71. 討滅クエストⅡ & ローグライク & デイリー全開放
木村は目を覚まして、訓練室に向かった。
目覚めたときに意識が深くまで沈んだ感覚があったので、夜だと思ったが二時間しか経っていない。
まだまだ昼まっ盛りだ。ちょっと得をした気がするが、時間の感覚がバグって困る。
訓練室では、おっさんが相変わらず筋トレをしていた。
これ以上どこを鍛えるのかわからない。彼が言うには鍛えるだけでなく維持する必要があるらしい。
つまり、筋トレに終わりはないようだ。長い旅路である。
「ケルピィから連絡が来ていたぞ」
どうやら寝ている二時間で、さっそく進展があったようだ。
あの機械玉はブリッジと繋がっているので、逆にこちらの情報を送ることもできる。
「なんだって?」
「内容は聞いていないな。操作がわからなくてな」
「そっか。行ってみる」
このおっさんは割と機械に疎い。
ただ、訓練室の操作だけは、み○りの窓口にいる職員並に爆速で端末を扱っている。
興味がないことにはとことん関心がないだけなのかもしれない。
「討滅クエストとかのメッセージは来た?」
「来ていないぞ」
一安心である。
とりあえずブリッジに行ってみることにした。
ブリッジには誰もいない。
照明すらついていなかった。
戦闘中でも臨戦態勢でもないならこんなものだ。
モニターの一部がピカピカ光っているので、タッチすると“遠隔モード”の文字が出た。
タッチしてみると、モニターの画面が切り替わった。
見覚えのある部屋に、見覚えのない男が映っている。
視点が動いていくとメッセが映った。
「ケルピィさん。聞こえてます?」
「あ、キィムラァくんの声だ。こっちの声は聞こえてる?」
「聞こえていますよ。姿も見えてます。そこは宰相さんの執務室ですか?」
「そうそう。こいつが前に話した宰相のピヨヨ」
映像がぐるっと動き、またメッセから男に変わった。
細身の男で、顎髭を生やしどこぞの立派な貴族のように見える。
ちなみに彼は貴族ではないとケルピィが説明していたが、木村から見ると偉い人はみんな貴族である。
「あ、初めましてキィムラァです」
こちらの姿が映ってないが、頭を下げてしまうのは日本人らしい習性だろう。
相手の方は、機械玉から声が出てきて驚いている印象だ。
「これは何だ? 念話の一種か?」
ピヨヨの反応は、コロナが流行り始めたころ、Web会議になれてない年配のおっさんたちが見せた反応に似ている。
目の前に人がいない状態の会話に戸惑っている様子だ。
「頼みがあるんだけど、僕だとこの状態のこともあって、うまく説明ができないから、ちょぉと来てもらえないかなぁ」
それは、まあ、そうだろうなと木村も思った。
ピヨヨ宰相としては、知り合いの人間が浮かぶ玉となって現れた形だ。
木村は事情と一連の流れを見聞きしているからわかるが、知らない人間からすれば絶句もあり得る。
「行きますが、執務室に行けば良いですか?」
「ちょっと待ってね――」
あちらでも話がされている。
けっきょく正門の兵士を訪ねて、その兵士に案内してもらうことになった。
木村はさっそく城を訪ねる人員を集める。
ウィルとフルゴウル、それにアコニトもである。
念のためモルモーも一緒だ。もちろんおっさんはデフォでついてくる。
「行く前に一つ話しておきたいんだけど」
ブリッジではなく、最近はご無沙汰になっている地図部屋である。
地図がブリッジでも見られるようになり、出撃前の待機室という位置づけになりつつあった。
初期メンバーは今でもここに集まることはあるが、頻度は間違いなく減っている。
「討滅クエストが発生する可能性が高い」
ウィルが、彼には珍しくとても嫌そうな顔を見せた。
フルゴウルは、まだ討滅クエストを経験していないのでよくわかっていない。
アコニトはクスリで頭がトンでおり、おっさんに静かにさせられている。
「冥府のエリュシオンをめちゃくちゃにした金色の竜は覚えてる?」
「当然だよ」
「あれの前身というか、五色の竜と戦うイベントだったんだ。エリュシオンの前にも帝都と獣人の郷をめちゃくちゃにした。そういうイベント」
実際はそういうイベントではないはずだが、異世界においては竜の襲撃イベントだ。
人が多い場所で始まり、竜か助っ人が壊滅的な被害をもたらす。
「だいたいこっちが浮かれてるときにやってくる。そこの薬中がまともなときに、王都が修復できたら次は討滅クエストが起きるって警告してた」
「ああ、それで……、様子がおかしかったのはそのせいですか?」
「うん。とりあえず歪みを消してから話そうと思ってた。歪みが消えなかったら住民が死んでて、ただの戦闘イベントだからね」
ウィルはわかってくれたようである。
フルゴウルも眉を小さく顰めたが理解はしてくれたようだ。
「冥府での冥竜が出てくれば倒せませんが、いつもの五体であれば、今の僕たちならすぐに倒せると思いますよ。もっともいくらかの犠牲はでるでしょうが……」
冥竜はおそらく来ない。
あれは異世界限定の特別変異魔物だろう。
いつもの討滅クエストであれば、連続戦闘にすることで一体ずつ撃破できる。
キャラの育成も進んでおり、装備や結晶も付けているので当初の竜くらいであればウィルの言うとおり余裕だろう。
もちろんこちらが攻撃する前に、竜が暴れれば被害は出る。
混乱からの二次災害も考えられると伝える。
「微々たるものだ。それくらいの犠牲で済むなら安いものではないかな?」
「そうなんだけどね……」
「何か気がかりがあるのですか?」
「おそらくだけど、どうしようもないのが出てくる気がする」
木村はレベルが51になった。
新たな召喚者スキルも手に入れた。
レベルが最大でいくつか知らないが、100と仮定すれば見かけの数値上は折り返し地点だ。
実際は後半の方が要求経験値が増えるので、経験値の累計値でいくと四分の一に行っているかも怪しい。
だいたいのソシャゲでプレイヤーレベルの初期最大値は100にいかない。
アップデートを繰り返して、100に到達するか超えていく。
もしかしたら70くらいもありえる。
ただ、後半戦に足を突っ込んだ気配は間違いなくある。
敵の強さもグッと上がってきており、解決すべき問題の大きさも増してきた。
この状況で、今までどおりの討滅クエストが来るだろうか?
実際のソシャゲでもこの手のイベントは数回ほど実施されると、パワーアップや拡張が入る。
それに、トロフィーで見た説明文も気になっている。
金トロフィーの説明に「また会おうね」とカタカナで書かれていた。
木村はこのあたりの話をしていった。
「カクレガを移動させてはどうかな? もう王都に用はないだろう。その討滅クエストが別の地点で行われるんじゃないか」
「それも考えてたんだけど、動かないんだって」
おっさんがにっこり頷く。
にっこりする要素はまったくないはずだが、言っても仕方ない。
「嫌な――とてつもなく嫌な気配がしますね」
「うん。討滅クエストがまず発生すると考えて、戦う準備はしておいて。被害が減るようクエストを終わらせるしかない」
ウィルとフルゴウルは死者数を減らすよう頭を回しているが、木村はもうそこは割り切っている。
死者数を減らすとかまで考え始めたら木村はパンクする。
彼に出来るのはクエストをさっさと終わらせるよう、淡々と行動することだけだ。
王都に再び入ったのだが、居心地が良くない。
正門前というのは城の正門ではなく、王都の正門だった。
都の正門前で兵士に発見され、街の中を兵士に案内されて歩んでいく。
扱いは極めて丁重だ。
かつて帝国で槍を向けられたがそんなことはない。
あのときは悪者扱いだったし、実際に悪者と変わりなかったので仕方ないだろう。
兵士に案内はされるがどうしても目立つ。
特におっさんとアコニト、それにフルゴウルだ。
おっさんは背が高いし、筋肉がもはや鎧である。加えて、アコニトを引きずっている。
引きずられるアコニトは、王都にはいない獣人の姿で、意識を失い、地面で顔を削られていた。
フルゴウルは何よりもその金髪だ。生前から美しかったが、霊体となってからは実際に金色の光を発しているので夜でも目立つ。
モルモーも冥府のアイドルの姿をしているためか、その美貌……というよりどこか哀愁を感じさせる顔つきに観衆は息を止めている。
この四人と比べれば木村やウィルなんて従者も同様だ。
木村は以前おっさんから習ったとおり、胸を張って堂々とするようにしているが、さすがにこれだけ視線を浴びると気後れしてしまう。
ウィルも得意ではなく、魔物に囲まれたときよりも緊張しているように見える。
ただ、やはり前の四人に注目がいくので、緊張こそあるが少し気楽でもある。
「……まだ残ってますね」
「何が?」
ウィルが空をぼんやりと見て告げたので、木村は尋ねる。
「歪みです。上空まではさすがに消せませんでした」
「まだあるの? 全然わからないけど」
「ええ。よほど神気に対する感覚がないと気づかない程度です。鳥が巻き込まれる可能性があるかもしれません」
「そのくらいならかわいいものでしょ」
「そうですね。時間が経てば消えることもあり得ます」
歪みが残っているようだが、上空であり弱いものらしい。
ウィルの言うように鳥はひっかかるかもしれないが、大きな問題にはならないのではないか。
王城からピヨヨの執務室へ、と思ったが連れて行かれたのは別の部屋だ。
会議室だろうか。縦長で部屋に合わせた長机が設置されている。
この部屋は探索時にも来たことがない。
ここまで長い机は木村も初めて見た。
長机には多くの人が席に着いており、先に見たピヨヨの姿もある。
さらに席の後ろには、彼らを補佐するような形でまた別の人間たちが立っている。
ピヨヨの後ろにメッセと機械玉のケルピィも見えた。
兵に案内された席の一端に座る。
アコニトは床に無造作に転がされた。
相手は気にしているが、こちらは誰も気にしない。
「ご足労いただき感謝する」
「こちらこそ丁重なお招きに感謝する」
ピヨヨが社交辞令を述べた。
フルゴウルが慣れた様子で返礼をした。
その後は、それぞれがとても簡易的な自己紹介をした。
木村たちはアコニトを除く全員が軽く紹介をしたが、王国側は席に座っている人たちだけだ。
どれも何とか省やら何とか庁の長官とか会長、院長と長が付く人間ばかりである。
全員からそれぞれ独自の風格・気品というものを木村は感じた。
「彼らをここに招いたのは、今回の事変に関し、魔物討伐隊のケルピィ隊長より重要参考人として名があがったことによるものだ」
ピヨヨ宰相が説明する。
説明はするが、全員がそんなことはすでにわかっている雰囲気だ。
どちらかといえば、隅に座っている議事録係に明確に会議録を残すための言葉だろう。
「彼らはわずか六人であっても王都を制圧するに足りる戦力であることを忘れず話をしていただきたい。無論、我らが礼節を持つ限り、彼らはそのようなことを考えもしないだろう」
これは双方に向けた牽制だろうか。
フルゴウルも軽く頷く、おっさんがにこやかなのが不気味だ。
タイミングが悪くアコニトが眼を覚まして「ふえあああぁ!」と叫びだした。これには木村も驚いた。
「すまない。発作が起きたようだ。――落ち着くんだぞ」
おっさんがアコニトの顔を殴りつけ、その後は首を片手でコキッと曲げれば、あっという間に静かになる。最初の殴打はいらなかったのではないだろうか。
彼女は部屋の隅に投げ捨てられ、尻尾だけが分離してサッサッと移動し、空いた椅子にファサァと座った。
各長の多くが一連の流れを見て、言葉を失った様子である。
木村たち……主にアコニトが人の枠に囚われないことを、わずか一分足らずで伝えるデモンストレーションであった。
さすがアコニト神は格が違った。
「ピヨヨ宰相。我々はどこから話をすれば良いかな」
フルゴウルが笑顔で問いかける。
完全に場の主導権を彼女が握り始めていた。
「あ、ああ……。それでは――」
事態の発端から現在までの出来事を確認していく。
迷宮の起こり、謎の獣人たちの出現、アピロの介入、王都の歪曲化、アピロの消失、王都の調査、迷宮と歪曲の解消、その後の混乱。
振り返って見れば盛りだくさんなイベントだった。
カゲルギ=テイルズの話はぼやかして概ね正直に話している。
「ひとまず異変の解決を見たと考えて良いのか?」
「残念ながら、解決とするのは早計だ。さらなる異変が起きるとキィムラァは考えている。キィムラァ、説明をしてくれ」
一同がざわついた。
木村も急に話が振られて焦る。
「あ、どうも。迷宮と歪曲はほぼほぼなくなったと思います。しかし、この後、討滅クエストと呼ばれるイベントが発生すると考えています。討滅クエストと言うのは、帝都を滅ぼしたイベントです。竜――とてもでかい魔物が出現すると考えていただければわかりやすいかと」
一同はさらにざわつく。
一人が手を挙げた。
「討滅クエストが起こると考える根拠は何か?」
木村はふと考える。
よくよく考えれば物的根拠は何もない。
そういう流れがあるから、という経験的な予測に過ぎない状態だ。
「経験論ですね。住民がたくさんいる場所で、安堵か油断したときに発生します」
「明確な根拠はないということか?」
「……そう、ですね」
彼らの中でも反応は分かれた。
不安そうに押し黙るものと、意識をしっかり持っている者だ。
「了解した」
根拠がないのに安易に発言するな、とまでは言わなかった。
単に彼の中で、確たる根拠がない不確かなものを王都の復旧計画から外しただけだ。
「待ちたまえ。根拠ならあるだろう。カクレガが移動できていない」
「あ、そうでした。カクレガ――自分たちの移動手段なんですが、その移動が現在できません」
木村は完全に忘れていた。
フルゴウルが、言葉の続きを述べていく。
緊張して頭から抜け落ちていた、自分にしては発言できた方だが、まだ甘い。
「起きるとすれば竜の出現だと。竜というのは、王都の地下にいる闇竜やらとは別物なのか?」
「別物ですね。地下の闇竜はもう忘れてください。あれはあなた方の守り神くらいに思ってもらった方が良いです。討滅クエストの竜というのは、空を飛ぶ巨大な蜥蜴を想像してもらえば良いと思います」
「それが五体出てくると?」
「過去の例ではそうなります」
帝都以東のことを知っている一部の人間からは「竜は三体ではないのか」や「神聖国と竜の関係はどうなのか」と問われた。
前半に対しては最低でも五体に増えましたと言うに留めた。
後半は説明が面倒なのであれも竜ですと伝える。
「その討滅クエストが発生するかどうかはいつわかるのか?」
それは木村だって知りたい。
しかし、そんなに遅くはないだろう。
明日か明後日、あるいは明明後日だが、そこまで遅くなるだろうか。
ひとまずマージンを取って、説明することにした。
「遅くとも三日くらいでわかると思います。早ければ――」
ピッピコーン!
「……今ですね」
おっさんが笑顔で木村に手紙を渡してくる。
木村は顔を引き攣らせつつ手紙を手にし、開いて中身を読み上げる。
「“討滅クエストⅡ開催”」
文字が増えていると木村は感じた。
ささやかな文字だが、意味合いはささやかではない。
「“本日より討滅クエストⅡを開催いたします。
前回よりパワーアップした強敵に挑戦しましょう。
前回までの討滅クエストも開催されます。
クリア報酬をまだ手に入れてない方は挑戦して報酬を手に入れましょう。
※クリア済みの方も挑戦できますが、報酬は出ませんのでご注意ください。”」
シンプルな文面だ。
その後は報酬が増えていることの説明が書かれている。
こちらは読む必要もない。
木村はおっさんを見る。
そろそろ彼が、敵が出たぞとか言い出す頃だ。
どうやらおっさんが口に出すよりもウィルとフルゴウルの方が早かった。
彼らは上を見ている。今回は空を飛ぶタイプなのか。厄介だ。
ピッピコーン!
久々の連チャンだ。
おっさんが手紙をまた差し出してきた。
木村は受け取る。受け取ったが手が開こうとしない。
深呼吸をしてから、その手を無理矢理動かした。
「“ローグライク『水の館 ph7.0』開催”」
イベントの同時開催である。
ローグライクという単語は木村も知っている。
アプリでもあった“風○の~”と“ダンジョン○ーカー”は木村もプレイした。
しかし、時間がかなり奪われる上に、考えるのが苦手だったのですぐに飽きてしまった。
頭を空っぽにしてポチポチダラダラプレイできるものが木村の好みだ。
死んだら全て失うのも彼好みではない。
レベルくらい引き継がせて欲しい。
好みはそうだが今は好き嫌いを言える状況ではない。
イベント告知の続きを読んでいく。
「“本日よりローグライク『水の館 ph7.0』を開催いたします。
天空都市に現れた水の館に挑みましょう。
倒す敵の種類や貴方の行動によって、水の館のphが変わります。
phが中性になるよう維持しつつ、水の館を踏破していきましょう!
※水の館は一日ごとにリセットされます。”」
その後は討滅クエストⅡと同様に報酬のことが書かれている。
今回は挑戦すれば全員にアイテムが配られるとのこと。
どれか一つのEDを達成すると良いことがあるとか。
ガチャチケットだろうな、と木村は推測した。
ピッピコーン!
嘘だと思った。
おっさんがにっこりと手紙を渡してくる。
「もういらないんだけど」
「困難こそが人を成長させるんだぞ」
木村は本音を告げたが、おっさんはそれっぽい言葉を返してくる。
困難にも忍耐にも限度がある。
「“成長応援キャンペーン!”……これは普通だ」
デイリークエストが全て開放されるらしい。
さらに報酬が倍になるという。これに関しては頭を悩ませることはない。
……いや、塔と祠と要塞が全て王都周辺に現れるのか。混乱は生じそうだ。
ある意味厄介とも言える。それでも、前の二つと比べればずっとかわいい。
木村は再びおっさんを見た。
おっさんは何も言わない。仕方ないので木村から尋ねる。
「討滅クエストⅡの敵は出てきてるよね」
「出ているぞ」
木村も実はわかっている。
ウィルとフルゴウルが先ほどからずっと上を見ている。
「……聞きたくないけど、どこにいるの?」
「真上だな」
最悪だった。
このまま城を圧し潰すつもりだろうか。
「強大な神気反応はありますが、動いてないですね。いえ、動けないようです。それ以上に恐ろしいことが起きています」
「……なんだろうね、これは? 液体が動いているように見えるが」
木村はもう勘弁してもらいたかった。
討滅クエストだけなら、覚悟を決めて一プレイヤーとしてプレイするつもりだった。
討滅クエストがⅡになっただけでも覚悟がマシマシでいるのに、ローグライクまで同時開催とか限界だ。
もはや楽しめる域を遙かに超えている。苦行だ。
悪い意味で、自分たちを踊らせている奴はこちらの想像を上回っている。
絶対にこちらの様子を見て笑っているのだろう。
部屋の扉が、猛烈な勢いでノックされ慌てた様子の兵士が姿を見せた。
木村はこの光景に見覚えがあった。帝国の討滅クエストがこの流れだった。
「申し上げます! 王都上空に水が浮かび上がっています!」
通常であれば、怒声を浴びせられる場面なのだろうが誰も兵士を叱らない。
ウィルとフルゴウルがさっさと部屋から出ていく。
木村も続こうと席を立つ
「ん? ……え?」
席を立つと周囲がうっすらと暗くなった。
この景色には見覚えがある。
自爆のキャラ選択時がこれだ。
周囲の時間が非常に緩やかに流れていく状態だ。
それは今も同じだ。周囲に座っていた人たちがやたらゆっくり動いている。
「え、なにこれ?」
「キィムラァ。イベントが始まったぞ。行動を選ぶんだ」
おっさんが急に説明を始めた。
この空間でもおっさんには関係ないらしい。
それもそうだろう。ガチャの時間停止でも動いているくらいだ。
「行動を選ぶっていうのはどういうこと?」
「今はこちらのターンだ。行動が終了すると、相手のターンになるぞ」
間違いなくイベント……おそらくローグライクイベントによるものだと思われる。
しかし、行動しろと言うがどうすればいいのかがわからない。
「選択肢とかないの?」
「規定の選択肢もあるようだぞ。まず、メニューを開くんだ。ローグライクイベントからコマンド選択ができるぞ。選択肢以外の行動も可能のようだな。まずは規定の選択肢からやってみるんだぞ」
メニューを開くと、視界の半分を隠す大きさで、ローグライクイベントのウインドウが浮き出てくる。
選択すると、急に小さくなって“コマンド選択”が浮かび上がる。選択してみる。
“戦う”
“逃げる”
“様子を見る”
選択肢はたったの三つ。わかりやすいといえばわかりやすい。
しかし、戦うと逃げるはいったい何と戦い、何から逃げるのかがわからない。
とりあえず“様子を見る”を選択してみた。
「よし。キィムラァ。部屋の外へ様子を見に行くんだ」
そのまんまだった。
すごい雑なイベントじゃないか、これ。いちいち聞いてくるのだろうか。
木村はウィルとフルゴウルを追って外に出る。
彼らの背中に追いつくと時間がようやく動き出した。
外が見えるところから、上空を見上げた。
本当に水が空に浮いていた。水が光を屈折するためか、透明ではなく輪郭をもって見える。
かなり大きい。
王都の上空をぽっかり占領している。
水の内部で赤や青っぽい魔物が動いているのも見えた。
さらに館の中には、かつてないほど大きな影もあった。
大きな敵影が館の中でもがくように暴れている。
そして、消えた。
同時に木村の目の前に結晶がコロリと現れる。
「キィムラァ。やったな、強敵を撃破したぞ」
「……はい?」
さすがに意味がわからない。
説明を求めてアドバイザー二人を見る。
「おそらくですが、上空に討滅クエストⅡの強敵が現れたのです。しかし、あの空に浮かぶ液体に巻き込まれて溺死したのではないかと」
「私にもそう見えたね」
……えっ、本当に?
強敵が溺れて死んじゃったの?
「結晶を開いてみると、討滅クエストⅡボス①撃破記念の10連ガチャチケットが出てきた」
間違いない。
アイテムは嘘をつかない。ボスは死んだ。
どういうことだろうか。
これは木村も想像していなかった展開だ。
イベント二つでこちらを絶望させようとさせてきたのはわかる。
木村の想像ではイベント二つの挟み撃ちで、王都を蹂躙し、惨い有り様になるはずだった。
しかし、結果は大きく異なる。
討滅クエストⅡのボスが溺死して、ローグライクは異様さを醸し出しているが実害はない。
二つのイベントが競合して、片方が勝手に消滅してしまったのか?
「二体目が現れました!」
ウィルが叫ぶ。
「……液体の中にね」
フルゴウルが冷静に外を見つめて呟いた。
木村にも見える。空の水の中で何かがもがいている。
もがく何かは徐々に大きくなり……消えた。
「キィムラァ。やったな、強敵を撃破したぞ」
本日二回目の強敵撃破である。
討滅クエストⅡボス②撃破記念の☆4二体確定ガチャチケットが出てくる。
「……また現れました」
「液体の中だ」
木村にも見える。
先ほどと似たような流れだ。
敵がどんどん増えていっているのが見える。
増殖系の敵だとわかる。しかし、とうとう消滅した。
「キィムラァ。やったな、強敵を撃破したぞ」
三回目である。
討滅クエストⅡボス③撃破記念の専用武器確定ガチャチケットが出てくる。
しばらく待ったが、次のボスは出てこない。
討滅クエストⅡの一日目が終了したということで良いのだろうか。
そうだとすれば、優良イベントでなかろうか。ただし、明日も同じ流れとは限らないだろう。
「……どうしましょうか?」
ウィルが困ったように呟いた。
木村も困惑はしているが、むしろ喜ばしい困惑だ。
「状況を観察しよう。ウィルくんはあの液体をどう見る?」
「ただの水ではないですね。奇妙な神気を感じます」
「そうだね。浮かんでいるくらいだ。それ以外の混ざり物もある。――わかっているね?」
「はい。空中に残っていた歪みに触れたようですね」
どうやらただの水ではないらしい。
フルゴウルが言うように、普通の水は浮かばない。
朝に消しきれなかった空中の歪みが、空を浮かぶ水に混入してしまったようだ。
あるいは歪みに水が混入してしまったのか。
おそらくその歪みによって、本来とは違う結果が導かれたのではないだろうか。
アピロの歪みに助けられた形とも言えるだろう。
何にせよ、見ているだけではどうしようもない。
「まずはピヨヨ宰相たちに連絡をしよう。歪みと異質さはあるが、状態としては落ち着いている。すぐさま外の状況は変化しないのではないだろうか」
フルゴウルとウィルが会議室に歩いて行く。
景色が薄暗くなり、また時間の流れが緩やかになった。
メニューから、イベント画面を経てコマンド選択に移る。
“戦う”
“逃げる”
“様子を見る”
また同じ選択肢だ。
先ほどと同様に“様子を見る”を押す。
特に何かが起きることもない。
「キィムラァ。ウィルたちに遅れず付いていくんだぞ」
「うん」
その後は会議室に戻り、人がまた集まってから外の現状を説明した。
討滅クエストⅡのボスが死んだことや、空に浮かぶ液体は危険だから近づかないこと、現状で液体は空に固定されているので、無闇に刺激しないことなどを話した。
「事態の沈静化を第一として、各位行動をしていただきたい。事態に変化が見られればまた招集をかけさせていただく」
集まって話していても仕方ないので解散となる。
木村は今後の話をすべく、ケルピィの執務室を訪れることとなった。
72.ローグ「水の館 ph7.0」1
ピヨヨ宰相との話は終わった。
政治的な話をするのは良いが、素人でもわかるように言って欲しいと木村は思った。
主語や目的語が抜けて、察しろみたいな発言はさっぱりわからない。
フルゴウルが理解しているようなので彼女に任せた。
木村でもわかるのは、「大人しくして」ということだ。
たたでさえ王都中が迷宮化した空白の十日間騒動で、はちゃめちゃなのにこれ以上の混乱は困るということだろう。
これは木村も理解できるので、しばらくはデイリー消化を主軸とすることにする。
討滅クエストⅡも勝手に終わったので、王都外のヘンテコなデイリー建造物へ通う日々になるだろう。
なお明日の朝だけは討滅クエストⅡが、今日と同様に敵が自滅するかを確認することになる。
上手く自滅すればデイリーだけの日々だ。
デイリーに挑むのはなんだかずいぶんと久々な気がする。
城を出て、空を見上げれば水がぷかぷか浮いている。
ゲームやアニメならまだしも、現実で水が空に浮かんでいる光景はなかなかに幻想的だ。
光もぐにゃぐにゃになっているし、時折、日光が敵に当たり影となって地上に映る。
気にはなるが、
木村としてもローグライクはさほど好きじゃないので、今回は挑戦しないことにする。
「キィムラァ。水の館のチュートリアルを始めるぞ」
「……話、聞いてた?」
「まず、仲間を一人選ぶんだ」
おっさんは、完全に話を聞かないチュートリアルモードである。
木村は諦めた。フルゴウルやウィルも困った様子だが、きっと止められない。
「一人選ぶとどうなるの?」
「選んだ仲間と一緒に水の館を調査するんだ」
「あ、そう」
木村は考える。
魔物は間違いなくいる。すでに外から見えている。
大きさはまちまちで強さはわからない。序盤はそこまで強くないだろう。
巨大な魔物の姿も見えるので、生半可な戦力のキャラでは話にならない。主力メンバー級が必要だ。
さらに攻撃に振りすぎても、防御に振りすぎていてもいけない。
ゾルとボローは除外になるだろう。
「誰でも大丈夫かな」
今のメンバーの誰かであれば、ピーキーすぎるのはいない。
フルゴウル、モルモーはかなりバランスが良い。
ウィルはやや攻撃に寄っているがまだいける。
アコニトはまともな状態なら悪くない。
「選択の時間だぞ」
周囲が薄暗くなり、選択肢が現れる。
“アコニト”
“ウィル”
“それ以外”
三択だ。
四人いるから四択にしてくれればいいのに……。
上の二人が出てくるのはメンバーの加入順だろうか。
とりあえず最初はウィルかフルゴウルで中を調査するのが順当だろう。
歪みを取り込んだ影響がどう出てくるかわからない。
「もぉおああああああ」
ウィルを選択しようとしたところで、低い大きな音が聞こえて驚き指が動いた。
指は上に移動してアコニトをタッチしてしまう。
「ほおおおお!」
時間の進みが戻り、アコニトが大声で叫んでいる。
眼を覚ましたらしい。そのせいで彼女を選んでしまったが、キャンセルはできるのだろうか。
「……女狐で行くんだな。よし、階段を上がるんだぞ」
キャンセルはできない。
おっさんがたいへん不満な顔つきで、アコニトを見たので木村はそう判断した。
階段がどこにあるんだと見ると、目の前に水の段差が現れた。
階段状にはなっているが、これは足を突っ込んでも大丈夫なのだろうか。
濡れたり、すり抜けて落ちたりしないのか。
おっさんが水の階段を歩いてみせる。
水がまるで透明な石のように硬くなっているように見える。
木村も真似て水の段差に足を出すと、弾力があり、体重を乗せても水に足が入らない。
「面白いですね。液体の構成変化でしょうか」
「しかも、対象を限定しているね」
フルゴウルが段差に足を付けると、段差は普通の水のようにちゃぷちゃぷと表面を揺らす。
どうやら木村とおっさん、それに選択したキャラしか上がれないらしい。
「ちょっと行ってみる」
「下から観察しておきます」
観察されながら攻略するのは緊張するからやめて欲しい。
しかし、情報が欲しいのも事実。やはりキャラはウィルが良かった。
アコニトはおっさんに足首をつかまれて、水の階段を引きずられている。
頭をガンガンと段差に打ちつけているが、到着するまでに死なないか不安になった。
長い階段を上りきると、水の家があった。
かなりの豪邸だ。デザインは異世界と言うより地球のデザインに近い。
ガラスっぽい窓のデザインに、チャイムらしきものまで玄関の脇に付いている。
「ほんとに水の館だね」
「お、始まったぞ」
周囲が暗くなった。
キャラ選択と同様に選択肢が現れる。
“玄関から入る”
“開いた窓を探す”
“チャイムをポチッとな”
二番目の選択肢が気になるところだが、三番目も気になる。
とりあえず礼儀としてチャイムを押すにしてみた。
「チャイムを押すぞ」
おっさんがチャイムを押した。しかも連打する。ヴィーという振動音が何度も響く。
しばらくすると、赤い魔物が玄関の扉の前までやってくる。
ゴブリンのような小人のような魔物だ。
鳴り響くチャイムにイライラしているのが、水の扉越しでもわかった。
魔物が背伸びをして扉を開けた。
開けるとすぐに魔物がおっさんへ叫び散らかす。ぶち切れてる。
そりゃあれだけチャイムを鳴らせば怒るってもんだろう。
「戦闘だぞ。しっかり戦うんだ」
「なんだぁ?」
気づけばアコニトが正常に戻っている。
そして赤ゴブリンが、おっさんに襲いかかった、が、なぜかおっさんの位置にアコニトがいた。
「え?」
アコニトの位置を見るとおっさんが普通に立っていた。
にっこり笑って木村たちを見ている。
手品だろうか?
ゴブリンも驚き、アコニトも驚いている。もちろん木村もだ。
ゴブリンは勢いのままアコニトに襲いかかるが、彼女が口から吐いた毒を浴びて瞬殺される。
倒したゴブリンはアイテムを落とさない。光にもならず、赤い液体となって地面の水に溶け込んでいく。
突如、視界の右端に縦長のゲージが現れた。
ゲージの真ん中にあったバーの高さが下がっていく。
さらに水の館全体が、うっすらと赤みを帯びた気もする。
「赤の住人が倒されたことで、phが下がったぞ」
木村は意味を理解した。
赤の魔物を倒すと水が赤くなる。
phが下がるとおっさんは言った。
小学校か中学校でも習った気がする。
リトマス紙の色の変化と同じだろう。
赤が酸性で、青がアルカリ性だったはず。
行動や倒す魔物によって館にある水の酸性度合い、あるいはアルカリ性度合いが変わってくるのだろう。
これをなるべく偏重させずにクリアしましょうというイベントらしい。
今は赤の魔物を倒し、phが下がったので酸性になったということだ。実際に水が酸性なのかはわからない。
ただ、赤色で雰囲気を出しているだけの気もする。
「どこだここはぁ? 儂はまだ幻覚を見ておるのかぁ?」
アコニトはちゃんと二足歩行しており、呂律もまともで涎も垂らしていない。
クスリが抜けている。これはイベントによるものだろうか。
開始と同時に状態が正常化される、と。
「イベント中だよ。この水の館の奥まで行かないといけないらしい」
「はぁぁあああぁぁ。坊やは面倒ばかり巻き込まれるなぁ。……竜は出てこんかったか?」
「竜らしき何かは出たけど、この水に巻き込まれて死んじゃった」
「まぬけな奴だぁ」
アコニトはククッと笑う。
……フラグが立った、と木村は思った。
こういうことを言うと、だいたい間抜けな死に方をするのがアコニトだ。
おっさんとアコニトを両脇に木村は水の館の内部に踏み込む。
この三人で行動していると、初期のころを思い出して少し懐かしく、そして嬉しくなる。
開きっぱなしの玄関扉を潜るとエントランスである。
道は三方向だ。景色が暗くなる。
“右に進む”
“まっすぐ進む”
“左に進む”
普通の選択肢だ。木村は景色を見る。
何も情報がなければランダム三択だが、透けてるので奥の様子が見える。
右は敵がうじゃうじゃいる。左はいない。奥には大きな魔物がいる。
最初の魔物は弱かった。
敵の力自体はそこまで強くないかもしれない。
右やまっすぐでも良いのだが、より多くの情報を得るためひとまず左にしてみた。
「よし、左に進むんだな」
「儂は右がいいぞぉ。雑魚を片付けておくべきではないかぁ」
「左だと言っただろう」
「んおぅっ」
右を向いていたアコニトの首を、おっさんがぐるんと回して左を向かせた。
なお回したのは首だけなので、首の可動角度を大きく超えている。
変な音もしたし、声も出ていた。
体が遅れて左を向くが、首は元に戻らず入口の方を見ている。
もはや気持ち悪い。
「治してあげて」
「……ふん」
「アギャアアア!」
ゴキッと鈍い音がした。
なぜ曲げるときと治すときで音が違うのか。
しかも、アコニトがめっちゃ痛がっている。水の床でもがき苦しむ。
落ち着いてから木村たちは左の扉を開けた。
外からでもわかっていたが魔物はいない。
向かい合ったソファーと、その間に低めの机がある。
応接室かもしれない。
“手前のソファーに腰掛ける”
“奥のソファーで立ち上がる”
“何もせずに進む”
……二つ目の選択肢がすごい気になる。
木村はあまり悩むことなく、二つ目の選択肢を押した。
おっさんが歩いて、奥のソファーの上に立った。
水のソファーの上に仁王立ちし、木村とアコニトを見下ろす。
圧倒的強者の風格があった。ソファーの上に立っているだけなのに。
「頭が高いぞぉ、中年風情がぁ」
「お前はそちらに立つんだ」
おっさんが反対側のソファーを指さした。アコニトが、すぐに指定されたソファーに立つ。
二人の視線が揃った。低いテーブルを間に挟み二人が互いを睨んでいる。
木村には意味がわからない。
応接室のソファーにおっさんとアコニトが立っている。
状況がさっぱりだ。ついていけない。先に動いたのはおっさんだった。
「マナー違反!」
「ふごっぉおお!」
「えぇ……」
おっさんがソファーから飛び、アコニトに膝蹴りを食らわせる。
アコニトは壁まで飛び、水のソファーは倒れてしまう。
あまりの理不尽さにさすがの木村も呆れた。
「キィムラァ。ソファーは座るものだぞ。マナーが良くないな。phが上がったぞ。おっ、“ソファーの部品”も手に入ったな」
おっさんの言葉どおり、右のゲージのバーが上に大きく動く。
真ん中を越えて上に行き、水がやや青みを帯びた。
おっさんが手に水の欠片を持っている。
ソファーの部品だと言うが、どの部品かわからないので水の欠片としか木村に思えない。
「これ、どうなるの?」
「よく見てみるんだ」
言われたとおり、水の欠片を見ると説明が出てきた。
“ソファーの部品:あなたが壊したソファーの一部。phの変動が大きくなる。”
変な効果があるようだ。
説明文からイベント専用のアイテムだということがわかる。
あなたが壊したとあるが、壊したのはおっさんであり、木村ではないのであなた呼びはやめて欲しい。
さらに進むと厨房があった。
とても広い。カクレガの厨房の三倍近くはある。
ここまで広い厨房がなぜ必要なのかが木村にはよくわからない。
“コンロに火を付ける”
“冷蔵庫を開ける”
“何もせずに進む”
コンロに火を付けるは、どうなるかが目に見えている。
おそらくアコニトが火だるまになるだろう。
さすがにそれは可哀相だ。
冷蔵庫ならそこまでひどいことにもならないだろう。
中が透けて見えているので、中にアイテムがないことも確認できるがどうなるかはわからない。
木村は“冷蔵庫を開ける”を押した。
おっさんが冷蔵庫を開くとひんやりとした空気が肌を襲う。
「キィムラァ。人の家の冷蔵庫を勝手に開けるものではないぞ。マナーが良くないな。phが上がったぞ」
右のゲージがさらに上に伸びて行く。
水の色がはっきり青みを帯びたとわかる。
進もうとするが、アコニトが止まっている。
声をかけても動く気配がない。
「アコニト……、どうし、冷たっ!」
瞬きもしておらず、不気味になって木村は彼女の腕を触ると、痛みを覚えるほどの冷たさだった。
指が腕にくっつき、ペリと音がして指が腕からようやく離れる。
よく見ると彼女の全身に霜がおりている。
「女狐。凍ってる場合じゃないぞ」
おっさんがアコニトを珍しく優しく小突いた。
「ふあっ! ふぃ! ……ふぁ?」
彼女の全身から薄氷がバラリと落ちて、息を吹き返した。
何が起きているのかわからずぼんやりしている。
意識がはっきりすると、今度は震えだした。
「なんだぁ……、めちゃんこ寒いぞぉ」
「だろうね」
凍ってたくらいだ。
寒いで済むのがすごいだろう。
アコニトは強くなった。強くなったのがまずい。
以前なら一撃二撃で死んでいたが、今は堪えるようになり中途半端な攻撃では死なない。
おそらく今の氷漬けも初期の頃なら即死だっただろう。
さらにおっさんから鍛えられてタフさが増している。
「キィムラァ。“氷”を手に入れたぞ」
おっさんが差し出してくるのは水の塊である。
触ると確かに冷たいが、氷とは何かが違う。なんだろう。透明度か?
でも、透明度は水から不純物を取り除けば透き通るとも聞く。やはりこれは氷なのだろうか。
とりあえず水か氷かの悩みは捨てて説明文を読む。
“氷:冷蔵庫で溶けかけていた水でできた氷。冷たい。水属性のダメージが大幅にアップ。”
前半の説明はつっこみどころしかないので無視する。
後半だけ見ると良い効果だ。ただし、アコニトに水属性の技は……。
ウィルの魔法なら大幅に強くなったかもしれない。
「……あれ? 狐の嫁入りって水属性?」
「毒属性だな」
ダメだった。
とりあえず持っておくことにする。
その後もマナー違反が重なり、ゲージが最大値に達したときに問題が起きた。
「キィムラァ。マナー違反が過ぎたな。用心棒がやってくるぞ」
「あらら」
どうやら強敵が登場するようだ。
廊下の奥から無色っぽい魔物がこちらに向かってきている。
どうやら用心棒は人型で、他の魔物と違い赤や青といった色はなく透明に近いようである。
「あぁ? なぁんでこいつらがおるんだぁ?」
「知ってるの?」
アコニトが用心棒を見て声をあげた。
確かに三人の用心棒は魔物ではなく人の姿をとっている。
「地下で会ったカゲルギ世界の奴らだぁ。ツキトジんとこの小僧もおるなぁ」
木村は歪みの影響だと考えた。
二人は兎っぽい耳や猫っぽい耳をした獣人の形をしている。
もう一人は何だろうか、ぐるぐると大きな角がある。山羊だろうか。まるで悪魔のようだ。
「女狐。油断するんじゃない。――強いぞ」
「あぁ? こいつらの力はすでに見ておるわぁ。負ける道理がないぞぉ」
アコニトはおっさんを鼻で笑っている。
木村は今度こそ完全にアコニトの死亡フラグが立ったと感じた。
しかもおっさんが強いと言った。このおっさんは戦力分析に関しては正直に答える。
間違いなくこの用心棒三体は強いのだろう。
そもそもなぜアコニトは地下で見た人間バージョンと、イベントで出る水の魔物バージョンを同一視できるのだろうか。
「おぉ、かかってこいやぁ。トレジャーハンターごときが儂に勝てると……お?」
アコニトを後ろから見ていた木村の顔の横を何かが通り過ぎた。
同時に破裂音が数回響き、木村はその音に思わず体をすくませてしまう。
木村が体勢を戻すと、アコニトの体がふらつくところだった。
彼女の頭や体には数カ所の穴が空いており、そこから血の代わりに煙が出てくる。
用心棒の一体――兎の耳をした者が銃を構えてアコニトに向けていた。
木村は幸いと言うべきか銃と縁がない生活だったので、今の音が銃の音と理解するのに時間がかかった。
さらに別の一体――猫の耳をした者が、まさに倒れゆくアコニトに近づいた。
近づくと言うより、もはや高速移動だった。残像が見える速さでアコニトの側に立ち、すでに水の刀は振られていた。
アコニトが胴体部分で分かたれて、上半身だけがひどく傾いて倒れる。
木村は変な音を聞いた。倒れゆく二ブロックのアコニトが縦長に縮んでいく。
まるで両側から見えない壁に圧し潰されているように縦に長くなり横は細くなった。
最終的にアコニトだったものは平面になった。空中で紙芝居の絵のような状態で浮かんでいる。
やがて魔法の効果が切れたのか平面は消え去った。
……アコニトは死んだ。
「キィムラァ。今回の挑戦はここまでだぞ。入口まで戻るぞ」
「……うん」
アコニトの久々な壮絶な死を見て、放心していた正気がようやく木村に戻ってきた。
用心棒は、木村たちを見つめているが襲いかかってくる様子はない。
歩いて帰るのかと思ったが、足下の床が勝手に動いていく。
水の壁が、動く木村を避けるように開き、木村はスタート地点まで戻った。
「キィムラァ。五地点以上進めたな。アイテムを一つだけ次回の探索に持ち越せるぞ」
“ソファーの部品”
“氷”
“それ以外”
また選択肢が出る。
どうやら完全なリセットではないようだ。
これはありがたい。“氷”を選び、初回の探索を終えた。
一度、下に降りてウィルやフルゴウルと話す必要がある。
帰りはまた階段かと思いきや、水の屋敷と同様に足下の床が動いて地上まで降ろしてくれた。
上がるときもこれにして欲しいと木村は思う。
「どうでしたか?」
「……うーん。悔しいけど案外おもしろいかもしれない」
アコニトには悪いのだが、思ったよりもずっと楽しかった。
ゲームだと繰り返し作業と運ゲーになりがちで疲れるが、現実でやると何が起こるかわからないので新鮮に楽しめる。
あるいは初回だからかもしれない。
何度もやれば同じく飽きてくるのは間違いないだろう。
少なくともあと数回は楽しめそうである。
「いえ、おもしろいかどうかではなく、歪みの影響はありそうかを尋ねています。王都に影響のあることはどうでしょう?」
「あ、そっち? そりゃそうか。――歪みの影響らしきものはあったよ。王都への影響は何とも言えないかな」
木村は水の館で見たことや、館の仕組みについて感じたこと考えたことを正直に話した。
二人はphという科学的な部分はさほど理解してもらえなかったが、これは木村も完全に理解しているわけではないのでなんとなくでわかってもらうことにした。
やはり用心棒として出てきた三人のことが、歪みとの兼ね合いもあり話の中心になる。
彼ら三人は歪んだ迷宮の中ボスとして配置されていた。
倒してアイテムになり復活はしなかった。
中ボスが出てくるならあと一人いたはずだ。
シエイという名の女性だ。メッセやケルピィも彼女が帰らず悲しんでいた。
どうして彼女は出てこないのだろうか。カゲルギ=テイルズのキャラではなく、異世界の住人だからか。
答えは出ず、ひとまずカクレガに戻ることになった。
イベントが終わったのにやることが多い。
今日中にデイリー消化もしないともったいない。
さらに消化が終わったら、ケルピィに水の館で見たことを伝えておこう。
他にもキャラの強化や武器の強化もできそうだ。
こうしてイベント盛りだくさんの初日が過ぎていった。
73.ローグ「水の館 ph7.0」2
イベント二日目は緊張の朝を迎えた。
討滅クエストⅡ、ローグライクがどうなるかがわからない。
昨日はローグライクに討滅クエストⅡが巻き込まれたが、今日はいきいきと破壊活動をするかもしれない。
さらにはローグライクも浮かんでいるだけだったが、日が変わる際に水が全て地上に落ちる可能性も捨てきれない。そうなると魔物たちが地上でローグライクし始める。
木村たちはアコニトを除く最高戦力をもって、王都で謎の強敵を待ち構える。
王都の住民は外出が禁止され、王都の兵士や魔法使いたちは彼らを守るため死力を尽くす構えだ。
「あと一分」
時刻は5:59。
朝の六時に開始だ。
「変化があります!」
ウィルが叫んだ。
木村も上空を注視する。
空を浮いていた水が、移動を始めた。
水が上空で移動をしているのはわかる。
中にいた魔物たちが、移動に巻き込まれたようで水に溶けて色が変化していく。
なお、昨日の水の館への勝手な攻略はチクリとトゲを刺された。
チュートリアルで強制攻略だったので仕方ないと説明してもわかってくれないだろう。
それより歪みの影響があったことに興味を持たれた。シエイなる人物がいるかもしれないということはケルピィとメッセを喜ばせた。
ただし、シエイなる人物がいたとしても水の状態だ。どうしようもない。
「魔力の異常反応を確認!」
一分が過ぎ、討滅クエストⅡの強敵が現れた。
見たところ、大きな影が出てきた場所は水の館の中だ。
「大丈夫そうだね」
フルゴウルも感情の読めない顔つきで見上げている。
木村も強敵が水の館の中でもがいているのが見て取れる。
「キィムラァ。強敵が撃破されたぞ」
そして、あっさりと結晶状の宝箱が現れる。
これを残りの二回も繰り返した。
昨日はわからなかったが、強敵の死に方がやや異なることに木村は気づいた。
一体目は大きな影であり、水の中でもがき苦しんで死んだ。
二体目は初めは小さな影で、徐々に大きくなり、大きくなった後でもがいて死んだ。
三体目は数が徐々に増えていき、最終的に消し飛ばされた。
一体目は溺死だろうが、二体目は溺死の前に戦闘があったとウィルは言う。
三体目は何かに消されたとフルゴウルが話した。
二体目は三人の用心棒が戦っていそうが、三体目は別の者が倒した可能性もあるとのことだ。
水の館のボスがやっている可能性が高い。そのボスの攻撃は残りの三人とは違う。
もしかするとシエイなる人物かもしれない。
そんなわけで今日もローグライクに挑戦することになる。
ただし、水の館への挑戦は昼からだ。
朝はまだ早い。
デイリーを消化して、一眠りしてからでも良い。
なにぶん起きたのは五時前であり、夜もゆっくり眠れたわけではない。
ちょうど外にも出ており、戦力もどこかへ消えたアコニト以外は揃っているのでデイリーを消化して帰ることにした。
カクレガに帰って食堂に行く。
「朝ご飯ありがとう。おいしかった」
「あいよー。おそまつさん」
木村が厨房に礼を言うと、リン・リーが木村を見ることもなく応えた。
彼女は鍋を振るっている。鍋を熱する火は、家庭用のものとは比較にならないほどの大きさである。
木村たちは朝が早かったので、リン・リーが外で食べられる朝食を人数分作ってくれていた。
今は他のキャラたちも活動し始めるころなので、厨房は忙しくなりつつある時間帯だ。
「配膳を手伝おうか?」
「テイが手伝ってくれてるから大丈夫」
「私がいるよ!」
隣でテイが手を挙げている。
ちょうどできあがった料理を取りに来たところだった。
「そうだった。生ゴミが出たんだ。そっちを捨ててきて」
「もちろん」
お安いごようだ、と木村は請け負った。
厨房に入って、すでに台車に載せられていたゴミ箱を押す。
「おっ」
けっこう重い。
夜に捨てているはずなのだが、今朝は大量にゴミが出たようだ。
リン・リーが朝から大量の仕事をしてくれた証でもある。これは感謝を覚える重さでもあった。
台車を押して、木村は厨房から出た。
裏口を通り、誰ともすれ違うことなくゴミ捨て場についた。
ゴミ捨て場独特のツンとした刺激臭が鼻につく。
さっさと捨ててしまおうと、ゴミ箱の蓋を開ける。
木村はちらりとゴミ箱の中身を見た。
――顔があった。
「う、うわあああああああ!」
木村は思わず叫んだ。
意味がわからない。
ゴミ箱の蓋を開けたら顔と対面した。
顔はボコボコにされており、誰かと言えば無論アコニトである。
「えぇっ! なんで……?」
ゴミまみれではあるが、体中が折り曲げられてゴミ箱に入れられているとわかる。
顔と対面できる体勢で、なぜか足もゴミの中から出てきて見えているということが、折り曲げられているなによりの証左だ。
どうやら彼女は意識がないらしい。どこにいるのかわからなかったが、ゴミ箱にいたようである。
実行犯はこちらも無論おっさんだ。リン・リーも関係しているかもしれない。
彼女は余った装備とわずかだがスキルテーブルも進めている。
実際にステータスを上げると調理の質も上がったらしい。
今回はアコニトが調理されたということだ。
とりあえずゴミ箱を倒して、中身を出した。
アコニトが他の生ゴミと一緒に出てくる。彼女も生ゴミと言えなくもない。
ゴミに混じって肢体が露わになった。
予想どおりねじ曲がっている。アピロよりひでぇ。
しかし、ゴミ箱から出てきてもアコニトは眼を覚まさない。
ぐにゃぐにゃの体でゴミの海を漂っている。まるでクラゲのようだ。
「どうしたんですか!」
木村の先ほどの叫び声が聞こえたようで、ウィルがゴミ捨て場にやってきた。
彼は捨てられたアコニトを見て、驚愕の表情を見せ、すぐに納得した。
「昨晩、食堂で酒を飲んでいましたからね……」
酒を飲んで、おかわりを寄こせと酔ったアコニトが暴れ、近くにいたおっさんにしばかれた。
ウィルが来るほどの叫び声をあげて、おっさんがここに来ないわけがない。
木村が叫ぶ理由に心あたりがあったから来ないのだ。
しばいたのは十中八九おっさんだ。
そして、しばかれた後で、リン・リーが
一晩放置され、木村がここに運び、今に繋がる。
「どうしようか?」
「大丈夫ですよ。アコニトさんなら」
「そうだね」
これにて問題解決である。
一眠りしてから昼になり、またしても王都にやってきた。
今日はウィルと水の館に挑む。
ウィルの次がフルゴウルだ。アコニトはゴミ捨て場で留守番している。
「それじゃあ、僕も行くね」
木村の横に機械玉が浮いている。
ケルピィである。城にいてもすることがないのでこっちに来た。
メッセはメンバーとカウントされるが、ケルピィはカウントされないのでついてきているわけである。
ケルピィは直接の戦力にはならないが、観察力と洞察力はずば抜けている。
さらにブリッジに繋がっており、マッピングや情報アクセスもできるのでそちらに期待だ。
昨日と同様に水の階段を上がって、水の屋敷に到着した。
到着したのは良いのだが雰囲気が違う。
昨日は玄関の前からだったが、今日はすでに屋敷の中だ。
屋敷の中ではあるが、昨日の退場地点ではない。見たことがないところにいる。
「知らない部屋だ」
「リセットされたようだな」
そういえば最初の説明文に書いて会った気がすると木村は思い出した。
一日ごとにリセットされると書かれていただろうか。
部屋の配置が変わるなら、リセットというよりシャッフルが正しいのではないか。
逆に言えば、一日の中でなら部屋の順番は変わらないということか。
運営なりに攻略がしやすいよう気遣った気配を感じる。
次回があれば、毎回シャッフルされそうだ。
「キィムラァ。始まるぞ」
おっさんが言うと、選択肢が現れる。
右のゲージはまだ選択肢を選んでいないためか現れていない。
“シャワーを噴射”
“バスタブに浸かる”
“タオルを手に取る”
選択肢を見てから部屋を見渡すとどうやら浴室のようだ。
シャワーもバスタブも一つなので、温泉旅館で見たような集団が入るものではなく、個人用のものだとはわかる。
一人でここまでの広さが必要なのかと首をひねるほどである。
選択肢を吟味する。
バスタブに浸かるはおそらくよろしくないことが生じる。溺死もあり得る。
シャワーを噴射も嫌な予感しかしない。熱湯かシャワーの勢いが強すぎるのか。
それにこれらを勝手に使うことは、マナー違反でphが上がる。用心棒が来てしまう。
木村は“タオルを手に取る”を押した。
これなら悪くてもマナー違反で済むだろう。
「キィムラァ。タオルだぞ」
水である。
バスタオルの形をした水を、おっさんが丁寧に折りたたんで渡してきた。
“バスタオル:水分をくまなく拭き取ろう。水属性攻撃を無効化する。”
効果はすごい。
水分を拭き取るというか、水を吸収しているのではないか。
ここの全ての攻撃が無効化とまで都合が良くはならないだろう。
ふと、木村は思い出した。
前回の攻略の引継ぎで水属性攻撃アップのアイテムも持っている。
ウィルに話して、水の魔法を使ってもらうことにした。
「使った感覚は同じですね」
ちょうど廊下に出たところで魔物が出たので倒してもらう。
感覚は同じようだが、威力は木村が素人目で見たところ上がっているように感じた。
「攻撃アップではなく、ダメージアップだったはずです。僕の感覚は通常ですが、魔物が受ける威力が大きくなっているだけかと」
説明文を見直すと確かにダメージアップとあった。
つまり、この効果は攻撃アップのバフではなく、水耐性ダウンのデバフということだろうか。
……どちらにせよ。水が有利になったことに変わりはない。
「あまり水は得意ではないんですが、ここまで強くなるならこちらを使っていったほうが良さそうですね」
ウィルは火の魔法をよく使う。
調整が一番簡単だとウィル本人が話していた。
風は殺傷力に欠ける割に、広範囲での制御が面倒らしい。
土は組成により細かい変更が必要で、地域差も大きいのでやはり面倒のようだ。
水はつくり出すのが意外に難しく、さらに操作も大変だとか。凍らせるのも魔力の消費が多いらしい。
「そういえば、この前の結晶ボスで見せた新しい魔法はなんだったの? 石ころから紐が出てきたやつ」
カクレガにアピロとボスの結晶が出たときに、ウィルが石ころを投げていた。
石ころが紐になり、結晶の歪みバリアを越えてボスに巻き付き、倒すことができたのを木村は思い出す。
「あれですね。恥ずかしながら、まだ不完全です」
「そうなの?」
「はい。冥府の導き手の神術を見て、なるほどそういう使い方もあるのかと気づいたのでやっていたんです」
冥府の導き手の神術とは、石ころを穴に投げて都市を再生させていたものだろう。
すごい魔法であることは木村でもわかる。
「どういう魔法なの?」
「神術がどういったものかは肝心ではないんです。中身はシンプルな魔法の組み合わせなので。新しいのは、先にも言ったとおり神術の使い方なんですよ」
「……うん?」
さっぱりわからない。
そもそも魔法の欠片すら使えない人間が、使い方を変えたとか言われてもピンとこない。
最初から何もわからないのだから。
「……今までは頭の中で、一つの魔法を構成してたんです」
「うん。詠唱の代わりでしょ?」
「はい」
この話は前にも聞いた。
ウィルが、この世界の一般的な魔法使いのように詠唱をしない理由の話だった。
頭の中に魔法を使うための演算領域みたいなのがあって、その領域で他のヒトが詠唱で構築している魔法を構築するとか。
この世界では稀にしか見ないので、かなりレアな力だとは木村もわかる。
「問題がありまして、一度に一つの神術しか使えないんです」
それも聞いた。
連発はできるが同時発動はほぼ不可能、と。
ごく一部の例外――ルルイエや歪みに巻き込まれたシエイくらいしかできないとも。
「神術は、二つ合わせると強くなることは知られているんですが、合わせるのが難しいんです。神術の強度は個人差がありますし、同じ威力に調整しても内部の組み方が違いますからうまく複合しません」
これも聞いた。複合術式だったか。
重ね合わせとも言うとか。
「それなら別のところに演算領域を複数展開して、その中で神術を構成させて、後から時間差で発動させれば良い、というのが冥府の導き手がやったことですね」
「石の中に、魔法の演算領域を? しかも複数? できるのそんなこと?」
「僕も見ていて同じことを思いましたが、実際にできていたので真似てみたのです。……できましたね」
木村もできたのは見た。
プログラムみたいなものだろうか。
コンソールから一行ずつコマンドを打つのをやめて、スクリプトに記入して実行した。
しかも複数の並列実行だ。
「自分で術式を構成するので、複合が簡単にできます。自分の術式はよくわかっていますから。条件による分岐も可能ですね。ただ、構成に恐ろしく気を遣うのと、時間がかかるのはネックです」
ボス戦のときも集中をして、しかも発動に時間がかかっていた。
かなり難しいことは間違いないだろう。
「冥府の導き手がやった魔法の内容はなんだったの?」
「僕にわかったのは神術の使い方だけです。あの都市を元に戻した神術は、現状で神術で括られた範囲を超えています。神術ではない神術。僕の理解の範疇を遙かに超えていて、真似しようにもできません。教授ならあるいは……」
冥府の導き手はどうやら魔法の格が違ったらしい。
それでも使い方だけでも把握できたのは、ウィルの能力が高さを証明するものだろう。
「条件分岐はわりかし簡単に搭載できましたね。他の研究室でもやられていたので、論文も何度か読みました。ただ、複合術式は縁がないと思い、ほぼほぼ手を付けなかったのがまずかったです。石ころで実験はいろいろとしていますが、同じ術を重ねる単純複合による強化くらいしかできません。もっといろいろできるはずなんですが……」
複合はいろいろと難しいくらいにしか木村はわからない。
プログラムもあまりよくわかっていない木村には、条件分岐ができているだけでもすごいと思う。
もしもウィルが現代にくれば、良いプログラマーになるんじゃないか。ウィザードだけに。
「キィムラァ。道が分かれるぞ」
どうやら分岐点に来たようだ。
“二階に駆け上がる”
“右奥の道を突っ走る”
“左奥の道を慎重に進む”
二階もあるらしい。
確かに階段はあるし、上に魔物もいる。
シャッフルされているので、二階も一階もさほど意味がなさそうだが、行ってみることにした。
「二階に上がるぞ」
おっさんが走って二階に駆け上がる。
木村とウィルは駆け上がるおっさんを黙って見ている。
上がったおっさんの手招きに応じて、踏み外さないようにゆっくり階段を上がった。
「キィムラァ。階段は駆け上がるものじゃないぞ。マナーが良くないな。phが上がったぞ」
「えぇ……」
駆け上がったのはおっさんなのに……。
ゲージが上がったのは、視界端ですでに確認済みである。
納得できないが文句を言っても仕方ない。
二階を進んで行くと玄関があった。
「キィムラァ。どうするんだ?」
“玄関から入る”
“開いた窓を探す”
“チャイムをポチッとな”
見覚えのある選択肢が出てきた。
昨日は、初っぱなにあったから許容できた。
しかしながら、二階の廊下の途中で玄関が出てきても困る。
しかも開いた窓とか近くにない。
玄関の両端は廊下の壁だ。
昨日はチャイムだったので、今回は普通に“玄関から入る”を選んでみる。
おっさんが扉についている水のドアハンドルに手をかけて引っ張る。
ドアハンドルはバキッと音を立てて扉から取れた。
「離れているんだ」
木村とウィルに手の平を見せつけ、距離を取らせる。
その手の平を移動させ、扉にぺたりと付けた。
「――ふん」
おっさんが、気合いの入っているのか入ってないのかわからない声を出すと、水の扉が飛んだ。
扉は回転も傾きもせず、地面と垂直な状態を保ちながら、木村たちから離れていく。
奥にいた赤い魔物数体を巻き込んでようやく扉は止まった。
パタリと倒れて地面に吸い込まれていく。
「キィムラァ。訪問した際はチャイムを鳴らすべきだぞ。マナーが良くないな。phが上がったぞ。青の住人が倒されたことで、phが下がったぞ。おっ、“ドアハンドル”が手に入ったな」
盛りだくさんだ。
チャイムを鳴らしてないからマナー違反でphアップ、青の敵を倒してphダウン。
魔物を倒した数が多かったからか相殺されてphは最終的に下がった。
館が赤みを帯びてくる。
ついでにおっさんが壊したドアハンドルも手に入ったらしい。
扉は壊して良かったのだろうか?
“ドアハンドル:扉から取れたドアハンドル。硬い素材でできている。物理属性のダメージが大幅にアップ”
硬い素材も何も水だろう。
とりあえずウィルには関係のない効果だ。
ゾルがいれば強くなったかもしれない。
木村はバランス重視で考えていたが、この考えを改めつつあった。
選択肢によってはダメージもかなり負う。それに物理属性のダメージアップもある。
もしかすると攻撃偏重のゾルの方が、HPもあるのでこのイベントには向いているかもしれないと思い始めていた。
進んでいきわかったことだが、無難な選択肢はダメージを負わないがアイテムも少ない。
phの変動や魔物との戦闘が主となり、有用なアイテムが手に入らない。
それでも先には進めるので、前回よりは奥に来たと思える。
「キィムラァ。用心棒の一人がこちらに歩いてくるぞ」
“戦う”
“逃げる”
“様子を見る”
よく見る選択肢が出てきた。
ここ最近は一日に数回ほどこの選択肢が出る。
だいたい“様子を見る”にしていたのだが、どうやら用心棒との遭遇選択肢だったようだ。
まさか地上で“戦う”を戦闘すると、地上まで降りてきたりするのだろうか。
相手が一人なら勝てるのかもしれないが、今回は調査がメインなので“逃げる”を選ぶ。
「逃げるんだぞ。素早さが上がったな」
おっさんが背を向けて走り出す。
木村と、よくわかってないウィルも彼に付いていく。
どうやら素早さが上がったようだが自覚できることはない。キャラだけだろう。
「あ、本当にハッピートリガーだね」
「キィムラァ。追いつかれたぞ。戦うんだ」
ケルピィとおっさんが喋る。
逃げるどころか、曲がり角一つも曲がる余裕がなかった。
これは逃げさせる気がない。強制戦闘だ。元の用心棒なら逃げられるかもしれないが、歪んでいるため無理そうだ。
戦闘が開始されたが、戦闘は一瞬であった。
相性が悪すぎる。こちらも遠距離メインで、あちらも遠距離メイン。
さらにスピードと手数が段違いであちらが上だ。ウィルの魔法がうさ耳に当たる前に、ウィルの体が穴だらけで、服が血みどろになった。
銃声による耳鳴りが治るよりも前に、ウィルは倒れて消えてしまった。
そこから先は昨日と同じ流れだ。
入口に戻され、アイテムの選択をさせられる。
氷はやめて、バスタオルかドアハンドルで迷い、ドアハンドルを選んで攻略を終えた。
攻撃重視で選択したが、あるいは防御の方が重要かもしれない。
用心棒の攻撃に堪えることがまず重要とも考えられる。
次はフルゴウルで挑戦の予定だったが、おそらく彼女でも無理だろう。
彼女からもやんわりと挑戦を拒否されてしまった。
もっともだろう。
あの用心棒があまりにも強すぎる。
相性問題があったにせよ、一体でもあの強さだ。
勝てる見込みがない。ph最大時の三体同時戦闘なんてもってのほかだ。
討滅クエストⅡの強敵でも、あの三体を相手にすればやられることは充分に考えられる。
逆に言えば、あの三体に勝てる実力がつけば、討滅クエストⅡは突破できるとも考えて良さそうだ。
一方でキャラの強化を考えれば、スキルテーブルは素材要求が多くなかなか進めず、装備も落ち着いてきている。
結晶もキャラ一体に一つ。ガチャを引いてキャラ重ねもできるがカクレガの部屋問題もある。
討滅クエストⅡはキャラ四体で挑めるにせよ、強さの限界を感じ始めた。
ソシャゲでもよくある状況だ。ある程度までの強さは一気にいけるのだが、その上にはなかなかいけない。
顕著なゲームだとその仕切り線が課金と無課金の線引きにもなる。
無課金でも、より時間を費やしたごくごく一部の廃人だけしか辿り着けない領域だったりする。
木村も廃人と言えなくもないが、そこまで入れ込んでいない。
異世界ではトロフィー効果が強いので、獲得を狙いたいところだが狙い撃ちができるわけでもない。
やはりもっとイベントをやっていき、地道に強くなっていくしかなさそうである。
ひとまず次はゾルで水の館に挑んでみることにした。
74.ローグ「水の館 ph7.0」3
イベント二日目は早くも夜だ。
昼はゾルで水の館に挑戦し、ウィルよりも奥へ進むことができた。
やはり魔法系よりも、戦士系で耐久力がある方が有利だとわかった。
さらに機械玉のケルピィがブリッジとアクセスして、今日までの攻略情報をまとめてくれている。
マッピングから選択肢のまとめ、アイテムの効果まで教えてくれるので助かる。
ケルペディアと木村は呼んでいるが、本人はわかっていない。
ドアハンドルの効果でゾルは剣を振り回さなくても、殴るだけで雑魚敵を倒すことができていた。
物理戦士と水の館の相性が良いことはわかったのだが、ゾルには欠点があった。
本気を出すと、鎧の影響でHPが減少する。そして、戦う前に死ぬ。
時間制限のない調査なので、あまり向いてない。
HPが高い物理系という条件で考えると適役がもう一人いた。
テュッポである。ここのところはデイリーでしか使ってなかったので久々の登場だ。
「吾輩が来た!」
おそらくテュッポは水の館に適していると木村は思う。
ゾルと比べれば防御よりだが、物理攻撃アップのアイテムがあるし、自動HP回復も持っている。
ただ、彼にも問題があった。
見た目が明らかに魔物なのだ。
彼の背中には翼が生えている。
さらに足は蛇であり、地面をにょろにょろ移動する。
今は人間の手にしているが、戦闘のときは鳥の爪や蛇の頭に変えることもできる。
ケルピィからも、「昼間は絶対王都に入れないで」と言われたので夜を待った。
本来はゾルでの攻略が終わったすぐ後からでも、テュッポで挑戦したかったのだが、獣人すら奇異の目で見る王都にテュッポを連れて行く勇気は木村にない。
唯一、顔だけは人間の少年だが、口調や行動が完全におっさんである。
木村はもうテュッポの顔を見ても、少年とは思えなくなってしまっている。
おっさん、ゴードン、テュッポ、最近ではケルピィも入れて、カクレガおっさん同盟ができつつある。
水の館は昼間に光を蓄えていたのか、ぼんやりと薄い光を出している。
暗闇の王都から、ぼんやりと光る館への階段を上っていく。
「ふむ! まこと水の館! ケルピィ殿、案内をよろしく頼むのである!」
「りょーかぁい。まだ調査してない方面で行くね」
「はい。それでお願いします」
ケルピィも気楽そうだ。
ウィルやゾルのときはやや緊張した雰囲気があったが、テュッポとは話しやすそうだ。
最初こそ魔物とあって壁があったようだが、互いに見た目は人外で心はおっさん同士なのでわかりあえる部分があったらしい。
おっさんとは見た目で定義されるものでなく、精神的な部分によるものが大きいと木村は感じた。
昨日もテュッポがカクレガ内でケルピィを案内しているのを見た。
テュッポに国という後ろ盾がないことも大きいかもしれない。
すでにケルピィは肉体を失っているが、王国の人間であるという自覚はまだある。
そのことが彼を、神聖国のウィルやカゲルギ=テイルズ出身のキャラたちと溝を作っているのではないだろうか。
木村たちは水の館を探索していく。
事前にブリッジでもテュッポたちと話はしている。
ゴールを目指しつつも、選択肢の結果を埋めていき情報を確かなものにしていこうという方向性だ。
ちなみにブリッジからフルゴウルが用心棒の位置を確認して、なるべく近寄らない方向で探索を進めている。
現在は一階にある屋上庭園にたどり着いたところである。
なぜ一階なのに屋上庭園が、とかいう疑問はもうない。地下のワイン庫が屋上にあったくらいだ。
二階の廊下に玄関だってあった。つまり、そういうところなのだ。
見たことのない水の花が大量に咲いている。
これに関する選択肢が並ぶ。
“花が邪魔だな……”
“お花に水を与えましょう”
“何もせずに進む”
出た、“何もせずに進む”だ。
選択肢を吟味していて、一つの法則に気づいた。
この“何もせずに進む”の選択肢が出た場合は、残りの二つの選択肢はデメリットがある。
直接ダメージがあったり、強敵が出たり、ゲージが異常に上下したりするが、代わりにアイテムか能力上昇が約束されている。
とりあえず今回は選択肢の効果を調べるのが目的なので、上のものを選ぶ。
「ふん」
おっさんが花壇に手を差し込んだ。
いまいち気合いのこもらない声を出すと、花壇の水の土が空に舞い上がった。
花壇はからっぽになり、花壇の周囲に水の花と水の土が散らばる。もはや水だらけで何がなんだかわからない状態だ。
「キィムラァ。人の家の花壇を荒らすものではないぞ。マナーが良くないな。phが上がったぞ。おっ、“土”が手に入ったな」
ゲージが大きく上がった。過去トップスリーに入る上昇幅だ。
どうやらゲージ上昇のデメリットである。
“土:栄養満点の水の土。育てる花はもうない。あなたが抜いた。土属性のダメージが大幅にアップ。”
説明文が木村の良心をチクチク刺して攻撃してくる。
土属性を使うキャラがいないので、このアイテムは無視していいだろう。
「アイテムはどう?」
「外れでした」
効果をケルピィに伝える。
すぐに彼が「記録したよ」と返答してきた。
ケルピィの内部的に、どう処理されているのか木村は気になった。
ブリッジと繋がっているのは聞いたが、体の認識が広がったようなものなのだろうか。
用心棒の動きを観察してもらってわかったのが、彼らは別々に行動しているということだ。
一緒にいるときもあるが、基本的に三人が別々で行動する。
水の館を攻略中は、木村たちが一部屋を移動したときに彼らも一部屋を移動する。
ターン制で動いているようである。廊下を移動中はやや挙動が異なるが、そこまで大きく移動することはない。
さらにゲージを上げると、木村たちへ移動してくる。
ゲージの初期値7.0付近ではランダムに動くようだが、上がってくると露骨に狙ってくる。
マックスの14に達すると、ターンによる行動制限も関係なく三人全員の襲撃がある。ゲームオーバーだ。
それではphを7.0から下げ続けるとどうなるか?
まだ試していない。上げるのは簡単だが、下げるのは地味に難しい。
選択肢で下がることは今のところない。基本的に青の魔物を倒したときだけ下げることができる状態だ。
「下がりづらいなぁ」
赤と青でそれぞれ魔物がいる。青が異様に多いようには見えない。
魔物の強さにより撃破時の上下の幅は変わるが、狙って青だけ倒すのはなかなか面倒である。
逃げることもできるが、追ってくる個体もあり、追うのを諦める個体との違いがまだわかっていない。
とにもかくにも、全体的に赤の方へ上がりやすいように設計されていることがわかる。
ゲージが大幅に上がってしまったので、青の魔物を狙って進んで行く。
進んではいるものの、あまり下がらない。赤の魔物を巻き込むことが多く、とんとんになってしまう。
選択肢イベントで上がる分だけ、ゲージが上へ上へと行き、用心棒たちがこちらにやってくる。
「キィムラァ。用心棒の一人がこちらに歩いてくるぞ」
進んでいくとおっさんが声を出した。
フルゴウルにも観察してもらっているので近づいていたことは知っている。
悪魔みたいな角をした用心棒だ。
福音と呼ばれていて、山羊の獣人だったらしい。
ハッピートリガーと呼ばれる兎の獣人は銃。
慚愧一閃なる猫か黒豹かわからない獣人は刀。
どちらも武器から地球産のキャラだとわかりやすい。
この山羊の獣人が何を武器にしているのかわからない。
アコニトは銃で撃ち貫かれ、刀で袈裟斬りにされ、最後は壁に挟まれるかのように圧し潰された。
ラストの圧し潰しが山羊の獣人の技なのは間違いない。ケルピィも弾を弾いていたという。
音ではないかと彼は言うが、音でアコニトが潰されたりするとは思えない。
本人に近いほど強い壁を作ることができていたとケルピィは話す。
周囲でわずかな振動を感じていたとも言うので、木村は気体操作ではないかと推測した。
何らかの気体――空気中だとすればおそらく窒素だろうか――の密度操作が可能なのではないか。
本人から近いところほど密度を厚く操作でき、遠くなると操作ができなくなる。
気体操作で空気が揺れたことで振動や音を感じたのだろう。
この説明にウィルはいまいちピンときていないようだった。
逆にフルゴウルはもっともらしいと頷いてくれた。
地球の文化に近いソシャゲ世界ならではの理解だと木村は考えている。
ともかく福音なる用心棒がやってきた。
水のシスター服で、やはりどうやっても角が目立つ。
選択肢は“戦う”で攻撃と防御が上がることも確認済みだ。
テュッポの能力を底上げしておく。
遠距離キャラとハッピートリガーが相性が悪いように、この福音は近距離キャラと相性が最悪だ。
こちらの近接攻撃が全て見えない壁に阻まれる。
火と風の力も☆のダウンとともに弱体化されてしまったテュッポでは有効な手段がない。
見た目はおしとやかそうな姿なのに、バリバリに近接戦闘を仕掛けてくるので正直見ていてギャップがすごい。
ちなみに慚愧一閃なる猫っぽいのは、近距離だろうが遠距離だろうが関係ない。
遠かったら一瞬で間合いを詰めてくるし、近距離なら一瞬で真っ二つにされる。会敵一閃、調査終了である。
夜の調査が終わって、カクレガに戻った。
ブリッジに行くと、本イベントの調査グループが集合していた。
先ほどぼこぼこにやられたばかりのテュッポもいる。
立ち直りの速さには驚きである。
ウィルはやられると、対策を必死に練るのでなかなか再挑戦できない。
テュッポは負けず嫌いなようですぐに再挑戦を所望してくる。
アコニトは死ぬと不機嫌になりクスリに走る。
死ななくてもラリってる。
アコニトはいないが、対策会議を始めた。
どうせ彼女はいたところで話を聞かないので、いないほうが他のキャラの精神が落ち着く。
「明日も引き続き調査をしていこう。三十個の選択肢も巡ったからアイテムが二つ選べるようになったのは大きいね」
攻略後におっさんから聞かされた。
どうやら永続効果らしい。アイテムを初期で二つ持てるようになった。
もちろん前回の攻略で手に入れたものに限られるが、有用なことに変わりはない。
「明日は選択肢を埋めるのと、ゲージを下げるよう意識して挑戦してみよう。僕の推測が正しいなら、それでもっと奥まで進めるようになると思うよぉ」
「ゲージを上げると用心棒が寄ってくる。それであれば、ゲージを下げればと遠ざかるということですか?」
「うん。それで道中の調査はテュッポに任せて、最終的な攻略はウィルくんに頼むことになるかな。予想が正しいなら、ゲージの上下を増幅させる“ソファーの部品”と、水属性無効の“バスタオル”を手に入れられればなんとかなると思うよぉ」
ソファーの部品は木村もそうだろうなと感じた。
青の増減ポイントは現状で魔物の討伐だけと少ない。
少しでも減らす方向にいかせるために、ソファーの部品は必要だ。
もちろん増やす行動を減らしていかなければならないのが前提条件になる。
もう一つのアイテムチョイスは木村の予想外だった。
攻撃力を上げることばかり考えていた。手に入るアイテムがそっち方面が多いからだ。
バスタオルというアイテムがあることは覚えている。
しかし、水の館で全て水なのに水属性の攻撃をしてくる奴がいない。
意味のないアイテムだと思っていた。
「ついでにウィルくんにはゲージを下げてから、用心棒の一体を倒せるかも試してもらいたいねぇ」
「難しいですね……。福音とは出会っていませんが、彼女なら倒せるかもしれません」
「いやぁ、どうだろう。彼女の神術はともかく、戦闘スタイルは相性が良くないと思うねぇ。近距離戦を強制してくるよ、彼女。僕が思うに慚愧一閃が一番倒しやすいと思うなぁ」
ウィルも意外そうだが、木村も意外だった。
用心棒の中では慚愧一閃が一番倒しづらいと考えていた。
遠距離でも近距離でも倒せないキャラだ。
「どうやって?」
ウィルを差し置いて木村が尋ねた。
フルゴウルがわかった様子で頷いている。そのまま彼女が答えた。
「“バスタオル”を選択するなら、相手への属性付与しかない。できるだろう?」
「
「付与するのは刀だけで良いんだ。見てたけど、彼の攻撃パターンは決まってる。初手は必ず近寄ってからの一閃だ。属性付与を周囲に浮かせることとかはできない? モッフとかはそういうの得意だったはずだから、ウィルくんならできそうだけど、どうだろう?」
ウィルの顔が暗雲立ちこめた様子から、雲が消え光が差し込んだものに変わる。
どうやら道筋がついたことが木村でもわかる。
「――いけますね」
「赤の魔物にもかけられるよね?」
「そうだね。この用途は用心棒だけにとどまらないはずだね」
「うぅん。攻略中も使えるはずだよぉ」
「……あ! 赤の魔物に使うんだ!」
「そうだよー」
木村も理解が追いついて声をあげた。
大きな声を出してしまい、恥ずかしくなり席に縮こまる。
青の魔物は倒して、赤の魔物は水属性付与をかけて攻撃を無効化して無視する。
選択肢さえ大きく間違わなければ、ゲージを下げつつ進める。
ゲージを下げたときの用心棒たちの動きを観察でき、遠ざかるなら良し。
ランダムにせよ、慚愧一閃へのカウンターもできうる。
試したいことがいろいろと増えていく。
また明日になれば部屋順が入れ替わるだろう。
まずは、テュッポで配置のチェックと選択肢の網羅、ついでにゲージを下げたときの用心棒たちの動きの検証だ。
その後で、ウィルが奥へ進むか、慚愧一閃と戦うかを考える。
「ウィル殿! 吾輩の雪辱を果たしていただきたい!」
「わかりました。やりかえしておきます」
ウィルもやる気に満ちている。
さっそく解散後に、訓練室で属性付与の練習をすると言って立ち去った。
テュッポもウィルのトレーニングに付き合うようである。仲が良くて何よりである。
木村も明日こそ水の館をクリアするぞと意気込む。
イベントストーリーよりも、ずっとこっちの方が健全であり、面白いと感じていた。
それに楽しんでいるうちは、次のイベントストーリーという災厄を忘れることができる。
実際、彼は次回のイベントストーリーの存在を忘れることができていた。
しかし、彼は忘れてはいけないイベントを忘れている。
楽しんで攻略しているローグライクの水の館。
その水の館に巻き込まれて、消滅している討滅クエストⅡ。
そして、普通に全部回るのが面倒なデイリークエスト全開放とアイテム倍化。
現在、同時に開催されているイベントは、この三つだと木村は考えていた。
間違っている。
同時に開催されているイベントは四つ。
討滅クエストⅡの手紙にも、きちんと書かれている。
本題の討滅クエストⅡに目が行き、同時開催されているイベントを彼は完全に失念している。
そして、これは彼が自ら口にした言葉であり、彼の経験則だ。
そのイベントは「住民がたくさんいる場所で、安堵か油断したときに発生」する、と。
――討滅クエストである。
75.ローグ「水の館 ph7.0」4
ローグライクを中心としたイベント群も三日目に入った。
三日目は、朝から討滅クエストⅡの様子を見て、デイリーを消化していく。
二日目と同様にいったんカクレガに帰って休んで、昼はゾルと一緒に、水の館で本日の部屋配置調査と選択肢埋めをしていった。
「遠ざかってるって」
ゲージを下げる方向で行動していくとどうなるかを検証していると、ケルピィが報告してくる。
良い報告だ。
どうやら考えどおり、用心棒たちが離れていっている。
探索する範囲が広がり、時間も増える。
そんなことはなかった。
選択肢を埋めながら進めると、ゲージがあっという間に上がる。
さらに選択肢によってモンスターハウスやダメージを受けることであっけなく退場となった。
「夜になったらテュッポで攻略して、その後でウィルくんで行けそうだよぉ」
ケルピィはそう言うが、木村はそんなにうまくいくか怪しいと考えている。
選択肢がおおかた埋まったからと言っても、ローグライクはランダム性があるので難しいのだろう。
そもそもこれはローグライクなのかと木村は疑問を抱いている。
選択肢や変なイベントが多いのはそれらしいが、ランダム性は用心棒の動きくらいだ。
部屋の選択肢は固定されており、一日だけなら部屋の配置も固定される。
ミニゲームだとすればそこそこの出来だろう。
本格的なローグライクとまでは言えない。
あるいは何かのテストなのか。
夜になり、予定どおりテュッポで水の館に挑んだ。
昼にゾルでもう一回挑んだので、配置もほぼわかっている。
ケルピィの案内に従って移動した。
選択肢もほぼ自動だ。
ケルピィが試したいと言うことで、用心棒の一人――慚愧一閃と戦うことになった。
「“逃げる”、でね」
“戦う”
“逃げる”
“様子を見る”
木村はケルピィの指示に従い、“逃げる”を選択する。
「逃げるんだな。素早さが上がったぞ」
前回と違い、おっさんは逃げようとしない。
テュッポがすでに臨戦態勢に入っているからだろう。
逃げるは選んだが、素早さを上げるために選んだだけとわかっている。
木村としては、あまりキャラがやられるところを見たくない。
ゲージも下がっているので、このまま奥の部屋へ行ってみたいところだ。
しかしながら、ウィルによる次の本格攻略に備えて、戦いに備えることも重要と言える。
「参るのである!」
テュッポと水の刀使いの戦闘が始まった。
今回は戦う場所を考えている。
相手は長物で、こちらは形態が変わると言え徒手空拳だ。
狭い位置で戦闘を引き起こし、相手が出てくる扉のぎりぎりに移動している。
距離を瞬間移動で潰され、その際に相手を見失うのを防ぐためだ。
作戦が功を奏した。
瞬間移動はなくなり、相手は一瞬で構えを作る。
そして、木村が気づけばすでに抜刀していた。あまりにも速すぎる。
「ふんぬっ!」
抜刀からの居合い斬りをテュッポは受けたが倒れていない。
アイテムの効果が発動している。
“ロケット:大切な人の写真が入ったロケット。相手の攻撃を一度だけ無効化。一戦闘中に一度だけ発動する。”
ハッピートリガーや福音といった多段攻撃系には意味のないアイテムだが、慚愧一閃には効果があった。
おそらく慚愧一閃の初撃あるいは抜刀からの一撃は何かのスキルが付いている。
あまりにも一撃のダメージが大きい。
これはケルピィが話していたことだ。
彼がまだ水でなかったとき、地下の迷宮を攻略しているときもそうだったらしい。
刀をぬくときだけ、魔物に異常なダメージを与え、抜いてからは普通に振り回していたとか。
「ぬぅん! せい!」
予想は正しかったようである。
ドアハンドル付きの物理アップ打撃が慚愧一閃を襲っている。
相手に超接近することで、慚愧一閃に刀を振り回す隙も鞘に収める隙も与えない。
猛ラッシュだ。
木村はふと考える。
これはリハーサルのはずだ。
次のウィルの挑戦こそが本番である。
「あれ……? これ、倒せちゃうんじゃない?」
そう言っている間にもテュッポの打撃は止まらない。
ゲージを下げることで相手の動きも鈍っているようで、慚愧一閃の動きも良くない。
そして、テュッポの拳が慚愧一閃の胴体を貫いた。
慚愧一閃の体が水となって、地面に吸い込まれていく。
「雪辱を果たしたのである!」
倒せてしまった。
どうせ倒せないと諦めていたので、結果をぼんやりと見ていた。
ソシャゲでも諦め半分の何となくな気持ちで挑み、なぜか倒せてしまったときはこんな意識だった。
感情が現実に追いついてこない。
「キィムラァ。やったな。用心棒の一人倒したぞ。おっ、“一文字咲影”を手に入れたぞ」
水の刀をおっさんが拾い上げて渡してきた。
どうやら用心棒もアイテムをくれるらしい。ゲージの上限はないようだ。
“一文字咲影:其の一閃、避けること能わず。最初の一撃の威力が大幅に上昇し、回避不可が付与される。一戦闘中に一度だけ発動する。”
ロケットと同じように一戦闘中に一度だけ発動するタイプである。
どれくらい初撃が強くなるのか試してみたいところだ。回避不可はおまけ程度だろう。
さっそく次のフロアにいた青の魔物で試すことにした。
「やるのである!」
そう言ったテュッポの姿が消え、気づけば魔物の上半身が消し飛んでおり、溶ける魔物の前にテュッポがいた――木村に見えたのがこれである。
木村も驚いたが、テュッポも驚いている。
テュッポ本人が言うところでは、「魔物を殴ると決めた瞬間」に、すでに相手を殴っていたとのこと。
木村には意味がわからない。
「“因果律の収斂”だな。『回避できない』という結果にたどり着くよう『殴打』が引き起こされたぞ」
おっさんが説明してくれたが、木村はやはりわからない。
どうやらおまけと考えていた回避不可がメイン効果だった、と考えを改めることくらいだ。
ケルピィに効果を説明する。
彼はしばらく黙っていた後に、次の目標を告げた。
「ゲージを下げつつ、ハッピートリガーを狙ってみよっか」
勢いに乗ってこのまま兎耳の銃使いを倒すつもりのようだ。
木村もこの考えに同意する。彼の特徴は遠距離からの息もつかせぬ連続銃撃だ。
相手との間合いを詰めて攻撃ができる、このアイテムがあればいけるのではないか。
ゲージを下げることはうまくいっているが、今度は用心棒が遠ざかるのが問題になる。
倒したいのに遠くへ行ってしまい、途中で魔物との戦闘や選択肢に巻き込まれる。
「キィムラァ。用心棒の一人がこちらに歩いてくるぞ」
ようやく追いついた。
まったくこちらには歩いてきてくれてない。
袋小路に追い詰めてようやく戦闘ができる状態だ。
「今回も“逃げる”、で」
“戦う”
“逃げる”
“様子を見る”
木村はケルピィの指示に従い、またしても“逃げる”を選択する。
前回の選択の効果は切れていない。さらに重なるかを試すといったところだろう。
「逃げるんだな。素早さが上がったぞ」
「……どう?」
「さらに速く動ける気がするのである!」
テュッポが早口になっている。
どうやら素早さアップの効果は重なっているようだ。
部屋の中に入ると、兎耳の銃使いと戦闘になる。
今は無口だが、生前はとてもよく喋るキャラだったらしい。
「セイッ!」
テュッポの初撃が入った。
相手が銃を抜くよりも速い一撃だ。
ハッピートリガーの心臓部にテュッポの貫手が刺さっている。
テュッポは拳を抜き、さらにハッピートリガーの両手を潰すように攻撃を加える。
今回はあっという間だ。耐久力が少ないのか、それとも初撃が強すぎたのか。
あるいはテュッポの場合、素早さがダメージに反映されているかだ。
ハッピートリガーが完全な水となって床に消えていく。
「油断しないでね」
まだ勝利ではない。
ケルピィからも事前に告げられていた。
ハッピートリガーの異常性は銃ではなく、生存能力だと。
最初に出会ったときも魔物に殺されていたのに復活を遂げたらしい。
「むっ!」
どうやら話は本当のようだった。
一度は床に散らばった水が、またハッピートリガーの形を為していく。
しかし、事前に話を聞かされていたので対応はできる。
復活した際に一撃だけ攻撃されたが、テュッポがあっという間に撃破した。
「キィムラァ。やったぞ。用心棒の一人倒したな。おっ、“ツキトジ製首飾り”を手に入れたぞ」
おっさんが水の輪っかを渡してきた。
首飾りと言うより、あやとりの糸のようである。
ドロップは銃だと思っていたが、どうやら首飾りのようだ。
“ツキトジ製首飾り:飾り気のない首飾り。ツキトジの配下の証。探索中に一度だけ、戦闘不能になっても復活する。復活の際は先制行動が可能になる。”
効果はすごい。
ただ、復活できても先ほどのハッピートリガーと同様な場面もありえる。
力量差がありすぎると、復活したところで倒せないだろう。先制行動が可能のようなので逃げることもできるのだろうか。
「用心棒はあと一体だけど、どうする?」
木村としてはここが一番気になるところだ。
正直、ウィルを待たずしてボス部屋に突入できそうな状況になった。
しかし、用心棒も残り一体――福音だけなので、倒すことができればさらに状況が良くなる。
「ゲージの減少で相手の力が下がってることも確認済みだから、もしかしたら倒せるかもしれないねぇ。でも、情報収集をメインにするなら――」
「倒すのである!」
テュッポはやる気満々だ。
昨日、フルぼっこにされたのを根に持っているらしい。
木村が頷くと、ケルピィもわかったという様子で、ナビを始める。
「キィムラァ。用心棒の一人がこちらに歩いてくるぞ」
福音はハッピートリガーよりも楽に遭遇することができた。
どうやら、この福音とやらは道に迷う傾向がある。
こちらから逃げているはずだが、変な道に入ったり近づいたりしてきた。
元の遭遇率が低かったのは、おそらく道を間違えて進んでいるからだったのだろう。
“戦う”
“逃げる”
“様子を見る”
選択肢は出てきたが、今回は指示されていない。
攻撃と防御を取るか、さらなる素早さを取るかだ。
木村は素早さ全振りが見たくなり“逃げる”を選択した。
相手は防御力が高いので、攻撃の方が重要かもしれないがもう遅い。
「逃げるんだな。素早さが上がったぞ」
「また素早さだけど、どう?」
テュッポは言葉を出さず、拳を空中に打ちつけてみせた。
パンッと破裂する音がした。
「えっ! 今の音って?」
「仕上がっているな。存分にやるんだぞ!」
「無論である!」
おっさん同士で謎の理解をしあって、福音のフロアにテュッポが入った。
けっきょく木村は今の音が何なのかわからない。
入った瞬間に破裂音が響いた。
テュッポはすでに福音の前にいて、福音がテュッポの拳の前に手を掲げている。
どうやら最初の一撃を防いだらしい。確かに回避は不可だが防御は不可と書いてなかった。
実際、木村たちも攻撃を無効化して防いだ。
木村は二人の戦闘を見ているが、正直、何が起きているのかまったくわからない。
テュッポが福音の回りを高速で動いて殴りつけ、福音はテュッポを目で追うのに必死そうだ。
とりあえずテュッポの攻撃が見えない障壁に防がれ、福音の攻撃らしきものもテュッポを掠めるに留めている。
「硬すぎでしょ……」
攻撃力アップに素早さも全振りした状態のテュッポの攻撃を、福音は全て防いでいる。
しかも、見えない位置からの攻撃も完全に受け止めるチート性能だ。
こいつだけ性能が高すぎないだろうか。
もはや絶対防御だろう。
あるいは相性が悪すぎるだけかもしれない。
ウィルが戦えば、遠距離から一方的に攻撃できたのだろう。
福音の防御性能が近づくほど上がっているので、超接近戦は互いの有利範囲だ。
互いに技術を捨て去り、力と力をぶつけあっている。
見えない壁をテュッポが猛連打で殴りつけ、相手に防御を強制させる。
ときどき隙を突いて、福音が攻撃するがどうやってかテュッポは避けてさらに連打を加える。
「持久戦だね。どっちのスタミナが先に尽きるかみたいな」
「その戦いに持ち込むと分が悪いぞ」
おっさんが返答してくれた。
どうやらスタミナは福音の方が上のようだ。
「ちなみに、同じインファイターのおっさんならあれとどう戦う?」
「弱点を突くだろうな」
「え、あの絶対防御に弱点なんてあるの?」
「あるぞ。よく観察するんだ」
木村は二人の戦いを見てみるがさっぱりわからない。
テュッポは全方位から攻撃を仕掛けているように見えるし、どう攻撃しても防がれているようにしか木村には見えない。
フェイントで防御地点をずらしても、やはり本命もきちんと防いでくる。
特殊な技を使って倒すのかと木村は一瞬だけ考えたがすぐ否定した。
「インファイターとして」と前置きして尋ねたので、魔法を使うなんてインチキはなしのはずだ。
「――わかった。掴むんだ。掴んで投げろ!」
ケルピィが声をあげた。
そもそも触れられないから掴めないのでは、と木村は疑問を抱く。
ケルピィの声が聞こえたのであろう。
テュッポは壁を殴った後で、手を開き、そこにあった壁を掴んで捻る。
不思議な光景だった。テュッポが捻ったのは見えない壁のはずなのに、福音の腕が捻られていた。
福音の体勢が崩れのを見逃さず、テュッポは追撃をかける。
見えない障壁に阻まれたが、その障壁をうまく掴み横に振り回した。
福音の体がよじれ、地面に倒れた。
「好機であるっ!」
テュッポは倒れた福音にのしかかり、馬乗りになって殴りつける。
絵面はたいへん良くない。魔物が修道女を襲っているようにしか見えない。
障壁を捻りつつではあったが、徐々に攻撃が通り始めた。
その後も、殴り続けてようやく倒すことができた。
「勝ったのである!」
見映えはともかく勝利には違いない。
「キィムラァ。やったな。用心棒の一人を倒したぞ。おっ、“福音の修道服”を手に入れたぞ」
“福音の修道服:ポケットたくさんの特注修道服。迷ったとき用の地図が入っているが開かれることはない。彼女は迷っている自覚がないのだ。直接攻撃のダメージを九割カットし、直接攻撃のダメージを倍加させる。ただし、遠距離攻撃ができなくなる。”
効果がすごい。デメリットもすごい。
近距離キャラ優遇アイテムだ……というか遠距離攻撃キャラでこれを手に入れたらどうなるんだろうか。
周回ありきとはいえ、一種の罠じゃないか。
ともかくテュッポなら問題ない。
遠距離攻撃がないのだから。
「キィムラァ。見事だぞ。用心棒を全て倒したな。次回の探索から出発時に能力アップが付けられるぞ」
素直に嬉しい効果だ。
しかし、できれば次回はなしにしたい。
「このまま奥に行ってみない?」
すでに一番奥の部屋へ進むための鍵は手に入れている。
部屋を開けると、ボス戦になるはずだ。
「行くのである!」
ノリノリだ。
この勢いは大切にしたいと木村は思った。
どっちみちここで探索をやめるという選択肢はない。
調査なのだから、ボス部屋の様子を見る。そして、倒すべきだ。
今のテュッポなら、ボスであろうと充分に倒せる力がある――木村はそう確信している。
奥の部屋には鍵がかかっており、他の部屋の扉よりもやや大きい。
両開きのようになっており、片方に鍵穴がある。
書斎で手に入れた“主の部屋のスペアキー”を使って挑める。
挑めることは知っているが、まだ開けたことはない。
“開ける”
“鍵穴を調べる”
“立ち去る”
選択肢が出てきた。
木村は“開ける”を選んだ。
過去は選んでも「鍵がないぞ」と言われたが、今回は鍵があるためか台詞が変わった。
「キィムラァ。部屋の鍵を開けると、もう引き返すことはできないぞ。――本当に扉を開けるのか?」
ラスボスに挑む前の注意文みたいな台詞だ。
開けたら他の探索はできなくなる、というアテンションだと木村は考えた。
「テュッポは準備できてる?」
「無論である!」
「じゃあ、開けよう」
“開ける”
“いったん離れる”
“立ち去る”
木村は再び“開ける”を選ぶ。
おっさんが水の鍵をシリンダーに差し込み、ぐるりと回す。
カシャンと良い音がしてロックは解除された。
「さあ、扉を開けるんだ。後戻りはできないぞ」
木村がドアノブに手をかけると、軽く回すことができた。
そのまま押して扉を開く。
外から見えていたが、やや広めの部屋だ。
教室と同じくらいだろうか。
だだっ広い部屋には椅子が二つだけ置かれていた。
その一つの前に、水が満ちて現れる。
木村は緊張した。
隣にいたテュッポも構える。
「シエイだ」
ケルピィが現れた水の人型を呼んだ。
どうやら彼女がシエイと呼ばれる存在のようである。
細身で背筋は伸びている。髪は肩口で切りそろえられており厳格さが垣間見える。
水のため表情は見えないが、堅苦しそうと感じた。
水のシエイは椅子の前に立ったままだ。
テュッポと違い、戦おうという意志は見えない。
彼女はおもむろにもう一方の椅子を水の手で示した。
「キィムラァ。椅子を勧められているぞ。座るんだ」
「え? あ、うん」
木村が椅子に座ると同時に、水のシエイも椅子に座った。
完全な対峙ではなく、やや斜めに向かい合っている状態である。
すぐにボス戦だと思っていたので、なぜ椅子に座ることになったか木村はよくわかっていない。
シエイとやらがこちらを見ており、木村の両脇にはおっさん二人がいる。
極めて謎の状況だ。
「緊張が見て取れます」
「……喋った」
シエイの口が動いたと思ったら声が聞こえた。
簡潔に木村の状態を告げた。
「君はシエイかな?」
「そうでもありますし、違うとも言えます」
「ふーん」
木村では感情が読み取れないケルピィの「ふーん」だった。
無感情ではないと思うが、どんな含みがあるのかがわからない。
「木村くんに質問しましょう」
「はい」
木村がこの世界に来て、初めて正しく「木村」と呼ばれた。
なぜかみながみな「キィムラァ」と呼ぶ。
「木村くんは、自身に課せられた役割を理解していますか?」
「役割? いや、理解してないですけど」
話が変な方にいった。
木村はいつもどおり正直に答えた。
「あなたはカゲルギ=テイルズの主人公としての自覚が足りていません」
「あ、はい。……え?」
木村は叱られて返答したが、ありえない台詞を聞いたことに遅れて気づいた。
なぜ、その単語を知っているのか。そして、なぜ木村が主人公だとわかっているのか。
「あなたに主人公としての自覚を持たせるため、あの子に働いてもらうことにします」
「自覚? あの子? もう少しわかるように話してもらえませんか?」
「説明は不要です。認識は己の中から克明に浮かび上がるものです。自覚しなさい」
「はい?」
話せるなら理解しあえると期待した木村が愚かだったのだろうか。
まったく話が通じない。
「大事なお話し中にすみませんねぇ。あなたのその――シエイの体を返してもらうことはできないものですかねぇ?」
意味のわからない会話にケルピィが割って入った。
木村は助かったと感じる。
「無意味な要望です。この体はしょせんかりそめ。求むは彼女の意識でしょう。……まだ彼女の運命の糸は切れていませんね。この歪みが彼女の糸をもつれ合わせているのでしょう」
少なくとも木村は、水の女が言っていることを微塵も理解できない。
ケルピィは前半こそ理解したが、後半は木村と同様だ。
「よろしい。――ならば、これは必然。今宵、一つの掟を定めましょう。明朝までにあなたが為すべきことを思い出しなさい。さすれば、シエイの糸は地上に降りましょう」
言うべきことは言ったという体で、水の女は床に溶けて消えた。
しばらく床を見ていたが、もう出てこないようだ。
「キィムラァ。水の館の主が現れたぞ」
“戦う”
“逃げる”
“様子を見る”
また選択肢が出てきた。
意味のわからないイベントが生じてボス戦に移ったようだ。
これなら最初からボス戦にしてくれた方がまだマシだ、木村はそう思いつつ“逃げる”を選択する。
「キィムラァ。逃げられないぞ。どうするんだ」
“戦う”
“逃げる”
“様子を見る”
少し気になって“様子を見る”を押してみる。
「キィムラァ。様子を見ている場合じゃないぞ。どうするんだ?」
“戦う”
“逃げる”
“様子を見る”
無限ループみたいなものだ。
実質、選択肢は一つだけということだろう。
あるいは“逃げる”を選び続けると別の未来が引き当てられるかもしれない。
しかし、木村もそこまで試そうとは思わない。
大人しく“戦う”を選択した。
「キィムラァ。戦うんだな。闘志が隠しきれていないぞ。キャラの能力値が上昇したな」
もはやお約束みたいな流れで能力が上がった。
闘志は意味不明な会話で削がれて、もうゼロだ。それに戦うというが、敵の姿が見えない。
どこだろうと見渡していると、景色が動き始めた。
ゲームオーバーの時のように周囲の水が動き始めていく。
水の館が床部分を残して消え去った。
代わりに水が一カ所に集まり、グニャグニャと変形し、ある姿を為していく。
「あ……」
見覚えのある姿だ。
帝都で最初に出た、強すぎた竜と同じだ。
ただし、体は水で出来ており、体のあちらこちらがぐにゃぐにゃと歪んでいる。
歪んだ水の竜だった。
水の竜は、大きく口を開け、咆哮を上げるポーズをするが声は出ない。
やがて口を閉じて、木村たちを認識し襲いかかってくる。
テュッポが殴りかかり、歪水竜の首を消し飛ばした。
だが、水製ということもあってか、水が動くだけで首が元に戻っていく。
歪水竜は体当たりや水のブレスをしてくるが、福音を倒して手に入れたアイテムが功を奏している。
九割カットのおかげでダメージはほぼない。問題はこちらのダメージもまったくない。
戦っているのを見ているのは楽しいが、あまり意味のない戦いだ。
負ける気もしないが、勝ち目がない。時間ばかりが過ぎていく。無益である。
歪水竜も同じ結論に至ったらしい。
ブレスの構えだが、先ほどまでと比べてずっと溜めが長い。
テュッポも大きな一撃が来ると察してか、距離を取り、避ける姿勢だ。
歪水竜が口を開くが、口から出てきたのは水ではない。
火でも雷でも死の霧でもなかった。
木村にはそれが何かわからない。
ただ、周囲の景色が曲がったように見えた。
「む……」
景色が曲がったのと同様に、前に立っていたテュッポも曲がる。
ぐにゃりと曲がり、引き千切られた。
あまりにも一瞬の決着である。
さらにテュッポが復活しても周囲の歪みが残っているためか、彼はまたねじ曲げられて死んだ。
「キィムラァ。今回の挑戦はここまでだぞ。入口まで戻るぞ」
水のエレベーターで地上に降りていく。
昨日は暗かった地上が今日は明るく見えた。
どうやら上の様子が気になり、住民が灯りを手に外に出てきたらしい。
木村が見上げると、歪水竜が水の天井の上にいた。
水の天井がぐにゃりと曲がり、大きな穴が生じる。
歪水竜はその穴へ、自身の身を投げた。
ゆっくりと降りていく木村たちを横目に、歪水竜は暗い地上に降りたった。
物音と大きな揺れのためか王都が軽くどよめいた。
歪水竜が口を開くと、水の奔流が王都を襲った。
破壊音から始まり、叫び声、泣き声と続き、兵士たちの声も聞こえてくる。
木村はようやく地上に降り立ち、平和な水の館の調査が終わったことを悟る。
そして、討滅クエストが開始されたと否が応でもわからされる。
王都を照らす三日月がやや傾いて、歪な口元に見える夜のことであった。
76.討滅クエスト 復刻
歪水竜の強襲に王都は沸き立った。
もちろん良い沸き立ちではない。
より実態にあう言い方をするなら混迷だ。
しかも、時間帯が夜である。
月が出ているとは言え、地球の都市と違ってずっと暗い。
その中で、何か大きなものが明らかに人や住居を狙って暴れているわけである。
普通に出てきたら諦めでうんざりしてしまうだろう。
訳のわからない水女に主人公の自覚がどうだこうだ言われて、歪んだ水の竜が「はい、ドーン!」からの王都破壊。
あまりにも吹っ飛んだ現状に木村は思わず笑いが出てきてしまう。
もうどうにでもなぁれという気分だった。
ただ、間接的とは言え、引き起こしてしまった責任もごくわずかだが感じている。
正直に言って、政治家同様に責任を取って主人公の職に辞意を表明したいところであるが、間違いなく辞めさせてくれそうにない。
それなら、せめて被害をできるだけ抑えるために行動するしかない。
あの竜を止められるかどうかはともかく、止めるために行動したという事実が大切だ――このような消極的な気持ちで木村は動き始めた。
「大丈夫ですか!」
ウィルやフルゴウルがカクレガからやってきた。
ブリッジで状況を見守っていたので、行動がいつにもまして早い。
ウィル、フルゴウル、ゾル、ボローの四人だ。
このまま歪水竜と戦うことにする。
おっさんが制止をかけないところを見るに、水の館の攻略は終わってしまったようだ。
シームレスに、いつもの討滅クエストに切り替わってしまった様子である。
“戦う”
“逃げる”
“様子を見る”
討滅クエストが始まったと思った途端に選択肢が出てくる。
とりあえず“戦う”を選択する。
「戦うんだな。がんばるんだぞ」
「……え、それだけ?」
本当にそれだけのようだ。
選択する意味がない。
とりあえず楽しそうに王都を破壊してまわる歪水竜に立ち向かう。
今回は余裕がなかったためか、ウィルやフルゴウルから戦力分析を聞いてない。
歪水竜は攻撃力と防御力は異常だが、動きはそこまで速くない。
歪みをうまく扱いきれてないようにも見える。
ときどき体が捻れて倒れてもいた。
上で戦ったときよりも不安定さが増している。
反則級の歪みブレスもテュッポに撃ったきりで、それ以降は撃ってこない。
水を吐いたり、体を捻らせての突進と非常にシンプルな攻撃ばかりを連発する。
もしかすると歪みのブレスを放つと反動で体があのような形になるのかもしれない、と木村は考えた。
こちらに戦えるキャラがいるときは優先して攻撃してくるのも前回どおりだ。
ボローが引きつけて、ウィルたちが攻撃していく。
間違いなくゾルは相性が悪い。
テュッポとも同様だが、物理攻撃はダメージが通っている気配がない。
瓦礫から住人を守る役目になりつつある。
フルゴウルの筺も微妙だ。
歪水竜の体の一部を切り取って筺に詰めるとかしているが、歪水竜の体の水は増殖するように増えるので、時間稼ぎにしかならない。
爆発をさせてもダメージが通っている気配はやはりない。
ウィルも炎が効きづらいとみるや、雷や氷に切り替えていく。
この二つは歪水竜の動きを遅らせているが、果たしてダメージがあるのかわからない。
ボローも体を水に絡め取られ、壁役の任務を半端にしか果たせていない。
そもそも単体攻撃を防ぐのがボローの特徴なので、範囲攻撃になると効果が薄れる。
「勝てる?」
「無理だな。攻撃が通っていないぞ」
隣のおっさんに声をかけると即答された。
どうやら木村の勘違いではなく、やはりダメージがなかったようだ。
特殊なボスと言えば、ゲームっぽくて聞こえは良いが実際にいると困る。
攻撃が通らない上に、街を楽しそうに壊していくボスとか出すなと開発陣にもの申したい。
あの水女は主人公の自覚を持てとか言っていたが、この状況で何を自覚しろというのか。
認識だかが己の中から湧き出てくるものとも言っていた気がするが、湧き出てくるものはしょうもないことばかりだ。
街を守る大切さ?
人の命のかけがえのなさ?
逆張りで、圧倒的な力に対して諦めることの重要性?
こんなときアコニトなら、何と言うだろうか?
「――そうだ。アコニトがいた」
あの竜の強さの正体が、仮に歪みにあるとすれば歪みを短時間無効化できるアコニトは対抗策になる。
問題は……。
「戦闘中だけどパーティーメンバーの変更ってできる?」
「時間はかかるが変更可能だぞ。誰と誰を変更させるんだ?」
可能のようだ。
誰とアコニトを変えるべきだろうか。
現状で一番戦力になってないのはボローだ。
範囲攻撃を引き寄せてはいるが、周囲に被害を引き起こし、他の仲間も守れているとは言えない。
「ボ……」
木村はボローと言いかけた口を閉じた。
交代させるのは良い。問題は交代させた後だ。
この時間帯のアコニトがまともな状態か?
ノーだ。
酔い潰れているか、ラリってるの二者択一だろう。
正常に戦える状態ではない。
スペシャルスキルのぶっぱは……、ダメだ。
闇化の効果は切っているので、アコニトの霧化は彼女のラリッた意識のまま周囲の住民を襲いかねない。
そうなるとやることは一つだ。
ボローは盾にならないとしても引きつけ役としては使える。
「ゾルとアコニトを交代で」
「わかったぞ。カクレガが来るまで待つんだぞ」
交代ができるまでに、聞いておくべきことがある。
「ケルピィさん。王都の中で人が少ないところはどこですか? そこで決戦を仕掛けます」
「この時間帯だと南東のベルチック地区だけど、決戦って何をする気かなぁ?」
「花火をあの竜にぶち込みます」
目には目を、歯に歯を、
ああいった軟体の相手の処理方法は相場が決まっている。
内側からバラバラにするに限る。
竜に近づきすぎると水の体に飲み込まれるのは、ボローですでに見ている。
アコニトを飲み込ませて、その状態で自爆させる。
ある程度、周囲に被害が出るのは仕方ない。
最低限、場所くらいは弁える。そのために人が少ない場所を選ぶ。
人がいなければアコニトの霧化も使えるかもしれないが、スペシャルスキルは彼女の意識によるところが大きい。
頭が吹っ飛んでいたら、使ってはいけないだろう。人を溶かしていく。
「メッセちゃん。聞こえてる」
『聞こえています。隊長がいて、どうしてこんなことになっているのですか?』
「説明は後。周囲の兵たちに伝令して」
『――失礼しました。どうぞ』
「“今から竜を引きつけて移動する。ルートはペルルン地区のカンター通りを東に抜けて、ソイヤー大通りに入り、南に進みベルチック地区を目指す。そこで大規模な戦闘を行う。住民の誘導はこの道から避けるように。それと竜には手を出すな”。これを該当地区から優先的に伝令で」
『了解しました』
メッセもケルピィの様子から軽口は言わなかった。
すぐに行動に移ったらしい。
“戦う”
“逃げる”
“様子を見る”
また出てきた。
今度は“逃げる”を選択する。
「逃げるんだな。うまく逃げるんだぞ」
「キィムラァくん。戦闘コマンドで、あの子たちの行動が指示できるんだよね。僕の言うとおりに竜を誘導してみて」
「はい」
どうやらブリッジの知識を吸収しているらしい。
ケルピィから言われたように、ゾルやボロー、それにウィルの行動を選択する。
まるで戦闘コマンドのチュートリアルを受けている気分だ。
おっさんが木村を見ているが、そんな恨めしそうな眼で見られても木村は困るだけだ。
本来は、彼こそがこの使い方を実地で説明するべきだった。
「ウィルの火魔法でボローを救出。ゾルでボローを抱えて移動。フルゴウルの筺でゾルたちを囲み、歪水竜の攻撃をカバーする。攻撃の合間だね。移動しよう」
ケルピィの指示は的確だ。
余裕がないためか、敬称は付けてない。
すでに相手の行動パターンも頭に入っているようだ。
ケルピィの描くとおりに、歪水竜は王都を破壊しつつも目的地へ移動していく。
木村が戦闘コマンドをここまで使ったのは初めてであった。
彼はほぼほぼケルピィに言われたとおりのことしかできていないが、まるでボス戦をしているようで楽しんでいる。
もちろん楽しんでいるのは彼一人であり、他の人間はパーティーや住民も含めて必死に行動しており楽しむ余裕なんてまったくない。
竜を引き連れて大きく移動していく。
最初の頃に聞こえていた住民たちの声もすでに聞こえなくなってきた。
「くるね」
竜がまたしても溜めを作った。
テュッポを瞬殺した歪みブレスがくるようだ。
ちょろちょろ移動するこちらをまとめて倒してしまおうという算段だろう。
敵ながら嫌な攻撃である。仮に避けたとしても、王都が巻き込まれてボロボロになるのだから。
「コマンド準備。ボローは挑発。フルゴウルの筺でボローだけを囲む。相手の発射のタイミングに合わせて、ウィルの風魔法も合わせて上空に筺を飛ばす」
木村もなるほどと頷いた。
歪みの方向を上空に向けるようである。
相手の溜めが長いのはありがたい。木村もさっそくコマンドで準備にかかる。
「やっちゃって」
待機していたコマンドを一斉に開放していく。
ボローが歪水竜を挑発し、フルゴウルがボローを筺で包む。
ゾルが筺を抱きかかえて空に投げ、ウィルの生じさせた風が筺を上空に上げていく。
「……ちょっと早かったかも」
筺がようやく落ちかかるころになって、歪水竜の歪みブレスがボローを襲った。
木村はボローがいつもこんな目にあっているのが不憫でならない。
アコニトには稀にしか抱かない思いに溢れてしまう。
歪みブレスがボローを倒し、その勢いを保ったまま下に――木村たちへと襲いかかる。
王都の背の高い建物を一部巻き込んだ後で、ようやくブレスは止まった。
木村たちもこれには安堵の息がこぼれた。
「キィムラァ。女狐との交代ができるようになったぞ」
「わかった。すぐに変えて」
ゾルの前に、カクレガの入口が現れた。
「ゾル。アコニトと交代で!」
彼女は頷きを一つ返して、カクレガの入口に消える。
そして、アコニトが…………出てこない。
「あれ? アコニトは?」
「ちょっと待つんだぞ」
おっさんがこめかみのあたりをピクピクさせてカクレガに入っていく。
どうせアコニトはダメダメの状態だと木村は思っていたが予想は当たっていた。
「いや、待てよ」
意識がまともだから、戦いたくなくて出てこないという線もある。
どちらにしても結果は同じだ。おっさんが迎えに行った時点で、まともな状態で出てくることはなくなった。
歪水竜は歪みブレスを撃った後のクールダウンなのか、動きを止めている。
そして、やはりブレスを撃つたびに歪みが増すらしい。
歪水竜の体中がひどく歪んでいた。
「……あ、出てきた」
アコニトが入口から出てきた。
四足歩行モードだ。獣みは増すが、動きが良くなる。
酔ってはいないだろう。酔っているときも四足歩行モードになるがふらつくことが多い。
あれはラリっているときの四足歩行モードと木村は判断した。
「良かった」
意識があると、敵へ突っ込ませて自爆の流れはさすがに悪いことをした気分になる。
クスリでラリっているなら、ラジコンよりも罪悪感が薄れる。消耗がない。
「歪水竜に突撃させて――」
コマンドで指示するとアコニトの移動方向が変わり、まだ動きを見せない歪水竜に走っていく。
近くにいったところで歪水竜が活動を再開させた。
ボローと同様にアコニトが歪水竜の水に絡め取られてしまった。
「よし。――自爆だ」
慣れた動作である。
これだけはもうコマンドを見なくてもできるようになった。
最後のキャラ選択だけ、しっかりとアコニトを意識する。
“戦う”
“逃げる”
“様子を見る”
戦闘中でも本当に関係なく出てくる。
アコニトが薄く発光する光景がスーパースローになっていた。
“様子を見る”を選択する。
「女狐の雄姿を目に焼き付けるんだ」
先ほどまでアコニトを追いかけていたおっさんが一瞬で隣に戻ってきた。
アコニトが発していた光は一度収束し、――お馴染みの赤紫色の光が王都を明るく照らした。
おっさんが木村の前に立って、光を遮る。
光がおっさんの横を通り過ぎていくのを木村は見ていた。
アコニトの頭はラリっていたが、爆発は大きい。
このアコニト花火の威力は、彼女の感情に依存することがわかっている。
通常の状態だと基本的に弱い。ときどき決意を込めて爆発すると強いことがある。
問題はラリっているときだ。威力がかなり大きくぶれる。ほぼ自爆のときもあれば、今回のように周囲を跡形なく消し飛ばすこともあるのだ。
要するに王都の一角が消し飛んだ。
三日月の頼りない明かりだが、周囲の建物がなくなったことはわかる。
ウィルたちも同様だ。弱めの自爆ならまだしも強くなると生き残ることはできない。
「うっそ……」
木村はおっさんがどいた後の景色を見て思わず声を出した。
歪水竜がまだ生きている。
「歪みの障壁で身を守っていたぞ」
「ああ、あれで」
木村は納得した。
歪んだ王都の結晶ボスが使っていた歪み障壁だ。
歪水竜はさらに歪みが増していた。
もはや歪みが大きくなりすぎて、竜の形を保つことが出来ていない。
スライムのような雨滴型でもなく、グニャグニャと素人が作った3Dエフェクトのようにデタラメに形が変わっている。
まともに動くこともままならない様子だ。
「あぁぁ……、坊やぁ。なんだ、これはぁ…………」
予想外の声に木村は声を失った。
歪み続ける水の前に、アコニトが倒れている。
体中がボロボロで、起き上がることもできそうにない。
「……えぇ、どうして?」
ついにアコニトが自爆でも死ななくなった。
しぶとすぎる。四足歩行モードだと、本当にゴキブリみたいに生き残れるのだろうか。
「確定即死を回避する効果のトロフィーがあったか?」
「……あった」
おっさんからの指摘に、木村は記憶を漁り、解答にたどり着いた。
冥府の王から逃げた際のトロフィーだったはずだ。
低確率で確定即死が致命傷に置き換わるとかだ。
初めて見たが、これがこの効果らしい。
確率こそ低いが普通に良い効果だ。
もう一回自爆できる。
アコニトが歪んだ水を見て、さらに木村を見つめた。
何か口にするかと思ったが、どうやらまともに口を開く余力もないらしい。
「素晴らしい手際です。これでこそ見込んだ甲斐があるというもの」
「また出た」
水の姿をした女性が木村のすぐ横に現れた。
最初の時と違い、やや機嫌の良さがうかがえる。
「さあ、木村くん。選択なさい。正しい選択を――」
“自爆だ!”
“スペシャルスキル発動!”
“様子を見る”
木村はうんざりした気分になった。
水の女が出てこず、選択肢も出なければ自爆させていただろう。
こんなにあからさまに選択を強いてくると嫌気がさす。
“様子を見る”を選択した。
「様子を見る必要はありません。さあ、正しい――」
「坊やぁ。タバコを、取ってくれぇ」
水の女の声を遮ってアコニトが声をかけてきた。
見るからに瀕死であり、尻尾に手を伸ばす力もないようだ。
木村はもらって吸わなかったタバコを彼女の口にさした。
「手ぇ、かせぇ」
「あ、うん」
木村はアコニトの手を取って、その手を彼女の口元――タバコに近づける。
どうやってか、タバコが赤く光って火が付いた。
数秒経って煙が出てくる。
アコニトが咳き込みながら煙を吐いた。
水の女もその様子を見ているが、何も言う様子はない。
「坊やぁ。儂の、経験論だがなぁ。そこの水形は良くないぞぉ」
「どうして?」
「なぜそのように思われるのですか?」
「うぬは、ずっと嗤っとるだろぉ。儂は、その顔が好かん」
木村は水の女を見る。
顔はある。しかし、水のため表情は見えない。
声の調子からも、木村は笑っているようには見えない。
「戯れ言を。獣の讒言に耳を貸すべきではありません。木村くんは正しい選択をなさい」
おっさんもこれにはうんうんと頷いている。
前半に頷いているのか、後半に頷いているのか、あるいは両方なのか。
“自爆だ!”
“スペシャルスキル発動!”
“毒煙で歪みを攻撃!”
またしても選択肢。
しかも今回は“様子を見る”がない。殺意マシマシだ。
「確認だけど――、選択肢は出てるけど、これに縛られる必要はないんだよね?」
木村はおっさんに尋ねた。
おっさんも「そうだぞ」と肯定する。
「木村くん。どうして選択を拒むのですか? やることは明白でしょう。先ほどまでも君は、その歪みを倒すために戦っていたはずです」
「いや、まあ、そうなんですが選択肢で突きつけられるとなぜか嫌になるんです。そもそもあなたはこちらの味方なんですか?」
「当然です。私はずっと君を見守っていますよ。通常であれば、地上に降臨できませんが、今回はこのような特殊な環境のため会うことがかないました」
「……そうですか」
木村はなんとなくわかった。
アコニトが言っていた「坊やは狙われている」の犯人はおそらくこの女だ。
違うかもしれない。だが、そうであって欲しいと感じた。木村としてもこの女に味方という印象はない。
「わかりました。――アコニト。歪みにむかって煙を吐いて」
アコニトに指示をする。
彼女はわかりやすく嫌そうな顔を返した。
逆に、水の女は表情が見えないまでも緊張が解けたように感じた。
そして、木村は腕まくりして手を広げて、歪みに向けてみせる。
アコニトに早くと、木村は顔で示した。
「……木村くん?」
「――わかったぞぉ」
アコニトはわかってくれたようだ。
タバコに口を付けて、息を吸い、ただの煙を歪みに吐いた。
ダメージを伴わないタバコの煙だが、攻撃とみなされたらしい。
グニャグニャと歪んでいた水が、ようやくしっかりとした形を示した。
人間の姿に近いがまだ見たことのない顔だ。
頭に二本の角が生えている。
木村はその竜人の手を掴んだ。
アコニトで歪みを解除し、木村で歪みの再発生を抑える。
王都の歪みを消した方法と同じだ。もしも竜人が暴れてもおっさんが止めてくれるだろう。
竜人が目を開く。
木村はその瞳孔にびくりと怯えた。
マンガで見るような、縦長の結晶のような瞳だった。
さらに白目部分が、赤く溶岩のごとく流れを見せている。
「――マタ、アエタネ」
竜人が喋った。
男女の判別が付かない。
そもそも竜に雄と雌があるのか。
竜人は無表情のまま口を大きく開いた。
喉が赤く光り始め、喉の奥から赤黒い光りが徐々に上がってきている。
やがて赤の光が満ち、木村の横を赤い奔流が通り抜けた。
レーザーとビームの違いが木村にはわからない。単純に熱線と考えた。
竜人は頭を動かして、赤の熱線の方向を変えていく。
光りが消えると、竜人が口を閉じた。
木村が熱線の撃たれた方向を見る。
水の女が熱線にやられたようで、頭が消え去り、体も大半が消し去られていた。
ついでにアコニトも熱線にやられたようで、淡い光となって死んだ。
「やれやれ、困った子たち。――今宵はここまでにしましょう。癇癪を起こした子とは話ができません。運命の糸はすでに絡みついています。また、会いましょう。木村くん。自覚は早めになさい。手遅れになりますよ」
水の女はぱしゃりと水となって地面に散った。
ただの水のようで、地面をぬらすだけだ。
こうして水の女は何処かへ消え去った。
「ボク、カエラナイ」
ーー竜人という大問題を残して。
77.竜人
討滅クエストの竜だったものが人となった。
人化するのは別に良い。
木村はいろんなメディアで人化を見慣れている。
なんなら電車や城の擬人化も見ているから、たとえカクレガが人になっても軽く驚くだけだ。
問題は仲間キャラが人化を見た場合だ。
端的に述べると、ウィルは絶句しているし、フルゴウルは眼を開いて手に筺を出している。
さらに問題を付け加えるなら、人化した竜人がカクレガまで付いてきたことである。
王都においておくと口からの熱線で建物を壊そうとするのでカクレガまで連れてきてしまった。
「コロス」
カクレガまで連れてきたが、やはり攻撃性は解除できない。
ウィルやフルゴウルと地図部屋で一戦を交えた後、竜人を訓練室に連れてきた。
竜人は木村とおっさんには手を出さない。
カクレガも攻撃対象とみなさないようである。
おっさんも、竜人が木村とカクレガに攻撃しないためか何もしない。
竜人の攻撃対象となるのは、仲間キャラと異世界の住人や建造物だ。
これらを見ると、竜人は「コロス」、「コワス」などと片言のように発して攻撃に移る。
問題はこれだけではない。
竜人は木村とずっと手を握っている。
今のところ痛くはないが、逆の手でカクレガの扉を壊したのを木村は見ている。
一度、手を離したのだが歪みがひどくなったため、竜人の方から木村の手を掴んできた。
それ以降はずっと手を離す気配がない。離すと歪みが再発すると学習している。
広い訓練室におっさんと木村、それと竜人の三人。
竜人とおっさんは、特に気のきいた話をしてくれるわけでもない。
ときどきメニューを開いて時間を確認するが、時の流れがずいぶんと遅く感じる。
王都はどうなっているだろうか、と木村は物思いにふける。
まだ夜明けすら迎えていないのだが、ボロボロの状態であることは間違いない。
壊滅とまではいかない。
王城にまでは被害が及んでいない。
帝都のときのように隅から隅までくまなく抹殺ではない。
目の前の竜人の出現でワンアウト、アコニトの自爆でツーアウト、帰りの竜人による熱線でスリーアウト。
さらに歪竜のブレスもくらっていた。
歪みブレスによる後遺症はおそらく残る。
「やっぱりダメかも……」
それでも歪みだけならアコニトの無効化と、木村の抵抗で抑えられる。
ただ、今回は迷宮の時にあった、歪みの中心とやらがないかもしれない。
そうすると一つ一つ歪みを消さないといけないわけで、いったいどれだけの時間と手間がかかるか計り知れない。
現に、目の前の竜人の歪みを消すだけでも一時間以上がかかっている。
「あれ、もしかして……。この竜人の歪みを消したら王都の歪みも消えるかな?」
この竜人自体が歪みの中心ではないか。
そうなるとこの竜人の歪みを消せば、迷宮と同じように歪みが消滅するかもしれない。
「違うぞ。王都の歪みは独立しているぞ」
ダメだった。
これは歪みを消すどころの状況ではない。
現実から逃避するように、木村は竜人のステータスを見る。
ステータスが見られるので、システム的には仲間キャラなのだろうか。
ただし、仲間キャラを殺していく仲間キャラなので、純粋な仲間とカウントして良いのか迷う。
しかもステータスの大半が文字化けしており読めたものではない。
この文字化けは歪みによるものなのか、想定されてないキャラが仲間になったバグによるものなのかも判断が付かない。
とりあえず☆2ということだけはわかる。
竜人もおっさんもまともに口を聞かないので、考えばかりが回っていく。
そもそもこの竜人が討滅クエストの竜なら、木村たちの明確な敵であり、木村にとっては憎い存在であるとも言える。
帝都の壊滅、獣人の郷の虐殺、デモナス地域……あれはゲイルスコグルだ。
冥府のエリュシオンの強襲の例もある。
とにかく前の二つだけでも仲間とは認めがたい。
これは木村だけでなく、ウィルやフルゴウルでも同様だろう。
「晩酌の時間だぁ!」
訓練室の扉が開いたと思ったら、うるさいアコニトが入ってきた。
待機モードに入っていた竜人も活動を始める。逆に木村の思考は止まってしまった。
竜人は得意の熱線をアコニトに向かって吐くが、さすがに二度目のためかアコニトがサッと避けた。
発射の予兆がわかりやすいので、避けやすいと言えば避けやすい。
この熱線は竜人が顔を動かすことで追尾もできる。
アコニトらしいといえばアコニトらしいのだが、彼女はおっさんを盾に使った。
竜人と自らの射線上におっさんが来るようにする。
しかし、おっさんがうまく躱した。
さすがアコニトというべきか、おっさんの盾が無理だとわかると今度は木村を盾に使った。
竜人は熱線攻撃を止めると思ったが、一度モーションに入ると止められないらしい。
「……ちょ!」
「ふん」
おっさんが竜人の頭と顎にそれぞれ手をかけ、口を塞ぐように押さえつけた。
口からの熱線放出は止まった。
「ムグ! ムグムグムグ!」
しかし、まだ竜人の喉からは熱線が出続けているようだ。
発射口である口が力で閉じられ、熱線は竜人の口の中で暴走しているらしい。
頬を膨らませ、顔中が膨らみ、やがて限界に達し頭が弾けた。
首から出る熱線が、訓練室の天井を焼き、徐々に弱まって消える。
竜人の胴体も光となって消えた。
「キィムラァ。既に討滅クエストの報酬は入手している。報酬は手に入らないぞ」
おっさんがシステム的に告げて、木村は竜人から解放された。
しばらく訓練室で待機していたが、竜人は復活しない。
目の前では食堂から酒をもらってきたアコニトがぐびぐび飲んでいる。
最近は酒も出してもらえなくなっていたが、木村が許可を出したので、リン・リーも出さざるを得なかったらしい。
おっさんが酔ったアコニトを見て、露骨に嫌な顔をしているが彼女はおかまいなしだ。
ウィルやフルゴウル、それにケルピィも来ていた。
アコニトは酒を飲むためだが、もちろんウィルたちは事情が異なる。
「――というわけなんだ」
彼らがアコニトの自爆で消滅してから、先ほどまでに起きた出来事を木村は説明した。
「なぜ竜が人の姿になるんですか?」
それは木村に言われてもしょうがない。
ジャパニーズ・ソシャゲの悪しき文化だと思われるが、正しいかは不明だ。
ウィルも言っても仕方ないと気づいたようである。
「死んでしまったのでしょうか?」
「討滅クエストだからね。朝に復活するかも」
復活するとしてどの姿で復活するかも疑問だ。
竜の姿なのか、竜人の姿なのか。もちろん復活しないにこしたことはない。
「私としては、水の女の方が気になるね」
木村としても気になっている。
彼女はどこかに消え去ってしまったが、また会いに来るような口ぶりだった。
「心あたりはあるかな?」
「まったくない」
本当にない。
だが、強いて言えば――
「そこの酔っぱらいが、『誰かに狙われているぞ』って話してたけど、その人の気がする」
アコニトは赤ら顔でツマミを食べている。
もごもごとスルメのような謎物体をいつまでも噛み続けており地味にうざい。
「ずっと見ている、とも話していたのだろう。イベントにも関与している可能性があるとすれば、それはもはや神の領域だ」
力だけで見れば確かに神とも呼べる。
「ん? 呼んだかぁ?」
酔っ払いが木村たちを見てきた。
「呼んでないよ。飲んでてどうぞ」
「うむ」
またしても、もごもごと何かを口にして酒を飲む。
神というのは碌な奴がいないなとアコニトを見て木村は思った。
「そんな女神は放っておけぇ。『気になって直接会いに来ました』とかぁ、尻の青い少女かよぉ。見える位置でうまく操って二流。操っている感覚さえ相手に感じさせないで一流だぁ。直接、伝えにくるとか神として三流以下だぞぉ」
アコニトが下卑た笑いを見せている。
ちゃっかり話は聞いていたらしい。しかも、水女を馬鹿にしている。
そういえば、アコニトも水の女が良くないとか言っていた。笑い顔が好きじゃないだったか。
「王都はまだ被害の確認段階だね」
ケルピィが告げた。
時刻は深夜だ。竜が消えても、明かりはほぼなく全容が掴めないだろう。
早くても明日の昼までは、被害把握だけで時間が過ぎるに違いない。
「復旧は手伝います」
「……それなんだけどね」
ケルピィは少し間を置いてから話をした。
要約すれば、もう王都には入ってくれるな、ということだった。
木村たちが出向けば被害が大きくなるばかりである。
国の上層部の話し合いで決まったようだ。
ケルピィがお目付役らしい。
この機械玉はノリノリで水の館の攻略を手伝っていたが、そこのところはどうなんだろうかと木村は考えた。
おそらく王城に帰っていないところを見るに、彼もまた追放されたようなものではないか。
「メッセさんと話をされてるんですよね」
「うん。どうしてこんな事になったのか説明を求められてるみたい」
可哀相に、と木村は思った。
彼女はこの件に関してはほぼ何も知らないだろう。
「いちおう言ってあげてください。カクレガに来ても良いですよ、と。王城にいても辛いでしょうから」
「伝えておくよ。今はあそこにいるべきじゃないだろうからねぇ」
間違いなく針のむしろだ。
説明なら木村たちがするべきである。
もしも竜人が復活するなら、手を繋いで登城しよう。
「とにかくすみません。水の館なら大丈夫だと思ってたんですが、あんなことになってしまって」
「僕も甘かった。歪みのように水も消せるかと思ったんだけど、うまくいかないね……」
どこか声が弱々しい。
本人も反省しているようだ。
「とりあえず朝までは待機かな。また、竜が出るかもしれないし、水の館もどうなるかわからない」
こうして夜が過ぎていく。
朝になり、水の館は元に戻り、討滅クエストⅡのボスを巻き込んで倒す。
ここは前日と同様で安心できた。
前日と違うこともある。
朝の6時ぴったしに竜人が復活した。
普通の仲間キャラと違い、イベントの日時更新時に復活するらしい。
訓練室の隅付近で歪んだ状態になっており、動けないのでしばらくこのまま放置することにする。
王都にも入ることが出来ず、メッセも王城に居づらくなりカクレガにやってきた。
水の女がかたどっていたシエイとやらは、戻ってきていない。
選択を間違えたのがダメだったようだ。
遠くから王都を見るが、一角が消滅している。
今まで引き起こした惨事の中では、可愛い方であると木村は安堵した。
無論、被害のただ中にいる人々が木村の安堵を知れば、激怒は間違いないが彼を責めることもできない。
彼は王都に入ってこないし、そもそも引き起こしたのは運営と水の女だ。あと竜。
進まない王都の復旧を木村は遠目に見つつ、デイリーを消化していく。
そのメッセージがやってきたのは、デイリーを終え、地図部屋に入った直後のことだった。
イベントのお知らせではない。
新キャラでもなく、どちらかと言えば恒常ガチャの更新についてだ。
アコニトのピックアップガチャのお知らせである。
78.ピックアップ
待ちかねたアコニトのピックアップガチャが始まった。
初期のころにもやっていたが、そちらは見送っていた。
当時はアコニトがここまで強くなるとは思ってもみなかった。
攻略ページがあれば引くべきキャラもわかるのだが、そんな便利なものはない。
本来のソシャゲと違い、異世界独自のトロフィーシステムもあるので、想定外の強化パターンもある。
そのため、仮に攻略ページがあったとしてもおすすめキャラが異世界でもおすすめとは限らない。
カクレガでの共同生活や性格といったソシャゲにない要素もまた然りだ。
ただ、アコニトでも生活できているので大抵のキャラなら受け入れることは可能だろう。
現状で一番よく使い、今後も世話になるであろうアコニトの覚醒値を上げておきたい。
1凸でも大幅に強くなったので、完凸にすれば別次元の強さになると思われる。
ついでに言うと溜まってきたガチャチケットを使いたかったのもある。
るんるんとスキップ混じりで木村は自室に戻った。
ガチャもいつの間にか天井機能が搭載されており、200連でキャラ交換できるようになった。
ガチャチケット数は151枚しかないが、天井交換用の引き換えアイテムが50個だけ補填されて配られているので、現枚数でも天井ができる。
引き抜けば確実にアコニトが来るのだ。
木村は覚悟を決めた。
――ここで全てを出し切る。
ボス戦でも水の館でも決めなかった覚悟を木村はガチャで決めた。
あれらはキャラや異世界の住人たちにとっての戦いだが、ガチャは木村にとっての
覚悟を決めると世界が晴れやかに見えた。
いつもと変わらぬはずの面白みのない部屋が、普段よりも輝かしく彼には見えている。
無論、錯覚である。
チケット10枚払えば無料で10連まわせるんだからほんと凄い。
しかも200枚払えば、欲しいキャラが無償でもらえる。実質ボーナスだ。
脳内麻薬が分泌され、すでにおかしくなった頭で木村はガチャを引く。
木村には習慣がある。
全てのリソースをガチャに回すとき、10連ぴったしで終わるようにする。
すなわち今回持っている151枚のうち、端数の1枚を一番最初に単発ガチャで処理する。
これは運試しでもある。
もしもこの1枚で☆5が来たらどうだろうか?
単発で来た! と気分が上がっていく。残りの10連ガチャにも期待がかかる。
なお他人の「単発で来た!」とかの報告は要らない。あれはゴミだ。スマホを床か壁に投げつけたくなる。
木村は深呼吸をした。
両腕を横に伸ばし、胸を大きく広げ呼吸を通す。
そして、ガチャボタンをポチッとな。
すぐさま扉が現れる。
「……まあ、何となく予想はしてた。」
扉の色は☆3の白でも、☆4の金色でもない。
ましてや虹色でもなかった。
ボロボロの木の扉だ。
だいたいイベント後の扉はこのパターンが多いので予想はしていた。
ささくれだった木の扉を注意深く押すと、蝶番のイカれた音とともに、傾きつつ扉が開いていく。
差し込む光だけは☆5と同じで眩しい。
むしろ扉がしょぼいぶんだけ、より眩しく感じる。
光りが収まると姿が見える。
そのシルエットを認識して、木村は思わず身構えた。
水の館の最奥で見たシルエットと同じだ。
女性の体型で、肩口で切りそろえられた髪、伸びた背筋。水の女である。
しかし、今回は水ではないので表情が付いている。
真剣そのものの表情で目つきは鋭い。
「シエイです」
事務的かつハキハキと女が告げた。
木村は彼女の名前と性能はケルピィやメッセから聞いていた。
彼女のシルエットも水の女で知っていた。
実際に会うと、聞いていたとおりの人だ。
いかにも硬そうな雰囲気で、笑いを知らない表情をしている。
泡列車で会ったケリドと似た雰囲気だが、こちらの方が冷たく、研ぎ澄まされている印象がある。
木村は困惑している。
ケルピィたちもいるのですぐ案内すべきだろうか。
また、初っぱなが☆1だが、ガチャの流れを止めるべきかどうか。
木村は頭を振った。
ガチャの流れはすでにできている。
ここで立ち止まってはならない。最後までやり遂げるのだ。
視界端にあった10連ガチャを押す。
扉が順々に現れる。9連まで白い扉だ。そして――、
「や、やった! やったーーーー!」
木村は両手でガッツポーズを作る。
10連目で虹色の扉が出た。
幸先が良い。
九つの白い扉を心のこもらない手で押していき、虹色の前に立つ。
木村は知っている。ピックアップというものは往々にして仕事をしない。
すり抜けなんて日常茶飯事。どうでも良いときだけ仕事をして、本当に欲しいときはすり抜ける。
「まあ、最初だから……」
すり抜けたときの落胆を保険として自らの心にかけつつ、虹色の扉を彼は押した。
もはや扉の触感が違う。虹色の扉は触れただけで力がみなぎってくる。
「儂を呼び寄せるとは愚かな人の子がいたものよ」
懐かしの台詞である。
異世界に来た頃を思い出してしまう。
そして、願ったとおりのキャラがすり抜けず無事に来た。
二つが重なり、木村は思わず視界が潤んだ。
「やったぁ……。やった! やったんだ! 大勝利!」
「……なんだぁ?」
このアコニトは外での記憶がまだない。
いきなり呼ばれたら、大喜びのガキがいたので不審がっている。
「アコニトだ!」
「いかにも。儂だぁ」
「アッコニト神! アッコニト神! ようこそカクレガへ!」
木村はあまりの喜びに思わず手拍子を打った。
アコニトも最初は怪訝だったが、自らを呼んだ存在が心から喜んでいることを察し、嬉しくなっている。
神として招聘されることは彼女としても決して悪いことではない。
それが心からのものであればなおさらである。
「儂もすてたもんじゃないなぁ。さすが儂だぁ」
アコニトが煙管をふかし、表情の緩みを抑えようとするがなかなかうまくいってない。
木村は喜び、アコニトも喜ぶ。Win-Winである。
アコニトが扉へ向かってくるのを、木村は引き続き手拍子を打って出迎えている。
木村の隣では無表情のシエイも流れを読んで一緒に手拍子を打った。
通常であればキャラの時間は止まるのだが、初召喚で前回召喚画面からの連続召喚だったのでシエイも動けている。
この場で一番困惑しているのは間違いなくシエイである。
木村はシエイを知っているが、彼女は木村をわずかしか知らない。
ハムポチョムキキ平野で見た化物たちを従えていた謎の少年である。
彼女の最後の記憶は、謎の男に、ハッピートリガーやケルピィらが結晶化されるところまでである。
なぜ、自らがここにいるのかがまったくシエイには理解できない。
さらに目の前の少年は説明もなく、不思議な儀式を始めた。
シエイもアコニトを見ているが、彼女が地下の迷宮で見たときよりも神力がずっと大きい。
もはや本当に神のような神力を纏っている。
ひとまず少年と同様に、手拍子を打って彼女は難を逃れることにした。
「どんどん引こう!」
アコニトが扉から出てくると光になって消えた。
木村は勢いに乗って続けて10連召喚をポチる。
扉がまたしても現れる。
途中の扉にはまったく期待してなかったが、まさかの三つ目で虹色の扉が現れた。
しかも、最後の扉がまたしても虹色の扉である。
「うっそぉ……」
木村の記憶にある限り、初めて見る現象だ。
もちろん他のソシャゲならある。
このカゲルギ=テイルズはかなりガチャが渋い印象なので、正直10連目の確定☆4以上以外では虹色の扉は出ないと彼は考えていた。
しかも、10連で二回も☆5が来るとはまるで考えていない。
「来てるな……」
ビッグウェーブだ。
神がかっているほどの引きである。
もちろん両方ともすり抜けの可能性は捨てきれない。
しかし、すり抜けたとしてもこの☆5二枚引きだけで感情的にはおつりが来る。
「乗るしかない!」
木村は二つの白い扉を無造作に押し、三つ目の扉を注意深く押した。
「儂を呼び寄せるとは愚かな人の子がいたものよ」
「嘘だろ」
来ちゃった。
「おいおい。まさか今さら後悔し――」
「アコニトだああああ! やったああああああ!」
「……なんだぁ?」
木村は飛び上がった。
両手を頭上で叩き、隣にいたシエイの手を掴んでクルクル回る。
「良かったですね」
「やったよおおおおお! ようこそ! アコニト!」
木村はまたしても手拍子を打って、アコニトを出迎える。
シエイも彼に倣って手を打った。
アコニトも最初は怪訝だったが(ry。
「かぁああー。儂もすてたもんじゃないなぁ。さすが儂だぁ」
アコニトは先ほどよりも喜ばしそうである。
もはや照れもせず満面の笑みを浮かべている。
まさかここまで歓迎されて、自爆で殺されているなどとは思ってもいない。
「儂が来たからにゴッ――」
「えっ」
アコニトが扉から出る直前に見えない壁で阻まれた。
完全に油断していた状態で顔面を強く打ちつけ、アコニトは仰向けに倒れる。
彼女の専用武器である煙管だけが転がって木村の足下にきた。
そして、煙管は光に消えていく。
扉も閉まる。
「……そういや専用武器があったんだ」
木村も失念していた。
必ずしもキャラという訳ではない。
それでもアコニトが強くなることに間違いない。
まだ、虹色の扉はもう一つある。
木村は白の扉を押していく。
そして最後の虹色の扉だ。
さすがに三連続アコニトが来るとは考えづらい。
「儂を呼び寄せるとは愚かな……さっきの小僧じゃないかぁ。儂の煙管を返せぇ」
「……しゅごい」
語彙力がもはやなくなってしまった。
アコニト三連続。どれだけ木村のことが好きなのかと疑ってしまう確率だ。
木村は黙って拍手で出迎える。
シエイも同様だ。木村は泣いているが、シエイは無表情である。
アコニトは警戒している。彼らにではない。
見えない壁があるんじゃないかと、手で確認しつつゆっくり扉に近寄る。
アコニトが扉から手を出したところで、木村が手を差し出して彼女を力強く引いた。
今度こそキャラだったようで、アコニトも苦しゅうないという顔で光に消えた。
次からの30連は金色の扉しか出てこない。
60連目で虹色の扉は出てきたが、遠征に出したキャラだったので意味がない。
さらに30連を引くが金色の扉ばかりだ。
覚悟はしていたが、さすがに木村も焦りが出てくる。
100連目も白9に、金色1だ。
ため息まじりに、ぐるりと扉を開けていく。
最後の金色の扉に手をかけると、扉から抵抗を感じた。
「ん?」と違和感を覚えると、扉の色が金色から虹色に変わる。
「お、おお!」
木村の不安と焦りが消し飛んだ。
すり抜けはあるだろうが、虹色の扉というだけで精神が安定する。
しかも金色からの虹色への変化は劇的だ。
そのうち癌にも効くようになる。
「儂を呼び寄せるとは……まぁた、小僧かぁ」
アコニトの口調は呆れが多分に含まれているが、顔はまんざらでもなさそうである。
木村は大喜びでシエイの腕を掴んでブンブン振っている。
シエイも半ばやけになり、一緒に腕を振った。
なお、新キャラがいくつか出ており、彼らも一緒にアコニトの出現を見届けていた。
彼らと一緒に拍手でアコニトを迎える。
まるでとあるアニメの最終回のようだったが、誰も「おめでとう」とは言わない。
迎えられるアコニトも顎を上げてドヤ顔で一同を見渡す。
念のため、見えない壁がないか確かめ、ないことを確認してほっと一息ついた。
「出迎えご苦ふぉ――」
アコニトが一同に声をかけると同時に、彼女の立っていた床が消えた。
彼女はそのまま落ちていく。穴が塞がり、その中から吐き出されるように煙管が転がって出てきた。
「そんなパターンもあるのかぁ」
キャラだと思っていたので木村はやや落胆する。
多かったチケットもついに残り50枚だ。
ぶっちゃけアコニトのキャラ2、専用武器2なので、この時点ですでに悪い成果ではない。
すでにキャラが1凸状態なので3凸だ。
残りの50枚も引くことにした。
運が良ければ完凸も目指せるだろう。
ところが運は使い切ってしまったようである。
そこからの40連は金色ばかりだ。
最後の10連も希望を込めて引くが、残念ながら白9と金色1の定番パターンだ。
金色がアップすることも願うが、今回は普通に開くだけだった。
「私を呼んだのは貴殿か。よろしい。ともに進もうではないか」
「……あ」
なんだかんだで縁がない金色の騎士さんが出てきた。
名前は覚えていないが、ゾルと同じ陣営のキャラらしい。
木村の顔に滲んだ落胆が消えていく。
希望はまだあった。
このパターンは前にもあった。
木村は期待に満ちた顔で、扉の中を見つめる。
「そこまで喜んでくれるとは、騎士冥利に尽きるというものだな」
金髪の騎士が、木村の顔を見て喜んでいる様子だが残念ながら違う。
「来い。頼む。来てくれ」
「ん? もう来ているぞ」
「おやぁ。もしかして儂のことかぁ?」
「きたぁああああああ!」
木村はガッツポーズからの空中への喜びパンチである。
「おぼこは寝ておれぇ」
アコニトが金髪騎士に煙を吹きかける。
崩れ落ちる騎士を支える素振りさえない。
倒れた騎士を踏みつけ、一段高い位置で木村たちを見渡す。
これがアコニトだ!
木村の待っていたクソアコニトがやってきた!
YA -! YA -! YA -!
「アコニト has come! アコニト has come!」
木村は一人で拍手する。
他のキャラはアコニトの行いが目に留まり手は動いていない。
呼ぶ方が呼ぶ方なら、呼ばれる方も呼ばれる方である。二人はどこかダメなところが似ている。
「アコニト has ……あ」
木村が「しまった」と思ったのは、アコニトの後ろから来る黒いキャラが見えたからだ。
金髪の騎士が倒されるところを見たのなら、さらにこの可能性も考えるべきだった。
フルアーマー状態のゾルが徐々に近づいている。
アコニトは拍手と連呼が止まったことに違和感を覚え、後ろを見た。
そして、その存在を認識した。来たるべき黒い鎧は自らの敵である、と彼女は正しく認識した。
アコニトは果敢に戦ったと言えるだろう。
しかし、扉の外はトロフィーの効果がないようで、相性差が如実に現れている。
毒は効かず、専用武器も持っていないアコニトでは、完全装備のゾルに勝てる道理がまるでない。
最後はアコニトが鉄骨で潰された。
アコニト has gone。
フルアーマー状態のゾルが無言で扉の前に立つ。
アコニトが来なかったのは残念ではあるが、ゾルもまた主力の一人。
「ようこそ、ゾル。金色のクワガタが待ってるよ」
彼女は無言で頷き、扉をくぐり光となって消えた。
これにて151連のガチャが終わった。
終わってみるとあっという間だ。花火大会が終わった後の虚しさと似ている。
もっと続いて欲しい気持ちと、続きがないとわかっている儚い気持ちだ。
時間が動き出し、キャラたちをそれぞれ案内していく。
新キャラも多かったので、かなりの時間を取られた。
同陣営のキャラを紹介して、部屋も増築した。
さらに、ケルピィやメッセに復活したシエイを連れていった。
二人……一人と一機も喜んでいた様子だ。
聞いたところでは、同じ隊員というだけでなく、過去の戦争時代からの付き合いらしい。
シエイもどこか緊張が抜けていたように木村からも見える。
今さらだが、出てきていきなりガチャに付き合わせたのは悪かったなと彼も思った。
全員を案内し終えて、彼は最後の楽しみを実行すべく部屋に帰る。
「……待てよ」
木村はふと思いつき、途中で寄り道をしてから自室に戻った。
部屋の真ん中に立って、引換券の201枚を見た後で、メニューからアイテム使用へ移る。
引き換え対象からアコニトを迷わず選んだ。
虹色の扉が目の前に現れる。
木村は軽く一呼吸をして、その扉を押した。
「儂を呼び寄せたのは、やはり小僧、お前かぁ」
「うん。いろいろと不憫だとは思うけど、謝らないよ」
「……まあ、いいわぁ。でぇ、儂の煙管はあるんだろうなぁ」
「もちろん。持ってきた」
木村は扉の向こう側にいるアコニトに煙管を差し出した。
自室に帰る前、アコニトの部屋に寄って、クスリでヘロヘロになっていた彼女の足下に転がっていた煙管を拝借してきた。
アコニトは扉越しに、木村の差し出した煙管を受け取り、その場で一服する。
木村も余計な言葉をかけず、その姿を見ている。
「儂をここまで呼んだ奴はおらんぞぉ。いったい何がおきとるんだぁ?」
「うーん。正直に言うと、よくわからない」
「なんだ、それはぁ?」
「アコニトの言葉を借りれば、三流の女神に目を付けられて、いろいろ迷惑を被ってる状態かな」
「困った神だぁ。これだから三下はダメなんだぁ」
その言葉はそっくりそのまま返してやりたいが、木村は堪えた。
「どぉれ。熱心な信仰に応えて、一流の神の姿を三流女神に示してやるかぁ。――いいかぁ、儂がこんな雑多な役務をすることなぞ滅多にないぞぉ。心しろぉ」
木村も思わず笑ってしまう。
酒を飲むために、対価としてトイレ掃除をしているとはとても言えない空気だ。
彼が手を差し出すと、アコニトもその手を取った。
彼女が扉から出てきて光に消える。
こうしてアコニトピックアップは終わった。