チュートリアルおじさんと異世界巡り   作:雪夜小路

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Ⅶ章.レベル61~70 後半

102.イベント「私のカツラを知らないか?」5

 

 「討滅クエストⅡ」というたった七文字の文字列が頭に響き渡る。

 

 木村はタイトルだけ読み、手紙を折りたたんでテーブルの上に置いた。

 カップに手を付け、残っていたお茶を一気に飲む。困ったことに味がしないし、ぬるい。

 

 そして、目を閉じる。

 

 どうして今なのか?

 今じゃないと駄目なのか?

 どうしてイベント終了を待たない?

 だいたい、なぜいつもいつも穏やかな時期にやってくる?

 

 なぜ、どうして、と疑問が次々と湧いてくる。

 怒りもジワジワと彼を支配しつつあった。

 

 先ほどまであった清流のごとき静かな思いが淀んだ濁流へと変容していった。

 ちなみに最後の問いの答えは、「とりま展開に困ったら討滅クエストでいいか」という筆者の脳死状態によるものである。ごめんね。

 

「いつからなんですか?」

 

 モルモーが穏やかに尋ねてくる。

 木村は再び手紙を手に取る。意味のない問いだ。

 どうせ今すぐにでも始まるのだろう。ところが予想は裏切られた。

 

「……あれ?」

 

 諦め半分で手紙を手に取り、内容を読むと明日から開催のようだ。

 いつもよりもやや開催のタイミングが遅い。

 それに文章が長い。

 

「明日からみたい」

 

 明日から七日間である。

 イベントストーリーで言えば、七日目から十三日目までが被るわけだ。

 

「ええっと……、『前回の開催時に難しすぎるという意見を多く頂いたため、今回は特別に、』」

 

 そこまで読んで、木村は続きの文字列を見て言葉が止まった。

 いつの間にか木村の近くまで来ていたフルゴウルやウィルは、木村の青ざめた顔を見た。

 

「『日替わりで強力な助っ人を送らせていただきます』」

 

 全員が沈黙した。最悪の上塗りである。

 討滅クエストⅡだけでもクソなのに、助っ人まで来たらどうしようもない。

 強力な助っ人を送るよりも難易度を落とす方が先じゃないのか。

 

「助っ人の何が問題ですか?」

 

 前例を知らないシエイが尋ねた。

 木村は答える気力を失っていたので、代わりにウィルが答える。

 

「以前の討滅クエストでは、助っ人としてワルキューレの一体が来ました。ゲイルスコグルですね。彼女はデモナス地域西部の住民を皆殺しにして去ったんです」

 

 これにはシエイも沈黙しかない。

 全員が始まる前からお通夜ムードとなる。

 

「続きはあるのかな?」

「……あっ、『助っ人の有無は選択できます』だって」

 

 全員がほっと息を吐いた。

 ちゃんと最後まで文章を読まないと駄目だった。

 なお、助っ人無しで倒せた場合はボーナスドロップがあるとのこと。

 助っ人有りでもそこそこのドロップが見込める。初心者から中級者の救済措置なのだろう。

 

「助っ人キャラクターの日程表も出てる。これを参考に、呼ぶか呼ばないか決めても良いかも」

 

 木村は日程表を読み上げていく。

 

 1日目:デザチュー

 2日目:大鷲アッきゅん

 3日目:ステュクス

 4日目:侵蝕結晶クリスたん

 5日目:スクルド

 6日目:クロートー

 7日目:ラケシス

 

「……助っ『人』?」

 

 読み上げる声が途中からぎこちないものに変わった。

 いくつか知らない名前もあるが、おそらく大半が人間ですらない。

 最初のデザチューなどは初回イベントストーリーのボスだ。

 

「もしかしてイベントストーリーのボスじゃない?」

 

 共通点を探せばボスらしきものの気がしてくる。

 5日目のスクルドも前回のボスだった。

 2~4日目は知らない。

 

「5日目まではそのようだね。1日目と2日目は呼んでも大丈夫だよ」

「どうし……ああ」

 

 聞き返す途中で木村は気づいた。

 1日目のボスをイベント敵キャラに渡したのがフルゴウルであり、2日目のボスもおそらく彼女が配ったボスだ。

 今でこそ彼女は大人しいが、カゲルギ=テイルズ世界での生前は、良くない組織のトップである。

 

「その二体は制御できる。三日目はわからないね」

「呼んではいけません」

 

 モルモーが口を出した。

 どうやら知っている雰囲気である。

 

「ステュクス神は冥府を流れる川の管理者です。川の神と思ってください。ここに呼べば都が水没します」

「え、そんなやばい神なんですか?」

「彼女の尊厳のために言っておきますが、冥府の神の中でもかなり良識に寄っているかたです。私の上司よりも大らかなくらいですから。しかし、力の扱いに関してもまた大らかなので、まともな制御は期待できません。水没で済むだけならマシだと考えるべきです」

 

 水没で済むだけならマシってどういうことだ、と木村は首を捻る。ここ数日で首を捻りすぎて痛みを感じるほどだ。

 他の人も同様だった。疑問を浮かべる仕草を見て、モルモーが補足を加えた。

 

「彼女の操る水はただの水じゃないんです。生者が彼女の水に触れると不死身になります。都の住人が死ぬことなく溺れ続ける地獄を見たいですか?」

 

 もちろん誰も見たくない。

 3日目はスルー推奨だ。

 

「4日目が謎だね」

「自分に推論があります」

 

 シエイが口を出した。

 彼女が王都の地下で体験した話である。

 

 アピロが奇妙な結晶を持っていた。

 その結晶を体内に入れられると体が結晶化し、意識を奪われたということだ。

 そこから先は木村たちも知っている。結晶化したシエイたちを倒したのが木村たちなのだから。

 

「4日目もスルーかな」

 

 うまく機能すれば手に入るものは大きい。

 もしも下手に機能すれば、王都での悲劇が再来する。

 

「5日目以降は……」

 

 運命の三姉妹が一柱ずつ来てくれるわけだ。

 5日目は前回のイベントボスキャラだったスクルドである。

 話はできるが、話が通じる相手かと問われれば、首を横に振らざるを得ない相手でもあった。

 

 6日目はアコニトの記憶の中で会った、姿以外はどうにもうさんくさい女神。

 7日目は選択を強要してくる女神。まだ詳しい顔は知らない。

 

「4日目の状況を見てだね。ワルキューレが出ると私は出られるかわからないね」

「私もワルキューレを呼ぶなら絶対に出ませんから」

 

 二人が出陣を見合わせる声をあげた。

 フルゴウルは女神の莫大な魔力が目に見えてしまるからであり、モルモーはワルキューレとの過去によるものだ。

 

「僕は出てみたいですね。今なら彼女の神気にも堪えられるかもしれません」

 

 逆に前回、気絶しかけたウィルは出たそうにしている。

 黒竜との特訓の成果を示す場所として考えているに違いない。

 

 けっきょく五日目以降はその時の状況次第とした。

 

 

 

 城に赴き、木村たちはアルマーク一世に明日からのイベントについて説明をおこなう。

 

 油断していたタイミングでの突発的なイベントに誰も彼もが驚く。

 すぐさま対策会議が始まった。

 

 対策とは言っても敵の姿がわからない。

 前回は水の館との同時開催で、敵は水の館にとらわれ中の用心棒にやられてしまっている。

 

「三体はいる」

 

 まず、間違いないところから確認する。

 宝箱は三回出ていたので、敵の数は三体。同時ではなく順番に出てくる。

 

 ウィルとフルゴウルも観察していたので、彼らの気づいた点を述べていく。

 

 一体目は巨体である。

 最初に見られた魔力量は三体の中で一番多い。

 シンプルに強敵だと考えられる。

 

 二体目は、最初が小さな影で徐々に大きくなった。

 ダメージを与えるたびに、巨大化していく敵と推測される。

 さらに、大きくなったときは単体での魔力量が三体の中で一番多い。

 

 三体目は、大きさは不明だが数が徐々に増えていった。

 最初から増えるのか、ダメージをトリガーにして増えるかはわからないが数で攻めてくると考えられる。

 

 出現時刻はわかる。

 前回と同様に朝6時と推測される。

 問題は場所だ。ドライゲンに現れるのは確実だが、どこかが不明だ。

 木村たちも強さこそ増しているが、移動手段に関してはカクレガに頼るのみである。

 要するに中近距離の高速移動に適した乗り物がない。CP-T3も速いが、縦の移動に弱く、段差の多い都市は不向きだ。

 

「ワイバーン城から全方位を監視し、魔力が観測され次第、飛龍で君たちを運ぶこととする」

 

 アルマークからの協力態勢もあり、出現から戦闘までのタイムラグは短くできる流れになった。

 それでもラグはあるため、各地域における対策案を急ぎまとめて通達するようである。

 木村は飛龍に乗ることができるとわかり、内心ではかなり嬉しいのだが状況が状況なので顔には出さない。

 

 助っ人は、初日は呼ぶことにした。

 呼んだ時の状態を見ておきたい。ゲームなら文字通り助っ人だろう。

 しかし、ここは異世界である。呼んだら前回と同様に敵対しましたでは洒落にならない。

 

 幸い、初日にやってくるデザチューは核が見えるフルゴウルからすれば、命を常に手中に収めているものだという。

 デザチューの現れた際の動きを鑑みて、二日目以降の判断材料にする。

 

 パーティーメンバーに関しては、助っ人で一枠が削られるとのことだ。

 今のメンバーからシエイを抜かしたウィル、フルゴウル、モルモーで初日を迎えると決めた。

 

 

 

 翌朝である。

 

 木村が朝起きたら部屋に黒い靄があった。

 疲れて視界がぼやけているわけではないと彼が気づいたのは、靄が彼に向かって動いた時である。

 

 デュー、デューと風の強い日に窓の隙間から鳴るような音が部屋に響く。

 木村がこの音を鳴き声と気づいたのは、黒い靄が大きな鼠の形を取ってからだった。

 

「え、早くない?」

 

 時刻はまだ5時過ぎのはずだ。

 なぜか木村のベッドだけはタイマー付きである。

 

 デザチューが呼ぶか呼ばないかを決める前に部屋に来てしまっている。

 木村では敵意があるのかないのかも判断付きかねる。

 

 あまり刺激しないようにゆっくりとベッドから降りて、背を向けずゆっくりとドアへと後ずさる。

 デザチューも木村に気づき、動きを止めてジッと見てきた。

 

 扉が開き、木村は一目散に逃げ出した。

 背後からデュデュと元気な鳴き声が聞こえてくる。

 キャラたちは強くなり身体能力も大幅に上がっているが、しょせん木村は木村である。

 

「うわっ! わぁ!」

 

 あっという間に追いつかれ、のしかかられた。

 のしかかられたが、重みがほとんどない。薄衣一枚羽織っている感覚があるほどだ。

 よくよく考えると靄のようなものなので重さはないに等しいのかもしれない。

 車のスモークガラス越しのような薄暗い景色になってしまっているがそれ以上の害はない。

 

 危険がないとわかれば、デュ~という鳴き声もなんだか可愛げを感じる。

 このままでも困るので木村は訓練室にむかう。早朝だがおっさんやウィルは特訓や体の慣らしを始めていると予想したためだ。

 

 

 訓練室に行けば、目論みどおりウィルとおっさんがいた。

 フルゴウルも軽く体を動かしている。モルモーは朝が弱いので来ていない。

 彼らは木村が入ってくると、視点を木村に固定した。もちろんデザチューを見ている。

 逆に木村から見れば、彼が見られているようでなかなか恥ずかしいものがある。

 

「おや。もう助っ人を呼んだようだね」

「呼んでないです。起きたら部屋にいました。それとおはようございます」

「ああ、おはよう。ずいぶんと懐いているね。私の時は常に距離を取って、歯を見せて立っていたのだが」

 

 「それは敵対者として威嚇されているのでは?」と喉元まで出かけた言葉を木村は飲み込んだ。

 

 筆者もハムスターを飼っているので知っている。

 彼ら・彼女らは敵対者には立ち上がって歯を見せ威嚇する。自分を大きく見せようというものだろう。

 その立ち上がり状態もさらなる危機を迎えると仰向けに倒れ、腹を見せつつもぞもぞ暴れる。可愛い。

 見た目は可愛いのだが彼らにとっては極限状態で、ストレスで病気の原因になるので見たいからといってやるのは避けるべきだろう。

 なお、最初から抵抗を諦めている時は石のように固まり、機を見て高速撤退する。

 

「これ、懐いているんですか?」

 

 ウィルがデザチューの姿に疑問を呈した。

 彼は上から下まで木村とデザチューの様子を見ている。

 木村は自身の姿が見えないのでどういう状況になっているかわかっていない。

 

「あちこちをかじられていますよ。痛くないんですか?」

 

 ガジガジと木村は頭をかじられている。

 攻撃は無効なのでダメージは一切ない。デザチューに、食べられるものかずっと確認されていた。

 

「えっ、怖くなってきたんだけど……」

「やれやれ」

 

 フルゴウルが筺を出して、木村に投げる。

 靄の一点で筺が止まり、筺の内部に黒い靄を捕らえた。デザチューの核である。

 

 木村の周囲の靄が晴れていって、視界も通常のものに戻っていく。

 

「協力的かどうかはわからないが制御はできるね」

 

 フルゴウルが筺を拾い上げて、実演してみせた。

 筺の中では黒い靄が暴れている。デザチュー、ゲットだぜ。

 

 

 戦闘力になるかどうかはおいておき、とりあえず連れて行ってみることになった。

 

 

103.イベント「私のカツラを知らないか?」6

 

 木村たちは城に集まっている。

 

 数日前にアコニトやグランドと見て回った飛龍用の飛び口(ゲート)の前だ。

 まさか自らがここから飛んで出るとは思っていなかった。

 

 すでに木村たちはあてがわれた飛龍に乗っている。

 一頭の飛龍に乗れるのは二人までで、操り手は必須なのでパーティ三人と木村、おっさんの五人がそれぞれ別の飛龍に乗る。

 木村やウィルはどうにも飛龍の上が落ち着かないが、モルモーやフルゴウルは落ち着いている。

 おっさんに関しては、あまりにも堂々としすぎており操り手の方が緊張していた。

 

「すぐに始まります」

 

 メニューの時計は05:59に変わった。

 残り1分で討滅クエストⅡが開始される。

 

 飛び口が開かれた。

 容赦ない強風と遙か遠くまで見渡せる展望が木村たちを襲った。

 さすがにフルゴウルとモルモーもこの景色には慣れておらず、表情に緊張が混じる。

 

 一方で飛龍と操り手は慣れたものである。

 むしろ彼らにとって風はある程度なければ飛行が落ち着かない。この程度の風は心地よいほどである。

 この遙かまで見渡せる展望も、空に彼らの飛行を遮るものがないことを示す光景に他ならない。

 

「――始まりました!」

 

 時計の表示が06:00を示した。

 木村の宣言はさほど意味がない。一部キャラを除く全員がそのおびただしい魔力を肌で感じた。

 

 飛龍とその操り手は現れた魔力量におののいたが、今度は逆に彼らが後ろに乗せた者たちの落ち着きを肌で感じ取った。

 無論、ウィルやフルゴウルもその魔力量に恐怖を感じているが、前回までの敵と比べればまだマシだ。

 これまでの強敵との戦闘経験から油断はしていないが、戦う覚悟はできている。

 

 飛龍隊の隊長が声をかければ、木村の乗る竜が翼を広げ、地面を蹴った。

 ジャンプをしたような浮遊感を数度繰り返すと、飛龍は飛び口から身を投げる。

 落ちていく感覚もわずかな瞬間だけだ。飛龍は翼をうち、空気を切り裂きつつ飛行を始める。

 

「うわぁ! すごい!」

 

 木村から出る声は状況の喫緊さを鑑みるに間抜けだった。

 彼も飛行機に乗ったことはあるが、上空をこのように窓も壁もない開放状態で飛ぶのは初めてだ。

 恐怖はもちろんあるが、肌に打ちつける空気の圧力、鼓膜を鳴らす風の騒音、迫り来る地上の景色と声を抑えることができなかった。

 

 飛行はあっという間だ。

 討滅クエストⅡの敵が目視できる距離に入った。

 

 予想どおり、一体目の姿は建物の天井と並ぶほどに大きい。

 白い毛に覆われたゴリラのような姿だ。「ような」と付けたのは頭と手と足が多いからである。

 頭は二つ、手は四本、足も四本である。力自慢のようで腕を大きく振るって暴れている。

 

 かなり早くたどり着いたとはいえ、少なくとも一分はかかった。

 それでも周囲の建物や人的な被害は見られない。敵を止めるはずの兵士も距離を取っていた。

 

「よっと! 危ない危ない! はい。こちらにご注目!」

 

 白ゴリラと戦っていたのはヅラウィである。

 戦うというよりも白ゴリラがヅラウィを襲い、ヅラウィが華麗に翻弄しているだけだ。

 ヅラウィはアコニト同様に攻撃を躱すだけで攻撃をしていない。

 闘牛を制御するマタドールのごとくであった。

 魔物すらも客とみている節がある。

 

「このまま始めよう」

 

 フルゴウルの判断により戦闘に介入することになった。

 フルゴウル、ウィル、モルモーが三方に分かれ、飛龍に乗ったまま魔法を行使する。

 

 白ゴリラは毛が硬く、魔法の効きもさほど良くはなさそうだが、運が良いことに行動パターンが極めて単調だった。

 木村はそのパターンに気づき、連れてきていたケルピィに伝える。

 ケルピィはすぐにサポート役のメッセに伝えた。

 

「伝令。『ゴリラは最後に攻撃した相手を狙う。三方向から順番に攻撃を』、以上」

 

 伝言はメッセから戦闘メンバーに伝えられた。

 その後は、ゴリラを中心においたトライアングル型に配置し、ウィルが魔法で攻撃、白ゴリラを引きつけたところでフルゴウルが攻撃、フルゴウルに引きつけたところでモルモーが……。

 これを繰り返していく。ヅラウィはこちらの戦闘には混ざらず、遠くから戦闘をみていた。

 兵士達にも討滅クエストⅡの戦闘中はヅラウィを無視するよう指示が出ている。

 

 白ゴリラの損傷は徐々に増えていき、ついに倒れるに至った。

 攻撃方法が途中で変わったのは全員が肝を冷やしたが、標的の習性が変わらないのは助かった。

 頭が二つも付いているのに、どうやら考える力はどちらの頭にも備わっていなかったようだ。

 白ゴリラが光に消えていき、結晶状の宝箱が現れる。

 

 

 今はまだ宝箱を拾わない。

 二体目が現れるの待つ。次が問題である。

 ここでの問題とは戦闘以前に出現位置だ。どこに現れるのか。

 飛龍に乗ったまま戦闘を続けたのは、一つにこれが理由なのもあった。

 一体目とまったく違う地点に現れるなら、すぐさま移動が必要になってくる。

 

「現れた!」

 

 白ゴリラ討伐位置から、緑色の敵が現れる。移動は不要だった。好機である。

 馬のような体躯だが、頭には二本の角がある。鹿だ。

 

 体は白ゴリラと比べるまでもなく小さい。

 木村が修学旅行で見た鹿と、同じくらいのサイズだ。色こそは緑だが、目もくりくりして可愛らしい。

 煎餅が好きそうだなぁ、と木村は思った。

 

 木村が見た目に油断していたところで、フルゴウルとウィルは容赦なく魔法を行使する。

 緑鹿に火と筺が触れると、鹿は口をわずかに開けて鳴いた。

 建て付けの悪い扉のような軋む音だ。

 

 木村も修学旅行を思い出す。

 鹿はもっと情緒豊かで穏やかな鳴き声だと思っていた。

 しかし、鳥肌が立つような高音で長く鳴く。昼ならまだしも夜なら不気味さを感じざるを得ないだろう。

 

 この緑鹿も同様だ。

 鹿が鳴けば、その体躯が大きくなった。

 話をしていたとおり、攻撃により体が大きくなる敵のようである。

 

「注意してください! 何か来ます!」

 

 緑鹿の白い角が怪しい光を帯びる。

 赤い炎と金色の筺が鹿の周囲に現れた。

 

 すぐさまウィルとフルゴウルが情報を共有する。

 鹿の周囲に現れた炎と筺は、鹿が出したものであり、その力は二人の力と同質のものだと。

 

 すなわち、この鹿は相手の属性を真似る。

 

 ウィルとフルゴウルが鹿の放った魔法に対抗して同じ魔法を放つ。

 打ち負けたのはウィルとフルゴウルの放った魔法である。

 鹿は真似るどころか強化して放っていた。

 

 手数こそ多くないが、反撃の魔法は強力だ。

 さらには鹿へのウィルとフルゴウルの魔法攻撃が効いていない。

 

 モルモーが横から手を出して、二人の魔法を打ち消す。

 さらに鹿への攻撃を放つ。

 

 鹿はまたしても鳴き、体を大きくさせる。

 さらに今度はモルモーの魔法も取り込んだ。フルゴウルの筺とモルモーの水が鹿の周囲に浮く。

 

「二人の魔法を真似て耐性も得る。三人目の魔法を得た場合は最初に真似た魔法が上書きされる?」

 

 木村の予測にケルピィも同意を示した。

 ケルピィはそれであれば単純だとメッセごしに指示を出す。

 

「伝令。『兵士二人に弱い魔法を使わせて敵を攻撃させる。その後は戦闘メンバー同時攻撃。攻撃後はまた兵士二人で弱い魔法で攻撃し、こちらの攻撃。これを繰り返す』。以上」

 

 指示は伝えられた。

 兵士二人の弱い魔法を真似た鹿に戦闘メンバーが強力な魔法で攻撃する。これはダメージが通る。

 しかし、上書きし耐性を得るので、また兵士の弱い攻撃で攻撃手法と耐性を変える。

 この繰り返しで飽和的に攻撃を加えていく。

 

 安定して戦えているのを見つつ、木村は冷や汗を出している。

 一体目は行動パターンが単純だったのでさほど考えていなかったが、二体目になり討滅クエストⅡが難しすぎると言われたかわかってきた。

 

 二体目は特にわかりやすい。

 四人パーティーで、うち二人の攻撃が真似られて無効化もされる。

 とてつもなく厄介だ。真似されるのが一人なら、弱い奴に攻撃させればいいが二人は厳しい。

 もしも二人が倒れて復活させる手立てがなければ詰みだ。一人倒れてもほぼほぼ詰みに近いだろう。

 しかも体が大きくなるにつれ、真似の攻撃も強力になっていく。ヅラウィが相殺し損ねた攻撃を逸らしてくれているが、もしも彼がいなければこの辺りは火の海になっている。

 多くの兵士達による協力あってこその戦術だ。

 

 一体目も行動パターンこそ単調だが、攻撃はシンプルに強力だったろう。

 仮に、あの白ゴリラの単純な殴り攻撃を食らえばダメージはどれほどだっただろうか。

 もしもゲーム内の戦闘なら単純に力押しで敗れていた可能性もある。

 

 考えているうちに緑鹿も倒れた。

 最後の三体目である。パーティーや兵士達の士気は高い。

 その一方で、木村は最後の一体が怖くなってきた。ものすごく嫌な予感がする。

 嫌な予感がしつつも最近はこの予感が外れることが多いので、かえって完全勝利の前触れの気配もある。

 

 斯くして三体目。

 黄色のひよこがピヨッと出てきた。

 

 一体目は明らかな白ゴリラの異形で、二体目は鹿に近かったが、三体目は捻りも何もないひよこだ。

 大きさこそ実物のひよこではなく、膝下サイズなのだがそれ以外はまんまひよこである。

 ピヨピヨと鳴きつつ周囲をとことこ歩いている。攻撃する素振りも見せない。

 二体目までは敵と即断されていたが、三体目で迷いが生じた。

 

 フルゴウルとウィルも攻撃を躊躇った。

 あまりにも敵としての気配が薄く、それが二人を警戒させた。

 

 ピヨッとひよこが鳴く。

 ひよこが分裂した。

 

「へ?」

 

 全員が目を疑った。

 分裂というには体の大きさは変わらない。

 分身という表現が正しいかもしれない。分身にしてはどちらも実体がはっきりしすぎている。

 ますます手が出しづらくなり全員が静観に回った。

 

「完全に同個体だ」

 

 フルゴウルから周囲の全員に伝えられた。

 伝えられると同時にひよこはまたしてもピヨッと鳴き、それぞれが分身する。

 悪意が渦巻く殺伐とした雰囲気の中に、突如訪れた無垢で癒やしの存在に全員の手が止まった。

 

 四体のひよこが都市を攻撃するでもなくとてとて歩く。

 一体が転んでもごもごと短い足をじたばた動かす。場が完全に和みつつあった。

 

 ひよこがさらにそれぞれ分身し、数を八にする。

 増える間隔がわずかだが早まっていた。これに気づいたのは時間を計っていたウィルである。

 

 現況の趨勢を唯一正確に把握したのはやはりフルゴウルだった。

 彼女の背に冷たい汗が流れた。

 

「――まずいぞ! 総攻撃を加えろ! 今すぐにだ!」

 

 フルゴウルが目を見開いて指示を出した。彼女らしくない怒号である。

 彼女自身は他の動きを見ることなく、ただ一人ひよこに容赦ない攻撃を加えていく。全力である。

 

 ひよこは攻撃を受けて、ぴよよと驚きながらまた増えた。

 一体なら可愛い。二体なら微笑ましい。四体なら増えたかな。八体なら多い。今や十六体である。

 趨勢の正しい理解はできておらずとも、数の多さにフルゴウル以外も気圧され始めていた。

 

 木村はフルゴウルの焦りを理解した。

 彼もこれに類する話を知っている。ウイルス感染の話だ。

 もしも早期に抑え込まなければ、時間経過とともに爆発的に感染者が増えるという理屈である。

 今回の場合、十秒で各個体が分身すると仮定すれば、三分あれば数は二六万になる。五分あれば十億にものぼる。

 しかも分身の時間間隔はわずかだが短くなっている。

 単純に暴力的な数により圧し潰される。

 

 ひよこは攻撃を受けたが、怖さでピエピエと叫びながら逃げる。

 逃げつつもさらに体を分身させていく。

 

 ウィルやモルモーは魔法で、兵士達も魔法や武器で攻撃を加えるが恐ろしく硬い。

 間違いなく複数属性に耐性持ちである。ウィルの炎魔法で焦げることすらなくピヨピヨと鳴いて逃げるだけだ。

 

「キィムラァくん。使え! 一刻の猶予もない!」

 

 フルゴウルが叫んだ。

 木村が預かっている隠し球である。助っ人のデザチューだ。

 

 使わないならそれに越したことはないと最後の手段にしていた。

 もはや使わない手はない。仮に制御不能になってもデザチューは都市を滅ぼすだけだ。

 しかしながら、この分身ひよこはものの十分あれば余裕で世界を滅ぼす。月刊『世界の危機』に載ってしかるべきひよこである。

 ゲームなら戦闘敗北でメニュー画面だが、異世界ならヒヨコ惑星にまでなりうる。なんなら半日でヒヨコ宇宙だ。

 

「いけっ! デザチュー!」

 

 木村はフルゴウルから預かった筺を投げた。

 実は彼も投げてみたかった。

 

 筺は地面に当たって割れ、内部の黒い靄が周囲に広がる。

 デューという不気味な鳴き声と、ピヨという可愛いだけの鳴き声、それに兵士達の怒号が場に満ちる。カオスである。

 

 黄色と黒がせめぎ合い、ときどき兵士がパニックで叫び声をあげる。

 ちなみにこのひよこは全攻撃に対して耐性を持っているが、どの攻撃でもダメージを1だけ必ず受ける。

 要するに弱点はヒット回数の多い攻撃である。デザチューこそが天敵だった。

 

 莫大な数に増えたデザチューの多段噛みつき(持続ダメージ付き)がヒヨコを増殖するよりも速く消滅させていく。

 いちおう助っ人として敵のみを攻撃するようで、味方はかじられこそすれど殺されるまでには至っていない。

 

 本当に危機的な状況だったと言える。

 討滅クエストがまさに討滅しなければならないクエストだった。

 

 緊張こそあるが彼はこの感覚が嫌いではなかった。

 久々にギミック有りの危機的なボスと戦った気分が木村の中にある。

 そのときふと彼の中にぼんやりとした不安がちらついた。

 

「ひよこが消滅しました!」

「よし!」

 

 兵士が叫べば宝箱の出現とともに、フルゴウルがデザチューの核を筺で包む。

 黄色と黒に包まれた都市があっという間に元の姿に戻る。

 残されたのはかじられた兵士と都市の壁だ。

 

 これにて討滅クエストⅡの一日目は終わった。

 

 

 戦後報告と検討は城でおこなわれた。

 

 まず、城からの出撃はスムーズだった。

 出撃から到着までのタイムラグはあったが、ヅラウィがカバーしてくれた。

 攻撃こそすることはないが、善の存在とみるべきだろう。この際は明日以降も彼を利用して被害を抑えることとなる。

 

 次に戦闘である。

 一体目の白ゴリラは行動パターンが単純だ。

 仮にヅラウィがいなくとも、兵士にもパターンを伝えれば、ほぼほぼ被害なしで時間を稼ぐことはできる。

 

 二体目の緑鹿は耐性が厄介だが、兵士達の魔法を利用することで何とかなる。

 モルモーが変身により弱い魔法を複数使うことでもいけると示した。

 

 鬼門は三体目である。

 デザチューがいなければ詰んでいた。

 木村は彼のゲーム知識を駆使した所感を説明する。

 

「多段攻撃が有効?」

 

 彼の所感は、増殖ひよこの特徴を良く捉えていた。

 あまりにもゲーム的な話に、現実的な人の頭にはいまいち入りが悪い。

 なぜ強い攻撃がひよこに意味をなさないかに理解が及ばない。

 

「はい。おそらく攻撃がどれだけ強くてもダメージがほんのわずかしか通りません。弱くてもたくさん攻撃が入るものにすべきです」

「他に気づいた点として、数が増えるにつれ耐久力は落ちていたように見えた」

「やはりそうですか。最後の方はダメージこそ通りませんでしたが消える速度が速まりましたね」

 

 逆に言えば増殖のし始めはHPが異常に高く設定されていると言う可能性である。

 数は凄まじい勢いで増えるが、各個体のHPは逆に凄まじい勢いで減っていく。

 

「他に気づいた点は?」

「ダメージを受けると増える時間が短縮されるかもしれません」

「反撃はまったくしてこない」

 

 対策としてフルゴウルの筺で最初の一匹を囲い、それを檻としてウィルが内部に多段ヒットする魔法を使うという流れになった。

 ウィルとモルモーは明日までにその多段ヒットする他に使い道のなさそうな魔法を考案する任が言い渡された。

 

 続いて全般の話に移った。

 

 まずは敵の出現場所に関してだ。

 今回は比較的開けた地だったが、もしも居住区で現れた場合は被害がより拡大していた。

 この点に関しては、最初の白ゴリラ段階で戦闘地を移動するということとした。

 各地域における戦闘地を定め、そこに誘導してから戦闘をおこなう。

 

 続いて助っ人の話である。

 

「明日の助っ人はどうします?」

「アッきゅんか。明日に関しては呼んでおくべきだろうね」

 

 木村が思うに、三体目のひよこに関しておそらくもっとも適しうる仲間キャラはアコニトだ。

 毒さえ通じるなら多種類の毒による多段ヒット及び持続ダメージが期待できる。

 

 通じないならアコニトはゴミとなる。

 特に今回は兵士達や街との連携も重要のため、あのゴミニトを呼ぶ踏ん切りがつかない。

 もしもヅラウィを見たら、標的を変えてしまいそうな気配がある。

 

 他のキャラの案も浮かばない。

 近距離戦闘キャラは、今回の討滅クエストⅡと相性が悪い。

 いっそ回復役としてのペイラーフか、ターゲットを取るボローでも良さそうだ。

 多段ヒットする魔法さえ使えるならシエイも候補に入る。

 テュッポと竜人は留守番組だろう。

 

 とりあえず二日目に関しては、フルゴウルは助っ人を呼ぶべきと断言した。

 彼女しか知らない助っ人なのだが、敵の情報を知り、かつ仲間キャラの情報を知る彼女が言うならと木村も納得する。

 

 検討も終わりを迎える頃になった。

 

「他に何かあるか?」

 

 アルマークが周囲を見渡し、ないことを確認し散会を告げた。

 各自が決定事項を各配下に持ち帰り実行していく。

 

 人が減ってから木村は声をあげた。

 木村たちと帝国の重要人物だけが残る。

 

「ちょっとだけいいですか」

 

 木村には不安な点がある。

 まだ可能性の段階で、不安をさらにかき立てる内容なので先の場で議題にあげることはしなかった。

 

「明確な根拠はないんですが、可能性として考えておいて欲しいんですが……」

 

 木村は無意識に前置きを二つもした。

 周囲も頷く。ウィルやフルゴウルは彼が何を言い出すのか概ね理解していた。

 

「たぶん作戦は成功します。三日目あたりまでは被害も減るでしょう。ただ、四日目あるいは五日目あたりに気をつけましょう。経験上、そのあたりがとても危険です」

「慣れによる気持ちの緩みということか?」

 

 アルマークが尋ねた。

 彼も慣れによる気持ちの緩み、それによる失敗は知っている。

 木村はアルマークの返答に曖昧な態度をみせる。

 

「いえ、そうではなく……、いや、そうなのかもしれません。慣れにせよ、完勝にせよ、気持ちの緩んだときこそ、敵は何かを仕込んできます。今回の討滅クエストⅡの発生がまさにそれです。さらにその場での完勝からの新たな災厄こそが真の狙いとも考えられます」

 

 木村は愚者である。

 彼は歴史を知らず、経験から学んでいる。

 この討滅クエストⅡの中程あたりで何かが起きると予測している。

 無印の時もあった。特殊条件を揃えることで新たなボスが現れて喜びや安堵を踏みにじる。

 ウィルも木村の言葉に深く頷いて賛同を示す。アルマークらも理解を示した。

 

「それともう一つ不安な点がありまして……」

 

 木村は勢いに乗じて、もう一つの不安も口に出す。

 これにはパーティーも予想外だった。

 

「戦闘中にふと感じたのですが、今回のイベントストーリーのボスがわかりません」

「……ヅラウィでは?」

「もちろんその可能性もありますが、彼は街や兵士を守っていました」

 

 もしも彼が今日いなければ、被害はもっと大きかった。

 木村たちがたどり着くまでに、一体目のボスで街は破壊されていた。

 さらに二体目のボスの攻撃をいなしていたのも彼だ。兵士達を助けてもいたはずである。

 

「彼はボスと呼ばれるにふさわしい技量の持ち主だと思うが?」

「ん……? あ、そっか」

 

 アルマークの発言で木村は言葉の定義にすれ違いがあるとようやく察した。

 

「僕と王が考える『ボス』は意味合いが異なります。僕が言うのは、組織のトップとしての存在という王の考えられている意味ではなくて、イベントの主題に関して対立のスタンスを取る者という意味です。この場合のボスは、ただ強かったり、組織をまとめあげる力があるというわけでなく、主人公側……僕たちと何らかの対立があってこその存在なんです。僕たちとボスの間にある、目的の違いに対して最後の城壁あるいは最後の将兵たるべき存在です。一部キャラこそヅラウィを憎んでいますが、基本的に僕たちは彼に好意的です。彼が僕たちと対立すべき目的を持ち合わせた存在とは思えないんです」

 

 もちろんそう思わせてこそあえてボスということはあり得る。

 ボスになって欲しくないという思いもある。あるいは異世界なのでストーリーが歪んでいるからという可能性も捨てきれない。

 

「心に留めておこう」

 

 どちらにせよだ。

 油断はするなということである。

 

 木村もため息をつく。

 今回のイベントは見るだけに留めるはずだったのに、どうして積極的に意見を述べるにまで至っているのか。

 

「とりあえず明日だ」

 

 こうして一日目を終えた。

 

 

 

 二日目になり、木村は暴風の中で目が覚めた。

 ベッドの上で寝ていたが、掛け布団や毛布は全て風に奪われ、部屋の調度品が天井近くを飛んでいる。

 風の音もビュウビュウと騒がしいってレベルを超えている。

 

「なんだこりゃぁ……」

 

 風が強く、目もロクに開けられない。

 匍匐前進のまま、ベッドから這い降りてそのまま扉から部屋を出る。

 廊下に出ると暴風が廊下にまで付いてきた。自身の頭の上からギャーギャーと鳥の鳴き声はするが彼は怖くて見ることができない。

 

 訓練室まで匍匐前進ですでに体力がゼロに近い。

 おっさんとウィル、それにフルゴウルが暴風を止めた。

 

「おはよう。無事かな」

「ええ、なんとか。なんだったんですか?」

「助っ人にやってきたアッきゅんだね。ほら、これだよ」

 

 フルゴウルが筺を見せてくる。

 鷹なのか鷲なのか木村は詳しくないが、とにかく猛禽類が筺の中にいた。

 

「賢い奴なんだがね。なんでもかんでも風で吹き飛ばす悪い癖があって」

「悪い癖ってレベルじゃないでしょう」

「それで私も手放した」

 

 要するに手に負えないから誰かに渡したらしい。

 デザチューにせよ、アッきゅんにせよ、プレゼントという体で他人に捨て渡している。

 「親切な人に面倒みてもらってね」と。そろそろ動物愛護協会に睨まれるんじゃないか。

 

「変わった動物は好きなんだよ。一時期、あれこれと飼っていた」

 

 一番好きなペットは人間だよとか平気で言いだしそうなので、木村はこの話を切ることにした。

 

「とりあえず連れて行くということでいいんですね?」

「そうだね。懐かせることはできなかったが、飼い慣らすことはできる」

 

 ふふ、とフルゴウルは笑う。

 その台詞は果たして本当にアッきゅんに向けて言ったものか。

 

 とにかく二日目が始まる。

 木村はどこかへ消えてしまったデザチューが名残惜しい。

 なんだかんだあったが、最後は小さくなって木村の膝にスリスリとよってきていた。

 わずか一日ではあったものの愛着が湧いていた。好感度の操作があった可能性はあるが、木村にも懐いてくれた。

 どこかで消滅するくらいならカクレガで飼わせてもらいたい。

 間違いなく食堂は立ち入り禁止になる。

 リン・リーは鼠が嫌いだ。

 

 ちなみにデザチューは木村の膝にスリスリしていた後で噛んでいた。

 餌を寄こせという仕草なのだが木村はわかっていない。

 

 

 そして、なんだかんだで討滅クエストⅡの二日目もどうにか被害もわずかに突破したのである。

 

 

104.イベント「私のカツラを知らないか?」7

 

 三日目の朝に備え、木村は自室を出る。

 

 訓練室の一角に布団を持っていき、そこで寝ることにした。

 ここ二日は助っ人のデザチューに、アッきゅんと寝覚めが悪い。

 

 明日の助っ人はステュクスという冥府の川の神である。

 部屋を水没させられてはたまったものじゃない。

 そのため訓練室に避難することにした。

 

 広すぎる空間に対して木村の寝床の占める割合が小さすぎて不安になってくる。

 普段が賑やかな学校や病院で、人がいない時に感じる不気味さだ。

 

「おやすみ」

 

 もちろん誰もいないので木村に返事をするものはいない。

 

 

 

 朝になった。

 

 おっさんやウィルが朝のトレーニングでやってきたので木村も目が覚める。

 周囲を見渡すが助っ人の姿はない。

 

 時間を見ればまだ五時前だった。

 もしかすると五時にやってくるのかもしれない。

 

「冥府の神ですか。緊張しますね」

 

 ウィルの言葉に木村も強く同感である。

 ハデスやヘカテーと冥府の神には恐ろしい印象しか抱いていない。

 

 唯一の顔見知りのモルモーに対応してもらいたかったが、彼女はギリギリに起こさないと出てこない存在である。

 モルモーに言わせれば、大らかなので対応はさほど気にしなくて良いとのことだ。

 そういうわけで、と彼女は今朝も起きてくる気配はない。

 

「ちょっとトイレ」

 

 自室と違い、訓練室はやや冷える。

 夜も寝る前に行っただけなのと、緊張とで尿意を催してきた。

 

 木村が訓練室を出てトイレに向かう。

 共同トイレである。男女は別で種族用に特殊なものも用意されている。

 

 人間用は洋式である。

 立ちション用の壁付き型は設置されておらず、便座をあげて立ってする。

 

 ジョボジョボと夜のうちに膀胱で濾された尿が便器の中心に吸い込まれていく。

 まだ頭が寝ぼけており、やや頭をふらつかせていた。

 

「おはよーございまーす」

 

 突如、女性の声がした。

 ビクリとして尿の飛ぶラインが上にずれる。

 しかし、ずれたはずの尿は便器にかからず、まだジョボジョボと水の音を立てている。

 

「え? へ? はぁ?」

 

 尿の吸い込まれている便器の中に溜まっていた水が盛り上がってきた。

 あまりの光景に驚くが尿は止まらない。止められない。

 

 木村の顔近くまで水がせり上がり、水がぐねぐね動く。

 そのせり上がった水に尿がジョボジョボと注がれていく。

 

「はじめまして。ステュクスですよー。お呼ばれしたの来ちゃいましたー」

 

 水が動いて喋った。

 かなりのほほんとした調子で喋る。

 かけられている尿にまったく気にしている様子はない。

 

 一方で木村の動揺は隠しきれない。尿の方向は大きくぶれる。

 さらに陰部を諸に見られている気恥ずかしさもある。

 

 この三日間の中で最悪の登場だった。

 

 

 

 ひとまずステュクスが便器から出てきた。

 水の体がスライムのようにぐにゅぐにゅ動いて付いてくる。

 

 今の彼女の構成要素の一部は木村の尿だ。

 全体的に青っぽいが、ところどころ緑がかっているところがそれだろう。

 

「助っ人が来てくれたよ」

 

 訓練室で、木村は言葉少なくステュクスを紹介する。

 どこから来たかを彼は口にしない。

 

「思ったよりも神気が凄まじくありませんね」

 

 ウィルがほっと口にする。

 ハデスやヘカテーのような莫大な神気はないようだ。

 

「そうだね。連れていっても大丈夫じゃないかな」

 

 フルゴウルもステュクスに同じような感想を抱いたようだ。

 モルモーの話していた水没云々とは印象が大きく違う。

 

「地上ですからね~。力も限度があります~」

 

 川の神である。しかも冥府の川だ。

 地上に出てしかも現世、そりゃそうかと木村も頷いた。

 それでも暴発して都が水没しましたでは冗談にならないので、ちょうど訓練室ということもあり力を見せてもらった。

 

「えーい」

 

 体当たりである。

 地上で使える技はこれともう一つだけらしい。

 地上モードでは敵が不死身になるということもなく、相手を溺れさせダメージを与える。

 

「良いんじゃないですか」

「私も良いと思うね」

 

 連れていって良いという意味でもあり、同時に三体目にも有効だろうという意味である。

 ひよこを水で包んでくれれば動き回るのを阻止できる。

 水没による継続ダメージもあるようだ。

 

 二日目のアッきゅんは制御がしづらかった。

 ウィルの魔法開発は間に合わず、やはり三体目でアッきゅんを召喚した。

 竜巻にウィルが作った土の刃を大量に混ぜることで複数ダメージを与えて何とか倒した。

 作った土の刃が吹き飛ばされて、都に飛び散るという問題があったものの、人的被害はなかったのが幸いである。

 

 モルモーも出陣間際にようやくやってきた。

 彼女はほぼほぼスライムのステュクスを見て固まっている。

 固まった後で、木村を見た。

 

「え? 何を考えてるんです? 『連れていってはいけない』と伝えましたよね」

「いや、でも、地上だと力が出ないって聞いて……。戦うところも見たけど問題なさそうだったから」

 

 モルモーはもう一度ステュクスを見る。

 

「お久しぶりです。ステュクス様」

「お久しぶりー。えーと……誰でしたかー?」

 

 遅れて挨拶を交わした。ステュクスはモルモーが誰かわからなかった。モルモーが姿をたびたび変えるので無理もない。

 所属と名前を告げるとステュクスも「ああ、ヘカテーのー」と思い出したのかは不明だが理解はしていた。

 

「体当たり以外はしないでくださいね。絶対ですよ。しろって前振りじゃないですからね。もしもしたら冥府の官吏全員で苦情を訴えますからね。本気ですよ」

「はーい」

 

 体当たり以外はもう一つだけできると言っていた。

 木村はその技こそが、モルモーの話す恐ろしい技だと把握する。

 モルモーがあそこまで言うと逆に気になる。

 

 

 三日目も城スタートである。

 

 出現位置はやはり毎日変わるようだ。

 昨日は予定していたとおり、広い場所に引きつけてから本格的な戦闘に移った。

 やはりヅラウィがいたので引きつける際の被害は大きく抑えられた。

 

 ゲートにたどり着いた訳だが問題が一つ。

 ステュクスが飛龍に乗せられない。

 

 どう見ても魔物なので、兵士も飛龍も嫌がる。

 仮に乗せても飛べるかどうかがわからない。

 

「私の筺に入ってもらうことは可能かな?」

「良いですよー」

 

 そういうわけでステュクスは筺にあっさり入り、今は木村が手に持っている。

 大らかとは聞いていたが、価値判断基準がそもそもないのではないか。

 最初から尿を食らっていたが、怒りも何もなかった。

 

 

 時間になり、敵が現れ、飛龍で飛ぶ。

 三回目にもなると、慣れてきて最初ほどの感動もなくなってくる。

 

 三日目はドライゲンの郊外だった。

 住居も少なく、被害は少ないと考えられる。

 自然も多く、湖のようなものもあった。貯水池かもしれない。

 

『メッセです。モルモーさんより伝達――「水場があるので、絶対にステュクスを解放するな」とのことです』

 

 木村がモルモーを見るが、彼女は貯水池とその付近ですでに暴れる白ゴリラを見ている。

 まずいぞ、という感情を顔から隠しきれていない。

 

 

 戦闘に移り、白ゴリラと緑鹿はかなり安定して倒すことができた。

 

 問題の三体目、ひよこである

 フルゴウルの筺で覆い、その中で数を増やさせる。

 昨日は一体目から攻撃を加えたのだが、体力が多すぎて削りきれなかった。

 数が増えるまでは防御力がそのままで体力が異常に多いとわかり、今日は移動を制御したまま数を増やし倒す作戦にシフトすることとしている。

 昨日は数が少ないうちから全力でやり過ぎてアッきゅんを呼ぶ自体になった。

 今日は作戦が決まれば、ステュクスを使わずとも倒せるかもしれない。

 

 そんなことはなかった。

 ウィルも対ひよこ魔法を開発したようだが、地味に難しいようだ。

 ひよこはフルゴウルの筺を破って溢れかえり、最悪なことに池にひよこが浮かぶ。

 

 もはや制御不能だ。

 今のパーティーでは増殖を止める手立てがない。

 

「どうします?」

 

 モルモーがしわい顔をしている。

 ステュクスを出すか、このままほっといて崩壊を待つか。

 いちおう数が大幅に増えれば、数回の攻撃で倒せると判明したので宇宙崩壊はないだろうが、惑星崩壊はありうる。

 もちろん都市の崩壊であれば二十分も要らない。

 

「ヒヨコはステュクス神に任せます。全員、飛龍に乗って川下へ。都に流れる水の流れを止めなければなりません。それでは出してあげてください」

 

 木村は筺を投げる。

 地上にスライムが現れた。

 

「ステュクス様。水を取り込んでヒヨコを全て飲み込んでください。もしも倒せないようなら、限りなく力を抑えて、あれの発動をお願いします。頼みますよ、力は限りなく抑えてください」

「まかせてー」

 

 緊張感のない返答である。

 ステュクススライムがひよこの群れの中を進み、池にボチャンと入る。

 

「それでは川下へ。急いで水の流れを切らなければなりません」

 

 ウィルやフルゴウル、それにモルモーを乗せた飛龍が風下の堤へ向かう。

 木村を乗せた飛龍も彼女たちを追うが、木村は首だけ後ろを向けて池の様子を見ている。

 

 池の水が生き物のように蠢き、池に浮かんでいるヒヨコは当然として、地上を歩いていたヒヨコを水が腕のように動いて絡め取っていた。

 ヒヨコは溺れているようだが、それでも数は増えていき、水面がヒヨコで埋まってきている。

 

 一方で、ウィルたちは堤にたどり着いた。

 堤から流れていた水を土の魔法や氷の魔法、筺を利用して無理矢理せき止める。

 

「間に合いましたね」

 

 全員が池を見返す。

 溺れの継続ダメージによるヒヨコ撃退と、ヒヨコの増殖とが均衡に入りつつあった。

 やや増殖の方が速いようで、水面からヒヨコがぼこぼこ出てくる。

 

「ひっ」

「うっ」

 

 ウィルとフルゴウルが変な声を漏らした。

 木村が二人を見ると怯えが見て取れた。

 

 その後、兵士や飛龍の様子がおかしくなる。

 兵士は震えだし、飛龍は暴れ始め、なんとか兵士がなだめつつ地上にゆっくり降下し始める。

 

 池から離れたところで木村たちは地上に下ろされた。

 兵士や飛龍の様子は明らかにおかしく。ウィルやフルゴウルも同様だ。

 モルモーが池の方を見ているので、木村も彼女に近寄って池を見る。

 

 上空にいた時は、水面からヒヨコが溢れかけていたが今はいない。

 それどころか、遠目で見ても水面は波紋一つない静寂の様相である。

 

「何が起きてるの?」

 

 木村がモルモーに尋ねたが、彼女は池を見るだけで答えてくれない。

 代わりにおっさんが答えた。

 

「池が冥府に繋がっているぞ」

「冥府に? 池が? 世界を繋げる技ってこと?」

「冥府に繋がっているのは副次的な効果だな。見たところでは、あの神の本来の性質を顕現させているだけだぞ」

「本来の性質を引き出す?」

 

 木村はよくわからず、モルモーを見た。

 彼女もおっさんの言葉に頷いた。

 

「私の上司はステュクス神と仲が悪いんです。仲が悪いと言っても、ステュクス神はあの調子ですので、上司が一方的に嫌っているだけなんですが」

「あ、そうなんですか。どうして嫌ってるんです?」

 

 モルモーが語り始めたので木村は先を促す。

 彼も能動的なトーク能力はさほど上がっていないが、邪魔をせずに喋らせる力は付いてきている。

 主におっさんたちや一部酔っ払いの武勇伝語りに付き合っていたら、いつのまにかできるようになった。

 

「私の上司は女性の守り神でして、特に身ごもった女性や赤子を育てる母親の生きようとする力を支えることにかけては一家言あります」

 

 木村はヘカテーが有名な神であることは知っている。

 しかし、どんな神なのかはほぼ知らない。冥府にいる神なので死にまつわる神だと思っていた。

 

「生きる力ですか。冥府にいるので死の方かと思っていました」

「間違ってはいません。死の神でもあります。ただ、『生きようとはしたが』死んでしまった魂を慰める立場です」

 

 木村もなんとなくわかる。

 そのヘカテーが嫌うとなるとステュクスはどのような神か。

 川の神というのは聞いた。川の神ってどんな神だと考えていたが、ようやく彼もわかってきた。

 

「ステュクス神は冥府の川でありながら、現世の川とも繋がっています。川で亡くなった人はそのままステュクス神を経由して冥府に来ます。足を滑らせて溺れた人、氾濫した川に飲まれた人と、生きようとした人も冥府に(いざな)います。また、自ら身を捨てた人も分け隔てなく受け入れます」

 

 モルモーが言う「大らか」の意味が木村もようやくわかってきた。

 尿をかけても、筺に入れても怒らない大らかさは、全てを受け入れてきた川が神格を持ってしまった故だ、と。

 「全て」の中に、人の命や死骸も入っているのだろう。

 

「ステュクス神は数多の生命の生活を支える神でもありますが、同時に数多の生命を奪う神でもあります。そして、そのどちらもさほど意識していません。上司の嫌う理由はこのあたりでしょう」

 

 木村はヘカテーの嫌う理由よりもむしろ、一つ前の話が気にかかっていた。

 ステュクス神が「現世の川と繋がっている」という部分である。

 

 そもそも、なぜステュクス神が助っ人で呼ばれたのかがわからなかった。

 イベントストーリーのボスが来るのであれば、テュッポことテュポーンが来る流れである。

 なぜステュクス神なるイベントストーリーにかすってもない神が助っ人で来ることになったのか不思議だった。

 

 おそらくゲーム内のイベントストーリーでは、冥府から帰る手立てがステュクス神だったのではないか。

 あるいは冥府へ迷い込んだ手立てにステュクス神が関与している可能性がある。

 そして、イベントストーリーではボスとして戦った可能性もあり得る。

 

「おまたせー」

 

 スライムことステュクスが川からぐにゅぐにゅと体をよじらせて出てきた。

 彼女の声の穏やかさが少しだけ怖く聞こえたのは木村だけではない。

 

 こうして三日目の討滅クエストⅡも終わった。

 

 

 

 とうとう四日目である。

 

 助っ人で来るのは「侵蝕結晶クリスたん」なる謎の存在だ。

 シエイとケルピィから推測は聞いたが、怖かったので木村はまたしても訓練室で寝ていた。

 

 朝になったが姿は見せない。

 トイレに行ったが、今日は便器から出てくることもない。

 

「来ないね」

 

 訓練室に戻り、ウィルたちと待ってみるがいっこうに姿を現さない。

 部屋から動いていないのではないかということで、迎えに行ってみることになった。

 

 おっさん、ウィル、それにフルゴウルが木村の部屋前に待機する。

 警戒しつつ部屋の扉を開けた。

 

 おっさんを盾にウィルが入り、後衛でフルゴウルが追いかける。

 木村は部屋から離れて様子を見ている。入った三人が出てこないので不安になっていた。

 

「入っても大丈夫です」

 

 ウィルが首を出して木村に声をかける。

 木村も一息ついて自室に入る。

 

 正確には入っていない。

 入る前に扉のところで思わず足を止めてしまった。

 

「うわぁ……。わぁ、すごい。すごい!」

 

 部屋のど真ん中に堂々と結晶が鎮座している。

 サイズは木村と同じくらいだが、浮いているので実際のサイズは彼よりも小さい。

 縦長の紡錘形に近いが、ところどころで結晶面が見られる。

 特筆すべきはその色である。

 

 結晶が内部で色とりどりの光を反射し、まるで虹色のように見える。

 ガチャで言うところの最高レアと同じ色だった。

 

「光の神々しさよ……。心が安らぐ」

 

 ウィルとフルゴウルが何を言っているのかわからず顔を見合わせている。

 木村は討滅クエストⅡで荒れていた心が落ち着いていた。

 ペタペタ触ると虹色に強く光る。

 

「うわぁ! この結晶、光るよぉ! さすがレア度の最高位! あぁ、穢れが浄化されていく」

「この光にそんな効果があるんですか?」

「見たところないね」

 

 わかる人にしかわからない。

 木村はガチャがたまらなく引きたくなった。

 溜まってから引こうという意志が揺さぶられつつある。

 目の前に虹色の結晶を置いてガチャを引く。☆5が出る。間違いない。

 完璧な方程式だ。

 

「ごめん! ちょっとガチャる!」

 

 最高の笑顔でウィルたちに断りを入れる。

 木村はメニューを開いて、ガチャ画面に移る。

 そして、10連ガチャをポチッと押した。ここまでわずか1秒。

 

 白9連からの金色。

 金の扉からペイラーフが出てきた。

 

「私が来たよ! 治療するからどいたどいた!」

 

 扉が全て消える。

 木村はようやく現実に帰ってきた。

 ペイラーフの声で治療された。あまりにも突っ走りすぎた。

 これも一種の賢者状態だろう。ガチャチケットを放出してスッキリした。

 ☆5が出ないのは残念だが、正常な意識は取り戻した。

 

「こいつ、連れてく?」

「急に冷静にならないでくださいよ」

 

 木村の時間感覚ではガチャが間にあったのだが、ウィルたちには一瞬である。

 ガチャる! といきなりイミフなことを叫んで、次の瞬間には真顔で質問してくる。挙動不審すぎる存在だ。

 

 ウィルも対ひよこ用の魔法が安定してきたと言うので試しに連れて行くことになった。

 

 

 四日目の出現場所は市街地に近い、兵士たちとヅラウィの活躍によりなんとか被害は抑えられている。

 

 木村たちの戦闘が始まればヅラウィは離れていく。

 木村はヅラウィを見てふと気づいた。

 

「減ってる?」

 

 ヅラウィの髪が減っている。

 最初は溢れんばかりの髪で構成されていたが、全体的にしぼんできていた。

 朝は討滅クエストⅡで被害を抑え、昼は兵士たちと鬼ごっこに、市民に芸の披露と忙しい。

 魔法を使えば使うほど髪が消費されていくのではないかと木村は推測した。

 

 一戦目と二戦目は問題ない。

 訓練室でも練習しているのでかなり安定して倒せるようになっている。

 

 問題はやはり三戦目である。

 ひよこが現れた。

 

 ちなみに今回は一戦目の白ゴリラから助っ人の結晶を出している。

 出してはいるが何もしてくれない。魔法を使わないどころか、移動すらしない。

 他の仲間はいぶかしげだが、木村は見ているだけで心が落ち着くので気にしていない。家具で欲しいくらいだ。

 

 悠長なことを考えている間にヒヨコが増えてきた。

 フルゴウルの筺に、ウィルが石ころを投げると筺の内部で火の粉が散らばる。

 無数の火の粉によって小さなダメージを複数与える作戦だ。

 

 前回よりはかなり効率的に倒せてはいるが、ひよこが互いに壁になってなかなかうまく決まっていない。

 横に広がるよう増えればいいのだが、積み重なるような縦の広がりをすると下に埋もれていたひよこがどんどこ増える。

 やはりどちらかというと減少よりも増える方に進んでいる。

 

「キィムラァくん。結晶に変化がある」

 

 側に浮いていたケルピィが木村に知らせた。

 同時に、伝令で他の仲間達にも結晶に注目するよう伝える。

 

 結晶がいる位置にはひよこがいた

 黄色のひよこではなく、結晶状のひよこである。

 ひよこのはずだが、ツノが生えているし、頭は二つに分かれており翼も四つだ。

 ヒヨコ成分が多めに混ざった謎の生命体がそこにあった。

 

 結晶状のひよこもどきは動き出した。

 ひよこのような何かは、増え続けるひよこに体当たりをする。

 

 そして、脆くも砕けた。

 あまりにもあっけなく砕けてしまい、木村もコメントに困る。

 

「ひよこに結晶が食い込んでるね」

 

 ケルピィに言われてよく見ると、ひよこの体に砕けた結晶が刺さっている。

 結晶の刺さった部分が結晶化しつつ、徐々に広がっていく。

 さらに増えたひよこにも結晶が受け継がれる。

 木村はある推測に達した。

 

「伝令を。『結晶の刺さってないヒヨコを優先的に攻撃してください』」

 

 木村の推測は結晶がデバフだということだ。

 侵蝕結晶という名前どおり相手を侵蝕していく存在だと考えられる。

 結晶化していくひよこはおそらく何らかのデバフが付く。結晶化したひよこから分裂するひよこも同様だ。

 それなら、まだ結晶化してないヒヨコを優先的に倒し、結晶化したヒヨコは何らかの悪しき効果を発揮するまで放置した方が良い。

 

 木村の推測は半分正しかった。

 良い方に外れたと言って良い。結晶化したひよこを倒すと結晶が散らばり、他のヒヨコも勝手に結晶化していく。

 今や結晶化していないヒヨコの方が多いほどだ。

 

 全体のヒヨコが結晶化し、動きが鈍りつつも数だけは増やしていく。

 結晶化が進めば進むほど脆くなり、軽い攻撃一発で結晶が壊れていく。

 

 一斉攻撃を仕掛けることで結晶化したヒヨコを一網打尽にできた。

 結晶の具体的な効果は不明だが、助っ人と言うより便利アイテムのようである。

 

 木村はふと考える。

 もしもこの結晶がボスであればどんなものであったのか。

 こちらの姿を真似て近づき、倒され砕けたところで味方キャラに結晶を埋め込み侵蝕していく。

 

 もしかするとかなり厄介なボスだったのではないだろうか、と。

 

 

 四日目の討滅クエストⅡも無事に終わった。

 危惧していた特殊イベントも発生していない。

 

 今のところは、である。

 

 明日はいよいよ五日目。

 助っ人はワルキューレ隊のリーダーであり、運命の神――特に未来を司る神でもあるスクルドだ。

 

 敵であった存在が味方として戦ってくれるのはロマンがある。

 ゲームであれば、かなり弱体化がされておりカスになっているか、敵の時と同等のステータスでやってきて相手を蹂躙するかである。

 

 どちらに転んでも碌なことにならない。

 カスなら来ないで欲しいし、敵の時と同等ならますます来ないで欲しい。

 隕石とか重力崩壊で都市ごと消し去ってしまいかねない。

 運命切断剣ならまだ良い。

 

 とりあえず木村は訓練室で寝ることにした。

 自室で寝て、スクルドに起こされては寿命が冗談抜きで縮む。

 

 なんだかんだ不満や恐怖を抱きつつもスクルドの力は群を抜いて凄まじいと木村でもわかる。

 明日の討滅クエストⅡは彼女がやりすぎなければ楽勝だと高をくくっている。

 

 来るなら来いと半ば諦めと期待を混ぜて木村は床についた。

 

 

 

 ところが五日目に来た助っ人はスクルドではなかったのである。

 

 木村の長い長い一日が始まる。

 

 

105.イベント「私のカツラを知らないか?」8

 

 五日目の朝、木村は四時過ぎには目が覚めた。

 

 ワルキューレのリーダーが来るという緊張のためだろう。

 寝直そうにも眠気がどこかへ消え去ってしまい、そのまま体を起こす。

 

 トイレをして、顔を洗い、着替える。

 一番早起きのリン・リーの元へ行き、朝食をいただく。

 歯をみがき、口をゆすいで訓練室に戻る。時刻は四時五十分を超えたところだ。

 

 ウィルやフルゴウルも軽く体を動かしていた。

 木村の視点からでも、彼らに緊張があることはわかる。

 木村の抱いた緊張は彼だけでなく、かつてワルキューレを見た者と共有されるものであった。

 

 今回はワルキューレということで、面識のあるゾルも来ている。

 彼女は金色のクワガタと一緒に朝ご飯を食べていた。

 

「もう少しでしょうか?」

「うん。あと数分で来るね」

 

 四日もするとさすがに来る時間はわかる。五時だ。

 

 

 

「来ました……が」

 

 五時になり、ウィルが到来を察して告げる。

 しかし、その言葉は戸惑いが含まれた。

 

「どうしたの?」

「これは、違うのではないでしょうか? 神気量が多くありません」

 

 木村が考えたのは弱体化だ。

 三日目のステュクス神が現世と地上で弱体化されたのと同様にスクルドも弱体化された。

 しかし、弱体化の要因が思い浮かばない。これは違うのではと彼も思い至った。

 

 そうなると単純に違うキャラが来た、が正しいだろう。

 木村は猛烈に嫌な予感がした。蹄を鳴らし、槍を掲げて、やってくるのでは、と。

 

「こちらに移動してきます」

 

 幸いなことに叫び声や足音はまだ聞こえてこない。

 いったい何が来てしまったのか、木村は不安になってくる。

 討滅クエストⅡのボスよりも、一緒に戦うはずの助っ人の方が怖くすらあった。

 

 訓練室の扉が開き、そこから見覚えのあるフォルムが現れた。

 特徴的な人馬一体の騎兵。鎧で全身を包んだ騎士。

 しかし、その手には武器がない。

 

「あの方は…………、ヒルド様ですね」

 

 いつの間にか直立していたゾルが横から教えてくれる。

 

 そのヒルドが静かに近づいてきて、ゾルが彼女には珍しくハキハキと挨拶をおこなう。

 一方のヒルドは、ぼそりぼそりと聞き取りづらい声を返した。

 

 木村は彼女がどんな性質だったかを覚えていない。

 ワルキューレは持っている武器で判断しているので、武器がないと誰が誰かいまいちはっきりしないのである。

 関係者であるゾルですら判別に数秒かかるほどである。木村には鎧での判別は無理だ。

 

「失礼します。聞いていたところでは、スクルドさんが来るとなっていたのですが……」

 

 木村も極めてへりくだって尋ねた。

 ヒルドはぼそぼそと答えるが木村はうまく聞き取れない。

 

「『本来はその予定でしたが、主から制止がかかったのでスクルドではなく私が来ました』だそうです」

 

 ゾルがすっかり通訳だ。

 ワルキューレたちが言う主とはずばり大神オーディンである。

 なぜスクルドにストップをかけたのか。

 

「『“今日を乗り切るだけならスクルドで事足りる。しかし、彼奴らが儂らと同様に未来をつかみ取ろうともがくなら此度はヒルドこそが適任である”と私が大任を授かりました』と仰っています」

 

 つまりどういうことだろうか。

 スクルドなら簡単に倒せる。だが、それでは木村たちに力が付かない。

 ここにいるヒルドなら木村たちにも力を付けさせることができる、ということか。

 魚を与えるのではなく、魚の釣り方を授けるという方針のようだ。

 

「えっと、すみません。忘れてしまったのですが、ヒルドさんは何を持って戦う方でしたっけ」

 

 忘れたことをぼやかしても良かったが、木村はさっさと自らの非を認め、彼女の得物を尋ねた。

 ヒルドは背中側に手を回し、得物を見せてくる。

 

「――あぁ」

 

 木村は完全に思い出した。

 彼女とどのタイミングで出会い、何をされたか。その全てを。

 

「鐘ですか?」

「音による攻撃だろうか」

 

 フルゴウルが的外れな推測を口にする。

 いかにも彼女の手に握られているのは、音を鳴らす鐘に他ならない。

 

 フルゴウルの見立ては的外れであるが、木村も知らなければ同じ推測をするだろう。

 この鐘の真なる力は音によるバフでも攻撃でもない。

 もっと外れたところにある。

 

「あの、もしかしてですけれど、そういう事態になるんですか?」

 

 ヒルドがぼそりとまた呟く。

 ゾルが珍しく躊躇った様子で口を開いた。

 

「『主から少年に言づてです。“死力を尽くせよ。無色の若人”』と」

 

 以前にも聞いた台詞だ。

 木村の懸念が確定された瞬間でもある。

 

「大丈夫ですか?」

「……いや、大丈夫じゃない。とてもまずい」

 

 どうやら顔色が悪くなっていたようで、ウィルが気をつかってくれた。

 はっきり言って大丈夫なことが何もない。

 

 彼女が以前、どのタイミングで出てきたか?

 全てが崩壊して、もうどうしようもないほどに終わってしまった後だ。

 

 その崩壊を覆したものこそが彼女の力である。

 すなわち、彼女がでてくると言うことは、初見で崩壊が免れない事態が起こることを前提にしている。

 三戦目のひよこもウィルが昨日の反省を踏まえ、対策がかなりできてきており今日こそは助っ人無しでの突破も可能性として十分にあった。

 助っ人有りなら当然として突破できうるものだ。故に問題は三戦目にはほぼない。

 で、あれば――、

 

「今日の討滅クエストⅡは特殊イベントが発生する」

 

 ウィルとフルゴウルにも緊張が伝わった。

 木村は彼のたどり着いた答えを示す。そして、ヒルドがここに来た理由も繋がっていく。

 

「たぶん、わかった。スクルドさんなら単騎で特殊イベを解決しうる。でも、その特殊イベントが今日だけじゃなく明日以降も発生するとすれば、スクルドさんなしの僕たちでは手が出せない。助っ人ありで勝てるかもしれないけど、都や人への被害は甚大なものになる。大きな被害を防ぐために、大神はスクルドさんではなくあなたをここに遣わした」

 

 ヒルドはぼそりとも呟かず、頷くこともない。ただ木村の答えを受け止めるだけである。

 正解なのか間違いなのかは木村では判断しかねる。

 

 正誤いずれにせよ、やらなければならないとはわかる。

 オーディンからの言づては「死力を尽くせよ」だが、この言葉には明言されていない続きが隠れていると木村は感じている。

 

「死力を尽くせよ――さもなくば生きる価値なし。とっとと死ね」だ。

 

 

 

 討滅クエストⅡの五日目が始まる。

 

 ヒルドは一緒に来るのかと思いきや、訓練室で鐘を一回鳴らした後でブリッジに行ってしまった。

 どうやら戦闘メンバーではなく、サポート要員として働くようである。

 

 木村は戦闘メンバーを決める。

 ひとまずウィル、フルゴウル、それにゾルはそのまま戦闘メンバーに入れる。

 残る一人のモルモーは来ない予定だったが、ワルキューレがサポートに回ったので急遽呼び出した。

 今日は一日寝て過ごす予定だったらしく、とても嫌そうな顔をされたが諦めてもらうしかない。

 

 いつもどおり討滅クエストⅡが始まった。

 

 戦闘開始場所は広場だったので、今回はさほど被害を考えず戦うことができる。

 

 一戦目と二戦目は慣れたものだ。

 三戦目が課題だったが、ウィルの考案した動く火花発生魔法で倒せた。

 

 ゾルは連れてきたがほとんど役に立ってない。明らかに人選ミスだったと木村も反省している。

 二戦目はそこそこダメージを稼いだが、一戦目と三戦目は立っているだけだ。

 

「キィムラァ、やったな。隠し条件を全て達成したぞ」

 

 久々に聞いた台詞だ。

 悲劇の発端を知らせる台詞である。

 

「隠し条件が達成された褒美として、ボーナスステージが開放されたようだ。さぁ、始まるぞ」

 

 パーティーメンバーは全員が臨戦態勢である。

 兵士たちは三戦あることしか聞かされておらず、緊張をいったん解いたが木村たちの様子を見て、気を引き締めなおした。

 

 おっさんが「始まるぞ」と開始を告げたがなかなか変化はない。

 兵士たちの移動を告げる音や飛龍の鳴き声、鶏の鳴き声とあれこれ聞こえてくる。

 開始から数十秒が経ったころに、ようやく変化が生じた。

 

 広場の真ん中に黒い大きな卵が現れた。

 

 

 卵はあまりにも黒く、あまりにも大きい。

 光を完全に吸収しているのか、シルエットしかわからない。

 卵の形をしているが、表面全てが黒で凹凸すらわからないほどに黒い。

 大きさも木村たちよりなお高く、倍ないしは三倍に近いほどの高さで、横幅も高さに応じて大きくなっている。

 

「卵、ですよね?」

 

 おそらく卵なのは間違いないだろう。

 卵はまったく動かず広場の真ん中に居座っていた。

 

 木村は黒い卵を見て、過去にテレビで見た黒の温泉卵を思い出した。

 温泉の成分である鉄が卵の殻に付着し、それが硫化水素と反応し硫化鉄となり、黒い卵になるだっただろうか。

 ただ、もちろん黒の度合いや大きさは目の前のものと比べるまでもない。

 

「どうしようか?」

 

 攻撃して良いのかすらわからない。

 卵なら何かが生まれるのだろう。

 

 果たして何が生まれるか。

 攻撃すると生まれるものを阻止できるのか。

 あるいは攻撃することで刺激して、何かをしてくるのか。

 

 全てがわからない状態だ。

 

「どうせ何もわからない。攻撃してみてはどうかな。攻撃した際の反応が見えるだろう」

 

 フルゴウルの助言に木村も頷いた。

 まず、言い出しっぺのフルゴウルが筺を飛ばす。

 

 金色の筺は黒の箱に吸収された。

 闇に吸い込まれるようにして、金の光が消え去った。

 

 ウィルが得意の炎を放つ。

 同様である。炎が表面の黒に当たり消えた。

 その後は各々が魔法で攻撃をするが、全て表面に消えていく。

 

 わかったこともある。

 魔法ではなく、物理的に武器で攻撃した場合は卵の表面で止まるということだ。

 弾かれる訳ではない。卵に硬さは感じられず、威力を全て表面で吸収するかのように槍が止まってしまったとのことだ。

 矢も卵の表面で音もなく止まり、地上にからりと落ちる。

 

 一人の兵士が勇敢にも黒卵を手で直に触ったが、手が吸収されるということもなく、ただ卵の表面を撫でただけだった。

 柔らかいも硬いも何もなく、触れた瞬間に力がかけられなくなったと話した。

 

 あまりにも黒すぎて、距離感もいまいちわからない。

 近くに行ってもどれだけ近づいているのかがわからず不気味である。

 実際、卵に当たった兵士はいるが特に問題はない様子だった。衝撃すらも吸収しているようだ。

 

 攻撃もしてこないが、こちらの攻撃も一切効いている様子はない。

 

「動いた!」

 

 兵士が叫ぶ。

 木村も見ていた。卵が横に小さく動いた。

 蜘蛛の子を散らすように全員が卵から距離を取る。

 卵の動きは大きくなり、周囲を囲む全員の緊張は大きくなった。

 

 卵の一部が欠けて地上に落ちた。

 どうやら内側も黒のようで中がまったくどうなっているのかわからない。

 

「気をつけろ! 何が出るかわからないぞ!」

 

 次々に卵の殻が割れて、地上に落ちる。

 卵から黒い物体が出てくる。鳴き声はしないがひよこのようである。

 嘴がパクパク動き、頭がちょこちょこ動く。目から嘴まで完全に黒なので影絵を見ているようだ。

 

 卵の上半分が割れて雛が見えるが、まだ出てくる気配はない。

 三戦目のひよこと同様に増殖するんじゃないかと全員に嫌な空気が充満した。

 試しにとフルゴウルが攻撃したが、雛は攻撃を吸収するだけでやはり意味がないように見える。

 

「どうしましょう?」

 

 攻撃をしていたが効果はまったく見られない。

 いよいよウィルも諦めてしまっている。

 

「少しずつ大きくなっているように見えるね」

「そうですか? そう言われると、そうでしょうか?」

 

 あまりにも黒すぎて、外見でパッと判断しかねる。

 元がそこそこデカいので、少しずつ大きくなられてもわからないかもしれない。

 攻撃も効かず、外側を囲んで様子を見るくらいしかできない。

 他のエリアの兵士たちも次々に現れる。

 

 十分ほど経過し、木村も雛が大きくなっていることがわかった。

 黒さはそのままに卵を出て、とてとて歩いている。

 

 兵士たちが気になったのかちゅんちゅん突いてくるが、まったくダメージはない。

 兵士にダメージもなく、ひよこにもダメージを与えることができない。

 

「何なんでしょうね?」

 

 立派なひよこになって動き回っているが、動きを止めることが精々だ。

 幸い良く動くものに釣られて動くようで、広場の中で兵士たちを追いかけ楽しそうに動き回っている。

 

「そういえばフルゴウルさんはどう見えます?」

「真っ黒なひよこに見える」

 

 どうやら木村とフルゴウルは同じものを見ている。

 他の者も同じである。シルエットはひよこにしか見えないが、明らかに魔物の類いだ。

 

 危険性が読み取れない。

 攻撃すらしてこないので、どうすればいいのかさっぱりわからない。

 ケルピィもお手上げ状態で、助っ人のヒルドはブリッジにて無言。ゾルに至っては黒いひよこと遊んでいる始末。

 

 

 さらに十分が経過したころだ。

 ひよこが鶏になってきた。

 

 頭にとさかが出てきて、首が細くなり、伸びた羽も尻尾のように見えてきた。

 爪も鋭く、獰猛なものになってきているのだが、やはりダメージは互いにまったくない。

 踏まれた兵士もいたのだが、重さすらないようで兵士の頭だけで鶏が支えられており奇妙な光景だった。

 輪郭だけが移動し、重さもない。本当に影絵が動いているようであった。

 

 しかし大きさがすでに卵の時の倍はあって、歩き回るだけでかなり恐怖がある。

 黒鶏怪獣と言っても良いだろう。

 

 育った鶏が地面にうずくまった。

 どうしたのだろうと思えば、鶏のお尻部分からニュルンと新たな卵が現れた。

 卵が地面に転がる。こちらも同様に黒い。真っ黒だ。

 

 鶏が空にむかって鳴いた。音はない。

 卵を産んで一人前になったと言わんばかりの様子である。

 

「キィムラァくん」

「はい」

「気づいた?」

「えっ、何にです?」

 

 ケルピィが何かに気づいたようで、木村に問いを投げてくる。

 しかし、木村は気づかない。鶏を見ても、新たな卵を見ても変化はないように見える。

 

「兵士が一人消えたよ」

「消えた? 兵士が?」

 

 兵士が一人消えた――この事実に気づいたのはわずか数名である。

 大部分の人間が新たな卵と鳴く姿の鶏に目を取られて気づかなかった。

 気づいた数名もケルピィ以外は気のせいかもしれない、で終わらせてしまった。

 

 鶏がまた地面にうずくまる。

 そして、お尻から新たな卵が発生した。

 卵を産んだ鶏がまた鳴く。ペースが速い。まだ一分どころか三十秒も経過していないだろう。

 

「また兵士が消えたよ」

 

 今度は数人が気づいた。

 あいつがいない、あいつもいなくないか、と声が出てきた。

 

「まずいね。またうずくまった」

 

 卵を産む、空に鳴く、人が消えるの三点セットである。

 

「ほんとだ」

 

 木村も見てしまった。

 鶏の近くにいた兵士がスッと消えた。

 

「全員、鶏から離れてください!」

 

 ウィルが叫んだ。

 兵士たちも一斉に離れていく。

 鶏は兵士たちのことなど気にせずに卵を産む。

 産み終わると朝を告げるように無言のコケコッコー。

 

「あっ」

 

 ゾルが消えた。

 鶏に剣を構えていた姿が一瞬でどこかへ消えてしまった。

 ウィルとフルゴウルも目を瞠った。当然、モルモーも表情が険しくなる。

 

 兵士たちも距離を取って、冷静に成り行きを見守っている。

 これが鶏の攻撃だと木村たちもようやく理解した。

 

 ウィルとフルゴウルが鶏や卵に攻撃を加えるがまったく効果はない。無敵状態だ。

 しかもあちらは二十秒に一個のペースで新たな卵を産み、卵代と言わんばかりに人を一人消す。

 

「どうすればいいのかさっぱりわからない」

 

 木村の口から本音が漏れる。

 わかりやすい強敵なら戦い方も考えられる。

 これは戦いにすらなってない。卵を産んで人が消えるだけだ。

 あまりにも特殊戦闘すぎて、対策が思い浮かばない。せいぜい距離を取るくらいか。

 

 人がどんどん消えていき、広場は黒い卵で埋め尽くされていく。

 離れて観察すると、最初に産んだと思われる卵が割れた。孵化である。

 

 卵から現れるのは黒い雛かと思いきや、真っ黒の兵士である。

 鶏と同様に輪郭しかわからない。わかるのは真っ黒な槍の武器を持っているということだ。

 

 黒兵士は、人間の兵士に向かって歩を進める。

 まるで標的を吟味しているようだ。相手を決めたのか兵士は小走りになった。

 走る黒兵士を気にせず鶏は次の卵を産み、鳴き、人を消す。さらに他の卵が孵って新たな黒兵士が誕生する。

 

「ゾルが生まれた」

 

 孵化した卵の中からゾルが現れた。

 しかし、真っ黒なので別物と考えられる。

 

 最初に誕生した黒兵士が他の兵士を襲い始める。

 こちらから黒兵士への攻撃は効かず、一方で黒兵士の槍は生身の人間に刺さる。

 そして、刺された人間は徐々に黒に飲まれ、新たな黒兵士として生身の人間と戦っていく。

 黒兵士が生身の人間を倒せば倒すほど、黒兵士が増加する。

 

 趨勢が塗り変わるのに数分もかからなかった。黒兵士が爆発的に増加していく。

 あっという間に黒に飲まれ、さらには鶏の産卵で人も消えていく。

 

 木村たちも逃げたのだが、戦闘メンバーが全員消えて、木村は戦意を完全に喪失した。

 ヅラウィを逃げる途中で見たが、彼もまた為す術がないようである。

 

 一時間も経過しないうちにドライゲンは陥落した。

 建物に大きな被害はない。全ての人が黒化したというだけだ。

 最後に鶏が音もなく空に鳴く、今度は誰も消えない。ドライゲンから生身の人間は消え去ってしまっている。

 

 どこかからコケコッコーと遅起きの鶏がようやく朝を告げるように鳴いた。

 もはやドライゲンに朝日を浴びる人はいない。

 

 黒鶏も疲れたように横たわった。

 黒の人たちは消えていく。

 

 黒の人たちが全て消えると黒鶏も姿を消した。

 

「キィムラァ。残念だったな。挑戦は失敗だ。カクレガに戻るんだぞ」

 

 おっさんがカクレガの入口を開ける。

 木村は入口を潜り、廊下をひたひたと歩いて行く。

 

 久々の完敗である。為す術もなかった。

 

 茫然自失であり、地図部屋にたどり着いたころに鐘の音が鳴り響いた。

 聞き覚えのある音だが考える余裕がまだ出てこない。

 音に目を瞑り、頭を抑える。

 

「大丈夫ですか?」

 

 声がかかった。

 ウィルの声である。

 木村はその声でようやく我に返る。

 

「あ、うん……、大丈夫じゃないね」

「やはり特殊イベントが不安ですね」

 

 ウィルの台詞で木村は察した。

 これは復活ではない。時間が巻き戻されたのだ、と。

 

「不安というか絶望かな。どうすればいいのかさっぱりわからない」

「始める前からそれを言っては仕方ないでしょう。できることをやるしかありませんよ。もう行きましょうか?」

「……いや、ちょっとやることがあるかな」

 

 先ほどと同じ戦闘メンバーを見る。

 このパーティーではあの黒鶏と戦えない。

 そもそも戦いにすらならない。相手を分析する必要がある。

 

「ゾルをシエイに替えようか」

 

 まずは完全な失策から修正する。

 普通の討滅クエストⅡからして相性が悪く、続く特殊戦闘では黒化して猛烈な勢いで暴れていた。

 

 木村は新たなパーティーでカクレガを出る。

 

「広場に行こう」

 

 城には赴かない。

 時間の無駄だ。

 

 どこに敵が出るのかはわかっている。

 あるいはランダム故にブレがあるのかもしれないが、それならそれで良い。

 

 とりあえず外に出てきたが、ヒルドの鐘はあと何回時を巻き戻せるのかが木村は不安になった。聞いてから出るべきだった。

 前回のイベントでは一回しか戻せなかったはずである。

 

「メッセ。隣のヒルドにあと何回力が使えるか尋ねて」

『なぜ彼女を自分の隣に配置したのですか。いじめですか? 無言の圧力が怖いんですが』

 

 それでも尋ねてはくれる。

 聴きづらい声でヒルドの声が響いた。

 巻き戻せる回数は残り二回とのことだ。

 先の一回も入れて全部で三回。前回のイベントより回数が多い。

 

「まっすぐ広場に向かうと言うが、そのことがヒルド氏の力と関係があるのかな?」

 

 フルゴウルが核心を突いた質問をしてきた。

 ウィルやシエイ、モルモーも気にしている様子だ。

 

「端的に言いますが、ドライゲンは一度壊滅しました。今日は三回戦の後に特殊イベントが発生します」

 

 まるで己が予言者か、SNSに湧く精神異常者のようだと木村は小さく笑ってしまう。

 実際に見てきたこととヒルドの力を大まかに説明した。

 

「俄には信じられませんね」

「そうだと思う。とりあえず、まずは三戦に集中して。その後で黒卵が出てきてからが本番だね。すぐわかる」

 

 五日目の討滅クエストⅡ(二回目)が始まった。

 

 木村の経験(予言)のとおり、白ゴリラが広場の中心部に現れる。

 この時点でパーティーメンバーは木村の話すことが真だと確信に変わっていった。

 

 

 パーティが戦っている間に木村は黒卵の戦闘を振り返る。

 主に最初の部分だ。先ほどザッと話したことで頭の整理ができてきている。

 

 まずは初期の卵状態だ。

 計っていないが5分くらいで孵化する。

 卵状態だけでなく全状態に言えることだがダメージは入っている気配がない。

 実は入っているのかもしれないが、少なくとも見た目ではダメージがあるとはまるで思えない。

 卵状態の時はまったく身動きがない。

 

 

 次にひよこ状態だ。

 時間経過で徐々に大きくなり鶏になった。

 こちらも計測はしていないが、30分くらいかかっただろう。

 このひよこ状態では動き回るが、ダメージは互いにない。ダメージどころか音も衝撃も全て消える。

 吸収しているのかどうなのかは不明だ。

 

 

 最後が鶏状態。

 黒の卵を産み、空に鳴き、人を一人消す。

 消えた人間はこの時に産んだ卵から黒化して出てくる。

 このとき出てくる黒化した人間を黒兵と呼ぶとすれば、この黒兵は人間を襲う。

 おそらく一人消す際の対象は単純に鶏からの距離が一番近い者を対象としていると考えられる。

 

 このサイクルは計っていた。概ね20秒である。

 人間が産まれるのは3分ほどなので約3分半で人は黒化される。

 

 

 鶏状態に付随して黒兵の特徴だ。

 こちらからの攻撃は効かず、黒兵からの攻撃は通る。ずるい。

 大きな問題は黒兵の攻撃を受けると、攻撃を受けたキャラも黒兵化することだ。

 これにより黒化の拡大は猛烈な勢いで増えていってしまった。

 さらに黒兵は元の人間のステータスを引き継ぐ。

 パーティーメンバーが黒兵化するとその勢いは一般人の比ではない。

 

 イベントの終わりとしては、黒化した存在が消えていき、最後は鶏が消えて終わった。

 ここでふと彼の中に疑問が浮かぶ。

 

「どうしてパーティーが全滅したのにイベントが続いたんだろう」

 

 自分で言っておきながらすぐにこの疑問は解決した。

 思い返せば無印の討滅クエストの時から、パーティーが全滅しても敵は我が物顔で暴れ続けていた。とても楽しそうに。

 

 それでも最後の場面に木村はなぜか違和感を覚える。

 しかし、どこに違和感を覚えたのかはっきりしない。そもそも意識が沈んでおり、記憶が曖昧だ。もやっとする。

 この点は後回しにすることにした。

 

 

 特徴をまとめたところで突破口を見つけ出す作業に移る。

 ほぼ無敵だがいちおうボスみたいなものなので、倒し方があるはずである。

 木村はこういったギミック持ちのボスが嫌いだ。ソシャゲなら初挑戦でも攻略サイトを見ながら戦う。

 自ら挑戦し、負け、失敗を重ねることをしない。このあたりは今どきの若者だろう。

 何でもネットで調べれば、偉大なる先人が大抵のことをまとめてくれている。

 

 ところがここに来てそのしっぺ返しがきてしまった。

 ソシャゲで経験のあるようなボスならまだ考えることもできる。

 今回のボスは木村のゲーム経験にはない。どうやって戦えば良いのかすらわからない。

 先人の偉大なることを異世界で実感する羽目になってしまった。

 

「キィムラァ、やったな。隠し条件を全て達成したぞ」

 

 どうやら繰り返してもこの台詞は言うらしい。

 木村はその隠し条件が気になった。

 

「隠し条件が達成された褒美として、ボーナスステージが開放されたようだ。さぁ、始まるぞ」

「隠し条件って教えてもらえるの?」

「秘密だぞ」

 

 秘密だった。

 隠し条件をそもそも達成しなければ、ボーナスステージもなくなると木村は考えた。

 「サポート無しの自力で敵を倒す」ではないかとも考えたが、それであれば前回のイベント時に発生していてもおかしくない。

 それにそんな簡単に条件を回避できるなら大神はわざわざヒルドを送ってこない。口頭で済む話だ。

 きっと隠し条件はかなり緩く、倒す段階で踏むのではないか。

 

 

「始まりましたよ」

 

 ウィルが知らせてくる。

 木村も思考を停止させる。

 開始は告げられたが、まだ卵は出てこない。

 

 ウィルやフルゴウルは、次に現れる、まだ見ぬ黒卵に警戒を強める。

 兵士たちは勝利に安堵したそばから緊張を強いられた。

 

 このあたりは前回とほぼほぼ同じだ。

 近くのざわめきが止まり、遠くの音が良く聞こえてくる。

 兵士たちの移動を告げる号令や足音、飛龍の鳴き声や翼が風を切る音、それに鶏の鳴き声。

 

「あ……」

 

 諦めかけていた心に、ピースが嵌まった。

 一番最後の場面で何がひっかかっていたのか思い出した。

 あの時もまた鶏の鳴き声が聞こえたはずだ。そして、1周目ははっきりと覚えていないが同じタイミングで鶏が鳴いていた気がする。

 

「そうか……。そうだったんだ」

 

 仮定が生まれる。

 しかし、木村はこれが正しいと感じた。

 

「言われたとおりです。黒い卵が現れました!」

 

 木村にも見えている。

 しかし、木村の意識の中心から、この卵は急速に離れつつもあった。

 

 なぜこの卵はおっさんの開始の合図から遅れて出てくるのか。

 計っていないがおおよそ20秒ほど遅れて出てきた。この秒数ならきっと仮定は正しい。

 特殊な条件で黒鶏にもダメージが通るようになると思っていたが、仮定が真ならこの考えは間違いだとわかる。

 

「ちょっと集まって」

 

 木村はパーティーメンバーを近くに来るよう声をかけた。

 そして、彼のたどりついた結論を伝える。

 

「この黒卵は倒せない。無敵だ。相手をしても意味がない。そう――本体がどこかにいるんだ。そして、その姿はきっと鶏。さっき鳴き声が聞こえた」

 

 おっさんの開始と同時に、真のボスである鶏がどこかに現れている。

 そして、ボス鶏の出現から20秒が経過し、ボスはどこかからこの黒卵を産み、空に向かって鳴く。

 先ほどの鳴き声が本体の鳴き声だったのだろう。おそらく1週目の最後に聞こえた鳴き声も本体の終了を知らせる声だ。

 

「黒卵自体が攻撃手段であり、本体から目を逸らさせるための囮だったんだ」

 

 気づいてしまえばなんてことはない。

 あそこまで攻撃が通らず、攻撃に移るまでにも時間もかかるのだ。

 まともに戦うタイプのボスではないことは、選択肢に入れておくべきであった。

 今までのボスがとことん戦闘タイプだったとはいえ、視野が狭かったと言わざるを得ない。

 

 今回は正面切っての戦闘ではなく、鬼ごっこタイプのボスだったわけである。

 ただ、時間制限は意識しておかねばならない。

 卵状態が5分、ヒヨコ状態が30分。

 その先は地獄だ。

 

「制限時間は約35分。急いで本体を見つけないと」

 

 活路が見えた。

 木村はそれだけで救われた気持ちになる。

 

「鶏を探そう」

 

 彼の仲間たちも理解が及んでいない点はあるが、何をしなければならないかを理解した。

 また、傍観者たる木村が珍しく真剣になっていると感じ取っている。

 ガチャ以外では滅多にないことだ。

 

「僕はさっそく周囲に魔法で探査をかけてみます!」

「面倒ですが私もやりましょうかね」

「自分もやります」

「ふむ、まずは伝言でアルマークに事情の説明だね。兵士がここに集まりつつある。持ち場周辺に戻り探索させるように伝えよう。伝言は私に任せたまえ。総動員だ」

 

 パーティーの面々も木村の積極的な姿勢にあてられた。

 好感度が底値安定になっていたシエイも、プラスに向かいつつあるほどだ。

 

 非常に良い方向へ動いていると全員が感じた。

 木村の熱がパーティーへ、パーティーの熱がドライゲンの兵士たちにも伝わり同じ方向を見て進もうとしている。

 

 だが、全員が同じ方向を見ると言うことは背中に死角ができるということでもある。

 もしもアコニトがここにいたら、気だるげなあくびを一つ入れて、チクリと皮肉を口にしていただろう。

 

 例えばこうだ。

 「坊やぁ。いつになくやる気に満ちあふれとるなぁ。随分とご執心だぞぉ」と。

 彼女の皮肉を受けて、木村も彼が取るべき立ち位置――寄る辺とすべき心の在り方を思い出したはずだ。

 

 

 時を戻せる回数はあと2回残っている。

 言いかえれば、あと2回しかコンテニューはできないのだ。

 

 そして、特殊イベント戦はようやくスタートラインに立ったところである。

 

 終わりはまだ見えてこない。

 

 

106.イベント「私のカツラを知らないか?」9

 

 黒卵の突破口を見つけた。

 

 本体だ。

 本体である鶏を見つけ、叩けばなんとかなる。

 見つけるのに時間がかかるのではないか、鶏の形をしていないのではないかという木村の心配は杞憂であった。

 

『カラダン地区で対象を発見』

 

 即席の捜索体制を組んで、わずか一分足らずのことである。

 あまりにも早すぎて、それもまた黒卵同様の囮なのではないかと木村は考えたほどだ。

 

『純白の鶏で、地面を高速で走って逃げるようです』

 

 黒卵とは対照的な白の鶏らしい。

 聞いた限りでは本物ではないかと木村は感じた。

 地面を高速で逃げるというのも本体らしい特徴と思えた。

 

「伝令――『こちらが到着するまでは追跡に専念。被害を広げることのないように』」

『了解』

 

 ケルピィからの伝令をメッセがすぐに全域に流す。

 さらに今回も囮の可能性を考え、その他の兵士たちは動かず警戒するように伝えられた。

 

 

「白い」

 

 確かに白いっちゃ白い。

 しかし、純白とはあくまで瞳や羽の影、他のパーツや背景と比べて、白さが際立っているときに使うべきだろう。

 コピー用紙を鶏の形に切っただけのような立ち姿を純白と呼んで良いのか。

 

 しかし、このわかりやすさはありがたい。

 兵士からの報告を聞きただの鶏じゃないのかと疑問を感じたが、これは間違いない。

 広場の黒卵と対となる存在と言える。ただただ白い。

 

「攻撃を開……速いな」

 

 フルゴウルが手の平に筺を出した瞬間に白鶏は移動を開始した。

 その速さは木村では目で追いかけるのも困難なほどである。

 白い帯のようなエフェクトだけを残して消え去った。

 

「速すぎじゃないですか」

 

 凄まじい速さだ。

 しかもフルゴウルが攻撃をしようとしたのを見てから逃げたように見えた。

 実際に、白鶏はこちらがただ見ているだけのときは動く気配すら見せなかったのだ。

 

「当たりかも」

 

 攻撃から逃げると言うことは、被弾を怖れているとも考えられる。

 攻撃をものともしないのならば、黒卵や黒鶏同様にこちらを気にする必要すらないのだから。

 

「追いかけましょう」

 

 追いかければ、白鶏はすぐ近くにいた。

 追いかけるだけでは逃げないが、攻撃する素振りを見せるとやはりすぐ逃げていく。

 

「待った。闇雲に追いかけても駄目だよ」

 

 制止をかけたのはケルピィである。

 木村も追いかけ始めてからすでに五分が経過していることに気づいた。

 追いかけているにもかかわらず、攻撃をあてるどころか、攻撃をしようとした時点で逃げられてしまっている。

 

「逃げ方に法則性がある」

「人の少ない路地に逃げる傾向があるね」

「そう。少ない路地に先回りで魔法を撃つと逆方向に逃げてた。魔法の方が避ける優先度は高い。次に人の数の多少かな」

 

 その後も細かいパターンを続けたが、要するに配置を先に決めておけば良いとのことだ。

 地図を理解しているケルピィがメッセに声をかけて兵士を配置していく。

 トドメをさす位置を決めて全員が頷いた。

 

「それじゃあ始めよう。メッセ」

『了解』

 

 さすがに時間が勝負とわかっているのか、メッセも冗談を言わない。

 淡々と兵士たちに指示をして立ち位置を告げた。

 

 その間に木村たちも狩り場に移動する。

 長い一本道の街路だった。

 

 ウィルたちも魔法の準備をおこなう。

 建物の間にある小さな通り道を魔法で潰しておく。

 完全に隙間のない一本のトンネルのような状態を作り出す。

 

 準備が終わった。

 互いにうなずき合って、ケルピィが開始を宣言した。

 

「作戦を開始しよう」

『作戦決行』

 

 合図の音が遠くから聞こえてくる。

 どうやら兵士たち魔法を使ったらしい。

 

 音はどんどんと木村たちへと近づき、白い帯が木村の視界にも入った。

 白が見えた瞬間に魔法が展開される。

 

 長い道に誘い出し、入口と出口に魔法で蓋をする。

 鶏が通るのは「道」だけである。壁は走らないし、また今のところ飛ぶこともない。

 

 白い鶏は動きを停止した。

 どうやら逃げ道がない場合は停止するらしい。

 単発の攻撃は軽く回避するが、道の前後から逃げ道なく魔法で圧し潰す。

 

「やった!」

 

 白鶏にも魔法が効かないのではという心配は解消された。

 ウィルの炎とフルゴウルの筺で鶏は潰れて消えた。

 そして、消滅した場所に白い卵が残る。

 

「卵ですね」

 

 卵だが気持ち悪いほど白い。

 こちらも白すぎて平面にしか見えないほどだった。

 白卵が出たが、果たしてこれをどうすれば良いのかがわからない。

 気のせいか地面からほんのり浮いているようにすら見える。

 

「触っても大丈夫かな」

 

 フルゴウルは気にしているが、彼女は触ろうとしない。

 シエイが近づき卵を拾い上げようと手を伸ばす。

 彼女の手は卵に当たる直前で止まった。

 

「触ることができません」

 

 端的に告げた。

 手を止めたのではなく、それ以上進めなくなったらしい。

 両手で卵を掬おうにもやはり手が止まる。端から見ると冗談のようだが、シエイは冗談を言わない。

 ウィルやフルゴウルも魔法で試して魔法すらも弾くとわかった。

 

「僕も試して――」

「キィムラァ。やめておくべきだぞ」

 

 木村も気になって触ろうとしたが、おっさんに止められた。肩に手を置かれているだけなのにまったく動けない。

 この出来事は前にもあった。システム的に良くないことが生じるときの止められ方だ。

 絶対触れない魔法的な法則があるモノに、法則を無視する木村なら触れる。

 問題は触った時に何が起きるかだ。パンドラの箱である。

 触った時に問題がないならおっさんは止めない。

 

 つまり、今回は触ると悪いことが起きる。

 イベントとは比較にならないレベルの災厄が起きる可能性もある。

 

 木村は触るのを諦め、遠くから観察するに留める。

 白い卵は出たのだが特に何かができるわけでもない。

 

『黒のひよこが成長しているようです』

 

 制限時間が迫ってきている。

 考えて、話をするがけっきょく進展しない。

 

『黒鶏が卵を産みました。言われたとおり兵士が一人消えました』

 

 終わりの始まりであった。

 その後は淡々と兵士が消えた。黒卵が孵化したと報告が続く。

 悲鳴は聞こえるが、すぐに黒兵になり静かになる。朝のドライゲンが黒に侵蝕されていく。

 

 木村は離れたところから黒兵たちの様子を見ていた。

 全滅は必至だが、可能な限り情報を集めたい。滅び行く様を余すところなく観察する。

 

「あっ!」

 

 黒の兵士が忽然と消えた。

 理由はわからない。前回は起きなかった現象だ。

 前回になく、今回に起きたことの有無は、白鶏の撃破であるので要因がそれと察しは付く。

 

 木村が考えている最中、どこかからコケコッコーと鳴き声が聞こえてくる。それも二回だ。

 パーティーメンバーも聞こえたようで静かに状況を見守る。

 その二十秒後に変化が生じた。

 

 広場の中心に卵が現れた。

 その数は二。先ほどよりも一つ多い。

 さらに色は完全な黒ではなく、白と黒が混じっている。

 

 またしても鬼ごっこが始まった。

 兵士たちが欠けてしまった中での鬼ごっこである。

 いまだ先の混乱の中にあり収拾がつかず、逃げる鶏を倒すことはできなかった。

 

 時間が経過し、卵は孵化し、白黒の鶏が二体現れる。

 今度こそ地獄だった。

 

 全滅を見ていきながら、木村たちは対策を検討する。

 やがてパーティーも全滅し、木村は前回同様にただ一人残った。

 

 しかし、絶望はない。

 

 倒すべき敵の対策を見つけることができたのだ。

 

 

 

 とうとう三周目である。

 

 ヒルドの鐘によるコンテニューもあと1回だが、木村は今回でクリアできると考えている。

 

 流れは前回とほぼ同様だ。

 予言者のような概要の発言から、白鶏の対策を簡略的に話す。

 

「俄には信じられませんね」

「すぐわかる」

 

 同じような台詞を聞いたので、木村は端折って答えた。

 案ずるより産むが易し。長々と説明するよりも見てもらった方がずっと早い。

 

 討滅クエストⅡが始まり、最初の二戦はウィル、モルモー、シエイで戦ってもらう。

 フルゴウルは三戦目の増殖鶏以外は、木村とアルマーク、それにケルピィ、メッセと一緒に作戦会議をおこなった。

 

 三戦目でフルゴウルも戦線に復帰した。

 このあたりは安定して倒せている。安定しすぎている。

 全滅した前の二回よりもずっと安定していると木村は感じた。

 ヒルドの鐘は単なる時間の巻き戻しだと思っていたが、あるいは技量的な面を一部引き継いで戻っているのではないか。

 

 増殖鶏も倒すことができて、いよいよ特殊イベント戦である。

 

「キィムラァ、やったな。隠し条件を全て達成したぞ。隠し条件が達成された褒美として、ボーナスステージが開放されたようだ。さぁ、始まるぞ」

 

 パーティーメンバーからは本当に始まった、というわずかな驚きが見えた。

 そして、全員が耳を澄ませる。今回は兵士のざわめきもほとんど聞こえてこない。

 あらかじめメッセに伝えておいてもらっている。

 

 どこかからコケコッコーという鳴き声が聞こえた。

 大まかな方角だけはわかる。前回とは明らかに違う方角であった。こちらはランダム要素がある。

 

 飛龍部隊が木村たちの側に降りてきて乗せてくれる。

 そうしていると報告が来た。

 

『ワースリアー地区で対象を発見』

 

 木村たちは飛龍に乗せられ、すぐさま地面を離れる。

 地上からの離陸の際は、乗り手が風魔法で飛龍の飛翔をサポートするようだ。

 あっという間に建物を見下ろせる高さに達し、そこからワースリアー地区へと向かう。

 

「白いと聞いていましたが、本当に白いですね」

 

 前回、木村が抱いた感想をウィルが述べた。

 その後の速いの感想も同様である。

 

 ケルピィが地図を解析し、配置を決めていく。

 狩りスポットを決め、そこがゴールになるよう誘導させる。

 

 ここで一つ前回と違う点がある。

 狩り場は前回のような長い一本道ではない。

 黒卵の発生した広場である。そこまで白鶏を誘導する。

 

 前回、なぜ黒兵たちの増殖が止まったのか、その後、また白黒卵が現れたのかを考えた。

 黒鶏の人間吸収は距離が一番近い人間を吸うとわかっている。

 

 その黒鶏の人間吸収は人間だけでなく、白卵も標的となるのではないかという仮定が出た。

 黒鶏が白卵の距離までの人間を全て吸収した場合、次の吸収は人間ではなく白卵を吸収するということだ。

 そして黒鶏が白卵を吸収すると、黒白相殺というべきか黒鶏と白卵が同時に消滅する。

 消滅した後で次は二体の白黒卵と鶏が現れる。

 

 この仮定を信じ、木村たちは白鶏を広場へと追い詰めていく。

 飛龍に乗ったまま、路地に人や魔法を配置し、白鶏をどんどん広場に誘導する。

 

「行きました!」

 

 白鶏が広場に入った瞬間に全員が魔法を発動する。

 追い詰められた白鶏は、すでに孵っていた黒ヒヨコにぶつかった。

 

「両方とも消えたね」

 

 白卵を黒ヒヨコに吸収させるつもりだったが、白鶏の方から黒卵にぶつかってしまった。

 そして、両方とも消え去る。これは仮定が完全に正しいのか不明だが、とりあえず消滅させることはできた。

 白黒相殺は間違いなさそうである。

 

 コケコッコーと鳴き声が別方向から折り重なるように響いた。

 セカンドステージの始まりである。今回はここからが本番とも言える。

 

 鶏発見の報はすぐに入る。

 木村たちは鶏に向かわず、飛龍に乗ったまま卵が現れるのを待つ。

 

「出た」

 

 広場に現れた卵は二つ。

 ここで確認すべきは卵の模様である。

 白黒が縞状の卵と斑状の卵の二種類だ。

 どこかに現れる鶏にも縞状と斑状の二種類。

 対応する鶏を対応する卵にぶつけなければ消えないと木村は考えている。

 

 さらに対応方法だが、順次各個撃破を選択した。

 パーティーを分割する方法もあったのだが、倒せなかった時の被害が大きい。

 それに先の一体の時の対応を考えれば、二体でも時間は余裕があり、方策も練ることができている。

 

 まずは近いものから潰す。

 先ほどから聞いた話では縞状の鶏が近い。

 

「こちらは縞状のモノをやります。兵士の方々は斑状のものをお願いします」

 

 木村たちはすぐさま現地に向かう。

 すでにケルピィがメッセを介して兵士たちに配置の指示を出していた。

 

 兵士たちは慣れていないが、木村たちの誘導は二回目なのでコツをつかんでいる。

 早めの展開、人・魔法の優先順位、緊張の緩和とスムーズに事が進む。

 一体目の鶏が十分もかからず広場へと誘導される。

 

「良し!」

 

 木村が発した「良し」は誘導ができたことも含まれるが別の意味もある。

 広場には縞状の黒ヒヨコしかいない。

 

 もう一匹の斑状の黒ヒヨコはすでに白鶏の方へ兵士たちが誘導してくれている。

 黒ヒヨコが身近な動くものを追うという習性を利用しておびき出した。

 さらに斑状の白鶏も黒ヒヨコへ誘導している手はずだ。

 

「消滅を確認しました」

 

 縞状の鶏が、一回目と同様に白黒相殺で消滅する。

 休むことなく斑状のモノの処理にかかる。

 

 斑状の黒ヒヨコと白鶏は、すでにかなり近い位置にいた。

 兵士たちが四苦八苦しつつも、互いを誘導してくれたおかげである。

 

 ここからはケルピィが細かく兵士を配置してくれる。

 狩り場もすでに選定済みだ。

 

「来ました!」

 

 すぐさま魔法を展開する。

 こちらも白鶏と黒ヒヨコがうまく一致した地点で消滅させることができた。

 

 問題はこの後だ。

 さらに鶏が出るかどうか。

 卵二つで約二十分。卵が三つならギリギリと言える。

 

 コケコッコーというトラウマになってきそうな鳴き声が響いた。

 

「多くないですか」

 

 木村は気のせいだと信じたかった。

 少なくとも今の鳴き声は三以上に聞こえた。

 

『広場に卵が出現を確認。数は四』

 

 三ならまだいけると考えていたが甘かった。

 一気に倍の四である。

 

 今回で終わらせるという木村の意気もくじかれつつあった。

 ちょっと予想外のことが起きれば躓く。コンテニューがあと一回というのも焦りを生みつつある。

 木村の意気など脆いものである。一番強い意志は「ガチャを引くぞ」という中毒性を含む意気くらいであろう。

 

「四ならいけそうだ。まずパーティーを分断しよう」

「それが良さそうですね。ケルピィさんと兵士たちだけでも誘導はできることがわかりました」

 

 消沈しかけていた木村の横で、ウィルとフルゴウルが会話を始めた。

 彼らの声を聞き、木村の沈みつつある意気も持ちこたえた。

 

「モルモーさんはメッセさんの真似ができますか?」

「疲れますが可能です」

「アルマークと兵士の中を取り持ってください。彼らに誘導を任せます」

 

 二つに分けるどころか、パーティを三つに分けた。

 ウィルとシエイ、モルモーと兵士たち、そしてフルゴウルである。

 

 ウィルとシエイは近場の鶏から処理していく。

 モルモーと兵士たちは二番目に近い鶏の処理だ。

 この二組は処理が終わったら三番目に近い鶏を処理する。

 フルゴウルは一番遠くの鶏を近くへと誘導する。

 

 即座に分かれ、行動を開始した。

 一体目の撃破に十分。二体目の撃破は一体目の遅れること五分。この時点で十五分。

 さらに三体目も誘導ができていたため遅れること十分でできた。

 四体目も黒鶏に成長してしまったが何とか倒せた。

 近くの兵士数人が吸収されてしまった。

 

 ここに来てようやく当初の仮説に結論が出た。

 黒鶏の人間吸収は白卵がある場合は、卵も吸収の対象とする。

 そのため、鶏と卵は近くで倒すことができれば、人払いされできれば被害なく撃破が可能ということだ。

 

 四体の鶏と卵セットも倒した。

 宝箱は現れず、おっさんから撃破の祝言はない。

 

「まだあるの?」

 

 さすがに嫌になってきた。

 四体の次は五体かあるいは倍の八体だろうか。

 MMORPGのレイドボスでももう少し戦闘が短いんじゃないのか。

 

 またコケコッコーという鳴き声が聞こえた。

 数は一。ただし、鳴き声は今まで比べものにならないほど大きい。

 

『広場に鶏の出現を確認。……卵らしき物体も出現しているとのことです』

 

 木村たちはまたしても広場に飛んで戻った。

 

 

 広場に現れていたのは黒い鶏である。

 黒い鶏は身長の五倍以上はありそうだった。

 ただ、立っておらず座っているので大きさがはっきりしない。

 

「……卵は?」

 

 卵もあると聞いたが、ぱっと見、どこにもない。

 

『卵は鶏の下です』

 

 木村たちが横に移動すると、黒鶏の下に白い何かが見える。

 形ははっきりしないが、鶏が下の何かを守っているように見えなくもない。

 鶏が守るモノと言えば卵だろうということで「卵らしき」という報告になったのだろう。

 

 黒の鶏と白の卵――最初の組み合わせと色は逆である。

 

「攻撃してみてください」

 

 様子見は時間の無駄である。

 今回の特殊イベント戦の趣旨を木村も掴めてきている。

 

 テーマは時間との戦いだ。

 

 直接的な戦闘はほぼない。

 起動したら最後の時限爆弾を解いている気分だった。

 即断即決。相手からパズルを与えられてさっさと解くことを強制される。

 

 手始めにウィルが攻撃を加える。

 火の魔法は鶏に当たると吸収されるように消えた。

 

「最初の黒卵と同じだ」

「そうなのですか?」

「え? ……あ、そっか。うん。最初の黒卵がこんな感じに魔法や衝撃を全て消し去ってた」

 

 木村もパーティーメンバーに一回目と二回目の記憶がないことを失念していた。

 彼らはこの現象を記憶の時系列上では初めて見ている。

 

 黒の鶏が羽をバサリと大きく広げた。

 周囲は驚いたが、鶏はすぐに羽を元に戻す。

 攻撃されたので威嚇で羽を広げて見せたと判断した。

 

 周囲には広げた時に抜けた羽根が落ちている。

 羽根も当然と言うべきか真っ黒だ。

 

「兵士の様子がおかしいです」

 

 抜けた羽根に触れてしまった数人の兵士が黒くなっている。

 

「まずい! 離れて! 黒兵化してる!」

 

 パーティーと兵士たちは鶏と黒兵士から距離を取る。

 距離を取ってから、兵士たちは黒兵士に攻撃を加えていった。

 しかし、黒兵士の特徴はきちんと受け継がれている。こちらの攻撃は効かない。

 その一方で黒兵士の攻撃はこちらに通り、しかも黒兵化させてくる。

 

 地獄が始まった。

 鶏の吸収がないぶん最初の時よりも進行は遅いが、着実に黒兵を増やしていっている。

 今回もどこかに本体がいるのではないかと、木村たちは黒兵が暴れる中で探して回る。しかし、本体はどこにも見えない。

 

 三十分が過ぎたころだろうか。

 コケコッコーというひときわ大きい鳴き声が聞こえた。

 この鳴き声こそが本体のものだとわかる。

 

 いったいどこからと飛龍に乗せてもらったまま探した。

 異常は広場にあった。

 

 黒鶏が立ち上がり移動すると、白卵の中から白い鶏が出てきている。

 ひよこではなく最初から白の鶏として出現した。

 

 白の鶏がコケコッコーともう一度空に向かって鳴いた。

 ドライゲン全域に余裕で響き渡らせる大音声だ。

 

「あ……」

 

 木村の乗せてもらっている飛龍を操る兵士が短い声を出した。

 その後は力なくうなだれる。飛龍すら翼の動きを止め、そのまま急降下を始める。

 

「……え?」

 

 木村が周囲を見れば、他の兵士や飛龍も降下を始めている。

 それどころか、飛龍に乗っていたパーティーメンバーは全て光になって消え始めた。

 

 木村も地面に落ちていく中で何が起きたのかを理解した。

 即死ブレスを食らった仲間が同じように死んだ。

 

 すなわち白鶏の最後の鳴き声が即死効果を持つ鳴き声だった、と。

 

 地面に落ちるところでおっさんがうまくキャッチしてくれて木村にケガはない。

 

 白い鶏は鳴き声を上げて満足したのかそのまま消え去った。

 白い鶏が消滅するのを見届け、黒い鶏も消えた。

 

「キィムラァ。残念だったな。挑戦は失敗だ。カクレガに戻るんだぞ」

 

 こうしてドライゲンは三度目の全滅を迎えた。

 

 

 カクレガの入口が開いたが木村はまだ入らない。

 

 おっさんも無理強いすることはなく、スクワットをしながら待ってくれている。

 最後の鶏の対策を考えなくてはならない。

 

「本体は外じゃなくて卵の中。しかも、その卵を黒鶏が守ってる。で、黒鶏は攻撃を食らうと羽を広げて反撃する。羽根には黒化作用の効果が付いていると」

 

 クソみたいな敵だった。

 今回は兵士が近くにいて、羽根で黒兵化し黒鶏への攻撃を止めた。

 もっと攻撃を加えていれば羽根がなくなって、打ち止めになるのだろうか。

 

「チキンにしてやりたい」

 

 わからん殺しもいい加減にして欲しい。

 次はもうコンテニューができない。対策も前回より曖昧である。

 

 卵は孵化したら終わりと明らかなので、孵化する前にどうにかしなければならないことはわかる。

 やはり羽根を全脱毛するまで攻撃するしかないのだろうか。

 

 しかし、あまりスマートではない。

 対策の話し合いでもこの話は出たが、綺麗な勝ち方には思えず全員が首を捻った。

 今回の特殊イベント戦はパズルに近い、全脱毛狙いはパズルのピースがないので自分で作りましたみたいな鬼手と言える。

 到底、正解とは思えないし、違っていた時の虚無感が拭えない。

 きっとスマートな対処法があるはずだ。

 

 攻撃方法、防御の仕組み、戦闘段階もクソを重ねているボスではある。

 しかし、パズル系のボスだけに攻略法だけはフェアなはずだ。

 技量と知恵でどうにかなる。

 

「何かを見落としてる。何を見落としてるんだろう」

 

 もしかすれば特定の能力を持ったキャラが必要という、現状でどうしようもないものかもしれない。

 しかし、それならやはり大神はヒルドを遣わしてこないだろう。

 あるいはキャラの中にいるから探せということか。

 そんな心の余裕はない。

 

 ヒルドが教えてくれればいいが、彼女は繰り返し以外で何かをする気はなさそうだ。

 かつての敵が今は味方というおいしい状況だが、嬉しい類いの仲間ではない。

 おっさんも敵の性質を解説はするが、倒し方は黙秘を貫く。

 

 ケルピィも洞察には優れているが、彼の理解を超えるものは守備範囲外だ。

 コンテニューも残り一回。次は失敗が許されない。

 落ちたら死亡の綱渡りの挑戦となる。

 

「綱渡り……あっ」

 

 完全な思いつきだった。

 正解はわからないが、縋ることはできうる。

 木村はカクレガの入口に背を向けて、人が消え去ったドライゲンに向き直る。

 

「ヅラウィさん! まだどこかにいますか?!」

 

 できる限りの声で最後の希望の名を叫んだ。

 一縷の望みを懸けてのコールである。

 

「ヅラウィさん!」

「大きな声を出さずともきちんと聞こえておりますよ」

「うおぉあ!」

 

 普通に木村の隣から声が返ってきた。

 見ればそこにカツラと髪の化物がいるではないか。

 髪の量は目に見えて減っている。彼なりに黒兵と戦ったのかと木村は推測した。

 あるいは芸を見せようとし続けた結果かも知れない。どちらにせよ、髪を消費して芸を実行していることは確実だろう。

 

「見ていたとおり、ドライゲンの人は全滅しました。全滅を食い止めるために手伝って頂きたいんです」

「失礼ながら全滅はすでに起きています。わたくしでは彼らを復活することは叶いません」

「いえ、違います。実は、」

「時を巻き戻せるのでしょう」

 

 口にしようとしたことを先に言われて木村は驚いた。

 ヅラウィはすぐに種を明かした。

 

「ネタばらしというほどでもありませんが、発言をずっと聞いておりましたから」

 

 どうやら近くにはいたらしい。

 それなら話は早い。

 

「巻き戻しもあと一回。次が最後なんです。どうか力を貸してください」

「それは叶えられません。わたくしは手を貸すことはできません」

 

 即答された。

 しかも却下である。

 理由を問う前にヅラウィは続ける。

 

「しかしながら、あなた方にわたくしの芸を披露することは問題ありません。その上でご相談なのですが、少しばかり用立ててほしいものがございます。見物料とお考えいただければと」

「……それは僕たちに力を貸すとは違うんですか?」

「違います。わたくしども曲芸団員は私的な用件で力を見せることを禁じられています。そして、団として手を貸すかどうかは議決の必要があります。団員がいない今、あなた方に手を貸すことは叶いません。しかし、あなた方が見物料を支払い、わたくしが芸を披露する。これであれば問題ありません。いかがでしょう?」

 

 木村としてはどちらでもかまわない。言葉遊びも良いところだ。

 ヅラウィは過去に話した時に職人的な性質があった。そのあたりの差異が気になるところなのだろう。

 

「もちろんそれでかまいませんが、見物料として何を差し出せば良いのでしょうか?」

 

 尋ね返したが、返答はすでに木村もわかっていた。

 彼の姿を見れば明確と言える。

 

「あなた方の髪です。特にお二人のものがあれば幸いです」

 

 木村とおっさんである。

 もちろん木村はかまわない。

 おっさんを見れば彼も別に良いぞと頷いた。

 ここに来て、少し躊躇いが木村の中に生まれる。

 

「あの、髪は全部ですか?」

「一部でかまいません。わたくしの力だけでは時間の巻き戻しに堪えられませんので」

 

 なるほどと木村は頷いた。

 

「それではどうぞ」

 

 ズラウィが木村とおっさんから髪を切り、復活した仲間達からも髪を少し拝借した。

 他にも仲間の髪をいくらか彼に与えた。

 

「たしかに頂戴致しました」

「対策はあるんですか?」

「披露する芸を先に述べては面白くありません。どうか皆様にもご内密にして、ご覧になってください」

 

 何らかの対策はあるようである。

 それを見せてもらって明日以降の参考にすれば良い。

 

 木村はようやくカクレガに入る。

 

 ヒルドの鐘が響き渡った。

 

 

 

 挑戦もコンテニューを三回経ての四回目である。

 

 もしもソシャゲならスマホを投げ捨てている。

 その後でスマホを拾い上げて、アプリのアンインストールという流れだ。

 現実も投げ捨てたいが、そうはいかない。

 

 戦闘だけならまだいいのだが、説明を繰り返すのが何よりも億劫だ。

 初回ならまだ注意深く説明もできたが、二回目以降はどこまで説明すればいいかわからなくなってくる。

 

 それでも特殊イベント戦まで順調に進んでいる。

 やはりヒルドの鐘はただ時を巻き戻すだけでなく、経験値か技量が引き継がれているのではないかと木村も考えざるを得ない。

 鶏の追い詰めも初回で五分を切っているし、四体が出てきても今回は三〇分がかからずに完了した。

 今のところでヅラウィはまだ出てきていない。

 

 コケコッコーと大きな声が響く。

 この鳴き声を聴くと木村の気分が沈む。

 

『広場に鶏の出現を確認。……卵らしき物体も出現しているとのことです』

 

 先ほどと同じ流れだ。

 木村たちは広場に向かった。

 

 到着すればすでにヅラウィが現れている。

 黒鶏の頭の上に陣取り、直立不動の姿勢を見せていた。

 

「詳しく聞いていませんでしたが、対策とはまさか彼ですか」

「うん」

 

 このデカ黒鶏の対応策は事前にぼやかして説明しておいた。

 木村としてもヅラウィがどうこの黒鶏を処理するのかが気になっている。

 

「みなさま、ごきげんよう」

 

 周囲を兵士に囲まれ、鶏の揺れる頭の上でヅラウィは優雅に一礼して見せた。

 木村も抜けた羽根に触れなければ、黒兵化しないのだなと理解できた。

 

「本日は早朝からお集まりいただき、恐悦至極でございます。本日の演目はやや危険を伴いますので、どうか線の外側よりご観覧ください」

 

 黒鶏の周囲に白い線が円となって現れた。かなり広めの円だ。

 兵士たちは線を踏まないようにしているが困惑を隠しきれていない。

 

「伝令――『線の外側にでてください。至急』で」

 

 メッセが兵士に告げれば、彼らも線の外側に出て行く。

 ひとまず攻撃を仕掛ける血気盛んな馬鹿がいないのがなによりありがたい。

 

「それでは」

 

 ヅラウィは黒鶏から飛び降りる。

 そのまますたすたと歩き、黒鶏の横に回った。

 腰を屈ませ、鶏の隙間から白い卵へと手を伸ばしていく。

 

 これを攻撃と判断したのか黒鶏が羽を広げて抵抗を見せた。

 羽根が周囲に散らばり、大きく動いた鶏の胴体がヅラウィに当たる。

 

「ああ、そうか」

 

 攻撃判定があるのは黒鶏の抜けた羽根だけである。

 本体の真下に羽根は落ちず、暴れ回る本体の胴体も黒鶏の性質上まったくダメージがない。

 

 鶏はさらに暴れ、いよいよ立ち上がった。

 羽をばたつかせ蹴りをヅラウィに入れるが、これもまたダメージがない。

 

 さらに蹴ってきた足を躱し、その足が落ちる下にヅラウィは先回りした。

 互いにダメージも重さも感じられない状態で、ヅラウィが足の着地点に先回りすることで黒鶏は足をうまく下ろすことができずバランスを崩した。

 それどころか転げる地点に先回りし片手で鶏を持ち上げてしまっている。

 似た光景は最初の黒ヒヨコとの戦いでも見たモノだ。

 

 黒鶏は暴れ回っているが、全てがヅラウィの手の平の上での出来事だ。

 人があげた手の上で黒の鶏が暴れ回っている。まるで鶏のブレイクダンスだった。

 しかも片手でやっており、ジャグリングのように左右の手に替えて、最後には頭で鶏を暴れさせている。

 

 その場にいた全員が動けなかった。

 羽根は次から次へと落ちていくのだが、ヅラウィの引いた線の外側には一つも落ちていない。

 

 ヅラウィは観客と化した兵士たちに暴れ回る黒鶏を一通り見せて回る。

 そうしてヅラウィが空いた手で白卵を示した。

 

 いつの間にか抜けた羽根が白卵に触れて、卵の殻の色が変わってきている。

 時間が経過すると卵が真っ黒になって殻が消滅した。

 

 鶏は鳴くのでは、と木村は怖れたが鶏は身動き一つ取らなかった。

 ヅラウィが白鶏を見てから、指をパチンと弾く。

 

 広場の出口から炎、金の筺、風、毒の霧と様々な魔法が生じ、道を封じた。

 ヅラウィは暴れる黒鶏を白鶏に下ろす。

 

 白と黒がふれ合い、互いに相殺され消滅した。

 周囲に飛び散っていた黒の羽根も次々に消滅していく。

 

 結晶型の宝箱が現れる。

 

「終わったぞ。強敵を見事討ち果たしたな」

 

 おっさんが終戦を告げた。

 長い戦いがついに終わりを告げられた。

 

 ヅラウィは周囲に一礼してみせる。

 あまりの手際に全員が拍手をする余裕もなかった。

 それでも彼はもう見せるモノはないと言わんばかりに広場からどうやってか消え去った。

 

 木村も前回の攻略で何が失敗だったのかがわかった。

 この戦いは時間との勝負だと考えた。調査もロクにせず初手で攻撃を加えたことが駄目だった。

 もしも触って大丈夫だとわかっていたら違っていたかもしれない。

 

 この考えはすぐに否定する。

 いや、おそらく結末は変わらなかった。

 あの場でヅラウィの真似ができたかといえばできないと断言できる。

 黒鶏の下に潜り、卵に手を出し、鶏が暴れたら絶対に離れる。

 散った羽根が誰かに当たって同じ道を進む。

 

 鶏を手の平の上に乗せることは必須ではないだろうが、抜け落ちた羽根を殻を割るため白卵にあてる必要がある。

 少なくとも黒鶏のバランスを崩し、白卵の真下から移動させる必要はあるのだ。

 

 そんな芸当が果たして可能か。

 地面に黒の羽根が大量にまかれ、宙にも飛んでいる中でだ。

 難しい。間違いなく初見では絶対にできない。次もできる気がしない。

 

 殻が割れた後は白鶏が出てくる。

 ヅラウィは様子を見ていた。その後で道を塞いだ。

 これに攻撃を仕掛ければ逃げるという推測がすぐにできたのだろう。

 

 もしも木村が初見で見ていたならできただろうか?

 白鶏が鳴けば全滅とわかっていた。すぐに攻撃を仕掛けさせたに違いない。

 そして、白鶏に一瞬でどこか遠くへ逃げられる。

 

 すぐに白鶏が鳴かなかったのはおそらく時間制限があったからだ。

 早く殻を割れば割るほど即死の鳴き声までの時間が延長される仕組みになっているのだろう。

 

 そこまできて、ようやく最後だ。

 逃げ場を失い止まった白鶏に、黒い鶏を接触させる。

 もしも黒鶏も白鶏から距離を取る習性があれば、どうやって二体を接触させろというのか。

 

「無理だ」

 

 木村は全てを認めた。

 おそらくヅラウィに頼んだことこそが今回の最善手だと。

 コンテニュー三回では、自分たちだけでいくらがんばってところで今回のボスは攻略できなった。

 

 ドライゲンは本日を以て終わっていたのだ。

 明日以降も不穏な助っ人が来る。助っ人無しでクリアできる気がまるでしない。

 

 木村は、仲間や兵士たちの安堵や喜びの声が聞こえてくる中で、一人だけ表情を暗くしていた。

 いけない思考方向に走っていることを自覚しつつも止めることができない。

 

 大神オーディンがなぜ木村たちにヒルドを遣わしたのか?

 ヒルドは、木村の推測した大神の考えに肯定も否定も見せなかったのはなぜなのか?

 

 「死力を尽くせよ」とは言われたが、むしろそれが足枷になっていた。

 この言葉によって木村はパーティーのメンバーでどうにかしようと躍起になった節がある。

 もしもこの言葉がなければ、早々にヅラウィに泣きついていたはずだ。他力本願こそが彼の頼みとするところなのだから。

 

 木村は「オーディンは、木村たちに特殊イベントボスを自力で倒せるようにさせるため、時を巻き戻せるヒルドを送った」と考えていたが違うのではないのではないか?

 本当に倒させようとしたなら、もう一言「他者を頼れ」も付け加えて良かったはずだ。

 

 自力で倒そうと奮闘させて、けっきょく全滅するプロセスを踏ませようとしたのでは?

 どうがんばってあがいたところで勝てない相手がいる、と。

 しかし、その場合の目的は何だろうか?

 

「大丈夫ですか?」

「……え、あ、うん」

 

 ウィルの声で木村は我に返った。

 どうにもらしくないことを考えすぎていたようだと彼は首を振る。

 

「さっきのあれ、真似できそう?」

「難しいかもしれません。訓練室に登録されればなんとか練習はできますが」

 

 とりあえず自力でクリアするためには練習する他ない。

 彼にできることは仲間が練習する姿を見ることだけである。

 

 明日の助っ人は過去の女神だ。

 うさんくさすぎるので可能な限りあてにしたくはない。

 

 

 

 翌朝である。

 

「木村くん。朝ですよー」

 

 寝ていると声をかけられた。

 目を開ければ、眩しい光に照らされた金髪碧眼の女神がいる。

 周囲は真っ暗で、木村は寝ているどころか、自らの足で立ってさえいた。

 アコニトの過去で見た謎空間だ。目の前の女神らしき存在が、事実、女神であることを彼は知っている。

 

「クロートーさん」

「はい。クロートーお姉さんですよー」

 

 のほほんとクロートーは応えた。

 彼女は翼をパタパタとさせて宙に浮かぶ。覚えてもらえていて嬉しいのリアクションなのだろうか。

 

「今日の助っ人はクロートーさんでしたよね。でも、ここは」

「はいー。夢の中まではなんとかこられたんですが、私ではここが限界のようですー。代わりに助っ人を送りますからねー。がんばってくださーい」

 

 木村はほっとしている。

 この女神はどうにも好きになれない。

 見た目だけなら美人なのだが、どうにもうさんくさい。

 

「ありがとうございます」

 

 うさんくさくはあるが、いちおうお礼は言っておく。

 強力な助っ人がいなければボスは倒せない。倒せるかもしれないが被害は甚大だ。

 最終的にはヅラウィに頼むしかないと考えている。髪くらいで(都ごと)全滅が防げるなら安いものだろう。

 果たして女神の送る助っ人は誰なのだろうか。

 

「助っ人はどなたでしょうか?」

「過去で見たところ、候補は何名かいたのですが、顔見知りの方が良いと思いましたのでー。彼女にしましたー。ほらー、木村くんの大好きなお仲間のお師匠様ですー」

 

 すぐにヒットした。

 顔見知りというかある意味で敵対した仲だ。

 アコニトの師匠と言えば、リコリスに間違いない。

 

「ありがとうございます!」

 

 これには木村も心から礼を述べた。

 彼女なら力量的に申し分ない。アコニトもリコリスに会えて喜ぶはずだ。

 

「うふふー。それではがんばってー」

「はい」

 

 女神クロートーが急激に遠ざかっていく。

 

「ん?」

 

 遠ざかる女神の口の端が、つり上がったように見えた。

 

 まるで歪に笑っているかのように。

 

 

「起きてください!」

「ふぁ!」

 

 目の前にウィルがいた。

 フルゴウルも彼の横にいるのだが顔色が良くない。

 

「目覚めてすぐで済みませんが、助っ人が来ました!」

「ん、ああ、知ってる。さっき聞いた」

 

 ウィルが怪訝な顔をする。

 夢の中で女神から聞いたと言わなければわかるはずもない。

 

「とにかく! 迎えに行ってください。誰も行きたがりません!」

「……どゆこと?」

 

 ウィルが言うには五時になって助っ人が来た。

 問題は助っ人が猛烈な神気を放っているらしい。

 ウィルは怖くて動けず、フルゴウルも溢れ出る魔力にあてられているようだ。

 よく見るとシエイが訓練室の隅で怯えていた。木村はその姿にときめいた。シエイの好感度が下がった。

 

「まるで烈火だね。敵よりも恐ろしい」

 

 汗がダラダラとフルゴウルの額を流れる。

 ウィルも鍛えてはいたが近づきたくはないようであった。

 

「ちょっと行ってくる」

 

 寝起きでトイレも顔を洗う時間も与えられず自室に向かう。

 状況を知らず文字だけで見ると、意味のわからない文章だった。

 

 木村の後ろからおっさんが付いてくる。

 部屋まで来たところで、おっさんに止められた。

 少し悩んだ様子だったが、彼が隣に立って扉を開けることになる。

 

「失礼しまーす」

 

 自室に入るのに失礼しますとはこれ如何に。

 しかも、ノックまでした。

 

 扉が開くと、比喩抜きで熱波が木村を襲った。

 彼の立ち位置に炎の刀が生え、さらに刀が首筋に迫っている。

 隣のおっさんも同様だ。

 

「ここはどこで、あんたらは何もんだい?」

 

 目の前に女性がいる。

 見覚えのある燃えるような赤髪だ。

 服装も上が白、下が赤の典型的な巫女装束。

 手から炎の刀が伸びており、コスプレした巫女に近い。

 

「ここはカクレガで僕は木村です。隣のおっさんはおっさんです。もっと言えば、ここは東日向の国ではありません」

「……続けな」

 

 表情にはほとんど出ていないが驚きはあるように見えた。

 木村は正直に懇切丁寧なほどに説明をする。やはりあのTHE女神は信用できない。

 助っ人の代わりにはちゃんと説明してから送り出して欲しい。

 

「つまり、ここはカゲルギ=テイルズとは別の異世界で、わっちはあんたらの手助けをするため女神クロートーにここに送られた、と」

「そのとおりです。いきなり送り込まれて困惑しているのは当然ですが、どうかお力をお貸しください。リコリス神」

 

 アコニトもそうなのだが、東日向の神は頼まれると弱い傾向が見られる。

 「人助けじゃ仕方ないね」と炎刀を引いた。もちろん木村の言葉に偽りが感じられれば、この結末にはならなかっただろう。

 

「この気配はアコニトもいるんだろ。案内しな。最後にあったのは百年以上も前だ。久々にあいつの姿を見たいからね」

 

 仏頂面だったリコリスの表情が緩んだ。言葉もやや緩くなる。

 木村でもわかる。リコリスはなんだかんだで可愛い弟子であるアコニトに会うのを楽しみにしている。

 それ故に木村は緊張を増してしまう。

 

「……えっと」

 

 木村はここで初めて言葉を詰まらせた。

 

「なんだい? 案内できないって言うのかい。それともあんたがた、あの馬鹿(あいつ)に――何かしたのか?」

 

 リコリスは炎刀をすでに消している。

 しかし、魔力を感じない木村でも彼女の言葉に明確な恐怖を覚えた。

 しかも何かしたかという問いに木村もおっさんも心あたりがある。自爆、顔面モップ、廊下でぐにゃぐにゃの晒しあげなどだ。

 それでもアコニトはすぐにけろりとしているし、彼女の方に問題が多い気もする。

 

「そのなんといいますか、会わない方が良いんじゃないかと。えっと……アコニトも今は会いたくないんじゃないかなって」

「あんたが判断することじゃないよ。保身はやめるんだね。次はないよ。案内しな。今、すぐに」

 

 ごもっとも、と木村は感じた。

 しかしながら、木村が庇っているのはアコニトであり、彼女の師であるリコリスでもある。

 けっして保身のために発した言葉ではないのだ。

 

 ここで木村は考え直す。

 アコニトの今の姿は、昔から変わってないのではないかと。

 

 リコリスは今のアコニトの有り様を知っているのではないかと、何せリコリスはアコニトの師匠だ。

 木村との浅い数ヶ月の付き合いとは比べものにならない。数百年、あるいは千年以上の付き合いのはずである。

 シャブ漬けのアルコール漬け、クソも廊下に垂れ流しというゴミニトの姿を知っていてもまったく不思議ではない。

 むしろこれこそが彼女のありのままの姿ですらある。

 

 今のアコニトの姿をリコリスに見せるのは、二人の心に影を落とすと木村は考えていた。

 しかし、これはまったくの彼の幻想で有り、自己中心的な思い込みではないかと考え直したのである。

 

 アコニトは師匠のリコリスを誇っており、リコリスも弟子のアコニトを大事に思っている。

 それであれば木村の手前勝手な思い込みと二人の出会いを遮る言動ことこそ、逆に二人への礼を失したことになろう。

 

「失礼しました。案内します」

「そうしな」

 

 木村はリコリスに背をむけ彼女を導く。

 

 アコニトのあんな姿も、師匠から見ればよく見る姿だろう。

 きっと懐かしさに喜びが溢れ出るに違いない。

 

 木村も自信をもって、今の彼女の有り様を師匠に見てもらうことにした。

 

 

 

 この数分後、アコニトは殺された。

 

 

107.イベント「私のカツラを知らないか?」10

 

 六日目の攻略は、二〇分ほど遅れての参戦となった。

 

 助っ人のリコリスとアコニトで一悶着があったためだ。

 初回の白ゴリラはパターンが単調のため、兵士たちだけでも時間稼ぎができている。

 今回の開催地点が広い空き地というのも被害が減ってありがたい。新しく美術館を建設するため更地にした場所であった。

 少し離れれば住宅地はあるが、魔法を撃っても被害がないほどの広さがあれば戦闘領域としては充分である。

 

 倒さないことによる時間稼ぎは有効であるが、時間の制限もある。

 過去に討滅クエストで試した時は約1時間で次の段階へ自動的に移行してしまった。

 

「交代させた方が良いのでは?」

 

 ウィルの視線は助っ人として連れてきたリコリスに向いている。

 彼の視線はリコリスに対し恐れを見せているが、フルゴウルとモルモーはかなり平然としている。

 どうやら彼女の出していた猛烈な神気だか魔力がかなり抑えられている状態らしい。

 ウィルが言うにはそれこそが問題のようだ。

 

「今の状態はあの時に近いです」

 

 今のリコリスは精神状態が極めて良くない。

 ウィルの話す「あの時」とはアコニトの過去で見た「崩壊」なる異質な魔法を使った時のことだと彼もすぐにわかった。

 炎にたとえられる彼女の魔力が常に溢れていたのは、示威的なモノではなく彼女本来の力を抑え込むためのものだとウィルは見ている。

 すなわち、今の魔力が収まっている状態はかなり危険な状態と言うことだ。

 

 木村も悩んだところである。

 討滅クエストⅡの特殊戦闘は連携が重要なので、途中までならシエイでも問題ない。

 問題は最終盤だ。黒鶏が白卵を温める状態になった後は、今の実力ではかなり被害をまき散らす可能性が高い。

 

「途中から交代させれば良いのではないですか?」

 

 ウィルの言うことはいちいちもっともである。

 しかしながら、木村はリコリスを連れてきてしまった。

 彼女の力に魅せられているというのが大きい。黒竜との戦いは木村にとっても心躍るものだった。

 そんな彼女が一時的とは言え味方に入って、戦う姿が見られるという。

 ゲームでも強キャラがスポット参戦してくれる場面が木村は好きなのだ。

 強キャラが弱体化されて参戦するのは興ざめだが、強いまま来てくれるなら喜ばしいことである。

 なによりリコリス本人が出ると言ったので半ば強制だった。

 

「どうしてこんなことに……」

 

 リコリスの口からぼそりと漏れてきた。

 木村も連れてきたのは失敗かもしれないと思い始めている。

 

「アコニトよぉ……」

 

 そう、全ての問題はやはりアコニトだった。

 リコリスをアコニトのところへ連れていった木村にも責があると言えばあるのだが、彼の力ではリコリスの要求を突っぱねることはできない。

 

 木村はリコリスをアコニトへ案内した時の一幕を思い起こす。

 

 

 

 木村は自室前でリコリスに説明をおこない、その後、彼女を連れて、アコニトのいる喫煙室に向かった。

 

 喫煙室は上層の一番隅という離れ小島であり、他の居住区と離れている。

 歩いている間に、木村はリコリスに話しかけようとしたがけっきょく何も話さなかった。

 

「ここです」

 

 木村は喫煙室の扉を示した。

 リコリスは扉を見て、やや困惑している。

 

「先に入りな」

 

 彼女は木村に入室を促した。

 罠を警戒したのと、単純に扉の開け方がわからなかったためだ。

 扉に近づくと扉の一部が光るので、そこに手を掲げれば扉は自動で開く。

 他の扉は自動に設定していることが多いのだが、喫煙室はうっかり近づき、開くとまずいので二段階構造である。

 

「くっさ」

 

 開けると何かの焦げるような臭いとクソのような臭い、それに獣臭、あれこれ混ざりすぎて鼻が曲がりそうである。

 この悪臭にはリコリスもわかりやすく顔をしかめた。

 

「アコニト、明かりを付けるよ」

 

 木村が入口横のスイッチに手を掲げれば、白い光が部屋を照らす。

 物が乱雑に散らばっている。臭いの原因が多すぎて、どれを見ればいいのかわからない。

 

 ゴミの中心に、ひときわ大きなゴミが転がっている。

 尻尾には逃げられ、髪もない。獣耳だけが彼女の証であった。

 

「ゲヘ、ゲヘへ」

「あ、だめだ。完全に飛んでる」

 

 目は焦点が合わず、口からは涎を出しっぱなし、体はタコのようにぐねぐねだ。

 まだ意識があるうちは明かりを付けると叫ぶのだが、その意識は遠く宇宙の彼方へ旅行中である。

 

「アコニト。リコリスさんが来てくれたよ」

 

 植物状態の患者に、家族が来たことを知らせる看護師のようなかけ声である。

 要するに返答はない。口から漏れる奇々怪々な声だけが無機質に喫煙室に響くのみであった。

 

 木村がリコリスを向き直る。

 彼女は木村の視線に気づかず、放心した状態でアコニトを見入っていた。

 その後、その放心したままの顔を木村に向ける。

 

「あんたら、この子に何をしたんだい?」

 

 怒り、悲しみ、憎悪と様々な感情が溶け合った声でリコリスは尋ねた。

 木村も下手に言いつくろって答えれば死ぬと悟った。

 正直に目を背けず答える。

 

「何もしていません。アコニトは出会ったころからこんなのです」

 

 おっさんも頷く。

 リコリスも木村の言葉に嘘がないと察した。

 しかし、彼女はその言葉を信じたくはなかった。感情が勝る。

 

「嘘を言うなよ。わっちの知ってるこいつは、馬鹿だけどこんな有り様になっちまうような子じゃなかった」

 

 木村の当初の予感は正しかった。

 リコリスはアコニトの今の有り様を知らない。知るべきではなかったのだ。

 

「僕の知っているアコニトとは違いますね。彼女は大半がこの状態で、それ以外は馬鹿なことをしでかしています」

 

 今の状態は馬鹿を凌駕している。もう言葉にならない。

 平常時が馬鹿な状態なのだ。まともな事を言う時はもはや異常時なのである。

 

「……こいつ自慢の尻尾は? 髪だってない」

「尻尾は自我を持ち、本体を嫌がってどこかへ逃げています。髪は諸事情で抜け落ちました。四日もすれば生えもどるはずです」

 

 リコリスは言葉を失った。

 瞳は揺れ、口は閉じず、手が震えている。

 木村でも彼女の動揺がはっきりとわかるほどだ。

 

「そ、それでも戦闘はこなすんだろ」

 

 木村はもう答えたくなかったのだが、リコリスはさらに事情を聞いてくる。

 その声はすでに躊躇いが混ざっていた。躊躇うくらいなら聞かないで欲しいと木村は思う。

 それでも正直に答えてしまうのが木村の悪いところのだが、嘘を言ってもすぐにばれることは間違いない。

 

「とりあえず戦う時は突っ立って煙を吐いてますね。あ、そうだ! この前はすごい立ち回りを見せてくれました」

「そうだろう! そうだろうとも! やる時はやる子なんだ」

「でも、危うく市民を虐殺するところでしたね。民衆のど真ん中で毒霧を吹きましたし」

「虐さ……」

「民衆の頭を踏んで舞台に飛んでいたな」

「あれには王様も怒ってたね」

「怒って当然だぞ」

「頭を踏む……」

 

 今度こそ完全にリコリスは言葉を失った。

 意識すらどこかへ失いつつある。

 

 木村も喋りすぎた。

 彼なりに彼女の心情を把握し、何らかの慰めの言葉をかけるべきだと感じた。

 

「いつもこんなアコニトですが、ごく稀に教えを授けてくれることがあります。その言葉は僕の支えになっています。リコリスさんの薫陶の成果ではないかと」

 

 木村としてはリコリスを慰めたつもりだったが、逆に彼女を追い詰める言葉になった。

 悪い部分だけがリコリスに伝わってしまった。

 

 ――いつもこんなアコニトになったのは、リコリス(あなた)の教育のせいですよ。

 

 リコリスの口から嗚咽が漏れた。

 彼女はアコニトの馬鹿な面をよく知っている。

 馬鹿な面の裏側に彼女の良い面、あるいは強い面があることもまたよく知っている。

 数百年は流したことのない涙が彼女の頬を伝っていた。

 

「アコニトよぉ、いったい何があんたをこんな……」

 

 アコニトが見るも無惨な姿になったのは、彼女のその馬鹿な面が突っ走った結果である。

 良い面がなりを潜め、馬鹿な面だけが出続けた結果がこれだ。

 その一因にリコリスも入っている。

 

「そんな姿を晒すなら、わっちは後見神としてあんたを――」

 

 おっさんが木村の腕を引いた。

 リコリスが急激に木村の視界から遠のく。

 その彼女の髪が赤く発光し浮き上がり、手から炎の刀が伸びた。

 木村が見えたのはそこまでである。喫煙室の扉が閉まりその後の出来事を見えなくした。

 

 喫煙室の中から轟音が響き、扉と周囲の壁を大きく震わせた。

 スプリンクラーが発動し、カクレガに警報が鳴り響く。

 

 部屋から聞こえる音が収束し、軽く一分は待ってから木村は喫煙室の扉を開けた。

 スプリンクラーの水を浴び、巫女装束のリコリスが静かな姿で立っている。

 他の全ては燃やし尽くされ一面真っ黒焦げであった。

 

 アコニトの姿はない。

 彼女が転がっていた床の部分だけが、わずかに黒さが薄い程度である。

 

「いくぞ」

「えっ?」

「敵を倒しに行くんだろ」

「えっと、でもリコリス神はアコニトと、」

「菫狐アコニトは東日向が大神の一柱として尊厳及び礼節を著しく損なった。その任、もはや果たすこと能わずと判断し、後見神リコリスが此を永久に害した。……あいつの分までわっちが代わりに果たそう」

 

 途中まで極めて事務的にリコリスは告げた。

 溢れ出る諸々の感情を抑えていることがわかる。最後に少しだけ感情が現れていた。

 彼女が言いたいことは理解したが、木村が言いたかったのは「アコニトと話さなくても良いのか?」ということだ。復活後のまともな彼女とである。

 

 ここでリコリスが間違っている点が二つあることに木村は気づいた。

 一つ目。リコリスはアコニトを殺したと言うが、殺したところで復活する。これは説明していない彼に非がある。

 二つ目。アコニトの分まで働いてくれるようだが、アコニトは基本的に働かない。今回のイベントもまるで活躍してない。アコニトの分まで働かれると働かないという矛盾した状態になる。

 

 どちらかを指摘しようかと木村は考えたが、やぶ蛇になりそうなので口をつぐんだ。

 あげ足取りをしている状況ではない。伝えたところで余計に彼女の感情をかき乱すに違いない。

 

 この考えは本日のイベント戦終了後に修正される。

 伝えるべき相手がシナリオ上の重要キャラまたは戦力が異常に高い場合は、間違っている点は喫緊かつ相手の心理状況を差し置いてでも伝えるべきであり、伝え方にこそ注意を払うべきなのだ、と。

 

 現時点で彼の判断を責めることは、ごく一部の存在を除いて不可能と言える。

 

 

 

 そんなこんなで討滅クエストⅡは気分の沈んでいるリコリスが加わって戦ってくれている。

 

 ウィルが言うには、力を抑えているようだがあまりにも強い。強すぎる。

 討滅クエストⅡの三種類の敵があっという間に撃破されていく。

 

 白ゴリラはトライアングル配置でワンサイクル回すだけで倒せた。

 緑鹿は最初こそ技がコピーされて、対応されたが、別の技をコピーして耐性が消えればすぐに倒された。

 増殖ヒヨコは毒付きの炎で、火の粉を無数の刃にした攻撃でまさかの二体に増殖した時点で倒してしまう。

 

 刀、炎、毒と三種の攻撃全てにヒットストップ判定があることが大きい。

 しかも相手だけが止まる狂性能である。手数も多く、速さも桁違い、相手はまるで動けない。

 黒竜戦だと互いに攻撃をほぼ躱していたのでわからなかったが、どう考えてゲームに実装してはいけない性能だった。

 

「私はいなくても良いのではないでしょうか」

 

 モルモーも真顔で木村に伝えてくる。

 彼女は二戦目のコピー枠を埋める以外に特に何もしなかった。

 

「今はそうかもしれない。……でも、帰らないでね。」

 

 もっと言えば、リコリス以外は誰も要らない。兵士だけでも十分だ。

 言っている途中で帰り支度を始めかけたモルモーに念のため釘をさしておく。

 彼女はこの後で重要な役目がある。交代しても良いが、実力を考慮すれば残っていてもらいたい。

 

 過去の出来事を見ていなかったフルゴウルはもちろんとして、そこにいた兵士たちも敵よりもリコリスを怖がっている。

 雰囲気が沈んでいる状態なのが一目でわかり、声もかけづらく、余計に恐怖を湧きだたせる。

 

「隠し条件が達成された褒美として、ボーナスステージが開放されたようだ。さぁ、始まるぞ」

 

 やはり今回も特殊イベント戦が開催される。

 ここからが本番であった。

 

 最初の鶏は一匹だけなので捕まえるのに十分も要らない。

 三十分は猶予があるので、時間をかけてリコリスに敵の説明をしていく。

 本当は外に出る前にしたかったが、ドタバタで時間がなかった。

 

 木村としては説明役をフルゴウルかウィルにかわって欲しかったのだが、二人は今のリコリスに近づこうとしない。

 互いに近づかない理由は異なり、そのあたりの話も二人で共有しているようである。

 

 木村はリコリスに説明をおこなう。

 戦闘が強くなるほど聞き上手になるのだろうか。

 頭の中で戦闘をシミュレーションしているのか、話に頷き、ところどころで木村の説明し忘れたことを質問してくる。

 時には先の戦闘で考えてもいなかったことを尋ねてきたりもした。

 狂性能を加味しても理解が恐ろしく迅速だった。

 木村も驚いて声にしてしまう。

 

「理解の速さがすごいですね」

「わっちら双極神も似たような性質だったんだ」

 

 過去の中でアコニトが説明していた。

 東日向が六大神になる前は双極神であり、その一柱がリコリスだったと。

 日陰神リコリスである。陰の力、おっさんが言うところの崩壊の力を彼女が使うのを木村も見た。

 双極神が今回のボスの白黒相殺と似ているのなら、陰と対となる陽の力は崩壊の逆とも言えると推測できる。

 

 以前、アコニトに陽の力はどんなものかを木村は尋ねた。

 陰の力は誰にも引き継がれなかったが、陽の力はきちんと誰かに伝わったと聞く。

 名前を言ってはいけない一柱だっただろう。クリサンなんちゃらだ。アコニトが言うには八方美人のぶりっ子である。

 本人の名前を呼ぶと発動するようだが、呼んだ相手とその周囲が漏れなく死ぬのでどういった力かアコニトも聞き及んでいないようだった。

 ちなみに陽はケリドが光、ツキトジが生命力と陽らしい力を持っているようだ。

 いちおうクリサンなんちゃらは明るさを持っているとのことである。

 この明るさが光の強さとは別物と木村も理解している。

 

「だいたいわかった。やるよ」

 

 作戦が決行された。

 昨日と違い、周囲はスムーズに動く。

 リコリスもその周囲の動きに合わせて動いている。

 

 二日目にして、全体はすでに熟練に近い動きだった。

 昨日も同じ事をおこなっており、さらに城で反省と対策をおこなったことが大きい。

 ヒルドによる繰り返しも、兵士たちや仲間の無意識下に経験値を与えている、と木村は考えているがこの点はパーティーメンバーとアルマーク、その側近にしか説明していない。

 とりあえず木村としては、勉強にかかわらず予習と復習は大切だなぁと思うくらいである。

 

 一体目の白鶏を黒ヒヨコと相殺させ、二体、四体と消滅させていく。

 リコリスの学習能力はここでも相対的に高く、四体の際は彼女一人で一体を受け持つほどだった。

 遠くにいても地面から炎の刀を複数出せるので、誘導や道ふさぎが他のキャラの比ではない。

 

「現れましたね」

 

 因縁の黒鶏と白卵だった。

 因縁と考えているのは、時間ループで苦戦させられた木村だけである。

 

 昨日は全てヅラウィに任せたが、今日はこちらで処理する流れだ。

 ヅラウィも距離をおいて失敗の時に備えているのが、木村も確認できている。

 彼の方針が木村にもわかってきていた。芸を見せると明確に決めた時以外は見ることに徹するようだ。

 さすがに今回は失敗したら取り返しが付かないので、その際は手を出してくれる。

 明らかに今まで見ることに徹していた時よりも距離が近い。

 

「伝令――『兵士の皆さんはさがってください』」

 

 メッセから周囲の兵士に伝言が告げられる。

 すぐに兵士は距離を取り、大げさとも言える位置から木村たちを窺う。

 ウィルとフルゴウル、リコリスも距離を取るが兵士たちよりはかなり近い。

 

「それでは予定どおりにいきましょう」

 

 まずは黒鶏の下に潜り、白卵へ近づくことで黒鶏を暴れさせなければならない。

 暴れさせて黒化する羽根をまき散らした状態のまま、黒鶏を白卵の上からどかす必要がある。

 そして、黒化の羽根を白卵に当てて割る。これが第一フェイズだ。

 

 必勝法というわけではないが、簡単な攻略法を思いついた。

 黒化の羽根はキャラが触れると黒兵化してゲームオーバーである。完全に黒兵化する前に倒すことでギリギリなんとかなることはわかっている。

 

「それではモルモーさんお願いします」

「はぁ。疲れるし、気持ち悪いのでやりたくないんですが仕方ありません」

 

 モルモーは文句を人一倍口にするが、仕事はきっちりこなしてくれる。

 文句の対価に仕事をしている印象すらあった。

 実際、何も言わないと仕事もしない。

 

 モルモーが黒鶏の下に潜る。

 黒鶏が暴れ始め、同時に一気に浮き上がった。

 黒鶏に重さはなく、人が下に入ると鶏が立ち上がった時にキャラの上に乗る。

 難しいのは黒鶏を安定して支えることだ。鶏の体積は大きく、大きな物体が人の上で動き回る。

 

 人が鶏を支える断面積に対して鶏の面積が大きすぎる。

 ヅラウィのように片手や頭でお手玉をすることなど素人には到底できない。

 人には簡単にできないが、人でないならどうだろうか。例えば、手が無数にある存在だ。

 

 黒鶏を真下から支えるのはツナギを着た赤茶色の髪をした女性だ。

 その女性の全身から腕が伸びている。腕からもまた腕が伸び、見ている側としては気持ちの良いものではない。

 かつてデモナス地域でそこに住む魔族の住人を救った存在であるが、イメージする救世主の見た目とはかけ離れている。

 モルモーが真似できるのは手を増やすことだけで、本人のやっていた謎の吸収はできない。

 隣のおっさんを見ると、彼も嫌そうな表情を隠す気がなさそうだ。

 

「もしかして、けっこう苦手?」

「けっこうではないぞ。比較的話ができる部類ではあるがな」

 

 間違いなく竜なのだろう。

 木村としては話しやすかったが、どこか気持ち悪さも感じた。

 真似た姿を見ただけでおっさんは嫌そうな顔を隠そうとしていないし、口も滑らせる程度に苦手なことはわかる。

 

 あれで比較的に話ができるということは、他の竜はどうなのだろうか。

 無や闇、それに橙とは話すらしなかった。壺の竜はよく喋っていたが、おっさんは徹頭徹尾無視を貫いていた。

 一方で赤や黒とは仲が良さそうにすら見えた。わかりやすい性格のキャラと波長が合うのかもしれない。あるいは武力系統だ。

 

 モルモーが無数の腕とその手で鶏を支えれば、羽根はぼとぼとと周囲に落ちる。

 この黒羽根を避けるように歩き、鶏を白卵の上から移動させる必要があるのだが、もっと簡単な方法が見つかった。

 

 キャラや兵士が黒羽根を触れば終わりである。

 ここで一人だけ黒羽根を触ってもまったく問題ない人物がいた。

 

「速くしてください!」

「はい!」

 

 返事をしたのは木村である。

 腕女の真似をしたモルモーの声に応えて、地面に落ちた黒羽根を掴み、白卵にくっつける。

 白卵を移動させる方向性もあったが、こちらはシステム的に問題があるようでおっさんが許可してくれない。

 ゲームなら反則かもしれないが、使えるものはなんでも使うべきだ。

 攻撃を木村で防ぐのはおっさんに止められるが、これは特に何も言わないのでセーフらしい。

 防御におっさんが一部介入する系の行動はアウトなのだろうと木村は推測している。

 

 木村の持った黒羽根が白卵に触れると、白卵は黒に染まり殻が崩れていく。

 その殻の中から白い鶏が姿を現した。

 

「今です!」

 

 その姿を確認してウィル、フルゴウル、リコリスが広場の出入り口全てに魔法を展開させる。

 炎と筺、それに炎刃が出入り口を遮った。

 

 白鶏が動きを見せた。

 最初の白鶏よりもなお速かった。

 更地にいた大部分は白鶏が瞬間移動したようにすら感じた。

 ウィルとフルゴウルの発動した魔法に時間的なズレがあり、そのズレにより生じる隙間を狙い、白鶏は移動を開始した。

 しかし、リコリスの炎刃が二人のズレをカバーしたため、逃げ道が封じられ逃げることをやめて停止したのである。

 

「転がします」

 

 モルモーが暴れる鶏を腕で作った段差で転がしていく。

 黒鶏が腕から転がり落ちてきて、止まっていた白い鶏に接触した。

 

 白黒相殺。

 白鶏と黒鶏が互いに砕け散っていく。

 

「終わったぞ。強敵を見事討ち果たしたな」

 

 結晶の出現とともにおっさんが勝利を宣言した。

 被害ゼロの完勝である。

 

 最後にモルモーが腕で鶏を転がした時に抜け落ちた羽根に触れたのだが、勝利と同時に状態異常は解除された。

 全滅する時は解除されないが、勝利の時は解除される仕様のようだ。

 

 木村は今回の勝利に喜んでいる。

 この完勝は被害がゼロ以上の手応えがあると彼は考える。

 リコリスの手助けは大きかったが、これなら明日の助っ人がないにしろ、パーティーメンバーと兵士だけでなんとかできうる。

 今回の反省とその対策を練り込めば明日も乗り越えられることがわかった。

 

 

 迎えの飛龍が木村たちのそばにやってくる。

 勝ってもすぐに解散とはいかず、忘れないうちに今回の反省をしなければならない。

 面倒くささもあるが、早くおこなうことが大切だと木村も感じている。それでもやはり面倒は面倒ある。

 

「私は先に帰らせてもらっても良いですか?」

 

 モルモーが口にした。

 面倒だからとも考えたが、木村でも彼女の疲労が目に見える。

 助っ人を除いた今回の功労賞は彼女とも言える。真似した存在がアレだけに、周囲も彼女の疲労を考慮した。

 

「わかりました。ゆっくり休んでください。また後で報告会の内容は伝えます」

「はい。それでお願いします」

 

 おっさんがカクレガを開けると、モルモーから疲れが抜けたように見えた。

 まるで休みの連絡をして了承された後は、体調が急激に良くなる謎の回復現象である。

 

「大変だぁ! 大変なんだぁ!」

 

 モルモーがカクレガに入ると同時に聞き覚えのある声がした。

 アコニトが復活したと木村はわかった。

 何が大変かもすぐにわかる。

 

 喫煙室が丸焦げということに違いない。

 記憶がない状態で喫煙室で復活を遂げて呆然としたことだろう。

 その光景を思い浮かべると木村は楽しくなって、クスッと笑いが零れてしまった。

 

 一方で、楽しいどころか混乱している存在もいる。

 助っ人のリコリスである。彼女はキャラが死んでも復活することをまだ知らされていない。

 

 彼女にとって耳に馴染みのある声が聞こえてきたのだ。

 しかもその声は、彼女が先ほど感情を努めて殺してから、その手で処理した存在の声である。

 喧噪が彼女へ近づけば近づくほど、覚えのある力の奔流や足音のテンポ、聞き間違えようのない声が彼女のやったこと(殺害)現実(生存)のズレを伝える。

 

「儂の! 儂の部屋が真っ黒焦げになっとるんだぁ!」

 

 懐かしい泣き声をあげ、カクレガの出入り口からアコニトが現れる。

 髪と尻尾はないままだが、それ以外はリコリスの知っているとおりの姿だった。

 殺したはずの人物が目の前から現れるという事実がリコリスの感情を大きく揺さぶっている。

 

 アコニトは木村に泣きつくが、木村は困ったようにリコリスを見ている。

 やがてアコニトも彼の視線に気づき、その方向を追った。

 

 師匠(リコリス)弟子(アコニト)の久方ぶりの比較的まともな再会である。

 当事者同士に感動はあった。良い感動とはとうてい言えない。

 リコリスは感情がぶれすぎて言葉が出せない。

 アコニトは首をゆっくりと木村に向けた。

 

「おぉい、坊やぁ。悪趣味が過ぎるぞぉ」

 

 木村の肩にかかっていたアコニトの手に力がこもる。

 表情も泣き顔から一変して、怒りを隠すこともできないでいる。

 

「アコニト。ちょっと落ち着いて」

「おい真似女ぁ。今すぐその似てない変化を解けぇ。そうすれば儂自慢の毒で楽に殺してやる」

「アコニト。聞いて」

 

 アコニトはまったく話を聞く気がない。

 目が据わってきているし、すでに口から紫の毒が漏れている。

 

「ほぉん。まぁだ続けるかぁ。命は要らんということだなぁ、真似女よぉ」

「モルモーとはさっき通路ですれ違わなかった?」

「…………んぉ?」

 

 アコニトもようやく思い出したようである。

 そうして彼女はもう一度リコリスを見た。

 

「それならまた別の真似をしている奴がいるということかぁ。懲りん奴らだぁ。朝間から殺しをさせるなよぉ」

「いや、リコリス神本人なんだ。人ではないから本神? 今日の助っ人で来てもらったんだ」

「……はぁ?」

 

 アコニトがリコリスを再び見る。

 リコリスもアコニトを見ている。

 

 互いの視線が交錯し、さすがに師弟と言うべきか発言が揃った。

 

「否、否。アコニトが生きているわけがない」

「リコリスが生きているわけがないだろぉが」

 

 互いに感情が揺れ動く。

 そして、互いの事実を口にした。

 

「アコニトはわっちが処理したんだから」

「リコリスは儂が看取ったんだからなぁ」

 

 感情の振幅は師匠の方が大きかった。

 もはや自身で制御できる限界を超え、堰が切れた

 

「わっちは、わっちはまたしくじったのか。わっちが、わっちがこいつを……」

 

 おっさんとウィルが動いた。

 おっさんは木村をリコリスから離すよう距離を取る。

 木村にくっついていたアコニトもおまけで距離を取ることができた。

 

 ウィルはフルゴウルを掴んで、リコリスから距離を取らせる。

 フルゴウルはリコリスが放つ独特の光に見入り、距離を取ってもしばらくその光に現を抜かしていた。

 

 リコリス周辺の空間が黒くひしゃげていっている。

 過去に見た彼女本来の力が現れた。

 崩壊である。

 

 木村は後悔している。

 もしも早めに「死んでも復活しますよ」と一言告げていれば、こんなことにならなかったのではないか、と。

 今は駄目そうだから後で良いかと先送りした結果がこれだ。

 

「……あの力。坊やぁ。本当に本物なのかぁ」

 

 アコニトは唖然としていた。

 木村は彼女の顔を見て、元はと言えば全部こいつが悪いんじゃないかと殺意を覚えた。

 

「わっちが……わっちが処理しなくちゃ。今度こそ完全に跡形もなく処理を、わっちはあの子の後見だからぁ。わっちが責任を負うんだ。わっちの責任で……」

 

 精神崩壊したリコリスがアコニトを見た。

 この様相を見ていると、木村はある意味で似ている師弟だと思わなくもない。

 アコニトが薬で我を失う姿は、師匠のこの姿に近づこうと真似ているだけなのではないかとも考えてしまう。

 

「こっちへ来るんだぁ、アコニトぉ。今度こそ処理してやるからぁ」

 

 リコリスが動き出す。

 過去で見た時と違い、今回はリコリスに動きが見られた。

 自らが壁となりアコニトを守ることが目的ではなく、逆に殺すことが目的のためによるものだ。

 

 リコリスの手が振るわれると、周囲の空間が大きくひしゃげ、手の延長線上にいた地面や建造物が崩れる。

 もしもおっさんがひっぱっていなかったら木村とアコニトは今の攻撃を直に受けていた。

 

 鶏との鬼ごっこが終わり、新たな鬼ごっこが始まる。

 

 鬼はリコリス、逃げるはアコニト。

 時間制限はリコリスが自己崩壊に至るまで。

 

 都を巻き込む崩壊の鬼ごっこである。

 

 

 

 さっさとアコニトを鬼に渡すという選択肢が、この時点で全員から抜け落ちていた。

 

 

108.イベント「私のカツラを知らないか?」11

 

 精神が壊れつつあるリコリスがアコニトを見ていた。

 

 過去で見た時と比べれば、まだ意識がはっきりしている。

 アコニトを殺さねばならないという後見神の責任意識が、崩壊していく彼女の自我を抑えていた。

 

「くらったら死ぬぞぉ! 逃げるんだぁ!」

 

 木村の耳元でアコニトが騒ぐ。

 彼女の言葉に従って逃げ始めたが、どこに逃げろというのか。

 今は更地だが、少し離れれば住宅街に出る。リコリスの意識が曖昧な状態で、崩壊を使えば人や建造物を巻き込む。

 

「アコニト、わっちがあんたを……」

 

 体が崩壊し始めたリコリスは、木村にへばりついているアコニトを見つめている。

 まるでホラー映画のようだ。

 

「前回はどうやって止めたのかな?」

 

 フルゴウルが問いかけた。

 木村も必死に思い起こす。アコニトが説得をしたはずだ。

 

「前回は、アコニトが説得をしました」

「任せろぉ! リコリス! 正気に戻るんだぁ!」

「わっちは正気だ。あんたを処理するまではこの身を保たせる」

 

 木村は驚いた。

 思った以上にリコリスは正気を保っている。

 アコニトを殺すため、必死に自我の崩壊と戦っていた。

 

「……キィムラァ。アコニトさんを引き渡せば暴走は止まるのでは?」

「でも、そうしたら――」

「何を言っとる、若造がっ! 儂が死ぬだろ!」

 

 アコニトがキレる。

 そりゃ、遠回しに死ねと言われれば怒る。

 彼女がキレて叫び散らかすほど、木村はかえって冷静になりつつあった。

 

 言葉にはしないが、ウィルと同じ結論に至った。

 

 なぜ己はアコニトを逃がそうとしたのか?

 被害を広げるくらいなら、さっさとアコニトをリコリスに差し出すべきだ。

 リコリスも苦しそうである。精神が崩壊しつつある中で、責務を果たそうとしている。

 楽にしてあげるべきだと木村は考えた。

 

 アコニトは神の怒りを鎮めるための人身御供である。

 人ですらないが、死んでもすぐに復活する。今までだって竜の炎ブレスから始まり、自爆、歪曲、グングニルと受けて死んできた。死のラインナップが潤沢だ。

 

 その場の雰囲気と過去での光景が記憶に焼き付いており、逃げようとしたが方向転換する。

 どうやって彼女をリコリスにさし渡すかを木村は考え始めた。

 正直に話して差し出すなら間違いなく逃げる。

 

 こういった謀略に木村は明るくない。

 フルゴウルは得意そうだ。木村は彼女の言った台詞を思い出した。

 前回はどうやってアコニトを、崩壊していくリコリスに近づけたかである。

 あの時は説得のためだが、今は殺してもらうためだ。

 どっちみち死ぬので大きな違いはない。

 

「よし。アコニト。ここは僕たちが時間を稼ぐから逃げて」

「ん――良いのか?」

「うん。ここで食い止めないと、被害が増えるからね」

「……そうか。わかったぞぉ。坊やたちの犠牲を無駄にはせん。儂は逃げる!」

 

 アコニトはようやく木村から手を離し、彼らに背中を向けた。

 躊躇いなく逃げ出す。清々しいほどの逃げっぷりだ。

 

 木村は逃げるアコニトの背中を見つめる。

 次にメニューを開いた。召喚者スキルのジャンプを彼女に使う腹づもりである。

 逃げる彼女の背中を指定して、リコリスの近くに飛ばせば終わりだ。飛んだ後は体調を崩して動けない。そのままリコリスに殺してもらおう。

 

「さて、ジャンプを選んで――」

「坊やぁ、ちと素直すぎるぞぉ。謀には向いとらんなぁ」

「うわぁ!」

 

 ジャンプのコマンドボタンの前にアコニトの顔が現れた。

 人の感情をもてあそぶのが趣味の彼女は、木村の顔を見て彼の浅はかな謀略をすぐさま看破した。

 

「坊やぁ、儂は悲しいぞぉ。お主までも儂をそのように扱うとはなぁ」

 

 木村は割と今までもそのように扱ってきている。

 何をいまさらといった気分であった。

 

「うぬも一緒に連れて行ってやるわぁ」

 

 アコニトが木村を担ぎ上げ、木村の指が大きく動いた。

 まだスキルメニューは閉じられておらず、召喚者スキルのボタンに思わず触れる。

 時が緩やかに流れ始め、木村は意図せずキャラ選択画面になってくれたと気づいた。日頃の行いの良さが出た。

 

 一悶着あったが、けっきょく同じ結果になる定めのようだ。

 アコニトは鎮魂のため捧げられる。

 

 木村は緩やかに流れる時の中で、自身を担ぎ上げたアコニトを選択する。

 そして、移動先を――、

 

「……あれ?」

 

 時間の流れが元に戻った。

 普段ならジャンプの対象キャラを選んだ後は、移動先の選択に移る。

 本来なら時間の流れはゆっくりのままで、選んだアコニトをどこに飛ばすかの移動先を選べるはずなのだ。

 

「あ、が……、坊やぁ、……な、ぜ」

 

 担いだアコニトの様子がおかしい。

 彼女の動きが止まり、担いでいた木村を落としたがすぐにおっさんが受け止める。

 

 木村はアコニトを見た。

 見覚えのある姿になりつつある。

 体が膨張していき、空気を入れ続けている風船のようだ。

 

「……えっ? あれ、なんで?」

 

 木村も気づく。

 これはジャンプではない。自爆だ。

 なぜ自爆と彼は考えたが、スキルメニューで押し間違えたからだとすぐに気づいた。

 アコニトに担がれた時に当たったボタンは、ジャンプではなく自爆だったのだ。

 しかし、気づいても自爆を止めることはできない。

 

「坊、やぁ! 儂を裏切――」

「……あ」

 

 アコニトが言葉を発せたのはそこまでである。

 彼女の顔が膨張し、見るに堪えないものなってしまう。

 

 木村も焦る。

 ここは更地だが、ちょっといけば住宅街だ。

 アコニトの特殊自爆は感情により威力の起伏があるのだが、クスリがキマっている時を除けば怒っている時が一番破壊力を増す。

 破壊力が増すとは、ダメージだけでなく範囲もまた広がるということだ。

 

 先ほどのアコニトは明らかにキレていた。

 彼女のキャラ性能上昇もあったので、威力はさらに上がっている。

 下手すれば更地どころか、地区ごとドライゲンの地図から消える羽目になる。

 

 ウィルやフルゴウルを見る。

 彼らは木村の失敗を認め、すぐさまアコニトの周囲に障壁となる魔法を張る。

 おそらくあまり意味がない。特殊自爆を前には、障壁など火炎放射器の前に置いた半紙のようなものだ。

 

 木村は彼に他にできることがないか考えた。

 考えるにも時間があまりにも足りない。

 

「時間……、あっ!」

 

 木村はメニューからガチャを開き、単発ガチャを押す。

 ゼロコンマの動作である。日頃の引こうか引くまいかの鍛錬が役に立った。

 

 時は完全に止まる。

 目の前に白い扉が現れた。

 普段ならがっかりだが、今回は色にこだわりはない。

 時間を止めることこそが目的だ。

 

「……やばい、どうしよう」

 

 真面目に打つ手がない。

 アコニトの体はすでに破裂寸前だ。

 木村の経験から言って、この後すぐに大爆発が起きる。

 

「……………ほんとやばい」

 

 嫌な考えばかりが頭を巡る。

 爆発の範囲は控えめに見ても住宅地を巻き込むだろう。

 

 ドライゲン全域ではない。

 生き残る人もいる。それこそが問題なのだ。

 この点、討滅クエスト関連は無慈悲な慈悲があると言っても良い。

 全滅すれば生き残るのは木村たちだけで、殺された住民は木村たちへの恨みも悲しみもあの世へ持っていくのだから。

 

 木村は想像する。

 生き残った人たちが自分たちに向ける非難の目、怒りの言葉を。

 気がどんどん重くなり、思考も鈍っていく。もはや対策を考える余裕は失っている。

 敵が出たからしょうがなく地区が消滅しましたならまだしも、今回は木村にも間違いなく非がある。

 言い訳になるが、元凶がアコニトであることだけは固持する。

 

 こんなことを考え始めた時点でもうどうしようもない。

 そろそろ扉を開けないと内側から開けてくる可能性もある。

 いったん扉を開けて、すぐにまたガチャで時間を止めることにする。

 止めたところでどうにかできるとは思えないが……。

 

 木村は扉に手を触れた。

 その瞬間に白い光が、目映い金色に変わる。

 こんな時なのに、演出を見て喜んだ自らに、木村はやや嫌悪を覚えた。

 

 とりあえず金色になった扉を開ける。

 普段なら嬉しい金色の光が、今日は眩しすぎてやや後ろめたく感じてしまう。

 

「私を呼んだのは貴殿か。よろしい。ともに進もうではないか。……それと、自ら人を呼びつけたのなら、」

「あぁ!」

「な、なんだ? 急に大声を出すものじゃない」

 

 悪縁しかない金髪の騎士さんである。

 木村はすでにこの騎士さんをカクレガに迎えることは諦めている。

 この騎士がでると言うことはすなわち――。

 

「おやぁ、その坊やは儂の獲物だぞぉ」

 

 扉の色が金から虹色の変わった。

 普段なら間違いなく嬉しい。今でなければ確実に踊り回っていた。

 アコニトが毒霧で騎士さんを倒す。下品で畜生な演出とともに扉のすぐ向こうに立った。

 

「やぁやぁ、坊やぁ。儂だぞぉ」

 

 嬉しいことは間違いない。

 それもやはり今でなければどれほどだったろうか。

 

 まだ、ゾルが来ていないということは、今回の出目はアコニトのキャラか武器で確定だ。

 この時点ではキャラか武器かはまだ不明だが、覚醒値が確実に上がる。キャラならとうとう完凸だ。

 ただ、覚醒値が上がればキャラ性能も向上する。そして自爆の性能はキャラ性能に依存する。

 自爆の破壊力がさらに増す。このアコニトは本当に空気を読まない。

 最悪をさらなる最悪に上塗りし嫌らしく笑っている。

 

「おやぁ、泣くほど嬉しいのかぁ?」

 

 木村も自身が涙目になっていることに気づいた。

 精神が最悪な状態である。

 

「ちょっと待って今出られると困る」

 

 ガチャが終わり、すぐにガチャを押す力が出ないかもしれない。

 

「おぉ、おぉ。困るが良いぞぉ」

「アコニトも困るよ」

「……ん~?」

 

 木村は指で爆発寸前になっているこちら側のアコニトを示した。

 その姿を扉の向こう側から見るアコニトから余裕の笑みが消えていく。

 

「おぉい! どういうことだぁ?」

「アコニトのせいでアコニトが自爆することになった」

「待てぇ、意味がわからんぞぉ。儂は帰るからな。おい、起きろおぼこ!」

「待って。帰ろうとしたら強制的にこっちに排出されるから!」

「はぁ? な、なんだ!」

 

 見えない壁が立ち去ろうとしたアコニトを押し始める。

 

「抵抗しちゃ駄目。抵抗するほどこっちに押し出されるから!」

「訳がわからんぞぉ!」

 

 扉の向こう側のアコニトの方が困惑している。

 その様子を見て木村もちょっと元気が出てきた。隣のおっさんもニコニコと晴れやかだ。

 

「見てもらえればわかるけど、大変なことになってる。アコニトが自爆して周囲を消し飛ばす寸前なんだ」

「周囲はどうでも良い。儂をなんとかせい!」

「そうしたいところだけど無理なんだ。何か良い方法がない?」

「儂が知りたいわぁ! 久々に呼ばれたと思ったら、どうして儂が破裂する寸前なんだぁ! 周囲より儂を助けろぉ! 理不尽だろぉ!」

 

 「自業自得だろ!」と叫びたい気持ちを木村は必至に抑えつけた。

 扉の向こう側のアコニトも、木村の顔を見て、そこで言葉を止める。自分が原因だと気づいた。

 

「……どうしてこうなったんだぁ?」

 

 いちおう大人しく話を聞くことにしたらしい。

 木村は話す気力もなく、一目瞭然の異常を彼女に突きつけることにした。

 

「あれ」

「……ん?」

 

 木村が問題の元凶その二を指で示す。

 扉の向こう側にいたアコニトからは見えづらく、角度を付けて木村の示すものを見る。

 

「…………おぉい。どういうことだぁ。なぜリコリスがおるぅ? ん?」

 

 アコニトのとぼけた顔が真顔に変わる。

 やはりリコリスは彼女にとって、重要なもののようだ。

 

「もう彼女は死んでるはずなのにって? アコニトが看取ったんでしょ。いちおう言っとくけどあれは本物のリコリスだよ。ただし、過去のある時点から連れてこられたから記憶が古い。『百年はアコニトと会ってない』とか話してた」

「はぁん。それでなぁんで婆は陰の力(あれ)を使うに至ったんだぁ?」

「今のアコニトの姿を見たから。後見神として処分しなきゃって」

「そうかぁ」

 

 アコニトがすごい気まずそうな顔をしている。

 心あたりがあるようだ。ないと木村も困る。知らんぷりをしていたら、さすがの彼も殴りかかっていたかもしれない。

 

「儂にはどうにもできんぞぉ。リコリスに、しかも陰の力を使った婆が相手では儂じゃあどうしようもないからなぁ。それに儂もあの有り様だろぉ」

 

 ごもっともである。

 それについては木村もわずかに非を認めるところだ。

 

「儂にはできんが、あっちの奇妙な奴なら何とかできるんじゃないかぁ?」

「おっさんはこういうときは手を貸してくれない」

「筋肉ダルマの方じゃないわぁ。あっちだぁ、ん? 奇妙な術を使うなぁ。ん~? 儂の力も取り込んでおるのかぁ。どうなんだぁ?」

「……え?」

 

 木村が振り返ると髪の化物が立っていた。

 ヅラウィである。

 

「ごきげんよう」

「わっ」

 

 木村の驚きにかまわずヅラウィは優雅に一礼する。

 時が止まっている中で彼は普通に動いていた。

 

「えっ? なんで、時間が止ま……、あ、そっか」

 

 木村も思い出した。

 彼は木村の髪も使っている。

 時の巻き戻しも効かなかった。時の停止も同様のようだ。

 

「なにやら大層な出来事が生じているご様子」

「全部聞いていたでしょうからだいたいわかると思いますが、非常にやばい状況です。アコニトが自爆して、この周囲一帯が消え去ります」

 

 アコニトは初耳だぞと木村を黙って見つめる。

 ヅラウィもやや困った様子だった。

 

「連日で申し訳ありません。芸を披露していただけないでしょうか」

「芸を見せろと言われれば是非もありません。ただし、あれを抑えるとなれば大がかりな芸になります。対価は厳しいですよ」

「そこのアコニトから取ってください。こっちのよりも強いので使えると思います」

「は? なぁんで儂が」

「アコニトはリコリスさんを助けたくないの?」

 

 実はこの話は関係ない。

 助かるのは木村と兵士、それに周囲の住人である。

 アコニトとリコリス、及び仲間たちは死亡し、すぐに復活するだけだ。

 待てよ、と木村は思い直す。リコリスは助っ人なので、仲間同様に復活するか微妙なところか。

 

 アコニトが正常なら間違いなく木村の顔色で、彼のついた嘘に瞬間的に気づいたはずだ。

 しかし、今は正常ではない。自らの破裂寸前の姿、それにリコリスを見た衝撃で彼女の精神は揺れている。ダブルパンチだ。木村はそこにつけ込んだ。

 

「……仕方ないぞぉ。それでぇ、対価はなんだぁ?」

「近くに寄って、後ろを向いて頂いてもよろしいですか」

「扉とこっちの境界線からは出ないでね」

 

 アコニトが扉のところぎりぎりまで近づき、後ろをむく。

 ヅラウィがアコニトの髪に彼の手を伸ばした。

 彼女の髪を両手で掴んで抜いた。

 

「ひぇっ」

 

 木村は変な声が出た。

 木村たちの時はほんのわずかな髪を切っただったが、今は抜いた。しかも取った髪の量は比べものにならない。

 アコニトの後頭部から根こそぎ髪が失われ、頭部の地肌が諸に見えている。

 一瞬で禿げの状態になってしまった。

 

「もういいかぁ?」

 

 しかもさすが曲芸団名誉顧問の名人芸と言うべきか、髪を抜いたことを相手に気づかせていない。

 アコニトは抜かれたことに気づかず、所在なさげに立ったままだ。

 

「お待ちください。もう少しですよ」

 

 もう少しというのは時間でもあり、残った髪の量でもある。

 一本も残さないという強い気持ちが見えた。

 

 時を繰り返して、鶏を倒す時でも使った髪の量はほんのわずかだった。

 自爆を止めることはそこまで髪を消費するのかと恐ろしくなる。

 

「なんか寒いぞぉ」

 

 アコニトが後頭部に手をやり、起きている異常に気づいた。

 だが、もう遅い。

 

「……は? は? はぁ?!」

 

 この反応は前にも見た。

 しかし、今回は髪を抜いた張本人が目の前にいる。

 

「対価は確かに頂戴しました」

 

 ヅラウィが恭しくアコニトの髪を捧げてみせる。

 丁寧さによる行為なのだが、挑発行為に見えなくもない。

 

「き、きさま! きさきさま! きさまきさまきさま! 儂の! 返せ! 儂の髪――ごぉ!」

 

 ぶち切れて扉から出てこようとしたところで、見えない壁に進行を阻まれた。

 彼女は無様に仰向けに倒れ、彼女が手にしていた煙管だけが木村の足下に転がってくる。

 キャラ排出ではなく武器排出のパターンだったかと木村は冷静に判断した。

 キャラなら完凸だったのにとやや惜しい気持ちが残る。

 

「ま、待て! ふざけるなよ! 儂のだぞ、返」

 

 扉が閉まり、消え去った。

 聞き飽きてきた台詞でお別れになった。

 違うのは、アコニトから失われたのが煙管だけでなく、髪の大部分もということである。

 

「これだけあれば披露できるでしょう」

 

 対価を払った本人には何も披露できない。

 あまりの仕打ちだが、今はそれどころではない。

 扉が消えたということは、ガチャタイムの終了である。

 

 時が再び動き出す。

 

 破裂寸前の肉風船となったアコニトから光が漏れ始めた。

 そのアコニトをウィルが出した土の壁とフルゴウルの筺が覆う。

 ヅラウィはどうするのかと木村が探せば、彼はアコニトではなくリコリスの近くにいた。

 

 ヅラウィはリコリスにエスコートするように手をさしだし、リコリスもそれに応じた。

 彼女に手を出そうとした意識はない。ただ、彼が手を差し出した瞬間に、反射的にその手を取ってしまった。

 

 ヅラウィとリコリスの姿が消えた。

 木村は目で探すが、今度こそ彼の姿がどこにも見えない。

 逃げたのかと木村は思ったが、それならリコリスの手を取る必要もなく一人で逃げればそれで良い。

 

 アコニトが破裂した。

 土壁と筺をぶち抜いた光がそれを知らせた。

 一瞬で土壁と筺は消え去り、狂いそうになるほどの白光が木村たちを襲う。

 

「たいしたものだ」

 

 おっさんが一言だけ呟いたのを木村は聞いた。

 声が聞こえる。通常なら光の直後に音と衝撃が響き、全てを藻屑に変えるがそれがない。

 

 光だけが周囲を照らしている。

 やがて光が収まり、アコニトは消えていた。

 彼女がいた場所にヅラウィとリコリスが立っている。

 そのリコリスから崩壊の気配が消えていた。脱力はしているようだが精神はまともそうだ。

 ヅラウィに関しては平気な様子だが本当に平気なのかはわからない。

 

 木村は何をしたのかわからない。

 ウィルやフルゴウルも死を覚悟していたので、助かったことくらいしかわからない。

 兵士と言えば、いきなり変な装束の女が暴れ出して、狐耳の魔物が肉団子のように膨らんだことしかわからなかった。

 ヅラウィに支えられているリコリスも、いったい何がどうして自分がまともな状態に戻っているのかがさっぱりわかっていない状態である。

 

 要するに誰も彼もが意味不明の中で困惑していたのだった。

 困惑の中でヅラウィが一礼して姿を消した。

 種を明かす気はないようだ。

 

 木村は唯一事情をわかっていそうな相手を見る。

 それとなく尋ねてみた。答えが返ってくるとは思わない。

 

「何で爆発しなかったんだろう?」

「やったことは単純だぞ。自爆の衝撃を崩壊で遮っただけだな」

 

 木村も朧気に理解ができてきた。

 最初にヅラウィがリコリスに近づいたのは彼女の力を入手するためだ。

 リコリスの髪を見てみれば、彼女の髪がいくらか短く切られているのがわかる。

 

 ヅラウィが他人の髪からいくらか力を入手できることは知っている。

 木村の髪で時に対する抵抗を得ていた。リコリスの髪から崩壊の力を手に入れたのだ。

 その後は崩壊中のリコリスを連れて、どうやってかアコニトに近づき、自爆を二人分の崩壊で防いだ。

 

 ここまでは木村もわかる。

 リコリスの崩壊が収まっているのはどういうことだろうか。アコニトが死んだからか。

 他にも何か条件があるのか。とりあえず状況は良くなったと言える。

 

 わからんだらけの木村にもはっきりとわかることがある。

 明確な変化が見て取れたことだ。

 

「今のってすごい難しいことだよね。魔力とかの消費とかも多いでしょ」

「凄まじい情報量を失うことになったな」

 

 やはりそうだ。

 他の人がどう見えていたのかはわからない。

 しかし、木村はヅラウィがどれだけの髪を消費したのかが一目瞭然だった。

 本体であろうカラフルなカツラと、体とも言えないわずかな髪だけしか残っていない状態になっていた。

 カツラを乗せたつる性の植物みたいな見た目であった。

 力は枯渇しているも同然である。

 

 もしも明日、手に負えない事態が生じれば力を借りることは難しいかもしれない。

 

 

 いちおうの収拾がついたが、根本的な問題は片が付いたとは言えない。

 

 すなわちアコニトは死んでも復活するし、リコリスは堕落したアコニトを許さない。

 

「リコリス神。話をしたいんですが」

 

 これ以上の抗争は木村も困るので、リコリスと話をすることにした。

 城での反省会はウィルとフルゴウルに任せる。今日に関しては木村がいてもいなくても大きな変化はない。

 

 木村はカクレガに入って、最初の地図部屋でリコリスと向かい合う。

 見た目は綺麗な女性なのだが、年齢は遙かに年上で、力は比べるべくもないほどの差だ。

 いろいろと緊張はある。話すこともうまくまとまっているとは言いがたい、それでも木村は今まで見たことや感じたことを彼の言葉でリコリスに話していく。

 

「まず、リコリス神のことなんですが――」

 

 今ここにいるリコリスが過去の一地点から連れてこられたものであること。

 現在時でのリコリスはすでに死んでしまっていること。

 彼女を看取ったのがアコニトであること。

 

 アコニトがリコリスの力を継承できなかったことを気にしていること。

 彼女のクスリに逃げている行為は、自らの不出来を嘆いたものであること。これは木村の妄想が大きい。

 そして、アコニトがリコリスの強さを誇りに思っていたこと。

 今になって、死んでも復活することをようやく告げることができた。

 

 アコニトもじきに復活することになる。

 それまでにリコリスと話をまとめなければならない。

 すでに攻め口は見えている。彼女の弱点を木村は知っているのだ。

 

「リコリス神、どうかお願いです。もう一度だけアコニトと話をしてあげてもらえませんか。僕を助けると思って」

「……人助けじゃあ仕方ないね。行くよ」

「はい」

 

 リコリスに続いて木村も席を立つ。

 朝は無言で歩いていたが、今回はリコリスから話を振られた。

 

「あんたから見て、あいつはどんな奴なんだい?」

「アコニトは、初めて会った時はとにかく戸惑いましたね。最初に現れた騎士さんを毒で倒して足蹴にしましたから」

 

 さっきもやった。

 いつも足蹴にされている金髪の騎士さんは本当に大丈夫だろうか。

 仲間にすることは諦めつつあるが、万が一に仲間になった時に仲間と思ってもらえるかが微妙である。

 

「その後は、犬の魔物に殺されかけて『お前は最後に殺してやる』とか言われたり、クスリでブリッジ状態のまま湖に突っ込んだりと、とにかく言動がめちゃくちゃでした」

「へぇ」

 

 リコリスの気配が変わりつつあったので木村は慌ててフォローした。

 魔力を感じない木村でもリコリスの纏う殺気の変化が感じられた。

 

「でも! 一緒にいて楽しいんです! むかつくことの方が多いですが、僕とは視点がまったく違いますからね。彼女の思考や行動には驚かされています。なんだかんだで最後の最後に問題を解決するのはアコニトですし、まぁ、いろいろとしでかしますが、――やっぱり大切な仲間なのかなって」

「そうかい」

 

 今度こそリコリスの表情が和らいだように見えた。

 木村もほっと息をつく。

 

「わっちもあいつの馬鹿な話を出そうかね」

「ぜひ聞かせてもらえると」

 

 その後も互いにアコニトの馬鹿な行いの話をしつつ喫煙室に向かった。

 出会ってすぐにもかかわらず木村はリコリスと楽しく会話をすることができていた。

 

 共通の知り合いの悪口は盛り上がるものだ。

 この会話はおそらくカクレガではきっとできない。

 

 なんだかんだでアコニトの事が好きな二人だからこそできた会話である。

 

 

 

 黒焦げのままの喫煙室に椅子を並べ、リコリスと会話しているとアコニトが復活した。

 

「よう、元気にしとったみたいだな」

 

 アコニトの表情が完全に凍り付いている。

 いろいろと感情と思考とが混ざり合い、どう対応していいかわかっていない状態だった。

 

「座りな」

 

 リコリスは空いている椅子にアコニトを勧めた。

 アコニトは無表情で椅子に腰掛ける。

 

「このリコリス神はアコニトの看取ったリコリス神とは違って、過去で会った時のリコリス神なんだ」

 

 木村が解説をしておく。

 アコニトは理解がまだ追いついていないようだった。仕方ないだろう。 

 

 しばらく三人がフリーズしていたが、ようやくアコニトが動き出した。

 手を服の中にごそごそと突っ込んでタバコを出す。

 このヤニカス、と木村は顔をしかめる。

 

「わっちにもよこしな」

 

 予想外の反応だった。

 「え、吸うの?」と木村は意外に感じつつも、そういえば過去で一緒に吸っていたなと思い出す。

 アコニトはもう二本を取りだし、一本をリコリスに、残りの一本を木村に渡す。

 木村は要らないのだが、とりあえず受け取るだけ受け取った。

 

 二人がタバコをくわえ、火を付ける。

 タバコの先端が赤く灯った。煙が二人の喉を通って肺に満ちると、今度は口から吐き出される。

 

「わっちの教えたやつだ。上手に巻くようになったじゃないか」

「……ああ、今なら儂の方がうまいぞぉ」

 

 アコニトがようやく口を開いた。

 二人はぽつりぽつりと言葉を交わしていく。

 

 木村は二人が軽い世間話を始めたところで席を立った。

 

 もう殺し合いになることはないと判断した。

 それに、ここから先は聞かれたくない過去や心情の吐露もあるだろう。

 きっと自らがいては二人は話しづらいと考えたからである。

 

 リコリスとアコニトは木村の心遣いに目礼で応えた。

 

 喫煙室から出た後、木村は食堂に向かう。

 今朝は問題が立て続けに生じ、まだ何も口にしていない。さすがにお腹が減ってきた。

 

 ようやく時間が穏やかに流れていく。

 昼にリコリスも交えて食事を取り、訓練室で特訓も見てもらった。

 ウィルは炎の扱い方を教えてもらっていた。フルゴウルは崩壊の力に興味を持ち、話を聞いていた。

 

 一番予想外だったのが竜人である。

 崩壊の魔法にやられてから一人称がおかしかったが、リコリスを見て興奮して戦闘が始まった。

 あっという間に竜人がやられたのだが、いったいどうして彼が発狂したのか誰も何もわからない。ファンだったのだろうか。

 

 

 夜になってリコリスは喫煙室に戻った。

 家具コインを消費し、真っ黒焦げだった喫煙室はほぼ元どおりになっている。

 

 ソファにアコニトとリコリスがかけて、タバコを吸いつつ緩やかなリズムで話をしている。

 木村は、リコリスに早めに別れの挨拶を告げて喫煙室を出た。

 明日の最終日に備えて寝ることにしたのだ。

 

 

 深夜になっても喫煙室明かりは灯り続ける。

 やがて一本のタバコが、火の付いたまま床に転がった。

 

 

 リコリスのいた痕跡が煙となって天井近くをたゆたい、討滅クエストⅡの六日目は終わった。

 

 

109.イベント「私のカツラを知らないか?」12

 

 とうとう討滅クエストⅡも最終日である。

 

 イベントストーリーの最終は明日だが、今日を乗り切ればもう終わったようなものだ。

 本日の助っ人は運命の女神の次女――ラケシスが来る予定となっている。

 木村も彼女とは水の館で、水の人型を通して話したことはあった。

 

 押しつけがましい相手で、半強制的な選択に辟易した記憶が残っている。

 前回は人型を通してだったが、今回は本体が来ることも考えられ、目が覚めたら目の前にいたという状況を避けるため早めに目を覚ました。

 

 訓練室にはウィルやフルゴウル、おっさんといつものメンバーが揃っている。

 彼らも昨日のリコリスの魔力が印象的だったのか、今朝は随分と警戒をしているように見えた。

 

「時間になった」

 

 5時になり木村が時刻を告げた。

 10秒ほど経っても、特に変化が現れない。

 

「……神気を感じません」

「私にも見えないね」

 

 ウィルとフルゴウルの感知には引っかかっていないようだ。

 木村も本当に来ているか心配になってくる。ただ、別に来ていないなら来ていないでかまわない。

 どうするべきだろうか?

 

「ん?」

 

 景色が薄暗くなり、時の流れも緩やかになった。

 

“こちらから会いに行く”

“ここで待つ”

“それ以外”

 

 懐かしの選択肢が現れる。

 これを見て木村は助っ人が来ていると確信した。

 

 とりあえず彼は“ここで待つ”を選んだ。

 基本的に受け身な姿勢である。

 

「来てる」

 

 ウィルとフルゴウルが木村を見た。

 二人は、木村が彼らとは別の方法で来訪を察したと考えた。

 

「…………来ませんね」

「キィムラァくんはなぜ来ていると言ったのかな?」

 

 待っているが本当に来ない。

 木村も本当に来ているのか疑問になってきた。

 

「選択肢が――あ、また出た」

 

 説明しようとしたら、また選択肢が出てきた。

 先ほどと内容は変わらない。

 

“こちらから会いに行く”

“挨拶をしに行く”

“それ以外”

 

 “ここで待つ”の選択肢が消えてしまった。

 代わりに現れたのは“挨拶をしに行く”と上と内容が同じである。

 

 木村は“それ以外”を選ぶ。

 

“こちらから会いに行く”

“挨拶をしに行く”

“行く”

 

 どうやっても木村たちを来させたいという思いが伝わった。

 木村も思い出す。水の館の時もボス部屋で挨拶に来るのを待っていたな、と。

 神としての威厳か尊厳かはわからないが、自ら人の側へ出向くことを拒んでいるのだろうか。

 

 木村はこの選択肢の対処法をすでに知っている。

 無視である。選択肢から目を背けることで選択肢以外の行動ができる。

 討滅クエストⅡの特殊イベント戦も、昨日の攻略でパーティと兵士たちだけでもクリアできそうと判明した。

 助っ人はもう要らない。ましてやさほど会いたくもない助っ人だ。代理が来ているとしても関係者に変わりはない。会わないにこしたことはない。

 

「よし」

 

 今日は助っ人をつけず、自分たちだけでクリアしよう。これが木村の選択だ。

 来てもらっているであろうラケシス、もしくはその代理には悪いが部屋で待っていてもらうことにする。

 

 木村は選択肢に背を向ける。

 景色が元に戻りかけ、また暗転し始める。

 

“こちらから会いに行く”

“挨拶をしに行く”

“行く”

 

 また選択肢が現れた。

 さらに無視するとまたまた選択肢が現れる。

 

「めんどくさ」

 

 さすがに疲れてきたので“こちらから会いに行く”を選ぶ。

 ようやく景色の暗転が解除された。

 

「選択肢ですか?」

 

 ウィルがいきなり呟いた。

 木村も途中に選択肢が挟まれ、先ほどの流れを忘れかけていた。

 どんな会話をしていたか慌てて思い出す。

 

「……うん。そう。そうなんだ。選択肢が出た。こっちから部屋に行かないと駄目っぽい」

 

 木村は面倒な表情を隠すことなく、訓練室の出口に向かう。

 おっさんはもちろんとして、ウィルとフルゴウルも彼の後ろに付いていく。普段とは逆の光景だった。

 

 彼が先頭を歩くと言うことは滅多にない。

 

 まるで主人公のようである。

 

 

 

 木村は自室の前に立った。

 

 ウィルとフルゴウルを見返したが、二人はやはり何も感じていないようだ。

 木村も本当に部屋の中にいるのか不安になってきた。

 いちおうノックをしてみる。昨日と同じだ。

 

「入りなさい」

 

 声がした。

 扉越しでもわかる。女の声だ。

 

 驚いているのはウィルである。

 彼はまだ部屋の中にいる人物の魔力を感じることができていない。

 

 扉が開き、昨日と違って熱波が襲い来ることもない。

 木村の部屋の中には女性がいた。

 

 グレーのスーツ姿で、下はスカートではなく折り目のついたスラックスを履いている。

 細身の眼鏡に、茶色がかった髪は後ろで一本に束ねられていた。

 表情は真顔で感情を読み取ることはできない。

 

 綺麗な女性ではある。

 それ故にきつめというか厳しい印象を受ける。

 

 彼女は木村の椅子に座り、扉越しに立つ木村たちを見ていた。

 面接官のようである。

 

「近くに来なさい」

 

 発言は命令なのだが、あまりにも姿と合っている。

 これで“こちらへ来てください”などと丁寧な言葉を使われれば、逆に違和感があったに違いない。

 

「失礼します」

 

 木村は一礼して入った。自分の部屋なのに。

 ウィルとフルゴウルも彼らなりの礼を女性に示して部屋へ入る意志を見せた。

 女性もわずかに頷くことで彼らの同席を許可する。

 

 女性の命令に従い、木村たちは女性に近づいた。

 しかし、女性は発言することなく黙って木村たちを見ている。

 気まずい。いたたまれない雰囲気だ。叱られているときの空気に近い。

 少なくとも木村は、彼女の雰囲気が悪い理由を知っている。選択肢を無視したのが良くなかった。

 

「木村くんに質問しましょう」

 

 いきなり質問。

 本当に面接のようになってきた。ある種の圧迫面接だ。

 空気は気まずいが、さほど恐怖は感じない。スクルドとワルキューレ一行に比べればまだ可愛い。

 あの時は本当に殺されることを覚悟した。

 

「以前に会ってから幾十日と経ちましたが、自身に課せられた役割を理解しましたか?」

 

 前にもされた質問である。

 あの時は木村は「理解していない」と答えた。

 今も理解していない。ただ、問われると質問が自らの心の底に淀む。

 淀みがしばしば声となって自らに語りかけてくるのである。

 これが自身の役割ではないか、と。

 

 全ては可能性と想像の産物であり正解かどうかはわからない。

 木村は正直に答えることにした。

 

「理解していません。その問いの次に問いだった『主人公の自覚』もまだはっきりと浮かび上がっていません。――ただ、『カゲルギ=テイルズ』の意味を知り、また今回の討滅クエストⅡを通して、あなたがたが僕に何をさせたいのかは感じとる、と言いますか、推測はできるような気がします」

「よろしい。あなたの思うところを聞かせなさい」

 

 女性が木村に続きを促した。

 その顔からはやはり思惑を読み取ることができない。

 

「カゲルギ=テイルズの世界はあと半年足らずでサ終によって消える。消えてしまう世界を継続させるために大神オーディン、それにあなたの妹……と思いますが、スクルド神たちは奔走していた。そして、彼らは未来に繋ぐ可能性をもぎ取った。前回のイベントがそれです」

 

 女性は頷きもせず木村の言葉をただただ聞いていた。

 ただ聞かれて反応が何もないというのが、随分と心地よくないものだとヒルドの時に木村も知った。

 この時点ではまだ事実の再確認である。木村の感じているところは入っていない。

 女性が反応を示していないのはそのためである。

 

「あなたがたは僕に、世界の住人を犠牲にさせたいのではないですか?」

 

 やはり女性に反応はない。

 木村は先を続ける。

 

「今回の討滅クエストⅡで、大神オーディンやクロートー神はこの街の住人を殺そうとしていたように思えます」

 

 大神オーディンはヒルドを助っ人に送った。

 彼女の力があっても言葉は足りず、木村たちだけでは都の住人は全滅していた。

 クロートーはリコリスという半ば狂キャラを送ってくれた。しかし、アコニトと会わせることにより暴走した。

 結果的に上手くいったが、下手をすれば街の住人や建設物を崩壊させることだって考えられた。

 クロートーは助っ人にみせかけて、実は破壊のための刺客を送ったのではないか。

 もちろんリコリスに刺客という自覚はなかっただろう。

 

「もしも、あなた方の行為が僕に『主人公の自覚』を芽生えさせるためのものだとすれば、主人公の自覚とは『僕が世界の住人を犠牲にする存在』だとわからせることなのではないでしょうか」

 

 言うべきことは言った。

 実は討滅クエストⅡよりもずっと以前から思っていた。

 木村の通るところで犠牲が次々に生じる。アコニトに自覚するなと戒められたがどうしても考えてしまう。

 ここ数日のイベントでその気持ちはさらに強まり、確信とまでは言わないが口にできるようにまで膨れ上がってしまった。

 

 女性は反応しない。

 睨むようにジッと木村を見つめている。

 間違っているなら間違っているでいいから反応をしてほしい。

 

「木村くん。あなたの思うところは正しい」

 

 女性が口を開いたかと思えば、あっさりと木村の発言を正解と認めた。

 木村としてもあまりにもすんなりと認められすぎて、肩すかしを食らった気分である。

 

「本来であればその思いには推測により至るべきでなく、己が内側よりわき上がるべきなのです」

 

 ここで女性がため息をついた。

 まっすぐ木村を見つめていた目もやや伏し目がちになる。

 

「――大神とスクルドは未来を切り拓いたという美酒に酔っている。今さら鋏を納めたところで幾千の過ちの上に築いた虚ろで不確かな未来であることに変わりはないというのに。――ウルズ姉様は考えが浅はか。因縁で人形を揺さぶるなどと……。過去のか細い糸を繰り出すことこそが姉様の務めであり、操ることには慣れていないだろうに。とうとう糸は切れ、人形は自らの意志で歩み始めた。もはや、彼の者は人形ではなくなってしまった」

 

 女性がぶつぶつと呟きながらこめかみ付近を指で押さえていた。

 ようやく彼女の感情が見て取れた気がする。姉と妹に挟まれて苦労しているようだ。

 

「『僕が世界の住人を犠牲にする存在』というのは事実としてそうではないですか? ごくごく最近でこそ住人たちは死を免れていますが、そもそもそこに自覚と推測との違いは必要なんでしょうか?」

 

 犠牲になるならどちらでも同じだ。

 死ぬ側からすれば、木村がしているのが推測か決意かなど関係ない。

 

「大いに必要です。推測による行動は選択であり、自覚による行動は決断になります。あなたの行動はもはや決断になり得ない」

 

 木村は女性の発言がやはりいまいちわからない。

 選択だろうが決断だろうが同じ行動をして、同じ結果になるのなら変わりがないのではないか。

 

「決断でなければまずいんですか?」

「あなたが決断をしなければ、私の選択は覆らない」

 

 木村はますます意味がわからない。

 

「あなたもご存じのとおり、本日より172日後、サ終により『カゲルギ=テイルズ世界は消滅する。世界の滅亡とともに、あらゆる命もまた滅ぶ』――これこそが私の割り当てた運命です」

 

 なんてことをしてくれたんだ、この女神、と木村は思った。

 木村だけでなく、後ろにいた全員も同じである。しかし、運命の女神としての務めなので彼女も役割を果たしているだけである。

 

「それって、取り消しとかできないんですか?」

「一度定められた運命は覆りません。故に運命なのです」

「でも、前のイベントで大神は未来を掴んだって喜んでいましたよ。一緒に乾杯もしました」

「いかにも。あなたが決断をしたからです。私の運命決定の力を無視しうるあなたが、未来の存在を助けると決断したから世界の運命が変わってしまったのです。ああ、慎重に動きなさいとあれだけスクルドに告げたのに。いったい、大神にどうやって伝えたのか……」

 

 スクルドは口下手だった。たぶんうまく伝えていない。

 木村も悪いことのように言われているのだが、普通に考えて良いことではないのか。

 そもそも木村は何が問題なのかわからなくなってきていた。

 

「世界の運命が変わったのなら、カゲルギ=テイルズの世界も続くということでしょう。大神ではないですが、良いことではないのですか」

「木村くん。あなたは誤解している。大神にとって世界が続くということがどういうことなのかまるでわかっていない」

 

 伏し目がちだった女性の視線がまた木村とかち合った。

 

「大神がのたまう『カゲルギ=テイルズの世界が存続する』とは『世界の因子がわずか一欠片でも残れば良し』です。何か一つでも残るなら後は全て消え去ってもかまわないということになります。事実、スクルドやワルキューレはおろか大神も滅ぶという私の割り当てた運命は依然として変わりがありません」

「ぉぅ……」

 

 木村も言葉を失った。

 オーディンやスクルドは助かるんだろうと思っていたが、そんなことはないらしい。

 さすが神と言うべきか考え方がぶっ飛んでいる。

 そこで木村はふと思い返す。

 

「でも、全滅ではないでしょう。ロゥが未来にいるんですから、少なくとも彼が過ごした街はあり、そこまで発展するくらいの人は残るはずです」

「正しい。話を付け加えましょう。私の割り当てた運命に変化はありました。『世界は消滅を免れる。世界は壊滅するとともに、あらゆる命もまた滅ぶ』。免れたのは世界の消滅であり、世界の壊滅と命の全滅は免れていません。大筋は変わっていないのです。大神の勝ち取った世界とは、カゲルギ=テイルズ世界の残り滓程度のものになるでしょう。ましてやロゥなる子も果たして二世界により生じる人かは怪しい」

 

 最後の意味はよくわからない。

 とりあえずわかるのは、思ったよりも救いのない話だということだ。

 木村はふと思うのだ。もともと運命を割り当てたあなたが悪いんじゃないですかと。

 

「木村くん。私はですね。あなたに覆してもらうのならば、私の割り当てた全ての運命を覆して欲しかったんです。そのために多くの手を打ってきました。しかし、全て水泡に帰してしまいました」

 

 切実な声だった。

 神としての務めに従って運命を決めた。

 それでもその定めを変えて欲しいという女神の思いは伝わってくる。

 木村も彼女の思いの丈を聴いて、ようやく罪悪感らしきものが芽生えつつあった。

 

「壮大な話をしているところ申し訳ない」

 

 木村が女神に同情を覚え、沈黙していると後ろからフルゴウルが声をあげた。

 

「質問をしてもよろしいだろうか?」

「僕も疑問があります。彼女の後でかまいませんので聞かせてもらいたいです」

「許しましょう」

 

 二人とも質問を許された。

 先にフルゴウルが女神に問いを投げる。

 

「キィムラァくんに『自身が世界の住人を犠牲にする存在』と自覚させようとしたのはわかったんだがね。『その自覚』と『カゲルギ=テイルズ世界に割り当てた運命が覆ること』との因果がわからない。彼が『世界の住人を犠牲にする覚悟を抱く』と、なぜ『カゲルギ=テイルズ世界に割り当てた運命が覆る』のだろうか?」

「僕も同じところに疑問があります。おそらく神聖術を行使するのでしょうがどのような術式ですか? 付け加えるなら、世界の住人を犠牲にすることへの言及が何もないのですが、そのところあなたはどう考えているのでしょうか?」

 

 女神が二人を見据えた。

 彼女は嘘偽りなく女神としての彼女の言葉を告げる。神託である。

 

「サ終により、この世界とカゲルギ=テイルズ世界とは衝突します。この衝突の直前に、両世界の地表に生きる命を犠牲にして、カゲルギ=テイルズ世界とこの世界を融合させる力と変換させます。命を力へと変換する術式はすでに知っていますね。私たち神々の力を結集させ、我々の力をあなたの言うように『神聖術』と呼ばれる位にまで昇華させます。この犠牲術式に木村くんの決断による力が加われば、どのような運命とて撥ね除けることがかないましょう。そして、世界は一つの形となって存続することになるはずだったのです」

 

 女神は答えた。

 明らかに後ろ二人の雰囲気が変わったと木村は察する。

 

「疑問だね。彼の決断の力がそこまでの効力を持つのだろうか」

「僕も疑念があります。あなた方の力を結集させるだけでも可能ではないですか」

 

 遠回しに木村の力をディスっているが、彼としてもそこまでの力が自分にあるとは思えない。

 女神は眼鏡をあげる。そして発言した二人を見てポツリと告げる。

 

「172」

 

 いきなり数字を言われて二人は面を食らっている。

 つい先ほど聞いた数字だった。世界が滅ぶまでの日数だ。

 

「奇しくもあなた方二人に共通する数字です。何の数字かわかりますか?」

「世界の終わる日に私たちが揃って死ぬと言いたいのかな?」

「違います」

 

 女神は首を横に振った。

 

「あなた方二人の本来の命日です。――金の筺のフルゴウル。私の割り当てた運命ではあなたの終わりは172日後。世界の終末とともに何一つ果たすことなく朽ちる定めでした。――グランツ神聖術学園のウィル。あなたの終わりも私は割り当てました。172日前です。無の力に飲み込まれ、あなたは何も残さず世界から消え去る定めでした」

 

 二人が沈黙する。

 彼女の言葉は淡々としており、毒こそ混ざれど感情と呼べるものは含まれていない。

 

「私があなた方に割り当てた運命はすでに変わっています。なぜか? あなた方が木村くんの側にいたからです。片や定めた期日よりも前に死に、片や定めた期日を過ぎても生きながらえている。木村くんが決断と呼べる決断をせずとも、ただ一緒にいるだけで私の――運命の神の絶対的な割り当てを変えるのです。もし彼が決断をおこなえば、どれほどになるかもうおわかりですね」

 

 木村としては自らの力に驚くばかりだが、どれほどかはいまいちよくわからない。

 それよりも木村は女神の当初の予定に疑問があった。 

 

「あ、あの、すみません。『世界は消滅を免れる。世界は壊滅するとともに、あらゆる命もまた滅ぶ』って運命があって、これを覆したいんですよね。言われたことを考えると、世界を神の御技でくっつけて壊滅を防げるとして、『あらゆる命もまた滅ぶ』がクリアされていないんじゃないでしょうか? 地表の命は犠牲にするんですよね?」

「否。神々は世界に残ります。神以外の者は死に絶えますが、さほどの問題もありません。私たちが新たな生命を新たな世界に誕生させれば良いだけの話ですから。しかしながら、このプロジェクトは木村くんの自覚を促せなかったため、中止にせねばならないでしょう。悔やまれます。より慎重に進めるべきでした」

 

 木村もようやくわかった。

 この神々は人の命など何とも思っていない。

 討滅クエストにより滅びた帝国、同じく滅びた獣人の郷の人々、他に失われた多くの命をただのエネルギー源と捉えている。

 そして、滅びたらまた作れば良いとまでも明言した。

 

 こんな存在をのさばらせておいていいのか?

 こいつらのさじ加減一つで穏やかな生活が脅かされてしまう。

 彼の漠然とした疑念が確信に変わった。この神々は到底、人がともに歩むべき存在ではない、と。

 

 このとき木村はついに自覚した。

 自分の果たすべき使命が克明に己が内側から湧き上がる。

 もしもこの場にアコニトがいたら、彼が使命を自覚したことを戒めただろうか?

 また、その内容に言葉をかけただろうか? タバコを吸って小さく笑うに留めたかもしれない。

 

「えっと、ラケシス神。すみません。そろそろ時間なので討滅クエストⅡに行きたいんですが、よろしいでしょうか」

「良いでしょう。ともに今日という一日を乗り越え、新たな運命の割り当てと切り拓き方を、思考並びに実践することにしましょう」

「はは……」

 

 木村は言葉にしない。

 言葉にすれば聞かれて邪魔が入る。

 怒りこそあれど、怒りの逸らし方はアコニトで上手くなった。

 今はなんとか話を逸らすに留める。

 

 彼は極めて静かに、しかし明確にカゲルギ=テイルズの主人公としての意を決した。

 決意させよう暗躍した運命の女神の行為は水泡に帰したわけではない。

 彼女の言動なしに、木村の決意は生じなかったであろう。

 決意の方向、あるいは矛先が変わっただけである。

 すなわち、

 

 ――この無自覚で尊大な神々を犠牲にして、世界の人々をどうにかして救う。

 

 前半はともかく、後半はやや荷が勝ちすぎているなと木村は苦笑する。

 それでもやらねばならない。彼の決意にそれだけの力があることは他でもない目の前の女神が示してくれた。

 神々の御技の代わりになる存在は、他ならぬ彼の仲間達が務めてくれると信じている。

 

 

 ただ……、この時の彼はまだ、犠牲とすべき神々の中にアコニトが入っていることに気づいていなかった。

 

 

110.イベント「私のカツラを知らないか?」13

 

 討滅クエストⅡも最終日である。

 

 ウィル、フルゴウル、モルモーの固定メンバーに助っ人のラケシスが加わっている。

 最初の三戦が無事に終了して、特殊イベント戦が開始された。

 

「……えっと、ラケシス神は戦ってくれたりしないんですか」

 

 ラケシスの戦闘情報を集めたかったが彼女はまったく戦わない。

 最終的に彼女と戦う可能性もあるので、木村としては彼女の戦闘スタイルを見ておきたかった。

 しかし彼女は、ウィルやフルゴウルといった魔法使いよりもなお後ろに控えて、木村やおっさんとほぼ同位置から戦闘を見ているだけだ。

 

「すでに私たちが勝利する運命を決定づけました」

 

 ずるいと木村は思った。

 そんなの何でもありじゃないか、と。

 

「でも、僕が近くにいたらその運命が変わる可能性があるのでは?」

「『敵に負けて、この都市を滅亡しても良い』と木村くんは考えているのですか?」

「いや、まさか……。そんなことはまったく考えてないですよ。今日も被害なく終わるつもりです」

「ならば、勝利は必然。私はすでに役割を果たしています」

 

 澄ました顔で告げる。

 言葉どおり、残りの三人と兵士たちだけでも問題はなさそうである。

 

「運命が決められるなら、イベントをそもそもなくすとかはできないんですか? もうやめて欲しいんですけど」

「木村くんは神の力を過大評価しています。私たちは生じた『事象』を解析したり、ねじ曲げることはできますが、『事象』の発生を抑えることはできません」

 

 女神の眉間に皺が寄り、苛つきが生じた。

 表情が明確に変わったのを木村は見た。

 彼女が感情を顔に出したのは初めてだ。

 

 木村も彼女の苛つきがおおよそ理解できる。

 彼女が言う事象とはイベントのことであろう。本来は自分たちが事象を起こして人をコントロールする側であるのに、事象を抑えられずコントロールされているという不愉快さによるものだ、と。

 

 この女神どもがイベントを起こしていたと木村は半ば信じていたのだがそうではないようだ。

 運営は女神たちよりも、さらに上の位置にいて、ソシャゲらしくイベントを開催しているようである。

 女神はそのイベントに乗っかかって悪さをしていた。どちらにしてもタチが悪い。

 

 ここでふと木村の中に疑問が生じた。

 神は運営のイベントに干渉することはできない。

 木村の力も神からの干渉をほぼ受けず、逆に与える側である。

 

「……そうすると僕をここに連れてきたのはあなた方ではない?」

「違いますね。事象によるものと私たちは考えています」

 

 運命の女神たちの上に運営がいるのならば、彼らが木村をここに連れてきたのか。

 木村が目覚めた時におっさんがいて、チュートリアルもしているくらいので関係者に違いない。

 だが、おっさんはまったくそのあたりを話さない。彼の正体から探るに、この世界の竜と繋がりのある神が怪しい。

 

「この世界の竜は、カゲルギ=テイルズにもいるんですか?」

「いません。私たちの世界に存在していた竜は討滅クエストで現れたものです。こちらの世界の竜とは別物になります」

「カゲルギ=テイルズに神がいるように、この世界にも神がいるんでしょうか?」

「この世界に神はいません。強いて言うならば、この世界の竜が神に近いと言えます。しかし、私たちとは存在形態が異なります。この世界には私たちが入り込む余地があるのです」

 

 女神の話が木村にはよくわからない。

 彼の価値観では、神は世界にいっぱいいる認識だ。

 過去に、冥府の導き手も女神と似たようなことを言っていたことを彼は思い出した。

 『上司は二人も要らないから片方に消えてもらった』だったか。神の席にも限りがあるかもしれない。

 

 

 あれやこれやを女神と話しているうちに、特殊イベント戦も最終段階になった。

 黒鶏が白卵を温めている状態である。

 

「出番が来たので失礼」

 

 モルモーが昨日と同じように手を大量に生やして、黒鶏を持ち上げる。

 抜けた黒羽根を木村がもって白卵にくっつけた。

 

 卵が割れて白鶏が出てくる。

 攻撃を仕掛けなければ動かないのだが、攻撃の意志を見せると凄まじい速さで動く。

 昨日はウィルとフルゴウルが道を塞ごうとしたがズレが生じて失敗し、リコリスの働きによって倒すことができた。

 

 今日はモルモーや兵士たちも合わせての同時展開を考えている。

 狭いところでは逃げ道も多いため、外側から順繰りにルートを潰して逃げ道をなくす作戦だ。

 最初のチビ白鶏のときよりも、空間的に大規模な魔法の行使となる。

 

「今回の事象の名称をご存じですか?」

 

 作戦中にラケシスが話しかけてきた。

 すでに成功が決まっているためか木村も緊張感が欠けている。

 成功するかどうかわからないから、必死になれるのであって勝利確定では張り合いがない。

 なくて良いような張り合いなのだが、爽快感も義務感も失われ、やる意義すら感じられなくなってしまう。

 

「事象の名称?」

 

 女神の言う事象というのがイベントということは木村も理解している。

 なぜそんなことを尋ねるのだろうかと思いつつも答える。

 

「討滅クエストⅡではないのですか? ……ボーナスステージ?」

「ボーナスステージの個別具体的な名称です。内部情報としては『鶏が先か、卵が先か』という題が入っています」

 

 聞いたことのある題名だった。

 どちらか一方がいないともう一方が誕生しないというジレンマの問題である。

 鶏がいなければ鶏の卵は存在せず、鶏の卵がなければ鶏は存在しない。最初に生じたのはどっち?

 

「今回だと鶏になるんですかね。最初に鶏が出てから卵が出ますし」

「果たしてそうでしょうか? 最初の鶏が出現する瞬間を木村くんは見ましたか?」

「……いえ。見てないですね」

 

 出現とともに鶏の鳴き声は聞こえるが、鶏が出現する瞬間を誰も見ていない。

 兵士たちも鳴き声を聞いてから、声のした方角をたよりに鶏を見つけるのであって、最初から鶏を確認したという報告は聞いていない。

 

「もしかして卵が先に生まれてる?」

 

 「でも、だからなんなの?」って話である。

 木村としては鶏が先でも、卵が先でもどちらでも良い。被害なく倒せれば良いのだ。

 

「因果性のジレンマは私たちの話でも言及できます。『神が先か、世界が先か』――どちらでしょうか?」

「世界がなくなると神が存在できなくなるのですから、それは世界が先ではないですか」

 

 話が一気に大きくなったと木村は感じる。

 加えて内容が先の例とは種類が違う。

 

「そもそもその二つは鶏と卵とは別の問題ではないですか。世界が神を生むわけでもないし、神が世界を生むわけでもないでしょう。世界に神が含まれているだけなので、因果ではなく包含の関係になるのでは?」

「木村くんの暮らした世界ではそうかもしれませんが、カゲルギ=テイルズ世界ではそうとは言い切れません。神と世界には因果関係があります。世界が神を生み、神が世界を生んでいます」

 

 それってソシャゲだからじゃないのかと木村は考えた。

 たとえソシャゲでも世界がやはり先ではないか。世界を作って、世界に合うキャラが設定される。

 だが、すぐに逆でもいけるのかと考えてしまう。最初に世界の神々を登場させるゲームと決めれば、有名な神の性格や能力の設定を考えて、それらが存在する世界を考えても良さそうだ。

 相互に因果関係があると言えばあるのかもしれない。

 

 あるいは互いに関与せず存在もできそうだ。

 もしも世界がなくなっても魅力的なキャラは別の世界(ゲーム)で生きていける。

 木村が召喚しているキャラもある意味そういった存在だろう。

 別の世界で生きるための基盤があれば良い。

 

 ここでふと別の疑問が生じた。

 ラケシスは木村がカゲルギ=テイルズの主人公だと知っている。

 そして、『サ終』が世界の終焉ということもわかっている。果たして『サ終』がどのようなものか本当に理解しているのだろうか。

 

「ラケシス神。今さらなんですが、サ終ってどういうものと考えていますか?」

「世界の終焉です。世界の未来は断たれ、主人公たるあなたが世界から立ち去り、私たちもまた消し去られる事象です」

「……そうですか」

 

 ゲーム内部のキャラから見るとサ終とはそういうことになるようだ。

 つまり、このラケシス神は自らがゲームの世界――サーバの中にあるだけのデータによる一構成物とわかっていない。

 

 女神は考えていないのかもしれないが、木村はときどき考えてしまうのだ。

 木村が今いる異世界はゲームの世界ではないかと。限りなくリアルに感じられるだけのデータで管理されているだけの世界。

 木村も含めて全てが数字の羅列でできていて、死さえも一種の状態異常ステータスなら、キャラが死んでも簡単に復活するのはステータスが直されるだけだと。

 

 ラケシスは「この世界に神はいない」と言いきり、木村はその言葉に疑問を持っていた。

 自分をここに引き寄せた存在は、その力からしてまさしく神と言って良い。それなのに神がいないとはどういうことだろうか、と。

 単純だった。この世界にいないだけのことだ。今の木村やラケシスらも全てデータなら、神はこの下位世界に存在していない。

 神はより上位の現実的あるいは高次元の世界で、木村たちを設定して管理している。

 

 この思想を言い始めるとキリがない。

 木村がいた現実の地球ですら、「実は現実はゲームの中なんですよ」がまかり通ってしまう。

 ラケシスがこの世界やカゲルギ=テイルズ世界を下位の世界だと実感できていないのは、彼女が生きていた世界はまさしく、彼女にとって木村で言うところの現実だからだ。

 世界の形を変えてでも、彼女なりの現実世界をつなぎ止めようと必死なのだと木村も理解はできた。

 

 木村の決意は柔らかく脆い。

 およそ考えられる最悪の結合をしている。

 先ほどまで「神ども許すまじ」としていた思いが薄れていく。

 

「神も大変ですね」

 

 しかし、必死だからと言って人を安易に切り捨てる理由にされては困る。

 人もまた必死に生きているのだから。少なくともこの女神には今までやってきた代償は負わせる。

 

 二世界の衝突を何とか緩めて、人も神も生き残る方法はないのだろうか。

 カゲルギ=テイルズに込められた意味が『犠牲』だからといって、人を犠牲にするか、神を犠牲にするかといった安易な選択が本当に正解なのか。

 

「いちおう聞いておきたいのですが、何も犠牲にすることなく両世界の命を救おうとは考えないのですか?」

「犠牲なくして生存なし。何かを救うとは、何かを救わないということです。救うものが大きくなればなるほど、救わないものも大きくなります。何も犠牲にしないというのは、何もしないことと同義です。全てを滅ぶに任せることに他なりません」

 

 出身世界の影響を強く受けすぎていないか。

 あるいは女神の考えが実際には正しく、木村がぬるいだけなのか。

 

 それでも彼は安易に犠牲を受け入れたくはない。

 知り合った人たちがいなくなるとどうしても悲しくなる。

 せめて目の前にいる女神たちだけの犠牲で他が救えたりしないものか。

 

 木村は新しい道を模索するつもりなのだが、その答えは見えてこないのである。

 

 

 特殊イベント戦も運命どおり被害なく終わった。

 

 特に大きな異常はない。

 強いて言えばヅラウィの姿がなかった。

 いつも、遠くから木村や兵士たちを見守っていたのだが今日はいない。

 昨日の時点で髪がほぼほぼなくなっていたので、力を出す余裕がなかったのだろうか。

 

「戦闘も終わりましたので私は去りましょう」

 

 カクレガに戻ると女神はさっそく別れを告げる。

 ウィルやフルゴウルも彼女がいることで雰囲気が悪かったので、木村としても正直助かった。

 時間で消える時はどこからでも消えられるのだが、早く帰る時は木村の自室からでないと消えることはできない。

 冥府の川の神は自室から早々に帰って頂いた。トイレに戻られては溜まったものじゃない。

 

「おぉ、坊やぁ」

 

 部屋までは送ろうと、木村が女神と歩いているとアコニトがやってきた。

 彼女にしてはかなり朝が早いと言える。ふらつかずまっすぐ歩いているのもレアだ。

 

「んあぁ? その顔は水の女かぁ?」

「……えっ」

 

 木村は素直に驚いた。

 アコニトの言う「水の女」というのは、王都で水で人の姿をしていた女ということだろう。

 大正解である。ただし、あの時、ラケシスはシエイの姿をしており、全身が水で構成され顔もロクに見えていなかった。

 明確に人らしき姿をしている今のラケシスとは似ても似つかない。

 

「なんでわかるの?」

「言っただろぉ。顔だぁ。この女はずぅっと嗤っとるぞぉ。良いことでもあったのかぁ?」

 

 木村はラケシスを見るが、事務的な冷たい仏頂面だ。

 嗤うどころか感情すら読み取れない。

 

「儂の好かん顔だぁ」

「戯れ言を。木村くん。獣の讒言に耳を貸す必要はありません」

「坊やぁ。うぬも何か変なことを告げられただろぉ。顔に出とるぞぉ。決意と迷いが混ざった中途半端な間抜け面だぁ。役目でも言い渡されたかぁ。――すぐ忘れろぉ。この嗤い女の思うつぼだぞぉ」

 

 木村はまたもや驚いた。

 当てずっぽうではない、アコニトは彼の心を見て取っている。

 すごい芸当なのは間違いないのだが、普段の有り様からしてすごさよりも気持ち悪さが勝る。

 

「ほどほどに聞いとけぇ。儂は飯にする。にやけ顔を見ても腹が膨れんからなぁ。坊やも後でこい。話がある。大切な話がなぁ」

「私も帰ることにしましょう。あまり長くいては獣の臭いが付いていまいますから」

 

 ラケシスの態度が他の人物への態度と明らかに違う。

 二人の神は互いに顔も合わせずすれ違う。

 

 木村はとりあえずラケシスと自室まで歩いて行く。

 

「最後に一つだけ聞きたいんですが……」

 

 自室の扉前にたどりついてから木村はラケシスに声をかけた。

 もしもアコニトに声をかけられていなかったら、尋ねなかったし思いもつきもしなかっただろう。

 

「今日、こちらに来た理由はなんでしょうか?」

 

 ラケシスが木村をゆっくりと振り返る。

 彼女はすぐには答えなかった。

 

 アコニトの発言で木村も疑問が生じた。

 ラケシスがわざわざ愚痴や質問だけをしに来たとは考えづらい。

 姉や妹の所業への嘆きは真として、木村が主人公の役割に推測したことへの確認か。

 あれだけ木村に主人公の自覚をするよう裏でこそこそと仕向けておいて、どうして今になってわざわざ自ら確かめに来たのか。

 大神ではないが別の者を送れば良いはずだ。神の身分でわざわざ下界に出向くことを嫌っていそうな性格をしている。

 

「木村くんは、獣の言葉に心を苛まれすぎています」

「おっしゃるとおりです。あの薬中狐は人の心を見ることにかけては、追随を許さないほど長けています。使い方は大きく誤っていると思いますが……。その彼女の言葉が気になってるんです」

 

 具体的には「嗤い女の思うつぼ」というアコニトの言葉である。

 何が思うつぼなのか。それも彼女がすぐ前に言っていた。「決意と迷いが混ざった顔。役目でも言い渡れされたか」である。

 

「ラケシス神はカクレガに来て、すでにあなたが果たす役目を果たしている。だからこそ、長居する必要もなくさっさと帰っていくのかな、と」

 

 ラケシスは表情も反応も何もない。

 眼鏡レンズ越しに見える瞳は、女神らしく光を帯び、されど無機質に木村を見ている。

 

「あなたは――僕に決意をさせるため、ここに来たのでは」

 

 決意していれば良し。決意していないのならさせるまで。

 木村に主人公としての決意をさせるため、彼の心がすり減る介入をし続けてきた女神だ。

 逆に言えば、彼女は人の心をわかっているとも言える。

 

 彼女の無自覚で尊大な態度は神の傲慢さ故だと思っていたが疑問が生じた。

 見た目も姉や妹より人間に近い、神ならではの傲慢さこそあれど、人の心をある程度理解している。

 木村の前で、わざわざ人を犠牲にする発言を女神自身がすることにより、彼の怒りを煽り、自覚と決意を促すためだったのではないか。

 

「傲慢かもしれませんが、僕は、あなたがあなたなりに世界の存続を願っていることは理解したつもりです」

 

 大神オーディンは世界をわずかでも繋げるためなら、自らが消えても問題ないと言っているようだ。

 おそらく女神が語ったあの言葉に嘘はない。妹と姉に対する愚痴も本当だ。

 事実の中に嘘を混ぜると嘘がわかりづらくなると聞く。

 

「ラケシス神が犠牲にするのは本当に神以外なのですか?」

 

 傲慢さこそあれど、ラケシスは神として果たすべき事は果たすという責任感は持っているように思える。

 どこかの狐とは違い、この女神も世界が繋がるためなら、我が身を何とも思っていないのではないか。

 

「木村くん。神の心を測るなど傲慢以外の何ものでもありません。そして、その考えはあなたの妄想です。獣と一緒に夢想するようではいけません。決意を揺るがすことなく、主人公としての道を進みなさい」

「でも、それではあなたがたが、」

「そのくだらない迷いを断つため、私からあなたに神託を下しましょう。――私はドライゲンの都の運命を決定づけました。明日です。彼らの命を犠牲にして、あなたに決意の道を進ませます」

 

 「それでは」とラケシスは扉を開け部屋に入った。

 

「は?! 待っ」

 

 木村の声は虚しく響く。

 

 女神の姿は消え去って、飾り気のない部屋とその主が残った。

 

 

 

 ラケシスが消え去ってしまった。

 

 最初から最後まで爆弾を投げ込んで来た女神だ。

 ある意味でアコニトに似ている。彼女たちが嫌い合っているのはある種の同族嫌悪じゃないのかと木村は考えてしまう。

 

 あれこれ考えは出てくるが、逆に出てきすぎてまとまらない。

 朝食もまだだ、アコニトにも呼ばれていたから食堂に行ってみることにした。

 

 アコニトが食堂でご飯を食べている。まだ半分以上が残っていた。

 彼女は食べるのが遅い。時間感覚が人間と違うようで、ちまちまとご飯を食べる。

 

「おぉ、来たか。ん~? 面倒なことを抱えている顔だぁ。まあ、座れぇ。儂の話に比べれば、坊やの面倒ごとなど些細なものだと気づくぞぉ」

 

 アコニトはラケシスのことなど、どうでも良い様子だ。

 そういえば、アコニトが別れ際に大切な話があるとか言っていた気がする。

 今も彼女にしてはかなりまともな様子なので、木村もなんだか緊張が出てきてしまう。

 

「実はな。儂は昨日いろいろとリコリスと話したんだぁ」

「そう。それは良かった」

 

 木村は素直に返答する。素っ気ない返事だが心からの言葉だ。

 アコニトもやや気恥ずかしさがあるようで手を軽く扇いで木村の言葉をかき消した。

 彼女は手元のお茶をグイッと飲みほし、キッと目を開ける。

 

 かつてないほどの真剣だ。

 イベントや討滅クエストもこれくらい真面目にできないものか。

 

「それでだぁ。儂はなぁ。決意したぞぉ」

 

 木村だけでなくアコニトも決意をしたようだ。

 この真面目さはそれを木村に告げるためだと彼も気づいた。

 彼も居住まいをすぐさま正し、アコニトの顔を正面から見つめる。

 

「儂はなぁ――もうハッパはやらん」

「………………あ、そうなんだぁ。ハッパをやめるのねー。へえぇ……」

 

 木村も困惑する。

 危ないクスリはやめた方が良いのは間違いないのだが、そこまで大げさに言うことなのか。

 正した居住まいが今にも崩れそうだ。真面目に聴いて損をした気分である。

 

「何かいろいろ考えてるのが馬鹿らしくなってきた」

 

 それでもいろいろと考えが浮かんできてしまうのが、今は馬鹿な狐と朝ご飯を食べることに意識をむけることにする。

 

 最終日のことは食べてからで良い。

 仲間も一緒に考えてくれるはずである。

 

 

 木村たちは討滅クエストⅡの日々を乗り越え、イベント最終日を迎えることになった。

 

 

111.メインストーリー 8

 

 討滅クエストⅡが終わり、イベントストーリーも最終日になってしまった。

 

 ラケシスがドライゲンの運命を今日で終わりにした関係で、緩やかなイベントも地獄に様変わりしようとしている。

 昨日、ラケシスが立ち去った後で対策をいろいろと練っていたのだが、そもそも何が起こるのかわからない。

 

 予想その一として、イベントの主要キャラであるヅラウィが見つからないことから、彼に関連するイベントが考えられる。すなわちイベントストーリーのボスだ。

 

 予想その二として、討滅クエストⅡのドタバタで、監視していた対象が行方不明ということからそちらの方面――おっさんの知り合いなので竜が何かを起こす。

 

 予想その三は、女神関係のまったく意味不明な敵だ。

 

 どれを引いても厄介だ。

 それぞれがドライゲンを終わらせる力があるに違いない。

 最悪な予想としては、これら全てが並行して発生する場合である。これは詰みだ。手に負えない。

 木村の決意で運命を変えることはできるとしても限度ってものがある。

 

 それぞれの予想に対しても対策を考えたが、やはりこれにも限度が存在する。

 けっきょく、なるようにならないということだ。

 

 朝も四時前から目を覚まし、朝食を食べてカクレガを出る予定だ。

 イベントが起きるとしても六時以降と推測される。

 三十分前には入城する段取りだった。

 

 訓練室でメンバーの確認をする。

 ウィル、フルゴウル、モルモー、シエイである。

 決戦が考えられるのでシエイをアコニトにするつもりだった。

 

 しかしながら、アコニトは禁薬初日の夜には酒でベロンベロンに酔い、そのままハッパを焚いてアウトとなった。

 まさか、「ハッパをやめる」と言ったその日から破るとは木村も考えていなかった。

 おっさんに捻られたが、木村もかける言葉がない。

 

「ちょっと早いけど行こうか」

 

 そろったので出発する。

 モルモーが眠そうだが、城で寝てもらえば良い。

 問題が起きるのが6時とは限らない。いつでも動けるところにいるなら何をしていてもかまわない。

 

 カクレガを出ようとしたところで待ったがかけられた。

 おっさんである。

 

「キィムラァ。連れて行けるのは一人だけだぞ」

 

 久々のメンバー制限である。

 これがあるということはボス戦は間違いない。

 ボス戦はわかるが人数がおかしい。聞き間違いかと木村は思った。

 

「え? 連れて行けるのが一人? 外すのが一人じゃなくて?」

「連れて行けるのが一人だ」

 

 メンバー全員から血の気が失せていく。

 ただでさえ強敵が予測される中で、連れて行けるのはたったの一人。

 もし仮に栄えある一人に選ばれボス戦で負けて全滅する。そうなるとドライゲンは滅亡する。

 その責任を一人に負わせようということでもある。

 

「時間はかかるが途中で変更は可能だぞ」

「いや、そうかもしれないけど……、一人。えぇ、一人って……」

 

 変更が可能でも連れて行けるのが一人ということに変わりはない。

 むしろ残りの三人枠が誰なのかが気になってくる。

 それによって一人を決めるべきだ。

 

「残りの三人は誰なの?」

「グランド、ヅラウィ、…………創竜だ」

 

 言っているおっさんが一番嫌そうな顔をしていた。

 グランドはわかる。変な力を持っていた。それにドライゲンの兵士だ。

 ヅラウィもイベントに絡むからまだわかる。

 

「創竜って、あの普通のおじさんみたいな人?」

「俺にはわからないな」

 

 しらばっくれている。

 普段は無言なので、珍しい反応と言えば珍しい反応だ。

 

 わかったこともある。

 ヅラウィと創竜が味方なら敵はそれ以外だ。

 イベントストーリーのボス、女神の刺客、まったく別の何かの三択。

 ここに来てまったく別の何かは出てこないだろうから、イベントボスか女神の刺客の実質二択と考えられる。

 

「あの存在が絡むなら私は出られませんね。上司から近寄るなとお達しが来ています」

 

 モルモーがNGを出した。

 どうやら冥府の導き手に共演不可を言い渡されたようだ。

 一番多場面に適応できるキャラが排除されてしまう。

 

 残りはウィルかフルゴウル、シエイである。

 木村は消去法でシエイを外す。面と向かって言えないが、今のシエイはウィルの下位互換だ。

 二人同時ならまだしもどちらか片方を選ぶならシエイは選べない。

 

 ウィルかフルゴウルの二択。

 攻撃力で言えば現状はウィルが強く、守備力も含めるならフルゴウルだ。

 今回の場合はドライゲンをボスの攻撃から守るという点で、フルゴウルの方が良さそうと木村は判断した。

 さらに広範囲で問題が起きるのであれば、王や兵士との連携も必要となる。

 この点においてもより広い視野を持つ彼女に利がある。

 

「それじゃあフルゴウルさんにお願いしようかな」

「本当にフルゴウルで良いのか?」

 

 おっさんが木村に一歩距離を詰めて尋ねる。

 非常に珍しい対応である。いつもなら誰でも良いといった雰囲気を出している。

 アコニトを選ぶと「後悔しないか」などの特殊対応があるが、他はどうでも良さそうなのだ。

 ところが今日は、やめておけという強制力を木村は感じた。

 

「フルゴウルさんだと問題があるの?」

 

 尋ねてみるがおっさんは返答しない。

 システム的に答えられないパターンもあり得たので、木村は少し考える。

 ボス戦との相性が悪いとかそういうのかもしれない。

 

「ボスがきついとか?」

 

 おっさんはやはり無言。

 戦闘中に敵情報の解説はたまにあるが、事前に教えてはくれない。

 敵でないなら味方に問題があるのかもしれない。具体的にはおっさんがしらばっくれている竜の存在だ。

 

「創竜と相性が悪いとか?」

 

 またもや無言。

 どうしようもない。

 

「じゃあ、ウィルにしようかな」

「本当にウィルで良いのか?」

 

 おっさんがさらに木村に一歩詰めてくる。

 見上げるほどの距離になってきた。

 

「どうしろと……」

「私では駄目な理由があるようだね」

「僕の力が不足しているということでしょうか」

 

 フルゴウルもウィルも今回の作戦には初期から深く関わっているので、積極的に参加しようという姿勢がある。

 二人から事情を話せと責められ、おっさんもやや困ったような顔をしている。

 口には出せない別の理由がありそうだと木村は感じた。

 

「逆に、誰かお勧めっているの?」

 

 おっさんがにっこりと微笑む。

 どうやら正解を引いたようだと木村も喜ぶ。

 

「女狐が良いんじゃないか。他のパーティメンバーはブリッジから補佐に徹したらどうだ」

 

 全員が怪訝な顔になった。

 同時に参加に対する意欲が数段階は落ちた。

 おっさんはアコニトのパーティー参加をいつも嫌がっている。

 その彼が、ドライゲンの運命を決するパーティー選抜でアコニトの名前を挙げた。

 異例中の異例である。

 

「えっと……、どうしてアコニトが良いの?」

 

 おっさん無言でにっこり。

 全員が胸騒ぎを覚えた。いつもアコニトがひどい目にあう時の顔である。

 

 間違いなく悲惨なことが起きる。

 

 木村たちは事態を甘く考えていたことを自覚する。

 ドライゲンの運命が決しているということは、木村の介入がなければ確実に滅ぶということだ。

 木村も不安になってくる。特殊イベントで繰り返す時の中、ドライゲンはすでに何度か滅んでいる。

 今までの滅亡で眉一つ動かさなかったおっさんが、今回の作戦では滅ぶ前に口を出す。

 全員が確信した。絶対にロクな滅び方ではない。

 

 木村も滅び方に思うところがある。

 ラケシスが、木村を決心させるために定めた滅びの運命だ。

 すなわち、木村に「神を犠牲にして世界を救おう」と決心させる悲惨な滅びに他ならない。

 

「カクレガなら安全ということかな?」

 

 おっさんは無言。

 木村もフルゴウルの言葉を遅れて理解した。

 ドライゲンが滅びるだけではない。カクレガの外に出ていると復活できるキャラですら取り返しが付かない事態になり得るということだと。

 もっと言えば、アコニトならどうなってもかまわないというおっさんの意図が見える。

 いつもの木村ならさすがにアコニトを庇ったが、今日はかばうにかばえない。

 あまりのクズッぷりに木村も呆れている。

 

「そういうことなら私はブリッジから補佐に徹しさせてもらおう」

 

 フルゴウルはあっさりと辞退した。

 復活してなんとかなるならまだしも、復活すら危ぶまれる場に足を踏み出す気はないようである。

 

「僕は……、途中まで参加して、状況を見て交代というのはなしでしょうか?」

「もちろんかまわないぞ。キィムラァ。戦況を見てメンバーを交代させることで、戦闘を有利に進めるんだ」

 

 パーティー交代の説明チュートリアル口調に場違い感を覚える。

 交代できるということは、初っ端から最悪の事態が起きるわけではないと察する。

 

 ある時点で取り返しの付かない何かが生じる。

 

 

 木村たちが城に到着すると、見覚えのある顔が一つ増えていた。

 

「やぁ、くーちゃん。僕だよ。創だよ! おひさー!」

 

 手を挙げて示すのは、街を歩けば三人ぐらいすれ違いそうな顔をしたおじさんである。

 おじさんは木村の横にいたおっさんに仲良さそうに挨拶をした。

 

「呼ばれたからやって来たよ! 黒ぴっぴとも会ったんでしょ! 喜んでたよ」

 

 おっさんは完全に無視している。

 おじさんとおっさんが混ざって木村は意味がわからない。

 

「えっと、あなたが創竜さんですか?」

「え? 聞いてない?」

「遠回しにしか」

「うっそー」

 

 あの時のおっさんは全身から嫌な気分をかもしてぽつりぽつりと口にしていた。

 創ることが得意な奴とも話していた気がする。

 

「キィムラァ、時間が押しているぞ。情報共有を早くおこなうべきだな」

 

 露骨な話題逸らしであるが、おっさんの言うこともまた事実。

 破滅イベントが6時からなら、残された時間は30分を切っている。

 時間がない。アルマークたちに、今朝判明した事実を説明しなければならない。

 

 木村はパーティーメンバーが一人に限定された話をした。

 アコニトが推薦された点は省いておく。ウィル以外のメンバーについても説明した。

 

 逆にアルマークからは創竜のことについて聞かされる。

 討滅クエストⅡの途中から行方不明だったが、今朝早くに城を訪れてきたようだ。

 監視対象が自らやってきて、「木村たちに呼ばれたから待たせて」と作戦室でお茶を飲んで待っていたとのこと。

 

「しかし、何というかすごい自由にさせているんですね」

 

 創竜はお茶どころかご飯まで食べている。

 とても監視対象とは思えない待遇を受けているように見える。

 

「過去にいろいろとあった」

「懐かしいねー。あそこは美術館にするんだっけ? 完成したら僕も作品を寄贈するよ」

 

 美術館と聞いて木村も思い出した。

 討滅クエストⅡの六日目。リコリスが暴走した更地である。

 

「どういうことですか?」

「過去に都民リストを作っていたところ、過去の経歴が一切不明の人物が浮かび上がった」

 

 アルマークが説明してくれる。

 彼が王になってから、日本でいうところの住民票を作ることになったらしい。

 厳密に調べていく途中で、年齢不詳、往来不明、老若男女を問わず住民から知られているが名前も様々に呼ばれ、顔すら認識の変わる謎の人物が存在した。

 兵士たちが問い詰めて、最終的に不審人物ということで殺したら爆発して辺り一帯を消滅させたという。

 それが目の前にいる創竜ということである。

 

「人間の体は脆いからね。心身に異常が起きたら爆発して周囲を消し飛ばして、創り直す時間と余裕を稼ぐようにしてるんだ」

 

 創竜はへらへら笑っている。

 笑っているがやっていることはえげつない。

 つまり、爆弾が都市の中で歩いているということになる。

 

「でも、それ以降はちゃんと話をして互いに深く干渉しないってことで手を打ったよ。監視は付けてたけどね。ほらあれだよ。何て言うんだっけ? 雨降って地固まる?」

 

 創竜は笑っているが、他の誰も笑わない。

 兵士からは怒りのこもった視線を向けられているがまったく気にしていない。

 気にするどころか気づいてさえいない状態である。

 木村はおっさんを真似て話題を変える。

 

「とにかく! 今日は予想できない事態が起きます!」

「そのとおりだ。これまでの諍いは横に置き、各々の力を存分に発揮し乗り切らなければならない」

 

 アルマークも木村の援護をしてくれ、とりあえず場のギスギス感は薄まった。

 グランドはいつもどおり見回りに出ており、今は現場から呼び戻されているがまだ来ていない。

 パーティーメンバーの残り一人のヅラウィは昨日から行方不明である。

 開始まで1分を切っているが緊張感はない。

 主に創竜のせいだ。

 

「ねぇねぇ、くーちゃん聞いてよ。僕ねぇ。すごいの創ったんだ。久々にインスピレーションがわいてさ。昨日できあがったんだよね! 見たい? 見たいよねー? 見せたげる!」

 

 はしゃいでいる創竜に対し、声をかけられているおっさんはガン無視である。

 視界に入ってもおらず、声も聞こえていないかのように振る舞う。

 

「何を創ったんですか?」

 

 みんな忙しそうなので木村が創竜の相手をすることにした。

 創竜の見た目は人だ。しかし、本体ではない。創竜が創った人の形をした容れ物だ。

 それでも都市の中に数年もいて特に問題なく生きているところをみるに、そこまで異常な性格をした竜ではなさそうだ。

 人の見た目どおり話もかなりできている。爆発する以外ではもしかしたら一番まともな竜なのではないかと木村は感じる。

 

「おっ! よくぞ聞いてくれた! ほら! 昨日までここを騒がせてた生命体がいたでしょ! あれだよ! 仕組みがこの世界にはなかったからね。僕も同じようなのを創れそうだから創ってみたんだ!」

 

 場が固まった。

 全員がそれぞれの作業を止め、視線を創竜に向ける。

 木村が代表して創竜の発言を確認する。

 

「昨日の特殊イベント戦の敵をパクって、創ったと言うんですか?」

「違う違う! パクりじゃない。オマージュ! ここ大切だからね! あくまであれらの存在を尊敬しつつ、僕の思い描く一つの完成形を創りあげたんだ!」

 

 パクりかオマージュかが大切か?

 

 大切なのだ。

 パクりなら攻略法は同じである。

 しかし、オマージュなら攻略法は異なる。

 余計に厄介ということだ。

 

 「しかし」を重ねて言うならば、やはり重要なのはパクりかオマージュではなく、創ったというところであった。

 今回のボス戦の正体が木村にも何となく予想ついてしまう。

 

「えっと、それは今どこに?」

「昨日から誤作動を起こしちゃってね。今はどこに行ったんだろう? でも、すぐにわかるよ。もうちょっとで――」

 

 コケコッコー

  コケコッコー

   コケコッコー

    コケコッコー

     コケコッコー

      コケコッコー

       コケコッコー

        コケコッコー

         コケコッコー

          コケコッコー

 

 レアの出ないゴミ10連ガチャのように鶏の鳴き声が響いた。

 わずかに時間差を開けて、東西南北から割れたスピーカーを通した馬鹿みたいな大音量である。

 

「これこれ! 誤作動の影響が不安だったけど設計どおり始まったよ! あー、よかったー!」

 

 創竜は嬉しそうに告げる。手をパチパチと拍手までして喜びを表現している。

 彼以外の全員が硬直してしまっていた。

 

 

 時刻はちょうど6時になったところである。

 

 

112.イベント「私のカツラを知らないか?」14

 

 木村たちは会議室を出た。

 飛龍の飛び口から現場へ向かう。

 

 すでに戦いは始まっている。

 それは同時にドライゲンの終局の一端でもある。

 

「出し惜しみなんてしない。最初に鳴いた鶏が十羽。それで全てだよ! でもね、それぞれが卵を産むんだ! 何が産まれてくるのかな? とっても楽しみだね!」

 

 兵士に縛られ抱えられた状態で創竜が楽しそうに話している。

 自らの創ったものの解説をしているが、全員がその声に苛立ちを感じていた。

 

 すでに現場の兵士から報告が上がっていた。

 街の中を、飛龍並みの大きさの鶏が走り回っている、と。

 

 

 

 鶏が街並みを走っていた。

 色は真っ黒か真っ白だと木村は思っていたのだが、普通の鶏が大きくなっただけである。

 

「すでに攻撃を加え、一羽を消滅できたようです」

「あれ、もうやられちゃったの?」

 

 しかもすでに一羽を倒していると報告も来た。

 兵士たちで倒せるとなると、考えていたよりもずっと弱い。

 創竜もやられたことに小さく驚いている。

 

『さらに一羽の消滅を確認と報告があります』

 

 残りは八羽。

 まさに今、ウィルが魔法で攻撃して一発で仕留め、七羽になる。

 それ以降は報告が徐々に遅くなった。

 

「数が減るごとに硬くなってるのかな」

「正解! 君たちが闘ったヒヨコも数が少ないほど耐久値が上がってたよね。それだよ」

 

 木村の予想に創竜が飛びついた。

 解説をしてくれるのは助かるのが、嬉しそうに説明するのはやめてほしいし、最初から説明して欲しい。

 

 残り二体までのところに来て問題が発生した。

 鶏が卵を産んでしまった。

 

「親鶏は撃破しましたが、この卵は……」

 

 鶏はウィルで削りきった。

 問題は卵である。こちらも討滅クエストⅡと違い、普通の卵に見える。

 卵が別の地点に二個。こちらには手が出せない。攻撃していいのかどうかが不明だ。

 木村は初日の黒兵誕生を思い出し、背筋に冷たい汗が流れていくことを自覚する。

 

「これはどうなんですか?」

「卵だよ」

「見ればわかります。攻撃しても良いものですか?」

「ふふふ~、どうかな~?」

 

 創竜がうざったく笑う。

 木村もいい加減に腹が立ってきた。

 片方の卵に攻撃を加え、様子を見るという結論に落ち着いた。

 

「え? ええっ? 攻撃するのぉ? 大丈夫かなぁ?」

 

 木村は実力行使で創竜を消し去ってしまおうかと考え、おっさんに相談することにした。

 今の創竜はパーティーメンバーだ。木村でも消し去る方法が存在する。

 それができるかどうかを確認しておく。

 

「この創竜も召喚者スキルで自爆できるの?」

「できるぞ」

 

 できるようだ。

 創竜もおっさんを見て、「え、本気で言ってる?」と焦った様子で声を返してきた。

 

「で、創竜さん。卵を攻撃するとどうなるんです?」

「やってみればわかるよ」

「やってみてから取り返しがつかない、というのを避けたいんです」

「大抵の物事は取り返しがつかないし、事前にどうなるかわからないよ。あの卵も同じ。攻撃したら、卵の中にいる未知の生命体がどうなるかわからないだけだね」

 

 答えになっていない。

 とりあえず予定どおり、一つの卵に攻撃を加える。

 炎で殻が黒くなり、ヒビが入っていった。ヒビが徐々に大きくなって卵が割れる。

 中から液体がドロリと零れてきて、地面に広がった。卵の中にはまだ固形的な生物の姿がない。

 

「誕生できなかったね。残念」

 

 創竜はやや残念そうにしている。その姿に今までの演技らしさを木村は感じなかった。

 割れた卵は消滅もせず、生ゴミのようにそこにあり続ける。

 創竜はその生ゴミを見つめていた。

 

「もう一つの卵も壊してしまいましょう」

 

 卵を破壊する旨の伝令がもう片方の部隊に届き、攻撃音が聞こえてくる。

 音のする方へ木村たちも飛龍に乗って飛んでいく。

 

 木村が最後の卵に着くと、兵士たちの攻撃によりちょうど卵が割れるところだった。

 小さなヒビが入り、そのヒビが徐々に大きくなっていく。

 

「何かおかしいぞ」

 

 兵士の一人が呟いた。

 木村たちも気づく。卵のヒビの入り方がおかしい。

 通常であれば地面のひび割れのようにデタラメな線になるはずだが、まるでヒビが文字のように浮かんできている。

 

 見覚えのある文字だ。

 ルーン文字のどれかだったはず。

 文字がくっきりと浮かび上がると卵の中から音が鳴り響く。

 

 まるで鐘の音である。

 低く重く木村たちの体へ伝播し、さらにはドライゲンの都全体に響き渡った。

 この頭に響き渡る感覚に木村は覚えがある。ヒルドの持っていた鐘を思い出してしまう。

 

「これってまさか」

「うん、そのまさかだね。僕がオマージュしたのは、何も君が闘った相手だけじゃないよ。ここを騒がせた全ての存在が対象なんだ」

 

 木村が瞬きをすれば周囲の景色が変わった。

 

 

 

 兵士たちの姿が消え、割れた卵が消え去っている。

 近くにいたウィルが訳がわからないといった様子で周囲を見渡している。

 

「……なぜ、僕は街にいるんですか?」

「時が、巻き戻されたんだ」

 

 メニューを開いて時刻を確認する。

 いったいどのタイミングから再開なのか知るためだ。

 

 “6:35”

 

「……あれ? 巻き戻ってない?」

 

 時が巻き戻されたのなら6時ちょい過ぎか、それより前に戻っていなければおかしい。

 ウィル同様に木村もよくわからなくなっていた。

 

「時間の巻き戻しは僕の創造じゃ難しくてね。しーやんに手伝ってもらえればだけど絶対無理だし、事象の巻き戻しが精一杯だよ。リソースの約半分がここにかかってるね」

 

 創竜が渋い顔をしている。

 しかし、時間が巻き戻らなくても十分に恐ろしい効果である。

 

 ウィルが言うところでは、鶏の声が鳴り響いたところだったようだ。

 アルマークからも急にどこかへ消えてしまったと伝令が来た。

 

「伝令――『とりあえず鶏を撃破していってください』」

 

 事象が巻き戻るのでとりあえず木村は鶏の全撃破までは先ほどと同じように進めるつもりでいた。

 卵の取り扱いに気をつければ良い。おそらく割ったら巻き戻される。

 

『伝令――「一体目が撃破されました。負傷者が出ましたが何とか倒せそうです」』

 

 伝令が入る。

 1回目の流れとやや違いがある。

 1回目では負傷者などいなかった。それどころか攻撃もしてこなかった。

 

「ふふふー」

「どういうことですか?」

「君と同じだよ。君が白黒鶏のパターンを覚えて対策を打ったように、僕の創造物も君たちの行動を覚えて学習していくんだ。君が攻撃するなら鶏も攻撃をする」

 

 すなわち、鶏たちが木村たちとの戦いで経験値を得ているということだ。

 そして、レベルアップした鶏になっていく。

 

「どうしてそんな設定を入れちゃったんですか?」

「おもしろそうだったから!」

 

 創竜は満面の笑みである。

 逆に木村の顔は露骨に引き攣ってしまう。

 絶対にこの竜はボコボコにしてやる、と木村は誓った。

 そして、彼は考えてしまう。人や神を犠牲にせずとも、竜を犠牲にすればいいんじゃないかと。

 

「それとね。君たちと同じで、あと二回は巻き戻せるようにしてるから!」

 

 木村の顔がまたもやひきつる。

 とにかく、まだ二回繰り返すことはわかった。

 すなわち、創竜製の鶏はあと二回パワーアップの余地があるということだ。

 速く倒す必要がある。長引けば長引くほど相手にこちらの攻撃パターンが知られる。

 ウィルをフルゴウルに変更することも視野に入れなければならない。

 

 鶏も卵も硬くなったがやることは変わらない。

 とにかく攻撃して、倒して、卵を割っていくことである。

 この過程で、鶏がどう成長しているのかわかった。見てすぐに異常に気づく。

 

 鶏が炎や物理攻撃の耐性を得ていた。

 卵も同様だ。ウィルの炎魔法ならまだ効くが、兵士の魔法はまったく効かない。

 物理耐性も兵士からの攻撃を弾いて非常に厄介である。

 

 ウィルも氷や岩で対応するが、やはりあまり得意ではない魔法なので効きが悪い。

 さらには鶏の強化もあって攻撃が通用しない。最終的には炎のごり押しで落ち着いている。

 

『伝令――「郊外地区にて卵がもうすぐ孵る」とのこと』

「間に合いませんでしたか」

 

 ウィルもかなり本気でやっているのだが、対応が間に合わない。

 パーティーの他三人があまりにも使い物にならない

 

 ヅラウィは行方不明である。

 グランドはやってきたものの、攻撃手段が物理攻撃だ。しかも威力はしょぼい。

 創竜は解説役であり、戦闘に加わる気はまったくない。どちらかと言えば敵役に近い。

 

「ここはもうすぐ割れるよ。兵士に任せて孵る卵に向かおう」

 

 ケルピィの助言に従い、木村たちはすぐに飛龍で移動する。

 三日目の池がある地点の近くだ。卵はヒビが入っており、中から力を受けて割れたところである。

 

「ヒヨ、コ……?」

 

 最初は色が黄色だったのでヒヨコかと思った。

 大きさも増殖ヒヨコを思い出させてくるので少しドキッとする。

 

 しかし、どう見てもヒヨコとは違う。

 ヒヨコに腕はない。ツノも生えていない。

 目の前の卵から出てきたヒヨコもどきは首の側面から腕が生えている。

 頭からは細く長めの角が一本伸びていた。夢に出てきたら飛び起きそうなほど嫌な姿である。

 

「これは?」

「すごいでしょ! 最初の十体が生み出すヒヨコはね。僕の知ってる要素をランダムに組み合わせて誕生するようにしたんだ。ランダムと言いつつもここ数日で見た要素を優先的に出すようにはしてるんだけどね!」

 

 木村も腕と角が何かがわかった。

 討滅クエストⅡの最初の二戦である。

 すなわち、ヒヨコの腕と角は、白ゴリラと緑鹿のものだ。

 

「討滅クエストⅡと同じ対応をしてみよう」

 

 距離を取り三地点からの遠隔攻撃。

 まず兵士から攻撃することで兵士の属性を吸収させる。

 その後でウィルが攻撃、すかさず兵士で攻撃し、またウィルが攻撃。この繰り返しである。

 

 ヒヨコが小さいことと、速いことは面倒であったが攻撃力はさほどでもない。

 攻撃された兵士が数メートル飛んだが死にはしない。

 キャラならなおさら被害はない。

 

「この組み合わせはさすがに手慣れてるぅー」

 

 創竜が「お見事お見事」と手を叩いている。

 ヒヨコが倒れ、ヒヨコの内部から奇妙な音が響く。

 心臓の鼓動のようにヒヨコから低温が響き渡り、周囲の景色が変わっていく。

 

 全ての鶏とその副産物を倒したのでまたもや事象が巻き戻されていった。

 

 

 またもやウィルが周囲を見渡していた。

 

「……なぜ、僕はここにいるんですか?」

「事象が巻き戻されたんだ」

 

 木村がウィルに事情を説明する。

 ようやく三周目である。これを突破してもまだ一周ある。

 

 それより場所が地味に厄介だ。

 郊外で街から離れており移動がしづらい。

 

 近くにいた鶏にウィルが攻撃するが、まったく効いている様子がない。

 それどころか鶏が露骨に反撃してくるほどである。

 他の地点でも苦戦の報告が来ていた。

 

「おっさん。ウィルをフルゴウルと交代で」

「わかったぞ」

 

 フルゴウルの筺は爆破するものが多いのだが爆発属性ではない。

 よくわからない独特な属性である。逆に言えば鶏もまだ耐性を付けていないということだ。

 

 炎は完全耐性を得たようでまったく効いている様子がない。

 炎以外の攻撃で鶏を攻撃するが、他属性も効きが悪くなっており倒せない。

 

 それでもカクレガが来るまではウィルで削れるだけ削ってもらう。

 どこにあるかわからないが、戦闘メンバーの交代は地味に時間がかかる。

 

『伝令――「鶏に倒された兵士が鶏になっている」とのことです』

「えっ? ごめん。なんだって?」

 

 伝令の内容が理解できず木村は聞き返した。

 

『鶏に倒された兵士が鶏になっています』

「はい?」

 

 やはり理解できない。

 

「あっちゃあー、伝えてなかったー。鶏が人間に致死ダメージを与えると鶏にするから気をつけてねー」

 

 わざとらしい口調で創竜が警告した。

 遅すぎる警告である。

 

「は? 待ってください。鶏にするってどういうことです?」

「言葉のとおりだよ。死なれると困るから鶏にするんだ」

「死なれると困る? え?」

 

 木村は混乱している。

 創竜から「死なれると困る」なんて言葉が出ることが木村の予想外である。

 でも、なぜ鶏にすればセーフなのか。

 

「次の周回で元に戻るし、ドライゲンの人たちが全滅しても鶏状態なら元に戻せる。人間は死んじゃうとダイちゃんのところに行って帰ってこられないでしょ」

 

 後半は理解できないが、前半は木村も理解した。

 要するにほぼ死にかけたら鶏に姿を変えて、人間に戻す処置をするということだ。

 やること、言うことはめちゃくちゃで神経も逆なでしてくるが、この処置にはありがたみを素直に覚えた。

 同時に不安もある。鶏から元に戻るなら全滅はしない。もしかしたらこの戦闘は女神の決定づけた破滅の運命とは別関係ではないか、と。

 とりあえず最初に感じた疑問を木村は口に出す。

 

「意外です。どうしてそこまで? 人の命なんて何とも思ってないものかと」

「モノをはっきり言う子だねぇ~。お返しとして僕もはっきり答えてあげる。人の命そのものは何とも思ってないよ。でも、生きている人間集合体は価値がある。僕も考えつかない物を作ったり、僕の創った物を利活用してくれて、そこから新たなアイデアが生まれるからね。それにあるるんは僕を見つけ出して、事情をある程度わかった上で話ができるから便利だ。あと、王国との間のゴミも黒ピッピに消してもらったから、また遊び場でいろいろ楽しませてくれるでしょ」

 

 徹底的に自分本位な考えだった。

 それでも突き抜けている分だけ粘っこさを木村は感じない。

 この創竜はアコニトと似たところがある。むかつくし殺してやりたいが、その怒りは表面的ですぐに発散する。

 おそらくこの創竜も自爆させれば怒りを忘れるだろう。少なくとも現時点では、だが。

 

 彼としては過去の女神のクロートーのような粘っこいやり口の方が嫌いである。

 もちろんラケシスのやり方も苦手だ。まどろっこしい。

 

 ここで疑問が一つ木村の中に生まれた。

 

「それではどうして白黒鶏の時は戦いに参加しなかったんです?」

 

 この都を創竜なりに大切(?)に考えていることはわかった。

 便利だから壊したくないという利己的な発想だが、結果として都市が守られるなら良い。

 問題はその都市が守られないことが何度かあったことを木村は知っている。

 討滅クエストの特殊イベント戦でこの竜は姿を現さなかった。

 

「遠くで見てたよ。でもさぁ、創作意欲が湧いてくると他はどうでもよくなっちゃうんだよね!」

 

 どこまでいっても自己中だ。

 すでに終わったことでもあり、開き直られると木村としても問い詰めようがない。

 

「はっきり答えると言った手前、もう一つの事情も言っとくかな。――いろいろモノを創ってると、『これは失敗したなぁ』ってのもわかるんだよね。これって、他のヒトが創ったものであってもわかるんだ。あの白黒鶏は失敗作だよ。で、余所様の失敗作に僕の創作物をぶつけるのも嫌だなぁって感じて手が出なかった」

「どうしてそう思われるんですか?」

「えぇー、嫌じゃない? 他人の失敗をどうして僕が拭わないといけないのさ? 他人の尻についたクソを、君は自分の手で拭えるの?」

「あ、いや、そちらじゃなくて白黒鶏が失敗作って方です」

 

 創竜は白黒鶏を失敗作だと断定した。

 逆に木村は完成度の高い難敵だと感じていた。

 その差異がどのあたりかが彼は気になったのである。

 

「君はあの白黒鶏をどんな奴が創ったか想像できる? 顔とか、臭いとか、体格、あと性格とかだね」

「どんな人が創ったかですか?」

 

 木村は目を閉じた。

 しばらく考えてみたが、ただ一敵キャラだ。

 設定をいろいろと取ってくれば、別に誰が創ったとかは関係ない。

 

「想像できないでしょ。一応ね。『卵と鶏のどっちが先だったでしょうか』ってテーマはうっすら読み解けるよ。わかるのはテーマだけ。その先がねー。創り手がまったく見えない匂わない聞こえない届かない。意味不明な設定と頭でっかちなテーマだけが前に出すぎて、テーマの先がない。創り手の個性、ここを見て欲しい、僕はこの感情をこの作品で伝えたいだって熱がまるで感じない。――だから、あれは失敗作。なんで黒と白をぶつけたら壊れるの? 君は、この設定に創り手の輪郭が感じられる?」

 

 客観的に見れば、普通の姿をした人間が普通に問いかけているだけである。

 それだけなのに木村は創竜の問いにたじろいだ。

 

 彼自身がなぜ自らがたじろいだのかが理解できていない。

 たじろぎながらも彼は考えて返答した。

 

「いや……、感じないですね」

 

 白と黒で相殺というのはゲームの慣習みたいなもので特に創作と言えることもない。

 そこから作者までたどりつくことはないが、別に木村としては作者がどうこうよりも被害を減らせればそれでいい。

 

「それでは創竜さんの創られたあの鶏は違うと?」

「痛いところだねぇ。あれも似たようなものかな。でも、失敗作というよりは習作。君たちを参考に生命の成長と次世代への繋がりを込めたんだけど、もうちょっとやりようが……うん?」

 

 そこで創竜は今までのトークが嘘のように黙ってしまう。

 ウィルが削っている鶏を静かに見つめる。その横顔には今までのようなふざけた感情が浮かんでいなかった。

 

 

 鶏が卵を産んだところでカクレガがやってきた。

 

「待たせたね」

 

 フルゴウルがやってくる。

 ウィルも鶏一匹すら倒せずにやや悔しそうだ。

 

「頼みがあるんだけど」

 

 木村はカクレガに入る寸前のウィルに話しかける。

 やってもらわなければならないことがあった。

 

「アコニトをカクレガの入口近くまで連れてきて。クスリで飛んでたらやっちゃっていいから」

 

 今回でフルゴウルの筺にも耐性が付く。

 そうなると次はさらに強くなった鶏を倒さなければならない。

 物理、魔法一般、筺と耐性が付くのなら、有効な攻撃ができるのは限られる。

 猛毒に耐性はまだ付いていないので、鶏を集めることができれば範囲攻撃もできるアコニトが有効だ。

 それもまともなアコニトだ。クスリで正体をなくしていたら使い物にならない。

 

「やるのが辛かったら俺がやるぞ」

 

 おっさんが腕を回している。

 自分がアコニトを殴りたいだけだと全員が思った。

 ウィルが控えめにおっさんの申し出に辞意を示しつつカクレガに入っていく。

 

 

 交代するとフルゴウルはすぐさま鶏を攻撃し始め、鶏がのけぞっている様子からやはりこちらはまだ有効だとわかる。

 鶏を倒し、卵も攻撃していく。やはり卵も硬い。

 

『伝令――「鶏が二個目の卵を産みました」』

 

 木村の中に焦りが生じた。

 鶏はまだ一体しか撃破していない。

 他の九体鶏がまだ生きており、それぞれが卵を二つ産んだ。

 すなわち未確認の卵は十八。このままいくとその十八の卵からさらに厄介なひよこが出てくる。

 

 もうすでに詰みに片足を突っ込んでいると推定される。

 倒すべき対象が鶏も含めると三十に近く、それをほぼフルゴウル一人で削りきることが可能なのか。

 しかも時間経過とともに卵はどんどん増えてくる。卵から産まれるランダムヒヨコも厄介な相手であることは確定だ。

 

 木村は考えないようにしていたが、状況がここに至れば考えなければならないことが一つある。

 横で思案している創竜に彼は尋ねる。

 

「産まれたヒヨコも卵を産むんですか?」

 

 創竜は語らない。

 フルゴウルが攻撃する卵を見つめている。

 

 木村の中に諦めが生じてきた。

 鶏になっても復活するなら全滅しても良いんじゃないかと。

 

「ねぇ。くーちゃん」

 

 創竜がおっさんを呼んだ。

 くーちゃんがおっさんだと木村はわかるが、なぜくーちゃんなのかがわからない。

 他の竜にしたって変な名前で呼んでいる。それよりも創竜の喋りのトーンが先ほどよりも低いことが彼は気になった。

 

「答えなくても良いけど、答えた方が面倒は少ないとは言っとくよ。――僕の創作にゴミを混ぜたのはくーちゃんかな?」

「違うぞ。昨日のゲストだな」

 

 おっさんが初めて創竜に対応した。

 真顔で応えている。

 

「あ、そう。あのゲストはまたここに来るのかな」

「もう来ないだろうな」

「くーちゃんがまた会うことは?」

「あるだろう」

「じゃあ、僕の代わりに殺しといて」

「俺は手出しができないからな。キィムラァに頼むんだぞ」

 

 そこまで会話が済むと、創竜が木村を向いた。

 喜怒哀楽が抜けた創竜の顔が木村を見る。創作物を語っている楽しげな時との落差が大きく、木村はやや不気味さを覚える。

 彼の心境を伝える表情が人間の顔には存在しないから、今の彼に表情がないのではないかと木村は考えたほどである。

 

「君。昨日のゲスト、潰しといてね」

「あ、はい」

 

 ドスがきいていた。

 木村は無意識にイエスと答えてしまった。

 

「はぁ……、自分の手で創作を壊すのは嫌なんだよなぁ」

 

 創竜がポケットに手を突っ込んでごそごそと漁り、その手に何かを取りだした。

 木村が見た限り、くしゃくしゃにされた紙切れである。

 

「これ、あの卵にくっつけて。君以外が触らないようにね」

 

 木村はまるめた紙切れを受け取る。

 ゴワゴワして触り心地はあまり良くない。小学校の頃に掃除の時間、こういった紙切れをボール、ホウキをバットにして野球をした思い出が蘇る。

 

 これでどうしろと言うのかわからないが、フルゴウルに攻撃を止めてもらい卵に近寄る。

 そして、紙切れを卵にくっつけた。

 

「うっわ……」

 

 卵が紙切れのようにくしゃくしゃとまとまり、木村の手に持っていた紙切れを包み込んでしまう。

 木村は驚いて手を離したが、紙切れが地面にコロリと落ち、風で転がる。

 

「ふふ、すごいでしょ。名付けて“アイデアころころ”だよ。何となく創ってしまった失敗作をまとめとるんだ。見た目からは想像つかないほどの技術が使われてるんだよね。紙に織り込むのがすごい大変だったんだよぉ!」

 

 ネーミングセンスが悪い。

 本物の紙に織り込んでいるようだが、わざわざ紙にする必要はあったのかと木村は考えた。

 

「えっと、どういうことです。昨日のゲスト(ラケシス)が何かしたんですか」

 

 作品を語るだけだった創竜が卵の撃破を手伝っている……ように木村は見える。

 ありがたい話なのだが、どういう風の吹き回しなのかを彼は聞いておきたかった。

 

「昨日の奴が、僕の創作にゴミを混ぜたんだ。いくつかの設定が弄られてる。これはとうてい許せることじゃないね!」

「えっと、弄るのが許せないんですか?」

「そうだよ! 僕の創作は僕が全て手ずから創る。僕100%なんだ。他人の手が入ったらもう駄目だ。それは僕の創作じゃない!」

 

 木村にとってはわかるようなわからないような話である。

 木村たちが闘って壊すのは別にかまわないのに、創る過程に手を出したら駄目なのか。

 

「それで卵を壊すのを手伝ってくれるんですかね?」

「自主回収だよ! こんなのを世に出しておくわけにはいかない。恥ずかしいよ。あのゲストは僕がどれだけ手間と労力をかけてこれを創ってるのかわかって欲しいね!」

 

 創竜はわかりやすく怒っている。

 最初の時と比べれば、かなり落ち着いてきた怒りだ。

 

 こうして三周目の半ばにして創竜が正式にパーティーに入った。

 

 手伝ってくれるのはありがたいことだと木村は思う。

 しかしながら、やはりこの創竜はアコニトと似ているとも思ってしまう。

 

 元を辿れば原因はほぼ全て創竜にある。

 リコリスほどではないが、木村も似たような考えが生じつつある。

 

 

 やはりこいつは生かしておくべきではないのではないか、と。

 

 

113.イベント「私のカツラを知らないか?」15

 

 創竜がやる気になっての市街戦が始まった。

 

 しかし、創竜は戦闘に直接参加しない。

 彼の創った謎のアイテムを木村に渡すだけである。

 

「はい。これが“伝説の刃こぼれソード”。剣って使ってるうちに刃こぼれするでしょ。いちいち研ぎ直すの面倒そうだったからさ。それなら最初から刃こぼれを固定させとけば良いと思ったんだよね。ちゃんとヒビまで入ってるんだ」

 

 何が“それなら”なのかさっぱり木村は理解できない。

 ヒビの入った刃こぼれした剣を渡されてもどうしようもない。

 そもそも木村は剣が使えない。刃こぼれした剣ならなおさらである。

 なにより一番の謎は何が「伝説」なのかであった。

 

「そう! その顔が見たかった! いいねぇ。君は顔も正直だ! “こんなの渡されても”って気持ちが僕でもわかるくらいに伝わってくるよ!」

 

 創竜はウッキウキである。

 彼の喜ぶ顔が木村を苛立たせる。

 

「で、この壊れた剣が何なんです? すごい効果があるんですか? なぜ伝説?」

「大抵のモノは斬れるんだ。伝説は後付けでね。歴史の転換点で、とある人物に使わせたからだよ。すごい有名人なんだけど、君は歴史に詳しくないから面白くないなぁ。エルメラルダっていう帝国人ならみんな知ってる人なんだけど……」

「は?」

「まあ、彼に渡してみなよ」

 

 創竜がグランドを示した。

 彼も剣を持っているのだが、明らかに対人用である。

 耐性を付けた鶏相手にはまったく意味がなく、鶏を牽制するのがやっとであった。

 牽制と呼ぶのもおこがましい。剣の効力もなく脅威がないので敵対判定が鶏から消えて相手にされていないだけである。

 

「グランドさん。これを使ってみてください」

 

 木村は剣を渡し、説明する。

 説明する側もされる側も困惑した状態だ。

 伝説の部分を無しでこの困惑なので、伝説の話を付けると余計に困惑だっただろう。

 

 物は試しということで、フルゴウルが筺で鶏の動きを止めたところでグランドが鶏を斬りつけた。

 普通に斬れた。鶏の羽根が斬れて地面に落ち、体表から赤い血が滴り落ちてきていた。

 木村も驚いたが、斬ったグランドも剣を見て驚いている。

 

「耐性があったらこんなもんか。でも、なかなかのもんでしょ!」

「はい、素直にすごいです、けど、最初から普通の剣にあの効果を付ければ良かったのでは?」

「それじゃあ、ただの良く斬れる剣じゃない。何を言ってるの?」

「え? いや? ……え?」

 

 良く斬れる剣じゃ駄目なのか、という言葉が木村の喉まで出かかった。

 絶対に斬れないだろうと思わせて、すごい良く斬れるというところが大切なのかと木村も理解しかけたが、やはり理解にはまだ遠い。

 

「どう、くーちゃん。なかなかのもんでしょ!」

 

 おっさんは無視している、と見せかけてわずかに反応を示した。

 眉間に皺を寄せて、首を小さく横に振った。

 ダメダメと言わんばかりである。

 

「え? 何ソレ? 言いたいことがあるならはっきり言いなよ! 何のために口が付いてるのさ! そんな態度をしてるならもう一個、喋る口を創っちゃうよ! それもいいなぁ……」

 

 創竜がそこでピタリと黙ってしまう。

 口をポカンと開けて、焦点の合わない目を空に向けている。

 本気で口を創るのかと木村は怖くなって黙って見ていた。

 

 馬鹿げた会話をしているうちにフルゴウルとグランドが鶏と卵を片付けた。

 戦力が倍になったのは大きい。

 

『伝令――「鶏が三個目の卵を産みました。また、一個目の卵が孵り始めています」』

 

 こちらの戦力増加よりも鶏の戦力増加の方が大きい。

 これではが追いつかない。

 

「あの、創竜さん。他に何か使えるアイテムがないですか? できれば最初の卵をくしゃくしゃにまとめるやつがいいです」

 

 最初に卵をくしゃくしゃにした奴は使い捨てだったようで、一回で効果を失った。

 あれなら木村でも使えるし、さっさと効果がでるのでスピードが速い。

 

「……うん? うん。うんうん。うーん」

 

 創竜は取り込み中のようであるが、いちおう反応はしてくれた。

 

 羽根を木村に渡してくる。

 くしゃくしゃにまとめるやつではない。

 羽根の反対側が黒く滲んでおり、羽根ペンだと木村もわかった。

 アンティークショップで売られていたのを見たことがある。

 しかし、一番肝心なところがわからない。

 

「これはどうやって使うんですか?」

「うるさいな! 見たままだよ! それすらわからないなら好きに使いなよ!」

 

 逆ギレされてしまう。

 それがわからないから訊いてるんだと言いかけたところで、おっさんに止められた。

 おっさんは木村に「やめておけ」と首を振る。

 

「どう使うかわかる?」

「書いた効果が発動されるぞ」

 

 漫画でもありそうな効果だ。

 便利そうで地味に不便な効果だと木村は考えている。

 書けなければ意味はなく、どう書くかに焦点が当たってしまう系統の武器だ。

 しかも書いたところで、字が下手だったとかで効果にイチャモンが付くタイプの嫌な系統だ。

 

 木村は試しに鶏の産んだ卵に羽根ペンで文字を書いてみる。

 しかし、インクがないのか文字が出ない。

 

「インクとかってどうするんだろう」

「あれはどうだ?」

 

 おっさんが指で示す。

 その先には地面に零れた鶏の血があった。

 

「……いや、まあ、書けるだろうけど」

 

 血をインク代わりにするとか、もはや呪いの類いではないかと木村は思う。

 しかし、むしろ強そうになりそうではある。

 

 恐る恐る羽根ペンの先に血を付ける。

 そのまま卵に近づいて、表面に文字を書いてみる。

 

“こわれる”

 

 卵にヒビがぴしりと入り、殻が崩れた。

 中には鶏になろうとしていた生命の痕跡があり、それも潰れてぐしゃぐしゃになっている。

 周囲からは驚きと賞賛の声があがるが、木村は卵の中身が頭に出てきて喉に吐き気がこみ上げてきてしまう。

 

 次の卵の処理に移ったが、同じ文字を書くことに躊躇した。

 わずかに考えてからこう書いた。

 

“消滅する”

 

 最初に見たこの世界の竜が使っていた技をイメージしたものだ。

 目の前の卵が、上部からゆっくりと見えなくなっていく。あのときほど瞬間的に消えはしないが、十分に満足する結果である。

 

 卵の処理が終わるとすでにフルゴウルとグランドの姿がない。

 二人は生きている鶏の処理を最優先にして行動を始めた。

 動かない卵の処理なら木村でもできる。

 

 あちらこちらから悲鳴や魔法の音が聞こえてくる。

 処理は進んでいるが、それでもやはり鶏の被害の方が大きい。

 木村も周囲を気にしつつも卵に文字を書いていく。一つずつ確実に脅威を消していく。

 

「……え、君、何してるの?」

 

 木村が文字を書いていると、創竜が横から声をかけてきた。

 心底、何をしているのかわからないという表情が彼の顔に浮かんでいる。

 

「卵を消すために文字を書いているんです」

「え? くーちゃんが使い方を教えてくれなかったの?」

「書いた効果が発動されるって聞きましたが?」

「だから、えぇ?」

「え?」

 

 互いに相手を見て疑問符をあげる。

 

「うん、何だろうね。この前の戦闘の時はもうちょっと発想が突飛で面白かった気がするけど……。ま、いっか。返して」

 

 創竜が木村からペンを受け取り、地面に垂れていた血をペン先につける。

 空中にペンをすらすらと走らせるとインクが空中に残っていた。

 木村はまるで魔法の世界のようだと感じ、すぐに魔法の世界だったと思い直す。

 

「“この都にある僕の失敗作が壊れ――”、あ、これだと駄目だ。他の創作まで壊される」

 

 創竜がうーんと考えている。

 木村も彼がしたいことを理解して横から口を出した。

 

「“僕100%じゃない創作”でいいんじゃないですか」

「お、いいね。それでいこう。――君は、君自身が動くと駄目だね。視野が急激に狭くなる。一歩後ろに控えていた方が性能が良くなるよ」

 

 そう言って、創竜はまた文字を起こす。

 空中に残された文字が黒から赤に変わり、燃え尽きるようにまた黒に戻って文字の輪郭を失った。

 

『伝令――「鶏と卵が突如、砕け散った」とのことです』

 

 メッセから喜ばしげに伝令が入った。

 同時に、どこかから鐘のような低い音が響いてくる。

 木村はずっと鐘の音だと感じていたのだが、ひょっとして鐘の音ではないのではないかと疑い始めている。

 

 ヒルドの鐘ならまだしも、卵から鐘の音が鳴るのも変だ。

 地震の前兆のように地面全体から鳴る、唸りのようなものではないか。

 地震ではなく事象の巻き戻しなので、この鐘のような音はひょっとして空間か時間が揺れている音なのかと思って目を瞑った。

 

 

 目を開けると周囲の光景がまた変わっている。

 

 いよいよ最終周に入った。

 先ほどよりも強い鶏が出ているはずである。

 初っ端から問題が起きている。仲間が近くにいない。

 三周目の最後にバラバラで闘っていたのが良くなかった。

 木村が二回連続で聞いた、ウィルの「どうして僕はここに」が聞けない。

 

『伝令――「フルゴウルさんが消えて、ウィルさんがブリッジにいます。スプリンクラーも作動しています。意味がわかりません!」』

「事象が巻き戻されたんだ。フルゴウルとウィルは交代した」

『はい? 何を言っているんですか? 頭は大丈夫ですか?』

「鶏から距離を取るよう伝令して。たぶんもう普通の人間が勝てる強さじゃない」

 

 メッセがすぐに伝令を飛ばす。

 そして、すぐに状況の報告が返ってきた。

 

『伝令! 「街中に鶏がいます!」』

 

 木村は説明が足りなかったと理解した。

 周回をこなすとどこまで説明すればいいかが曖昧になる。

 さっきも説明したからもういいだろ的な慣れが発生してしまうのだ。

 

「うん。十匹の鶏がいるから近づかないで」

『十匹どころではありません! 数十匹はいます! 兵士の数も減っていると報告が来ています!』

「……え?」

 

 木村は創竜を見た。

 創竜は驚きもせず「うん」とわかっている様子である。

 

「言ったでしょ。昨日のゲストが僕の創作に手を出したんだ。僕の創った段階だと周回を経れば人間に戻れたけど、あのゲストの設定だと鶏になったらもう人間には戻れないよ。禿頭状態の固定化を真似た設定を使ってる」

「それは……、もっと早く伝えて欲しかったですね」

「僕の見立てでは、倒せば全部解除される設定になってると思うよ。だよね?」

 

 創竜がおっさんを見る。しかし、おっさんは無言。

 創竜の読みはおそらく正しいと木村も思う。

 

 どうしておっさんがメンバーにアコニトを入れるように勧めたかが木村もわかった。

 鶏になったらおそらくもう戻れない。たとえパーティーメンバーであってもだ。

 そうなると現状は非常にまずいことになっている。

 

「おっさん! メンバー交代! フルゴウルをアコニトに!」

「わかったぞ! ……いや、駄目だな。アコニトはまだ復活していないぞ」

 

 どうやらウィルはしっかりアコニトを始末したようだ。

 スプリンクラーがなぜ作動しているかにもようやく理解が追いついた。

 時間の巻き戻しならまだしも、事象の巻き戻しでは死の巻き戻しまでは受けつけない設定になっているのだろうと木村も想像できた。

 

『フルゴウルさんがピンチのようです。いきなり戦場に立っていて、筺による攻撃は効かず、鶏の攻撃力も一撃で致命傷ものだと』

 

 さすがに最終周だ。

 鶏の耐性も攻撃力も遙かに高くなっている。

 

「とりあえず、フルゴウルさんを誰かに交代しないと。防御力重視でボロー。いや、万が一やられたらまずい。テュッポ? 近距離戦は致命傷を負いやすいし……」

 

 この時、木村の思考は危険な方向に走っていた。

 本来考えるべき「誰なら勝てるか」ではなく、「誰なら犠牲になっても良いか」を考えてしまっている。

 

「……あ、そうだ」

 

 そして後者の問いに一つの答えが生じた。

 偶然にもその答えが前者の「誰なら勝てるか」の答えにも繋がったのである。

 

「竜人にしよう。おっさん。フルゴウルを竜人に交代で」

「わかったぞ」

「竜人?」

 

 竜という単語に創竜も反応した。

 

「メッセ。フルゴウルさんに伝令を。竜人と交代させるから無理をしないでくださいって。他の人たちにも距離を取るよう指示を! それとウィルとモルモーに竜人をカクレガの入口に誘導させて」

 

 すぐにメッセが伝令を飛ばす。

 フルゴウルは飛龍に乗って木村の近くまでやってきた。

 ある意味で木村の近くにいるのが一番安全ではある。空から攻撃をしていれば最初の鶏なら反撃も受けない。

 グランドは戻ってきていないがどこで何をしているのかがわからない。

 もしかしたらすでに鶏になっている可能性もある。

 いてもいなくても変わらない。

 

 時間が経過し、カクレガの入口が開いた。

 中から一つの姿が飛び出してくる。

 

「わっちがやる! わっちがやるぞ!」

 

 わっち教徒の竜人が叫んでいる。

 リコリスにやられてからは大人しかったが、すぐに元に戻った。

 普段は訓練室で暴れておっさんに黙らされているか、園芸場でゴードンの畑仕事を手伝わされているかだ。

 手と足に土が付いているのを見るに、畑仕事を手伝わされていたようである。

 

 フルゴウルがカクレガに戻ると、竜人が鶏に攻撃を始める。

 鶏にも物理耐性があるはずなのだが、竜人の攻撃が通っているように見えた。

 

「あれは失敗作だね」

「やっぱりそうなんですか」

「あそこまでくると見なくても肌で感じちゃうよ」

 

 やはりそうかと木村も納得して頷く。

 哀れみを込めて竜人を見つめる。

 

「待ちなよ。失敗作だからって哀れむのは間違いってもんだ。あれは紛れもない失敗作だけど駄作ではないよ。……うん? あのゲスト、あれにも手を出してるの?」

「そういうのってわかるんですか?」

「そりゃあねぇ。それだけじゃなくて他にもいろいろ手が入ってるね。埋め込まれた殺戮衝動、ダイちゃんと似た死の気配、よくわからないほどの大きな歪み、文字の王から刻まれた自我の芽、一昨日来てた赤髪の崩壊の因子……、と大きいのだとこのあたりかな」

 

 木村は驚きを超えて一種の恐怖を創竜に感じた。

 ふざけた態度をしているが、竜人の鑑定は恐ろしいほど正確だ。

 

「失敗作だけど駄作ではないというのは?」

「いや、だって、これだけ混ぜられて活動できる生命体なんて他にいないでしょ。仮に僕が創るとしてもあそこまでの耐久性を維持したまま、一見まともそうに活動できるようにするのは骨が折れるよ。成功した失敗作だね」

「矛盾してませんか?」

 

 失敗作なのに成功しているとはこれ如何に。

 意味がわからないという木村の顔を見て、創竜は顔色も変えずに答える。

 

「創作してるとよくあることだよ。当初考えてるのとどう考えても違ったのができあがっちゃったんだけど、当初の想定とは違うってだけで出来自体は悪くないってやつ。失敗って言葉だけ取り出すとマイナスのイメージだけど、次の構想やステップアップには必ずしも失敗は悪いわけじゃないんだよ。この手法だとこんな結果になるのかって発見もあるからね。……君にもわかるよう言いかえよっか。あの竜人坊やは本来想定していた完成形から外れている点では間違いなく失敗作なんだけど、次の作品には今回の製作過程を繋げることができるという点では成功してる。次の作品がとっても楽しみだね」

 

 創竜は嬉しそうだ。

 一方で木村は嫌なことを聞いてしまったと後悔している。

 要するに、あの竜人は耐久性が取り柄という失敗作には間違いない。

 

 さらに、次の完成形とやらもあるということだ。

 その完成形とやらは間違いなく木村たちの前に脅威となって現れる。

 

「いろいろ混ざった属性で殴ってるから攻撃も効いてるね」

「攻撃が通ってるのってそういう事情だったんですか」

 

 木村の気になっていたところも創竜が説明してくれた。

 竜人の攻撃が物理耐性のある鶏にもダメージがあるのは、ヘンテコな属性が含まれているためだったようである。

 

「それより、その羽根ペンで今回の鶏も除去してください」

 

 木村も解説を聞いていたが、そんな状況ではない。

 さっさと鶏を消してもらうべきだ。竜人のダメージも通るが、逆に鶏からのダメージも大きい。

 

「無理だね。耐性もあるし、僕の設定よりも大幅に強化されてる。こんなおもちゃじゃ倒せないよ」

「他に何かないんですか?」

「あるよ! えい!」

 

 創竜がおっさんに近づいて背中をペチリとタッチした。

 タッチしたところに赤い口紅を塗りたくったような口がついている。

 木村もそれが何かをすぐに理解した。三周目の終わり付近で口を創るとか言っていた。

 本当に創ってしまったらしい。

 

「さてさてぇ、“伝説の刃こぼれソード”が駄目な理由を教えてもらおうか?」

「お前は何もわかっていないぞ」

 

 おっさんの背中に貼られた不気味な口がひとりでに動いてしゃべり出した。

 声はまさしくおっさんであるが、顔についた口は閉じている。

 

「お、いいじゃんいいじゃん。ふへへ、後ろの口は素直じゃないかぁ」

「氣の使い手に武器など不要。己の腕こそ――」

「ふん!」

 

 おっさんが背中に手を伸ばして、くっついた口を剥がしてしまう。

 口はシールのようにペラペラで、おっさんの手により圧縮され潰されてしまった。

 丸めたシールを創竜に投げつけ肩に当たる。ゴッとシールを丸めたとは思えない音がした。

 

「イッったぁ! でも、なるほどね。あの人間、くーちゃんと同じ力が使えたんだ。それなら僕はわかんないや」

 

 納得納得と創竜は頷いている。

 氣というのは木村もどこかで聞いた記憶がある。

 黒竜がウィルに対魔力の修行を付ける時に、おっさんがウィルには氣の才がないと話していた。

 

「氣って何なんですか?」

 

 ゲームや漫画では時々出てくる設定だ。

 己の内側から湧き上がる力だとかだろう。魔力との違いがあるのだろうか。

 

「君、氣って言うのはね」

「はい」

 

 創竜が珍しく真剣な顔を見せた。

 おっさんの力にまつわる話とわかり、木村も自然と居住まいを正す。

 

「実は僕もよくわからないんだよね! 創りたいけど創れないものリストにずっと入ってる!」

「えぇ」

「竜だと使えるのはくーちゃんだけでしょ。人間とかだとたまーに使える奴がいるんだよ、だいたい無自覚なんだけど。一時期、僕も力の正体を知りたくて躍起になってね。うまく使えるのを一人捕まえていろいろ弄ってたんだけど、なぜか、そう、なぜか! 赤やんの耳に入ってブチ切れされてさ。あの時はほんとに大変だったんだから! わかってる?! 僕の創造物が全部ぶっ飛ばされて、僕も消し飛ぶ寸前だったんだから!」

「大変だったな」

 

 おっさんはにこやかである。

 創竜の言う「赤やん」とやらに木村も覚えがあった。

 泡列車を爆発させて消し去った赤竜だろう。キレるとやばいのは竜同士でも変わらないようだ。

 そして、彼女に創竜のことをチクったのがおっさんだとも理解した。

 

「あ、ちょうど良いね。まだ僕の子たちにも氣の耐性はないんだから、くーちゃんがあの人間に使い方を教えてあげなよ。それなら残りの鶏も余裕で倒せるでしょ」

 

 今度は創竜がにこにこして、おっさんが露骨に嫌そうな顔をしてみせた。

 嫌そうというよりは渋っている顔である。

 

「おっさん、氣のチュートリアルをして欲しいんだけど」

 

 木村も創竜の意見を後押しする。

 創竜はただ力の出し方を見たいだけであり、木村は鶏を倒すためである。

 理由こそ違えど、手段は同じであった。

 

「わっちが! わっちがやったぞ!」

 

 竜人が鶏を倒して、次の鶏を目指して走り去っていく。

 木村もアレはほっといて良さそうだと考えた。鶏になったら交代させるつもりである。

 それよりも姿が見えないグランドが今は重要だ。

 

「条件が揃えばしてやるぞ」

 

 おっさんが観念した。

 どうやら氣のチュートリアルが見られるようだ。

 

「待った! 条件をちゃんと言ってよ! 後になって『条件が揃ってないから駄目だぞ』とか言ってやらないつもりでしょ!」

 

 創竜は疑り深い。

 かつて騙されたことがあるような口ぶりだ。

 おっさんは創竜の指摘を黙殺する。

 

「カァアアアー。くーちゃんはすぐそれだ! 都合が悪いことがあるとだんまりを決め込む! ずるい! ずるいぞ!」

 

 おっさんも見るからに創竜にイライラしている。

 アコニトと違って創竜の発言が間違っていないので、余計に苛立ちを感じているのかも知れない。

 

「条件は三つだぞ。一つ、鍛錬していること。これはクリアしているな」

 

 おっさんもついに口を開いた。

 チュートリアル的な口調で木村に向かって話している。

 

 氣のチュートリアルの条件で「鍛錬していること」の必要性が木村にはわからない。

 しかもクリアしているようだ。おっさんがいつも筋トレしていることを見るに条件だと思わなくもない。

 

「二つ、コミュニティを大切にしていること。これはその場で確認するぞ」

 

 木村と創竜がそれぞれ疑問符を浮かべた。

 氣を使うのにコミュニティを大切にしていることが必要なのだろうか。

 一つ目の「鍛錬していること」よりもさらに謎に深まってくる。

 

「三つ、一番重要なことだぞ。まだ鶏になっていないことだな」

 

 これには木村たちも賛同を示した。

 すぐに木村たちは飛龍に乗せられ移動する。

 

 

 

 一番生死を気にしていなかったグランドのところへと全速力で向かった。

 

 

114.イベント「私のカツラを知らないか?」16

 

 木村たちは空からグランドを探す。

 

「お、あの人間はまだ生きてたね」

 

 すぐに見つかった。

 グランドはなんと五体の鶏を相手取っていた。

 戦いにはなっていない。もしも戦闘になればグランドは瞬殺である。

 

 最初に出現する十体の鶏は敵対しない人間を襲わない。

 敵対判定は攻撃してくる相手であり、攻撃しようとした人間も含まれる。

 その中で攻撃の優先順位は脅威度の高い順だ。

 

 これを利用してグランドは鶏を攻撃する素振りをして、すぐに解除することで鶏を引きつけたまま移動をおこなっていた。

 彼の手に持った創竜製の折れた剣が、鶏からの彼の脅威度を飛躍的に高めた。

 しかし、剣を見て木村は疑問を抱く。

 

「あの伝説の剣は事象の巻き戻しの影響を受けないんですか?」

「そりゃ、伝説の切れ味を持たせてるからね。事象の巻き戻しくらいなら切り捨てるよ」

 

 説明になっているようでなっていない。

 木村はそんなヘンテコな説明があるのかと首を捻る。

 もっと言えば、今の鶏は伝説の剣で斬れないらしいので事象の巻き戻しよりも厄介な存在ということである。

 

 鶏が産み落とした卵から現れるモンスターは街を襲うとは伝えている。

 災厄の卵を産む鶏を住宅エリアから引き離すことにグランドは成功した。倒すことはできないと言えどその活躍は大きい。

 問題は引き離した鶏と卵の処理をどうするかである。

 

「さあ、くーちゃん。彼に氣の使い方を教えてあげてよ」

 

 おっさんは無視。

 グランドの行動を見ている。

 

 木村は今さらながら彼の足跡に気づいた。

 赤い足跡が地面に残っている。彼の歩く様子もどこかおかしい。

 木村は空からグランドに声をかけた。

 

「グランドさん。大丈夫ですか?」

「自分は大丈夫であります。どうか他の魔物の処理を優先していただきたい」

 

 グランドが木村に言葉を返した。

 素人の木村から見てもグランドは大丈夫ではない。

 服が破れ血が出ている。足も引きずっていた。元気なのは声だけだ。

 その元気な声も痛みや恐怖を払うための強がりに聞こえてしまう有り様である。

 

 間違いなく鶏から一撃は食らっている。

 やっていることが綱渡りとは思っていたが、もう一撃食らえば間違いなく鶏化だ。

 一撃を耐えたということが十分に驚異と言える。

 

「氣の使い手は頑丈だからね。僕も過去に検体にいろいろやったけど壊れなかったから」

 

 さらっと非人道的な問題発言を創竜はこぼした。

 そんなことをするから赤竜に消し飛ばされる寸前にされたのだ。

 

「引きつけは十分です。迎えを寄こしますからもう退いてください!」

「退いたら駄目だよ! 氣の使い方を見せてもらわないと!」

 

 氣のチュートリアルどころではない。

 グランドはすぐに回収するか、もういっそ鶏化させた方が良さそうな状態である。

 

「それはできません」

 

 木村の提案は即座に拒否される。

 グランドはケガを気にすることもなく、剣をあげたり下ろしたりで鶏のターゲットを取りつつ市街地から離れるように進む。

 

「どうしてですか?」

「自分はドライゲンの兵士であります。この身はドライゲンの市民に捧げているものであり、都の脅威に剣を向け、市民を盾で守ることこそが自分の役割。ここで退けば兵士の務めはかないません」

 

 木村も映画やアニメでこういった台詞を聞いたが、直に聞くのは初めてだった。

 過去に聞いた時は、冷笑的に「格好付けている」とか「はいはい、それっぽい台詞だね」と感じていたが今は感じ方が違う。

 木村の感じ方の違いは彼自身が、異世界で負ったケガの痛みを知ったことや大切に思えるモノを得たこと、そしてそれを守りたかったが守れなかった無力さを感じたことによる。

 グランドが彼の守りたいモノのために、己の責務を果たそうとしている気持ちは木村も理解はできる。

 木村も同様に実行できるかはまた別の話だ。

 

「ミドリンがああいうの大好きだよね。責務とか役割とかさ。もしもここにいたらあの人間に加護をあげてたんじゃないかな」

「だろうな」

 

 創竜が表情もなくグランドを見ている。

 彼のしている行動が何と呼ばれるかは理解しているが、実行する気持ちはまったくわかっていない。

 

「それでくーちゃんとしては、あれはどうなの。コミュニティを大切にしているだかの判定は?」

 

 おっさんは目を瞑り、鼻息を一つ噴き出した。

 諦めているようにも見える。

 

「少し離れるぞ」

 

 おっさんが声をかけて飛龍から飛び降りた。

 飛龍を操っていた兵士は当然驚くが、木村も驚いている。

 地上に何事もないかのように着地してさらに驚きが増してしまう。

 もしもキャラが同じ事をしたら、高高度からの着地による防御無視ダメージで死ぬ。

 

「チュートリアルだ」

 

 おっさんがグランドの背後に立った。

 グランドの両肩におっさんが手をポンと手を乗せる。

 

「動くんじゃないぞ」

 

 グランドが動きを止めた。

 木村にはわかる。あれはグランドが自らの意志で止まったのではなく、おっさんが謎の力で動きを止めているだけだと。

 あの謎の力こそが氣なのかと木村も理解が経験に追いついた。

 

「剣を捨てて力を抜け。目をゆっくり閉じるんだぞ」

 

 グランドの手から伝説の折れた剣が落ちた。

 地面にサクリと、抵抗もなく柄まで突き刺さったのを見て木村も切れ味がおかしすぎると改めて感じた。

 グランドの手から剣が落ちて、鶏たちもグランドを脅威ゼロとみなしたのか思い思いの動きを始める。

 

「お前の大切なモノを思い浮かべるんだぞ。一つ一つ丁寧に細やかに描き出すんだ。彼らを守りたいという気持ちを持つんだ」

 

 グランドの閉じられた目と口が引き締まった。

 木村も彼がまさに今、彼の守ろうとしたものを想像したとわかった。

 

「守りたい気持ちは一方通行では駄目だ。お前が彼らを守ると同時に、お前もまた彼らの存在によって守られていることを自覚するんだぞ」

 

 グランドが何かに気づいたというように目を開いた。

 口もわずかに開いたままで、自らの両手をぼんやりと見ている。

 木村も上から見ているが、グランドの変化よりも鶏の変化の方が明確だった。

 それぞれがランダムな動きをしていたが、全頭がグランドへと体を向け、コケッコケッと首を前後に振りつつ動いていく。

 

「お前には力が宿っている。だが、わかるな。その力がお前だけの力ではないということを」

 

 グランドの手がぼんやりと光っていた。

 宝箱の結晶よりもなお朧気な光で、日射しにかき消されてほとんど見えないほどである。

 

「よし、いいぞ。撃ち放つんだぞ。その拳こそがお前たちの力だ」

 

 近づいてきた鶏の群れにグランドが拳を突き出した。

 一匹目の鶏はその拳が直に当たった。

 

 木村はグランドの手か腕が折れると考えていた。

 氣とやらも手がぼんやり光るくらいなので使い物にならないと判断してしまっていた。

 

 結果は真逆である。

 鶏の首にグランドの拳がめり込んでいる。

 腕の長さが足りないため貫通には届かないが致命傷には間違いない。

 グランドが腕を振るうと鶏から腕が抜かれ、次の鶏たちも機械的にグランドを襲っていく。

 鶏に恐怖心がないのは間違いない。次から次へと鶏の体が拳でえぐり取られ、五体の鶏の屍ができあがってしまう。

 まるで鶏の解体作業のようである。あまりにも一方的な結果だ。

 

「……強すぎない?」

 

 木村も終わってからようやく声が出た。

 危険がなくなったため飛龍も地上に降りて揺れがなくなっている。

 

 彼なりに結果を吟味する。

 力は力で間違いない。それも異常な力だ。

 フルゴウルやウィルの使う魔法的な煌びやかさは欠片もない。

 リコリスや黒竜の見せた息を呑むほどの戦闘技術もやはりグランドのモノにはなかった。

 殴って抉ってなぎ倒す。技と呼ぶのもおこがましいほどの力業である。

 

 おっさんがグランドに話しかけていた内容は少年漫画もかくやの語り口だった。

 気持ちがどうのこうの、大切なモノがどうこう、守りたいモノを意識しろからの展開は不思議で優しい光――と思わせてからの青年誌かよと突っ込みたくなるほどのグロ抹殺である。

 結果だけ見ればスーパーマンかと思うほどの力を発揮した。いちおうみんなの力が源泉でもありそうである。

 まるで――、

 

「ヒーローだ」

 

 力の振るわれる姿に目をつむればだが……。

 市民を守るために、秘められた力を発揮する一般兵士。悪くない。

 

「うん。なるほどね」

 

 創竜もうんうんと頷いている。

 表情は晴れやかで満足そうである。全てを理解した顔であった。

 

「どういう力かわかったんですか?」

「うん。僕でも時間をかければ創れそうだね」

 

 創竜も大概チートではないかと木村は思う。

 何でもかんでも創ることができるなら、あらゆるものを創ってしまえば負けはなくなる。

 

「創りたいものリストからは消すことにしたよ」

「なぜです? 創らないんですか?」

「嗜好が違うんだよね。君は氣を使った彼を『ヒーロー』と称した。なるほど君の発言は僕もわからないことはないよ。一人がコミュニティを思い、自らもまたコミュニティの一部として力を引き出し闘う姿をそう呼ぶ君の気持ちはね。でもね。それは僕の思い描くヒーロー像じゃあないんだよねー」

 

 創竜が違うんだよなと首を横に振った。

 木村が尋ねることもなく、勝手にペラペラ独白を続ける。

 木村としてはもう創竜の意見は興味がない。力の解説だけしてほしいところである。

 

「僕の思い描くヒーローってのはどこまでも孤独なんだ。圧倒的な力を得て、周囲からは孤立し、それにかまわず自らの信念に従って力を振るう。ヒーローって呼ばれるのはその力の矛先がたまたまコミュニティから見て敵だったという場合に限定されるね。一歩間違えればその力が自らに返ってきたことを怖れる人々、結果だけを見て讃える人々、そんな彼らを頭の隅にも留めず、ただただ己とその意志があり力を振るう。それが僕の思い描くヒーローだよ。みんなを思い思われることが前提にある力ってのはどうにも僕の趣味じゃないんだよね」

 

 木村の返答は「はぁ、そうですか」とどうでもよさそうである。

 実際にどうでも良い。「だから何なの?」という言葉はこういう時に発すると効果抜群なのだが決別は免れない。

 

 肝心のグランドは頭がふらついていた。

 鼻血がだばだばと、蓋の開いたトマトジュース並にこぼれている。

 

「えっ、大丈夫ですか?」

 

 返答がない。

 まったく大丈夫じゃなかった。

 返事ができるうちは大丈夫ということを木村はようやく学習した。

 

 グランドの目はどこか遠くを見ており焦点があってない。

 おっさんがグランドの頭を軽く左右に回していたが、目も頭の動く方に移動していた。

 木村は気づいていないがグランドに意識障害が見られた。意識が正常であれば眼球は頭が動いた方と反対側へ動く。人形の目とも呼ばれる現象だ。

 

「一度に引き出しすぎたな。絶対安静だぞ」

 

 おっさんがそっとグランドを地面に横たわらせ、上半身だけを起こさせる。

 またもやグランドの背後に回り、チュートリアルの最初のように彼の両肩に手を乗せた。

 

「喝っ!」

 

 おっさん得意の大声を響かせた。

 絶対安静とは何だったのかと木村はおっさんを見た。

 声にあてられたのかグランドの意識が戻っている。回復手段すらも力業である。

 意識は戻ったが、力が入らないようでそのまま寝かされた。

 

「おみごとでした」

 

 木村が声をかけたがグランドは声が出せず口をかろうじて動かす。

 聞き取れないし、唇を読み取ることもできないが、グランドの言わんとしていることを木村は理解できた気がした。

 

 ちなみにこの勝手な理解は完全に間違っている。

 木村は「後は任せた」と考えていたが、グランドが言おうとしたのは「まだやれる」が正解である。

 

「少し休んでいてください。後のことはお任せください」

 

 グランドは手を動かそうとしたが動かせず、意識も遠くなり目を瞑った。

 

 パーティーから一人が脱落した。

 悪い報告というものは続けてくることが多い。今回もそうだ。

 

『伝令――「竜人がカラダン地区で鶏化しました。鶏を三体、卵を二つ撃破したようです。残りは鶏が二、卵が二です」』

 

 もしも他のキャラであれば感情に揺さぶられただろうが、竜人だったため木村は情報を客観的に見ることができた。

 竜人も仕事はしてくれたようである。残りの敵は片手で数えられる。

 

「鶏化した竜人は交代できるの?」

「できるぞ」

「アコニトは交代できる?」

「……まだ復活していないな」

「ああ、もう!」

 

 木村の声に感情が出た。

 あのアコニトは使いたい時に限って使えない。

 どうでも良い時はすぐに復活するくせに、肝心な時は果てしなく遅い。

 

「残りの二体の鶏の位置は?」

『カラダン地区になります。竜人に引き寄せられたようです』

 

 竜人が鶏に脅威として狙われたからだと木村も推測できた。

 アコニトの復活はおそらくもう少しのはずである。

 まとめて倒したい。離れられるとまずい。

 

「……鶏になった竜人とボローを交代で」

「良いのか?」

「うん」

「わかったぞ」

 

 木村としても苦渋の決断である。

 もしもボローが鶏化して、ゲームオーバーになったらずっと鶏のままもあり得る。

 しかしながら、現状の控えメンバーであの鶏二体を相手取って、時間をそれなりに稼げる存在が他に思い浮かばない。

 

 木村たちは飛龍に乗った。

 

 今回の戦いの最後の地になるであろうカラダン地区に飛ぶ。

 

 

 

 カラダン地区には鶏がいた。

 

 大きいのが二匹と小さいのが十数匹歩いている。竜人と兵士たちの末路だ。

 カクレガの入口が開き、ボローが姿を現す。

 

 交代させようとしたところで問題が生じる。

 地面を歩いている鶏のどれが竜人が鶏化したものかがわからない。

 鶏化すると人の時の意志は消えるようで、本物の鶏のような挙動を見せる。

 

「おっ、あれだぞ」

 

 おっさんがすたすた歩き、一匹を捕まえてカクレガに投げ入れた。

 どうやってわかったのかが木村は気になった。これも氣というやつの力なのか。

 尋ねたいがすぐに交代なのでまたの機会に聞くことにした。

 

「ボロー。いつも悪いけど鶏二体を引きつけて時間稼ぎをお願い」

 

 ボローは小さく頷いた。

 無言だが仕事はきっちりこなしてくれる。

 思えばボローをイベント戦で出すのは久しぶりである。

 最近はタンク無しで闘うことが多い。タンクが一瞬で溶ける相手が多すぎるのが悪い。

 しかも出したとしても、今回のように勝ち目のないただの時間稼ぎ役だ。

 

 「無理はしないでね」とは言えなかった。

 この戦況で出すこと自体がすでに無理と呼べる。

 

 ボローが近くにいた鶏を挑発する。

 挑発耐性はまったく付いていないようで、鶏はあっさり挑発に乗りボローを追いかける。

 ボローはもう一匹の鶏に走って行く。足が遅くすぐに鶏につつかれた。

 

 防御スキルを使っており、派手に飛んだがダメージは少ない。

 むしろつつかれることを目的としていた。つつかれて飛んだ先には二匹目の鶏がいる。走るよりも速く距離を詰めることができる。

 

 二匹に挟まれたところでボローがまた挑発スキルを発動させた。

 今度の挑発はもう一匹にもかかり、二匹がボローを左右から攻撃する。

 ボローは攻撃手段がない。ひたすら攻撃に耐えるだけだ。ダメージを減らすように転がったり、わざとらしく飛んで時間を稼いでいる。

 

 彼の一方的にやられる姿を見ていると木村は悔しくなる。

 ここまであの鶏に攻撃されて耐える存在が他にいるだろうか。

 ボローはその性能を誇るべきであるのに、地べたで攻撃をただ凌ぐのみだ。

 

「創竜さん。何か攻撃のできるアイテムか、時間の稼……え、何やってるんですか?」

 

 木村が創竜にヘルプの声をかけようと彼を見れば、彼は地面で作業をしていた。

 植木鉢のような器に、汚い袋から砂を移していた。

 砂を入れ終わると鉢に蓋をする。

 

「これで、よしっと」

 

 鉢の側面の下側に付いていた栓を抜いた。

 抜いた穴からサラサラと砂が出てくる。

 

「できたできた」

 

 何が起きたのか木村はわかった。

 ボローのやられていた音が急に消えた。

 それどころか鶏やボロー、周囲にいた小さな鶏が止まっている。

 

「時間を止めたんですか?」

「いいやー。時間を止めるのは僕には難しいって言ったでしょ。事象を止めてるだけ」

 

 似たようなものである。

 解説はそれで終わり、創竜はボローに歩いていく。

 二匹の鶏に襲われ、地面を転がっていたボローを近くで興味深げに観察していた。

 

「どうしたんですか?」

 

 木村も気になって創竜を追って声をかけた。

 返事はない。創竜は角度を変えてボローを見ている。ときどき触ってもいた。

 木村も学習しており、今は声をかけても無駄と判断し、距離を取って創竜の観察を観察していた。

 

 SNSでたまに見る、撮影する人を撮影する人を思い出した。

 当時は何が面白いのかわからなかった。やはり異世界に来ても何が面白いのかわからない。

 

「すごいよ! 驚いた!」

 

 創竜が目の覚めたような顔で植木鉢のところに戻ってくる。

 うんうんと頷いて、その後で首も捻る。

 とにかく驚いているようだ。

 

「傑作中の傑作だね」

 

 もちろんボローのことである。

 思いがけない評価に、木村は自分のことのように嬉しくなった。

 彼の防御力や心の在り方はカクレガの大半が口にせずとも評価しているが、外の存在に手放しで評価されたのは初めてだ。

 

「あの子すごいよ! 僕もあそこまでのは創れたことがない! 創った奴はぶっ飛んでる!」

 

 べた褒めである。

 ただ、最後の一言が木村の気にかかった。

 防御力なら鶏の方が上なので、創竜の言う傑作とはボローの心の部分と木村は推察している。

 

「傑作というのはボローの心のことですよね。創った奴がぶっ飛んでいるというのは?」

「いいかい。そもそも論としてだよ。――まともな頭の構造をしてる奴は心を創ろうと思わないんだ。でもね、創られた頭の構造がいかれてると心は創れても、心はまともではありえない。生物が親の情報を子に引き継ぐように、創作も創り手の情報を作品に残すからね。あの子の心は僕の目から見てまともだった。まともすぎる。おかしいよね。あの子から創造主に遡ると創った人もまともってことになる。でも、見てればわかる。あの子はまともな心を創ろうとして創られた成功した創作だって。矛盾した存在だよ。創った奴は正常な狂人だ」

 

 心を創ろうとしない人種が正常な心を創ったという矛盾。

 またしても木村は聞かなきゃ良かったと後悔する。創竜の解説は木村の心を苛ませるばかりだ。

 いったいどんな存在がボローを創ったのか木村も怖くなってくる。イベントでひょっこり姿を現したりしないだろうか。

 

「キィムラァ。女狐が復活したぞ」

「すぐにボローと交代で」

「わかったぞ」

 

 ちょうど事象も動き出した。

 止まったのが時ではなく事象だったことが時間稼ぎの面では良かった。

 鶏がボローをまたしても襲う。木村ができることはもう少しだけボローが耐え忍ぶ姿を見守るだけであった。

 

 カクレガの入口が開き、禿げたケモ耳が現れる。

 相変わらずやる気は見えない。

 

 これに救われる都もどうなんだろうと木村はやや暗い気持ちになる。

 アコニトも木村のそんな心中を鋭く察し、目をピクピクと痙攣させて怒ってみせている。

 交代時点から最悪な出だしだが、とにかくカクレガの最後の戦闘キャラが出た。

 

 泣いても笑ってもドライゲンの未来は禿げ狐(アコニト)にかかっている。

 

 

 

 長い戦いもようやく終わりが見えてきた。

 

 ただし、その結果はまだ明暗如何とも言いがたいのである。

 

 

115.イベント「私のカツラを知らないか?」17

 

 最終決戦キャラであるアコニトが出た。

 

 報告では鶏が二匹に卵が二つ。

 木村は「いける」と見た。今のアコニトは見た目と志は最悪だが、凸はキャラ・武器ともに4凸である。

 さらにはトロフィー効果も受けているため、ステータス面でも他のキャラよりひときわ性能が高い。

 

「アコニト、あの鶏をお願い」

「面倒くさいぞぉ……」

 

 いつもながらやる気はない。

 もはやアコニトにやる気など木村は求めていない。

 きっちり毒を吐いて鶏を倒してくれれば、後はもうアルコール浸りの薬漬けで良いと思っている。

 彼女に更生はもう無理だ。もう諦めた。

 

 丸坊主のアコニトが風上にスタスタ歩いて移動しつつ毒煙を吐く。猛毒だ。

 煙が風に流され、二匹でかたまっていた鶏へ行く。

 

“猛毒無効”

 

 鶏の頭上に現れた文字に木村は目を瞠る。

 木村の顔面がこわばった。

 

「えっ……、な、んで?」

 

 なぜ鶏に猛毒耐性があるのか。

 兵士たちが使ったとしてもせいぜいは毒。キャラに毒使いは彼女の他にいない。

 周回を経たといえ鶏が猛毒に耐性を持つことはあり得ない。

 あり得ないはずのことが起きていた。

 

「僕も抗体は入れてないから昨日のゲストが混ぜたんでしょ」

 

 木村の焦りを見抜いた創竜があっけらかんと伝える。

 どうでも良さそうな口調だった。

 

 創竜の言葉を理解するのに木村はわずかな時間を要した。

 なぜ昨日のゲスト――ラケシスが猛毒の耐性を鶏に食い込ませたのか。

 彼女は確実にこの都を滅ぼすつもりだ。そのためのイレギュラーを確実に潰しに来た。

 前回の水の館で、彼女の狙いを外したアコニトを警戒しての措置である。

 個人的な反りの合わなさもないとは言えない。

 

「……毒が効かない」

 

 ラケシスが一枚上手だった。

 木村の決め手を読み取り、シンプルで効果的な一手を打っていた。

 

 毒は効かず、剣や槍といった武器も通らない。

 ウィルの火炎魔法も表面を焦がすことすらできない。

 他の魔法も然りである。氣ならいけそうだが、グランドは動けない。

 

「ペイラーフでグランドを治療する? いや、間に合わない」

 

 打つ手がない。

 アコニトという決め手を防がれた今、他にできることが思いつかない。

 思いつかないとは言いつつもあるといえばある。得意の自爆だ。しかし、鶏は二匹、卵は別々に一個ずつ。手数が足りない。

 自爆を除いた正攻法の一手が見つからない。

 

「創竜さん。何か効果的なモノはありませんか?」

「ない! こんな戦いになると思ってなかったからね。そこまで持ってきてない!」

「何か創ったりは?」

「できない! あの子を創るのでけっこういっぱいいっぱいだったからさ!」

 

 グランドは戦えない。

 創竜はもう戦力にならない。

 アコニトはやる気がまったく見えない。

 

「随分と必死だぁ」

 

 彼女はやる気が見えないどころか、木村の焦りを鼻で笑ってくる始末だ。

 木村としても今すぐパーティーチェンジしてやりたいが、他に交代するメンバーの選定も思い浮かばない。

 

「小さい鶏も多いなぁ。鶏祭りでもするのかぁ?」

「その鶏はこの都の住人だよ。大きい鶏にやられると鶏になるんだ」

「ほぉん……ご愁傷様だぁ」

 

 アコニトは言葉では同情の欠片を見せているが、表情からはまるで読み取れない。

 心の底からどうでも良さそうである。

 

「やられると鶏状態で固定されて。戻れないんだ」

「それはなんとまぁ、大変だぞぉ」

「アコニトも例外じゃないからね」

「……は?」

 

 アコニトがぽかんとした表情で木村を見返した。

 自分はパーティメンバーだからと例外だと高をくくっていたに違いない。

 

「アコニトならどうにかしてくれると思ってたんだ。きっと鶏と卵を打ち倒して、みんなを鶏から人間に戻せるって。でも、もう駄目かもしれない」

 

 最後の一手を阻まれて木村も気分が沈んでいる。

 もう諦めムードになりつつあった。

 

「寂しくなるな」

 

 呟いたおっさんの顔は晴れやかである。

 この清々しい顔で「寂しくなる」という台詞が出ることがおかしい。

 

 しかしながらおっさんの気持ちが木村もわかる。

 ここでアコニトがもしも鶏になればカクレガの問題の九割は消える。

 それどころか竜人も鶏になっているので、破壊者二人が卵を産む生産者二匹になる。

 

「は? は? 儂が鶏? はぁ?」

「そうなりそう」

 

 アコニトも露骨に焦り始めた。

 木村の意気消沈を見やり、本気で自らの身が危ういと悟った。

 

「なんとかならんのか?!」

「もう手がないんだ。鶏が倒せそうにない」

 

 鶏だけではない。

 卵だって倒せる見込みはない。

 

「簡単に諦めるなぁ!」

 

 まさかこんな言葉がアコニトの口から聞けるとは木村も思っていなかった。

 自己保身100%の励ましの声である。

 

「あの髪泥棒にも逃げられたままだぞぉ!」

 

 アコニトの叫びで木村もふと思い出した。

 もはや戦力にならないと忘れていたが、まだヅラウィを見ていない。

 この都で生じたヅラウィ以外の問題は、ほぼ全て彼が最終的に片付けていると言える。

 

 アコニトの言葉ではないが、まだ諦めるには早いと木村も気づいた。

 ただし、これは本当に最後の最後だ。もしも彼が現れなかったら真に終わりを迎える。

 

「ヅラウィーさん! 近くにいますか! ヅラウィーさーん!」

 

 木村は久々に腹から声を出した。

 たったこれだけの叫びで喉も枯れそうになる。

 いつもなら「大声を出さずとも聞こえていますよ」と言って彼は現れる。

 しかし、声も姿も現れない。鶏のコケコケという鳴き声がむなしく彼の声に応えるのみである。

 

「…………駄目か」

「いや、上だね」

 

 創竜が上を見ている。

 木村も言葉に従って上を向いた。

 太陽の光を遮るように影が一つあった。

 その影は風に流され力なく揺れており、ゆっくりと落ちてくる。

 

 地面にポサリと軽い音を立てて落ちる。

 赤から青にグラデーションがかかった派手なカツラだ。

 木村が見たところではもうほぼ他人の髪の毛は失われている。

 

「ヅラウィーさん!」

 

 木村がカツラに近づいても反応はない。

 彼が抱えてようやく声が聞こえた。

 

「叫ばなくとも聞こえていますよ」

 

 弱々しくはないが、その声は小さかった。

 アコニトが「燃やしてやる」と息巻いているのをおっさんが殴って止めた。

 グランドの力を見た後なので、アコニトが死んだんじゃないかと木村もヒヤヒヤしたが加減して殴ったらしく首が曲がった程度で済んでいる。

 

「申し訳ありませんが、芸を披露することはかないません」

 

 木村が尋ねる前にヅラウィが答えを告げた。

 その姿を見れば明らかとは言える。

 しかし、木村は粘る。

 

「でも髪ならまだあります。なんとかなりませんか」

 

 木村は自らの髪を見せる。

 それにおっさんや創竜にも髪がまだある。アコニトはない。

 

「いえ、わたくしの力も失われつつあります。髪をくべても、もはや動くことはままなりますまい。どうやらこの不思議で夢のような時間ももうじき終わりを迎えるようでございます。演目を最後まで果たせなかったのは残念でなりません」

「そんな……。何か、何か手はありませんか?」

 

 ヅラウィが沈黙で答える。

 ここに万策尽きた。

 

「あるよ!」

 

 創竜が後ろから声をかけた。

 彼はニコニコと場違いなほど楽しそうである。

 

「あるんですか?」

「うん! どう見てもあるでしょ!」

「……わからないんですが、アイテムを創ってくれるんですか?」

「いやいや! 創れないって言ったでしょ。それに創るまでもない。もう創られてる」

 

 創竜の言わんとしているところが木村にはわからない。

 なぞなぞは暇な時にしてほしい。

 

 創竜は口にしない。

 口の代わりに彼は目を動かした。

 

 木村は創竜の視線を追う。

 彼の視線は木村の手元を見ていた。

 そこにはもはや力の出せないヅラウィがぼさぼさとあるのみである。

 

「いや、ヅラウィさんはもう力が出せないって」

「あれれ、知らないのかな……。あのね、君。カツラはね。頭にかぶって使うモノなんだよ。人の髪を食べさせて行動させるモノじゃないんだ」

 

 心底呆れた顔で創竜に諭される。

 わかりきったことを言われて木村は無性に腹が立った。

 腹が立ちつつも言っていることはそのとおりである。カツラは頭に被るモノ。

 むしろ今までのヅラウィの在り方が間違っていると言える。

 

「……あれ?」

「うん。気づいた? 僕の見立てでもそのカツラはやっぱりカツラだよ。用途もカツラで間違いない。失敗作ではあるけどね。見つけた頃とほとんど同じ状態に戻ったね」

「ご覧のありさまです。約束の対価は払えそうにありません」

「いいよいいよ! 僕、芸とか興味ないから。対価はむしろこれからでしょ!」

 

 二人は知り合いの様子である。

 この会話を聞いて木村の中の謎が一つ解けた。

 

 最初の最初、どうやってヅラウィが脱毛するような薬を創ることができたのか。

 また、ここにやってきた当初どのように活動していたのか。

 創竜こそが彼を斡旋していたとわかった。

 

 

 さて、今さらだがヅラウィはカツラである。

 出会った当初から髪がもじゃもじゃして歩き回っていたので、便利な謎生命体くらいに木村は認識していた。

 仲間に歩く尻尾がいたことも違和感があまりない要因でもある。

 

「ヅラウィさんを被るとどうなるんです?」

「勝手に行動させて用途を違えた働きであの力だよ。本来の使い方をするならその力は計り知れない」

 

 希望が見えた。

 やはりヅラウィこそが最後の一手だったのだ。

 

「僕が被っても良いんですかね」

「なりません」

 

 ヅラウィから否定された。

 木村は被ってはいけないようだ。

 

「誰もわたくしをかぶってはなりません。わたくしをかぶるには特別な力が必要です」

「はい、それは嘘。僕にはわかる。君は誰がかぶっても力が引き出せるようにしてある。そういうふうに君は創られてる」

(よこしま)な力です。ただの暴力、破壊と呼ばれるべきものです。芸とはほど遠いものです」

「邪な力? 力は力だよ。少なくとも創った存在は力に正邪の区別を付けてない」

 

 双方ともに嘘をついている様子はない。

 両者の発言からヅラウィを被ると力は発揮するのは間違いない。

 

 ただ、ヅラウィの口ぶりから嫌な予感はする。

 一方で創竜の言も確かだ。他に手はなく、力は力と言える。

 

「えぇえええええい! うるさいわ! 儂がかぶる! なぁにが創るだの、正邪だの、芸だのとほざいとるか! 今が一刻を争う状況とわからんかぁ!」

 

 アコニトが木村と創竜の間に割って入る。

 言っていることはごもっともなのだが、お前が言うな選手権でトップを取りそうな発言だ。

 

「かぶるぞぉ! こいつを燃やすのはその後だぁ!」

「わたくしをかぶることができるのは真に平穏を求めるモノのみ!」

「四の五の言っとる場合ではないわぁ! 儂だって平穏を求めておるわぁ!」

 

 アコニトが木村の腕に抱かれていたヅラウィを奪い去る。

 そして、それを彼女の禿げた頭にかぶった。

 

「おやめなさ――」

「ほい! ふ……、ふおぉぉぉぉ!」

 

 効果は一瞬で現れた。

 ヅラウィはアコニトの頭に吸い付くようにぴったりと収まった。

 久々に髪のあるアコニトが現れ、木村もそういえばこんなのだったと心が新たになる。

 

「ふうううう! ふおおおおおお!」

 

 アコニトが頭を揺さぶっている。

 カツラを引き剥がそうと必死になっているようにも見える。

 想像していたよりも反応が壮絶である。拷問を受けているかのようだった。

 

 おっさんが木村の腕を掴んでアコニトから離した。

 創竜も危険を察知したのか、おっさんよりも一足先に離れている。

 

「ぴゃああああ!」

 

 アコニトがさらに叫び、ヅラウィが発光し始めた。

 赤から青のグラデーションはそのままに、カツラから光が溢れている。

 光はあまりにもどぎつい色であった。アコニトの影響を受けているのか光まで毒々しい。

 しかも、そのアコニトはカツラの侵蝕に抵抗しているのか頭を振り回している。

 虹色に光輝き、ぐるぐる回っている姿を見て木村はふと思った。

 

「まるでゲーミングアコニトだ」

 

 木村はさほど詳しくないが、電気屋のパソコンコーナーになぜか光るファンを搭載した機器が並んでいた。

 今のアコニトはあれに似ている。

 

 最近はパソコンだけでなく扇風機やマスクまでゲーミング化されている。

 ついにアコニトまでゲーミングの餌食になってしまった。

 

「Foooooooooo!」

 

 ゲーミングアコニトの叫びが声に変わった。

 うるさいのは変わらないのだが、頭を振り回すのはやめて音程が安定している。

 

 ついに動きを見せた。

 不思議な動きだ。前傾した状態で動いている。

 足が動いているようには見えない。しかも虹色の残像が経路に残り続ける。

 格ゲーでこんな動きをしたキャラがいたなと木村も思い出す。

 

「Uhaaaaaa!」

 

 鶏がゲーミングアコニトを脅威と判定し、襲いかかった。

 一方のゲーミングアコニトも鶏へ正面から堂々とむかっていく。

 

「……あれ?」

 

 衝突はなかった。

 鶏がゲーミングアコニトを襲う直前で、彼女が左に動いた。

 しかも鶏の周囲をぐるぐると同じ姿勢のまま回り続け、鶏を虹色の残像で囲む。

 

「ねぇ、くーちゃん。これってにぃにぃのアレだよね」

「そうだぞ」

「道理で反りが合わないわけだね。どんな力か見たかったけど興ざめだよ」

 

 創竜は唇の片側を歪ませてゲーミングアコニトを見ている。

 つまらないという表情を隠そうともしない。

 

 残像が鶏を囲み、徐々に鶏に距離を詰めていく。

 鶏の上部に表示が現れた。

 

“猛毒無効”、“火炎無効”、“氷結無効”、“気絶無効”、“物理無効”、……。

 

 無効表示が次から次へと出てきては消えていく。

 消えるスピードよりも出てくる量の方が多く、文字列がどんどん上に積み重なっていき建物よりも高くなってしまう。

 表示がようやく止まると、積み重なっていた無効の文字列が今度は凄まじい速さで消えていく。

 

 木村も見上げて、また見下ろす形になった。

 視線の高さが地上に戻ると鶏の姿がない。

 ゲーミングアコニトもいない。

 

 残像だけが視界に映り、そちらを木村が見るともう一体の鶏にゲーミングアコニトが襲いかかるところだった。

 またしても無効の表示が高く積み重なっていく。

 

「あれって何なの?」

「質量のある残像に属性を持たせているんだぞ」

 

 おっさんの説明を聞いて木村もギリギリわかった。

 ゲーミングアコニトが謎移動したときに出てくる、あの毒々しい虹色の残像に攻撃判定がある。

 しかも、その残像は多種多様な攻撃属性を含んでおり、鶏の耐性に反応して上へと伸びる無効文字列が出てくる、と。

 

「厄介だ」

 

 もしも敵なら面倒な相手だ。

 攻撃属性が複数で防御が安定しない。

 しかも状態異常を間違いなく多用してくるためヒーラー必須。

 さらにあの謎のスピードで味方の攻撃を回避する。なによりうるさい。

 

 木村はようやく確信を持てた。

 今回のイベントボスはこのゲーミングだった、と。

 実際のストーリー上は当然アコニトではないだろうが、他のシナリオキャラがゲーミング状態になって立ちはだかったであろう。

 

 その本来のシナリオボスであろうゲーミングエネミーは、異世界版のボスである創竜製鶏と闘っている。

 この場合はどちらが倒れた時に報酬が出てくるのだろうか。

 

「あ、すごい」

 

 鶏を削りきったゲーミングアコニトが木村たちを見た。

 彼女の髪はやはり虹色で、目は開ききって、瞳も虹色に輝きぐるぐる回っている。

 

「……げ、目があった」

 

 木村はゲーミングアコニトと目があって、また活動を始める。捕捉されたと木村は感じた。

 木村たちの方へと移動を開始したが、すぐに折れ曲がって方向を変えた。

 

「あれ? ……うわ、出た」

 

 なぜ方向転換をしたのか木村もすぐにわかった。

 放置していた卵から鶏が孵ったのである。

 

「す! すごい! 超レアだよ!」

 

 創竜が歓喜の声をあげた。

 先ほどまでのつまらなそうな表情が微塵もない。

 

 一つの卵から二匹のひよこが孵った。

 一体は真っ黒で、もう一体は真っ白である。

 どちらも平面のようにしか見えない。特殊イベント戦のボスを思い出させる。

 

「あれも、産まれるんですね」

 

 木村の顔は引き攣っていた。

 可能性としては入れていたが、まさか産まれるとは思ってもみなかった。しかも二匹セットである。

 

「あのゲスト、確率も弄ったんだね! それでもこれはすごい! 超々々々低確率! 二黄卵で、二匹生まれることがまずない! それにこの黒と白が出る確率はそれぞれかなり絞ってたから!」

 

 最悪の上塗りである。

 しかし、木村としてもはしゃぐ気持ちはわからないでもない。

 ガチャで言えば、単発ガチャでなぜか二体出てきて、しかもどちらも人権キャラというぐらいのレアなのだろう。

 もしもガチャなら嬉しいが、敵が出てこられるとたまったモノじゃない。

 

「倒し方はやはり前と同じですか?」

「まさか! 白黒相殺なら産まれた時点で死んでるよ!」

 

 創竜は嬉しそうに笑っているが、木村としては笑えるところがない。

 そのまま死んでくれれば良かったのにと思うばかりだ。

 

「白は斥力だね。近づくほど強い力で跳ね返すんだ。白卵に誰も触れなかったでしょ。あれ? でも君なら……。もしかしてくーちゃんに止められなかった?」

 

 木村も思い出す。

 キャラが白の卵に触ろうとして触ることができなかった。

 木村も触ろうとしたがおっさんに止められたことが確かにあった。

 

「黒は?」

「黒は半完全不干渉。相手からの干渉をほぼ無効化する」

「“半”完全なんですか」

「そりゃあね。完全になっちゃうとそもそも見えないし、僕の扱える領域を超えちゃう。完全はすごい難しいんだよ。しかも奥が深い。創りたいものリストにも入ってる。でも、僕じゃなくてヤミーの領分だ」

 

 木村もヤミーが誰かわかった。

 王国の地下にいた闇竜のことで間違いない。

 あんな訳のわからない力を司る存在が二匹もいてはたまらない。

 

「それで、肝心な倒し方は?」

「さあ?」

「……は?」

「いや、わざわざ弱点を創る必要がないから消したんだ。耐久力はほぼゼロなんだけど、そもそもまともな手段じゃダメージが通らないからさ。倒されることってあるの?」

「いや、え、は?」

「ふふん」

 

 創竜は誇らしげである。

 木村は今の会話でなぜその顔が出てくるのかわからない。

 やや遅れて理解した。僕の創った傑作が簡単にやられるわけないでしょって顔だ。

 

「それだけじゃないんだ。もう一個の卵も産まれそうでしょ! きっともう一つの大当たりが出てくるんじゃないかな」

「大当たり? まだ当たりがあるんですか?」

「うん! 絶対に勝てないだろってやつを組み込んだんだよね。超々々々々々々々々々低確率だから遊び感覚で入れたんだけど、もしかしたら産まれるかも!」

 

 創竜はとても嬉しそうだ。

 離れたところにある卵を見ている。

 すでに卵は動き始めており、すぐにでも孵りそうだ。

 

「もしも今、あの卵を壊したら孵るのは阻止されますかね?」

「うん? まあ、そうだろうけど無理だよね。ほら」

 

 創竜が示したのはゲーミングアコニトと白・黒のひよこだ。

 どちらも攻撃が通じず、ゲーミングアコニトでも苦戦を免れないようである。

 

 嫌な予感は外れない。

 10連チケットを賭けてもいい。

 残る一つの卵から孵るのは超が10くらい付くやばい存在だ。

 運命の神が木村に絶望を与えるならそれくらいはする。

 創竜は孵化を止めることはできないと言った。

 

 しかし、止める手段はある。

 自己中というモノは自らに都合の悪いことを勘定から外す傾向がある。

 アコニトで実証済みだ。

 

「創竜さん」

「ん?」

「解説ありがとうございます」

「うん」

「道具もいろいろ助かりました」

「うん。……うん?」

 

 木村は召喚者スキルメニューを開く。

 そこから“ジャンプ”を選択した。

 

 最初のジャンプ対象者にポカンと口を開いている創竜を選ぶ。

 そして、ジャンプ先は孵化寸前の卵のすぐ横にした。

 

「お世話になりました」

「――え」

 

 創竜の姿が木村の目の前から消えた。

 そして、選択した場所にずれることなく飛ぶ。

 移動した創竜の声は聞こえないが呻いている様子がわかる。

 このジャンプスキルは、移動距離が遠くなるほど体調が最悪になる。

 木村の目算では、この移動距離をジャンプすれば死ぬほど体調が悪化するだろう。

 

 創竜は言っていた。

 人間の体は弱いから心身に異常が起きたら周囲を爆破する、と。

 どれほどの爆破かは知らないが、すぐ近くにある卵を消すくらいはしてくれるに違いない。

 

 苦しんでいた創竜の動きがピタリと止まった。

 木村の視界を塞ぐようにおっさんが目の前に立ちはだかる。

 

 次の瞬間に木村はおっさんの脇から目映いほどの光を見た。

 音と衝撃も尋常ではなく、創竜の「周囲を消し飛ばす」という言葉に偽りがなかったと木村も把握する。

 

 土煙が収まれば創竜と卵、それに周囲の景色が消し飛んでいた。

 

「よし」

 

 最悪中の最悪は消した。

 残りは白と黒の鶏が一匹ずつである。

 ゲーミングアコニトが二匹の鶏が戦闘を続行している。

 

 互いにダメージはない。

 白黒鶏の攻撃はゲーミングアコニトに当たらないし、そもそも攻撃をほとんどしない。

 黒は体当たりだがダメージは一切なく、白は近づくほど反発するがせいぜい相手を押すだけである。

 逆にゲーミングアコニトの残像攻撃も二匹の鶏には効果がまったくない。

 

 すなわち、このままではエネルギーの消耗戦となる。

 そうなるとゲーミングアコニトが不利と木村は見ている。

 あの変な動きがいつまでも保つとは思えない。早晩倒れるだろう。

 

 木村も何らかの有効な攻撃手段を見つけたいところだが、白黒相殺がないならどうやっても倒せそうにない。

 そもそも両者ともに有効打が見つからない。

 

 ゲーミングアコニトは確かに強い。

 だが、常識の範囲内から抜け出せていない。

 ヅラウィの使っていた謎の力ではなく、わかりやすい力だ。

 もちろん並の力ではない。視覚的にもはっきりしているが、底の浅い力である。

 どちらかと言えば二匹の鶏の方が力の在処が一目でわからず、存在に不気味さという奥深さがあった。

 ヅラウィが力を振るっていた時の方がまだ、力の所在がわからず神秘的なモノを感じた。

 

 それでもゲーミングアコニトが有利になる策がないかと木村は周囲を見渡す。

 爆発跡地とそこをひょこひょこと歩く鶏がいるだけである。

 

「……ん?」

 

 明らかに先ほどよりも小さい鶏の数が多い。

 とりあえず最悪の最悪を避けるために創竜爆弾で卵を消し去った。

 ある程度の犠牲は免れないと考えてはいたが、建物は爆発で消え去ったとして人はもしかして鶏になっているのではないかと木村は察する。

 創竜自身の爆弾もまた、鶏と同じように人への過ダメージを鶏変化にしている可能性がある。

 

 だが、今回、肝心な部分はそこではない。

 創竜爆弾で生き残った鶏もいるかもしれないという点だ。

 創竜自身が、無闇に人を死なせたくないから鶏化してると話していたのは聞いた。

 試すことすらしていなかったのだが、もしかしてこの鶏はただの鶏ではないのではないかと木村は気づいた。

 戦いに巻き込まれても大丈夫なように頑丈にしている可能性がある。

 そういう小さなこだわりに力をかけていそうな創り手だ。

 

「――もしかして」

 

 閃きがあった。

 木村は試しに近くにいた鶏を両手で掴む。

 触った限りは変なところはない。柔らかいし、抵抗して暴れている。

 

 その鶏を手にしたまま、彼は黒鶏に近づく。

 平面すぎていまいち距離感が掴みづらいが、とりあえず触れる距離になった。

 手にした鶏を黒鶏に近づけると、鶏が黒鶏をつつき、黒鶏が痛がって逃げるように離れていく。

 

 ――勝機が見えた。

 

 干渉できないはずの黒鶏に、住民鶏の攻撃(つつく)がヒットした。

 創竜の無駄なこだわりによる住民鶏の防護は、ボスについている防護を上回っている。

 

「アコニト!」

 

 木村は叫んだ。

 今はゲーミング化しているので、聞こえているかはわからないが彼自身に注目が向けばそれで良い。

 狙いどおりゲーミングアコニトは虹色のぐるぐる回る瞳で木村を見つめる。

 

 木村は手にした住民鶏を全力で黒鶏に投げつけた。

 鶏が空中でもがいたので、さほど勢いは保たなかったが黒鶏に当たったところは見せることができた。

 

「fiiiiiiii!」

 

 よくわからない叫びが返ってきた。

 何となくだが伝えたいことは伝わった気がした。

 

 ゲーミングアコニトが動きを変えた。

 白黒鶏から距離を取り、二体を中心として大きな円を描き出す。

 ときどき外側から小さい鶏を捕まえているようで、大円の中に小さい鶏が何匹も入ってきていた。

 白黒の二匹の他に何十匹モノ小さな鶏が円の中に入ったまま、円が狭まっていく。

 

 白と黒の鶏に、小さな鶏が押し寄せ全方位から嵐のようにぶつかる。

 小さな鶏にも当然の如く無効耐性があるようで、無効の文字列が今日一番の高さを見せた。

 

 コケコッコー!

 

 断末魔のような鶏の鳴き声が周囲に響く。

 同時に無効の文字列の山も止まった。

 

 数秒の後に一瞬で消えていく。まるでコツコツ稼いだ金が一瞬で浪費されてしまったようである。

 山の麓には数十匹の住民鶏と、それにつつかれているゲーミングアコニトがいた。

 白と黒の鶏の姿はもはやどこにもない。

 

「……やった。やったんだ!」

 

 木村も喜びの声が出た。

 倒せないと思っていたモノを倒すことができた。

 

「Hyaaaaaa!」

 

 しかしながら、ボスはまだ生きている。

 ゲーミングアコニトが雄叫びをあげてターゲットを切り替えた。

 おっさんへ虹色の残像を残しつつ高速で移動してくる。輝きが今までの比ではない。

 まるでかぶりての積年の恨みを晴らすかのように距離をじわじわと詰めていく。

 

「Uhhhhh! Haaaaaaa!」

「うるさいぞ」

 

 おっさんが拳を振り抜いた。

 その拳がゲーミングアコニトの顔面にめり込むのを木村は見た。

 ゲーミングアコニトは残像を残したまま、地面を何度もバウンドし飛んでいき、最後は爆破した向こう側の建物の壁まで達し、壁を三枚ほどぶち抜き、ようやく地面に倒れた。

 

「H、Hair……」

 

 よくわからない言葉を残しゲーミングアコニトの体から力が抜け落ちた。

 虹色の残像がゲーミングアコニトに追いつき、ゲーミングアコニトから光が徐々に失われていく。

 アコニトの頭から派手なカツラがポサリと落ち、アコニトが光となって消滅する。

 木村の目の前に宝箱の結晶が現れた。

 

「お、キィムラァ。ボスを撃破したな。報酬が現れたぞ」

「え、でも……、ボスをやったのって」

「よくやったな。受け取るんだぞ」

「あ、うん」

 

 有無を言わせない圧力を受けたので木村も素直に報酬を受け取る。

 全ての鶏を撃破して、シナリオのボスさえも倒した。

 パーティーメンバーも壊滅の有り様だ

 しかし、都は滅んでいない。

 

「勝ったんだ。はぁ~」

『おめでとうございます。勝利の報告を全地域に知らせます』

「うん。お願い」

 

 膝から力が抜ける。

 全力を使い果たしもはや力が入らない。

 木村は仰向けに倒れて空を見る。太陽が眩しい。もはや朝よりも昼に近い。

 

 周囲からは兵士や住民たちからの勝利を祝う声も聞こえてきている。心地よい響きだった。

 兵士たちに負けじと小さな鶏たちもコケコケと嬉しそうに歌っているようだ。

 

「……ん~。ん?」

 

 木村を違和感が襲った。

 気づくことに頭が拒否しかけたが、すぐにその違和感を把握してしまう。

 

 鶏が鶏のままである。

 

 創竜は言っていた。

 「創られた鶏を倒せば、倒された住民や兵士は人間に戻るはず」と。

 

 木村は「少しずつ鶏が人間に戻っていくのだ」と信じたかった。

 だが、信じるという行為は希望と絶望の境界線上にあることを木村も異世界で学んでいる。

 もしかして鶏を倒しても人間に戻らないのかと木村は疑いを抱いた。

 

「おっさん。創られた鶏を倒せば、この鶏は人に戻るんじゃないの?」

 

 前に創竜が尋ねていたがおっさんは無言だった。

 木村はあれを肯定だと捉えていたが、もしかして否定だったのだろうか。

 

「戻るぞ」

 

 やや時間差をおいて、おっさんが返答した。

 木村もほっと息を吐いた。

 

 やはり人間に戻るまでに時間差があるようだ――と彼は信じたかった。

 またしても自らが信じていることを認識する。鶏を創ったのは創竜で、その創作に介入したのはラケシスなのである。

 

「…………待って。鶏は、本当に全て倒されてるの?」

 

 おっさんは無言である。

 木村は背筋に冷たい汗を感じた。

 

「伝令! メッセ!」

 

 すぐさま体を起こして、メッセに伝令を投げる。

 

『何ですか、大声を出して。勝ったのですから少し落ち着いて』

「――『まだ終わってない! 周囲に鶏か卵がいないかの確認を! 急いで!』」

 

 まだどこかに鶏と卵がいる。

 この最悪で突飛な発想を残念ながら裏付けることがあった。

 最後と考えていた白と黒の鶏を倒す際に鶏は鳴いた。あの時は断末魔だと考えた。

 

 本当にそうか?

 特殊イベント戦での始まりも鶏の鳴き声だった。

 あの鳴き声が白の鶏からの声だとすれば、最後の鳴き声は断末魔ではなく卵がどこかに誕生する産声となる。

 

『伝令――「城からの返答を受け取ることができません」』

 

 努めて冷静を装ってメッセが伝令を投げて寄こした。

 どこで何が起きたのかが明白である。

 

 灯台下暗し、今まで城内部で鶏や卵が出たことはなかった。

 木村たちも油断していたわけではないが、現れた鶏が城外だったので完全に視点を逸らされていた。

 

 ここでもラケシスがやはり一枚上手である。

 勝利と思わせてからの時間差による絶望的な奇襲の一手。

 

 そして、その一手の駒は何を動かしたのか?

 

 城の頂上付近から最後の駒が姿を現した。

 

 右半身が白、左半身が黒。

 まるで天使のような光輪が鶏冠の上に浮かび上がり、その光輪は赤から青へとグラデーションがかかって光っている。

 鶏の姿をした堕天使が、ドライゲンに終わりを告知しに来たようである。

 木村もすぐにこの堕天使が創竜の言う激レアだと肌で感じた。

 

 白黒の鶏が羽を左右に広げれば、グラデーションがかかった羽根が粒子のように全方位へ飛び散る。

 おびただしい数の羽根がドライゲンの空を全域を覆いつくし、ゆっくりと空から地上へとひらひらと落ちていく。

 粉雪のように静かに、焦れったいほどの時をかけて地上へと向かう。

 

 羽根は建物にぶつからない。

 まるで天井や壁がないかのように落ちていく。

 逃げ場などどこにもないということを示しているようであった。

 

 グラデーションのついた羽根に触れた人間は鶏になっていく。

 本当は黒化、あるいは消滅する設定だったのかもしれない。

 

 しかし、ここでは創竜の鶏化設定が勝っていた。

 都にあって鶏にならないモノは二人のみ。

 木村とおっさんである。

 

 カクレガの中にいるキャラたちは無事である。

 木村たち以外の全ての生物が鶏へと変わり果てていく。

 叫び声も逃げ惑う声も鶏の鳴き声に変わり、ここは地獄かあるいは天国か。

 

 木村は絶望の中にいた。

 雪のように舞い降りる羽根の中を歩いて、ヅラウィの元へたどりつく。

 最後の希望を期待して木村は彼に問いかけた。

 

「ヅラウィさん。何とかなりませんか?」

 

 返事はない。

 ただのカツラのようだ。

 

 グランドも鶏になっているであろう。

 創竜は危険を察知したのか復活をしようともしていない。

 アコニトは死んでしまったので鶏化こそ避けられたが、そこが今の彼女の限界だ。

 残る戦闘メンバーであるヅラウィも口がきけない。

 

「どうして……」

 

 悔しいという気持ちが木村を支配していた。

 どうしてここまでやってすんなり勝たせてくれないのか。

 そんなにも街を滅ぼしたいのか、そんなにも自身を決意させたいのか。

 この悔しさは必死に戦ってきたものにのみ与えられる感情なのであるが、彼は自らの感情を認識する余裕がない。

 

「キィムラァ。残念だったな。挑戦は失敗だ。カクレガに戻るんだぞ」

 

 おっさんが今度こそ正式な終わりを告げた。

 

 悔しい。

 こうならないために強くなったはずなのにやはりまだ勝つことができない。

 しかし、仮にパーティーが全員いたとして、あの堕天使の鶏をどうやって倒すのか。

 場所は城の最上階、降り注ぐの全てを貫通する鶏化の羽根、体は白と黒の倒しようもない防御構造。

 

 僕の考えた最悪の敵を体現してしまっている。

 創竜がいたら誇らしげに笑っていたかもしれない。

 きっと木村はジャンプで創竜を堕天使鶏の体内にワープさせる。

 

 それ以外に倒す方法が思いつかない。

 もしも倒せるとすれば、それはきっと戦闘ではない。

 奇跡のような芸当であり、神の領域に足を踏み込んだ曲芸だろう。

 

 

 せり上がったカクレガの入口を木村は見る。

 迎えはない。それがかえってありがたかった。

 木村も、今の自ら顔を誰かに見せたいとは思わない。

 

「お、キィムラァ。待つんだ。時間になったぞ。エンディングが始まるな」

 

 確かにイベントストーリーも今日が最終日。

 エンディングは最終日にやるところと、最終日が明けた日にやるところがある。

 今回のイベントストーリーでは最終日におこなわれるようだ。

 しかし、エンディングはすでに迎えている。

 戦いは完全に終わっていた。

 

「見ろ。キィムラァ、素晴らしいエンディングが始まりそうだぞ」

 

 おっさんのシステム的な台詞が空々しい。

 ここからどうやって素晴らしいエンディングになるというのか。

 木村は悔しさを抑えるため、手に握っていたヅラウィをグッと腹に押し込めている。

 

 どこからか足音が聞こえてきた。

 周囲を無邪気に歩き回る鶏の足音ではない。整然とした複数の足音である。

 

 木村が首を音のする方へ向ける。

 ちょうど彼の背後から聞こえてきていた。

 十数人が横並びとなって、木村の方へと歩いてきている。

 

 彼らは羽根が降りしきる中で、一つの羽根にも触れることなく、ただ一枚の羽根を踏むこともなく、それでいて歩くリズムは一定だ。

 背の高さや種族にばらつきはあるが、彼らの着ている服は旅人のようなぶかぶかしたものだ。

 木村も彼らがいったい何なのかがわからず、観察に努めている。

 

「団長団長! 人! 人がいるよ!」

「エフィ、違うネ。アレは人に似た別モノだヨ」

「うふふ。カスィミウ神都に来たつもりが随分と物騒なところに来てしまったようですね」

 

 彼らの声はこの状況にあっても穏やかだ。

 余裕さえ感じる。ピクニックに来た一団のようですらある。

 

「さて、そこの人の形をしたお二方。言葉がわかるのであれば、どうか心あたりがないか教えていただきたい。私どももほうぼう探し歩いてきたのですが、どうにも見つからなくて困り果てているのです」

 

 集団の中心にいた青年が木村に声をかけた。

 演技がかった台詞だが、どこかその発声に木村は懐かしさを感じる。

 最近どこかで聞いた言葉使いであった。

 

「いえ、一般の方からみればつまらないものかもしれません。ただの派手派手しい色をした髪の集合にすぎないのですから」

 

 木村は自らの諦めが早合点だったと改める。

 パーティが負けたのは間違いない。そこは悔しいが認めざるを得ない。

 だが、彼は運命に抗った。彼は彼なりに戦い抜き、絶望が希望に変わるまでの時間を稼いだ。

 

「しかしながら、彼、いえ、アレは私どもの大切な一員でして。アレと言いましてもやはり私としては彼と呼ぶべき存ざ――」

「団長。話が長いよ! さっさと尋ねることを尋ねて!」

「ああ、いやはやこれは失礼。前置きが長いとたびたび叱られるのです。そうであるならば、ここは簡潔に問わせていただきましょう」

 

 木村は今回のイベントストーリーにはまだ回収されていない伏線があったことを思い出した。

 ボスは倒されたが、度肝を抜いたふざけたサブタイがまだだ。

 それが今まさに回収されようとしている。

 

 すなわち――

 

 

 

「私のカツラを知らないか?」

 

 

 

116.イベント「私のカツラを知らないか?」ED

 

 エンディングが始まった。

 

 青年は木村に問いかけた。

 内容は「私のカツラを知らないか?」とサブタイと同じである。

 

 この問いで木村は彼らが何者なのかをすぐさま理解した。

 問いへの答えをすでに木村は手に持っている。

 それを見せるようにして彼は振り返る。

 

「おお! すでにお持ちでしたか! これは素晴らしい!」

「良かったね、団長。やっと探しものも終わったよ」

「長かったなぁ」

「疲れました」

 

 木村の持っているカツラを見て、青年と周囲は大いに盛り上がっている。

 彼らがこのカツラをなくしてからおおよそ2週間が経つ。随分と探したことが察せられる。

 まさか異世界で曲芸を披露していたとは思うまい。

 

「……ヅラウィ曲芸団」

「左様でございます。私は団長を務めておりますヅラウィにございます。本名は別にありますが、襲名制のためどうぞこちらでお呼びください」

「ヅラウィさん」

 

 木村は手元にあるカツラを見る。

 この青年もヅラウィと呼ばれていて混乱するが、すでにカツラのヅラウィは物言わぬ状態である。

 木村にとってのヅラウィとはこちらのカツラのイメージが大きい。

 

「どうぞ」

 

 木村が前に出て、手に抱えていたヅラウィをヅラウィに返す。

 青年は「ありがとうございます」と丁重に礼を告げて、ヅラウィを手に取った。

 

「ヅラウィさんは……、僕たちに素晴らしい芸を披露してくれました」

 

 すでに言葉をなくしているカツラ(ヅラウィ)は果たして木村の声が聞こえているのだろうか。。

 人の方のヅラウィは、カツラ(ヅラウィ)を手に取って木村の言葉を黙って聞いていた。

 

「僕は何度も彼に芸を依頼し、彼もそれに応えてくれました。でも、僕はいつも芸の結果を黙って見届けるばかりで、まだ彼に感想を伝えていないんです。お礼も言えていません」

「――あなたのお名前をうかがってもよろしいですか?」

「木村です」

「キ……むむ、名前に妙な術が施されていますね。失礼ながらキィムラァ殿も彼の声が聞こえたのですね」

「はい。今はもう話してくれないようですが……」

 

 ヅラウィはわかったように頷いている。

 彼の涼しげな顔が木村の心を穏やかにしてくれている。

 周囲の人たちがヅラウィに見ていた青年の顔は、この人物の顔だったのでは、という木村の推測は正しい。

 

「彼を拾って頂いた謝礼として、私に何かできることはございますか?」

 

 木村にとってはありがたい申し出である。

 むしろ、この願い出を待ってさえいた。だが彼は首を横に振る。

 

「いえ、謝礼ということなら不要です。彼がいるべき場所に帰っただけの話ですから」

 

 言葉のとおりである。

 今までの芸の結果で考えれば、謝礼というなら差し引きして木村が出す方が多いと考えている。

 そのため、木村はただただ頼み込むことしかできない。

 

「一つお願いというか、頼みがありまして」

「ほう。それはもしやあちらの存在と関係することございますか?」

「はい」

 

 木村は城の上で調子にのっている鶏を示す。

 今もまだ羽根を落としているのだが、ヅラウィ曲芸団の面々には当たる気配がない。

 

「あの鶏の羽根に当たって住民が鶏になってしまいました。アレをどうにか倒さないと住民が戻らないんです」

「ああ、なるほどなるほど! カスィミウ神都で人々が鶏になったのはそういう仕組みでしたか!」

 

 合点がいったようにヅラウィが頷いている。

 周囲のメンバーも鶏を見た。

 

「カスィミウ神都でも人が鶏に?」

「ええ。大きな騒ぎになりました」

 

 ついにカゲルギ=テイルズ世界から異世界だけでなく、異世界からカゲルギ=テイルズ世界に影響を及ぼすようになってしまった。

 世界の衝突が近くなってきたという実感が木村も出てくる。

 なおヅラウィが「なりました」と過去形で伝えたのはすでに全住人が鶏になり騒ぐこともなくなったからである。

 

「すなわち、キィムラァ殿は私にあの鶏を倒せと仰る?」

「そうなりますね」

 

 ふむ、とヅラウィは頷く。

 「しばしお待ちを」と彼は背後を振り返った。

 

「さて、みなさま――」

 

 ヅラウィは団員を見る。

 

「お聞きのとおり、キィムラァ殿より私に助力の依頼がございました。これは私的な用件にあたるものでしょうか?」

「該当。審議の必要あり」

 

 声は女性である。

 目隠しをして、さらにその上に眼鏡をしている意味のわからないファッションだ。

 彼女は続けて発する。

 

「当該の存在は極めて危険性が高く、団長一人に処理をさせることは危険と推定。私――キャラディは助力依頼への承認に反対の意を表明する」

 

 他の団員からも次々に反対の声が上がった。

 賛成も数名いたが、おもしろそうだからという声である。

 

「反対多数。助力依頼は否決」

 

 女性の声が無機質に告げた。

 ヅラウィもそれを聞いて、木村をまた振り返る。

 

「キィムラァどの。申し訳ありませんが助力はかないません」

「……わかりました」

 

 木村も途中で話の流れを汲み取った。

 この流れは駄目だと把握したが、諦めた訳ではない。

 

「もう一点だけ。よろしいでしょうか」

「どうぞ」

 

 木村は、過去の経験から次にどうすればいいかわかっている。

 それを教えてくれたのもまたヅラウィだ。

 

「ヅラウィ曲芸団へ提案です。このドライゲンで芸を披露してくれませんか」

「ほう。ここで私どもの講演を行えと?」

「そうです」

「私どもも慈善事業ではございません。お二方のために芸を披露するということは、私どもの益を考慮しても難しい話になります」

 

 木村も頷く。

 ごもっともな話だ。

 彼らは正義の味方ではない。

 

「披露するのは僕たちにではありません。彼らにです。彼らはすでに見物料を支払っています」

 

 木村はそこら中を歩き回る鶏を示す。

 これにはヅラウィも理解が出来ない様子である。

 

「どういうことでしょうか?」

「ヅラウィさんは芸を見せる対価をすでに彼ら全員から先払いでもらっていました。しかしながら、ハプニングが相次ぎ、いまだ彼ら全員に芸を披露するに至っていません」

 

 髪は奪ったが、その芸は主に木村のミス(アコニト誤爆)と討滅クエストで消費された。

 木村の責任もあるのだが、ひとまずそれは横に置き、住民の対価への芸を披露しきっているかと言われればノーと言える。

 

「付け加えるなら、もしも芸を披露していただけるのであれば、相応の謝礼や公演の機会、それにもちろんその際の見物料がピンハネされることなくあなた方に入るよう、この地を治めているトップに話をさせてもらいます」

 

 通貨が違うので見物料はあってないようなものだ。

 相応の謝礼が物品になることになりそうだが、異世界ならではの物もある可能性がある。

 

「……どうでしょう、か?」

 

 最後の最後になって木村は自信がなくなってきた。

 とりあえず言ってみたが、言っているうちに彼らにさほど利益がないことに気づいた。

 駄目かもしれない。

 

「――というご提案ですが、みなさま、いかがでしょうか?」

 

 ヅラウィは自らの意見を言わず、そのまま背後に流す。

 目隠し眼鏡女が一番に声をあげる。

 

「当該提案は、私的な用件に当てはまりません。団としての方向を決するものです。団長の決定を尊重致します」

「居住スペースの確保が約束されるなら問題ないネ」

「話を付けるということですが、現時点で当人と話すことができない以上、報酬が得られる確証はありません。最低限、食事、飲料の供給ルートは示してもらうべきではないでしょうか」

 

 先ほど反対した者から出た意見は、木村が思ったよりも随分と緩い。

 これくらいのことであれば木村の独断でも対処はできる。

 

「居住スペースと飲食料が統治者から確保されない場合は、こちらの施設を開放し提供致します。良いよね」

「かまわないぞ」

 

 おっさんに声をかければ、あっさり了承を得られた。

 木村がカクレガを示すと団員は頷く。

 

「うふふ、私からも一つよろしいかしら。そこのお方、見覚えがあります。どうしてこちらに?」

 

 背の異常に高い女性が微笑みつつおっさんを見ている。

 先ほどはおもしろそうですからと賛成していたが、今は明確に反対の立場だ。

 口調はただの質問なのだが、うっすらと開いている眼は木村から見ても顔の微笑みとは裏腹にまったく笑っていない。

 

「失礼ですが、彼はあなたが見覚えのある人物ではありません」

 

 おっさんはこの件に関して無言を貫く。

 無言を貫くというより、事実として知らない様子である。

 知っているけど黙っているのではなく、知らないから話すことがない。

 

 メンバー入りした頃に、おっさんもフルゴウルから割と詰められていた。

 因縁があるのは間違いない。カゲルギ=テイルズ世界でのおっさんはきっとまともな存在じゃない。

 だいたいのソシャゲにおいて、チュートリアルキャラやマスコットは不可思議で異様で例外的で危険で、ある種のラスボス的な存在だ。

 なんならガチャで金をむしり取ってくる代表格なのでユーザーからも怖れられている。

 

「……いえ、実は僕も元がどんな人物なのかは知らないんですが、今の彼はかつての人物とは中身が違います。今は筋肉を愛するうさんくさいおっさんです」

 

 木村は言い切ったが、これは説明になっているのかと心の内で自問自答してしまう。

 フォローされた側のおっさんも謎のマッスルポーズをしてみせた。

 

「私の知っている人物は少なくとも人間でしたから、今のあなたがそうであればそうなのでしょう。良いのではないですか」

 

 背の高い女性も微笑んでヅラウィを見る。

 そこまできて、ヅラウィが再度、木村を振り返った。

 

 ヅラウィの顔は晴れやかである。

 雲一つない晴天のごとく澄み切っていた。

 

「私としても彼の残した債務を果たすのであれば、是非はございません」

 

 ヅラウィはあっさりと賛成を示す。

 物事がうまくいかないのも嫌になるが、うまくいきすぎるのもかえって怖くなる。

 木村は不安の中にいた。あまりにもすんなりと認められてしまった。

 特に裏はないのだが、疑念を抱いてしまっている。

 クソイベ連発の弊害とも言えた。

 

「キィムラァ殿、この都の名前をお教えくださいませんか?」

「ドライゲンです」

 

 ヅラウィは反芻するように「ドライゲン」と口にする。

 目を閉じて口の中に残る響きを味わっているかのようであった。

 

「それではみなさま。ヅラウィ曲芸団、ドライゲン公演をさっそく始めると致しましょう。第一幕のご観覧は二名と、弊団の公演観客数でもかつてないほどの少なさでございます。しかしながら弊団の曲芸は数に左右されるものではございません。むしろ冴え渡るほどでございます。どうかお二方もご安心を。――それでは弊団の曲芸を心ゆくまでご堪能ください。エフィ」

「はいきた!」

 

 小柄な少年が元気よく返事をした。

 だぶついていたフードを手にかけて、少年は大振りで投げ捨てる。

 投げ捨てたフードが木村の視界を遮って大きく空中を舞い、高く広く空を闇に覆っていく。

 

「…………え?」

 

 木村は意味がわからなかった。

 周囲に建物はある。彼が踏んでいるのも地面で間違いない。

 創竜の爆発でくぼんだ地面もそのままだ。間違いなくここは屋外だった。

 

 それなのに今は天井だけでなく壁もできている。

 街を天幕が覆い、太陽は見えていない。

 

 薄暗い暗闇が周囲を覆い、遠くの景色はよく見えない。

 先ほどまでそこにいたはずのヅラウィ曲芸団の姿すら消え去っていた。

 

「魔法?」

 

 木村は自らの口に出てきた疑問に呆れてしまう。

 魔法以外にはあり得ない。しかし、火が出たり、筺が出たり、毒が出たりという派手派手しい打ち倒す現象ではない。

 位置を移動したりという目的のはっきりした現象でもない。

 

 とにかく何なのかかがわかりづらい。

 何を目的としているのか、手段も結果もまるでわからない不可思議な代物。

 今まで見たどの魔法よりも魔法らしさがある。魔法ではあるが魔法の限界を超えているのではないかと思われる芸当だ。

 

 地球での曲芸が肉体の限界を超越した地点にあるとすれば、魔法世界での曲芸はいったいどこにあるのか。

 クラークの三法則で「十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない」とある。

 

 それでは、――十分に発達した魔法技術が行き着く先はいったいどこなのか?

 

 一つの答えを示すように天井から伸びる光が一カ所を照らした。

 光の柱の中にいるのは、ドライゲンだけでなくカゲルギ=テイルズ世界のカスィミウ神都も養鶏場に変えた元凶である。

 

 創竜をして「絶対に勝てない」と言わしめる超堕天使のような最悪で災厄の鶏だ。

 鶏は真っ白と真っ黒の両極端な翼を広げ、グラデーションかかった羽根を周囲にまき散らしている。

 暗い中で降り注ぐ光る羽根は幻想的ではある。冬場に見られるイルミネーションのようだが、こんなイルミネーションは嫌だ。

 

 鶏に対する答えのように、もう一つの光が天井から降りてくる。

 闇を切り裂く光は恐ろしいほどゆっくりと下へ下へと降りてきてようやく地上を照らした。

 

 光の中心に立っていたのヅラウィである。

 頭にはヅラウィを被り、鶏の円環と同様にうっすらとグラデーションがかかっている。

 服装はぴっちりした半袖に長ズボンと軽装であり、手には何ももっていない。

 

 ヅラウィが落ちてくる羽根を一枚つまんだ。

 木村の焦りは意味がなかった。ヅラウィが変化することはない。

 彼はつまんだ羽根を彼の前方にひらりと投げる。その羽根はひらりと落ちていき、しかし、彼の膝付近の高さで止まった。

 

 ヅラウィが宙で止まった羽根に足を乗せる。

 宙に浮かんだ羽根一枚で彼は空中に浮かんでいた。

 ひどくバランスの悪い体勢のまま、さらにまた羽根を一枚掴んで宙に投げる。

 またしても宙で止まった羽根の上にヅラウィは上る。

 

 非常にゆっくりとした動作で上へ向かう。

 焦れったい速度に敵対する堕天使鶏が痺れを切らした。

 今までは全体にまんべんなく羽根を落としていたが、羽根を固めて槍のように飛ばす。

 

「えっ……、わっ、わぁ」

 

 ヅラウィは魔法で避けるかずらすものだと思っていたが、普通に体をよじってよけるだけだ。

 踏んでいた羽根からバランスを崩し、空から落ちかける。

 見ていて非常に危なっかしい。

 

 落ちかけたところで舞っていた羽根に手を伸ばし、指でつまんで羽根にぶら下がっている。

 どうやって羽根を固定しているのかわからない上に、そもそもなぜ羽根を触っても大丈夫なのかすらわからない。

 

 ぶら下がるヅラウィに堕天使鶏が容赦なく追撃を加えてくる。

 高い空から一方的に槍のように羽根を打ちつける。

 

 ヅラウィはなんとか避けていたが、徐々に下へ下へと降りて来てしまった。

 とうとう地面に降り立ち、スタート地点に戻ってしまう。

 

 地上に降り立っても尖った羽根や津波のように押し迫る羽根を避けている。

 ギリギリに見える一方で余裕そうにも見える。

 

 わざとらしさを木村は感じた。

 演技らしさというべきか。本当はどうにかできるが苦戦している振りをしている。

 しかし、どこまでが演技なのかがわからない。実際に当たればタダでは済まないことは間違いないはずだ。

 

「……時間稼ぎ?」

 

 どうやって倒すかの調査中か。

 それともすでに倒す手段を見つけて仕込みをしているのか。

 木村とゲーミングアコニトが白と黒の鶏を倒した時のように、住民鶏を投げつけるつもりだろうか。

 

「あ」

 

 木村も気づいた。

 先ほどまで溢れかえるほどいた住民鶏が姿を消している。

 やはり仕込みをしていた。しかも堕天使鶏は攻撃に夢中で気づいていない。

 

 ヅラウィが羽根の攻撃を躱し、姿をくらませた。

 天からの光も彷徨い、堕天使鶏もヅラウィを完全に見失っていた。

 木村も天からわざわざ光を落としていたのは、この光でヅラウィの位置を追わせるためだと気づく。

 

 この光こそがミスリード。

 本体は今頃、堕天使鶏へと近づいているはずと木村は予測した。

 

 天から降りる光がフッと消える。

 そして、一瞬の後にまたしても天から光が降りた。

 今度は焦れったいほどのゆっくりしたものではない。一瞬でその位置を照らす。

 

「やっぱり」

 

 位置は城の頂上部。

 堕天使鶏が飛んでいるすぐそばだった。

 余裕をこいていた堕天使鶏もわずかに焦りが見られた。

 木村は自らの思惑が当たっていて嬉しい。

 

 鶏が羽根を爆発的に増やし、鞭と化した羽根でヅラウィをなぎ払う。

 ヅラウィはその羽根を城から飛び降りて躱す。

 

 落ちると思われたヅラウィは空中で止まった。

 その足下には大量の鶏がいる。

 

 ドライゲン中の鶏を集めてきたのではないかと思うほどの鶏が山となって足場を築いていた。

 その山は盛り上がっていき、ヅラウィを堕天使鶏と同じ高さまでせり上げる。

 

 堕天使鶏は羽根を投げつけるのだが、住民鶏の鉄壁防御に阻まれてしまう。

 鶏の山がさらに増大し、ヅラウィはさらに高くなり、いよいよ堕天使鶏の高さを超える。

 

 住民鶏の山がゆっくりと動き、堕天使鶏に迫る。

 無数の住民鶏の山が、堕天使鶏を飲み込むようであった。

 

 堕天使鶏も逃げようとしたが、津波に飲まれるようにして住民鶏たちに圧し潰された。

 絶対的な権力を相手に、物量で圧し潰す市民革命である。

 山は崩れたが空に堕天使鶏はいない。

 空の支配者は消え去った。

 

 崩れた鶏の波が木村の直前まで押し迫り、ようやく止まった。

 一匹の鶏がコケと鶏の足をつつく。

 

「やった?」

 

 木村は先走って呟いた。

 行方をくらました敵を前にして言っちゃいけないやつである。

 前例を合わせて考えれば、住民鶏がまだ鶏の姿をしている時点で倒して(やって)ないのだ。

 

 鶏の波がまた流れてきて、その中に見覚えのあるカツラがあった。

 しかも見たくない形でカツラを見てしまった。

 

「鶏がカツラを被ってる」

 

 言葉どおりである。

 まるでヅラウィ団長がそのまま鶏になってしまったかのようだ。

 

 鶏の波が崩れ、その中から円環を携えた鶏が現れる。

 塵芥のような鶏の波を割り、標的である堕天使鶏が姿を現した。

 

 木村は円環を持った白黒鶏を堕天使と称した。

 ――であれば、彼は考えるべきだった。堕天使は地獄たる地上に堕ちてからが本番なのだと。

 

 堕天使鶏の円環が高速で回転し、グラデーションの光も強くなる。

 白黒鶏が地上を歩き出した。鶏の動き始めの場所に堕天使鶏が残る。残像のようである。

 その残った像も本体とは別の動きを始める。

 

「……ぶ、分裂。まさか」

 

 木村の腕に鳥肌が立った。

 特殊イベント戦で忘れていたが、人類どころか宇宙すらも巻き込みかねない災厄の敵がすでにいたのである。

 

 ――増殖ひよこである。

 

 増殖ひよこは逃げるだけだった。

 防御は攻撃力無視だったが多段攻撃で倒すことができた。

 それにドライゲンの都が滅びた時はおそらくタイムアップで終了しただろう。

 

 しかしながら、この増殖堕天使鶏は違う。

 今も羽根をまき散らし、周囲に潜むヅラウィ曲芸団員を攻撃している。

 防御はもはや無敵と言って良い。住民鶏以外の攻撃は反発と無効化で防いでいる。

 なによりも良くないのが時間制限がない。増え続ける。ゲームの敵を参考にした創竜の作品だ。

 ドライゲンの都が滅びるだけでは止まらない。どこまでも増え続け、自らの存在で都どころか世界を圧し潰す。

 

 宙に止まっていた羽根が落ちた。

 統制が効いていた鶏が、元のランダムな動きを始めた。

 一つずつヅラウィ曲芸団員がおこなっていたであろう芸の痕跡が消えていく。

 

「……ど、どうしよう?」

 

 さすがの木村も慌てる。

 これはドライゲンの危機どころか世界の危機だ。

 助けを求めて隣のおっさんを見たところで天から降りていたスポットライトも消えた。

 

「え?」

 

 木村の疑問符は光が消えたことへの疑問ではない。

 光が消える直前に見たおっさんの顔への疑問であった。

 彼はただ空を見ていた。今回の場合では天井たる天幕である。

 空を見るおっさんの横顔はいつもとはやや違っている。木村はこの横顔を覚えていた。

 

 木村も暗闇の中でおっさんが見ていたものを見ようとしたが、暗いだけで何も見えない。

 暗転した世界を無数のグラデーションがかった光輪が動き回っている。

 姿の見えない無数の堕天使鶏が闊歩する地獄だ。

 

 ついに天幕が千切れ始めた。暗い世界に光が射し込んでくる。

 地獄に落ちる光は、過去に本で読んだ蜘蛛の糸のようにか細く、されど希望がこもっている。

 希望は木村だけでなく堕天使鶏にとっても同じである。堕天使鶏が狭いドライゲンの都からより広い世界へ飛び立つ希望の光。人類にとっての絶望である。

 

 天幕にヒビが入り崩れ落ちる。

 木村はその光景に違和感を持った。天幕は布のようなものだと思っていた。

 しかし、今の崩れ方はまるで建物の天井のように硬質なものが崩れ落ちているように見えた。

 さらに言えば、ヒビが入った時に何かの衝撃が加えられていた気がした。

 

「うわっ!」

 

 ガンッと衝撃が走る。

 やはり木村の気のせいではなかった。

 天幕に穴が空いているが、それは内側ではなく外側から大きなものにより貫かれたためだ。

 石器のように尖った物体が天幕を貫き、隙間から太陽が見える。それも一瞬で何かに遮られた。

 

 薄暗い中、巨大な二重の円が映る。

 内側は黒く塗りつぶされ、内側と外側の円の間は黄色みがかっており、黒い線が何本も見えた。

 内側の円が上下左右に動き、その円が何かを木村は察した。

 

「……目?」

 

 二重の円が穴から消え去り、さらに衝撃が数度加えられる。

 天幕は砕け散り、天幕の裂け目はまるで卵の殻が割られたようでもある。

 世界が一気に広がり、木村は自身の推測が正しかったと悟る。

 

 広がった空に鶏がいた。

 巨大な鶏だ。黄色く尖った嘴、燃えるようなトサカ、まん丸の目。

 木村にとってはここ最近で見慣れてきて、もう見たくもない存在に格上げされつつある鶏がドアップで空を占領していた。

 

 以前にもこれと似たようなものを見たことを木村は思い出した。

 冥府での冥竜を倒す時にテュッポが見せた、スペシャルスキルがこれと似たような感覚だった。

 おっさんの横顔もその時と同じものであった。

 

 首を伸ばした鶏が建物のすぐそばまで迫る。

 嘴を上手に使い、巨大鶏は増殖堕天使鶏をつまんだ。そのまま首を起こして飲み込む。

 夢ではない、幻でもない、この巨大な鶏は存在している。そして、木村たちが今いる場所はおそらく孵ったばかりの卵の中だ。

 卵の中にいる増殖堕天使鶏(異物)をまるで虫の如く巨大鶏が食べている。

 次から次へと堕天使鶏が巨大鶏の嘴の餌食となった。

 羽根で攻撃するがまるで意味がない。

 

「魔法じゃない?」

 

 木村は自らの口に出てきた疑問に呆れてしまう。

 ヅラウィと堕天使鶏の戦闘当初の疑問がまたしても出てきた。

 魔法じゃないわけがない。魔法以外にはあり得ない。これは間違いなく魔法だ。

 

 テュッポ然り、ヅラウィ曲芸団然り、彼らが真の力やら曲芸というものが何か?

 十分に発達した魔法技術が行き着く先はいったいどこなのか?

 これの答えに木村は到達した。

 

 一つの世界の構築だ、と。

 

 まるで漫画やゲームの話のようだがそのとおり。ここは魔法が飛び交う世界なのである。

 そのお伽噺の世界の中ですら、部分的に歪めて異質な空間を作り出すことこそが魔法の限界の先にあることだと木村は到達した。

 

 ウィルが魔法の特訓で、自らの体の認識を外側へと広げていた。

 あの時から木村はぼんやりと考えていたが、今この時になって魔法の真髄に確かに達したのである。

 魔法を自らの力としては一切使えず、魔力すら認識できない存在であるが故の直感。普通の魔法使いなら阿呆らしいと一笑に付されるに違いない。

 

 限界を突破した魔法は空間という概念を塗りつぶし、現世界のさらに上の次元になり得る。

 現実世界を浸食することで、既存の魔法を上書きしている。

 堕天使鶏の斥力、不干渉などないに等しい。

 巨大鶏の前ではただの餌。

 

 堕天使鶏が為す術なく逃げ惑う。

 最後の一体とみられる堕天使鶏が鳴いた。

 

 コケコッコー

 

 木村は思い起こす。

 鳴き声は必ずしも終わりとは限らない。

 先ほどのように新たな生命の誕生の可能性もある。

 いちおう警戒はしているが、さほど次があるとは思っていない。

 

 木村の気のせいかもしれないが鳴き声は悲壮感に満ちていた。

 助けて欲しいという気持ちすら感じた。

 だが、助ける者はいない。

 

 鳴いた堕天使鶏は、抵抗むなしく巨大鶏の嘴につままれ消えた。

 

 堕天使鶏の鳴き声が示していたものはきっと産声などではなく、ドライゲンの都の住人が味わったものと同じだろう。

 

 全て平らげたのか鶏が首を引っ込めて姿を消した。

 都を覆っていた天幕も消えていく。

 

「ご堪能いただけましたかな」

 

 背後から声が聞こえた。

 木村は振り返るが、そこに人はいない。

 派手なカツラを被った鶏がコケと鳴いただけである。

 

 聞こえた声は錯覚ではないと木村は理解した。

 彼の名前を呼ぼうとか、伝えようとしていた感想を言おうとか、いくつもの感謝の言葉が頭の中に数多く浮かんでくるのだがなかなか口に出せない。

 どこから言葉にすれば良いのかがわからず、脳内も舌も完全に錯綜していた。

 言語化することもできず、木村はただただ手を打ち合わせた。

 

 木村一人の拍手が広い都に乾いた音を響かせる。

 

 すぐに彼の拍手を追うようにおっさんも隣から手を打つ。

 

 やがて鶏だった人たちも元の人間に戻っていく。

 彼らは過去の記憶と今の光景の差に驚くが、やがて助かった喜びを表すため木村たちを倣い、彼らもまた手を叩き始めた。

 

 最後の一匹であったヅラウィが鶏から人に戻る。

 カツラは自然な様子で頭に被られており、彼の顔に驚きや戸惑いはない。

 

 至極当然といった風貌で、涼やかな顔のまま人々に恭しく一礼をおこなう。

 

 都の人々は彼が誰かを知っていた。

 そして、誰が自分たちを鶏の脅威から救ったのかも認識した。

 正確には間違っている認識なのだが、おおよそ正しい。どちらもヅラウィだ。

 

 

 

 今一度、万雷の拍手がドライゲンに鳴り響き、本シナリオはエンディングを終えた。

 

 

 

 

117.イベント「私のカツラを知らないか?」後日譚

 

 十四日間のイベントが終わった。

 

 エンディングから一夜明けたが、ヅラウィ曲芸団がまだドライゲンに残っている。

 木村は今までの経験から、エンディング終了とともに彼らは消えるのではと考えていたが違っていた。 彼らは郊外にて天幕を張り、さっそく公演を始めた。エンディング後に消えていないのは、カゲルギ=テイルズ世界が異世界に近づいている影響かもしれない。あるいはイベント後のアイテム交換猶予期間からか。

 なお、彼らの昨日の活躍もアルマークにより公言されたため、初日から公演は盛況のようである。

 

 人が郊外へ流れている間に、都では昨日までの討滅クエスト及び最終決戦の被害状況の収拾が行われている。

 木村もヅラウィ曲芸団の公演には興味があるのだが、昨日からの被害調査や状況報告でロクに休みも取れておらず、出向く気力がまるで湧かない。

 

 とりわけ状況報告は木村を非常に疲れさせた。

 問題を起こした創竜の行方不明、住民が鶏化している間のヅラウィ曲芸団登場、さらに増殖堕天使鶏の撃破と報告事項は枚挙に暇がない。

 上記の部分はカクレガのサポートメンバーでも一定の把握をしているが、事象の巻き戻し中の出来事は木村とおっさん、あと創竜以外の記憶に残っていないため全て木村が報告することになった。

 彼も報告に慣れていないため事実と意見がごちゃごちゃ混ざり、その分離で余計に時間と手間、労力を取られた。

 

 翌日の昼になってようやく各方面のしがらみから解放され、都の喫茶店でお茶を飲んでいるというわけである。

 ちょうど一週間ほど前にヅラウィと話をした露天スペースである。特殊イベントの開始を告げられたいろいろと因縁のあるテーブルでもあった。

 木村としてはカクレガの自室で寝ていたいのだが、ウィルやフルゴウルが外に出たいと言うので、彼も付き合って外に出てきていた。半ば強制である。ただし別行動なのが救いだ。

 ウィルはヅラウィ曲芸団の芸が気になるようでさっそく初公演に見物しにいった。すでに一度見終わり、今は二周目に入っているはずである。魔法の技術を盗むと張り切っていた。

 フルゴウルはアルマークらと初公演を見た後は、城に行って調査やら報告をまとめている。異世界での暗躍をすでに始めていると木村は見ているが、特に制限をかけるつもりもない。

 

 そういったわけで残りの一人とここにいた。

 アコニトだ。廊下で出会ったら、勝手についてきた。

 彼女は椅子に腰掛け、ふごふご涎を流して寝ている。なぜ来たのか木村はわからない。

 カクレガで寝ていては駄目だったのか? 起きても、寝ていても、トンでいても面倒な存在である。

 

 

 イベントが終わりヅラウィ曲芸団は残ったが、逆に残らなかったものもある。

 解除できない禿げ効果がようやく消え去った。イベント当初に街中の住民から抜け落ちた髪が一夜にして元に戻った。

 街の人やアコニトは喜んでいるが、地味に恐ろしい現象ではないかと木村は考えてならない。

 毛根からにょきにょきと伸びるシーンを想像すれば気持ち悪さすらある。

 

「やあやあ! 大変だったねぇ!」

 

 木村がまどろみかけたところで元気な声に意識を起こされた。

 声の主は同じテーブルの空いた席に座る。

 元凶その一の創竜である。

 

 おっさんは無言。

 目を合わせようともしない。

 アコニトは一瞬だけ目を開いたがまたすぐに寝た。

 木村も無視して寝ようとしたが、創竜がまたべらべらと一人で喋り始める。

 

「ん? 反応が薄いね? ねぇねぇ、どうしたの?」

 

 どうもこうもだいたい創竜(こいつ)のせいである。

 このままうるさい声で喋られてもうっとうしいので、木村もあからさまにため息を吐いてから対応することにした。

 

「もしかして僕を爆破したことを気に病んでる? 気にしなくていいよ」

 

 そういえば無理矢理ジャンプさせて爆破させたな、と木村も思い出した。

 言われて思い出す程度にはどうでもよく、完全に忘れていた。思い出してもまったく気に病まない。

 言及されても「どうせすぐに創り直すんでしょ」と開き直るくらいに割り切っている。

 それでもいちおう彼は創竜の言葉について気になったところを尋ねる。

 

「僕は気にしていないんですけど、気にしなくても良いんですか?」

「正直だね。――この体も創りものだよ。僕はね。にぃにぃみたいに芸術品を創ってるわけじゃないんだ。使われないものほど益のないものはないよ。うまく使うってならそれに越したことはないね。ま、創ること自体が目的になることも多々あるけどねー」

 

 創竜はその名のとおり創る過程には強いこだわりがある。

 加えて、創られたものへの利用に関しても創る過程ほどではないにせよこだわりがあった。

 周囲としてはたいへん迷惑な話であるが、一部の創作品は口に出したくはないが利用価値が認められる。

 

「そういえば、あの折れた剣はこっちで預かってますけど返しましょうか?」

 

 木村も創竜と話していて思い出した。もしかしてあの伝説の剣とやらを回収しに来たのか。

 事象の巻き戻し中にもらった、ひび割れ折れてさえいるやたらよく斬れる伝説の剣がカクレガに残っている。

 見た目にさえ目を瞑ればすごく斬れるので使いどころがありそうではある。

 

「ん? ああ、あれね。あげるよ。このあたりで僕も未練を断ち切ろうかな」

「未練?」

「あの剣はね。とっても思い出深いんだ。言わなかったっけ? 歴史の転換点である人物に使わせたって」

「そういえば聞いたような。……有名人なんですっけ?」

「そうそう。エルメラルダね。ついでに言えば、彼のためだけに創った一点ものでもあるんだよ。わかるかな? この僕が、ただ一人の人間のために適合する武器を創ることなんて滅多にないよ」

 

 木村に言わせれば「そんなの知らんがな」で終わる話である。

 創竜も無邪気の中に、どこか過去を思い起こす哀愁らしきものを感じさせていた。

 

「大切なもののように思えますが、本当にもらってしまって良いんですか? 返しますよ」

「もう死んじゃってるからね。誰かがうまく使えるかもってずっと持ってたんだけど、たぶんもう現れない。後は君たちで探してみて」

「いや、そんなこと言われずに。返しますって」

 

 木村としても因縁じみた武器が欲しいわけではない。

 そもそも使えるキャラがほぼいない。専用武器の方が効果が大きい。

 

「僕の傑作が要らないって言うのか! あの“伝説の折れた剣”が本来の使われ方をするところを見てないから『返す』なんて言葉が軽々とでちゃうんだよ!」

 

 とうとうキレ始めた。

 木村としても相手をするのが疲れる。

 上空にジャンプさせて爆発させたい気持ちが抑えられそうにない。

 

「エルメラルダがアオポンを竜巻ごと真っ二つにしたところとか最高だったんだぞ! 僕も思わず両手を叩いて、抱きついちゃったくらいだよ! くーちゃんも知ってるでしょ!」

 

 おっさんが何かに気づいたような顔をした。

 ようやく声を出す。

 

「エルメラルダがどのエルメラルダかようやく一致したぞ。だが、その名は歴史とは合致していないな」

「歴史と事実は違うよ。彼が何者かは知ってる奴だけがちゃんと知ってれば良いんだよ。知らない奴は名前だけありがたがく拝んでおけば良い。歴史家やら評論家気取りはね」

 

 木村には話の内容が理解できていない。

 この創竜はなぜか同族を変な名前で呼んでいることは知っている。

 そこからわかったこととしては、そのエルメラルダなる人物がアオポン――おそらく青竜を斬ったであろうということだ。

 かなりの業物であることは木村も認める。

 

「でも、使える人がいないんですよね」

「そうなんだよね。もうとっくに死んじゃってるから。もったいない話だよ。エルメラルダの前だと黎燦国の魔道士だって袈裟斬りで、」

「ところで、創竜さんは何をしに来たんですか?」

 

 話が長くなってきたので木村は流れを切った。

 この創竜は自身の好きな話だとどこまでも話が尽きないタイプだ。

 カクレガにも一部いる。普段は世間話の表層がやっとなのに、好きなことになるといつまでも話す人種が。

 暇な時であれば、割と楽しく聞けるのだが今はきつかった。

 わざわざ話しかけた目的を聞いておきたい。

 

「何しにって……、話すのに目的いる? 君、友達少ないでしょ。でも、そうだね、まぁ、うーん、強いて言うなら暇つぶし?」

「もう消えてください。上空にジャンプさせて花火にしますよ」

「それも良いね!」

「良くないです」

「あ、そうだ! 僕も公演を見てこよう! またねー!」

 

 創竜は笑って消えていった。

 いきなり現れて、いきなり去っていく。

 木村はもう二度と会いたくない。自分勝手の権化のような存在だ。

 

「うるさいぞぉ。べちゃくちゃと」

 

 自分勝手の権化の双璧が目を覚ました。

 来ないでと言ったのに、勝手に付いてきておいてこの言い草である。

 おっさんの機嫌がもう少し悪ければ確実に処理されている。今は創竜がいなくなって機嫌が良いのが幸いした。

 

「かぁー。まったく最近の坊やは静かに茶も飲めんのかぁ」

 

 木村も危うく召喚者スキルメニューを開きかけた。

 アコニトは口にカップを付け、老人のように飲みもので口をゆすいでいる。

 彼女のその仕草を見て木村は情けなくなり、苛立ちもかすれてどこかに散らばってしまう。

 

「いぃーい天気だぁ。こんな日はゆっくり寝るのがいいぞぉ」

 

 アコニトは軽く伸びをして、また目を閉じて寝てしまう。

 こんな日どころか彼女は毎日だらだら寝ている。

 木村も起きているのが馬鹿らしくなってきた。

 

 道行く人は昨日までのイベントをさも知っているふうに話している。

 他のテーブルについている人たちも、ヅラウィ曲芸団の公演をいつ見に行くか相談していた。

 兵士たちは被害の調査で忙しそうに動いているが、その動きに緊張は見られない。手にするのも剣や槍ではなく、記録するための紙とペンだ。

 

 昨日までの嫌な喧噪はすでにない。

 ドライゲンには日常が戻った。

 

 だが、その穏やかな日常も約半年で終わる。

 サ終がやってくるのだ。

 

 運命を知らず明日のことを楽しげに話すものたちがいれば、運命を知って躍起に変えようとしているものたちもいる。

 木村は前者なのか後者なのか立ち位置が曖昧だ。

 彼はいつも曖昧だった。

 

 決意をすべきと女神は告げた。

 何を犠牲にすべきかも表向きは告げた。

 しかし、木村は犠牲にすべきモノを認められそうにない。

 

 このまま指をくわえて滅びを見つめるか?

 ――嫌だ。昨日までの戦いが意味のないものとなってしまう。

 

 この世界の人間を犠牲にするか?

 ――嫌である。彼らは懸命に彼らの時間を生きている。

 

 カゲルギ=テイルズ世界の人間を犠牲にするか?

 ――これもやはり嫌である。出会った人物に問題があるものは多いが、彼らに魅力を感じている。一緒に話していると楽しい。

 

 それではカゲルギ=テイルズ世界の神々を犠牲にするか?

 ――ありかもしれない。彼らは傲慢で、力も人と比べれば圧倒的で危険だ。しかし、話せばわかる神もいるかもしれない。なにより目の前でうとうとしている存在もまた、その神そのものである。うざったいとは思えども、世界から消え去って欲しいとは思えない。

 

 残る候補はこの世界の竜である。彼らなら犠牲にしても良いのか?

 ――竜によるだろう。悪い竜ばかりではなかった。赤竜は少なくとも人と友好的だった。どれも思考がぶっ飛んでいるものが多い印象だが、それは一つの魅力でもある。犠牲にして良いものなのだろうか。

 

 考えはまとまらない。答えは出ない。

 誰も彼もに魅力があり、犠牲にして良いと思えるものがない。

 彼らも彼らの生きている世界がしかとある。それを木村の判断で犠牲にして良いと思うほど傲慢ではない。

 

 ここ三日はこのことばかりが暇な時に頭に出てきて嫌になってくる。

 やはりアコニトの言うように、こんな天気の良い日は頭を空っぽにして寝るのが良さそうだ。

 

 木村はテーブルの上に置かれていた自らのカップに手を付ける。

 カップの中で液体が波打った。

 

「……あ」

 

 口を付けて、ふと何気なしに目を落とす。

 そして、木村は一つの答えに気がついてしまった。

 

 カップの水面に求めた答えが映し出されている。

 

 世界にとっての異物で、日々を中途半端に生きる存在。

 女神はその存在に力があると言った。

 この存在であれば――。

 

 木村はすぐに目を閉じた。

 達した答えを忘れるためか、目を逸らすためかはわからない。

 

 木村が目を閉じると、アコニトが目を開いて彼の顔を見る。

 彼女は何も言わずにまたすぐ目を閉じた。

 

 おっさんは目を閉じた二人を見ていた。

 彼もまた何も言わない。目も閉じず、最後まで眠ることはない。

 

 

 

 サービス開始から半年を迎えるが、チュートリアルはいまだ終わらないのである。

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