添え木の人   作:散髪どっこいしょ野郎

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添え木の人

 

 

「あー……イテテテ……」

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

 

日本ウマ娘トレーニングセンター学園、図書室内。いつもなら規則正しく整理されている筈の本棚が、今は酷く散らかってしまっている。

 

バラバラに積まれた本の山、その中心に倒れているのが彼だった。

 

 

「ごめんなさい……私のせいで……」

 

「だいじょぶだいじょぶ。どこも怪我なんてしてないし──ほら、それより早く片付けようぜ。図書委員が来るとヤバいぞー」

 

「…………」

 

 

何故この状況に至ったのか。

 

それは彼女──以降ウマ娘Aと表記──が、読み終わった本を棚に返そうとした際のことである。

 

ウマ娘Aの身長は平均的な女子学生のそれをやや下回り、本棚の最上段まで手を伸ばすには脚立を用いざるを得なかった。

 

 

『よい、しょっ……』

 

 

普段使用することのない為か彼女の立ち方は不安定なものとなりさらには無理矢理背伸びをしたことで体幹バランスも大きく崩れ──

 

 

『あっ……!』

 

 

案の定転倒してしまう。

 

運の悪いことに図書委員は出払っている。このままではウマ娘Aの体は地面に投げ出され、上から降ってきた数冊の本の下敷きになってしまうだろう。

 

いくらウマ娘の肉体が人間より強靱とはいえ怪我が発生しないという絶対条件にはなり得ない。

 

加えて頭部、脳への損傷はどれだけ低い位置から転倒したとしても油断ならない。現にスポーツ以外にも日常生活で転んだ()()で、脳震盪を起こしたという事例が存在する程なのだから。

 

 

『うおおおおっ!』

 

 

彼女を助けたのはどこからかやってきた男だった。図書室にはつい先程まで彼女以外誰もいなかった筈。一体何故、と思う間もなく時は流れていく。

 

ウマ娘Aの体を器用に支えながら横へ移動させ本を背に受ける。成人男性といえど突然の衝撃と女子学生の体重には耐えきれず、彼女を傷つけないようにして倒れ込むのが精一杯だった。

 

 

─────────────────────

 

 

「────よし、これで終わりだな」

 

「ありがとうございました」

 

 

散らばったものを拾い集め終わり、ウマ娘Aは座ったままの彼に謝辞を述べる。

 

そう、拾い集め終わった。だというのに彼は一向に立ち上がろうとしなかった。

 

 

「あの……本当に大丈夫ですか?保健室まで運んでいきましょうか……?」

 

「ああいや、これは……あー、悪い、『それ』拾ってくれないか」

 

「────え」

 

 

そこでようやく、ウマ娘Aは地面にうち捨てられた松葉杖を確認した。

 

 

────────────────────

 

 

「本当に、ありがとうございました」

 

「ん。次は気ィ付けろよー」

 

 

再三再四懇切丁寧に礼を言うウマ娘Aに軽く手を掲げてから松葉杖を突いて歩き出す男。その歩調は慣れたものであり、日常的に使用しているかのようなスムーズさを思わせる。が、

 

実際には急いでいた。図書室に寄ったことで規定の時間はあっという間に迫り、本来であれば悠長に返事を返す余裕も無い。

 

 

「……ミーティング、間に合わねェかなぁ……」

 

 

そう独り言ちながら歩調を早めていく男。

 

彼は、トレーナーだった。

 

 

────────────────────

 

 

「すいませ~ん、遅れちまったっすかね~……」

 

「……来たか。とりあえず仔細はこの資料を読んで確認してくれ」

 

「お、こいつはどうも……」

 

 

トレーナーとは思えないほど間延びした謝罪を述べながら入室する彼。規定時刻を過ぎているのにも関わらず、咎める者はいなかった。

 

現在彼らトレーナーや教職員は来たる秋のファン大感謝祭、別名聖蹄祭に向けての準備や予定といった諸々についての打ち合わせを行っている。

 

 

話は変わるがこの場にいるトレーナー達は皆エリートと言って差し支えない程の精鋭である。

 

トレーナーになる、さらにこの「中央」のトレーナー資格を取得するということは並大抵の努力で成し遂げられるものではない。

 

年によっては合格者すら出ない、某難関大学受験と同等と噂される程の狭き門をくぐり抜けた才人。それが彼らだ。

 

当然、松葉杖を横に掛け資料を眺めながら四苦八苦している彼もその筈なのだが……。

 

 

「君、大丈夫?話についていけてる?」

 

「………………すいません、ちょっと頭に入りきらんンくて……」

 

「いや、すまない。こちらも性急が過ぎたな。では少しペースを落とそうか。大丈夫だ、焦る必要は無いよ」

 

「どうもすいません……」

 

 

彼にはそこまでの能力が無かった。

 

勿論一般的なトレーナー志望者以上の知見こそあるが高速化するミーティングに途中参加の状態でついて行けるレベルのスペックは無く、ハッキリ言ってしまえば足手まといもいいところだった。

 

 

「────あ、俺ちょっと行ってきます」

 

「……ああ、そうか。よろしく頼むよ」

 

 

かと思えば彼は突如何かを察知したかのように顔を上げた。普通に考えて大事な打ち合わせの最中に何の用事があるのかという話だが、引き止める者はおろか言及する者すらいなかった。

 

 

「詳しい予定は追って伝えるから」

 

「あざーっす」

 

 

松葉杖を突きながら乱雑に部屋を出て行く彼の姿に、一部の者は眉をひそめた。

 

 

────────────────────

 

 

「あっ、いた!今日こそアンタに秘密の魔法を教えてもらうんだから!」

 

「お、魔法少女スイーピーじゃん。悪いんだけど今ちょっと忙しくってさぁ、また今度に──」

 

「やだ!アンタ昨日もそう言ってはぐらかしたじゃない!今日という今日は見せてもらうわよ、アンタの魔法!」

 

「……こいつはまいったな」

 

 

少しハイペース気味で廊下を歩く彼に声をかけたのはトレセン学園中等部生徒、スイープトウショウ。

 

ある日彼女は学園内でまことしやかに囁かれる彼の噂を聞きつけ、それ以降連日突貫を仕掛けていた。

 

 

曰く、彼は幽霊。

 

曰く、彼はただの用務員。

 

曰く、彼は凄腕のトレーナー。

 

曰く、彼はURAのお偉いさん。

 

曰く、彼は余命数ヶ月。

 

曰く、彼は落伍者。

 

曰く、彼は魔法使い。

 

 

「魔法」という単語に強い興味を持つ彼女がそんな彼を見過ごす筈もなく。

 

 

「ねぇどんな魔法なの。やっぱり使い魔を召喚したり……誰でも服従させたり……それとも花を咲かせたり!?ほら早くやってよ。やりなさいよ!はーやーくー!」

 

 

歩調を緩めようとしない彼に付き纏いながら催促を重ねる。対する彼はといえば困ったように笑いながらもどこか焦った様子で両腕と自由の効く右脚を動かしていた。

 

 

「……実はな、俺の魔法は門外不出で誰かに見られるとえらいことになっちまうんだ。もしバレたら俺は……」

 

「……ア、アンタは……?」

 

「……給料が減る」

 

「……!!なによそれ!もう!バカ!」

 

「あっはっはっは。でも他人に見せられないのはホントだぞ」

 

「もういい!知らない!」

 

 

怒って立ち去っていくスイープトウショウの背中を目を向けながら、彼は安堵のため息をついた。

 

 

────────────────────

 

 

聖蹄祭に備え、正門を始めとして学園の至る箇所に飾り付けが行われていた。

 

当然学園野外に備え付けられてあるステージもその例外ではなく。

 

 

「この看板どうするー?」

 

「んー?……ああ、それは……とりあえずそこいらに置いといて」

 

「りょーかーい」

 

 

賓客用に椅子を用意したりだとか、できる限りの箇所に装飾を施したりだとか、とにかく各々が任された仕事をこなしていた。

 

 

「……よし、このぐらいでいいかな」

 

 

そんな中作業に取り組んでいる一人のウマ娘。彼女──以降ウマ娘Bと表記──は舞台上にて床の拭き掃除を行っていた。

 

 

彼女は知らない。

 

自分が位置している場所、その天井部分がピンポイントで老朽化していることを。そして、そこが今にも崩れ落ちようとしていることを。

 

予測できる者などいるわけがない。

 

長年問題なく使用されていた施設、さらに言えばトレセン学園のようなカネのかかっている建物がある日突然部分破損してしまう────そんなことを常日頃考えながら注意を払える者など()はしない。

 

 

しかしどれだけ言い訳を並び立てたところで「それ」はいつか起こりうる現実。そしてその瞬間はもうすぐにやってくる。

 

このままではウマ娘Bは天井の部分崩落に巻き込まれ、決して浅くない衝撃を負ってしまうことだろう。

 

いくら彼女たちウマ娘が優れた身体能力を有していたところで、上空数メートル重量十キログラム以上のプレートによる意識外の打撃を食らおうものなら脳挫傷もあり得る。

 

頭部への衝撃は決して侮ってはならない。それが後頭部であるなら尚更だ。

 

だが、しかし。

 

 

「おーい、そこのきみ~」

 

「、はい?なんですか?」

 

「悪い、ちょぉおっとだけこっち来てくれないか」

 

「? 分かりました……」

 

 

呼びかけに応えウマ娘Bはいったん舞台上を離脱した。

 

 

「私がどうかしましたか?」

 

「……なんて言うかなぁ、別に用はないんだけど……」

 

「………………?」

 

 

ウマ娘Bは目の前の男に僅かばかりの警戒心を抱き始めていた。いくら彼が松葉杖を突いていてあからさまに貧弱そうな風体をしていようと、用もなく呼び止められて疑わないほうが不自然とも言える。

 

 

「あの、用がないなら戻ってもいいですか?私やらなくちゃいけないことがあるので」

 

「あー!いやいやいや、ホントに!マジで、あとちょっとだけ待ってくれ!マジで頼むから!」

 

 

早くもウマ娘Bの中にある猜疑心はピークを迎えかけていた。

 

 

この人はどうして私を呼び止めるんだろう。そもそもこの人は誰なんだろう。思えばこんな時間帯に目的もなく準備中のステージに来るなんて怪しい気が……。

 

 

松葉杖を突いて片足立ちをしているというだけでも大きな特徴ではあるが、生徒たちウマ娘のみならずトレセン学園に勤務する男性もそこそこにいるのでたまにすれ違う程度の彼が覚えられていないのも何らおかしい話ではなかった。

 

そうして彼女が周囲に助けを呼ぶか思考を回し始めた頃に、ようやく舞台上で重い音が鳴った。

 

 

────────────────────

 

 

「────おー。やっぱこうなったか。……たづなさんに報告しとかなくちゃな」

 

「……え、え?な、なに……?」

 

 

ステージ周りは騒然としていた。天井の一部が落ちてきたということで最も近くにいたウマ娘Bを心配する者もいた。

 

聖蹄祭までまだ日は長い。業者に連絡し修理を終えてからでも十分すぎるほどには準備時間があった。

 

 

「ここの処理は用務員さんとか先生とかに任せる(ぶん投げる)から!!とりあえず皆はステージ以外のとこやってくれー!危ないからまだ近づくなよー!!」

 

 

他の部分が崩れる可能性がないというわけもないので、彼は一度彼女らをステージから離すことにした。

 

──そんなことをする必要はない。

 

彼一人だけがその()()を知っていたが、生徒を危険に晒すわけにはいかないという建前上こういった判断を下すのも仕方の無いことではあった。

 

 

「ごめんなー、いきなり時間もらっちまって。もう大丈夫だ、ありがとな」

 

「え、あ、ぅ、はい。ありがとう、ございます……」

 

 

尻すぼみになっていく彼女の礼をしっかり聞き止めてから、彼は場を後にした。

 

 

────────────────────

 

 

「ぐすっ、ひぐっ……!」

 

 

トレセン学園校舎裏。ちょうど影になっているその場所は人影が少なく、故障によって選手生命が危ぶまれた生徒一人が泣くには程よいスペースだった。

 

彼女は有名どころのウマ娘程の人気や能力こそ無かったが、それでも「中央」へ入学した紛れもないエリート。

 

多くのウマ娘にとって夢の舞台であるトゥインクルシリーズにて、そこまで多くの勝ちを拾えたわけではないにしろ着々と力を付け名を上げ始めた頃悲劇は起こった。

 

 

足の骨折である。

 

 

細かい説明は省くが、とにかくその負傷によって彼女は今休養を取ってから無理にでも走るか引退かの瀬戸際に立たされていた。

 

怪我や故障によって道を閉ざされたスポーツ選手は多い。当然ウマ娘もその例を外れなかった。

 

仮に完治したとしても長い療養生活によってブランクを抱え、今まで通りのパフォーマンスを発揮できない事例も数多く存在する。

 

そして現在、校舎裏にて啜り泣く彼女は深刻なレベルの骨折により、完全な絶望の中にいた。

 

 

ここまで、たくさんの努力をしてきた。

 

どうしても勝てなくて泣きながら走った日もあった。トレーナーと意見が衝突し関係性に亀裂が入った日もあった。友達と一緒に日が暮れるまで競い合った日もあった。

 

そうしてやっとの思いで勝ちを掴めるようになったというのに、今はこんな所で蹲って声を上げている。

 

数々の思い出が蘇っては千切れていく。あの汗と涙の日々が全て無駄に──積み上げた努力や記憶が何もかも無駄だったということはあり得ないが少なくとも今の彼女の精神状態ではそう考えてしまうことも無理ない──終わってしまった。

 

そんな悲嘆が胸の内に膨らんでいく。

 

 

どれくらい時間が経っただろうか。泣き腫らし真っ赤になった目を校舎裏(ここ)に来てから初めて上げた彼女は、自身と同じように松葉杖を突く一人の男が歩み寄るのを見た。

 

 

────────────────────

 

 

「……あ、ごめんなさい。すぐに戻ります」

 

 

いつの間にか枯れてしまった声を絞り出しながら逃げるように謝罪する。

 

何処に戻ろうと言うのか。それは彼女自身も知るところではなかった。

 

 

「いい。いいって別に。……ここ落ち着くからなぁ、俺もよく来るぞ。まあ座れって。ほら、(ぬく)いもン持ってきたから、な?」

 

 

差し出された物はコーンポタージュの缶。拒否する気も起こらず、彼女はおずおずと受け取らざるを得なかった。

 

 

「足、どんな状態なんだ?」

 

「────」

 

 

飲み始めたのを見計らってから声をかけられた。

 

ずるい。これじゃ逃げられないじゃん。

 

口の中で毒づきながら彼女はポツリポツリと語り出していく。

 

 

「前から……おかしいなって思ってはいたんですけど……日によって大丈夫かなって時もあって……そしたら……」

 

 

話が進んでいくにつれ声は涙ぐんでいった。あんなに泣いてもまだ瞳は乾いてくれなかった。

 

 

「お医者さん、は……もう、走れないかもって……治ったとしても今までのようにはいかないだろう、って……」

 

 

彼は無表情で静聴していた。哀れむでもなく嘲笑うでもなく。彼女の言葉を自分自身に染み込ませているようにも見えた。

 

 

「わたし……もっと、はしりたかった…………!はしり゛たか゛った゛ぁ゛……!」

 

 

最後になるころには殆ど泣いていた。終いには声も出せない程にしゃくり上げ、激しく息を吸っては吐く。過呼吸三歩手前程には荒い痛哭だった。

 

 

彼女が比較的落ち着きかけてから彼は口を開いた。

 

 

「見せてみ」

 

「……でも……」

 

「だいじょぶだいじょぶ。悪いようにゃしないって」

 

 

言われるまま裾をめくり上げると、包帯を巻かれた脚部が露わになった。

 

 

「…………………………よし、やるか。今から俺がやること、できれば誰にも言わないでくれよ」

 

「…………え?」

 

 

すると彼は突然負傷している箇所に手をかざし集中し始めた。よほど神経を使っているのか、その額に汗が滲み出る。

 

十分弱そうしていただろうか。その間、彼女は不思議となんの不信感も感じていなかった。

 

 

「………………どうだ?足」

 

「──え?」

 

 

何かが終わったのか、手が離れると────足から違和感が消えていた。対する彼はといえば疲労困憊といった様子で地面に尻を付けている。

 

 

「────あれ?なん、で?」

 

「成功ぉ……あー疲れた……」

 

 

彼女は()()()()()()。杖による支えも要らず、両の足でしっかりと大地を踏みつけて。

 

 

「はしれる……走れる!私、走れる!走れてます!」

 

「痛みは?」

 

「ないですっ!!!」

 

 

彼女の高揚も最もだ。諦めかけていたレースが再び可能となったのだ。しかもこれまでと変わらない感覚のまま。これは夢なのかと疑いさえもした。

 

 

「え──なんで、これ、どうして──」

 

「んまぁ……ちょっとした魔法みたいなもンだ。──これでもう、杖は要らないだろ?」

 

「はい……はいっ!どうしよう、なんてお礼を言ったらいいか──」

 

「それよりも早く皆んとこ行ってきな。学生時代ってのは早いぞー。あんま時間無駄にするもんじゃない」

 

「はい、ありっ……!ありがとうございました!」

 

 

この場に来た時とは打って変わった様子で走り去っていく彼女に手を振りながら、彼は呟いた。

 

 

「……頑張れよ」

 

 

小さく、それでも確かな激励の言葉。

 

そこに含められた万感の思いを、はたして彼女は知るだろうか。

 

 

そして校舎裏には彼を残して誰一人いなくなった。

 

彼は思い切り伸びをして誰も来ていないことを確認してから、どこか恐れているように、

 

 

「解除」

 

 

─────────────────────

 

 

「ぐっ、ぐ、ぎ、ああぁあ……!!!!!」

 

 

玉のような汗が次々と滲んでは流れていく。

 

辺りに散らばっている草の葉を口の中に詰め込み必死で押し殺そうとしても尚、声は漏れ出ていた。

 

元々動かない左足が異音と共にあらぬ方向へ捻じ曲がっていく。何かしらの超能力にかけられているかのように無理矢理関節を増やされる。

 

ソレは異形に似ていた。真っ直ぐに据えられていた筈の右足は折れ曲がり捻じり尽くされ稚児の落書きじみた()()()()を形取る。

 

 

「……………、!!!!!!ぐ、あぁあぁああああああっっ!!!!!!!!」

 

 

とうとう耐えきれずに叫び出した。その喚叫はかなりの声量を含んでいたにも関わらず駆け寄ってくる者はいない。

 

そして叫んだからといってその事象は終わらない。相応の苦痛を収めるまで、彼の”魔法”は止まらない。

 

 

「があぁあっ……、ぐ、ぅううぐ……!」

 

 

何方向にも折れ曲がった右足。ようやく変形が終わったかと思うと……

 

 

「………っ!あぐ、あ……………!!」

 

 

またも異音を立てながら今度は元の形に戻り出していた。

 

 

これが彼の力。これが彼の、トレーナーである理由だった。

 

彼がどのような経緯でこの学園に勤めるようになったのかは、当事者である彼と理事長である『秋川やよい』のみ知る話。彼の能力については上記二名に加え一部のトレーナーとウマ娘しか知り得ていない。

 

 

ウマ娘(他者)の危険を察知し、ウマ娘(他者)の怪我を引き受ける能力。

 

ある意味神からの寵愛を受けていたのかもしれない。

 

学園というある程度閉鎖された環境で秘密裏に「将来有望なウマ娘の脚を復活させる」。あまりにも彼女たちの為にうってつけな力だった。

 

病院などで使う道もあるのだろうが、彼の存在を表沙汰にしようものならきっと処理しきれないほどの厄介事……最悪大規模な流血沙汰にも発展していたことだろう。

 

どんな怪我や故障だろうと引き受け、加えて()()()()後遺症も残さない。

 

なんとも神がかった能力のように思えるが、当然力には代償が伴う。

 

骨折や病気などといった、本来持続性の強いものを一瞬にして解消するのであればそれに伴う苦痛は並大抵のものではない。

 

彼の能力、その弱点の一つは引き受けただけの痛みを彼自身が負わなければならないことである。

 

時間さえ経過すれば元に戻るとはいえその艱苦、苦楚は想像を絶する。

 

その度合いは彼にしか計りようのないことだ。それによって彼がどれほど消耗しているか正確に確認できる者はいないというのも悩みどころである。

 

 

もう一つの弱点として、彼の力には回数制限が存在する。

 

彼の体力は当然のこと、疲弊している状態で「発動」しても効果が不完全になってしまうのだ。

 

危険を察知する力自体はいつでも自動的に発動するものの自由に動ける程の余力が無ければそれも意味を無くす。

 

以上の理由から、彼が怪我や傷などを引き受けられるのは三ヶ月に一回が限度となった。

 

(彼が指導者としてそこまで有能でないというのもあるが)「これ」は彼にしかできない役割のため、現在は表向きこそトレーナーではあるが、()()()()()()()()()()()()()担当を持たないトレーナーとして働くこととなっている。

 

 

「…………………、…………」

 

 

荒い息をつきながら元の形に戻った左足を眺め、彼は一度日陰になった芝に背を預けた。

 

 

────────────────────

 

 

「お、やってるやってる」

 

 

空が焦げかかった頃、彼はトレーニング場に足を運んだ。様々なウマ娘が走り、競い合っているのが見える。

 

視線を送っていたのはただ一人。黒鹿毛の長髪をたなびかせ黙々とトレーニングに身を投じているウマ娘だ。

 

こちらの視線を気取ったのか、彼女と一瞬目が合った。

 

コースを一周走り終えるのを待ちながら彼は腰掛ける。あくまでもトレーナーということか、一時たりとも目は外さなかった。

 

走り終えてこちらに駆け寄ってくる彼女に対して先程の消耗が嘘のように朗らかな笑みを投げかけた。

 

 

「よ、ライス」

 

「はぁ…、はぁ……よろしくお願いします、お兄さま!」

 

「こんな芝まみれになるまで自主練してたのか…………っっったく偉いなーお前はー!!頑張り屋だなーライスぅ!!このこの!」

 

「え、えへへ……そうかな……」

 

 

彼の現担当ウマ娘は、ライスシャワー。

 

担当を持たない筈の彼が、何故か熱烈にスカウトを行った二人目。それが彼女だった。

 

デビューは遅れてしまったものの現在彼女は次なるレース、春の天皇賞に向けトレーニングを重ねていた。

 

ライスシャワー自身の素質が非常に優れていたというのもあるが、彼らは今日まで前途多難ありながらもなんとか上手にやってこられていた。

 

 

「──それでね、今日はライスがブルボンさんの代わりに自動販売機さんのボタンを押せたんだ……あっ、あとね、昨日のことなんだけどね、ライスが通っても信号が赤にならなくて──」

 

 

今日は何があったか。何ができたか。嬉しかったこと。悲しかったこと。

 

トレーニングが終了してから門限までの自由時間、そのほんの少しの時間をせめて一緒に分かち合えるように。ライスシャワー、そして彼も、毎日数分ばかりだろうと談笑する時間は必ず取るようにしていた。

 

 

独自の体質や気質からどこか壁を作りがちだった彼女がここまで心を開くのは珍しく、その背景にはスカウトにいたるまでの長い道のりがあったのだが。

 

要因の一つとして、彼と契約してからライスシャワーの身に降りかかる小さな不幸が少なくなったことが挙げられる。

 

彼女は元々不幸を集めやすい体質であり、それに準じて内気で気弱な人格が作り上げられてしまった。のだが、その中には「皆を巻き込みたくない」といった優しさや「変わりたい」という向上心も備わっている。

 

不幸体質はともかくとしてそんな性格も彼女の長所ではあるのだが、デビュー前の彼女は塞ぎ込みがちだったのもありどうしても羽化を望めないままでいた。

 

 

そんなライスシャワーも彼という理解者を持つようになってからは少しずつ彼女の望む形──幸せの青いバラに、変わり出していた。

 

故に彼女は知っていた。

 

いつどんな時もニコニコとした笑顔で彼女の日録を聞いている彼が、時折深く思い悩んでいることを。

 

相づちや質問を交えながらも自分のことは何も語ろうとしない彼が、人知れず大きな苦しみを抱えていることを。

 

自身の不幸を一部引き受けていることを。

 

シニアに入ってからも自分には何も打ち明けてくれないことを。

 

 

「……ねえ、お兄さま」

 

「何だ?」

 

「お兄さまは、()()()()()()()が担当で……よかった?」

 

 

彼女は問い続けている。問わずにはいられなかった。

 

 

「──当ったり前だ。俺はお前が担当ウマ娘で良かったって、心から思ってるぞ。なんなら廊下の真ん中で叫んだっていい」

 

「……そっ、か」

 

 

ああ、今日も。

 

彼は何も応えてくれない。

 

 

彼の笑みに隠れた影を知る二人目は彼女、ライスシャワー。

 

 

────────────────────

 

 

「……あれ、どうかしましたか?急に止まっちゃって」

 

「──ううん、なんでもないわ」

 

 

時は少し遡りトレーニング場ターフ上。

 

一人のウマ娘が、松葉杖を突きながらやってきた一人のトレーナーを数瞬の間眺めていた。

 

彼女はトゥインクルシリーズを目覚ましい成績に終え、此度はドリームトロフィーリーグ、更なる舞台に向け修練を積んでいた。

 

そう、これはなんでもないことだ。

 

彼女は再び走り出した。

 

彼が、元々彼女のトレーナーであったことなど。今となってはなんでもないことなのだ。

 

彼女は知らなかった。

 

三ヶ月に一回という回数制限によって選択を迫られ、見捨てざるを得なかったウマ娘がいることを。そしてその選手を思い彼が今もうなされていることを。

 

彼が一度たりとも本音を打ち明けてくれなかった理由を。

 

 

彼が自身を突き放した理由?そんなものは考えるまでもない。彼がトレーナーとして彼女を心から想っていたことなどとっくに分かっていた。

 

彼がトレーナーとしてさほど優れていなかったことなど分かりきっている。だからこそ離れていったことも。()()()()()()()()()()()()

 

彼は自分の問いに何も応えてはくれなかった。あの日でさえ、呪詛の一つも吐いてはくれなかった。

 

 

彼女は何かを振り払うように走り続ける。強く、速く。

 

 

「はぁっ、はあっ……!やっぱり速いなースズカさん……!」

 

 

彼の前担当ウマ娘はサイレンススズカ。

 

彼の左足が動かなくなった原因は怪我の肩代わりによるものではなく。

 

とあるレースを期に、感覚だけを残し足としての機能を無くしてしまった。

 

 












































おしまいです。ね?続きもおしまいですよ。おしまい(短編)トンッガガガ……(一発ネタ)おしまいでーすカカッダダダン!おしまいです(念入り)
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