続きですうううううう!!!!(即墜ち2コマ)
「はっ……!はっ……!」
「…………。悪い、俺ちょっと用ができた。とりあえず後は──」
「気にしないでお兄さま。ライスは大丈夫だから」
「……
これ見よがしに
契約してからこんなことの繰り返しだった。彼は不定期にどこかへ立ち去ってしまう。それが担当のトレーニング中だろうとお構いなしに、だ。
そんな調子であるから周囲の生徒からは「彼は自分の担当ウマ娘に興味が無いのでは」、「片足不能にかこつけてズル休みをしているのでは」……などと噂されていた。
憶測から生まれた噂とはいえ、人から人へ伝わっていくにつれ情報というものは変質を繰り返す。「憶測」がまるで「真実」のように受け取られるまで、そう時間はかからなかった。
とはいえ彼を取り巻くのは悪評のみではない。
ウマ娘の危機にどこかから現れ助けてくれる人────そんな一部の目撃情報や体験談が入り交じり人物像が錯綜していく内に、魔法使いなどといった噂も増えていった。
「………………お兄さま」
彼が立ち去った後、場にはライスシャワーの呟きだけが残された。その日トレーニング終了間際まで彼が戻ってくることは無かった。
───────────────────
「──────!!!」
「はあ……はあ……。
────ふぅ…………、ライス……そっか、ライスやったんだ……。一着、取れたんだ……!」
「よっっっくやったなライスぅ!!!やっぱすげーよお前はもーほンっっっとにもう………!」
「えへへ……、ライス、その……すごかった、かな?」
「ああ!!マジでめちゃくちゃかっこよかったぞライス!」
「…………うん。そっかぁ…………ふふ」
「ライスちゃーん!」
「あ、ウララちゃん────」
天皇賞・春。
3200mの長距離G1レースを見事一着に収め、ライスシャワーはさらに力と人気を得た。
数多の勝利を重ねたのも当然のこと、当初と比べ不幸が少なくなった────要するに迷惑をかけることも少なくなったからか元は人並み以下だった自己肯定感も最低限付いてきたらしく、あくまで彼限定とはいえ「褒められる」ことをねだれる程には成長していた。
彼への罪悪感を無意識下に重ねていることは知らぬまま。
彼女は確かに強い。どんな目に合おうと折れない芯を持ち、どんな努力も厭わない根性も備わっている。
だが彼女はあくまで学生。年頃の繊細な少女。
いくら彼が気丈に振る舞っていようとも、自分の不幸を肩代わりしていることに優しい彼女が負い目を感じていないわけがなかった。
自分の不幸が減る。そして他人へ迷惑をかけることも少なくなる。だがその分トレーナーが引き受けている。
ごめんなさい。自分のせいで。とは言えない。それは彼自身が望んでいることだから。
そうして溜まったある種のフラストレーション、罪の意識は、発散することも敵わずしまいこまれたまま。それはいつの間にか心の奥底へ沈殿し蓋をされるようになっていた。
今は防衛本能から無意識下に封じ込められているものの、その歪みは確実に蓄積され続けている。彼への感情が強まっているのもその側面から来ている部分があった。
「それでね、ライス、
『宝塚記念』。それは多くの人に愛されたウマ娘でしか参戦できないレース。
当然彼女には出走を可能とする程のファンがいる。しかし自分が出走できることを疑わずトレーナーに許可を求めるというのは、今までの彼女からは考えられないことだった。
それは果たして成長なのか。彼女らは知らない。
「────そっかあ!!よし行くか!宝塚記念!」
「……!うん!ライス、がんばるね!」
彼は
────────────────────
「あ、ライスちゃんじゃん!私ファン投票あなたに入れたんだ。がんばってね!」
「はわっ!?あ、ありがとうございます!」
宝塚記念へ向け走る中。彼女の身の回りには少しずつ幸福が増えていくようになった。これまで彼女が与えてきた笑顔が、今度は自身に返ってくるように。
順調だった。あまりにも順調だった。
「よ、お疲れさまだなライス。ちょっと一緒に休憩しようぜ」
「……お兄さま?」
夕刻、逢魔が時。授業が終わってからも河川敷にて自主的に走っていたライスシャワーを、彼はわざわざ探し出してまで見に来ていた。
差し出されたものは一本のスポーツドリンク。一方彼は炭酸飲料の缶を横脇に抱えていた。
「いやーホントありがとうなぁ。俺がもっと腕の立つトレーナーだったらもっとお前のこと見てやれたんだろうけど────くぁー!歯に染みるー!」
「そ、そんなことないよ!ライスは、その……お、お兄さまがいてくれたおかげで……ここまでがんばってこられたし……」
「……そうか?あーそうか……すげぇ嬉しいなぁ……それは……」
彼女を指導できる時間が少ないことには様々な理由がある。
例の力と、片足が使えないということで移動が不自由かつ低速になるのはもちろん、彼自身の能力の無さも関係していた。
トレーナーという仕事は激務だ。
彼は一応特殊な立場にいるということである程度は仕事量を減らされ、他トレーナーからも時折補助を受けている────が、
元々日頃の「業務」だけで手一杯だった彼には(たった一人とはいえ)ウマ娘のサポートを行えるだけのキャパシティが無い。それでもここまで来られた理由は、やはりライスシャワー自身の努力と才能によるものだろう。
それは彼自身理解していないわけではなかった。
「……ねぇ、お兄さま」
「?」
「ライスね、最近すごく楽しいんだ。レースもそうだし……誰かに迷惑をかけることも……な、くて」
「……」
「こんなにうれしいことばっかりでいいのかなって……思っちゃうくらい」
「……」
「……お兄さま?」
「ん、いやぁ……なんつぅか嬉しくってさぁ、ライスがそんな風になってくれたンなら俺も「この仕事」やってきた
「お兄さまも、うれしい?」
「おう」
「ふふ。そっか……よかった」
何もかもが順調で穏やかな日和。
季節は初夏を迎えていた。
────────────────────
宝塚記念の開催セレモニー。
彼は足の事情からあまり自由にできず彼女についていることはできなかったが、それでも彼女は「みんなを笑顔にするために」と気を張りながらリハーサルをこなしていった。
「よかったぞライスぅ!」
「あれ、お兄さま?なんで──」
遠くで見守っていた筈の彼が、リハーサルが終了したやいなや足早に彼女の元へ駆けつけていた。
「大丈夫か?」
「う、うん。それよりもお兄さまの方が……」
痩せ気味ではあったがいつも気丈に振る舞っていた彼の顔色はどこか芳しくなく、青ざめているように見受けられる。
「あ、ライスさーん!裏に忘れ物してるみたいですけどー」
「はわっ!?す、すみませんっ!いま取りに──」
「待て、ライス」
「ふぇ?で、でも……」
「………………あー、いや、ちょっとだけだから!ほら、えーっと……」
「……?ごめんね、後でおはなし聞くから……」
「行くなっ!!」
「────え?」
いつもどんな時だろうと決して声を荒げることはなかった。誰かに手を上げるようなことも絶対になかった、そんな彼が、身を投げ出し怒鳴りつけてまでライスシャワーを引き止めている。
半ば倒れ込まれるように覆い被され、唐突すぎる出来事に彼女は混乱していた。異変が起きたパドックにも気がつかない程に。
「な、あっ……!門が倒れ────!?」
「…………ふぅ、危なかったぁ……」
パドックの門が倒れ辺りが騒然とし始めた頃に、ライスシャワーはようやくそこが自分の通ろうとしていた地点であることを知覚した。
そして、彼が未来予知じみた行動で自身を助けていたことを、その時初めて「体験」として胸の内に確かめた。
────────────────────
「……行ってくるね。ライス、最後までがんばるから……!」
「おう」
やってきた宝塚記念の日。
あれから紆余曲折あり一時は中止にもなりかけたものの、ライスシャワー自らが方々に掛け合い嘆願を続けたことでなんとか京都レース場での開催を行えるようになった。
そうして迎えた中で一番人気を獲得したライスシャワー。誰がどう見ても今日の主役は彼女だった。
誰がどう考えても最高の晴れ舞台となる筈だった。
「ライス」
「……?なに?」
地下バ道を出る直前、彼はライスシャワーに声をかけた。その言葉は、
「……ありがとうな。ああ。それだけ。……大丈夫だ。お前なら勝てる」
「──うん!」
その言葉は、どこか遺言じみていた。
────────────────────
「はぁ……っ、はぁ……っ!」
宝塚記念。勝利を飾ったのは彼女、ライスシャワー。
「ライスーー!!最高のレースだったよーー!!」
「かっこよかったよライスちゃーーん!!!」
祝福の大歓声が聞こえる。誰もが笑顔で、彼女を言祝いでいて。
「……そっか……ライス……やったんだ……」
みんなを笑顔にする、幸せの青いバラ。
胸にこみ上げてくるものを抑えながらも、望み続けていたその栄光を噛み締める。
自分の走りで、みんなを幸せにすることができた。
それはなんて贅沢なことだろう。
とうとう感涙を溢れさせてしまいながらもウイナーズサークルに立った彼女は誰よりも輝いていて、
「……あ、れ、お兄さまは……?」
その隣に彼はいなかった。
────────────────────
都内のとある病院の一室、その前で彼女は項垂れていた。
宝塚記念後、ウイニングライブの為控え室に戻った彼女が見たのはいつもと変わらない笑顔を湛えている彼だった。
ただ二つ相違点を上げるとするなら、一向に立ち上がろうとしない点と部屋が異様に荒れていた点だろうか。
ライブはつづがなく行われた。
彼女は観客に最大限の感謝と幸せを届けた。間違いなく最高のライブだった。
彼女を含めた周囲が異変を悟ったのはライブ終了後のことだった。というよりも彼がそれまで気づかせなかった、と言った方が正しい。
彼の右足は原因不明の症状により感覚だけを残しピクリとも動かなくなっていた。持病、遺伝的な要因に加え腐敗や劣化、神経系の損傷すら無いにも関わらず、だ。
他に例を見ない、二度目の出来事だった。
生活面はともかくとして健康面にはまったくの異常が見受けられないことから、経過観察と車椅子の練習を兼ねて彼は短期間入院することを余儀なくされた。
下半身不随となった身では今まで以上に不便を強いられる。
実家に帰るという選択肢もあったが彼は頑として受け付けずトレーナーを続ける道を選んだ。
唐突な不幸を受けた彼がまず第一に心配したことは、自身の担当ウマ娘であるライスシャワーがこのことを気に病まないか、ただそれだけだった。まるで初めから全てを受け入れているような態度だった。
現に彼女はこの上なく気を落としていた。見舞いに来たというのに病室に入れず項垂れ続けている程には。
自分のせいで、とは言えなかった。彼がそうさせてくれなかった。
ようやく、ようやく自分の走りで多くの人を幸せにできたというのに、ようやくだめな自分から変わっていけたというのに、
一番傍にいてくれた彼には────
彼が何よりも危惧していたのは彼女がそんな思考に陥ってしまうことだった。
だからもう一度彼女と話せるのであれば、誰よりも彼女を肯定しよう、誰よりも彼女を支えようと、そう考えていたのだが。
彼女は未だに踏み出せないでいた。
自分のせいでこうなってしまった。謝りたいけどもう取り返しがつかない。自分が彼の傍にいればこれ以上に彼を不幸にしてしまう。
────だけど。
足音が響く。
項垂れたままのライスシャワーに近づき──止まる。それが誰であるのか、確かめる余力すら今の彼女にはなかった。
「ライスシャワー、よね?」
「…………あなたは……」
声をかけられようやく顔を上げた彼女が見たのは、しなやかな栗毛の長髪と端整な顔立ち。
「サイレンススズカ、さん」
「話、いい?」
────────────────────
季節は過ぎ、四度目の春を迎える。
ライスシャワーは有マ記念とURAファイナルズ共に一着を勝ち取り、有終の美を飾った。
彼は車椅子を使用せざるを得なくなってしまったが、周囲の助けもあり今まで通りとはいかずともトレーナーとして在り続けた。それはこれからも変わりはしないだろう。
自分が彼の足を奪った、という自意識に変わりはない。
だがしかし、
それでも、
一度咲いてみせた青いバラなのだから、
だからこそ彼女は走り続ける。
”世界で1番大好きな人”の隣で。
そして今。
「ライス」
「なあに、お兄さま」
車椅子を押し、押されながらライスシャワーと彼はいつか通った河川敷を歩いている。
感謝状の授与式も終わり二ヶ月弱が経過した。だからといってこれまでとこれからに変わりは無い。
トゥインクルシリーズの三年間を終えたとしてもそれは契約の終了を意味しない。これは「始まり」の三年間。担当ウマ娘の引退までコンビを解消しない限り契約は続く。
だからこれからも彼の隣でみんなを幸せに、綺麗に咲き続けられるようにと、
少なくとも彼女はそう思っていた。
「俺と契約を打ち切ろう」
「─────いや」
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………?」
続いたとしてもあと一話で終わりにする予定です
続くつったり続かねぇつったり、お前の舌は何枚あるんだコノヤロー!