近は、またもや狭くなり水路が復活している。

 

 大半の兵士たちは、中でなく外で待機している状況だ。

 けっきょく正規軍を入れての大規模な進行では、事態の解決にいたらなかった。

 

 まず、水路が入り組んでいるのがよくない。

 今は安定しているが、調査をしたころは道がすぐさま入れ替わり、仲間同士が出会い頭に魔法の撃ち合いもあったほどだ。

 

 さらに、水路の奥に異様な魔物がいる。

 百年に一度見られるかどうかの規模の魔物が奥に佇んでいた。

 西のハムポチョムキキ平野どころか、さらに西のデモナス地域クラスの魔物だ。

 目が合っただけで、全身から血の気が失せたことをケルピィは、今でもはっきりと思い出せる。

 

 あの魔物に対しては、ケルピィが進行停止を指示する必要もなかった。

 一般の兵士でも感じることができるらしい。全員が足を止めて、その場から引き返した。

 

 幸運なことは、あの強大な魔物は知性あるいは規則があるようで近づかなければ襲ってこない。

 逃げることが得意な隊員に試させたが、近づいてようやく警戒し、離れればすぐに警戒を解いた。

 

 逆に不幸なことは、あのクラスの魔物が三体以上はいることだ。

 それぞれの調査隊から、姿が違う魔物の報告があった。どれも異様な気配を持っていたとのことだ。

 無闇に突っ込んで全滅とならなかったのは、不幸中の幸いだろう。

 

 引き返してから、地下水路に最後の変化が生じて今の状態になった。

 すなわち最初の地下水路とほぼ同等の状態である。

 ただし入口付近だけであり、魔物も出てくる。

 

 入口付近に現れる魔物は弱い。

 鼠の魔物ほど弱くはないが、それでも正規兵が数人いれば余裕で倒せる。

 

 水路をさらに進むと、変容をみせる。

 道幅は広がり、天井も高くなる。水は浅く広がっていき、地面をうっすらと浸す。

 魔物は進むほどに強くなり、もはや強大な魔物がいるであろう奥まで進むことは困難になってしまった。

 進んだところであの強大な魔物がいる以上は、手の出しようがない。

 

 今や、ケルピィたちにできることは二つだけだ。

 

 一つは、入口付近で魔物たちが外に出ないよう戦うこと。

 もう一つは、地下水路がさらなる変容をしないよう祈ること。

 

 どちらにしても、彼らができることは防戦だけである。

 

 

 ここまでは悪いことだ。

 あるいはどうしようもないことと言っても良い。

 

 しかし、大規模な調査での収穫もあった。

 

「ヘェーーーイ! ミスター。どうしたよぉ、陰気な顔してよぉ! ほれぇ! おいらが注いでやんよぉ! ウッサウッサだぜぃ!」

「……ああ、どうも」

 

 ケルピィと同席しているのは二人の獣人である。

 この二人は大規模な調査のときに、なんとか手を組むことに成功した。

 

 一人は兎の獣人だ。

 軽薄で酒好き。今も酒をケルピィに勧めてくる。

 ケルピィも酒は好きだが、さすがに魔物が出てくる水路で酒を呑むほどの胆力はない。

 

「カァアアアア。うっまいねぇ! 果実の香りがすげぇよ、これ! なぁ、慚愧の旦那もそう思わないか!」

「……うむ」

 

 もう一人は猫に近い獣人だ。

 兎の獣人が白い毛をしているのに比べ、猫に近い獣人は黒っぽい毛をしている。

 毛の色が対比できるように、性格も対照的な二人だった。猫っぽい獣人は重厚で口数が少ない。

 

 どちらも酒好きで、ザルなことは共通している。

 さらに二人とも武器を持っている。兎の獣人は銃と呼び、猫っぽい獣人は刀と呼んでいた。

 彼らの持っている得物を、ケルピィは見たことも聞いたこともない。

 

 二人は同郷ではないが互いのことを知っていた。

 さらにヘイラード王国やこの王都のことは何も知らない。

 加えて言えば、ケルピィたちも彼らの話す地域のことをまったく知らない。

 二人だけでなく、他の第三勢力も同じことを言っているのを見るに嘘はついてないと判断した。

 

 遙か西のどこかと、この王都の地下水路が転移で繋がったのではないか――というのが神術省の見解である。

 ケルピィはこの見解に否定的だった。言葉が通じることの説明は付けることができない。

 

 言葉や彼らの来歴はともかく戦力としては申し分ない。

 この二人だけが他の転移者と違ってここにいるのは、戦力が他と比べ突出しているのに加え、奥の魔物を見てもまだ挑む気概が残っているからであった。

 

 他の転移者たちは正規軍で管理しているが、ここの二人だけが魔物討伐隊の預かりだ。

 手が付けられないから押しつけられたというのが正確だが、実力もあり話ができるなら、ケルピィはいてもらうことは悪いと思っていない。

 

 ケルピィがふぅと息を吐く。

 獣人二人の気配が変わっていた。両者が同じ方向を見ている。

 

「トリガーの」

 

 猫っぽい獣人が声をかける。

 ちなみに二人とも本名は明かさなかった。

 どちらも通り名をケルピィたちに告げている。

 

 兎の獣人が「ハッピートリガー」で、猫っぽい獣人が「慚愧一閃」である。

 互いにトリガーやら慚愧と呼んでいるし、かなり有名なようで他の転移者からは怖れられていた。

 

「気づいてるぜ! 慚愧の旦那! ほらよ! そこのあんた! 一発どうだ!」

 

 テーブルに置いてあったハッピートリガーの得物が、いつの間にか彼の手の中にあった。

 そして、その銃口は水路の奥へと向かっている。

 

 轟音が響き、銃口からは火花が散った。

 目にも留まらぬ速度で、暗闇を小さな光源が照らし、見張りの兵士の脇を抜ける。

 

「お?」

「む?」

 

 炎弾が弾かれ、狭い水路の中を飛び跳ねる。

 一瞬だけ弾いたであろう姿が見えた。

 

「相変わらず野蛮ですね。ハッピートリガー」

 

 女性の声だった。

 ケルピィはもちろん兵士たちにも緊張が走る。

 

「おおっとぉー! その声はもしかして福音ちゅわんかぁ! ウッササ! 盛り上がって参りました!」

 

 盛り上がってるのはハッピートリガーだけである。

 慚愧一閃は興味が失せたようで、彼の得物を置き、椅子に体重を預けた。

 

「慚愧一閃もいますね。状況の説明をしていただけます?」

「いいともさぁ! 座んなよ! ミスター。酒を一本追加だぁ!」

 

 暗がりから現れたのはまたしても獣人である。

 頭から生えた巨大な角が目立つ。

 

 頭と同じほどの大きさの角が二本、頭の上から伸び、途中で外側に曲がっている。

 獣の耳も大きいし、眼球の中の瞳が四角く、ヤギのようであった。

 性別は胸元の膨らみから女性だとわかる。

 

 ハッピートリガーと慚愧一閃が動きやすい服装をしているのと違い、ヤギの彼女はかなりゆったりとした服装だ。

 民族衣装か、あるいは儀式的な衣装と言うべきか。戦闘用には見えない。

 

 見張りをしていた兵士たちに、彼女を通すようケルピィは伝えた。

 おそらく止めることはできないだろう。強そうに見えないが、ハッピートリガーの炎弾をどうやって弾いたのがケルピィにはわからない。

 手に武器を持っているように見えない。服の中にもケルピィが見るに武器は隠し持っていない。

 服装は動きづらそうにもかからわらず、埃や汚れがついていない。皺すらない。

 この水路でこの衣装を保つことの異常性を彼は感じている。

 

 ヤギの彼女は、一礼して椅子に座った。

 ハッピートリガーの入れた酒を、遠慮なく呑む。

 

「……これ、すごくおいしいですね」

 

 彼女の第一声がこれである。

 挨拶みたいなものかと思ったが、お世辞でもなく本気で言っている様子だ。

 話をする前に「もう一口」と流し込んでいる。一口で空にして、ヤギの獣人たちがケルピィを見た。

 

「こちらの方々は?」

「ヘイラードっつう国の兵士たちよ! 福音ちゃん、知ってる?」

 

 ケルピィは「それが普通は最初だろ」と感じたが、今さら言っても仕方ない。

 言われた女性は首を横に振った。

 

「片田舎の小国など私の知るところではありませんね。あなた方はどうして彼らと? 群れるのが好きになったんです?」

「ウッサァ! 痛いところをつくねぇ! おいらたちにも事情ってもんがあるんだよ。福音ちゃんはその様子だと入ってすぐだ! そうだろ!」

「ええ。今朝に入ったばかりです。道が入り組んでいて進みづらいですね」

「でった! 福音ちゃんの方向音痴! どうせまた道に迷って帰れなくなるんだ! 神様も思わず苦笑い!」

「――黙れ、野兎が。煮詰めて配給するぞ」

 

 ドスのきいた声だった。

 丁寧に喋っていたが、こちらが地のようである。

 周囲の兵士は彼女の声にビクリと震えたが、ハッピートリガーはウサウサ笑っている。

 

「福音の。外を見てこい」

 

 慚愧一閃が一言だけ告げ、出入り口の階段を示した。

 他に一切の説明がない。

 

 ケルピィも慚愧一閃の勧めに同感である。

 口であれこれ説明もできるが、まず見てもらえるなら見てもらった方が話がずっと早い。

 

 ハッピートリガーと慚愧一閃の二人は、話が先だったので時間がかなり取られた。

 さすがの二人も外を見たら驚いていたので、彼女も同感だろう。

 

 彼らがここに入るときは、周囲に何もないド田舎だったらしい。

 大きな入口がどこからともなくせり上がってきて、話題になっていたとかだったようだ。

 ところが今のこの出入り口は、片隅とは言え王都の一部に繋がっている。何もかもが知っている光景と違う。

 

 ケルピィとおもしろがっているハッピートリガーが付き添い、彼女を外に案内する。

 彼女の予想を裏切らない反応に、ハッピートリガーは大笑いしていたし、ケルピィも少しだけ疲れが紛れた。

 

 その後は、また水路のテーブルで説明をおこなう。

 質問も出てきたが、大人しく聞いてくれるのでケルピィはそれだけで助かる。

 

「事情はわかりました。それで――座して成り行きを見守るのですか? 行動しなければ、変化は見込めません。こちらから攻めこむべきではないですか」

 

 先ほど地の部分を見たが、このヤギの彼女は丁寧な所作で隠しているようだが、中身はかなり好戦的で挑戦的、イケイケである。

 安い挑発だが、酒を呑む二人にはそこそこ効いているようである。

 ここで席を立たれても困るので、ケルピィがフォローに回る。

 

「その点についてはこちらの問題があったんだ。実力のある奴が、大急ぎでここに向かってるんでね。二人には急ぐ気持ちをどうか堪えて、待ってもらってるところだよ」

 

 ケルピィが事情を説明した。

 ここにいる戦力だけでは奥の魔物には対抗できない。

 西のハムポチョムキキ平野にいる隊員を呼び戻せることになったので待っている。

 性格にこそ難はあるが、あの平野で戦い抜けるので、おそらくこの二人とも肩を並べて戦えるとケルピィは踏んでいる。

 

「福音さんも一緒に行きません?」

 

 ハッピートリガー、慚愧一閃、さらに戻ってくる隊員、そこに彼女も加われば戦力になる。

 ケルピィは当然のように彼女も誘った。

 

「私は一人で――」

「死んじゃうよ!」

「死ぬぞ」

 

 すげなく断ろうとした彼女の声を潰すように、獣人の二人が言う。

 ハッピートリガーは冗談が混ざっているが、慚愧一閃からは嘘の欠片も感じられない。

 

「おいらのペンダントが切れたって言ったら信じる?」

「一閃できぬ魔物もいた」

 

 二人がそれぞれ事情を口にする。

 これはどちらも真剣な様子であった。

 

 どちらも彼らの代名詞たり得るものが通用しなかったことを示している。

 福音もその真意に気づき、考えを改めていく。

 

「……今回だけ、“特別に”同行してあげましょう」

「はい! ボトル入りまーす!」

 

 座るや否や、ハッピートリガーが瓶を開けて酒を注いでいく。

 ヤギの彼女も当然のように受け取り飲み干す。

 

 

 けっきょく追加の隊員は間に合わず、四人の飲み会は夜まで続いた。

 

 

 

 ―― ―― ――

 

 

 

 さて、駆け出しのトレジャーハンターが突然現れた迷宮に足を突っ込んでいた。

 

 彼女は頼りになる仲間たちと潜ったが、魔物にやられて彼女以外はみんな死んだ。

 ウィッチという魔法使いっぽい名前であるが、バリバリの前衛職である。

 泣くことにも疲れ、それでも死ぬのは嫌で逃げていた。

 

「私、おいしくないから! おいしくないから!」

 

 ヘドロの集合体からウィッチはひたすら逃げている。

 水の中からも触手が伸び、ウィッチの足を掴んだ。ウィッチはバランスを崩し、無様にこける。

 

 必死に触手をどかしたが、すでに道の両側は魔物が迫っている。

 水路からも魔物がゆっくりと湧き上がっていた。

 

 彼女は逃げ道を塞がれ、壁に後ずさりした。

 逃げるタイミングを計っているが、今度ばかりは難しそうである。

 背中をつけた壁は、壁ではなく格子状になっているが、びくともしないので逃げ道にはならない。

 

 絶体絶命の中で彼女は、今までの思い出がよみがえった。

 小さい頃から憧れたトレジャーハンター。体を鍛えた少女時代。

 村を出て、訪れた街とそこで得た仲間たち、初めての迷宮での失敗の数々……。

 そして、その仲間達の死に顔。昨日まではこんなことになるなんて思ってなかった。

 

「誰かっ! 誰か助けて!」

 

 ウィッチは一人の少女に戻り、外聞も気にせず叫んだ。

 ただただ生き残りたかった。

 

「aejoru, aorjagoa」

 

 男の声だった。

 ウィッチの聞いたことのない言葉で、すぐ背後からその声は聞こえた。

 

 魔物の動きが止まっている。

 ウィッチも何が起きているのかわからないが、躊躇いつつも背後を見た。

 

 黒い格子の向こう側に誰かが立っていた。

 格子に隠れてウィッチにはよく見えないがおそらく男である。

 

 男が格子を掴むと、格子はぐにゃりとねじ曲がった。

 格子が人の通れるほどにねじ曲がると、その男は格子の中から出てくる。

 

「pifajdfa? dkfjaofjpadfa?」

 

 男はウィッチに話しかけてくるが、ウィッチは聞き取ることができない。

 やや困った様子で男も首をかしげている。

 

 視界の隅でヘドロの魔物たちが動いた。

 男の着ている服は、はっきり言って一般人の服装だ。

 とてもじゃないが迷宮に潜ることを専門にしているものではない。

 街で食べ物を売っているか、畑でも耕している方が遙かに似合っている。

 

 先ほどはヘドロの魔物たちが止まっていたが、偶然だったようだ。

 ヘドロの魔物はまたウィッチたちへと動き始めた。

 

 ウィッチも考えがまとまらない。

 いきなり現れた男は強そうに見えないが、格子をぐにゃぐにゃに曲げていた。

 

「助けて」

 

 ウィッチのとりあえず出てきた言葉は、男にも伝わったようである。

 男は魔物に手を伸ばした。少なくともそれ以上のことをしたようにウィッチには見えない。

 

 ヘドロの魔物たちがぐにゃりとねじ曲がった。

 まるで雑巾を固く絞られるように捻られ、声の代わりに体を細かく震わせて消滅していく。

 

 魔物が消滅した後で金色の筺が現れる。

 美しい黄金色だった。

 

 死んでいった仲間達とこれを手にすることができれば、どれほど……。

 ウィッチの思いは暗い地下水路に消えていく。

 

「あーfjajdaf, これa;jfdlajfajij?」

 

 男は頭をぐりぐりと弄っている。

 ウィッチは男の声が少しだけ聞き取れた気がした。

 

「koれ,doう, this, tigaう。こうだ、こうかな? 聞き取れる?」

「あ、はい。聞き取れます」

 

 男は満足そうに頷いた。

 金色の宝箱を持って、手でぐりぐりと弄っている。

 

「曲がらないな。――これが何かわかる?」

 

 いきなりの質問にウィッチは戸惑った。

 しかし明らかである。

 

「お宝です」

「……宝?」

「はい。迷宮で魔物を倒したんですからお宝が出るに決まってます」

「…………そうなの? おもしろい発想だね」

 

 おもしろいと言いつつも男は興味をなくしたようで、お宝をウィッチに渡した。

 ウィッチは複雑な気持ちになりつつも、金色の筺を受け取る。

 

「遅れましたが、助けてもらってありがとうございます」

「ああ、うん、それはどうでもいいんだ。それより君は……えっと名前が――」

「ウィッチです」

「そう。ウィッチは竜を見てないかな?」

 

 今度の質問はウィッチも意味がわからなかった。

 竜というのはどんなものか知っている。空を駆ける全ての魔物の頂点だ。

 

「竜が、この迷宮にいるんですか?」

「いるよ。あちら側にはいなかった。間違いなくこちら側にいる」

 

 男は確信に満ちた声で答えた。

 先ほどまでは人畜無害そうな顔をしていたが、竜を語る顔にウィッチは思わず一歩引いてしまう。

 

「うまく隠れてて今までまったく気づかなかった。何が起きたのかなぁ。すぐ近くにいる。そんな雰囲気を感じる。どこにいるんだ。倒せば1上がるかなぁ」

 

 ウィッチは明確に男が怖くなった。

 男の笑顔は歪んでいる。竜など簡単に捻り殺せるといった様子だ。

 

「僕は竜を探すけどウィッチも一緒に来る? 話も聞きたいしね。運が良ければ歴史的瞬間に立ち会えるかもしれないよ。……でも、君はお宝の方が好きそうだね。そっちは興味がないから勝手に取って良いよ」

 

 実を言えば、ウィッチはこの男とは一緒には行きたくない。

 物腰は丁寧で、手も出してこないが、それ以上の歪みを男から感じる。

 しかし、ここに一人でいても死を待つのみであることは間違いない。今度こそ助けはこないだろう。

 

 それに、宝を好きに取れというのも魅力的だ。

 先ほどまで仲間の死を嘆いていたので、自分が薄情だとウィッチは思った。

 だが、死んでしまった彼らのためにも、生き残った自らが宝を持ち帰らなければならない。

 別にそんなことはないはずだが、謎の意識に駆られてウィッチは男の提案に頷いた。

 

「一緒に行かせてください。――お名前は?」

「……あれ、言ってない? ああ、ごめんね。名前を言ってなかったね。僕はアピロ」

 

 「よろしくね、ウィッチ」と男は微笑んだ。

 その微笑みがどこか空々しい。

 

 

 二人はそれぞれ竜とお宝を求めて歩き出した。

 

 イベントが間もなく始まろうとしている。

 

 

 

62.イベント「迷宮にて相まみえましょう」1

 

 ついにイベント当日である。

 

 木村の足取りは軽い。

 うきうきしている。

 

 迷宮の入口は相変わらずのままだ。

 いきなり変形したり、魔物がぞろぞろ出てきたり、あの世に繋がったりもしていなさそうだ。

 

 ウィルの魔法で見張りの兵士たちを眠らせて、さっそく木村たちは中に入った。

 洞穴というよりは人工のトンネルだ。石のブロックや、ところどころで落盤を防ぐ柱も見える。

 

 見た目よりも音に特徴がある。

 水の流れる音がどこかから聞こえてくる。

 近くにハトポポ川の支流があったので、引き込んでいるのだろうか。

 

 この迷宮はダムか、貯留用の洞窟なのかと木村は考えた。

 この予想は間違っているのだが、木村は貯留の方向で可能性を広げていく。

 水の中での戦闘になったらどうしようか、とやや不安になりつつ道を進んでいった。

 

 

 道を進んでいくと、とうとう水が現れた。

 洞窟の中に小さな川があるという光景を木村は不思議な様子で眺めている。

 川と並行して道が続くので、行き先もわからないまま進む。

 

「ワンワン! ワン! グルルル!」

 

 途中で魔物も現れるようになった。

 スライムっぽい魔物やカバのような魔物である。

 まだ序盤のためかとても弱い。一撃で倒せてしまう。

 

 道中も、敵も今のところ問題はない。

 問題があるとすれば味方だ。主にアコニトである。

 

「ガウ! ガウ!」

 

 今日からイベントだからクスリをやるなと言ったのにやりやがった。

 本人は犬になっているつもりらしく、入ってからずっと四足歩行で犬の鳴き声までしている。

 

「バウゥ! グルゥ!」

 

 せっかく初期ころのメンバーで楽しくやれると思っていたのに台無しである。

 異世界に来たころの雰囲気を取り戻そうとしたのに、こんな状態ではどうしようもない。

 

 ……思い返すと異世界に来た頃からアコニトはあんなのだ。

 いつもラリってた。

 

「あれ? もしかして変わってない?」

 

 変わっていなかった。

 アコニトは最初からああだったので、笑うセリーダがブリッジにいるだけである。

 他の三人は慣れっこなので、アコニトはいないものとして考えいる。

 

 地形が洞窟なので、アコニト自慢の自爆は危険すぎて使えない。

 そうなると彼女は邪魔になる。フルゴウルにすれば良かったと木村は後悔している。

 鳴き声の真似がうるさいし、四足歩行を見ているとこちらまで情けなくなる。

 

 そんなラリッた彼女は川に近づき、水面を見て吠えていた。

 水面に映った自分を威嚇しているようだ。

 おっさんが背後から近づく。

 

「おっと、水辺に近寄ると危ないぞ」

 

 おっさんがアコニトの背中を蹴った。

 木村は目が点になる。

 

「ワゥ! ワッ、ガゥ……、ガ…………」

 

 アコニトがドボンと川にダイブし、もがもがともがいている。

 尻尾が浮き輪代わりになっているようで、沈まない状態でそのまま流れていった。

 

「上手に泳いでいるな」

 

 泳いでいるのだろうか?

 尻尾は浮いているが、顔は沈んでいたように木村には見えた。

 

 この迷宮で死んだ場合は、どうなるのだろうかと木村は考える。

 

 死んだその場で復活するのか、それともカクレガで復活するのか。

 カクレガで復活する場合は、全滅時は入口まで戻らないといけないのか。

 戻るとなると厄介だが、気軽に試すこともできない。

 

 アコニトがどうなるかを注視しておこう。

 一番先に死ぬのは経験上彼女だ。

 

「水の音が心地よいね!」

「癒やされるな」

 

 アコニトがいなくなり、静かになった。アコニト追放組はにこやかである。

 木村はウィルと顔を見合わせて、仕方ないと首を振った。

 ボローは相変わらずのままだ。

 

 

 戦闘メンバー三人の状態で進む。

 アコニトは川を流れていったきり帰ってこない。

 

 まだ死んでいないのか、それとも死んでカクレガに戻っているのかもわからない。

 はっきりと言えることは三人でも安定して進めているということだ。

 

 ボローが注意を引きつけ、ウィルが魔法で攻撃する。

 ペイラーフは回復してない。ダメージがほぼない。それくらい余裕だ。

 やはり装備を作製できたのは大きい。この調子だと中ボスかボスまでは、三人で余裕そうである。

 

「キィムラァ。チェックポイントに到達したぞ」

「チェックポイント?」

「ああ。ここから外に出られるぞ。カクレガもこっちに向かってきているからな。休むときはここから出て休むんだ。休息を忘れるなよ」

 

 要するにセーブポイントだと木村は理解した。

 おそらく全滅したら、このチェックポイントから再開ということになる。

 全滅したら戻らないといけないのは面倒だが、途中で休めたり、復帰できるのはありがたいことだ。

 

 木村はいったん外に出てみた。

 最初と同様に、兵士が数人ではあるが配置されている。

 こんなところで警備する任務はさぞ大変だろう。イベント以外だと何もないのではないか。

 

 誤解である。

 通常であれば彼らはここに配置されていない。

 迷宮に変化が起きてから、ここに急遽配置されたのである。

 

 眠らされた兵士たちは目を覚ました後に、彼らの仕事を全うする。

 

 

 パーティーメンバーを入れ替え、またすぐに迷宮に戻った。

 ペイラーフはまだまだ活躍の機会がなさそうなので、フルゴウルと交代させた。

 アコニトは変更できない。彼女は死んでないようで、今もなお迷宮内の川かどこかを彷徨っているらしい。

 

「たくましく生きてるでしょ!」

 

 ペイラーフは笑って、花の世話に消えてしまった。

 彼女にとっての優先順位は、イベントよりも花の方が遙かに高いのだ。

 

 アコニトには困る。枠が一つ潰れた状態だ。

 死んで欲しくないときにはすぐ死に、死んで欲しいときには生き残るという厄介な存在――それがアコニトだ。

 

 どうこう言っても仕方ないので、またしても三人で迷宮を進んでいく。

 出番のない回復役が、攻撃できるキャラに替わったのでますます楽に攻略できている。

 

「キィムラァくん、気づいているかな?」

 

 フルゴウルが尋ねてきたが、木村はさっぱりわからない。

 もうちょっと言葉をたしてほしい。会話には言葉の足し算が重要なのだ。

 

「何にですか?」

「この道がどこに続いているかだよ」

「いえ、全然」

「王都ムックリに続いているよ」

「え?」

 

 木村は驚いて、フルゴウルを見た。

 フルゴウルは頷くだけだ。

 

「地図を見ていたらすぐにわかった。この道は王都へ伸びている。灌水用として引いているのではないかと推測したが、灌水用にしては水量が少ないかもしれない。都市用の飲料水だろうか。それにしてもかなり古い。管理も禄にされてない様子だ。もう飲み水としてはほとんど使われていないかもしれないな」

 

 木村も授業で聞いたことがある。

 中東かどこかでは、地下水を引き込む水路があるとか、カナートだったか。

 ここは地下水ではなく、川の水なのでまた別のものかもしれないが似たようなものだろう。

 

「そうすると、ここの終着点は王都になるわけですか」

「その近辺だろうね」

 

 そうなるとボスがいるのも、終着点となる王都の近くだろう。

 ウィルも話を聞いていたので渋い顔をしている。

 木村も同じ顔になっているはずだ。

 

 急激に嫌な予感がしてきた。

 穏やかで迷惑をかけないはずのイベントが、災厄をもたらすイベントにかわりつつある。

 

「……いつもどおりか」

 

 迷惑をかけなかったイベントなんてない。

 討滅クエストは帝都を滅ぼすし、最初のイベントストーリーは国を消した。

 その次は街に電車が強制突入して、さらにその後は地上どころか冥府でも混乱騒ぎだ。

 

 せめて、できる範囲で死者数を減らすようにがんばろう、とゆるい決意を木村は立てるのであった。

 

 

 

 ―― ―― ――

 

 

 

 王都では、式典が一見つつがなく進行している。

 

 トンタタ王の生誕五十年を多くの人が祝っていた。

 地上はそうだが、地下は様相が異なる。

 

 魔物が朝から活発に動き始めた。

 まるで地上の式典に、自分たちも参加すると言わんばかりである。

 入口付近の魔物は基本的に弱いが、ときどき思い出したように強めの魔物もやってくる。

 

「このままではキリがない。座して魔物の侵攻を許すことはありません。こちらから仕掛けるべきではありませんか?」

 

 ヤギの獣人が声高に主張する。

 他の獣人二人も動きたい気持ちはある。

 ハッピートリガーにせよ、慚愧一閃にせよ、大人しく待てる性分でもない。

 奥に何かがあるのは明白で、戦力もそろっているなら、合図など待たずに攻め込みたい思いであった。

 

「今日だけはなんとかここで凌いでくれ、とのことでね。そこをなんとか」

 

 上でも攻めこむという意見はあるが、今日に限れば少数派だ。

 現時点で地下水路の出入り口はここだけであり、ここが手薄になると魔物が地上に出てくる。

 魔物の地上への進出は絶対阻止せねばというわけで、今日は徹底防戦を命じられている。

 

 もしも地上に出てきて、国内外からの来賓に何かがあれば洒落にならない。

 言っていることはわかるが、苦労するのは上層部と獣人たちとの間に入るケルピィである。

 

「全てを投げ捨てて、ゆっくり休みたいねぇ」

「諦めてください」

 

 ケルピィの背後に立っている女性が、無機質な声でケルピィの要望を一蹴した。

 彼女はハムポチョムキキ平野から、王都に招集された隊員である。

 名前はシエイ。目つきの怖さは隊員一だ。

 

「シエイもたいへんだったね。急に呼び出されるなんて」

「暇を持て余していましたので問題ありません」

「暇? ハムポチョムキキ平野は、魔物が異常に増えたって聞くけど?」

「それは二十日ほど前の話になります」

「そうなの」

 

 デモナス地域にいた魔族の一部が、冥府騒動で東に移動したときのことである。

 ハムポチョムキキ平野の西部で生活していた魔物が、魔族から逃げて同平野の東部に移動し、東部で縄張り争いが活発化した。

 魔物たちのに争いに巻き込まれたのがシエイだった。

 

「聞いてるだろうけど、奥に手強いのが数匹いてね。明日以降、彼らと一緒に倒してもらいたいんだ」

「私は他者との協力が苦手です」

「知ってるよ」

 

 広範囲殲滅がシエイの得意とするところだ。

 この狭い領域かつ他者がいるところでは巻き込む恐れがある。

 

「彼らは、……まあ、大丈夫だろう。僕も見たけど、なかなかのものだよ」

 

 ハッピートリガーと慚愧一閃は、ケルピィも戦うところを実際に見た。

 どちらも戦闘能力はこちらの能力よりずっと上だ。

 経験もこちら以上にあるだろう。

 

 福音と呼ばれるヤギの獣人も同様だろう。

 最初は力の正体がわからなかったが、周囲の物体が小さく揺れるところを見るに音だとケルピィは推測している。

 力を使っているときは喋っていないことからも、推測が正しいと結びつけられる。

 音で炎弾をどう防ぐかはわからない。他にも何かがあるのかもしれない。

 

「状況によっては、彼らを巻き込むことになりますが?」

「僕は現場の判断を尊重するよ」

「責任の所在は?」

「僕になるだろうねぇ、嫌なことだ。責任ばかりが増えてくる」

 

 実際のところ、彼らを巻き込んだところで厄介払いができたということでおとがめはないだろう。

 考えられるとすれば彼らからの報復だが、生きて帰れるとは考えづらい。

 

「とりあえず、倒せるかどうかを見てきてもらうのが一番かな。僕は近づくだけで過呼吸になりそうだったんだけど、シエイからあの魔物がどう見えるかが気になるところだね」

 

 巻き込む云々の前に、そもそもあの魔物と戦って倒せるとケルピィは思ってない。

 ケルピィとしては触らぬ神に祟りなしという言葉に従い、手を出さずに見守っておく方が良いと考えている。

 この考えを上に伝えているが、彼らは見ていないので「なんとかして倒せ」と言ってくるだけだ。

 

 超現場派のシエイから見て、あの魔物が戦っても良い存在かどうかがケルピィは気になっている。

 倒せるならそれに越したことはないが、倒せないと判断するなら討伐はさっさと諦め、如何に被害を減らすかに注力すべきだ。

 

「それと一つ報告が遅れました」

 

 シエイが声をかけてきた。

 あまり良い報告ではなさそうである。

 

「ハムポチョムキキ平野に謎の勢力がいました」

「…………見間違いじゃなくて?」

 

 ハムポチョムキキ平野は立ち入りが禁止されている。

 実は立ち入っても良いのだが、命の保証ができないし、帰ってきても手に入れたものは全て国に取り上げられる。

 密猟して一攫千金を狙う奴はいるにはいるが大抵死ぬ。

 ちょっと強いくらいでは一日も保たない地だ。

 

「殺したの?」

「いえ、力量差がありすぎて近寄ることもできませんでした」

「……シエイが近寄れなかったの?」

「はい。私よりもずっと強いです。仕掛けていたらこちらが殺されていました」

 

 シエイに悔しそうな素振りはない。

 単純に事実を告げているだけのようである。

 それほどの勢力がいるとは、情報省からも神術省からも聞いたことがない。

 

「彼らは、今も平野にいるのかな?」

「不明です。彼らは魔物との戦闘後、地面へと消えてしまいました。その後の消息は掴んでいません」

「地面に――、その話、詳しく聞かせてくれる」

 

 まさかここでピヨヨから聞いた話に繋がるとはケルピィも思わなかった。

 シエイを呼び寄せたのは戦力としても情報としても間違っていなかったようである。

 

 詳しく聞いて、上に伝える必要がある。

 

 ただ、その後の展開は目に見えている。

 けっきょく地下水路の奥に進み、魔物を倒せと言われることになるだろう。

 

 ケルピィはため息まじりにシエイから詳しい話を聞くことになった。

 

 

 すぐにピヨヨへ伝言を送り、夜には地上へ呼び出された。

 「西の地下水路取水口で侵入者があった」と報告を聞かされる。侵入者は王都へ向けて移動している。

 侵入者の詳細な特徴は判明しないが、ケルピィはシエイの見た人物と同一のものと考える。

 

 点と点が繋がったと思う反面、腑に落ちない点もある。

 地下に潜る勢力が地下水路をこうしたと思っていたが、時系列が合わない。

 

 地下水路が変化を始めたとき、彼らはまだハムポチョムキキ平野にいたことになる。

 加えて、今になって王都へ向かっているのも時機が遅すぎる。

 王都で事をしでかすなら今日がベストなはずだ。

 

 その勢力が今さら、この地下水路に何の用があって来たのか。

 この変容は彼らが原因ではないのか、あるいはこの地下水路にはまだ何かがあるのか。

 

 さらに、報告が続いた。良い報告だ。

 地下からでメッセとシエイの両名によるものである。

 強大な魔物の一体が討伐されたようである。奥から感じていた異様な気配が消え去ったらしい。

 

 誰が倒してくれたのかはわからないが、ケルピィは気が一つ軽くなった。

 

 歯車のかみ合わない気持ち悪さを感じつつも、ケルピィは式典の日をやりすごしたのである。

 

 

 

 ―― ―― ――

 

 

 

 時間は昼に戻る。

 

 地下水路の内部で一夜を明かした、駆け出しトレジャーハンターのウィッチは状況が掴めていない。

 

 場所は、アピロとの出発点である黒格子付近に戻っている。

 一度、奥に進みかけたのだが、アピロが「戻られると面倒だな」と言ってここへ戻った。

 アピロは黒格子を通行不可になるほどねじ曲げた。

 

 その後、また水路を進んだがまたしても黒格子の付近に戻った。

 そして、いったん休もうということで夜を明かした。

 

 夜を明かすと言っても外が見えないので、一眠りしただけである。

 危険な場所でも眠れたのは不思議だとウィッチは思っている。それでも疲れはまだ残っている。

 

 時間はわからないが早朝だろうと彼女は考えた。

 そこまで眠りは深くなかったはずである。

 

 この予測と感覚は間違っている。

 眠りは深くイビキもかいていたし、時刻は先も書いたように昼を過ぎている。

 

 アピロは手を出してこなかった。

 それどころか彼女にまったく興味を見せていない。

 実は「よくこの状況でここまで眠れるな」と感心していたのだが彼女は気づいていない。

 

「ここは異常だ」

 

 アピロが呟いた。

 

「異常しかないように見えますよ」

 

 ウィッチとしては言葉どおり異常しかない。

 突然出てきた謎の入口に、大量の魔物、金色に輝くお宝、一般人の身なりでめちゃくちゃに強い男。どこにまともなことがあるのか。

 彼女がここにいることも、まだ生きていることすら異常の一つと言える。

 

「はっきりと気持ち悪い。異常特有の歪みが感じられない。世界がここまで混ざり合って、自然に存在するなんてあり得ない。歪みを重ね合わせて正常になっている。なんだここは……」

 

 昨日からウィッチは、この手の発言をアピロから聞いていた。

 彼女は彼が病気だと思っている。

 

 トレジャーハンターでも、精神をやられた人が同様の発言をしていた。

 力が強くても心は保てないのか、とウィッチは感じた。彼女はアピロを哀れんでいる。

 

 世界を何度かねじ曲げたとか、レベルが9998で1足りないのやら、経験値が欲しいとか、竜を二匹殺したなどというアピロの妄想にウィッチも優しく頷く。

 命を助けてもらい、お宝も分けてもらっている手前、それくらいはしてあげてもおつりが来る。

 

「竜は、どこにいるんだ?」

「竜がいるとすれば、やはり遺跡の最奥でしょう! お宝の中に埋もれて眠っているに違いありません。『侵入者よ。これは私の宝だ。誰にもわたさんぞ!』と火を噴いて襲いかかってくるんです」

 

 アピロはジッとウィッチを見て、その後で噴き出した。

 ウィッチも冗談半分で言ったので、笑ってもらえてうれしいがここまで嵌まるとは思わなかった。

 

「ウィッチの世界の竜はお宝を守って火を噴くんだ。おもしろいね」

 

 昨日までの空々しいリアクションではない。

 心からおもしろがっている様子だ。

 

「いいね。遺跡の最奥に行ってみよう」

「はい! 行きましょう! お宝が待ってます!」

「うん、僕は考えすぎていた。この感覚はずいぶんと懐かしい。感覚に従うことも大切だね。竜がいればそれで良し、いないなら――全てねじ曲げれば出てくる」

 

 ウィッチもアピロの妄言は笑って流す。

 とりあえず彼女としては竜よりも、奥にあるお宝のがよほど気になる。

 

 

 二人は地下水路を歩いて行く。

 

 魔物が大量に出てくる。昨日も多かったが、今日は昨日の比ではない。

 見渡す限りに魔物がいる。

 

「すごい多いですね。どうしたんでしょう」

「昨日までは未完成で、今日になって完成したってところだろう」

「どういうことです?」

「えぇ……? そのとおりだよ。昨日まで、この水路は不完全だった。少し歪な感じがしてたから。あの歪な感じが心地よかったんだけどなぁ。今はすごく綺麗だ」

「どこがですか? 歪ですよ?」

「そこがおかしい。歪に歪を掛け合わせても正常にはならない。さらに歪みを増すはずだ。それなのに、ここはこんなにも正常な状態なんだ。おかしいなぁ」

「ほんとおかしいですねぇ」

 

 会話はかみ合っていないが、とりあえず互いにおかしいと思ってるから「ヨシ!」となった。

 魔物は襲ってくるが、アピロはまったく真面目に対応していない。

 

 ウィッチにも容赦なく襲いかかってきているのだが、魔物は彼女に触れる直前でねじ曲がる。

 最初こそアピロの礼を言ったが、特に彼が積極的に動いている様子も見えない。

 そのため彼女は彼にどうなっているのかを尋ねた。

 

「ウィッチの周囲に歪曲場を展開してる。僕もそうだね。楽だよ、これ。すごい便利」

「あ、そうなんですね。なるほどぉ」

 

 もちろんウィッチはさっぱりわかっていない。

 聞いてもわからなさそうなので、そういうものだと納得した。

 すごいことをしていることには納得したが、これは彼女が求めたトレジャーハントとは違う。

 

「――って違うんです!」

「え、何が?」

 

 アピロはわかっていない。

 わかるわけがない。

 

「私の求めているのはこういうのじゃないんです。もっと剣を全力で振ったり、知識を総動員して魔物を倒したり、時には逃げたりするものなんです!」

「……まあ、いろいろした方が経験値はたくさん入るね」

「そうでしょう。私は経験を積みたいんです。これじゃあ私、歩いてるだけじゃないですか!」

「お宝が手に入るならどっちでも良いんじゃないの」

「駄目なんですよ! 私はここで死んでしまった仲間のぶんも、経験を積み、強くならないといけないんです」

「そんなことないと思うけど」

 

 本当にそんなことはない。

 一人だけ生きるために逃げてる時点で、そんなことはまったくない。

 

「仲間を犠牲にしてでも得るべきものが私にはあったんです」

 

 命とお宝である。

 この言葉はアピロにも効いた。

 

「それは、わからなくもないなぁ。僕もレベルのために仲間も世界も曲げちゃったからなぁ。はは……。――わかった」

 

 途中で沈んだ顔で笑っていたが、最終的にアピロは顔を上げてわかったと頷いた。

 

「僕の武器を貸してもいいけど扱いきれないだろうし、何か手頃な武器がないかなぁ」

「あります。さっき拾ったんですよ。ほら、これ」

 

 ウィッチは、魔物が落とした金の筺を開き、そこそこ上等そうな剣を出した。

 アピロは素直に驚いて、その光景を見ている。

 

「えっ? ええっ? 今のなに? なんで金色の立方体から剣が出てくるの?」

「なんでって、宝箱なんですから剣だって入っていることはありますよ。ほら、これは盾ですね」

「いや、僕には金の立方体にしか見えない」

「また冗談言って~」

 

 ウィッチは笑って、金の筺から盾を取り出した。

 アピロは、倒した魔物が落とした金の筺を掴んで開けようとしているが、まったくびくともしない。

 

「すごいね。いや、ほんと……。ここって、そういう世界なの?」

「そりゃ、世界はそういうものですよ。こうやってみんな強くなっていくでしょう」

 

 カゲルギ=テイルズの世界での話である。

 彼女はまだここがどういう場所なのかわかっていない。

 アピロも彼女の世界がどういう場所かをわかっていなかった。

 

「あぁ、そう……。へぇ、ほぉ」

「わぁ、すごい! ほら、これ! 成長材料ですよ!」

 

 ウィッチが金の立方体をアピロにぐいぐいと見せつける。

 アピロは先ほどの立方体と同じに見える。何が違うのかさっぱりわからない。

 そんなに目元まで持ってこられても、金色だねとしか言えない。

 

「成長材料?」

「これ、本当に私がもらってもいいんですか!」

「えっ、あ、うん。どうぞどうぞ。どうするの、それ?」

「もう。ほら、こうやって取り込めばさらに強くなれるでしょう」

 

 ウィッチが金の立方体を両手で抱え、彼女の胸元に近づける。

 筺がするすると彼女の胸に吸い込まれていく。

 

「強くなりました! どうです!」

「……えぇ」

 

 アピロはドン引きである。

 本当に理解できない表情でウィッチを見ていた。

 

 顔をわずかに戻してから、アピロがウィッチを見つめる。

 ウィッチはその視線に当てられ、平衡感覚がおかしくなってくる。膝もついてしまった。

 

「あ、大丈夫?」

「え、あれ? 急にめまいがして……」

「うん。ごめんね、見過ぎた。――ほんとだねぇ。ステータスの理論計算値が上がってる。レベルはないけど、そうやって強くなるんだ。おもしろいなぁ。僕も作れないかなぁ。……待てよ。これでレベルが上がるなら、より効率的に経験値稼ぎが――」

 

 ぶつぶつとアピロが自分の世界に入り始めた。

 これはよくない状態だと、ウィッチは彼の意識を現実に戻していく。

 

「それよりこの剣はどうするんですか?」

「えっ、ああ、これね」

 

 アピロがウィッチの手から剣を取る。

 刃を手で摘まんでから、柄の方をウィッチに向けて返した。

 盾も同様に手を当ててから、ウィッチに手渡す。

 

「歪曲効果を付けておいたから。これでウィッチが望むような魔物との戦いができるよ」

「えっ、本当ですか!」

「でも――」

 

 ウィッチは最後まで聴かず、魔物に走って行く。

 全てをねじ切る剣と、全てを歪み止める盾という、矛盾も斯くやの装備を両手に魔物と楽しそうに戦っている。

 

「材料で身体強化ができるなら、わざわざ直接戦う意味ってあるの?」

 

 アピロの声が誰にも聞かれず闇に溶けていく。

 

 とりあえず彼も先ほど考えた構想を頭の中で描いていった。

 

 

 二人が進んでいくと、道はより広く高くなっていく。

 

 道の規模に合わせて魔物もより大きく、より強靱になっていった。

 魔物が強くなろうと関係ない。ウィッチは魔物を問答無用でねじ曲げていく。

 

 いちいち全ての魔物に対応しているため進みは遅い。

 アピロも考えごとをしているので、進みが遅くてむしろ都合が良かった。

 

「また成長素材! すごいです! こんなに手に入ることなんて外では考えられないですよ!」

 

 ウィッチは成長材料をあり得ないスピードで獲得しているためか、目に見えて強くなっている。

 ちなみに、この素材は木村たちが魔物をたくさん倒した時に本来手に入れるボーナスアイテムなので、木村たちの取り分が減っている形である。

 

「あ――」

 

 ウィッチが固まったのは、彼女が新たな材料素材を取り込んだときである。

 彼女は急に足を止めて、焦点もあっていない。

 

「どうかしたの?」

 

 動かないウィッチを不審に思って、アピロが声をかけた。

 

「……え、よくわからないんですけど、頭の中が急に煌めいて、なんなんだろう。星のまたたきのような、小さな光でつかめないはずなのにつかめてしまったというか。……よくわからないんです」

「あぁ。僕はないんだけどその感覚は聞いたことがある」

 

 ウィッチは絶対にわからないと馬鹿にされると思っていたが、アピロは「はいはい」と相づちを打った。

 

「ウィッチは、スキルを手に入れたんじゃないかな」

「スキル……。スキルってもしかして、あのスキルですか! 実力者が使えるっていう、特殊な力!」

「まぁ、そうなるね。おそらく、レベルアップ取得型に近いのかな、直感的に使い方はわかるって聞くけど、とりあえず頭の中で光ったやつとかいうのをやってみたら?」

「――はい」

 

 ウィッチは頭の中で煌めいた光を、手に持ってくるように意識した。

 口から無意識に名前が出てくる。

 

強斬撃(パワースラッシュ)!」

 

 ちょっとした衝撃波の出る斬撃だ。

 モブキャラが使ってくる、よくある凡スキルである。

 ダメージに倍率がかかるシンプルスキルで、言っちゃ悪いが外れスキルだった。

 

 ただし、この攻撃には武器の付与属性が乗る。

 アピロの付与した『歪曲』が衝撃波として周囲を襲う。

 

「す、すごい! 見ましたか! 何か出ましたよ! ぶぉーーーんって!」

 

 ウィッチは大興奮している。

 ただでさえスキルなど関わりがない人生だっただろう。

 アピロの付与のおかげとは言え、周囲の魔物が一振りで全滅すれば興奮もひとしおだ。

 

「ぶぉーん。ぶぉーんね」

「違います! ぶぉーーーーん! です!」

「ぶぉーーん」

「ノー! ぶぉーーーーーん!」

 

 二人はそこで声を止めて笑い合った。

 

 今回のイベントを一番楽しんでいるのは間違いなくこの二人である。

 

「実力者のみなさんはこの感覚を何度も体験しているんですね」

「そうだろうねぇ。他にも何度も使って覚えるものや、まったく関係ないことからヒントを得て覚えるものもあると聞くね」

「アピロもそうやってこの力を覚えたんじゃないですか?」

「僕は違うね」

「でも、この曲げるやつは」

 

 ウィッチが手近な魔物を斬って、歪曲の力の正体を尋ねた。

 

「これはそんなまっとうな力じゃないんだよ。僕にはこれしかなかったんだ。まともに得られる力なんて僕にはなかった。得られるものはただねじ曲げていった結果の称号だけ」

「そうなんですね。では、アピロは自分の力をひたすら工夫していったわけですか」

「……うん? うん、そうかな」

「すごい! こんなに工夫できるなんて! ほら、私は力押しばかりだから! もっと賢くならないと! 成長素材で賢くなれるといいけど」

「…………ああ。うん。君は、その、なんだろう。この感覚は、久々で、うまく言えない。やはり僕は歪んでいる。ただね。君は、そのままの方が良いと思う」

「力押しのままってことですか!」

「そうじゃないよ。……そうじゃないんだ」

 

 わからないとウィッチはすねている。

 二人は、さらに大きくなる道を進んでいった。

 

 

 

 魔物はより強くなっていく。

 

 より大きく、より凶暴、よりずる賢くなるが、比類できない凶悪な力の前には無力である。

 

 あらゆる攻撃は歪曲の前に無力化され、あらゆる防御も内部まで捻転されてはひとたまりもない。

 ただ、凶悪な力は手に入れても、持ち主の精神が追いついていっていない。

 

「でかい、でかい! 大きすぎ!」

 

 ヘドロのスライム相手に泣いていた人間が、翌日に力を得たとは言え、自らの数倍以上の体格の魔物を相手にはできない。

 完全に腰は引け、剣は何もないところを斬りつけて、回避できてない回避をしている。

 もしも歪曲場がなければ今日だけ百回は死んでいるだろう。

 筆者の操るエルデン○ングの主人公のように。

 

 それでもなんとか倒していき、奥に進むと行き止まりであった。

 ウィッチは足を止めて、壁を見上げる。

 

「行き止まり……。分かれ道がありましたっけ?」

 

 スタートの黒格子近くは分かれ道だらけだったが、進むほど分かれ道は減っていた。

 この近くに他の道はなかったとウィッチは思ったが、隅々まで見る余裕はなくなってきている。

 精神と技能の不足を武器とスキルに頼りすぎており、すでに疲労困憊だ。

 

「行き止まりではないね。これが壁に見えるなら、そろそろ休むべきだよ」

 

 疲労はウィッチも感じているが、魔物を簡単に倒せるのが楽しすぎて夢中になっている。

 壁の表面が動き出した。よく見ると壁には白い毛が生えている。

 表面が回転していき、左から顔が現れる。

 

 目が三つに、口は二つ、鼻は一つだ。

 しかも、配置のバランスが悪くて見ていて気持ちが悪い。

 

「でっか……」

 

 あまりにも大きく、ウィッチは足を退かせてしまう。

 毛の壁がもぞもぞと近くに寄ってきて、ウィッチを圧し潰そうとする。

 

「大きくなっただけだよ。自信を持ってスキルを使えば良い。ウィッチなら倒せる」

「……はい!」

 

 アピロは魔物の大きさにまったく動揺していない。

 彼のあまりにも落ち着いた対応に、ウィッチも自らを鼓舞するように声を出した。

 

 なお、アピロは「大きくなっただけ」と言ったが、そんなことはない。

 仕様上は中ボスであり、大きくもなったし、力は増し、やっかいなスキルも持っている。

 仮にハッピートリガーたちがこの中ボスに挑んでいたら、壮絶な戦いの上で全滅するほどの力量がこの中ボスにはあった。

 

強斬撃(パワースラッシュ)!」

 

 馬鹿の一つ覚えという言葉どおり、ウィッチは彼女が覚えた唯一のスキルを使った。

 中ボスが中ボスらしかったのは、死ぬまでの演出の長さだけである。捻られて消滅するまでの時間がわずかに長かった。

 

 すなわち一撃だった。

 金の筺をウィッチは手に取り、微笑んでアピロを見る。

 

「成長素材です」

「うん。使ってみなよ」

 

 彼女は、自らの胸に金の筺を沈み込ませていく。

 

 彼女の頭の中に、またしても光が煌めいた。その名がぼんやりと浮かんでくる。

 

「――アピロ! また、新しいス……あぇ?」

 

 彼女の景色の中でアピロが勝手に上へと動いていく。

 違う。地面が近づいてきている。

 

「どうし……」

「がんばりすぎたんだ。おやすみ」

 

 倒れる寸前でアピロが彼女の体を支えた。

 ウィッチも、あがいても抗いきれない瞼の重さに負け、そのまま眠ってしまう。

 

「……うーん。感じるんだけどなぁ」

 

 アピロは周囲を見渡す。

 竜の気配はする。ここに入ったときからずっと気配だけはしている。

 

 しかし、姿がまったく見えないし、彼の解析もまったくヒットしない。

 この歪んだ解析から逃れられるものなど、今まで存在しなかった。

 強く解析をかけるだけで相手にプレッシャーを与えるほどだ。

 

 なんとなくの想像はあるが、まだ実行に移すことはない。最後の手段だ。

 ウィッチが楽しんでいるのを見ると、アピロも忘れかけていたことを思い出してくる。

 

 それが良いことなのか悪いことなのかはわからない。

 ただ、最終的に竜を仕留めることができれば、善し悪しは重要ではない。

 

 あと1。

 あと1で9999に達する。

 

 急げば回れという言葉をアピロは知っている。

 時に寄り道が近道に繋がることもある。自分の道は間違っていない。

 

「ここは休むのに適してないか」

 

 アピロは空間をねじ曲げて、黒格子の前に移動した。

 

 ウィッチを横にさせ、今日見たことで利用できそうなこと、活用できそうなことを構築していく。

 

 アピロにできることは、彼に唯一与えられたこの歪んだ力をどう使うかだ。

 

 あと1のため、彼は考え続けている。

 

 

 イベント一日目の夜は、こうして終わっていった。

 

 

 

63.イベント「迷宮にて相まみえましょう」2

 

 木村たちは迷宮を進んでいた。

 

 迷宮とは名ばかりの一本道である。

 木村も地図で、この道が直線的に王都へ伸びていることを知った。

 

「遠いなぁ」

 

 敵は弱く、道も迷う心配がない。

 唯一の問題は距離であった。

 

 とにかく遠い。

 本当に王都へ伸びているのなら、まだ半分にも達していないことになる。

 

「急ぐことはないぞ。ゆっくり着実に進んでいくんだ」

「危ないからね……」

 

 おっさんも急ぐなと言ってきている。

 道もさほど整備されていないので、けっこうでこぼこで転びそうだ。

 走っても楽しそうではない。前回のイベントもゆっくりめな進行だったが、今回もゆっくりになりそうだ。

 

 チェックポイントで休憩を二回ほど入れて、一本道のトンネルを進んだ。

 某有名シリーズの十三番目も、綺麗なトンネルと揶揄されていたが、ここは綺麗ですらない。

 音楽もほぼほぼ水のせせらぎだ。時々、魔物の叫びが入る。

 

「時間も遅い。無理をせず休息を取るんだぞ、キィムラァ」

「うん。さすがに飽きてきた。でも、明日には王都に入れそうだね」

 

 今日もかなり進むことができた。

 地図上で見ても、スタート地点から王都を結んだ直線の三分の二くらいまでは来ているはずだ。

 次のチェックポイントで今日は止めることにした。

 

「迷宮が直線じゃないと良いけど」

 

 冗談半分である。

 

 ちなみに某シリーズの十三番目のタイトルでも、長いトンネルの後は、いきなり自由度が高くなった。

 直線の先にある迷宮も自由度が高すぎないと助かる。落差が激しすぎると疲れる。

 

 

 しかし、木村が現在の迷宮を攻略することはない。

 

 木村の目の前に、金色の宝箱が現れた。

 

「キィムラァ。ボスが撃破されたようだぞ」

 

 木村はおっさんを見る。

 とっさのことで声を返すこともできない。

 

「報酬だ。よくやったな」

「……いや、え? 何もやってないんだけど」

 

 迷宮に入ってすらいない。

 木村がやったのは、暗い洞窟をひたすらまっすぐ歩いただけだ。

 迷宮はまっすぐでもしかして正解だったのか、と木村は頭の片隅で思ったほどである。

 

 二つ前のイベントでも似たようなことがあった。泡列車のときだ。

 あの時は本当に食っちゃ寝していただけだが、今回は中途半端に進めているぶん虚無感がすごい。

 

「心配するな。ミッションが追加されるぞ。しっかり準備するんだ」

「もっと急いで進むべきだった……」

 

 ウィルやフルゴウルから、魔法を使って一気に進んではどうか、という案は出ていた。

 おっさんが難色を示したこともあり木村は断った。お宝や隠し要素の見落としがあるかもしれなかったからだ。

 

 実際は何もなかった。

 岩肌と水、そして一本道だけ。

 

 あのとき、素直にウィルの声に従っていれば……。

 チュートリアルはしょせんチュートリアルだ。

 

 そうは言っても、おっさんのせいにしないくらいの分別は木村にもある。

 そうなると、おっさんの案を採用した木村が悪い、となり自分に嫌気がさすのであった。

 

 木村は完全にやる気をなくした。

 

 迷宮を勝手に攻略した奴にも腹は立つが、ボスの撃破報酬はこちらがもらっているので、あまり責める気にもならない。

 王都の地下に迷宮が出来たら、そりゃ国が解決のため人を送るのが当然というものか。

 せめて自分たちが入る以外の入口を塞いでくれていれば良かったのに。

 それでも――

 

「迷宮を攻略してみたかったな」

 

 このメンバーでだ。

 

「いえ……、ここにいて良かったかもしれませんよ」

「私もウィルくんに同感だ」

 

 木村がやや消沈状態で振り返ると、魔法組の二人が道の奥を見つめている。

 どちらも表情は良くない。おっさんも道の先を睨んでいた。

 いつぞやの冥府を思い出す。

 

「え、どうかしたの?」

 

 良くない状況ということだけはわかる。

 どう良くないかを知っておきたい。

 

「奥から感じたことのない異質さが溢れてきています。これは、――神聖術ではない」

「同感だ。奥から歪んだ景色が伝播してきた。ここもわずかに曲がっている。見たことがない現象が起きている」

 

 ウィルは震えているし、フルゴウルも開眼モードである。

 だが、木村は何も感じない。いつもどおりだ。

 

「キィムラァ。次のチェックポイントは近そうだ。今日はもう止めておくべきだぞ」

 

 おっさんも「言外に早く出ろ」と急かしている気がする。

 

 木村は急いでボスドロップの宝箱を開ける。

 

「……あれ?」

 

 中身は何もない。

 空っぽだ。

 

「空なんだけど?」

 

 ウィルも見てくるが、やっぱりない。

 

「検証は後にすべきだぞ」

 

 おっさんが急かしてくる。

 どうやら本当に良くない事態が起きているようだ。

 

 急いでその場を離れる。

 

 木村たちは恐る恐るチェックポイントまで進み、カクレガに戻った。

 

 地図上にあった「王都ムックリ」という文字が、ぐにゃりと捻られて読むことができなくなっている。

 これを見て、木村もとんでもないことが起きていると実感できた。

 

「……何が起きてるんだろう」

「わかりません。近づかない方が良いと思います」

「外で王都の方角を見たが、景色が捻れている。近づけるかどうかも怪しいね」

 

 イベントボスが倒されたと思ったら、想像もできないことが起きているようである。

 いつもどおりだな、と半ば思いつつも気にはなる。

 

 とりあえず今日は休み、明日の状況を見てから行動に移ろう。

 

 こうして木村たちは解散とした。

 

 

 ベッドで横になり、木村はふと思い出した。

 アコニトが帰ってきていない。

 

 彼女はまだ生きているようだが、果たして大丈夫だろうか?

 いるとイライラして消えて欲しくなるが、消えるとそれはそれで静かになりすぎて寂しい。

 まったくもって度しがたいほどに厄介な存在だ。

 

「無事だと良いけど……」

 

 木村は目を閉じ、深い眠りに入っていった。

 

 

 

 ―― ―― ――

 

 

 

 時刻はまたしても朝に戻る。

 

 王都の地下にいたケルピィたちに、迷宮の奥へ進む許可が下りた。

 許可が下りたというよりも、奥を調査する命令が下ったの方がより正確である。

 

「どうして僕まで。足でまといでしょうに……」

『隊長の観察眼に期待がかかっているのでしょう』

「メッセちゃん。安全なところにいるからって、……っわ! 今もおじさん、死にかけたんだけど! シエイがいなかったら絶対死んでた!」

『また、ちゃん付けで呼びましたね。ピヨヨ宰相にセクハラで報告します』

「世知辛いねぇ。でもね。おじさん、生きて帰れる気がしないなぁ」

『…………生存確率は4%ほどかと』

「そこは“生きて帰ってきてください”とか言ってもらえると嬉しいんだけど、真面目に生きて帰れる確率を計算されると怖いよぅ。しかも、ほとんど死んでるじゃないの」

 

 なんだかんだ言いつつ、軽口がたたけるだけの余裕があった。

 同行メンバーが優秀なことも要因の一つだ。

 

 とりあえずまだまだ入口付近なので魔物は弱い。

 獣人たちがあっさり倒すし、シエイも守ってくれている。

 

『昨夜、奥の魔物を倒した存在に関してですが』

「活動を始めた?」

 

 昨夜、奥の魔物を倒した存在との接触を図ることがケルピィにとっての重要課題だ。

 もしも、シエイが勝てないと判断すれば、その存在こそが救世主たり得る。

 メッセら探知班に最優先で探すよう伝えていた。

 

『対象は探査にかかりません。動きはあるのでしょうが、自分たちの力不足です』

「対象の力はこちらよりも遙かに上だろうからねぇ。探査対策をしている可能性は十分にあるよ。動きがあったら、すぐに連絡をちょうだい」

『了解です。隊長が亡くなっていた場合はシエイ隊員に報告します』

「いや、そこは“連絡するまで、隊長もちゃんと生きていてくださいね”だと思うなぁ」

 

 メッセから返答はない。

 ちゃんと仕事をしろということだろう。

 

 仕事をしろと言われたところで、現状、ケルピィにできることはない。

 見るべきものは他のメンバーが見ているし、倒すべき魔物もケルピィでは歯がたたない。

 

 ハッピートリガーが銃から放つ炎弾は魔物を確実に貫く。

 慚愧一閃の斬撃は目に見えないし、魔物を見事なほどに二分していた。

 福音の目に見えない攻撃は、魔物を破裂させ、時には圧し潰すことだってある。

 シエイはまだ存分に力を振るえず補佐に回っているが、この辺りの魔物なら彼女も片手で十分だ。

 

 ケルピィは彼らの力と癖、それに魔物の行動パターンを観察することにした。

 

 観察こそが彼に唯一できることだ。

 

 

 奥に進んで行くと、道は広がり、広さに比例して魔物は強大になった。

 

 魔物は強大になったが、道が広がったのでシエイも力を存分に振るうことができるようになる。

 

「下がっていてください」

 

 シエイが前に一歩進み、眼前に伸びる道とそこにいる魔物たちを見る。

 彼女は両手をかかげ、右手と左手に別々の神術を宿す。

 

 これこそが彼女の得意技である。

 二つの神術を並行して発動でき、さらにそれらを複合させることができる。

 単独では生じ得ない効果や反応が、複合させることで発生する。

 ただし、加減がとても難しいとは聞く。

 

「いきます」

 

 彼女が両の手の平をつけると、神術は発動された。

 雷が進路方向へと駆け抜けていく。魔物たちも雷を受けて、行動を停止させた。

 

「ハッピーの。遠くをやれい」

「わかってるさ! ウッサファイア!」

 

 動きの鈍った魔物たちを獣人たちが刈り取っていく。

 近くの魔物は慚愧一閃が斬り、仕留め損なったものを福音がトドメをさす。

 ハッピートリガーは遠くの魔物を重点的に、撃ち貫いていった。

 

 ケルピィは不思議に思っている。

 戦い方はそれぞれ別で、普段は一人で戦っているらしい彼らが、なぜこうも連携が取れるのか。

 国の兵士たちの教練を遠くから見ることもあるが、彼らは連携らしい連携を取るために、文字通り血が滲むほどの日々を過ごしている。

 

 獣人たちの連携は個々人に癖がありすぎるのが要因だろう。

 自分にできることとできないことが明確であり、他者からも認識できる。

 それに、彼らは現場慣れしており、その場その場での判断能力がずば抜けている。

 

 これらの要因を掛け合わせることで、日々の積み重ねという連携ではなく、その場に応じた柔軟な連携をつくり出しているとケルピィは見た。

 

 ただ、日々の積み重ねの賜物であれば、柔軟な対応はできないかもしれないが、体にしみこんだ動きが考えずともできる。

 一方、癖の強さと判断能力からの賜物であれば、柔軟な対応はできこそすれど、癖で解決できない問題や判断能力が落ちたときに一瞬で崩れ去る可能性がある。

 

 ただ、こんなことはわざわざ口で言わずとも彼らは理解しているだろう。

 

 ケルピィはやはり彼らの戦いを、黙って見るしかないのであった。

 

 

 

 ケルピィの懸念は、道の奥でやってきた。

 

 異様な感覚がケルピィの全身を襲う。

 

 異様な魔物が道を塞いでいる。

 頭は狼、胴体は鶏、足の部分はタコという魔物だ。

 この魔物は、以前ケルピィが見たものとは違うが報告が上がってきていたものだ。

 

 倒さずに進んでみたいが、広がった道を塞ぐほどの大きさが魔物にはある。

 

 あのときと同じだ。

 他の魔物が見境なしに襲ってくるのと違い、彼らはただケルピィらを見つめている。

 もしもこれ以上近づけば、あの魔物は動き出すのだろう。

 

「どう?」

「撤退を進言します」

 

 ケルピィが魔物から目を逸らさず、言葉短く尋ねれば、シエイはすぐさま返答した。

 どうやらケルピィの直感は当たっていたらしい。

 

「どうして戦ってもいないのに判断するのですか? 見た目倒しの可能性もあるでしょう」

 

 福音が声高に主張する。

 表情を変えないシエイもやや戸惑っている様子がうかがえた。

 

「感じませんか? 明らかに神力がこちらよりも遙かに上です」

「感じません。私は実践と実戦こそを第一とします」

 

 ケルピィも彼らの特徴を把握していた。

 彼にはうまく説明できないが、神術に長けているものは相手の神力が把握できるという。

 シエイはケルピィよりもずっと神力を把握できており、ケルピィが魔物から感じる圧よりもずっと脅威を鋭敏に感じているだろう。

 

 一方で、この獣人たちは神力を把握することができないようである。

 魔物の気配も彼らの五感で察知しており、シエイらのように神力の感覚で掴むということがない。

 あるいは彼らに、神力を察知しうる第六感とも言えるべき機能が備わっていないかだ。

 

「駄目そうならすぐに撤退でどうかな」

 

 どうにもケルピィたちでは、三人の獣人を止められそうにない。

 彼らはすでに前のめりであり、せめて全滅を防ぐために予防線を張っておく必要がある。妥協点とも言う。

 

 三人も頷き、魔物に歩いて行く。

 シエイが無機質な目で、ケルピィを見ている。

 

「無理だよね?」

「はい。倒せません」

「最初の一撃だけ付き合ってあげて。その後は、撤退戦と考えて戦闘を」

「了解」

 

 シエイも妥協した。

 彼女が十八番の神術を手に宿す。

 

「いきます」

 

 動きを見せなかった魔物がついに動き出した。

 攻撃をされるということがわかっているような反応である。

 

 シエイも魔物の反応に気づくが、止めることなくそのまま発動させた。

 今日一番の稲光が、洞窟内を駆け巡った。

 

 異様な魔物にも雷撃は効いているようで、動きが止まった。

 その隙を逃さず、三人の獣人たちが動く。

 

 すぐに撤退だろうとケルピィは考えていたのだが、なかなかどうして戦いになっている。

 少なくとも素人目には、すぐさま撤退を命じることができない戦況だ。

 

 タコの足を福音が障壁でガードし、慚愧一閃が足を切り落とす。

 さらに他の足や狼の目を、ハッピートリガーが攻撃することで注意を逸らせていた。

 ときどき隙間が空いたときに、シエイも援護するように神術を撃っている。

 

 倒せてしまうのではないかとケルピィは思った。

 戦っている彼らがどう思っているのかはわからないが、端から見ているぶんではこちらの方が優勢だ。

 

 タコのような足が、慚愧一閃により七本ほど地面に切り落とされたとき、変化は生じた。

 魔物の切り落とされた足が、断面からまた生えてきて、さらに狼の頭や胴体の鶏部分に見えていた傷痕がみるみるうちに回復していく。

 

 完全に魔物は元どおりだ。

 しかし、こちらは疲労が残っているし、傷も当然消えることはない。

 

「ずるくないかなぁ」

 

 狼の頭が吠え、鶏の羽を広げた。

 あまりの音量に全員が体を硬直させられた。

 その隙を見て、魔物は奥の方にと道を後退していく。

 

 逃げたと考えたがそうではない。

 周囲の魔物が復活し、ケルピィたちを囲んだ。

 さらに地面や壁を割って、タコの足がにょきにょきと生えてきている。

 

「……キチィ! 退くぜ!」

「うむ!」

「活路は背後にあります」

 

 獣人三体は撤退しようとするが、すでに退路は魔物により断たれている。

 進もうにも、たこ足と魔物が邪魔で進むこともできない。

 

「シエイ。後ろの魔物の動きを止められそう?」

 

 尋ねたときにはすでにシエイは神術の発動段階に入っていた。

 彼女が手をかかげると、奥から再び叫び声が上がり、全員が硬直する。

 

 シエイの神術もキャンセルされた。

 彼女が神術を再び展開させるが、すぐに叫び声があがり、また止められる。

 その間にも魔物たちは距離を詰めてきている。

 

「賢いね」

 

 明らかにシエイの神術発動を邪魔するように、叫びを使ってきている。

 こちらを包囲して数で圧殺するつもりのようだ。

 そして、その目論見は成功するだろう

 

「やっぱり戦っちゃいけない魔物だったか……。メッセちゃん、聞こえてる?」

『聞こえています。自分も連絡するところでした』

「最初にこちらから言わせてもらうよ。ここで全滅するから、隊長は他の誰かを選定し――」

『勝手に死亡宣告はしないでください。今、そちらに謎の勢力が移動しています。数は一。こちらは観測できますので、昨日の存在とは別と思われます。対象が何か呟きました。――“キツネノヨメイリ”?』

 

 ケルピィの頬にポトリと小さな触感が当たった。

 指で頬をなぞると水滴がついている。

 

 周囲を見ると、薄紫色の雨がぱらついている。

 ここは洞窟内であり雲はもちろんない。

 魔物も警戒して動きが止まっていた。

 

「やっべぇ! 一カ所に固まれ! 福音ちゃん、この雨を防いで! シエイも風か何かでこの雨を遮ってくれ! マジモンのウッサークレイジーフォックスがいる! 急ぐんだ!」

 

 ハッピートリガーが叫んだ。

 真面目なのかふざけているのかわからないが、銃を撃つこともやめている。

 薄紫色の雨は、人と魔物の区別なく全体に降りかかっていた。

 福音とシエイが障壁を張って、突然の雨を防ぐ。

 

 ただの水滴と判断し、動き始めた魔物たちがその場でもがき始めた。

 ある一体はふらついて倒れ、別の一体は喉を押さえ、たこ足はビタンビタンと地面を打って倒れる。

 

 周囲の魔物が全滅すると、ケルピィたちの後方から何ものかが歩いてきている。

 獣人だ。足は草履のようなものを履き、全身が濡れており、体中の毛がべったりとしなだれていた。

 

「おぉ、人がおったか。ん~? 坊やたちではないなぁ」

 

 気だるげな声が聞こえてきた。

 特に急ぐ素振りを見せず、ケルピィたちの横を通った。

 ハッピートリガーが、突如現れた存在に両手を合わせ静かに礼をする。

 彼に似つかわしくない行動に、側で見ていたものたちも驚いた。

 

「おぉ、東日向のもんかぁ。こんなところだぁ、礼はいいぞぉ」

「失礼致します。アコニト様」

「うむ。苦しゅうないぞぉ。その耳はあれかぁ? 兎んところのもんかぁ?」

「ツキトジ様の臣列に席しているおります。現在は『ハッピートリガー』と名乗っています」

 

 “様”付けで呼ばれたアコニトなる存在はさほど興味がなさそうである。

 

「あなたはなぜ――」

 

 シエイも声をあげた。

 彼女はハムポチョムキキ平野でこの存在を見た記憶がある。

 

「誰だぁ? まあ良い……」

 

 アコニトは濡れた尻尾をごそごそと漁り、煙管を手にする。

 すぐに舌打ちをした。

 

「しけっとるなぁ。誰ぞ、ハッパをもっとらんかぁ?」

 

 誰もが何を言っているのかと思った。

 異様な魔物はまだ生きている。葉っぱがどうとか言っている状況ではない。

 

 狼の頭が吠えると、また魔物が復活し、たこ足も生えてきた。

 先ほどよりも数は少ない。

 

「あぁ? うるさいのぉ。儂は野良犬が……、おぉい、なんだあれはぁ?」

 

 アコニトが道の奥に鎮座する魔物を見て、疑問の声をあげた。

 頭は狼で、それより下はいろいろと混ざっている。

 

「タコは醤油とわさびで食うとうまいぞぉ。鶏はモモが好きだぁ」

 

 アコニトが大きく息を吸った。

 それを見て、ハッピートリガーは「下がれ!」と叫ぶ。

 

 声に従い、全員がアコニトから距離を取る。

 ケルピィも、シエイに担がれて強制的に移動させられた。

 

 ケルピィたちが離れてから一拍遅れて、アコニトの口から紫色の煙が吐き出された。

 煙は周囲の魔物を巻き込み、先ほどの雨とは比較にならない速さで魔物たちを消滅させていく。

 

 このアコニトも普段はあんなだが、木村たちのメンバーの中で一番の力を持っている。

 しかも装備でさらに強くなっているのだ。活躍の機会は滅多にないが……。

 

 その毒の強さを、シエイに担がれた状態で、ケルピィは見ていて思った。

 

「シエイ。風の神術であの煙を奥の魔物に流せる?」

 

 尋ねられたシエイも、すぐにケルピィの意図に気づいた。

 ケルピィを地面に降ろし、片手で風の神術を発動させ紫色の煙を奥の魔物へと流していく。

 

「おぉ、いいぞぉ小娘。気が利くのぉ。尻尾がよく乾くぞぉ」

 

 アコニトは風に尻尾を向けて乾かしている。

 ついでに口から煙を吐いて、奥の魔物に毒を送っていた。

 煙の毒は奥の魔物にも効いていた。動きがにぶり、声も出せなくなっている。

 

「僕はチャンスに見える。あの毒煙が収まったら、一斉に攻撃をかけたらどうだろう」

 

 全員がケルピィの案に頷いた。

 アコニトの口から出る毒が止まり、シエイが三人に補助の魔法をかける。

 三人が魔物へと近づき一斉に攻撃を仕掛けた。シエイも両手に神術をかけていく。

 

 しかし、シエイが両手にかけた神術を発動させることはなかった。

 奥の魔物は断末魔をトンネルに響かせ消滅していった。

 金の筺だけがその場に残っている。

 

『魔物の消滅を感じましたが、生きていますか?』

「生きてるよぉ。五体無事だよぉ。はぁ、疲れたぁ」

 

 ケルピィは腰を下ろした。

 腰を下ろすというよりは力をなくして尻餅を付いたというのが正しい。

 

『それでは引き続き奥の調査をよろしくお願いします』

「鬼かな?」

 

 軽口を言いつつも、奥にあるものの調査は最重要だ。

 しかし、その前にやっておかなければならないことがある。

 

「お話しできますか?」

「おぉ。酒があるとなお良いなぁ」

「そうですね。お酒は後で出せますが、どうでしょう。今は一緒に奥に付いていってもらえませんかね」

「ん~。良いぞぉ。坊やも儂をおいてどこかへ行ってしまったようだからなぁ。まったく、儂をおいていくとは困った奴らよのぉ。迷子になっておらんとよいがなぁ」

 

 もしもおっさんがいたら、アコニトの首は90度に曲がっていただろう。

 聞かれてないことを良いことに好き勝手言っている。

 

 狐の獣人は、シエイに毛を乾かしてもらいながら道を突き進んでいく。

 途中で魔物がいようがお構いなしであった。

 

「知り合いだよね?」

「あぁ、まあ、そうなるウサァ」

 

 話しかけづらいので、ケルピィはターゲットを変えた。

 敬意をもって話していたハッピートリガーに尋ねる。

 こちらも話しづらそうだ。

 

「おいらの国には神と呼ばれる存在が六柱ほどいるんだ」

「もしかして彼女が?」

 

 ハッピートリガーが頷いた。

 先ほどから声が聞こえないように、ひそひそと話している。

 

「特に、絶対に関わったら駄目な二柱がいて、そのうちの一柱があのお方さ。おいらの親分も賭博場をやってたんだけど、ディーラーの不正があのお方にバレて場内で葉っぱを焚かれて阿鼻叫喚だったとか。六柱会議でも酒を飲んで、酔い潰れて追い出されとか。ラリって市中を全裸で駆け抜けたとか。とにかく、おいらの親分からも絶対に関わるなって厳命されてるウサ」

 

 駄目駄目な存在だ。

 しかし、疑問が残る。

 

「どうしてそんな存在がここに?」

「わっかんねぇ……。あれでも六柱の一。こんなところにいる存在じゃないウサ」

 

 ハッピートリガーも首を捻っている。

 実はケルピィは、彼女に関して情報を握っていた。

 彼女の尻尾を乾かしているシエイから聞いたものである。

 

 ハムポチョムキキ平野で、地面に潜った謎の勢力の一人が彼女のはずだ。

 シエイも出会ったときに声をかけていた。

 

 そうなると西から来ているらしき謎の勢力から、彼女だけが分かれて来たのだろうか。

 本人はおいていかれたと話しているが、実際のところは彼女だけが先走ったのではないだろうか。

 

「メッセちゃん。西にいる謎の勢力って今はどのあたりか情報来てる?」

『ブンブンポンで確認されています。それとちゃん付けはやめなさい。自分は怒っています』

「ごめんね。ありがとう」

 

 ブンブンポンなら、まだまだ王都からは遠い。

 やはり彼女が先走ったか、それとも別の勢力だったのか。

 

 

 ケルピィたちは道の奥にたどり着いた。

 そこにあるのは巨大な壁であり、行き止まりだ。

 壁は動きそうにない。壊せるか試そうとも思わない。

 ただし、行き止まりの壁の色は、他の壁とは異なり白い。

 見方によっては門のように見えなくもない。

 

 その白い壁には見たことのない文字が書かれている。

 ケルピィもこの手の文字は専門ではない。

 

「坊やなら読めたかもしれんなぁ」

 

 アコニトが呟いた。

 坊やというのが、彼女の仲間だとケルピィは考えている。

 

 けっきょく行き止まりで壁を壊せることもなく、いったん出発点に引き返した。

 

 

 

 ケルピィたちは作戦会議に入っている。

 

「今回は運良く倒せた。しかし――」

「あと二体は確実にいます」

 

 シエイが告げた。

 あれと同クラスのものがあと二体もいる。

 

「うぇーい!」

「やああああ!」

「せえええい!」

「のっめのっめ!」

 

 離れたところから声が聞こえてくる。

 どうやら獣人たちは酒宴をしているらしい。

 

 ケルピィらの救世主となったアコニトも一緒に酒を飲んでいる。

 飲んでいないときは、不機嫌なのか気だるげなのかわからなかったが、少なくとも気品があった。

 酒を飲むと気品どころか知性の欠片もなくなってしまった。

 さらに王国産のタバコまで吸い出して、完全に無礼講状態でハッピートリガーも親分とやらの厳命を無視して一緒に飲んでいる。

 

「楽しそうだねぇ」

 

 ケルピィもあちらに混ざりたい。

 どうして楽しげな声を聴きながら、無機質な表情の奴らと作戦会議をしないといけないのか。

 けっきょく、また魔物を倒しに行けと言われるのが明白だというのに……。

 

『生存確率4%をくぐり抜けたセクハラ隊長』

「トゲを感じるけど、どうかしたの?」

『昨日、魔物を倒したと思われる存在と念話ができました』

「教えて」

 

 どうやら本命と繋がったらしい。

 冗談をさっさと切り上げ、ケルピィは内容を聞くことにした。

 

『「竜がどこにいるかわかるか?」と尋ねられました』

「竜? 竜っておとぎ話か何かの話かな?」

『わからないと答えてよろしいですか?』

「うん。そこは正直に答えて。それより合流できないか尋ねてみて」

『了解しました』

 

 酒宴の声を聴きながら待つ。

 シエイにも尋ねたいことがあった。

 

「念のため聞いておくけど、シエイの見た謎の勢力の一人がアコニトで間違いないんだよね」

「はい。間違いありません」

「昨日の報告では、彼女は筋肉質の背の高い男に殺されていたとあった気がしたけど……」

「はい。筋肉質の大男から頸椎への手刀を受け、その場で消滅を確認しました」

 

 シエイも珍しく困惑している表情が見える。

 嘘ではない。彼女は確かに死んだようである。あるいは死んだふりだろうか。

 ハッピートリガーに神と呼ばれるような存在だ。彼も、彼に似つかわしくない敬意を払っていた。

 

 死という理から外れている存在なのか。これは考えすぎだとケルピィも首を振った。

 だが、彼女は魔物を前にしても恐れがなかった。死なないから死への恐怖が薄いことはありえるだろう。

 死んでみてください、とも言えるわけもない。

 

『隊長。申し訳ありません。交渉に失敗しました』

「仕方ないね。どういう会話のやりとりがあったのか教えて」

『はい』

 

 メッセから報告がきたが、残念な結果だった。

 竜は知らないと答えた時点で、「それなら興味はないね」と念話を切られてしまったようだ。

 とりつく島もないとはこのことか。竜以外に関心がない存在らしい。

 

 ハッピートリガーたちは、自分たちはトレジャーハンターだと話していた。

 彼らの生活地域には竜と呼ばれる生物がいて、それを狩っているドラゴンハンターが謎の存在なのではないかとケルピィは予測した。

 ドラゴンハンターなるものであれば、奥の魔物を倒す力があることも説明はできる。

 とりあえず出会い頭に戦闘とならないよう注意しなければならない。

 他の魔物もドラゴンハンターが倒してくれれば御の字だ。

 

 けっきょくケルピィ達にも他の魔物を討伐するように命令が下りてきた。

 

 少なくとも今日は、もう酒が入って無理そうなので、明日からケルピィは本気を出すことにする。

 

 正直、疲れ果てており休みたいが、明日からも貴重な戦力に動いてもらうため、ご機嫌を取りに行かなければならない。

 

 ああ、早く休みたい。

 

 ただそれだけを祈って、ケルピィは獣人たちの宴に足を向けた。

 

 

 

 ―― ―― ――

 

 

 

 アピロは、少女らしき声との会話を終えた。

 

 竜を知りもしないなら興味はない。

 彼らも迷宮で動いているようだが、手探り状態なことは明白だ。

 

「アピロ、どうしたんですか?」

「いや。空耳だね」

 

 またしても昼過ぎまで寝ていたウィッチと、迷宮を進んでいる。

 昨日の位置まで空間を歪めてたどり着き、奥へと向かう。

 

「行き止まりです。……行き止まりですよね」

 

 昨日は魔物を壁と見間違えたので、壁をつついて確かめていた。

 なかなか頑丈な壁のようで、歪曲の付与された剣で突いても変化は見られない。

 

「文字が書いてあります。……ははぁ、なるほど」

「何て書いてあるのかな?」

「さっぱり読めません!」

「……『なるほど』って言ったのは?」

「『なるほどさっぱりわからない』という意味でした」

「あぁ、そうなの」

 

 アピロも読めない。

 彼は壁に手を触れた。

 

 厚いが遮るほどではない。

 捻れば簡単に開けられる。さらに奥の感覚を掴む。

 開けた空間があり、中心には何かわからないものが設置されている。

 空間にはここを入れて四つの壁があった。

 

「ああ、なるほどね」

「どうでした? 読めましたか?」

「これは壁じゃなくて門だね。ここと同じ門が四枚あるみたいだ。それぞれの扉の前に大きい魔物が配置されて、四体全て倒せば開く仕組みだね」

「なるほど、そういうことが書かれているんですね」

「読めないけどたぶんそうだね」

「……読めてないのに、どうしてわかるんですか」

「空間把握はレベル3000以上に達するためには必須事項だよ。僕はあまり得意じゃないけど、これくらいはできる」

 

 また、アピロの発作が始まったとウィッチは考えた。

 とりあえず彼女は頷いておく。

 

「はぁ、わかりました。それではあと三体を倒せばいいわけですね」

「いや、残り二体だね。一体はさっき他の人たちが倒したよ」

「なんと! さすがは大先輩たちです!」

 

 もっとも六人がかりだったので、ほぼ一人で倒したウィッチの方がおかしい存在となっている。

 しかし、魔物の種類も違ったので人数で計るのは間違っているかもしれない。

 

「面倒だから、ここから魔物をねじ切ってしまおうか」

「それは駄目です!」

「どうして? 簡単に倒せる魔物を倒しに行くのも面倒じゃない?」

「トレジャーハンターの大先輩からうかがったのですが、『迷宮やダンジョン、遺跡に挑む際は作った人への敬意を忘れてはいけない』と言われました。知らずに破ったのならともかく、相手の意図がわかっていたなら、相手からの課題を達成するか裏をかくなりして挑まなければなりません。トレジャーハンタールールです」

「僕はトレジャーハンターではないし、離れたところから捻りきるのも裏をかくに当たらない?」

 

 ウィッチは首を横に振った。

 どうやら遠距離攻撃は認めない様子だ。

 

「それに遠距離からねじ切るってどうやるんですか?」

「空間ごと捻り千切るんだよ」

 

 よくわからないとウィッチは首を捻った。

 これは低レベルでは難しいかもしれないとアピロも考えた。

 

「せめてショートカットはしよう。遠回りは面倒だ」

「先ほどのアレですね。びゅーんって」

「びゅーんは行った位置じゃないと、微調整が難しいから中を通って行こう」

「中?」

「うん。門を開けて、内側から行った方がずっと早い」

 

 ウィッチはアピロの発言を吟味する。

 どうも彼女の渾身の台詞は、彼の心に届いていなかったらしい。

 相手への敬意を無視したぶっ飛んだやり方だ。それなら魔物を四体配置する必要もない。

 

 今の発言にはそもそもの問題がある。

 彼女は言葉の書かれた門を見る。幅は広く、背も高い、重くてびくともしない。

 

「これをどうやって開けるんですか?」

「こうやって――」

 

 アピロは門に手を付ける。

 手を付けた点を軸にして固定した。

 そして、軸を中心に門全体に右回りのモーメントを加える。

 中心向きの力を入れることも忘れない。

 

「――こう」

 

 ウィッチは信じられないものを見た。

 アピロが手を置いた点を中心に、門の壁が渦を巻いたのである。

 まるで広げたテーブルクロスが彼の手の平に吸い込まれるように、門は縮まってガンと音を立てて地面に落下した。

 地面に落ちた、捻られた門の残骸をウィッチは見つめる。

 その後、アピロを見た。

 

「わかった?」

「……わかりません」

「だよね。とりあえず魔物を倒すならこっちから行こう。早いよ」

 

 アピロはこじ開けた門を通る。

 ウィッチも門の瓦礫を横目に中へと入る。

 

「広い! 高い! 何これ!」

 

 アピロは空間に関しては知っていたので驚かない。

 しかし、中心の物体に関してはわからない。

 

 見たところ結晶だ。

 キラキラと色とりどりの光を周囲に乱反射している。

 

「お宝! お宝ですよ! どうやって持って帰りましょう!」

 

 ウィッチは大興奮している。

 何かアピロに言いたそうな顔つきだったが、もうその感情はどこかに吹き飛んでしまったようだ。

 

 もしも、この場にいたのが木村であっても大興奮していただろう。

 最高レアの召喚石だのと、周囲を呆れさせたに違いない。

 

 アピロは結晶に解析をかけた。

 内容は断片的だが、効果は理解した。

 

「そこの結晶は四体の大きな魔物を生け贄にして、新たな命を形成するようだね」

「えっ、そうなんですか? 新たな命とか要らなくないですか。このまま持って帰れませんかね」

 

 もはやウィッチも先輩の言葉とかどうでも良くなっていた。

 この結晶を持ち帰れば大金星だ。大金を手に入れて、もっと強力な武器を買って、もっともっと強くなって、もっともっともっと――。

 

「……やっぱり魔物を倒しに行きましょう」

 

 中心に浮いている結晶をアピロは動かそうとしたが、力の発露を止めた。

 ウィッチの熱が冷めているように見える。

 

「うん? 結晶は良いの?」

「はい。大金は手に入りそうですし、強力な武器もすでにあります。強くなるのも魔物を倒した方がずっと良いです」

 

 アピロはよくわからないと首をかしげた。

 そんな彼にウィッチは笑ってみせる。

 

「結晶を持って帰って手に入るものは、アピロと一緒にここを攻略していれば全て手に入りそうですから。急がないことにしました」

 

 アピロも、ウィッチが言わんとしていることに気づき、一度だけ頷いて返す。

 

 彼は、彼女のこういう純朴なところを気に入っている。

 同時にねじ曲げたみたいとも思うのだが、このままでいて欲しいとも心から思っていて難しいところであった。

 

「そうだね。僕も間違ってた。ウィッチが求めているものは、戦って、考えて、時には逃げるっていう汗臭いトレジャーハントだったね。――戻ろうか」

「はい」

 

 二人は来た道をそのまま戻った。

 

 今はただ、二人の道が重なっていることに、両者とも幸福感を抱いている。

 

 

 

 こうして二人は魔物を倒していった。

 主に倒すのはウィッチであり、アピロは道案内だけしている。

 

 アピロは竜の気配をうかがいつつ、先ほどの結晶について考えていた。

 ウィッチに告げた効果は一部分だけであり、全体としてはもっと複雑な効果を孕んでいる。

 上手く使えばより経験値が上がりそうなことができそうだ。

 昨日から考えてきたことともあわせて考えていく。

 

「倒しました! 何でしょうか。昨日よりもずっと体が素直に動きます!」

 

 道の奥で大型の魔物を倒したところだ。

 昨日に続いて二体目。全体では三体目の中ボスが倒された。

 

 ウィッチも絶好調である。

 昨日だけでも強くなっていたが、さらに動きが良くなっている。

 

「やはり休息を取ったことが大きいんでしょうね!」

「まあ、そうだね」

 

 あまり見ない現象だが、アピロは聞いたことがあった。

 レベルの急激な上昇による肉体能力の向上に、本人の意識が追いつかないことがある、と。

 

 一晩寝ることで、眠っている肉体に意識が追いついていき整合するとかだった。

 すなわち、休息により彼女の肉体と意識とのレベルが揃った。

 彼女の意図せぬ発言は正しいのである。

 

「スキルは手に入りませんでした」

「そんなに手に入るものでもないんじゃない」

 

 二つ目のスキルは手に入ったようだが、盾突撃(シールドチャージ)という技だった。

 盾を片手に相手に突っ込む文字通りの技だ。

 

 彼女の覚える技に知性のかけらが見えない。

 持っている剣を振るう、盾を構えてつっこむ。とにかく力任せだ。

 

 でも、強い。

 強いのは彼女ではなく、盾に付与した歪曲効果である。

 シールドチャージにも効果が乗る。ついでに相手の攻撃を無視してのカウンターにもなる。

 

 スキルが覚えられなかったのではなくて、もう覚えられるスキルがないのではないかとアピロは考えていた。

 覚えてもどうせ脳筋技だろう、とも考えている。

 

「見てください。すごく強いですよ!」

「うん。見てるよ」

 

 とりあえず本人が楽しそうにしているから良いことにした。

 何はともあれこれが一番だ。他者がどう思おうと、何を言おうが、本人が楽しいと思えることをやれるならそれで良い。

 雑音を気にせず突き進んで欲しいとアピロは思うのである。

 しかし、同時にその道を歪めれば――。

 

 アピロは首を振った。

 悪い癖である。どうして自分はこうなのかと思わざるを得ない。

 過去に何度同じ過ちを繰り返したのか、自分と他人の道を歪めたのか数え切れない。

 

「どうかしましたか?」

「……いや、何でもない。何にもないさ」

「はい! 進みましょう! ――って何にもなかった駄目じゃないですか! 結晶を倒した後はお宝が出てくれないと!」

「そうだね」

 

 アピロも頷いた。

 彼にとってのお宝は竜だ。

 過去に倒した時も比類無いほどの経験値が入った。

 今回の討伐でも同様の経験値が入り、最高の値に到達すると踏んでいる。

 

「行こう」

「はい!」

 

 二人は進む。

 

 最後の中ボスの待ち構える地点へと。

 

 

 

 道中の魔物で手こずることもなくなってきた。

 

 慣れというのは感覚の麻痺だ。

 昨日まで怖がっていたものも倒せるようになってくると作業に変わる。

 能力も上がっており、魔物の動きが見えるようになり、躱せるようになったことも大きいだろう。

 

 最後の中ボスの前に立つ彼女が、ややつまらなさそうに見えたのはアピロの見間違いではないだろう。

 

「待って」

 

 魔物を前にしてアピロが声をかけたのは初めてである。

 他ではウィッチの質問に答えたり、道順を伝える以外では声をかけてこなかった。

 

「どうしましたか?」

「ちょっと試してみたいことがある」

 

 アピロが魔物の前に立った。

 魔物が反応を見せる。

 

 ウィッチは魔物が何かわかっていない。

 アピロはわかっているが、何なのかを解説することもない。

 サメの頭が複数ついた猫の胴体をした魔物を、そのまま説明するのも馬鹿らしい。

 

 彼は魔物を解析していく。

 魔物の生命の根本となる地点を見つめる。

 そして、見つけた。心臓のある位置からやや上だった。

 

 アピロを突き動かしたのは単純な興味だ。

 

 彼は魔物の生命の中心に自らの力を付与した。

 昔、人に使う実験をしたが、あっという間に死んでしまった。

 人の生命の根本を歪めることは死と同義であったのだ。

 

 だが、彼らは生け贄にされる。

 歪んだ生け贄から、誕生する新たな生命はいったいどんなものだろうか。

 

 

 やはり魔物は死んでしまう。

 端から見ていたウィッチにはアピロが何をしたのかわからなかった。

 

「すごい! どうやったんですか!」

「ちょっと曲げてみた」

 

 何を曲げたのかは言わなかった。

 

「……あれ? でも、お宝が出てきませんね」

 

 さっそく実験の結果が一つ現れた。

 今まで出ていた金色の立方体が現れなかった。

 

 これも生命の根元を歪ませた結果だろうか。

 

 奥から物音が響く。

 重いものが引きずられているような音だ。

 四体の魔物を倒したことで、中心への道が開いたようである。

 

「門が開いたようだよ」

「はい! 行きましょう! 竜が待ってますよ!」

 

 アピロは思い出した。

 そういえばウィッチは竜が奥にいると思い込んでいると。

 間違いなく奥で出てくる新たな生命は竜ではない。

 竜ではないが歪みを孕んだものである。

 

 彼は、彼の歪みの答えを見に行った。

 

 竜を倒すと息巻いているウィッチが、彼の前を意気揚々と歩いている。

 

 

 奥の部屋にあった結晶がぐにゃりぐにゃりと姿を変えていた。

 

 何かになろうとしているが、何ものにもなり得ず、ずっと変化を続けているようである。

 

 変化を続けた結晶は、答えが出せない。

 

「あの、これってどうするべきですか?」

「……もう倒してしまっていいよ」

 

 ウィッチも結晶の変化を見ていたが、とうとう待つことができなくなったようだ。

 彼女は剣を振るって、変化を続けた結晶を砕いた。

 

「む」

 

 アピロは手を伸ばした。

 

「え、なんですか?」

 

 急に手を伸ばした挙動不審な隣人にウィッチは尋ねた。

 

「倒した後の残滓が、どこかへ転移しようとしていたのを食い止めたんだ」

「残滓? ……あ、成長素材!」

 

 ボスがいた場所にヘンテコな物体が転がった。

 本来、木村たちが手に入れるはずの報酬の中身がここに現れた。

 ウィッチは楽しげに拾っているが、アピロとしてはよくもそんな何かわからないアイテムを解析もせずに拾えるなという思いである。

 

「竜はいませんでしたね」

「だろうね」

 

 それはわかっていたのでアピロは何とも思わない。

 次はどうやって探すべきだろうか。

 

「成長素材、私もさらに強くなりそうです」

「おめでとう」

 

 アピロはウィッチを見ることもなかった。

 反射的に祝いの言葉をかけた。

 

「スキルが手に入るかな。えい……。あ――」

 

 アピロは考える。

 竜はいる。気配もある。しかし姿は見せない。

 いったいどうやったら竜をおびき出すことができるのか。

 

 やはり、この迷宮全体を曲げて、竜ごと始末してしまわなければ駄目か。

 だが、そこまではしたくない。ウィッチがどんな顔をするかを考えると、彼は戸惑ってしまう。

 

「ウィッチ。もしも、ここが――」

 

 アピロはウィッチを見て、確実に動作を止めた。

 呼吸も止めた。彼に呼吸を止めさせた存在は、ここ数万年はいなかっただろう。

 

 ウィッチがいた場所に結晶が浮いていた。

 ふわふわと宙に浮き、彼女の髪と同じ、赤褐色の結晶だ。

 

「あ……、え……?」

 

 アピロの声に反応するように、結晶はピカピカと光る。

 声ではない。しかし、アピロには結晶が何を言っているかがわかった。

 

“どうしましたか、アピロ”である。

 

「何がどうして……、そうか、歪みが成長素材に伝播して、それを摂取したから――」

 

 歪みがウィッチに伝わった。

 しかし、ウィッチがなぜ結晶になったのか。直接の変更ではないからか。

 

「ちょっとごめんね」

 

 アピロはウィッチに解析をかけた。

 結晶の動きが鈍り、光も鈍り、地面に落ちかける。

 

「スキルが……見える」

 

 今までウィッチからスキルは見えなかった。

 それなのに今では、彼女からスキルが読み取れる。

 

「“浮遊”はともかく、“歪曲”に“迷宮構成”は聞いたこともないスキルだ。僕自身の歪みも伝わっているのか」

 

 ウィッチは自らの変化に気づいていないのか。

 驚いた様子もない。そこが余計に事態の異常性を示してくる。

 

「ウィッチ。この迷宮は僕と君によって攻略された。もうここは用なしだから、竜ごとねじ曲げて消し去ろうと思ったんだ」

 

 結晶体がピカピカと強く光った。

 まるでアピロを咎めるようである。

 

「でもね、僕はこの迷宮を残しておきたくなった。とても嬉しいことがあったんだ」

 

 ペカーと結晶が光る。

 喜んでいる、そして何が嬉しいのかを発光で尋ねた。

 

「僕という歪みを初めてその内部に受け入れてくれた存在が現れたんだ。ここは記念の地だ。――それでも僕は竜を殺さないといけない。大丈夫。迷宮の機能は残しておくよ。ここが侵されることがないようにね」

 

 結晶はペカペカ光る。

 私も一緒にやります、と言わんばかりだ。

 

「ありがとう。それじゃあ、――やろうか」

 

 アピロの手元の空間がぐにゃりと捻れていく。

 彼の手には歪みが握られていた。

 

 アピロはこの歪みを歪曲剣と呼んでいるが、普通の人が見たら剣とは呼べない。

 

 ただ、空間の歪んだ範囲が剣のように見えるだけだ。

 美術館に飾られていれば前衛的なアートと認識される可能性もある。

 

 彼は剣に関し、まっとうなスキルを一つも持っていない。すなわち剣の腕前は素人だ。

 そんな彼も剣士に憧れて、剣をがむしゃらに振るった時期がある。けっきょく何も得られなかった。

 彼はまっとうな剣士にはなれなかった。

 

 やがて彼は剣を捨て、彼に唯一与えられた力を使いこなすようになる。

 まっとうな剣士のスキルを一つも持っていない彼は、他の誰をも圧倒する剣を握った。

 

 誰も彼を剣士と認めない。

 彼自身も自分が剣士だと思ってはいない。

 だが、彼は武器として過去の理想を捨てず、剣を持ちたかった。

 

 故に、彼の歪曲剣は思い出と理想の産物である。

 ただし、剣士に憧れた思い出は歪み、剣を振るっていた頃の理想は曲がってしまっている。

 

 彼の歪さをただ詰め込んだだけの剣状の何かだ。

 ただ、曲げて歪めて重ねて捻ることを目的としており、斬ることすらも叶わない。

 

 つまるところ、歪曲剣は剣ですらなかった。

 

 

 アピロは歪曲剣を掲げる。

 その剣に力を込めていけば、周囲の景色がどんどん歪んでくる。

 

 結晶になり果てたウィッチもピカピカと光った。

 私も手伝います、と言っている。

 

「うん。スキルの使い方はわかる?」

“がんばります!”

 

 がんばっても結果が出るわけではないが、アピロも水を差すことなく頷いた。

 

 アピロの歪曲剣と、ウィッチの得た“迷宮構成”が合わさり、迷宮の最奥から歪みが生じる。

 

 道は曲がりくねり、魔物は歪み原型を留めず、入り組んだ道中は層をなしてより複雑になる。

 最後に全体をねじり上げていき、迷宮の異常性は周囲へと漏れ出ていく。

 

 塞がれていた地下水路の出入り口から歪みが漏れ出ていった。

 王城を、メインストリートを、兵士たちの教練場を、堂々たる王都の門扉を歪めていく。

 

 無論、暮らしている人たちも巻き込み、王都は変貌を遂げていった。

 迷宮とそれをねじ曲げた歪みが王都全域を包み込み、すでに迷宮と呼べるものは残っていない。

 

 アピロたちは迷宮を守るために手を加えたが、かえって迷宮をぼろぼろにした。

 そして、第二の目的であった竜はやはり出てこない。

 

 それでもアピロとウィッチはご機嫌だった。

 迷宮は消し去ったが、新たな空間を作ることができた。

 スキルも初めて使ったにしては、非常にうまく機能したと言える。

 アピロの力と、ここまで親和する力は他になかった。この点もアピロの気を良くした。

 

 後に、今の王都のような異常な空間は、別の名で呼ばれることになる。

 しかし、今はまだその名が生まれていない。

 

 木村たちと、ごく一部の存在は、やはりここをまだ『迷宮』と呼び、挑むことになる。

 

 イベントは歪んでしまったが、なおも終わることなく継続していく。

 

 ストーリーはいまだ骨子から外れていない。

 

 タイトルからも逸れてない。

 

 

 彼らはまだ、――迷宮で相まみえてはいない。

 

 

 

64.イベント「迷宮にて相まみえましょう」3

 

 朝になり木村が目覚めても、王都は変わらずおかしなままらしい。

 

「待ってても良くならないだろうし、ちょっと入ってみようか」

 

 木村が提案を出したのは昼前になってからである。

 いくつかの案は各自から出てきたが、この異常もイベントの一部ということもありえる。

 カクレガも現在のチェックポイントから動きが取れないので、追加ミッションが迷宮の内部で行われているのではないか。

 

 危険そうなら退けばいいだろう。

 木村はさほど危険だとは思っていない。

 よく死ぬアコニトがまだ戻ってきていないのだ。

 彼女が生き残れる程度の危険性であり、敵もさほど強くないのではないかと木村は考えている。

 

 

 メンバーは昨日までの三人と同じである。

 防御役のボロー、攻撃役のウィル、回復以外ならたいていこなせるフルゴウル。

 物理攻撃にややかけるので、フルゴウルをゾルに替えようかとも思ったが、最初の様子見役は彼女の特殊な眼のこともあり適任と判断した。

 

 さっそくカクレガを出て、地下迷宮の出入り口へと向かう。

 昨日までは、兵士たちが守っていたが、今はどこかに消えて姿がない。

 どうせ眠らせることになるので、手間が減ってありがたい。

 

 開きっぱなしになっている重い石の扉を通ろうとするときに、おっさんの手が木村の肩にかかった。

 驚く以前にまったく体が動かない。

 

「キィムラァ。パーティーは二人までだぞ」

「えぇ?」

 

 おっさんはにこやかである。

 ついにパーティー人数規制がかかった。

 人数規制がかかるとイベントに入ったという気分がする。

 あまり嬉しくない気分だ。

 

「待って。二人の中にはアコニトも入ってるの?」

「遺憾なことにな」

 

 頬をひくつかせて、眉間に皺を作り、心から遺憾の意を示すようにおっさんが告げる。

 アコニトを入れて二人。すなわち、連れて行けるのは実質一人ということだ。

 

 ボローは攻撃ができないからまず無理。

 ウィルかフルゴウルだが、回復以外は万能という点でフルゴウルだろうか。

 しかし、神聖術という点ではウィルに一日の長があるし、この世界――王国についても少なからず知識はある。

 適合する性能かメタ的要素の二択という話に帰結する。

 

「私は辞退させてもらおうかな」

 

 フルゴウルが告げた。

 目を開けて、扉の奥を見ている。

 

「見えるのは良いんだがね。ああも捻れていると私は酔ってくるんだ。まともな戦力になると思えない」

 

 昨日もフルゴウルは捻れていると話していた。

 木村にはまっすぐにしか見えないが、彼女の眼からは捻れて見えるのだろう。

 それに、彼女が酔いやすいというのもよく知っている。

 

「ブリッジからサポートさせてもうよ」

「わかりました。よろしく頼みます」

 

 フルゴウルとボローがカクレガに戻っていく。

 その背中を木村は、最後まで見送った。

 

「行きましょうか」

「うん」

 

 木村とおっさん、それにアコニトが行方不明のため、唯一の戦闘メンバーとなったウィルが迷宮へ入る。

 

 

 扉を潜り、三人は迷宮に足を踏み入れる。

 木村が踏んだのは石や地面ではない。柔らかな感触。まるで草かクッションか。

 

 来たるべき暗闇もない。

 周囲は明るく、見たことのない景色が広がっている。

 右手の遙か先には、ファンタジー世界で見るような城が見えていた。

 

「転移……違いますね。神気反応は……」

 

 ウィルがぶつぶつと呟く。

 聞こえた範囲から察するにどこかへ飛ばされたらしい。

 

「ここは王都ムックリですね。あそこに見えるのがトルタテム城になるのでしょう」

「そんな気はしてた。転移ではないの?」

「神聖術の反応がありませんでした。どうやってか空間がねじ曲げられています。先ほどの出入り口とここが結びついていますね。異常なことが起きています」

 

 異常なことが起きていることは木村でもわかる。

 

 転移したことだけでない。

 草むらに人が横になって日向ぼっこをしているし、座って話をしている人たちも見える。

 しかし、彼らの顔や首、それに足に至るまで、ぐにゃぐにゃとエフェクトがかかってまともに見ることができない。

 

「神聖術の痕跡はごく一部です。それで、ここまで大規模な変化はありえません。そうすると、僕たちは敵の精神支配にかかっている可能性があります」

「そうなの?」

 

 もしかしてこれは幻覚なのか。

 なるほど、それなら納得もできる。状況としては困るが……。

 幻覚なら、せめて美少女にでもならないかと期待しておっさんを見る。

 

「キィムラァにその手の精神攻撃は効かないな。幻影をつくり出すなら別だぞ」

「それなら、この場は僕に言わせれば正常ですね。神聖術を使うこともなく、正常にねじ曲がってしまったことになるのですから」

「でも、どう見ても異常だよ」

「はい。そのとおりです。あまりにも正常に歪んでいる。謂わば、正常な異常です」

 

 周囲の歪みエフェクトを受けた人たちが、ゆっくりと立ち上がり木村たちへ向かってくる。

 話をしたい雰囲気には見えない。ゾンビ映画に出てくるゾンビのようだった。

 ところが彼らは近づいて口を開いたのである。

 

「今日は良い天気だな。君も一緒に雨を浴びて空に行かないか」

「ご存じ? アルター夫人。今度、アルン聖堂で叙勲を受けて騎士団に入られるそうよ。なんでも司書になりたいとか」

 

 駄目だ。木村は会話を諦めた。

 クスリが効き始めたアコニトと話すようなものだ。

 

「攻撃はできる?」

「反応としては一般人です。手にかけるべきでないかと」

 

 それなら逃げることしかできない。捕まったらどうなるかわからない。

 木村たちは草原を颯爽と駆け抜ける。

 

 

 幸い、歪み住民たちの足は遅く逃げ切るのは容易だった。

 駆け抜けた先は本が大量に置かれた室内だ。

 扉は一度も潜っていない。

 

「図書館かな」

 

 ウィルが近くにあった本を一冊抜き取る。

 パラパラと古くさい紙をパラパラと捲ってから元に戻す。

 

「図書館なら管理コードを本に付けるでしょう。本には何もついていません。貴族かどこかの蔵書と見るべきでしょう」

 

 なるほどと木村も頷く。

 しかし、見渡す限りが本の背表紙だ。

 これらを個人で持つことができるというのは難しいのではないか。

 場所にしろ、状態管理にせよ、相当な手間がかかるだろう。

 

「本は好きか? 儂は嫌いだ。臭いが嫌いだ。手触りが嫌いだ。文字の羅列を見るのも嫌いだ」

 

 見上げると、二階部分に歪んだ人間が立っていた。

 男性だが、歪んだ人間たちに性別はもはや関係あるまい。

 とりあえず、近寄ってこずに両手を本に向けて万歳してるので様子を見る。

 

「どんな本を読む? どんな本が読みたい? 言ってみろ? どんな本が好きだ? 食べられる本はなしだ」

「……漫画とかですか」

「マンガ。知らないな。ここにはない。聞き方を変える。何が知りたい?」

 

 木村は特に知りたいこともない。

 歪み人間が言ったように、木村も本が好きな人間ではない。

 気になっていたことを考える。王都の地図を知りたいが、知ったところで歪んでいては、地図の意味もない。

 無言も嫌なので、ちょうど最近挑んだばかりのところを尋ねてみた。

 

「ハトポポ川から、川の水がこの王都に向かって流れていましたが、あれは何なんでしょうか?」

「よろしい。ポルポル水源だな。奥へ進め、奥から二番目、右手の棚。下から二段目、右から四番目の『ポルボル水源物語』だ」

 

 木村はまともな会話が成立しているように感じる。

 会話ではなく応答に近いが、敵対して襲ってこないだけマシだ。

 

 木村たちが奥へ足を進め、該当の本棚を見つける。

 別に本自体には興味がないのだが、先ほどから歪んだ人間が早く手に取れとうるさい。

 

「ありましたよ」

「おお、ようやく見つけたか。誰が手に取って良いと言った。それは儂の本だ。勝手に触るな。本の波に埋もれ、文字に沈むのだ。意味は後から浮かび上がる」

 

 周囲の本棚が揺れ始め、本がバサバサ落ちていく。

 

「逃げますよ!」

 

 木村は本を手に持ったまま、ウィルと通路を逃げていった。

 

 

 たどり着いたのは暗い通路であった。

 道の中心を水が通っている。

 

 すぐさまウィルが灯りで照らす。

 道の先に体育座りをしている少女がいた。

 少女と判定したのは小さい体格と長い髪の毛からだ。

 ウィルの付けた灯りに驚き、体をびくりと動かすのを木村も見た。

 

「子供に見えるけど、あれも歪んだ人間かな」

 

 大丈夫ですか、と近づいたところで逆に襲いかかられるのは鉄板シチュだ。

 あるいは近づくと囲むように敵が現れるとか、ここなら水の中から出てくるパターンもある。

 

「そこの人、大丈夫ですか?」

 

 離れたところから声をかけてみる。

 少女はびくりと体を震わせて、また固まってしまった。

 怪しい。絶対に怪しい。近づかせて襲いかかってくるに違いないと木村は判断した。

 

「魔物かな?」

「魔物の気配はありませんね」

「あ、そうなの?」

 

 ウィルは魔物の気配を感じないとのこと。

 木村はおっさんを見る。

 

「普通の子供だぞ。キィムラァはどう見えるんだ?」

「普通の子供と……、怪しい状況かな」

 

 三人で少女に近づいた。

 うずくまる少女は、顔を見せない。

 

「あの、大丈夫? ケガしてるとか?」

 

 木村が声をかけるとおずおずと顔を上げる。

 見たところ顔にもどこにも歪みエフェクトはかかってない。

 

 亜麻色の髪に、怯えきった顔。怯えがなかったら綺麗な顔立ちだろう。

 服装は可愛げがない。どこかの制服だろうか。

 返事はない。目に見えて震えている。

 

「王国軍の制服でしょうか。僕の知っているものと違いますね」

「軍の制服? そうなの? この歳で?」

「神聖術の素養を感じます。神術省ならありえるでしょう」

 

 少女は首を横に振った。

 ウィルの推理は外れたらしい。

 

 少女は否定こそするが、解説はしてくれない。

 名前もわからない。そもそもこちらも名前を明かしていないことに木村は気づいた。

 

「僕は木村。こっちのお兄さんはウィル。このおじさんはおっさん」

 

 少女はおっさんを二度見した。

 そりゃ、紹介になってないから仕方ない。

 

「君の名前はなに?」

『あなたたちは何者?』

 

 ……ん?

 今、声が頭に響いた気がする。

 ウィルが顔をしかめていた。おっさんはにこやかである。

 

 嫌な予感がビンビンしてくる。

 木村とウィルが同時に少女から距離を取った。

 

「もしかして……、彼女、竜なの?」

 

 ありえる話だ。

 こんなところに少女が一人でいるのがおかしい。

 見た目は少女で、気配もないが、実は竜ってこともありえる。

 

「違うぞ。言ったとおりだ。彼女はただの人間だ。念話が得意なんだな。上手だぞ」

 

 おっさんは親指をグッと出して、少女に見せた。

 そういえば、おっさんが最初に「普通の子供」と言っていたことを木村も思い出した。

 

 木村は自らが何ものかを紹介をしようとしたが、どう紹介すれば良いのかがわからない。

 地球から来ましたは余計だし、地域を破壊して回ってますもいらない話だろう。

 

「僕たちはあっちこっちを回ってるんだ。こういう異変を可能な限り食い止めてる」

 

 嘘は言ってない。

 異変を起こす原因でもあるがそこは黙っておく。

 

『西の方から来てたのはあなたたちですか?』

「ん、そうだね。知ってたの?」

『隊長が気にしてたから。アコニトの仲間ですか?』

「えっ、アコニトを知ってるの?」

 

 一人で先走って、イベントを攻略してたのだろうか。

 まさか彼女で繋がるとは思ってなかった。

 

「アコニトが、またなんかやらかした?」

『彼女は隊長を助けてくれた』

 

 おお、と木村は声をあげた。

 木村は彼女を見直した。偶然だとは思うが、良いこともしたらしい。

 

「アコニトはどこに?」

 

 彼女の姿はいまだに発見されてない。

 無事なのかどうかもわからない。

 

『酒を飲んで、酔い潰れて四足歩行でどこかに走って行きました』

 

 木村たちはため息をついた。

 どこでもやることが変わってないようだ。

 安心と安定のアコニト。クスリをやってないだけまだマシか。

 

『――その直後にあの歪みが来ました』

 

 離れていたところでもウィルたちは異変を感じていたが、現地はやはり大変なことになっていたらしい。

 

 初めは大きな地震を感じたらしい。

 実際に揺れているわけではなく、空間変動を神気がそう認識するとウィルが説明した。

 彼女はひどい頭痛と吐き気に襲われ、気づくと周囲に誰もおらず、彼女の念話や集音も繋がらず、動けずここに一人でいたらしい。

 

「よく一人で耐え抜いたな。立派だぞ」

 

 少女はグスグス泣いている。

 安堵感からくるものだろうかそれとも――。

 

「寂しかったか?」

『……うん』

 

 変な質問だと木村は感じた。

 そりゃ、こんなところに一人でいれば寂しいだろう。

 わざわざ口にして聞くことだろうか。

 

「ところで名前をそろそろ聞いても良いかな」

『メッセです』

 

 ようやく名前を聞くことができた。

 名前を聞いたところで、君と呼ばずに済むだけだが……。

 

 その後は、ゆっくりと情報共有をしていった。

 共有とは言っても、メッセからの情報が遙かに多い。

 

 数日前からの地下水路の異変、謎の訪問者たち、ドラゴンハンター、西から来る謎の勢力(木村たち)、それに王都を巻き込んだ異常現象。

 

「情報量が多すぎますね」

「そうだね。謎の訪問者はイベントキャラだろうけど、気になるのが一人いるね。ドラゴンハンターってのは、どんな人なの?」

『私も会ったわけではありません。「ここに竜がいる。場所を知ってるか」と言っていた方です。おそらくこの方が奥にいた魔物を討伐したと思われています。魔物には興味がなく、竜にのみ興味を持たれていたので、我々は彼をドラゴンハンターと呼ぶことにしました』

 

 謎の訪問者たちはカゲルギ=テイルズのキャラだろう。

 ドラゴンハンターもカゲルギ=テイルズのキャラだろうが、ここに確実に竜がいるように話していたと言う。

 突如、現れた迷宮に竜がいるとどうしてわかるのか。

 

 とりあえずメッセの調子はかなり上がってきている。

 最初の頃の怯えていた様子が嘘のようによく喋る。ただし、頭の中にだ。

 ウィルはこの感覚があまり好きじゃないようで、顔をやや引き攣らせていた。

 

「今さらだけど、普通に話すことはできない?」

『無理です。自分は口がきけませんので』

「あっと、ごめん。軽率だった」

『いえ。隊長たちを助けて頂ければ許しましょう』

「……けっこうしたたかだね」

『はい。隊長からもお褒め頂いております』

 

 隊長とやらが、彼女の発言に振り回されているのが目に見えた。

 苦労はしているようだが、果たしてこの状況で無事にいられるのだろうか。

 かなり慕われているのがわかる。よい人なんだろう。

 

「とりあえず進もうか。助けられるかはわからないけど……」

 

 メンバーが増え、迷宮を進むことにした。

 進んだところでどこに続くかはわからないが、止まっていても仕方がない。

 どこかを彷徨うアコニトとも合流しなければならないだろう。

 

 

 パーティーメンバーにメッセが増えた。

 ただし、戦力にはならない。戦闘能力ほぼゼロである。

 ステータスを見ても、戦闘用の魔法がほぼない。ゲストのためかステータスも上げられない。

 

 念話と音の魔法を使えるのはかなり珍しいようで、ウィルからも一目置かれていた。

 褒められてまんざらでもないようで、メッセはご機嫌だ。

 こういった会話は聞いていて楽しい。

 

『ウィルはグランツ神聖国の出身ですね。名のある研究室に在籍していたのでは?』

 

 異世界同士で出身地の話をしている。

 あるいは、情報収集合戦というか腹の探り合いなのかもしれない。

 ウィルは王国のことなどどうでも良さそうだが、メッセはかなり力を入れているのが木村でもわかる。

 

「そうですね。研究室の名はいろいろと知れ渡っていました」

『やはりですか。ここまで神術が使える人は、神術省にもいません。どちらの研究室だったのでしょうか』

「ルルイエ研究室に所属していました」

『……ルルイエってあのルルイエですか。そう、なのですか』

 

 陰りを見せたのは、ウィルの出自の話になったときだ。

 メッセの顔色がはっきりと悪い。

 

「もしかしてですが、メッセはアルフェン会戦に参加していたのですか?」

『はい。まだ若い頃の話です』

 

 今も十分若いだろ。

 木村は喉まで出かけた言葉を飲み込んだ。

 

「そうですか。僕は参加を許されませんでした。――災難でしたね」

『いえ、おかげで隊長たちとも出会うきっかけになりましたので……』

 

 それ以降は会話がない。

 戦闘がないところで、木村はウィルに声をかけた。

 

「メッセと話してたアルフェン会戦って何だったの?」

「三年前に王国と帝国が、アルフェン平原で大戦を行ったんです。友好の証として帝国側に、グランツ神聖国も同盟国として戦力を送りました。ルルイエ教授とアルダノーリス教授ですね。ルルイエ教授は一人でしたが、アルダノーリス教授は研究室のほぼ全員が参加しました」

 

 もうこの時点で嫌な予感がする。

 どこかのアンデッド王の話のように、大虐殺があったんじゃないだろうか。

 

「後にアルフェン会戦は『アルフェン会戦の悲劇』と呼ばれます」

 

 もう、嫌な予感を隠すこともない。

 ある意味でイベントストーリー並の悪寒を感じさせる。

 ルルイエ教授はいったいどれくらいの人間を殺してしまったのだろうか。

 

「誤解しないでください。このときのルルイエ教授は悲劇を解決した側です」

「え、……あ、そうなの。てっきりどっちもの人員も実験で巻き込んだのかと思った」

「実験もしました」

「駄目じゃん」

 

 かいつまんで聞くと、会戦の直前で強い魔物が群れで現れたらしい。

 双方ともに被害甚大で、会戦そのものはなくなったが魔物退治になり、そこで活躍したのがルルイエ教授だったとか。

 ちなみにアルダノーリス教授は死亡し、研究室も解体されたようだ。

 噂では、ルルイエ教授がアルダノーリス教授以下の研究室員を実験に巻き込んで殺したという話もあるとか。

 

「ひどい噂だ」

「いえ、噂ではなく事実だと思います。ルルイエ教授はアルダノーリス教授を神気量を褒められていました。せっかくの大規模実験の機会に、アルダノーリス教授の神気量を逃すはずもなく、神聖術の行使に利用したと僕は考えています。見たかったなぁ」

 

 誇らしげに話しているが、このあたりはやはりウィルもネジが飛んでいる。

 教授関連以外では常識があるのだが、ここに関してはリミッターが存在していないようだ。

 

「『アルフェン会戦の悲劇』まで魔物の討伐を専門とする機関が王国・帝国ともにありませんでした。あの悲劇より後で、両国に魔物討伐を専門とする新たな部隊を創設しようという動きがあったようです。王国の、対魔物討伐の実験部隊に参入されたのがメッセではないでしょうか」

 

 木村としてはふーんとしか言えない。

 まっとうにつまらない話であった。疑問がいくつか湧き上がる。

 

「それまで魔物討伐を専門にする戦力がないってのは不思議だね。あっちこっちを回ったけど、けっこう魔物っているでしょ。強い魔物も普通にいるし、正規の部隊では倒せないと思うけど」

「はい。その点に関してはグランツ神聖国でも指摘されていました。あのタイミングで、教授が実験を行うほどの強さの魔物が出ることは異常です。魔物をあの場におびき寄せた第三者がいるのではないかと議題に上がりました。パルーデ教国や西のデモナス地域ですね。けっきょく何もわかっていません」

 

 デモナス地域はすでにない。

 パルーデ教国は聞いたことがある。

 魔物の存在を絶対に許さないとしている国らしい。

 

「パルーデ教国って、魔物を討伐する側だって聞いたけど。呼び出す側ではないんじゃない?」

「パルーデが疑われているのは、魔物に対する危機感を帝国・王国の両国に示すためだったのではないかという説があるからです。あそこは魔物どころか獣人すら存在を許さず、過激な思想が強いところです。人間以外を殲滅するためなら、あえて魔物を使うこともないとは言えません。もしも、ルルイエ教授が倒さなければ、遅れてきたパルーデが魔物を倒し、彼らの思想がより強固なものになっていたでしょうから」

 

 そう聞くと、たしかにそうかもしれないと考える。

 SNSでも見られた。人気を取るためにわざとアンチを使うということだろうか。……違う気がする。

 

 国や世界レベルだとどうなのかはわからないが、とりあえず関係するようになってから考えよう。

 今は、目の前の異常を片付けるのが先だろう。

 

「ウィルも強くなったね」

 

 歪んだ魔物は出てくるが、ウィルはものともしていない。

 一人でも余裕な様子で魔物を倒している。

 

『あの強さはいったいなんなんですか? おかしいでしょう』

「そうなの?」

『当然です。シエイの全力の神術を、彼は無詠唱で何十も撃ち放っています。ルルイエは化物でしたが、彼も立派に化物です』

 

 メッセの声色というか、頭に響いてくる声は一本調子だ。

 どうも念話には感情が反映されないらしい。

 代わりに、顔は引き攣っている。

 

『私たちが馬鹿にされている気さえします。どうしてあなたたちはもっと早く来てくれなかったのですか? どうして力のある者は、いつも遅れてやってくるのですか?』

 

 メッセが木村を睨んでいる。

 その怒りを木村に向けるのは筋違いな気もするが、彼は彼なりに真面目に考えた。

 

 王国がひどい状況になる可能性はあった。

 ウィルやフルゴウルが急げと言ったのも覚えている。

 

 しかし、木村は急がなかった。

 アイテムを見落とすことを恐れ、ゆっくり攻略することを選んだのである。

 

 なぜだろうか?

 

 それはきっと――、

 

「僕は、根本のところで、他人の命や生活に興味がないからじゃないかなぁ」

 

 最初に感じたのは音だった。

 次に衝撃、その次にようやくメッセの手を見た。

 木村は頬をぶたれたに気づいた。ウィルやおっさんが見てくる。

 

 おっさんが動いたところで、木村は手で彼を止める。

 ウィルも何事かと寄ってきたが、今度はおっさんがウィルの接近を止めた。

 

「メッセが怒るのは当然だと思う。でもね。僕は異世界をソシャゲ感覚で過ごしてる、そんな人間なんだ。変わる気はないし、変わろうとしたらきっと彼女は止めるだろう」

 

 木村は、結果的に急がなくて良かったと思っている。

 仮に急いだところでこの王都の変化を止められたとは思わない。

 巻き込まれてよりひどい状態になっていた気がする。変わらないことで救われた。

 

 ここまで素直に言わなくても良かったかも知れないが、後で騙されたとかそんな人とは思ってなかったなどと言われるよりはマシだ。

 木村は自分がどんな人間かを知ってもらい、自分との関わり方を彼女に選ばせることにした。

 今回のイベントが終わるまでの短い付き合いかもしれないないが、それならなおのこと良い顔をしておくのも阿呆らしいというものだ。

 

「ふええええええい!」

 

 馬鹿な声で四足歩行するキチ○イが、曲がりくねった空間を超えてやってきた。

 空気を読まない代名詞が、とびきりのタイミングで現れた。

 

「ウィル、魔物だぞ」

 

 おっさんの声に、ウィルは顔を引き攣らせている。

 木村は久々の再会にちょっとだけ嬉しく思っているが、タイミングはもうちょっとずらして欲しかった。

 

「おおっ! 坊やじゃないか! お、若造もおるな。んあぁ? 誰だぁ、この小娘は? またがちゃを引いたかぁ……」

 

 おっさんを完全に無視している。

 メッセのことは知らない様子だ。出会ったはずだが興味がなかったのだろう。

 

「なんじゃあ、雰囲気が悪いのぉ。よぉし、儂がとびきりのやつをやろう。坊やのご機嫌もぶっ飛んで良くなるやつだぞぉ」

 

 アコニトは尻尾をごそごそと漁る。

 大丈夫だろうか。機嫌どころか意識も飛ぶやつじゃないか……?

 

 彼女は尻尾から金色の筺を取り出した。

 思ったよりも普通だ。魔物を倒したのだろう。

 

「儂が! この儂が! ちょっと強めの魔物を倒したおいたのだぁ。結晶状のなぁ。魔物をうまく操る難敵だったぞぉ。良い働きだろぉ。褒めても良いぞぉ」

 

 なんかやたら機嫌が良い。

 久しく会えず寂しかったのだろうか。

 そんなわけはないな。どうせクスリが切れ、一時的にハイになってるだけだろう。

 そのうち鬱状態になる。これの繰り返しだ。

 

 その証拠が四足歩行だ。

 やめて欲しいが、言っても無駄だろう。

 

 木村は黙ってアイテムを受け取る。

 

 そして、アイテム名を見た。

 しばらくどうしていいかわからず木村は固まった。

 

 言うべきかどうか迷ってしまう。

 

「…………メッセ」

 

 木村は言うことに決めた。

 先ほども素直に話した。このことも素直に話すべきだ。

 

 木村は声をかけたがメッセは返事をしない。

 闖入者に、場の雰囲気は良くも悪くもほぐされたが、彼女の機嫌は直らない。

 

「君の上司の名前って、ケルピィだったっけ」

 

 メッセは返答をしないが反応は見せた。

 木村を見返したのだ。

 

「彼、魔物になったようだよ。そしてもう、倒されて死んだみたいだ」

 

 木村が手に持つ金の筺――そのアイテム名は“ケルピィの結晶”である。

 

 メッセの顔の変化は、予想の範囲内だった。

 ウィルは呆れた顔つきで、アコニトと木村を見つめている。

 

「お、あやつ、魔物になっておったのかぁ。他の奴らもみな魔物になっとるかもしれんなぁ。よぉし、儂が倒すぞぉ!」

 

 威勢良く口にするアコニトを、おっさんの蹴りが襲った。痛烈だ。

 

 木村たちの沈黙と、メッセの嗚咽が歪んだ王都に響く。

 

 今回のイベントストーリーが、今まででぶっちぎりに最悪なことが現時点で約束された。

 

 何が“迷宮で相まみえましょう”だ。

 死んだ上司の結晶と相まみえさせてどうするのか。

 

 攻略する意欲が、ガリガリに削られている。

 今回のイベントの先にある結末を、木村は予測できないでいた。

 

 しかし一つだけはっきりとわかる。

 

 間違いなくまともな結末にはならない、と。

 

 

 

65.イベント「迷宮にて相まみえましょう」4

 

 

 迷宮は歪んでしまったが、チェックポイントはまだ生きているらしい。

 

 部屋の窓から外に出ると城の一室で、城の一室の衣装棚から迷宮の外に出ることができた。

 カクレガに戻って、地図を見ると、チェックポイント一つ分しか東に行ってない。

 

 とりあえずメッセも一緒である。

 彼女の上司が結晶で見つかってからは一言も口を交わしていない。

 口を交わすどころかメッセは自分で歩くこともせず、おっさんに抱えて運ばれていた。

 アコニトが「怠惰な童だぁ」と馬鹿にしていたが、原因を作った本人が言うことではないし、本人の方がずっと怠惰である。

 

 ブリッジにて“ケルピィの結晶”とやらを調べてみることにした。

 金の筺から取り出すと、ソシャゲの召喚石のような綺麗な白の宝石が出てくる。

 

 結晶と言われれば結晶だろうが、どちらかと言えば召喚石に見える。

 白っぽい色からしてレア度は低いだろう。ただ、かなり大きい。腰くらいの高さはある。

 しかもぷかぷか浮いており、神秘的なものを感じないこともない。

 死んだケルピィが召喚できたりしないだろうか。

 木村はなんだかわくわくした。

 

「この結晶は、生きているね」

 

 結晶を見ていたフルゴウルが口を開いた。

 全員が彼女を向く。

 

「え?」

「この結晶は生きている。精気の流れがある」

「意志もあるのでしょうか?」

「おそらくあるだろう。しかし、会話はできないようだ。口がないからね」

 

 ごもっともだ。

 もしかしたら喋っているのかもしれない。

 ときおり光るのがシグナルの可能性もあるが読み取れない。

 

『隊長、なのですか?』

 

 久々にメッセが喋った。

 喋ったと言っても、頭に響くだけである。

 メッセが声をかけると、白い結晶がピカッと光った。

 

『生きて、いるのですか?』

 

 結晶がまた光る。

 偶然の可能性もあるが、返答している可能性も捨てきれない。

 

 生きていることはわかった。

 それではどうするか。どうすることもできない。

 木村には案が浮かばない。部屋を与えるべきなのか、それともブリッジに置いておいていいのか。

 あまりにも過去に例がなく、如何とも決しがたかった。

 

「ダメもとで合成してみてはどうかな?」

「合成ですか?」

 

 こういう例のない場面にフルゴウルは強い。

 積極的に案を出してくれる。さすが秘密結社だかなんだかのトップをしていただけはある。

 

 ただ、合成と言われると嫌な予感しかしない。

 あの合成装置のことだろう。

 

「合成装置に入れて合成し、完全に結晶化させ、煎じて飲めということでしょうか?」

 

 さすが元・闇の組織トップだ。

 考えることがえげつない。木村は想像もしなかった。

 確かにこれならケルピィの記憶が、煎じて飲んだ相手に伝授されるかもしれない。

 

「……そんなわけないよ。キィムラァくんは、なかなかえげつないことを考えるね」

 

 予想から外れた。

 普通に驚かれている。呆れられているのかもしれない。

 

「モルモー女史に、あのデモナス地域で会った混ぜ物の化物になってもらい、この結晶を喋ることのできる何かに合成する。そうすれば会話もできないかな?」

 

 木村は考えもしなかった。

 なかなか妙案だなぁと素直に思った。

 

『合成? 大丈夫なのですか?』

「わからない」

『わからない? 貴女は隊長を、なんだと思っているのです?』

「生きている結晶だね。この状況を打破できる情報を持つ可能性があるモノだ。利用価値がある」

 

 木村もメッセに素直に告げた。

 そして、ぶたれた。

 

 しかし、フルゴウルは木村の一段上にいる気がする。

 少なくとも木村にはわずかな罪悪感があった。彼女にはまったくない。

 

 まったくヒト扱いしていない。

 結晶を完全にモノ扱いしている。

 どちらの気持ちも木村にはわかる。

 

 メッセからすれば、隊長の形が変われども生きていたわけで、この結晶は隊長というヒトなのだろう。

 フルゴウルからすれば、会ったこともない人間なわけで、意識のある結晶というモノだ。

 

 メッセもさらりと言われて震えている。

 一種の恐怖をフルゴウルから感じているのではないだろうか。

 

 フルゴウルは過去にやらかした経歴がある。

 たとえ、この結晶が人の形をしていても、同じことを同じ表情で告げたかもしれない。

 

「震えなくても大丈夫。無駄にはしない。コレは余すことなく有効活用したいと思っているよ」

 

 いや、間違いなく告げたな、と木村は確信した。

 メッセのフルゴウルを見る目が、木村を見る目と同じになった。よりひどいかもしれない。

 

『あなたたちは、人の心がないのですか?』

「ん? 質問の意味がわからないね。どういうことだろう?」

 

 フルゴウルは本当にわかってなさそうだった。

 ウィルが彼女に説明していたが、足りない部分――非人道的部分を木村が継ぎ足した。

 

「なるほど。そういうことか。メッセくんが怒っているのも得心がいった。それなら私に人の心はあると言えるね。メッセくんのように他人を慕えるのも人であり、私のように淡々と考えて実行できるのもまた人だろうからね」

 

 いけない。

 その発言は火に油を注ぐやつだ。

 

『あなたは――』

「――本人に! 本人に尋ねてはいかがでしょうか?」

 

 慌ててウィルが仲裁に入った。見事なタイミングである。

 もう一秒でも遅ければメッセの手が、今度はフルゴウルを襲っていた。

 フルゴウルは木村のように甘くない。おそらく反撃でメッセは死んでいただろう。

 

「ケルピィさん。あなたは意志がありますか? 今の会話が聞き取れていましたか? 聞き取れていたのなら光を二回連続で出してください」

 

 結晶が二回連続で光る。

 偶然と言うにはあまりにもできすぎている。

 

「僕たちはあなたと会話をしたいと考えています。しかし、あなたは現状、そのような姿であり満足な意思疎通ができません」

 

 結晶が二回光った。

 ここまで来ると偶然とは言いづらそうだ。

 

「僕たちは、あなたを会話ができうる姿に変えたいと考えています。専門家を連れてきて、実際にできそうかの検証は必要となりますが、その方向で動いてよいでしょうか。良いなら二回、駄目なら一回で返答してください」

 

 結晶は二回光る。

 さっそく木村は動くことにした。

 メッセを見るのが怖かったからでもある。

 

 

 木村はモルモー女史を連れてきた。

 

 彼女の今の姿は誰なのかさっぱりわからない。女性の姿だが見たことがない。

 ひょっとしてこの姿が本来の姿なのだろうか。寂しげな横顔がとても綺麗で、木村はドキッとしてしまう。

 

「エリュシオンで人気のアイドルですよ。カラオケをこの姿で歌うとルーフォさんがとても喜ぶんです。発狂寸前です」

 

 想像が容易にできる。

 タンバリンをノリノリで叩いていそうだ。

 木村も今度、見せてもらおうと思っている。

 

 それよりも今は合成の話だ。

 実現可能性を尋ねてみた。

 

「できなくはないと思います。完璧な模倣は無理ですが三割方の力は模倣できますし、三割あれば十分かと。結晶の人格を別のモノに合成するという話ですからね。合成と言うより移し替えが妥当でしょうか。それで、結晶内の人格を何に合成するんですか?」

「……何に合成するんだろう?」

 

 まったく考えてなかった。

 少なくとも、不都合なく喋ることができるものでなければならない。

 

 すでにモルモーは、おっさんの知り合いである合成女に変化している。

 能力の詳細を調べているようだ。

 

「合成すると、合成先の人格が消える可能性が高いようですね」

 

 すなわち、ケルピィの人格を人に移せるが、移した先の人格は消える可能性大ということ。

 人相手にはおいそれとできないということになる。

 

「女狐はどうだ?」

 

 おっさんが口を開いた。

 真顔で尋ねるのは判断に困るからやめて欲しい。

 アコニトの人格が、他の人間のそれに塗りつぶされる。まともにはなるだろう。だが――

 

「アコニトの人格が、そう簡単に塗りつぶされるとは思えないよ」

「……それもそうだな」

 

 納得してもらえたらしい。

 これで納得されてもちょっと困るが、とりあえず触れないようにする。

 

「ブリッジの音声案内球体は駄目ですか?」

 

 ウィルが指をさした。

 地図の横に、小さな球体がつるされている。

 本来は、ブリッジ機能のヘルプをしてくれるものだった。

 おっさんが、完全にその役割を奪っているので、このヘルプ機械は最初の挨拶で役目を終えた。

 今ではただの丸っこい飾りだ。

 

 たしかに喋る。

 移動はできないだろうが喋ることはできる。

 

 なんだろう。これでいいのだろうか。

 木村はもっと人らしいものを合成先に考えていたが、他の人間はそうではない。

 「名案だ」、「さすがだな」とウィルを賞賛している。

 ウィルも照れが混ざっていた。

 

 不満なのは木村とメッセだろう。

 ――否。メッセもなぜか納得している。

 「まあ、これならいいか」みたいな顔で頷いている。

 いいのか? あんな球体に上司が移されて。少なくとも自分は嫌だぞ、と木村は思った。

 

「これなら素晴らしいと思いますよ。さっそく合成しましょう。ね?」

 

 結晶は一回だけ光った。

 どうやら木村と同意見なのは、物言えぬ結晶だけということになる。

 

 遅れてもう一度だけ光る。

 

「良かった。気に入ってくれましたか。それではモルモーさん。お願いします」

 

 木村には、Noを二回言っていたように見えたが、ウィルたちにはYesに見えたようだ。

 結晶が抵抗するように点滅を繰り返す。

 

「見てください! 大喜びですよ!」

「早くしてあげよう。すぐに取りかかってくれ」

 

 やはりウィルたちには結晶が喜んで興奮しているように見えるらしい。

 

「はーい、合成しますねー。じっとしてくださいねー」

 

 動けないだろ。

 

 けっきょく結晶は抵抗できるわけもなく、機械玉に合成された。

 

「どうも、みなさん。手を煩わせてしまったようで……。メッセちゃんは無事で良かった」

 

 機械玉から、いかにもな機械的な声が響いた。

 どうやら成功したらしい。しかも結晶と同様にぷかぷか浮いていた。

 

『……隊長』

 

 メッセは目を潤ませて、浮かぶ機械玉を胸に抱いた。

 一見、感動の再会のようだが、木村は機械玉の発言が皮肉と感じてしまった。

 

 「クソ野郎ども。なんでこんな体に移したんだ。『メッセは』無事で良かったね。僕はこんななのに」と聞き取れてしまう。

 

 たぶん気のせいだろう。

 気のせいということにした。

 

 

 ケルピィ(機械玉)との情報共有が始まった。

 

 迷宮が歪んだとき、彼はアコニトや他の獣人といたらしい。

 酒を飲んでいたと聞く。どこにいてもアコニトは酒か葉っぱをやってるなと木村は思った。

 

 獣人たちの特徴を聞き、木村は彼らがカゲルギ=テイルズのキャラだとわかった。

 特にハッピートリガーの使う銃や、慚愧一閃の刀はいかにもな特徴だ。

 

 フルゴウルも慚愧一閃と福音という名に聞き覚えがあったらしい。

 過去に依頼したことがあると話していた。依頼内容は聞かないことにする。

 ウィルは、シエイという名を知っていると話した。神聖術の複合が得意と言っているが木村はよくわからない。

 

 アコニトと獣人三名、それにシエイ、ケルピィは歪んだ空間から出ようと、右に左にと移動を繰り返したらしい。

 なおアコニトは、禁断症状が出たようでどこかに走り去ってしまったようだ。

 そのおかげで木村たちと合流できたので悪運が強い。

 

 とにかくケルピィたちは、歪んだ迷宮を彷徨って、ある男と結晶に出会ったと聞く。

 男の特徴は一般人のようだったとケルピィは話す。異常に気持ち悪い感覚だけがあった、と。

 

 獣人三人が威勢良く、気持ち悪い男に攻撃を仕掛けたらしい。

 ところがあっという間に返り討ちにされた。彼らの攻撃の一切が通用しなかった。

 空間の捻れは彼によるもののようで、彼の前にはあらゆる攻撃・防御がねじ曲げられたようだ。

 

 シエイは、最初からその男に抵抗しようとする気配がなかったと話す。

 実力差をわかっていたのかもしれない。

 

 その男も結晶に関しては手探りな状態だったようだ。

 小さな結晶を獣人たちに埋め込んで、彼らが結晶化した様子を観察していたとケルピィは言う。

 

 竜をおびき寄せる餌に使えるかもしれない、とも話していた。

 彼がドラゴンハンターだと木村も繋がった。

 

 その後は、ケルピィも結晶を埋め込まれ、気がつくとここにいたようだ。

 

 

 けっきょくのところ、そのドラゴンハンターがこの歪みの根源だろう。

 

 結晶に関しては木村もよくわからない。

 そのドラゴンハンターもよくわかっていないのなら、迷宮に備わっていた機能なのかもしれない。

 あるいはドラゴンハンターがボスを倒したのなら、ボスドロップで手に入れた謎のアイテムの可能性もある。

 

「そのドラゴンハンターは倒せそうかな?」

 

 ドラゴンハンターなる謎の男を倒せば、今回の問題は解決しそうな話だ。

 今の戦力で倒せるだろうか。

 

「無理ですね」

「無理だろうね」

「無理だぞ」

「無理でしょう」

 

 ウィル、フルゴウル、おっさん、モルモー(合成女)が声を揃えた。

 二人までなら、ギリギリいけるかもしれないが全員一致となると勝ち目はないだろう。

 特におっさんとモルモーが無理と判断するレベルはお手上げの可能性が高い。

 

「私も外の様子を見ましたが、あの空間変動を一人でやっているのなら、主と同等クラスの使い手とお考えください」

 

 モルモーの主は、冥府の導き手と呼ばれる神の一柱だ。

 彼女の力の断片は冥府でも見た。都市が一瞬で復活していた。意味不明な力だ。

 

「戦いにならないでしょうね」

 

 ウィルの言葉に、他のアドバイザーたちが頷く。

 今回のイベントはこれにて終了ということで良いのではないだろうか。

 

 なんとなくこの迷宮は大丈夫と判断していたが、まったく大丈夫じゃなかった。

 想像していた難易度よりも、ずっと高いことがわかり木村は恐怖した。

 知らぬが仏。もう入ろうとも思えないほどである。

 

「イベント終了まで待ってみようか」

「終了しても直らない可能性はありますね」

 

 すでに、ドラゴンハンターにより迷宮が歪められている。

 これが終了時にどうなるかが問題だ。

 

「ドラゴンハンターは、名の通り竜を探していると聞いた。竜を倒せばどこかへ消えるのではないかな」

 

 木村はおっさんを見る。

 その探している竜はおっさんの知り合いの可能性が高い。

 

「以前話したおっさんの知り合いは、強いの?」

 

 木村は、竜と言わず知り合いと言った。竜と断定すれば彼は答えないだろう。

 おっさんも、感情のわからない表情で返してくれる。

 

「強くないな」

 

 駄目だった。

 駄目ではないか。強くないなら弱いということだ。

 さっさとやられてくれればなんとかなる。

 

「しかしな。探して見つかる奴じゃないぞ。前にも話したが、会うことはできないんだぞ。いくら空間全体をねじ曲げたところで何にもならないな。時間の無駄だぞ」

 

 そういえば、前にもそんな話をした。

 会うことができないとか、寂しいのが好きとか、不変がどうのこうとだったか。

 探しても見つからないことをドラゴンハンターに伝えれば、帰ってくれるだろうか。

 おそらく無理だろう。そもそも会いたいとも思えない。

 

 とりあえず現状で為す術なしということで、いったん解散となった。

 

 

 木村は、メッセの部屋を作って案内してから自分の部屋に戻る。

 

「おぉ。戻ったかぁ。遅いぞぉ」

 

 アコニトが部屋にいた。

 居城である喫煙室でヤニを吸ってると思いきや、こんなところにいた。

 

 ここに来るのはかなり珍しい。

 おっさんに使いにされるか、過去にあったように彼女自身が偽物かだ。

 

「どうかしたの?」

 

 真偽の判断のため話をさせることにしてみた。

 会話をすれば、アコニトの真偽の判定は割と簡単にできる。

 

「歪んだ迷宮を彷徨っておってなぁ。ふと感じたんだぁ」

「何を?」

「うまく言葉にできんのだがなぁ。クスリで意識がトンでるときになぁ。世界を一人で背負っている感覚に襲われることがあるんだぁ。儂が世界を歩くのではなくてなぁ、世界が儂一人の上を歩いてく感覚だぁ。わかるか?」

「わからない」

 

 本当に何を言ってるのか、さっぱり微塵たりとも木村にはわからなかった。

 しかしわかったこともある。このアコニトは本物だ。

 偽物からこの台詞は出ない。

 

「かもしれんなぁ。この感覚はあまりわからんほうがよいぞぉ。儂は好きなんだがなぁ」

「……クスリをするなって話?」

「違うなぁ。儂はクスリをするなとは言わんぞぉ。一度もやったことのない人間が、周囲が駄目だと言うからという理由で、頑なにそのものを否定し、試すこともせんのはどうかと思っておるわぁ」

 

 クスリ以外の話なら、木村も頷いたかもしれない。

 スポーツや食べ物、趣味の話ならともかく、一度手を出して安易に退くことができないものは試すことすらするべきではないと木村は思う。

 

 けっきょくアコニトが何を話しているのかわからない。

 話している彼女自身も困っている様子だ。

 

「これをやる。ばれんようにこっそりやれぇ」

 

 上品な紙の包みを渡してきた。

 中にあるのは粉末状の怪しい物体だ。

 これ絶対ダメなやつ。持ってるだけで捕まるやつ。

 

「用は済んだ。儂は部屋に帰るぞぉ」

 

 木村はふと思い至って、部屋を出るアコニトのステータスを見た。

 信頼度レベルが10になっている。これはレベルが10に達した報酬だったのだろう。

 

「……どうしようこれ」

 

 もらったのは嬉しいのだが、もっと実用的なものが欲しかった。

 そもそも使い方すらわからない。

 

 飲み薬のように水と一緒に飲めばいいのだろうか。

 それともテレビで見るように鼻で吸うのか、それとも火で炙って嗅ぐのか。

 

 使い方がわかったところで木村は絶対に使わない。

 普段のアコニトを見て、これを使ったらいけないと理解している。

 彼女自身が素晴らしい反面教師である。他の何かに使えるかもしれないので、とりあえず保管箱にでも入れておくことにした。

 

 信頼度報酬の処分を決めて、先ほどのアコニトとの会話を思い起こす。

 アコニトは何かを感じたと言っていた。

 

 彼女が自身の感情を話すことは滅多にないので、これもかなり珍しいことだ。

 もしかして初めてだろうか。いや、前に彼女がそんなことを話していたのを聞いた記憶がある。

 

 そのときの彼女の悲しそうな顔も覚えている。

 泡電車に揺られているときだった、と木村は思い出した。

 同郷のケリドが、怪しい機関の一端を担っている可能性があり悲しんでいた。

 

 真偽判定に必死で、アコニトの発言にばかり気を取られていたが、彼女の表情は少しおかしかった気がする。

 いったい何だったのだろうか、悲しいとは違っていた。

 

 消えてしまってから、彼女の発言が気になってくる。

 わざわざ会いに行って聞くのも恥ずかしい。どうしてあのとき真面目に考えなかったのかと自分が嫌になってくる。

 

 自己嫌悪から逃げるべく、木村は本を手に取った。

 迷宮になった王都で手に入れた本である。

 見たことのない文字で書かれている。

 意識すると日本語に置き換わる。

 

“ポルポル水源物語”

 

 読む前からつまらなさそうだとわかる。

 文字を追っていけば、じきに眠たくなって、嫌なことも忘れるだろう。

 

 表紙を開き、最初の一行目を読んでいく。

 

 

 

 読破してしまった。

 

 短いこともあったが、内容がおもしろかった。なぜだか悔しい。

 何年前のことかはわからないが、水不足の話から始まり、ポルポル氏とその周囲が苦心してあのトンネルを作り上げた話が書かれている。

 あのトンネルは迷宮ではなく、ただの水の通り道で正しかったようだ。

 

 その数十年後に川を近くまで引いたこともあり、ポルポル水源は用なしになったようである。

 しかし、川を引くにもまずはポルポル水源があってこその話だ。

 

 わかってはいたが竜の話なんてどこにも書いてなかった。

 地下の道が入り組んでいるのは、脱出路にもなるからみたいな話はあった。

 

 結末として、最初からもっと川の近くに都市を作りましょうで終わっているのも阿呆らしくて良かった。

 

 そもそもどうして川の側に都市を作らなかったのかはどこにも書いてない。

 わざわざ、地下を通して水を引いた理由が書かれてない。その後も川を引いているが、その理由も曖昧だ。

 

 この地から移動できない理由でもあったのだろうか。

 

 そこまで考えたとき、木村の中に閃きが訪れた。

 今まで見聞きした単語が急激に繋がっていく感覚だ。

 

 繋がってはいくが明確な形を持たない。

 繋がりだけを感じて結論にまでたどり着かないのがもどかしい。

 

 木村は部屋を出てブリッジに移動する。

 ケルピィの玉がふよふよと浮いているだけで、他に誰もいない。

 さすがのメッセも、上司を自室に持っていかないだけの感覚は備えていたようだ。

 

「尋ねたいことがあるんですけど」

「なにかな?」

 

 よほど暇をしていたようで、すぐに応答してくれる。

 後でスリープモードにしてあげよう。ずっと意識があると地獄だろう。

 

「地下の水路なんですけど、変なことはありませんでしたか? 本当に何でもいいんです。気になることがいくつかあるんですけど、それがうまく繋がらなくて」

「ああ、そうなんだ。じゃあ、おじさんが見たことを話そうかな」

 

 ケルピィの説明は詳細だった。

 地下水路の地図の目印から、迷宮に移り変わるまでの変化の様子まで気持ち悪いくらい見ている。

 

「黒い檻ですか?」

 

 木村が気になったのは黒い檻という単語だ。

 地下水路の地図に載ってない場所に存在し、檻なのか何なのかすらわからなかったらしい。

 どこか別の道に通じる入口かと思ったが、どこに通じているのか奥が見通せなかったようである。扉もなにもなかったらしい。

 

 扉と聞き、木村は竜のマークを思い出した。

 ただし、それだけではなにも言えない。

 

「後はそうだなぁ。怪我人が不思議と助かったねぇ」

「不思議と?」

 

 死ぬはずの負傷者が助かったことがあるらしい。

 明らかに致命傷で、時間経過もあり、さらに周囲は魔物だらけで生き残っていたようだ。

 

 木村も似たような状況を思い出した。

 メッセである。

 

 木村たちが彼女を見つけたときも、彼女は一人でいた。

 他のところでは、住民も兵士も魔物だって歪んでいたのに彼女は無事だった。

 

「おかしいねぇ」

「竜の力なのかもしれません」

 

 ここまで異常があると、さすがに木村も何かの力だとわかる。

 ドラゴンハンターが歪ませる力だというなら、その不思議な現象は竜の力ではないか。

 

「それにパーティーメンバーの枠が、一つ空いてるんです」

「パーティーメンバー?」

 

 迷宮が歪んでから、入場するときにおっさんに止められた。

 あのときに編成できるのが二人。一緒にいたウィルと、彷徨っていたアコニトの二人。

 そして、後で加入したメッセ。全員で四人ならあと一人は誰だったのだろうか。

 

 もう一人は迷宮の奥で仲間になるものだと思っていたが、もしかしたらもう仲間に入っているのではないか。

 姿が見えてないだけではないのか。

 

 しかし、姿も見えず、おっさん曰く干渉できない謎の存在が、仲間に入っていることをどうやって確認するのか。

 おっさんに聞いたところで黙るだけだろう。そもそも干渉できないのに仲間に入っていたり、不思議な現象を起こせるものなのだろうか。

 

「あ……」

 

 不思議な現象に関してはわからない。

 もう一つの仲間になっているか――会っているのかの確認だけならできそうだ。

 

「すみません。確認することがありました。……そうだ、スリープモードにしておきましょう」

「スリープモード?」

「はい。睡眠状態と言いますか、起きるまで意識を停止しておくと言うんでしょうか。動けず喋れずの状態が続くと辛いでしょう。気がつかなくてすみません」

「……君は外に出てすぐ、戻ってきたんじゃないのかな? 僕は一瞬だったように感じたけど」

 

 自動的にスリープモードになっていたのだろうか。

 いや、そんなはずはない。中途半端に不便なのが、カクレガやブリッジのシステムだ。

 

 木村の中で、繋がりがようやく形になって見え始める。

 あのおっさんが迷宮の中で、メッセに変な質問をしていた。

 

「一つ質問なんですが、――ここに取り残されて寂しかったですか?」

「んー、まぁ、この歳になって言いづらいけど、そうかなぁ」

 

 木村は思い出す。

 おっさんが話していた。知り合いは「寂しいのが大好き」と。

 自分が寂しいのは大好きで、他人が寂しがってるのを近くで見るのも好きだったりするのだろうか。

 

 

 木村は、ケルピィをスリープモードにしてブリッジを出た。

 自室に戻り、トロフィールームに入る。

 

 迷わず竜関連の棚に向かう。

 向かっている途中で、もう答えがわかってしまった。

 

 トロフィーが新たに二つ増えている。

 銅色と金色だ。

 

 銅色のトロフィーを見る。

 体育座りをしている少女がいた。メッセだろう。

 

 題名:“闇竜といっしょ”

 説明:“あなたの側に闇竜がいた。あなたは違和感に気づいた。”

 効果:“自己変化とそれに伴う技の効果が上昇する”

 

 やっぱり会っていた。会うというよりは、いたけど気づかないというべきだろうか。

 どうやら謎の知り合いは闇竜と呼ばれる存在らしい。

 闇の力とおっさんも言っていたことを思い出す。

 

 自己変化というのはよくわからないが、後でおっさんに聞けばいいだろう。

 このあたりの解説ならおっさんもしてくれる。

 

 

 続いて金色のトロフィーを見た。

 

 後ろ姿が描かれているが、明らかにアコニトだ。

 ずぶ濡れで自慢の尻尾がべったりとなったアコニトが、トンネルを一人で歩いている姿である。

 後ろ姿のため顔が見えず表情はわからない。ただ、木村には彼女の背中から不安や恐怖は感じられない。

 彼女が落ち着いた表情で、やや楽しげに歩いているように感じた。

 

 題名:“闇竜の加護”

 説明:“あなたは闇竜の加護を得た。一人で寂しい? それが良いんだ。”

 効果:“闇竜の加護を持つキャラが自己変化術式を使用したとき効果が変更される”

 

 ……もしかして、またアコニトが加護を手に入れたのか。

 きっとそうだろう。そうでなければわざわざアコニトが彫られることはない。

 

 説明文を読んで木村は、アコニトが何を感じたのかようやくわかった。

 彼女は寂しさを感じていたようだ。そして、それが好きとも言っていた。

 

「え? ひょっとして寂しいのが好きってだけで加護をくれたの?」

 

 ちょろい竜じゃないか。

 でも、普通は会えないようだから全体でみればちょろくはないのか。

 それに赤竜も一緒にご飯を食べて、機関に怒ってるだけで加護をくれていた。

 竜の加護というやつは、実はそこまですごいものじゃないんじゃないかと木村は思えてきた。

 

 

 何はともあれ確認すべきだろう。

 

 木村はステータスを今一度確認すべく、アコニトの元へ向かった。

 

 

 

66.イベント「迷宮にて相まみえましょう」5

 

 

 木村はアコニトの詳細なステータスを確認するため、彼女の部屋の前に立った。

 

「開けるぞ。覚悟は良いな」

 

 念のためおっさんにも来てもらっている。

 本当はウィルかフルゴウルにも頼みたかったが、正常な人とこの部屋は相性が悪い。

 

 おっさんが扉の一部に触れると、扉は横にスライドした。

 この部屋は半自動ドアである。

 

 なお長時間ドアを開けっぱなしにすると警報がなるシステムまで導入されている。

 内部の汚い空気が外に漏洩するのを、可能な限り防ぐためだ。

 

 もちろん部屋には換気システムもついている。

 仮にドアを完全に開けたとしても、空気は部屋の外から内側へ流れるようになっているらしい。

 ある意味、換気システムが一番整っている部屋とも言える。

 

 高性能な換気システムのため、木村はこの部屋の異常性に気づくのが遅れた。

 甘ったるい臭いを感じたのは部屋に立ち入り、ドアが閉まってからだ。

 

 部屋の中は薄暗く、よくわからないものが床に散らばっている。

 食堂にある調味料の空容器や、髪の毛が入ったプランターなどと暗闇でわかる範囲でも意味がわからない。

 

 おっさんが照明を付けた。

 

「まぶっ! まぶしっ! 目が! 目が焼けるぞっ! 頭が溶け落ちるっ! 切れっ、灯りを切るんだぁ!」

 

 アコニトが叫んだ。

 部屋の隅でひっくり返って、目を押さえている。

 案の定と言うべきか、危ないクスリをやっていたようだ。

 意識はあるようだが光にやたら過敏となって、叫び声がうるさい。

 

「もう夜だ。静かにするんだぞ」

 

 おっさんがうずくまっているアコニトを蹴り上げた。

 足はノーガードの腹へと綺麗に入り、アコニトが20cmは浮いた。

 

「――おっ! ……あぁぁ、おぁ、ゴポ、ゴェ」

 

 口から空気を出した後で、苦悶の表情で涎と泡を噴き出し始める。

 痛みのせいか、クスリのせいか異様に目が大きく見える。飛び出しそうだ。

 

 蹴りはやりすぎだとも思う反面、静かになってよかったとも思う。

 

「言ったとおりだな。加護を得ているぞ」

 

 どうやらおっさんは苦しむアコニトのステータスを見たらしい。

 木村も見たいのだが、悶え苦しむアコニトの姿が背景になりそうで落ち着かない。

 

「ああ……、ああっ」

 

 アコニトの苦しむ手が尻尾をまさぐり、手に怪しい針を掴んだ。

 その針を自らの太ももに突き刺す。木村は何をやっているんだと呆然とみていた。

 

「あ……。あぁー」

 

 歪んでいた顔が徐々に和らいでいき、恍惚とした表情に変わっていく。

 目が片側だけ半開きになって瞬きを繰り返しており不気味だ。

 舌も口から出ており、木村は怖くなった。

 

 木村は薬中を直視できなくなった。

 スキルのレパートリーは数種類なのに、クスリと状態のレパートリーは少なくとも十はある。

 そもそも毒攻撃はまったく効かないはずなのに、どうしてクスリは効果があるのかもさっぱりわからない。

 

 アコニトから意識を逸らすようにステータスを確認し、“闇竜の加護”なるものがついていることを木村は確認した。

 ステータスのアップもあるようだが、そちらは装備ほど目立つものではない。

 

 どうしてこんな奴に加護を与えるのか。

 与えられた側がこれなら、与える側も与える側である。

 

「自己変化術式ってのをアコニトは持ってるの?」

「スペシャルスキルがそれだな」

 

 なるほど確かに自らの姿を霧に変えている。

 

「それが変化するってトロフィーに書いてあった」

「訓練室で試してみるか」

 

 おっさんがアコニトの耳を二本指でつまんで引きずった。

 よほど触りたくないのがわかる。

 

「あぁー」

 

 痛いのか気持ちいいのかわからない声をアコニトは発する。

 床に散らばる小さなゴミを、より大きなアコニト(ゴミ)で掃きだすように部屋を出た。

 

 

 

 場所は訓練室に移った。

 

 訓練室の真ん中にアコニトが設置された。

 力なく横たわり、「うえあーふるふる」などと人類には理解できない声を出す。

 

 ウィルとフルゴウルにも事情を説明し、来てもらった。

 二人はアコニトの状態に関してまったく言及しない。人間ができている。

 

「準備は良いか?」

 

 おっさんの声がかかる。

 木村が返事をすると、アコニトの周囲に敵が現れた。

 見覚えのある竜である。一番最初のトラウマである赤・青・黄の竜だった。

 それが三体でアコニトを囲んでいる。容赦ないな、と木村は感じる。木村も今でもちょっと怖い。

 

 訓練室の設定で、アコニトのスペシャルスキルゲージは満タンだ。

 木村はさっさとスペシャルスキルのボタンを押した。

 

 アコニトを見るが、何かが起きたようには見えない。

 霧化も起きず、そのままである。

 

 竜たちがアコニトに攻撃を加えた。

 炎、氷、土塊が彼女を容赦なく襲う。

 

 アコニトは死んだ。

 跡形もない。むごい。

 

 彼女の堂々たる死を確認して、竜たちも姿を消す。

 

「……何か起きた?」

「僕は何も感じませんでしたが、スキルは発動していたんですか?」

「うん。二回くらい確認した。発動はしてる」

 

 謎である。

 スキルは発動していたはずだ。

 ゲージが消費されたのを木村は二度見どころか三度見はした。

 設定の都合上、ゲージは消費してもすぐ回復するので何度か押してしまった。

 

 フルゴウルを見ると、彼女は目を開いていた。

 おっさんもアコニトのいた場所を、睨むように見ている。

 木村もつられて二人の視線の先を見るが、アコニトはいない。

 

「……どうでした?」

「何もない」

「ですよねー」

 

 けっきょく眼を開いても何もなかったらしい。

 いつもどおりアコニトが華々しく死んだだけである。

 赤竜の花火と同様に、より正しく発動するための隠し条件があるかもしれない。

 

「喫煙室で復活するのを待ってみます。正常な状態で使えば、また違うかも知れませんし」

「部屋で待つ必要はない。狐くんは死んでない」

 

 移動しかけた木村の足が止まる。

 フルゴウルは「死んでない」と言っただろうか。

 

「死んだ痕跡はない」

「じゃあ――」

「生きている痕跡もない。彼女のいた痕跡すらない。――何もない」

 

 フルゴウルは周囲を見渡して痕跡を探しているようだ。

 木村は、おっさんを見る。彼はまだアコニトのいた位置を凝視している。

 

「アコニトって、もしかしてまだあそこにいるの?」

「いるぞ」

 

 いると言われても、彼女の姿はない。

 フルゴウルにもやはり見えないようで、首を横に振っている。

 

「目に見えているものだけが、全てではないぞ」

 

 そりゃそうかもしれないが、見えていたものが見えなくなるのはその言葉の趣旨と違うのではないかと木村は思った。

 その台詞は心とか精神について言及するときのものではないか。あるいは臭いや音だ。

 凝視している人間の言う言葉でもないだろう。

 

「……もげげぇべとろーん」

 

 しばらくするとアコニトが元の位置から現れた。

 動いていないようだ。相変わらず床にでろーんとみっともなく寝そべっている。

 

 アコニトの尻尾が勝手に動き出し、彼女から離れ、歩いてどこかへ歩き去って行った。

 分離する瞬間を見るのは初めてだ。あんなに自然に離れるのか、と木村はやや新鮮な気持ちになった。

 

「けっきょく、今のはなんだったの? 空気化?」

 

 自身を毒の霧と化し周囲のものを溶かす技から、自分をしばらく空気に溶かす技に変わったのだろうか。

 無敵と言えなくもないが、使い道がパッと思い浮かばない。

 デイリーのサバイバルくらいか。

 

「闇の同化をしているぞ。不完全だな。不変と普遍のわずかしかできていない。不偏はまったく満たしていないぞ」

 

 後半はよくわからない。

 前半だけ聞くと、空気ではなく闇になったようだ。

 闇というよりはやっぱり空気に近い。木村の思う闇は真っ暗闇である。

 

「……闇の同化は僕も知っていますが、こんな神聖術ではありませんよ」

 

 ウィルも疑問を口にした。

 彼の知る「闇の同化」は一瞬だけ物理や魔法攻撃をすり抜けできるものらしい。

 一瞬の無敵化というか緊急回避みたいなものだと木村は考えた。

 しかし、彼の知る闇の同化は姿を消すことはないと言う。

 

「神気をほとんど使わないという変わった特性を持つ神聖術なんです」

 

 つまり消費コストの少ない回避技。

 とても便利そうだ。

 

「想像しているよりもずっと難しいですよ。連続で使えるものでもありませんし、効果を伸ばすこともほぼできません。失敗することもあります」

 

 一瞬かつ一度限りの博打回避ということか。

 アコニトのやったことと比べると大きく違う気がする。

 

「やってみせましょう」

 

 実際にウィルがやってみせた。

 木村の手がウィルの腕を確かにすり抜けたが、アコニトのように姿が消えたりしていない。

 

「全然違うね。ウィルくんがやってみせたのは技だ。精気の消費や性質の変化も目に見えた。狐くんのものは発露が何もない。あまりにも自然体からの隠滅だったよ」

 

 フルゴウルも違いに言及する。

 おっさんも彼女の言葉に同意した。

 

「闇の同化は技ではない。術として起動させた時点で同化はすでに失敗しているな。闇の同化は為ることではない。ただ、そこにいるだけという在り方なんだぞ」

 

 意味がよくわからなかった。

 当のアコニト本人がまったくすごさを感じさせない。

 すごさどころか知性や品格の欠片すら、こぼれ落ちている状態だ。

 

「けっきょくのところ、闇の同化は何なの?」

 

 木村としては、闇の同化が神聖術かどうかみたいな議論はどうでも良い。

 姿が消えて長時間の無敵と考えていいのかどうかが重要だ。

 

「完全な闇の同化なら不変、普遍、不偏の三つの要素を兼ね備えるな。不変はあの女狐がやってみせたことだ。自分自身が誰からも干渉されず、誰にも干渉しない。変わらないし変えられない性質だ」

 

 要するに無敵だ。

 姿も消えているが、おまけみたいなものだろう。

 

「残りの普遍と不偏は?」

「普遍とは『全て』だ。あの女狐の意識や存在は依然としてあの場にあった。場の全体を満たすように広げられていない。正常な状態で使えば、あの女狐でも普遍は満たせるかもしれないな」

 

 見えない霧にはなったけど、一カ所にとどまっている、と木村は考えた。

 霧になってからも動くのをたびたび見たので、こちらはクスリが抜ければできそうだ。

 

「不偏は?」

「不偏は『均一』だぞ。自らを場の全体へ偏りなく散らすことだな。これがとても難しいんだ。濃度だけでなく意識も均一にする必要があるからな」

 

 意識を均一に散らす?

 木村はいまいちわからない。

 もっと言えば、普遍と不変もわかっているとは言いがたい。

 

「どうしてその三つが揃うと闇の同化なんて呼ばれることになるの?」

「闇の同化以外に妥当な呼び名がないからだろうな」

 

 なんじゃそりゃ、と木村は嘆息した。

 木村としてはやはり空気の方がそれらしく感じる。

 

 無敵になれることはわかった。

 合点がいかないことが木村にはまだあった。

 

「メッセや負傷者が無事だったのは闇竜の力によるものだよね」

「そうだな」

 

 やはり木村が想像したことは闇竜の仕業であっているらしい。

 それなら闇竜は、まるで時間停止や魔物払いのようなことまでしている。

 

「不変の効果で、互いに不干渉ならどうしてそんなことが起きたの。何も起きないはずじゃないの?」

「そうだぞ。正確には普遍もあるな。この二つが揃うと、周囲から何も干渉できなくなるんだ」

「……いや、だから何もないならそんなことにならないでしょ」

「――わかりました。いや、はっきりとはわかっていないんですが、なぜそんなことが起きるのかは説明ができそうです。言われるとおり、“その場には何もない。何もないから、何も変化が起きようもない。故に周囲からは何かが起きたように見えた”んですね」

「やや違うが、概ねそうだぞ」

「それは、なるほど、神聖術ではないですね。恐ろしい存在と言えます」

 

 木村はよくわからない。

 フルゴウルはわかった様子である。

 

「あの何もない状態は、空間的な広がりを持ち、その内部では、時間の流れや生命の活動までもが『ない』状態にされるということかな。その広がりから外れたときに活動が元に戻る、と」

「概ねその理解で正しいと思います」

「『ない』わけではないぞ」

 

 木村もフルゴウルの説明でようやく朧気にわかってきた。

 姿が消える無敵状態の時間停止をする霧状態が、闇の同化ということだろうか。

 おっさんは不満そうな顔つきだ。何か違うが何が違うのかをうまく言えない様子であった。

 

 無敵、時間停止、ステルス……言葉にすると盛りだくさんですごいが、戦闘では要するに戦力外ではないか。

 いや、空間的な広がりを持つとも話していた。

 

 敵の範囲攻撃から味方を守ることもできるかもしれない。

 そうなるとかなり便利そうな技になる。ただ、スペシャルスキルを潰すほどの価値があるのか。

 強い技を持ったボス相手には使えるだろう。相手によってオンオフを切り替えれば良い。

 

「ドラゴンハンターとやらはまさに暗中模索をしているんだね。掴みようもないものを掴もうとしているわけだ」

 

 そういえば、迷宮の中のドラゴンハンターは闇竜を探しているらしい。

 時間停止で無敵状態の闇竜を倒すことはできず、そのうちドラゴンハンターも諦めるだろう。

 

 ここまで考えて木村は嫌な予感に突き当たった。

 いかにもドラゴンハンターは闇竜を血眼になって探しているのだ。

 気配だけは感じるとかケルピィは言っていたはずだ。その闇竜はいったい今どこにいる。

 先ほどは機械玉になった寂しいケルピィの側にいたはず。

 

「闇竜ってパーティーメンバーって認識で良いんだよね。もしかしてずっとカクレガにいるの?」

「いるぞ。具体的にカクレガのどこかはわからないが、気配を感じるな」

 

 闇の気配がどんなものかは置いておく。

 闇竜はカクレガにいる。

 

「ドラゴンハンターも、闇竜の気配を感じとれるって聞いたよね。闇竜の気配が迷宮にないって気づいたら、彼はどうするんだろう?」

 

 フルゴウルとウィルも気づいてくれたようだ。

 

「追ってくるんじゃないかな」

「いえ、あの芸当ができるんです。まずは歪みの範囲を広げるんじゃないでしょうか」

 

 おっさんが無言でウィルをピッと指で示す。

 正解と言っているようだ。

 

「どうやら歪みに捕らわれたぞ」

 

 遅かったようだ。

 気づくのが早くても、イベント中のためカクレガは自由に動かせない。

 

「カクレガのステルス機能をアップさせるべきかな?」

「へぇ、ここはカクレガというんだね。うまく隠れていて見つけづらかったよ」

 

 聞いたことのない声が、木村のすぐ背後から聞こえてきた。

 聞こえてすぐ、おっさんに腕をつかまれ、彼の背中側に回された。

 

 ウィルとフルゴウルも臨戦態勢に入っている。

 臨戦態勢には入っているが、ウィルは怯えが見えるし、フルゴウルからは諦めが見える。

 

 おっさんの背中越しに、謎の声の主を木村は見てみる。

 どれほどの相手か興味が湧いた。

 

 特徴のない男だった。

 街並みの中を歩いていれば、一般人Aと認識されるだろう。

 服装は王都のものとは違うが、それでも異質さを示すものではない。

 

 彼よりも、彼の隣に浮く召喚石の方が木村にはよほど目に留まる。

 赤褐色で低レアをうかがわせる色である。

 

「ん~。あの竜はいるな。……君はなんだろう。竜みたいだけど、違う気配もする。どっちでもいいか。倒してしまえば、結果(称号)でわかるからね」

 

 男はとつまらなさそうな乾いた笑いをこぼした。

 木村は男が手を挙げたのを見た。

 

 その手には何かが握られている。

 具体的な物質ではない。その手から伸びる空間がぐにゃりと歪んでいた。

 

「ウィッチ。今日は良い日だ。きっとレベルも上がる。それじゃあ、まずは君から。さよう――」

「ほべぇええええ! ギンギラギンにかがやいとるぞぉ! 太陽だ! 儂を燃やせ! 世界が! 燃えておるぞぉおお、べへべへべ!」

 

 尻尾のないアコニトが奇声を上げた。

 奇声を上げつつ低レアの結晶へと四足で走って突撃していく。

 

 低レア結晶が驚いたようにピカリと光った。

 さらに一般人Aも、奇声の方を向く。その手に握られた空間の歪みもアコニトを向いた。

 

「んごおおおおおおお! 一つに! 儂らは今! 一つになるぞぉ! 目を開いて見るんだぁあああ!」

 

 歪みがアコニトの形を曲げていく。

 痛いのかどうなのかはさっぱりわからない。

 言ってることも、その言葉が何を示すのか誰もわからない。

 アコニトの動きは止まり、その場でぐにゃぐにゃと複雑に捻れていく。

 

 ただ、全員の視線が、歪んでいく彼女に釘付けになっているのは、千載一遇のチャンスであった。

 

 木村は動いた。

 コマンドを開き、歪むアコニトを見つつ、スペシャルスキルのボタンを押す。

 

「ん? ――何!」

「んべぇええええ! 儂は死なん! 儂は永久に不滅なのだぁあああ!」

 

 一般人Aが驚いた様子である。

 アコニトが歪んだ状態のまま、再び動き出した。

 奇声は上げたままで、召喚石から方向を変え、一般人Aへと突撃していく。

 

「天気晴朗ナレドモ波高シ! ヒョオオオオ!」

 

 アコニトが叫び、一般人Aにぶつかった。

 彼女と男の間にあった空間の歪みを無視するように彼女は男を押し倒す。

 まるで逃げ出した珍獣が、町の人間を襲っているようだ。

 

「イッツ・ショータァアアアイム!」

 

 そして、アコニトと一般人Aの姿は消えた。

 

 

 

67.メインストーリー 5

 

 闖入者の一般人Aが、闇の薬中と一緒に消えた。

 

 その場にいた全員がわずかな時間、制止と沈黙をもって状況を見つめる。

 

 真っ先に動いたのはフルゴウルだ。

 消えた二人が戻ってこないと判断するや否や、彼女はすぐさま残されたものの処理に取りかかる。

 彼女は手に筺をつくり出し、残された召喚石に放り投げる。

 

「全力でこの結晶を破壊するんだ!」

 

 ウィルも彼女の声で意識を取り戻し、結晶から距離を取って魔法を使用した。

 おっさんは木村を掴んで、戦場から距離を取る。

 

「キィムラァ。スペシャルスキルを使い続けるんだぞ」

 

 おっさんが何を言ってるのか、木村にもすぐわかった。

 

 スペシャルスキルの連打である。

 訓練室でのみ有効な戦法だ。

 

 アコニトの姿は消えてしまったが、いるのは間違いないようでスペシャルスキルゲージは満タンである。

 姿はないのにボタンだけは配置されていた。

 

 要するにあの二人が出てこないよう、スペシャルスキルを使い続けなければならない。

 木村はとりあえず、ボタンが一定周期で溜まりしだい押し続ける。

 

「攻め手を止めるな! 硬いが押し切れないこともない! 一気に倒すんだ!」

 

 フルゴウルが開眼状態で叫んでいる。

 彼女も筺を攻撃に寄せて、閉じ込めてからの爆発やウィルの魔法を詰めての擬似連鎖を使っている。

 

 低レア結晶は、見た目の色の割に普通に強い。

 

 強いと言うか、異常に硬い。耐久力から言ってボスではないだろうか。

 特に結晶を覆う、空間の歪みでウィルの魔法やフルゴウルの爆発が遮られる。

 

 結晶の攻撃自体は弱いのだが、魔物を召喚する力を持っている。

 魔物からの攻撃が地味に厄介だ。

 

「空間の歪みが突破できない。しかし、あちら側からの術は通っている」

 

 ウィルがぶつぶつと呟きながら、炎、氷、雷、風、土と様々な魔法を結晶に撃つ。

 やはり空間の歪みバリアで、結晶まで魔法が届いているようには見えない。

 

「神聖術が当たったときも、あちらからの神気は漏れている。姿も通す。こちらの神気も完全に逸れているようには見えない。――フルゴウルさん。僕たちの神聖術は、結晶の歪みにぶつかった後はどうなっていますか?」

「消えてはいない。歪んだ空間を進み続けている。歪みの中を彷徨い、届くことなく消えているようだ」

 

 二人は結晶からの攻撃が弱いことを見抜き、周囲の敵の掃討をメインにしている。

 掃討が済みしだい、結晶の分析をしていた。

 

「一方通行ではない。こちらからのルートが歪んでいるだけ。それなら正しく通り抜けるルートがあるはず。――新しい術を使います! 時間を稼いでください!」

 

 ウィルがフルゴウルに知らせ、彼女は頷いた。

 まるでウィルが少年漫画の主人公のようである。

 本来の主人公である木村は、アコニトらが出てこないようボタンをポチポチ押す作業に従事している。

 

「いきます」

 

 どうやらウィルが開発していた魔法がついにお披露目されるらしい。

 木村はスペシャルスキルボタンをポチりながら、ウィルが何をするのか注目する。

 

 彼が懐から取り出したのは石ころだった。

 深呼吸をした後、彼は石ころをおむすびでも握るように両手で包み込む。

 

 目を閉じて集中しているようだ。

 押し寄せる魔物の攻撃をフルゴウルが筺で防ぎ、さらに攻撃へと転じ足止めしてみせている。

 

「――できました!」

 

 ウィルが包んでいた手を離したが、石は石のままだ。

 彼は石ころを、結晶めがけて投げつける。

 

 木村は、石が光って飛んでいったりすると思っていたので期待を裏切られた気持ちだ。

 光りもしないし、自動的に飛んでいったりもしていない。

 

 石ころは結晶に飛んでいくが、結晶の周囲を覆っていた歪みのバリアに遮られる。

 

 訓練室の床に石ころが転がった。

 バリアを貫通したり、石が爆発したりもしない。

 

「……失敗?」

「いや、成功しているぞ。冥府の導き手から力の使い方を参考にしたようだな。立派なものだ」

 

 そういえば、冥府の導き手も石を投げて都市を復活させていた。

 これはあの魔法と同じものなのか、と木村は考えるがどう見ても違っている。

 

 地面に転がった石ころが、かたかたと揺れ始めた。

 石ころから細い線が出てくる。目を細めないと見えないくらいの黒い線だった。

 

 石から出た糸が伸び、結晶の周囲をぐるぐると取り囲む。

 黒い糸は何十、何百と巻き続けていく。石ころは全て線に覆い尽くされ消え果ててしまった。

 

「見つけたようです。――凄まじい歪みですね。まるであの限られた空間だけで無限遠をつくり出すかのような……」

 

 ウィルは、ここから消えてしまった一般人Aに恐れを抱いているようだ。

 卵の球形に糸が絡んでいたが、その糸が徐々に内側に入り込んでいき、糸は結晶をがんじがらめに縛った。

 

「これで! 終わりです!」

 

 黒い糸が徐々に赤みを帯び、結晶に食い込み始める。

 結晶は断末魔のような光をピカピカと明滅させ、地面に砕け散った。

 

 糸が再び収束し始め、あっという間に元の石ころに戻る。

 戻った瞬間に石は砕けて粉となった。

 

「キィムラァ。やったな。ボスが撃破されたぞ」

 

 おっさんが声をあげた。

 やはりと言うべきか、先ほどの結晶がボスだったらしい。

 最初のトンネルで撃破と言われたボスはいったい何だったのだろうか。偽物か?

 

「報酬だぞ」

 

 金の宝箱も出てきた。

 中身を見れば、今度はちゃんと報酬も入っている。

 

 一つだけよくわからない素材が入っていた。

 

“分不相応な成長遂げたウィッチの末路”

 

「それは触らない方が良い。歪んでいるよ」

「フルゴウルさんの言うとおりです。歪みを感じますね」

 

 呪われたアイテムだろうか?

 木村は、アドバイザーの指示に従い、呪いのアイテム以外を回収した。

 呪いのアイテムは触るのも躊躇われ地面に転がっている。

 

 一つの問題は片付いたが、より大きな問題が残っている。

 その問題のせいで、木村は今も定期的にスペシャルスキルボタンを短い周期で押さざるを得ない。

 

「もう一人の方は、ウィルがさっき使った新しい魔法でどうにかなったりしない?」

「無理です。あの結晶を守っていた歪んだ空間障壁は、もう一人によるものです。あの障壁は術者本人が消えて弱くなっていたはずです。――にも関わらず、僕の全身全霊を織り込んだ新術で、辛うじて突破できたんです。本人がいたら通らないでしょうし、ましてや術者本人に対してはどうしようもありません。第一に、彼が手にしていた歪みを前にして、あの術を成功させられる気はしません」

 

 消えている一般人Aはやはり規格外のようだ。

 一縷の望みをもってフルゴウルを見るが、彼女も無理だよと言って首を軽く横に振った。

 

 諦め半分でおっさんを見た。

 おっさんはよくやったなと親指を立てて示している。

 味方と敵でやばい存在が消えたので、彼にしては都合の良い展開とも言える。

 

「ふむ――。先の歪曲人も、倒すことはできないが消えてもらうことはできているわけだ」

 

 それはそうだ。

 しかし、木村が定期的にスペシャルスキルボタンを押さなければならないし、訓練室から出ることも出来ない。

 

「狐くんの『闇の同化』は不完全なんだろう?」

 

 フルゴウルがおっさんを見た。

 おっさんは頷く。

 

「そうだぞ」

「不完全な『闇の同化』でも先ほどの歪曲人を消せる。闇竜とやらは完全な闇の同化を使うことができ、かつ、私たちの味方についているわけだな?」

 

 木村もフルゴウルの言いたいことが理解できた。

 アコニトから闇竜にバトンタッチしてもらえば良いということだ。

 

「闇の同化は完全だが、あいつは味方というわけではないな。勝手についてきているだけだ」

 

 最低じゃないか。

 戦闘の手伝いはしないのに、面倒な奴を連れてきて木村たちを巻き込んでいる。

 

「……それなら勝手に出て行くこともありますか?」

「あるだろうな」

 

 ウィルの質問におっさんも答える。

 さらに最悪になった。めちゃくちゃ身勝手な奴だ。

 アコニトに加護を与えたのが納得できるほどの身勝手さである。

 

「闇の同化なのですが、不変と普遍はわかりました。今のアコニトさんの状態が概ねそうなのですよね。これに不偏が入るとどうなるのですか?」

 

 そういえば、戦闘に入る前にそんな話をしていた。

 不変で無敵、普遍を入れると範囲無敵。これで不完全。普遍が入るとどうなるのか。

 おっさんは答えない。それぞれの性質は答えたのに、どうしてこれには答えられないのだろうか。

 

「僕の予想ですが、これに不偏を入れるとまったくの別物になりませんか?」

「別物?」

「はい。不思議だったんです。『「ない」わけではない』という言葉。それにどうやって気配とやらを感じているのか。闇の同化は、技ではなく一つの在り方とも言われていました」

 

 木村も断片的ではあるが覚えている。

 意味がわからなかったので、シンプルに姿が消える時間停止の無敵技と考えていた。

 

「僕もキィムラァと一緒にあちらこちらを巡り、この世界が何となくわかってきました。そして、アコニトさんやフルゴウルさんが別の世界から来ていることもわかりました。力の扱い方や感じ方が僕たちと違いますからね」

 

 話が変わった気がしたと木村は感じた。

 闇の同化の話ではなかったのか。

 

「それに先ほどの歪んだ方も、その力の種類や存在感から別の世界から来ているとわかります」

「そうなの? カゲルギ=テイルズじゃなくて?」

「違いますね」

「ハハ、あんなのがいたら私の耳に入っているよ」

 

 フルゴウルは笑っているが、別に笑うところはなかったと木村は思う。

 そもそもカゲルギ=テイルズじゃない異世界ってなんだ。

 木村の世界にもあんなのは当然いない。

 こここそが異世界だろう。

 

「もしかしてですが、各地にある扉の先は――」

「ウィル。チュートリアルだ。黙ってよく聞くんだぞ」

 

 おっさんがウィルの言葉を遮った。

 普段よりも圧が強く感じる。ウィルも口を閉ざした。

 木村はスペシャルスキルのボタンをまたポチりと押す。

 

「――今、言おうとしたことは決して口にするんじゃない。考えるだけに留めておくんだ」

「言うと、どうなりますか?」

 

 おっさんは無言である。

 にこやかな顔の裏で何を思っているのかが読めない。

 ウィルも察したようで、首を縦に動かして口にしないと示した。

 

「良いことだ。知ることも本来は良いことではないが、お前はもう知るにたり得る力は得ているだろうな」

 

 遠回しにウィルの成長を褒めている。

 木村も何となくわかったが、今は扉がどうこうよりも現状をどうにかして欲しい。

 

 またボタンをポチり。

 

「けっきょく、そのことが闇の同化がどう繋がるの?」

「闇の同化の完全条件。すなわち不変、普遍、不偏の三つを備えるとですね。おそらく――」

 

 そこでウィルはおっさんを見た。

 おっさんは頷いて話しても良いと示す。

 

「一つの世界が生まれます」

 

 驚いて、ボタンを押す指が一瞬止まったほどである。

 聞き間違えたかと思った。

 

「……意味がわからないんだけど、えっ、世界? なんで世界が生まれるの? 闇の話でしょ」

「いえ、合っているかはわかりません。話を合わせていくとそうではないかと思ったんです」

 

 おっさんが無言なのは合っている証拠でもある。

 違ってたら否定するだろう。ある意味でわかりやすい。

 

「僕は、最初、闇の同化により『ない』状態がつくり出されると思いましたが、『ある』と否定されました。それでは何があるのかと考えていったんです……が、考えるまでもなく、答えは示されていました。『不偏により意識を均一に散らす』んですよね。意識があるんです。見えませんが、感じることができるのは、アコニトさんや闇竜の意識を感じているのでしょう。アコニトさんたちの意識の広がりが在る。言うなれば、あの目に見えない広がりはアコニトさんの意識という空間なのです」

 

 絶対に入りたくない、と木村は思った。

 

「私は絶対に入りたくないね」

「俺もだな」

 

 フルゴウルはわざわざ口にした。

 おっさんも賛同する。そんなにはっきり言われると、黙っていた木村が馬鹿みたいである。

 木村だって声に出して言いたかったのだ。

 

「じゃあ、あれはアコニトの意識の広がりで、アコニトワールドがあるってこと?」

「概ねそうです。おそらくまだ自我……個の形の意識という概念が強く、この世界と分離できていません。そこが不完全なのでしょう。もしも不偏を備えると完全に分離された統一された意識の世界になると思います」

 

 なんだか思ったよりも、ずっとすごいことをしているように聞こえる。

 ……それよりも重要なことを言っていた気がする。

 

「まだ不完全ってことは、あの一般人Aに出てこられる可能性もあるの?」

「ありえます。歪曲人が世界を歪める力を持っているなら、アコニトさんの不完全な闇の同化ならあるいは……。完全な闇との同化なら難しいと思いますが――」

 

 とりあえずボタンをポチる。

 

「微かだが歪んできたよ」

 

 フルゴウルがアコニトのいた場所を見ている。

 ウィルもびくりと震えた。どうやら歪みを検知したようである。

 闇竜にすぐさま替わってもらいたいところだが、出てくる気配はない。クソ竜め。

 

 どうやったら替わってくれるのか。

 闇竜の好きなものでおびき寄せればいいが――、

 

「……あ」

 

 木村は思い至った。

 闇竜が今までどこに現れたのか。

 

「すぐに訓練室を出よう」

 

 どちらにせよ、いつまでもここにいるわけにはいかない。

 一か八かの賭けだ。とりあえず全員で逃げる準備をしてみるとしよう。

 

「しかし、ここから出たところで間違いなく逃げ切れませんよ。何らかの手を打たなければ全滅は必至です」

「いや、ここにいないことが大切なんだ。元に戻ったら誰もいないでしょ。寂しくなるんじゃないかな」

 

 ウィルとフルゴウルも理解はしてくれたようだが納得はしていない。

 木村だって納得はしていないが、他に手立てがない。

 三十六計逃げるにしかずである。

 

 他に案は出なかった。

 最後にボタンをもう一度ポチってから、すぐに訓練室から出る。

 その後はカクレガ全体に放送をかけ、誰かと一緒にいるよう呼びかけた。

 

「出てきました」

 

 ブリッジでウィルが告げた。

 一般人Aの力を感じとったようだ。

 

 全員が固唾を呑んで、成り行きを見守る

 すぐにでも空間が歪むと木村は思ったが、何もない時間が続く。

 

「…………アコニトさんが死亡しました」

 

 これはいつもどおりだ。

 むしろ今まで生きていたことが賞賛に値する。

 木村は今回のイベントのMVPは間違いなく彼女だと思っている。

 もしも生き残れれば、感謝を込めて彼女の脱ドラッグの助けをしようと考えていた。

 もちろん本人は要らん支援だと嫌がるだろうが……。

 

「……あ、これ、すぁ」

 

 ウィルがぽつりと言葉を残して倒れた。

 フルゴウルも目を開いて膝から崩れ落ちる。

 ささやかながら、木村は彼女が倒れないように支えた。

 

「あ、あぁ……」

 

 フルゴウルはどこか一点を見つめて、浅く早い呼吸をしている。

 見上げればおっさんの表情も曇っていた。

 

 どうやら逃走作戦は失敗したようだ。

 

 木村は、自らの旅がここで終わることを感じた。

 死んだらどうなるのだろうか、地球に帰るのか普通に死ぬのか。

 そもそも簡単に死なせてくれるのだろうか。

 

「キィムラァ」

「うん」

 

 おっさんがにこやかな顔で、親指を上げて示す。

 

「――脅威は去ったぞ」

 

 木村は言葉が出なかった。

 しばらくしてから、やっと小さく息を吐くことができた。

 細く長い息が、体から抜けていく。

 

 ウィルとフルゴウルは意識を失っていた。

 間違いなくあの一般人Aは、二人が気を失うほどの力の発露をさせたはずだ。

 

 だが、脅威は去ったとおっさんは話す。

 こちらは本当のことを言わないが、嘘も言わない。

 脅威が去ったと言うことは、あの一般人Aがどこかに行ったんだろう。

 

「闇竜――いや、知り合いがやってくれたの?」

「そのようだぞ。元の位置に帰ったみたいだ。また、会えなかったな」

 

 寂しそうには見えない。

 むしろ喜ばしそうな表情であった。

 

 ただ、脅威は去ったということで、闇竜に関して尋ねるのはやめた。

 今は倒れた二人を横にさせることの方が大切だろう。

 

「二人を医務室に運びたいんだけど、手伝ってくれる」

「もちろんだ。やり方を教えるぞ。木村もウィルでやってみるんだ」

 

 木村は俗にファイヤーマンズキャリーと呼ばれる運び方をおっさんに習った。

 

 まだ問題は残っている。

 とりあえず生き残れたので、次の問題に直面することになるだろう。

 

 ずばり歪んだ王都だ。

 しかし、それは後に考えれば良い。

 今は木村も少し横になって休みたい気分だ。

 

 歪んだ王都のことは、いったん忘れることにする。

 

 

 こうして二人を医務室のベッドに運び、今回のイベント攻略は終わった。

 

 

 

 ―― ―― ――

 

 

 

 時間はわずかに巻き戻る。

 

 訓練室で、一般人Aことアピロとほげほげ言ってる狐が現れた。

 

「戻れたか」

 

 アピロはまず自身を暗い世界に追いやった狐を見る。

 狐は空を見てふごふご言っている。天井に何かあるのか手を伸ばして取ろうとしていた。

 もちろん天井には何もない。アピロもこの存在が何かわからず、下手に手を出すことができないでいる。

 下手に触ると危険だ。

 

「状況は――」

 

 周囲は明るいが、人の姿はない。

 戦闘の痕跡が見て取れた。いったいどれだけの時間あの空間に囚われてしまったかアピロは考えた。

 

「……ウィッチ?」

 

 彼を初めて受け入れてくれた存在の姿は見えない。

 しかし、彼女の気配はする。

 

 場所は――、訓練室の真ん中。

 無造作にコロリと転がっている結晶からだ。

 アピロは恐る恐る近寄った。そして、彼にはないことに解析も使わず、その結晶を手に取る。

 

 アピロにはわかる。

 この結晶がウィッチのなれの果てだと。

 彼女はもう自ら光って、その意志を伝えることができなくなった、と。

 

「どうして……、どうして、こんな…………」

 

 久方ぶりの感覚だ。

 自らの一部が欠け落ちて、立っている感覚がなくなっていく。

 

 この感情の名をアピロはもはや忘れて久しい。

 

 同時に、もう一つの久方ぶりの感覚が彼を襲う。

 自身の力が満ちていく感覚だ。

 

 喪失感と充足感という二つの相反する感覚が今の彼には宿っていた。

 

「はは……、“同朋の喪失”。初めての称号だ」

 

 アピロは喜びと同時に、自身がウィッチを同朋と思っていたことを外部から知らされた。

 称号というシステムは彼の世界に備わる機能の一つだ。

 客観的な事実を伝えてくれる。

 

「レベルも上がった。“到達者”。ついにレベルが9999になったんだ。誰も至らぬ高みにたどり着いた。僕は到達したんだ」

 

 焦がれていたはずの頂点にたどり着いた。

 そのはずなのに、アピロの底から湧き上がるのは熱ではない。

 暗く、どこか寒い冷気が溢れて出てくる。

 

「最後の鍵は竜じゃなかった。ウィッチ、君だったのか。やはり君は僕にとって大切な存在だったんだ」

 

 手に握った結晶にアピロは話しかける。

 結晶はアピロに何も返さない。

 

「なんだぁ? 結晶とままごとをしておるのかぁ」

 

 アピロが、声のした方に目を向けると狐耳の女が彼を見ていた。

 横になったままの状態で、つまらなさそうな表情でアピロを馬鹿にしたような目で見据えている。

 

「君はおもしろい力を使うね。久々に苦戦したよ」

「あぁん? あれはうぬか? せっかく人が良い気持ちでおったのに、れべるがどうこうとか叫び、儂の意識で暴れておった無邪気な童は?」

「童?」

 

 アピロは笑ってしまう。

 この狐耳は何もわかっていない。

 奇妙な力を使えるだけだ。彼はこの狐耳よりも遙かに長い時を生きている。

 

「まあ、いいさ。僕はね。たどり着いたんだ。大切なものは失ったけど、そのおかげで全ての頂点に立つことができた」

「ほぉーん」

 

 アコニトはすでに男から興味を失っている。正確ではない。最初から興味などない。

 香でも焚くかと、彼女は尻尾をまさぐるが尻尾はどこかに行ってしまっていた。

 

「――わかるかい。僕が今までにどれだけの道を歩いてきたか」

 

 香は焚けないし、尻尾は勝手にどこかへ行っている。

 それに知らない男が勝手にわちゃわちゃと並べ立てて、アコニトは不愉快だった。

 カクレガのほぼ全員がふだん彼女に抱く想いを、彼女は目の前でぺちゃくちゃ喋る男に抱いた。

 

「素晴らしい功績だぁ。うぬの名はなんだぁ?」

「アピロだ」

 

 アピロは誇らしげに名乗る。

 アコニトも頷き、体を起こした。

 胡座をかき、頬杖ついてアピロを見上げる。

 

「よぉし! 童アピロよ。頂点に立ったうぬに、神である儂が神託をくだそう。儂が神託を下すことは滅多にないぞぉ。心して聞くんだぁ」

 

 アピロは狐耳の女を黙って見下ろす。

 神を名乗る狐耳が滑稽であったが、その所作には幾分か真に迫るものを感じた。

 

「うぬはなぁ。なぁんにもなれずに死ぬぞぉ。大したことをやってのけていると誇っているようだがなぁ。そんなことは人に胸を張って言うことではないぞぉ。なぁにが、れべる9999だ。意味がわからんわぁ。聞いていて恥ずかしい、勘弁してくれぇ」

 

 アコニトがゲラゲラと笑う。

 表情はおもしろいくらい柔軟に彼女の気持ちを表していた。

 

 逆にアピロは表情が固まっている。

 無意識的に彼の手には歪曲剣が握られていた。

 

「黙れ。僕は到達者だぞ」

「ヒャヒャヒャ! なぁにが到達者だぁ! 笑いの頂点に到達したのかぁ? ん~? 素晴らしい功績だなぁ!」

「僕は――」

「すまなかった」

 

 アコニトが笑いを止め、凜々しい顔つきで謝罪をした。

 あまりの変わり身にアピロは思考が止まった。

 

「うぬは見事に成し遂げたんだなぁ。立派だぁ」

「え、あ。ああ」

 

 アピロは狐につままれたような気持ちである。

 まるで心からの言葉に聞こえた。ぼんやりとアコニトの顔を見つめる。

 

「うぬは誰にも成し遂げられんことを成し遂げた」

「そうなんだ。僕は――」

「だがなぁ。人はそれを賞賛はせん。うぬが他人をどうでも良いと思っているように、他人もうぬをどうでも良いと思っておるわぁ。わかるか? うぬのやっていることは、空想の中でひたすら高い砂の城を築くだけのことだぁ。いずれ崩れるし、高いことに意味なんてないと誰もが気づいておる。それに気づかないから、うぬは童なんだぁ。――儂の言っとることがわからんだろぉ? だからな。もう黙っておれよ、小童。部屋の隅にて、れべるとやらをせっせとあげておけ、なぁ。儂はもう寝るから、後は一人で好きにせい」

 

 アコニトはそのまま後ろにごろりと倒れた。

 そして、いびきをかいて寝る。

 

 アピロは歪曲剣を振り回し、狐耳の女を跡形もなくねじ曲げた。

 たった一振りなのに、彼は肩で息をしている。

 

「お前に! お前に僕の何がわかる!」

 

 もちろん返答を期待したものではない。

 すでにアコニトは死んでいる。

 

 彼は歪曲剣に、彼の全身全霊の力を込めた。

 周囲がどんどんと捻れていく。

 

「全てをねじ曲げる!」

 

 そうすれば、そうすればきっと――

 

「そうすればどうなるんだろうか?」

 

 レベルは上がるか?

 ――上がらない。

 

 気は晴れるか?

 ――晴れない。

 

 ウィッチは帰ってくるのか?

 ――帰ってこない。

 

 アピロは頂点に到達してしまった。

 

 同じ高さには誰もいない。

 下をみても、誰の姿も見ることはできない。

 登っている途中は楽しかった。無我夢中で上を目指していた。

 他の人と競い合い、時に蹴落とし、ねじ曲げて、がむしゃらに頂点を目指した。

 

 これからどうする?

 どうすれば良い?

 

 尋ねようにも応えてくれる人はいない。

 友も、仲間も、家族も、敵も、共感してくれた人もいなくなった。

 

 自らがねじ曲げてしまった。

 

 彼は、自らの歪みの中にただ一人でいる。

 いつも一人だ。

 

 しかし、昨日は一人ではなかった。

 もう戻れない。右手に握った結晶は何も共感してくれない。

 

 狐耳の言葉がアピロの頭の中に響き渡る。

 「後は一人で好きにせい」と、毒のように彼の意識を侵していった。

 

「僕は――」

 

 彼の心に寂然とした気持ちが宿った。

 誰もいない。いや、人がいるのはわかる。空間は把握している。

 多くの人がいて、雑然と動いている。彼らはみな繋がりを持ち、一緒に行動していた。

 

「僕は一人で――」

 

 彼の周囲を暗闇が覆った。

 世界が暗くなる。この闇は良くないものとアピロも感じたが、抵抗する気は起きない。

 

 今は誰も感じたくない。

 誰もいないところで一人でいたい。

 

 この暗闇がそれをもたらしてくれるなら――。

 

 

 訓練室から、ひっそりと一人の姿が消えた。

 

 

 

 アピロはいつか暗闇から抜け出すだろう。

 

 それでも彼はずっと一人のまま、誰にも共感されることはない。

 

 彼にとって唯一の救いは、彼が登攀を楽しんだレベルによって、彼自身が消し去られることである。

 

 

 

 だが、その未来は遙か遠く、まだ足音すら聞こえていない。

 

 

 

68.あとかたづけ 前編

 

 今回のイベントを歪ませた大きな問題は消えた。

 

 闇竜とイベントボスという、無視できない大きな問題もまとめて消え去ってくれた。

 イベント期間をまだ一週間以上も残して、諸処の問題発生源が消えてくれたことになる。

 

 木村は異世界に来るまで、問題というのは大抵一つであり、それを片付ければ良いものだと思っていた。

 異世界に来て、問題というのは複雑に絡み合っているものだ、と身を以て知った。

 

 今回の件もまさにそれである。

 大きな問題が引き起こした(木村から見て)小さな問題が王都に残っている。

 

「わかってはいましたが、歪みが消えませんね」

 

 カクレガの外に出て、ウィルが王都を遠目に見て呟いた。

 歪みが消えていないことは木村でもわかる。

 

「そうだね」

 

 城壁の側面から斜め上に向かって城の先端部分が生えている。

 放置して消え去りたいが、イベント期間はまだ残っており動けない。

 仕方ないので、できることはしていくことにした。

 

「イベント期間が終わったら消えそうかな?」

「無理だと思います。歪めた本人はどこかへいなくなりましたが、彼の行使した力はご覧のとおり残っています。ボスの結晶に行使していた力とは比べものにならない大きな歪みです。簡単に消せるとは思えません」

 

 木村は、黙って王都を見ていたフルゴウルを見る。

 彼女も同感のようで軽く頷く。

 

「ウィルくんの発言に付け加えるとすれば、都の迷宮化と歪みは別物だね。迷宮化の方はボスがいなくなってから進展が見られない。期間終了で消える、ないしは弱まることは考えられる」

「どういうことですか?」

「歪みだけが残る可能性があるということだよ」

 

 それがつまりどういうことなのか、と木村は尋ねたつもりだった。

 フルゴウルも木村の質問の根幹はわかっている。

 

 しかし、彼女も「歪みだけが残る」ということがどういうことかを説明できるほど、現象に通じているわけではない。

 少なくとも彼女はこのような現象を過去に見たことも聞いたことはなかった。

 可能性は頭の中にあるがまだ口に出す段階ではない。

 

『もう元には戻らないのですか?』

 

 頭の中に声が響く。

 今まで黙って歪んだ王都を見ていたメッセが口を開いた。

 口は閉じたままなのだが、抑揚のない声で疑問が頭に直通で届いてきた。

 彼女の顔は、抑揚のない声の割に不安そうである。

 

「戻らないね」

 

 木村とウィルが返答を躊躇う隙も与えず、フルゴウルがメッセの問いに返答した。

 無慈悲な返答ではあったが、メッセもその答えに怒りは示さない。

 むしろ中途半端な回答よりも潔いとしたようだ。

 

「歪みきっている。完全には戻らないが、ある程度なら戻せるかもしれない」

「可能性はありますね」

『本当ですか?』

「まずは現地を実際に見てみましょう。歪曲人とボスがいなくなって変化があるかもしれませんから」

 

 そういうわけで、また迷宮化した王都に入ることになった。

 

 

 歪んだ王都に入るが、木村の見る限りで変化はない。

 空間があちらこちらに繋がっているし、歪曲した住民はそのままだ。

 

 戦闘メンバーはウィルとフルゴウルのアドバイザー二人。

 それにゾルとボローという、攻略中はほぼ無言の二人を入れての合計四人である。

 

 全員の会話量の平均を取ると、ちょうど良い値になる。

 ちなみに探索をするときは、喋る方と無口な方が逆転する。

 

 戦闘になるとゾルは極めて機械的であり、ボローと区別ができない。

 探索ではあんなに笑顔で草むらを駆け回り、はしゃいでいるのにどうして……。

 いや、でも魔物を笑顔ではしゃぎながら殺し回るのを見るのも嫌だな、と木村は冷静になった。

 

 なお戦力は過剰すぎる。

 歪んだ魔物を倒すのにウィルの魔法だけ余裕でいける。

 ゾルとボローの役目がまったくない。フルゴウルもほぼ見ているだけだ。

 

 メッセは戦闘の邪魔なのでブリッジに移ってもらった。

 機械玉になったケルピィが、ブリッジの機能にアクセスできるようなので、施設の拡充を図った。

 ちょうどボスから建設素材がたくさんドロップしたのも後押しになっている。

 ブリッジの拡充は要求素材が多いのだ。

 

 拡充した結果、機能がいろいろと増えた。

 まずブリッジからの支援要員が二人になったのがとても効果が大きい。

 バフ要因と回復要因、すなわちセリーダとペイラーフを同時におくことができる。

 ペイラーフは王都よりも花の世話が忙しいようで、ブリッジにはいない。

 代わりにメッセが支援要員入っている。

 

「すごい歪んでるねぇ」

『隊長。もっと真剣に見てください』

 

 機械玉になったケルピィとメッセの声が聞こえる。

 メッセの後方支援効果が、ブリッジにいるメンバーとの会話ができることだった。

 地味に悪くない効果である。実地戦力にはならないが、ブリッジにいるメンバーとのリアルタイムでの情報交換が可能だ。

 幅広い視点と気づきが求められる調査では、メッセをおいた方が役に立つかもしれない。

 

 そして、拡充機能のその二が映像の遠隔通信だ。

 今まではブリッジにいるメンバーは、カクレガから見える光景しか見えなかった。

 拡充により、今のようにカクレガから離れた位置の映像がブリッジから見えるようになった。

 

 ただし、神目線ではない。

 木村の横にふわふわと目が浮いている。

 比喩抜きで眼球が浮いていて、これの見る光景がブリッジのモニターに飛ぶらしい。

 眼球も完全な球体ならまだ良いが、視神経らしき紐もついており、地味にリアリティがあって木村は気持ち悪いと感じている。

 

「歪んだ住民を倒してみようか」

 

 木村が浮かぶ眼球を見ていると、フルゴウルがアイデアを口にした。

 パーティーメンバーの誰もが考えていて、躊躇していたことがついに議題に上がった。

 

『彼らは罪のない王国民です。あなたは無辜の命に手をかけようと言うのですか』

「そうなるね。倒したら歪みが解消する可能性もある。試しておいて損はないと思うが、どうだろうか」

『損はない? 命が損なわれるでしょう』

 

 空気は険悪である。だが、実は木村も気になっていた。

 前の攻略時は倒さない方が良いと言われたので、歪んだ住民たちに手を出していない。

 

 もしも倒してアイテムが手に入るなら倒したい。

 歪んでしまって戻せないなら、倒してもかまわないのではないか。

 あるいはフルゴウルが言うように、倒すことで彼らの歪みが解消する可能性もなくはない。

 

 ウィルとケルピィが間に入り、犯罪者らしき人で試そうということで落ち着いた。

 ケルピィがその住民を判断して、ウィルが苦しみもなく一瞬で燃やし尽くすという処置だ。

 

「ウィルくん。右の奥にいる、ナイフを持った女性を倒してもらってもいいかなぁ」

 

 ケルピィが声をかけてきたのは、王都のどこかの路地裏だった。

 牢屋かどこかで罪人を倒すという話だったが、倒せという人間は歪んでこそいるが普通の女性だ。

 地味そうな服で、小さな鞄まで手に持っている。

 

「……一般的な女性に見えますが、本当に良いのですか?」

「うん。やっちゃって」

『隊長。説明を』

 

 ウィルも躊躇っている。

 メッセが、ケルピィに説明を求めた。木村も聞いておきたい。

 

「めんどくさいよぉ。どれくらい説明すればいいの?」

『自分が納得するまでです』

 

 木村は、メッセとケルピィの会話を聞いているとどちらが偉いのかわからなくなる。

 公的な立場ではケルピィの方が上のはずだが、普通に会話をしているとメッセの方が上に感じる。

 

「うーん。ウィルくんは一般的な女性と言ったけど、王都の一般的な女の子はナイフを持ってないんだよねぇ」

 

 それはそうかもしれないと木村も思った。

 しかも女性が手に持ってるナイフは木村の目から見ても果物ナイフと言った可愛いものには見えない。

 刃は細身で長く、彼女の持ち方も様になっている。刺されたら普通に死にそうだ。

 

『……それだけですか。護身用の可能性もあります。殺す理由としては少なすぎます。却下です』

「それじゃあ、もう少しだけ。彼女はどうしてここにいるの?」

 

 薄暗い裏路地だ。

 細かい服装は歪んでいるが、あまりこの暗い雰囲気に似つかわしくない。

 

『通りかかっただけではないですか』

「考えづらいねぇ。ここはウィシュミット通り東の外れだ。王都が歪んだ時間帯は夕刻だよ。このあたりはすでに店じまいしてる。彼女、このあたりへのお出かけにしてはお洒落をしすぎてないかな。靴のかかとも減ってないし、履き慣れているようには見えない。鞄も持ってるようだけど、何が入ってるんだろう。気になるね」

 

 右手にナイフ。左手に鞄。

 靴は見ても木村にはよくわからない。地味な靴だ程度である。

 

「メッセちゃん、知ってる? この辺りは兵士の巡回時間が日によって決まってて、この時間帯は通らないんだよ。僕はサボってよく来てるから詳しいんだ」

『そんなことを自慢しないでください。隊長が言いたいのは、彼女はスパイということですか』

「スパイならもっと場所を選ぶんじゃないかな。こんないかにもなところで会う必要もないでしょう。ほら、お祭りのときにいろいろなところから人が来てたじゃない。彼女の顔立ちはウィルメック地方に良くいる、顎が長くて目尻が鋭いタイプの典型だ。あそこはウィラニ宝石の原産地だよね。あの宝石は正規の手続きで入れると、時間もお金もかかるよねぇ。ところで、この通りには取り扱いのある店があったね」

『……密売人だと?』

「うん。あっ、ほら、手首のここ。アユーラ蛇のタトゥー。密売組織『サバンダの蛇』の一員だよ」

『最初からそこだけ説明すれば良かったんですよ。まったく』

「えぇー。いま、見えたから仕方ないでしょう。捕まえられるなら、その方が良いけどね。けっきょく処刑は免れないでしょう」

『わかりました』

 

 会話だけしか聞こえないが、メッセは納得したらしい。

 話を聞いていたウィルも心なしか、顔に安心が見えている。

 フルゴウルはやや呆れ気味だが、木村も今回は彼女の心境に近い。

 そこまで確認しないと殺してはダメなのか。あるいは、その理由なら殺していいのか、である。

 

 やります、と言ってウィルは炎を歪んだ女性に飛ばす。

 炎が女性に着弾し、女性ははあっという間に燃え尽きた。

 

 そして、金色の筺を残して消えた。

 

「アイテムは出るんだ。魔物と同じ扱いだ」

 

 地下水路の本来の迷宮に出てくる歪んだ魔物は倒したことがある。

 彼らは普通にアイテムをくれることは検証済みだ。

 アイテムの中身はそのままだった。

 歪んでいない。

 

 木村は金色の筺の前に屈み、中身を読み上げる。

 

“『サバンダの蛇』幹部ミルドレアの血吸いナイフ”

 

 名前は立派だ。

 強そなナイフに見えるが、ただの素材である。

 加工しないと装備すらできないし、経験から言って大層な名前の素材はしょぼい。

 

『――ミルドレア。自分の間違いでなければ、あの“ミルドレア”ですか』

「だろうねぇ。まさかこんなところにいるなんてねぇ。殺すのはもったいなかったかもしれないなぁ」

 

 ブリッジの二人は驚いている。有名人だったようだ。

 王都で歪まされて、魔物になって倒される。彼女も被害者かもしれない。

 

 木村は拾わずにアドバイザー二人を見る。

 ボス結晶のアイテムは歪んでいた。これも歪みがある可能性がある。

 

「こちらのアイテムには歪みが伝播していませんね」

「そのようだ。拾っても大丈夫だよ」

 

 木村は金の筺を拾う。

 どうやらこちらも歪んだ魔物と同様にアイテムまで歪みは伝わっていないようだ。

 

 ところで、そろそろアイテムの見た目を変えて欲しいと木村は思っている。

 フルゴウルの筺とほぼほぼ同じなので、爆発するんじゃないかと不安になるときがある。

 トロフィーの効果をオフにすれば、すぐに戻るのだが、普通の宝箱になると持ち運びが不便で仕方ない。

 

「アイテムは歪みなし。アイテムから人に戻すことは不可だろうね。……様子がおかしい」

 

 振り返れば目を開けたフルゴウルがいた。

 慣れてはきているが、やはり目を開けた状態はまだ怖い印象がある。

 

「何かおかしいことがありましたか?」

「精気が戻り始めている。離れるべきだ」

 

 木村たちは歪んだ魔物を倒した地点から距離を取った。

 離れて見ていると、歪んだ人間が復活した。

 

「復活した……」

「倒しても復活する、と。王都の住民に元から復活する力があったわけではないね?」

『あるわけないでしょう』

「それでしたら迷宮の雑魚モンスターと同じ扱いになってるかもしれません」

 

 一歩前進だ。

 倒しても復活するなら遠慮なく倒せる。

 素材もざくざく稼ぎつつ、歪んだ王都を回れることになる。

 

「これは……、まずいかもしれません」

「どうして?」

 

 ウィルは困った顔をしている。

 フルゴウルは困ってこそいないが、どうしたものかと考えている様子だ。

 

「一度戻らないかな。このまま見て回っても良いが、目的の共有もできていなければ時間と労力の無駄になりそうだからね。――時間が惜しい」

 

 時間が惜しい、とはどういうことか木村は尋ねたかったが、アドバイザー二人はすでに帰途につこうとしている。

 

 アドバイザー二人に逆らえることもなく、木村たちはカクレガに戻った。

 

 

 ブリッジにはアドバイザー二人と、メッセ、機械玉ケルピィ、それにモルモーがいる。

 

 モルモーはまた冥府のアイドルの姿になっていた。

 儚げな横顔を見せて、椅子に佇んでいる。

 

 木村も彼女を見ていて幸せなので何も文句はない。

 むしろ、ずっとその姿でいて欲しいくらいだ。

 

「それでまずいっていうのは? 倒しても復活するなら安全でしょ」

 

 木村は尋ねる。

 同時に彼の思っていることを述べた。

 

 木村の言う安全というのは、『倒しても住民は死なない』のが安全ということだ。

 冥府の導き手からは、『慎んで』行動しろと釘を刺されている。

 死なないなら彼女の怒りには触れないだろう。

 モルモーもほっと息を吐いていた。

 

「今はそうです」

 

 ウィルが短く答えた。

 木村とモルモーがウィルを見た。

 

「今は?」

「はい。あと七日ほどでイベントが終わり、迷宮はなくなるのでしょう」

「たぶんそう。でも、残るかもしれない」

「迷宮が残るなら問題ありません。このままですからね。ただ、フルゴウルさんが今朝言われたように、迷宮と歪曲は別物です。問題は――迷宮だけがなくなり、歪みが残る場合です」

「……どうなるの?」

「魔物は迷宮と一緒に消えるかもしれません。それでは、住民はどうでしょう? おそらく消えないでしょう。元からここにいた人たちですからね。こちらも迷宮とともに消えてくれるなら問題ありません」

『大問題です』

 

 メッセは冷たくウィルを睨んだ。

 ウィルは「失礼しました」と自分の失言をわびる。

 「住民が消えても問題です。しかしながら――」と続ける。

 

「迷宮だけが消え、歪曲が解消されない場合はより大きな惨事が生じます。そもそも今の彼らがあの歪みを受けても生きているように見えるのは、迷宮という場の影響を受けて半ば魔物になっているからです。これは間違いありません。普通なら歪みに堪えきれず死にます。僕でも死にます。間違いなく堪えきれる人間なんていません」

 

 ウィルはここで言葉を切って木村を見た。

 木村はモルモーを見る。彼女は顔色が明確に悪くなっている。

 

「つまり、迷宮が消えるとき――イベント終了時に王都の住民が全滅するって理解でオーケー?」

「そうなると考えてもらっていいです。これは僕の考えですが、どうでしょうか?」

 

 ウィルがフルゴウルを見た。

 彼女は頷く。

 

「私も同じ結論に至った。そのため対策を考えている。死者が多数出ることは私の望むところではない」

 

 メッセがフルゴウルの言葉を意外そうに捉えている。

 勘違いである。これは「助けたい」という慈愛による言葉ではない。

 「助けないと、私が冥府の導き手に殺される」という焦りの籠もった言葉である。

 わざわざ口にする必要もないので木村は黙っている。勘違いでも喧嘩腰にならないことは良いことだ。

 

 それに喧嘩をしている場合でもない。

 タイムリミットがある。

 

「キィムラァくん。この迷宮はいつまであるんだったか?」

「一週間――だいたい七日ほどですね」

「正確に言ってくれ」

「えっと、八日と半日です。えっと、ですから……九日後の朝早くに終了しますね」

「八日と考えていいだろう。王都は現在、迷宮と歪曲が混在し、八日後に迷宮が消失する。迷宮が消滅することで、王都の住民は高確率で全滅すると考えられる。全滅を避けることを最重要課題と位置づけ、残りの日程を進めていきたい」

 

 期限を確認し、フルゴウルは現在の状況と問題をまとめる。

 それに全員が今後考えるべきことを意識させる。

 この手際には木村も舌を巻いた。

 スピード感が違う。

 

「二つの戦略を考えた。一つは迷宮を残す戦略。もう一つは迷宮が消えるとして、歪曲も解消する戦略だ」

 

 一つ目は、歪曲が残るとして、迷宮も残すことで住民を死なないようにするのだろう。

 もう片方は、迷宮が消えた際に残る歪曲を消し、住民が死なないようにするというものだ。

 

 どちらも住民が死なない方向であることは変わりない。

 ここが大目的である。この目的を達成するための戦略なのだ。

 

 モルモーがブリッジの黒板にフルゴウルの発言をメモし始めた。

 まともそうな会議になりつつある。木村も文字にしてもらえるとわかりやすくて助かる。

 

 イベントも四回目の中盤を迎え、初めて黒板が使われた。

 今まで飾りだったので強化もしなかったが、とうとう日の目を見るときが来たのだ。

 

 明らかに不便そうだ。

 書きづらそうだし、消すのも手間だし、チョークが折れる。

 今後を考えると拡充しなければならないだろう。

 

 ……今でもいいな。

 席を外して素材を投入してこよう。木村は思い立った。

 

「ちょっと黒板を拡張してくる。議論は続けてて」

 

 家具マシンにいき、黒板を強化する。

 あっさりと四段階ほどで拡張限界を迎えた。

 他の部分は強化するたびに、コストが数倍以上になるが黒板は安い。

 戦力にほとんど関係しないからかもしれない。他は大小さまざまだが、戦力に関わる物ばかりだ。

 

 戻ると黒板が変化していた。

 机の真ん中に透けるホワイトボードのような物が浮かび上がり、文字が浮かんでいる。

 どうやってか文字も出ている。モルモーが見慣れないペンを持っていた。

 もしかしたらあれを持っていると考えるだけで文字が起こされるのか。

 

 木村は便利だと思う反面で、会議の限界を見た気がする。

 どうあがいても、これが便利の最終段階と言われているような気がした。

 

 とりあえず書き起こす手間は大幅に減ったのでそこは満足だ。

 文字の色や強調点を付けることで、何をしなければいけないかや期限も伝わる。

 さらに日程表や、役割分担がチャートとなっており一目で全体像を把握できるのもBIツールらしくて良い。

 

 王都の地図が出てきたが、かなりあやふやだ。

 聞いたところ、ケルピィの記憶を頼りに構築されたらしい。

 記憶だけでここまで構築できるならすごいな、と木村も感心した。

 

 黒板の強化は短時間だったはずだが、議論は迅速に進んでいたようだ。

 二つの戦略のうち一つ目――迷宮を残すに×印が付いていた。

 

 詳しくみていくと、迷宮を残す方法が「?」で記されている。

 さらに、“王都の住民が歪んだまま残る”と確かな問題も残されていた。

 死なないのは良いが、歪んだまま生き続けるのはそれはそれで問題に違いないだろう。

 

「さて、もう一方の歪みを消す方法だが、何か案があるかな?」

 

 もちろん誰も何もない。

 迷宮を残す方法か、歪みを解消する方法のどちらかを見つけ出さないといけない。

 

 前者はすでに消されているが、難しいのは明らかだ。

 まずどうやって迷宮化したのかが、さっぱりわからない。

 木村たちがいる世界よりも一段上の存在によって、作られたと言っても過言ではない。

 

 一方で、後者は、原因の根本がわかっているし、実際に力の行使も見た。

 倒すことはできなくとも、問題を作り出した原因そのものを消すことはできた。

 

「アコニトの不完全な闇の同化で包んでもらうってのはどうなの?」

「無理だぞ。女狐はそこまで広範囲にできない」

 

 今まで無言だったおっさんが否定する。

 

「すぐに効果も切れるからなぁ」

 

 木村も自らの発言の問題点に気づく。

 消し続けることができたのは、あくまで訓練室だったからだ。

 外なら使い続けることはできないし、範囲もやはり狭すぎる。王都をまるごとなんてもってのほかだ。

 

 パネルの作戦欄に、“アコニト×”と示された。

 何も知らずにパネルを見たら、アコニトがダメみたいに見えるなと木村はクスッと笑った。

 

 けっきょく、まともな案は出ない。

 さらに詳しく王都を見て回らなければならないということで初回の対策会議を終えた。

 

 

 王都を夕方まで巡り、成果を得られずカクレガに戻る。

 

 木村もシャワーを浴びて、ベッドに突っ伏した。

 どうしてこうも問題ばかり起きるのかと、ややうんざりな気持ちだ。

 

 イベントのたびに問題が起きている。

 最初はより大きな存在が問題を片付けてくれていた。

 木村たちはその問題に巻き込まれて見ているだけで済んでいたのだ。

 

 今ではより大きな存在も出てきてはいるが、木村たちの力も行使しないと解決しなくなっている。

 指をくわえてみているだけでは、問題が解決しなくなった。

 

 地味に成長はしているが、これはこれで辛いと考える。

 特に木村自身にさして力がないのが辛い、と彼は思っていた。

 

 仲間をこき使うことはできるがそれだけだ。

 彼自身には強敵を倒す力も、素晴らしいアイデアが湧き出ることもない。

 

 仲間が増え、さらに彼らの力が高まるにつれ、木村は自身の無力さを感じるようになる。

 これはあまりにも自己否定が過ぎるというものだが、この悩みを自動で解決してくれる存在はいない。

 木村がおっさんやアコニトに相談すれば、自己肯定に転じることもできるのだが、彼の浅くつまらないプライドがそれをしなかった。

 

 これは別に大きな問題ではない。

 よくある思春期の、よくいる少年が持つ、どこにでもある思いだ。

 ほっとけば時間が勝手に解決する。解決はするが、下手に時間に任せると変な方向に転がる。

 

「……あっ!」

 

 木村は彼にできることがまだあったと思い出す。

 顔を横に向けて、その扉を見た。

 

 彼にしか入れない領域が、彼の部屋にはあるのだ。

 ベッドからすぐさま起きて、トロフィールームへと足を踏み入れた。

 

「良かった。増えてる」

 

 目に映る範囲でトロフィーが増えていた。

 トロフィーどころか部屋自体が広くなっている。

 棚も追加で増えていた。どこまで広くなるのだろうか。

 

 増えて悪いことはない。トロフィーで入手出来る効果は唯一無二のものが多い。

 現状を打破できる可能性もある。

 

 金トロフィーは増えてなさそうだが、銀トロフィーでも現状に刺さる効果があれば御の字だ。

 近くから見ていくことにする。

 

 

 イベント棚にあるのは銀色のトロフィーだった。

 銀色のボス結晶が浮いている様子だ。

 

 題名:“迷宮にて相まみえましょう”

 説明:“あなたは結晶となったボスを倒した。手強かった?”

 効果:“ドロップの宝箱が結晶に変更される。”

 

 題名からして間違いなく、本イベのボス撃破によるものだろう。

 説明欄の「手強かった?」の意図がよくわからない。

 手強かったですよ、としか言えない。

 銅トロフィーがないのは残念だ。

 

 効果が地味に嬉しい。

 ちょうど今日も宝箱の見た目を変えたかったところだ。

 さっそく下に見えるチェックボックスをオンに切り替える。

 

 切り替えると、さらに選択肢がたくさんでてきた。

 赤、赤褐色、金、白……と色も選ぶことができるらしい。

 黒が格好良さそうだったが、暗いと視認性が悪そうなので、ひとまず白にしておいた。

 

 

 都市・国等の破壊シリーズ棚にトロフィーが増えていた。

 案の定というべきか、歪んだ王都がそのままトロフィーとして現れている。

 

 題名:“歪みの王都”

 説明:“あなたは歪んだ王都ムックリを訪れた。”

 効果:“王都ムックリに属するキャラのステータスアップ”

 

 これはまあ、今までの経験からで察した。

 ケルピィがあの状態なので、効果がかかるのは実質メッセのみだろう。

 

 既存の棚には増えた物はなかった。

 一般人A関連で増えると思っていたが、ハデスや冥府の導き手と同じ棚は変化がない。

 この棚は、強敵ではなく神に関する棚なのかもしれない。

 

 新しく増えた棚を見る。

 二つの棚に、それぞれ二つのトロフィーが載せられている。

 

 一つ目の棚にあった銅トロフィーを見る。

 何も描かれていないトロフィーだ。板だけがおかれている。

 

 題名:“特殊能力者との出会い”

 説明:“あなたは特殊能力者に初めて出会った。”

 効果:“特殊能力者の能力名称が開示される”

 

 説明や効果はシンプルだ。

 特殊能力者というのは隣の銀トロフィーを見ればわかる。

 一般人Aのことだろう。アピロという名前だったらしいがどうもしっくりこない。

 ウィルが魔法ではないと言っていたが、どうも魔法のくくりではない特殊な能力だったようだ。

 ゲームとかではユニーク能力と呼ばれる分類かもしれない。

 

 今後は、特殊能力者の能力名がわかるらしい。

 普通だとわからないのだろうか。名称がわかったところでどうしろと……。

 

 改めて隣の銀トロフィーを見る。

 一般人Aが立っている。手には空間の歪みを持っていた。

 

 題名:“歪”

 説明:“あなたは「歪」のアピロに出会った。曲げて歪めて重ねて捻る。”

 効果:“歪みへの抗力と歪みトラッカー機能を得る(※どちらもあなたに限る)”

 

「歪みトラッカー機能?」

 

 歪みに対する抗力はまだわかる。

 おそらく歪みづらくなるのだろう。

 

 歪みのトラッカー機能というのがわからない。

 下にチェックボックスがあり、機能はオフの状態だ。

 現状を打破できる可能性があるのですぐにオンにしてみる。

 

 ……変化はない。

 明日にでもオンにした結果が出るだろう。

 

 

 もう一つの新たな棚を見た。

 

 銅トロフィーだ。

 

 アピロと、彼の前に見覚えのない少女がいた。

 少女は剣と盾を持って魔物と戦い、アピロはそれを眺めている。

 

 題名:“アピロの襲撃”

 説明:“あなたはアピロに襲撃され、無事に生き延びることができた。”

 効果:“アピロに対峙したキャラの歪曲の理解が増す”

 

 これ、どうなんだろうか。

 もしかしてウィルやフルゴウルが、王都の現状に関する理解が早かったのはこれのせいか。

 歪みは、迷宮と別とか、歪んだのが魔物か住民か、それにアイテム……アイテムは以前から気づいていたな。

 とにかく理解があって悪いことは何もない。

 

 一番わからないのはトロフィーの絵柄だ。

 この剣と盾を持つ少女は誰だ? もしかしてあのボス結晶か?

 この少女がもともとアピロの仲間で、結晶化してあのボスになったのか。

 憶測はできるが、詳しくはわからない。木村は次のトロフィーに移ることにした。

 

 

 銀色のトロフィーだ。

 アピロと尻尾のないアコニトが向かいあっていた。

 アピロはアコニトを見下ろしているが、アコニトは胡座をくんでアピロを見上げている。

 実力差は明らかだが、余裕が見えるのはアコニトだ。逆に、アピロはどういうわけか顔が引き攣っていた。

 

 題名:“到達者”

 説明:“あなたは一つの世界の頂点と渡り合った。”

 効果:“到達者と渡り合ったキャラに、対象の力を一時的に無効化する力が備わる”

 

 あった。

 喜びと嘆息が半々だ。

 

 効果を見て、元凶を打開する道が開けた反面で、道を開いたのがまたこいつかという想いだ。

 あのアコニトはなんだかんだで重要局面の中心的位置づけになっている。

 

 昨日、アピロが闇から出てきて、アコニトが死ぬまでに時間があったのを木村は覚えている。

 おそらく二人は何らかの話をした。そしてアコニトがアピロを言い負かしたのだろう。

 詳細は違うかもだが、それらしきことが起きたのを窺わせる説明文だ。

 

 明日はアコニトも連れて、王都を回らないといけないだろう。

 間違いなくアドバイザー二人は嫌がる。木村だって嫌だ。

 

 とりあえず効果の説明を、明日の朝一でアドバイザー二人にしよう。

 その後は、歪に理解を増した二人が何らかの対応策を考えてくれるはずだ。

 

 

 彼らの打ち立てた対応策に従い、木村も彼にできることをしていこうと決めた。

 

 

 

69.あとかたづけ 中編

 

 翌朝、ブリッジに昨日のメンバーが集まる。

 

 今日はゾルが抜けた代わりに、アコニトが新たに増えた。

 

「ふごぉー。んごっ。すぴー」

 

 アコニトはイビキをかいて寝ている。

 基本的に夜型なので、朝になると眠くなるらしい。

 しかし、寝ていても起きていてもうるさいことに変わりはない。

 

 集まっている全員が苛立っている。

 アコニトを連れてきた理由をまだおっさんにしか話してない。

 どうしてこんなものを連れてきたのか、もっともな批難の目が木村にも向く。

 

 おっさんが動いた。

 その腕を大きく回し、アコニトの死が腕の回転で現れている。

 木村はすぐさまおっさんに向けて声を発する。朝から叫び声と惨い死を見たくはない。

 

「優しくね。くれぐれも優しく。優しくだよ」

「……わかったぞ」

 

 おっさんが不承不承ではあるが頷いた。

 

「女狐。朝だぞ」

 

 小声でおっさんがアコニトに声をかける。本当に優しくて木村も安心した。

 おっさんは右手でアコニトの鼻をつまみ、左手で口を塞いだ。その動作はなおも優しい。

 

「ぅ……。ぁ………………」

 

 アコニトの体が細かくぷるぷる震えた後でピタリと止まる。

 そして、彼女は光になって消えた。

 

 おそらく今までで一番静かな死に方だったと思われる。

 木村としては、優しく“殺して”ではなく、優しく“起こして”と伝えたつもりだったのだが、伝え方が良くなかったかもしれない。

 

「起きるどころか死んじゃったけど?」

「あいつに話はいらないだろう。クスリも混ざっていた。復活した正常な女狐を連れていくべきだぞ」

 

 よく考えるとおっさんの言うとおりだ。

 彼女は力を行使できれば良い。

 

 復活するときはクスリが抜けるとわかっている。

 復活時を狙って連れていけば良いか。

 

「それでは始めようか」

 

 見慣れているメンバーは平然としているが、初めてアコニトの死を目の当たりにしたメッセがめちゃくちゃ怖がっている。

 どうして周囲が落ち着いているのか理解できない様子だ。

 初々しい姿だ、微笑ましい。

 

 

 まず、昨日の探索結果をフルゴウルが振り返った。

 その後で、木村がトロフィールームで見たことを話す。

 

 なぜアコニトがここに呼ばれたのかを、ようやく全員が理解した。

 ウィルとフルゴウルも自らの理解がトロフィーから得られたものと把握し納得した様子だ。

 木村の歪みトラッカー機能については、現地でやってみる必要があるだろう。

 それとアコニトの歪み無効化の力も見てみる必要がある。

 木村の抗力は見られるかどうかわからない。

 

 

 話が終わり、すぐさま外に出る。

 

「どうして儂も行かんとならんのだぁ」

 

 復活したアコニトが、おっさんに首根っこをつかまれ引きずられている。

 途中で尻尾が離脱して逃げたので、今は狐耳のコスプレモードだ。

 木村はこの状態の彼女が割と好きだったりする。

 

「もう眠いぞぉ」

 

 窒息死は眠りに入らなかったようで、眠さは取れてない様子だ。

 アコニトは魔物に投げつけられて、ようやく自らの足で歩き出すようになった。

 

「キィムラァくぅん。歪みのとらくたー機能だっけ? 効果がわかったよ」

 

 ケルピィがさっそく伝えてきた。

 隣からセリーダの笑い声が聞こえてきてやや怖い。

 それにケルピィの名前の呼び方がうざったくて仕方ない。

 メッセが彼に対して、一見冷たそうな態度を取る理由がわかった気がした。

 

「王都の地図に君たちの位置が表示されている。どことどこが繋がったのかも線で繋がってるね」

 

 なるほど、歪みのトラッカー機能とはそういう機能だったのか。

 自らが発信器になり、ブリッジに位置情報が送られ、地図で動きが把握できるらしい。

 

「おぉ、便利だねぇ。今の君たちがいるブロックがどこに繋がるかが点線で現れているよぉ。すごいねぇ。地図も勝手に補完さ、あえ、あたま、中、ぐにゃっ……」

『隊長? …………隊長の意識がなくなりました。少々お待ちください』

 

 何かまずいことが起きているようである。

 メッセの声は平常だったが、聞こえてくる物音は尋常ではない。

 

 地図が勝手に補完されていくのは良いが、問題は内部的には地図がケルピィとも繋がっていることだ。

 ケルピィの頭の中にも補完された地図が混ざり込んで来たようで、彼は点滅して意識を失ったらしい。

 

 ありがたいことにケルピィはすぐに意識を取り戻した。

 再起動したら良くなったようだ。

 パソコンかな?

 

「いやぁ、おじさんの頭には情報量が多すぎてパンクしちゃったよぉ」

「大丈夫なようでなによりです」

『……大丈夫なのですか?』

「どうかなぁ」

 

 大丈夫じゃないかもしれない。

 しかし、現場の人間にとってケルピィの安否はどうでも良いようだ。

 意識が戻るとすぐさま探索を再開する。

 

 足を止めたのはアコニトが歪曲した住民を倒したときのことである。

 一瞬だけしか見えなかったが、住民から歪みが消えて消滅した。

 アイテムは出たので、ウィルがほっと息を吐く。

 

「一瞬ですが、戻りましたね」

「うん。撃破後はアイテムも出てる。復活まで待ってみよう」

 

 魔物となった住民は、復活後、またしても歪んだ状態で現れた。

 元に戻った状態で復活はしてくれないようだ。

 

「一瞬だが歪みは解消している。いや、無効化か」

 

 解消と無効化がどう違うかはわからない。

 フルゴウルは思いついたことがあるようで、アコニトと話をしている。

 

 アコニトが何もない空間に向かって毒霧を吐いた。

 

「どうかな?」

「トラッカーが消滅したねぇ。空間の歪みも無効化できるってのは便利だねぇ」

 

 どうやら王都内の歪みも範囲攻撃で消せるようだ。

 移動してみようかと思ったが、フルゴウルに止められた。

 

「トラッカーが戻ったよ」

「――無効化の有効時間は十秒といったところか。他にも試してみよう」

 

 アコニトは毒霧をあちこちで吐かされている。

 毒霧の範囲や強度により、有効時間がどう変わるかを試してるようだ。

 

「有効時間はほぼ一律で十秒のようだね」

 

 十秒だけ空間の歪みを無効化できる。

 無効化した空間は、歪みを無視して移動できることは確認した。

 十秒は移動するには充分な時間だが、問題を解決するには短すぎる時間だ。

 

 一方、魔物に対しても同じ時間で有効そうだが、十秒を待たずに魔物が毒で死んでしまう。

 強すぎるのも考えものだ。ただ、こちらに関しては攻撃手段を変えれば良いだけの話かもしれない。手で叩くなどで無効化できるだろう。

 

 やはり問題は十秒だけ戻ったところでどうしようもないということだ。

 すぐに歪んだ状態に元どおりである。

 

「これにキィムラァくんに付与された、歪みへの抗力を合わせればどうなるだろうか?」

 

 歪みが消えたところで、木村が触れることで歪みの再出現が抑えられるかもしれないということだ。

 危険なので歪みの規模が小さいところで試してみている。

 

「素晴らしい! 十秒経っても歪みが出現していない!」

「これは大発見ですよ!」

 

 二人は珍しく大はしゃぎ、アコニトは風下でつまらなさそうにタバコを吸っている。

 木村は歪みに手を突っ込んでいた。歪みが元に戻ろうとしているのか、手首辺りがくすぐったい。

 

 ちなみにアイテムはトロフィー効果に従い、金の筺から白い結晶に変わった。

 こっちの方がずっと良い。小さいから嵩張らないし、フルゴウルの筺爆弾と見間違えない。

 

「手を抜いてみてくれ」

 

 木村は歪みから手を抜いた。

 フルゴウルがその様子を見ている。

 木村が手を抜いた後も、そのまま歪みを見つめていた。

 

「……ほう。これは活路が開けたかもしれない」

「どうなっていたのでしょうか?」

「キィムラァくんの手を抜いた後も歪みはしばらく戻らなかった」

「歪みへの抗力が場に残っている、と」

「あるいは、世界が歪みに拮抗しているかだ」

 

 楽しそうである。

 二人は検証しているので、木村はアコニトのところに行く。

 

「歪んだ人と何を話したの?」

 

 トロフィーを見るに、アコニトとアピロが会話をしたことは歴然だ。

 どんな会話を交わしたのか木村は気になっていた。

 

「なんだったかなぁ……」

 

 はぐらかしている様子はない。

 本当に忘れている雰囲気だ。

 

 思いだそうと口をぽけーと開けている。

 開いた口から漏れる煙が、宙を漂い消えていく。

 

「……到達者とかって称号があったけど、それに関してとか?」

「ああ! それだぁ!」

 

 どうやら思い出したらしい。

 彼女はボケ老人の一歩手前なので、ときどき頭を回転させてあげないといけない。

 

「笑いの頂点に達しとったようでなぁ。手に持った結晶で一人芝居をしとった。意味のないことをぺちゃくちゃとかなわんから、隅でやれと言ってやったんだぁ」

「…………え、本当に?」

「儂の記憶に間違いがなければそのはずだぁ」

 

 間違いがありそうである。

 その流れからアピロが、消えた理由がわからない。

 隅で遊んでいて寂しくなったから、闇竜に連れて行かれたのだろうか。

 

 その後は、昨日よりも広範囲を調査し、昼過ぎにはカクレガに戻った。

 

 

 ブリッジでフルゴウルとウィルが考え込んでいる。

 今は話しかけてはいけないな、と木村も黙って地図をぼんやり見つめていた。

 

 アコニトとボローはそれぞれ部屋に戻っている。

 メッセもケルピィを机の上で転がして遊んでいた。隊長の扱いがそれでいいのだろうか。

 

「問題解決の活路は見えた、が、決定打に欠ける」

「手段が厳しいですね」

 

 二人の中で光明は生じたようだが、まだ手が届くには遠い距離のようだ。

 こういった話は、かえって素人の方が自由奔放な意見が出るので、彼らの道の一石になりやすい。

 それに木村としても、どういう方向性で進んでいるのか進捗を聞いてみたい。

 

「どうしようとしてるの?」

 

 フルゴウルは考え続けているので、ウィルが解説に回る。

 彼も喋っている途中で、思いつくことがあるとわかっている人間だ。

 

「今日の調査で戦略はほぼ確定しました。歪みの無効化です」

「アコニトの無効化と自分の抗力で食い止めるってこと?」

「そのとおりです。しかし、現時点で大きく三つの問題があります」

「無効化はアコニトだけど、抗力ってのは自分でしょ。歪みを食い止めるのは時間制限があるはずだけど」

「それが一つ目ですね」

 

 今日の調査で歪みを消した後に手を突っ込んで、歪みの復活を止めようとした。

 時間差はあったものの歪みはけっきょく元に戻ってしまっている。

 これが一つ目の問題のようだ。

 

「実はこちらは何とか解決の兆しがあるんです」

「えっ、そうなの?」

「無効化の時間は一律十秒でしたが、歪みの修復は場所によって時間差がありました。歪みの中心に近くなるほど歪みの復活は速まります」

「歪みに中心なんてあるの?」

「あります。軸と言っても良いでしょう。ここで歪みを無効化してから抗力を発揮することで、歪みの発生を抑えられる可能性があるんです」

 

 回っているタイヤで考えると、地面や車輪のどこかにブレーキを当てて回転を緩めるのではなく、軸そのものを止めてしまうということだろうか。

 あまり手を突っ込みたいと思う例ではないなと木村は嫌な気分になる。

 

「歪みの中心はどこにあるの?」

「おそらく本来の迷宮の最奥でしょう。ケルピィさんやメッセさんの話から、歪曲人が最奥にたどり着いた時に歪みが発生したと報告にありますから」

 

 木村はなるほどと納得した。

 ボスはすでに倒してしまったが、倒してからようやく迷宮に挑戦するわけだ。順序が逆転してしまっている。

 

「他の二つの問題は?」

「二つ目は歪みの無効化問題ですね」

「ああ、アコニトがまともに働かないってことか……」

 

 木村は察した。

 しかし、木村の察しは早計だったようだ。

 

「いえ、キィムラァに軸を止めてもらう際に、軸だけでなく王都の歪みを可能な限り広範囲で無効化してもらう必要があるんです」

「え……、そんなことできるの? 理解が正しいかわからないけど、アコニトが王都全域の歪みを無効化するってこと?」

「はい。それもできるだけ一度の攻撃でほぼ同時にです」

「王都の全域を?」

 

 木村にもこれは難しいとわかる。

 難しいというか無理だろう。

 

 王都は広い。

 調査で歩き回っているが、嫌になるくらいあちらこちらを回った。

 それでもまだ半分も踏破していないという。さらに地下の迷宮を含めれば三分の一も踏破してないだろう。

 

 その広範囲な王都の全てを攻撃射程に入れて、しかも同時に攻撃する。

 もちろん破壊してはダメなのだろう。無理そうだ。

 

「最後の問題は?」

「先の二つの問題を迷宮が消えるタイミング中にやらなければなりません。すなわち、イベント最終日の終了間際で、アコニトさんが王都全域の歪みを、一人も殺すことなく無効化し、あなたが歪みの軸を抑える。抑えている間にイベントが終了し、迷宮が消え去って、歪みのない王都が戻る――この流れです」

 

 無理でしょ、という言葉が喉まで上がった。

 ぎりぎり口にすることなく飲み込めた。

 

 この無理を通そうと、フルゴウルとウィルが考え込んでいるわけだ。

 彼らが考えた案をフォローすると木村は決めたのだ。頭ごなしに無理と拒絶するのは良くないだろう。

 

 前向きな意見を出さなければならない。

 ……前向きな意見を出すことについては、無理と言い切れるなと木村は思った。

 

「まず、歪みの中心を見に行かない? アコニトが無効化する策は途中で見つけられるかもしれないよ」

「そうですね。ここで考えこんでいても案が出そうになさそうです」

 

 フルゴウルも長い息を吐いて、静かに立ち上がる。

 彼女も同じ意見のようだ。

 

 こうして探索の午後の部が再開された。

 

 

 アコニトの歪み無効化を利用して、迷宮を攻略していく。

 元がどんな迷宮だったのかようやくわかってきた。

 

 ケルピィたちから話は聞いていたが、本当に迷宮らしいシステムがある。

 道が奥に行くほど広くなり、敵も強くなる。そして中ボスだ。

 中ボスを全て倒して奥のボス部屋の扉が開く。

 

「倒せましたね」

「これで奥の扉が開くね」

 

 中ボスは四体いた。

 カゲルギ=テイルズの獣人三人と、ケルピィの部下のシエイという人である。

 もっともこの四人は結晶にされ、魔物を操って木村たちを襲ってきた。

 アイテムは拾えたが、四人は復活しない様子だ。

 

 それどころかケルピィのように、生きた結晶のまま現れることもない。

 歪みが抑えられれば、迷宮のシステムだけが残り、中ボス扱いの四人は復活もなく普通に死んだということだろう。

 

 これはウィルとフルゴウルの考えが正しそうということを裏付けるもののようだ。

 歪みを消した状態で、迷宮だけ残すと人が魔物化するか、普通に死ぬ。

 歪みと迷宮の消去はやはり同時に行わなければならない。

 二人の悩みはさらに増してしまった。

 

 一方で、ケルピィとメッセも落ち込んでいる。

 シエイという二人の知り合いが帰ってこないことが大きい。

 ケルピィは歳のせいかまだ悲しみは見せようとしないが、メッセが悲しんでいる。

 抑揚のない声からも、寂しさが伝わってくるようだ。

 

「やはり、歪みの中心地はここだね」

 

 木村は拍子抜けだ。

 歪みの中心というから、景色が曲がりくねっているかと思ったらまったくもって何もない。

 ただの広い場所というだけである。途中の通路の方がすごかった。上下が180度逆に捻れているところもあったのだから。

 

「それ以上は近寄らない方が良い」

 

 木村が進もうとしたら、朝と同様、フルゴウルに止められた。

 今回はウィルとおっさんも腕と肩をそれぞれ持って、絶対に進むなと行動で伝えてくる。

 

「普通に見えるけど、そんなにやばいの?」

「すぐに立ち去りたいくらいには。おそらくこの歪みに入ればもう戻れないでしょう。ここが歪みの軸で間違いありません。王都全域に繋がっているのでしょう」

「その感覚を信じることにしよう。私は見ることができない。正気を失いそうだ」

 

 フルゴウルが大部屋から目を背けている。

 ウィルの発言からも察するに、木村の目には見えない大きな歪みがあるようだ。

 

「ここから王都全域に繋がるってことは、ここでアコニトが攻撃をしたら王都全域の歪みが無効化されるんじゃない」

「いえ、無効化が先です。軸は消えますが、攻撃は全域に広がりません。全域から軸に向かう攻撃が必要です」

 

 またしても木村は「無理だ」と言いかけた。

 ウィルとフルゴウルがまた悩み始める。

 

 

 歪みの良い点は、帰るときに楽ということだ。

 うまく歪みを利用すると、帰り道が大幅に短縮できる。

 

 外はすでに暗く、今日の探索はこれで終了になった。

 

 そこから四日が経過し、事態は進展を見ない。

 

 残りの期限も三日となった。

 調査が日を跨ぐごとにダレてきて、とうとう今日は自由行動にした。

 

 自由行動ではあるが、木村とウィルは王都にいる。

 ついでにメッセとケルピィも一緒だ。

 

 どうせ暇だろうからと歪み無効化役のアコニトも連れてきた。

 もちろんおっさんも一緒だ。

 

 完全に諦めたわけではないが、諦めざるをえない雰囲気になりつつある。

 メッセとケルピィも、その雰囲気を感じていた。

 

 今日は休憩というより、メッセとケルピィに王都を肌で感じさせる日だ。

 別れを覚悟させる時間という位置づけである。

 

『外に人がいましたね』

「うーん。各地から様子を見に来てるねぇ」

 

 王都が歪んでから一週間が経っているわけだ。

 翌日や翌々日にも人はいたのだが、今では調査団として王都に入る人たちもいる。

 

 メッセやケルピィと、彼らに事態の成り行きを話すべきかを相談したが却下された。

 二人とも話したくないようである。

 

『ここのパンは絶品です。王都一なんです』

「おいしかったよねぇ……。僕もよくここで買って、高台で景色を見ながら食べてたよ」

 

 二人がおいしいというパン屋はもちろん歪んでおり、捻れたパンが地面に転がっている。

 焼きたてだったであろうパンには蝿が止まり、色もおかしくなっていた。

 

『ここが魔物討伐隊の詰所ですね』

「なんか、言っちゃ悪いけどみすぼらしいね」

『厄介者扱いでしたから』

 

 詰所は城の中どころか、外にある。

 聞いてはいたが活躍を期待されてないことがよくわかった。

 

『あそこが自分の机です』

 

 整理整頓がされており、きれいだ。

 一方、一番大きな机は物置状態になっている。

 

「あそこは僕だね」

『隊長が机で仕事をしているところを見たことがありませんね』

「メッセちゃんの物が置けるように、デスクの上は開けておいたんだ」

 

 木村でも嘘だとわかった。

 メッセはこの貧相な詰所から離れるときに二度は振り返っただろう。

 

 その後もメッセとケルピィがあちらこちらに向かう。

 実際はメッセが一人で歩いている。

 

『ここには来ておきたかったです。隊長、ここがわかりますか?』

 

 見張り塔かと木村は思った。

 景色が良い。王都が一望できる場所だ、と思われる。

 今は景色が歪んでいるため、空から銅像が生えたりしているので変な風景だ。

 

 木村は、帝都で似たような景色を見たことを思い出す。

 あのときは、小さく竜が見え街をズタボロにしていたなぁとどこか意識が遠くなった。

 

「うん。ここは僕のお気に入りだ。働く人間を上から眺めるのが大好きでね」

 

 アコニトもわかると頷いていた。

 しかし、メッセは首を横に振って否定する。求めた答えではないらしい。

 

『違います。自分と隊長が初めて出会ったのがここです』

「……うそ? アルフェン平野じゃないの」

『信じられません』

 

 メッセの目が過去一で冷たくなっていた。

 温度が下がったように木村は感じる。

 

『小さいときにここへ来て、サボっている隊長に会いました』

「……覚えてないなぁ」

 

 ダメな大人だと木村は思った。

 アコニトは当然ダメだが、この機械玉も大概ダメダメだ。

 

『隊長は寝ていましたね。自分の足音で目を覚ましました』

「思い出せないなぁ。寝ぼけてたんだろうねぇ」

『はい。寝ぼけ眼で、ここから見える王都の裏事情を話してくれましたよ』

「……もしかして手紙を持ってここに上がってきてなかった?」

『気づいていましたか。手紙は、必要なくなりました』

「ああ、うん。少しだけ思い出したよ」

 

 二人に沈黙が入った。

 木村は二人の話す内容がよくわかっていない。

 手紙が何なのだろうか。ウィルもわかっておらず首を捻って示した。

 

「自殺だぁ。鈍感な男は嫌われるぞぉ」

 

 後ろから小声でアコニトが伝えてくる。

 なるほど飛び降り自殺にはとびきりのスポットだ。

 それなら手紙とは遺書のことかと、木村とウィルが把握した。

 

『その後はアルフェン平野で出会いました。隊長はそちらでも自分を助けてくれました』

「何度も言ってるけど、僕はそんな殊勝な意識で行動してないよ。近くにいたから一緒に走って逃げただけだからね」

『それでも隊長の見識がなければ、自分は死んでいました。隊長には何度も助けてもらっています』

「気にしなくて良いよ」

『ありがとうございます』

「どういたしまして」

 

 二人は、景色を見つめている。

 ケルピィはよくわからないがたぶん見つめているはずだ。

 

『もう、ここに戻ることはできないのでしょうか?』

「……無理なんだろうねぇ」

 

 木村は二人を連れてきたことを後悔し始めた。

 この予感はあったが、急激に足下がおぼつかなくなり始めている。

 ウィルも似たような心情らしい。

 

 つらい。

 この会話を聞き続けるのがとにかくつらい。

 彼らを巻き込んだという現実が、彼らの会話から重みを増している。

 今まではぼんやりと他人事だと思っていたことが、急激に輪郭を浮かばせのしかかってくる。

 

 それでも王都を元に戻す手立てがあればいいが、それすらも見つからず、もはや諦めが混じっている状態だ。

 残り二日で逆転の手を見つけられるとは思えない。

 

 アコニトが木村の背を軽く叩いた。

 振り返れば、彼女はちょっと来いと手で示す。

 離れたいのはやまやまだが、メッセをあそこに残して大丈夫だろうか。

 

「おい、若造。そのガキが飛び降りんよう見張っとれ。中年もだぁ。坊やはちょっと来い。連れヤニだぁ」

 

 そんな嫌な単語聞きたくなかった。

 まさか自分がそんな連れション感覚で呼ばれることになろうとは……。

 

 木村とアコニトは場所を少し移動する。

 あの場から離れることで、重い足取りが軽くなったことを木村は明確に自覚した。

 

「ん」

 

 アコニトが葉巻をよこしてくる。

 普段なら咥えないが、なぜだか今は咥えたい気分であり、咎める人間も近くにいない。

 

 木村が咥えるとアコニトがすかさず火を付けてくる。

 なぜこのような動作だけ馬鹿みたいに速いのか。戦闘時はその場を動かず煙を吐くだけの燻製機と化しているくせに。

 

 ……葉巻に赤い光が灯り、懐かしい臭いを感じた。

 煙はまだ木村の喉と肺には重く、咳き込む。

 

「坊やよぉ。こうなることはわかりきっておっただろぉ」

「……うん。でも、せめて二人には最後に見せてあげたい、って思ったから」

「はぁあああああああああああ」

 

 すごいため息を吐かれた。

 タバコの煙だけでなく、毒の煙も出ているようで石の床が溶けている。

 

「アホかぁ。奴らに付き合うなら覚悟を決めんといかんぞぉ。坊やにその覚悟があるとは思えんなぁ」

「ある、と思ってたけど、やっぱりなさそう。『メッセたちの大切な場所や人を失うこと』を背負うのは、今の自分にはきついかも……」

 

 木村は思いの丈を正直に述べた。

 弱音を吐くと、少しだけ気分が軽くなる。

 

「……は? うつけか、大うつけかぁ。いいか、坊や。そんなくだらん決意は今すぐ捨てろぉ」

「え? でも、覚悟を決めるって」

「儂が言う覚悟はなぁ。『奴らのことなど、どうなっても良いわぁ』と気にしない覚悟だぞぉ。坊やのうつけな決意は、煙と一緒にここで吐き出せぇ」

 

 彼女は煙を鼻から噴き出す。

 想像よりずっと斜め下のアドバイスである。

 久しく彼女からまともな言葉を聞いていなかったが、こういうキャラだった。

 以前にも似たようなアドバイスをもらったことを、木村は思い出す。

 

「人はすぐに死ぬから気にするなだっけ?」

「そうだぁ」

「でも、彼らのことはちゃんと覚えておけだったよね」

「そのとおりだぁ」

 

 以前、アコニトから教わった教訓を繰り返す。

 

「『他人の失うものを背負う覚悟』かぁ」

 

 ハンッとアコニトは鼻で笑った。

 

「訳のわからん覚悟は重石になる。実体はないのに重みだけが増す。そんなものはタバコの煙だけ充分だろぉ。喉と肺にガツンとくればいいんだぁ」

「前にも聞いたよ、それ」

「大切なことだからなぁ」

「自分は狙われてるんでしょ」

 

 なんでもアコニトによると、木村は力を与えた謎の存在から狙われているとか。

 手駒なのか、手の上で踊ってくれる道化か、そんなところだと言っていた。

 下手に思い込まず、出来ることを淡々とやれと言われたはずだ。

 

「あのときはそうだぁ。今はちと違うなぁ」

「違うの?」

「あぁ。坊やの周囲にターゲットが移っておる。金髪や若造が危ういなぁ」

 

 金髪はフルゴウルで、若造はウィルだ。

 二人が狙われているのだろうか。

 

「身に余る力を得させて、夢だか理想が手に届くよう見せとるぞぉ。要注意だぁ」

「どうすればいい?」

「今までどおり接しろぉ。どうせ防ぐことはできんぞぉ。前にも言ったが、淡々と坊やのやれることをやれぇ。間違っても『自らの背負う使命はこれだ!』と馬鹿げたことを考えるなよぉ」

「……うん」

 

 間違いなくクズではあるが、ある意味で安定しているのがこのアコニトである。

 彼女なりの処世訓を木村に教えているようだ。

 

 処世訓は教わったが、そう簡単にメッセらを切り捨てられるものではない。

 方法はある。あとは手段が揃えば良いのだ。その手段が目下どうしようもなさそうではあるが……。

 

「王都は、どうにかなるかな?」

「諦めろぉ」

 

 即答。

 

「儂の話を聞いておったかぁ? ん~?」

 

 ふざけた顔で煙を吐き出している。

 ふざけてはいるが、ちょっと怒りを言葉に滲ませていた。

 

「いや……、でもね」

「儂は、坊やがなぜそんなに躍起なのかわからんなぁ。冥府の同類にも言われたんだろぉ。『慎んで』行動しろ、と」

 

 ……同類?

 まさか有名な神と、アコニト神とが同類と言っているのか。

 

 とりあえず木村はそこは無視した。

 今は“慎んで”行動しろという話だろう。

 

「いや、だからそれは死者が出ないよう『慎んで』行動しろってことだよ」

「まことかぁ? 儂が見るに、坊やたちのやっていることは、慎んで行動していることとは思えんなぁ。歪みを認め、堪えて見守ることこそ『慎んで』行動することにならんかぁ?」

 

 木村はアコニトの発言の可能性をまったく考えてなかった。

 彼は、彼が口にしたとおり、「ウィルやフルゴウルらと一緒に歪みを消し、住民たちを助けること」こそが正しいと思っていた。

 

「いや、でも…………。どうなんだろう……」

 

 アコニトの先ほどの言葉がようやく浸透してきた。

 ウィルやフルゴウルらが危うい――その言葉の意味が、少しだけ理解できる。

 彼らが、何ものかにもてあそばれているように見えてくる。

 助けようと抗う彼らの姿を見て楽しんでいる。

 

「ふぅむ、からかいすぎたなぁ。これはどちらにも取れるから気にせんでええぞぉ。ただなぁ、そっちの道を選ぶなら、もう一つ覚悟がいるぞぉ。わかるかぁ?」

「一つは『他人のことなんて、どうなっても良い』って覚悟でしょ」

「そうだぁ」

「それならもう一つは……」

 

 間違いなくまともなアドバイスではない。

 普通なら何と答えるだろうか。それの逆を言えば良さそうだ。

 諦めず最後までやりきること、あたりが通常だろう。

 これの逆。すなわち――、

 

「途中で諦めて放り出すこと?」

「……良いことを言うなぁ。見直したぞぉ」

 

 感心した様子でアコニトが頷いている。今までで一番感心されているかもしれない。

 間違いではないようだが、間違って欲しい気もした。

 

「それでも良いがなぁ。今回はちと違うぞぉ。『“そうなるってわかってた”、だから驚かんわ、ボケがぁ』という覚悟だぁ」

 

 よくわからない。

 木村は首を捻った。それが覚悟なのだろうか。

 

「坊やたちは、どうにかして王都を戻すんだろぉ」

「うん。そのつもり。最後までやってみる」

「……ふん。まあ、いい。――成功するぞ。間違いない。ぎりぎりになるが成功する。王都は戻るだろうなぁ」

 

 木村はアコニトがそんなことを言うとは思わなかった。

 彼女はその口で「諦めろ」と即答した存在である。失敗するからやめとけ、くらいは言うと考えていた。

 

「どうしてそう思うの? 失敗するから止めとけって言うと思ってた」

「正直だなぁ。簡単だろぉ。儂ならそうするからだぁ」

 

 最悪だ。

 前にも聞いたぞ、このパターン。

 

「坊やたちが諦めたなら、王都の人たちを無残に殺して坊やたちの反応を楽しむ。逆に、坊やたちがあがくなら、やり方を変えるなぁ。がんばってもダメだったなんて反応はありきたりだぁ。ぎりぎりで成功するように仕向ける。そして坊やたちが無事に成功させてなぁ、『やったぞ! たくさんの人を助けられた! 王都が元に戻ったんだ! 僕達はやり遂げたんだ!』と喝采と感動が絶頂を迎えたとき、一気に盤面をひっくり返す」

 

 アコニトが顔を崩してニタニタ笑う。

 とても楽しそうである。

 

「覚えがあるだろぉ。――討滅クエストだぁ。今の時期は、ちょうどそれじゃないかぁ」

 

 木村は手に急激な肌寒さを感じた。

 手を見ると、ぷるぷると震えが混じっている。

 

 忘れていた。

 ここのところ、討滅クエストは行われていない。

 イベントの終了と同時に、討滅クエストに入ることは充分に考えられる。

 過去に似た例があった。木村の苦い経験だ。

 

 もしもアコニトが言うように、王都を助けることができたとして、その先に何があるか。

 王都の人々は、木村たちを救国の英雄みたいに扱うかもしれない。あるいはその逆だろうか。

 

 そして、感情のピークに達したとき、メッセージの通知音が響く。

 おっさんが笑顔で手紙を渡す。王都のどこかに竜が現れる。そして――。

 

 流れが完全に頭の中で再現できてしまった。

 

「神託だぁ。心して聞けぇ。――坊やたちがどう行動するにせよだぁ。王都はきっと滅びるぞぉ。救ってから死ぬところを見るつもりならなぁ。儂の言った、もう一つの覚悟をしておけぇ」

 

 そう言って、アコニトは葉巻をポイ捨てした。

 木村はほとんど吸っていないが、葉巻はすでに指の近くまで灰になっている。

 

「“討滅クエストがくるのはわかってた。わかってたんだから驚かない”。その覚悟がいる」

「そうだぁ」

「その後は? 竜を倒せるかもしれないよ」

 

 以前ならいざ知らず、今は討滅クエストの竜を倒せる強さがある。

 帝都の時と違い、一方的な虐殺と破壊にはならないはずだ。

 

 アコニトは、口にしない。ただ首を横に振った。

 

 彼女はすでに諦めているようである。

 

 そこで、最初に教わったもう一つの覚悟がいるのだろう。

 

「他人のことなど、どうなっても良い」――そう心しておくことだ、と。

 

 

 木村もウィルたちのところへ戻る。

 

 ウィルは気が沈んでいるのが、傍目でもわかった。

 おっさんがアコニトを睨んだ後で、黙って木村を見てくる。

 

「聞こえてた?」

「ああ」

 

 このおっさんはめちゃくちゃ耳が良い。

 カクレガの中で喋ったことが全て聞こえるんじゃないかと思うくらいの地獄耳だ。

 

 もっと言えば、耳だけでなく目も鼻も利く。

 鍛えているからなと言っているが、冗談なのか本気なのか判断に迷うところである。

 

「おっさんはどう思う?」

「俺はやりたいようにやるべきだと思うぞ」

 

 にこやかである。

 このおっさんも大概サイコパスである。

 住民や王都の人が虐殺されても眉一つ動かさないと木村は確信している。

 ある意味でこのおっさんの逆鱗に常に触れていくアコニトはすごいのではないか。

 

 その強くなっているはずのアコニトを、軽くなぶり殺すこのおっさんは、いったい何者なのだろうか。

 初めの頃は強いなぁと思っていたが、今は強すぎないかと疑問を抱くほどだ。

 アコニトとの力量差がいつまで経っても埋まらない。

 

 もしも先日、カクレガでアピロの襲撃があったときにアコニトが入ってこなかったらどうなっていただろうか。

 このおっさんがアピロを何とかしていたのか。

 答えは出ない。

 

 おっさんのアドバイスはある意味でもっともだった。

 どうなるにせよやりたいようにやってみるべきだ。

 しない後悔よりする後悔とも言う。

 

 いったいどちらが正しいのか。

 

 やはり答えは出ないのである。

 

 

 

70.あとかたづけ 後編

 

 謎の高い塔を降りて、街を巡っていく。

 

 散策目的だと目に入る物も変わってくると木村は感じた。

 

 昨日までは魔物だの精気だのばかり気にしていたが、街並みに目が行くようになる。

 木村はあちこちに似たような旗があったことに気づいた。

 

「あっちこっちに似たような旗があるけど、あれは何なの?」

 

 文字が短く書かれているが、木村はあまり意識していなかった。

 旗の文字に意識を向けると、“生誕50周年!”と書かれていることがわかる。

 

『つい先日にトンタタ王の生誕50周年式典が催されたのです』

「すごい賑わいだったらしいよ。僕らはずっと地下水路だったけどね……」

 

 式典というか祭りみたいなものだろうか。

 ケルピィらはまさに迷宮問題と対峙していたようだ。

 お気の毒さまとしか言いようがない。

 

『自分は最後のあたりだけ参加しましたよ。隊長は迷宮で酒浸りでしたね』

「飲んで楽しんでたと思われるのは心外だねぇ。メッセちゃんはまだわからないだろうけど、大人になると付き合いってものがあるんだよ。嫌でも付き合って飲まなきゃならないんだ」

 

 声に実感がこもっていた。

 木村もそんな話は聞いたことがあるのでなんとなくわかる。

 嫌な文化は、異世界にもあるらしい。

 

『そんなものですか?』

「そんなもんあるかぁ?」

 

 二人の疑問がかぶった。

 メッセは若いのでまだわかってない様子である。

 一方のアコニトがわからないのは、彼女がまさに付き合わせるほうだからだろう。

 

『式典は何事もなく無事に終えましたよ』

「そう。僕たちの血の滲む戦いのおかげだろうね」

『地上で汗水垂らして準備をした人たちの成果でしょう』

「僕たちの戦いは……?」

 

 メッセも冷たい物言いだが、顔は和やかである。

 ケルピィがメッセに軽く扱われていると思っていたが、彼の言動は彼女に軽口を言わせているように思える。

 これが彼なりの接し方なのかもしれない。

 

「――待って。式典が何事もなく終えたって?」

『大きなトラブルはありませんでした。地下の状況を鑑みてか、予定よりもやや早く切り上げましたね。ほぼほぼ予定どおりです』

「予定外のことは本当に何もなかった?」

『聞いていた限りではありません。プログラムどおりです』

「それはおかしいな……」

 

 メッセが足を止めた。

 彼女は木村たちを振り返り、人差し指を口に当てて静かにと示す。

 木村も足を止めて口をつぐんだ。この「黙れ」のジェスチャーは異世界問わず共通なのかと疑問を抱いた。

 

「…………お気遣いありがとう。ちょっと気になることができたよ。寄り道して良いかなぁ」

『もちろん。どちらでしょうか?』

「ピヨヨの執務室」

 

 執務室というからにはピヨヨは人なのだろう。

 誰なのかはわからない。

 

『ピヨヨ宰相の執務室ですか?』

「うん。あいつとモッフが、三ヶ月くらい前からかな、二人でこそこそと何かやってた。街でも手下がこっそりと動いてたのを見た。あいつらのことだから、式典で何かおもしろいことをしでかすつもりだと黙ってたんだよねぇ。驚かされようかなって。でも、式典はプログラムどおりに終わったんでしょ。それなら、仕掛けが残ってる。何かはわからないけどね」

 

 ピヨヨという人物は宰相らしい。

 宰相が偉い人というのは木村でもわかるが、宰相が具体的に何をする人なのか知らない。

 

「モッフというのはモッフモフルド氏でしょうか?」

『はい。王国神術省長官です』

「なるほど。気になりますね」

 

 ウィルも名前を知っている。

 かなり優秀な魔法使いだろう。

 

『なぜ執務室なのですか? モッフ様や、部下の動いていた場所を探すべきではないですか?』

「あいつの部屋に手がかりがあると思うんだ。迷宮化してからあいつの部屋に行ったんだけどね。机近くの絨毯に椅子の跡があった。けっこう長い時間座らないとあの跡はつかない。あいつの部屋で椅子に長時間座るほどの仲となるとモッフモフルドだ。さらに、机の上はいつも資料だらけなのに片付けられた跡があった。広範囲に何かを広げてたんだろう。おそらく地図だ。それにかすかに酒の臭いも残ってた。おそらくピヨヨとモッフが机の上で、何かの地図を見ながら最終確認をしてたんだ。確認が終わり、成功を祈って酒を飲んだ。しかし、その仕掛けは迷宮騒動が悪化して発動されてない。地図はいったいどこに行ったんだろう?」

『わかりません』

「最終確認が済んでるなら地図はもはや用済みでしょ。でも、何かあるかもしれないからいちおう手近なところにしまっておこうとする。そして、しまうべきものが他にもある。酒だ。しまうなら一緒でいい」

『なるほど。酒と一緒に計画地図がしまわれていると。納得しました。それでは執務室から調べてみましょう』

 

 木村とウィルは黙っている。

 ウィルはどう考えているか知らないが、少なくとも木村はこの機械玉が気持ち悪くなった。

 そこまで見て、考えて生きてるのか。疲れないのだろうか。戦えないとは言ってたが、その代わりに別の能力が尖りすぎていないか。

 

 

 とにかく希望が見えた。

 活路が拓ける雰囲気が漂ってきている。

 

「おい、坊やぁ」

 

 城へと向かう途中でアコニトが声をかけてきた。

 彼女は木村を呼んだが、何も言わない。

 言わなくても木村はわかった。

 

 彼女の言った方向に動き始めている。

 先を歩むウィルやメッセらの足取りに希望を感じる。

 きっと先ほどのケルピィの気づきは、状況を打破するものになるのだろう。

 

 それ故に、彼女は木村に無言で覚悟を尋ねた。

 

「二つの覚悟ね」

 

 木村は答える。

 

 アコニトも頷き、それ以上は何も言わなかった。

 

 

 ピヨヨの執務室についた。

 

 部屋にいた歪んだ男はウィルがすぐに処理する。

 絨毯が敷いてあり、広さもある。かなり身分が高いことは木村でもわかる。

 机から探索を開始し、今は書棚をケルピィが見ていっていた。

 

「あ、ここだ。メッセちゃんこの本を動かして」

『自分では届きません。身体的特徴をついた新しいパワハラですか』

 

 木村が背伸びして本を取った。

 

 奥に何かある。

 酒のボトルとグラスだ。グラスは三つもあった。

 言われていた地図は見つからない。

 

「地図はない。……グラスは三つか。残念だなぁ」

 

 よくわからない呟きだ。

 木村はこの酒とグラスが何なのかがわからない。

 

「この酒とグラスは何か意味があるんですか?」

「いや、もうないよ。――ここではないねぇ。グラスが三つ……。次の機会にした、か。そうすると大きな催事は『オナヨナ水灯祭』だけど違うだろうなぁ。王都で行われるもののはずだ。そうなると『テルーノクト銀鏡礼会』かな」

 

 ケルピィが、またもや本棚兼資料棚の周囲をふわふわと浮いている。

 彼が手がかりを探している間に、木村の後ろでは先ほど見つけた酒をアコニトが飲もうとして、おっさんに殴られていた。

 酒はおっさんが持って帰るのかと思いきや、彼は酒を机の上に置き、近くにグラスを並べるだけだ。

 木村には何がしたいのかよくわからない。

 

「……これだ。メッセちゃん、この資料を取って」

『これではわかりません。指で示してください』

 

 こちらも木村が取った。

 漫才を聞いているのも飽きてきた。

 

 資料をぱらぱら開くと王都の地図らしきものが出てくる。

 ざっくりとした地図だが、各ポイントに丸印が付けられているのがわかる。

 

「これだよぉ。丸印のところに行ってみよう。きっと何かある」

 

 ケルピィの声にも張りが出てきた。

 メッセも心なしか嬉しそうに見える。ウィルも張り切っている。

 アコニトは酒を奪われやる気が消えかけていた。歪みを攻撃もせず、ふてくされている。

 

 木村はどうだろうか。

 うまくいきそうなのは正直にいって嬉しい。

 しかし、うまくいった後のことを考えると素直に喜べないのも事実である。

 

 あるいはアコニトが言ったように、黙って見ておくのも一つの手なのかもしれない。

 

 どうせ壊滅するというのなら、彼らを助けることに意味はあるのか。

 絶望させるために助けるというのか?

 足取りは軽くならない。

 

「ありました。これですね」

 

 一つ目の丸印が城内にあったようで、ウィルが見つけた。

 円柱状のくぐもった黄色い石が、柱の陰に隠されるような形で置かれている。

 かなり小さい。親指と人差し指をくっつけて作る輪っかくらいだ。消しゴムでもこんなのがあった。

 

「これは?」

「共鳴石ですね。かなり大きい物が使われています」

 

 木村は聞いたことがない。

 博物館でこんな鉱石を見たことがある。

 かなり大きいと言うが、木村には小さく見える。

 

「この共鳴石で何ができるの?」

「同じ鉱石を割った共鳴石は互いに共鳴するんです」

「共鳴? 石同士が?」

「はい。丸印の地点全てにこれが配置されているのなら、発動起点を見つけ出すことで――二つ目の問題がこれでクリアできるかもしれません」

 

 二つ目の問題とは、アコニトで王都全域を攻撃し、歪みを無効化することだ。

 ウィルは顔に希望が満ちてきている。メッセも同様だ。

 

 彼らの足取りは確かなものになりつつある。

 希望がある。未来を感じる。なんとかしてやるという意志に溢れていた。

 

「あやつらの顔を見よ。己らが誰かの手の平で踊っているとは思っておらんぞぉ」

 

 木村もアコニトから話を聞いてなければ、彼らと一緒に前のみを向いていただろう。

 しかし、その後に起こることを考えば考えるほど無駄に感じてくる。

 

「坊やぁ。そこの中年も言ったとおりだぁ。やりたいようにやってみるべきだぞぉ。なるようにしかならんなら楽しんだもん勝ちだぁ」

「……そうなんだけどね」

 

 タバコを三本咥えながら言われると説得力が不確かになる。

 奪われた酒の代わりに、タバコの煙で気を紛らわせているのかもしれない。

 

「とにかくだぁ。坊やにやれることをやれぇ。ほれ、あやつらが待っておるぞぉ」

 

 木村が顔を上げればウィルたちが、こちらを見ていた。

 タバコを三本もくわえているアコニトに、化物でも見るかのような視線を向けている。

 

 悩んでいても仕方ない。

 年配のアドバイザー二人が「楽しんだもん勝ち」、「やりたいことをやれ」とそれぞれ言うのだ。

 

 木村も当初に思ったとおり、ウィルとフルゴウルのやることを支えるべく前を向いた。

 

 

 夜になり、フルゴウルらとともに明日、明後日の方針を決めた。

 

 まずは残りの丸印の調査。

 丸印の配置は、ウィルに言わせると匠の仕事らしい。

 互いの共鳴範囲や共鳴順序を考えて設置されているようである。

 

 次に共鳴石の起点の探索。

 場所自体はウィルがすでに推測している。

 何の魔法を共鳴石に使うつもりだったのかを把握したいようだ。

 可能であれば、余った共鳴石を見つけて、配置のない地下迷宮や周縁部に配置したいと話している。

 

 これができれば、いちおう形は整うらしい。

 後は三日後の朝に、イベント終了と同時に例の作戦を行うだけだ。

 

 これで歪みという問題は解決される……はずだ。

 

 もう討滅クエストがどうこうとか、失敗したらということは考えないことにした。

 

 いや、どうしても考えてはしまうが、今はとにかくこの作戦を成功させることを木村は第一としたのだった。

 

 

 朝になり、予定どおりに共鳴石を確認しつつ王国新術省とやらの建物に向かう。

 

 魔法の罠があちらこちらに張り巡らされている、ということはないが、歪んだ職員らは魔法で攻撃してくる。

 

 しかし、相手が悪い。

 魔法大国の若手エリートと、よくわからないけどすごい眼をもった悪の組織のトップの前では無力だ。

 さらに泡を吹いて卒倒している薬中神までいる。彼女はおっさんに引きずられていた。

 モルモーも冥府のアイドル姿で一緒についてきている。

 

 なお、モルモーのこの姿は木村がお願いした。

 新設したリラクゼーションルームの、マッサージマシン利用券と引き換えだ。

 モルモーは戦力になっていないが、記憶を垣間見る力が欲しかったので来てもらっている。

 

 実質的にはウィルだけで充分である。

 隠された仕掛けを見破るのに、フルゴウルが口を出すくらいだ。

 おっさんに振り回されたアコニトで歪みを消して、どんどん奥へと進んでいく。

 

「ここですね」

「えっ、ここなの? 何もないよ」

 

 ウィルは肯定する。

 到着した部屋は最奥ではない。

 通路脇であり、普通の物置部屋に見える。

 ところどころ物が置かれているが、魔法を発動する装置や陣は見えない。

 

「発動自体は術式に神気を流し込むだけですからね。大規模ではありません」

「右の箱だね。比較的新しい精気が残っている」

 

 フルゴウルが右を示す。

 彼女は戦いはするが力仕事は苦手であり、あまり汚いものも触ろうとしない。

 つまり、アコニトとは相性が悪い。アコニトは神を名乗っているが、かなり汚いところで平気だ。

 一時はゴミ捨て場で生活していたくらいである。おっさんに至っては彼女自身がゴミだと公言している。木村もときどきそう思う。

 

「ありました。共鳴石と、……こちらがイグニッションでしょうね」

 

 ウィルが箱を漁ると、あっさり共鳴石が見つかった。

 聞き慣れない単語が聞こえたが、ウィルは折りたたまれた紙を手に持っている。

 おそらく起動式とやらがその紙に書かれているのだと木村は判断した。

 

「なんだろう……。もっと厳重にしまわれたり、封印されてるものだと思ってた」

「危険なものならそうでしょうが、そういった処置をするとかえって怪しまれますよ。僕でも気づきます。でも、こうやってしまわれると特殊な力がなければ、察することすらできません。神聖国でも重要な書類には、かえって何もしない方が厳重となる場合があります」

 

 ここは魔法に詳しい人が多い場所らしい。

 そうすると確かにウィルの言うとおり、この粗雑なしまい方が良いのかもしれない。

 

「さっそく見てみましょう」

 

 ウィルが折りたたまれた紙を広げる。

 文字や記号、図形があれこれと描かれており、何がなんだか木村にはわからない。

 

「わかる?」

「ええ、だいたい。綺麗に描かれていますから読みやすいですね」

 

 これのどこが読みやすいのか、木村は説明して欲しいところである。

 ウィルが遠目で全体を眺め、全体像を把握したところで細かいところを確認しており解説はしてもらえそうにない。

 

「…………これだけですか?」

 

 読み終わったあとで、ウィルが告げた。

 彼はやや呆然としている。

 

「何がわかったのかな?」

 

 木村の顔近くを浮いている機械玉ことケルピィの声が聞こえた。

 彼も、紙に何が描かれているのか気になったらしい。

 

「えっとですね。あれだけの共鳴石を配置して、いったいどれほどの神聖術を発動させるのかと期待したのですが、僕の想像をずっと下回っていました」

 

 ウィルが呆れ気味に呟いた。

 彼は呆れているが、アコニトのように馬鹿にするような声色や表情はない。

 

「共鳴石の範囲にいる人の顔を空に映す神聖術です。選ばれる人の顔は、喜びの感情が大きい人間を選ぶように設定されています。今回の場合ですと、王その人から始まり、門の方から徐々に王宮へ近づき、最後は人でなく城の遠景を映すことになるでしょう。費用対効果を考えれば、愚かしいとしか言いようがありません」

 

 木村も思ったよりしょぼいなと感じた。

 ウィルが愚かしいと言うのもわかる。

 

「――トンタタ王は、ずいぶんと国民に慕われていたのですね」

「うん。一般国民にはそうだね。貴族には嫌われてるけど。彼らの特権を廃止してしまったからねぇ」

『自分も親しみやすくて好きでした』

 

 木村は話がわからなかった。

 ケルピィとメッセは誇らしげに語っている。

 

「どういうこと?」

「僕の理解ですが、神聖国は例外として、神術、魔法、妖術といったものは得てして戦闘や練成などの特殊な用途にしか使われません。今回のような式典で使われる場合は、総じて権力者の威光を讃える演出の一つとなります」

「なんとなくわかる」

 

 北の国が、総書記の誕生日祝いにミサイルを発射するようなものだろう。

 あるいは大きな式典での花火みたいなものだろうか。

 

 例は正しくないかもしれないがウィルの言わんとしていることはわかる。

 特殊な力が、偉い人の手中にあることを示したいということだ。

 

「しかも共鳴石をあれだけ揃えた神聖術で、ただ国民の笑顔を映そうとするんですよ。他の国なら暴挙でしかありません。帝国なら一族郎党の首が全て飛ぶでしょう。神聖国でも学長怒りの転移で、僻地に裸で飛ばされることは間違いありません」

「……そこまで?」

「共鳴石の大鉱石を一つまるごと使ってるくらいですからね。僕の一生分の賃金でも果たして足りるか」

 

 ウィルは乾いた笑いを見せている。

 まるごと一つの共鳴石がいくらなのか怖くて聞けなかった。

 

「空は権威の象徴だ。基本的にどの人物よりも高い位置にあるからね」

 

 フルゴウルが解説をさらに継ぎ足した。

 

「その空に王を映し、さらにその後で一般国民の顔を映すというのは、王と一般国民の立場が同じだと示しているようなものだ。危険な行為だね」

「危険ですね。冥府でも怖くてやろうとすら思いません。――しかし、これを高位な立場の人間が行うということは、王がその意味を解し、それでも認めてくれるという信頼があると思われます」

「僕も王は喜ばれると思うねぇ。“一つの王国”を目指していたから」

「なるほどね。それで空か。身分の隔てなく空に映し、全員が一カ所を見つめるという一体感を演出しているわけだ」

 

 木村もようやく理解できた。

 いろいろと複雑なことを考えてるんだなぁと素直に感じた。

 もしかしたら木村が日本で見てきた些細な演出も、裏では制作者の多様な思惑があったのかもしれないと気になってくる。

 

「作られた人たちには悪いですが、今回の解決用に書き換えさせてもらいましょう」

 

 ウィルが紙を丁寧に折りたたみ、箱に残っていた共鳴石も回収していく。

 

 

 休憩もかねていったんカクレガに戻った。

 

 ウィルはイグニッションとかいう起動用の図の仕込みがあるようで、午後からの探索には来ない。

 代わりにゾルがついてきて、魔物退治を引き受ける流れだ。

 

 午後からの調査はウィル抜きでも問題なく終わる。

 

 その翌日はウィルが訓練室でイグニッションの発動検査をしていた。

 

 木村たちはゾルやフルゴウルと一緒に、余っていた共鳴石を迷宮や王都の隅へ配置しにいく。

 

 

 

 そして、ついにイベント終了当日である。

 

 朝日が出てすぐに、カクレガを出て歪んだ王都へ向かう。

 

 日本時間の朝六時にイベント終了であり、異世界との時差は把握済みだ。

 時差を把握なんてキザな言い方をする必要もない。メニューの右上に時刻が出てくる。

 

 現在は4:50だ。

 あと一時間ほどで異世界でもイベントの終了時間に達する。

 

 かなり余裕を持たせて出たので、三十分近く余裕を持って迷宮の最奥にたどり着いた。

 ウィルやフルゴウル、それにメッセがパーティーとしてやってきている。

 アコニトも前日からクスリを抜かせて縛っているから問題ない。

 

 最奥は歪みがきつすぎるので、大扉の手前で時間を潰す。

 会話も弾まない。全員が緊張をしている。

 

「――あと五分」

 

 木村がメニューで時計を見て告げた。

 

「行こうか」

 

 フルゴウルが声を出し、全員が立ち上がる。

 大扉を潜り、一見何もない広間のやや手前に立った。

 

 ウィルが、彼が描き上げたイグニッションとかいう意味不明の図を広げる。

 フルゴウルが眼をうっすら開き、歪みを静かに見つめていた。

 アコニトを縛った縄が解かれる。

 

「アコニトさん。合図になったら、ここに手を当ててください。神気を吸われますが、手は離さないようお願いします」

 

 意味不明図の中央付近に、手をかたどった線がある。

 アコニトが自力で神気を放出できないと知り、ウィルが作った発動用の式らしい。

 

「神使いの荒い奴らだぁ。罰がくだるぞぉ」

 

 すごい嫌そうな顔でアコニトが木村たちを見た。

 懐から葉巻を出したところでおっさんが一歩前に出たが、木村が彼を止めた。

 縛ったのはやり過ぎたと木村も思っているので、まともなタバコの一本くらいは吸わせることにした。

 

「頼んだよ、アコニト」

 

 葉巻を咥えて火を付けたアコニトに木村は声をかける。

 

「はぁ、めんどくさいわぁ……。まぁ、坊やもほどほどにやれぃ。しょせんは他人事だぁ」

 

 木村も頷いた。

 彼女らしい言葉に木村も満足している。

 

「残り一分」

 

 メニュー内の時計が、5:58から5:59に切り替わった。

 

「始めよう!」

「アコニトさん。お願いします」

 

 ウィルの言葉に従い、アコニトが手を図にくっつける。

 紫色の光が、手を縁取る線をなぞるように浮かんできた。そこから外側に向かって進む。

 

 紫の光が、最初の図形にたどり着く。

 同時に、ウィルの近くに置かれていた共鳴石が黄色の光を灯した。

 くすんでいた意志の内部が徐々に透明になっていく。

 

「発動確認。――共鳴伝播も確認。――待機段階への移行確認」

 

 光が図の図形をなぞるごとにウィルが声を出す。

 一分弱で全ての共鳴石が同時に発動するよう仕込みがされているらしい。

 

「――全共鳴石、発動されました」

 

 紙の図形が全て紫色の光でなぞられると、ウィルが告げた。

 共鳴石が黄色から紫色の光に変化していく。

 

「――共鳴石からの音波攻撃を確認した」

 

 ウィルが役目を終え、フルゴウルが状態遷移の報告を引き継ぐ。

 共鳴石からはアコニトの神気を消費して、音の攻撃をするようになっているらしい。

 これで王都のほぼ全域を、アコニトの攻撃とみなされる音波でカバーする。

 

「――歪みの無効化を確認」

 

 ついに歪みの無効化がされた。

 木村にはわからないが、王都中の歪みも消えているはずだ。

 

「――キィムラァくん。ここに腕を差し出してくれ」

 

 フルゴウルが木村に指示し、木村もフルゴウルの示した位置に両腕を伸ばす。

 息を大きく吐き出して、歪み無効化が解除されるまでの約十秒を待つ。

 メニューを見ればちょうど6:00に切り替わるところだった。

 

「――迷宮反応の緩やかな逓減を確認」

 

 ウィルとフルゴウルがほぼ同時に告げた。

 

 イベント終了を迎え、迷宮が徐々に消えていっているのだろう。

 後は歪みの出現が止まれば成功だ。

 

「――うわっ!」

 

 木村は突如腕に異質な感覚が伝わり驚いた。

 まるで肌の上を大きな蛇が這っているような感覚である。

 

「大丈夫だ。動かずに堪えるんだぞ」

 

 おっさんが木村の右肩に手を置いた。

 彼は木村の横に立ち、木村と同じ方向を見ている。

 動かずに、と言うが、そもそもおっさんが肩に手を置いてから身動きがまったく取れない。

 おっさんが得意とする謎の力だ。口と目しか満足に動かせない。首すらも回らない。

 

「うわっ、わっ、服が! 肌も捻れてきてるんだけど!」

 

 木村の服の袖が千切れて飛んだ。

 目の前の空間の中で、ズタズタに千切れ飛び、跡形もなくなってしまう。

 さらに腕の表面を何匹もの蛇が巻いている感覚に襲われる。圧迫感が強くなってきた。

 

 木村もやばいところに腕を突っ込んだ自覚が芽生えてくる。

 今からでも抜けないものか。そんなことを考えたところで左肩に重みがかかった。

 

「まったく、男の子(おのこ)が肌をこねられたくらいでぴゃーぴゃーと騒ぐなぁ。そんな敏感では交接もままならんぞぉ」

 

 役目を終えたアコニトが、木村の左肩に彼女の腕を乗せてきた。

 彼女なりの応援だと思うのだがせめて手にして欲しい。

 

「高説? 高説なんて要らないから。これ、どうにかならない」

「ん~? ……おいおい、坊やぁ。交接というのはなぁ」

「――その説明は後にしましょう。キィムラァ。歪みの収束を感じます。そのまま維持してください。昼には消えると思われます」

「昼ね……。昼? えっ、昼までかかるの?」

 

 今は朝である。

 朝の6時だ。早朝と言っても良い。

 昼までずっとこのままなのかと、木村はウィルを見返したいが首は動かない。

 

「ウィルくんの言うとおりだ。歪みの軸がわずかながら縮小している。腕の二本で止められるなら安いものだよ」

 

 腕がなくなるのを前提な口ぶりでフルゴウルは語る。

 姿は見えないが、おそらくすでに目は閉じて顔を背けているはずだ。

 

「よっ、少年。若さでやりきってくれ。王都の期待の星!」

『がんばってください』

 

 どの応援もまるで心に響かない。

 これならまだボローに無言で近くにいてもらったほうがマシだ。

 

 

 最初の数分はいろいろと話をしていたが、だんだん飽きてきた。

 

 まずアコニトが興味を失い、イビキをかいて寝始めた。

 次にウィルもここ数日はろくに眠れていなかったようで、静かに眠りに落ちた。

 メッセはケルピィと話していたが、会話の間隔が徐々に広がり、今では小さな寝息をたてている。

 フルゴウルは霊体となってからは眠れなくなったようで、近くにいるようだが何をしているのかはわからない。

 

 どうせ動けないならと木村も立ったまま寝た。

 最初は数分間隔で眼が覚めたが、体が慣れてきたようで二時間くらい眠ることができた。

 

 浅い眠りから目が覚めると、景色が変わっている。

 広間が大幅に狭くなっていた

 

 迷宮特有のほのかな灯りも消えて、周囲は薄暗くなっている。

 足下には薄らと水が流れているようにも見える。

 

 徐々に迷宮が薄れ、地下水路に戻ってきているようだ。

 

「腕の感覚もだいぶん弱まってきた」

「そうだね。かなり縮小している。縮小に従い、歪みからの距離が遠くなっているな。もう少し前に出た方がいいだろう」

 

 独り言に返事があったので、木村はやや驚いた。

 どうやらフルゴウルはすぐ側にいるらしい。

 

「おっさん。前に出るから」

「わかったぞ」

 

 木村が伝えるとおっさんも返してくれる。

 足を少しずつ前に進めれば、腕に這う間隔もまた強くなってきた。

 

「よく考えれば、腕にこだわる必要もないな。全身で入ってみてはどうかな? 収束の時間も早まる。抗力も増すはずだ」

 

 木村はおそるおそる足を進ませる。

 足が入った時点で、ズボンの片足部分が消し飛び、短パンになった。

 

 危なかった。

 もう少し進んでいたら下半身が丸出しだっただろう。

 全身ほどではないが、片足を突っ込んだ分だけ効果は上がっているようである。

 

 この流れを数度繰り返し、とうとう周囲は完全に地下水路に戻った。

 ウィルが明かりを灯し、照らしてくれている。

 

「僕にはほぼ歪みを感じません」

「あとほんの少しだね」

 

 フルゴウルにはまだ歪んで見えているらしい。

 ちなみに木村は水路に足を突っ込んでいる。膝のやや上まで水がゆるゆると流れるのを感じる。

 手の先は壁で、ずっと壁とにらめっこをしており新手の罰ゲームに思えた。

 

「あ、なんか出た」

「終わったよ」

 

 壁に彫られた文字が浮かんだのと、フルゴウルの終了の合図は同時だった。

 おっさんの固定も解かれたので木村は久々に腕を降ろす。

 腕を軽く回し、握ったり開いたりしてみる。

 特に問題はない。

 

 腕に問題がないとわかったところで、壁の文字を読んだ。

 大きな文字では刻まれていない。普通に通ったら見逃してしまうかもしれなかった。

 

「えっと――、

 

“賑わいと寂しさをこの地に捧げる。

 ここが貴公にとって、いつまでも居心地の良い場所であることを祈って。

 

 暗がりの友 ポルポル”」

 

 ポルポルという名は木村も本で見覚えがある。

 この水路が元はポルポル水源という名前だったはずだ。

 

 上の二行はポルポルが誰かに送った言葉だろう。

 そうなると筆者の前に書かれている文字がそうだろうが……。

 

「“暗がり”ってもしかして?」

 

 おっさんも文字を見つめている。

 

「あいつと会うことはできないが、感じることのできる奴は稀にいる。もしもあいつを友と思えるくらいに感じられるなら、闇の素質があったんだろうな」

 

 本の疑問が木村にもわかった気がする。

 どうしてポルポルが川の近くに街を作らず、わざわざここまで水を引いたのか。

 

 闇竜が好きな場所を、ここに築くためではなかったのか。

 

 上は都で人が溢れて賑やかだが、そのすぐ下は人もいない寂しい水路だ。

 闇竜の大好きな場所とマッチしている。

 

 当の本人……闇竜がどう思っているのかはわからない。

 しかし、なんだかんだでアピロを消し去ってくれたので、この地を気に入ってるのではないだろうか。

 

 ただの憶測であり、答えはやはり合わせることもできない。

 

 

 

 地下水路を歩き、元の入口から外に出ることにした。

 他の入口は閉め切られてしまっているし、どこに出るのかがよくわからなかった。

 

「悪い結果にはなっていなさそうだね」

『はい。賑やかです』

 

 フルゴウルが呟いた。

 ところどころで外との出入り口があるので、音が響いてくる。

 歪んだ住民では、こんなふうに騒ぐことはできないだろう。

 

「良い騒ぎでもなさそうだけどね」

 

 あちらこちらで叫び声も聞こえてくる。それはそうだろう。

 歪んでいた間の記憶がないのなら、おおよそ二週間ほどの時間をリープしたことになる。

 

 元に戻った住民たちは混乱の最中にあるはずだ。

 

 

 光が射しこむ入口を潜る。

 

 眩しさのあまり目がくらみ、なれるまでに時間がかかった。

 

 木村たちが喧噪の方へと歩を進めれば、多くの人が叫び声を上げ、兵士たちが対応に追われている。

 子供の泣き声が耳に響き、老人が困った困ったと同じ言葉を何度も繰り返す。

 

『隊長。見えていますか?』

「そりゃ見えてるよ。大混乱だ」

 

 そのとおり。大混乱である。

 木村から見てもどう収拾を付けていいかわからない。

 歪みはなくなっているが、それ以上の混乱が生み出されてしまったように思えた。

 

 問題は解決しても新たな問題が出てくる。

 絡み合った問題が新たな問題を連れてきてしまうのだ。

 しかも完全に解決すると、別の問題が発生するという最悪の機構を備える。

 

『王都が戻ってきました。自分たちが守りたかった王都です』

「今だけは体がなくて良かったって思えるね。任務も振られないだろうから」

『いいえ、任務はあります。大切な任務です』

 

 任務どころではないと木村は思うが、メッセは別らしい。

 この混迷を極めた状況でも喜ばしい顔をしていた。

 

『王都で何が起き、自分たちがどう動いたか、彼らのために何をしたのかを話す必要があります。自分はとても話したい気持ちに駆られています』

「それは、いろいろと難儀だねぇ。面倒じゃないのかい?」

『とても面倒です。しかし、自分は――とても楽しみでもあります』

 

 メッセは眼には涙が浮かんでいた。

 失うと諦めかけていたものが、戻ってきた喜びから来るものだろう。

 

『隊長。まずはピヨヨ宰相に報告をしましょう』

「あいつは別に後でいいんじゃない」

『いけません。行きますよ』

 

 メッセが足取り軽く、混沌を為す人の群れを上手にすり抜けていく。

 

 木村はその小さな背を追うことができなかった。

 

 

 王都は今でこそ大わらわだが、明日には落ち着くのではないか。

 何が起きたか判明し、解決にあたったメッセとケルピィは多くの人から讃えられるかもしれない。

 

 そして、感動が極まったところでメッセージが届くのだ。

 

 ――討滅クエスト。

 

 あるいはそれに準ずる災厄だ。

 

 アコニトは諦めろと言った。

 彼女自身も王都はどのみち滅びると諦めが混ざっていた。

 

 だが、先のメッセや王都の様子を見るほどに木村は思ってしまうのだ。

 

 それでいいのか、と。

 アコニトやおっさんは処世訓を教えてくれた。

 

 ――討滅クエストが来るとわかっていたから驚かない。

 ――他人がどうなろうと知ったことではない。

 ――やりたいと思ったことをやる。

 

 木村も反抗期は過ぎている。

 彼らの言葉にわざわざ逆らおうとは思わない。

 

 彼らの教えに従い、自分にできることを淡々とやっていく。

 

 自分たちを踊らせて楽しむ上位存在的な何者かなど、凡庸な木村の知ったことではない。

 

 

 木村は顔を上げた。

 

 目に飛び込むのは、歪みのない王都。

 表情豊かな人の流れ。聞こえてくるのも喜怒哀楽がこもった人の声。

 

 彼もこの光景を取り戻すのに、一役買ったことは間違いないだろう。

 人は自らが手にかけたものを気にかける習性がある。

 

 固い信念も、揺るがざる決意も彼にはない。

 これがしたい、こうなりたいという将来の夢すらなかった。

 

 ただ日々をなんとなくで過ごし、ステージの周回とキャラの育成を惰性でしている。

 日本にいても、異世界にきてもやることはさほど変わっていない。

 

 木村は勇者ではない。

 魔王でもない。魔法使いでもない。

 商人でもなく、医者でもなく、もちろん悪役令嬢でもない。

 

 木村はカゲルギ=テイルズの平凡な一プレイヤーである。

 平凡じゃないのは周囲の環境とキャラだ。

 

 そんな彼が、討滅クエストを与えられたならやることはただ一つ。

 

 ――ソシャゲらしく淡々とクエストを消化することである。

 

 要するに、できることをやっていくということだ。

 

 最初からわかっていたような答えに一周して戻ってきた。

 無駄に考えた結果出てきたのが、こんなつまらない答えなのが自分らしい。

 

 できることをやる。楽しんだもん勝ちだ。

 

 クエストをクリアすべく、楽しんで挑むことが大切だ。

 ついでに街の被害が減ればなお良い。

 

 木村は心の迷いが晴れた気がした。

 

 穏やかな気持ちだ。

 

 けっきょくアコニトが言うように、なるようにしかならないのだろう。

 

 しかし、それは諦めではない。

 

「よし」

 

 木村は彼らしく平凡なかけ声で、自らの在り方を再確認した。

 

 ここにいても彼にできることはない。

 

 カクレガに戻り、一眠りすることにした。

 何かあればケルピィが、ブリッジを経由して伝えてくるだろう。

 

 さっさと王都から離れたいがそうさせてくれるとは思えない。

 

 今は休息が必要だ。

 

 

 来たるべき討滅クエストにそなえて――。

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