79.召喚者専用アイテム
アコニトの尻が黒焦げになった。
「あぁぁ…………、ぁ……」
彼女は顔に大きな玉となった汗をいくつも浮かばせ、床で身動きが取れない状態になっている。
もはやまともに喋ることもままならない。木村が見たところでは自爆による確定死を、瀕死で生き残った状態よりもなおひどい。
ペイラーフがアコニトの黒焦げの尻に回復魔法をかけている。
普段なら痛がる姿を笑っている彼女も、今回は真顔で治療している。
「ふぇぁぁぁああ……」
痛いのか気持ちいいのかわからない声がアコニトの口から漏れる。目から涙も流れていた。
木村も普段なら緩めるはずの口元を今日は緩めなかった。
「これはいったい……。大丈夫ですか?」
「…………うん」
呆然としつつも木村は応えた。
駆けつけてきたウィルと話していると、木村も自らの意識が戻ってきていることを感じた。
自分は大丈夫ではなかったのだ。ようやく大丈夫な状態に戻りつつあることを木村は自覚することができている。
「うん。大丈夫になってきた」
「何があったんですか?」
ウィルが困惑した様子で木村に尋ねる。
木村は口を開いた。
「まず、召喚者専用アイテムが使えることになったところから始まるんだけど――」
木村は振り返る。
なぜアコニトの尻がこんな有り様になったのか?
その経緯を辿っていくことになった。
問題の日の朝、すなわち今朝――木村は訓練室で軽めのトレーニングをしていた。
昨日はガチャを引きまくり勝利した。もしもテレビなら上にテロップで速報が流れているくらいだ。
そのため、ウキウキの気分で眠ることができ、体も心も充実している。
「キィムラァ。召喚者専用アイテムが使えるようになったぞ」
謎の臭いと味と見た目のプロテインを木村に渡した後、おっさんがそう告げた。
そういうことはプロテインを渡す前に言うべきだし、もっと言えば運動をする前に言うべきであろう。
木村は順序について何も言わない。おっさんにとっての順序がまず第一に筋肉トレーニングにあることを彼は知っている。
「召喚者アイテム?」
「そうだぞ。キィムラァがアイテムを用いることで、戦闘を有利に進めることができるんだ」
「おぉ」
普通に便利そうだ。
どうして今までなかったのかが不思議なくらいである。
「どんなアイテムがあるの?」
「わからない。まずは作ってみるんだぞ」
DIYだった。
ありもので満足しない心意気を讃えるべきか。
「さっそく製作室に行ってみるんだぞ」
そんなわけで製作室にやってきた。
ボローが充電されている。
木村は軽くボローに挨拶すると、彼も手を挙げた応じた。
「お、さっそく活動しているな。彼女にさっそく召喚者アイテムについて尋ねてみるんだ」
おっさんが指で示したのは、昨日のガチャで手に入った新たな☆4である。
名前はCP-T3であり、名前から察せられるとおりマシンだ。
薬のような横長のカプセル状な体に、戦車のようなキャタピラがついている。
大きさはかなりでかい。高さだけでも木村と同じくらいあり、横幅で言えばほぼ倍、奥行きは両手いっぱいに伸ばしたほどだ。
はっきり言ってもはやゆるい軽戦車だった。
「えっと、CP-T3?」
声をかけたところでキャタピラがギャラギャラとけたたましい音を立て、カプセルの向きがゆっくりと変わる。
カプセルの球面に顔が表示されており、なぜか美少女キャラのような顔立ちだ。
図体に比べて小顔でもある。
「ドウカサレマシタカ、マスター?」
女の子の綺麗な声で、機械的に喋る。
まったく調教されてないボーカロイドのようであった。ゆっ○りでももうちょっと上手に喋る。
木村はこの機体になぜ美少女キャラの顔を表示されるようにしたか理解ができない。
体や移動手段も謎だ。なぜカプセル状で、どうして履帯なんだろうか。
そもそも製造室で何をしているのか。扉よりも明らかに大きいがどうやって入ったのか。
ボローとは設定上でどういう関係があるのか。多くの疑問が湧いてくる。
授業や講演ではまったく湧かない質問がどうしてこの状況だと湧き出てくるのだろうか。
ひとまず今はあらゆる疑問を投げ捨て、召喚者アイテムについて尋ねる。
「召喚者アイテムについて聞きたいんだけど」
カプセルに映っていた顔が消え“Now Loading”と文字が流れる。
ずいぶんとロードが長いと木村は感じた。
途中で浮かんでいた文字が止まり、ぷつりと文字が消えた。
カプセルの横に浮かんでいた明かりも落ちる。
その後、カプセルから大量の光が浮かび上がり、顔がまた現れる。
「サイキドウガカンリョウシマシタ。ゴヨウケンハナンデショウ」
木村は不安を覚えた。
学校に置かれていた数世代前のパソコンだ。もっとひどいかもしれない。
「召喚者専用アイテムについて聞きたいんだけど」
とりあえずもう一度質問をぶつける。
また浮かび上がる“Now Loading”という文字列。
「ショウカンシャアイテムトハ――」
美少女の顔がまた浮かび上がり、説明をし始める。
おっさんから聞いたようなことを詳しく機械的に喋っている。聞き取りづらい。
「どうやって作るの?」
また“Now Loading”から再起動をして、同じ質問をしてようやく答えを得た。
製造スキルキャラ持ちに頼めば作れるらしい。お前が作るんじゃないのかい、と木村は突っ込みたくなった。
「最初からモルモーに聞けば良かった……」
時間を著しく無駄にした気分になる。
部屋で惰眠を貪っていたモルモーを起こして、召喚者アイテムの話をする。
製造室にやってきてCP-T3に手を当てた後で、モルモーは老鍛冶師の姿になってさっそくアイテムボックスに手を入れてナイフを取り出した。
取り出したナイフを作業台に置き、手に持った槌で一回叩く。
「できました」
「早っ!」
見た目は変わらず、ただのナイフである。
見覚えのないナイフなので、さほど優秀なアイテムでもないはずだ。
「これで召喚者アイテムなの?」
「はい。効果が見えませんか」
木村はアイテムに焦点を当ててジッと見る。
確かに文字が浮かんでくる。
“召喚者専用アイテム”と大きく表示され、名前と効果が現れる。
“果物ナイフ:果実系タイプの魔物へのダメージがアップする。所持しているだけで有効”
「こういうのなんだ」
水の館と同様のタイプだ。
もっとアクティブに使っていくものを彼は考えていたが、思ったよりもシステム的だ。
現状で一番気になっているのは“果実系タイプの魔物”という、まだ遭遇したこともない魔物の姿である。
「いくつか作ってみてよ」
「えぇ……。けっこう疲れるんですよ、コレ」
本当だろうか。
槌を一回叩いただけにしか木村には見えなかった。
魔力的なものを消費するのかもしれないし、ただ単にリラクゼーションチケットが欲しいだけかもしれない。
彼女は基本的に仕事には後ろ向きの姿勢である。ゆえに対策済みであった。
「ここにマッサージチケットが五枚あります」
モルモーを呼びに行った時点で、この可能性はあったので用意はしておいた。
装備や姿はこれで大抵やってくれている。
「チケットはもらいますが、実際、見た目よりもかなり大きな消費があります。あと二つが限度ですね」
「じゃあ、とりあえずやってみて。違うタイプのアイテムが良いな」
「はいはい」
チケットを出しても、やや気だるげな様子のままだった。
装備や変身くらいなら、わかりやすく喜んで行動してくれるのでどうやら本当に疲れるようだ。
その後、老いた鍛冶師となったモルモーがアイテムに槌を一回ずつ叩くと、アイテムが二つできあがった。
モルモーは姿を元に戻し、「それでは……」と本当に疲れた様子で立ち去っていく。
次は半日チケットを渡して作ってもらおうと木村は考えた。
さっそくできあがったアイテムを見る。
一つ目は、変わった臭いのする丸い缶だった。
“怪しい缶:不思議な臭いがする缶。特定の魔物をおびき寄せ、中の毒餌で動きを止められる。消耗アイテム”
こういうタイプもあるのかと木村は頷いた。
ゾルも採集の時に、虫を手に入れるため似たようなものを使っている。
あれは蜜だが、魔物にはこれが使えるわけだ。特定の魔物を集中的に倒したいときは活用できるだろう。
毒も入っているので、戦闘を有利に進められると考えられる。
もう一つは、ふかふかのクッションだ。
平べったいので座布団に近い。やや大きいので椅子にひくと良さそうである。
防御系か回復系だろう。木村も座ってみたい。
“火――”
「あ! いた!」
アイテム名と効果を見ようとしたところで、扉が開き、開閉音よりも大きな声が聞こえた。
振り返るまでもなくペイラーフの声だとわかる。
「たいへん! たいへん! ちょっと来て!」
「……またアコニト?」
「違う! あいつとは無関係」
それならたいへんなことではないんじゃないかと木村は思ったが、すぐにそんなことはないなと首を振る。
カクレガの大問題の九割がアコニトなのだ。残りの一割が来てしまったようである。
おっさんも一瞬だけ見せた厳しい顔を穏やかなものに戻した。
「何、この臭い?!」
ペイラーフが部屋に入ってきて、臭いに顔をしかめる。
どうやら怪しい缶からすでに臭いが漂っていたようであった。
木村としてはちょっと不快くらいなのだが、個人差が大きいのかもしれない。
「アイテムを作ってたんだ。この変な臭いがするのが怪しい缶で、もう一個がこのクッション」
「そんなことはいいから! 早く来て! ほら、それは置いとく!」
「キィムラァ。一大事だ。急ぐんだぞ」
怪しい缶とクッションを説明しようとしたが、ペイラーフは興味がなかったようである。
おっさんも圧力で木村の背中を押してくる。
缶とクッションを台の上に置き、一同は部屋から出た。
ペイラーフ及びおっさんと向かった先は食堂である
キャラたちがすでに集まっており、混雑している様子がわかる。
「どうしたの、これ」
「ほら、新しい子が来たでしょ! お菓子作りが得意だからって作らせたら、とってもおいしくてみんなが寄ってきて大混雑! さあたいへん! 人手が欲しいからリン・リーが呼んで来いって!」
「ああ、そういう」
要するに雑用係だ。
大変だと叫ぶから覚悟をしてきたが、空振ってしまった。
とりあえず手伝いに入る。この大変さはむしろ心に良い大変さだ。心労がほぼない。
ちなみに新しい子とは、☆3のクロエだろう。
補助役で顔と体型も良く、性格も良いという素晴らしい子だ。
なお、今のところ木村とは接点がほぼない。むしろ距離を置かれている。
昨日のガチャの時に、はしゃいだ様子を見せたのがまずかったらしい。
基本的にこのソシャゲのキャラ――☆3から☆5は、☆が増えるほど人格が破綻してくる。
☆3は人格が整っており、見本となるべきお手本のような人柄が多い。
今回のクロエやメンタル最良のボロー、天真爛漫のテイと並ぶ。
☆4は一般的とも言える。
どこか癖がある人格となっているが、こだわりともとれるので魅力にも繋がる。
ペイラーフも植物園に関してはややズレていると言える。
☆5は見たとおりだ。
アコニトは説明不要だし、ゾルもいろいろ壊れている。
思えば遠征に出した☆5キャラもどこかおかしいところが見えていた。
人格を犠牲にして力を得ているのかもしれない。
なぜペイラーフが木村を呼びに来たのかわかった。
彼女は木村を呼びに行くことで、スイーツをもう一つおまけでもらうことになっていたらしい。
手伝っている最中の木村が、おいしそうに舌鼓を打つペイラーフをジッと見ていると、彼女も思うものがあったようで、食べた後で食器を洗うのを手伝いに来た。
「おいしかったね!」
「そうだね」
「カロリーが過ぎるな。体を動かすべきだぞ」
手伝いが終わり、木村とペイラーフが食堂から並んで歩く。
ちなみに木村にもちゃんと最後にスイーツが振る舞われた。ペイラーフも三つ目のスイーツを食べた。
木村も文句なしでおいしいと感じた。
日本ではさほどスイーツとかに興味はなかったが、世の女性たちが目を輝かせる理由がわかった気がする。
鼻も、舌も、胃も満足したところで製造室に戻る。
ペイラーフも帰り道なので、まだ隣にいた。
「うっ……。臭っ!」
種族柄か鼻はペイラーフの方がずっと良い。
木村も遅れて変な臭いに気づいた。
製造室に近づくほど、その臭いは強くなっている。
閉めたはずの扉は開かれ、中からガサガサと物音が聞こえてくる。
木村が思い描く可能性は二つ。
アコニトか、ゾルのペットの昆虫。
「アコニト?」
可能性が高い方を口にして、製造室の様子を見る。
そこには尻尾のない狐耳の背中があった。
「んあ?」
口をもごもごと動かしたアコニトが振り返る。
どうやら正解を引いたらしい。
彼女は缶を開けて、中の団子みたいな物体を口に運んでいた。
ごくんと飲み込み、笑顔を見せる。
「おぉ。なんかええ臭いがしたからもらっとるぞぉ。献上ご苦労」
魔物用の餌である。
毒もあったと木村は記憶しているが彼女には関係ない。
汚れた手をペロペロとなめ回す。微妙に色っぽい仕草だが、獣感の方が遙かに強く、木村はいまいち興奮できずにいる。
「あんた……、そんな臭いのするもんまで食べるの!」
「なんだぁ、杏林。儂が良いもんをくっとるから妬んでおるのかぁ」
へっへっと厭らしい顔をアコニトは見せる。
妬みと言うより呆れなのだが、アコニトは気づいてない様子だ。
尻尾に逃げられるのも得心がいくというものである。
アコニトは缶の中にある魔物用団子をまた一つ手にして口に運ぶ。
目を細め、口元を緩めているのでおいしいとわかる。
それでも木村は言葉で確認した。
「おいしい?」
「美味だぁ」
キノコでも毒がある方がおいしいと聞く。
きっとおいしいんだろう。
「また作ってもらっとくよ」
「素晴らしい心がけだぁ」
本人が満足そうなので、木村も余計なことは言わない。
彼女が座っている床を見れば、もう一つのアイテムも使っていることに気づいた。
「あっ、クッション」
木村が指を示すと、アコニトもニタリと笑った。
「これも心地が良いものだぁ。儂の部屋で使ってやるぞぉ」
「まあ、別にいいけどね」
効果しだいだろう。
リラックス効果がある程度のクッションなら別に要らない。
木村はさほど期待もせず、念のための確認程度の軽い気持ちでアイテム説明を見る。
“火柱クッション:見るからに柔らかそうなクッション。座り心地は天国気分。しかし、罠である。座ったものが立ち上がった瞬間、火柱が生じる。尻は焼け、地獄の痛みを伴う。”
「ぅっ……」
木村は唸り声が出た。
アコニトはすでに座っている。
なるほど座り心地は良さそうだ。彼女の顔も穏やかである。
座り心地は天国気分という文に偽りはない。
そうなると後半も偽りがなさそうだ。
「アコニト」
「んぁ?」
「落ち着いて聞いて欲しいんだけど」
「おぉ」
やる気のない返事をしている。毒の餌をもごもごと口の中で噛んでいる様子だ。
木村もどうかそのままの姿勢で聞いて欲しいと思った。
「あんた! 人の話を聞くときはせめて姿勢を正しなさいよ!」
ペイラーフが怒りの表情を見せて、アコニトに近寄った。
腕を上げつつあったので、アコニトをクッションから追い払うつもりらしい。
「待って! そのままで! そのままでいいから! 絶対に動かないで!」
ペイラーフもギリギリのところで動きを止めた。
木村の叫びに近い声に驚いているらしい。
動くと大変なことになる。
アコニトの尻に火が付くことは間違いない。
座っている本人はそんなことを知らず、ペイラーフに向かって挑発するような顔を見せていた。
「そのクッションね」
「おお、素晴らしい柔らかさだぞぉ」
「……その素晴らしい柔らかさのクッションね。罠なんだって。立ち上がると火が付くらしい」
「は?」
周囲が少なくとも三秒は止まった。
ペイラーフが我に返り、距離を取ろうとしたところで、アコニトがその逃げる手を掴み引き寄せる。
強化した成果が発揮された。
アコニトは腰を浮かせることなく、腕の力だけでペイラーフを軽々と引き寄せて、自らの膝の上に載せたのだ。
もしも一昨日までのアコニトなら、この時点で尻に火が付いていた。
覚醒値を重ねた強化の成果がこんなところで見られた。
「触るな! 離せ! クソ狐!」
「動くなぁ! 動くと儂も動く! 一緒に火だるまだぁ!」
「二人とも落ち着いて! 大変なことになるから!」
すでに大変なことになっている。
先ほどのスイーツの盛り上がりの大変さとは違い、心が疲れるタイプの大変さだ。
「動くな! そこの中年! 絶対に動くなよぉ!」
おっさんが足を動かしたところで、アコニトが叫んだ。
この場を力づくで収められる唯一の存在に、アコニトは最大限の注意を払っている。
「部屋から出ろぉ! 坊や! うぬもだぁ! 全員部屋から出るんだぁ! いいか! 変な素振りをしてみろぉ。儂は全力で杏林を巻き添えにするぞぉ!」
アコニトは部屋から人間を排出する。
おっさん、木村、ボロー、CP-T3と部屋の外に一人ずつゆっくりと出ることになった。
CP-T3は再起動がかかり、かなりの時間がかかった。しかも入口の扉を通れず、部屋の隅で待機状態だ。
本当にどうやって入ったのかがわからない。
現時刻を以て、カクレガ製造室内で起きた出来事に名称を付けることにする。
カクレガ製造室――アコニト人質立てこもり事件だ。
要するにアコニトは立てこもり犯になった。
立てこもり犯はイライラしている。
ストレスが溜まっており、緩和するものを欲し始める。
「儂の香を持ってこい! ここでは葉っぱが吸えんからなぁ!」
喫煙室以外で吸ったら強制排出だ。
むしろ強制排出して欲しいが、ペイラーフも排出されるだろう。
「中年! うぬが持ってくるんだぁ!」
立てこもり犯からの要求に、おっさんがこめかみをひくつかせた。
この二人を同じ場に居合わせると碌な結果にならないので、木村もおっさんに頼んで香を持ってきてもらうことにした。
製造室に香が焚かれ、毒団子の臭いと香の臭いで頭がクラクラしてくる。
比較的まともなやつだろうが、すでにペイラーフの意識はまともではなくなっているのが見て取れる。
木村は扉から離れておっさんと協議した。
「どうしようか?」
「実力行使しかないぞ」
「話し合いとかは?」
「ありえないな」
実力行使は最後の最後に回したい。
ペイラーフの頭がどうにかなる前に救出しなければならない。
木村は冷静に考える。
地獄の痛みと説明文に書いてあったが、こういったものは誇大広告が多い。
装飾多めの言葉で書かれているが、実際にはしょぼいものだ。
大手の飲食チェーン店でも、参考写真と実物の違いがSNSに日々上がってくる。
ソシャゲでも美麗のグラフィックと謳い、数世代前のポリゴンキャラが戦うものが溢れている。
この火柱クッションとやらも書かれているほどたいしたことはないのではないか。
「アコニト。落ち着いてきたところで話があるんだけど、そのクッションはトラップに違いないけど、威力はさほどないと思う」
アコニトからの返答はない。
香の効果か、ペイラーフという人質をホールドしつつも、大人しく話を聞いている。
「冷静に考えてよ。今日の今日、機能が解放されたんだよ。それも初期アイテム。しかも槌を一回だけ叩いただけ」
ただし、魔力の消費量は凄まじいということまでは言わない。
モルモーの魔力量はカクレガトップ3に入る。
だが実際、初期アイテムであることは間違いないだろう。
こういったものは徐々に強くなるものだ。
「火が付くとは言ったけどたかがしれてるよ。ちょっと火がポッと付いて驚かすだけだって」
不思議なもので、言っているとそうなる気がしてくる。
どうしてこんな事態になってしまったのか。
「それにアコニトは特に強化してるんだよ。ピックアップで全チケットを使った。天井チケットでも選んだ。加えて、アコニトには火への耐性もある。そのアコニトが、まさかタバコの火を怖れることはないでしょ」
アコニトは属性ダメージへの耐性をそこそこ得ている。
物理にはあまり強くないが、属性魔法等には魔法系や魔法防御系のキャラほどの抵抗値がある。
「……まあ、おふざけが過ぎたなぁ。儂も、このクッションが罠だと言うことを見抜いておった。坊やたちの反応を試しておったのだぁ」
嘘だ。
一番動転していたのがこのアコニトである。
「中年を顎で使えたのも良い気晴らしになったわぁ」
おっさんは不気味なほどの笑顔である。
怖い。木村はなによりおっさんの笑顔が怖く感じた。
「おい。杏林」
「あー?」
団子と香の臭いにやられ、ペイラーフは意識が怪しい。
声が小さいのも良くないだろう。
アコニトがペチペチ叩いて、ペイラーフの意識を戻した。
「おい。杏林。ちょっと火が付くようだが、無論、治療はしてくれるよなぁ」
「あんたの態度しだいだね!」
お互い顔を同じ方向に向けた状態で話している。
この二人は付き合いが割と長いためか、変な信頼関係があることを木村も知っていた。
もしもペイラーフが他のキャラなら、木村も実力行使を選んだかもしれない。
ペイラーフがアコニトを説得できる可能性も捨てきれなかった。
「怪我人は怪我人だ! たとえあんたの尻が四つに割れても医者として治療はしてやるよ!」
「東日向の国宝たる儂の美尻に、万が一にも疵が残るわけにはいかん。しっかり治せぇ。杏林としての手腕が問われているぞぉ」
お互いが鼻で笑った。
やはりこの二人はなんだかんだで気が合うのではないかと木村は思った。
どうやら人質立てこもり事件は収束に向かいそうだ。
「実際のところ、あのトラップはどうなんだろう。爆風とかで吹き飛ばないかな。離れておいたほうがいい?」
「この位置なら大丈夫だぞ」
おっさんはあっさりと「大丈夫」と言った。
やはり大きな爆発にはならないのだろう。しょせん初期作成のアイテムだ。
「よし。それじゃあ離すぞぉ」
「早くして!」
アコニトがペイラーフを抱えていた腕を解いた。
ペイラーフもそれを確認してゆっくりと立ち上がる。
このクッションを仮に地雷に例えるとする。
地雷の起爆方法にはいくつか種類がある。
踏んだ瞬間に爆発するもの。
これが一般的なもので、重量が信管にかかって作動する。感圧起爆方式である。
今回の場合は違う。
引張式に近い、ワイヤでピンが抜かれることで作動する。
すなわち、重量という名のワイヤが信管から抜かれる――ペイラーフが立ち上がった瞬間に起爆された。
火柱が立ち上がった。
名に違わぬ火柱がクッションからまっすぐ上に伸びた。
製造室は猛炎により赤く照らされた。
火はアコニトの尻を押し上げ、彼女を中腰に立たせている。
近くにいたペイラーフは、おっさんがすぐさま引き寄せて距離を取らせた。
アコニトの尻で勢いを逸らされた火は、そのまま上へと伸び天井を燃やす。
それでも火の勢いはとどまらず、天井を伝って木村の位置ぎりぎりまでその手を伸ばしていた。
木村は光と熱に晒され、恐怖で動けなかった。
また、彼の恐怖をいっそう煽ったのはアコニトの顔である。
彼女は最初、炎で焼かれても普通の顔をしていた。
その炎を正しく認識していなかっただろう。木村だってそうだ。
マッチはさすがになくとも、コンロの火くらいを予想していたら竜かと思うほどの火である。
「あああああああああ……」
アコニトは、最初は呆けた顔と、同じく呆けた声で自身の現状を表していた。
「ああああ、ふああああああああああああああああああ!」
火柱がいつまでも彼女の尻を焼いていると、顔は狂気に、声は絶叫へと変わった。
すでにカクレガの火災報知システムが起動し、アラートが耳をつんざく音で鳴り続けている。
スプリンクラーも作動しているが、焼け石に水であり、火柱はむしろその勢いを増していた。
まるでここからが本番だと言わんばかりの火勢であった。
「あ、あ、あ、ああ、ああ、ああああ、ああああああ」
長く狂うほどの叫びは、断続的な声に変わっていた。
現状を理解し、痛みを認め、アコニトの顔は初めて見る種類の救いようがない顔となっている。
声と表情に合わせて火の色もどす黒く変わり、まるで闇の炎とも思える色でアコニトの尻を焼いた。
どうして逃げないのか、と木村は一瞬だけ意識を掠めた。
アコニトはもはや足に力がかかっていない。
逃げるにも体が動かない状態である。あまりに火と熱により意識や反射というものが灼かれ、熔け落ちている。
彼女はただ体を上下に震わせて、自らの尻を灼かせることしかできなかった。
見ている側もそうである。
助けようという思いも灼かれてしまった。
あまりの火の勢いにただただ見ていることしかできない。
怖い。
しかし、目を逸らすことも許されない。
畏怖である。
崇拝にも繋がる。
生物が原初から抱く火への意識が、木村とペイラーフに引き起こされた。
引き起こされたのもつかの間、火は一瞬で引いた。
燃え上がるのも一瞬で、消えるのも一瞬である。
しかし、火が消えても木村やペイラーフは動くことができなかった。
地面に倒れたアコニトも、すでに声は出ず、動きも見せない。あまりにも壮絶である。
一番速く動いたのはボローであり、ペイラーフの肩を揺らした。
彼女が意識を取り戻し、アコニトに治癒魔法をかけ始めた。
木村はただ呆然と火災現場を見つめている。
「――というわけなんだ」
「そんなことが」
話をすると、ウィルも今回ばかりは哀れみの目でアコニトを見た。
そのアコニトは治癒魔法でよくなりつつあるが、依然として予断を許さない状態だ。
彼女の得意な毒は彼女自身に効かず、クスリによる痛み止めも近くにクスリがないためできていない。
「すごい火力ですね」
「うん。今までで一番怖い炎だったかもしれない」
ウィルは微妙な表情である。
火魔法を得意とする彼の炎よりも怖かったと捉えられてしまったようだ。
「いや、ウィルの火魔法が弱いって言ってるんじゃなくてね……。ウィルの火魔法は『強い』で、さっきの火は『怖い』というか」
意識が戻ってくると、さほど強い火ではなかったとわかる。
最初の竜の炎は、一瞬でアコニトを炭にした。
ウィルの火魔法だって、金属ですら溶かしてしまうほどの熱がある。
しかし、先ほどの炎はアコニトの尻を黒焦げにする程度だ。
「なんというか、素人目でも火の質が違ったんだ。――見ればわかる。とにかく怖い火なんだ。また作ってもらうから見てみて」
「それがいいだろうな」
黙って聞いていたおっさんも横で賛同している。
彼の意図はよくわからないが、木村もとにかく一度見てもらいたいほどの炎であることに違いはないので頷いて示した。
「楽しみにしておきます」
さっそく翌日に、また同じものを作ってもらい試すことにした。
もちろん今度はアコニトではなく、ダミーの物体を使う。
しかもカクレガの内部では危険なので、外の燃え移るものがない開けた場所である。
アコニトは昨日から意識が曖昧だ。
医務室でペイラーフ指示のもと、正式に痛み止めとして麻薬が使われることになったと言えば彼女の状態がわかるだろう。
木村としては殺してあげた方がリセットできて楽ではないかと思う。実際、口にした。
ペイラーフは殺した方が楽ということは認めつつも、彼女に対し医者として「治療する」という言葉を放った責任を取ろうとしているらしい。
殺して楽にするという選択は、医者として最後の最後にとっておくようである。
木村もそれ以上は何も言えなかった。
「それでは、見てみましょう」
ダミー物体が、クッションから遠隔操作で持ち上げられると一瞬で火柱が上がった。
昨日とは距離や空間が違う。さらに焼かれているのも生物ではない。
しかも二度目なので木村はこんなものだったかと首をかしげる。
やはり、初めて目にしたときの意表を突かれた勢いと、狭い空間で押し寄せてくる炎の臨場感、加えて焼かれている人がいるという現実があの恐怖を作ったのだろう。
燃え終わるとダミーの物体が黒くなって転がった。
「なんか見直すと、思ったよりも微妙だった。ウィルの炎の方が強いね」
正直な思いを木村は述べる。
ウィルの炎なら、あの物体も黒くこげでは済まないだろう。
「……いえ。ええ、はい」
ウィルは思案している顔だった。
恐怖とは違う。
「――参考になりました」
一言だけ述べて、カクレガに戻っていく。
考えごとをしているのがわかるので、木村も声をかけない。
代わりにいろいろわかっていそうなおっさんに理由を尋ねてみることにした。
「炎の裏側を見つめたんだぞ。見事なものだ。対象があんなものでも察することができるんだからな」
「炎の裏?」
「属性としての炎から、力としての炎に意識が拡張できたんだぞ。あの炎には痛みを持たせる力が含まれていたからな」
前半はよくわからないが、後半から察するに炎に効果を付与したのだろうと木村は考えた。
漫画やらゲームでも似たようなものがある。
「属性を混ぜたってことだよね。あるいは付与したというか」
「違うぞ。木村にあの炎を言葉で説明するとだな……」
おっさんはそこまで言って立ち止まった。
よほど言葉で説明するのが難しいようでなかなか口を開かない。
もとより言葉よりも力で示すことが多いので、そもそもチュートリアルに向いてないんじゃいかと木村は思いつつある。
「先ほどの炎は、昨日と違って見えなかったか?」
「見えたけど、場所や状況が違うからでしょ」
「そのとおりだ。それでは、なぜ場所や状況が違うと炎が違って見えるんだ?」
「えっと……、だってそれは判断する材料が変わるからじゃない。距離が違うと熱の感じ方も違うし」
「そのとおりだ。だがな、もっと別の考え方もできるんだぞ」
「例えば?」
「そもそも炎が違った。あの炎は別の炎だった。だから当然として見え方も変わった」
「違う炎ではないでしょ。同じアイテムだったんだから。……いや、でもアイテムによって差があるかもしれないのか」
「どちらもそのとおりだ。アイテム差はあるが、炎はほぼ同じだ」
先ほどから“そのとおりだ”と肯定されてばかりだ。
考えがうまく回らなくなりつつも、あれこれ肯定されて話に矛盾が起きている気がしてくる。
「けっきょくのところ、どういうことなの?」
「炎の違いは、ただの木村の感想ということだ」
それはまとめすぎではないか。
「それってあなたの感想ですよね」とか言い始めれば、なんだってそうなってしまうだろう。
「だがな。逆に感想を現実に近づけることもできるんだ。痛みという感想を抱くような、炎を作り上げることもな」
続いた言葉で木村はなんとなくわかったが、きっと自分はわかっていないともわかっている。
こういう意味のわからなくなってくる話になるときは、経験として彼の知り合いが出てくる話だ。
「もしかしてだけど、それが得意な知り合いがいたりする?」
「いたぞ」
「いた?」
「もういない。意識の裏側に消えてしまったからな」
言葉だけ吟味すれば寂しそうだが、まったく寂しそうではない。
むしろ精々したというような顔つきである。
もちろん、これも木村の感想でしかない。
数日後、ようやくアコニトの体調が平常に戻った。
少なくなっていた苦情の件数も、彼女の復帰に従い増えてきた。
そして、王都近辺でのイベントも終了し、カクレガは自由な移動が可能になった。
当初の目的地である滅亡したグランツ神聖国も、遠回りをしつつもかなり近くなっている。
東にまっすぐいけば、衰退しつつある帝国を通ってたどり着く。
ようやく東に行けると思った翌日には、カクレガは強制的に南に舵を切った。
毎日通っていたデイリーも音沙汰がなくなる。
どうやらイベントストーリーが近づいていることを木村は悟った。
カクレガの船首の延長線上にある国の名はパルーデ教国。
ケルピィやメッセからも噂は聞いている。
人間以外を認めず、そのためならあらゆるものを利用する国だと。
もはや嫌な予感などを通り越して、明確に悪いことが起きると言える。
おそらく人間以外のものが大量に溢れる。
結果としてどちらかが滅びる。
きっと人側だ、と木村は考えた。
これは予想や予言などという曖昧なものではない。
ある意味で約束された滅亡の未来である。
異世界の歴史がまた一ページめくられ、古いページが一枚破られ燃やされる。
アコニトの尻のように、痛みを込めて念入りに灼き尽くされるのだ。
80.覚醒値
パルーデ教国の領域に入った。
カクレガの地図上ではパルーデ教国だが、実際の境界線は曖昧だ。
ケルピィに聞くところだと、ここはまだ王国の領土ではないかと話している。
イベントストーリーの準備ため、デイリーはなくなったと思ったが普通にあった。
ちゃんとカクレガが止まって、クエスト消化の時間を作ってくれる。
ただし時間は朝から夕方までランダムで、場所もデタラメだ
デイリーが出るのは、まだ正式なイベントストーリーが始まっていないからだろう。
つい先日まで全クエスト解放ドロップマシマシ期間だったので、ドロップ量がガクッと減って物足りなく感じる。
もういっそなくてもいいとすら木村は思えていた。
「あれ、どうするんですか?」
本日のデイリーに挑む前、訓練室のウィルに声をかけに行ったところで尋ねられた。
隅には歪んだオブジェが置かれている。
竜人のなれの果てだ。
イベント期間が終われば、消え去るからほっといたが消えない。
理由は単純である。
討滅クエストが恒常イベントになってしまったからだ。
いつでも挑める超低報酬の新規ユーザー向けイベとなり、竜人は訓練室の歪みオブジェとなった。
壊してしまいたいが、歪みが強すぎるためか木村とアコニト以外では手が出せない。
人の形に戻すことはできるが、戻すと周囲のキャラを襲い始める。
洗脳も状態異常無効で弾くので打つ手がない。
「もうしばらくあのままで」
ゆえに先延ばしである。
しばらくとは言うが、具体的にいつまでなのかもわからない。
もしかしたら竜人がオブジェから解放される日は来ないかもしれないと木村は考えている。
デイリーを消化していて、ようやくアコニトの出番がやってきた。
訓練室にも来ないし、尻が重症だったのでしばらくは留守番組だった。
せっかく覚醒値を上げたのに、成果が見られず木村としてはようやく活躍の機会が見られる楽しみな瞬間である。
キャラの覚醒値は1から4に上がり、専用武器の覚醒値は0から2になった。
キャラと専用武器でやや偏りがあるが、どちらも能力値は上がる。
しかも☆5のため、上げ幅はかなり大きい。
覚醒値の上昇で能力値は上がるのだが、何と言ってもメインはスキルの変化にある。
アコニトもキャラ覚醒値が0から1に上がった段階で、毒の効果が倍になり大幅に強くなった。
キャラ覚醒値が1から2になり、“毒”が“猛毒”になった。
2から3で仲間キャラの状態異常付与率及び効果が1.5倍になり、3から4で自身の毒の効果がさらに倍と、わかりやすく強くなっている。
最後の覚醒値5では、“猛毒”が“瘴気”とか言うあまり聞き慣れない状態異常に変化するようなので木村は楽しみにしている。
毒が猛毒に変わると威力が上がるわけでなく、単に毒に耐性を持つ相手にも猛毒なら効くという、一種の戦闘システムに関係する話のようだ。
専用武器の覚醒値は、戦闘スキルに対する変更路線である。
0から1で“狐憑き”が、1から2で“狐の嫁入り”がそれぞれ強化されたようである。
デイリーでも試してみたが、もはや別物と言える。
装備でも数段飛ばしで強くなった印象だったが、今回もまた数段飛ばしで強くなっている。
他のメインメンバーとの力量差が如実にわかってしまう。
「凄まじいですね」
ウィルと一緒に離れたところから見ているが、感想は簡潔である。
彼やフルゴウル、それにシエイは、それぞれの感覚で彼女が強くなったことをわかっていた。
無凸なら間違いなくお荷物だが、凸ればちゃんと強くなる。
今のアコニトは☆5の鑑だ。
ちなみにゾルも☆が0から1になり、体力減少時の能力アップ効果が倍になった。
物理最強枠として群を抜き、わかりやすくトップに立っている。
「力が戻ってきている気がするぞぉ」
アコニトも自身の力が増したことを感じたらしい。
他人よりも本人の方が遅れて気づくってどうなんだろう、と木村は考える。
思えば出会った最初の時も、力を失っていることに攻撃してから気づいていたので、今さらと言えば今さらかもしれない。
そもそもフルゴウルを除くカゲルギ=テイルズのキャラは、ウィルやシエイの持つ魔力や神力とも呼ばれる不思議な力への感覚器官が存在していない。
例外であるフルゴウルですら特殊な目で見てわかるというだけで、目を瞑れば何も感じることができない。
この点で相手の力量を見誤ることがたびたび見られた。
他方で異世界の人たちは、魔力を感じることができるという点で優れているが、大きすぎる魔力を感じたときに体が萎縮してしまう欠点もある。
ウィルが強敵相手に動きがとれないのを何度か見た。動けないどころか気を失ったことすらあった。
木村も魔力に相当するものをまったく感じない。
そもそも木村自身が魔力ゼロという、この世界では不思議な存在である。
彼の特性に気づくことができる存在もまた、異常な存在なので注意が必要とはっきりわかる。
たとえば、デイリーからの帰り道に、やや大きめの石に腰掛けていた老人がまさにそれである。
周囲に街や何かがあるならまだわかるが、周囲には人っ子一人どころか生物の気配がまるでない。
大きめの石に腰掛けてパイプをふかしている。
ファンタジー世界で魔法使いがかぶるような、ツバの広いとんがった帽子をかぶり、髭はぼさぼさと顔の下半分を隠し、胸のあたりまでもふもふしている。
槍のようにまっすぐな木の杖を石に立て掛けて、魔法使い風の老人は空を見ていた。
空を見つめる目は一つ。片側は潰れているのか閉じられている。
木村は念のためウィルを見た。
木村が見た限り、この老人は明らかに強者である。
アマ○ラの指○物語で見た、灰色から白になった魔法使いと雰囲気が似ている。
杖を手にして大地を割っても然もありなんと納得できる。
「老人ですね」
「……うん」
老人であることは木村でもわかる。
「どう? 強い?」
「いえ、特に何も感じませんね。風格のある老人です」
風格のある老人らしい。
しかし、そんなわけはないだろう。
そもそもどこから現れたのかすらわからない。
「旅人ではないでしょうか?」
もう一人の判定人――フルゴウルを木村とウィルは見た。
彼女の眼なら老人が何者か判定できうる。
「キィムラァくんの言わんとしていることは理解できる。しかし、精気はやや多いが異常性は特にない。老魔法使いといったところではないかな」
フルゴウルの目でも老人らしい。
魔法を使うことは木村でもわかるが、いまだに彼は納得できない。
「おぉ、えぇ香りだぁ。儂にも分けてもらえるかぁ」
普段ならぽっと出の他人に、まったく興味を持たないアコニトが前に出てきた。
老人が咥えているパイプが気になったらしい。
タバコっぽい臭いはするが、木村は初めて嗅ぐ匂いだった。
どこか草のような印象を覚える。
「ただでやるわけにはいかん。そちらの葉と交換なら応じよう」
老人が普通に応じた。
アコニトが手にしている煙管を指でしめした。
老人の声は落ち着きがあるが、どこか煙のようにくぐもったような印象がある。
「よぉしのったぞぉ。儂のお気にをやろう」
アコニトが老人の提案に乗った。
いきなり殺し合いにならなくて木村は一安心である。
ヤニ愛好家は互いに通じあうようだ。
二人がブレンドを交換し、準備をしている間に、ウィルたちはこっそりとカクレガに帰ってしまった。
アコニト、おっさん、木村、それに謎の老人が荒野に残る。
木村を除けば精神年齢が高そうな組み合わせだ。
ウィルやフルゴウルですら何も感じていないようだが、木村はこの老人がただ者でないことを理解している。
魔力量で強さを測ることに長けると、それ以外の要素で強さを測ることに疎くなるのかもしれない。
先ほどからおっさんが無言で無表情、そして木村の側からまったく離れようとしない。
この事実が魔法使い風の老人の強さを言葉もなく示している。
アコニトは木村やおっさんの思いなど知ったことではないようで、地面によっこらせと尻を落ち着け、煙管に口を付けた。
謎の老人もアコニトからもらった葉をパイプに入れて火を付けた。
喫煙者二人が互いの葉が焦がれて生じる煙を味わっている。
どちらも無言。煙と会話をしているようだった。
ケモ耳女と魔法使い風の老人が、それぞれ座ってタバコをたしなむ。
異世界ならではの光景と言えるが、木村はこんな光景を異世界で見たいわけではない。
「切り拓かれた山。斜面に段々と築かれた緑茂る木々。朝露が付く葉を人々が摘み取っている。色合いが豊かで穏やかだ」
老人がいきなり語り始めた。
その語り口は穏やかで、作業をしているおばさんやおじさんの姿が木村の脳裏に浮かんだ。
「乾いた地面が見えるなぁ。炎天下の中で働く農奴たち。色は茶色く面白みはないが、力強さがある。彼らの顔に疲れは見えるが、誰も下を向いて生きていないぞぉ。たくましさを感じるなぁ」
アコニトも同様に口を開いた。
こちらも老人ほどではないが、景色が木村の中でぼんやりと浮かんでくる。
アコニトと老人が同時にゆっくりと目を開いた。
互いに一瞬だけ視線が交錯したが、それ以上は何も口にしない。
軽く口元を緩めて、またしても煙を味わい始めた。
「そこの無色の若人――お前さんがたはどこから来た?」
老人が木村を見て尋ねた。
無色の若人の“無色”の部分に木村は反応した。
木村は何となくだがこの老人が、彼の性質に気づいていると感じた。
「王国の方から来ました」
老人は煙をいったん吸って、また吐き出した。
首を横に振り、そうではないと示す。
「その前だ。もっと前かもしれん。他の者は王国だろう、あるいは別の国かもしれん。だが、お前さんは違う。儂は、その色を見たことがない」
色がどうかは木村にはわからない。
しかし、やはり木村の特異性には気づいているようだ。
「その坊やはなぁ。この世界とは違う世界から来たんだぁ」
アコニトが答えた。
木村がアコニトを見るが、アコニトは木村を見ていない。老人すらも見ていない。
空を見て、煙管をぼんやりと咥えている。
「おっと、儂らの世界でもないぞぉ」
アコニトが思い出したように、言葉を足した。
儂らと言うのが気になったのだが、木村が考える間もなく老人が尋ねてきた。
「ふむ……。無色の若人――お前さんはどこ行く?」
どこに行くかは木村だって知りたいところだった。
こちらには正直に答える。
「わかりません。カクレガが勝手に進みますから。おそらくパルーデ教国のどこかだと思います」
木村は正直に答えたのだが、老人はまたしても首を横に振って否定した。
「儂が知りたいのはその先――終着点だ。お前さんはどこを目指している?」
「その坊やに目指しているところなぞないぞぉ。訳も勝手もわからず、この地に来させられ、風に乗って流されているだけだぁ」
煙のようになぁ、と指で煙をくるくるとかき乱してアコニトは示す。
老人はアコニトを見て、木村を見る。
木村も肯定した。
「風に流される煙か。無色の煙。そうするとお主は風という訳か?」
「馬鹿を言うなぁ。儂はいつだって煙だぁ。坊やを儂色に染めて遊んどるわぁ」
その後は互いに無言である。
一人称儂の二人は同時にタバコを吸い終わり、同時に立った。
「汝は神だろぉ」
「然り。お主もだ」
アコニトが「あぁ」と気だるげに返答した。
どこで判断したのかわからないが、老人は神らしい。
この世界にも神がいるのかわからないが、まだ見たことがない。
そうなるとカゲルギ=テイルズの神という可能性が濃厚になる。
イベントストーリーで出る可能性が高い。
「近いうちにまた会うことにことになるだろう。次は酒も飲み交わしたいものだ」
「そうだなぁ。稲の酒を振る舞いたいところだが、あいにくと持っておらんわぁ」
「儂もブドウ酒を注ぎたいところだが、果たしてあるかどうか」
そう言って老人は立ち去っていく。
アコニトも老人の背を目で追わず、カクレガに歩いて行く。
二人には「さようなら」や「また今度」という別れの言葉が一切なかった。
カクレガに戻り、おっさんを見る。
彼の緊張が解けているとわかり、木村はさっそく尋ねた。
「さっきの人……人じゃなくて神だそうだけど、やっぱり強いの?」
「強いぞ。木村が今まで会った中でも、間違いなく五指に入るな。女狐やウィルでは戦いにすらならないぞ」
「えっ、そんなに?」
木村が思った以上に強かった。
あの場で聞かなくて正解だった。聞いていたら緊張して喋れなかったかもしれない。
トップファイブということは冥府の導き手や冥府の王、歪んだ男たちとも肩を並べる強さということだ。
知らないことは恐ろしいが、知ることもまた恐ろしい。
果たしてどちらが幸せなのだろうか。
「そんなに強いのに、どうしてウィルやフルゴウルは気づかなかったんだろう」
「擬態が巧かったからだぞ。ただな。判断は付かなくとも、せめて違和感を覚えることはできるべきだったな」
訓練が足りない、とおっさんはぼやいている。
その察する力は筋トレでできるようになるのか、と木村は真面目に考えてしまった。
「アコニトはどうやって気づいたんだろう?」
「女狐は相手の力量に気づいていないぞ。緊張がまったくなかったからな。同類とは気づいていたようだが、……タバコからじゃないか?」
おっさんもわからないようである。
こういうことは本人に直接聞いてみた方が早い。
喫煙室に行くと、アコニトの姿はなかった。
酒だな、と確信して食堂に行ったがこれまた姿がない。
異常事態だと思ったが、冷静に考えれば、まだ植物園という選択肢があった。
アコニトは植物園で、彼女が育てているタバコの葉の前に立っていた。
大きい葉っぱを指でつまんでいる。
木村は歩いてアコニトの近くに寄るが、彼女は反応を示さない。
しばらく彼女の隣に立って、彼女から口を開くのを待つ。
「久々に良い同類に会ったなぁ」
葉っぱの様子を見つつ、アコニトが口を開いた。
満足そうな顔をしている。ご機嫌だ。
「どうして神だってわかったの?」
「雰囲気だぁ」
「いや、雰囲気って……」
しかし、確かに雰囲気はあった。
どちらかと言えば風格のある魔法使いの雰囲気だが、あれが神の雰囲気なのか。
「覚悟をした澄んだ目をしとったなぁ。名のある同類に違いないぞぉ、儂のようになぁ」
「えっ、うん。そうだね」
一気に老人の神としての品格が下がってしまった。
どうして肩を並べようとするのか、なぜそこまで自意識過剰になれるのか木村にはわからない。
老人はまた会うと言った。
いつどこで会うかは現時点ではわからない。
しかし、どのような形で会うかはなぜかわかってしまう。
嫌な確信に満ちている。
そして、この確信は次のイベントの核心でもあるはずだ。
おそらくイベントのボス、あるいはそれに相当する者は――。
「キィムラァ。手紙が来たぞ」
おっさんがやってきた。
彼がここに来るとアコニトは碌な目に遭わない。
殴られ、蹴られ、叩きつけられた挙句に埋められて植物の養分にされてしまう。
アコニトは木村の背後に隠れておっさんを威嚇している。
これが自称名のある神のすることだろうか。
おっさんはアコニトを完全にいないものとして、木村に手紙を渡す。
顔は老人と会ったときとは打って変わってにこやかだ。
「“イベント『ワイルドハントで連れてって』開催予定!”」
やはり来た。
イベントストーリーだ。
開催時期が一週間後からなのはすぐにわかる。
“ワイルドハント”という言葉が何なのかが木村にはわからない。
ただ、底知れぬ悪意の前触れをうっすらと感じるだけだ。
81.情報共有
イベントストーリー開催の知らせを受け、さっそく情報共有をおこなう。
ブリッジに集まったメインキャラに説明をしていく。
まずは受け取った手紙を、木村は一同の前で読み上げた。
イベント名は「ワイルドハントで連れてって」。
概要だけ言えば、
“久々にワイルドハントがおこなわれる。
人々は恐怖し、神々は狂喜する。人と神の織りなす物語が始まる”――らしい。
木村は、さっぱり意味がわからない。
“人々が恐怖する”と書かれている時点で嫌な確信だけがある。
「ああ、ワイルドハントがあるんですね」
モルモーが「今回は誰の持ち回りだっけ」と首を捻っていた。
どうやらタイトルにも出ている「ワイルドハント」を知っているらしい。
「私も知っているよ。神々や精霊、魑魅魍魎の行進だ。悪い子は神々に死後の世界へ連れて行かれるという話だね」
なんだか可愛げのある話だ。
お母さんが子供達に「悪さをする子は連れ去られちゃうぞー」と脅かしている姿が浮かんだ。
しかし、そんな可愛げのある話ではないだろう。
事情を知っていそうなモルモーが、フルゴウルの話を聞いて首をさらに大きく捻っていた。
「地上の人々の間ではそんな話で周知されているんですか?」
「そうだね。私ですらこの程度だ。地方によっても違うだろうが、概ねこんなものだろう」
モルモーが口を開けて、呆れた表情を見せている。
冥府のトップアイドルの姿なので、驚いた顔も儚げでどこか美しくドキッとする。
その顔を見続けるためにはリラクゼーションチケットを、あと何枚払えば良いんだろうかと木村は考えてしまった。
ちなみに、この姿になってもらうために一枚渡しているのはみんなに内緒である。
「他にはワイルドハントがあったときは、人が大量に死ぬという話もあっただろうか」
「そちらです! そっちこそ最重要です。しかも逆です! ――ワイルドハントはですねぇ。厳正なものなんです。人の世界で戦争や病気が蔓延するのを事前に察知して、我々が人々に警告をして回るというのが目的の一つにあります。たくさん死なれると困りますから」
切実な表情でモルモーが答えた。
木村たちが回っているだけで冥府に死者があふれかえる。
戦争や病気の蔓延があれば、果たして冥府がどうなるかは目に見えるようだ。
気をつけろ、と火の用心のごとく知らせる警報的な行進がワイルドハントらしい。
良いことをしているのではないかと木村は思った。
「それは、目的をきちんと誰かに告げているのかな?」
「……告げてないですね」
絶対に理解されてないやつである。
逆になるのも仕方ない。誰にも何も伝わってない。
戦争や病気が生じ、ワイルドハントがあった後は、大量の人死にが起きるという事実だけが残り、そして、伝承へなってしまう。
「フルゴウルさんが最初に言ってた、“子供を攫う”ってのは本当?」
「子供を攫ってどうするんですか」
モルモーに真顔で返された。
それもそうである。そもそも冥府に生者を連れて行った時点で死ぬ。
彼女たちはいたずらに死者を増やそうとはしない。なぜなら、自分たちの仕事が増えるから。
「ただ、悪い行いをする者たちは狩りますね」
「悪い行いをする者とは?」
「戦争を引き起こしたり、病気を流行らせようとしている輩です。容赦せず殺して冥府に連れて行きます。タルタロス直行ですよ」
「……当然だろうね」
木村とウィルがフルゴウルを見た。
その後で、木村とウィルは互いに視線を交わす。
フルゴウルの今の間が気になった。もしかして彼女は戦争を起こそうとしてたのではないか。
モルモーもフルゴウルをわずかに睨んでいたように見えた。木村とフルゴウルが改めて彼女を見つめるが、すました顔で話を続けるように促している。
「じゃあ、特にワイルドハントで虐殺が起きたりすることってないの?」
「基本はないです。しかし、頭領が誰かによって、幾分かの差は生じることになります」
「頭領?」
「頭領とはリーダーのことですね。ワイルドハントは無秩序な強行軍ではなく、厳正かつ整然とした行進です。統率者がいます。誰がリーダーをするかでやや方針が変わります。私の上司も過去に頭領を務めました。その際は私も末席に参列しましたが、かなり自由奔放で気楽でしたね。最低限のルールさえ守れば良かったですから」
上司とは冥府の導き手だろう。
確かに、あまり厳しい人には見えなかった。
忙しくなると無理難題を押しつけるようだが、それ以外は適当そうだ。
「今回は?」
「上司ではないです。次は誰だったか」
モルモーは悩んでいる。
木村はふと心あたりを尋ねてみた。
「……ツバの広い帽子をかぶった老人の見た目で、片眼を閉じてる神。あと、木の杖も持ってて、パイプで煙をたしなむ神とかっている?」
ウィルとフルゴウルが木村を見た。
その後で、彼らもモルモーを見つめる。
モルモーはやや居心地が悪そうだが、すぐに頷いた。
「オーディン様?」
木村でも知ってる名前が出た。
名を発したのはモルモーではなく、金クワガタと戯れていたゾルである。
「はい。大神オーディンかと思われます。なぜ、かの御神を?」
「さっき外で会った。アコニトと一緒にタバコを吸ってたよ」
ゾルが金クワガタを手から落とした。
金クワガタは落ちる途中で羽を広げて、離れた位置に飛んでいく。
モルモーの変化はもっとわかりやすいものだ。
すごく困った表情をしている。上司から無理難題を押しつけられた時と似ている。
木村も二人ほどではないが、表情を崩している。
そこそこ名のある神どころではなかった。超メジャーな神だ。
片田舎の迷惑神と一緒に並べて良い神では決してない。怖いもの知らずにもほどがある。
木村はこの場にいる人にオーディンと思われる老人について話した。
ウィルたちも彼の実力に気づかず、どこか悔しげだ。
「大神オーディンは、ワイルドハントの初代頭領です」
モルモーが説明を再開する。
暴走族のリーダーみたいだな、と木村は思った。
あの老人がイカしたバイクに乗って、オラオラしてると考えるとちょっとおもしろい。
「当初のワイルドハントになりますと、別の目的も生じます。忘れ去られた本来の目的と言いかえても良いでしょう」
「それは?」
「選別です。ゾルの方が詳しいのではないでしょうか。彼女はワルキューレでしょう?」
見られた側のゾルが、モルモーの言葉を引き受けた。
「オーディン様は、来たるべき終焉の戦に備えて、見込みのあるものをスカウトしています。私たちもスカウトで各地を回っていました」
そういえばワルキューレはオーディンに遣わされると聞いた記憶が木村にもあった。
そして、木村は嫌な予感が湧き上がる。
「もしかしてゲイルスコグルも来るの?」
「かの御神が頭領を務められるなら、間違いなく付き従うでしょうね」
「ちなみにスカウトってどうやるの?」
「戦って実力をみます」
ゾルが「ふんっ」と鼻息を立てた。
戦闘と通常時との差が一番激しいのも彼女である。
普段は虫も殺さず、友達として遊んでいる彼女だが、戦闘はまったく容赦の欠片もない。
ワルキューレたちは一切の容赦を持ち合わせていないと見るべきだろう。
ゲイルスコグルもこの点では同じであった。
「……でも、ゲイルスコグルが来るにしても前回みたいな虐殺はないでしょ。もう一つの目的と反するし」
「そのとおりです。問答無用の虐殺はまずありません。ただ、大神オーディンが頭領を務めるのなら、ルールが一つ加わるでしょうね」
「そのルールって?」
「抵抗しないなら手を出すな。だが、抵抗するようなら――」
モルモーがいったんそこで止めた。
木村はその隙に息を飲んだ。
聞くまでもなくわかるのだが、覚悟をしておきたい。
「――全力で殺しにかかれ」
予想通りだった。
「もしも抵抗に見るべき点があれば、ゲイルスコグル様がスカウトにむかわれます」
ゾルが補足を加えた。
「抵抗しないなら手は出さないの?」
「抵抗する気概もない相手に、かの御神は興味を示さないということでしょう」
木村はほっと息をついた。
思ったよりも救いがある話だ。
「そのルールを追加して行進すると、パルーデ教国は滅びちゃうね」
「やはりそうですよね」
ケルピィがサラッと述べた。
王国ならもう少し緊張感が増すだろうが、パルーデ教国に関してはさほど関心がないようだ。
ウィルもケルピィの話に頷いてみせる。彼の方が事態を深刻に受け止めていた。
「彼らの教典を一から十まで全て知ってるわけじゃないけど、原則として“人以外を認めず”だよ。人間以外は抹殺対象とみなしてる。そのワイルドハントって人の姿をしての行進じゃあないよね。それなら彼らは徹底抗戦だよ」
最悪だった。
大人しくしていれば助かるが、大人しくできない。
「……とりあえず、できることはしよう。せめて彼らに何が来て、何をしていくか、どうしたほうが良いかは伝えよう」
身を隠してくれるならそれで良し。
身を隠さず徹底抗戦の果てに全滅しても、アドバイスはしたので心の負担が軽くなる。
そもそもカクレガがどこに向かっているのかわからない。
もしかしたらパルーデ教国をそのまま抜けて、どこか別のところに行く可能性だってある。
「キィムラァくん。地図が変わったよ。例のアレがあるね」
「うわ……、あれ?」
フルゴウルの声で木村が地図を見れば、扉マークがあった。
しかし、その扉は×印がつき、色も薄れている。
「扉は潰れているようですね」
良いことだ。
ただし、初回イベントはこの×状態から復活したので油断できない。
木村がこっそりおっさんを盗み見ると、彼もその印を見て安堵しているように見えた。
もしかして前にちらりと出ていた、“意識の裏側に消えた”知り合いではないかと疑ってしまう。
「ああ、ラベクはここにあったんですか。あそこがパルーデ教国の総本山ですよ」
ウィルが、潰された扉マークのすぐ近くに現れた印を見て、そんなことを言った。
彼が言ったように、都市印に「ラベク」と言葉短く記されている。
良いことがあったら、悪いこともないといけない決まりがあるのか。
なぜどこの主要都市も扉のすぐ近くに築く?
滅びるためか?
すぐに違う、と木村は頭を整理した。
扉は龍脈とやらにあり、魔力が流れ込みやすい地という話だ。
魔力がたくさんあるところに、魔力のある人が集まって都市になったというだけのことである。
とにかくカクレガはラベクへ一直線に進む。
まるで彼らの滅びの鐘を鳴らしに行くように――。
82.特殊能力者
走り続けたカクレガがついに止まった。
すぐ近くにはパルーデ教国の総本山たるラベクなる都市がある。
デイリーが出てこないので、やはりここが今回のイベント地点となるのだろう。
ラベクは開けた平らな地にあった。
今までの都が、だいたい山やら丘の上にあったことに加え、総本山とも言われたので、木村は勝手に山の中にあると思っていたが山でも丘でもない。
神聖国と似た雰囲気だが、より砂っぽいところだ。
あまりの何もなさが冥府のタルタロスに近いのかもしれない。
都市と言うにはこぢんまりしている印象だ。
聞いたところによると、都市というよりも教えの発祥地という位置づけにあるらしい。
要するに人が大量に住むには適した地点ではなく、それとは別の重要な役割があるため、この地にあるというわけである。
近くに扉があったことも間違いなく関係しているだろう。
「どうやって行こうか?」
木村はブリッジに集まっていた一同に尋ねた。
移動手段を尋ねたわけではない。馬車も飛行機も当然ないので、歩いて行くのは確定である。
誰を連れていって、どうやって都市側とファーストコンタクトを取るかという話だ。
アコニトやボロー、テュッポを連れていけば、ワイルドハントを待つことなくその場で開戦となる。
木村の興味としては、CP-T3を連れていき、相手の反応がどうなるか見たい気持ちがある。
「僕は確定でしょうね。ケルピィさんも浮かんでいなければ問題ないでしょう。フルゴウルさんは、やめた方が良いかもしれませんね」
「そうだろうね」
見慣れてしまっているが、彼女はいちおう冥府から出てきた霊体だ。
人と言いきることは難しいだろう。
「モルモーさんは?」
「……おそらく大丈夫ではないかと。人の姿をしていれば僕でも人外とわかりませんから」
「えっ、私は留守番で良いですよ。ほら、私、吸血鬼ですから。人外ですから」
名前が出た当の本人は行きたくないようである。
木村としても別に来てもらわなくても良いのだが、暴力的事態になった時のために戦力は欲しい。
それにしても、モルモーは自らを吸血鬼と言うが、まったく吸血鬼らしくない。
血を吸っているところを見たことがない。食堂で普通にご飯を食べている。
変身と読心が得意だ。そもそも本当の顔を誰も知らない。
木村の考える吸血鬼とは違っていた。
「ウィルとモルモーさんと、あとは……、そうだ、ペイラーフは?」
ペイラーフは背こそ低いが、姿はほぼ人間だ。
声は大きく、元気も良い。
「やめた方が賢明でしょう」
ダメだった。意外と難しい。
そうなると本当に二人しかいない。
ラリッたセリーダ姫を連れていっても仕方ない。
戦力になりそうな、まとな人の姿のキャラが少なすぎる。
あと一人くらいは戦える存在が欲しい。
「シエイは?」
「あ、そうか!」
ケルピィの言葉に木村も反応した。
最近、仲間になったばかりで完全に忘れていた。
ちょっと強化して、装備を付ければ充分な戦力になるだろう。
ちなみに木村はシエイを割と好いている。ラブとかじゃなくライクだ。
彼女は表情こそ乏しく、真面目だが、そういうキャラだとわかっているので話しやすい。
なんというか陽キャ相手だと何か話さないといけない雰囲気だし、相手の言葉にどう反応していいかわからない。
その点でシエイは無駄話も少なく、話こそ弾まないが、緊張もさほどなくて居心地は悪くない。
なお、シエイは木村のガチャ姿を見ているので、木村とは一緒にいたくないと考えている。
「おぉ。ここにおったかぁ。ん~? 尻尾はおらんなぁ。どこにいったんだぁ?」
アコニトがやってきた。
また尻尾に逃げられてしまったらしい。
「……あ」
木村は情けない尾無しケモ耳コスプレ女を見てふと気づいた。
「尻尾のないアコニトは? 耳を隠したらどうにかなる?」
「いけますね。神気も尻尾に持って行かれていますし」
「あぁ?」
こうしてラベク行きの人選が決まった。
カクレガを出て、ウィルやモルモー、シエイ、それに帽子を被ったアコニトとラベクへ向かう。
ラベクへ向かうと、すぐさま馬なのかラクダなのかわからない動物に乗った、武器を持つ集団がやってきて木村たちを取り囲んだ。
「お前たちは巡礼者ではないな。何者だ?!」
夜盗ではない。
ラベクから向かってきたので、明らかに正規の兵士だろう。
久々の職務質問だ。
お偉いさんと話すことに慣れつつあった木村だが、さすがに武器を構えられての質問は緊張する。
緊張はしつつも彼らの乗っている謎生物が気になっている。
顔は馬だ。胴体はラクダのようにコブがある。脚は馬に近いがラクダの脚がわからない。
尻尾が猫のように細く長い。これは馬ではないだろう。果たしてラクダもこんな尻尾なのだろうか。
この生物がもはや魔物ではないかと木村は真面目に考えている。
考えているとおっさんが叫んだ。
「無礼者ども! 武器をおろさんか! キィムラァは貴公らに危機が迫っていることを伝えに来たのだぞ! 貴公らが武器を突きつける相手は、まさに自らの命に他ならん!」
久々に聞いた喝である。
ウィルやモルモーはビクリと震え、兵士達もおののいた。
謎の生物の一匹が、声に驚いて兵士を落として逃げ去ってしまう。
この声を出すために普段から鍛えているのだろうか。
木村は冗談抜きでそんなことを思った。
しかしながら、彼らも不審者を捕らえることが仕事だ。
距離をさきほどよりも開けはしたが、また武器を構えなおしている。
「えっと、特に抵抗する気はありませんから、あなたたちのトップ、あるいは、」
「勝手に口を開くな! 聞かれたことだけに――」
「女狐、やれ」
「あぁー、めんどうだぁ」
おっさんの合図でアコニトが口から煙を吹き出した。
仲はとても悪いのにこういうときだけ連携する。思考回路が実力行使なのである。
「なんだ! 毒……」
兵士たちが騒いだのも一瞬だった。
目がうつろになり、全員がシンと黙りこくる。
「案内せい」
アコニトの得意技の一つである。
いちおう“狐憑き”という精神攻撃になる。
相手を催眠状態にすることができるが、格上にはまず通用しない。
武器の覚醒値を上げたときにパワーアップしたが、単体から複数体へ変化しただけだ。
ゲーム内ではそうだろうが、現実で使うと普通に複数体扱いだったので実際に大きな変化は見られない。
本人もさほど好きではないのかあまり使わないので、死にスキルと化していたがときどき役立つ。
アコニトは兵士を謎の生物から降ろさせ、自らが謎の生物の上に乗っている。
木村たちには乗ることを勧めないのが彼女らしい。
ラベクの門に着いたが、当然、開けてくれるわけがなかった。
明らかに操られている兵士を見て、門を開けることはないというのは木村でもわかる。
別に開けてくれる必要はない。
木村としてはただ話ができればそれでいい。
もっと言えば話じゃなくても、伝言ができるならそれでも良い。
今さらながら、わざわざ口で伝えなくても文字で伝えれば良かったな、とすら思い始めている。
しかし、せっかくここまで来てしまったのだから、口で伝えて帰りたい。
とりあえず用件を門の上にいた人たちに伝える。
彼らは武器を構え、魔法の行使をできるようにしていた。
もしも、木村たちが兵士たちと一緒にいなかったら、すでに戦闘になっていただろう。
「ここの人たちは強いの?」
暇つぶしがてら、木村はウィルにこっそり尋ねた。
異世界をあちこち行ってみて、木村の中の常識と異なることがいくつもあった。
一つとして、いろいろなコンテンツで門番は下っ端がやっている印象だったが、実際のところは大きく違う。
門番は、街と外の境界線を守る超重要な位置であり、門に立つ人間は相当の腕前がある。
その都市にいる兵士の力を測る基準にもなる。
門は立派でもそこを守る兵士がへぼの場合は、都市全体の兵力が微妙のことも多い。
逆に、門がぼろくても守る兵士が良ければ、馬鹿にできないものがある。
「一般的な基準でいくと、弱くはないでしょうね。外に出た僕たちをすぐに見つけてきたでしょう。あれだけでもたいしたものではないでしょうか」
「ああ、そういえばたしかに」
兵士達はカクレガを出て、すぐにやってきた。
察知能力と察知後の行動力は優れていると木村も理解した。
同時に、ウィルが“一般的な基準”と付けたことで、こちらの相手ではないとわかった。
木村たちはすでに異世界の標準的な強さの枠から逸脱し始めている。
ケルピィやメッセから聞いたので間違いない。
成長を喜ぶべきだろう。
しばらく待つと、門の上が騒がしくなった。
木村は門の上に偉い人が来るかと思ったが、門の上の兵士は増えたがどうも偉い人が来る様子はない。
逆に動きは下にあった。
白い門がゆっくりと動き始めた。
じれったいほどの速さで隙間が開き、そこから人が現れる。
兵士達が先に現れ、その間を通るように男女二人が出てきた。
男はその大きな体型からいかにもな武人とわかり、もう一人は目つきの鋭いやや年配の女性である。
「我々の兵士を返しなさい」
女性が声をかけてきた。
気の強さは目つきどころか声や台詞にも表れていた。
木村たちが頷いて、アコニトに合図を送る。
しかし合図は伝わらない。アコニトは謎の生物の上で、空を見てタバコを吸っていた。
おっさんがアコニトの横腹に手刀を入れると、彼女はうめき声を上げて生物から落ちる。
頭から落ちて、帽子がズレてケモ耳が出ないか木村は心配になった。
首は曲がったが、帽子はずれてないようで安堵の息が漏れる。
アコニトが地面で悶えていると、操られている兵士達が目を覚ました。
兵士達は周囲を見渡し、女性を見て驚きの声をあげた。
「サ、サナ様!」
「早くこちらに来なさい」
ぴしゃりと告げると、兵士達は慌てて木村たちから離れていく。
他の兵士が彼らを守るように立った。
「我々に伝えたいことがある、と聞きました」
中に入れる気はないようで、サナと様付けで呼ばれた女はそのまま本題に入ろうとする。
木村もそうしてくれる方が助かる。さっさと用件を終わらせたい。
「はい。六日後の朝から魔物の集団がここら一帯を通過します。抵抗すると殺されますので建物に入っておとなしくしていてください。そうすれば甚大な被害は出ないと考えられます。周囲の街にも、どうかこのことを周知してあげてください」
木村は本当に言うべきことだけを言った。
挑発に受け取られると困るが、困ったところでどうしようもない。
「それでは伝えるべきことは伝えたので帰ります。その……、こんなことを言うのもなんですが、どうかご無事で」
「待ちなさい」
本当にもう振り向いて帰ろうと思ったところで止められた。
「なんでしょうか?」
「詳しく聞かせなさい」
知りたいというのなら、木村は知る限りを話すつもりである。
木村たちの話を話を聞いて、教えを曲げるか、例外として認めるかして抵抗しない選択肢をとってもらえればなによりだ。
特等席で蹂躙されるのを見るくらいなら、詳しく話を聞いてからの無抵抗をぜひ検討して欲しい。
一番無駄なのが、詳しく話したけど抵抗してあっけなく滅びるパターンである。
思ったよりも食いつきが良く、かなり話を深掘りして聞いてきた。
ワイルドハントという言葉から、木村たちが過去に滅んだ場所を見てきたことも話した。
ウィルやシエイが、実体験をもとに力量差を説明している。
「カゲルギ=テイルズを知っていますか?」
サナの口から不思議な単語が出た。
その単語は今の会話で出していないはずである。
なぜ彼女がカゲルギ=テイルズという言葉を知っているのか。
「知っていますが、なぜその言葉を――」
木村は聞き返そうとする途中で、一つの可能性に気づいた。
すでにイベントの準備が始まっているなら、イベントで出演するキャラが現れたのではないか。
そのキャラが、兵士達に捕まったと考えられる。
「誰かが、この世界に来たんですね」
「どちらの話も嘘はないようですね。来なさい。歓待まではしませんが、我々の隣人として迎え入れましょう」
「いえ、別に隣人扱いしなくてもいいです。もう帰りますから」
「来なさい」
有無を言わせなかった。
サナは木村たちが付いてくるものとして、さっさと門の方へ歩き出してしまう。
木村としては、逆に有無を言わずに帰りたい。
だいたいカゲルギ=テイルズのキャラが出てきそうな話は碌なことにならない。
無関係を突き通せるならそのほうがずっとマシだ。
帰ろうとしたところで、「付き合ってやってくれ」と武人が身振りで伝えてきた。
先ほどまで冗談一つ知らない雰囲気だった顔つきを、柔和なものに変えて、木村たちに「帰らないで」と知らせてくる。
先ほどまでは偉そうにふんぞり返っていたが、サナの視線が外れると、途端にゴツい顔に人なつっこい笑みを浮かべてみせてくる。
人なつっこい笑みではあるが、おそらく十人中九人はまずこの武人に可愛さを感じないだろう。
「良い笑みだ。鍛えられているな」
「頬が?」
「キィムラァ。笑みというのは人格を表すものだぞ」
おかしな話だ。
にっこり笑って、虐殺レターを渡してくる存在の台詞とは思えない。
木村が反応に困っていると、サナが怒りを含んだ顔で振り返った。
「早くしなさい」
どうも木村の苦手な雰囲気だ。
中学校時代の怖い女校長とどこか似ている。
男社会でのし上がってきた強さを全身から醸し出しているようであった。
周囲を見れば、特に反対するものもいないので、サナに従ってラベクに入った。
門の白を見て思っていたが、石がとても綺麗だ。
空間を広く使い、艶のある白い柱や壁の建物が並んでいる。
まるで神殿の中を歩いている気分であった。
特徴として二階がない。天井こそ高いがどこも一階だ。
サナが通ると、周囲の人たちが頭に手の平を付けて挨拶をする。
彼らの上位存在に対する礼なのだと木村もわかった。真似をする気にはならない。
広い道をひたすら進み、奥にあったひときわ大きな建物に進む。
ここだけは階段が取り付けられ、周囲よりやや高い位置に入口が設けられていた。
これこそまさに神殿だ。
神殿の前に膝をついて、礼拝する人たちの姿も見える。
サナが現れると、彼らはますます礼を深くする。疲れないのだろうか。
神殿の奥に進むと、またもや教徒たちが礼拝をしていた。
その最奥に像が備えられている。
二人の像だ。
一人の男と一人の女が並んで立っている。
像のつま先が木村の身長よりもやや高い位置にあり、そこから立っているので顔を見るだけで首が痛くなる。
首が痛いついでに、木村は頭も痛くなってきた。
像の女性は、もちろん木村の知らない顔だ。
サナとどこか近い雰囲気があるので、彼女の親族にあたる人物かもしれない。
問題は男の方である。
平坦な顔で、顔の各パーツも小さい、鼻は低く、唇が薄い。
木村が見るところ日本人のように思える。
もちろん木村とは別の顔なのだが、人種としての特徴は木村にも通じる。
「キィムラァに雰囲気が似ていますね」
ウィルが素直な感想を述べた。
木村も「うん」と顔を引き攣らせて肯定する。
「こちらの像は?」
木村が尋ねる。
杖を持っている女性はどうでも良い。
隣で刀を持っている日本人青年だけが気になる。
「我々の教祖。導師エニア・カルンと剣聖スィーミッツ」
原型が失われつつあるが、清水だろうと木村は想像した。
どうやら清水青年も異世界にやってきて、刀を片手に暴れたらしい。
その結果が剣聖なる称号だ。たぶん木村とは違って直接戦うタイプだったんだろう。
その後は、サナが軽く歴史を語った。
二百年ほど前に現れた清水くんがカルンちゃんと結ばれて、エッチして子供がたくさん生まれたとか。
カルンちゃんがスィーミッツくんを呼んだ召喚術を元にして、子孫である彼女たちも強者を呼び寄せているとのことだ。
茶化して良い話ではないことに木村も途中で気づいた。
「召喚してるんですか?」
地球人を、とは木村は続けなかった。
この世界にも召喚術があることは、すでにウィルやフルゴウルから聞いている。
ただ、カゲルギ=テイルズならまだしも、この異世界でまともな召喚術を使うことは極めて難しいとも聞いた。
理屈はよくわからないが座標の設定が鬼門で、運良く何かを呼び寄せることくらいはできるらしい。
しかし、神聖国では召喚術は絶対禁忌とされていたようである。
過去に召喚術で変な生物を呼び、クライシスを起こしてしまったようだ。
これだけなら禁術扱いだったのだが、ルルイエ教授がアレンジして何かを呼び寄せて研究自体が絶対禁止の禁忌になったとか。
「神聖国のおこなう乱雑な召喚ではありません。崇高なる使命を遂行するための協力依頼です」
「……何が違うんです?」
「ありとあらゆるなにもかもが異なります。我々は彼らに無理強いをしません。彼らの方から望んできてもらうのです。我々が説諭し、彼らが改心する。そして、両者並び立ち、手を取り合って使命を果たすのです」
宗教臭さが鼻についた。
使命だの、説諭だの、改心だのと宗教とは一線を画して過ごしてきた木村には、どうにも胡散臭さが先に立ってしまう。
ふと木村は思う。
やってることだけ切り抜けばまともではないだろうか、と
少なくともガチャで召喚するより友好的だろう。ガチャは強制召喚だ。
アコニトとか扉から出てこようともせず、逃げようとして強制排出されたのを過去に何度か見ている。
木村には気になる点がもう一つあった。
今回の話に関して言えば、召喚やら日本人がいたことは新しい発見だがさほど本筋にある話ではない。
「崇高なる使命とは何ですか?」
「人の人による人のための世界作りです」
木村は目を瞑った。リンカーンかよ。
おそらくウィルやモルモーも同じように目を瞑ったのではないか。
「……もしもですよ。このラベクのすぐ近くを、あなたたちよりもずっと強大な魔物の集団が走り抜けるとしたらどうします? 彼らは別に貴方たちの使命を阻むものではないとして、です」
「魔物という存在自体が我々の使命を阻むものです。到底、認められるものではありません。排除することになります」
「あ、そうですか。がんばってください」
木村は諦めた。
わずかながらも説得しようと思っていた心は溶けて消えた。
彼が「命を大切に」とか言ったところで、彼女たちが聞いてくれるとは思えない。
木村はさっさと帰ることに決めた。
カクレガに戻って、リン・リーの料理が食べたいと思えた。
「さて、カゲルギ=テイルズの話になります」
木村はようやくここに来た理由を思い出した。
清水青年の像と、彼らの固い決意を前に本題をすっかり忘れてしまっていた。
「紹介します。シターです」
少女がとてとてと歩いてくる。
実は先ほどから存在には気づいていた。
風貌から判断するに、カゲルギ=テイルズのキャラではない。
「私の娘です。四姉妹の四女です。先日、彼女が十二の歳を刻み、共闘の儀をおこないました」
共闘の儀というのが、召喚なのだろう。
召喚は十二になってからというのが、このラベクのルールらしい。
もしかしたら導師カルンとやらが清水青年を呼んだのが十二歳のことだったからかもしれない。
「シターが共闘を依頼し、共に歩むと降臨したのが彼になります」
男が現れた。
あまりにもいきなりスッと現れたので木村は驚いた。
その姿を見て、木村はさらに驚きが増す。
全身が黒尽くめの服に覆われ、顔も目元しか出していない。
腰には短い刀を帯びており、たびを履いた忍者がシターの側に寄り添っている。
「カゲロウでござる」
「ござるって……」
キャラ作りが過ぎる。
シター少女のすぐ側に立っているが、ボディーガードというより変質者だ。
日本なら警報アラームを鳴らされても仕方ない。夕方のニュースに出て、SNSで「ロリコンNinja!」と馬鹿にされそうである。
サナに視線を戻し、またシターをみるとすでにカゲロウは消えていた。
「消えたでござる」
「カゲロウは姿を晒すのを好みません」
照れ屋なだけではないか、と木村は思った。
ますますやばい変質者になっていく。
「カゲロウさんがカゲルギ=テイルズの世界から来たんですね」
「全てを信じていたわけではありませんでした。今は信じても良いと考えています」
木村を見てしまったからだろう。
彼らの教祖の片割れと同じような顔立ちで、カゲルギ=テイルズなる異世界人もやってきた。
「さらに長女と次女をラベクに呼び戻せば戦力は整います。崇高なる使命を頂く我々が、魔物の一団などに負けるわけがありません」
「ご健闘をお祈りします」
これは滅んだ。
もうダメだ。トップがこれじゃあ存続の希望は薄い。
Ninjaキャラは興味があるが、ここで主と命運を共にするようなので関係しないことにした。
その後も崇高なる話をサナは続けていたが、木村はもはや興味がない。
倒れていたアコニトが復活したところで、お開きとなった。
帰り道にサナはついてこなかった。
最後の最後に復帰したアコニトに、鼻で笑われたのがよほど頭にきたらしい。
木村としては長く不毛な話に辟易していたので、よくやったとアコニトを褒め称えたいくらいだった。
「おぉ! えぇ、匂いがするぞぉ!」
そのアコニトが匂いにつられて道を逸れていく。
木村は止めようかと思ったが、たしかにスパイスの効いた良い匂いだったの止める力も弱まった。
木村も一緒に匂いの方へ歩いて行ってしまう。
「おぉ!」
アコニトが喜びの声をあげた。
人がたくさんいる。料理もバーベキューよろしくその場で作られ振る舞われている。
「巡礼者向けのもてなしです」
案内を仰せつかった兵士が説明してくれた。
アコニトはすでに走って料理を漁りに行っていた。
モルモーも匂いに負けてしまったようで、アコニトの後を追う。
酒もあるようで、場は盛り上がっている。
楽しそうな雰囲気だ。
知らない人同士のはずだが、一緒に歌って踊っている。
木村は獣人の郷を思い出してしまう。
もはやフラグだ。滅びが迫っていることを木村は肌で感じた。
木村の思いなど露知らずアコニトやモルモーも楽しそうにしている。
この二人は仕事さえなければだいたい楽しそうだ。
ウィルやシエイも雑踏に紛れた。
木村は離れた位置でぽつんと座っている。
彼の定位置とも言える。あの雰囲気に混ざりに行く気がしない。
おっさんも木村の隣に座っている。
てっきり酒を飲みにいくか収拾すると思っていたので意外だ。
意外さはありつつも特に何かを言うことはしない。
木村は楽しげな光景を見つめる。
「食わんのか? うまそうだぞ」
串に刺さった焼きたてらしき肉が、木村の横から出された。
匂いがすぐ近くから鼻孔をくすぐる。
気を遣われたようだ。
「ありが……」
礼を言おうと、木村は隣を見た。
そして、言葉が止まる。
ツバの広い帽子に、片眼だけ開き、パイプを吸う髭の老人がいた。
この都市を滅ぼそうとしている者が、酒を片手に、賑やかな集まりを見ている。
「おぉ! この前の! 飲んどるかぁ?」
アコニトもやってきた。
彼女は会議の時にいなかったので、この老人の正体を知らないはずだ。
知らないから平気な様子で話しているのか、あるいは知っていてなお同様に話しているのか。
とにかく木村としてはありがたい。緊張でどうにかなってしまいそうだった。
「飲んでおる。この乳の酒も悪くない。臭いこそ最初はきつかったが飲めば気にならん」
「おぉ。なかなかいけるぞぉ」
このアコニトはなんだっていける口だ。
タバコとクスリと酒は、好みこそあれど種類を選ばないらしい。
ちなみに彼女たちが飲んでいる酒は、あの謎の生物からとった乳から作った物らしい。
アコニトと老人が他愛もない話をし、会話が落ち着いたところで木村は決心した。
冷めつつあった肉をほおばるが、いまいち味がわからない。
「あの! えっと、その、どうしてここにいるんです……か?」
第一声が大きくなったことに気づき、声のトーンが落ちていく。
とりあえず聞きたかったことを尋ねることはできた。
「近いうちにここを通るのでな。見て回っておるのだ」
敵情視察だろうか。
戦力差をもってすれば、見る必要もないだろう。
聞かなくても良いことだが、木村はどうしてか聞いておきたかった。
「もしも……もしもの話ですが、彼らがあなたの通行を阻止するなら、あなたはどうされますか?」
木村が老人を向いて尋ねると、老人も木村を見返した。
老人の瞳は人間のものと変わらないようにしか木村には見えない。
恐怖も威圧も木村は特に感じなかった。やや興味深そうに老人が木村を見ている。
「儂は、ただそのときのために今ここにおるのだ」
老人は返答してくれた。
怒りも侮蔑もない。ただし木村には意味がわからなかった。
さらに追及する雰囲気でもないので、木村はもう少し老人の回答を考えることにする。
そもそも最初の質問の回答と堂々巡りになる気がした。
その後もアコニトと老人が話を続ける。
おっさんも特に変なことにはならないと考えたのか、位置はそのままで酒を飲み始めた。
「……変なのがおるな」
老人がポツリと漏らしたのは、アコニトがちょうどふらふらと歩いて行った時のことだ。
気になったので、彼の視線を木村も追いかけてみる。
木村もすぐにわかった。
いや、もしかしたら違うかもしれないが、少なくとも見た目は異常だ。
まず間違いなくこの世界の住人には見えない。。
まず髪型がアフロだ。
地球でもここまで立派なアフロは見られない。
頭の上に大きな地球儀が乗っているかのような不安定さがある。
さらに服がこの地域のものとは明らかに違う。
ゆったりとした長めの衣服ではなく、どちらかと言えば木村たちよりだ。
しかも黄色をメインにやたら目立つ色合いである。見た目の自己主張が激しすぎる。
木村と老人の視線を感じたのか、その異常人が木村たちを見る。
顔つきはまだ若そうだ。異世界なのではっきりしないが、まだ二十代ではないか。
異世界というか、もしかしてカゲルギ=テイルズのキャラかもしれない。
「……いや、違うかな」
可能性を自ら否定した。
カゲルギ=テイルズのキャラにしても主張が激しすぎる。
こんなキャラを出したら他の個性が消滅する。
青年はニカッと明るい笑みを見せて木村たちの側へやってくる。
老人の隣に遠慮なく座り、両手に抱えていた酒を木村や老人に分け与える。
肉やナンらしきものも配ったが、老人は軽く断り、代わりに木村が二つとももらった。
「初◇て■る顔だな。巡礼○って雰囲△でもないけど、どっからやって☆たんだい」
木村は青年の声がところどころで良く聞き取れなかった。
「えっと、すみません。なんだか声がうまく聞き取れなくて」
「ああ、わ⊃ぃな。おいら〒声は聞き取※づらいんだ。どっか→やってき◆んだい?」
聞き取りづらいというレベルを超えている。
異世界で変な言葉はいろいろと聞いてきたが、このパターンは初めてだ。
魔族の声でも聞き取れたのに、彼の声は聞き取れない。
「僕は、……王国の方からですね」
木村は答えた。
嘘はついていない。
「王仝かぁー、いい∃。おいらも行って★てぇなぁ」
言葉はところどころでうまく聞き取れないが、王都に憧れを持っているらしい。
言葉の代わりに表情が多彩なので、気持ちは伝わってくる。
「爺さ§は?」
「儂はヴァルハラからだ」
聞いたことのある単語だ。これはもしかしてオーディンなりのジョークじゃないか。
木村はそう思ったのだが、老人は真面目な表情だった。
「ヴァル♪ラ。初め*聞いた。どんなと#ろなんだい?」
青年が興味深そうに掘り下げていく。
老人もヴァルハラを語る。
語り口はまるで詩人のように流ちょうで、聞いているだけでその有り様が浮かんでくる。
ただ、荘厳さを表面に出して老人は語っているが、木村はヴァルハラがどんなところかはわずかに知っているつもりである。
もっと血なまぐさいところのはずだ。余計なことを言う必要もないので黙っておいた。
青年はヴァルハラを想像しているのか、とても楽しそうな顔をしている。
「若いの。色も見慣れぬお主は、いったいどこから来た? ここのものではあるまい」
木村もつい先日に問われた質問だ。
どうやらこのアフロの青年も出自不明のようであった。
「おい♂の故♭、おっと紹&がまだだった。∥いらの名前はロゥ。将来、極¶級冒険者に±る男さ」
「冒険者ですか」
聞き慣れないが、見慣れた単語だ。
異世界アニメとかだと、なぜか冒険者がよく出てくる。
この世界には冒険者という存在はいなかった。カゲルギ=テイルズにはあると聞いている。
それなら彼の出身は明らかだ。
「ロゥさんはカゲルギ=テイルズの方ですか?」
「違うぞ」、「違うな」
「カゲル∵? ≒んだって?」
老人とおっさんが即座に否定し、ロゥも聞き慣れない単語を聞いたようで、木村に聞き返している。
意外な反応だった。そうなると、この世界にこの髪型が存在することになる。
「ここの人たちに召喚されたわけじゃないんですか?」
「お! 物知≠だな! そうよ、『良い依♀がある。ー緒に∞らないか』って綺麗な声に誘わ∩たら、ここだ。参っ∈ゃうぜ!」
ロゥはうんざりだという表情だった。
どうやら呼ばれても協調しない人もいるようだ。
それもそうだ。木村の召喚だって、さほど協調しない奴がいる。
「おい∠の相_とも、一年▲話ができねぇ√らよぉ! 相棒‰なにしてっかなぁ」
やれやれ困ったと首を振る。
話から察するに一年前に呼ばれたらしい。相棒も、突然ロゥがいなくなり困っているだろう。
先ほどのちっさい妹の、姉に呼ばれたのだろうか。
「それで、けっきょくお主はどこから来た?」
「あぁ、お∑らはよぉ。
「ん? もう一回お願いします」
「
木村は聞き取れたと返事をする。
実際は聞き取れていないが、前の言葉と照合すれば「ルビソウル」だろう。
木村は知らない。
おっさんも記憶を辿るように目を瞑るが、答えが出てこないようだ。
隣の老人も、手で軽く目を伏せた。何をしているのかわからないが、おそらく意味のない動作ではない。
「“俺”は知らないな。どこだ?」
「“儂”が見えんか。どこにある?」
しばらくして、どちらも一人称を強調させて詳細を尋ねた。
「どこって、――あ」
「あ?」
ロゥの視線が一カ所に止まった。
木村がその方角を見ると、まなじりをつり上げた少女がこちらを見ていた。
「今日は訓練があると言いました」
少女は挨拶も何もなく、ズカズカとロゥに歩み寄ってくる。
その一歩一歩に怒りが込められているのか、果てしない力を不思議と感じる。
「カリーフ⊆これ食℃か?」
「食べません」
ぴしゃりと拒絶。
名前はカリーフというらしい。
雰囲気から間違いなくサナの娘であると木村は察した。
「来なさい」
台詞までも一致している。
きちんと親の背を見て育っているようだ。
つまり、彼女もまた滅びの道を進むことに他ならない。
「いや、〆も。まだ、話が途㊥で」
「いいから来なさい」
有無を言わさず、ロゥのアフロを鷲掴みして引っ張っていく。
ロゥは申し訳なさそうにこちらへと手を振ってくる。
木村も気にしないでと手を振り返した。
異変が起きたのはその時である。
周囲の景色が暗くなり、時の流れも緩やかになった。
王都では見慣れた光景だ。あのときは選択肢が出てきたが今は出てこない。
なんだろうと周囲を見れば、ロゥだけが明るい状態になっている。
さらに彼のすぐ近くに、“調べる”とコマンドついていた。
木村は恐る恐るボタンを押す。
ボタンが消えて、ただ一行だけ文字が浮かんでくる。
“特殊能力名称:詞”
嫌な文字列が見えた。
初めての現象だが、出てきた文字の意味は最後を除いてわかる。
王都をズタボロに歪めたアピロの力が、魔法とかではなく、この特殊能力だった。
そして、トロフィーの効果で特殊能力者の能力名称が開示されるともあった。
すなわち、このアフロの青年ロゥは特殊能力者ということになる。
しかしだ。その能力名称があまりに短い。
「……詞? 詞とだけ書かれても」
「青年に詞を見たか?」
老人が、緩やかに流れる時間の中で普通に尋ねてくる。
隣のおっさんもどうなんだと木村を見る。
「うん。特殊能力名が見えた。能力名は“詞”とだけ。どんな力かはわからない。えっと、特殊能力って言うのは、魔法とかとは違って――」
「すでに見ている。都や隣界を歪めている力と同等のものということか」
「見ている? りんかい?」
木村の疑問に老人は答えなかった。
酒に口をつけるだけである。
時が通常の速さで流れだし、老人は席を立った。
杖を片手に持ち、木村を見下ろす。
「話しすぎる口は嫌われる、だが正直に話すことは美点にもなる。時には黙ることも覚えるべきだ。特に自他の力に関しては、な」
木村は、相手を見る力があって、さらにロゥの特殊な力を見つけてしまった。
口にしたことで、老人が木村の性質に理解を深めた。
老人が一冊の本をマントから取り出して渡す。
本と言うにはやや薄い。同人誌か学校の会報のような薄さだ。
タイトルは書かれていない。大きさも学校のプリントより小さく、メモ書きみたいに見えなくもない。
「この地にとどまるなら、それを持っておけ。特に外に出るときはな」
そう言うと、老人は歩いて去っていく。
やはり別れの言葉はない。
木村は渡された冊子をパラパラと捲る。
言葉がずらずらと書かれているが余白も多い。
なにやら説教のような文がところどころで目に付く。
「おぉ? あやつは消えたかぁ?」
アコニトが戻ってきた。
すでにできあがっているが、悪い酔い方ではない。
非常に稀なことだが、かなりほんわかと心地よさそうな酔い方だ。
おっさんは一瞬だけ彼女を見咎めたが、老人もいなくなって緊張が解けたようで酒の方へ歩いて行く。
木村はただただ暴力沙汰にならなくてほっとするだけだ。
「けっきょく、どうしてここにいたんだろう?」
老人は答えてくれなかった。
いや、答えてくれたが意味がわからなかった。
「おぉ? わからんかぁ。覚悟をした目をしておっただろぉ」
「そんなのわかんないよ」
アコニトが木村の肩に腕を回して絡んでくる。
息は酒臭いが悪酔いではないので、まだ親しみを感じる絡み方だ。
最悪になってくると、ベロベロとなめてくるし、叫びながら頭を押しつけてくる。
「忘れないためだろぉ。ここにどんな奴がいて、どんな風にすごしているか、――実際に目で見て、話をしてみんとわからんこともあるからなぁ」
アコニトは目を細めて、騒いでいる人たちを見ていた。
彼女も、まさに今、彼らのことを記憶に深く刻み込んでいるのだ、と木村は感じた。
同時に、オーディンの答えがようやく理解できた気がした。
この都市の人たちが神々の行進を邪魔し、都市はほぼ確実に滅ぶ。
もし滅んでも、ここに確かにいた人たちのことを忘れないために、彼はここへ赴いていた。
これは果たして優しさなのか。
それとも滅ぼす際に一切の慈悲や容赦はないということか。
これが正解なのかすらも木村にはわからない。
戦争の神とも呼ばれるオーディンの心は、戦争を知らない木村の及ぶところではないのだ。
ただ、この雰囲気がなくなって欲しくはないなぁ、と漠然と思うだけだった。
83.イベント「ワイルドハントで連れてって」1
木村は穏やかな数日間を過ごした。
イベント準備のためかデイリーはおこなわれず、カクレガも移動できない。
行動範囲はカクレガ内と、ちょっと外に出たところまでに限られる。
ときどき外に出て様子を見るが、他の都市からラベクへ人の移動が見られた。
ブリッジと意識が繋がり、バックグラウンドで常に外を見ているケルピィも人の移動が増えていると話している。
ワイルドハントに備えて、ラベクが戦力の増強を図っているのだろう。
無駄なことだと木村は感じた。
死者数を増やすだけだ。彼らは彼我の戦力差をまるで理解していない。
あるいは理解していてなお戦力を集めているのなら、もはや彼らへの治療薬は死をもって他にないとも言える。
木村としては死にたい奴は勝手に死に、生きたい人だけ生き残るべきだと思う。
死にたい人が特攻して死ねば、後は無抵抗になり生き残るのではないか。
問題は死にたい人が、生きたい人に特攻を命じた場合だろう。
神々は、果たして彼らを助けてくれるだろうか?
この答えは明白なので、あっという間に頭の中で議論が終わる。
それでも毎日一度は考えてしまっていた。
ここ数日の思考は、そもそもこのイベントがどういうイベントかに飛ぶことが多い。
ゲーム内でおこなわれた場合、どのようなイベントになるかだ。
イベント名は「ワイルドハントで連れてって」だった。
ぱっと見、「あるキャラAがワイルドハントでどこかに連れていって欲しい」と受け取れる。
あるキャラAはワイルドハントの内部のキャラではないだろう。それなら「ワイルドハント終わり、今から帰る」みたいな文になる。
あるキャラAはワイルドハントの神々とは違うキャラだ。
ラベクであったカゲロウが現時点での第一候補だが、木村は彼にそんな気配は感じなかった。
もちろんそう演じていただけかもしれない。このあたりはまだ判断が付かない。
あるキャラAがカゲロウじゃないのなら、まだ他のキャラクターが現れることになるだろう。
そのキャラクターがキーになる可能性がある。この想像はすでにケルピィにも話しており、外で変な人物が見えたら伝えてくれと言っている。
ケルピィは観察と推論が得意だ。この地域の人物でなければ、すぐに気づくことができるだろう。
この国の人物ではないどころか、別の世界の住人になるのでなおさら違和感が出るはずである。
あるキャラAに関してはこれくらいだが、もう一つタイトルからわかるのはどこかへ連れていって欲しいという要望だ。
この点に関しては、フルゴウルやモルモーが話していたことからも推測ができる。
あるキャラAがつれていって欲しいのは「冥府」、もっと広く言えば「死後の世界」ということになる。
聞いたところでは死後の世界もいろいろとあるらしい。
基本的には冥府に行くが、ワルキューレに目を付けられると老人の語ったヴァルハラに連れて行かれるとか。
戦闘狂ばかりが集まるイカれた場所とモルモーは嫌そうな顔で話していた。
彼女は戦闘を嫌っているのでそういう意見だ。
とにかく死後の世界にもいろいろな種類があるらしい。
もしかしたら神話ごとに、別の死後の世界が用意されている可能性もある。
今回のイベントは「神ではないキャラが、ワイルドハントで死後の世界につれていって欲しい」というものではないかと木村は考えた。
しかし、この考えには大きな疑問が残ることにも気づいている。
死後の世界に行きたいなら普通に死ねば良い。
自害しろ――それだけの話だ。
あるいは死後の世界に種類があることを知っていて、希望の死後の世界に行きたいのかもしれない。
死後の世界ガチャの出目を確定させるために、ワイルドハントで狙いを絞っているのか。
なんにせよ、最期の最期でもガチャになるとは嫌な世界だなと感じた。
イベント開始当日になった。
開始時刻は深夜ではなく、正午ぴったりと通知があったので、木村たちはブリッジで悠々と待ち構えている。
ラベクの付近では前日の夜から、すでに兵を出して準備を終えている。
待ち構えてはいるが、ここにワイルドハントの一団が現れるとは限らない。
木村たちも、念のためにブリッジに集まっただけで、ここに出るとは実際のところでは考えていない。
今までのイベントの悪い流れからいくと、いきなりここに出るよりは他のところから潰していって最後にここを潰すといった流れが濃厚である。
ピッピコーン!
正午前に通知が来た。
すでにメインメンバーがブリッジに集まっていたので、全員がその音に震えた。
木村は時間がわかっていたので、震えこそあれどさほど驚きがない。
時間前に通知が来ると言うことは、往々にしてパターンが決まっている。
「“メンテナンス延長のお知らせ”、でしょうね」
要するに開始時間が延びた。
正午からの予定を、午後4時と変更していた。
おそらくもっと早く終わるのだろうが、長めに取ってあると木村は考えた。
木村たちはいったん解散とする。
緊張の糸がぷつりと切れて、みなが深く息を吐いた。
木村たちですらこれだ。
ラベクの人たちはもっと大変なのではないか。
彼らはイベントがいつ始まるかさっぱりわからない状態である。
すでに昨夜から緊張状態が続いている。開始時刻を伝えた方がいいかと木村は少しだけ迷った。
しかし、けっきょく迷うだけにとどめた。
どうせ伝えても同じだ。むしろ緊張で疲労した方が、後で諦めの可能性が増えて生き残る確率が上がる可能性が高まのではないかとも考えた。
午後4時まで残り5分となって、またもや木村たちはブリッジに集まった。
いったん切れた緊張の糸は結び直しても結び目のぶんだけ歪み、ややぎこちない緊張になる。
要するに最初の時よりも緊張がややほぐれている、と木村は感じた。
最初の時は話すこともなかったが、今はフルゴウルとモルモーが話をしている。
死後の世界のパターンについて話している。聞いている限りではやはり死後の世界の種類は多々あるようだ。
この話が出ると言うことは、やはりフルゴウルらもタイトルの意味を考えているのだろう。
けっきょく今のところ、キャラAは見つかっていない。
ピッピコーン!
午後4時ちょうどに手紙が届いた。
まるで寝ぼけた世界に目覚めを促す死のアラームだ。
「うあぁ!」
「ああぁ……」
悲鳴らしき声を漏らしたのは、魔力センサー持ちの二人だ。
ウィルが叫んだ後は顔面蒼白で震え、フルゴウルは目を閉じて自らの体を抱くように縮こまっている。
声こそなかったが、部屋の隅に立っていたシエイは尻餅をついて怯えている。
彼女の怯えた顔が木村には新鮮に見えた。
彼自身も気づき始めているが、彼はこの手のギャップが好きだ。
普段、強気だったり、平然としている女性が弱っている姿を見せると心がときめく。
自らの歪みから目を背けるように、木村はモニターで外の様子を見た。
その一団は唐突に現れた。
位置としてはちょうどカクレガとラベクの中間地点だろう。
数としては思ったほどではない。モルモーから聞いていた数百とかいう数よりも少なそうに見える。
モニター全体を埋め尽くす数では到底ない。
そう。数は問題ではない。
異常なのは質だ。
「ゲイルスコグルが、いっぱいいる」
木村は呆然と、彼が見たものをそのまま口から漏らした。
もちろん他の神々もいるのだろうが、彼の記憶と経験に鮮明に刻まれている半人半馬が特に際だって見えている。
しかも、その鮮烈な戦女神が一体ではなく複数体いるのだ。
木村ですら震えが出てくる。
「違いますよ。ゲイルスコグル様はお一人だけです」
ゾルが話に入ってきた。
モニターに近づいて、「こちらがゲイルスコグル様」と言わんばかりに指で示す。
「こちらはスコグル様。剣と斧を持っておられるでしょう。お二人が同時に出られることは滅多にないんです」
言われれば、確かに得物は違う。
鎧も細かく見ると違うのかもしれない。
二人が出ることは滅多にないから珍しいです、とゾルはやや興奮している。
だが木村は思う。そんなレアな場面に立ち会えたことは、きっと幸運ではなく災厄と呼ぶべきだろう。
「こちらはゴンドゥル様ですね。杖を持っておられます。彼女は戦いを起こさせる名手なんです。いくつもの戦争を引き起こされました」
そんなことは誇るように言うことではない。
だいたい木村の目には持っている武器が違うだけで、他は同じようにしか見えない。
ゾルの話を聞き、以前、モルモーが話していたワイルドハントの順序の逆という論は、実は違うとも言い切れないんじゃないかと木村は考えた。
戦争が起きる前に警告している、と話していたが、戦争を起こすよと触れ回っている可能性も捨てきれなくなった。
すでにウィルとシエイは気を失い、フルゴウルにも声を聴く余裕はない。
木村ももう聞きたくない。しかし、彼の思いは届かない。
かまわずゾルは続ける。見た目の近しいワルキューレが多すぎる。素人ではさっぱりわからない。
虫の採集以外で、ゾルのテンションが上がってるのを見るのは木村も初めてだ。
「――それで、こちらがエイル様。えっと、こちらは……、わ、もしかしてスクルド様でしょうか! すごい、ありえませんよ! 彼女が出てくるなんて!」
知らんがな、と木村はモニターを見つめる。
モニターに映るのは他のワルキューレとは違っていた。
見た目がかなり人に近い。なにより馬と人がちゃんと分かれている。
他のワルキューレ同様に鎧を纏っているが、見た目の威圧感は他のワルキューレよりもずっと少ない。
「スクルド様がおられるということは、近くに……、やはりおられました」
ゾルが片膝をついた。
盟主に命を捧げる戦乙女の姿である。
「――オーディン様です」
木村もオーディンの姿を認めた。
騎士の姿かと思いきや、道やラベクで会ったときと同様に魔法使い風の老人のままだ。
違うことと言えば馬に跨っていることくらいか。馬の各脚が二本に分かれている変わった馬だ。八本脚の馬である。
珍しい馬だが、老人同様に気概はさほど見えない。ゆっくりとロバのように老人という荷物を運んでいるかのようであった。
「スレイプニルは当然でしょうがおかしいですね。異常ですよ。ありえません。これはもはやワイルドハントではない。ワルキューレの騎行です。戦争をするつもりでしょうか」
モルモーも戦慄している。
あまりにもワルキューレの人員が多いことにおののいている。
木村でもわかる。これでは人間に注意を促すどころか、恐怖しか引き起こさないだろう。
これではもう、本来抵抗する気概のあるものですら――。
木村はここまで考えてふと何かに気づきかけた。
「何か話していますね」
モルモーが気づいた点を口にする。
老人と彼のすぐ隣にいたスクルドと呼ばれたワルキューレが話をしている。
その後、彼女たちは木村たちを見つめた。
間違いなくモニターを通して目が合った。
兜でスクルドの目は見えないはずだが、確実にこちらを見ていた。
「キィムラァ。カクレガの強化をするべきだぞ」
「……うん」
久々におっさんからの非常事態宣言である。
しかしながら、非常事態宣言はいきなりされても動きがつかない。
木村も足がすくんで動けない状態だ。冥府の王や歪み男のときは動いた体が今は動かない。
以前にゲイルスコグルを間近で見て、その恐ろしさが体に染みついている。
ましてやその恐怖が十よりも多くいるのだ。
老人がスクルドに何かを呟いた。
スクルドも小さく頷いて、こちらから視線を外した。
おそらく老人が無視しておけと言ってくれた、と木村は考える。
その後、一団の動きがピタリと止まり、老人が声を一つかけると彼らは一斉に動き出した。
移動方向は木村たちから見て右に整然と駆け抜けていく。
ラベク、カクレガの両方から遠ざかる。
彼らの姿が遠く、小さくなり、砂埃も落ち着いてきた。
そうして木村たちは、ようやくラベクの様子に目を向けることがかなった。
なんとなくわかってはいた。
彼らもウィルやシエイらと同様だ。
異世界人であり、戦闘力もそこそこにある。
すなわち、魔力を感知するセンサーが一般人よりも鋭敏だ。
その彼らが、神々の一団による魔力の暴力を浴びたことになる。
彼らはすでに腰砕けだ。
戦う前からラベクの軍は崩壊していた。
情けないなどと木村はまったく思わない。
モニター越しで見ていた木村ですら恐怖で動けなかったのだ。
もしも地上に立っていて、魔力を感じるセンサーもあり、戦おうとしているとくればもう無理だ。当然の反応と思える。
さらに前日からの緊張状態もある。木村でもわかった――彼らの緊張の糸は完全に切れた、と。
あまりにもラベクにすると絶望的な状況だった。
しかし、木村は同時に思うのである。
一団のメンバー選抜に、ある程度幅を効かせることができるなら――。
そして、出現位置も自由に設定できるとすれば、だ。
これは老人なりの慈悲ではないか、と。
近くではあるが、すぐさま近寄れない距離に現れて戦力の差を体感させる。
戦力も過剰と思えるほどに配置しておく。ゾルやモルモーですら「ありえない」と言っていた戦力だった。
さらに、一団は彼らを無視してどこかへ去ってしまった。
実力差を見せるだけのパフォーマンスだ。
信念やら信仰などを一瞬で消し飛ばすほどの戦力差を彼らに示し、被害を減らすのが狙いではないか。
実際に、一団が消え去った今もラベクの兵士の多くは立つことすらままならない。
立ち上がったは良いが、ラベクから離れるべく逃げ出す兵士すら見える。
木村もようやく足が動くようになったので、カクレガの改修をしに行く。
冥府の王の時も改修したのだが、どうやらまだ足りていないようだ。
キャラが大量に増えて部屋を増設したので、家具ポイントは減っているがまだある。
カクレガの能力を一段階ずつ上げておくことにした。
ブリッジに戻ると人数が減っていた。
ウィルとシエイ、それにフルゴウルは医務室へ連れて行かれたのだろう。
どうやらおっさんとモルモー、それにペイラーフが手を貸したようで、彼らの姿が見えない。
ゾルとボローの言葉数が少ないコンビが残っている。
「キィムラァくん。カゲルギ=テイルズのキャラが来たよ。ほら、見てみて」
ケルピィもいた。
彼の声に従いモニターを見れば、変な光景が映っている。
荒野の真ん中に三人の姿が見えた。
そのうち二人は知っている。
一人は特殊能力持ちのアフロことロゥである。
もう一人の女は、名前こそ忘れたがロゥを召喚した女だ。お偉いさんの娘だった。
彼女は半ば発狂しており、ロゥが彼女を後ろから抑えている。
残りの一人は初めて見た。
間違いなくカゲルギ=テイルズのキャラだろう。
この世界にはない機械風のバイクの横で、人に近い姿の獣人の女が困っている。
モチーフはリスだろうか。
細身だが人並みの身長はある。尻尾はやや大きい。
テイとは違うタイプだが種類としてはかなり似ている。
手には箱のようなものを大切そうに抱えていた。
お偉いさんの娘が暴れているのを、ロゥが止め、リスの女がバイクを盾に防いでいる構造である。
謎の馬ラクダ二頭は、三人の騒動を興味なさげにぼんやり眺めていた。
どうしようかと見ているとおっさんが部屋に入ってきた。
そして開口一番にこう言うのだ。
「キィムラァ。イベントミッションが出たぞ」
木村は嫌な予感を感じた。
過去にもこの手のミッションはあった。
しかも、その進行ミッションは最初からクライマックスのような内容だった。
「ミッションの内容は?」
「ファーストミッションは『ワルキューレの戦闘姿を一枚撮影する』だ」
地獄だ。
近づくことすらままならないのに、写真を一枚撮影しろ? しかも戦闘の?
第一、そのミッションにはそもそも大きな問題がある。
「撮影って言うけど、カメラは――あっ」
木村がモニターを見る。
偉そうな女が、リスの獣人を追い詰めているところだった。
木村はそのリス獣人の手元を見つめる。彼女の手元の箱らしきものはカメラに見えなくもない。
「蛮族! それを渡しなさい!」
「ダメです! このカメラは絶対に渡せません! あたしの命です!」
正解だった。
リス女が箱を守るようにうずくまった。
偉そうな女は、容赦なくリス女に襲いかかっていく。
「それでは命ごと奪い取ります! ロゥ! なぜ私を抑えるのですか! 早くこの蛮族を! この蛮族は先ほどの魔族どもの仲間です! 悪魔ですよ! 早く殺してしまいなさい!」
「馬※言ってんじゃな∮よ!」
ロゥが必死に、暴れる女を抑えている。
見た目がアレなロゥがもっとも思考ではまともかもしれない。
「あたしはワイルドハントを撮影するまでは死ねません! 死後の世界だって撮影しに行くんですから!」
リス女が叫んだ。
木村はタイトルの意味を不本意にも知ってしまった。
キーマンが勝手にやってきた。どちらかと言えばキーウーマンだが、どちらでもかまわない。
理解した。
死後の世界を撮影したいから、あたしを「ワイルドハントで(死後の世界まで)連れてって」だ。
この命知らずで愚かなリス女が、今回の無理難題を作り上げた戦犯に違いない。
「ロゥ! 早く! この悪魔を殺すのです! 死骸を晒し、我々の正義を示すのです!」
「あぁ……、ああああ∋ああああぁ!」
「なにを、ぁ――」
「ヒェェ」
ロゥが女の首を絞め、とうとう意識を刈り取ってしまった。
彼は白目を向いて倒れる女を見て頭を抱える。リス女も彼の姿を見て、恐怖で怯えていた。
「どうしておいらはこ#なところでこんなゞとをしてんだぁ。もう帰¢てぇよ」
ロゥがアフロをかきむしっている。
アフロはもっさもっさと揺れながら、彼の苦悩を現していた。
木村も頭を抱えている。
ファーストミッションに、特殊能力者に、マスゴミリスに、ワルキューレの騎行、それに現地の居丈高女。
混沌の様相を呈するイベントはまだ始まったばかりである。
84.イベント「ワイルドハントで連れてって」2
イベント「ワイルドハントで連れてって」が始まった。
……始まってしまった。早急に終わって欲しい。
イベント開始五分も経たず、木村の頭はすでにパンクしかけている。
彼も、自身がいっぱいいっぱいになっていることに気づき、ひとまず深呼吸をした。
「状況を整理しよう」
まず、一体ですら持て余すゲイルスコグルとその愉快な仲間たちが十体以上出てきた。
この時点でもう手に負えない。
次だ。
モニターを見る。
ラベクで会った特殊能力者と偉そうな現地代表の娘。
ちなみに現地代表の娘は発狂し、特殊能力者に首を絞められて気絶中。
首を絞めた特殊能力者のアフロは、倒れた女を見て、「ああぁ」と呻いている。
彼とはなんとなく話が合う気がした。木村もよくアコニトの首を絞めてやりたいと思うことがある。
次にカゲルギ=テイルズのキャラであろうリス女。
さきほどまでは背が高く見えたが、今はかなり小さく見えている。
テイと同様に、追い詰められたときは背を伸ばして、自身を大きく見せる習性があるのかもしれない。
バイクらしき乗り物に跨がり、エンジンをかけようとしているが、どこかが故障してしまったようで動かず、「ハワワ、ハワワ」と焦り、涙目になりつつある。
そして、彼女の肩にはカメラと思われる箱が斜めに掛けられていた。
最後にミッションだ。
――ワルキューレの戦闘姿を一枚撮影しろ、とおっさんは言った。
この撮影には、リス女の持っているカメラが必要になることは容易に想像がつく。
ミッションと外の様子はわかった。
続いて木村たちの状況だ。
異世界組は壊滅と考えて良い。
ウィルとシエイは震えるを超えて気を失った。
どこかから聞こえていたセリーダの笑い声も、いつの間にか聞こえなくなっている。
フルゴウルも、一人で立ち上がることができず、モルモーにより部屋に連れて行かれてしまった。
ゾルとモルモーもあのワルキューレを相手に戦えるとは、実力的にも関係性的にも思えない。
本来は彼女たちがあちらのメンバーに入っていてもおかしくないのだ。
一人は実際過去に入っていたようである。
すなわちメインメンバーで戦力としてカウントできるのは片手で足りる。
アコニト、ボロー、テュッポ、ペイラーフくらいだろう。
バランスは悪くない。
攻撃、防御、防御兼攻撃、回復と安定した攻略が期待できる。
もちろん相手が普通の魔物の場合だ。
木村でも明確にわかる。
今回の相手は、絶対に戦いにすらならない。
戦わせようとすら思わないし、思えない。希望皆無の状況だ。
人、これを絶望と言う。しかし、木村は現状にさほど絶望していない。
「よし」
方針が決まった。
状況を整理したことで、木村は己が何をすべきかわかった。
「今回のイベントは見送ろう」
声に出して諦めを宣言した。聞き手は無言のキャラだけだ。反応もない。
とにかく何もしないことが最善だと判断した。
イベントを進めないことへのデメリットが今回は少ない。
冥府と違い、脱出ができるかできないかや、食料問題がないのだ。
だいたい、だ。
まず、最初の課題からして無理難題が過ぎる。
ワルキューレが戦う姿を撮影しろとかどんな無理ゲーだと。
光の槍が何本も落ちるところで「はい、ピース」と撮影できるか?
――無理だ。
しかも、それをしでかす存在が軽く十体以上だ。
空を光の槍が覆い尽くす可能性だってありえる。カクレガでも近寄りたくない。
モニターに映る影三つも相手にしない。
関わると間違いなく碌なことにならないだろう。スルー推奨だ。
「やめやめ、解散」
ボローやゾルはさっさと部屋から出て行った。
木村も倒れた椅子を元に戻し、ウィルらの様子を見てから、自室に戻ることにした。
木村はブリッジの扉に向かう。
やや後ろめたさはあるが、木村は勇者ではない。
彼らを救う優しさも、ワルキューレを撮影する勇気も、イベントを進める根気もない。
ないないづくしだ。
気が向いたら、ラベクにもう一度様子を見に行くくらいにしよう。
Ninjaキャラが妹と亡命を希望するなら、受け入れるくらいはせめてしてあげよう、と木村は考えた。
ブリッジの扉が開いたところでロゥの叫びが聞こえてきた。
「頼▲! だ@か! おいらを助けてくれぇ!」
木村は振り向きかけたが、動きを止めた。
ロゥの顔を見れば、助けようと彼の体は動くかもしれない。
彼の決めた選択肢は無視である。あっさり決定を変えれば意志の軽さを笑われる。
手を握りしめ、歯をグッとかみしめた。
うん、と一つ頷いて木村は目を開ける。見つめる方向は廊下だ。
「キィムラァくん」
ブリッジからケルピィの声が聞こえた。
やや困惑している気配を感じる。
「カクレガの入口が開いたけど、キィムラァくんじゃないよね?」
「え?」
振り返らないと決めたのに、あっさり振り返ってしまった。
モニターを見つめると、様子が変わっている。
ロゥとリス女がこちらを見ていた。
さらにリス女の故障したはずのバイクが動きだし、モニターの方へ近づいてくる。
「カクレガの出入り口が開いたって言うのは?」
モニターの映像からでは、出入り口が開いたことは確認できない。
ただ、彼らがモニターの撮影部を見ているので、何か変化が起きていることはわかる。
「映像では見えないけど、出入り口が勝手に開いたよ」
「勝手に? おっさんじゃなくて?」
「彼は訓練室にいるね。入口の変化に気づいたようで向かってる」
おっさんではない。
そうなるとあり得るのはいつもの迷惑神である。
「アコニトが酔っ払ってるのかな?」
「彼女は喫煙室で首を吊ってるみたいだね」
どうやら入口を開けたのは酔っ払いの仕業でもなさそうだ。
そうなるといったい誰が開けた?
何が起きているのか?
「気づいた? キィムラァくんの話だとアフロの彼はうまく言葉が聞き取れないんだよね。僕も最初の声は聞き取れなかったよ。でもねぇ、最後の『誰か助けてくれ』って言葉は聞き取れたんだ。もしかして、彼の特殊な力はそのあたりにあるかもしれないよ」
あいかわらずケルピィは冷静に分析をしている。
言われてみれば木村も、ロゥの「助けてくれ」という叫びはきちんと聞き取れた気がした。
「リスの子がカクレガに入ってきたね」
「……ちょっと行ってみます」
木村の決意はあっさりとひっくり返された。
彼自身も自らの決意なんてその程度のものなんだと自虐で笑ってしまう。
せめて深入りすることを避ければいいだろう。
「…………ん?」
木村が出入り口に向かう途中で、一つの異常に気づいた。
「アコニトが、喫煙室で首を吊ってる? どういうこと?」
アコニトの話の真偽が気になりつつも、木村は出入り口にたどり着いた。
奇妙な光景だった。
おっさんが腕を組んで、バイクに乗るリス女を見下ろしている。
バイクはまた動かなくなったようで、リス女も固まっておっさんを見つめていた。
どうやら背を大きく見せたのは敵に対する行為のようで、怯えているときは動作をやめて固まるようである。
リス女はまばたきどころか、目さえもまったく動かさない。
見ている木村の方が大丈夫かなと不安になった。
「あああああぁぁああゞああ。おっ∑い!」
アフロ頭もカクレガに入ってきた。
現地人女を連れてきたようで、中に入ると女を地面に転がした。
カクレガの入口がパタリとしまり、木村はわずかな加速度を体に感じた。
どうやらキーキャラクターが乗船したため、カクレガ号は出港してしまったらしい。目的地はワルキューレ部隊だ。
止まって欲しいと切実に木村は感じた。
「あっ、こ/前の。も≡かして、ここすみ?」
緊張感が一気に失われた。
木村もいろいろと諦めて、すぐ近くの地図部屋に案内することにする。
地図部屋の椅子でロゥ及びリス女と机を囲む。
ルーフォが気を利かして飲みものを持ってきてくれる。
しかし、彼女の姿がむしろ彼らを余計に緊張させた。霊体を見るのは初めてらしい。
なおバイクはおっさんが部屋まで、担いで持ってきた。押せば良いのに……。筋肉を試す良い機会と思ったのだろうか。
軽く自己紹介したところ、リス女はヘルンというらしい。
フリーのジャーナリストをしており、今は神々の住人と死後の世界をおいかけているとか。
ロゥはすでに知っているのだが、気絶させた女はカリーフという名前だと聞かせられた。
やはりサナの娘であり、四姉妹の三女らしい。
「ひょっとすると、ここはすでに死後の世界ですか?」
ヘルンが問いを投げてきた。
先ほどのルーフォを見たためだろう。
もしも木村が逆の立場でも同じ問いをするかもしれない。
ヘルンはサッとメモ帳とペンを取り出して、聞き取る態勢である。
一言一句聞き漏らさないという心意気を木村は感じた。
「違います。ただ、カゲルギ=テイルズの世界から見ると、ここは異世界になりますね。異世界を死後の世界とするなら同じものかと」
「異世界? カゲルギ=テイルズとは違う世界だと? 証拠がありますか?」
ヘルンは木村が無害だと判断するとグイグイと質問をしてくる。
木村の言葉を聞き、あまりに突飛な話に少し馬鹿にしている印象が見られる。
木村としても彼女の態度はおかしなものではないと考えている。
いきなりここは異世界ですと言われても納得できないだろう。
なお、このヘルンは大きな人間が怖いらしい。
おっさんが近寄ってくると、固まるのは見ていておもしろいと木村は思った。
ちなみにおっさんは距離を取って、こちらを見ている。彼の地獄耳ならこの程度の距離は、離れていると言えない。
木村はヘルンの質問内容を吟味する。
異世界の証拠を出せ、と言われても彼はすぐに思いつかなかった。
地球人に言われたなら、誰かに魔法でも使ってもらえば何となく納得する。
それに獣人を見せても良い。だが、それらが備わった異世界の住人に異世界の証明はどうやるのか……。
異世界の住人であるウィルやシエイならまだ案があるのだろうが、木村自身もまた異世界人なのである。
木村は何かないかと見渡して、ちょうどこの部屋を象徴するものを見つけた
「質問を返してすみません。ヘルンさんはどちらから来られたんですか?」
「……アンカスタです」
「そうですか」
そうですか、と言いつつ木村はさっぱりわからない。
別にわからなくても良い。
「この周辺の地図はご存じですか?」
「もちろん。持っています」
「それはちょうど良かった。後ろの壁にも周辺の地図がありますので、ヘルンさんの地図と見比べてみてください」
ヘルンは振り返って地図を見た。
その後、たくさん付いたポケットの一つから紙切れを取り出して見比べる。
「どこですか、ここは?」
「パルーデ教国の中心からやや東にいった場所みたいですね」
「パルーデ教国?」
木村は地図を見たままで答える。
ワルキューレたちのマークが可愛い馬の印で描かれているのは卑怯だ。
デフォルメと現実の差がありすぎる。優良誤認と言われてもおそらく誰一人として反論できない。
ワルキューレたちは思ったよりも移動スピードが遅い。
混成集団だから、一番遅い人物に合わせるのかもしれない。
カクレガが集団に近づきつつあることが地図でもわかる。もっとゆっくりで良いのに。
異世界の証明にはならなかったが、何かに巻き込まれていることは理解してもらえた。
その後は、ヘルンがやや驚きつつもメモを必死に取っているのを見て、木村はたくましさを感じた。
これだけでも帰ったときに特大の記事になると、顔は喜びを隠せていない。
「ヘルンさんは――どうしてワイルドハントを追うことになったんですか?」
木村は本題を尋ねた。
今の今まで彼女の質問に懇切丁寧に答えていたのは、全てこの質問に関して嘘偽りなく答えて欲しかったためだ。
もしも気に入らない回答なら、カメラだけ奪って彼女は外に捨てて行こうと真面目に考えている。
「取材の依頼があったんですよ」
ヘルンもニコニコとご機嫌な様子で答えている。
このあたりの顔がテイとよく似ている邪気がなくて可愛いと素直に木村は感じた。
個人的には怯えて固まっているときの顔の方が趣味なのだが、これはこれで自らの黒さが払われる笑顔だ。
カクレガの中を写真で撮っていいか聞かれたので、ヒト以外なら別にかまわないと返事をした。
スマホのシャッター音とは違うアナログの機械音が聞こえてくる。
祖父がカメラが好きだったなぁと木村は思い出す。
高いレンズを黙って買って、祖母にホウキで叩かれていた。
なんでもヘルンは元は大手企業の記者だったが独立したらしい。
ところがなかなかスクープが見つからず、困窮しつつあったところで特ダネの取材依頼が来たらしい。
特ダネどころか、取材の依頼料、準備資金まで出すとのことでホイホイ乗っかってしまったようだ。
ヘルン本人は「自らの実力に気づいてくれている人がいるのだ」と誇っていた。
残念ながら、木村はヘルンの考えが間違いだとわかる。
彼女は捨て駒にされている。おそらく彼女の依頼者こそが黒幕だ。
王都で会ったシエイの姿をした三流女神が、木村の脳裏にちらついた。
ヘルンがいなくなっても困らない存在であり、彼女に払われた依頼料は、そのまま彼女の命の値段となる。
そもそも依頼がそれだ。死後の世界を撮ってこいとは、死ねと同義だろう。
「すごいですね。地下にある移動施設とは思えません」
「そうだろう」
気づけばおっさんと意気投合している。
カクレガを褒められておっさんも悪い気はしないようだ。
なお、ヘルンはやはりおっさんが怖いのか、両者の距離は木村を挟んで軽く三人分ある。
彼女もまた被害者だとわかり、木村は彼女への怒りが薄らいだ。
持って帰るためカメラでたくさん写しているが、きっとその写真がカゲルギ=テイルズの世界に出回ることはない。
きっと彼女自身が生きてカゲルギ=テイルズの世界に帰ることはないな、と木村は考えた。
考えるだけで彼女には伝えない。きっとその方が幸せだろう。
せめて安らかに死ねることを祈るだけだ。
「それでロゥさんは……」
木村が話をようやくロゥに振る。
しかし、彼は椅子に深く腰掛けたまま眠っていた。
アフロが前後に揺れている。
木村は彼を起こさないようにした。
お茶は軽く飲まれた痕跡がある。睡眠剤はもちろん混入していない。
どうやらここが安全な場所とわかり、安心したためか疲れが一気に出て眠ってしまったのだろう。
木村は彼の気持ちがなんとなくだがわかる。
どこか変な場所にいきなり召喚で連れてこられ、木村のような不可思議な力も、チュートリアルおっさんも与えられていない。
相棒から引き離され、頼りになる仲間どころか、ブラック領主の娘にこき使われ一年を過ごした。
そして、ワルキューレの騎行だ。
昨夜からの緊張状態で、あのワルキューレたちを見て、腰を抜く暇も与えられず、馬鹿娘が追いかけ、それを止める立場だ。
おそらく昨日からまともに寝ることができなかったんだろう。
木村はヘルンやおっさんに、口元に指を当てて示し、彼を起こさないよう伝えた。
両者とも察して、ヘルンはロゥの寝顔を一枚撮影する。
そんなもんを撮影してどうするんだと木村は思うが、確かに見た目はインパクトがある存在だ。
異界の地の住人としては、わかりやすい一枚になるかもしれない。
ヘルンはついでに気絶したままのカリーフも撮影した。
ふと木村は疑問に思った。
カリーフたちはなぜあの場にいたのだろう。
ラベクから離れ、ワルキューレがいた場所でヘルンと揉めていた。
カリーフらがあそこまで移動したことになる。
見た目の割に常識的なロゥが、わざわざ動いたとは思えない。
そうなると当然として、この気絶女があそこまで移動したということだ。
誰もが恐れおののき立ち尽くすか逃げ惑う中で、実力はともかく戦う意志をまだ持っていた。
これはある意味ですごいことだろう。木村ですら恐怖で動けなかった。
あるいは恐怖を払う洗脳教育こそが褒め称えられるべきだろうか。
もしも彼女の姉妹も同じことをするのなら、その先にあるものは――。
木村の案ずる答えはすぐに出た。
カクレガはワルキューレ部隊と並行して移動している。
彼らは休憩もなく走り続けるかと思ったが、普通に休憩もするようだ。
神々や魑魅魍魎達が外で一群となって休む光景は、ここが地獄と呼ばれてもおかしくない光景である。
カクレガもいちおう配慮があるようで、戦闘になりそうな距離では止まらなかった。
しかし、外に出たいとは思えない。ブリッジのモニターから見るのが精一杯だ。
「まずいよね」
ケルピィの声は、言葉とは裏腹にさほどまずいとは感じていない口調だ。
彼らが進むであろう道の近くに都市がある。
ナドバの都らしい。
パルーデ教国でも一、二を競う規模の都市だ。
ちなみにラサの娘四姉妹の長女がこの都にいるとロゥは話した。
話してくれたロゥやカリーフは、今は部屋を与えて休んでもらっている。
ロゥは間違いなく休んでいるのだが、カリーフはペイラーフに支給してもらった薬で眠っている。
最初、彼女は目を覚まし、ルーフォを見て侮蔑的な発言が飛び出した。そのため、木村としても彼女にはずっと眠ってもらいたかった。
木村を侮蔑するなら聞き入れるが、アコニト以外のキャラを悪く言うなら彼としても厚く遇することはできない。
ロゥは、とりあえず今後の動きや状況がわかれば伝えることで納得してくれた。
納得というよりは、カリーフの面倒をみなくて済むだけだけで大助かりとのことである。
ヘルンはブリッジにいる。
あれこれと写真を撮って、物珍しそうにしていた。
モニターに映るワルキューレを写真で撮っているが、さすがに外に出る勇気はないようだ。
「部隊を展開してるよ」
モニターの映像が右に右にと動いていく。
レンズが望遠になり、荒野の中に大きな建築物が見えた。
距離はまだまだあるが、すでに建造物の周囲で豆粒のような人がいくらか陣を敷いている様子だ。
「まずいね」
「実力差がありすぎるって気づいてくれればいいけど」
ラベクでの距離は理想的だった。
弱い人間でも実力がはっきりと伝わり、かつ攻撃も進路妨害もできないものだ。
しかし、今回のナドバは違う。かなり広範に渡り人を配置し、魔物の進行に合わせて阻止すべく集結する段取りだろう。
この距離ではまだ魔力をはっきりと感知できていないのだろう。
木村の見たところでは、まだナドバの兵士達に余裕が見えている。
現代であればラベクからナドバに連絡がすぐ送れる。
「敵極めて強し、軍を退かれたい」と送れば情報が伝わる。
そういった連絡手段が異世界にもあるのだろうが、今回の場合は伝わっていない。
あるいは伝わっていてなお配置しているのか。
ちなみに、木村たちもただ手をこまねいているわけでもない。
メッセに頼み、彼らに伝言を送ってもらった。
危険性を正確に伝えたのだ。
しかし、ナドバ側からの返信は一笑である。
「我々は恐れを知らん。彼らは止められる。黙って見ていろ」と言う。
津波の恐怖を知らない人間と同じ原理ではないか。
距離があるから小さく見え、魔物の大きさと規模、脅威がきちんと理解されてない。
さらに、魔物討伐が彼らも得意なようだから危険とはわかっていても、他の小さな魔物と同じ気持ちで考えている。
野次馬気分で彼らの実力を見てみたいと思っている一面もあるのかもしれない。
甘すぎる。
彼らに必要なのは一刻も早い避難だ。
津波と違って、家の中に引きこもるだけの簡単な避難である。
来てから退けば良いなどと思っているに違いない。ワルキューレたちの進む道の上に立つことの危険性がまるでわかってない。
そして、時は来た。
ワイルドハントの休息は終了し、彼らが列をなす。
先陣を切るゲイルスコグルが走り出すと、他の神々も後に続く。
カクレガも彼らと並行して進み出した。
地図を見れば、人々の部隊配置までちゃんと表記されている。
兵士らの指揮官は戦術論では有能なのだろう。
ワルキューレの進行方向をすぐに見極め、人々のマークがワイルドハントを遮るように動く。
もはや止めることはできない。
ウィルがまともならば、魔法で危険を知らせるくらいはできた。
ワルキューレにやられる前にウィルの魔法で彼らをどかすことも選択肢にあった。
「メッセ」
『ダメです。返答をしてくれません』
彼女は首を振った。
木村たちにできることはもはや何もない。
「……ヘルンさん」
「はい」
「写真を撮りに行きませんか?」
彼らを助けることができないなら、せめて利用するしかない。
最初のミッションである「ワルキューレの戦闘姿の撮影」を達成する良い機会だ。
別に木村たちとの戦闘とは言われていないので、原住民との戦闘でも映せば達成されるだろう。
「あたしは、……モニターでも良いですよ」
安全だからだろう。
それに魔力は感じずとも、彼らの一団に気圧されているようだ。
「写真の撮影は、モニター越しでもいいの?」
「ダメだぞ」
おっさんに尋ねる。
やはり生で撮らないとダメらしい。
生で撮るとモニター越しと違い、画に臨場感が出るだろう。
それこそが木村のもう一つの狙いだ。
犠牲にするならせめて彼らの行く末を生々しく伝えたい。
彼らの犠牲になった写真こそ、次の犠牲を減らすために必要なものだ。
良くも悪くもではあるが、口頭だけでは伝えられないものが写真にはあるはずだろう。
「カクレガはある程度の位置取りはできるの?」
「近づきすぎなければ可能だぞ」
おっさんが指で地図をさす。
危険域と思われる領域が赤で表示され、カクレガが移動できる範囲を示した。
「ヘルンさん。あなたがワルキューレの脅威を伝える写真を撮るとすれば、どこで撮影しますか?」
ヘルンは最初こそ怯えた目つきだったが、意を決したのか腰を据えて地図を見る。
実際にモニターと地図を交互に見た。
「高低差をマップに映し出せませんか?」
ヘルンから要望が出た。
おっさんを見たが無理そうだ。
「ケルピィさん、可能ですか?」
「やってみるよ。あれ? マップじゃなくて立体でもできそう」
ケルピィが処理を始めた。
ブリッジの机の上に、3Dのようなマップが浮かび上がる。
ワルキューレに模した可愛げな馬と、人を模した駒がちょこちょこ動いている。
カクレガの位置も表示され、三者の位置、それに戦闘想定区域の付近での高低差が目で見えるようになった。
「すごいですね。こんなこともできたんですか」
「僕も驚いた。たぶん、ヘルンさんが効果を及ぼしてるのかも」
ヘルンは名前が挙がったが、もはや聞こえていない。
机の横をあちこちと移動して、指で枠を作り、どういう構造で撮るか吟味している。
「彼女のキャラ効果ですか?」
「そうだねぇ。僕だとこんな発想がないし、地図に高低差の色を付ければ良いくらいに考えてたから」
木村としては、正直に言ってヘルンを馬鹿にしていたのだが、切り捨てられるには惜しい存在な気がした。
勝手にどこかでのたれ死んでくれれば良いという思いが薄れてきていると感じた。
こんなことを思う自分は何様なのかとやや自らへの嫌悪感も出てきている。
「ここにしましょう」
ヘルンが示したのは、ナドバ防衛線の真後ろだ。
木村も彼女の意図が理解できる。迫り来るワルキューレを正面から撮るのだろう。
「ここは――」
「わかってます。最初だけです」
言われることは想定済みだったようだ。
真正面で撮るのはわかるが、間違いなく進路上だ。巻き込まれる。
「次にここへ移動します」
真正面からややずれて、低い位置を示す。
「神々を見上げるように映します」
その後もいろいろと案を示す。
木村も聞いていたが、途中からは彼女のイメージと自らのイメージが一致しなくなってきた。
とりあえず実際に撮影してもらうことにする。
カクレガはワルキューレたちを追い越して、ナドバ防衛線の後ろへ回り込んだ。
モニターからは、ワルキューレの迫り来る様子が見える。
兵士達も彼女たちの大きさや魔力を感じ取ったのか。慌てている様子がわかる。
「早く出ましょう。彼らが逃げ初めてからでは遅いです」
彼女はさっさとブリッジを出て行く。
スイッチが入るタイプのようだ。怯えている様子が今はまったくない。
撮りたい画を撮るためなら、周囲が見えなくなるタイプだ。おそらく迷惑も考えないタイプだろう。撮り鉄かな。
さっそく彼女たちと外に出る。
防衛線からも距離があり、彼らの意識がワルキューレに向かっているためか木村たちは気づかれていない。
いちおうおっさんに頼んでロゥも連れてきてもらっている。
彼も生き証人としてナドバ兵の最後を見てもらう。
「正面から見ると、横で見るよりもずっと怖いね」
ワルキューレも縦長から横長に陣を変えている。
十体以上の巨体が横に広がり、ローラー作戦のごとく兵士らを潰そうと迫っていた。
「無/だ。逃げ◆! 逃≒るんだ!」
ロゥが叫ぶ。
しかし、彼の声は届かない。
ワルキューレたちの作り上げる地響きに消されている。
「撮れました」
「キィムラァ、急ぐんだ」
「ロゥさん。行きましょう」
ロゥの腕を木村は引くが、彼はまだナドバの兵達に逃げろと叫び続けている。
木村はおっさんに頼んでロゥをカクレガに移してもらった。
さらにカクレガで移動し、ワルキューレの進路方向から位置をずらす。予定の位置とはやや違う気がした。
木村たちがカクレガから出ると、まさに戦闘が始まるところだった。
「良かった」
木村は安堵の言葉が出た。
戦闘が始まる前で「良かった」という意味ではない。
被害が想定より抑えられそうで良かったという意味の「良かった」だ。
絶対に勝てないとようやくナドバ側も理解したらしい。
兵達もかなり逃げている。なにより都市からズレて移動していることに気づいたことが大きいのではないか。
もしもまっすぐ都市に向かっていたら防がざるを得なかったが、進路がずれていたのでナドバの兵達も死に物狂いで守る必要がなくなった。
それでも幾分かの被害は出るだろうが、全滅の可能性は間違いなく消滅した。
これだけでも御の字というものだろう。
「……あぁ!」
ロゥが叫んだ。
彼が見ている先を、木村も見るがロゥが何を見ているのかわからない。
ただ、ナドバの兵達の防衛戦にひときわ大きな人が立っていたのが見えた。
その近くにはカリーフと似た服を纏った女性が見える。
木村も二人が何者かを想像することができた。
カリーフの姉と彼女が召喚した人だろう。
二人は逃げ遅れた人に命令を下している。
一人でも多くの兵を逃がそうと尽力していた。
もう遅い。
ワルキューレは止まらない。
二人は兵達に命令し、逃げるよう指示した。
指示した二人は逃げない。ワルキューレの前に立つ。
兵士達が逃げる時間を稼ぐつもりのようである。
「ダ×だ。早◆、早く逃げ∮!」
〈ヒリィ! セコォメッラシー! リューゲッド。エッド、ゼッ!〉
懐かしの叫びが聞こえた。
不思議だ。兵士達の叫び声は聞こえないのに、ワルキューレの叫びだけは聞こえてくる。
〈サイクワール! メッラ! ゲッド。エッ、レイ!〉
〈カルガラース! サラムダーク! リュード、サイ!〉
〈カイ! シーハーク! メルセイグラード!〉
〈ゼンラァース! ハルメドラーノヤス!〉
様々な声色でワルキューレが叫ぶ。もはや合唱だ。
合唱と同時に光の槍が、炎の竜巻が、無数の剣と斧が、地面から突き上がる杭が彼女たちの進路を阻む兵達に襲いかかった。
まるで容赦がない。
屍竜をあっさりと倒す彼女たちの攻撃が兵士達に向けられている。
ある意味で優しさなのかもしれない。中途半端な攻撃ではない。進路上のあらゆる存在が消えて跡形もなくなった。
木村とロゥは絶句している。
あまりにも凄絶だ。強いとかそういうレベルじゃない。無理だ。
空を流れる雲にむかって、「俺が雲を食い止める!」と叫ぶ馬鹿がいないように、この光景を見て彼女たちの行進を止めるという奴がいるとは思えない。
ヘルンの持つカメラだけがカシャカシャと、腹が立つほど小気味良い音を出している。
彼女はカメラのシャッターを押し続けていた。移動することも忘れてワルキューレが立ち去るときまで言葉を発することはない。
木村もヘルンに撮ってくれと言った手前で、こういうことを言うのはなんだが、果たして写真で伝わるか不安になった。
生で撮ることの重要性はあると思ったが、生でその場にいる重要性が勝りすぎると感じた。
先も感じたとおり、今なら絶対に彼女たちの前に立ちたくない。
だが、写真だけ見せられて伝わるだろうか。
極論すれば写真はただの画だ。叫び声と音と空気の振動が伝わらない。この世界なら魔力もだ。
木村はそここそが重要だと思う。ただ、撮り方しだいでは、恐怖もきちんと伝わる可能性もある。
必死にシャッターを押し続けたヘルンの腕前に期待することにした。
「キィムラァ。ミッションが達成されたぞ」
おっさんが沈黙を破った。
どうやら無理だと考えられたクソミッションが完遂されたらしい。
経験上、最初のミッションが特にきつく、徐々に簡単になる印象がある。きっと次は簡単だ。
「次のミッションは“ワルキューレの任意の一体とツーショットを撮る”だ」
木村は耳を疑った。
「ごめん。もう一回言ってもらっていい?」
「ああ。次のミッションは“ワルキューレの任意の一体とツーショットを撮る”だ」
「……ゾルでもいいの?」
「ダメだぞ」
木村は思わず笑いが出る。心からの笑いだ。
確信した。普段からクソイベばかり作っているが、今回のイベントは輪をかけてクソイベントだ、と。
いったい今回のミッションを作った奴は何を考えてるのか。
このミッションを作ったのは誰だ。
「どうなってんだよ、カゲルギ=テイルズゥ!」
木村は思いの丈を叫んだ。
しかし、誰も反応を示さない。
ヘルンは凄惨な戦場跡地を撮影し、ロゥは唖然と戦場跡地を見ている。
おっさんはにこやかに木村を見つめ、木村は天を仰ぎ見る。
空はどこまでも続き大地と繋がる。
まるでイベントに終わりがないことを示しているようだった。
85.イベント「ワイルドハントで連れてって」3
木村はブリッジで頭を抱えている。
今後のことを彼の足りない頭で必死に考えていた。
最近では珍しく一人で悩む。
まず、ワルキューレ進行の被害にあったナドバは滅んでいない。
それどころか損害は極めて小さいと言って良い。
人的被害がそこそこあった程度だろう。
都市が滅びはしないとは、事前に木村も考えていた。
ワイルドハントは進行であり、侵攻ではない。……ないはずだ。
実際、彼らは都市をきちんと避けて通っていた。進行ルートを邪魔しない限りは手を出してもいない。
進行ルートの邪魔も、ワルキューレたちの脅威により、塞がろうとする意志を大幅にそぐものとなっている。
そのため、人的被害は木村が想像しているよりも確実に少なかった。
間違いなく百名も死んでいないだろう。
ただし、ナドバでの比較的少ない人的被害の中にサナの娘であり、カリーフの姉もいたことだ。
名はラビアだったらしい。彼女の召喚したであろう被召喚者も進行に巻き込まれた。
戦場に残された遺品は何もない。塵も残さず消し飛ばされた。
ロゥ曰く、長姉ラビアの召喚した男はかなり強かったようだ。
ロゥも手合わせをしたが勝負にならず、それでいて優しさも持ち合わせていたとか。
教えに洗脳されていても、あの場面で兵を退かせ、自らが盾になり兵を逃がそうとする姿勢は木村も見習うべきものがあったと感じる。
惜しい存在をなくした。
ロゥは彼女たちが亡くなったことを、どうやって妹のカリーフに伝えるかで頭を抱えていた。
木村も彼女たちが亡くなったことは痛手だ。
彼女たちが生きていれば、一緒に連れていって他の都市の説得をしてもらい、被害も減らせただろう。
……ないものねだりをしてもしょうがない。
今はただ、未来のことを考える。
次のミッション――ワルキューレとツーショットを撮る、だ。
「無理だろ」
無理だ。
木村の発言も思考も無理しか出てこない。
ワルキューレ同士のツーショットならチャンスはあるが、おっさんに尋ねると片方はカクレガのキャラか木村自身である必要があるとのこと。
「……無理だろ」
遠近法での距離を利用してのツーショットもありか尋ねたが、現実で隣り合ってのツーショットである必要がある。
「…………無理」
まず、カクレガがワイルドハントに近寄れない。
すなわち、ワルキューレの群れまで徒歩で行くことになる。モン○ンかよ、と。
「アコニトを特攻させるかなぁ」
木村は彼女ならできる気がした。
むしろ彼女以外の何者に、このミッションが成し遂げられようか。
しかし、彼女は最初に出会ったとき、いきなり槍で串刺しにされて光にされたのである。
「やっぱ無理かなぁ」
無理かもしれない。
木村が暗いブリッジの中で悶々と考えごとをしていると、部屋に光が差した。
「できました!」
声はヘルンのものだが、姿はおっさんだ。
おっさんの後ろからヘルンが現れて、手に持ったものを木村に見せつける。
「なぜ明かりを付けないんです? 夜行性でしたか?」
「いや、考えごとをしてたから」
そうなんですね、とさほどヘルンは興味なさそうである。
彼女は素早い動作で木村に寄ってきて、机の上に手に持っていた写真を手際よく広げてみせる。
「よく撮れているでしょう」
急造した現像室で、彼女が撮影したワルキューレの進行を写真にしてくれた。
パソコンとプリンターで簡単に印刷できればいいのに。
「……すごいね」
木村はざっと見て正直な感想を告げた。
写真では迫力が伝わらないのでは? と思っていたが腕前でカバーできるようだ。
まず、ワルキューレが迫り来る光景。
横並びした見た目の似通ったワルキューレと、手前に小さくボケている人間。
人間達から対抗しようとした意志が消え去り、一目散に逃げようとしているのがボケていてもわかる。
何から逃げようとしているのかも明らかだ。
そして、場所が変わりワルキューレの放った魔法が逃げ遅れた兵士達を襲う瞬間だ。
兵士達の先頭で、彼らを逃がそうとワルキューレの前に立ったカリーフの姉とツレの逞しい男もアップで写されている。
その後の十数枚はあまりにも生々しい。
日本であれば、間違いなく規制がかかっているだろう。
人間が彼女たちの起こした現象により消し飛ばされる姿がありのままに写っていた。
見慣れてきた木村でも、あの光景のすさまじさが思い出され、冷たい汗が背中に流れるのを感じる。
最後はワルキューレが過ぎ去る姿と、過ぎ去った後の兵士達の姿だ。
兵士達は腰を抜かして倒れており、魔法によって均された地を見て怯えきっている。
さらにワルキューレの通行前後の光景が、ほぼ同じ角度、同じアップで写されており、彼女たちが通るとどうなるかが比較でわかる。
人も防壁も全てがなくなり、更地ができている。何も知らない人が見たら、前後が逆に思えるだろう。
「これを見せれば、抵抗する気持ちも減ると思う」
「でしょう!」
ヘルンはとても嬉しそうである。無邪気な笑顔だ。
画の内容が悲惨なものなのに、そんな嬉しそうな笑顔をされると木村としては違和感を覚えざるをえない。
木村としてはまだ最初のミッションをクリアしたばかりなので、彼女に対する苛つきもあった。
「次は、ワルキューレを間近で撮ることになりそう。ツーショットが必要だから」
「がんばってください! 望遠レンズでバンバン撮ります!」
お前はこないのか、と木村は思った。
彼は、もしもツーショットを撮ることになったら、絶対
しかし、ツーショットを撮る策がない。無策では近寄りたくもない。
「近寄れないんだよなぁ」
「許可証とかないんですか?」
「許可証?」
「はい」
ヘルンが言うには、記者をしていると記者用の
実際に彼女が持っている報道関係者用の入国許可証を見せてくれた。
名前や所属は当然として、入国される側の印も押されており、よほどの犯罪をしでかさない限りは自由な行動が認められるらしい。
もちろん彼女が持つ入国許可証はカゲルギ=テイルズのものであり、ここでは絶対に通用しない。
もしもラベクでカクレガに入れていなかったら、拷問の末に死んでいただろう。
「許可証ではなくても、何か彼女たちと縁のある物、あるいは人がないんですか? あれば交渉の余地がありますよ」
自信満々に言うが、誰が交渉するのか。
ヘルンは間違いなく自分を計算に入れていない。無理矢理連れて行こう。
ひとまず木村は考える。
そもそもモノがなければ意味のない話だ。
ゾルは縁があるのだが、そのままあちら側に連れて行かれそうだ。
いちおう関係者なので、最初の挨拶にはいた方がスムーズになるかもしれない。
モルモーもあちらと縁があるのだが、彼女は絶対にワルキューレとは会いたくないと拒否している。
これに関しては上司からの承認があるようで、木村も無理強いができない。
なぜそんなにワルキューレを嫌っているのかを尋ねたが、彼女たちに追い回された過去があるらしい。
それは可哀相に、としか木村も言えなかった。
他に縁があるものを考える。
以前、ゲイルスコグルと会ったが本当に会っただけだ。
その際にアコニトが刺されたので、縁と言えば彼女もあることにはなるが、許可証の類いではない。
きっと次は全方位を囲まれ斬ったり刺されたりする。
そうなると彼女たちと縁がありそうなモノは特にない。
「ワルキューレ以外でもいいんですよ。他にもいろいろいましたから」
「いや、ワルキューレ以外だと、もっとな……あるかも」
否定する直前で思い出した。
ワルキューレ以外だと顔見知りなんていない。
ただ、ワルキューレ関係のワルキューレではない神との縁があった。
「本当ですか?」
「うん。小言集だけど」
彼女たちのさらに上の者――オーディンから直々にもらった冊子だ。
「外に出るときは持っておけ」と言われたが、今は自室のベッドの枕元に置かれている。
内容は老人の小言集であり、つまらないものだ。あのとき木村は、自身の行いを注意されたので、外に出るときにも箴言を忘れるなという意味だと考えていた。
今思うと、あの冊子は許可証以外に考えられない。
ワイルドハントに巻き込まれるのを防ぐための魔除けではだろうか。
それなら「外に出るときに持っておけ」ときれいに繋がる。いろいろと捻くれた受け取り方をしてしまっていたようである。
「どう考えても許可証じゃないですか! 行きましょう! 準備してきます!」
ヘルンは部屋から出て行った。
仕事になるとノリノリになるな、このリス、と木村は思う。
彼もガチャではノリノリなので人のことを言えないのだが、自分のことは見えないものである。
とりあえずヘルンが望遠レンズを持っていても、巻き込んで連れていこうと木村は思う。
ゾルにも声をかけるため、採集素材部屋に向かった。
夜になっても行進は続くと考えていたのだが、別にそんなことはない。
ワイルドハントの目的が主に人間達への警告なので、夜は人間側から見えないので行進を止めるらしい。
いろいろと人間側に配慮した内容だが、そういう配慮が余計に混迷を生じさせると気づいて欲しい。
「行きましょう! 大丈夫です! このカメラは夜でも撮影できる優れものですから!」
ヘルンはカメラをとても大切にしている。
最初に私の命も同然と言っていたが、これは冗談でも比喩でもなかった。
前回もカクレガを出る直前に言われた。
「もしもあたしが死んだら、カメラを誰かに渡してください。私の意志は全てこの中にあります」と。
悔しいが、あのときのヘルンは格好良かった。
スマホが普及した日本では、全国民が撮影者になりえる環境があった。
その中でわざわざカメラマンに何の価値があるのか、と馬鹿にしていた木村だったが意識を改めさせられた。
「よし。ここから撮ります。それではお気を付けて。良い画をお願いしますね」
改めさせられた意識がまた元に戻りつつある。
安全圏内に位置を決め、ヘルンはやはり一緒に行かないつもりらしい。
「おっさん、ゾル。彼女を連れてきて」
「わかったぞ」、「はい」
「え?」
おっさんは当然として、一緒に外に出てきたゾルがすぐに動く。
「待ってください! あたしはここで! ここで撮れますから!」
「近い方が臨場感が出ますよ。近距離からツーショットをお願いします」
「い、いや!」
「カメラは丁重に扱ってあげて」
「いやーーーー!」
おっさんとゾルに悲鳴を上げても無駄だ。
この二人はオンとオフの差が激しい。仕事モードになった二人に抵抗は無意味である。
今回は少人数構成である。
キャラとしてはゾルとヘルンだけだ。
それに木村とおっさんを合わせてのわずか四名でワルキューレの群れに近寄る。
暗がりの夜道を、松明とぼんやりした月の明かりを頼りに進んでいく。
叫んでいたヘルンもワルキューレの群れが近くなり、完全に黙ってしまっていた。
さすがの木村も久々に緊張している。
命の危機は何度か感じているのだが、これほどの恐怖は久々だ。
たいていはおっさんかカクレガが守ってくれているのだが、それらを上回りうる脅威が迫っている。
異世界でいろいろと危険なところを回っているが、木村自身が死を感じたのはかなり少ない。
キャラはおもしろいくらい簡単に死んでいくが、自分はなんだかんだで安全圏内にいると慣れきってしまっている。
その例外として最初の犬の魔物、第一回目の討滅クエストは安全が担保されているとわからず、死を感じた。
さらに無竜との遭遇、ダ・グマガ渓谷、冥府の裁定場、歪み男の急襲と強さの次元が違う相手も死の恐怖があった。
これくらいだろう。実際にはもっとあったかもしれないが、木村は死の接近に気づかなかった。
今回の場面は、死の予感シリーズに新たに追加されるだろう。
おっさんもワルキューレに近づくとヘルンから手を離し、真剣な状態に移っている。
ゾルは相変わらずヘルンを抱えている。ヘルンは恐怖により固まった状態で動きを完全停止させてしまった。
ゾルの背中にくっついた金クワガタは角をカチカチと鳴らす。
もちろん木村も怖い。
オーディンからもらった小言集を手に持った状態で歩いている。
ワルキューレに近づいていくと、彼女たちも木村たちに気づき、ゆっくりと起き上がって歩み始める。
木村たちの歩みは遅くなる一方で、ワルキューレは数が増え、近づく速さが上がっている。
一体一体が木村の倍くらいの身長がある。横幅も同じだ。
それらが無言でじわじわと距離を詰める。
ついに木村たちの歩みは止まった。
同時に、ワルキューレも一定の距離を保って木村たちを取り囲む。
木村たちは――完全に包囲された。
木村は口を開けてかたまる。
「写真を撮らせてくれませんか」と言うつもりだったが、怖くて声が出ない。
ゾルは以前と同じように膝をつき頭を垂れて敬意を表している。
木村とヘルンは真似ようにも体が動かない。
おっさんも無言だ。
「我らが主の箴言を持つものよ。いかなる御用ですか?」
壁となったワルキューレらの隙間から、人型の女性が前に出てきた。
彼女のことは木村も覚えている。名前は出てこないがオーディンの隣にいた女性だ。
人型ではあるが、カクレガのモニター越しに木村たちを見つめてきたので、けっして安心はできない。
全身が墨のような黒の鎧で包まれており、表情を読み取ることはできない。
声は綺麗だった。透き通った声で木村は質問を吟味できていない。
「もし。いかなる御用か、と訊いています」
「キィムラァ。質問をされているぞ」
おっさんに肩を揺らされ木村もようやく質問されたと気づいた。
しどろもどろになりつつも答える。
「え、えっとですね。あの、写真をですね、一緒にカメラで撮ってくれないでしょうか」
日本語がややおかしくなりつつもいちおう言うことはできた。
木村は冊子に挟んでおいた、サンプルの写真を取り出す。
女性が寄ってきて、写真を手に取った。
写真の内容は虐殺の直前である。
ワルキューレに焦点を当てて、彼女たちの突き進む姿が鮮明に写っていた。
彼女たちが魔法を発動する瞬間も、木村がうなるくらいのドンピシャタイミングで写っている。
女性が無言でパラパラと写真を見ている。
ときどき頭を上げて、ちらりと木村を見つめている気がする。
木村はまるでレポートを目の前で採点される大学生か新卒の心境であった。
「これは誰が?」
「彼女――ヘルンが撮りました」
木村はすぐさまヘルンを差し渡した。
彼女は目を大きく開いて木村を見返す。身動きはしない。
「ほぉう。あなたが――」
女性は言葉に溜めを作って、ヘルンのまわりをぐるっと回って見渡した。
完全に置物と化してしまったヘルンを品定めするようであった。
女性は、壁となっているワルキューレの一体に近づき、写真を見せる。
小声で何かを話しているようだが、声が小さい上に、言語がうまく聞き取れない。
さらに別の個体に近づき、同じように話をする。
その後、ヘルンの前に立った。
そして彼女の片手は、彼女の腰にぶら下がる剣におかれた。
「あなた。これはいったいどういうことですか?」
女性がヘルンに質問をしたが、彼女は完全に固まってしまっている。
もはや彼女は死に場所をここと定めたらしい。
代わりに木村が応じた。
「な、何か問題があったでしょうか?」
問題なら大ありだろう。
勝手に撮ってはいけなかったかもしれない。
人間にだって肖像権がある。今回は完全に盗撮にあたるものだ。
ましてや神なら撮影の許可に加えて、御供物が必要だった可能性がある。
「由々しき問題と言えます」
やはりダメだった。
代償はヘルンの命一つで足りるだろうか。
ロゥの召喚主も差し出したら許されるだろうか、と木村は真剣に考えた。
「――私の写真がありません。どうして私を撮らなかったのです? まったく……、これはいけませんよ。早く撮りなさい。あなたの責務でしょう」
どうなんです、と女性はヘルンに詰め寄った。
木村が思っていた回答と違う。
ヘルンは先ほどの木村と同様で、言葉が頭にまったく入ってきていないことがすぐにわかった。
木村は、すぐに動く。
ヘルンの肩を揺らし、彼女の気を取り戻させる。
「ヘルンさん。撮影の許可が出ました。撮影を始めましょう。……ヘルンさん、ヘルンさーん、おーい。大丈夫ですか。ヘルンさーーーん!」
何度か声をかけると、彼女はビクリと反応し動き始めた。
動き始めると動作は異常に速い。とにかく機敏だ。このあたりがリスのようである。
まさかのワルキューレ達との撮影会が始まった。
ヘルンは完全に仕事モードに入っている。
角度やポーズを変えたり、変えさせたりして写真を撮り始めた。
死に物狂いである。間違いなく次はない。変な写真を撮れば次こそ殺される覚悟が見えた。
「光量が足りませんね。夜ですから仕方ないと言えばないのですが……」
「なぜ妥協するのです。いったい何のための力でしょうか。ゲイルスコグル。光を」
槍をもった顔なじみの一体が「ヒリィ」と、その手の槍を掲げる。
空から光が射した。月は光に霞んで見えなくなった。もはや晴天の昼と遜色がない。
こんなことをするための力なのだろうかと木村は頭を悩ませる。
「あ、良くなりましたが……ちょっと反射が効き過ぎてます。光量を落とせませんか?」
ゲイルスコグルが首を横に振った。
これで最低光量らしい。夜を真昼に変えて、これで最低ってどういうことだと木村は唸る。
「黒のレフ板があれば良いのですが」
「レフ板とはなんですか?」
「えっと、地面からの光の反射が強すぎて色が白くなりすぎてしまってます。それを抑えるために必要なんです」
「要は、反射が抑えられればいいのですね。ゴンドゥル。土を黒に」
杖を持ったワルキューレが、「ゼンラァース」と杖で地面を突く。
土がボコボコと波打ち、色が黒に変色していく。
地面からの照り返しが減った。
「おっ、良いですねぇ~。でも、今度は暗すぎるのか。キィムラァ、レフ板とかあります?」
ねぇよ、と木村は思った。
持ったこともない。レフ板はカクレガに常備されてない。
「ないですね」
「はぁ」
ヘルンがため息をつく。
使えない奴と言われているかのようだ。
木村のこめかみがピクピクとひくつく。おっさんのアコニトに対する気持ちがわずかにわかった気がした。
「レフ板とは板ですか?」
「光の反射を調節する板ですね。銀は少しきつすぎるので白っぽければ良いんですが……」
「私のものではダメですね。グン。盾を」
盾持ちのワルキューレがやってきて、大盾で光を調節する。
すごいね、ワルキューレ。なんでもあるよ。
「ちょっと表情が硬いかもしれません」
兜を着けてりゃ表情は要らないだろ。
喉まで出かかった言葉を木村は必死に飲み込んだ。
「ふむ。これでどうです?」
「――はい。あぁー、いいゾーこれ。素晴らしい一枚になりました」
「責務を果たしましたね」
両者満足そうである。
その後は、ワルキューレ達の撮影会になった。
完全に女子会のノリなので木村はついていけない。
おっさんと一緒に近くの地面に腰を落ち着ける。ドッと疲れた。
「こっちに顔をお願いしまーす! ゾルさん、もっと反射を強めて!」
ゾルが盾で光の調整をしている。
今はグンと呼ばれた盾持ちの撮影真っ最中だ。
見た目は騎人だが、心は乙女なのか映りはとても気にしていた。
「楽しんでおるな」
老人ことオーディンが木村の隣にやってきた。
ワルキューレたちどころか、今回のワイルドハントの首班である。
トップの女性が老人に気づいたが、老人が気にするなと手を振り撮影は再開される。
老人もあの中に入り込むことはできないらしい。
完全に乙女空間だ。
「スクルドも楽しんでおるようだな」
老人がぽつりと漏らした。
トップの人型の女性がスクルドだったのだろう。
名前がたくさん出てきたので木村は覚えきれていなかった。
「どうしてスクルドさんだけ人の姿をしてるんですか?」
木村も気になっていたことを漏らした。
別に聞く必要もないのだが、安堵のためか口から勝手に漏れてしまった。
「スクルドはワルキューレだけでなく、運命の女神の一柱も務めておる。未来を司っておるぞ。最近は頭を悩ませていたようだからな。息抜きになったようだ」
「ああ、そうなんですね」
よくわからないが、戦乙女だけでなく運命の女神でもあったようだ。
もはや何の集まりなのか意味がわからない。
「これだけのメンツが揃ってワイルドハントが必要なんですか?」
木村はついでにもう一つの質問もしてみた。
オーディンがワイルドハントのヘッドをしているときは、選別もすると聞いた。
選別の理由が来たるべき戦いだかに備えるためだったはずだ。
これ以上の力がいるのだろうか。
「必要だ。勝利のためには戦力が足りん」
「勝利? 誰と戦うんです? 負ける姿が想像できませんよ」
比喩抜きで想像できない。
オーディンの力は見ていないが、おそらく冥府の導き手や完全体テュッポくらいの力はあるだろう。
「戦うべきは神々の死と滅亡の運命だ。神々の終末に生き残ることこそ、我々が腕に抱かんとする勝利に他ならん」
「神様もいろいろ大変なんですね」
スケールが違いすぎる。
普段目にする田舎の迷惑神とは規模も心構えも違う。
アコニトがラリってるときに、老人達は必死に奔走しているらしい。
神としての格がまるで異なる。
とりあえず敵対する意志はないようだ。
老人に勧められて、アルコールらしき飲みものを口にする。
最終的には、おっさんも一緒に腰を落ち着けて飲み、他愛ない話を楽しんだ。
女子撮影会も終わりが見え、ワルキューレとのツーショットも撮れた。
それどころかワルキューレの背に乗せられての撮影もしてもらえた。
途中で他の神々もやってきて撮影会が再開される。
最後はワイルドハントの全員で集合写真も撮った。
木村は最前列の真ん中付近で、おっさんと老人に挟まれた形での写真である。
写真の引き渡しは明日の夜ということで、今夜は解散になった。
86.イベント「ワイルドハントで連れてって」4
達成が困難な課題ほどクリアしたときの充実感は大きい。
一般的にはそのはずだが、木村としては充実感よりも課題が消えてくれた方が嬉しい。
とりあえずワルキューレとのツーショットも撮ることができた。
次のミッションは一つではなく、複数のミッションを達成していくタイプのようだ。
ブリッジのモニターで詳細を確認することができる。
そして、いくつかのミッションはすでに達成されていた。
例えば、“ワルキューレの背中に乗った状態を撮影する”もクリアしている。
この手のミッションは早めに開示して欲しい。この課題は昨日の雰囲気以外で撮れると思えない。
他にも“ワイルドハントの集合写真を撮る”とかいうクソミッションも偶然撮ったものなので、もしも後から知ったら絶対に達成不可能だった。
“異なるルーン文字を24字確認する”
ミッションの一つに目が留まった。
現在は10/24と10ほど集まっている状態である。
このミッションは他のミッションと違い、撮影ではなく確認とある。
「ルーン文字?」
木村も聞いたことはある。
ただ、どんなものなのかは見たことがない。
昔のヨーロッパ地域の文字で、アルファベットの原型になったくらいの知識だ。
ミッションでは24字だが、現在、10字は確認済みのようだ。
どこで集めたのかわからない。そもそもどれが集まっているのかわからないし、どんなものかも不明だ。
勝手に集まるのは助かる。見てもわからない可能性が高い。
モニターでさらに詳細を展開できるので開いてみた。
ずらっと見覚えのない文字群が出た。
01.
02.
03.
04.
05.
……
22.
23.
24.
達成した文字が白く点灯し、説明文が載っている。
未達成の文字は灰色でフリガナだけが表示され、説明はつかないようだ。
24字全てを集めるのは無理かもしれない。
そもそも、なぜルーン文字が今回のイベントと関係あるのか木村にはわかっていなかった。
ルーン文字を最初につくり出した、あるいは見つけたのがオーディンだからという神話的側面を彼は知らなかったのである。
余談だが、筆者もルーン文字と神話の関係性をまったく知らなかった。
第一に筆者はルーン文字が何かもわかっておらず、Unicodeで存在することすら初めて知った。
文字に内包される神秘の説明とかもちょこちょこ出す予定だが、間違っていても生暖かい目で静かに見守って頂けるとありがたい。
なお、使用する文字は北欧ルーンではなく、オーディンが見つけたという伝承に従い、ゲルマン共通ルーンの24字とする。
ルーン文字、及びフリガナもゲルマン式にするつもりだが、違っていてもスルーしていただきたい。
木村は本イベント制作者の頭を疑った。
プレイヤーの九割九分は知らないであろうルーン文字とやらを、24字もわざわざ設定するとか馬鹿じゃないのか、と。
しかも困難な割にミッションの達成報酬は少ないので嫌になる。
まるで日本の現実社会のようだ。やりがいばかり搾取され、実が増えない。
せめてゲームくらいは困難な課題には、多大で過剰な報酬が用意されていても良いと感じる。
なぜルーン文字を24まで用意しておきながら報酬はケチるのか。
力の入れどころがおかしいと木村は感じた。そんなことだからユーザーが離れるんだ。
わざわざ本当のルーン文字を表示させ、説明テキストを考える暇があるなら、報酬のバランスを考え是正するべきだろう。
とにかくルーン文字の全確認は難しそうだ。
文字を見たが、どこで確認したのかも木村はさっぱり記憶にない。
逆に、ワルキューレの厄介そうなミッションをいくつかクリアできている。
昨日の撮影会は無駄ではなかったと木村は安堵の息を漏らす。
おそらくまだ開示されていないミッションはあるだろう。
現状での未達成ミッションは二つだけだ。
一つは先ほどの“24のルーン文字の確認”。
それに“スクルドの抜剣を撮影する”である。
どちらかを達成すれば、他のミッションが出るのだろう。
あるいは単純にイベント日程が進めば開示されると考えられる。
未達成ミッションにあるスクルドは、ワルキューレの中でリーダー的な存在だった彼女だ。
オーディンの隣にもいたし、運命の女神の一柱だとも聞いた。
人語を話すのもワルキューレでは彼女だけである。
木村も覚えている。彼女の腰に剣があった、と。
ミッションとして、難しいのか簡単なのかがいまいちわからない。
撮るだけなら簡単そうだが、彼女がどのタイミングで剣を抜くのかが不明だ。
他のワルキューレで事足りるなら、彼女が剣を抜く出番はないのかもしれない。
あるいは、今夜の写真引き渡しの際に、剣を抜いた姿を撮影できないか頼むことも手段として考えられる。
懸念として“あの”ワルキューレたちのリーダー格だ。
しかも運命の女神も兼ねているらしい。そんな彼女の剣がただの剣なのだろうか。
木村は漠然とした不安を感じていた。
さて、写真の引き渡しは今夜だが、面倒なことが一つある。
「私も連れていきなさい!」
ロゥの召喚主であるカリーフが叫ぶ。
彼女の姉とその被召喚者がワルキューレの餌食となった。
餌食というのは正確ではない。牽かれて粉みじんになったがより正確だ。
「私があの悪魔どもを皆殺しにします!」
無理だろ――思うだけで木村は口にしない。
自明なことだ、わざわざ音にする必要はない。
ロゥやケルピィも同様であった。
ただ、彼女の気持ちはわからないでもない。
尊敬していた姉とその被召喚者が、彼女の敵対視する存在に殺された。
「せめてこれをどうぞ。彼女たちの最期の姿です」
ヘルンから渡されていた写真をカリーフに渡す。
写真には兵士を逃がそうとする彼ら、そしてワルキューレに立ち向かう姿が鮮明に写っている。
カリーフは写真を見つめて涙を流し、恐怖よりも激情に支配されていた。
絶対殺す、私が殺す、生かしておかないなどと、できないことをギャンギャン叫び、いたたまれなくなったロゥが彼女をどこかへ連れていった。
いちおうペイラーフから寝かせ続けると体に悪いと言うことで、カリーフもカクレガでの移動を許可している。
ただし、このカクレガに多種族がいることを知らせた上で、発言にはくれぐれも気をつけるようにと注意はした。
注意はしたが、あの様子だとまた不適切な発言が飛ぶな、とカリーフの声が遠ざかるのを感じつつ木村は頭を悩ませる。
カリーフらと入れ違いにしてヘルンがブリッジに入ってきた。
木村は彼女に礼を言うべきか迷ったが、彼女のにたついた顔を見て口を止めた。
「とぉ~ても良い感情を出されていましたね!」
ヘルンはとてつもなく充実した顔をしている。
見ている木村が苛つくほどだ。
「彼女の顔を撮りたかったんですが、鉢合わせると殺されそうなのでやめておきました」
最低限の節度はある。
しかし、あまりにも最低限過ぎた。
思わず木村の口から苦言が出る。
「彼女を怒らせるために、写真を渡したんですか?」
「当たり前じゃないですか」
さも当然のように返答された。
木村が呆れて口を開いていると、ヘルンは勝手に続きを話し出す。
「あたしは、あたしの撮影した特ダネで人々を感動させたいんです! それが一人であれ、怒りであれ、感動に他なりません! あたしは今、記者としての本分を実感しています!」
アコニト顔負けのマスゴミリスだった。
絵に描いたようなクズだ。さすがの木村も不快に感じる。
木村はときどき思うのだ。
このゲームはこんなキャラが多すぎないか、と。
アコニトにしろ、おっさんにしろ、このリスにしろだ、まともではない人物が揃いすぎている。
敵側にいるならまだわかる。しかし、初期☆5、チュートリアルキャラ、イベント強制参入と避けられないほどに味方側だ。
最初の頃に考えていた疑問が、今になって湧き上がってくるのである。
この“カゲルギ=テイルズ”のメインシナリオはいったいどんなものなのか?
絶対にまともな話ではない。
主人公側が、どちらかといえば一般的なゲームでの悪側ではないか?
いつもどおり答えは出ないのである。
「今回は見逃しますけど、次に同じような事をしたり、やらせたりしたら訓練室で竜と戦わせますからね。赤・青・黄の初期竜と三連戦です」
「またまた~、あたしは戦えませんよ~」
「だからです」
死んでもかまわない。
モルモーにこのクズリスの写真技術だけ真似をしてもらおう。
木村の本気の思いは無事ヘルンにも伝わったようである。
ヘルンは出来の悪い笑顔を引き攣らせている。
「あの……、それっていつからカウントされますか?」
「今からです」
ヘルンはほっと息を吐いた。
その反応を見て、木村の心の不信感が大きくなっていく。
このクソリスは、もうすでに何かをしていると木村は確信した。
「ヘルンさん、何をしました? ――おっさん」
「呼んだか」
おっさんの名前を呼ぶと、入口の扉が開いて現れた。
「いや、速い速い」
あまりにも速すぎる登場だ。
呼べば来るのは知っていたが、こんなに速いと逆に驚く。
汗の具合から見て、訓練した帰りにたまたま様子を見に来ただけだと木村は判断した。
だが、ヘルンにはあまりにも突然現れたようにしか見えなかったようで、驚いて固まっている。
「もう一度だけ聞きます。ヘルンさん。何をしました?」
「そ、それは――」
答えを待つまでもなかった。
部屋の外から怒りのこもった叫び声が近づいてくる。
扉が開き、おっさんの脇からぶち切れのカリーフが木村に詰め寄ってくる。
何かを手に持って叫び続けているが、安物のスピーカー並みに声が割れて、木村はもはや聞き取れない。
カリーフが手に持っている物に注目する。
写真である。彼女が机において、写真をバンバン叩く。
ロゥが後ろから羽交い締めにしてようやく写真から手が離れたので木村は内容を見た。
真ん中の最前列に老人と木村、それにおっさん、周囲をスクルドや数多の神々やワルキューレが囲んでいる。
木村もすぐにわかった。昨夜のラストで撮影した集合写真だ。
「どうして! あなたが悪魔どもと仲良く映っているんですか!」
聞き取れる範囲を解釈すると上のようなことを言っていると木村も理解した。
ロゥの話を聞くに、この集合写真や他のツーショット写真がカリーフの部屋に置かれていたらしい。
カリーフが彼らを嫌っていることを知っており、その彼らと木村が仲良くしていることを伝えるような写真である。
いったい何を思ってヘルンはこの写真をカリーフの部屋に置いたのか?
感情をかき立てるのが狙いと話していた。
なるほど確かにカリーフは怒り狂っている。
木村も怒りが出てきた。カリーフではない。ヘルンにだ。
「ヘルンさん」
呼んでみるが返事はない。
それどころかブリッジから姿をくらませていた。
「あんのクソリス……」
「これを説明なさい!」
説明も何もイベントの兼ね合いで撮ったものだ。
ムカつくが腕は良い。写真映りの悪い木村も、ちゃんと平凡な様子で写っている。
撮影者の歪んだ信念が写真までに入り込んでいないのが、プロの一端を示してきているようで余計に腹が立つ。
「彼らと親交を築いていました」
「あの悪魔どもと! あなたは人間でしょう!」
木村はカリーフと話してもイライラしてくる。
ヘルンのこともあり、余計にイライラが募っているところであった。
ふと、彼はなぜこんなにも彼女にいらだちを覚えるのだろうかと考えるのである。
「私は彼らを絶対に許しません!」
苛つきはするのだが、同時に羨ましいとも思える。
ここまで怒りを露わにして声も出せたら気持ちよいだろうな、と。
気持ちは良いだろうが、果たして疲れないのだろうか。いつもプンプンしている。
「彼らを許さないとどうなりますか? どうにもなりませんよ」
木村は落ち着いて疑問を投げた。
「いいえ! 彼らには必ずや天罰が下ります!」
残念ながら天やら神とは彼らのことであり、彼ら自身に罰は下らない。
下るのは常に人間側なのである。
「彼らには、エニアの名を持つものが死を持って償わせるでしょう!」
徹底抗戦の火は消えていない。
ある意味すごい。あの戦力を見て、なぜ戦おうと思えるのか。
「念のため言っておきますが、もしもあなたたちと彼らが戦うことになったとしたら、僕たちは介入せずに見守ります。どちらかに味方するなら彼らの味方をしますから」
強いものには巻かれろという魂胆だ。
あの軍団に勝てるビジョンがまるで見えない。
「かまいません! 私たちはあの悪魔どもを下し、その次はあなた方を下すまでです!」
ロゥがどうどうとカリーフをなだめている。
木村もケルピィにたしなめられて、この話はここで終わりになった。
夜になり、約束どおり写真を引き渡すことになった。
メンバーは昨日よりも一体多い。
ゾルとヘルンは固定で、ケルピィも来たいということで機械玉を連れてきている。
ヘルンの写真はワルキューレ達に評価され、彼女はまたしても写真を撮っている。
昨日は決めポーズが多かったが、今日は普通に過ごす写真がメインのようだ。
ヘルンはクズだが行動力は凄まじい。
ワルキューレだけでなく、あちこちの神々を撮り回っている。
話ができる神たちと話して死後の世界を聞いていた。まだ死後の世界への訪問を諦めていないようだ。
今からでも行ってくれればいいのにと木村は半ば真剣に思っている。
木村は彼女の行動力に目を瞠りつつも彼自身は動かない。
昨日と同様に、老人と一緒に他愛ない話をしている。今日はスクルドもいた。
木村としてはスクルドがこの場にいるだけで緊張の度合いが数段階上がるのだが、神である彼女に人の心労がわかるはずもない。
「……あ、そういえばルーンをご存じですか?」
木村はミッションを思い出して尋ねてみた。
もしかしたら老人なら、ルーンについて詳しいかもしれないと考えたからである。
質問に対し、老人は酒を口に付けて笑った。
スクルドも口元をおさえた。兜をつけているのでわからないが、もしかして笑っているのかもしれない。
「若人、ルーンを知りたいか?」
「え、まあ、どちらかと言えば、知りたいです」
老人は首を横に振った。
「その程度の覚悟では知ることはできんな」
「どのくらいの覚悟があれば良いんです?」
「どのくらいか……、ふぅむ。木で首を吊り、槍を自らに刺し、九日間を堪えるほどだ」
オーバーキルだ。
ひょっとして馬鹿にされているのだろうか。
スクルドが顔を背けて肩をふるわせていた。おもしろがっている様子だ。
やはり馬鹿にされていると理解した。
「からかいが過ぎたな。一文字だけ披露しよう。さて、どれが良いか……」
老人が木村を見る。
ぼんやりと見ているが、どこか焦点が合ってない気がした。
「ふむ。候補は二つ。……無色の煙にはこちらが相応しいか」
:
老人がボソリと何かを囁いた。
同時に手に持っていた杖で木村の前に模様を描く。
杖の先端が菱形の軌跡をなぞり、不思議なことに軌跡が光となって宙に浮かんでいる。
「えっと、この菱形がルーンなんですか?」
「いかにも。
「同胞……、神なんですか?」
老人は頷いた。
木村としてはそんな大層なルーンを示されても困る。喜ぶべきだろうか。
「神であることは重要ではない。重要なことは、この文字の奥底を見つめることだ」
文字の奥底と言われても、見た目には◇である。
どう見ろと言うのか? 木村の疑問が老人にも伝わったようで解説をしてくれる。
「まず、この形だ。どこから見るかにより変化がない。立ち位置の不変性が見える」
そりゃ◇だから上下左右はないに等しい。
「さらに線を伝う流れを見ることもできる」
老人が宙に浮かぶ◇の一点を示す。
菱形の上の頂点が強く光った。その強い光が辺を移動していく。
まるで数学の問題でよく出てくる菱形ABCDの辺ABを等速で移動する謎の点Pである。
頂点から頂点へ移動していき、一巡して元の位置に戻った。
「状態は遷移し、うつろいゆくがやがて同じ地点に戻る。変容のプロセスを示す。循環でもある。若人の回りの命は彷徨わず、循環を繰り返す」
キャラ達のことだろうか
死んでも復活することを示している気がした。
次に老人の杖は菱形の内部をさした。
辺は光るが、内部は何もない。
「何よりも無意識だ。自らを煙と捉えている。あやつの影響だろうな」
木村が空っぽだと言われているようだった。
あやつとはアコニトだろう。
「やがて取り巻く循環が抑えられなくなったとき、その意識は果たしてどこへ向かうか」
菱形の辺が強く輝いた。
その輝きは内部の空洞を光で埋め尽くすようだ。
そして、菱形は消えた。
「こんなところだ」
「ありがとうございます」
何を言っているのか正しく理解できたとは言いがたい。
余興としては楽しめた。占いみたいなものだろう。
もう少し聞いてみたい気がした。
「ちなみに迷われていたもう一つの候補は何だったんですか?」
「儂でも九日かかった。杯の底も乾かぬうちに二つも知ろうとするのは、欲が深いというものだ。……だが、良いだろう。文字だけは示しておこう」
:
老人がまたしても杖を動かした。
シンプルである。普通に
先ほどの菱形と上下左右がないという点では似ている。
この観点は共通項なのかもしれない。
「意味は何なんですか?」
「いずれ知ることになるであろう」
回答はそれだけである。
言ったとおり、文字を示すだけのようだ。
いずれ知ると言われても、知る機会があると思えない。
知っちゃダメとバッテンを示されているようだ。
ルーンも少しであるが知ることができた。
ちょうど良いことにスクルドが目の前にいる。
木村は酒の場を借りて、ミッションのことを尋ねてみた。
「あの、スクルドさんの剣を抜いたところを撮影させてもらいたいんですが」
「やめんか」
スクルドが何かを口にする前に老人がストップをかけた。
叱られた気持ちになる。やはり調子に乗りすぎていたようだと木村は反省した。
ミッションにもなるくらいである。おそらくただの剣でないことは何となくだが察していた。
「運命の女神の剣は、軽々に抜いて良いものではない」
「軽々に……、どんな場面なら抜くに相応しいのでしょうか?」
「決まっておろう。死すべき者の命運を断つときだ」
思ったよりも力強い語調だった。
スクルドも「然り」と言葉短く老人の言葉を肯定した。
思ったよりやばい剣のようだ。
抜剣する場面は来ないで欲しいと真面目に木村は願った。
――願いは叶わなかった。
この夜からわずか四日後のことである。
サナの次女、すなわちカリーフの姉であるサウィフとその被召喚者の命運が断たれた。
木村はなぜ彼女のたちの命運が断たれるに至ったかを振り返る。
87.イベント「ワイルドハントで連れてって」5
ワイルドハントはここ二日ほど順調に進んでいる。
初日に被害を出した以後は、邪魔が入っていない。
いっそつまらないと言い切ってしまっても良いくらいの状況である。
ラベクから東に向かい、国境沿いから大回りに都市や人里近くを巡っていく。
夜に撮影会があってからヘルンが外で、実際に行進の様子を撮りたいようだがバイクが壊れて動かず断念しかけていた。
「CP-T3はどうだ?」
そこに助け船を出したのがおっさんである。
木村はなぜCP-T3の名前が出てくるのか、関係性を考えたがうまく結びつかない。
CP-T3は製造室に陣取った謎の戦車もどきである。性能が悪く、再起動を何度もする過去の遺物だ。
「CP-T3と言いますと、製造室に置かれていたものですか?」
「置いたのではなく、本人が自らあそこへ移動したんだぞ」
木村はその点も不思議であった。
入口よりも明らかにCP-T3の方が大きい。
どうやって製造室の中に入ったのかがわからない。
だいたい召喚したときも自室ではなく、廊下に現れていたはずだ。
「CP-T3は強化すると変形が解放されて、乗ることが可能になるんだぞ」
「えっ! そうなの!」
なぜそんな重要情報を今まで言わなかったのか。
召喚者専用アイテムの説明よりもそっちを説明して欲しかった。
けっきょく召喚者専用アイテムは地獄の座布団を数枚だけ作っただけである。
さっそく製造室に移動する。
強化しようとも思わなかったが、強化画面を見ると確かにあった。
“形態変化解放”
よくよく性能を見ると戦闘キャラですらない。
重量、速さ、加速度、総排気量、燃費、乗車定員、駆動方式、自動車税額……とステータスが完全に乗り物仕様だ。
「……自動車税額?」
そんなステータスいるか?
車のレースゲームはやったことがないが、こんなステータスがあるものなのかと木村は首を捻る。
だいたい項目が多すぎる。燃料タンク容量、エンジン形式からサスペンション、タイヤまで項目にあるのはどういうことなのか。
キャラのステータス項目は十もないのに、乗り物に関しては異常に多い。
ぱっと見、二十はあるように思える。
なんでブレーキにも種類があるのか。
ドラム式とディスク式に分けられても素人にはさっぱりだ。
無駄に細かいところまで力を入れるよりも、もっと直すべきところがあるだろう。
よくわからないままに木村はスキルテーブルという名の改造進行表に資材を投資していく。
いろいろと形態変化ができるようになり、バイクや一般自動車、スポーツカー、トラックと多くの種類が解放された。
最終形態は転生トラックの可能性も捨てきれない。
どうしてCP-T3がここにいるのかがようやくわかった。
形態変化した後の、細かい調整を製造室でするためだろう。おすすめ設定があるのでそちらに変更する。
形態はバイクではなく一般自動車にした。
最低でも自分、おっさん、ヘルン(撮影担当)、運転担当の四人が乗る必要がある。
形態変化は外でもできるようなので、バイクに変化し、CP-T3に製造室から出てもらう。
やはりどうやって最初にここに入ったのかが疑問だ。
おそらくこの謎は解決されない。
ひとまず訓練室で運転を試すことにする。
怪しい物体を訓練室に持ち込んだので、当然として注目を浴びた。
「よし。キィムラァ、さっそく運転をしてみるんだぞ」
おっさんが運転席のドアを開けて座るように示した。
「え? いやいや、免許持ってないから。運転とかマ○カーくらいしかしたことない」
「免許がなくても動くぞ。大丈夫だ。最初はみんな素人だからな」
さあ、乗るんだと背中を押され木村は運転席に座る。
まさか異世界で車の運転をするとは思ってもみなかった。
木村が運転席に乗り込み、おっさんが扉を閉めてくれる。
おっさんは車の前をスタスタと歩き、反対側に移動し、助手席に乗り込んだ。
「CP-T3ウンテンモードヘヨウコソ。セツメイヲカイシシマスカ?」
「要らないぞ」
カタコトの音声をおっさんが軽く拒否した。
チュートリアルは譲らない姿勢だ。
「えっと、まずは何からすればいいの? エンジンをかける?」
「慌てるな。まずは席とルームミラーの調整からだ。席に深く腰掛けて、足下にあるペダルを踏んでみるんだぞ」
木村は座席に深く腰掛ける。
その後、彼が足下を見ると、ペダルが二つあった。
「二つあるけど、どっち?」
「両方だ。右がアクセルで、左がブレーキだ。まずは右のアクセルに足を置いてみるんだ」
木村が右足をアクセルにおく。
「思いっきり踏み込んでみろ」
言われたとおりに踏み込む。
エンジンがかかっていないので、グニュッと柔らかめのグミを踏んだ感覚を彼は感じた。
「その状態で膝に余裕があるくらいがちょうど良いぞ。――おっ、良さそうだな。ブレーキも踏んでみるんだ。――待つんだ。ブレーキも右足で踏むんだぞ。左足は左にあるフットレストで固定だ」
右と左にペダルがあったので、アクセルは右足、ブレーキは左足で踏むと木村は思っていたがどうやら違ったようである。
ブレーキはアクセルよりも軽い、ただ、踏み込むほど重くなる印象だ。
「よし。シートスライドはちょうどいいな。今度はハンドルに腕を伸ばしてみるんだぞ」
「わかった」
久々にまともなチュートリアルを受けている気分だった。
教習所がこんな感じなのかと木村は思った。
ハンドルは思ったよりも硬い。
力を入れてみたが右にも左にも回すことができない。
「ロックされているから動かないぞ。ハンドルの上部に手を置くんだ。――少し近すぎるな。肘が曲がりすぎているぞ。リクライニングを倒してみるんだぞ。座席の右側についているからな。弄ってみるんだ」
リクライニングの調整は木村でもわかった。
座席を少し倒してみる。やや傾けすぎたかと思ったところでおっさんから停止の声がかかった。
「次はルームミラーだな」
おっさんが、木村から見て左上にあったミラーを示す。
「後方の窓の中心がミラーの真ん中に来るように調整するんだ」
ルームミラーの調整が終わり、サイドミラーも確認する。
そして、ようやく起動に移行した。
「まずはエンジンだ。ハンドルの右側に付いている丸いボタンを押すんだぞ。念のため、エンジンの起動時はブレーキを踏んでおこなうようにするんだぞ」
木村が見ると、丸いハンドルの奥に丸いボタンがある。
左のブレーキを踏みつつ、恐る恐る彼はエンジンのボタンを押した。
ボタンに緑のランプが点灯し、ハンドル、窓、天井と色とりどりの光が伝わっていく。
もしかして外も光っているのだろうか。それならまるでゲーミング車両だな、と場違いな感想を木村は抱いた。
「よし、起動したな。この車種はサイドブレーキが左の手元にあるな。スイッチを押して下におろすんだ」
木村はレバーをしたに降ろした。
車が軽く揺れたように感じる。少し怖く感じた。
「まずはアクセルを軽く踏んでみるんだ」
「大丈夫? ドーンって突っ込まない?」
「大丈夫だ。ぶつけてもエアバッグが作動するからな」
「そういう意味じゃない」
「ギアは“停止”だから動かないぞ」
おっさんがサイドブレーキの前方にあったレバーを示す。
レバーの位置は“停止”にあった。下には“前進”、“後進”、“全自動”と表示がある。
全自動じゃダメなのかと木村は真面目に考えた。
「……あの全自動は?」
「邪道だ。キィムラァ、自らの手と足、それに頭で動かさないとダメだぞ」
「あ、はい」
木村はアクセルを踏む。
踏み込んでみるが何の反応もない。
「エネルギーザンリョウゼロ。ホキュウシテカラソウサヲサイカイシテクダサイ」
どうやらエネルギーがないらしい。
ガソリンがない世界だ。この車は何をエネルギーにして動くのだろうか。
「ちょっと待つんだぞ」
おっさんが助手席から出て行った。
どうやらエネルギー源を取りに行くつもりらしい。
おっさんが出て行くと、訓練室にいたキャラ達が車に近寄ってくる。
興味深そうな様子でこれで何をするのか尋ねてきた。
「待たせたな。燃料を持ってきたぞ」
おっさんが戻ってきた。
見覚えのある薄紫色の髪を掴んで引きずっている。
アコニトである。尻尾は危機を察したのかすでに彼女の尻にいない。
彼女も意識を失っているのかピクリとも動かない。
おっさんが慣れた手つきでボンネットを開け、アコニトをぞんざいに投げ入れた。
ボンネットを閉めて、何事もなかったかのように助手席に座る。
「エネルギーは充填されているな」
「……うん」
前方のパネルのゲージがどんどん上がってきている。
やっていることは赤竜を激怒させた泡列車とほぼ同じだが、大丈夫なのだろうか。
「よし。アクセルを軽く踏んでみるんだぞ」
木村はアクセルを踏む。
ガソリン車ほど派手な音がしない。シャーという高い音が響いた。
「踏み込みすぎだな。もっと軽くでいいぞ。触れるくらいを意識するんだ」
言われたとおり、体重を少しだけ乗せるくらいに力を入れた。
先ほどよりも回転音が小さくなる。
「いいぞ。その状態を維持してみるんだ」
その後もチュートリアルがおこなわれ、ついに動かすことになった。
「ブレーキを踏んだ状態で、ミッションを“停止”から“前進”に変更するんだ」
木村はレバーを“前進”に切り替えた。
ブレーキにやや力が加わったのがわかった。
「ブレーキから足を離してみろ」
指示通り足をブレーキから離すと、車は移動を始める。
ゆっくりだが前方に進み出した。周囲のキャラもどよめいている。
「アクセル踏んでないのに動くんだけど」
「そんなものだぞ。ハンドルを少しだけ左右に動かしてみろ」
速度はゆっくりなのだが、動き始めると怖い。
誰かに乗せてもらっていたときには、感じなかった恐怖が木村を襲う。
ハンドルを傾けると移動方向が変わった。
こちらもアクセルと同じだ。思ったよりも移動方向の変化が大きい。
少しだけ動かせ、と言われた意味が体でわかってきた。
ハンドルの動きを小さくするとおっさんも頷く。
アクセルを踏む練習と止まる練習も続け、さっそく現地で走らせることになった。
おっさんとヘルンは確定として、もう一人誰か人身御供が欲しい。
「あと一人誰か乗せるとしたら誰がいいかな」
「定員は四人だから無理だぞ」
「えっ……、あ、そうか」
エネルギーのアコニトもカウントされているらしい。
そうなるとこれが限界というわけだ。
外でさっそく運転してみる。
最初はスピードを出すのが怖かったが、慣れてくるとけっこう楽しい。
ワイルドハントの行進に近づき、ヘルンが窓から身を乗り出してシャッターを切っている。
クソリスだが、仕事に関しては全力である。
カメラ目線を送ってくるワルキューレに「自然体で!」と叫んでいた。
「揺れがひどすぎますよ! もっとうまく運転できませんか!」
ヘルンが叫んでいるが、木村としてはそんなことを叫ばれても困る。
今日、初めてハンドルを握ったばかりだ。しかも道は舗装もされていない。岩がむき出しになっているところすらある。
ひっくり返ってないだけありがたいと思って欲しい。
「後で車種を変更するんだぞ。タイヤにサス、フレームの剛性も弄った方が良いだろうな」
横からそんなことを言われても、木村としては右から左だ。
前を見て運転するのが精一杯である。
よそ見運転が如何に危険かよくわかった。
目を離したら一瞬で事故になってしまいそうだ。
「――む。キィムラァ。アクセルから足を離すんだ」
「はい」
木村は素直に返事をしてアクセルから足を離した。
その後で「ブレーキを踏むんだ」という声に従って、ブレーキを踏んでスピードを緩める。
「どうしたの?」
「燃料が目を覚ましたようだ」
止まると声が聞こえてくる。
くぐもった声だ。
「なんだぁ、ここはどこだぁ? 暗いぞぉ、どうなっとる?」
ボンネットを叩く音が響いてくる。
おっさんが助手席から降りてボンネットを開いた。
景色をボンネットが遮って様子がわからない。
「まぶっ、なんだぁ中年。また、おぐっ――」
鈍い音がして、静かになった。
ボンネットがまた閉められて、おっさんが静かに助手席に座る。
「……え? あの? 燃料ってどういうことです? どうして人の声が?」
ヘルンが今さらになって慌てている。
ルームミラーで見る限り、木村とおっさんを交互に見ているがどちらも返答しない。
「ちょうどいいな。休憩も兼ねてカクレガに戻るぞ。車種の変更もするんだ」
「そうだね」
木村はギアを“前進”に入れて、地面から開いたカクレガの入口にむかう。
「ねえ! 答えてください! どうしてエンジンルームに人が入ってるんです!」
燃料だから、という言葉をぐっと木村は飲み込んだ。
喋ると舌を噛みそうだし、カクレガの入口にぶつけないよう注意して運転をしなければならない。
ぶつけることもなく、無事に車はカクレガに入った。
木村は製造室で休憩をしている。
おっさんがCP-T3を弄っていた。
揺れの少ない良いやつに改良しようとしている。
木村はよくわからないので、材料を預けて具体的な改造内容はおっさんに任せた。
パソコン類の操作は基本おじいちゃん並なのに、こういうマニアックな改造はできるらしい。
「どうだ?」
「……ああ、うん、良いと思う。なんか大きくなった?」
おっさんがCP-T3の新たな形を見せたのでとりあえず返事をする。
木村としては一般車両が、戦地でも走るような車体に換わったことしかわからない。
ジー○というのだったかな、と考えているが、道路で走っているのよりも車体が大きい気がする。
クロスカントリー車らしく、タイヤも車高も高くなっている。
「運転は難しい?」
「そのあたりは弄っていないぞ。余計な機能も落としてあるからな。むしろ運転しやすくなっているはずだぞ」
木村としてはありがたい話だ。
休憩も終えて、さっそく現地で動かす。
運転を終えた後は力が抜けたが、意外と楽しかったと感じる。
「おぉ、動くぞぉ!」
「すごいねぇ」
おっさんの指示で、起動手順を確認しつつ再出発だ。
ヘルンが異常に怖がっていたのと、木村もやや不憫に思えたのでアコニトを助手席に乗せた。
木村としてはおっさんが隣にいて欲しかったのだが、彼が後ろにアコニトを置く危険性を嫌がった。
後ろにいればいつでも首が絞められるからだろうと木村は判断する。
ついでにケルピィもいる。
「おもしろいぞぉ。もっとスピードを上げんかぁ。飛ぶんだぁ!」
「大丈夫、これ。倒れない?」
アコニトは楽しそうである。ケルピィはやや怖がっている。
ルームミラーからちらりと見えるおっさんの腕がすでに上がっていて怖い。
彼からは「もしも助手席で何かあっても平常通り運転しろ」と言われているが、初心者に要求することじゃない。
とりあえず禁煙を絶対遵守するようにアコニトに伝えた。
守らないと飛ぶのは彼女の意識になる。
「すごいですねぇ! 本気で持って帰りたいです!」
ヘルンもご満悦だ。
彼女はサンルーフから体を乗り出してカメラで撮影している。
どうやら揺れ防止とサンルーフでの撮影用椅子をオプションで付けたようで“カゲルギ=テイルズ”でもないような豪華仕様だ。
さらにおっさんが撮影の補助をしているので彼女は撮影を楽しんでいる。
ときどき彼女から要求があり、車体の位置を変更する。
先ほどの一般車両と比べればハンドルやアクセルの感覚が違うが、揺れは確かに減ったと感じる。
車によってここまで変わるのかと木村も感動を覚えた。
「風が心地よいぞぉ。景色も良いなぁ」
景色はさほど変化ないのだが、窓から入ってくる風は確かに心地が良い。
おっさんがヘルンに付いているので、代わりにアコニトがときどき話しかけている。
木村も安定性が増したことで安心感が増し、運転にもやや慣れて来たので、彼女の声に返答していた。
「もじゃもじゃ頭から聞いたぞぉ。坊やはあの色黒小娘と言い争いをしたようだなぁ」
「……言い争いってほどじゃないよ。ただ、ちょっとイライラしてたから」
「どうして苛ついておったぁ?」
「どうしてって……」
いろいろ重なったためだろう。
そこのクズリスの蛮行もあったのが大きい。
「儂もあのおぼこに会ったが、おもしろい娘だったぞぉ」
「えっ、カクレガであったの?」
「おぉ。夜にな。腹が減って外に出たんだろぉ。一緒に食堂で飯を食ったぞぉ」
にわかには信じられない話だ。
尻尾が家出中ならワンチャンあるだろうが、問題が一つ残る。
「カクレガなら、耳は隠してないよね」
「当然だぁ。なぜ隠す? 儂の自慢の耳だぞぉ。あのおぼこ、叫んでおったわぁ。『騙したな! この悪魔! 殺してやる!』となぁ。必死な姿がどうにも健気でなぁ。世間話が盛り上がったんだぁ」
嘘だ。
世間話で済むわけがない。
おそらくロゥもその場にいただろう。
彼の心労は計り知れない。木村ならすぐさまおっさんを呼ぶ。
「坊やはあの小娘が嫌いだろぉ。あやつの母も嫌っていたように見えたなぁ」
「まあ、そうだね……」
当たりである。
母子ともに木村はあの家系が好きになれない。
「それはな、同族嫌悪だぁ」
「同族嫌悪?」
木村が考えていない語句が出てきた。
アコニトを見るが、彼女は楽しそうに前方を見ており木村を見ていない。
木村もすぐに前方へ視線を戻す。
「あの小娘は、坊やとよく似ておったぞ」
「……は? え、どこが?」
その言葉にはさすがに疑問を呈さずにはいられない。
まったく違うはずだ。ロゥと木村ならまだしも、カリーフと木村が似ているというのは聞き捨てならない。
「迷い続けているところだなぁ。自らに与えられた力。正しい道はどれか。自らの無力さ。そして、召喚した者との関係性。どれもそっくりではないかぁ? ん~?」
徐々に顔を近づけているのか、声が耳元でしてくる。
ずいぶんと楽しそうだ。
「おい、女狐。キィムラァの運転の邪魔をするなら、座席を前に移すぞ」
おっさんがアコニトを窘める。
エンジンルームを前の席と言って良いかの議論はおくが、木村としては言葉をかけてくれて助かった。
視野が急激に狭くなったことを自覚していたところだ。
「似てるかなぁ?」
アコニトは笑っている。似てないと木村は思う。
木村は確かに自分に与えられた力が何かを考えることが多々ある。
なぜこの異世界に来ることになったのかは、異世界で過ごすようになってテーマから外れたことはない。
一方で、あのカリーフが、彼女自身に力があることを疑問にすることはあるのだろうか。
他の項目についても同様だ。けっきょく彼女の気持ちがわからない。
「うーん。カリーフがどう思っているかわからないから、似ているのかどうかがわからないね」
「そのとおりだぁ。一度、膝を突き合わせて話をしてみろぉ。坊やは間違いなくあの小娘と相性が良いぞぉ」
アコニトは上機嫌である。
要するに話してみろと言いたかっただけではないか。
「ただ、家名をやたら強調するところは儂も好かんなぁ」
「そうなの?」
カリーフの家名はエニアだっただろうか。
日本人転生者は清水だったので名字が違うな、と今さら思った。
現地人に清水さんが婿入りしたということなのか。それなら下の名前で知られていてもよさそうだ。
「でも、そうなると自分も一緒か。木村は名字だし」
「は?」
アコニトがすごい真剣な疑問の声をあげた。
彼女特有のけだるさを感じない鋭い声だ。珍しいので木村が隣をチラリとのぞき見ると彼女は首を九十度に折り曲げて木村を見つめていた。
木村は彼女の顔と眼が怖くなり、無理矢理首を前方に戻す。
「おい坊や。キィムラァはうぬの名ではないんか? あ?」
なんでキレ気味なのかわからない。
こんなときだけ神らしく恐怖を示すのはやめて欲しい。
「木村は名字……家名だよ。下の名前は別にある――というか自分の国だと全員がそれぞれ下の名前を持ってたよ」
「贅沢だぁ」
いや、贅沢言われても、というのが正直な木村の思いだ。そんなものだからとしか言いようがない。
たしかにゲームのキャラで名字と名前を持つキャラはあまりいない気がした。
覚えづらくなるというのがもっともな理由だろう。
「で?」
「……で?」
「名はなんだ?」
「言わないとダメ?」
疑問の応酬である。
木村としてはあまり名前を言いたくない。
親の趣味が多分に含まれており、名乗るたびに名前負けを感じる。
「早く言えぇ。儂が儂であるうちになぁ」
いったい何になるのか興味が湧いた。
それよりもアコニトは後ろを気にした方が良いと思われる。
すでにおっさんが臨戦態勢に入っていた。もしもアコニトが何かをすれば、あるいはしなくても殺されるのは彼女だろう。
仕方ないか。
木村は観念した。
隣で殺し合いになって車が横転するよりマシだ。
たかが名前でそんなことになれば、それこそ笑い話にもならない。
「木村――
両親がYosh○kiの大ファンだった。
両親だけでなく、両親の祖父母も大ファンであり満場一致だという。
いちおう「義を忘れることなく、生を謳歌して欲しい(元の名前となった人のように)」という願いが込められているようだが、理由付けは毎回微妙に変わるのであてにならない。
「……なんだぁ? 名を出すのを渋る割には蔑称も淫語もないぞぉ。良い名ではないかぁ、あれかぁ? 遠回しの自慢かぁ? んー?」
怒っているような気がしてちらりと左を見るが、耳はピコピコと動いているので機嫌が悪いわけではなさそうだ。
「ヨォシキィかぁ」
なにか違う。食材宅配サービスの会社名に近くなっている。
正しておこうと思ったところで邪魔が入った。
「あ、あ、あーー! スクープが、キターーーー! 左側に移動して! はやくはやく!」
ヘルンが騒ぎ立てた。
足でおっさんを蹴っているが、おっさんはうまく足を捌いている。
木村がちらりと左を見れば、ワイルドハントの左側前方に不穏な影が見えた。
「魔物?」
「おかしいねぇ。僕ですらアレに挑んだらダメだってわかるのに」
かなり大型の魔物が数体いる。
大きさだけならワルキューレ軍団にもひけを取らない。
数では魔物側の圧倒的不利だろう。
「強いの?」
「大きさは強さでもあるぞ」
おっさんのこの言い方は強くないときだ。
弱いとは直接的に言わない。変な言い回しで煙に巻く。
「はやく! 左!」
「キィムラァ。スピードを落として、行進の後ろに回るんだ。前をいくんじゃないぞ」
「了解」
言われたとおりスピードを落とす。
ワイルドハントの行進の後ろにつき、その後で左に寄っていく。
ワイルドハントの向きも魔物の方へと変わった。
その後は先日と同じだ。ワルキューレが叫ぶだけで魔物は跡形もなくなってしまう。
止まることもなく、そのままワイルドハントの行進は続いた。
「何だったんだろう?」
「わからんかぁ? 操られておったぞぉ」
「そうなの?」
「儂も似たようなことをするからなぁ」
「人形のようでしたね。魂というか熱が感じられませんでした」
木村はよくわからない。
残りの三人、ヘルンですら様子がおかしいとわかっている様子だ。
「あの魔物。前に似たようなのを見たことがあるんだよねぇ」
ケルピィが一つの可能性を挙げた。
「どこで見られたんですか?」
「アルフェン平原。会戦に乱入してきた魔物とどことなく雰囲気が似てた。あのときは逃げるので精一杯だったからはっきりとは言えないけどね」
それはつまり……どういうことなんだ?
木村は考えてみるのだが運転中は意識がまとまらない。
持ち帰って考えてみることにした。
写真も撮り終え、カクレガに戻る。
ブリッジで地図を見ながら、ケルピィに言われたことを考える。
考えてはいるが時間制限があった。モルモーやロゥ、それにカリーフを呼び出していた。
彼女たちが来れば何らかの話が始まる。
アルフェン会戦で現れた魔物と、似たような雰囲気の魔物がこのパルーデ教国でも確認された。
さらにアコニト曰く魔物は操られているという。
アルフェン会戦の魔物は誰かにおびき寄せられたという話だったはずだ。
ようやく木村にもわかった。
やはりパルーデ教国には魔物を操ることができる存在がいる。
読みは正解だった。
カリーフは人型に化けたモルモーを魔物と気づかず、話の入りは穏やかな調子だ。
「カリーフさんの姉、もしくは彼女の被召喚者なんですがねぇ。ひょっとして魔物を操れませんか?」
「……そんなわけないでしょう。馬鹿なことを言わないでください」
ケルピィが単刀直入に尋ねた。
カリーフは否定した。
しかし、どう考えても嘘だとわかる。
すごい動揺してる。カリーフは目を逸らして髪をくるくるといじり始めた。
「操れ■ようだぜ。おいらも前に会っ∠けど、なんか人っ@くないんだよな」
「あなたは黙っていなさい」
「人っぽくないって言うと?」
カリーフは黙らせようとするが、ロゥは黙らない。
正直に話してくれるようなので助かる。ただし、彼も全てを知っているわけではなさそうだ。
「な∈だろうなぁ。ダン≒ョンの人型¶ス? 姿は人ゞけど、何か違*って∬じる。∑礼だけどモル○ーさんと雰囲±が似⊆たかなぁ」
「本当に失礼です。彼女は人間でしょう。何を言っているのですか」
彼女“は”ともう答えを言ってしまったようなものだ。
しかも、気づいていない様子である。ロゥは彼女の失言に気づいたが黙っていた。
「いえいえ。私は気にしていませんからお気になさらず」
モルモーが綺麗な顔でロゥの発言を許した。
ロゥの発言に信憑性が増した。彼はモルモーの違和感に気づいている。
きっと、その被召喚者は人じゃない。
「仮に、万が一ですよ。その被召喚者が人じゃなかったとして、問題になりますか?」
「いいえ。ワイルドハントは魔物も狩りますが、道から逸れて大人しくしているのならわざわざ狩りません」
「たとえば、その魔物が別の魔物をけしかけてきたとしたら?」
「道から逸れているなら何もしないでしょうね。特にワルキューレも走っているだけでは暇でしょうから、むしろ力を振るえて感謝するくらいでしょう」
「蛮族が!」
「まったくです」
カリーフが叫んだ。
これにはモルモーも深く賛同の意を示す。
基本的に戦闘民族なので戦わないと死んじゃう病らしい。
「ただ、ワイルドハントの目的に該当すれば話は別です。――私の眼を見て」
モルモーが席を立ち、カリーフの前に移動する。
その後、腰を落として視線を合わせた。
「あなたの姉と彼女の呼び出しの応じ主は、戦争や病気を広げるようなことをしましたか? 闘争を引き起こしましたか?」
「し、していません。私は知りません」
「……そうですか。不躾な質問でした。お許しください」
カリーフは「わかれば良いのです」と席を立った。
モルモーが彼女の心を読んだ。読心術は彼女の得意技だ。
カリーフとロゥが部屋から出て行き、ロゥだけが戻ってきた。
木村とロゥがモルモーを見る。
「戦争を仕掛けたかどうかについて、彼女は何も知りませんでした。しかし、彼女の姉と応じ主が魔物を操る力を持っているのは間違いないようです。力を忌避されて、辺境に飛ばされているようですね。はっきり言いましょう。もしもケルピィやメッセの言われた事案を、彼女たちがやったなら――間違いなく狩りの対象になります。そして、それらは隠し通せません」
遠回しの死刑宣告だった。
「ど★にかして止√られないもんかな?」
モルモーは首を横に振った。
ロゥも「そっか」と肩を落として、ブリッジを出て行った。
木村は地図を見る。
彼女がいるであろう地点はまだマップに現れていない。
それも数日の話だろう。
二日後に問題の都市、カラーブについた。
西に大きく移動し、ハムポチョムキキ平野やデモナス地域にも近い。
もしも魔物を捕らえるなら絶好の場所とも言える。
あるいはそれを狙ってこの都市に移されたとも考えられる。
カリーフは知らないようだが、母のサナが知らないわけがない。
将来への布石とも考えられる。そうなると――。
木村はここで考えることをやめた。
暗い考えしか出てこない。
カラーブの防衛戦力は少ない。
都市の真ん前だけに戦力を置き、周囲には展開していない。
ここだけ見れば良いことだ。
ワイルドハントの行進が、ここ数日の例に従い都市を逸れるなら被害はゼロである。
きちんと身の程をわきまえ、覆らない戦力差を承知している。
「止まりましたね。休憩です」
ワイルドハントの行進は、たびたび休憩する。
木村は時間を計っている。だいたい二時間に一度十分ほど小休憩を取る。
今は休憩時刻から外れている。
木村は外れている時の記録も残していた。
時刻が外れているときは、多くの場合でその後に戦闘が起きている。
「行きましょう」
木村たちは席を立った。
今回はロゥも一緒に付いてくることになった。
車でワイルドハントの近くまで移動する。
近づいても文句は言われない。それどころか誰も気に留めない。
実は昨夜、明日の行進に密着取材させて欲しいとヘルンが頼んでいた。
こうなることを予期しての発言なので良いことではない。
止められるわけでもなく止めようともしていない。
彼女はただ近くで撮りたいだけだ。
木村はどうなのかわからない。止められないとはわかっている。
止めるのを諦めても良いものかを疑問に思う自分がいることを木村は自覚していた。
「すま#ぇ!」
「えっ?」
ワイルドハントの老人の近くに来たところで、ロゥが車から飛び降りた。
そうして老人のところまで走って行く。
木村はその光景を唖然と見つめた。
スクルドがロゥに気づき、道を遮ろうとしたが老人が声をかけてすぐに開けた。
老人とロゥが向かい合った。
「サ¢ィフとその被∵喚者を殺仝のか?」
「いかにも、殺すことになる」
老人は答えた。
答えは短く簡潔だ。
「そい∞は覆らな♪ものか♀?」
「ならんな。そやつらの行いを儂は見た。そやつらを生かしておいては、数多の命が失われる」
「おい∧が! おいらが彼女⊆ちを説◎する! おいらの命≠ってくれ〃やるから! だか▽!」
「ならん。すでにそやつらの行いで35921名の命が失われた。家族を入れればさらに増える。生かしておくことは法に背く」
「そ♭は――」
ロゥの言葉が詰まった。
老人が囁く。
:
「此度のワイルドハントはᛏのルーンで誓われておる。ワイルドハントの厳正なる法と秩序に則る、とな」
残念ながらロゥの直訴は退けられた。
しかし、木村は彼の勇気を評価したい。
それは老人も同じだったようである。
「だが――、偽りの心なく、真に咎人らの救済を願い、儂に談判したその行動には聞き入れるべき点はあろう。いかん?」
「彼に力を見ました」
スクルドが一言だけ告げた。
老人も頷く。そして、囁いた。
:
「お主にᚢの力を垣間見た。意志から形を創り出す力だ。儂らのᛏには及ばんが、儂の主張だけは今回だけ曲げるとしよう」
老人が顔を上げた。
そして、静かに告げる。
:
「此度の断罪は抵抗する一切を無視せよ。咎人の処理の一切はスクルドにおこなわせる。それでは貴公ら――行進を再開するぞ」
老人が言い終わると同時に全員が立ち上がった。
ロゥの横を神々が通り抜けていく。
おっさんに頼み、ロゥを車に引き入れた。
そして彼らの後を追う。
今回の行進は粛々としている。
ワルキューレ達の大合唱は聞こえない。
無数の足音だけが、まっすぐ都市カラーブにむかう。
防衛していた兵士達は狼狽し、あちこちに逃げ惑った。
門を閉じようとするが、そこはワルキューレ自慢の力で門はあっさりこじ開けられた。
車で彼らの後を追う。
どうやら車も行進の一部とみられたのか攻撃されない。
道に高低差がないのはありがたい。
広い道を車に乗って、ひっそり彼らの後をつけた。
一番奥の宮殿前で神達は止まった。
広場と言うより修練場のようだが、神々全員が入るにはちと狭い。
宮殿もどちらかと言えば要塞寄りだ。対魔物を想定しているようだが、対ワルキューレは想定していないと見える。
要塞から人が二人やってきた。
さらにその後ろから魔物が続いて出てくる。
両手を挙げて、腕に白い布を巻いている。
おそらく降伏の印と木村は判断した。正しい。
二人は「どんな要求にも従うので命は助けて欲しい」と懇願した。
その二人と魔物の前にスクルドが歩み出る。
:
囁きとともにスクルドが剣に手をかけた。
サウィフとその隣の人物、さらに後ろの魔物、周囲で戸惑っていた人たちが淡い光を灯した。
「えっ、何これ?」
よく見ればワルキューレや老人、さらにはおっさん、ロゥにも色とりどりの光がともっている。
CP-T3やケルピィにすら光が灯る中、唯一、木村にだけ光は灯されていない。
:
スクルドが剣を抜く。
剣にはルーンと思われる文字が記されている。
ちゃっかりヘルンが前に出て、カメラのシャッターを切り続ける。
この場面で動けるのはある意味すごいと木村も感心した。
本当に彼女のプロ意識には驚かされる。
良くも悪くもだが。
剣が抜かれると、各人から出ていた淡い光がそれぞれ上に伸びて行く。
一本の線のように伸び、何度も枝分かれしていった。
線が途中で止まる人やどこまでも伸びる人がいる。
まるで上下逆さの樹形図だった。
「――スクルドが責務を果たす」
短い台詞でただ一振り。
木村にはただ空を剣で斬っただけに見えた。
正面に立っていた二人が倒れた。
周囲からもバタバタと倒れるような音が聞こえてくる。
魔物も大きな音を立てて倒れた。その倒れた人たちを見て悲鳴を上げる声も聞こえた。
倒れた二人から出ていた光の樹形図が根元から切られていた。
倒れていない人はそのままだが、倒れた人間は全て、灯りが人から出た直後で裁断されている。
まるで――そう、木村は思った。
無数に伸びる彼らの未来を根元から断ち切ったようだ、と。
スクルドが剣を鞘に納めると彼らはすぐさま立ち去った。
ヘルンが彼らと倒れている人たちを撮影し、木村たちも彼らの後を追い、逃げるようにその場から離れた。
木村はハンドルを握り、アクセルを無心に踏む。
木村は何度もルームミラーを見た。
ロゥの頭で隠れて、後ろがよく見えない。
後ろから何かが車を追っている気がする。
錯覚だとは思う。
鏡にはやはり何も映らない。
四人姉妹の二人が殺された。
残りは二人。母も入れれば三人。
悪い予感が頭を離れない。
全員、死んでもかまわないと思っていた。
今も思っている。
それなのになぜだろう。
どうにかして助けられないかという真逆の思いも湧いてくる。
ワイルドハントは続く、まだ終わりは見えてこない。
88.メインストーリー 6
ワイルドハントの終わりがようやく見えてきた。
十日ほどかけてパルーデ教国をぐるっと回り、国の中心かつ出発点に戻りつつある。
どうやら今回の行進は総本山のラベクで始まり、ラベクで終わると見える。
カリーフの姉が二人ともやられた。
それ以外の被害は少ない。ときどき盗賊らしきアジトを潰していたくらいか。
最後のラベクで起きることは想像がつく。
サウィフらは王国で戦乱を引き起こし、その行為を悪とされ未来を断たれた。
カリーフは知らされていなかったようだが、もしも他国で動乱を引き起こすのがパルーデ教国の方針なら彼女の母であるサナが知らないわけがない。
そして、母親のサナはラベクにいる。どうなるかは明白だ。
イベントミッションも達成しつつある。
日数が経過するごとにミッションが増えるタイプだったが、それ以前に達成済みなら改めて実行する必要はない。
ワルキューレ達と食事とか、一緒にお昼寝とかクソみたいなミッションが多すぎた。
現在の進行中ミッションは二つ。
“ルーン文字24字の確認”は相変わらずだが、気づけば半分以上埋まっている。
もう一つの未達成ミッションは“ワルキューレ全員のスキルを撮影する”であり、こちらがまだ埋まっていない。
ゾルに聞いたところ、フリストとヒルドいう二体のワルキューレがまだスキルを使ってないようだ。
どうして使ってないのかと尋ねたが、必要ないからと話していた。
フリストは角笛で全状態異常無効化とバフをマシマシに付与するらしい。
そりゃ、あのワルキューレが人間相手にバフを使えばさすがにオーバーキルにもほどがあるだろう。
ヒルドはワルキューレの中で比較的穏健派であり、滅多に戦闘はしないようだ。
ただし、戦場での戦力分析がずば抜けており、まるで何度も彼らの戦いを見たように戦力を見極める。
かなり特殊な力を持つと言うことは知られているが、ゾルもその力を知らない。
アナライズか何かかなと木村は考えた。
どちらにしても見る機会が訪れることはないかもしれない。
ミッションもさることながら、やはりラベクの行く末が木村は気になっている。
サウィフのいた都市は、ロゥの働きによりわずかな被害で突破された。
ワイルドハントの面々は関係者以外には手を出していない。
あのときだけの例外だ。
老人も「今回だけ」と強調していた。
もしもサナが、ラベクで徹底抗戦をおこなえばどうなるか。
抗戦の意味はない。彼女を守ろうとする人が、例外なく死んでいくだろう。
もちろん彼女も死んで今回のストーリーは終わる。
木村の中に暗い考えが渦巻いている。
サナ達を捕らえて、引き渡すことが被害を最小限に抑える術ではないか、と。
馬鹿なことだとも思う。どうして木村がそこまで部外者の人間に気を揉む必要があるのか。
今までも多くの人たちが死ぬのを見てきた。今回も黙って見ておけば良い。相手が相手だ。下手に手を出すべからず。
ただ……、本当にそれでいいのか。
正しい道がわからず、堂々巡りの日々を彼は過ごしていた。
木村は食堂にいる。
クロエの作った甘いクッキーをつまんでいた。
彼女のお菓子のファンのために食堂の調理場を拡張し、クロエのお菓子作りスペースを作った。
彼女もお菓子作りが好きなため、積極的においしいスイーツを作ってくれている。
周囲もわいわいガヤガヤと賑やかだ。
ブリッジや自室で考えごとをすることが多いが、たまにはこういうところで考えるのも良い。
暗い思考が明るい方へ移るのを木村は期待している。
「ここ、い∪か」
アフロ頭がやってきた。
ロゥである。彼もやつれているのが見て取れる。
隣には召喚者であるカリーフもいた。
ロゥが彼女の分のスイーツも持っているようで、彼女は手ぶらである。
木村一人でもキャラはあまり近寄らないが、この二人が来てしまいさらに周囲のキャラ達が遠のく。
ロゥが喋り、木村が軽く受け答えをするくらいだ。
普段ならそれで良い。だが、今は気になることがあったので木村はカリーフを見た。
アコニトから木村は彼女とよく似ていると言われた。
要は、「話をしてみろ」ということだったが、先延ばしにしていた。
木村がカリーフを見る。
話しかけるなオーラが見て取れる。
彼も教室で似たような状態だったのでよくわかる。
「カリーフさんに話があります」
「私はありません」
にべもないとはこのことだ。
木村も話を打ち切ってしまいたいが、いつまでももやもやの中で過ごしたくはない。
この話でダメなら全てを見極めるられる。いや、見極めるというよりは見切る、見捨てる決心がつくというのが正しいか。
木村はカリーフに言葉の矢を射かけた。
「カリーフさんは召喚という力をどうお考えですか?」
カリーフのクッキーをかじる手が止まる。
彼女はラベクの行く末を問われると考えていたのだろう。
顔がやや驚いている。どうやら想定していなかった質問だったようだ。
「僕にも召喚という力があります。この力がどうして自分に与えられたのかをときどき考えます。しかし、いまだに答えは出ません」
ソシャゲの主人公だからという解は出せるが、これはシステム上の仕様というだけだ。
自分で考え抜いた後の結論ではない。きっと間違っている。
「つまらない問いです。私に『やるべきことをやれ』ということでしょう」
「やるべきこととは?」
「人の世界を作ることです」
これはなんとなく予想していた答えだ。
サナも同じようなことをダラダラと述べていた。
「そのやるべきことに疑問を持つことはありませんか?」
「ありません。あなたはあるのですか?」
「どちらとも言えません。僕にはやるべきことが何かがまだわかっていませんから。ときどきこれをやるんだみたいな状況に出くわしますが、迷ったあげく見過ごすことが多いです」
「優柔不断。意志薄弱。私は『やるべきこと』に疑問を持つことはありません」
むかつくが、強く否定もできない。
やっぱり全然似てないんじゃないか。どちらかといえばロゥの方がまだ似ていると感じる。
この考えはアコニトにも示した。しかし、彼女は鼻で笑って否定した。木村とロゥはまるで似ていない、と断言もした。
それに木村と彼女を迷っていると言っていたが、彼女はまったく迷っているように見えない。
「やるべきことに対し、自らの無力さを感じませんか?」
カリーフの眉がピクリと動いた。
わかりやすいのは助かる。無力さは思うところがあるらしい。
「あなたの考えを先に聞かせなさい」
「僕はこの力を手に入れてから、自らの無力さを感じなかった日はありません。強くなるのは仲間になったキャラたちばかりで、自分はまるで強くなってない。いつまで経っても変わってないように思います。しかも、キャラ達が強くなっても立ち向かうべき相手がそれ以上に強大でどうしようもなく無力さを感じています」
正直に思っているところを木村は吐いた。
カリーフもやや意外そうに木村を見つめている。
「前半と後半で力の担い手が異なります。私は自らの無力さを感じますが、あなたのような無力さは感じません」
「それではカリーフさんの感じる無力さはなんなんです?」
「私の腕力で悪魔どもを倒せないというもどかしさです」
「それは……、そうでしょう」
「私自ら悪魔を倒せればどれだけ良いでしょうか。しかし、それではロゥの出番を奪ってしまう。倒す役目は彼に任せています」
「でも、彼だって倒せない相手が――」
「いません。私が召喚したのです。ロゥなら必ずどのような蛮族、悪魔、異教徒の狂神を打ち倒せます」
カリーフは断言した。
発言だけを見れば冗談のようだが、彼女の顔や姿勢に強がりは感じられない。
隣のロゥは迷惑そうな顔でカリーフを見たが、まんざらでもないような顔つきに変わった。
「あなたは信が足りていない。自らの召喚した者たちへの信頼が欠けている。何よりも自らへの信頼がない」
まっすぐに言われて、木村もしばらくカリーフから目がそらせなかった。
それについてはときどき彼も思う。だが、彼は力への疑問と疑念ばかりで信用することはできない。
話を逸らすように最後の質問を投げる。
「召喚したキャ……ロゥとの関係性はどう考えていますか?」
「質問が漠然としています」
それもそうだ。
木村も質問されたら、「主人公とキャラ」と答えてしまいそうだ。
「漠然としていても答えは同じ。我々は――運命共同体です」
木村は想像よりも数十倍重い答えが返ってきて、比喩抜きで言葉を失った。
隣にいるロゥも、「えっ」という表情でカリーフを見ている。
「これは我々の教祖――導師エニア・カルンと剣聖スィーミッツの時から変わりません。サナ母様とゴート殿、ラビア姉様とウェール殿、サウィフ姉様とヴィラ殿、シターとカゲロウ殿も然り。そして、当然、私とロゥも命運を共にしています」
本当か?
ロゥはカリーフと木村を交互に見てきている。
初耳と言わんばかりだ。彼自身も依頼で来たとか、早く帰りたいと話していた気がする。
「サナさんからは協力依頼だと聞きましたが?」
ロゥも木村の発言に頷いてカリーフを見た。
彼女はぶれない。
「崇高なる使命を遂行するための協力依頼ですよ。私たちは彼らに自らの命をかけています。彼らが死ぬときは私も死ぬときです」
覚悟が違った。
悪く言えば命を投げ捨てるという主張だが、覚悟は覚悟だ。
「あなたは違うのですか?」
木村は違う。
キャラは死んでも復活する。
仮に全滅しても、自分だけは助かると心のどこかで考えている。
カリーフの声が木村の中で反響している。
覚悟が違いすぎる。命知らずで愚かな覚悟だが笑うことはできない。
思えば、彼女の二人の姉とその被召喚者も最期まで一緒だった。彼女たちにもその覚悟があったのだ。
「……あれ? この話は前にもしませんでしたか?」
カリーフの顔が曇った。
頭を押さえているように見える。
「アコ≠トのねえ▽んと同じよ@な話をし▽な。あ♭ときは酔って∬から」
「狐の蛮族と? この私が? 話を?」
ロゥは頷いた。
カリーフは記憶が曖昧なようだ。
どうやらアコニトにアルコールを混ぜられたらしい。
もしかしたら彼女の毒も入っていたかもしれない。
木村はようやく話の流れがわかった。
木村とカリーフは、まったくもって似ていない。
アコニトに騙されたのだ。
木村がカリーフに興味を持って、話をするようけしかけられた。
まんまとはまってしまったわけである。
召喚という同じ力を持つという点では同族だが、考えがまったく違う。
嫌悪の理由もなんとなくわかった。彼女たちの覚悟が、木村の希薄な覚悟を刺激している。
……やはり、これは同族嫌悪であってるのか。
似ていないだけだ。
木村の迷いはむしろ深まった。
彼女たちとどう接すれば良いのかが余計にわからなくなる。アコニトを殴ってやりたい。
そんな気持ちで通路を歩いていると、ほげほげクスリで飛んだアコニトがおっさんに殴られる瞬間に出くわした。
痛みを感じないのかへらへら笑って、ひっくり返っている。
彼女への苛つきが阿呆らしく感じた。
そうして数日が経ち、カクレガはラベクの目前に迫るに至ったのである。
ラベクの前には兵が集結している。
最初の時よりもずっと少ない。
死を覚悟した戦士達だけが残ったのだろう。
ワイルドハントも最後の休憩をしている。
やがて彼女たちは立ち上がった。
「ロゥたちはどうなるかな?」
「助からないぞ」
すでにカリーフとロゥはカクレガを離れている。
ラベクに集結し、ワイルドハントを迎え撃つと主張したのだ。
木村は彼女たちを止めた。
意味のないことだと、無駄死にだと、彼の思うところを正直に告げた。
ロゥには死んで欲しくなかったし、カリーフも好きにはなれないが召喚者としては嫌いになれない点もある。
木村たちはカクレガから出てワルキューレ達を車で追う。
ワルキューレの一人が角笛を鳴らした。彼女がフリストだろうか。
最後の最後でようやくバフをかけていく。オーバーキル待ったなしである。
ラベク追悼の音にしてはややけたたましすぎる。
衝突と呼べるものではなかった。
紙くずのように防衛戦は踏み崩され、ラベクの大門は暴力の嵐で消し飛んだ。
街からは土煙が舞い上がり、舗装された道は砂に戻っていく。
権威を示した荘厳な神殿は遺跡になった。
わかりきっていたことだ。
木村たちは廃墟と化したラベクに入る。
十日ほど前に見た景色はもはや見ることはかなわない。
最奥の神殿跡地は、跡地に相応しく土台以外が残っていない。
果たして戦闘と呼べるものがあったのだろうか。
ラベクが滅び、ワイルドハントは終了した。
ワルキューレ達や他の神々の姿が消えている。
老人がただ一人、遺跡の跡地でパイプをたしなんでいた。
最初に出会ったときと似た雰囲気を感じる。
木村が車から降りて、老人に近寄る。
老人の顔は帽子のツバに隠れて表情が読めない。
「終わりましたね」
「さよう。終わった」
木村は振り返る。
すでに避難していたのか人は少ない。
瓦礫ばかりが散らばっている。
「満足ですか?」
木村は尋ねてみたかった。
圧倒的戦力差で都市を粉々にして、そこを守らんとする戦士達もくびり殺した。
神の力、恐怖を見せつけるというのなら完璧だろう。
悪人を葬るという目的も達成したはずだ。
「選別はできたんですか?」
老人の目的はこれだったはず。
来たるべき戦いに勝つのために戦力を集めるというのが、彼にとってのワイルドハントと聞いた。他ならぬ本人からだ。
答えはない。
沈黙が最良の答えとも言える。
実はモルモーから選別がうまくいってないことは知っているので、老人を皮肉った質問だ。
ワイルドハントの途中で選別された戦士の魂は、ワイルドハント中は戦列に加われるらしいが、メンバーは増えた様子がなかった。
「駄目でしたか。また他の地で同じように繰り返すんですか?」
「そのような時は儂らに残されておらん。まさか戦士が一人もおらんとは……」
ようやく返答があったものの、続く言葉はなかった。
時間はないらしい。なんだか老人が絶望しているようにも見え始めた。
一国をぐるっと回ってまさか戦士の魂が一つもないとはオーディンですら思ってなかったとみえる。
「お話し中に失礼するでござる」
「うおぅ!」
いきなり木村の横から人影が現れて、思わず彼は変な声を出した。
何だと思えば、今回のゲストキャラであるカゲロウだ。
「頼みがござる」
「はぁ、言ってみるでござる」
いきなりすぎて理解が追いつかない。
思わず木村もヘンテコな語尾がうつってしまった。
「某とシター様を、その方らの土舟に乗せてはもらえんでござるか?」
よく見ると、Ninjaキャラの足下に見覚えのある幼女がいた。
顔をNinjaの足に押しつけている。わずかに見えたが涙を隠していたらしい。
土舟とはカクレガのことだろう。一緒に行きたいらしい。
Ninjaと召喚師が仲間になりたそうにこちらを見ている状況だ。
「良いですけど……」
木村としては別に問題ない。ただ、問題はここにいる老人がどう考えるかである。
彼は何も言わない。そもそも生きて出てこられる時点で彼女とNinjaキャラは見逃されたと考えられる。
なぜ、老人がいる前でわざわざNinjaが出てきたのかも木村には何となくわかった。
本当に見逃されるかどうかを試した。自らがどうするかも述べて、それを認めてもらおうという流れだ。
そして、彼らは無事に見逃された。悪事にはまだ関わらず、抵抗もしていないので興味がないだけかもしれない。
「シター様。ご挨拶を。これからお世話になるキィムラァ殿でござるよ」
ニンニンとわざとらしすぎて木村はこのNinjaキャラが好きになれそうないと感じた。
いかにもなキャラ作りは彼の趣味ではない。
「どうして助けにきてくれなかったの?」
シターが顔を上げて、木村に開口一番尋ねてきた。
木村は言葉に詰まった。
「どうして母様や姉様達は死ななきゃならなかったの? あなたたちはいったい何がしたかったの?」
次に老人に尋ねた。
幼女の目頭に涙が溢れてきている。
木村は彼女たちと一緒には行けないと感じた。
問われた側の老人も手に持ったパイプがピクリと震えたのが見えた。
おそらく最後の「何がしたかったの?」が効いている。
これでは本当にただの虐殺巡礼だ。
「私も一緒に死ななきゃいけなかったのに。どうして私だけ助かったの?」
シターがNinjaを見上げた。
木村もふと疑問が湧いた。どうして助かったんだろう。
このNinjaは他が全滅するまで戦っている中でいったいどこにいたのか。
答えはもちろんシターと安全圏に隠れていた――になるのだろう。
木村は賢い判断だと思うが、召喚主のシターはそれを良しと見ていない。
ここで家族や住民らと討ち死にすることを望んでいそうだ。
男三人が幼女一人に誰も返答できない状況が生まれた。
幼女の見た目だが、カリーフと一つしか離れていないはずである。
あっちが大人びていて、こちらが子供っぽいのだろう。
「私も母様や姉様と同じところに連れて行ってよ」
ワイルドハントで(私も家族の元へ)連れてって――嫌な流れでイベント名の回収ができてしまった。
おそらく異世界版だけの特別仕様だろう。
これまた男三人は沈黙である。
現実逃避的に木村は考える。
どうして助けなかったんだろうか?
助けられないとわかっていたからだ。敗北が明確に見えていた。
「もしも僕たちが助けに来たからといって、何かが大きく変わったのかな」
木村は変わらないと思う。
「助けに来てもやっぱり、サナさんやカリーフさん達は死んでたと思うんだ」
きっと結末は変わらない。
それならこれからどうするかを考えるべきだ。
「生き残ったのは、きっとやるべきことがあるんだと思う」
「お母様も同じことを言ってたよ。でも……」
やるべきこと……、カリーフも同じことを言っていた。
彼女はどうやって死んだんだろうか。ロゥはどうやって戦ったのか。
「きっと互いに信じていたんだろうなぁ」
倒せない敵などいないと彼女は信じきっていた。
ロゥもなんだかんだでカリーフを信頼していたように見える。
「僕もキャラ達を信じて、そして自分を信じることができていたら……一つでも結末を変えることができたのかなぁ」
意味のない問いだとわかっている。
こういう疑問を投げるときはけっきょく同じ状況を繰り返し、また同じ台詞を吐く。
同じループを何度も繰り返す。
木村は自分がますます嫌になってきた。
「――試してみんか?」
木村が自らに嫌気がさしていると、老人が木村を見てそう言った。
老人の瞳が木村を見つめる。
今まで恐怖を感じなかった老人が、初めて不気味に見えた。
老人が木村の全てを見つめているようだ。
「試せるのなら試したいですが、もう全てが終わってしまっています。でしょう?」
「さよう。儂らに新たな出発は許されておらん」
次はないのだ。
木村は助けず、ロゥ達は死に、ラベクは滅びた。
「だが、巻き戻すことはできる。――ヒルド」
老人が名を呼ぶと、どこからともなく足音が聞こえ、ワルキューレが現れた。
シターが叫び声をあげてカゲロウに抱きつく。
「どこまで戻せるか?」
ワルキューレが何かを話した。
独自の言語らしく木村はうまく聞き取れない。
集中すれば聞き取れることがわかったのだが、彼らの言語はなかなか難しい。
「突撃の直前までだ。一度きりになろう。死力を尽くせよ、無色の若人。――始めよ」
ヒルドと呼ばれたワルキューレが手に持った鐘を鳴らす。
大きさはさほどでもないが、鳴り響く音は異様に大きい。目覚まし時計でもここまでうるさくはない。
:
鐘にはアルファベットのBのような文字が刻まれている。
ルーンの一覧にこの文字があったと木村は記憶していた。
鐘の音が光として周囲を伝播していくのが見えるようである。
ヒルドは何度も鐘を鳴らす。木村もあまりの音声に思わず顔をしかめた。
頭にもガンガン響く、眼を閉じても耳を塞いでも音が響き渡り、立っている感覚も薄れてくる。
やがて音がどこか遠くへ行って、ようやく耳を押さえる手を離すことができた。
そして、ゆっくりと眼を開く。
そこには黒い球体が浮かんでいた。
「お? ℃うして±こにいるん⊆?」
視線を降ろせば顔がある。
聞き取りづらい声も聞き覚えがあった。
「ロゥ?」
「ああ、おい▽だ」
ロゥがいる。
普通に足で立っていた。
幽霊でもない。触ってみたが実体はある。
周囲には人の姿が見える。
神殿もまだ跡地になっていない。
人こそ少ないが建物も健在なままだ。
「死んでないの?」
「生きて∞ぜ。これから*うかはわからねぇ◆どな」
ロゥは少し哀愁の感じる顔を見せた。
彼の中ですでに死を受け入れる姿勢が感じられる。
「悪魔どもが動き出したぞ!」
遠くからそんな声が聞こえた。
「きなすっ〃!」
「行きますよ。あら、あなた……」
いつのまにかカリーフも現れた。
彼女は木村を見たが、かける言葉も途中で切れた。
カリーフは門へと歩く、その横をロゥも一緒に歩いて行く。
その後ろ姿には死の決意を感じられる。
「……えっ? 巻き戻すってそういうことなの?」
冗談抜きのタイムスリップだ。
こんなこともできるのか。
呆けている場合ではない。
悪魔どもが動き出したということは、ワルキューレの突撃が来る。
角笛の重くのしかかる音が響いてきた。
これは本当にまずい。
「キィムラァ。門の近くまで走るんだ。カクレガに戻るぞ」
おっさんと車もある。
車内にはヘルンもいた。疑問の顔を浮かべている。
「あたしはカクレガの中にいたはずです。どうしてここに。意味がわかりません」
「記憶がないんですね。僕たちは滅んだラベクに行きました。そして、おそらく――時を戻されました」
木村は確認するようにおっさんを見た。
おっさんも肯定するように頷いた。
「珍しい力だな。強力だが発動条件がかなり限定されているようだぞ」
「意味がわかりません」
木村も記憶があるから受け入れられる。
もしも記憶がなくタイムスリップという知識もなければければヘルンと同じ反応をしただろう。あまりにも荒唐無稽だ。
「キィムラァ。遅れたが“ワルキューレ全員のスキルを撮影する”が達成されたぞ。新たなミッションが追加されたな」
「それは後で聞かせてもらおうかな。運転ミスりそうだから」
ひとまず門の近くまで車を走らせるとカクレガの入口が開いた。
そのまま中に車ごと乗り入れる。
一安心ではある。
「キィムラァ。ボス戦だ。戦闘メンバーを選ぶんだぞ」
木村はおっさんを見た。
おっさんも渋い顔をしていた。
戦いたくはないが強制戦闘といったところだ、と木村は推測できた。
「あっ」
ヘルンが声を上げた。
何だろうと彼女の視線を追えば、車のフロントパネルで冊子が燃えている。
老人からもらった冊子だ。間違えて襲われることがないように、車の前面に外から見えるように置いていたのだ。
冊子が燃えるということは、見逃さないという老人の意思表示とも言える。
老人の「死力を尽くせ」という言葉が実感を持ち始めた。
木村もようやく当事者として思考し始める。
戦闘メンバーは四人だが、ここにいるのは――、
「戦闘メンバーにはヘルンも入るの?」
「ロゥとヘルンは固定だぞ」
「えっ! あたしは戦えませんよ!」
「ドンパチしあうだけが戦いとは限りません。死ぬ気で撮ってください」
二人はゲストキャラだろう。
CP-T3はさすがにカウントされないようだ。
そうなると実質戦えるメンバーは二人になる。
一人はアコニト神で確定だ。念のためクスリを控えるよう伝えてはいるが大丈夫だろうか。
もう一人は誰が良いのか。
まず魔力探知組は無理である。ウィルとフルゴウルは戦力外だ。
次にゾルを思い描いたが、知り合いだから手を抜いてくれるとは限らない。
むしろゾルが恐縮して力を弱めるとも考えられる。
ボローの挑発は効くかもしれないが、間違いなく瞬殺だ。時間稼ぎにもならない。
ペイラーフ……無駄か。一撃死する相手に回復は無意味である。回復は生きているものに与えられる。
駄目だ。
やはり木村はキャラを信じることができない。
戦闘においてロゥやカリーフのような信頼関係は築けない。あくまで数値や能力に対する信用である。
ステータスが見えるのも大きいだろう。キャラが何が得意で、何ができるのかがおおよそわかる。隠れた潜在能力などは期待していない。
故に、この場面で信用して送り出せる戦闘メンバーが選べない。
ただ、木村のこの考えには矛盾があった。
彼自身の選んだ一人目――アコニトがこの矛盾を体現している。
彼女もステータスだけで判断するなら、ワルキューレの前に立たせても無意味だ。
一瞬で消し飛ばされる存在である。時間稼ぎと自爆はできるが戦力としてはワルキューレの前ではカウントされない。
彼はまだ自らの中に矛盾があることに気づいていない。
木村は隠れた潜在能力に期待はしていないと思いつつも、彼は隠れた潜在能力に助けられている。
竜のトロフィー効果やアコニトの狂った行動で助かっている。
木村がアコニトを選んだのは一種の信頼だが、やはり彼は自らの信頼に無自覚だった。
「誰もいない」
あと一人が選べない。
彼は実力面でなく、パーティー面で考えてみる。
アコニトやロゥと相性が良いキャラだ。……さらにわからなくなってきた。
そもそもアコニトとロゥも意味のわからない力が多すぎる。
アコニトはトロフィー効果を受けすぎて、元のスキルから外れた技になる。
さらに周囲を巻き込むので基本的にボローが安定なのだが、今回は彼では戦力にならない。
もう一人のロゥもステータスが正しく読めない。
ゲストなのでステータスがわかると思ったが、☆2ということ以外は特殊能力持ちということくらいしかわからない。
特殊能力らしき力も最初の頃に一度見たきりでそれ以降は発動がされない。
特殊能力以外にもスキルが一つあることはわかる。
それが何かが読み取れない。
文字化けが――、
「文字化け……? あ、いた」
木村は思い至った。
もはや相性も何もない。
力だけならメインメンバーにも引けを取らない。
是非もない。完全に直感だが、考えたところでこれ以外には選べないだろう。
「よし。カクレガは戦線まで移動させて。その間に、おっさんはアコニトを連れてきて」
「キィムラァはどうするんだ?」
移動しかけた木村におっさんが問いを投げてきた。
木村も自分がどうするかを説明していないと気づいた。
「こっちは――竜人を連れてくる」
相手が超常の神の力でぶつかってくるなら、こちらも歪な竜の力をぶつけるまでだ。
戦闘メンバーがそろった。
そろったのは良いが、戦う前に崩壊しつつある。
久々に歪みが収まった竜人は暴れて手が付けられないのでおっさんが抑えている。
アコニトもおクスリで頭がパーになり、ほげほげ言うだけの置物だ。竜人の歪みを取ってくれただけマシか。
ヘルンはカメラを握っているが完全に戦力外であった。
「開けるぞ」
すでにカクレガは戦線に出ている。
ワルキューレらの足音も響いてきていて怖い。
入口が開くと光が射し込んできた。
同時に乾いた風が、木村たちにひりついた空気を運ぶ。
さらにワルキューレたちの足音が、振動の壁となって木村たちを襲った。
外に出ると、すでにワルキューレが叫ぶ寸前である。
横から見ていたときや、撮影で近くにいたときとはまるで違う雰囲気を木村は感じる。
今までのようにこちらへ手心や配慮がまったく感じられない。殺す気の力を容赦なく過剰に振りまいている。
カメラのシャッターを切る音が響いてきた。
木村が隣を見れば、ヘルンががむしゃらに撮影している。
顔色は良くないが体は仕事を果たしていた。彼女の姿を見て、木村も頭が回転し始める。
ロゥたちがやや後方にいた。
彼らは戦いの意志こそあるが、実際のところ何もできないだろう。
中途半端な魔法などワルキューレには効かない。ましてや武器を手に持っても間合いに入る前に粉にされる。
「おっさん。竜人から手を離して。薬中はそのままで」
おっさんが歪竜から手を離した。
「ボク、コロス」
「殺すならあっちでお願い」
片言の竜人に、木村はワルキューレを指で示す。
竜人はワルキューレを見た。その後、背後の戦士たちと見て、次にアコニトを見る。
竜人が口を開いた。
彼の喉の辺りが赤く光り始める。
彼の顔はワルキューレではなく、アコニトを向いている。
ターゲットの優先順位が、まず仲間キャラとはどういうことなのか。
「そっちじゃない! おっさん!」
「キィムラァくん。戦闘コマンドを開いて。ターゲットを変更」
おっさんは動かない。
戦闘に関しては基本的にノータッチなのは変わらないらしい。
ケルピィの声に従い、竜人のターゲットをワルキューレに変更した。
木村も歪みを防止するために握っていた竜人の手を、力一杯引いて向きを変える。
ギリギリだった。
熱線が戦士達の戦列を掠めながら、荒野をぐるんと半回転してワルキューレたちに向かう。
木村はワルキューレたちが脳筋だと考えていた。
彼女たちは考え無しに魔法を叫び、敵陣へ突っ込んでいくだけだと。
どうやら違っていたらしい。
大盾を持ったワルキューレ――グンがいつの間にか最前列に来ており、竜人の熱線を防いでいる。
竜人のターゲットをボローと同様に取っているようで、他のワルキューレに対象変更ができない。
熱線が大盾を焼き続け、吐き終わった後は何事もないように盾を下ろした。
訓練室の天井を焼いた熱線は、グンのレフ板にもなった大盾に焦げ跡一つ残すことすらできない。
「……硬すぎるでしょ」
間違いなくスキル的な何かが発動されている。
角笛でのバフが彼女の盾にも乗っている可能性も充分ある。
彼女をどうにかしないことには、他のワルキューレにも攻撃ができない。
「ハナセ」
竜人が木村の手を振りほどいた。
木村が手を掴んでいたのは歪みを抑えるためである。
竜人もそれがわかっていたので、手を掴まれてるのを許していた。
それを振りほどくということは、彼はまた歪みに捕らわれることになる。
同時に、彼が歪みの性質を帯びるということでもあった。
竜人がまた口を開く。
彼の体がみるみるうちに歪み始めるが、その歪みが彼の全身から喉を通り、口へと向かっていく。
熱線が歪んだ。
ねじ曲がり、捻りが入りつつグンの盾に当たる。
先ほどのような拮抗はない。グンの大盾が渦を巻くようにぐにゃりと捻られた。
「つっよ……」
盾だけでなく、持っていたグンの両腕もねじ曲げた。
さすがというべきか、グンは体を逸らし直撃を免れたが、行進の勢いは完全に止まる。
一方で竜人はチャンスと見たのか、歪んだブレスをそのまま他のワルキューレに向けていく。
数体が直撃し、その鎧をねじ曲げていく。
:
後ろにいた老人が、杖で宙に文字を描いた。
ただそれだけで、竜人の歪みブレスが空中で止まってしまう。
ワルキューレたちからやや離れたところで、何かの障壁にぶつかっているようで霧散していく。バリアだろうか。
「スキルとバフマシマシの大盾よりも一文字で作ったバリアの方が強いっておかしいでしょ……」
木村も本音が漏れる。
ルーン文字が一つ回収できたのは良いが、あまりにも反則過ぎる。
歪竜のブレスもすぐに限界が来た。
彼自身が歪みに捕らわれて、グニャグニャになってしまっている。
ここまで来るとアコニトで無効化してから、木村の手で歪みを抑えないと元には戻らない。
「アコニト」
「お空がキラキラ、とっても綺麗ね。今日は虹の上でお散歩。るんるん、わくわく、ぞーりぞり」
駄目だ。
アコニトは完全にトンでいる。
見えもしない空の虹を瞳孔の開いた眼で見つめ、ふへふへ笑ってキマっていた。
木村としては最後の「ぞーりぞり」がいったいどういう状態なのか気になるが、きっとわかることはないのだろう。
「キィムラァくん。ワルキューレが突撃してくるよ。スペシャルスキルを使って」
頭が飛んでいてもスペシャルスキルは強制で使える。
ワルキューレの突撃から逃げるように、背後の兵士たちへ木村たちは駆けた。
歪竜とアコニトは動かせないのでそのまま放置だ。
猛烈な勢いでワルキューレが来ているのが音と振動でわかる。
振り向いたら恐怖で足が止まる、と木村は感じた。
「今だよ」
木村はコマンドからスペシャルスキルを選択する。
緩やかになった時の中で、ようやく背後を見て、白く光っていたアコニトを選択した。
本当にギリギリだった。木村たちが駆け抜けた距離の数倍の距離をワルキューレ達はわずか数歩であっという間に詰めてくる。
だが、その勢いは凄まじく、彼女たち自身ですら止めることは難しいだろう。
アコニトのスペシャルスキルには闇竜のトロフィー効果が仕込んである。
攻撃力は皆無だが、時間稼ぎには使える。
迫ってきていたワルキューレ達がアコニトのいた位置で消える。
アコニトも消えたがワルキューレも次から次へと、見えない何かに飲み込まれてしまった。
歪み男ですらこの闇から復帰はすれど、防御はできなかった。ワルキューレたちもやはりこの闇には飲まれるらしい。
ついでに竜人も飲み込んでしまっているが、特に問題はない。
ワルキューレが飲み込まれ、彼女たち以外の神もいくらか消えていなくなる。
木村たちと飲み込まれなかった神々は互いにはっきり見えているが、両者は動こうとしない。間に見えない何かがあるのはあちらも理解できたらしい。
「儂もその力は知っている。不完全とは言え、戦乙女の行進を止めたのは見事であった」
「キィムラァ。“ワルキューレの行進を止める”が達成されたぞ。次のミッションが解放されたな」
何となく嫌な予感がした。
褒め言葉と同時にミッションの達成。次に来る言葉は――、
「これで終わりではなかろう。さらに死力を尽くせよ。――スクルド」
「お、最後のミッションが現れたぞ。“イベントをクリアする(ボスの攻撃を全て耐える)”だ。がんばるんだぞ」
老人の横にいたスクルドが馬から下り、腰に下がる剣に手をかける。
周囲の存在が淡い光を灯した。
木村も前にも見た。
あの時は背後からだったが、今度は正面からだ。
木村たちとスクルドとの間にはアコニトの闇空間が広がっているが、あの剣の前には関係ない。
……というか今回のイベントボスはこの戦乙女兼運命の女神だったのかという気持ちである。
どうやら倒さなくても堪えるだけでクリア判定になるらしい。
だが、どうやって堪えるのかがわからない。
木村が考えているうちに、ボス――スクルドは剣を抜いた。
キャラや敵に灯っていた光から、線が上に伸び、時に分かれ無数に広がっていく。
木村も彼女の攻撃がどういうものか、ルーンの説明を読んでわかった。
この灯りは生物の持つ生命力のようなもので、上に伸びる木の根は彼らの未来だ、と。
スクルドが彼女の剣で切るのは命ではなく、生物に存在している未来である。
木の根のように広がり、また伸びようとする生物の未来を根元からぶった切る無慈悲な一撃だ。
距離も関係なければ、防御もできない。彼女が剣を振るうだけで、任意の対象生物の未来は断たれ、例外なく現在で終わる。すなわち死だ。
生物に存在する隠しようのない、あり得るべき未来という弱点を彼女は切り落とす。
「――スクルドが責務を果たす」
果たさないで欲しい。
もうこれ以上は要らないでしょ。
ワルキューレの行進を止めたんだから満足してよ。
木村は心からそう思う。そんなことを思う余裕あるのは、彼に光が灯っていないからだろう。
老人も言っていたはずだ。“運命の女神の剣は、軽々に抜いて良いものではない”と。
ついでに“死すべき者の命運を断つときだ”とも言った。……タイムスリップがなければ死んでいるからある意味で死すべき者でもあるのだろうか。
スクルドは剣を振った。
幸いこちらのキャラに被害はない。
おっさんやヘルンは無事で、姿こそ見えないがアコニトや竜人も効果を受けてなさそうだ。
影響を受けたのは木村の背後だ。
バタリバタリと重いものが地面に倒れる音が聞こえてくる。
木村は振り返ることができない。振り返ったらきっと彼は立てなくなってしまう。
「ま◎だ! まだお◆らは死ねない!」
その声は後ろから聞こえた。
ロゥの声だ。まだ死んでいないのか、と木村は振り返った。
ロゥは倒れる寸前で足を踏み出してとどまっている。
しかし、彼の未来の木の根はすでに切り落とされているのもわかった。
「おいらたちは――生きるんだ! 今日を! そして明日を!」
ロゥに灯っていた光が再び伸び、切り落とされ崩れかけていた光の根に再び繋がった。
「みんな! 起き上がるんだ! まだ戦ってすらいないだろ!」
倒れていた人たちの消えかけていた灯りが再び灯り始める。
そして、彼らの灯はゆっくりと上に伸びていった。
「ロゥくんの声が、ちゃんと聞き取れるねぇ」
ケルピィの発言に木村も頷く。
前にも彼の声がきちんと聞き取れたことがあった。
そのときも、彼の台詞に対応した結果が訪れていたことを木村は思い出す。
スクルドもロゥを見ている。
彼女は兜の中でやや驚いたが、すぐに表情を戻す。
この可能性は考えていた。彼に見いだした
ᚢは意志を形にする力。それは弱点を乗り越える生命の力とも言える。
たとえ未来を断たれても、また新たに未来を創り出す意志の強さであった。
老人がスクルドをけしかけたのは彼の力を見るためだとスクルドも気づいた。
その証拠に彼女が老人の横顔を見ても、彼は驚きもせず品定めするように冷たい眼でロゥを見つめている。
「おいらはまだ諦めちゃいない! 頼む! イーさん! おいらに力を!」
イーさんって誰だ?
この場にいた誰もが思った。老人もこの点に関しては同様である。
「む。……うっ」
おっさんが何かに気づき、そして変な声を出した。
木村はちらりとおっさんの横顔を見たが、露骨に嫌そうな表情をしている。
苦虫をかみつぶす顔とはこういう顔を言うのだろう。アコニトを見るときでももうちょっと表情は柔らかい。
彼の視線を追うと、現在の流れの中心であるロゥがいる。
ロゥのすぐ近くに物体が現れ、地面にガッと硬い音を出して転がった。
タブレットくらいの大きさの壺である。流線型がステキだ。
もしかすると花瓶かもしれないが、花瓶にしてはやや胴回りが太いし、入口も広い。
色は茶色くくすんでいる。なんで壺が出てきたのだろうか、と誰しもが思った。
絶対必死の攻撃を耐えきり、燃え上がった状況が壺の登場で一気に冷めた。
冷めたというか熱の持って行き場を見失ってしまった状況である。
「イーさん! 来て∞れたんだ◆!」
『は? あーただれ? どしてあーしがここに? ねぇねぇねぇねぇ、おかしいっしょ。あーしは意識の裏側にいたんですよ。こんな世界には呼ばれてないの。ほら、忙しいから、あーし様ちょー忙しいから。こんなつまらない世界に興味ないの。帰っからね』
早口で女性っぽい声がひたすら喋り続ける。
たくさん喋るが、いまいち内容が頭に残らない。
内容はともかく、肝心なのは声が頭の中に響いて来たことだろう。
この感覚には覚えがある。この世界の竜だ。
「久±にイーさんの独∥言が聞け*よ」
ロゥは喜ばしそうに壺を拾い上げた。
もちろん壺は動かない。
『ちょ! さわんなし! あーしの淫靡なボデーに許可なく触るとか信じられんわー! まじありえん! そもそもあーたほんと誰よ、どして頭爆発してんの? そも、あーしをイーさんなんて呼ぶ知り合いはいねぇー。まず人の知り合いとかほんといねぇわ!』
「おいら@よ。ロゥだっ∠!」
『誰だし……。あーし様はテンションがローよ。何よ、この状況。明らかにやばいのが何体もいるわー、絶対死ぬわこれー、一人で死んでどうぞー。あーしは説明を求めるわー。話がわかりそうなのいな――あ、いるじゃん! おい、そこの筋肉! 中にいるのはアンタでしょ。黙っててもわかんかんなぁー。説明説明! あーし様に説明しろし』
木村はおっさんを見る。
筋肉と言っていたし、中がどうこう言ったのでおっさんに間違いないだろう。
当の本人は知らぬ存ぜぬでニコニコと気持ち悪い笑顔を貫いている。
『無視とかないわー。ありえんわー。ひくわー』
「それ@りイーさん! 力を貸∪てくれ」
『なしてあーしがあーたを助けんとならん? おせーて?』
「おいら#ちの仲∈ろ」
『どんな仲だし。あーしら初対面! あーしとあーた、初顔合わせ! おk? なして! あーしが! こんなところに呼び出されたあげく! 力を! ……あっれっれー? あーた、もうあーしの力持ってね? なしてあーしの加護をあんたが持ってんの? いいや! 説明いらね! 回収すっから、はい没収没収! ほれ! 今日から無力! おつかれさん!』
「お、やった! 喋れるようになった。ありがとう、イーさん!」
『どいたまー……って、あーた。声、いや言葉に変な力があんね。んんんーー! もしか、あーしの加護が縛りとして機能してた? あーたなにもんよ?』
「ロゥだよ。いつも言ってるだろ。未来の極限級冒険者だって」
『あーし初耳なんだわぁ』
ロゥが普通に喋り始める。
ちょうど逆方向から音が聞こえ始める
アコニトの闇の力が解除されたようで、消えていたワルキューレが現れ始めた。
「よし。これで力が振るえる。みんなさがれ!」
ロゥが声を出した。
同時に彼の姿が消えたように木村は見えた。
すぐに違うとわかった。木村たちの位置が変わったのだ。
木村の近くにはラベクの兵士達がいる。木村が振り返るとロゥが最前線に立っている。
彼以外の全員が、彼の言葉どおりに位置をさげられてしまったようであった。
口にしたことを実現する力と木村も理解が追いついてきた。
ワルキューレたちも体勢を整え、再度の突撃の構えを見せる。
対するロゥは壺を片手に持っているだけだ。
「よっしゃ、行こうぜ。イーさん!」
『いかないから! あーし帰るから! もう帰してくれるー! 死にたくないのー! 聞こえてますー? いったいなんなのあーたは!』
ロゥは壺の言葉を黙殺している。
そして、歌うような調子で意味のわからない単語を口にする。
「
『
ロゥが軽く笑ったのが木村もわかった。
ワルキューレの軍勢を前にしてどうして余裕が保てるのかわからない。
ロゥは小さく呟いた。
「――
89.追加ミッション
ロゥがワルキューレに対峙する。
「イーさん! ワルキューレの軍勢が来るぜ!」
『んなもん、見りゃわかっから! あーし死にたくないから! さっさとあーしを投げ捨てな! 詞の文律を知ってても相手が悪すぎっから! あのご老体はなんなんよ! バケモン中のバケモンっしょ。隣もヤバヤバ! さっさとメンゴしとき。こっから謝んの見といてやっから。あーし様、やさしーわぁ』
彼の腕には小さな壺が抱えられていた。
しかも、この壺は喋る。とても良く喋る。半分は無駄口だ。
「キィムラァ。強敵の攻撃をよく受けきったな。報酬が出たぞ」
ボスを突破できたようだ。宝箱である結晶が現れる。
しかし、いくら木村でもこの場面で宝に手を伸ばすことはない。
ワルキューレの集団が目前に迫っているのだから。
ロゥによってアコニトと竜人も木村たちの側に移された。
アコニトは使い物にならない。焦点の合ってない目でどこか遠くを見ている。
竜人はアコニトのスペシャルスキルを受けた影響か歪みが消えている。また歪み始めたので木村は彼の手を握った。
キャラを前にしているが、今のところ暴れる様子はない。ロゥに警戒しているようだ。
ロゥは一人で壺を片手にワルキューレの軍勢に立ち向かう。
たとえ謎の壺を持ったのが一人でもワルキューレの行進は止まらない。全身全霊だ。
〈ヒリィ! セコォメッラシー! リューゲッド。エッド、ゼッ!〉
まず叫んだのが、だいぶ顔なじみになったゲイルスコグルである。
一番槍という言葉に相応しく、防御が必要な時以外は常に彼女が先頭だ。
空に光が集まっていく。容赦のない一撃がすぐに訪れるだろう。
『うっせ! ンであいつらあんなに叫んでんの! ウケるんだけどー!』
ごもっともではある。
木村としてはこの壺のしゃべり方も似たようなものだ。
「それよりイーさん。あれは何て言ってるの?」
『は? んなの聞けば一発っしょ。“光にて我らの敵を滅ぼさん 五本の槍、空より現れ、我が敵を刺し貫け”。あーたらを串刺しにするつもりみたいねー。怖いわー。んで、あーた、消し方はわかんの?』
「前にイーさんから、ダンジョンで教えてもらった」
『だんじょんとか、教えたとか、あーしは知らんけどさー。とりまやってみ。吐いた詞は飲み込めねっぞ。それくらいできんかったら、あーしソッコーで帰っからね』
何かを喋っているが、木村は理解できない。
ピンチなのは変わってないと思われる。このまま死んでも疑問には思わない。
「光が天から消える」
空の光が消えた。
ゲイルスコグルも勢いを落とし、空を見上げている。
「え、あれだけで消せるの?」
すごい。すごいけど怖い。おそらく魔法ではない。
意味のわからない力だ。暴力的ですらなく、ただただ意味がわからない現象である。
歪み男と同質の不可思議な力であることくらいしかわからない。
『あーた……。なにそれ?』
女の声も驚いている。
やはりあれはすごい技らしい。
『はぁ~~、ダッメダメ! あーたの詞、意志がまったく乗ってない、重さゼロ。持ち前のイミフな力だけで何とかしようとしてんのバレバレだかんね!』
壺がキレ始めた。
驚きの声ではなく、怒りの混じった呆れの声だったようだ。
「いや、意志を乗せるのって難しくて」
『“難しい”は逃げの現れ。考えんのをやめんな。意味を、感情を、状況を、全て考えて詞に乗せんの。あーた、
「――ごめん」
木村はすごいと思ったのだが、壺は不満らしい。
ロゥに反省を促している。
〈サイクワール! メッラ! ゲッド。エッ、レイ!〉
〈カルガラース! サラムダーク! リュード、サイ!〉
〈カイ! シーハーク! メルセイグラード!〉
〈ゼンラァース! ハルメドラーノヤス!〉
お叱り中だが、他のワルキューレがかまわず叫び始めた。
火と水の竜巻が、数々の武具が、土の杭が、殺意とともにロゥに向かっていく。
さすがのロゥもこれにはどうすればいいかわからない様子だ。
「えっと、これはどうすりゃ良いの?」
『ほれ。もっかいやってみ。実戦実践!』
ロゥが魔法の嵐を前に口を開いた。
「消えろ!」
現象の一部が消えたが、一部だけだ。
すぐに勢いを取り戻して彼らへと襲いかかる。
『ハ? え? え? マジでやって、それなん? ……しょっぼ。一回だけだかんね。あーしの声、よーく聞いときな』
「うん」
ロゥが素直に頷いた。
まるで大人に叱られる子供のようである。
「
壺が呟いた。
木村にはそれ以上何かをしたようには見えない。
竜巻はその場で立ち消え、武具は崩れ落ちる。
盛り上がった土も元に戻っていく。
それどころかワルキューレの行進は止まり、魔法の追撃も来ない。
「さすが、イーさん!」
壺はわざとらしくため息をついている。
喋ったのは「消えろ、来んな、黙れ」であった。
ロゥは手を叩いて喜んでいるが、端で見ている木村としては恐怖しかない。
なぜあれだけの言葉だけで現象が全て消えるのか。しかも、ワルキューレどもが動こうとピクピク痙攣している状態だ。
「あれは……何なの?」
「意志の力だぞ。言葉に意志を込めて発することで、現象を現実に生じさせているんだ」
『おいマッスル。その解説は、やっぱアンタっしょ。なに後ろでペラペラ喋ってんの。手伝えや、マジありえん。あーし、キレてんからな。オニギレよ。ツノ生えるわー』
おっさんはニコニコしている。
ハッと何かに気づいたように木村を見た。
異変が起きたようだ。木村も姿勢を正して彼を見返す
「キィムラァ。複数の追加ミッションが現れたぞ。できるものから挑戦するんだ」
『あーし様の話、ムシか?』
親指を立てて示すが、複数ミッションのようで詳細な発言はない。構えて損をした。
ただ、後で確認すると手遅れのものもあるので、内容はぜひ知っておきたい。
ミッション内容で、何が起きるのかも大雑把ではあるがわかる。
心の緩衝材だ。
「ケルピィさん。追加ミッションの内容がわかりますか?」
ブリッジと接続されている彼ならわかりそうだ。
機械玉がペカペカ点滅した。通信中らしい。
「見事であった」
老人が動けないワルキューレらの横を通ってくる。
スクルドも一緒だ。どうやらこの二人は他のワルキューレと格が違うらしい。
「言葉を武器に戦う若人――ロゥよ。儂はお主を戦士と認めよう。お主のような戦士が見つかったのは僥倖である」
老人がロゥを見て告げた。
やっと戦士が見つかったらしい。見た目は戦士ではないが力は確かだった。
運命切断の一撃を堪え、他の戦士の命も助け、ゲイルスコグルの槍も消し去ったのだから。
「無色の若人、お主もお主なりによく死力を尽くしてくれたな。礼を言おう」
老人が木村にわずかだが頭を下げた。
やっと終わった。長かったワイルドハントもようやく終了だ。
木村は長く長く息を吐き続けた。足から力が抜けていくのを自覚する。
「終わったんですね」
「ようやっとな」
老人も満足そうな笑みを見せた。
一つ気がかりがある。
「ラベクの兵達はどうなりますか。あそこまで行進をしますか?」
イベントボス――スクルドの運命切断攻撃は止めた。
止めたと言うよりは受けてから復活させた流れだが、死人がないからシステム的にはセーフらしい。
問題はワイルドハントがどうなるかだ。
一般的な目的の「悪人を殺し尽くす」であればラベクにいるサナはやはり死ぬことになる。
「ワイルドハントの法に照らせば死罪だ」
駄目じゃん。
木村は抜けかけた力を戻していく。
一度抜けた力というのは、なかなか元どおりには戻らない。
「だが、その法は適用されんだろう。出自がわからんのは気に入らんが、戦士ロゥを呼び出した奴らの功績は大きい。その功績をもって、此度のワイルドハントは現地点をもって終了とする」
ワイルドハントが終われば、法は適用されない。
彼らは見逃されることになる。正直、老人にとって悪人の裁きはどうでもいいんだろう。
老人にとってのワイルドハントはあくまで戦士の選抜だ。
老人なりの温情を示した形となった。
「――追加ミッションがわかったよ」
ケルピィの通信が終わったらしい。。
イベントも終了しそうなので、簡単なものになるだろう。
また、集合写真あたりか。今度はラベクの兵士達も一緒に撮影かもしれない。
「まず、一番上にあるミッションが――“戦乙女スクルドの攻撃を凌ぐ”だね」
「…………はい?」
木村は隣に浮かぶケルピィに問い返す。
同時に、老人も隣にいたスクルドを見て告げた。
「スクルドよ。ロゥを儂の戦列に加える。戦乙女としての奴の魂を刈り取れ」
「全力にて責務を果たします」
「うむ」
:
老人がスクルドの持つ円形の楯に文字を刻んだ。
Hらしき文字が、白い光を帯びている。
今まで馬から降りて、剣だけを佩いていた彼女が今回は馬から下りない。
しかも、片手には運命切断の剣を、もう片方の手には別のルーンが刻まれた楯を持っている。
両手にルーン、馬にもルーン、鎧にもルーン。贅沢すぎる。殺意が全身から溢れていた。止められる気がしない。
イベントは終わっていなかった。
木村も忘れていた。戦士として認められると言うことは、すなわち、殺され死後の世界に連れて行かれると言うこと。
死者の数がラベク全員からロゥ一人に減った形ではある。
「おいらが死ねばラベクの人たちは助かるんだな」
「儂が保証しよう。お主の魂はスクルドが導き、儂が責任をもって受け入れる」
オーディンのお墨付きだ。
ロゥは死ぬ。そして、彼の魂がオーディンの戦列に加わるわけだ。
理解が正しいかわからないがフルゴウルみたいに霊体となって、形を変えて生き続けると木村は考えた。
『やったねー、超ハッピーじゃん! あーた一人が死にゃ、みんな助かるって! 短い付き合いだったけど、楽しくもなかったけど、あーし、あーたのことは忘れんからね。今夜くらいまではおぼえとっから! ほな、死んでらっしゃい!』
「そちらの壺も一緒に連れて行く」
一瞬だけ時が止まった。
『……ハ? ハアアアァ! あり得んっしょ! ンであーしも! あーしは絶対行かねぇかんな!』
壺の声が焦りを帯びてきた。
帯びては来ているが、真剣味は感じない。
おっさんがとっても良い笑顔でロゥ達を見守っている。
「ふざけたことを言わないでいただきたいですね」
これに異を唱えたのがカリーフである。
彼女がロゥの近くへと歩み寄る。
『いっぞー、お嬢! もっと言ったれ!』
壺の声はカリーフを援護している。
「ロゥ。あなたは一人で死ぬつもりですか」
カリーフの問いにロゥは沈黙で答えた。
「認めません」
「俺一人が死ねば、ラベクのみんなは助かるんだ。これは俺達が掴んだ勝利だろ」
『そーだ! あーたは死んで、あーしは生きて消える。これで、みんなハッピーよ! 死んじゃえ、死んじゃえ! 人間、生まれるときと死ぬときはみんな一人よ!』
壺がノリノリである。
この世界の竜にはロクなのがいないな、と木村は思う。
無竜から始まり、地雷を踏むとぶち切れる赤竜、手が伸びる気持ち悪い女、干渉しないオレンジ、寂しいのが好きな闇、それによく喋る壺。
奇人の寄せ集めだ。そう考えるとこの筋トレおっさんも十分にラインナップされるだろう。
「あなたは誤解しています。私たちの勝利は生き残ることではありません。あのような悪魔どものをこの世界から余すことなく排除することです。あなた一人が死んで終わらせようとするなど甘えも同然」
「わかってくれ。俺がここで一人死ぬことでみんなが助かるんだ」
「忘れましたか? あなたと私は運命共同体です。あなたが死ぬときは私も死ぬとき。あなた一人が死ぬことはあり得ません」
カリーフの発言にロゥがたじろいだ。
木村も彼女の正気を疑った。嘘を言っているようには聞こえない。
カクレガで以前聞いてはいた。だが命に関わる状況だと意見も曲げると思ったが、本当に曲がらない。
そのかたい決意は見習うべき点がある。しかしながら、見習うべきはかたいという点であり、死の決意ではない。
「ロゥ。戦いなさい。悪魔どもはあなたを狩ろうとしています。狩られるのはどちらか教えてさしあげなさい」
カリーフは老人達を見て告げた。
異世界人のはずなので彼らの魔力を感じるはずだ。
背後の戦士達ですら声を出せないのに、ここまでの啖呵が切れるのは一種の力だろう。
ヘルンも、今はカリーフの宣言をパシャパシャ撮っている。ある種の無謀な力に惹かれたと見える。
:
「娘よ。お主にᛇの力を見た」
老人が宙にSを右回りにしたような文字を記した。
『はーん。つまり彼女は――“対立を促す存在。死を示す毒。自らを弱き火と認めつつ、決して消えることのない不滅の火。不屈の精神。彼女自身が状況を変える力を持つのではない。彼女はただ小さく燃える。肝心なのはそれが燃え移るかどうか。終わりを受け入れるか、新たな始まりか。”――だと。あーしの見解とも一致するね』
あの一文字だけでそこまで読み取れるの?
木村は胡散臭さを感じたが、老人は不敵に笑って壺を見た。合ってるらしい。
「スクルドよ。まとめて刈り取れ」
「御意」
すぐさまスクルドが動いた。
剣を天に指し示す。
「待ってくれ! 死ぬのはおいらだけで良いだろ!」
『そっだ! あーしは見逃して!』
老人とスクルドは聞く耳を持たない。スクルドは無言で詰め寄ってくる。
すでに運命は動き始めたのだ。
「さあ、ロゥ。敵を打ち倒しなさい」
『ほれほれ、どしたぁ? 早く魂を込めて詞を発しな。ツレも一緒に死んじゃうぞー! あーしは絶対逃げッからなぁ』
壺がめっちゃ楽しそう。
もしも顔があったら歪んだ笑顔になっているだろう。
「ああああああ!」
ロゥが頭をかきむしった。
前にも見た光景だ。彼の精神が追い詰められつつある。
めっちゃ揺れとる~、と壺がロゥのアフロを見て笑っていた。
木村は笑えない。
ロゥの追い詰められた精神もだが、状況がまったく笑えない。
スクルドが剣を掲げたので運命切断の一撃が来ると木村は思っていたが違った。
空から赤く燃える何かがこちらに近づいてきていた。
それは徐々に大きくなっている。
「まさか……隕石?」
彼女が剣を空に掲げたことと無関係だと思えない。
「イーさん。どゆこと?」
『あーたさぁ、それくらい……、ま、これは難しっか。まず、楯に刻んだᚺっしょ。“予測不能の災厄”を示してんの。ンで、彼女が備えるᚾとᛈで“数少ない存在確率”を“引き当ててる”ってとこ』
「……どゆこと?」
『あーた、バカぁ? 天変地異を無理矢理引き起こしてんのぉ。ずいぶんまどろっこしい真似スンねぇ。未来を切れば一発っしょ』
「それなら、さっき防いだよ」
『キャハ、そりゃ強がりが過ぎるっしょ! ……ほぉーん。嘘はなさそね、ンなら、これも防げるっしょ! ガンバガンバ! できるできる! ほれ、やんな! みんな死ぬよ! うわべだけの言葉だけなら死んじゃうゾー』
壺はキャハハと笑っている。かなり良い性格をしていた。
運命切断の一撃も相当だが、これも攻撃としてはおかしいだろう。
隕石はかなり大きく見え始めている。
落ちたらここら一帯が消し飛びそうだが、本当にラベクの兵士達を生かすつもりがあるのだろうか。
「ロゥ。なんとかしなさい」
カリーフも空を見つつロゥに告げた。
あなたならできます、という言葉が続きそうだが声にはならない。
木村としてもなんとかして欲しい。これはカクレガもただでは済まない。
可能ならもう避難したい。おっさんはカクレガの入口を開けて待機状態に入っていた。
「もううんざりだ! どうしてこんなことに巻き込まれるんだ! こんなことなら――」
『“全部消えてしまえばいい”とか叫んだら、ホントみんな消えっぞー。ほれ、詞をいったん飲み込みなぁ』
ロゥは喉元まで出かけた言葉を必死に飲み込んだ。
爆発しそうな感情を内部にため込んでいく。
『良い具合だね。消えろってのは良い。でも、対象をちゃんと選びな。あれはただのデカい石ころ。飲み込んだものを吟味してゆっくり吐き出す。ホレ』
「
ロゥが感情を必死に押し殺したような声で呟いた。
同時に空を飛んでいた隕石がじわりと消えていった。
『その感覚を忘れんなー。次が来っぞ! ポンポンに感情をため込めぇ!』
スクルドが掲げていた剣を振り下ろした。
地面を引き裂くような仕草である。
大地が揺れた。
木村は立つことができず、尻餅をつく。
大きな揺れとともに、地面に裂け目が生じ始めた。
裂け目は徐々に大きくなり、ロゥや木村たちを飲み込もうとする。
『地割れ。簡単っしょ。くっつけな』
「
地面の揺れが止まった。
大地の裂け目拡大も止まったが、元に戻るまではしない。
『拮抗してんなぁー。いっぞー。ほれ、次だぁ! ……うわ、キッチィーことすんなぁ!』
スクルドが振り下ろした剣をゆっくりと上げた。
掲げた楯に剣を当ててから、こちらを全力で引き裂くように斬りつけた。
もちろん距離があるので斬りつけたところで、斬撃が飛んでくるわけではない。
『無闇に喋んな。声を伝える媒体を消し去ってんぞー。あーたとか一呼吸で死ぬかんねー』
声を伝える媒体を消す?
すなわち空気を消したと木村は理解した。
これは詞を武器にするロゥにとっての天敵ではないか。
喋ることを封じたのであれば、彼にできることはなくなってしまう。
隣にいたカリーフが倒れた。さらに後ろの兵士たちもバタバタと倒れていく。
ロゥもその様子を見て口を開き、そのままもがき白目を向いた。酸素欠乏による昏倒、呼吸停止、心臓停止、死亡のコースだ。
『
「
ロゥが口をパクパクとさせたが、音として認識はできなかった。
ただ、彼は倒れる直前で運命切断の時と同様になんとか踏みとどまる。
空気が元に戻ったようで、流入する風が周囲を吹き荒れる。
その中でカリーフたちも眼を覚ました。
ロゥは立っているがギリギリだ。
もう保たないだろう。
スクルドは剣をロゥに向けた。
まだあるのかと木村は唖然とする。
全力でやるとは言っていたが、あまりにも全力過ぎる。
もしも木村たちのパーティならそれぞれの攻撃で全滅間違いない。
『あ、コレやっべぇわ』
ロゥの眼前に黒い点が現れた。
今までの攻撃と比べるといささか地味に見えた。
地味さで言えば、先ほどの空気消去も地味だが効果的な攻撃ではあった。
「これは――」
「あれ、なに――」
一瞬だった。
ロゥが黒い点に吸い込まれた。
まるで大きなゴミが掃除機に吸い込まれるようにしてロゥだけが消え去った。
そして、黒い点も消える。
「直に魂が抽出されます」
スクルドが剣と楯を下ろし、老人に告げた。
老人は無言でロゥのいた地点を見ている。
「あれは何だったの?」
「極めて限定的な重力崩壊だな」
おっさんがサラッと答えた。
いやいや、そんなことサラッと言って良いことじゃないぞと木村も思ったが口に出ない。
中学の授業でチラッと先生が言っていた気がする。ブラックホールの一歩手前だ。
わずかでも誤ればこの星ごと潰れて消えていた。
「ロゥ。何をしているのですか。早く出てきなさい」
無理だろう。
そもそも「魂を抽出」と言っていたが、ブラックホールから魂は出てこられるのか?
あまりにも一瞬で、静かすぎる終わらせ方だ。
「スクルド。儂はまとめて刈り取れと命じた」
「御意」
スクルドが馬を歩かせてカリーフに近づく。
もはや大技を使うこともない。近づいて剣で斬るなり突くなりで終わりだ。
「詞には力がある」
スクルドがカリーフに近づき、剣を軽く振り上げたタイミングでその声は聞こえた。
「たとえ躯が圧し潰されようと、引き千切られようと詞は残り続ける」
カリーフの後ろの空間がぐにゃりと渦巻いている。
スクルドが渦巻いた空間を斬りつけるべく、剣を振るった。
「
渦から現れたロゥの手前でスクルドの剣が止まった。
見えない壁によって止められている。
「私たちは勝ちます」
「おいらたちは、生き残るんだ!」
『あーしもいっからね』
ロゥとカリーフがスクルドに告げた。人が運命に抗う姿がここにあった。
ただ、手に持った壺がやや真剣味を損なわせている
「スクルド。命令を撤回する。さがれ」
「――御意」
老人の命であっさりとスクルドは剣を納めた。
くるりと背を向け、老人の隣に戻る。
「キィムラァ。ミッションを達成したな。報酬が出たぞ」
どうやらスクルドの攻撃は今度こそ終わったらしい。
「キィムラァくん。その、言いづらいんだけど……」
「わかってます。別の追加ミッションですよね」
老人はスクルドをさげた。
しかし、それは二人の命を刈り取ることを諦めたわけではない。
「ᚢのルーンを宿すロゥよ、そしてᛇのルーンを宿すカリーフよ。見事であった」
この言葉は決して虚言や皮肉ではない。
スクルドの攻撃を全て耐えて生き残る存在などまずいないだろう。
「お主の詞は儂にも届いた。儂はお主をヴァルハラに招かねばならん。勝利のためにはお主が必要だ。それ故に――儂自らがお主を導くとしよう」
:
老人が囁くと文字が浮かぶ。
アルファベットにはない記号だ。
天気図で風向、風力を示す記号がこんなだった。
『文字がそのまんま神を示してんねー。全ての始まりでもある』
「キィムラァくん。追加ミッションの二つ目がね。“大神オーディンと戦闘をおこなう”だよ」
馬に乗った老人の姿が変わっていく。ローブが消え去り、黒い鎧を纏っている。
パイプの代わりに兜を手に抱え、ぼさぼさだった長い髪と髭が艶を取り戻していた。
手に持った杖はそのままのように見えるが、穂先が尖っている気がする。微妙に変化して槍になったのだろうか。
「スレイプニルよ。真の姿を取り戻す時が来たぞ」
:
Mのような文字が浮かび上がる。
『共生関係を示してんねー。二神一柱とも言えっかも』
首をもたげていた老馬に生気が戻る。
毛並みも艶やかとなり、大きさも変わったように見える。
身動きのとれなかったワルキューレ達が、オーディンとスレイプニルを向き、全員が武器を立てた。
他のワイルドハントのメンバーも大神に敬意を示している。
木村でもわかる。今までのボスとは格が違う。
明らかに強い。彼は魔力とやらは感じないが、オーディンの纏う空気の重みが違う。
ワルキューレのような大きさによる迫力ではない。いるだけで肌がひりついてくる感覚を覚えた。
これと、戦え……?
今回のミッションはひどいものが多いと思っていたが、あまりにもひどすぎる。
勝利しろと書いてないだけ温情があると考えるべきなのか。
スクルド相手に一歩も引かなかったロゥとカリーフもオーディンを前に動くことができなかった。
立っているだけで褒め讃えられるべきである。後方の兵士達はすでに倒れ、意識を失っている。
それどころかラベクやカクレガ当然として、パルーデ教国全域をオーディンの魔力が包んでいる。
「アアアアアア! ボクガ! ボクガコロス!」
木村と手を繋いでいた竜人が奇声を上げた。
木村の手を振り払い、竜人は脇目も振らず全力疾走でオーディンに襲いかかる。
近距離からオーディンの魔力に当てられ、完全に平常心を失っていた。
竜人はオーディンの正面で飛び上がり、歪みのブレスをオーディンに放った。
対するオーディンは槍をわずかに動かしただけである。
歪みのブレスは槍の穂先で弾かれる。
雨滴を傘で弾いているくらいの感覚だ。
その証拠にオーディンは悠々と前進している。
やがて竜人のブレス止まり地上に落ちた。
歪みにとらわれ、身動きもとれず、叫び声だけをあげている。
「多様の存在を引き受け、自我を見失いつつあるか。余の戦士としては使えんな。――オーディンが刻む」
:
オーディンはその槍の穂先で、竜人の心臓付近に記号を記した。
歪みが収まり、叫び声も止まった。意識を失ったようだ。
アコニトはイビキをかいて寝ているし、ヘルンはオーディンの回りをくるくると移動し写真を撮っている。
木村は、この二人への認識が大きく変わりつつある。ある意味で最強じゃないか。
精神的な図太さだけなら他の追従を許さないだろう。
本当に死後の世界にだって行きそうだ。
「キィムラァ。全てのルーンを集めたな。よくがんばったぞ」
「オーディンとの戦闘、スレイプニルの確認も達成。最後のミッションだね。――“神槍グングニルの発動を見る”」
木村でも知っている武器だ。
ソシャゲだけでなく一般ゲームでも良く出てくる武器である。
オーディンの代表武器。もはや武器名が必殺技になっていると言っても良いだろう。
効果もまた有名だ。
決して的を外さない。敵を打ち倒した後は持ち主の手に戻る。
それだけならまだ良い。この槍は投げた瞬間に勝敗がただちに決すると言われている。
すなわち投げた瞬間に勝利が確定し、それを持ち主の手元に戻す。
勝利を強制的にもぎ取る一撃になる。
「この世界で使うにはやや心もとないな。スレイプニル、跳ぶぞ」
老人が馬の手綱を引くと、スレイプニルが高い音で鳴いた。
声量は大きく、長めの音だ。
木村の頭に響く感覚だ。
この感覚に覚えがある。ヒルドのタイムスリップと同じ感覚だ。
まばたきをすれば景色が変わっていた。
荒野ではあるが、後ろの戦士達は消えている。
時は夕暮れに近いだろうか。何もない景色だと思ったが遠くに大きな柱があった。
上を見れば、小さく部分的に分かれている。木村は見上げてからその柱が大きな一本の木だとわかった。
「世界を跳んだ?」
回答はない。
オーディンはただ槍を構えた。
杖のような槍から、ほのかに白い光が湧き上がる。
「世界樹の枝に全てのルーンを懸け、余はただ一つの結末を誓う」
ᚠᚢᚦᚨᚱᚲᚷᚹᚺᛁᛃᚾᛇᛈᛉᛊᛏᛒᛖᛗᛚᛜᛟᛞ
オーディンの持つ槍の穂先に記号が次々と浮かび上がっては消えていく。
同時に、遠くに見えていた木も白く発光し始め、オーディンの槍と大樹がリンクしているようだった。
「――
オーディンは槍を投げた。
その投擲は必殺技と呼ぶにはあまりにも静かで地味な一投である。
ゲームで見るような直線的な勢いも保たない。陸上のやり投げのように放物線を描くほどの緩やかさだ。
槍の向かう先はロゥである。その隣のカリーフも対象に入っているかも知れない。
木村は反射的に戦闘コマンドを呼び出した。
スペシャルスキルゲージが回復している。そして、オーディンとロゥの間にはアコニトが寝ている。
木村はアコニトのスペシャルスキルを発動した。
アコニトの姿が消え、同時に槍も見えなくなるが、それも一瞬。
アコニトが一瞬で死亡し、槍が現れ、ロゥを狙う。
「
『あーた、そりゃ、無駄だわぁ。投げた瞬間にバケもんの勝利が決まったんだわ』
ロゥが叫ぶと、彼の前に小さな黒点が浮かんだ。
スクルドが放った重力崩壊を真似したらしい。
壺の言うように意味はなかった。
緩やかな弧を描く槍は、黒点を染みのように弾いて突き進んだ。
『諦めな。お悔やみの詞くらいは送ってやっからさ。な?』
「おいらは――諦めない!」
「そのとおりです。ロゥ。私たちに勝利をもたらしなさい」
むちゃくちゃだが、どうにもならないだろう。
木村でもわかる。あの槍は止められない。
「
叫びも虚しく、容赦なく槍はロゥを貫いた。
グングニルはロゥを貫通した後で、自動的にオーディンの手元に戻った。
馬が勝利を宣告するように再び長く鳴く。
景色は元の荒野に戻り、ロゥはゆっくりと地面に倒れる。
その結果を全員が見届けている。
異常が起きていた。
グングニルはロゥを貫いたが、貫通位置は右肩だ。
ロゥは倒れてはいるが、死んではいない。
カリーフがロゥに「起きなさい」と声をかけている。
ロゥも意識は朦朧としているが、カリーフの肩を借りてなんとか起き上がった。
彼へのダメージも大きいが、それ以上にオーディンの受けた衝撃の方が大きい。
オーディン以外の実力者もこの結果をどう受け止めれば良いかを考えた。
木村はロゥがオーディンのグングニルを何とか凌いだと考えている。
これは大きな間違いだ。彼の力はいまだ神槍に遠く及ばず、凌ぐことなどできていない。
グングニルは間違いなく発動されたのだ。
オーディンが勝利を誓って投げた槍は、途中で阻害されたがそんなものは障害にならない。
この結末こそがオーディンにとっての勝利であることは絶対だ。
それでいてロゥは死んでおらず、オーディンの戦列に加わっていないという矛盾が生じている。
オーディンはここまでの知識と経験を、再度並べるところから始めた。
要素を一つ一つ重ねていき、この結末が勝利の光景となる可能性にたどり着いた。
「余は――勝ったか」
木村は呟きの意味がわからず首を捻った。
この場で彼の発言の意図を把握したのは、わずか三人。
彼の側近のスクルド、黙って聞いていたおっさん、詞から察してしまう壺である。
「御意にござります。我らの勝利が運命づけられました」
スクルドがオーディンに告げた。
オーディンも満足そうに「うむ」と頷く。
「ワイルドハントの諸兄ら! 此度の行進はここまでとする! 貴公らの未来に輝かしい勝利があらんことを!」
オーディンが叫び、ロゥの脇を駆け抜けた。
そのまま姿が虚空に消えていく。
他のワルキューレや神々も彼の姿を追うように慌ただしく駆け抜けていった。
神々の姿が荒野から漏れなく消え去る。
最後に残ったのは疑問と沈黙である。
ラベクでは都市をあげて酒宴がおこなわれていた。
オーディンらの討伐こそできていないが、都市は残り続けている。
これはいちおう人間の勝利と言うことになるようだ。
勝利を喧伝することが目的なのかもしれない。
木村も功ありということで、いちおう中に入れてもらえた。
ラベクに初めて来て飲んだときと同じ場所で、ぼんやりと酒宴を見つめいる。
彼らは生き残れて満足だろうが、木村は消化不良だ。
けっきょく最後の状況がどういうことだったのかがわからない。
ロゥやカリーフは最奥の神殿に呼び戻されたのでここにはいない。
尻尾に逃げられたアコニトが楽しげに酒を飲んでいる姿を見つめる。
今回は狐耳を隠していない。いちおう大勢の前でワルキューレを止めてみせたので、彼女は人の味方として今は見逃されている。
まあ、殺そうと思っても力量差で殺せないし、仮に殺せたところで復活する。
それなら気にせず楽しんだ方が得というものだ。
おっさんも木村の隣で飲んでいる。
「食わないのか? うまそうだろ」
木村の前に料理が差し出された。
スパイスの香りが彼の鼻孔をくすぐる。
過去にもこんなことがあったので木村は一瞬ビクリと止まった。
差し出した人間を見ると若い兄ちゃんだ。老人ではない。
隣に彼女らしき綺麗な女性も連れている。
「ありがとうございます」
木村は料理の盛られた器を手に取った。
もぐもぐと口にしつつ、青年と今回の戦いについて話をする。
彼女らしき綺麗な女性はまったく会話に入ってこない。
「おお。飲んどるかぁ?」
アコニトが千鳥足で酔ってきた。
戦闘中はほぼ意識が飛び、戦闘後も酒で意識が不安定だ。
もっと言えば、戦闘前もクスリで意識はないに等しかった。だいたい不安定だ。
「飲んでる。そっちは大活躍だったな」
青年がアコニトの活躍を労った。
「儂にかかればあんなもんだぁ」
本当に記憶が残ってるのか木村は甚だ疑問である。
最後に至っては寝ていたはずだ。
「おお。そういえば、またあの葉巻が吸いたいぞぉ。交換してもらえるかぁ」
アコニトが尻尾から葉巻を差し出した。
青年は戸惑っている様子だ。そりゃいきなり葉巻を差し出されても困るだろう。
「アコニト。酔いすぎじゃない?」
「まだほろ酔いだぁ」
嘘っぽい。
ラベクに入る前から飲んでいたはずだ。
「どこでわかった?」
青年がアコニトから葉巻を受け取り、逆に小さな包みをアコニトに渡した。
手元にパイプを出して、葉巻の粉末をパイプに移している。
「眼が変わってないぞぉ。覚悟がガンギマりだぁ。それに隣の物騒なのもおったらなぁ」
美女がアコニトを見た。
眼が動いただけで剣呑さが伝わってくる。
ガンギマリの使い方が違っている気がするが無視する。
正しく使われた方が嬉しくない珍しい言葉だ。
それよりも気になる言葉が出てきた。
「……えっ、もしかして?」
木村は名前を口にしない。
二人は肯定も否定もしなかった。
言われれば確かに二人の系統がこの都市らしからぬ雰囲気だ。特に隣のスクルドらしき人物がわかりやすい。
色白だし、目つきも鋭い。そのまま戦乙女の絵画から出てきたような気配がある。
「お主に用がある」
「ワイルドハントは終わったんでしょう? よくわかりませんでしたけど『勝利だ』と颯爽と走り去ったじゃないですか」
青年は頷いた。
そうして彼は隣の美女を見た。
「用があるのは私です。助言と忠告を」
初めて喋った。
普段は兜の中から聞こえる声が、生身の状態からノーフィルターで聞こえてくる。
オーディンと話をするときは相手がこちらに合わせてくれるが、このスクルドは女神らしさがあるので話しづらい。
「運命が更新されました」
しばらく待ったが続きはない。
老人も気遣ってくれたようで、スクルドに続きを促すよう視線を送ってくれた。
「はっきりと形をもって見えませんが、運命は途切れず継続されることが確定されました」
「すみません。意味がさっぱりわかりません」
黙って聞いておこうと思ったが、あまりにも事務的かつ抽象的すぎて理解できない。
もうスクルドとの会話を放棄して、青年から話を聞くことにした。
「余が“
「あ、はい。そのためには戦力が足りないから、今回のワイルドハントでかき集める、と」
「さよう。戦力だけでなく、時間もなかった。儂らの世界に残された猶予は二百日を切っておったからな。この世界も儂らの世界の崩壊に巻き込まれ消滅する」
「二百、日?」
時間がないとは木村も聞いていたが、あまりにも時間がない。
年単位ですらないではないか。
「それがどうしてあの結末に繋がるんですか? ロゥは生きていますよ。あ、殺して欲しいわけではないですからね」
「グングニルの発動により、あの男がどこから来たかわかったからだ」
そういえば、ここで最初にロゥたち会ったときもその話をした。
彼はルビソウルなるところから来たと言った。
「あやつは未来から来ておる。ラグナロクの遙か先の世界だ」
「えっ、ロゥは未来人なんですか」
「さよう」
青年は頷いた。
「余と同じカゲルギ=テイルズの世界ではない。他の世界のどこの、どの過去時間軸にも奴と
そんなことまで見えるのか。
大神は伊達じゃないということだろう。
「そして、グングニルが奴の命を刈り取ることはなかった。あやつがこの時間軸に生きて存在していることこそ、儂らがラグナロクを勝利するための未来から垂れた細き糸であったということだ」
消滅するはずの世界の延長線上にいる存在が、今ここにいるということが崩壊をどうにか免れた証明になる、と。
彼がもしもここで死ねば未来は完全に見えなくなり、そのまま潰えることになる。
「消滅を避けた未来は決定された。問題はその先とそこまでの行程になる。スクルドがお主に新たなルーンを見いだした。それを伝えに来たというわけだ」
スクルドがそうですと頷いた。
最初から説明しないとわからないでしょうと言いたい気持ちを木村はグッと押さえた。
:
「文字が見えませんが?」
「このルーンに形はない。だが、確かに存在はする」
「御意。ここから約二百日の期間で、あなたの周辺に大きな変化が生じます。その変化が
そんな曖昧なことを言われても困る。
大きな変化なら、すでに何度も起きている。
「それで、僕は具体的にどうすればいいんですか?」
「受け入れなさい。あなたに必要なのはᚢを宿すロゥのような困難を切り拓く力強さでも、ᛇを宿すカリーフのように火を燃え移させる種火としての役割でもありません。生じることをあるがままに全て受け入れる強さです」
それなら得意だ。
一種の諦めとも言える。
「それと忠告になりますが、姉たちもあなたに興味を抱いています。彼女たちの話は毒のように甘美ですが受け入れなさい。また、私と違い、やり口も回りくどいものが多いですが最後まで受け入れなさい。受け入れた後で実行するかどうかあなたに任せます」
「……実行しなくても良いんですか?」
スクルドは生真面目な顔で頷いた。
「何を今さら言っているのです。あなたはすでに一度、姉の助言を蹴ったでしょう。その決定がこのか細く、しかし勝ち残る運命を決定づけました。――あなたに重要なのは受け入れることまでです。実行の有無は求めていません」
木村は思い起こす。
自分がすでに運命の女神の姉に会い、助言を蹴ったとスクルドは言う。
「え、もしかして王都で水の館で会ったのは?」
「姉です。竜人を殺すよう迫ったようですが、あなたが拒否したことでこの可能性を導きました。運命の定まっていない存在の行動は未来を変動させます。姉たちには望ましい存在とは言えません。未来の変動は、過去と現在の在り方を否定し、意味のないものに変えますから」
スクルドは言いたいことは言ったと黙った。
とりあえず話はちゃんと聞き、聞いた後はやりたいようにやれと木村は理解した。
「二百日後にいったい何が起こるんですか?
素直な思いだ。
受け入れるにも限度がある。
「余は
オーディンがスクルドを見た。
スクルドが口を開く。
「姉たちはこう呼ぶこともあります――“サ終”と」
神の二人の空気は重い。
一方で、木村は全てを察した。来たるべき終わりだ。
「世界の終焉だ」
「私たちの逃れられぬ運命でした」
「かんぱーい!」
二人の神が作り出した重圧をアコニトが消し飛ばした。
すごい静かだと思ったが、やっぱり酔ってるなと木村はベロンベロンのアコニトを見る。
彼女はオーディンに殴られ、スクルドに蹴られ、どさくさに紛れておっさんに手刀も入れられた。
今の流れでそんなこと言ったら、そりゃそうなると木村も黙って彼女の成り行きを見守る。
こうしてラベクでの夜が過ぎていった。
カクレガはラベクを離れた。
ロゥもラベクを離れたかったようだが、残念なことに残留が決まった。
木村たちと一緒だと危険が盛りだくさんだ。オーディンとスクルドか、彼は絶対に殺させるわけにはいかないということで、ルーンが刻み込まれたラベクに半ば軟禁となる。
サ終の後は解放してもらえるようだが、それまでは絶対的な力の保護を受けることになる。
壺もなんだかんだで手元に残ってうるさく喋っていた。
彼女の声をおっさんは最後まで無視した。
ラベクを離れ、カクレガはパルーデ教国を北東に進む。
ヘイラード王国を通り、そこから東へ進んで帝国に入ることになるだろう。
地図の最北西端からの旅程もようやく終わりが見えてきた。
帝国東部には懐かしの×印が付いている。
今のところ西部はまだ活動しているようだ。
帝国は衰退していると話は聞くが、いったいどんな現状なのだろうか。
「サ終ねぇ」
食堂で甘さ控えめのクッキーをかじっているとアコニトがやってきた。
まだ昼間であるが、酒と肴を手に持っている。
やりたい放題だ。
「言いたいことがあるなら聞くぞぉ」
木村の顔色を見て、口にした。
「クスリよりはずっと健全。今日は控えめだね」
「だろぉ」
アコニトはご機嫌である。
木村が辛めの肉をアコニトの器から一切れもらうと、彼女は代わりにと木村のクッキーをつまんだ。
「おぉい……。なんだぁ、この土菓子は甘すぎて酒が進まんぞぉ」
どうやら口に合わなかったらしい。舌を出してまずいと伝えてくる。
たしかにアコニトが甘いものを口にしている印象がない。しかも酒を飲んでいるからなおさらだろう。
酒とクスリとタバコは種類をえらばないのに、酒の肴は気にするようだ。
「あの小僧、家名を与えられておったなぁ」
いきなり話が飛んだ。
きっとロゥのことだろう。
此度の働きが認められ、エニアの姓をもらっていた。
もらった本人はまったく嬉しそうに見えなかった。
「なんか名前に執着があるね。羨ましいの?」
「羨ましくないと言えば嘘になるなぁ」
「じゃあ、木村の姓をあげるよ」とまでは、とてもじゃないが木村には言えない。
アコニトもこんな名前をもらっても喜ばないだろう。
「エニアにはどんな意味があったんだぁ?」
「意味? 家名に意味がいるの?」
「当然だろぉ。意味のない名などゴミ同然だぁ」
木村は自らの名字である“木村”を考えた。
考えたこともなかったが、おそらく木と村がある田舎っぽい光景から付いたものだろう。
あるいは大昔に木村という姓の有名な人物がいたか、どこかの地名かだ。
「アコニトにはどんな由来があるの?」
「儂は花の名だなぁ」
どんな花なんだろうか。
紫色で、毒がある花に違いない。……もしかしてトリカブト?
人の名に花の名前を付けるのは良くないと聞いたことがある。
すぐに枯れてしまうことから、死を連想させる、と。
ゲームのキャラだからいいのかと納得させた。
実際、すぐに死んでいる。
そこでふと思う。
ゲームのタイトル名は“カゲルギ=テイルズ”で世界の名にもなっているが、意味や由来があるのだろうか、と。
「当然だろぉ。あぁ? 杏林や霊体から聞いとらんのかぁ?」
アコニトに尋ねると、呆れた顔で聞き返された。
聞いたかもしれないが、少なくとも木村は覚えていない。
「由来はいろいろあるが、意味は子供でも知っとるぞぉ」
「そうなんだ。どういう意味なの?」
アコニトは酒を一口つけて唇を潤した。
そして告げる。
「――犠牲だぁ」
おまけ
ルーンミッション達成状況(兼 筆者の備忘録)
01.ᚠ フェイフー F
「ワルキューレ全員に刻まれる。彼女たち固有の力を引き出す」
02.ᚢ ウルズ U
「ロゥに垣間見られた。意志から形を創り出す力。それは犠牲を払ってでも形を守る願望でもある」
03.ᚦ スリサズ TH
「エイルの双刃刀に刻まれる。彼女は火と水の嵐をもたらした。洗濯は彼女の得意分野である」
04.ᚨ アンスズ A
「彼の神は九夜の死を越え、力と知識を掴んだ。彼こそがルーン文字の始まりである。彼の者の名はオーディン」
05.ᚱ ライドー R
「ワルキューレ全員に刻まれる。強靱な乗り手と馬体を結合させる」
06.ᚲ ケイナズ K
「スコグルの武具に刻まれた。武器を創造し、烈火の如く攻めいるが彼女の武器レパートリーは少ない」
07.ᚷ ゲーボ G
「あなたはこのルーンの意味をいずれ知るときが来る」
08.ᚹ ウンジョー W
「フリストの角笛に刻まれた。彼女の角笛は戦場で力をもたらす。朝に鳴らすのはやめろと苦情も多い」
09.ᚺ ハガラズ H
「戦乙女スクルドの楯に刻まれた。運と命は切り離せない。自らに幸運を、敵には死と滅びを」
10.ᛁ イーサ I
「竜人に刻まれた。システムから解放され、彼は自らの道を歩み始めた。その道に祝福はない」
11.ᛃ ヤラ J
「ゴンドゥルの杖に刻まれる。農耕が得意な彼女だが、特に一番得意なのは収穫である」
12.ᚾ ナウシズ N
「運命の女神は顕現させる。世界の遍く物事に、“存在する力”を」
13.ᛇ エイワズ EI
「カリーフに見いだされた。彼女が何かできるわけではない。彼女は無力だが、そこにいて周囲の人間の頼りとなる」
14.ᛈ ペースロー P
「運命の女神の象徴。未来は、枝分かれを前にする潜在的な可能性の塊である。故に彼女は根元から切り取る」
15.ᛉ エルハズ Z
「全てのワルキューレに刻まれる。人と霊をつなぎ止める彼女たちのシンボルである」
16.ᛊ ソウィロー S
「グンの大盾に刻まれる。盾を持った彼女は他のワルキューレの支えでもある。相談があれば彼女まで」
17.ᛏ テイワズ T
「ワイルドハント全員に囁かれた。厳正なる法と秩序に則り、彼らは此度の行進をおこなう」
18.ᛒ ベルカノ B
「ヒルドの号鐘に刻まれた。彼女は戦場を何度も繰り返す。連れ帰る戦士を見繕うために」
19.ᛖ エワズ E
「十の足、三の目、一の尾の二神があなたの前に現れた。神馬は駆ける。あらゆる世界を主と共に」
20.ᛗ マンナズ M
「オーディンは姿を変えるためにこのルーンを用いた。姿は変われどオーディンはオーディンである」
21.ᛚ ラグズ L
「ワイルドハント全員に囁かれた。彼らは悪しき魂を死の世界へ導く」
22.ᛜ イングワズ NG
「あなたは循環の内側にいる。理から外れた除け者である。外からの脅威も理が守ってくれるだろう」
23.ᛟ オシラ O
「オーディンはこのルーンで歪みを防いだ。神聖な囲いに立ち入れるのは彼が認めたものだけである」
24.ᛞ ダガズ D
「ゲイルスコグルの槍に刻まれる。光と暗闇の狭間に彼女はいる。人に彼女の光は眩しすぎる」
-. ウィルド
「運命の女神があなたに見いだした。あなたの運命は未知である。彼女はあなたにありのままを受け入れるよう求めた」