チュートリアルおじさんと異世界巡り   作:雪夜小路

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Ⅶ章.レベル61~70 前半

90.召喚者スキル 2

 

 イベントの正式な期間も残り数分で終わる。

 

 ワイルドハントが終わってからは、デイリーを消化するだけの日々が続いた。

 あまりにもデタラメな強さを見てしまったためか、デイリーの敵がひどく普通に見える。

 こちら側の攻撃も常識的な範囲の強さだ。

 

 これくらいで良い、と木村は思う。

 惑星を飲み込んだり、世界を超越したりされるともう意味がわからない。

 相手に炎がぶつかって、ダメージが目で見てとれればそれで十分なのだ。言葉一つで現象が消えるとか望んでない。

 眼には見えないだろうが、あくまでHPゲージの中で戦って欲しい。世界や運命ごと壊さないと倒せない連中との戦いなんて求めていないのだ。

 

「キィムラァ、召喚者レベルの上限が解放されたぞ。レベルを上げることで、新たな召喚者スキルも手に入るぞ。さっそく見てみるんだ」

 

 イベント終了と同時におっさんが告げてきた。

 とうとう“自爆”以外の召喚者スキルが手に入るようだ。

 

 自爆は基本的にアコニトしか使わないスキルだ。

 しかも本人が強くなっているためか、高確率で他キャラを巻き込む。

 街並みや閉鎖された空間でも極めて使いづらい。他の召喚者スキルの取得はありがたい。

 

「レベルも70まで上げられるのか」

 

 現在のレベルは56である。

 レベルは70まで上げられるようだが、前回は採集スポットがほぼなかったためかまだ60にすら届いていない。

 

 レベルを上げれば手に入るとは聞いたが、いったいいくつで手に入るのだろうか。

 レベル61ならきっとすぐだが、レベル70ならちょっと面倒くさい。

 

 ひとまずメニューを開いて、スキル欄を見てみる。

 使用はできないが、どんなスキルか見ることはできるようだ。

 自爆の下あたりにスキル名が記載されていた。

 

“ジャンプ”

 

「ジャンプ。……普通だ」

 

 普通というか平凡というか。

 それ召喚者スキルにする必要あるの、というくらいノーマル。

 本当にこのゲームのスキルかというほど捻りがない。

 

「お、ジャンプか。良いスキルを手に入れたな。戦略が広がるぞ」

 

 そうだろうか。

 ジャンプするとどう戦略が広がるのか木村には理解できない。

 

 効果を見てみる。

 見る前から移動系スキルとわかる。

 防御系か強化系が欲しかったのだが、攻撃系でだぶるよりは幾分かマシと考えた。

 

“任意のキャラ一体を、指定した地点にジャンプさせる。移動中、キャラは無敵となる。――”

 

 ……あれ?

 有用じゃないか、これ。

 移動中無敵なら防御系も兼ねていると言える。欲しかった系統だ。

 

“ジャンプさせたキャラは、指定地点到達時に移動距離依存の防御不可・回避不可ダメージを受ける(軽減は可)。”

 

「あ、微妙」

 

 どうして移動と無敵だけ終わらせないのか。

 こんな技ばっかりだ。

 

 それもそのはず。

 このゲームのタイトル名――“カゲルギ=テイルズ”は“犠牲”という意味らしい。

 メインストーリー内では明かされているかもしれないが、異世界のイベントストーリーでは明かされていない。

 スキルもタイトルの意味するところを反映したものになっているのだろう。

 初期スキルが自爆なのもようやく得心がいった。

 

 よくよく考えるとイベントストーリーにも犠牲が含まれている。

 最初の名前が長いイベントストーリーでも、街でテロとかテロの実行者が死ぬように設定されていたりだったはずだ。

 泡列車は機関がもろに犠牲だし、サブイベでもキャラの大切なものが犠牲になった。

 

 コラボはよくわからないが、ルーフォが犠牲と言えなくもない。

 次の迷宮にて相まみえましょうもいまいち不明だ。本来のイベントストーリーなら明確だったのだろう。

 水の館に出てきた用心棒の三体は、やはりイベントで犠牲になったキャラが本来のゲームでも使われていたのではないか。

 ワイルドハントはわかりやすい。彼らの進行を邪魔をした兵士達が犠牲だ。あるいは魂を狩られた悪者か。

 

 そして、間違いなくメインシナリオでも犠牲が多数出ているはずである。

 

「そりゃ、“サ終”になる……」

 

 テーマが暗すぎる。シナリオもガバガバ。

 ☆5キャラがどこかおかしい理由も何かを犠牲にしているとわかってきた。

 最後の最後――約半年後はプレイヤーのプレイ時間と課金を犠牲にして、サービス終了というわけなのか。

 ある意味でリアルなストーリー性がある、嫌なストーリー性だ。なくていい。

 

 一部のキャラがサ終に気づいて奔走している。

 わざわざ異世界にまでやってきて、生き残る道を模索していた、と。

 いちおうワイルドハントで、その道が見つかって「めでたしめでたし」だったが、まだこの細く険しい道がどうなるかはわからない。

 

 木村としては特に何もできるわけではないので、異世界版“カゲルギ=テイルズ”を受け入れるしかない。

 運命の女神が「受け入れろ」と言うならそうさせてもらうだけだ。

 

 ただ、サ終の後は自らがどうなるかも気になっている。

 

 元の世界に戻されるのか、それともこのままこちらの世界に在留なのか。

 

 

 

 考えていても答えは出ないし、負の思考に引きずられてしまう。

 

 とりあえず帝国を目指しつつ採集や魔物狩りをしていくことにする。

 パルーデ教国も王国でも大きな問題はなく、順調に進むことができた。レベルも59になった。

 

 まっすぐ突っ切ることもできたのだが、ウィルからの願いで寄り道をしている。

 

「穏やかですね」

「何にもないね」

 

 ウィルと外に出て話をする。

 話をしているのは、三年前に王国と帝国が大戦をおこなったアルフェン平原である。

 途中で王国側が通行禁止の見張りや櫓を建てていたが、カクレガで地下を通ればまるで問題ない。

 

 アルフェン大戦自体は直前で中止になった。

 魔物が乱入し、王国・帝国の双方が横からの闖入者に被害を受けたためだ。

 ちなみに、魔物を闖入させた主犯はパルーデ教国にいた。そして、スクルドによりあっけなく未来を断たれてこの世から消えている。

 

 ウィルがここに来たいと話したのは、闖入した魔物を倒したのが彼の担当教官でもルルイエ教授だからである。

 神聖国の人間だが、帝国の同盟として派遣された戦力だったらしい。

 

 そして、神聖国で使用禁止された力をここで振るったようだ。

 

 この地が立ち入り禁止されているのは、ここが実験跡地でルルイエ教授の魔法の痕跡があるからだとウィルは興奮していた。

 木村は単純に王国と帝国の狭間にある緩衝地帯だからじゃないのかと思っていた。

 

 実際に来てみると、ウィルの言葉が正しいように思える。

 雰囲気も陰鬱としている。これは木村の感想で主観だ。暗い場所なら他にもまだある。

 客観的な点で述べると、これだけ広く、人がほぼ管理していないなら、魔物が数体はいるはずであり、マップに表示されるはずだ。

 しかし、広大なマップには魔物どころか、採集ポイントの一つも表示されない。

 

 なによりも初めて見るアイコンがついている。

 黒点が一つ平原の中心に置かれていた。

 

 気持ち悪いほど真っ黒な点である。

 それ以外の情報が何一つない。

 

 明らかに危険だとわかる。

 しかし、ここまであからさまに危険を知らせてくると、逆に安心じゃないかと思えてくる。

 このマップのアイコンは危険なモノを可愛くデフォルメする傾向にある。

 ワルキューレたちは可愛い馬さんマークだった。

 逆なら案外安全じゃないかという理屈だ。

 

 それでもいちおう確認しようということで、黒点から距離をおいて外に出た。

 結論としては、最初の発言兼感想に戻る。何もなく穏やかだ。

 

「黒点の位置はあのあたりだけど何も見えないね。何か感じる?」

「いえ、何も感じませんね」

 

 ウィルの魔力センサーも感知しない。

 

「ケルピィさんはどうです?」

「何もないね。マップも特に変化なし。……昔のままだね」

 

 ちなみにケルピィとメッセ、シエイは魔物から逃げる際に合流して仲良くなったらしい。

 魔物討伐にも貢献し、魔物討伐隊の初期メンバーにも入れられたと聞く。

 

「あっち側は王国の兵士がびっしりでねぇ。どうやって生き残るかとか、死ぬならせめて痛みもなく死にたいとか、逃げようかとかいろいろ考えてたなぁ」

 

 ケルピィは感傷に浸っている。

 ちなみにシエイとメッセはこの地は見たくないということで出てきていない。

 今のメンバーに出会えた喜びよりも、苦い思い出の方が多いようだ。

 実際、軍のものと見られる剣や兜がさび付いた状態で落ちていた。

 当時の惨状というか混乱がところどころで見られる。

 

 

 可能であればフルゴウルも連れてきたかった。

 彼女の眼でどう見えるかが知りたい。しかし、彼女はアコニトのどぎつい香の煙を間近で嗅がされ倒れてしまった。

 現在は医療室でペイラーフによって安静にさせられている状態だ。

 普通の人間でも倒れる。元より体が弱い彼女には致命的である。

 

 なお、アコニトは久々にオブジェと化した。

 そりゃ食堂で葉っぱを焚けばそうなる。おっさんが正しい。

 もう二度とあんなバカな真似をさせないよう、彼女の体で覚えてもらわなければならない。

 

「もうちょっと近づいてみる?」

「はい。痕跡を探ってみたいです」

 

 穏やかな地点を見ていても何にもならない。

 木村としても気になるので黒点にもう少し近づいてみたい。

 

 魔力も感じず、姿も見えない。

 仮に危険だとしてもオーディンやスクルドほどではないだろう。

 いくらルルイエ教授の魔法でも彼らには及ぶまい。せいぜい周囲を消し飛ばす程度だろう。

 

「じゃあ、行こ――え?」

「――う?」

 

 突如、木村とウィルの腕が引かれ、二人は声を漏らした。

 おっさんが二人の腕を掴んだまま、振り向きも説明もせずにカクレガの入口に走り出している。

 

「今すぐ離れるべきだぞ」

「黒点が移動し始めた! こちらに向かってる!」

 

 こちらに向かっている、と言われても木村は今ですら異常が見えない。

 ウィルも同じであった。彼の場合は魔力すら感知できず、戸惑いはさらに大きい。

 

 カクレガの入口が閉じ、おっさんは木村とウィルに「走れ」と言って自らは通路に残った。

 木村とウィルは通路を走り抜け、一番近い地図部屋に付いた。

 

「入口が、こじ開けられたね」

 

 地図を見ると、カクレガの上に真っ黒な印があった。

 しかも、ケルピィが言うには入口が開けられたらしい。明確な異常事態だ。

 

 アコニトはオブジェと化し、フルゴウルは安静中、ウィルはおっさんに逃げろと言われたからには戦力差が考えられる。

 ボローやゾルでも同様だろう。そうなると――

 

「僕が! 僕が!」

 

 呼んでもいないのに出てきた。

 竜人である。オーディンにルーンを刻まれてから大人しくなったが、「僕」としか言えなくなっていた。

 訓練室の片隅でずっと丸まっていたのだが、ついに動き出したようだ。

 しかも、久々に叫んでいる。

 

 叫ぶ竜人は、木村やウィルを見向きもしないで、おっさんのいる入口側に向かった。

 竜人が扉に近づくと開き、その道の先を明らかにする。

 

 扉の先は何もなかった。

 見慣れた廊下は黒に塗りつぶされている。

 おっさんの姿は見えない。見えないどころか何も聞こえない。

 

「僕が! 僕がーーーー!!!」

 

 竜人は黒の中に突っ込んでいく。

 黒に突っ込むと、竜人の姿は消え去った。

 威勢の良い足音も、一つ覚えの叫びも聞こえてこない。

 

 竜人が黒に飲み込まれてしまった。

 扉が閉じない。一度、閉じようと動いたが、すぐにこじ開けられた。

 

 黒がゆっくりと部屋に入り込んでくる。

 木村とウィルは後ずさりをした。竜人が入ってきた扉から逃げようとするが扉は開かない。

 二人を包囲するように黒が広がった。木村は恐怖を感じた。ワルキューレたちとはまた別の恐怖だ。

 暴力に対する恐怖ではない。得体の知れない存在に対する恐怖である。

 

 ウィルが魔法で対抗するが全てが黒に飲み込まれ効果はない。

 訳がわからない。木村は声も出せなくなっている。

 

 黒は――あと一歩で木村たちを飲み込むところでサッと引いた。

 

 後ろの扉が開き、反対側の扉も再び開く。その先からおっさんが歩いてくる。

 木村はおっさんの歩く姿を見てほっと安堵の息が出た。

 彼の腕には竜人が抱えられている。

 

「無事だったか?」

「なんとか。そっちは?」

「俺は無事だが、こいつが良くないぞ」

 

 竜人は眼を開いているが、ぐったりとしている。

 口も半開きで声も出せない状態だ。

 

「今のは何だったんですか?」

「あれは――」

「たいへんだ!」

 

 ケルピィが叫び、おっさんの声も止まった。

 おっさんは周囲をにらみつけているように見える。

 

「黒点が周囲に現れた。一つ、二つ、増え続けてる……カクレガを包囲し始めてるよ!」

 

 地図を見ると、カクレガの周囲に黒点が次々と現れている。

 ぱっと見、六はいるだろう。今、また一つ増えた。

 

 カクレガは包囲された。

 

 逃げ場はない。

 

 

 

91.メインストーリー 7

 

 カクレガは黒点に包囲され、身動きがつかない。

 

「入口が、またこじ開けられた。……黒点の他にも何かいるね」

 

 木村やウィルは当然として、おっさんも入口の方向を見ている。

 ただ、おっさんの顔に浮かぶのが焦りや真剣さよりも、困惑が大きいことが木村は気になった。

 

「……なぜ、ここにいるんだ?」

 

 そんな台詞がおっさんから出てきたのは、黒の領域がまた部屋を覆ったときだ。

 逃げ場などないはずだがどうしてか木村は焦りを感じない。

 おっさんが戦闘モードに入っていないからだろう。

 

『黒葬』

 

 男の声が聞こえた。

 低く重い声が、木村の頭の中に響く。

 

 部屋を塗りつぶしていた黒が凄まじい勢いで退いていく。

 あっという間に部屋が元どおりになった。

 

『追弔』

 

 声がした後は何も音がしない。

 

「黒い印が消えたよ」

 

 ケルピィが長く感じた沈黙を破った。

 木村も地図をちらりと見たが、確かに黒点はなくなっている。

 

 代わりに別のモノが通路の奥から来ていた。

 黒の領域は退いたが、代わりに何かがいることは明白だ。

 

 先ほどまでとはウィルの様子が違う。

 得たいの知れない恐怖から、明確な敵意に代わっている。

 

 通路の奥から現れたのは、黒く大きな昆虫である。

 カマキリに細い翼を六本ほど生やし、爪を小さくして手のように五つに分けたような姿だ。

 身長はそこまで高くない。おっさんと同じくらいだろうか。

 特撮物の敵役にでも出てきそうな外見であった。

 

「お前がなぜここにいる?」

 

 おっさんが黒い昆虫に話しかけた。

 

『創の作品を壊した。代わりに、ここのゴミを掃除してくれと頼まれた』

 

 おっさんは「ああ……」と呆れ気味に頷いていた。

 どうやら事情を把握したらしい。

 

『ここが例の……方舟、アーク、オーク艇、泥船、筏? 最終的に何になったのだったか?』

「カクレガだ」

『そうだったな。もう少し頑丈にすべきだ』

「俺もそう思うぞ」

 

 昆虫が木村を見た。

 興味はないようで、すぐに視線が移る。

 黒の昆虫がウィルを観察し、刃のような爪で挑発するような仕草を示す。

 

「おい」

『少し試すだけだ。偶然とはいえ、助力にはなっただろう。これくらいは許せ』

「違う。やるなら訓練室でやれ。お前が動くと物が壊れる」

『……是非もない』

 

 黒い昆虫はおっさんの言葉に大人しく従った。

 知り合いなのは間違いない。先頭を二人で歩いて世間話をしている。

 

「強いよね?」

「わかりません。魔力は一般的な人よりも少ないです。しかし、魔力の淀みがまったくない。美しさすらある。この距離でも魔力を探知できないの初めて、いえ二人目です」

 

 一人目こそ木村本人だろう。

 ウィルの探知する魔力とはいわゆる他者から漏れる魔力だと木村は聞いている。

 基本的に強い存在ほど無自覚に大きな魔力を発し、その魔力の波動を彼は感じ取っているらしい。

 

 その黒い昆虫は話し方に高揚がまったくないものの、おっさんと話がはずんでいるように見える。

 

 とりあえず敵ではなさそうなので、成り行きを見守ることにする。

 

 

 訓練室は騒然としていた。

 

 それはそうだろう。

 緊急事態警報が鳴ってから、あんな化け物が訓練室に現れたらそりゃ黙る方が難しい。

 

 訓練室の中心ではウィルと謎の昆虫が向かい合っている。

 どういうわけか戦闘をするようだ。

 

 ウィルは戸惑っている。

 当然だ。いきなり乱入してきて、訓練室で戦闘ってどういうことなのか。

 

「始めるんだ!」

 

 おっさんが声を出して、すぐさま距離を取った。

 一瞬で木村の隣にやってくる。

 

 ウィルが躊躇いがちに魔法を昆虫に放った。

 昆虫はスルリと魔法を避けて、ウィルの前に立つ。

 その鋭い爪を喉元に突きつけた。薄皮一枚を切ったところで爪を止める。

 

『術士。次はないぞ。命をかけて放て。さもなくば生きる価値などない』

 

 昆虫が元の位置に戻る。

 ウィルを挑発するように昆虫は爪をクイクイと曲げた。

 

 今度こそウィルは躊躇なく魔法を放つ。

 しかし、彼の魔法を昆虫はなんなく避けている。

 

『その位置で術を放ったら反撃は必須だぞ』

『次の術を考えているか? どうして単発で終わらせようとする? 繋げ。できるだろう』

『魔力の探知に意識を向けすぎだ。もっと五感を使え。鋭敏な魔力探知はどこに意識を向けているか相手に悟られる』

 

 頻繁にアドバイスまでしている。

 力量差は明らかだ。

 

「で、あれは何なの?」

「知り合いだな」

 

 おっさんが答えた。

 

「竜でしょ」

「黒と呼ばれている」

 

 竜であることは否定するつもりがないらしい。

 

「黒――黒竜ね。おっさんは何て呼ばれてるの?」

 

 この質問には相変わらずだんまりである。

 他の竜の存在はあっさりバラすのに、自分だけは秘密のようだ。

 

「あの黒竜は強いよね?」

「強いぞ」

 

 強いが地味な強さだ。

 不思議な技を使っているようには見えない。

 もちろん動きは速いが、木村の眼でもなんとか追えるような動きである。

 

 それでいてウィルの魔法攻撃を避けている。遊んでいるようにも見える。

 そう遊んでいるのだ。決してウィルを馬鹿にしているような動きでもなければ、なぶる動きでもない。

 どちらかと言えば、強くなるよう促しているように見えなくもない。

 そしてそれを――、

 

「楽しんでる?」

「戦うのが大好きなんだぞ。アドバイスは相手にも強くなってもらい、自らが苦戦したいからだな」

 

 途中でテュッポやゾルが入ってきて三対一になったが、やはり全て避けるか受け流すかしている。

 意味がわからない芸当だ。見えない位置からの攻撃すら避けているように見える。

 

「あれ、どうやって避けてるの?」

「相手の放つ魔力を感受して、どういう攻撃を放つか事前に察しているんだ。その後は合理的な動きで対応するだけだな」

 

 一種のパッシブスキルだろう。

 それでもワイルドハントで見たとんでも技はない。

 感受してもあくまで察するだけだし、その後の動きはデタラメでもなんでもない。

 最小限の動きで避けて攻撃も行なう。動きが玄人くさい。

 

『――腕を振り抜きすぎている。次のモーションへの動きが鈍い。――その大剣の振り方はなんだ? 力に任せすぎている。連携をまるで考えていない。――この場面で強い魔法は必要ない。接近戦がしやすいよう弱くても相手を妨害する術に切り替えろ。相手を動かす誘導だ』

 

 ダメ出しの連発である。

 かなり余裕がありそうだ。

 

『素材は悪くないがな。――もういい』

 

 途中で飽きてしまった。

 黒竜は訓練室を見渡して他に対戦相手がいないか見た。

 

『そいつは?』

 

 黒竜が爪で倒れている倒れている竜人を示す。

 

「駄目だぞ。先ほどの奴に精神をやられた。しばらくはこのままだろう」

『情けない。ポテンシャルの無駄だな。生きる価値がない』

 

 心底呆れたという様子で黒竜は頭を押さえた。

 けっこう辛辣だな。

 

『吾でも仮想対戦ができるか?』

「可能だぞ」

『……少し前に恐ろしい力を振りまいた奴がいただろう。あのあたりはいけるか?』

「その取り巻きからやらせてやるぞ」

 

 黒竜と仮想ワルキューレの戦いがおこなわれた。

 ロゥや壺といったとんでも対決ではない。動きだけでワルキューレと渡り合っている。

 

「神聖術で相手をする上で一番厄介なタイプかもしれません」

 

 木村もウィルの言わんとしていることがわかる。

 魔力をほぼ感じず、大きさも人とほぼ同じで強さがわかりづらい。

 それでいて魔法を普通に避けてきて、隙だらけの本体を攻撃してくる。

 

 ワルキューレですら黒竜の餌食になっている。

 基本的に彼女たちの攻撃は大技だが、黒竜はあっさりと魔法も武器による攻撃も避けている。

 さらに相手の弱点となる箇所を見つけて、そこを執拗に攻めて削っていく。

 大型モンスターのスタンダードな狩りを見ているようだ。

 見ていてハラハラする場面が何度もある。

 

『――できるな』

 

 スクルドが出てきた。

 ウィルはスクルドからまったく知らない存在だ。

 このあたりからは姿が出ただけで、魔力を浴びて見ることもできなくなる。

 しかも後遺症として残るらしく、魔力を弱めても同じ波動を浴びると震えが出てくるらしい。

 

「あれは真似できませんね」

 

 運命切断の剣を見て、ウィルは首を捻っている。

 体調はよくなさそうだ。

 

「ルーンですか? 神聖術に取り入れれば強くなれそうです」

 

 震えてはいるが楽しそうにも見える。

 

 一方で黒竜はスクルド相手でもさほど苦戦していない。

 むしろ剣を振らせなければいいだけというスタンスで、相手の動きを初動から止めている。

 

『もっと楽しめると思ったのだが、与えられた力に頼りすぎているな。面白みがない』

 

 弱体版とはいえ、スクルドもあっさりと倒してしまった。

 

「最後だぞ」

 

 ついに最終ボスである。

 スレイプニルに跨がったオーディンが現れた。

 登場しただけでウィルが凍り付いた。弱体版でも恐ろしいようである。

 

『――ほう。凄まじいな』

「残念だが戦闘情報が足りてないぞ。一撃だけになるがどうする?」

『かまわん。やれ』

「わかったぞ」

 

 黒竜の表情は昆虫に近いのでわかりづらいが、楽しそうに見える。

 何が来るかとわくわくしているようだ。

 

 オーディンは以前と同じ台詞を吐いて槍を構えた。

 そして、緩やかに投擲する。

 

『絶対勝利が穂先に誓われているな。その力、受け流してみせよう。――黒葬』

 

 謎の黒印に襲われたときに聞いた台詞だった。

 同時に木村やウィルの視線が黒竜の手に釘付けになる。

 手からどうやっても視線が動かせない。周囲の景色すらその手に集まってきている。

 ただ、視界の端にある槍だけが、なくなった景色を背景にして緩やかに飛ぶ。

 

『吾が集めきれないとは、だが――追弔』

 

 黒竜が飛んできた槍の先端を掴んだ。

 鋭い両手で槍の穂先を掴み、集まった景色がさらに点へと圧し潰されていく。

 槍の穂先も徐々に圧縮されて、点に近づいた。

 

『――供華』

 

 黒竜が爪を開けば、周囲の景色が一気に開く。

 飛び込んでくる景色が色鮮やかで、黒竜の上に散らばる光の結晶群がまるで散っていく花びらのようだった。

 オーディンの槍が光の華に変わってしまった。

 

『全力をもってしても完全には防ぎ切れんか。本物であれば死んでいたな』

 

 黒竜の腕がボロボロになっている。

 血の色まで黒であり、訓練室の床を汚していた。

 両腕がやられているが、黒竜は笑っているように見える。

 

『まだ強くなる余地があるということだ』

 

 笑っている。とても楽しそうだ。

 このあたりを見るとやはりこの存在は竜だな、と木村も思うようになった。

 

 笑いが止まると、黒竜は顔を木村たちに向けた。

 その後で、腕のケガも気にせずスタスタとやってきて、ウィルの前に立つ。

 

『見ていたが、先ほどの騎人を相手にどう戦った? 戦えたか?』

「いえ。神気に圧倒され意識すら保てませんでした」

『戦うべき時に戦えない戦士など戦士にあらず』

 

 痛いところを突かれたようで、ウィルも黙ってしまった。

 彼としても気に病んでいるところだ。戦いたいが、相手の魔力に体が勝手に反応して動かない。

 

『感知機能を厚くする鍛錬はおこなっていないのか?』

 

 黒竜がウィルを見て、その後でおっさんを見る。

 おっさんが首を横に振った。

 

「氣の素質がないんだぞ」

『術士としての才はある。その方面で鍛えれば良い。このまま潰すには惜しい』

 

 おっさんがどうぞお好きにと、手でウィルを示した。

 黒竜はその手を見たのかどうかわからないが、ウィルをまた見つめる。

 

『一番得意な術は炎か』

「炎の弾ですね」

『その炎で自らの体を包んだことはあるか?』

「いえ、まさか。ありませんよ」

『やれ。最優先事項だ。自らに炎を宿せるまでは他の鍛錬の必要はない』

 

 めちゃくちゃだった。

 面倒見が良いと言うべきか、単に強くして自分が楽しみたいだけか。両方かもしれない。

 

『最終目標は――』

 

 黒竜がその爪をウィルに向ける。

 なんだろうと木村とウィルは見ていた。

 木村には何かをしたようには見えないが、ウィルの顔色が急激に変化する。

 彼の顔から汗が噴き出てきて、体も震えているように見える。

 

『この十倍の気当てに堪えることだ』

 

 黒竜が腕を戻すと、ウィルはその場で膝をついた。

 肩で息をしている。魔力をぶつけたのだろうか。

 

『気に当てられ恐怖を感じることは通常の反応だ。しかし、恐怖の中でも動けなければ他の術を鍛える意味などない。使う機会がないのだからな』

 

 黒竜は言うべきことは言ったと移動する。

 ゾルとテュッポの前にも行って、特訓メニューを勝手に設定した。

 

 木村はおっさんを見るが、おっさんは無理だと言わんばかりに肩をすくめている。

 

 こうして黒竜が訓練指導官として付いてくることになった。

 

 

 

 黒の印がけっきょくなんだったのか聞きそびれたことに、木村は気づいていない。

 

 

 

92.訓練

 

 黒竜が来て数日が経ち、異形の姿にも見慣れてしまった。

 

 考えてみればテュッポやボロー、それにCP-T3もいるので外見への意識が薄い。

 控えめに言っても戦闘狂なのだが、それゆえに弱いと判断したキャラとは絡みが少ないので問題を起こす頻度も少なく済んでいる。

 むしろ、外見としては人に近い某狐キャラの方が、連日のように問題を起こして木村にストレスを与えていた。

 

 木村にとって意外だったのは、黒竜が戦闘キャラ以外にも話をする相手がいたことだ。

 リン・リーやゴードンといったある分野で活躍しているキャラには、黒竜も一定の意識をおいており話をしている姿が確認できた。

 特定の分野で生き抜いている相手は、一種の戦士として認められていると木村は考えた。

 あるいは強い戦士を作るための一機関としての認識だろうか。

 

 ちなみに木村は黒竜と絡みがない。

 間違いなく木村は戦士として認められていない。

 戦士認定と言えば、ヘルンは戦士として認められていた。

 

 ヘルンは木村でも何となくわかる。

 彼女はスイッチが入れば戦場カメラマンになる。

 あの大神オーディンの登場時ですら撮影していたので、木村も認めざるをえないところだ。

 黒竜も撮影した写真を見て、感心していた様子があった。

 

 なお、ワイルドハントが終わったら、ヘルンは消えると思っていたが消えなかった。

 「死後の世界に連れて行ってもらえませんでしたー」と、のほほんとした表情で告げてきた。

 しかもカゲルギ=テイルズの世界にも帰らせてもらえなかったようで、カクレガに同行して写真を撮っている。

 今は「将来、カゲルギ=テイルズに帰ったときに写真集を出して名を上げるんです」と張り切っていた。

 

 そのカゲルギ=テイルズの世界は、サ終を迎えるかもしれないという話だがどうなのだろう。

 約半年後にサービス終了のようだ。回避できるとは思えない。

 サ終すべくしてサ終するゲームだ。

 

 オーディンによると、こちらの世界と一緒に滅ぶことは回避できるような口ぶりだった。

 一緒に滅ぶことはなくてもカゲルギ=テイルズの世界が滅ぶことはあり得る。

 

 木村もイベントの意味が何となくわかってきた。

 あれはサ終を回避するための事前準備ではないだろうか。

 カゲルギ=テイルズ世界をこの異世界に移動するための準備だ。

 いきなり全部をくっつけると崩壊するから、少しずつくっつけて試しているとか。

 

 ここまで考えて、あまりにも突飛すぎて木村も阿呆らしくなった。

 最近はサ終の後のカゲルギ=テイルズ世界がどうなるかをよく考えてしまう。

 

 そして、自らがどうなるかも気にしてしまうのだった。

 

 

 話を戻すと、黒竜の戦士認定でやや不思議な判定を受けているのが二人いる。

 

 一人は霊体のルーフォである。

 カクレガ全般の事務仕事を一手に引き受けている彼女なのだが、そこが認められたのだろうか。

 それにしては黒竜の態度が、他の戦士認定キャラとはまた別の気がしてならない。

 どちらかと言えば、黒竜の方から距離を取ろうとしている。

 木村の気のせいと言えば気のせいかもしれない。

 

 

 もう一人の謎判定がアコニトであった。

 初めて彼女と黒竜が顔合わせをしたとき、木村は彼女が例によって例のごとく殺されると思った。

 あの時のアコニトは、当然のようにクスリで頭がパッパラパーだったし、酒臭い息を黒竜に堂々と吹きかけたのだ。

 

 「おかしな奴がいる」と、黒竜はおっさんにそれだけを言った。

 おっさんも「おかしいのは頭だぞ」と即座に返して、アコニトを動かなくした。

 

 その後も黒竜は素面かつ正常のアコニトと会っていたが普通に会話が成り立っていた。

 互いの距離感で話をしていたと木村は覚えている。

 

 確率が高いところだと、彼女が持っている竜の加護を黒竜は見たのかもしれない。

 アコニトは赤竜と闇竜の二つの加護を持っている。すごいはずなのだが、普段の姿からはまったくわからない。

 

 

 黒竜の訓練はメインメンバーがほぼ入っている。

 

 フルゴウルとモルモーも強制的に引き出された。

 免除されたのは機械のボローと謎のアコニトだけである。

 

「強くなるためとは言え、これはきついね」

「どうして私まで……」

 

 フルゴウルは特訓には乗り気だが、体力不足のせいでいっぱいいっぱいだ。

 モルモーは死にそうな顔で訓練室の天井を見上げている。

 

 特訓メニューはそれぞれ異なる。

 ゾルはテュッポの攻撃をひたすら躱す練習をしているし、フルゴウルはシエイと一緒にモルモーを攻撃し、モルモーは攻撃を捌かされている。

 ときどき攻守やメンバーが交代をして延々とおこなわれていた。

 

 ウィルは訓練室の片隅で眼を閉じて集中している。

 炎を纏う練習をしているようだ。木村は数日前に彼と交わした会話を思い出す。

 

 

 その日、木村は訓練室の隅にて単独で特訓をさせられているウィルに話しかけた。

 

「どう?」

「なかなか」

 

 彼は炎を体に纏う練習をしているのだが、木村が見たところ苦戦している様子だ。

 服を燃やすだけならまだ良いが、火傷までしてペイラーフの世話になっていたこともある。

 

「難しいですね。炎を纏う感覚がまるで掴めません」

 

 木村は珍しいと感じた。

 ウィルは魔法に関して貪欲で才能もある。

 一部の強敵を相手にする以外で、こういった弱音を吐いた記憶がない。

 しかし、昨日の今日ですでに炎を体に貼り付けているように見えたので進展は見られる。

 

「そもそもの話なんだけど、炎を纏ったら相手の魔力やら神気が防げるの?」

「ずばりそこなんです。どうして炎を纏うことで神気を防げるのかさっぱりわからないんです」

 

 ウィルも首を捻っていた。

 理論が不明らしい。感覚が掴めないのは理論がわからないからかもしれない。

 頭で考えてから実行し感覚を掴むタイプなら、理論がわからないことは、設計図もなしに模型を作るようなものなのだろうか。

 

「神聖術による炎に自らの神気が含まれることで、外部からの神気と相殺されると考えたんです。炎による障壁ですね」

 

 炎をバリアにすると木村は考えた。

 外からの脅威を炎バリアで守るというわかりやすいイメージだ。

 

「それならこれで良いんです」

 

 ウィルが「すこし離れて」と手で示すので木村が距離を取ると、ウィルの周囲に炎の膜ができた。

 卵の殻のようにウィルから離れたところに、バリアみたいなものができている。

 戦闘の時にたまに見たこともある。

 

「できてるじゃん。これじゃないの?」

「違います。これは炎の障壁です。黒竜の気当ては防げませんでした」

 

 意味がありませんとウィルは首を振っている。

 木村も話がここまで来て、ようやくウィルが何をしているのかわかった。

 

「ああ、それで実際に皮膚に炎を纏ってるんだ」

「はい。外側に展開する障壁ではなく、皮膚のようにぴったりと炎をくっつけるのかと思いまして」

 

 結果としてこの発想は間違いだった。

 服を焼き、さらに火傷を増やしたウィルを見て、黒竜が木村でもわかる呆れ声で言った。

 

『なにゆえ己を焼いている? 炎の属性付与はできないのか?』

「できますけど、まさか自分の体にですか?」

『最初は片腕だけでやれ』

 

 アドバイスはそれだけである。

 木村でもわかる話だった。属性付与は見たことがある。

 直接、魔法で攻撃することが多いので滅多に使わないが、ゾルに付与して攻撃させることが昔はあった。

 彼女の専用武器は物理特化なので属性付与の乗りが悪く、やはり属性付与は使われる機会が減ってしまっている。

 どちらかと言えば防具に付けて、相手の炎攻撃を緩和することの方が多い。

 

「属性付与って武器や防具に付けるものだと思ってた」

「いちおう人にも付けられます。近接戦闘を得意とする人で助教レベルになると使うこともあると聞きますね」

「人に属性付与するとどうなるの?」

 

 武器はわかりやすい。

 防具も属性への耐性がつくのでわかる。

 人に付けても属性への耐性が付くだけと思うがどうなのだろう。

 

「あまり知られてないんです。この分野の方々は体で覚えろというタイプが多くて、資料に残してくれないんですよ。僕はやったことがありませんね」

 

 それはそうだろう。

 今まで選択肢としてすらあがってないくらいだ。

 

「ルルイエ教授は?」

「使っているところを見たことがないですね。使えるとしても使う相手がいないのかもしれません」

 

 それもそうかと木村は納得する。

 属性付与をする必要もなく、普通に魔法で攻撃して倒せてしまう人だ。

 もしもあの教授がオーディンや冥府の導き手を相手にすると、どう戦うのかが木村は気になった。

 

「さっそくやってみましょう」

 

 またしても「離れて」とジェスチャーをされたので、木村は距離を取った。

 ウィルが腕を上げた。黒竜に言われたとおり、いきなり全身ではなく腕にだけ属性付与をかけるつもりらしい。

 

 ウィルの腕がほんのり赤みを帯びた気がする。

 木村は声をかけようと思ったが、ウィルの顔があまりにも真剣だったので黙って見ておく。

 

「……あっ」

「わっ!」

 

 しばらく見ていると、ウィルが声を発した。

 同時に腕から炎が上がる。訓練室の天井近くまで火柱があがった。

 木村もその炎を見て思わず声が出た。過去にアコニトの尻を焼いた光景がフラッシュバックする。

 

 ウィルが腕を振って、炎を消そうとする。

 しかし、炎はなかなか消すことができない。ただ、徐々に収まってはきていた。

 

 完全に火が消えてから木村はウィルに近づく。

 火が見えたためか黒竜も来ていた。

 

「これ……。初めてやりましたけど、ものすごく難しいですね」

『あれだけの炎は滅多に出せない。なにより、初めてで腕を灼き尽くすこともなく収めたか。やはり術の才覚はある。励め』

 

 今さらりと腕を灼き尽くすとか言ったぞと木村は思った。

 最悪、ペイラーフに治療をしてもらえるだろうが、先に言っておけよとも思う。

 

「難しいの? 最初の時と何が違うのかわからないけど」

 

 木村の素人目ではどちらも体に火を付けているだけだ。

 最初にやっていたときの方が、服が燃えていた分だけ危険そうに見えた。

 

「全然違いますね。最初の炎を纏う訓練は、神聖術の技術面だけ見ていました。いかに火傷もなく体に炎を纏わせるかですね」

「属性付与は?」

「神聖術の制御面になるでしょう。体の内から溢れようとする炎をどう抑えるか。……なんとなくですがわかってきました」

 

 木村はよくわからない。

 とりあえずウィルがビジョンをうっすらとでも掴めたようなので良かったと思う。

 

 

 数日前に交わした会話を思い出したが、その後の進展ははっきりと見られない。

 

 暴発させていた炎が出なくなっているので、素人目では制御がうまくできているようには見える。

 ここにいても仕方がないと判断し、木村は自室に戻る。

 

 今はまともなイベントがない。

 ログインボーナスがもらえる期間であり、現実では退屈だろうが異世界では一番心が落ち着く期間だ。

 このまま何もないままにサ終を迎えて欲しくすらある。

 

 

 自室に戻り、久々にトロフィールームに入った。

 目に見えてトロフィーが増えている。

 

 いつでも入れる部屋なのだが、木村はこの部屋があまり好きではない。

 まず空間自体が謎すぎる。カクレガも謎だが、特にこの部屋は諸々の法則を無視している。

 キャラはトロフィールームが認識できない。ブリッジと接続したケルピィどころか、おっさんすらだ。

 なにより木村はこの部屋にいるとプレッシャーを感じる。今まで歩いてきた過去が重みを持って、彼にのしかかってくる錯覚があった。

 

 近くから見ていく。

 イベント棚に銀色のトロフィーが増えた。

 写真の一枚のように四角く縁取られた枠の中に、スクルドとロゥが映っている。

 スクルドは馬から下りて剣を持っており、ロゥは何も持っていない。

 

 題名:“ワイルドハントで連れてって”

 説明:“あなたは未来を摘み取る一撃を堪えきった。残った未来は困難に満ちている。”

 効果:“ヘルンが仲間になる”

 

「……おぅ。ヘルンってそうなの?」

 

 イベントキャラなのはもちろん知っていたが、運命切断に堪えてなかったらヘルンはいなかったのか。

 仲間になってなかったら、死後の世界直行だったのだろうか?

 

 はっきり言って、成し遂げたことと手に入れたものが釣り合ってない。

 言っちゃ悪いがそこまでヘルンは要らない。写真は撮れるが撮ったから何なのって話だ。

 

 

 そして、イベント棚にまさかの金トロフィーが来た。

 

 ワイルドハント全員で撮影した集合写真がトロフィーになっている。

 しかもよく見ると、あの時いなかったはずのロゥやカリーフ、壺、Ninjaキャラもこっそり入ってる。

 完全にねつ造写真だが、こういったねつ造なら許せるものだ。

 

 題名:“ワイルドハントで連れてって(コンプリート)”

 説明:“あなたは本イベントでの隠しを含む全ミッションを達成した。”

 効果:“メモリアルルームが配置可能になる”

 

 どうやら全てのミッションを達成した証らしい。

 逆に言えば、今までのイベントでは取り逃していたことになるだろう。

 取り逃したのはちょっと悔しいが、もはや復刻は期待できないので諦めるしかない。

 

 メモリアルルームが配置可能になるようだ。

 おそらくカクレガの施設と思われるので、後で家具マシンを見てみることにする。

 しかし、もっと良い名前はなかったのだろうか。記念室とかで良いだろう。なぜメモリアルルーム?

 もはや葬儀会場だ。遺影か遺骨が置かれ、両手を合わせる印象を受ける。

 

 

 次に都市・国等の破壊シリーズ棚に行った。

 

 あまり増えて欲しくないシリーズなのだが、今回は違う。

 このシリーズに金トロフィーが増えている。

 

 ラベクの飲み会場所だ。

 ロゥが他の人たちと楽しげにお酒を飲んでいる光景である。

 

 題名:“救世主の都ラベク”

 説明:“あなたはラベクに訪れる未来を救った。誰が信じるだろうか? この都が一度は滅びた、と。”

 効果:“パルーデ教国に属するキャラのステータスが大幅にアップ”

 

「おおぉ」

 

 木村もこれは嬉しい。

 やり直した甲斐があったというものである。

 都市・国等の破壊シリーズから、破壊・救済シリーズに名前を変えなければならない。

 

「……ん? パルーデ教国に属するキャラ?」

 

 効果を考えてみるとパルーデ教国に属するキャラがいない。

 ロゥには効果がかかっているのかもしれないが、同行してないのでまったく意味がない。

 

 この金トロフィーの隣には滅びたラベクの銀トロフィーがある。

 土台だけになった神殿跡地に老人が座ってパイプをふかしていた。

 

 題名:“壊滅の都ラベク”

 説明:“あなたは滅びたラベクを訪れた。老人の顔は煙に隠れてよく見えない。”

 効果:“パルーデ教国に属するキャラのステータスがアップ”

 

 やっぱり滅亡バージョンもあった。

 あそこでやり直さなければこれだけになっていたのか。

 そして、やっぱり効果は意味がない。Ninjaキャラにかかるかもしれないがラベクに残っている。

 

 

 竜関連の棚に行けば銅トロフィーが二つあった。

 

 一つは壺がごろんと転がっているだけの地味なトロフィーだ。

 

 題名:“意竜とおしゃべり”

 説明:“あなたは意竜と話した。彼女の口にする九割は無駄口である。残りの一割に気をつけなければならない”

 効果:“意属性とそれに伴う技の効果が上昇する”

 

「あの壺……、意竜だったんだ」

 

 今さらな話である。

 すでに彼女とは別れているので話すこともない。

 

 意属性の効果アップをもらったが、該当する技がやはりなさそうだ。

 今回のトロフィーは効果に意味のない物が多い。

 

 

 もう一つの銅トロフィーは黒竜だ。

 

 最初の登場シーンだった。

 廊下の奥から現れる様子がそのままトロフィーにされている。

 

 題名:“黒竜との出会い”

 説明:“あなたは黒竜に出会った。彼は戦いに関係しない相手に興味がない”

 効果:“自身に対する属性付与の効率が上昇する”

 

 ようやくまともな効果が出た。

 ウィルがまさに訓練しているので都合も良い。

 

「効率?」

 

 ただ、属性付与の“効果”と思ったが、よく見ると“効率”である。

 どう違うのかがわからないし、そもそも自身に属性付与をかける意味も現状ではわからない。

 

 今回のトロフィーは本当に微妙なものが多いと感じつつ木村は次の棚に移った。

 

 

 特殊能力者棚に銀トロフィーが置かれていた。

 

 アフロ頭のロゥが壺を片手に叫んでいる。

 

 題名:“詞”

 説明:“あなたは「詞」のロゥに出会った。詞に力を”

 効果:“詞に対する完全抗力を得る(※あなたに限る)”

 

 詞に対する完全抗力を得たところでどうしようもない。

 他に同じ力を持つ相手がいれば別だろうが、そもそも木村にしか抗力がない。

 とりあえず記念品みたいな物だろう。元を正せばトロフィーがそういったものである。

 

 

 近くの棚に銀トロフィーがある。

 最初の“ワイルドハントで連れてって”と似たトロフィーだ。

 スクルドとロゥが対峙しているのは同じだが、スクルドは馬に乗っている。

 対するロゥは壺を持っているし、彼の傍らにはカリーフがいてロゥとともにスクルドに立ち向かっていた。

 

 題名:“運命(未来)との対峙”

 説明:“あなたは災厄を乗り越えた。長い今日が終わり、明日がやってくる。”

 効果:“運命(未来)と対峙したキャラに、災厄を無効化する力が備わる”

 

 意味のない効果シリーズだ。

 効果は良さそうだが、対象キャラがロゥなのでやはり意味なし。

 

 

 最後に、強敵関係もしくは神関係の棚にトロフィーが金銀銅と三つ増えている。

 全てオーディンのものだ。

 

 まずは銅トロフィーである。

 出会ったときの姿だ。老人がパイプをふかしている。

 

 題名:“オーディンとの出会い”

 説明:“あなたはオーディンと出会った。彼の姿に惑わされてはならない”

 効果:“変化による能力低下が緩和される”

 

 久々に使えるものが来た。

 これはモルモーが使えそうだ。

 ……使えそうではあるが、基本的に変化で戦わないから意味があるのだろうか。

 どちらかと言えば、装備を作成してもらうときに役立つかもしれない。

 

 

 続いて銀トロフィー。

 老人が杖で宙に文字を記す姿がある。

 

 題名:“オーディンのルーン”

 説明:“あなたは全てのルーンを確認した。あなたが真似て書いても意味はない。”

 効果:“ルーンを一つセットすることができる”

 

 ルーン文字の選択肢がずらりと出てきた。

 見覚えのあるような、ないような文字が出てくるのだが……。

 

「効果が何も書いてない……」

 

 いろいろと選べるのが嬉しいが、効果がさっぱりわからない。

 後でブリッジのモニターから説明文を引っ張ってくる必要がありそうだ。

 細かいところで地味に不便で困る。

 

 

 最後に金トロフィーである。

 さすがにこれは木村でも予想できていた。

 騎士状態のオーディンがスレイプニルに跨がり槍を投げるシーンだ。

 

 題名:“オーディンの一撃”

 説明:“あなたはグングニルの発動を見た。彼の勝利があなたの敗北とは限らない。”

 効果:“グングニルの直撃を受けたキャラが『グングニルの傷痕(スティグマ)』を得る。確定勝利が5%の確率で無効化される(無効化されるのは確定勝利の効果のみで、ダメージやその他効果は受ける)。”

 

 効果が珍しく長い。

 そして、やっぱり意味がない。

 効果を得ているのはどうせロゥだけ……、

 

「ん?」

 

 木村は記憶をたどる。

 あのときグングニルを受けたのはロゥだけではなかった。

 グングニルを止めるためにアコニトも闇竜のスペシャルスキルで受けさせた。

 

「もしかして――」

 

 アコニトも“グングニルの傷痕”とやらを得ているのではないか。

 そして、黒竜はどうやってか、その効果を見て彼女を戦士と認めている可能性がある。

 

 どちらにしても滅多に発動されない効果だ。

 普段は気にする必要もない。やはり意味のない代物と判断すべきだろう。

 

 

 トロフィーの確認も終え、何でもない一日がまた過ぎていった。

 

 

 

93.ログインボーナス

 

 ログインボーナス期間も十日目となり最終日を迎えた。

 

 最終日にもらえたのは“過去の宝玉”というキラキラした小さな玉だ。

 ぶっちゃけビー玉だが、これがいったい何なのかがわからない。

 

「宝玉を通して仲間を見つめるんだ。仲間の過去の記憶が見られるぞ」

「ああ、そういうのなんだ」

 

 最近はソシャゲ要素が薄れていたが、久々に息を吹き返した。

 キャラストーリーとかキャラエピソードと呼ばれるものだと木村は理解した。

 通常であれば、キャラクターエピソードは信頼度を上げたときに開始されることのほうが多い。

 しかし、カゲルギ=テイルズの場合は信頼度アップで、実用性に欠ける謎のアイテムを得られるだけである。

 

 どうやらアイテムを通してキャラクターエピソードを導入したらしい。

 木村もキャラクターエピソードは好きだった。ガチャの足しになる。シナリオをスキップするだけで石がもらえるのだ。

 すなわち木村が好きなのは石がもらえる機能であって、キャラのエピソードではない。

 

「この玉は何回でも使えるの?」

「一回だけだぞ。使える奴と使えない奴がいるから注意するんだ」

 

 どうやらこのビー玉は消耗品らしい。

 使えるか否かは、メタ的にエピソードが実装されているキャラしか使えないということだろう。

 

「使うことで、仲間に秘められた力が解放されるようだぞ」

「おおっ」

 

 とても貴重なビー玉だ。

 信頼度マックスで指輪を渡すことにより、能力上限の解放ができるものもあるがその類いだ。

 おそらく今の課金ショップはこのビー玉が並んでいるな、と木村は推測した。

 

 戦力に関係するならメインメンバーが優先だろう。

 それでいてカゲルギ=テイルズ世界のキャラに限定されるので選択肢が一気に狭まる。

 

 アコニトかゾル、あるいはボローだ。

 木村としてはボローのエピソードが気になるのだが、戦力面で言えば今でも☆3として十分に満足している。

 やはり攻撃面を伸ばしたい。そうなるとアコニトかゾルに絞られる。

 

 ゾルのエピソードは専用武器の話か、ワルキューレの話だろう。

 ワイルドハントのこともあったので興味が惹かれる。

 

 アコニトのキャラエピソードは期待できない。

 薬中がぶっ飛んでるだけだと考えられる。もしくはそう思わせてからの感動話もあり得る。

 しかし、木村はアコニトで感動する話が想像できないし期待していない。

 戦力が増強されるだけで満足だ。

 

「……ゾルにするか」

 

 アコニトはかなり強化されている。

 しかし、安定性にかける。ワイルドハントの戦闘は意識がほぼほぼなかった。

 

 ゾルなら安定して戦ってくれる。

 それに攻撃力の増強を図りたいと思っていたところだ。

 戦力面でもエピソード面でも嬉しい。ゾルに使用しようと木村は決めた。

 

 場所もちょうど訓練室で、ゾルがすぐ近くにいることもある。

 訓練の小休止に声をかけてみよう。

 

「ほげええええ!」

 

 訓練室に奇声をあげて四足歩行の獣がやってきた。

 もちろんアコニトである。尻尾には当然のように逃げられており、ブリッジをしたまま訓練室に突撃してきた。

 

 訓練中のメンバーはアコニトを一瞥して、すぐに訓練に戻った。

 いつものようにおっさんがあっという間に制圧する。

 

 おっさんも筋トレ中だったので、室外ではなく部屋の片隅に投げ捨てられた。

 きっと訓練後にどこか人目の付かないところへと廃棄される。

 同情か哀れみか木村はアコニトのそばに寄った。

 

「……寝てる」

 

 気絶しているかと思ったが、いびきをかいて寝ていた。

 だいぶ頑丈になっている。できればこの頑丈さは戦闘時に発揮して見せて欲しかった。

 

「く……、れ」

 

 ぼそりと寝言を漏らした。

 なんだろうと木村はアコニトに顔を近づける。

 

「くたばれ。……リコリス」

 

 物騒な台詞が漏れている。

 リコリスなら木村もアニメで知った。彼岸花のことらしい。

 アコニトの国の神は花の名前と最近知ったのだが、リコリスは聞き覚えがない。

 

 光と影で三柱ずつの計六柱。

 アコニト、ケリド、ツキトジ、トリキルティス、ウィステリア。

 それと本人の前で絶対に名前を言ってはいけない残りの一柱で六柱だったはずだ。

 その変な一柱もクリサンなんちゃらと長ったらしい名前だった。

 それならリコリスとは誰なのだろうか?

 

「トリキル。やれ、殺すんだぁ……。は、もうやられたのか? おぉい、ウィステリア。きさ……、逃げたのかぁ? 儂を置いて……ま、待て。来るな。儂は悪くない。悪いのはうぃすてりあぁあああ」

 

 悪夢のようである。汗がアコニトの顔中から流れている。

 木村も彼女がどんな夢を見ているのか気になってきた。

 

「いかんぞぉ。その焔はいかん。や、わぁ、ぎゃぁああああぁぁ」

 

 アコニトの手が宙を彷徨っている。

 火の粉を払うように手を振るが、効果は見られない。

 燃え尽きてしまったようで、手はぽとりと体の脇に落ちて反応がなくなった。

 

「……死んだ?」

 

 本当に反応がない。

 寝息すら聞こえてこなくなってしまう。

 木村は怖くなってアコニトを揺らすが、目を覚まさない。

 目を覚ましてもクスリでおかしくなっているので、話はできないだろう。

 

「どうされたんですか?」

 

 ウィルがやってきた。

 

「アコニトが死んじゃった」

 

 怪訝な顔つきで木村を見ている。

 そして、彼はアコニトを見るが消えていない。

 

「生きていますよ」

「夢の中で殺されたみたい」

「あぁ、なるほど。現実でも夢でも殺されてるんですね」

 

 だいたい自業自得であるが、言葉にすればなかなかひどい状態だ。

 ちゃんと生き返ってピンピンしているのでさほど問題ない。

 ほっとけばいいな、と木村も我に返った。

 

「訓練はどう?」

「いまいちですね。抑えることはできてきたのですが、これでいったい何ができるのかイメージができません」

「何かする必要があるの? 強大な魔力からの防御壁くらいだと思ってたんだけど」

「抑制できるようになりわかったのですが、防御壁は副次的なものではないかと思います」

 

 ウィルが右手を伸ばす。

 手の平からから炎が湧き出た。

 右手から左手に炎のアーチができあがる。

 

「すごい。大道芸みたい」

「そうなんですよね。手品止まりなんです。体内に炎の流れがあることはわかるのですが、それでどうするかと言われるとどうすることもなく……」

 

 ウィルが炎の爪をニョキッと伸ばしてみせるが、役にたちそうもない。

 接近戦を主にするなら便利そうだが、彼は中遠距離メインだ。

 

「これくらいなら武器に属性付与をした方がまだ良いでしょう」

「それは……、そうかも」

 

 前に武具の属性付与を見せてもらったが、武器に炎が宿り、格好良かった。

 あちらのほうが取り回しが効きそうである。体が燃えても不便なだけだろう。

 

『この短期間で自己属性付与を修得する奴はそういない――が、まだ甘い』

 

 特訓をさせた黒竜がやってきた。

 手をウィルに向けており、向けられたウィルも緊張した面持ちである。

 木村も、今まさに気当てとやらをされていると考えた。

 

 修得スピードに関してはトロフィー効果も関係があると木村は気づいたのだが、特に言う必要もないなと口にしなかった。

 

「自らへの属性付与は、近接戦闘をされる方が使えば強力な武器になりそうですが、僕のようなものが使うのはやはり神気への防御壁としてでしょうか?」

 

 気当てをされつつも喋る余裕はできるようになったらしい。

 ウィルは先ほどの疑問を黒竜にぶつけた。

 

『否。二つある。一つは無意識制限の解除。もう一つは術統一』

「無意識制限の解除に、術統一ですか」

『術統一はまだ知る必要がない。制限の解除すらできないのなら、まったく意味のない話だ。加えて、他の技術も必要になる』

 

 黒竜はけっこう良く喋る。

 喋るとは言っても戦闘マニアらしく、この界隈の話に限るがちゃんと答えてくれる。

 ただし、木村が聞いてもまったく返答しない。戦士と認めた以外の者とはそもそも会話が成立しない。

 

「無意識制限の解除ですか。自身の神気への感知機能を厚くし、神聖術への神気投入量を解除するといったところでしょうか」

『理解が速いな。半分は理解している。修得も速いことを望む』

 

 ウィルは言葉を聞いただけでわかってしまったようだ。

 ただ顔色は良いものではない。木村の聞いた限りではそこまで難しそうな話ではない。

 

「簡単そうに聞こえたけど。その属性付与状態で魔法を使うってだけじゃないの?」

「いえ。実は維持するだけでけっこうきついんです、これ。炎を体の内に留めておこうというのが今やっていることでして、僕の普段使う神聖術は炎を外に放つものです。自らの内側に炎を留めながら、外側に炎を出すという状態がよくわかりません」

 

 矛盾した話になるということだろうか。

 だが、木村はその矛盾した状態を見たのであった。

 

「さっき体の外に炎を出してなかった? 手から手に炎が出してたやつ」

「あれは体の認識がわずかに広がっただけですね。外に出しているという感覚はないんです」

 

 なんだか漫画で見たことのあるような話だ。

 ウィルの呈した疑問あるいは矛盾への解答を、木村はすでに得ている気がした。

 

「それなら自らの意識を外に思いっきり広げて、世界を自らの体として認識すればいいんじゃない? 魔力の限界と認識の限界、この無意識の二つの制限を解除することが無意識制限の解除ってことじゃないのかな」

『正しい』

 

 黒竜が確かに木村を見て言った。

 これを会話と言っていいのかは微妙なところだが、黒竜の意識は初めて木村に向いていた。

 

「神気と認識という二つの無意識制限の解除ですか」

『励め』

 

 黒竜はウィルと、心なしか木村も見て告げた気がした。

 ウィルが頷いた後で木村を見る。

 

「そういえば、どうされたんです?」

「えっ、何が?」

「アコニトさんの死亡を見るのが目的ではないでしょう。僕の訓練を見に来た様子でもなかったですし」

「……あ、ああ!」

 

 木村はウィルに問われて、自らがここにいるそもそもの理由を思い出した。

 キャラクターエピソードのビー玉が原初の目的だった。

 

「ログインボーナスでこれをもらったんだ。ゾルに使おうと思って待ってたんだ」

「ガラス玉? いえ、なんでしょうか? 神気が混ぜられています」

『記憶閲覧が練られている。対象の記憶を覗くことができるな』

 

 黒竜がチラリとビー玉を見て解説を加えた。

 見ただけでわかるのかと木村は驚くが、黒竜は興味をすでになくしたようだ。

 

「過去が見えるのですか。あまり気持ちの良いものでは、あっ」

「きれいな玉じゃあああ、キンキラキラララァ! 欲しいぞぉ! 儂がもらってもよいのかあああ! ありがとおお! もう儂のじゃあああ!」

 

 キチ○イがキ○ガイ状態で目を覚ましてしまったようだ。

 木村の玉からビー玉を奪い取り、ウヘヘヘとやばい笑いを浮かべている。

 ウィルが木村を庇って後退する。慣れた動きであった。後は、おっさんに任せれば良い。

 

「光がパラパラ広がって、虹がテラテラ瞬いて、視界がピッカピカだぁ!」

 

 アコニトが瞳孔の開いた眼でビー玉越しに天井を見ている。

 ビー玉を透過する光を見てハイになっていた。

 

 そして、彼女は手を降ろし、ビー玉越しに木村たちを見た。

 

 キチ○イがビー玉越しに木村を覗くとき、木村もキ○ガイをビー玉越しに覗くことになる。

 ニーチェの言葉っぽく書いたが、要するに“過去の宝玉”が発動条件を満たした。

 

 木村の瞳にはビー玉の向こう側に映ったアコニトが見えた。

 距離で考えると、彼女の瞳しか見えないはずなのになぜか全身が映し出されている。

 

 アコニトの像が朧気になってきて、周囲の景色も曖昧になってくる。

 ぐにゃぐにゃと歪んだ景色が、また像を結び始めた。

 

 空には太陽があった。

 雲はなく快晴。蝉の声すら聞こえてくる。

 日射しや暑さは感じない。ただ、木村は日本の夏を思い出した。

 

 

 彼は今、炎天下の中に立ち尽くしている。

 

 

 

94.キャラエピソード:アコニト 前編

 

 木村は夏空の下にいる。

 

 先ほどまでは訓練室の人工照明の下にいたはずである。

 石畳に灯篭、鳥居、本殿らしき建物があり、神社の境内に見えなくもない。

 

「ここは?」

「女狐の記憶の中だぞ」

 

 おっさんがいた。

 ウィルや黒竜、それに竜人がいる。

 その中に顔面蒼白のアコニトが硬直した状態で立つ。

 

 アコニトの記憶の中と聞き、木村もそんな感覚はした。

 日本っぽい景色と神社の境内というのが、彼女の雰囲気とうっすら紐付いている。

 なお、木村たちは温度を感じていないが、アコニトだけは日射しを受けているかのように汗が流れっぱなしだ。

 

「アコニト? 大丈夫?」

 

 木村が声をかけるが、彼女はまったく反応しない。

 本殿とは逆側の鳥居を見つめている。

 

「待つんだぁ!」

 

 アコニトが向いている鳥居の方から声が聞こえた。

 その声が彼女と同じだった。

 

「待たない!」

「待てない!」

 

 アコニトの声に、別の二人の声が返ってくる。

 どちらも女性の声である。

 

 鳥居の先は階段で下り坂になっているらしい。

 木村が気づけたのは、二人の姿が頭から現れたからだった。獣人のようだ。

 

 一人は鳥のような翼を持ち、もう一人は黒っぽい小さな二本のツノを頭に生やしている。

 二人は階段を上りきると、木村たちの方へと走ってきた。

 猛烈なスピードである。

 

 木村は避け損ねたが、彼を透過して獣人の二人は本殿へ走って行く。

 二人は木村にもまったく気づいていない。

 

「記憶の中だからな。人には触れないし、話をすることもできないぞ」

 

 そんなものなのかと木村も理解する。

 二人よりもかなり遅れて、見覚えのある姿が現れた。

 

 アコニトである。

 見た目は今とほぼ同じはずだが、顔にけだるさがない。

 擦れてない顔つきだ。どことなく若さを感じた。

 

「ん?」

 

 よく見ると、尻尾の数も少ない。

 普段なら正面からでも溢れている尻尾がわずかしか見えない。

 ぱっと見で四、五本しかないのではないか。

 

「ここまで来れば、あの婆から、逃げ切れただろぉ」

「婆とは誰のことか?」

「ひぃ」

 

 肩で息をしたアコニトの顔に絶望が貼り付いた。

 本殿の方から赤い髪の女性が現れる。巫女のような姿だ。

 上が白で、下が赤。俗に言う巫女装束だが、正式な装束名を木村は知らない。

 

 人物だけ見れば、儚げな顔で体も細く、今にも崩れそうな雰囲気である。

 ただし、彼女が両手に持っているモノを見ると印象が変わる。

 先ほど通り過ぎた獣人二人の顔面をそれぞれ掴んでいた。

 二人はすでに意識がないようでうなだれている。

 

「アコニトよぉ。わっちは汝に告げたな。逃げたら斬る、と」

 

 巫女は二人を境内に投げ捨てた。

 そして、空いた手から炎が湧き上がり、刀の形状を取った。

 

「ひっ」

 

 怯えていたアコニトが逃げようと巫女に背中を向ける。

 なお、実体のあるアコニトもずっと巫女に背中を向けて硬直していた。

 

「咲き乱れろ。曼珠沙華(ラジアータ)

 

 巫女が呟くと、境内中の地面から炎の刃が無数に湧き上がった。

 

「わ!」

「く!」

 

 木村とウィルが突き出てきた炎刃に驚くが、実体はないので体を突き抜けるだけである。

 一方で、記憶の中のアコニトは普通に突き刺さっている。逃げようとした彼女の足を突き刺して、動きを封じた。

 

「ぐぁああああ! 足がッ! 儂の足がああああっ!」

 

 巫女は炎刃の合間にできた道を歩いてくる。

 まるで咲き乱れる赤い花の間を歩いているような光景だった。

 巫女が実物のアコニトに並び、アコニトが彼女を横目で見る。巫女は彼女を見返しはしない。

 

「リコリス」

 

 アコニトが名前を呼ぶが、記憶の中なのでやはり巫女は振り向かない。

 記憶の中のアコニトへと歩を進めていく。

 

「で――婆とは誰のことか?」

「うぬだろぉがぁ! リコリスゥ! くたばれやぁ、クソ婆ッ!」

 

 巫女の炎に包まれた拳が、容赦なくアコニトの顔面を殴りつけた。

 どこでも殴られてるな、と木村は思う。

 景色が急に暗くなってくる。

 

「えっ?」

「記憶の中だぞ。本人の記憶がない部分も補正はされるが、ほぼ映らないと思っていいな」

「ああ。なるほど」

 

 意識を失えば記憶もないということか。

 記憶がないなら、この映像も途切れてしまう、と。

 

 景色が真っ暗になっていった。

 

 

 そうして、また周囲に光が見え始めた。

 光は現れたが、夜なのだろうか。月明かりくらいの薄暗闇だ。

 

 場所は先ほどと同じ神社に見える。ちょっと古くなり始めた様子だ。

 登場人物はやはりアコニトとクソ婆ことリコリスだった。

 

 二人は本殿の木の板に腰掛けて、月を見ながらタバコを吸っている。

 先ほどのようなグロテスクな場面ではない。

 

「狐。あんたはどんな神になりたいんだ?」

「おぉい、婆ぁ。その質問は何度目だぁ。これだから老いぼれと話すのは疲れるんだぁ」

「わっちは真剣に聞いておる。そろそろ真面目に答えな。線香花火にするぞ」

 

 アコニトを見れば尻尾が増えている。

 言葉にも余裕が見えてきた。先ほどよりも時間が経ったのかもしれない。

 

「なんだい。まだ理想の姿が見えてないのかい。トリキルティスとウィステリアはもう答えを出してるよ」

「おおかた刀がどうとか、焔がどうとかだろぉ。人の道を切り拓くだか、照らすだかだぁ。聞かなくてもわかるぞぉ」

「で、あんたは?」

「儂はなぁ。膨大な力を持ち、みなの労苦の上に腰掛け、酒を飲んで葉っぱを吸い、ただ笑って見下ろす。そんな偉大な神になりたいぞぉ」

 

 今とほぼほぼ変わらない。

 冗談を言ってるのか、本気で言っているのか木村は測りかねた。

 

 巫女の赤い髪が逆立ち、手が炎に包まれる。

 そりゃ、真面目に尋ねてこの回答が来たら怒る。

 怒りに血走った目がアコニトを向くが、アコニトは月を見たままだ。

 

「儂は人を見るのが好きだぁ。弱いながらも団結しあう姿も、欲に溺れ力に沈む姿も、人同士で阿呆みたいに殺し合う姿も、稲の穂を嬉しそうに刈る姿も、どれも好きだなぁ。儂は――人に神の力が常日頃からいるとは思えんぞぉ。人は人で生活し、神は上からただ見下ろす。どうしようもない状況になったときだけ偉そうに手を貸す。神なんてそれでえぇと思っとるんだぁ」

 

 巫女の手から炎が消え、赤く発光していた髪も収まった。

 彼女もアコニトと同様に月を見上げる。

 

「そうかい」

「そうだぁ」

 

 互いが月を見上げている。

 

「あんたの理想はわかった。励むんだね」

 

 巫女の返答には記憶の中のアコニトも意外だったようで、月から眼を話して巫女を見た。

 

「不真面目な神が一柱はいてもいいだろ」

「だろぉ」

「図に乗るんじゃない。まだ力不足だ。その理想がまかり通るまでの力を持ってからにしな」

「厳しい婆だぁ」

 

 記憶の中のアコニトはやれやれと木の板からひょいと飛び降りて、歩いてどこかへ去って行く。

 場がまたしてもゆっくりと暗転していく中で、巫女が木村の隣にいた実物のアコニトを見つめた。

 

「で、あんたは理想の神になれたのか?」

 

 アコニトが驚いた様子で口を開いたが、完全に暗転してしまい喋ることはできなかった。

 記憶の中の巫女は、最後にこのアコニトを見て尋ねていた。

 

「おぉぉい、坊やぁ! 今のは何だぁ? 目が覚めたらいきなり記憶を漁られてるぞぉ。気分がいっとう悪いなぁ。あぁ? どういうことだぁ? 前々から趣味が悪いとは思っとったが、此度の趣味の悪さはさすがの儂も看過できんぞぉ。ん~?」

 

 アコニトの顔は笑っているが、ぶち切れ寸前だということが木村はわかる。

 とりあえず状況を説明する。説明すればするほど、悪いのはアコニト本人だとわかる。そもそもゾルに使うつもりだった。

 

 今はゾルに使わなくて良かったと木村も安堵している。

 秘めた力を得るという文言に酔っていたが、効果の趣味の悪さが木村もようやく追いついてきた。

 これは好感度かあるいは信頼度を上げた状態で使わないと、修復が不可能な関係になりかねない危険な代物だ。

 人に見せたくないものや、自分自身が見たくないものを共に見る覚悟があって然るべきものだった。

 

「記憶を見るだけぇ? 最後のアレはなんだぁ? あの婆はしかと儂に尋ねてきたぞぉ」

 

 木村にもわからないが、アコニトの言うことはもっともだ。

 巫女は記憶の中にいないはずの、現実のアコニトに問いを投げかけていた。

 

「ここって記憶の中なんだよね?」

「そうだぞ」

 

 困ったときのおっさんだ。

 何かしらの答えを出してくれるだろう。

 

「でも、赤い髪の人ってアコニトに話しかけてたよね」

「そうだな。彼女が異常な力を持っているか。過去の閲覧以上の現象が起きているかになるぞ」

 

 それはまあそうだろう、と木村も納得するところだ。

 おっさんもわかっていないようで黒竜を見る。

 

『どちらも正しい。彼女はただ者ではない。そして、ここもただの過去ではない。――もう良いだろう。吾らを観察する存在。姿を現せ』

 

 暗転した真っ暗闇で、キャラだけがくっきりと姿が見える謎空間だったのだが、そこに新たな姿が現れた。

 背中に白い羽を携え、金髪碧眼の見るからに美形のまるで――いや、まさに女神である。

 彼女の周囲だけ白い光に包まれており明るい。

 

「ごきげんよー」

「なぁにがごきげんよぅだぁあ。うぬの見せつけた過去で、儂の機嫌は過去一で最悪だぁ」

 

 女神の丁寧で綺麗な挨拶に、アコニトはヤンキー張りの巻き舌で返す。

 木村も彼女が怒る気持ちはわかるのだが、そもそも自業自得である。クスリのせいでこうなった。クスリ、駄目、絶対。

 

「初めましてー、木村くーん。それにお仲間のかたがたー」

 

 女神はアコニトを黙殺した。

 うふふ、と余裕の面持ちで微笑んでいる。

 この女神はやはり女神で間違いない。木村を「木村」と呼んだ。

 

「『初めまして』ということは、運命の三女神の残り一柱でしょうか?」

「ええー。ラケシスやスクルドには会ったようですので話は早いと思いますー。私が長姉のクロートー。ウルズ、デキマ、レゲアと呼ぶ方もいますねー。とにかく私が一番お姉さんなんですよー」

 

 えへんと誇っている。

 なんだか思ったよりもずっと空気が緩い。

 水の館で会った水女の押しつけがましさや、スクルドにあった殺伐感といったものがない。

 空気が彼女だけで完結している。こちらに何も求めていない気配を木村は感じた。

 

「えっと、それでいったいどういうことでしょうか?」

「何がでしょうかー?」

「……え? いや、だから、この状況を作ったのはあなたじゃないんですか?」

「ああ! そのことですねー。そうでもないですねー。木村くんたちがどうやってか過去()の領域に入ったので、挨拶に出向こうと思ったのですがー、タイミングがなかなか合わないので、顔が出せませんでしたー。声をかけて頂いてありがとうございますー」

 

 クロートーが黒竜にお礼を告げた。

 黒竜は興味を失っている。どうやら彼の求める戦士ではなかったらしい。

 とりあえず木村は話を進める。

 

「先ほどの巫女の人が、アコニトに話しかけたのはあなたのせいではないのですか?」

「私のせいでもありますがー、違うとも言えますねー。過去に干渉することは私の得意とするところですがー、ここは記憶ですよー。私が干渉しても記憶の存在が動き出すことは滅多にないですー」

 

 たまにはあるのか、と木村は思った。

 実際に動き出していたのだから、さもありなん。

 

「記憶が動き出すのはどういうときなんですか?」

「記憶がよほど鮮烈かー、動く対象が只ならぬ力を持った神であるときですー。両方みたいですねー」

 

 強そうだとは思ったが、やはりあの巫女は相当強いらしい。

 暗闇の世界がグラリと揺れ始めた。

 

「あー! まずいですよー! 記憶が封鎖されましたー!」

「記憶が封鎖?」

「記憶の中の神が一人でに動き出した状態ですね。あらぁ、記憶をぐちゃぐちゃにしていってます。早く止めたほうがいいですねー」

「止めないとどうなりますか?」

「ここから出られませんねー。私も出られなくなって困りますー。それとアコニトさんの記憶が消し飛びます」

「はぁ?」

「木村くん。あの神を倒してください。お姉さんのお願い、聞いてくれますか?」

 

 お願いを聞くとか聞かない以前に倒すしかないじゃないか。

 木村は女神に対する警戒心を一段階上げた。ほのぼのしているが、どうにもずるくさい女神だ。

 

「おぉい、意味がわからんぞぉ。いきなり過去の記憶を見させられて、しかもリコリスを倒せぇ? 倒さんと儂の記憶が消えるぅ?」

「ですねー」

「らしいよ」

「……リコリスを、倒すぅ? そいつは、無理な相談だぞぉ」

 

 暗闇に光が射した。

 月明かりの下に現れたのは神社の境内である。

 

 リコリスの他にアコニトと他二人の獣人の姿があった。

 アコニトや他二人の獣人はボロボロであり、すでに誰かと戦い負けている様子だ。

 

「さがってな。あんたたちじゃあ、遠く力が及ばん。わっちがゆく」

 

 リコリスがアコニトを含めた三人を下げた。

 巫女の手に炎が宿り、相手と戦うべく境内を一人で進む。

 問題は彼女の相手がいないことである。

 

「私はまともに戦えませんのでー。後はお願いしますーよしなにー。木村くんはお姉さんと一緒に見ましょうねー」

『吾が行く。楽しめそうだ』

 

 黒竜が境内を進み、リコリスと対峙した。

 女神にはまったく興味はなさそうだが、巫女に対しては木村でもわかるほど興味を持っているようである。

 

「記憶の中だけど戦えるの?」

「もうあの神は記憶を逸脱していますからねー」

 

 うふーと笑っているが、木村として笑うところはない。

 ウィルも状況を掴めたようで戦闘態勢に入ったが、黒竜に腕を向けられ止められた。

 

『見ておけ。足手まといだ。あの術者は無意識制限の解放と術統一の良い参考になる』

「……はい」

 

 ウィルも大人しく引き下がった。

 喋らない竜人も、震えながらリコリスを見つめていた。

 

「強そうだけど、やっぱりあの巫女は強いの?」

「十日ほど前の僕でしたら、もう気を失っていると思います」

 

 ウィルも顔に汗が滲んでいた。

 どうやらすでに自らへの属性付与をしていると見える。

 やはりあの巫女はとても強いらしい。木村はおっさんの評価が気になり、彼の顔も見た。

 彼の顔つきも真剣だ。木村は巫女に対する評価をさらに一段階上げる。

 

「俺が知らない術もあるぞ。見えているのか?」

『否。吾にも見えない術がある。いざ、試合といこう』

 

 こうして黒と赤の決戦が始まった。

 

 

 

95.キャラエピソード:アコニト 後編

 

 黒竜とリコリスの戦いは始まったが、あまりにも動きが速すぎて木村の目では到底追えない。

 

 リコリスが境内中に炎の刃を出しているが、黒竜はその炎の刃を避けている。

 さらに接近戦になるが、リコリスの体から出る刃を黒竜が避け、さらに黒竜の攻撃をリコリスも自らを炎と化して回避していた。

 動きは速いが、音は速さに反比例するかのように静かである。

 

「今さらなんだけど、あのリコリスさんは何者なの?」

 

 木村は隣でぼんやりと戦いを見ていたアコニトに尋ねる。

 彼女は「あぁ?」と嫌そうな顔をしたが、しぶしぶといった様子で口を開いた。

 

「儂らの後見神だぁ」

「後見神?」

 

 初めて聞いた単語だ。

 後見人みたいなものだろうか。

 アコニトが本殿の近くにいた記憶アコニトと他二人の獣人を示す。

 

「儂とトリキルティス、ウィステリア――三大影神の見届け役だぁ。大昔には日陰神リコリスとも呼ばれておったなぁ。双極神の後継たる儂らを育てる役を担っておったんだぁ」

 

 神の情報量が多すぎて木村は辟易した。

 要はアコニト達の育て役ということだろう。

 

「しかしなぁ。儂もこの時の記憶はあるが、あの時、敵の正体がわからんかったのはこういうことかぁ?」

「はいー。私の力と合わさっていたのでー、当時のあなたでは見えないと思いますねー」

 

 確かに後ろで縮こまっている記憶のアコニトはまだ弱さを感じる。

 今のアコニトのふてぶてしさがまだ見られない。

 

「強いと思っておったが……、やはり強いぞぉ」

 

 アコニトはどこか誇らしげにリコリスの戦い振りを見ていた。

 掛け値無しにリコリスは強い。黒竜もゾルやテュッポにしている加減が一切見られない。

 

「斬り捨てろ。鉄色箭(サンギネア)

 

 地面から馬鹿みたいに生えていた炎の炎刃が一斉に動き出し、黒竜を斬りつけていく。

 黒竜も大半は避けていたが、本体との同時攻撃で回避も難しくなっている。

 

「舞い上がれ。鍾馗水仙(オーレア)

 

 炎刃がオレンジ色に発光し、火の粉を周囲にばらまいていく。

 どちらも黒竜を追い込んでいく。

 

「焔、技術、毒がそれぞれの影神に引き継がれたんだぁ」

「……毒?」

 

 焔と技術は木村でもわかる。

 武器も躯も炎になっているし、技術はその手に持った刀の戦闘スタイルで明らかだ。

 

「炎に毒を混ぜているぞ。あの火の粉も毒だな。黒にも効いている。良い毒だぞ」

「儂もリコリスの毒を参考にしておったからなぁ」

 

 おっさんも素直に褒めている。

 アコニトの毒はリコリスから受け継いだものもあるようだ。

 

「……えっ。じゃあ、あのリコリスさんはアコニトの力も使えるの?」

「原型になったというだけだぁ。毒に関しては、儂はリコリスを超えておったわぁ。トリキルティスとウィステリアもそれぞれの技術ならすでに上だぁ」

 

 毒に関しては、だ。

 聞いた感じだと他三人も各分野ではリコリスを超えていそうだ。

 

 それでもリコリスは半端だが、三人分の力を持っているということだ。

 炎か毒か技のどれかで攻められるので、広範囲の敵をカバーできる性能と言える。

 中途半端なら器用貧乏だが、どの技も完成度が高く見える。本人もめちゃくちゃ強い。もしも実装されれば☆6並の性能じゃないか。

 

「凄まじいですね」

 

 ウィルが呼吸を整えている。

 どうやら二人の戦いに呼吸も忘れて没頭していたらしい。

 

「無意識制限の解放とはあの領域に至るのですか……。神気と領域、さらには自らの躯すら解放し、焔と成る」

「黒は『参考になる』と言ったが、、いきなりアレを真似をするんじゃないぞ。煤になってしまうからな。まずは自己意識の領域を広げるところからだぞ」

 

 おっさんがウィルに釘を刺した。

 かなり危ない技のようだ。地道な訓練が必要そうである。

 

「術統一が彼女の炎刃ですか。焔と毒、それに刃と別々の神聖術が混ざって、一つの新たな神聖術となっています。どうやってあそこまで見事に複合しているでしょうか?」

 

 おっさんは何も答えない。

 どうやらこれに関しては教える気がないらしい。

 黒竜も無意識制限の解放ができないと意味がないとか言っていたので、まだ早いということだろう。

 素人の木村としては、三つの術を混ぜることがそこまで難しいものなのかが疑問だ。

 

「すごいだろぉ」

 

 アコニトも鼻高々だ。

 後見神が褒められて喜んでいる。

 

「だがなぁ。……もっとも引き継がれるべき力が、引き継がれんかったんだぁ」

 

 喜んでいたのもつかの間、すぐにアコニトは意気消沈してしまった。

 大丈夫だろうか。ハッパも吸ってないのに、気分の上下が激しすぎて木村は不安になってくる。

 

『――黒葬』

 

 黒竜の必殺技がついに発動された。

 一面の炎刃が一点に集められてしまう。

 

『――追弔』

 

 さらに黒竜が集めた魔法を握りつぶした。

 黒竜が手の平を開けば、芥とされた魔法の残滓がサラサラと崩れ落ちる。

 オーディンのグングニルに対してはもう一段階あったが、今回は二段階で終わってしまった。

 

 さすがのリコリスもグングニルのレベルにはたどり着かなかったようだ。

 それでもカクレガの現最強メンバーでは第一段階すら必要とされないので、第二段階まで必殺技を出させたリコリスの強さが窺えるというものだ。

 

 魔法を全て消し去られ、さらには第二段階の攻撃で全身をズタボロにされリコリスも唖然としている。

 彼女は自らの手を見て、表情をさらに崩していった。

 しかし、すぐに意識を戻した。

 

「――ん? 属性付与が不発? 発動後に崩れたぞ」

 

 おっさんも疑問の声をあげてリコリスを見ている。

 リコリスは炎刃を再展開したが、すぐさま炎が消えてしまう。

 木村は黒竜に魔力も吸い取られたと考えたのだが、どうにも様子がおかしい。

 

「馬鹿三! 今すぐここから逃げな!」

 

 リコリスが記憶の中のアコニト達に叫ぶ。

 鳥っぽいのと、牛っぽいのは逃げたが、アコニトは逃げようとしない。

 

「狐! 言うことを聞け!」

「儂も――、儂も戦うぞぉ!」

「邪魔だ! わっちがわっちであるうちに疾く失せろ! ああ、もう駄目だ。来ちまう」

 

 アコニトが逃げるのを躊躇っていると、リコリスが膝から崩れ落ちた。

 

「リコリス!」

 

 アコニトが必死の形相で叫んだ。

 彼女がここまで誰かを心配した顔を見たのは木村も初めてである。

 

「行け、アコニト。良い子だから……」

「儂は良い子じゃないんだぁ!」

「そうだなぁ」

 

 木村の隣から弱々しい声が聞こえてきた。

 アコニトにしては珍しい声で、木村もなぜか悲しくなってくる。

 

「壊れていく。崩れていく。わっちが消えてなくなっていく。わっちの世界が崩れていく」

 

 リコリスが顔面を両手で押さえて嘆き始めた。

 見るからに様子がおかしい。片手で顔を押さえつつ、もう片方の手が宙を彷徨う。

 手の彷徨っていた空間がボロボロと崩れ落ちた。まるでその空間自体が真っ暗闇の黒となり何も見えなくなってしまう。

 

「消失――非該当。蝕――非該当。影――非該当。おい、気をつけるんだ。俺がまったく知らない情報構成が展開されているぞ」

『吾にもまるで読み解けない術式だ。楽しくなってきた』

 

 おっさんは焦っているが、黒竜はわくわく感が声から滲み出ていた。

 心なしか昆虫の表情が嗤っているようにも見える。

 

「何あれ?」

「わかりません。見たことのない神聖術です」

 

 リコリスが黒竜に向かって境内を這いずる。

 彼女の動いた場所が黒に塗りつぶされていく。これはまるで――

 

「あ! これってもしかして、あの黒いマークの奴?」

 

 木村は思い出した。

 アルフェン平原でカクレガを襲った黒マーク。

 あれも今と同じように周囲を黒にして、木村たちを襲った。

 

「違うぞ。あの黒マークは蝕魔法による構成体だ。これは不明だ。とにかく離れておくんだぞ」

「たいへんですー」

 

 女神も木村と一緒に後退する。

 黒竜は依然としておかしくなったリコリスと戦うが、攻撃がまるで通じていない。

 黒竜とリコリスの間に真っ黒な空間が入り、黒竜の攻撃を防いでいる。

 防ぐと同時に触れたところから黒竜の躯が崩れ落ちた。

 

「儂らは(かげ)の力と呼んでおったぞぉ。実際に目の当たりにしたのは、この時が最初で最後だぁ」

「陰の力?」

「あぁ。形ある全てを遮る陰だとなぁ」

 

 黒竜が距離を取って構えた。

 また得意技を放つようだ。

 

『――黒葬』

 

 黒竜が呟く。

 景色が急激に一点に集まるが、リコリスは吸い寄せられない。

 まるでオーディンの放った槍のように暗闇の中にぽつりと浮いている。

 彼女が通り過ぎた黒の空間も色が近くてわかりづらいが、おそらくその場に残り続けていた。

 

『――追弔』

 

 リコリスが黒竜に近寄ってきたところで、黒竜は第二段階の攻撃を放った。

 爪でリコリスを掴む。

 

『なに?』

 

 爪で掴んだ瞬間に、その爪がボロボロと崩れ落ちた。

 黒竜も技を途中で止めて、距離を取る。

 

「あぁ、だめだぁ……。また、失敗した。いつもこうだ。わっちはどうしてこうなるんだ……」

 

 リコリスは追撃に移らない。

 その場で嘆き、地面に転がっている。

 

「極めて相性が悪いぞ」

『そのようだ』

 

 おっさんの指摘に黒竜も頷く。

 リコリスに触られ崩れ落ちていた黒竜の皮膚や爪がすぐさま再生していく。

 木村はそんなこともできるんだ程度に見たが、ウィルがその光景が異様だと言わんばかりに目を見開いていた。

 

『アレと相性が良いものがいるとも思えない』

「いるにはいるが、ここにはいないぞ」

 

 黒竜とおっさんはわかった様子で話している。

 どうにも分が悪そうだ。

 

「どういうことなの?」

「陰の力だぁ」

「呼び方は勝手だが、やっていることだけ抜き取れば情報の破壊だぞ」

「情報の破壊?」

 

 なんだかパソコンのデータについての言葉のようだった。

 もっと暗い能力名を木村は考えていたが、思ったよりも現実的な単語で意外だった。

 

「そうだぞ。万物を構成する情報を破壊しているな。力が大きすぎて使い手の体や精神領域まで破壊してしまっている。常に自身へ属性付与をかけていなければ、自我を保つこともできない術式構成だぞ。もはや『崩壊』と呼べるものだな」

「陰の力だぞぉ」

 

 崩壊とおっさんは呼んだ。

 アコニトも話を聞いていたようだが、陰の力で通すらしい。

 

「それで、どうしよう?」

 

 崩壊なるすごい力がリコリスにあることは木村もわかった。黒竜ですら近づけなかった。

 しかし、これをどうにかしないと夢から出られない。

 

「どうにもする必要はないぞ。近づいてきたら逃げるだけだな」

『力を制御できていない。自らも崩壊している。精神、体ともに崩れ落ち、もはや戦闘にならない。直に消滅する』

 

 おっさんは淡々と、黒竜はやや不満げに状況を説明する。

 リコリスはその場で嘆き、もはや木村たちを敵と捉えることすらできない状態だ。

 彼女の体も部分的に崩壊していき、周囲の空間もところどころ崩壊し、その範囲が広がっていく。

 

「大丈夫なの? 範囲が広がってるけど」

「ここに届くまでに消滅するぞ」

 

 どうやら何とかなるらしい。

 

「よかったですねー」

 

 天使もほのぼのと安堵の言葉を漏らしている。

 みなが落ち着いてきた中で、一人だけ落ち着かないやつがいた。

 

「僕が! 僕がっ!」

 

 竜人である。

 今まで黙っていたのにいきなり叫びだした。

 オーディンにルーンを刻まれてから様子がおかしかったがついに頂点に達した。

 そもそも刻まれる前からおかしかったので、静かになったぶんだけマシだったのに元に戻ってしまった。

 

 竜人が一人でリコリスに走って行く。以前も見た光景だ。

 途中で彼の体は崩壊させられたが、体を庇うこともなくリコリスを襲った。

 

「どうしたんだろう?」

「……どうしたんでしょうね?」

 

 ウィルに問いかけたが、ウィルも当然わからない。

 ときどき気が狂うのはアコニトの専売特許だと思っていたが、二人に増えてしまった様子だ。

 

「僕が! ぼ――」

 

 竜人はリコリスに手をかけて揺らした。

 一瞬だけ彼女は竜人を見たが、次の瞬間には竜人を崩壊させてしまう。

 

「今、のは、誰か? アコ、ニ、逃げたか――」

 

 リコリスの意識が一瞬だけ戻った。

 何か声のするモノを崩壊させたことで、意識を取り戻したらしい。

 それもやはり一瞬で、リコリスはまた周囲を崩壊し始める。

 どうやらこれが最後の崩壊になると木村も感じた。

 

「あやつ……。――おい、坊やぁ」

 

 アコニトが木村に話しかけてきた。

 先ほどまでの悲しげな声や様子がない。

 

「なに?」

「数日ほど前に、新しいスキルとやらを儂に試したなぁ。跳躍だったかぁ」

「……ジャンプのこと?」

 

 レベルが61になり、召喚者スキルが使えるようになった。

 すでに名前も効果も知っていたが、試しにアコニトで効果を実験してみた。

 ジャンプと言うよりはワープだ。移動途中が無敵なのは嬉しいし、移動にラグがほぼないのも良い。

 

 しかし、喫煙室の端から端まで移動させるだけで、アコニトは吐いて部屋の一角をゲロ塗れにした。

 クスリをやってないときに試しても、似たようなものである。

 反動が大きすぎて戦闘では使えない。

 

「そうだぁ。あれで儂をリコリスのところに飛ばせぇ」

「えっ?」

「聞こえんかったか?」

「いや、聞こえたけど……。どうして?」

 

 クスリで頭がイカレている様子はない。

 今まで見た中でも一、二を争うほど真面目な表情だ。

 ここまで真面目な表情をされると、かえってふざけている可能性も捨てきれなくなる。

 

「どうして? ほっとけば消えるらしいよ」

「消えたら駄目だぁ」

「なんで? 記憶から出られるでしょ」

「うつけがぁ。儂がまだ婆の問いに答えてないだろぉ」

 

 木村も思い出した。

 この記憶がただの記憶でないと気づいたきっかけの問いだ。

 

「――わかった」

 

 「飛ばしてもいいけどどうなっても知らないよ」と確認する必要はない。

 どうせ死ぬことは確定している。本人も了承済みで言っているし、今まで死ななかったことのほうが珍しい。

 

「やれぇ」

 

 木村はコマンドを開く。

 自爆の下に新しく追加されたジャンプを選ぶ。

 目を瞑っていても押せる位置にあった自爆ボタンが、ジャンプボタンで下にずれたのは厄介だ。

 

 ジャンプを選択すると、移動対象キャラの選択に移る。

 移動の対象キャラが白く光るので、隣のアコニトを選んだ。

 次に移動先で、リコリスの近くを意識して、そこで決定した。

 

 一瞬で隣のアコニトが消え、意識した移動先に彼女が現れた。

 彼女は頭を揺らせて、オエェと吐いたがすぐに顔を上げる。

 

「おぉい、婆」

「ぁぁ」

 

 リコリスがアコニトに手を振るった。

 アコニトは片腕で防御するが、その腕は防御した側から崩れ落ちてしまう。

 

「耄碌しすぎだぞぉ。クソ婆ァ。儂だぁ、アコニトだぁ」

「あこ、ニト……」

 

 名前を呼びつつもリコリスは腕をさらに振るってアコニトのもう片方の腕を壊した。

 痛みを感じているはずだがアコニトに大きな変化は見られない。

 

「儂が理想の神になれたか、と尋ねたな」

 

 アコニトの声にリコリスの手がわずかに止まった。

 動き出した右手を、左手が止めて両手が崩壊していく。

 彼女の中の理性がまだ見られた。

 

「儂はなったぞぉ。儂の掲げた――理想の神になぁ」

 

 アコニトは堂々とリコリスに答えた。

 理想以上に悪い方にシフトした邪神になった気もする。

 尻尾にすら逃げられている有り様である。

 

「……そう、かい」

「そうだぁ」

「少し、疲れたねぇ」

「歳も考えず、激しい運動をするからだぁ。ぽっくりいくぞぉ」

「ちぃと、休むことにするよ」

 

 アコニトが頷くと、リコリスは目を瞑った。

 崩壊は止まったが、彼女はその場で倒れて動かなくなってしまう。

 

「リコリスッ!」

 

 記憶の中のアコニトが走り寄ってきた。

 現実のアコニトに毒の息で攻撃をするが、毒に耐性があるのでもちろん効かない。

 そもそも自分の毒なので効くはずがないのである。

 

 しかし、両腕を崩壊させられ、体のあちことも崩されていたアコニトは限界だったらしい。

 彼女はその場で倒れて光に消えてしまう。

 

 記憶の中のアコニトが泣きながらリコリスの名前を呼び続け、景色は暗転していった。

 

「感動しましたー。辛い過去を乗り越えたことでー、アコニトさんはさらに成長できたでしょうねー」

 

 朗らかな笑顔で女神が話す。

 感動と言ったが、言葉から女神の心が動いていると木村は感じなかった。

 

「よかったー、記憶の封鎖が解けましたよー。お別れですねー。それでは木村くん、また会いましょうー。私はいつでもあなたを受け入れますからねー。だって、私はお姉ちゃんですからー」

 

 うふふーと笑うが、どこか気持ち悪さが残る。

 

「お別れの前に一つ質問があるんですけど」

「なんでしょうー」

「キャラ、全員の過去に介入してるんですか?」

 

 リコリスと黒竜が戦っている時に、この女神は「私の力が合わさっていたので当時のアコニト(あなた)では見えない」とか言っていた。

 そもそもこの女神が介入していなければ、リコリスは崩壊を使うこともなかったのではないか。

 いや、立場が黒竜に変わっただけで、本当の過去はもっと別の魔物か神が襲っていた可能性もある。

 

「もちろんですよー。木村くん以外の過去は全て私のものですからねー。みんなが強くなるためでしたら私はどこの誰のどんな過去にでも手をかけますー」

 

 さらりと口にした。

 悪気や躊躇いが一切ないのが神らしいと言えば神らしい。

 木村は自らの感じた気持ち悪さが、このあたりからくるものだとわかりややスッキリした。

 

「そうでしたか。わかりました。スクルドさんからもあなたたちの言動を受け入れるようにと聞いています」

「はいー。良い妹を持てて私も幸せですー」

 

 聞きいれるだけだ。

 聞き入れはするが、それを全面的に肯定して実行するかは別の話である。

 もしも聞いていなかったら、あれこれと文句を言っていただろうが、女神(これ)はこういう存在だとわかっていれば諦めもつく。

 勝手にやってろと思うだけだ。こちらも勝手にやればいい。

 

「もう時間でしょうか。またどこかで会いましょう」

「はいー。どうかお元気でー」

 

 社交辞令である。もう会いたくない類いの女神だ。

 しゃべり方ものほほんというよりは、ねっとりへばりつくヘドロのような印象に変わってきた。

 

 女神の方にも同じ気配を感じる。

 本当は木村たちに元気にして欲しくないんじゃないか。

 

 

 女神の姿が遠ざかっていく。

 暗闇が遠ざかり、徐々に明るさが戻ってきた。

 

 景色は訓練室に戻った。

 

 そこにビー玉を覗き込んでいたアコニトの姿はない。

 

 

 

 アコニトの過去を見て三日が経った。

 

 アコニトはスキルが増えていた。

 煙が刃状になって相手を斬るというリコリスの使っていたような技だ。

 スキル名も「紫狐の剃刀(スプレンゲリー)」となんだかそれっぽいスキル名だった。

 ただし本人はこれを使う気配がないし、無理矢理使わせたが物理系の戦闘が苦手なのであまり上手に使えない。

 ソシャゲ内なら使えるスキルかもしれないが、そもそもトロフィー効果無しのアコニトを使うユーザーがいるのかすらわからない。

 

 

 やはりアコニトにとって肝心なのはトロフィーなのだ。

 銀色のトロフィーが増えていた。

 

 アコニトとリコリスが向かい合っている姿だ。

 もしもあのとき、リコリスを見殺しにしていたら銅トロフィーだったのかもしれない。

 

 題名:“アコニトの返答”

 説明:“あなたはリコリスの問いに対するアコニトの答えを聞いた。”

 効果:“アコニトが『崩壊の因子』を得る”

 

 危険はありそうだが、かなり重要な効果だと木村は考えている。

 現状では、ステータスで説明を見ても何もわからない。

 本人も特に変化した気はしないらしい。

 

 スキルを得てもアコニトは特に変わらない。

 酒を飲んで、飯を食らい、ハッパを吸い、息をするように他者に迷惑をかける。

 

 

 変わらない奴がいる一方で、変わった奴がいる。

 

「わっちがやるっ! わっちがやるぞ!」

 

 竜人である。

 リコリスに崩壊させられたのが悪かったのだろうか……。

 一人称の「僕」がどこかへ消え去り、「わっち」に変わってしまった。

 

 喋る言葉はさほど増えていないが、明確に行動するようになった。

 前みたいにキャラを殺したり、物を破壊することもない。

 黒竜の訓練にちゃっかりと参加している。

 

 気になってステータスやトロフィーを見たが、何も変化していない。

 とりあえず置物からランクアップしたのは木村としても喜ばしいことだ。

 

 

 さらに二日後である。

 

 木村は訓練の様子を見に来ていた。

 本当に見るだけで特にできることもない。

 彼らの訓練の風景を見つつ、未来に思いを馳せる。

 

 そろそろ嫌な知らせが来るころだ。

 カクレガの移動方向が変わったことからも、イベントが開催されることが予想できる。

 移動先はすでに予想が付いている。黒竜が戻る予定だった場所らしい。

 地図で見ると扉があり、カクレガの進む方角と一致する。

 

 帝国の第二の都もその地にあった。

 ドライゲン――飛龍の都とも呼ばれているらしい。

 

 ピッピコーン!

 

 訓練室に嫌な音が鳴り響いた。

 

 全員が動きを止めて、音のする方を見る。

 おっさんが木村へ近寄ってきた。

 

 手にはいつもの封筒を持ち、にこやかに無言で封筒を差し出してくる。

 

 木村は封筒を受け取り、封筒から手紙を取り出した。

 穏やかな訓練の日々は終わり、その成果を発揮する時が到来したことを予感する。

 

「“イベント『私のカツラを知らないか?』開催予定!”」

 

 木村はタイトルを読んだが、内容が頭に入ってこなかった。

 理解しようとしたが、うまく考えがまとまらない。

 顔を上げたところにウィルがいた。

 

「本当にそう書かれているんですか?」

「“イベント『私のカツラを知らないか?』開催予定!”」

 

 木村はもう一度文章を読み上げる。

 凄惨、はたまた不吉なタイトルを予想していただけに、この題名は受け入れがたいものがある。

 

 いや、内容を考えると凄惨でもあり不吉でもあるのかもしれない。

 このカゲルギ=テイルズの一貫したテーマである「犠牲」も明らかだ。

 

「“イベント『私のカツラを――」

「もういいです。わかりましたから」

 

 もちろん誰もわかってはいない。

 木村、ウィル、黒竜はおろかおっさんですらわからない。

 

 当然だ。

 次のアイデアが出ないので、筆者がストゼロを飲みつつ頭に閃いた文字列をそのままタイトルにしただけなのだから。

 もしも次回の更新時にイベントのタイトルが変わっていても、そっと見逃して欲しい。

 それと筆者はカツラをしていない。なぜこの単語が出てきたかは不明だ。

 

 筆者のアイデアはもう枯れ果てている。

 年一単位で更新する人種がすでに半年以上も週一以上の更新をしている。偉業である。

 文字数はすでに60万字を超え、話数は90を超えた。物語が進んでない? それは言っちゃいけない。

 

 とにかく筆者のアイデアは尽きた。

 なろうのアラル海とはまさに筆者そのものである。これは褒めすぎか。

 せいぜい地面のへこみにできた水たまりだろう。翌日には干上がってしまうところが潔い。

 

 ぶっちゃけルーンをテーマに一作書いた方が楽しそうだと思い始めてる。

 Ⅵ章で資料とかを数冊買って読んだけど、投資の割に一瞬で書き終わったのでもったいないお化けがでてきた。

 

 話が大きく逸れてしまった。

 飲みながら書いてるので、どうかご理解をいただきたい。

 

 はっきりしていることはただ一つだけ。

 

 

 一週間後から次のイベントが開催される、この一点である。

 

 

 

96.イベント準備 前半

 

 ドライゲンの都へと早々に到着した。

 

 イベントの開始まであと六日もあるが、事前に情報を集めておきたい。

 新たなイベキャラが登場する可能性もある。

 

 今回のイベントの概略は続報の手紙で確認した。

 要約すればこうだ。

 

 

 カスィミウ神都にヅラウィ曲芸団がやってきた。

 団員の魅力的な芸に人々は熱狂し、連日の興行も満員御礼である。

 興行は最終日を迎えた。曲芸団に対する拍手は惜しみなく鳴らされ、逆に別れは惜しまれた。

 

 ヅラウィ曲芸団が去った日の翌日、彼らがいた場所に一台のカツラが残されていた。

 

 神都のがめつい商人がこう言った。

 

「そのカツラは風もふきゃしねぇのに、ひとりでに動いて消えたんだ。まるで曲芸のようだったぜ」と。

 

 また香水臭い夫人はこうも語った。

 

「私は覚えているわ。ヅラウィ曲芸団の団長があのカツラと同じ髪型でした。あのカツラは団長のものに違いありません」と。

 

 そして、前歯が抜け落ちた老人はもごもごと聞き取りづい声を出す。

 

「まだ彼らの芸は終わっていない。団長のカツラがこの都にある限りなぁ」と。

 

 神都の異変に満ちた14日間が始まる。

 

 

 正直、木村が思っていた話とは大きく違った。

 薄毛で頭を隠している人のカツラがどこかへ飛び去り、消えたカツラを必死こいて探す話だと思っていた。

 

 題名はともかく、中身はイベストらしさがあり木村はがっかりである。

 なによりカツラの数え方が台というのが一番驚いた。枚とか個じゃないのか。

 

 カスィミウ神都なるまったく知らない地に代わり、ドライゲンの都が舞台となりカツラがどうにかなるらしい。

 そのドライゲンの都には入れることは入れたが、雰囲気があまり良くない。

 ここ半年で内乱が続いたようでそれが尾を引いているようだ。

 

 いつもの場合だと、都の偉い人にイベントのことを話に行くのだが今回は迷っている。

 話したところで理解してもらえるのだろうか。前回もごたごたがあった。

 それにイベントのタイトルと内容がいまいち緊張感に欠ける。

 現状のドライゲンとイベントがかみ合わない。

 

 イベントキャラが帝国兵に捕まっているなら、きっとそこから話が漏れるだろう。

 話が漏れれば街の兵士の様子も変わってくるはずである。

 話は変化があってからで良いと判断している。

 

 そのため今回は潜伏して活動することにした。

 そして、可能な限りイベント前に問題の因子を見つけて排除しようと考えている。

 

 木村としても、帝国の都を二つも地図から消したくないという思いがあった。

 

 偉い人に知らせないということは堂々と都の中を歩き回ることができず、こそこそ見て回ることになる。

 変装して見て回ることも考えたが、おっさんと木村、それにフルゴウルは変装してもすぐばれる。

 ウィルの魔法で姿と音といった諸々を消して散歩する。

 

 

 あちらこちらに兵士が立っており、都民もどこか緊張感が見られる。

 木村でも雰囲気の悪さがわかる。

 

「良くないね」

「殺伐としていますね」

 

 ウィルも木村の言葉の前に「雰囲気が」と付くのを察した。

 現在はウィルとフルゴウル、それにシエイという魔力センサー組を連れて徘徊中だ。

 

「私はこの雰囲気が嫌いじゃないよ」

 

 フルゴウルはにこやかである。

 どうしてこの場面でにこやかなのかは木村としても疑問だが、わざわざ尋ねるほどのことでもない。

 王都の時も彼女は上層部が混乱していた状況を利用していたので、安寧の中にいるよりも混沌の中の方が落ち着く性分なのだろう。

 

 シエイは何も言わない。

 事実だけを端的に述べるのは木村も嫌いではない。

 ただ、もうちょっと日常的な会話に参加して欲しいという思いもある。

 

「うわぁ、すごい。いっぱい飛んでるよぉ。いやぁ、飛龍を見たのはアルフェン以来だねぇ」

 

 ケルピィは平常運転だった。

 人間だった頃の彼にとっては敵国であり、思うところもありそうだが今は観光気分が勝っているように見られる。

 

「帝都でも飛龍部隊がありましたけど、こっちはもっと飛んでいますね」

 

 飛龍の都と呼ばれるだけあり、兵士が普通に飛龍に乗って飛んでいる。

 飛んでいるだけでなく、街並みを巡回する兵士も犬か馬かの感覚で飛龍を連れて回っている光景も見られた。

 

 木村も異世界に来たばかりの頃に、帝国の飛龍部隊に職務質問を受けた。

 あのときはまともな戦力が薬中のアコニトだけであり、木村もこの世界に慣れておらず緊張した記憶がある。

 

 不思議なもので、飛龍も今は大きめの蜥蜴にしか見えない。

 竜をはじめとして、より大きく異様な魔物を見てきたため、飛龍に対する恐怖は木村にはもうなかった。

 

「移動がすごい便利になりそう。何頭か持って帰れないかな」

 

 戦力ではなく、むしろ移動手段として飛龍を見ている。

 空を自由に飛べるキャラはいない。ウィルも浮かぶことはできるが飛ぶことはできない。

 モルモーが変身すれば飛べると言っていたが、すごく疲れるので絶体絶命の時以外はやりたくないと話していた。

 

 もしも飛龍を操れるキャラがいれば戦術が広がる。

 採集の時も空から様子を見てもらえるので、効率が大きく上がると木村は考えている。

 

「飛龍ですか……。難しいと思いますよ。聞いた話では乗り手と飛龍はセットで、小さい頃から一緒に生活させられるようですから」

「魔法とかで従わせてるんじゃないんだ」

「神聖術では難しいでしょうね。その手の神聖術は専門外ですが、飛龍は間違いなく人よりも従属させづらいでしょう。神聖術で縛ると飛龍の判断力が落ちて動きが鈍るとも考えられます」

 

 魔法で飛龍を縛らない方が戦力になるようだ。

 戦闘も近接戦闘ではなく、上空から魔法を一方的に撃つことがメインになる。

 飛龍操作に魔法のリソースをかけない方が有利に働くと言われ、木村もそうかもしれないと理解できた。

 

「自分は臭いが好きではありません」

 

 珍しくシエイが意見を述べた。

 

「独特だよね。土臭いというか、生臭さもあるし」

 

 木村もシエイの意見はわかる。帝国兵士に同行したときに臭いが気になっていた。餌も生肉なのでなおさらだ。

 なお、シエイの言う臭いとは、飛龍の死骸から発せられるもののことである。

 彼女がかつて王国兵士として帝国の飛龍部隊と戦った際に、雷の魔法で空飛ぶ飛龍を落とした経験から来るものだが、木村はそこまで理解していない。

 

 話は逸れるがカクレガでも異臭騒動はそこそこある。

 多種族がいるため仕方ない部分もあるのだが、やはり人外種族になるほど独特な臭いがあることは事実だ。

 そこに鼻の効く半人半獣の種族が合わさり、臭いがどうのこうのと議題に何度か上るわけだ。

 できるだけシャワーを浴び、ペイラーフ謹製の香水を使ったりしましょうで終わっている。

 

 異臭騒動の最多原因はもちろんアコニトである。

 本人が、汚くてもさほど気にしない人種だ。ゴミ捨て場で生活していたときは今よりもさらにひどかった。

 それに加えて常用しているクスリも問題がある。クスリの臭いだけでなく、クスリを使った後の体臭があまりにもひどい。

 汗腺が開くのか、汗自体に変な成分が混ざるのかははっきりしないが、鰹節か粘土かといった臭いで徘徊する。

 臭いがひどすぎるからという理由でおっさんに殺されることも少なくない。

 デスリセッ○ュなどと木村は冗談めかして言っている。

 

 

 今のところ兵士に気づかれている様子はない。

 人間よりも視覚や魔力感知が優れている飛龍にも気づかれていない。

 

 姿をくらます魔法の効力はすごいが欠点もある。

 探索効率が極めて悪い。

 

 個別に魔法をかけるのではなく、木村たちを覆うようにかけている。

 どうしても集団で移動する必要性が出てきて、都を探索するスピードが落ちる。

 隠蔽力を高めるため効率を落としているが、どこまで隠蔽力を落としても良いか試す必要がありそうだ。

 明日からはモルモーに頼んでウィル変身してもらい、二手に分かれることも考えるべきだろう。

 

 なおシエイはこれ系の魔法は使えないらしい。

 基本的に異世界の人が使える魔法は人によって傾向があるようだ。

 シエイは攻撃系や移動系は得意としているが、その他の魔法はほとんど使えないと話していた。

 カゲルギ=テイルズのキャラも同様だ。ゲームの仕様に大きく縛られている。

 

 この件で言えば、得意魔法以外でも普通に使っているウィルの方が例外である。

 魔法を専門とする国の最優秀教授の下で、こき使われるエリートはやはり別格であった。

 特殊すぎる魔法は使えないようだが、道理を理解さえすれば使えない魔法なんてほぼないと話していたのも木村は聞いている。

 

「戦力としては二人でも問題ないのかな?」

 

 木村は明日から探索を二手にする旨を伝えた。

 フルゴウルやウィルも同じことを考えていたようで了承される。

 木村の懸念は二手に分けることで、イベントキャラと遭遇し戦闘になる場合だ。

 当然として二手に分かれれば戦力は落ちる。

 

「問題とは、戦力が不足するという意味かな? この世界の住民相手なら私一人でも過剰だよ。ただ、イベントの敵に対してはわからないね。前回のような相手が出てくればどうしようもない。ウィルくんは現状で感じるところはあるかな?」

「異常な神気は感じませんね。二手に分かれたときの対応という問題でしたら、合図を出して集合か撤退かを決めておけばいいと思います」

 

 すんなりと話が決まっていく。

 その後も探索が続いた。

 

 けっきょく一日目の探索では何も見つけることはできなかった。

 

 

 

 二日目に入り、二手に分かれての探索である。

 

 木村、おっさん、モルモー、シエイが一チーム。

 ウィル、フルゴウルの二人がもう一つのチームと分かれている。

 サポートのメッセが間に入り、二チームの報告や連絡を取りまとめていた。

 

『隊長は私をブリッジに置いて観光ですか。良いご身分ですね』

「そんなぁ。これも仕事だよぉ。なにかお土産を買って帰るからさ」

『お土産よりも仕事をしっかりしてください』

 

 久々にケルピィとメッセの掛け合いを聞いた。

 こちらにはシエイもいるのだが、会話に混ざってこないので空気状態である。

 モルモーもウィルに化けてはいるが、探索は真面目にやる気がないようで、街で珍しいもの見つけて観光ムードだ。

 

「異常を発見しました」

 

 シエイが端的に報告してきた。

 ウィルに化けたモルモーの顔にも緊張が見える。

 

「前方、斜め右にこちらを見つめる男性がいます」

 

 木村とモルモーもそちらを見る。

 中肉中背のやや特徴の薄い中年男性が木村たちを見ていた。

 木村は、その男性がこちらの方角を見ているだけで、木村たちには気づいていないと思った。

 

「手を振っています。神術の行使は見られません。周囲に帝国兵が潜伏している気配もありません」

「完全に気づいていますね。敵意は見られませんが、どうしますか?」

 

 木村も悩む。

 敵意があれば戦闘でもいいのだが、その様子は見られない。

 件の男は知り合いを見つけたといった様子で、にこやかに手を振って合図してくる。

 あまりにも外見が普通の一般帝国市民といった風体なので判断に迷う。

 

「手だけ振り返しておくんだぞ」

 

 無言だったおっさんが口を挟んできた。

 おっさんが手を振り、木村たちも倣って手を振った。

 中年男性は満足したようで、木村たちから視線を逸らし、立ち去っていく。

 

「いったい何だったの?」

「知り合いだぞ」

 

 おっさんの知り合いで、しかもこの都には扉がある。

 黒竜は本来この地域の竜ではないという雰囲気の話があった。

 木村はすぐに答えが出せた。

 

「え……、さっきの男の人って竜なの?」

 

 木村も自明な答えにやや驚きがある。

 竜は人の姿を取ることもあるが、先ほどのような普通の男性は初めてだ。

 

「自分では神力の異常を感知できませんでした」

「私も人にしか見えなかったですね」

 

 おっさんは無言を貫いていたが、根負けした様子で口をわずかに開いた。

 さほど語りたくないという気配が顔と全身の筋肉から伝わってくる。

 

「創ることが得意な奴なんだぞ」

 

 木村たちはその返答を吟味し、モルモーだけが真意にたどり着いた。

 

「人を、創っているんですか? その中に意識を移していると?」

 

 今度こそおっさんは無言を貫いた。

 モルモーが男の消えた先を気持ち悪そうな顔で見ている。

 

 シエイは表情を変えていない。

 木村も人を創ることがどれだけ異常なのかわからず反応ができない。

 

「あまり関わりたくない存在ですね」

「それが良いだろうな」

 

 二日目の目立ったイベントもこれくらいなものだ。

 それとシエイが見た目によらず、甘いものが好きだとわかったことくらいである。

 

 竜の他に異常は見つからなかった。

 ウィル達も特にこれといったものを見つけられず、そのまま終了とした。

 

 三日目も見て回ったがイベントらしき異常はない。

 もしかして今回のイベントは当日まで何も現れないんじゃないか、と木村だけでなく他の仲間も思ったほどである。

 

 

 変化は四日目でようやく現れた。

 

 しかし、これはイベントによるものではない。

 

「姿を隠す諸君らは何者か?」

 

 木村たちが街を歩いていると帝国の兵士に気づかれた。

 シエイが事前に指摘してくれていたので、すでに人通りの少ない場所に兵士を誘導することに成功している。

 

「一人?」

「そのようですね。周囲に兵士の気配はありません」

 

 腕に自信があるのか兵士は仲間を呼んではいない様子だ。

 誘いに乗って、堂々と一人で路地裏までホイホイと付いてきてくれた。

 

 おっさんほどではないが体格は良い。

 かなりガッシリしている。腰に下げている剣が小さく見える。

 見た目は若そうだが年齢はわからない。三十はまだいってないんじゃないかと木村は判断するが、もしかしたら過ぎているかもしれない。

 外国の人は年齢がわかりづらいが、異世界の人はもっとわかりづらい。

 人ならまだしも獣人になるとさっぱりである。

 

「どうやって気づいたんだろう?」

「謎ですね。魔法は発動しています。構成に不備はないので、私でも気づくのは難しいのですが」

 

 木村たちの声は兵士に届いていない。

 だが、どうやってか木村たちに気づいている。ここまで追ってきたなら確定だ。

 ケルピィがこちらに来ていれば、姿が見えずとも推測する方法はあると教えてくれるだろうが彼はウィル達と一緒だ。

 木村の特殊能力者感知も発動していないので、どうしようもない類いの力ではないと推測はできる。

 

「強い?」

「いえ、まったく。見たところでは、ただの人間ですね。だからこそ不思議なんです」

「体をよく鍛えているな」

 

 モルモーは弱いと言い、おっさんは強いとは言わない。

 すなわち、倒せる相手であることは間違いない。

 しかし、武力行使も躊躇われる。

 

「話してみようか?」

「話す目的は?」

 

 モルモーが即座に問い返す。

 木村は特に考えていない。話せばどうにかなるんじゃないかと思っただけだ。

 

「……なんだろう?」

「話すなら一人で話してください。可能であれば感知手段を聞いてください。私が駄目と判断したら、彼の記憶を弄って消えてもらいます」

 

 最初からそれで良かった、と言い出せない雰囲気になってしまったことを木村は後悔している。

 今さらになって何を話せば良いのかわからなくなりつつあった。

 

「それでは、どうぞ心ゆくまで」

「がんばるんだぞ」

 

 モルモーが木村の背中を押した。

 軽く押されたはずだが、さすが人外というべきか足が止まるまでに軽く数メートルはかかった。

 すでに木村の目の前には兵士がいて、臨戦態勢に入っていた。

 

「……あ、どうも」

 

 木村は兵士に軽く会釈をする。

 兵士は目を見開き、明らかに驚いた様子だった。

 木村の後ろにいるであろうモルモー達を兵士は目で追って、また木村に視線を戻す。

 

「君は?」

「木村です。キィムラァと呼ばれてます。あなたは?」

「小官はグランド。後ろの方々は君の仲間でしょうか。いったいこのドライゲンにどのような御用向きでありましょう?」

「近々、この都で大きな問題が起きるのでその調査です。帝都ほどではないでしょうが、取り返しの付かない事態になる可能性はあります。事前に解決できないかと思い、問題を探しています」

 

 グランドの表情に変化があった。

 警戒心を急激に引き上げたようである。

 

「……小官の手には余るようですな。上官に伝え、指示を仰ぎます」

「待ってください。そのパターンは過去にありました。だいたい失敗します。言っちゃ悪いですが、あなた方ではどうしようもありません。逆に、刺激するとかえって悪化することもあります」

 

 木村はこう言うが、伝えることで解決することも当然ある。

 けっきょくのところ、伝えても伝えなくても起こることは起きる。

 伝えてから問題が起きれば「伝えなければ良かった」と悔やみ、伝えないまま問題が起きれば「伝えておけば……」と悔やむ。

 どうせ悔やむならやりたいようにやる。今回は伝えず隠密で行動すると決めた。

 それも今まさに崩れ去ろうとしているのだが……。

 

「ところで、グランドさんはどうやって僕たちに気づいたんです? 三日ほど街を歩いていましけど、誰にも気づかれなかったですよ。『明日は城に入ってみようか』って話してたくらいですし」

 

 木村は一番気になっていることを尋ねた。

 モルモーも気になっていたようで、尋ねてみろと言っていた。

 

 ウィルの魔法が看破されたことは驚くべきことである。

 城に調査へ入る前に種を明かしてもらいたい。この姿くらましの欠点を知っておくべきだ。

 

「小官はキィムラァ殿に気づいておりません。今も何と話しているのかわからない心境であります。後ろの三名だけが感じ取れている状態です。お三方はかなりお強いご様子。街中で暴れられては被害が甚大と予想されたため、こちらまで誘われてやってきた次第であります」

 

 木村も後ろを見た。

 魔法はきちんとかかっているようで、薄暗い路地しか見えない。

 グランドは後ろに三人いると気づいている。しかも彼らが強いことも把握している様子だ。

 自信家というわけでなく、被害を抑えるため誘いに乗ったとグランドは言う。木村は少しこの兵士に好感を抱いた。

 

 肝心な部分は好感を持てるかどうかではない。

 ウィルの魔法が破られた原因である。彼はこう言った。

 

「気配を、感じ取れる?」

「小官は気配に敏感なのです。ただ……、キィムラァ殿からは気配を感じません」

 

 木村にも話の筋が読めた。

 過去にも幾度か似たような事例を聞いている。

 魔力がないだの、未来が見えないだの、運命がないだのと同じ系列だ。

 この系列に新たに気配が追加された。

 

「気配から強さもわかるんですね」

「ここまで大きな気配では隠しようもありますまい。二人は人間ではないでありましょう」

 

 概ね正解だった。

 おっさんを人とみるかどうかだが、人を超えた強者であることは間違いない。

 

 木村は気配というのが何かわからない。

 カクレガにいる時、なんとなくアコニトが来るな、とわかるときがあるのだがそれと同じだろうか。

 たぶん違うなと彼は自らの考えを否定する。

 

「ひとまず諸君らには……小官、と――」

 

 グランドの動きが止まった。

 立った状態でどこか虚ろになっている。

 

「意識を止めました。記憶も薄れさせます」

 

 モルモーの姿が木村からも見えるようになった。

 彼女はグランドの頭に指を当てて、すぐに木村たちへと戻ってくる。

 

「離れましょう。彼は例外です。気にする必要はありません」

 

 すぐにその場を離れる。

 距離を取った後、メッセ経由でウィル達と情報を共有する。

 

 彼の服を見た限り上の立場の者ではない。

 警備場所は大きく変わらないはずと判断し、今後はこのエリアに入らないようにした。

 

 四日目もやはりイベントの予兆は見つからない。

 

 

 イベント開催まで残り二日である。

 

 五日目は城やその周辺の警備が厳しい場所の探索に入ることに決めて四日目を終えた。

 

 

 

97.イベント準備 後半

 

 ドライゲン探索も五日目に入った。

 依然として手がかりは見つけられていない。

 

 本当にカツラがあるのかも疑わしい。

 カゲルギ=テイルズのキャラすら断片的な噂もない。

 明後日からイベントが、本当に開催されるかも怪しく感じられてきた。

 木村たち全員の思いとしては、「開催されないならそれに越したことはない」で一致している。

 

 だが、どうせイベントは発生する。

 発生するなら事前に情報を集めて、対策なり心の準備をしたい。

 

 五日目は朝から城の中に潜入し、情報を集めるつもりである。

 昨日は姿が兵士に露見してしまったが、あれはあくまでも例外とするべきとした。

 警備こそ厳重だが、堅固なのは外側に対するものだ。内側の警備はそこまで厳しくないとみて木村たちの行動は開始された。

 

「帝都の城もすごかったけど、こっちの城もまた……」

 

 続く言葉は出てこない。

 王都でも城を見たが、帝国のものとは趣が異なる。

 他の地域でも城をいくつか見て回ったが、地域によって印象が違う。

 それでもやはり帝都、王都、それに此度のドライゲンの城はトップスリーに君臨する。

 

 帝都の城は、都の中でも高い地にありそこから帝都を見下ろすものだった。

 逆に都からも城を見上げるべき象徴として築かれていた。

 どちらも竜の被害がよく見下ろせたし、見上げることができた。

 権威の象徴故に、もしも陥落すれば悲惨なことになるという模範でもあった。

 

 王国の城は広い王都の中心地として安定感を示すものだった。

 東西南北を都に囲まれているが、あまり堅牢という感覚を木村は抱かなかった。

 史実として、王都が戦地の中心になったことがないという事実が示している。あそこは攻められれば弱いと木村は見ている。

 おそらく都の周辺に砦を築きそこが実質的な防衛戦になっているのだろう。

 実際のところは魔法により王国を監視し、すぐに制圧できる態勢が整えられているので弱いわけではない。

 

 今回のドライゲンのワイバーン城は、高さだけなら一番だ。

 城というより、もはや塔のような印象すらある。

 

 帝都と王都の城が敬うべき存在を建造物から示すものであるのに対し、こちらの城は従属すべき相手は誰かを示しているように思える。

 

 外壁のあちらこちらに扉が付けられており、有事の際は扉が開き飛龍部隊が出るらしい。

 西にある王国への防波堤としての役割がドライゲンにあるため、王都や帝都よりも実戦としての機能が充実している。

 灯台もと暗しとはならず、ワイバーン城は遠方だけでなく、すぐ足下の都も監視している。

 異変があればすぐさま飛龍が飛び立つことになるだろう。

 

 監視塔とも呼べるワイバーン城にも欠点がある。

 飛龍は城の中を自由には飛べないということだ。

 

「順調だね」

 

 木村たちはすでに城の中に潜入している。

 防壁に魔法もかけられていたが、ウィルが一分足らずで解読し、防壁を消し、また張り直した。

 結界という種類の魔法で使える人間はかなり珍しいと聞く。最初のイベントの時も竜の扉に封をしたのもこの類いのようだ。

 

 城の中で二手に分かれたが、問題なく調査できている。

 内部も吹き抜けのような作りがあった。飛龍が城の内部を移動できるようにするためだろう。

 

 城の内部は落ち着いている。

 平時だからだろうが、木村には街の中よりも緊張感が薄く感じられた。

 

「おもしろくないですね」

 

 言葉どおりモルモーがつまらなさそうである。

 ここ数日、彼女は調査という体で、街をぶらつき食べ物を漁っている。

 観光9:調査1の割合だった。城の内部では観光要素が消えるので彼女にとっての楽しみはゼロだ。

 

「先ほどから歩き回っているだけなんですけど、これで良いんでしょうか?」

「近くにあればたぶん気づくでしょう。気づかない程度のものなら気にしなくても良いと思われます」

 

 モルモーに魔力センサーはないが、別の方法で異変を察知している。

 シエイは魔力センサーで感知しているようだが報告はない。

 

 ただただ廊下を歩くだけだ。

 ときどき見回りの兵士がいるが、まるでこちらに気づく様子はない。

 

 木村たちは上に上にと移動していく。

 途中でウィルやフルゴウルとも合流し、状況を報告し合った。

 メッセの伝達魔法は感受される危険があるため、城の内部では使っていない。

 

「気づいているかな?」

「…………気づく? 何にです?」

 

 木村は自分が問われていると理解するのに時間がかかった。

 そして、特に何も気づく点はないので聞き返す。

 

「潜入がばれているよ」

「えっ? でも、さっきの兵士はそんな素振りを見せませんでしたよ」

 

 意外な言葉に木村は驚いた。

 先ほど兵士とすれ違ったが、ばれている雰囲気はなかった。

 どうせ何も異常がないとわかっている様子で兵士は歩いていた――少なくとも木村にはそう見えた。

 

「先ほどの彼は何も聞かされていないだろうね。潜入を知らされているのは一部だけだ。ところどころでその痕跡が見られる」

「痕跡ですか」

 

 木村はそのような痕跡に気づかなかった。

 モルモーたちと本当にただただ歩いているだけだ。

 

「罠でしょうか? 退いておきますか?」

「罠とも言えるが、攻撃的なものではない。接触を図ろうとしている。私は興味が湧いた。会ってみたいね」

 

 どのような興味なのか木村には推測しかねる。

 フルゴウルは笑顔のままだが、いつもよりも自然に見えた。

 

 一方のモルモーは完全に飽きている。

 合流してウィルがいるので彼女は完全におまけだ。

 帰って休みたいという雰囲気を顔や体から隠すことなく漂わせていた。

 

「……あれ?」

 

 やる気のないモルモーの雰囲気が急に変わった。

 木村たちも彼女を見た。

 

「いますね」

「いる? カツラですか?」

「いえ、カツラではなく。シエイは気づきませんか?」

「何にでしょうか?」

 

 シエイが聞き返す。

 フルゴウルもモルモーも「何に」を省いて尋ねてくる。

 

「昨日の例外がいます」

「グランドさんがここにいるんですか」

「ええ。上の階にいますね」

 

 全員が上を見た。

 フルゴウルは何かに気づいたようだが、ウィルとシエイは気づいていない。

 

「わかりませんね。特殊な神気はありませんよ」

「魔力からだけだと有象無象と同じなので難しいでしょう」

 

 シエイもわからないと無言で示した。

 気づいている様子の人間に尋ねた方が良いだろう。

 

「フルゴウルさんは?」

「わかったよ。罠に嵌めた人間も一緒だろうね。行ってみよう」

 

 罠があるかもしれないと木村たちは注意深く進んで行く。

 上のフロアに到着し、他の部屋の前に兵士が立っている中で、唯一扉の開かれた部屋があった。

 

「その部屋だね」

 

 フルゴウルも扉の開いた部屋を示した。

 「罠はないよ」と続ける。ウィルたちも罠の存在を否定する。

 

「行こう」

 

 部屋は王国で見たような会議室だった。

 大きめの長方形型のテーブルで、長い一辺に男が一人で座っていた。

 彼の背後には数人の護衛が立っている。その中に昨日見たグランドの姿もある。

 

「陛下。お見えになりました」

 

 陛下と呼ばれた男が小さく首を動かして立ち上がった。

 背は高い。グランドよりもなお高く、その動作には無駄がない。身なりも最低限の装飾のみだ。

 彼は木村たちの姿は見えていないはずだが、まるで見えているんじゃないかと思うほど堂々と一礼した。

 

「余が新ナギカケ帝国初代国王――アルマーク一世である。まずは遠方からの来訪に厚く感謝する。ささやかながら諸君らと話をするため、歓談の席を用意させていただいた。どうかおかけ頂きたい。数は五ないしは六ということで、六ほど用意させて頂いたが、足りなければ申し付けてくれ。すぐに用意させよう」

 

 アルマーク一世が、彼と対する一辺に置かれている椅子を示した。

 ここまでくれば罠ということはない。求めているのは対話。情報だろう。

 

「どうしようか?」

「礼には礼で応えるべきだろうな」

「同感だね。侵入に対して、このように遇されれば受ける他あるまい」

 

 おっさんとフルゴウルは座るべきと言う。

 木村にはよくわからない価値観だ。

 他はどちらでも良さそうである。

 

 木村としては初志貫徹で無言素通りが希望だが、多数決で負けている。

 それに方向転換はよくあることなので、曲げられない気持ちが強いわけでもない。

 

「じゃあ、話をしようか」

「わかりました。姿くらましを解除します」

 

 ウィルが姿くらましを解除したのが、王の後ろに立つ兵士達の反応でわかった。

 王の反応は木村では読めない。驚く様子はない。驚かないように無理をしている様子も見られない。

 

「非礼な侵入にもかかわらず、このような席を設けていただき感謝する。席は六で大丈夫だ」

 

 フルゴウルの返礼に王も頷き返した。

 そして、「どうぞかけてくれ」と席を手で示す。

 

 フルゴウルが真ん中で王と対するかと思いきや、彼女は端に座った。

 フルゴウル、ウィル、おっさん、木村、シエイ、モルモーという順でかけた。

 

 席にかければ、待っていたかのように飲みものが運ばれてくる。

 飲みものの入った陶器は無骨と評するほどでもないが、王の席に出されるとは思えないほど質素な物だった。

 この部屋にも余計な装飾がなく、機能性を重視しているように思える。

 

 木村たちがフルゴウルから順に自己紹介をする。

 この流れは木村も慣れている。今回は覚える名前が一つだけなので助かる。間違える心配がない。

 逆に、彼らは一度しか木村たちの名前を聞いていないはずだが間違えられたことがない。

 名前と顔を瞬時に覚えるのは偉くなるための条件なのかも知れない。

 

「記憶は忘却させたはずですが、どうしてここに?」

 

 意外なことに会話の一番槍はモルモーである。

 彼女はアルマーク一世を無視して、後ろに立っていたグランドに問いかけた。

 

「答えよ」

 

 アルマーク一世もグランドに返答を促した。

 グランドも返事をして、口を開く。

 

「小官は完全にはあなた方の顔を覚えておりません。誰かに会って、何か会話をしたようなという不鮮明な記憶があるだけであります」

「そこです。私は、あの時間に関わる全てを忘却にかけたはずです」

「小官は昔から魔法に対する抵抗があります。忘却の魔法が完全にかからなかったのもそのあたりが原因かと思われます」

 

 モルモーは答えを聞いて、「そうでしたか」と興味をなくした。

 ぼそりと「次は一日単位で消そう」と聞こえたが、木村は聞かなかったことにする。

 彼女はそれ以降は口を開かず、お茶を飲むだけである。

 

 モルモーとグランドの会話を聞いていて、木村はふと疑問が浮かんだ。

 グランドは昨日の会話の内容も覚えていないようである。

 

「グランドさんは記憶が曖昧なんですよね。会話の内容も曖昧なら、今日、僕たちがここを調査するという話も覚えていないはず」

 

 グランドは「そのとおりであります」と返答した。

 その答えを聞いて、木村はますます疑問が募る。

 

「陛下はどうやって僕たちがここに来ることを察知したんでしょうか?」

 

 どういう経緯でこのお茶会が開かれるに至ったかが木村は気になった。

 グランドが記憶も曖昧な状態で発見されたとしても、ここに立つに至る流れが不明である。

 

「情報をつなぎ合わせた結果だ。諸君らがドライゲンの調査を開始したのは四日前、ハノス地区。二日目から二手に分かれ、フルーフ、カラダン、ワースリアー、ヘンゲンと昨日までに調査して回った。違うか?」

「……あってます」

 

 木村は頭の中で地図を開きながら、アルマークの告げた地区を塗りつぶしていく。

 最後に残ったのは――、

 

「で、あれば今日は余の居城であろう」

 

 得意げな表情もせず、淡々と答えていく。

 木村はすごいと思いつつも、疑問がまだ残る。

 

「どうやって僕たちがそこを回ったとわかったんですか? うまく隠れながら調査していたつもりでしたが」

 

 ウィルの隠蔽はほぼ完璧だった。

 一般人のような竜とグランド以外からはまったく気づかれてなかったはずである。

 

「隠れる魔法に関しては完璧だ。ぜひ余の兵士たちにも魔法構成をご教示頂きたい。しかしながら、魔法は諸君らの姿を見えなくするだけ。行動の結果は残る。まず一日目、ハノス地区はブルートンの屋台。ここから果物をいくつか抜き取ったはずだ。二日目はフルーフ地区にて同様の被害報告があがっている。不思議なことに売った記憶がないものも、金銭だけがおかれて消えるという話が出てきた。調べれば調べるほど異常は出てくる」

 

 木村も記憶にある。

 店の名前は記憶にないが、果物をもらった。

 次の話でも出るが、お金は払っているので大きな問題にならないと思ったがよくなかったようだ。

 

「……えっと、そんな些細なことで推測を?」

 

 それらのことが繋がればわかるかもしれない。

 しかし、一つ一つはあまりにも小さなことだ。帝国領の広大さを考えれば、些事に過ぎる。

 でかい図体の割に細かい性格なのかと木村は考えた。

 

「いいや、これは後からわかったことだ。ここまでなら、変わったこそ泥がいるで済んだ。決定的なのは二日目の午後だ。カラダン地区で我々の要監視対象と接触した。そして、同地区でもこそ泥の被害が報告された。ここで何者かの存在の重要性が大きく上がった。余に情報が上がったのもこの段階だ。ここから一日目、二日目の被害報告の審査と再調査に戻ったということになる」

 

 二日目にあった出来事を木村は思い出した。

 すぐに記憶にヒットする。一般人らしき竜に会った日だ。

 あの竜は帝国から監視を受けていて、あの竜の行動で木村たちもバレたらしい。

 

「三日目のワースリアーにおいても同様の異常が確認された。接触は控え監視のみを強化したが、姿をとらえることはできなかった。ところが四日目に別の異常が発見された」

「グランドさんですか」

「さよう。彼が諸君らと接触したと推測された。同時に、彼には取り沙汰されてない力があり、その力が諸君らを発見することができるとわかった。埋もれる力を見つけていただき感謝する」

 

 木村がウィルやフルゴウルをセンサーとして使うように、アルマークもグランドをセンサーとして使った。

 グランドが都の見回り組から一転して、一時的かもしれないが王のお側付きに異例の昇格を果たした訳だ。

 

「そして今日――城に来ることは予測できた。諸君らの所属と用件は余としても気になるところである。グランドも殺されておらず、話もできそうなのでこのような席を設けたというわけだ」

「城の結界や兵の配置が弄られていたのはそれでかな?」

「いかにも」

「……どういうことです?」

 

 フルゴウルの指摘にアルマークは一言で肯定した。

 話がそのまま終わりそうだったので、どういうことなのかを聞けるうちに木村は尋ねておく。

 

「城の結界が弱すぎたね。街の中でもアレより強い結界はあった。強度を犠牲にして、結界への干渉を探知しやすいモノに変更したのだろう。ウィルくんがあっさり解いたが、あのとき私たちの潜入はすでに発覚していたわけだ」

「ああ、道理で」

 

 ウィルも納得した様子だった。

 どうせ破られる結界なら、破られたことを知らせるように細工するべきということか。

 

「兵士の配置は緩くしてあったね。上に来やすいようにかな」

「諸君らが何を探しているかわからなかった。可能な限り兵との接触を避けるべきとした」

 

 スムーズに城の中を移動できたのもこのあたりからだろう。

 都よりも雰囲気が穏やかに感じたのも、単純に兵士の数が減らされていたからというわけだ。

 

「さて、それでは今度はこちらが聞かせてもらいたい。ドライゲンを探っている理由は何故か?」

 

 ようやく本題である。

 アルマーク一世が木村に話を促した。

 なお、彼は半年ほど前まで帝国の第二王子だった。

 紆余曲折あって、帝国は新帝国へと、あってないような変化を遂げている。

 

「実は――」

 

 木村はここでいったん言葉を止めた。

 躊躇いによるものである。この先を口にしてもいいものか逡巡があった。

 

「カツラを探しているんです」

 

 優に二拍をおいてようやく木村は口に出した。

 その後はスムーズだ。堰を切ったように口から言葉が出てくる。

 

「そのカツラがこのドライゲンに、」

「待て」

 

 流れ出ようとした言葉はアルマークに止められた。

 木村は言葉を止められやや不満だった。

 

「カツラとは何を暗喩している? 王冠やティアラに属するものか? それともまったく別の何かか?」

「いえ、カツラはカツラです。頭にかぶるカツラですね。髪が付いてるやつです。どちらかと言えば王冠に属するかもしれません」

 

 アルマークがわずかに面食らった表情を見せた。

 彼の心からの表情をわずかに垣間見ることができて、木村もちょっぴり満足している。

 

 木村は事情を話す。

 今回は事情説明はないと思っていたのだが、やはり説明する必要になった。

 しかし、真剣に話せば話すほど、内容が内容だけにふざけているように感じてきてしまう。

 

 ――カツラがひとりでに動き出して悪さをします。

 

 これを真に受けろと言うほうがおかしい。

 話しているうちに木村は今回の話が他人事になっていくのを感じた。

 仲間内で共有していると木村たちの問題だが、外に話して巻き込むほど問題意識が薄れていく。

 

 これまでも何度か味わった感覚だ。

 問題は、関わる人が増えれば増えるほど責任が分散され、責任意識もまた希薄になるのかもしれない。

 

 話を聞く帝国の兵士達は徐々に緊張を増しているが、アルマークは心なしか楽しげに話を聞いているように見えた。

 木村たちの陣営も顔色は様々だ。戦闘がなく安堵している者、相手の表情を読み取ろうとしている者、何を考えてるのかさっぱりわからない者、お茶をおいしそうに飲む者。

 

 木村はアルマークと話す自分をどこか高いところから見下ろしているような感覚を抱いた。

 自分と同じ姿の人間が、一国の王とまるで対等かのごとく話をしている。

 木村は自分自身すらも他人事になりつつあった。

 

 事情説明を終えると、フルゴウルやウィルが具体的にどうカツラを探すかや異常に対処するかを話し始める。

 いよいよ木村の出番はなくなりつつあった。

 

 最終的にアルマークたちも帝都の全面調査をするということで話がまとまる。

 同時にインシデントの際の行動パターンもいくつか出された。

 

 良い形になってきつつある。素人目でも話は建設的に進んでいる。

 だが、木村はどこか落ち着かない。どの調査も対策パターンもうまくいく気がしない。

 

 うまくいきそうになればなるほど不安が募っていく。

 どこかからアコニトの笑い声が聞こえた気がした。もちろん幻聴だ。彼女はカクレガにいるのだから。

 

 もしもアコニトがここにいたら何と言うだろうか。

 きっと彼女は、木村を会話する集団から距離を取らせタバコを勧めてくる。

 そして煙を深く吐き出して彼らに指をさす。

 

「どうせ徒労に終わるのに無駄な時間をご苦労さん」

 

 彼らの失敗を願っているかのように、諦めを隠し味程度に滲ませて笑うだろう。

 

 木村は自らがアコニトに似てきている感覚があった。彼女の言動をトレースできているのもその証だろう。

 彼女はもしかしてずっとこんな気持ちで今まで同行してきたのだろうか。

 

 とても嫌な感覚だった。

 万事うまくいって欲しいと願いつつも、失敗して絶望する姿もまた見てみたいと願っている。

 両者とも嘘偽りのない木村の気持ちだ。相反する願いではあるが共通点が一つある。

 どちらに転んでも木村は彼らを見るだけで同じ気持ちを共有できない。

 ただそこにいて何もせずぼんやりと立っている。

 

 

 時は過ぎていく。

 

 長い話し合いもやがて終わり、塔の上から行動を見守る。

 

 

 けっきょくこの日は何も得ることはなかった。

 

 

 

98.イベント「私のカツラを知らないか?」1

 

 とうとうイベントの当日になってしまった。

 

 正午からのイベントに備え、木村たちもワイバーン城に朝から入った。

 昨日からドライゲンの兵士達も動いているが、けっきょく何も手がかりを見つけられていない。

 

 メンバーはウィル、フルゴウル、モルモーまでは同じだが、シエイはアコニトに替えた。

 もしも魔力が莫大な相手ならフルゴウルとシエイが使い物にならなくなる。ウィルも抵抗できるようになったがまだ怪しい。

 アコニトは今のところクスリをやっていないので、使い物にならないということはないはずだ。

 

 アコニトはモルモーと一緒に部屋の隅っこでお茶を飲んでいた。

 二人は割と仲が良い。基本的に働こうとしないもの同士であり、波長が合うのかもしれない。

 仲が良いと言っても楽しくおしゃべりをしているわけではない。互いに干渉せず、静かにリラックスしている。

 老人と疲れたOLのような組み合わせだ。ちなみに両者ともカクレガ高年齢組でもある。

 

 木村としても騒がずハッパも吸わず大人しくしているなら文句はない。

 打って変わってウィルとフルゴウルは忙しそうだ。次から次へと上がってくる報告を聞いている。

 さらには彼ら自身も塔の上から都に異常がないか見ていた。調査のため飛龍にも乗せてもらえていたのは素直に羨ましい。

 CP-T3にも飛行形態があるようだが、残念ながらスキルテーブルを最終版まで進めないといけない。素材も特殊なので空を飛ぶ日はまだ遠い。

 

「本当に始まるんですか?」

「前回みたいに延期するかもしれないけど、中止のお知らせはきてないね」

 

 作業の合間を縫ってウィルが尋ねてくるが、木村としてもこう答える他ない。

 イベントがないならないでありがたい。

 

 慌ただしく動く城の兵士や官吏を見ながら、木村は今までのイベントとの違いを感じていた。

 なによりも最大の特徴は予兆がないことだろう。

 キャラも場所への変化が何もない。

 

 第一回目ではキャラが出てきた。

 第二回目では線路が現れ、列車も走り始めた。

 

 最悪なのは第三回目のコラボイベントと似たパターンになったときだ。

 あの時も予兆は少なかった。前日になり場所が冥府へ移動した。

 それでも前日だ。コラボキャラも現れた。

 

 王都の迷宮やラベクのワイルドハントでもキャラや場所の変化は出ている。

 もちろん出て欲しいわけではない。しかし、ここまで何もないと逆に不安は募るばかりである。

 

 気になっているのはイベント通知の文言だ。

 明確に14日間と記されていた。今回のイベントは日程に沿ってシナリオが進むタイプのものという推測もできる。

 そうなると日数が経たないとキャラや変化が出ない可能性はある。

 

 ただ、根拠としては弱いので身内だけの話にとどまっている。

 

 

 イベント開始まで残り30分を切った。

 

 木村はアコニトやモルモーたちと一緒にいる。

 彼にできることはもはやない。手伝いたい気持ちはあるが、無能な働き者は邪魔なだけとわかっているので隅でウィルや兵士達の働きを見るに留める。

 

「……ふごごっ」

 

 奇妙な声がした方を木村は見た。

 舟を漕いでいたアコニトが自らのイビキで目を覚ましていた。

 彼女はゆっくりとした動作でお茶に口をつけ、もごもごと頬を動かしている。

 軽く伸びをした後で、眠そうな顔のまま木村を視界に入れた。

 

「おぉ、もう始まったかぁ?」

「もうちょっとだね。まだ何も起きてない」

「此度はどういった催しなんだぁ?」

「え、いまさら?」

 

 木村もそういえば彼女に話してないことに気づいた。

 いつも頭がおかしいので話ができてなかった。ここ一週間も、帝都調査でカクレガに戻ってからはすぐに寝ていたから会った記憶すらない。

 

「今回は――」

 

 木村はイベントの内容を話した。

 内容に関しては手紙通りに説明し、ここ数日の調査も伝える。

 

「ふぁーん、ご苦労さんだぁ」

 

 アコニトは小馬鹿にした顔で一言こぼす。

 もしも寝起きじゃなかったら、もう一つ二つ言葉が追加されていただろう。

 話している途中でモルモーも目が覚めており、アコニトの一言を見咎めていた。

 

「カスィミウ神都かぁ」

 

 アコニトはカスィミウ神都という単語に興味を持ったようである。

 カクレガにはカスィミウ神都の出身者はいなかった。出身者はいないが、噂は聞く。あまり良い評判はない。

 

「行ったことがあるの?」

「ないぞぉ。だがなぁ、神の界隈ではとりわけ有名だぁ。よく聞くぞぉ」

 

 さすが神都と呼ばれるだけはある。

 神業界で有名のようだ。

 

 木村は嫌な予感が働いた。

 今回もまた、手に負えない神がやってくるのではないか。

 欲しかった情報が、まさか一番身近なところから手に入ろうとしている。

 

「カスィミウ神都には、どんな神様がいるの?」

 

 恐る恐る木村は尋ねる。

 アコニトのことだからサラッと超メジャーな神の名を言いそうで怖い。

 

「おらん」

「……え?」

「おらんぞぉ。カスィミウ神都に神はおらん」

「え、でも、神都って」

 

 『神』都なのに神がいない。

 詐欺みたいな話である。

 

「昔はいくらかおったそうだぁ。ところがなぁ、信奉する神の派閥が人間にできてなぁ。紛争や政争が勃発して、神の方が嫌がってみぃんな立ち去ったんだぁ。争いだけが残ったと聞くぞぉ」

「えぇ……」

 

 木村は人を責めるべきか、神を責めるべきか悩んだ。

 元々の原因は神にありそうだが、神が消えても争いを続けているのは人である。

 神も人の戦いを止めるべきだったと思いつつも、止めてなお争い続けたのが人ということもありそうだ。

 

 要するにカスィミウ神都は悪い例として有名だった。

 良い噂を聞かない理由もわかった。

 

「あのカスィミウ神都で連日満員御礼かぁ。ヅラウィ曲芸団、聞いたこともないぞぉ。儂も見てみたいもんだぁ」

 

 アコニトはイベントにまるで興味を持ってない。

 むしろカスィミウ神都から立ち去ったヅラウィ曲芸団に興味を向けている様子である。

 

 木村も小さなときにサーカスを見に行ったことがある。

 本当に小さな時すぎてほとんど何も覚えていない。記憶があまりにも朧気だ。

 ショッピングモールの隣にあった無駄に広い敷地に大きな幕のドームが建てられて、そこでおこなわれたような気がする。

 両親とではなく、母親とその祖父母と一緒だった。円形の会場で、中心で芸が披露されていたはずだ。

 

 地方によっては大道芸がおこなわれているところもあるとテレビで見た。

 不安定な玉に乗って、ジャグリングをしていた光景を覚えている。

 

 

 木村がそんな話をするとアコニトやモルモーも興味深そうに聞いていた。

 

 話し終わると、今度は彼女たちが曲芸団に関して話をしてくれる。

 モルモーは地獄にも曲芸団があると話したが、殺伐とした内容であり木村の考えるところではホラーかスプラッタに該当するものだった。

 アコニトが話す曲芸団もどちらかと言えば音楽隊か劇団に近いものだ。

 

 どうやら曲芸団といっても文化によって違いがあるということがわかってきた。

 今回のイベントはおそらく日本地域での曲芸団だろう。

 サーカスに近いものになるはずだ。

 

 違いこそあれど、どの曲芸団も見た人々をハラハラさせたり、笑わせたり楽しい気持ちにさせることを目的にするものだ。

 曲芸団の種類の違いは、見る側の感性の地域性を示したものだと木村も理解が及んだ。

 

 

 時は満ちた。

 

「12時です。始まりました」

 

 木村がカウントダウンから開幕を告げる。

 今回は前回と違い、メンテ延長もなく定時どおりに始まった。

 開始の前後1分で木村のカウントダウン以外の言葉を誰も発さず、来たるべき災厄とその観測を沈黙で待ち構えている。

 

「…………何もおきんぞぉ」

 

 ややつまらなさそうにアコニトが沈黙を破る。

 その後は、それぞれが活動を開始した。

 

 報告も上がってきたが、イベントとは関係なさそうだ。

 フルゴウルやウィルも調査を再開したが、今のところで大きな報告は木村まで来ていない。

 

 イベントが始まったが、やはり何も起きない。

 起きているのかもしれないが、観測することはできていない。

 ウィルやフルゴウルが何も気づいていないので、起きていない可能性の方が高いと木村は見ている。

 

 木村にできることはやはりなく、アコニト達とお茶を飲んで談笑していた。

 イベントにかこつけて、アコニトやモルモーとそれぞれの出身地のイベントを話している。

 

 アコニトの出身地は日本に近いので、イベントは木村にも通じるところはあった。

 意外だったのは冥府である。地獄にイベントがそもそもあるのかと思ったが意外とイベントは大切にされているらしい。

 

 冥府には季節の変化がない。

 変化がないので年という単位も本来は必要ない。

 しかし、地上のある一点の季節を参考に、年と同様の一周期を導入しているらしい。

 周期単位を導入することで、人の生き死にの多い少ないの変化周期も明らかになり、誰でも今がどういう時期なのかわかりやすくなるとのこと。

 そして、その周期の時期を知らせるカレンダー的な役割がイベントにはあるとのことだ。

 イベントとして運動会のようなものもしているようで木村も意外だった。

 年に一回、冥府の王も休息を取る日があるとのことである。

 すなわち年休一日。ブラックすぎる。

 

 

 王やウィルたちは忙しそうだが、木村の一角は暇である。

 慌ただしい昼になると思いきや、穏やかな昼になってしまった。

 

 軽食が出されているが、兵士達は食べる余裕がない。

 暇組の木村たちはカクレガからリン・リーが作ってくれたご飯を食べている。

 アコニトだけが持たされていなかったので、帝国側の軽食を全て一人で食いあさってしまった。

 酒を飲んでいる時は小食だが、飲んでいないと馬鹿みたいに食べるのがアコニトである。

 

 軽食も取り、お茶も飲み、談笑を楽しみ、お昼寝タイムに突入した。

 お腹も満たされ、喉も潤い、気温も上がっている。

 絶好の昼寝日和と言える。

 

 アコニトではないが、忙しそうにしている人たちの横で寝るのは意外と気持ちが良い。

 

 

 

「……ん」

 

 木村が目を覚ますと、まだ夕方にもなってない。

 誰も木村たちを起こさないということは、イベントの問題が起きていないということだ。

 果たして過去にこんな平和なイベント初日が今まであっただろうか。

 かえって怖さすらあるが、眠れるときに寝ておくべきだろう。

 

 モルモーやアコニトもすやすやと寝ている。

 アコニトも口から涎を垂らして、椅子に体重を預けていた。

 彼女の場合は尻尾があるので、背もたれを横にして、そこに寄りかかって寝ている。

 

 アコニトの首がカクンと揺れると、彼女の頭からポサリと落ちた。

 何か落ちたぞ、と木村が床を見れば彼女の薄紫色の髪がごっそりと床に落ちていた。

 寝ぼけた眼で落ちた髪を見続けて、しばらく経ってから木村は見ているものが何を意味するのか理解が追いついた。

 

「…………えっ?」

 

 木村が恐る恐るアコニトの頭を見上げれば、そこにあるはずの髪がない。

 顔はアコニトのままだが、つるっぱげのケモ耳という謎の存在がそこにいる。キャラメイクに失敗した謎のモデリング体だ。

 人間でいうところの耳部分に何もないというのは、なるほど確かにケモ耳キャラだと思わなくもないがそれどころではない。

 

「……え、え?」

 

 木村は周囲を見るが、誰もアコニトの異変に気づいた様子はない。

 彼らは彼らの仕事で忙しいのだ。部屋の一角で寝ている暇人集団を相手にしていられない。

 ただでさえ人外に厳しい地域なのでアコニトは魔物扱いである。霊体のフルゴウルがギリギリ許容される範囲だ。

 部屋の一角にずっと立っていたおっさんが、いつにもまして良い笑顔で木村を見てきた。

 あまりにも良い笑顔であり、木村も目の前の光景が事実と理解した。

 

 木村は声を出さず、モルモーの腕を揺らす。

 モルモーが「何です」と木村を不機嫌そうに見るが、木村は彼女の顔を見ていない。

 木村の視線はアコニトの頭に注がれている。全ての髪が抜け落ちた光輝く頭皮に夢中だ。

 

 モルモーも木村の視線に続いて、アコニトを見た。

 しばらくポカンとアコニトを見て、さらに床に落ちた髪を見る。

 その後でもう一度、視線をアコニトの頭に戻す。モルモーもアコニトの頭皮に夢中になった。

 

「よくわからないけど、たぶん、イベントが始まったみたい」

「その、ようですね」

 

 互いに震える言葉で会話をする。

 木村とモルモーがようやく互いを見合って、自身の髪の毛を触り、そこにあることを確認しあった。

 間違いなくアコニトの髪が抜けおちたのはイベントの影響だ。そうであるなら他の人間も髪が抜け落ちる可能性もある。

 現状で、抜け落ちているのはアコニトだけと判断できる。

 

「静かに行動しましょう。起こすとまずいです」

 

 モルモーの言葉に木村も頷いた。

 彼は席を静かに立ち、ウィルや王達に近づき、人差し指をそっと口に当てる。

 

 そして、木村はアコニトを指さした。

 慌ただしく動いていた全員が足を止め、隅で寝ている暇人達を見る。

 そこにはケモ耳の丸坊主と、抜け落ちた髪を床から拾い上げまとめているモルモーがいた。

 

 全員が唖然とした。

 凝視している者も多いが、ウィルはまさかと自らの頭を触って髪があるか確かめていた。

 

 一人、また一人とアコニトに近寄り、何が起きているのかを近くで確かめようとする。

 モルモーがスーッと移動して、全員がアコニトににじり寄った。

 

「……ふごっ。…………ふぁ?」

 

 アコニトが自らのイビキで目を覚ました。

 そうして、人が大量に押し寄せている現状に気がついた。

 

「んぁ? なんだぁ? ついにイベントが始まったかぁ」

「…………うん」

 

 木村も遅れて肯定する。

 まさかイベントの始まりが彼女自らの頭からとは思うまい。

 

「みなが儂に寄っておるということは、儂の力が必要な状況というわけだぁ。くるしゅうないぞぉ、儂を崇めよぉ。さすれば力を与えん」

 

 アコニトが寝ぼけた顔つきでフハハハと笑っている。

 もしかしてまだ寝ているんじゃないかと木村は疑ってしまった。

 しばらく両者ともに何も言わなかった。木村は事実を告げる役が自らに回って来たと自覚する。

 こういう嫌な役回りばかりが来ていると彼は考えたが、すぐにそんなこともないなと目の前の存在を見て感じた。

 

「アコニト。その、言いにくいんだけど……」

「おぉ、言うてみぃ」

「何というか、その、なんだろう……。頭が涼しくなったとか思わない?」

 

 モルモーが噴き出した。

 彼女が束ねて抱えていた髪が、腕からすり抜けて地面に落ちる。

 アコニトはその落ちた物を目で追って、顔色がみるみるうちに変わっていった。

 

 アコニトが理解をし始めた。

 床に落ちた髪一式が、誰のものなのかを彼女はよく理解している。

 彼女の手が彼女の頭の横を通る。あるべき位置にあるべきものを触れるためだ。

 彼女の手は素通りした。その後、彼女は両の手の平で自らの頭を前後左右上下からペタペタと確認する。

 

 そうして頭を触りながら、彼女は木村を見た。

 木村もアコニトを見て、ただ頷くだけだ。

 

「わ、儂の髪は?」

「そこだね」

 

 床に落ちた薄紫色の髪を木村は示す。

 全ての髪が床に力なくしなだれて、ほうぼうと散っている。

 むごい有り様だ。まるで何千、何万という生命体が折り重なって死んでいるようだった。

 

 坊主頭の謎キャラが膝をついた。

 幾万の髪達をひたひたと触り、手で掬っていくがどれも反応はない。

 

「あぁ。あぁぁぁ……」

 

 アコニトの口から嗚咽が漏れ出した。嗚咽は大きくなりやがて慟哭となる。

 無意識からの声であろう。あまりにも悲しげな声の響きに木村も自然と目頭が熱くなる。

 まるで長年連れ添った友人をなくしたかのようである。

 

 あながち間違ってはいない。

 髪という漢字をバラせば、長い毛の友となる。

 髪の右上の彡部はずばりそのまま毛髪を意味している。

 三本で毛を表すのも寂しいものがあるが、毛は毛髄質、毛皮質、毛小皮の三重構造なのでこちらもあながち間違ってない。

 

 イベントが開幕した。

 最初の犠牲はアコニトと長年連れそった友からである。

 

 尻尾は消えても戻ってくるが、こちらはもう戻ってきそうにない。

 

 

 ――髪は死んだ。

 

 

 長い十四日間が始まる。

 

 

 

99.イベント「私のカツラを知らないか?」2

 

 アコニトを皮切りにドライゲン全域で脱毛が始まった。

 

 午前中までの静けさが嘘のように続々と報告が上がってくる。

 すでに現場に出てもどうしようもなく、木村たちは原因の検証にあたっている。

 

「食料品に脱毛を誘発する薬が混ぜられていたと推測される」

 

 フルゴウルが目下での結論を速やかに出した。

 あっという間に結論が出せたのもアコニトの犠牲によるところが大きい。

 

 慌ただしい対策室で禿げたのは唯一アコニトだけだ。

 なぜアコニトだけが禿げてしまったのか?

 これを突き詰めた結果である。

 

 繰り返すが、禿げたのはアコニトだけだ。

 部屋にはセンサー役がウィル、フルゴウル、グランド、モルモーと四人もいるが誰も反応できなかった。

 故にアコニトが禿げたのは魔法やそれに類する影響とは考えづらい。

 もちろんこちらのセンサーを上回る魔法の可能性もある。

 

 魔法ではないという前提を元に、十人以上が詰めている部屋でアコニトだけが脱毛したなら、当然として抜けた原因があるはずである。

 もしも他の人間が禿げたなら、結論は出せなかっただろう。

 

 今日初めてドライゲン、そのワイバーン城を訪れたアコニトが禿げたということが条件を絞る鍵となった。

 

 他の人間がせず、アコニトだけがおこなったこと。

 それがずばり出された軽食を平らげたことだ。

 

 他の兵士達は忙しさのあまり、まったく口にしていない。

 木村たちもリン・リーに提供された昼ご飯を優先したので食べていない。

 リン・リーから食事を提供されず、他人の分まで全て食べてしまったのが、唯一、アコニトだった。

 

 城内で脱毛被害にあった兵士たちも食事をしていたことがわかった。

 食べた品目も洗い出され、原材料に薬が混ぜられていたと判明。城下の都でも同様とわかり、卸した業者があっという間に事情聴取された。

 

「しかし、見事なものだね」

 

 落ち着いたところで、フルゴウルが禿げたアコニトを見て告げた。

 アコニトはあまりにもピィーピィー騒ぐので、おっさんに静かにさせられた。

 今は半目を開いて地面に胡座を組んだ状態で座らされている。まるでどこかの大仏のようである。

 

 修学旅行で行った奈良の大仏と雰囲気が近い。

 アコニト如来像と言えば聞こえは良いが、中身は世俗に塗れ、酒も薬もやる。如来からは遠くかけ離れた存在だ。

 また、仏の頭はもじゃもじゃしているが、このアコニト如来はつるっぱげだ。

 顔を映すまではテカテカしていないが、光を反射しややまぶしい。

 後でぜひヘルンに写真を撮ってもらいたい。

 

「頭の輝きがすごいですよね」

 

 フルゴウルが「ん」と口に含んでから木村を見る。

 

「誤解させてしまったようだね。私が『見事』と言うのは食事に混ぜられた薬に類するもののことだよ」

「あ、そっちでしたか」

 

 モルモーは笑いをかみ殺している。

 どうも彼女の笑いのツボがこのあたりにあるとわかった。

 

 一方、ウィルは真面目な表情だ。

 重々しく口を開く。

 

「アコニトさんは毒に抵抗があります。その彼女がこの有り様ですからね。どのような薬なんでしょうか? 人体への害も相当と考えられますね」

 

 木村は一瞬だけウィルの意見に頷きかけた。

 しかし、前半の意見はやや違う可能性が高いと考え直す。

 

 アコニトの毒への抵抗は確かにすごい。カクレガのキャラでもピカイチだろう。

 ただし、酒やハッパといった毒は効く。なんならアコニトの毒の全てに耐性がある木村だってアルコールは効く。

 システムと呼ぶのが正しいかは置いておいて、毒でもある程度の取捨選択がされていると考えられる。

 あるいはイベント効果による毒耐性無効が働いているかだ。

 薬を摂取すれば問答無用で脱毛する可能性がある。

 

 後半の人体への被害はもっともだ。

 髪がこれだけ見事に抜ける薬だ。他の弊害が人体にあってもおかしくない。

 

「現状で人体への被害は報告されていないね。脱毛によるショックと過呼吸くらいか。むしろ体のだるさがなくなった、頭痛・肩こり・腰痛等の痛みが軽減したといった快方側の報告が多い」

 

 木村は報告を聞いて安堵する。

 言っちゃ悪いが髪が抜けた程度で済むなら御の字だ。

 もしもこの薬が致死性のものだったなら、すでに最悪の事態になっていた。

 髪は抜けるが、元気になっているならさほど問題に感じない。

 

「現時点で報告が上がっている脱毛被害は53件だね。明日はもっと増えるだろう。抜けた髪に関しては、当該被害者の脱毛時刻と居住地域をタグ付けして保管室を設置して、そこに分類しておかれることになっている」

 

 後で検証ができるように、とフルゴウルは締めた。

 なお一部の髪は持ち主に残し、大部分が保管室に置かれることになるようだ。

 保管室を見てみたいが、見たら気持ち悪くなる気がした。あるいは笑ってしまうかだ。たぶん笑う。

 

 けっきょくこの日は脱毛被害が主でそれ以上のことは起きなかった。

 

 

 

 イベント二日目に入った。

 

 時刻が早いため、都の人はまばらだ。

 一部に髪の抜け落ちた人が見られる。兵士も同様だ。

 昨日の今日で、被害がかなり広がっている様子と木村たちも悟った。

 髪が抜け落ちた人が外出を控えているとわかる。あるいは外出を禁止しているのか。

 

 城に行くと、アルマーク一世も禿げていた。

 どうやら今朝は飲み水にも脱毛薬が混ぜられる事態に至ったらしい。

 最初は摂取を控えていたが、脱毛以外の害がないことは実証済みだったのでアルマークも水を飲んだようだ。

 職務に精励しているので、やはり脱毛以外に害はない。逆に疲れがとれたとも話している。

 

 昨日は「危険だから新しい食料品による食事を控えろ」と令を出したが、今日の早いうちに撤回するようだ。

 「脱毛以外の害はないので、飲食を控えて体を害するよりもきちんと食事をとれ」に変更するとのこと。

 また、捜査の状況を説明するともしている。

 

 ちなみに捜査は牛歩の進みだ。

 卸業者までは早かったが、業者の誰も犯人ではなく、犯人に心あたりがないとのこと。

 尋問系の精神を操作する魔法で確認したので間違いないようだ。

 

 そうなると流通の段階で混ぜられた可能性が高く、細かい捜査に入っている。

 ルートから納入日、運搬者までを洗い出し、そこからルートの異常を探すのですぐにはわからないだろう。

 

「愉快犯と見えるね」

 

 端的にフルゴウルが結論づけた。

 その顔は穏やかである。ウィルもほっとしている。

 

 薬を仕込んだ手口は鮮やかである。

 イベントの開始時点から薬が効力を発揮するように仕込んでいた。

 さらに、薬を仕込んだのがいつなのかもわからないし、どうやって仕込んだのかもわからない。

 

「髪が抜けることを除けば、人体に被害はない」

 

 被害どころか、疲労は回復し、病気すら快方に向かうという。

 温泉かな、と思うくらいの効用だ。

 

「言ってしまえば遊びだ。私が見る限り、人々が混乱するところを見て楽しむことが目的と受け取れる」

 

 木村たちの緊張感は欠けてきていた。

 犯人の手際や手口は率直に感嘆に値するが、やることがしょぼい。

 今までのイベントとは比較にならないほどスケールが小さい。

 都市全域を巻き込んでいるが禿げるだけだ。

 

「もちろん、これからより大きな災害が起きる可能性も捨てきれない」

 

 一同が頷いた。

 禿げることが第一段階で、次の段階があるのかもしれない。

 次は眉毛が全部抜け落ちたりするのだろうか、などと木村は変な方向に思考が走っていた。

 

 二日目はけっきょく脱毛の報告ばかりで終わってしまった。

 

 まさに不毛な一日である。

 

 

 

 三日目である。

 

 室内にいる帝国の人間は全員の頭部から毛が抜け落ちた。

 街を歩いている人たちも禿げが目立ち始めていた。

 

 禿げが増えて、帽子屋が大繁盛しているらしい。

 そりゃそうだろう。政府も帽子を購入する際の支援金を出しているとのことである。

 

 アコニトも帽子をかぶってパーティーメンバーに入っている。

 彼女にしては珍しくやる気だ。髪を奪われたのがよほど頭にきているらしい。

 クスリもやらず、まともなタバコを吸って、犯人が見つかるのを静かに待っている。静かすぎて怖い。

 

 新たな事実が判明した。

 この禿げは一種の状態変化だとわかった。

 髪が抜けるのではなく、禿げになるという状態変化だ。しかも、類を見ないほど強力だ。

 

 なぜ状態変化だとわかったかというと、これもアコニトによる功績である。

 カクレガメンバーが死亡した場合は、戦闘や事故による全状態異常及び欠損がリセットされて復活する。

 すなわち、リセット時に髪も復活する……はずだった。

 

 アコニトはデスリセットを狙って訓練室で香を焚いた。

 当然、おっさんがぶち切れて、アコニトは訓練室の床にゴキブリのごとく叩き潰された。

 木村はその場で見ていなかったのだが、あまりにも壮絶な一撃にウィルが震えていたとだけ伝え聞く。

 

 復活後、アコニトは禿げのままであった。

 神は復活するのに、髪は復活しない。

 禿げは死んでも治らない。

 死に損である。

 

「ああああああ!」

 

 アコニトは切れた。

 頭を掻きむしるが髪はない。

 爪が頭皮をダイレクトに傷つける。

 

 イベントの終了でおそらく戻る。あるいは元凶を倒すことで髪も戻ると推定される。

 そう伝えたので元凶を倒すべくアコニトは、部屋の隅でスタンバイしているわけである。

 坊主頭でタバコを吸って、目つきも怖いので、知らない人が見ればそっちの人かと思うほどだ。

 本当は本人が探しに行きたいようだが、彼女が外に出れば騒ぎは必至。

 それどころか犯人扱いされかねない事態になる。

 

 普段ならどうせアコニトが張り切ったところで、やられるフラグ立っただけと木村は思う。

 しかし、今回の彼女は目が据わっている。もしかしたら今回ばかりは相手の方が危ないかもしれないと考えていた。

 

 

 

 四日目に入り、木村は飽きつつあった。

 

 帝都全域で脱毛しきったためか、目新しい報告は上がってこない。

 犯人探しも情報がなく足踏み状態だ。

 

「ここにおっても埒があかんぞぉ!」

 

 パーティ唯一の禿げキャラが進捗のない現状に苛つき席を立った。

 誰も彼女と関わろうとしないので、仕方なく木村が彼女の側に寄る。

 

「アコニト、落ち着いて」

「ここで待ってもどうしようもないぞぉ。犯人を一刻も見つけ出してもがき苦しませて殺さんと儂の髪は成仏できんわぁ!」

「ほらほら、部屋でずっと座ってるから気が立ってるんだよ。ちょっと散歩でもしよう」

 

 キレやすい老人を介護する役に木村は徹した。

 とりあえず城内を散歩することになった。

 

 アコニトも帽子を被っており、お目付役にグランドもつく。

 彼も城下の見回りからいきなり側近にされ、業務も満足にこなせておらず、ほっと一息ついていた。

 偉い人の近くで静かに待機しているよりも、動き回っている方が落ち着く性分なのである。

 

 木村も部屋にずっといてつまらなさを感じていたので、アコニトの癇癪は渡りに船だった。

 

 

「こちらが飛龍の飛び口であります」

 

 グランドが彼のわかる範囲で城内を案内してくれる。

 アルマークのお墨付きが出ているので、あちこちに行ける。

 飛龍が実際に城壁から飛び立つ所も案内してくれているところだ。

 グランドも城内に詰めることは滅多にないようで、普段見ないところを見て楽しんでいた。

 

 飛龍とそのパートナーがいる。

 さらに彼らの近くの壁には、出入り口が設けられていた。

 実際に扉を開けてみせてもらうと、手すりのないバルコニーがあった。

 

「危ないからあまり近くに寄るんじゃないぞ」

「うん」

 

 おっさんの言葉に、木村も素直に頷く。

 木村は高所恐怖症というわけでもないが、シンプルに恐怖を感じた。

 

 足を滑らせでもすれば転落して死亡だ。

 開け放った飛び口からは、容赦ない風が木村の体を煽っている。

 街を一望できて景色は良いのだろうが、安全の保証があってこそ景色は楽しめるものである。

 

 アコニトもさすがに景色を見ようとしなかった。

 高さへの恐怖というよりも、後ろにいたおっさんを警戒しているためだ。

 木村も何となくわかる。「危ないぞ」と言いつつ、アコニトを蹴って落としそうである。

 以前もこの流れで川に蹴り落としたので、ないとは言い切れない。

 

 気づいてはいたが、城というより要塞に近い。

 アルマークも派手な装飾を好むタチではなく、絵画や骨董品といったものがほとんど飾られていない。

 機能性というべきか、あまりにも実務に寄っていて無駄がない。

 

 木村としてはカクレガの機能面向上に役立ちそうなことが見つかるので楽しめる。

 一方、機能面など興味がなく無駄こそを楽しむアコニトは真逆だった。

 

「つまらんところだぁ。城主の人間性をよぉく示しとるなぁ」

 

 機嫌が良くないためか、アコニトから歯に衣着せない言が飛び出す。

 無関係な位置にいれば木村も笑ってもいられるが、彼女の真横で兵士の睨みを一緒に受ける立場としては笑えない。

 グランドもたしなめるが、アコニトはまったく聞く耳を持たない。

 けっきょくおっさんに力づくで黙らされた。

 やはり暴力。力が全てを解決する。

 

 城を下へ下へと降りていく。

 下に降りれば降りるほど機能が一般的なものになっていく。

 普通に食堂とか兵士の訓練室だった。このあたりはさほど見映えするものでもない。

 

 ついに城から出た。

 このあたりは探索していない。

 さほど見ても面白いとは思えなかった。

 

「この先には講堂があります。見られますか?」

 

 ただの講堂なら木村もすぐに返答できただろう。

 しかしながら、現在、この講堂は髪の保管庫に使われている。

 

「いやぁ、うーん……」

 

 木村の胸の内に漂うのは何とも微妙な気持ちだ。

 初期の保管室がいっぱいになって、城内の講堂を急遽保管室にしたとは聞いた。

 一人当たりの保管量も減らしたと聞いたが、ドライゲン数万人の髪が一カ所に集まっているわけである。

 

 人ではないが、元々が人に付いていたモノなので気持ち悪さが拭えない。

 木村に霊感はまったくないのだが、それでも怨念というかそういったものを感じてしまいそうだ。

 だが、一カ所に数万人分の髪の毛が安置されている光景は、今を逃せば遠き将来にわたって見ることがかなわないだろう。

 これも異世界ならでは、と言えなくもない。

 

「……見ましょうか」

 

 消極的かつ積極的という矛盾した心理状態のまま木村は答えた。

 グランドもそのあたりの機微がわかっているようで、小さく頷いて木村たちを先導する。

 

 

 見張りの兵士にグランドが礼を示し、木村たちの紹介をする。

 紹介を受けた兵士達が、姿勢良く礼を示し、講堂の扉に手をかけた。

 

 大きな扉が開かれ、堂内に風が吹き込んでいく。

 吹き込んだ風が保管された髪を飛ばさないか木村は心配したが、無用な心配であった。

 

 机や棚が講堂中に置かれていることは木村でもわかる。

 しかし、木村が予想していた髪の雪崩ともいうべき全方位から襲い来る無言の圧力はない。

 

 講堂はがらんどう。

 吹き込んだ風は静謐な空気を揺らすだけだ。

 高い天井から床までを木村はゆっくり見つめたが、やはり髪の毛は見当たらない。

 

「……髪は?」

 

 当然の疑問が口から出る。

 講堂でも場所が足りず、移動させられてしまったのかと木村は考えた。

 

 グランドがハッとした様子できびすをかえしていった。

 入口前に立っていた兵士達がすぐに入ってきて、「馬鹿な」と騒ぎ立てている。

 その後も次々と兵士達が入ってきて様子を見ていた。

 

 彼らの言を借りれば、今朝は大量の髪があったようだ。

 夜を徹して気の遠くなるタグ付けを行い、一段落して帰ったところであった。

 タグ付けが終わってから、一番最初に入ったのが外部の人間が木村たちであるとのこと。

 

 イベントも四日目に入って、新たな事案が発生してしまった。

 抜けた髪がどこかへ消えた。無論、勝手に消えるわけがないので、誰かが持ち去ったが正確だ。

 

「儂の髪……」

 

 アコニトが力なく床に座り込んでいる。

 怒りもかいま見えるが、困惑と落胆が大きいように木村は見えた。

 尻尾にも頻繁に逃げられ、抜け落ちた髪も誰かに盗られて行方不明という始末だ。

 

 事情が城の上まで届いたのか、ウィルたちも降りてくる。

 フルゴウルやウィルが講堂を調査してもやはり痕跡は何もない。

 

 城同様にこの講堂にも感知魔法はかけられている。

 感知はされていない。城内の結界魔法もひっかかった履歴はない。

 講堂の全ての出入り口には兵士が二人以上で立っていた。誰も異常はないと言う。

 

 それなのに髪は全て消え去った。文字通り髪の毛一本も残っていない。

 犯人はどうやって入り込み、どうやって持ち去ったのか。

 また、持ち去った髪をどうするつもりなのか。

 

 イベントの行き先を誰も推し量れずにいる。

 

 ただ一つ事実として言えることはこれのみである。

 

 

 ――髪は消えた。

 

 

 

100.イベント「私のカツラを知らないか?」3

 

 五日目に入った。

 

 ドライゲンの空気は以前に増して重々しい。

 髪のない兵士達があちらこちらで髪を探している。

 

 昨日、保管所からなくなった髪は、けっきょく見つかっていない。

 そのため昨晩からずっとこの調子で兵士達は髪とその手がかりを探す羽目になっている。

 

「昨日から考えていたのですが、犯人は髪を盗んでどうするんでしょうか?」

 

 ウィルの疑問はもっともなものである。

 木村も気になっていた。もっと言えば二人だけでなく全員が気になっている。

 

「ただの愉快犯であれば髪が目的ではなく、髪がなくなったことによる騒ぎを目的としているのだろうね。そして、それは成功している。――厄介だよ。とてもね」

 

 フルゴウルが言葉とは裏腹に楽しそうに呟いた。

 いつも作ったような微笑みを浮かべているが、今日の笑みは木村でも本心が現れているように見える。

 

「犯人の姿がまったく掴めていないですからね。王様も焦ってますよね。『髪を探せ』とだけ言われても兵士達は困るでしょう。あら探しされる住民も迷惑でしょうし」

「もしも私が王の立場なら、今回の犯人は最悪の存在と言わざるを得ないね。王としては犯人を人民の敵として非難の矛先にしたいところだろうが、その犯人は姿をまったく現さない。彼の持ち味である細やかさと実行力を示すほど、兵士を始め、人民からの求心力を失わせている」

 

 木村もフルゴウルの話を聞き、彼の育った日本のことを思い出していた。

 日本の政治でも内閣の首相や閣僚の不祥事や不手際が続き、支持率が低下し、首相が替わったり、選挙になったこともあった。

 ここは異世界であり、民主主義でもないので選挙はない。

 王は簡単には変わらない。

 

「今回の犯人は王の支持率低下を狙ったものでしょうか?」

 

 支持率が下がり続けたまま政を続けるとどうなるか。

 日本のように総辞職解散総選挙リセットがあればまだ良い。

 リセットがなければ人々に不満が溜まり続け、いずれ爆発することになる。

 

「犯人は反乱を狙っている?」

 

 ただの愉快犯ではない可能性が高まってきた。政治犯だ。

 うっすらとしていた不穏な気配が、木村でもわかる濃さに急変する。

 

「気になることもある。あまりにも事件が知れ渡るのが速い。髪が盗まれたのは昨日だよ。すでに全都民が髪が盗まれたことを知っている雰囲気がある」

 

 昨日、髪が盗まれたことはあっという間に周知の事実となった。

 人の口に戸は立てられぬというが、その伝わる速度があまりにも速い。

 夕方には兵士だけにとどまらず、一部の都民にも知れ渡ってしまっていた。

 そのため秘密裏におこなう予定だった捜索活動も、本日五日目は堂々とおこなっているわけである。

 

「犯人が話を拡散している、と」

 

 ウィルがフルゴウルの言いたいことを口にした。

 SNSもない世界でどうやって話を拡散できるのか木村は気になった。

 当然、人づてということになる。そうすると、犯人はどこかで姿を晒しているのだろうか。

 

「その話、王様にも伝えた方が良いんじゃないですか?」

「彼はもう気づいているよ。次の一手もわかる。私たちにした対応と同じだろうね」

「どういうことです?」

「民衆を集めて、彼自らが今回の事件のあらましの説明、不手際の陳謝、今後の対応を話す。これには別の目的もある。そちらこそが主目的だ。わかるね?」

 

 木村もなるほどと頷いた。

 姿の見えない木村たちを城で堂々と迎えたように、自らを餌として犯人を釣るわけだ。

 

 ただ、疑問も残る。

 とてつもなく素朴な疑問だ。そもそも論でもある。

 

「犯人、現れるんですか?」

 

 今まで姿をまったく見せなかった存在だ。

 王を餌にしたところで姿を見せるとは思えない。

 ただの説明会で終わりにならないか。

 

「――ふむ。ここまで話を掘り下げたところで、私の意見を述べておこう」

 

 フルゴウルは犯人が現れるかどうかをすぐには答えなかった。

 代わりに意見という形で述べていく。

 

「犯人はやはり愉快犯だ。政治犯ではない」

 

 話を聞いていたウィルと木村もフルゴウルを黙って見返す。

 今までの解釈をあっさりと翻してしまう。

 

「今までの話の流れで政治犯じゃないと?」

「一見、政治犯ともみてとれるが、本性は愉快犯だろう。もしも私が犯人の立場なら国王とその側近の髪はそのままにする。そうすれば政治家と一般都民の違いが視覚的にも明確になる。誰が敵なのかを示すことが重要だからね」

 

 今回の脱毛事件は見境がない。

 むしろ積極的に偉い人間でも禿げさせていた。

 

「全員禿げてますからね」

「そのとおりだよ。愉快犯の線でいけば、彼の標的は都民全員だ。彼らが慌てふためく姿を見て楽しむわけだ。もしも、彼らが一同に揃う舞台があるとすれば、だ」

「犯人は姿を現す。さらには別の何かも起こす可能性だってある」

 

 フルゴウルは頷いた。

 しかし、その後で眼をわずかに開いて独りごちた。

 

「しかし、なんだ。事件の本質から外れていないか」

「本質ですか?」

 

 フルゴウルは返答しない。

 本人もまた考えがまとまっていないようである。

 

「愉快犯ですらないかもしれない」

 

 その声は木村とウィルの耳に入ったが、二人は聞き返さなかった。

 

 

 朝も過ぎ、斯くして流れはフルゴウルの言ったとおりに進む。

 

 昼過ぎにでも王が民の前で今回の件を話す場が急遽設けられることとなった。

 

 場所や時間、兵士達の配置で対策室は忙しい。

 フルゴウルやウィルも積極的に話し合いに参加している。

 木村とモルモーは、部屋の隅で彼らの邪魔にならないようお茶を飲んでいた。

 

「大丈夫なんですか、あれ」

 

 モルモーが木村に尋ねた。

 木村は首を横に振る。

 

「駄目だと思う」

 

 二人が見るのはアコニトだ。

 あの彼女が珍しく対策側に立っている。

 普段ならがんばっている連中を小馬鹿にしながらお茶かタバコをしているが、今回は違う。

 

 兵士らが図面を広げて話しているのを、腕を組み、背後で仁王立ちして見下ろしていた。

 表情が微妙に穏やかなのがいっそう怖く、誰も彼女を見ようとしない。頭を除けば完全に強キャラのポジションだ。

 

「やる気があるのは良いんだけどね。なんでだろうね。やる気を出せば出すほど失敗するのが目に見えるようで……」

 

 木村の正直な思いに、モルモーも頷いた。

 慣れないことはしないに限る。これはアコニト自身の言葉でもある。

 その彼女が今回は珍しくどころか初めてやる気だ。やる気というより殺る気が見て取れる。

 犯人を絶対に殺し、ステータス異常「禿げ」を解除するという意志が出ている。

 

「モルモーさん、アコニトが暴走して都民を殺さないようマークしておいてもらえますか」

 

 木村が危惧しているのはこの点だ。

 やる気なのは良い。別に犯人殺しが失敗しても成功しても木村としてはどちらでも良い。

 

 ただ、犯人を殺すために都民をいたずらに巻き込むのは止めるべきと考えている。

 脱毛による混乱こそあれど、ここまで死人ゼロだ。イベントの死者数最低記録を自らの手で壊したくはなかった。

 

「その件に関しては私も働きますのでご安心を」

 

 モルモーも死者を増やして上司の機嫌を損ねるのは避けたいところだった。

 死者を出さないよう動く点に関して二人は意見が一致している。

 逆に言えば、それ以外は違うと言うことだ。

 

「他の点に関しては働かないんですね」

「そりゃあもう」

 

 カクレガから持ってきたお茶を飲み、あくび混じりでモルモーは即答した。

 上司からの命令がない限りは働くつもりはないようである。

 今の上司代理は木村だが、彼も命令する気はない。

 

「今回の犯人をモルモーさんはどう思われます?」

「え、私ですか?」

「はい。フルゴウルさんは政治犯の可能性もあったけど、やはり愉快犯じゃないかと言ってました」

「へー」

 

 モルモーは興味なさげである。

 彼女は基本的にフルゴウルを嫌っている節があった。

 嫌うというよりは関わろうとしていない。距離を置くというのが正しい。

 

「それで、あなたは?」

「わからなくなっています。政治犯の可能性も示されて、そうかもしれないと思いました。推測ではなく、犯人の口から直接聞きたいところですね。どちらにせよ、犯人が昼の演説を狙って出てくれれば良いと思っています」

 

 モルモーが木村をぼんやりと見てくる。

 木村も数秒なら堪えられるが、十秒以上続くと沈黙に堪えきれなくなる。

 

「……えっと、なんでしょうか?」

「いえ。いつものことながら随分と中途半端な位置にいるな、と思っただけですよ」

「中途半端?」

「ええ。今回に関して言えば、もったいないですね」

「もったいない?」

 

 木村は首を捻った。

 中途半端、もったいないと連ねたモルモーの言わんとしていることが木村にはわからない。

 

「今までのことで身構えているのはわかりますがね。いったん頭を空っぽにしましょう。ゆっくりお茶でも飲んでもらえますか」

 

 モルモーが木村の空になったカップにお茶を注いでくれる。

 木村も言われたとおり、努めて頭を無にしてお茶を口に含んだ。

 ちょっと苦みが強いのは、甘めのお茶菓子と合わせるためだろう。

 

「脱毛から始まった今回のイベントですが、私はかなり楽しんでいます」

 

 モルモーの心境説明が始まった。

 

「シエイに役回りを投げず、私自身がここにいるのも楽しんでいることが理由ですね」

 

 当初こそ彼女をセンサー役として連れてきていたが、イベントの二日目以降は彼女の方から来ている印象だ。

 もしもモルモーが行かないのなら、シエイでもさほど問題はない。

 センサーがあまり役に立たない相手とわかっている。

 

「髪がなくなって大騒ぎ、次は集めた髪がなくなって混乱、王がわざわざ事態を説明。冥府の基準でいけば完全に喜劇ですよ。平和そのものではないですか」

 

 彼女は穏やかな顔で述べる。

 木村は表情を読む能力が高いわけでもないが、彼女が本心から言っていると感じた。

 二日目くらいにも似たような話を聞いていたことも大きい。「髪がなくなったくらいでよくここまで騒げますね」と言っていた気がする。

 

 彼女は吸血鬼であり、いつも変身している。

 実際の姿をカクレガの誰も見たことはないのだが、人の形をしていない。異形の魔物である。

 彼女の価値観で言えば、今回のイベントはおふざけにしか該当されるものだった。

 そして、おふざけをさながらモニター越しで見るように楽しんでいる。

 

「もしも今回の出来事を起こした存在が今すぐ死んで冥府に行っても、地獄の王の裁定になんら影響は与えないでしょう。誰も死んでいない。むしろ健康になっている。エリュシオン行きすらありえます。以前に話を聞いた女神ではないですが、今回はどちらか決めた方が良いですよ」

「どちらか、ですか?」

 

 ようやく先ほど聞いた「中途半端な位置」、「もったいない」に繋がると木村は感じた。

 選択を迫るところが水の館で会った女神に重なる。

 

「アコニトさんと一緒に犯人を捕まえるため力を尽くす。もしくは、私と同じ立ち位置で極力我関せず物見に徹する。――このどちらかです」

 

 イベントにおいて、木村の置かれている立場はいつも中途半端である。

 巻き込まれる異世界の住人とはやや離れた立場にいつつも、イベントを持ち込む元凶となっている。

 それがわかっていつつも途中で諦めたり、ちょっとだけ戦ったりといつもそんな流れだ。

 

 対岸の火事を見つつも、ときどき野次馬気分で火を見に行っている。

 前回のワイルドハントでもある程度は守ったが基本的に自らの命を大切にして一部の犠牲を見捨ててきた。

 最後の最後で退けなくなって、戦いに身を投じたがあれは例外だろう。

 

「そうは言ってもあなたも優柔不断ですから決められないでしょう。今回、私の側につくメリットを説きましょう」

 

 モルモーはさらりと貶したが、すぐに後の言葉に移った。

 木村も自覚はあるので特に言及しない。

 

「まず、今回のイベントですが先ほども言ったように、私のように距離を離して見れば喜劇です。髪の毛が抜けただの、集めた髪が消えただの、兵士が髪を必死にンフフ……」

 

 言っていて面白くなったのかモルモーは笑って言葉が止まってしまう。

 木村も感じる部分はあった。今回のイベントはまずタイトルからしてふざけている。

 生じた出来事の原因や手段は見事だが、起きたことを考えれば彼女の言うようにこれまたおふざけだ。

 

「ですが、まだ五日目です。この先もおふざけが続くとはわかりませんよ」

「イベントがねじ曲げられなければ続きますよ」

 

 条件付きではあるが、モルモーは断言した

 木村も怪訝に感じて彼女を見返す。

 

「あなた方は『犯人』と呼んでいますが、私の中で今回の主役は『演者』です。『犯行』と言われますが、人間のみならず私たちの誰にも悟られずこれだけのことをしでかすのは、まさしく『曲芸』です。イベントの案内文に出てきたのはヅラウィ曲芸団でしたか。そのメンバーがやっていると考えるのが妥当でしょう」

 

 その線はすでに考えた。

 しかし、一介の曲芸団とは言え、異世界に来てここまでの舞台が整えられることはないと考えた。

 まず団員であるなら、木村たち同様に衣食住の問題が発生する。

 このことを木村は反論として述べた。

 

「――人じゃないならカツラでしょう。文面でもひとりでに動き出したとありましたし」

「そんな馬鹿な。冗談にもなりませんよ」

 

 この話も前にウィルたちとした。

 笑い話程度で終わったはずだ。動くのはアコニトの尻尾だけで充分だ、と。

 

 しかし、モルモーは真面目な表情である。

 あのとき彼女は話の場にいただろうか。いなかった気がする。隅でアコニトと一緒に寝ていた。

 

「冗談を言っているつもりはないですが……。尻尾ですら独立して動くんです。カツラなら当然動くでしょう」

「いや、尻尾はそうですけど、カツラはカツラですよ?」

 

 当然の疑問を木村は口にした。

 尻尾はアコニトの神気か何かを浴びているだけだ。カツラとは訳が違う。

 

 モルモーが先に違和感に気づいた。

 椅子に体重を預けて、口をやや開けて天井を見る。

 

「得心がいきました。あなたたちはずっと人に絞って探していたんですか?」

 

 当然である。

 芸当からしてカゲルギ=テイルズのキャラとは考えていたが、人型だと考えて木村たちは探していた。

 木村たちですらそうだ。ましてや帝国の兵士達は当然、人の姿をした不審者を血眼で見つけ出そうとしている。

 

「一般的にカツラは何で作られているかご存じですか?」

「……髪でしょう」

 

 地球なら化学繊維かもしれないが、この世界ならカツラの素材は実際の髪だ。

 現代でも人の髪から作られるカツラは光沢がなく自然に見えると木村も聞いたことがある。

 記憶は曖昧だが、癌治療で髪が抜けてしまった人のために自らの髪を切って送るプロジェクトの番組か何かで見た。

 

「そうです。髪で作られることが多いですね。それでは誰の髪ですか?」

「誰って、そりゃあ……そうか。人じゃないかもしれないってことですか」

 

「はい。神の毛髪から作られるものもあります。特に、髪は素材の元となった存在の力を帯びることも多い。私の上司も髪は悪用されることがあるので処理に気をつけているくらいですからね。さらには髪を使う特殊な技もあるくらいです。加えて、カツラを付ける側の力も帯びることになる。こういった経緯を踏んだカツラが独自の生命を持っても何らおかしくはありません」

 

 モルモーの説明に木村も納得した。

 アコニトの尻尾ですら人格を持つに至った。

 曲芸団の長が付けていたと書かれていたカツラだ。

 仮に元の素材が神の髪ということでもあれば、生命をもってもおかしくはない。

 今回のイベントで、捜査について話を聞くべき人物が誰だったのかも今さらになってわかった。

 

「カツラが今回のイベントのメインキャラ、もしくはボス……」

「そうなります。――なおさらあなたは見物すべきですね。今日の説明集会で演者(カツラ)は現れるでしょう。きっと曲芸を披露します。私は禿げ狐のやらかしをカバーしなければならない気配ですので、代わりに観客に徹してください」

「観客に徹する?」

「ええ、演者の目的はただ一つでしょうからね。王も兵士も聴衆も、私たちですら出演者になるのなら演目に出演しない観客が一人はいた方がいい」

 

 木村はモルモーの言葉に理解が追いついていない。

 観客だの目的だのと言われても困る。

 

「ここで話したでしょう。曲芸団の演目に地域性はあれど、最終的な目的はただ一つ」

 

 木村も思い出した。

 お茶を飲みながらアコニトも一緒に話した記憶がある。

 曲芸の内容は日本、東日向、冥府とそれぞれ演目に違いがあった。

 

 しかし、けっきょくは同じ目的にたどり着いた。

 

「――観客を楽しませること。ヅラウィ曲芸団の団員であろうカツラの演技。とくとご覧じていただきたい」

 

 モルモーは今回のイベントをずっと曲芸団の団員による演目と考えていた。

 観客として楽しんでいたので、木村たちにあるような緊張感が見られなかった。

 

 木村も彼女のスタンスとその思惑を把握するに至り、緊張感がドッと抜けてしまう。

 モルモーの考えはおそらく正しい。フルゴウルの意見も正しさを感じたが、モルモーの方がイベントをより正確に捉えている。

 木村の中でパズルのピースと化していた手がかりの断片が、ピタリと嵌まった感覚がある。

 今回のイベント像が明確な形をなして見えてきた。

 

 同時にフルゴウルの言っていたこととも繋がった。

 陰湿さがなく、愉快犯ですらない可能性もあるとはこのことだと。

 

 フルゴウルも彼女なりに今回の異質さに気づいていたのだ。

 ただ、彼女にはカツラに生命が宿るという前提がなく、事件にも積極的に関与していたので本質からズレてしまったわけである。ヅラだけに。

 ズレていたのは事件の本質ではなく、イベントの本質だったわけだ。

 

 そもそもカツラにしてみれば、一連の流れは事件ではなく演目というわけだ。

 なるほど愉快犯ではない。目的は恐怖や混乱ではないのだから。

 

 木村は決めた。

 今回のイベントは見物に徹しよう、と。

 

 もちろん被害が甚大になれば話は別だが、人に明確な危害を加えることもなさそうだ。

 また、モルモーの完全な予想違いということもありえる。

 

 ひとまず一人の観客として、説明集会という演目を楽しむことにした。

 

 

 

 時は来た。

 

 日は天頂を越えて城の影をわずかに斜めに落とし始めた。

 城の前方広場には、万に至る聴衆が集まり、王は彼らに力強く演説をおこなう。

 集まっているほぼ全員が禿げ頭なのが、場の緊張を良くも悪くもかき乱していた。なにより反射で眩しい。

 

 木村たちは聴衆よりも王に近い位置に座っている。

 歩兵、騎兵はもちろんとして、空には数多くの飛龍兵が飛び交っている。

 探知魔法を発動している者、すぐさま発動できるよう待機している者も数十はいた。

 

 わかる人にはこの場の物々しさがわかる。

 狩り場が形成されていた。

 

 強化しているウィルですらこの場には入らない、と話す。

 当然である。発言したウィル本人に加えて、フルゴウルや姿の見せないアコニトも狩る側に回っている。

 

 演説が始まった当初はいくらかの都民も戸惑いを感じていた。

 それも最初の数分だけだ。王の演説が始まれば彼の声が都民の心を掴んでいく。

 

 木村も完全に物見モードだったので、王の演説のうまさがわかる。

 呼吸法や間の使い方といった巧さもあるのだろうが、それはまだ木村にはわからない。

 木村にわかっているのは単純に喋りの上手さだ。木村が発する「えー」とかいうつっかえがない。

 次から次へと原稿を見ることもなく、口からよどみなく出てくる言葉の数々に、木村は素直に彼自らとの経験や知識の差を感じている。

 

 演説も終わりに近づき、民の意志は王の目指すところに近づいていた。

 途中で一部の都民が野次を飛ばしたが、それにも細やかに対応し逆に好感へと反転させた。

 実は声をあげた都民は王の仕込んだサクラなのだが木村は気づいていない。観客の一人として王に好感と尊敬を抱いた。

 

 集まった都民の意志が「犯人、許すまじ」と一丸となった。

 その瞬間を待っていたかのようにそれは現れた。

 

 群衆の後方から音もなく一体の人型が姿を現した。

 現れた位置は群衆から、人一人分を開けた上空である。

 

 人々がその人型に声をあげるが、人型は堂々と群衆の声を踏むように空を歩いている。

 大多数の人々は、その人物が空に浮いているように見えた。

 

 その人物は軽装で、木村に言わせればジョギングでもするような格好だ。

 髪だけが異常に長く、向かって右が赤で、左が青とまるで虹のようにグラデーションがかかっている。

 顔は髪をかき分けるように現れ、多くの群衆がまるで彼の顔を好青年のように見た。

 穏やかな顔で、長く奇抜な色の髪を揺らし空を歩く。

 

 魔法を準備していたものは発動をギリギリで止めている。

 兵士長も群衆に魔法を当てることを恐れ、攻撃指示が出せない。

 加えて、王も兵士達へ攻撃を認めず、闖入者の行動を見守れと指示を出している。

 

 多くの人間が闖入者を空に浮かぶ魔法使いと思う一方で、別の意見を持つ者もわずかだがいた。

 

 一例を示せば、木村の良き仲間であるウィルである。

 彼は闖入者の姿を凝視している。魔法を使った痕跡は確かに彼は見た。

 しかし、それは一瞬だ。今は何も使っていない。今の闖入者は魔法を使わず空に浮かんでいる。

 彼にはどうやって闖入者が空を歩いているのかその種がわからなかった。

 

 フルゴウルは闖入者が空を歩く芸当の種は見てわかっている。

 最初に闖入者が数本の髪を空中に引いた。恐ろしい強度であり、同時に長さも持つ髪である。

 非常に見えづらいが空に張られているのは二本の髪だけ。闖入者はその今にもバランスの崩れそうな細い髪を踏んで、なおかつ穏やかな表情を作っていた。

 闖入者の芸当とその据わった肝に敬服し、これに手を出してはならないと感じてしまった。

 

 多くの人々が闖入者を人とみる中で、木村は闖入者の姿を人と見ることができていない。

 木村の目には闖入者がかけた姿を欺く特殊な芸が効力を発していなかった。

 

「髪が服を着てる」

 

 木村の目に見えているのは、上から下まで髪で構成された塊が服を着ている姿である。

 いちおう人型を模しているようだが、色もあちこちで違っていて気持ちが悪い。

 頭の部分だけカツラとわかる。あれが例の本体と木村も気づいた。

 

 さらに木村は他の人の反応から、自身が見ている化物と他の人が見えているのは別物だとも気づいた。

 気になって隣のおっさんを見るが、彼は眼を閉じている。

 眩しいわけではないだろう。

 

「どうかしたの?」

「情報量が多すぎるんだぞ」

 

 おっさんの言葉の正しい意味を木村は把握していない。

 木村はおっさんも彼と同じように髪の化物が見えていると考えた。

 

「確かに情報量は多いかも」

 

 現れたのはいいが、これから何をするつもりなのか。

 この点に関して全員の意志は一つである。

 

 髪の化物が群衆のほぼ中心で立ち止まる。

 そして、優雅に一礼した。

 

「名乗るが良い」

 

 アルマークは闖入者の礼に対して、名乗りをあげることを許す。

 群衆は謎の青年の口が動くのを見た。

 

「みなさま、ごきげんよう。わたくしはズラウィ曲芸――」

「みぃつけたぞぉ!」

 

 髪の化物が発する綺麗な声にかぶせるようにして汚い声が聞こえた。

 木村もよく知っている声だった。

 

 狐耳の禿げ頭が群衆の頭を踏み台にして、猛烈な勢いで髪の化物へ向かっていく。

 もちろんアコニトである。彼女は群衆の頭を力強く踏んで跳躍し、髪の化物が空中に作り出した髪のレールを踏んだ。

 彼女の眼には髪のレールが見えていないが、そこにあるとなぜか確信した。

 神通力というわけではなく、ただの直感であった。

 

 

 出会いは群衆のすぐ上空。

 かたや、静かにたたずむカツラと髪の化物。

 かたや、キヒヒと狂った笑いを見せつける禿げた狐の神。

 

 

 髪と神――運命の邂逅である。

 

 

 

101.イベント「私のカツラを知らないか?」4

 

 都の広場にて、二つの異形が数多の聴衆の視線を浴びている。

 

 一方は派手なカツラをかぶった髪の化物。

 カツラが本体だと思われるので、髪を従えるカツラの化物が正確なのだが、木村から見たところでは髪の化物である。

 

 もう一方は、禿げたケモ耳のアコニト如来である。

 怒りか歓喜かわからないが、ついにクスリもやってないのに狂った笑いを浮かべていた。

 

「くたばれやぁ」

 

 神は多くを語らない。

 アコニトは会話など要らないというように一言だけ告げて、思いっきり息を吸い込んだ。

 

「は?」

 

 木村も彼女が何をするつもりなのかわかって唖然とした。

 得意の毒を吹きかけるつもりである。あの吸い込み方は本気だ。

 周囲一帯を毒で満たし、絶対に逃がさないという強い意志を感じ取れる。

 

 その彼女の毒ブレスは風の影響を強く受けて広がる。

 彼女たちのすぐ下には、多くの聴衆がいる。

 当然、彼らに毒耐性はない。

 

 ――虐殺である。

 

 アコニトは躊躇いなく毒を吹き出した。

 薄紫色の煙が、彼女の口から髪の化物へと溢れ出てくる。

 

 アコニトの毒に三者の魔法が対抗した。

 二つの異形を箱で物理的に包んだのがフルゴウル。

 風の魔法で地上から上空への流れで毒を寄せ付けないようにしたのがウィル。

 聴衆へ念のための毒耐性を付与したのがモルモーである。

 

 三者の対応もあって、聴衆に影響はなかった。

 空中に浮かぶ金色の筺の中に紫色の煙が充満し、中が見えなくなっている。

 仕留めたことを確信したのか、アコニトの高笑いがフルゴウルの箱越しに聞こえてきた。

 

「ふー」

 

 木村も安堵の息を深く吐き出した。

 さすがの彼も、アコニトが聴衆を巻き込んで毒を吐くとは思っていなかった。

 逆に言えば、魔法で対応した三者はそれを予測していた。最初から決まっていたかのように綺麗に連携ができていた。

 キレているアコニトが倫理観も道徳心もなく、攻撃をすると完全に読んでいた。

 ある種の連係プレイと言えなくもない。

 

 連携の結果として良い流れになっている。

 毒の充満した箱に、毒耐性のあるアコニトと闖入者が閉じ込められた形だ。

 闖入者も利用していた『聴衆を巻き込んでの攻撃はうかつにできまい』という心理を、逆に闖入者相手にもうまく利用できていた。

 

 うまく決まった。狭い箱の中で充満した毒を回避する術はないと言える。

 ただの毒ではなく猛毒だ。耐性も毒ほど持っている敵は少ない。

 

 結果論としてうまくいっただけで、もしも失敗していたら洒落になっていなかった。

 間違いなく木村たちが追われる側になっていただろう。

 

「殴ってやりたい」

「キィムラァ、なにもおまえさんが手を痛めることはないぞ。代わりに俺が殴っておこう」

 

 おっさんはにっこりとしている。

 絶対、自分が殴りたいだけだと木村は感じた。

 同時に別の疑問が彼の頭に浮かぶ。聴衆を含めたほぼ全員が上空の箱を見ている中で、おっさんだけが別の方向を見ている。

 

 木村もおっさんの見つめる方向を見た。

 アルマークが演説をしている台の方向であった。

 

 警護が取り囲むアルマークの後方に、髪の化物がいた。

 アルマークも警護も完全に逆方向を見ているため化物に気づいていない。

 髪の化物は自身に気づいた木村へと、髪の指を口付近に当てて「お静かに」とジェスチャーで示す。

 

「……え?」

 

 木村は髪がいるべき箱の内側を、聴衆同様に見つめる。

 毒息スキルの効果が消えたためか、箱の霧が徐々に薄れてきた。

 

 箱の中にはアコニトだけがいた。

 フルゴウルの筺により、宙に張られていた髪は切れ、アコニトが宙に浮かぶ箱に足を下ろしている。

 

 一方で髪の化物は影も形もない。

 目に飛び込む光景に聴衆もどよめきたつ。

 

「いやはや、わずかに遅れていれば死んでいました。まさに紙一重ならぬ髪一重。カミだけに、ええ」

 

 演台の方向から声が聞こえてきた。

 声から漂うのは安堵と言うよりも余裕である。

 

 全聴衆の頭に浮かんだであろう――『闖入者はどこに?』という疑問を完璧に突いたタイミングだ。

 全員の顔が演説と同様の方角を向いた。

 

 そして、彼らは奇抜な色の髪をした好青年を見た。

 王のお付きの兵士達もすぐに位置を移動して王を守ろうとする。

 

 さらに他の兵士達も演台へと続々と上がっていった。

 髪の化物は兵士達を気にした様子もなく、聴衆からよく見える位置に歩いて行く。

 

「さて、演目順が変更になりましたが紹介を続けてさせていただいてもよろしいでしょうか?」

 

 髪の化物がアルマーク王に問いかけた。

 王はすぐさま頷く。

 

「当然だ。続けたまえ。――武器を下ろせ」

 

 兵士達は渋ったが、最終的に王の命令に従った。

 もちろんすぐに構え直し、いつでも謎の闖入者を押さえつけられる位置にいる。

 

「ありがとうございます」

 

 木村から見ると、髪の化物が礼をしているようで滑稽だった。

 一方で他の人間からは、好青年が兵や聴衆、さらにはアルマーク王を前にしても堂々たる態度で礼の姿勢を見せたことに心が揺れた。

 

 王としても本来ならば捕らえているところだが、すでに背後を取られている。

 兵たちは慌てて動いたがあまりにも遅すぎた。闖入者に危害を加えるつもりがあったならすでに王の命はない。

 逆に言えば、危害を加える気はないとアルマークは判断し、様子見に移った。

 

 加えて、現れるタイミングも様子見を決定させる一因となった。

 闖入者が現れたのは演説の終わりである。聴衆にアルマークの姿勢を擦り込み終わった後だ。

 聴衆の心理が王に付くのを待ってからこの闖入者は現れている。

 アルマークが怖れていた政治犯の線は薄い。

 

「改めまして――みなさま、ごきげんよう。わたくしはヅラウィ曲芸団にて名誉顧問を務めているヅラウィでございます。まずはこのような紹介の場をお借りできたことをアルマーク一世に深く感謝いたします」

 

 髪の化物が演技めいた礼をアルマークにみせる。

 王も一つ頷いて続きを促した。

 

「わたくし――わたくしたち、ヅラウィ曲芸団は世界を転々と移動して芸を披露している一団でございます。本来であれば、団員総出で日夜磨いてまいりました芸を、皆様に余すことなく披露するところでございます。しかしながら、誠に残念なことに曲芸団をしてなお曲芸じみた出来事が起こりまして、この場には、わたくし、ヅラウィのみがいる始末であります」

 

 木村とその仲間は、曲芸じみた出来事が何かすぐにわかった。

 ヅラウィを名乗る髪の化物が、カスィミウ神都からこのドライゲンに異世界転移してしまったということだ。

 

「見知らぬ土地、見知らぬ人々の中にわたくし一人が取り残された訳でありますが、何と言うことはありません。どこにいようとも、そこに人がいるのであればわたくしが為すべきことは一つだけです。それは――」

「死ぬことだろぉ!」

 

 箱に閉じ込められていたアコニトが、箱を破壊してでてきた。

 崩れゆく箱を思いっきり踏み込み、演台へと跳躍する。

 

紫狐の剃刀(スプレンゲリー)

 

 アコニトが飛んでいる途中でアコニトが呟くと、紫色の煙が跳躍の軌跡を作った。

 アコニトが演台に着地すると、弧を描いていた煙が分裂し、複数の刀の形状を取る。

 紫色の刀が、ヅラウィの動きを封じるように地面に突き刺さっていく。

 彼女の師であるリコリスと同じように使ってみせている。

 

 その見事な芸当を見て木村は思う。

 普段はまともに使いこなせないくせに、こういうときだけまともに扱うのはやめて欲しい、と。

 

「これで逃げられんぞぉ」

 

 刀が完全にヅラウィの動きを封じ、アコニトもニタリと笑って得意の毒煙を彼に吐いた。

 ヅラウィも刀に困惑しているようだが、どうにも演技くさいと木村は見た。

 逃げられませんよ、とアピールを観客にしているようにも見える。

 

 アコニトの煙が充満し、先ほどと同様に闖入者と迷惑神が箱で隔離された。

 毒の強さは視覚的に明らかだ。毒を浴びた演台が溶け落ちている。

 

 今回はヅラウィも逃げなかった。

 毒のエフェクトが消えれば、髪の化物は溶けてしまっており、ドロドロのグダグダの状態で現れる。

 

「キヒィ! やった! やったわ! なぁにが為すべきことだぁ! とっととくたばれぇ! ボケがぁ!」

 

 アコニトがまたもや高笑いをしている。もはやフラグだった。

 聴衆の視線は彼女ではなく、笑う彼女の背後で熔け落ちようとしていた存在に向けられていた。

 ヘドロ状の物体がぐにゅぐにゅと盛り上がっていき、アコニトと同じ高さまで伸びた。

 

「キヒヒィ! キヒィ……、キ、ひ?」

 

 アコニトも聴衆の視線と反応に気づいたのか背後を見た。

 そして、盛り上がったヘドロを見て動きを止める。理解が追いついていない。

 

 ヘドロからきれいな腕がにょきりと伸び、その手がヘドロを掴み、まるでマントのようにヘドロの膜を投げた。

 現れたのは先ほどと同様のヅラウィである。

 

「危ない危ない。カツラがなければ死んでいました。危機一髪でしたよ、髪だけに」

 

 箱の内部に投げられたヘドロの膜は、いつ変わったのかカツラになっている。

 木村も周囲の聴衆も意味のわからない現象に言葉を失った。

 

 カツラと髪が溶けてヘドロになってカツラに戻り、カツラの下からカツラの存在が出てきた。

 芸というよりは奇術であるが、奇術も芸であると言えなくもない。

 

 一番最初に動いたのはやはりアコニトだった。

 すぐにヅラウィを掴み、毒煙をぶちまける。近距離からの猛毒だ。

 

“猛毒無効”

 

 無慈悲な文字列を木村は見た。

 アコニトも自身の毒が効かないとすぐに悟った。

 彼女は木村を見た。そして叫ぶ。

 

「坊やぁ! 自爆だぁ!」

「駄目に決まってるでしょ!」

 

 さすがの木村もこれにはNoを示す。Noと言える日本人であった。

 フルゴウルの筺の内部とは言え、アコニトを自爆をさせれば箱はひとたまりもない。

 

「ふぬけがぁ! 犠牲なくして髪は手に入らんぞぉ!」

 

 得られるモノと犠牲にするモノのバランスが釣り合っていない。

 自爆は広場一帯にいる万の住民と王、飛龍も見境なく巻き込んで、藻屑にしてしまう。

 なんならフルゴウルやウィル、モルモーも消し去る可能性もある。

 そうした犠牲の上に手に入るのがアコニトの髪だ。

 バランスが悪すぎる。

 

 もはやアコニトは錯乱している。

 次に何かやらかしたらジャンプで視界の端まで飛ばそうと木村は決意した。

 

「なにやら物騒な話をされているご様子」

 

 するりとアコニトの掴みを脱したヅラウィが、指をくるくると回す。

 数本の髪の毛が彼女を巻き取り、身動きを封じてしまった。

 

 フルゴウルの筺が消え、拘束されたアコニトは地面にベチリと無様に落ちた。

 対するヅラウィは華麗に演台へと飛び上がり、聴衆に一礼してみせる。

 

「わたくしが為すべきことは、ただ皆様に芸を披露するより他にありません。すでに対価は頂いております故、芸により、皆様の心を揺り動かすことこそがわたくしの全毛髪を賭した使命であります」

 

 アルマークはすでに気づいていたものの、聴衆にも理解をさせるため質問を投げた。

 

「我々の髪を盗んだのはよもや貴様か?」

「わたくしです」

「それ以前に我々の髪を抜けるように仕組んだのは」

「いかにもわたくし」

 

 ヅラウィは悪びれた様子を見せない。

 自らが脱毛、髪窃盗の犯人だと堂々たる返事で明かした。

 アルマークは自身がヅラウィの仕組んだ演目の一部に組み込まれたことに気づいた。

 舞台を整えたのはアルマークたちと考えていたが、全てが利用されていると悟ってしまった。

 

 彼としては、どうやってそれらを成し遂げたか聞きたいところであった。

 可能であれば早めに教えてもらいたいが叶いそうにない。

 

 しかして、彼は彼に与えられた役割を果たす。

 都を管理するものとして、その平穏を乱すものは取り除かなければならない。

 

「捕らえよ! 都を混乱に陥れた首班である!」

 

 ヅラウィも頷いた。

 アコニトの乱入により流れが乱れたが、ようやく彼の求めた演目に入った。

 

 予定していた演目は、包囲された中からの脱出劇である。

 捕らえるものと逃げるもの、二項の対比は聴衆からもわかりやすい演出だ。

 

 王の命を受けた兵士達の動きは素早かった。

 すぐさま王を安全な位置に移動させ、同時にヅラウィを囲う。

 

 兵士達は三方向からヅラウィを襲うがするりとその剣と腕をすり抜けていく。

 襲いかかる兵士も、見ている聴衆も驚いている。

 本当に青年の体が剣をすり抜けたようだ。

 

 木村も何となくだがやっていることの種はわかった。

 髪の密度をうまく変えている。兵士達が集まったところで髪の一部を薄くして、包囲の外側に移動し、外側へ一気に密度を移動させた。

 そうすることで兵士や聴衆からはヅラウィがすり抜けたように見えたに違いない。

 

 ヅラウィは演題の縁に立つ。

 兵士達が扇状に囲む。ヅラウィの背後は崖っぷち、下には幾十の兵士が集まっている。

 

 ヅラウィは体を傾かせ、重力のままに演台から落ちる。

 囲っていた兵士達は慌てて縁へ向かい、下で準備をしていた兵士達は得物を握りしめて、ヅラウィが落ちてくるのを待ち構えた。

 

 ヅラウィの体は空中でピタリと止まり、そのまま聴衆の上へと滑空する。

 多くの兵士達や聴衆が声をあげ、その声を全て聞こうとするようにヅラウィはあちらこちらの上部を飛行している。

 

 これも木村から見れば、髪の塊が飛んでいるのでなかなか不気味なものがある。

 おそらく最初の登場と同様に見えづらい髪を空中に張っていると考えた。

 

「……すごいね」

 

 聴衆も叫んでいるが、木村が見たところかなり楽しそうに見える。

 兵士達はもてあそばれて顔が真っ赤だ。

 

 一人の魔法使いがタイミングを見計らって炎弾を放った。

 住民の警備を担当する兵士の長が眼を見開いた。

 

「馬鹿者! 民衆がいるのだぞ!」

 

 警備隊長が叫ぶ一方で、捕縛部隊の魔法使いらは一人の炎弾をきっかけとして、多くの魔法使いがその得意とする魔法を放つ。

 彼らも第一線の警備を任せられる魔法使いであり素人ではない。

 

「これは危ない」

 

 ヅラウィは空中の滑空を止め、優雅に歩いて魔法を回避していく。

 時には空中でジャンプして、バク転すら見せ、しまいには土の魔法をキャッチして見せたりもした。

 一発一発が確実に人間の意識を刈り取る一撃なのだが、ヅラウィの動きはそれを感じさせない。

 聴衆も不思議な安心の中で、彼の一挙一動――芸に心を奪われている。

 

「やめろ! やめんか!」

 

 警備隊長の声がようやく魔法使い達にも届き、彼らは手を止めた。

 しかし、熱くなった魔法使いが最後の一発と、強めの魔法をヅラウィに放った。

 同じ考えを持った者が放ち、強く放たれた魔法は相克し合い、思わぬ方向に飛んでいく。

 

「いけない!」

 

 灼熱の火球がヅラウィから向きを変え、住民の方へと落ちていく。

 ウィルがすぐさま魔法を放つが間に合いそうにない。

 

「おっと」

 

 ヅラウィが片手を上に示した。

 それだけで、落ちていった炎弾が急に向きを変えて上空へと飛んでいく。

 

「それ、もう一つ」

 

 ついでと言わんばかりにヅラウィがもう片方の手も上に示す。

 そうすればウィルの放った氷弾も向きを変えて上空へ飛んでいった。

 氷弾が炎弾に追いつき、上空で火球は花火のように破裂する。

 

 光と音が広場一帯を覆った。

 

 聴衆が突如発生した花火に気を取られた。

 先ほどまでいた位置にヅラウィの姿がない。

 

 聴衆の一人が彼の位置に気づき指で示すと、他の聴衆もそちらを見る。

 演台と反対側の建物、その屋根にヅラウィは立っていた。

 

「昼の部はここまでとしましょう。人々の多くいる場所こそ私のいる場所でございます。次の演目をお楽しみに。それではまた」

 

 広場にいる全員に礼をしてヅラウィは背を向けた。

 空中に溶けるように姿が見えなくなっていく。

 

「追え。逃がすな」

 

 アルマークが命令すれば、兵士長も飛龍隊に命令を発する。

 飛龍が一斉に空を飛び、ヅラウィの消え去った方へと飛んでいく。

 

「……見事なものではないか」

 

 アルマークがぼやいたが誰の耳にも残らない。

 

 彼は、残された民衆にヅラウィを必ず捕縛すると誓い、集会を散会させた。

 

 

 

 城の最上部で王とその側近、それに木村たちが集まっている。

 

 飛龍隊はヅラウィの痕跡を見つけられていない。

 探している彼らには悪いが、探し出すのは無理だとメンバーの全員が考えていた。

 

「いやぁ、すごかったですね」

 

 ウィルが唸っている。

 魔法の軌道を曲げられたことに彼はひどく驚いていた。

 

「私も手を叩くところだった」

 

 フルゴウルも自慢の筺から脱出された芸当の種がまだわかっていない。

 それどころか空中を歩いて躱す芸当に、魔法がまったく使われていないことに驚愕していた。

 

「はっきり言ってしまいますが、ここの兵士達だけで捕らえるのはまず無理です。私たちでも難しいですね。魔法以外も使っていました。今回は見物に徹しては?」

 

 モルモーが分析した事実を述べた。

 ついでに彼女の思いも合わせて口にする。これが言いたかっただけかもしれない。

 

 口にこそしないが木村の思いはモルモーのそれと同じである。

 もしもゲーム内ならクソイベだろう。カツラが変なことをして鬼ごっこするだけに違いない。

 

 しかし、異世界なら神イベならぬ髪イベだ。

 言葉にすれば同じである。髪の毛と鬼ごっこをするだけ。

 

 しかし意味合いはまったく異なる。

 髪の化物は住民にまったく手を出さない。命を助けてすらいた。

 それどころか兵士達にすら反撃をしなかった。

 

 ひたすらに芸を披露するだけだ。

 兵士達はコケにされて良い迷惑だろうが、死人が出ないならマシだ。

 今までのイベントにあった「死ありき」のスタンスがない。楽しむ余裕がある。

 おそらくこの点に関しては、パーティーメンバー全員(一人除く)の一致が得られるだろう。

 

 それはそれとして、木村が気になっていた点を尋ねる。

 誰に聞くのが良いか考えるが、やはり視覚情報で言えば彼女が一番だ。

 

「フルゴウルさんはヅラウィがどう見えたんです?」

「ん? ああ。人の姿を模していたが、人ではないね」

「やはりそうなんですか。見た目は人ですが、人の動きではなかったですよね」

 

 ウィルもフルゴウルの言にどこか安心しているようである。

 木村はウィルも人に見えていたと理解した。

 

「私にはカツラが一個体。下はなんだろうね。ぼやかされているが別の個体には間違いない。誰かに近いものがある」

 

 そう言って、フルゴウルがおっさんを見た。

 おっさんは無言。これは答えに近い時にする反応である。

 実は木村も、ヅラウィのやることにおっさんに近いものを感じている。

 意味のわからない位置移動や魔法のねじ曲げは、おっさんが何度かやっているのを見た。

 

「君はアレがどう見えたんだい?」

「髪の化物ですね。無数の髪が集まって動いてました。頭の派手なカツラだけは別だと思います」

 

 この言葉にウィルを初めとしたパーティメンバー、王や側近達も驚いている。

 どうやら木村とフルゴウル以外では、あれを魔物として見たものはいなかったようだ。

 

「私も驚きました。術技なら見破れるのですが、それも通すとなると、それ以外の芸当もありますね」

 

 どうにも厄介な相手である。

 性能に関して言えば、戦闘を抜きとして完全に格上と見るべきだ。

 少なくともウィル、フルゴウルの攻撃は、初見であっさりと対応されてしまっている。

 

 アコニトも同様だ。

 パーティの精鋭である彼女の攻撃は全ていなされた。

 悲しいことに猛毒無効なので、彼女の攻撃はほぼ無意味な行為になる。

 

 ちなみにアコニトは髪で縛られ身動きがとれないところを、おっさんに腹パンされて意識を失っている。

 ウィルとフルゴウル、ついでにモルモーも、彼女を呆れた眼で見ていた。

 今回は木村も擁護できない。むしろ彼も殴りたかった。

 

 ただ、時間が経てば怒りも薄れてくる。

 今はパーティーで唯一禿げ散らかし、髪の化物にもコケにされ、口から泡をふいて倒れる無残な彼女に同情を覚えつつある。

 

 木村は戦略家ではない。

 今後の方針を決めるに当たってはほぼ無意味な存在だ。

 席から離れて、ウィルやモルモーたちと一緒にお茶を飲んでいる。

 

 王と側近、フルゴウルが主になって話しているが、どこか力が入っていない。

 とりわけ王から気迫が欠けているように木村は思えた。

 

「ヅラウィを探しだし、捕らえる方向性は維持する。ただし、現れても深追いはするな。家捜しも中止とする。戦闘、捜索の両面において、民に手を出すことは固く禁じる」

 

 午前中までに見られたあからさまな積極性が見られない。

 どちらかと言えば、消極的な積極性だろうか。

 

「ストーリーが見えたね」

「どういうことです?」

 

 方針が決まったのでフルゴウルが木村たちの元へ戻り、早々に告げた。

 

「アルマークは、現時点で、ヅラウィを捕らえることを諦めている」

「でも、捕らえると話していたように聞こえましたが」

「表向きはね。民草にあそこまで吹いたのなら、捕らえようという姿勢は見せなければならない。しかし、実力は広場で見たとおりだ。どうやっても捕らえようとあがけばあがくほど、民を圧迫し、ひいては自らの首も絞める構図になる」

 

 離れかけていた人心が、演説により王に傾いた状態だ。

 ここでヅラウィを必死に追う選択肢をとれば、人心はまた離れていく。

 力量差もあそこまではっきりと見せられれば、この選択を採ることはできない。

 

「彼は戒厳令も解いた。人は以前のように外に出る。ヅラウィは人が集まるところに現れると言った。ヅラウィが現れてから無理せず追う。一種のショーだろうね」

 

 木村もふと怪盗と警部が鬼ごっこしているアニメを思い出した。

 鮮やかに逃げる姿はそれだけで人の心を湧きだたせる。

 

「逃げるだけでは芸がない。仕込みが髪だけとも思えない。おそらく別の趣向も凝らしている。『現時点で』と言ったのはそれだよ。わざと捕まる可能性もある」

「わざとですか?」

 

 なぜそんなことを、と木村は感じる。

 逃げ続ければ良いだろう。

 

「逃げて追うだけでは同じことの繰り返し。ヅラウィは今回の出来事をショーと捉えている。それなら王や兵士達にも見せ場を作るだろう。彼らもまた観客だ。ショーの臨時補佐役としてもやられるだけでは良い気持ちにはならないからね。彼らのためにわざと捕まる場面も作りうる」

 

 そんなものだろうかと木村は首を捻った。

 しかしながら、アルマークも積極性こそ見られないが、諦めた様子もない。

 フルゴウルが口にするように、見せ場が作られたタイミングで全力を懸けようとしているのか。

 

「なんにせよだ。今回はさほど危険はないだろう」

「ですよね」

 

 一番肝心なところである。

 やはり今回は過去のイベントのように血生臭いものがない。

 

「今回は見物することにします」

 

 木村もようやく自分の立ち位置を口にした。

 モルモーは小さく頷いてお茶を飲む。

 木村は残りの二人に告げる。

 

「それぞれが手を出したいなら出せば良いと思う。二人は彼の芸が気になってるんでしょ」

「ええ。彼の引き出しをもっと開けてみたいですね。新たな知見が得られるかもしれません」

 

 フルゴウルも同様である。

 二人の方向性を木村は否定しない。

 

「わかった。でも、全体的な方向性には従おう。住民に手出しはしない」

「当然です」

「もしも誰かが一般人に危害を加えるような場面に遭遇したら、被害を食い止めるよう動く」

 

 「誰か」の部分で木村はアコニトを見る。

 もちろん彼女もだが、広場の時のように一部の兵士が暴走することもあり得る。

 

 ウィルとフルゴウルは頷いた。

 ついでにモルモーも頷いてみせる。

 

 彼らの頷きを見てから、木村は気づいた。

 そもそもアコニトは戦力外なので、連れて来なければいいだけだ、と。

 

 

 

 六日目である。

 

 ヅラウィは昨日の時点で都の三カ所に現れた。

 まるで自らの顔を売るように、あちらこちらで出没している。

 

 噴水の水の上に立っていたり、壁をすたすた歩いてみせたりしていたとのこと。

 どれも兵士が追いかけたが、軽くあしらわれている。飛龍相手ですら、髪の首輪をかけて空を飛んでおちょくっていたらしい。

 

 木村たちも今日は外に出ている。

 人通りの多いところに出没する傾向があると聞いたので、一カ所に絞ってヅラウィが現れるのを待った。

 

「……来ないね」

「そうですね。別の場所だったかもしれません」

 

 すでに別の地区で出現したという情報は入ってきた。

 そちらには間に合わなかったので、ここで待ち伏せしているが出てこない。

 外に設けられた机でお茶をしているが、あまりにも平和だ。モルモーにいたっては寝ている。

 

 あちらこちらでヅラウィの話が聞こえてくる。

 昨日の広場での芸を始め、どこどこで見た、空を飛んだなどと話が飛び交っている。

 木村の聞く限りでは否定的な意見はさほどなく、自らの髪のことも忘れてゴシップに飛びついて楽しんでいる様子だ。

 

「少し歩いてくるよ」

「僕も周辺の状況を確認してきます」

 

 フルゴウルとウィルが席を立った。

 どうにも彼らはヅラウィの登場を待ちかねている様子である。

 座っているのが焦れったく、体を動かしていないと落ち着かないのだろう。

 

 ただ、この二人に席を立たれると木村としては地味に辛い。

 モルモーは寝ているので、無言のシエイとサシで飲まなければならなくなる。

 彼女は受け答えはしてくれるのだが、いかんせん受動的かつ端的なので会話はまったく弾まない。

 

 アコニトはクビになった。

 荒れていたが、酒を与えればすぐに静かになる。

 今はきっと、酒瓶を枕にしてイビキをかいて寝ているに違いない。

 

 おっさんもアコニトがいなくなり、今日の笑顔は曇りがない。

 なぜか空気椅子でお茶を飲んでいるが、もう木村には突っ込むという意識がなくなっている。

 

「ヅラウィをお待ちですか?」

 

 沈黙を破ったのは男の声だった。

 木村が振り向けばグランドが木村たちを見下ろしていた。

 彼は早々に王の側近から外され、元の見回り兵士に戻されてしまっている。

 

「どうぞ。座ってください」

「巡回中でありますので」

 

 グランドは手の平を見せて、席に着くことを拒んだ。

 顔は和らいでいるので、気持ちだけ受け取っておきますということだと木村にも判別ができた。

 

「待ってますが、なかなか現れませんね。この地区は外れかもしれません」

「いえ、どうでしょうか。先ほどから気配を感じております」

 

 木村も彼の言葉にピクリと反応した。

 グランドは特殊な感覚を持っている。姿を消した状態の木村たちも見つけてきた。

 巡回に戻されたのも城の上にいるよりも、ここに配置した方が価値があるからである。適材適所だ。

 

「え、いるんですか?」

「ヅラウィかは小官に判別できかねますが、周囲をうっすらと包み込む気配を感じています」

 

 木村はおっさんを見た。

 彼は昨日もヅラウィを一番に見つけていた。

 

「おっさんはどこにいるかわかる? そもそもいるの?」

「いるぞ。もっと周囲をよく見るんだぞ」

 

 本当にいるようである。

 木村とグランド、それにシエイも周囲を見渡す。

 

 見渡せども見渡せども見つからない。

 木村は早々に諦めた。

 

 シエイとグランドはまだじっくりと周囲の様子を窺っている。

 モルモーはすやすやと眠っており、おっさんは静かにたたずんでいた。

 

 「わかんね」と木村は肩をすくめ、お茶に手を伸ばした。

 お茶を口に含むと、視界に派手な色をしたカツラと髪の化物が見えた。

 

 ぼんやりとした焦点を木村は合わせる。

 ヅラウィがそこにいた。しかも、目と鼻の先だ。

 まさにウィルが座っていた席に腰掛けて、木村を向いている。

 

「へあっ!」

 

 木村は驚いて変な声を出した。

 その声にシエイとグランドが反応し、視線を木村に落とし、同時にヅラウィに気づく。

 

「ティータイムです。どうかお静かに」

 

 シエイとグランドの初動をヅラウィは一言で止めた。

 カツラと髪の化物がお茶を飲んでいる。どこに液体が消えているのか木村は気になった。

 少なくとも地面には液が垂れている痕跡はない。

 

「君はわたくしが見えている。違いますか?」

「……え、そりゃ見えてますけど」

「『正しく』見えている」

「正しくかどうかは知りませんけど、髪がいっぱいだなって」

 

 おそるおそる木村は答えた。

 唐突に異形から問いを投げられても、答えることができている。

 彼も異世界で成長しているのだ。あまり嬉しさのない成長である。なにより彼自身に成長したという自覚がない。

 

 ヅラウィが立ち上がった。

 シエイとグランドが警戒する。

 他の一般人も気づき、ところどころで声が上がった。

 モルモーが目を覚まし、隣にいるヅラウィを見て、「夢か」と寝直した。

 

「見苦しい姿をお目に掛けてしまい、たいへん申し訳ありません」

 

 ヅラウィは深々と頭を下げてわびた。

 木村も急に頭を下げられたのは驚いたが、わびている理由はわかった。

 

「わたくしも日々の芸に胡座をかいてしまったようです。心を新たに芸も研きをかけていきます」

「あ、気にしないでください。おそらく特殊な魔法か何かで人の姿を見せているんでしょうが、僕はそういうのが効きづらい体質なので」

 

 ウィルもこの点に関しては言及していた。

 あくまで効きづらいだ。光学的なものや音、振動による魔法は通ることもある。

 モルモーのように姿を変える、大きな音を出す、地面を揺らすといった魔法は木村でも影響をそこそこ受ける。

 

 一方でアクティブな魔法。直接、肉体や精神に働きかける魔法はほぼほぼ通さない。

 どう判別しているのか不明だが、特に害のあるものはまったく効かない。

 空間移動や治癒、魔法により作られた薬はそこそこ通る。

 

 今回のヅラウィの魔法あるいは術に相当するものがこちらだ。

 姿を変えているのではなく、ヅラウィの見せたい姿を相手に見せている。

 もしも、光学的な姿を自身に貼り付けるタイプなら木村でも姿を見通すことはなかった。

 

「関係ありません。舞台に立った以上、わたくしは芸人で、あなたは客。芸人は客に違和感を覚えさせてはなりません」

「そういうものですか」

 

 話していて木村はわかった。

 このヅラウィは職業意識を強く持っている。

 仲間で言えばゴードン、リン・リーあたりと同じ感覚だ。

 自分の役割に自信を持ち、その道において妥協を許さない。木村から遠い世界の住人だ。

 

「でも、もう見慣れてしまいました。尻尾が歩くところも見てますし、髪の塊が動いても不思議じゃないよなって。それと昨日の広場での立ち回りも楽しんでみさせてもらいました」

「それは重畳。それであれば残りの日程もわたくしの芸をとくとお楽しみください」

 

 そこまで言うとヅラウィはくるりと振り返った。

 どうやら話は終わりのようだ。

 

 木村はヅラウィに出会ったら、「住民に危害を加えるつもりがあるのか」と尋ねるつもりだったが、すでに彼の中で答えは出た。

 声にして尋ねるのも野暮なので座ったまま、ヅラウィが立ち去るのを見送る。

 

「もう良いかな?」

 

 ヅラウィの立ち去る前方に、金色の髪を携えた女性がいた。

 フルゴウルである。片手にご自慢の金筺を出し、臨戦態勢である。

 姿は見えないがきっとどこかにウィルも待機していると木村は考えた。

 

「これはお待たせ致しました。わたくしに御用でしょうか?」

「昨日は逃げられてしまったからね。少しどの程度か試してみようかと思うがよろしいだろうか」

 

 「ご随意に」と恭しくヅラウィは手を出した。

 戦闘はその瞬間に始まる。

 

 フルゴウルが手に出していた筺を飛ばし、同時にヅラウィの周囲に別の筺が展開される。

 手から直接出した筺の方が、性能は高いと木村は知っている。

 

 逃亡と被害を、外側に展開した筺で抑えてから、内部で攻撃用の手から出した筺を爆破か拡張させる寸法だろう。

 爆破なら素早い攻撃になるし、拡張なら外側の筺と挟まれて動きを封じる攻撃となる。

 

「これはなんと摩訶不思議!」

 

 投げられた箱が膨らむ。拡張である。

 ヅラウィが膨張した筺に押され、外側の筺と拡張する筺との間に挟まれようとしていた。

 

「……なんだと?」

 

 フルゴウルが驚きのあまり眼を見開いた。

 木村も驚いている。

 

 ヅラウィは内側の筺には押されたが、外側の透明な筺はスルーした。

 まるで外側の筺などない様子で押された勢いのまま外に出てきて、数歩で勢いを殺して止まった。

 

「危なかった。髪が通る隙間がなければ圧死するところでした」

 

 フルゴウルがまたもや筺を展開した。

 今度は両手に筺である。

 

 両手から筺を飛ばし、すぐさま生成し、それもまた飛ばす。

 ヅラウィの周囲にブロックのように筺の檻が形成された。

 筺が徐々にヅラウィへと狭まり、彼を圧し潰す。

 

「こ、これは髪一本の隙間も――」

 

 ヅラウィが今度こそ圧し潰された。

 木村から見れば、髪がプレスされただけである。

 他のヒトから見れば、ヅラウィが筺の平面に潰され、広がったように見えていた。

 

「この系統では無理そうだね」

 

 フルゴウルが筺を消した。

 筺が消えれば、髪はまた密度を取り戻して元の髪の群体に戻る。

 もちろん木村から見れば不思議ではない。しかし、一般人から見れば奇々怪々である。

 潰れて平面にまでなった人間が、筺が消えるとまた元の人の姿にむくむくと戻ってしまったのだ。

 

「さてウィルくんは準備ができたかな」

 

 返事の代わりに、石ころが飛んできた。

 硬い音を立てて石ころがヅラウィの近くに転がった。

 同時に、フルゴウルが筺を展開した。ヅラウィと石を囲むように数枚を急ぎ展開。

 さらには手からも筺を出して壁のようにヅラウィを囲っていく。

 いつの間に眼を覚ましていたモルモーも魔法を唱えた。

 

「こういう危ないのは事前に打ち合わせをして欲しいですね」

 

 ぼやきつつもヅラウィの周囲に魔法が形成されていく。

 

「ムム」

 

 投げられた石が赤く光を帯びる。以前見たウィルの魔法だと木村も気づいた。

 赤の光がゆっくりと膨らみ、ヅラウィを巻き込んで筺いっぱいに広がり充満する。

 真っ赤に近づいた光は筺数層を割って、筺の内部を灼熱に変える。

 

 フルゴウルが手を動かし、同時にモルモーも何かを呟く。

 筺が圧し潰され、赤は凝縮され、光も白に近づいていった。

 

「……化物め」

 

 フルゴウルが苦々しく呟く。

 筺が小さくなっていくとヅラウィが平気な様子で現れた。

 

 筺の平面は彼を平然と通過し、ヅラウィの手元に炎の球体だけが残る。

 その炎の球体を飲み薬かのように彼は飲み込んだ。

 

 飲み込んでしばらくするとボフと音がして、わざとらしく開いた口から煙が勢いよく吹き出す。

 古くさいファンタジーアニメ的な表現であった。

 

「あれ、どうやってるの?」

「キィムラァ、芸の最中にネタを聞くものじゃないぞ」

 

 苦言を呈されてしまった。

 もはや芸を超えていると木村は感じるが、おっさんが言うこともわかる。

 もっと突き詰めれば、おっさんには種がわかっているようだ。

 

 兵士達も現れたので、ウィル達も出番をそちらに譲る。

 彼らも追うが、フルゴウルらでも無理なので彼らでは到底無理だ。

 それでも、ヅラウィの逃げ方がいちいち一手間仕込みがあるので、周囲も驚きこそあれど恐怖や焦燥はなく、ワクワクした表情で見ている。

 

「もう少し追ってみようか」

 

 フルゴウルが歩き始めた。

 モルモーは追う気がないようでティーカップに手を付ける。

 視界の端にウィルの姿も見えた。どうやらかなり遠距離から先ほどの攻撃を仕掛けたようだ。

 他の部署から呼ばれた兵士もやってきて、空を飛龍が飛んでいく。

 

 慌ただしい情景だが、木村は好ましいと感じている。

 これだけ人が動いていて、それでいて彼らの中に大量の屍を作る意図を持つ者が誰もいない。

 ただただ慌ただしいだけの催し。これこそが本来のイベントの在り方ではないか。

 

「良いイベントだね」

 

 おっさんもモルモーも返事をしない。

 それでも木村の心は悪くならない。同意を求めたものではない。

 彼の心から湧き出た思いだ。

 

 もうじきイベント期間も半分になるが、残りの半分も騒がしくなりそうだ。

 騒がしくなっても、今までのような凄惨な未来が見えない。

 こういう騒がしさが続いていくのだろう。

 

 遠ざかっていく喧噪に耳を傾けながら、木村は目を瞑った。

 

 緊張もなくなって眠気がやってきたのだ。

 

 意識も薄らぎ、遠のいていく。

 

 ……おやすみ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピッピコーン!

 

 遠のきかけた意識が一瞬で目の前にやってきた。

 「グッモーニン!」と扉を蹴破って現れる最悪の目覚ましである。

 

 眼を開くと、モルモーも眼を見開いている。おっさんはにこやかだ。

 シエイはまだこの最悪の音に慣れ親しんでおらず、いつもどおり平静であった。

 離れつつあったフルゴウルとウィルも聞こえてしまったのか、ピタリと足が止まっている。

 

「キィムラァ、手紙が来たぞ」

 

 おっさんがタンクトップから手紙を出した。

 もうちょっと出すところを考えろといった突っ込みも今はしない。

 

 心を平静に保ちつつ、ゆっくりと封筒を手にする。

 ざわざわとした手触りが、今後の展開を指し示しているようで背筋が気持ち悪くなった。

 

 手紙を取り出し、折りたたまれた紙をじわじわと開く。

 開ききる前に目を閉じて軽く息を吐き出す。

 

 木村は考える。

 おそらく事務連絡だ。

 あるいは、イベント後半の案内だろう。

 そうに違いない。

 

 そう信じ込み、深く息を吸いつつ木村は眼を開いた。

 

 手紙の題名はシンプルだ。

 

 

 

「“討滅クエストⅡ開催”」

 

 

 

 心穏やかなイベントは、悲鳴と絶命のイベントに様変わりしようとしていた。

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