添え木の人   作:散髪どっこいしょ野郎

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投稿者くん続き書くの?

書きません!

え~!投稿者くん続き書かないのおお!?

書きまァす!
























彼の人

『サイレンススズカ!一着はサイレンススズカァッ!見事としか言えない走り────』

 

「はぁ……ふぅ……」

 

実況の声が響き渡る中、彼女は緩やかにウイニングロードを渡っていく。

 

ドリームトロフィーリーグに移籍してからというもの、サイレンススズカは快進撃を続けていた。

 

トレーナーが入れ替わり持ち前のポテンシャルを遺憾なく発揮できるようになったことで今や他の追随を許さない見事な逃げを披露している。

 

 

正直に言ってしまうと前任のトレーナーは彼女の才能を活かしきれていなかった。

 

初の担当ウマ娘、初の担当トレーナーということで色々と不慣れが多い中歩み出したトゥインクルシリーズ。

 

彼にはトレーナーとして足りていないものが多すぎた。知識も経験も、「時間」も。

 

 

「……っ」

 

 

彼女はかぶりを振った。何かがおかしい。どうして今こんな時に彼のことを思い出しているのだろう──。

 

 

彼との出会いは唐突だった。選抜レースで数多くのトレーナーから目をかけられていたのだが、その中でも特に熱烈なスカウトを仕掛けてきたのが彼だった。

 

鬼気迫る勢い──あれは半ば懇願にも近かったと今でも思っている──で契約を結ばされたトレーナーだったが、生徒側のサイレンススズカから見ても彼は未熟が過ぎた。

 

しかしそれが逆に功を成したのか、メイクデビューを迎える頃にはあれこれ指図されず彼女本来の走りで戦えるようになっていた。悪い言い方をすれば彼女の資質だけで勝ち上がっていった面もある。

 

無敵──とまではいかなかったが確実に勝利を積み重ねていくサイレンススズカ。概ね満足ではあったが彼への不信感は薄まるどころか日増しに高まっていくばかりだった。

 

それもそのはず、彼は自身が走っている最中ですら不定期にどこかへ()()去ってしまうのだから。

 

担当ウマ娘は彼女一人しかいないというのに何の用事があるというのか。疑念を抱えある日とうとう追跡を始めた彼女が見たものは──地面を這いずりのたうちまわる彼の姿だった。

 

 

「──さん……ズカさん……サイレンススズカさん!」

 

「っ!?あ、はい」

 

「すみません、大声で呼びつけてしまって……お疲れのご様子ですね。ウイニングライブまで少々お待ちいただくことになりますので、一度控え室にお戻りになっては?」

 

「……はい。ありがとうございます」

 

 

用務員に促され控え室に戻る間にライブの振り付けと歌詞を脳内で反芻する。彼と、彼の新しいパートナーであるライスシャワーのことはとっくに抜け落ちていた。

 

 

────────────────────

 

 

昼の休み時間ともなると学園の至る所から話し声が聞こえる。最新の化粧品、SNSの流行り、ゴシップ話、レース談義云々……。

 

サイレンススズカとて友人がいないわけではなかったが、元々静かな場所を好みがちだった彼女は一人黙々と神経衰弱に取り組んでいた。

 

一人とはいえ神経衰弱にはそれなりの集中力が必要となる。そのため周囲の雑音など気にも止めていなかった筈なのだが。

 

 

「……にしてもねー」

 

「本当にライスちゃん可哀想にね……」

 

「宝塚記念優勝した直後にトレーナーさんが病院行きになるなんて──」

 

 

気づけば散らばるトランプもお構いなしに体を乗り出していた。

 

 

「はぅ……っ!?す、スズカさん……!?」

 

「今の話、詳しく聞かせて」

 

 

────────────────────

 

 

「─────いや」

 

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………?」

 

 

彼はその言葉の意味を理解できなかった。

 

彼女は首を縦に振るだろうという確信があった。自分は「役目」を終えた。ならばこれ以上足手まといをパートナーに付かせる理由も無いだろう。

 

彼女──ライスシャワーもきっと、そう思っている筈。

 

契約を打ち切る。当たり前のように持ちかけた話は当たり前のように否定という形で返された。

 

 

「どうしてだ?」

 

 

純粋な疑問だった。彼の頭には疑問符しか浮かんでいなかった。両足を使えず大して指導力も無い自分と契約を続けるメリットがどこにあると言うのか。

 

 

「……お兄さまは、ライスが嫌い?だから、離れたいってこと?」

 

「…………?」

 

 

思わず振り返ると彼女は──酷く、ひどく哀しげに微笑んでいた。まさか、まだ俺の足が動かなくなったことに負い目を感じているのか。いや、優しい彼女のことだ。今も責任を感じていたとしてもおかしくない。

 

 

「んなわけっ、なわけ無いだろ!俺はお前のこと大好きだし、だから────」

 

「……うん。ありがとうお兄さま。この話は、もう終わりでいいかな」

 

 

否とは言わせない。

 

そんな威圧感を背後から感じる。普段の彼女からは考えられないような雰囲気の前に、契約についてそれ以上踏み込むことは憚られてしまった。

 

学園に戻るまで両者共に無言だった。

 

 

────────────────────

 

 

「……!ライス。俺ちょっと、」

 

「うん。大丈夫だよ。お兄さまはライスがついてかなくて平気?」

 

「へーきへーき!あンがとな。んじゃ──」

 

 

例のごとく立ち去る彼。ただ今までと違う点は松葉杖ではなく車椅子を使用している所だろうか。

 

ライスシャワーは普段と変わりない様子で見送った後、()()()()()()()()()()。消化しきれていないトレーニングメニューを放り出して。

 

 

彼が時折いなくなってしまうのはいつものことだったが、およそ三ヶ月に一回非常にやつれた様子で帰ってくる時が、なんならトレーニング開始前から消耗している場合もある。

 

当然彼は隠そうとしてはいるが、服の僅かな乱れや雰囲気などといった細部は長らく二人三脚で歩んできた彼女に誤魔化しきれるものではなく。

 

それでもこれまでは彼の気持ちを考え敢えて問わずにいたが、サイレンススズカから話を聞いてそうもいかなくなってしまった。

 

(ライスシャワー)にはそれを知る義務がある。

 

彼を密かに追いかけながら、ライスシャワーは病院内での会話を思い返していた。

 

 

────────────────────

 

 

彼女(サイレンススズカ)が見たものは這いずりのたうちまわる彼の姿。

 

幸いにも彼は自分が見られていることに気づいていなかったため気取られないよう引き返すことはできたが、暫くは動揺を隠せずにいた。

 

 

あれは一体、何?

 

どうしてあの人は誰もいない所で呻いていたのだろう。

 

どうして私はあの間助けも呼ばずに見続けていたのだろう。

 

どうしてあの人の足はあんなに折れ曲がっていたのだろう。

 

どうしてあの人は何も無かったかのように振る舞っているのだろう。

 

 

何はともあれ彼が自分に何かを隠しているということは明白な事実だった。

 

その頃だった。彼についての噂を聞きつけたのは。

 

 

彼はウマ娘の危機にどこかから現れ、怪我を一瞬で治してしまう魔法使い。

 

 

普通なら一笑に付してしまいそうな御伽話だったが、その噂を信じずにはいられなかった。

 

 

その頃からだった。サイレンススズカが彼を信頼するようになり始めたのは。

 

例の「魔法」は一旦置いておくとしても彼はトレーナーとして最低限のことはこなせるようになっていた。

 

担当を持つことで色々と慣れたのかアドバイスやレースプラン、トレーニング内容といったものまで若干物足りなさは感じつつも一応信用できるレベルには成長し、

 

何より契約解消まで至らなかった大きな理由として彼が人間的に不快な部分が少ない、寧ろ好ましい人物だったことが挙げられる。

 

 

それからは徐々に交流が深まり、シニア期を迎える頃にもなると二人並木道を歩きながら談笑できる程度には親密になっていた。

 

 

一度彼に聞いてみたことがある。いつも何処で何をしているのか、と。

 

返答は無かった。彼はただはにかむように誤魔化すばかりで詳しい内容は何一つ語ろうとしない。

 

彼が言おうとしないのであれば言いたくないということなのだろう。彼女はそう判断し、以降言及することはなかった。

 

彼は自分のことについて何も教えてくれなかったが、彼女が笑顔を見せるととても嬉しそうにしていたことはハッキリと覚えている。

 

 

そして迎えた、天皇賞・秋。

 

彼女は成熟しきっていない想いのまま大ケヤキを越え──彼は左足を失った。

 

原因は不明。よりによって一着を取った直後に制御権を無くした。

 

偶然とは思えなかった。

 

 

『私のせい……ですよね』

 

『?なにがだ?』

 

 

片足が突如動かなくなったというのに彼は不自然なくらいにあっけらかんとしていて、彼女だけが気にしているような空気が妙に腹立たしかった。

 

 

『……いやーごめんなースズカ。せっかくの晴れ舞台だってのにこんな台無しにしちまって』

 

『そういうことを言ってるんじゃないんです!だって!だって、あなたが────』

 

 

言えなかった。言うわけにはいかなかった。自分がそれを言ってしまった瞬間、彼の献身、彼の思いを蔑ろにしてしまうことになる。

 

 

レース中もレース前からも謎の違和感に襲われていた。

 

調子が悪いというわけでもないのに何故、と思う間にゲートは開きレースは始まった。

 

不調どころかコンディションは最高潮だった。このままどこまででも走って行けそうと感じたくらいに。

 

1000mを越えても尚息切れすら無く何事もなく先頭(ハナ)に立ち続けていた。

 

順調だった、筈が。

 

 

大ケヤキに差し掛かかった瞬間にそれはやってきた。

 

行く手を阻む、どこまでも深い黒い世界。先頭の光景は見ること叶わず霧のような曇黒に足は取られ、

 

何かを見た。

 

見た気がした。

 

見た筈なのに。

 

覚えていない。

 

自身を運んでいく筈だった黒い世界(伴侶)、その先にある沈黙の景色。

 

────が、永久に奪われた。

 

 

走り終えた後、彼女は知らず知らずの内に涙を流していた。

 

ずっと辿り着きたかった景色、観衆の大歓声。

 

何もかもが輝いていた日曜日なのに

 

彼一人が影を抱いて。

 

彼は何も応えてくれなかった。

 

 

トゥインクルシリーズが終わったすぐ後に彼は契約解消を持ちかけてきた。

 

曰く、自分よりも他のトレーナーに見てもらった方がもっと成長できる、とのこと。

 

裏切られた、見放されたとは微塵も思わなかった。

 

たとえ人より劣っていたとしても誰よりも信頼していた彼だったから。サイレンススズカはその案を迷うことなく受け入れた。

 

 

あなたが私に期待を寄せてくれているのであれば、私はそれに報いなければならない。

 

だって私はあなたが担当するたった一人のウマ娘なのだから。

 

 

殆ど盲従に近い、強すぎる信頼が彼女から選択肢を奪った。

 

 

────────────────────

 

 

「あ、あぁああああ……!っが!ぎい、あ、ああぁぁ……」

 

 

目を塞ぎたくなるような光景だった。態々誰もいない所まで来てから苦しげに喘ぎ出した彼。

 

これがこの三年間──いや、それよりもっと前から隠し通してきた彼の姿だというのか。

 

思わず駆け寄ってしまいたくなるくらいに痛々しかった。

 

サイレンススズカから聞いた話の通り捻じ曲がっている足。もう使えないというのに何故ここまで痛めつけられなければいけないのか。

 

ずっと気づこうとしてこなかった自分を呪いたくなった。彼が苦しんでいる間、自分は何をしていた?

 

 

ライスシャワーの中に蓄積されてきた歪みが最悪の気づきによって溢れ出し形を変えていくも、それでも彼を止める決断はできなかった。

 

彼女がサイレンススズカから聞いた話は「彼が人知れず苦しんでいる件の具体的な内容」と「彼の左足が動かなくなったのはライスシャワーと同じようにレースの直後であったこと」の二件のみ。

 

もし、彼が話の通り誰かを救う為に苦しんでいるのだとしたら。

 

自分ではきっと止められない。

 

彼もけして止まらないだろう。

 

 

「………………………お兄さま」

 

 

彼女は一時も目を離さずにその光景を焼き付けていた。宙ぶらりんの決意を抱えたまま。

 

 

────────────────────

 

 

「あ゛~腹減ったぁ~……そろそろ飯にするかあ」

 

 

ようやく書類仕事を終えたかと思えば時刻はあっという間に正午を回っていた。

 

 

「……別に俺と合わせなくてもいいんだぞ?お前も腹減ってるだろうし」

 

 

彼はテーブルから車椅子に乗り換えながら部屋にやってきた担当ウマ娘に声をかける。

 

普段このトレーナー室を使用しているのは彼一人だった。誰かが来ることがある時は主にミーティングやレースの作戦会議を行っている場合のみ。生徒たちの休み時間に来客があること事態が珍しかった。

 

 

「気にしないで。ライスがやりたいことをやってるだけだから。…………あ、そ、それとも邪魔になってた?ごめんね、ライスすぐにいなくなるから」

 

「ちょーいちょいちょい待てライス!(だぁい)丈夫大丈夫、邪魔なんかじゃないって。一緒に行こう」

 

「……!なら、よかった。それじゃ──」

 

「……ん、頼む」

 

 

ライスシャワーに車椅子を押してもらいながらカフェテリアへ向かう。

 

近頃はこんなことの連続だった。ライスシャワーが自分について回る頻度が明確に増え、ただでさえ心配性な部分があるというのに余計気遣ってくるようになった。

 

煩わしく感じるわけではないが困惑した。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「何食うかなぁ……なんかオススメある?」

 

「え?えっとね……今日は特別ににんじんケーキがあるみたいだよ。でも人気メニューだから無くなっちゃってるかも……あ、オススメだよね、ごめんねライス無駄なことばかり言っちゃって……」

 

「いーじゃんにんじんケーキ。俺ケーキすげぇ好きだから全然無駄じゃないって。ありがとなーライスぅ!」

 

 

加えて、何か思い悩んでいる様子が日頃の言動に見受けられる。

 

はてさてどうしたものかと考え始めたさなか、携帯端末の着信音が響いた。

 

 

「?はい。──────は、い。はい。そうですか。はい。大丈夫です。やれます。……はい、すぐに行きます」

 

「…………」

 

 

いつもの彼とはうってかわった様子に彼女は目を剥いた。電話の内容がよほど衝撃的だったのか、普段の軽い態度も消え失せていた。

 

 

「悪い、どうしても外せない用ができた。先行っててくれ。ごめんな、後で埋め合わせするから」

 

 

言うだけ言って彼は車椅子を大急ぎで漕ぎ始めた。

 

 

「……ごめんなさい」

 

 

彼女は遠くなっていく彼の姿に向かい、歩を進めた。

 

 

────────────────────

 

 

そのウマ娘はベッドに腰掛け、窓際から外を眺めていた。

 

不思議と動揺は無かった。あの時あの景色を越えてから恐れを感じにくくなったような気もする。

 

足の骨折。ウマ娘なら誰もが発現する可能性がある。自分はそうならないと油断していたわけではなかったが、やはりまだ実感を持てていないのかもしれない。

 

 

彼女の名はサイレンススズカ。

 

ドリームトロフィーリーグの中でも指折りの実力者である彼女の故障は、学園に少なからず衝撃を与えた。

 

詳細は省くとして、その骨折により現在彼女は引退の危機に瀕していた。

 

 

未練が無いと言えば嘘になる。

 

走ることは何よりも好きだ。何度だって見て、肌で体感したくなるほどにあの先頭の景色は心を惹く。

 

本音を言えば嫌だ。

 

まだ終わりたくない。まだ走っていたい。

 

──だとしても復帰が叶わないのであればそれはもう仕方の無いことだ。

 

サイレンススズカの脳内を占めていたのはそんな諦めとも異なる奇妙な感情だった。

 

 

残念なことに彼女が負った傷は現代の医療技術を以ってしても完治は難しい。どう足掻こうと引退以外の道はなかった。

 

しかし、この学園には「魔法使い」がいる。

 

 

「よう。久しぶりだなスズカ」

 

「……トレーナーさん」

 

 

車椅子に乗った魔法使いが彼女の前に現れた。

 

 

────────────────────

 

 

「…………すまない」

 

 

トレセン学園上階に位置する理事長室内。

 

苦々しく顔をしかめる少女。彼女こそが、この学園の理事長である秋川やよいだった。

 

先程彼に電話をかけたのは彼女だった。内容はサイレンススズカの骨折について。

 

秋川やよいから彼に電話がある時は、決まって彼にしかできない「仕事」についてのことだった。

 

未来を絶たれたウマ娘の救世主、と言えばなんとも聞こえのいい話だが彼女は彼の雇用形態について快く思ってはいなかった。

 

 

彼との出会いは全くの偶然だった。

 

出先で転倒した彼女の擦り傷を彼が引き受けた所から全ては始まった。

 

 

瞬く間に治っていく怪我に目を白黒させていると、彼は苦しげにしながらも「ちょっとした手品みたいなもの」と言って笑って見せた。

 

そこから話が弾み、彼女が中央トレセン学園の理事長であることが発覚してから彼の態度は急変した。

 

なんと彼は「自分を雇ってくれないか」と直談判を試みたのである。彼女からすれば願ってもいない申し出だったがおいそれと了承できることではない。

 

何より彼はトレーナー資格を取得していない。「医者は目指さなかったのか」と問えば「公の場で使えるものではない」と返される。

 

学園も十分公の場だと思ったのはともかく、とりあえずは最低限の知識をつけさせることに決めた。

 

用務員として雇おうかとも持ちかけてみたが彼は頑なにトレーナーになりたいのだと突っぱねた。

 

そして。

 

彼はトレーナーライセンスをなんとかギリギリで取得したものの、中央の器とは程遠かった。

 

秋川やよいからすれば彼は大きなイレギュラーであり同時に大きな爆弾だった。

 

今ここで彼を手放してしまえば管理が行き届かなくなる。地方であればまだ使えなくもないだろうが彼の力はできるだけ有望なウマ娘に使いたいというのが正直なところだ。ある程度は手綱も握っておきたい。

 

以上の理由から苦肉の策として書類上は用務員、表向きはトレーナーとして特別に採用することに決めた。

 

清々しいまでのコネ採用の上法律をいくつか無視しているがこの際手段は選んでいられなかった。彼の存在が学園外に伝わり根掘り葉掘り調べられてしまえば終わりだがそれは彼も同じこと。

 

もう後戻りはできなかった。

 

彼の力のデメリットを知ったのは、それから少し経った日のことだった。

 

 

「あまり無理をしないでくれ」とダメ元で言ってみたことがある。保身の為などではなくこのままでは彼自身が壊れてしまうと思ったから。

 

彼は()()()()()()()()()()()()()()()()()調()()「子供が理事長やっているのに自分が頑張らない訳にはいかない」というようなことを言っていた。

 

 

秋川やよいだけでなく事情を知っている幾数人かのトレーナー、理事長秘書も彼の行動に心を痛めていた。

 

怪我や故障を回避させるのは自分たちの仕事。それなのにいざアクシデントが起これば彼一人に全てを背負わせてしまうという始末。

 

 

些末事ではあるが、この学園で彼の元々の人となりを知っているのは秋川やよいただ一人。

 

彼は元々物静かで言葉遣いも柔らかく、現在の軽薄さからはかけ離れた性格だった。

 

しかし疲弊している中でも生徒たちウマ娘や周りの人間を欺く為無理やり空元気を作っていく内に、今の「トレーナー」としての人格に上塗りされていった。

 

 

────────────────────

 

 

「……あンな、スズカ。今から俺がやることは……まあ、ちょっとしたおまじないみたいなもンだ。そんな気にしないでくれよ」

 

「はい」

 

 

言い訳のように前置きを並べる彼に対し一言のみ返すサイレンススズカ。

 

彼らを物陰から眺めながらライスシャワーは葛藤していた。

 

できることなら止めたい。

 

だがそれは彼女を見捨てさせるということだ。

 

 

やめてほしいけどやめてほしくない。

 

 

そんなどっちつかずの中で揺れている間に──彼は行動に移った。

 

 

サイレンススズカの足に手を掲げ集中を始める。エアコンが効いている保健室内でありながら汗が流れ出す。

 

事情を知っている養護教論は席を空けている。今この場にいるのはサイレンススズカとライスシャワー、そして彼の三人のみ。

 

 

「…………っし、どうだ。痛みは」

 

「……ありません」

 

「そうかぁ。……ふーっ、よし、じゃあなスズカ。一応これからも気をつけ──」

 

 

言葉は最後まで続かなかった。彼女が彼の腕を掴んでいたからだ。

 

 

「……あー、スズカ?」

 

「行かないでください」

 

 

それは「お願い」だった。

 

行かないでほしい。トゥインクルシリーズ時代一度も言ってこなかったワガママを、彼女は今ここで解放した。

 

 

「……悪い今急いでるんだ。話なら後で聞くから」

 

「だめ。だめです、()()()()()()()。今、ここにいてください」

 

 

いつもであれば彼はこのまま人気のない場所まで移動し存分に苦しみ抜くことだろう。

 

「解除」と宣言するまで痛みは一定時間留めておける。だからといってそこまでの猶予時間は残されていない。

 

このままでは彼女の前で肩代わりの代償を払ってしまうことになる。そんなのは彼自身到底許せることではない。

 

 

「マジで、もう、マジで、今はダメなんだよ。頼むから今は行かせてくれって」

 

「……イヤです」

 

 

押し問答を繰り広げていく内に迫るタイムリミット。無理やりにでも振り払おうとしてはみたが、病み上がりとはいえウマ娘の力に両足不随の身で抗えるわけもなく。

 

 

「ダメだ……ダメだ、スズカ……!!」

 

「……………ごめんなさい」

 

 

それは彼が背負っているものを共有してほしいという、エゴ。

 

それは救いとなるのか罰となるのか。何れにせよ魔法は止まらない──

 

 

────────────────────

 

 

生まれはごく普通の家庭だった。

 

代々特別な血が流れているといった家系でもなく、だからこそ自分の体質が不思議でしかたなかった。

 

幼い頃から他人の危機や負傷に関しては人一倍どころか誰よりも敏感だった。

 

他人の怪我を自分に移せると知ったのは物心が付いてから何年も経った時のこと。行く先々──本当のことを言えば彼が自らそういった場所に飛び込んでいたのだが──でアクシデントが起こるものだからあれこれ根も葉もない噂を吹聴され悩んだ日もあった。

 

どちらにしてもこの特異能力は人に見せるものではない。

 

そう判断してからはどこかの危険を予知してもよっぽどのことがない限りは放置、肩代わりの力に関してはほぼ使わないことに。

 

頭では理解しているものの生きているだけで人を見捨て続けなければいけないというのは何よりも辛かった。

 

しかしこの先ずっとこの力を使わないというのもなんだか勿体ない気がしたので使い道を模索していく内、転機はやってきた。

 

トレセン学園理事長との邂逅、しかも中央と来たものだから迷わず自分を売りに行った。この力を活かせる場であれば何処でもよかった。

 

 

目の前に救える誰かがいるのであれば見捨てるわけにはいかない。そんな、誰の心にもある英雄性が彼を彼でなくしていった。

 

 

そして、現在。

 

 

「……あ、あっ、あ……!」

 

 

押し寄せてくる痛みの波。彼女(サイレンススズカ)はかなりの重傷だった。今回もきっと激しくなるだろう。それだけならまだよかった。

 

 

「トレーナーさん……っ、ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 

彼女が見てしまっている。これまで何があってもバレないように心がけてきたというのに。

 

 

「────お兄さまぁっ!!」

 

 

どこからか現れたライスシャワー。何故、と考える余裕すら今の彼には残されておらず──

 

 

「、……………………ああぁあぁぁああがあぁああああっっ!!!!!!」

 

 

絶叫と共に床へ転げ落ちる。視界が空転し前後左右すら不確かになっていく。それなのに、

 

 

「トレーナーさん、トレーナーさん……!」

 

「お兄さまぁ……!」

 

 

彼女たちの声は鮮明に届いていて。

 

 

い、うあ(見るな)

 

 

こんな姿は見ないでほしかった。彼女たちには、ただ健やかに走り続けていてほしかった。

 

 

 

これまで歯が溶ける程に吐こうとも、救えなかったウマ娘を夢に見てうなされようとも決して折れなかった彼の心が、音を立てて崩れ始める。

 

 

これまで多くのウマ娘を治してきた。三ヶ月に一回というスローペースではどうしても見捨てざるを得ないケースもあった。

 

能力を把握しきれていなかった時は、本来であれば救えるはずだった故障なのに中途半端な「治療」しかできなかったことで結果再発させ、より深刻な状態にさせてしまったこともあった。

 

 

そうして取捨選択と途方も無い苦痛を繰り返す日常の中で、「自分は『彼女』を見捨てた」という自意識から彼は次第に自己の肯定を忘れ他人からの好意にすら気がつけなくなる程に摩耗していた。

 

 

それでも、摩耗しても尚なんとかギリギリの所で踏み留まり続けてきた。心は折れなかった筈が、

 

たった二人の担当ウマ娘に見られたというほんの一押しで急速に瓦落を始めていた。

 

 

「──────────」

 

 

どれだけ引き受けようと怪我や故障に苦しむウマ娘は次々に湧いて出る。彼女たちの(あし)を救おうとしてもこの両手からはこぼれ落ちるばかりで何一つ助けられていない。

 

彼だけが観測できる運命に磨り潰されていく彼女たちをただ見ていることしかできなかった。

 

 

そして彼は、少し善良なだけのただの人間だ。

 

 

もう嫌だった。痛いし怖いし苦しいし辛い。なんで自分だけこんな目に合わないといけないのか。決まっている。自分から踏み込んだからだ。

 

中央だけでなく地方、それどころか世界中で彼の力が望まれているというのに時間も余裕もまったく足りていない。

 

どこまで力を尽くそうが運命という大きな濁流の前ではこの異能も気休めにあてがわれた副え木のようなものでしかなく。

 

 

ただ彼の、誰にも見せてこなかった彼の姿、絶対に知られる訳にはいかなかった彼の姿が、

 

今、命を捨ててでも守りたかった担当ウマ娘二人の前で暴かれている。

 

 

「…………らイス、すズかぁ。」

 

 

被り続けてきた笑顔の仮面が剥がされていく。ちょうど皓白の朝焼けが町並みを照らしていくように。

 

 

「おれ……もう、しんじゃ、だめかなぁ」

 

 

そして彼は、当たり前のように生物の究極を懇望した。

 

 

────────────────────

 

 

『……契約。これでキミは、我が学園のトレーナーだ』

 

『はい。ありがとうございます、理事長』

 

 

遠い日のことだった。

 

偽りのトレーナーバッジを受け取ったあの日から全ては始まった。

 

 

当初は何もかも行き当たりばったりで右も左も分からない中手探りで進むしかなかった。

 

故障の痛みがここまで大きいものだったのかということもその時初めて知った。

 

 

以前の彼は今よりも遙かに未完全で、精神にも「助けないと」という使命感以外核と呼べるようなものはなかった。

 

 

トレーナーなのに行かないのもどうかと思い選抜レースに向かった日に出会った少女。彼女こそがサイレンススズカだった。

 

彼女を一目見た瞬間、彼女が辿ることになる(可能性のある)未来を知覚し無我夢中でスカウトに及んだ。

 

当然と言えば当然だが、トレーナーとして未熟千万だったために色々と苦労をかけさせてしまったこともあった。逃げ出したいと思う日も増えた。

 

 

そうして思い悩む日々の中で遭遇した些細な思い出。そのなんでもないような原初の記憶が、彼をトレーナーとして今日まで在らしめることとなる。

 

 

走り終えた後の彼女の表情、その笑顔を見た時彼の中で目的が定められた。

 

 

俺は、この笑顔を守りたい。

 

 

サイレンススズカの笑顔を見た瞬間に彼はトレーナーとして完成するに至った。

 

 

それが何よりの支えだった。

 

心が折れそうになっても彼女たちの笑顔を守るためとそれだけを杖にして立ち上がってきた。

 

 

だった筈が。

 

 

「…………」

 

 

その決意もとうに限界を迎え、ただ終わりを望むだけのちっぽけで無能な、何もできないトレーナーもどきがそこにはいた。

 

 

「知ってました」

 

 

口火を切ったのはサイレンススズカからだった。

 

 

「知ってたんです。ずっと。あなたが一人で戦っていたこと。あなたが私たちに気づかれないようにしていたことも分かってました。だから私もずっと見ないようにしてきました。あなたの傍から離れた後も走り続けてきました。だけど、だから──」

 

 

いくら彼といた時間を振り払おうとしてみても、結局彼女をここまで突き動かしていたのは彼から受けた期待だった。

 

最初から、サイレンススズカを縛っていたのは彼だった。

 

 

「──トレーナーさん一人に苦しんでいてほしくなかった。……ごめんなさい。本当に勝手なことをしてしまって」

 

 

動いた結果が今この状況になると分かっていたとしても。彼をトレーナーとして敬愛していたからこそ止められはしなかっただろう。

 

 

「……ライス、は」

 

 

もう黙っていてほしい、と彼は思った。これ以上重荷を背負わせたくなかった。

 

 

「ライスは……ずっと気づきたくなくて……どこかで分かってた筈なのに……お兄さまは、お兄さまはこんなライスの夢を、ずっと、ずっと叶えようとしてくれたのに……!」

 

 

彼から受けた言葉と笑顔。彼へ無意識の内に積み重ねていた背徳感、罪悪感が彼女の親愛を肥大化させていた。

 

 

「……ごめんね。ライス、悪い子だから。お兄さまがもう全部イヤってなっちゃうなら……それでもいいよ」

 

 

それでもいい。その言葉が何を意味するか知らない彼ではない。

 

 

「言いたかったことがあるんです。トレーナーさんに本当の意味で伝えたかったこと」

 

「ごめんね、お兄さま。ライス、お兄さまには何もしてあげられなかったけど──でも、やっぱり──」

 

 

彼女たちの言葉一つ一つが胸に染みていくようだった。強烈に締め上げられながらもどこか温かく。

 

 

「私は、あなたがトレーナーさんで良かった。あなたがあなたをどう思ってもこれは変わりません。だから──」

 

「お兄さまのおかげで、ライスは咲けたから。やっぱりお兄さまのことも幸せにしたいんだ。ライスがどれだけだめな子でも。だから──」

 

 

 

 

「だから──ありがとう。トレーナーさん」

 

「だから──大好きだよ。お兄さま」

 

 

「……ぐ、っ、おお゛ぉ゛っ、うおおっ、おおぉ゛おっ…………」

 

 

理解者を作ってしまった。そしてそれが何よりの救いになってしまった。

 

漣漣と滴り落ちる涙。動かない両の足がこの言葉の代償だとするなら、ああそれは、なんて身に余る幸福だろうか。

 

もう逃げられはしない。

 

温かで安らかでどこまでも優しい呪いが包み込むように歯を立てていく────

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

あれから何かが変わったというようなことはなかった。

 

いつもと同じように担当ウマ娘を見て、どこかの危機に駆けつけて、たまに怪我や故障を請け負う毎日。

 

 

「……ライス。俺……行ってくるよ」

 

「……うん。いってらっしゃい、お兄さま」

 

 

ただ一つ変化があったとするなら、彼女たち二人という理解者ができてしまったことだろうか。

 

二人だけが彼の本当の姿を知っているという事実、二人が彼の足を奪ったという共通認識が、彼のみならず彼女らを安定させるに至ってしまった。

 

 

慣れた手つきで車椅子を漕ぎ始める。

 

一度は完全に折れた精神でありながら彼は終わらなかった。それはひとえに彼自身の強さのみによるものではない。

 

捨てた筈の器官、骨盤に繋がれたそれぞれの運命が、今や確かな足がかりとなって彼を支えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、ライス。もっかい聞くんだけどさぁ」

 

「?うん……」

 

「本当に俺と契約打ち切らなくていいのか?」

 

「うん。ライスのトレーナーさんは……ずっとお兄さまがいいな」

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ふ、ふふ、あははは……そうかぁ。……ああ……めちゃくちゃ嬉しいな、それは」

 

 

 

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