仮面ライダーシノビ(ビルド) × 虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会 ~夢が始まり、虹が咲く場所~ 作:ラビラビfom
今回はいつもよりは長めです
放課後の学園には、さまざまな音が満ちていた。
グラウンドから聞こえる運動部の掛け声。廊下を駆けていく生徒たちの足音。窓の向こうから響く、誰かの笑い声。
そんな喧騒から少し離れた校舎裏で、愛と璃奈は一匹の白い猫を囲んでいた。
「ほら、はんぺん。おいしいかい?」
愛が差し出したおやつに、白猫は小さな舌を伸ばす。
「ニャー」
「ふふっ、気に入ってくれたみたい」
嬉しそうに笑う愛の隣で、璃奈も穏やかに目を細めていた。
数日前、学園に迷い込んできた白猫。首輪はなく、飼い主の手がかりもない。それでも人を怖がる様子はなく、生徒たちのそばに寄ってきた。
いつしか、二人はその猫を「はんぺん」と呼ぶようになっていた。
「お家の人には、聞いてみたんだよね?」
その問いに、愛の表情がわずかに曇る。
「うん。でも、やっぱり駄目だった」
「そっか……」
「家が飲食店だから、衛生面の問題があるって。お母さんもお父さんも、はんぺんのことは可愛いって言ってくれたんだけど……」
璃奈は、足元にまとわりつく白猫をそっと抱き上げた。
「私の住んでるマンションも、ペット禁止だから……」
「そっかぁ……」
二人の間に、短い沈黙が落ちる。
はんぺんは何も知らず、璃奈の腕の中で小さく喉を鳴らしていた。
「どうにかして、飼ってくれる人が見つかればいいんだけどね」
愛がそう呟いたときだった。
◇◇◇
放課後になってから、かすみに話を聞こうと思って校内を歩き回っていたのだが、偶然、見覚えのある二人を見つけた。
宮下愛と、天王寺璃奈。
だが、二人の背中には、いつもの明るさがなかった。どこか重たげで、はんぺんを抱く璃奈の表情にも、隠しきれない寂しさが浮かんでいる。
気になった俺は、二人のもとへ歩み寄った。
「よう。こんなところで何してるんだ?」
「あっ、ホッシー! いいところに来た!」
宮下がぱっと顔を上げる。
「はんぺん、飼ってみない?」
「唐突だな……」
思わず、抱かれている白猫へ目を向ける。
「いや、うちはたぶん無理だぞ。マンションだし」
「そっかぁ……」
宮下はあからさまに肩を落とした。
「残念……」
「なんか、ごめんな」
「直さんは悪くない……」
天王寺はそう言ってくれたが、抱きかかえられたはんぺんは、俺の方をじっと見つめていた。
首輪はない。飼い主も見つかっていない。
このまま学園に置いておけば、いつか先生や生徒会に見つかるだろう。そうなれば、校則を理由に追い出されてしまうかもしれない。
外へ出れば、はんぺんは自分で食べ物を探し、安全な寝床も見つけなければならない。
つい数日前まで、俺にとってはただの迷い猫だった。
だが、こうして何度も顔を合わせているうちに、すっかり情が移ってしまっている。
白い毛並みを眺めながら、俺は小さく息を吐いた。
「……どうしたもんかな」
そのとき、愛が突然、目を見開いた。
「あっ! やばっ、もう本当に行かなきゃ!」
宮下は天王寺の肩を軽く叩き、はんぺんに向かって手を振った。
「またね、ホッシー! りなりー! はんぺん!」
「うん。またね、愛さん」
天王寺が返事をするより早く、宮下は校舎の向こうへ走り去っていった。
その背中を見送り、俺は何となく中庭の方へ視線を移す。
噴水のそばに置かれたベンチ。
そこに、見覚えのある少女が座っていた。
「……はぁ」
かすみだった。
彼女は背もたれに深く身を預け、魂まで吐き出すような大きなため息をついている。
昨日も、似たような顔をしていた。
手元のスマートフォンを何度も眺めては、画面を消す。そしてまた点ける。そこには、おそらく昨日撮影していた自己紹介動画が映っているのだろう。
「……やっぱり、悩んでるのか」
俺が呟くと、隣にいた天王寺がこちらを見た。そのまま、俺の目線を辿る。
「昨日、はんぺんを連れていった人だよね」
「えっ!そうなのか?」
「あいつはなにやってんだか」
「知り合いなの?」
「ああ。昨日、少しな」
かすみは、こちらにはまだ気づいていない。
いつものように自信満々で、かわいさを振りまいている姿とはまるで違う。小さな身体をベンチに沈め、ひとりで何かに押し潰されているようだった。
「……はんぺんのことも気になるけど」
俺は、かすみから目を離さずに言う。
「ちょっくら行ってくるわ。またな 天王寺」
「うん....また」
天王寺に背を向け、俺は噴水の方へ歩き出した。
かすみが、何に悩んでいるのか。
そして、なぜあんな顔をしているのか。
今度こそ、きちんと聞いてみることにした。
◇
一方その頃、歩夢は校舎の裏手にある人気のない廊下に立っていた。
放課後の喧騒は、ここまで来ると遠い。窓の外から運動部の掛け声がかすかに聞こえてくるだけで、廊下には彼女一人しかいなかった。
歩夢は左右を見回した。
誰もいない。
それを確認してから、胸の前で両手を握りしめる。緊張を押し込めるように、ゆっくりと息を吸った。
「はぁ……」
もう一度、深呼吸。
昨日、かすみに言われた言葉が頭の中を駆け巡る。
もっと明るく。もっと可愛く。スクールアイドルらしく。
歩夢は意を決し、顔を上げた。
「新人スクールアイドルの歩夢だぴょん♪ 臆病だから、寂しいと泣いちゃう~♪」
声が廊下に響く。
思ったよりも大きな声が出た。そのことに少しだけ安心し、歩夢は最後の決めポーズを取る。
「ぴょーん♪」
――その瞬間だった。
「……」
廊下の端に、一人の少女が立っていた。
青みがかった髪を揺らし、長い脚を優雅に伸ばしたモデルのような少女。朝香果林である。
果林は何も言わず、歩夢をじっと見つめていた。
「……」
「……」
歩夢の顔から、みるみる血の気が引いていく。
「あ、あの……」
冷たい汗が、頬を伝った。
「今のは、その……」
果林は、黙ったまま歩夢を見ている。
歩夢の脳裏に、最悪の想像が浮かんだ。
見られた。最初から最後まで、全部。
「……くすっ」
果林の口元がわずかに緩んだ。
「あわわわわっ! 違うんです! これは、その、練習をしていて……す、スクールアイドルの……!」
「スクールアイドル?」
「う、うんっ、うんっ!」
歩夢は壊れた人形のように何度も頷いた。
果林はそんな彼女の様子を見て、少しだけ首を傾ける。
「そういうこと。ごめんなさいね、とっておきの可愛いところを見ちゃって」
「と、とっておき……」
その言葉に、歩夢の頬が熱くなる。
しかし、果林はすぐに表情を引き締めた。
「でも、あれはあなた自身の言葉なの?」
「えっ?」
「誰かに言われたから、その通りにしているように見えたわ」
歩夢は返事ができなかった。
確かに、昨日からずっと考えていた。どうすればもっと可愛く見えるのか。どうすれば、かすみの納得する自己紹介になるのか。
けれど、今の言葉を誰に届けたいのかまでは、考えていなかった。
「もっと、伝える相手のことを意識した方がいいわよ」
果林の言葉は、責めるようなものではなかった。
だからこそ、歩夢の胸にまっすぐ届いた。
「頭では、分かっているんですけど……」
歩夢は視線を落とす。
「今の私には、まだファンなんていませんし……」
そこまで言って、ふと気づいた。
ファンではない。
けれど、自分を応援してくれる人ならいる。
歩夢の脳裏に、二人の姿が浮かんだ。
いつも自分の隣にいてくれる侑。
そして、ぶっきらぼうながらも、練習を見守ってくれている直大。
「……応援してくれる人なら、います」
歩夢は顔を上げた。
さっきまでの恥ずかしさは、まだ消えていない。それでも、胸の奥には小さな灯りがともっていた。
「そう」
果林は満足そうに微笑んだ。
「それなら、その人たちに向けて歌えばいいんじゃないかしら」
「はい!」
「お節介はここまで。頑張ってね」
果林は軽く手を振ると、そのまま廊下の向こうへ歩いていった。
歩夢はその背中を見送った。
もう一度、自己紹介の言葉を思い浮かべる。
今度は、誰に向けて言うのかを考えながら。
※※※※※
その頃、俺は天王寺と別れた後、校内を歩いていた。
かすみの様子が気になっていた。あれだけ大きなため息をついていたのだから、何か悩みを抱えているのは間違いない。
しばらく歩いたところで、侑の姿を見つけた。
「あっ、直大!」
「侑。ちょうどよかった」
「かすみちゃんのところに行くの?」
「ああ。歩夢のことも、少し気になるしな」
侑は、すぐに頷いた。
「じゃあ、一緒に行こう!」
二人で噴水広場へ向かうと、ベンチに座ったかすみの姿が見えてきた。
「……はぁ」
相変わらず、深いため息をついている。
「どうしたらいいんですかぁ……。かすみん、困っちゃいますぅ……」
かすみは頭を抱え、髪の毛を両手でわしゃわしゃとかき乱していた。
普段の自信満々な態度は、見る影もない。
先に声をかけたのは、侑だった。
「困ってるの?」
「えっ?」
かすみが勢いよく振り返る。
「うわぁっ!? いつの間にぃ!?」
「なんか様子がおかしかったから、来ちゃった」
「そうそう」
侑の隣で、俺も自然に会話へ加わる。
かすみは俺たちの顔を見比べた。やがて、その目にじわりと涙が浮かぶ。
「うぅぅ……先輩方ぁ……」
「お、おい?」
かすみは涙目のまま、こちらへ駆け寄ってきた。
そのまま俺に飛びつこうとしたのだろう。
だが、勢いがつきすぎていた。
「ちょっ そっち水があるからぁぁ!!」
俺は噴水側へ大きく傾きかけた。
~~~~~~~
「ふぅ~ あやうく水の中にはいる所だったわ」
そんな俺を見て、侑は吹き出している。
「ふふっwww」
「笑いごとじゃないからな」
俺たちは場所を変え、海沿いの公園まで移動した。
夕暮れの空の下、遠くにはレインボーブリッジが見えている。海面は橙色に染まり、風が吹くたび、潮の匂いが運ばれてきた。
背後にはレンガ造りの広場があり、その中央には時計のモニュメントが立っている。
かすみは銀色の手すりに両手を置き、海を見つめていた。
「……ごめんなさい」
やがて、ぽつりと呟く。
「別に、そんなに怒ってないから。そこまで申し訳なさそうにしなくていい」
「でも」
「そんなことより、何を悩んでるんだ?」
納得しないかすみの言葉を遮り、俺は単刀直入に質問した。
かすみは黙り込む。
波が岸壁にぶつかり、低い音を立てている。
しばらくして、彼女はゆっくりと口を開いた。
「えっと……かすみんには、一番大切にしたいものがあるんです」
「一番大切にしたいもの?」
「はい。だから、スクールアイドルがやりたいんです」
かすみは、海の向こうを見つめたまま続ける。
「たぶん、みんなにもそれぞれ、やりたいことがあるんだと思います。でも……やりたいことは、やっぱりやりたいんです」
その言葉には、いつもの軽さがなかった。
「だけど、人に自分のやりたいことを押しつけるのは嫌なんですよ」
かすみは、自分の指先を見つめた。
「なのに、かすみんは歩夢先輩に押しつけちゃった」
昨日の光景が、俺の脳裏にも蘇る。
歩夢が恥ずかしさに耐えながら、必死に自己紹介を繰り返していた姿。
「それぞれ、やりたいことが違っていたってことだろ?」
侑が、穏やかな声で言った。
「それで意見がぶつかるのは、仕方ないと思うけどなあ」
「仕方ないじゃ困るんです!」
かすみが勢いよく振り返る。
「このままじゃ、また同好会がうまくいかなくなっちゃいますぅ!」
その声は、夕暮れの海に吸い込まれていった。
「それに……もし歩夢先輩が、スクールアイドルを辞めるなんて言ったら……」
かすみの声が、そこで途切れる。
俺は、海を見つめる彼女の横顔を眺めた。
「多分、歩夢なら大丈夫さ」
「えっ?」
「あいつは、途中で投げ出すようなやつじゃない」
歩夢が、誰もいない廊下で練習していたことを俺は知らない。
それでも、彼女が一度決めたことに対して、簡単に諦めるような人間ではないことは分かっていた。
「今だって、きっと頑張ってる。そうやって、一歩ずつ努力できるやつなんだよ」
「うんうん」
隣で侑も頷く。
「歩夢は、スクールアイドルをやりたいって思ってる。かすみちゃんが少し失敗したくらいで、全部投げ出したりしないよ」
かすみは、すぐには答えなかった。
ただ、少しだけ肩の力が抜けたように見えた。
「……そうなんですか」
「ああ。だから、もう少し歩夢を信じてみればいい」
その言葉を聞き、かすみは再び海へ視線を戻した。
沈みかけた夕陽が、波の上で細かく揺れている。
かすみの悩みが消えたわけではない。
それでも、先ほどまでの張りつめた表情には、わずかな余裕が戻っていた。
「さてと」
俺は立ち上がった。
「喉も渇いたし、飲み物でも買ってくるか」
「私の分もよろしくね」
侑が手を上げる。
「はいよ。かすみは何がいい?」
「えっ? いえ、悪いですし……」
「遠慮するなって。昨日の図々しさはどこへ行ったんだよ?」
「むっきぃ! かすみんは図々しくないですぅ!」
かすみは頬を膨らませた。
だが、少し考えた後、控えめに口を開く。
「……イチゴオーレでお願いします」
「了解」
俺は二人を残し、自動販売機を探して歩き出した。
夕暮れの海風が、さっきよりも少しだけ柔らかく感じられた。
◇◇◇
「.....えっ?」
かすみの視線が、ふいに海辺の方へ向いた。
「どうしたの?かすみちゃん」
「い、今.....何か見えませんでしたか?」かすみの声に、侑も慌てて周囲を見回した。
しかし、そこにあるのは夕焼けに染まった海と、風に揺れる草木だけだった。
「えっ?何も見えないけど.....」
「そんなわけーー」
言いかけたかすみの声が、喉の奥で止まった。
海辺の薄暗がりから、何かがゆっくりと姿を現したのだ。
「ギャアァァァ!?」
かすみは、恐怖で叫んだ。
全身が半透明の膜に覆われたような異形の怪物。その輪郭はぼんやりと揺らめき、夕陽を透かして不気味な光を放っていた。
その頃、俺は買った飲み物を手に持ちながら、侑たちの所に戻っていた。
その時──『 ギャアァァ 』と言う悲鳴が聞こえた。
「ん? 今の声はかすみ? なんかあったのか!」
俺はかすみたちの元へ走り出す。
やがて、2人の近くまで来ると、物影に隠れ様子を伺った。
「あれは スマッシュ!」
全体的薄透明なスマッシュがかすみたちを今にでも襲いかかろうとしている。
いったい誰が…?
「まぁいい、かすみたちが危ない」
懐からドライバーを取り出し、それを腰に当てるとドライバーの中からベルトが腰に巻かれる。
そして、ホルダーから2本のボトルを手に持ち、何度かそのボトルを振り、ドライバーのスロットへセット。
そして、ボルテックレバーを回すと、スナップライドビルダーが展開され、二色のボディが前と後ろに生成される。
「変身!」
その音声と共にボディが俺を挟み込み、変身を完了させる。
そして、足を強く踏み込み、俺はかすみたちの所へ全速力で駆け出す。
※※※※
「....な、なんですかぁ、あれ.....」
かすみの顔から血の気が引いた。
怪物は答えない。
ただ、ゆっくりと一歩を踏み出す。
地面を踏みしめる音が、やけに大きく響いた。
「この前の怪物.....?」
侑も目を見開く。
「でも、見た目が違うような.....」
その言葉に反応したかのように、怪物が二人へ向かって歩き始めた。
一歩、また一歩。
「ひっ......!」
かすみが後ずさる。
「こ、こっちに来てますう!」
侑は反射的に、かすみの前へ出ようとした。
「かすみちゃん、危ない!」
怪物が拳を振り上げる。
次の瞬間、その拳がかすみへ向かって振り下ろされる。
絶対絶命のその時だった。
「はあああっ!」
侑とかすみの前に、 二色の何かが飛び込んだ。
怪物の拳が、胸部へ叩き込まれる。
重い衝撃音が響いた。
「はっ!」
怪物の拳を受け止めた戦士は、そのまま強烈な蹴りを叩き込み、怪物を大きく後方へ吹き飛ばした。
「ふう.....危なかったな。怪我はないか?」
振り返った戦士が、二人へ声をかける。
紫と黄色を基調とした装甲。忍者を思わせる説いシルエット。そして、顔を覆う仮面。
侑は、その姿を見た瞬間に指を突きつけた。
「あっ!この前の」
戦士ー仮面ライダーシノビは、再び怪物へと向き直った。
「お嬢さん方、ここは危険だ。後ろに下がってて」
「分かりました。かすみちゃん、行こう!」
「は、はいっ!」
侑に腕を引かれ、かすみはその場から離れる。
二人は近くの物陰へ隠れ、固唾を呑んで戦いの行方を見守った。
シノビは、右手で印のポーズをとる。
「さて.....ショウ・タイムといくか」
その掛け声が戦闘の合図だった。
◇◇◇
『ニンコマソードガン!』
俺はスナップライドビルダーを展開、ニンコマソードガンを取りだす。
そして、手に持ったソードガンでスマッシュを斬り掛かろうとするのだが。
「はあっ!」
刃が届く寸前、怪物の姿がかき消えた。
「なにっ?」
俺の斬撃が空を切る。
「消えた......?」
周囲を見回しても、怪物の姿は見えない。
そのとき、物陰からかすみの声が飛んできた。
「後ろですぅ!」
「えっーー」
振り返った瞬間、透明だった怪物が目の前に姿を現した。
「ぐはっ!」
拳が俺の身体を直撃する。
俺は地面を転がり、数メートル先でようやく止まった。
「痛ってえ......!」
立ち上がりながら、俺は打ちつけられた脇腹を押さえる。
「あいつ、透明になれんのかよ.....」
その視線の先で、怪物の姿が再び薄れてい<。
やがて、完全に見えなくなった。
「いったい、どこに......」
俺は武器を構えたまま、周囲を警戒する。
聞こえるのは、風の音だけ。
静寂が、わずかな時間だけその場を支配した。
やがて、どこからともなく足音が響き始める。
ーーサッ。
見えない何かが、確実に近づいている。
あいつを捕縛できれば話は早いけど、でも透明だから方角が定まらないし………うーん あっ! あの方法なら──
俺は、地面へ視線を落とした。
「いくら透明になったって、歩くには地面を踏まなきゃならないわけだ」
俺は脚部へ手を伸ばした。
カクレイダーシューズから取り出したのは、細かな突起のついた小型の道具だった。
「これならどうだ?」
俺は、それを地面へばらまく。
スタンマキビシが、夕陽を受けて鋭く光った。
「また透明になっちゃいましたよ.....」
かすみが不安そうに呟く。
俺は答えず、ただじっと待った。
そしてーー。
ーー サッ。
見えない足が、スタンマキビシを踏みつけた。
「.....!」
次の瞬間、激しい電流が地面を走った。
透明だった怪物の輪郭が浮かび上がり、全身を震わせながらその場に姿を現す。
「今だ!」
俺はすかさずニンコマソードガンを構えた。
「使ってみるか!」
同時にソードガンのスロットへライトピンクカラーのリボンボトルを装填。
『リボン!』
ソードガンの刀身から、ライトピンク色のリボンが勢いよく伸びる。
リボンは怪物の身体へ絡みつき、その動きを完全に封じ込めた。
「よし、引っかかったな!」
怪物が必死にもがく。
しかし、リボンはびくともしない。
「透明になって逃げる相手には、透明になる前に捕まえればいい!」
俺はリボンを引き絞り、怪物を空中へ投げ飛ばした。
怪物の身体が、夕焼け空へ高く舞い上がる。
俺はニンコマソードガンを銃形態へ変形させた。
スロットヘボトルを装填する。
『ニンジャ! 』
銃口へ、紫色のエネルギーが収束していく。
俺は空中にいるスマッシュへ狙いを定める。
「これで終わりだ!」
そのトリガーを引く。
銃口から放たれた紫色の光が、無数の手裏剣
へと変化した。
手裏剣は空中の怪物へ次々と突き刺さり、激しい爆発を引き起こす。
夕暮れの空が、一瞬だけ紫色に染まった。
地面へ落ちたスマッシュの成分を回収したあと、俺は小さく息を吐いた。
「ふぅ~」
その傍らで、侑とかすみは歓喜の声を上げる。
「怪物を倒した!」
「やったぁ やりましたよぉ!!」
俺はその場に残った成分を見つめていた。
「....今回も、人はいないか」
スマッシュの成分を確認しても、そこに人間の姿はなかった。
そのときだった。
「ふふふ.....」
背後から、不気味な笑い声が響いた。
俺すぐさま振り返り、刀を構える。
「誰だ!」
そこには、煙のような霧に包まれた人影が立っていた。
顔も、服装も、はっきりとは見えない。
「名乗るほどの者じゃないさ」
声の主は、愉快そうに笑った。
「僕が作ったスマッシュを倒したのは、いつたいどんな奴なのか。それを見に来ただけだ
よ」
「お前が、あの怪物を作ったのか?」
俺は一歩踏み出す。
「何のために!」
「さあね」
人影は肩をすくめた。
「まだ、君に教えるつもりはないよ」
「待て!」
霧が一気に濃くなった。
「それじゃあ、また会おう」
次の瞬間、人影は煙の中へ溶けるように消えた。
あとには、潮風だけが残されている。
「いったい、何者なんだ.....」
俺が呟いた、そのときだった。
「おーい!」
遠くから、聞き慣れた声が響く。
そこへ振り向くと、歩夢がこちらへ駆けてくるところだった。
(いま、考えてもしゃあないか…)
俺はニンコマソードガンを掲げる。
『隠れ身の術!』
刀身から白い煙が噴き出し、俺はこの場から消えた。
◇
夕暮れの広場に歩夢の声が響いた。
その声に振り向くと、歩夢が少し息を切らしながらこちらへ駆けてくる。
「遅れてごめんなさーい ん?今のってこの前の忍者さん?」
「歩夢先輩も知ってるんですか?」
「うん。この前助けてもらったんだ」
つい数日前のことを思い出すように歩夢は話す。
侑はふと呟く。
「それにしても急に怪物が現れるからビックリしたよね」
「ほんとですよ… かすみん死ぬかと思っちゃいましたもん……」
「えっ!大丈夫なの?」
歩夢が心配そうに驚く。
そんな彼女たちに近づく一人の影。
「あっ、直大センパイ、遅いですよぉ。飲み物買うのに時間かかりすぎですぅ」
直大だった。人数分の飲み物を抱え、歩夢の隣へ立つ。
「すまんすまん。 途中で歩夢の分買うの忘れてたから戻ったんだ」
「別にそこまでしなくても……」
「まぁまぁ。ほれ 買ってきた物だ!」
そういうと直大は、飲み物を侑たちに渡した。
「ありがと、直くん」
「サンキュ~」
「ありがとうございます」
歩夢、侑、かすみはそれぞれ感謝を伝える。
すると、歩夢が喋り出す。
「あの…自己紹介の事なんだけど」
少しバツが悪そうにかすみは声を漏らす。
「あ……」
自分の思う、カワイイを歩夢に押し付けてしまった。一体何を言われるのだろう。そう考えるだけで後ずさりたくもなった。
だが、その言葉の続きは、かすみが予想外のことだった。
「今撮ってもらってもいいかな…なんか行ける気がする」
「ほえ?」
まさか、そんな言葉来るとは思ってもなく、間抜けな声を漏らしてしまった。
「ほらかすみ 撮る準備」
直大に諭され、かすみは慌てて、撮影の準備をする。
「あ…はい…分かりました」
撮影の音が鳴る。
「虹ヶ咲学園普通科2年、上原歩夢です。自分の好きなこと、やりたいことを表現したくてスクールアイドル同好会に入りました。まだまだ出来ないこともあるけど、一歩一歩がんばる私を見守ってくれたら嬉しいです」
昨日撮った時の歩夢とは違った。まだ緊張している部分もある。噛みそうになることも。昨日と決定的に違うのは、誰に何かを言わされてるわけではなく。不器用でも、自分の言葉で話していた。
かすみの理想とは違うかもしれない。だが、それでも――。
(歩夢先輩……)
かすみの心に何かが灯る。
「よろしくね♪」
そう言ってうさ耳ポーズをする歩夢で撮影は終了する。
◇◇
「…どうかな…?」
歩夢は、遠慮がちに聞いた。
侑は、ぱあっとツインテールを逆立てるように笑顔で歩夢へ抱きつく。
「わあぁぁぁ!すっごくかわいい!ときめいちゃったー!」
「よかったぞ!」
そんな歩夢はほんのり顔を赤くして恥ずかしそうに照れていた。
するとかすみが 「コホン!」と咳払いをしてから、感想を口にする。
「かすみんが考えていたのとちょっと違いますけど、かわいいから合格です」
「ほんと?えへへ よかったぁ♪」
喜ぶ歩夢とは対象的にかすみは下を向く。
(………)
そんなかすみに侑が呟く。
「たぶん、やりたいことが違っても大丈夫だよ」
「ふえ?」
「うまく言えないけどさ、自分なりの1番をそれぞれ叶えるやり方って、きっとあると思うんだよね」
「そうでしょうか…」
「探してみようよ!」
「……」
「それに、その方が楽しくない?」
侑の発言に俺と歩夢も同調する。
「うん!」
「だな」
そして、かすみは今までの悩みを晴らすように笑顔で言う。
「楽しいし、かわいいと思います」
「フフッ♪ でしょ?」ニコッ
「あはは♪」
かすみは最高の笑顔だった。
「やっぱ かすみは笑ってる方がいいな」
「うんうん」
出会ってまだ間もないがそんな感じがした。
「ヘッ? もう褒めたってなにもでませんからねぇ」
「では先輩方 見ていて下さぁい!」
そう言って、かすみは壁をよじ登り、俺たちを見下ろした。
かすみは思う。
(色んなかっこいいもかわいいも 一緒にいられる、そんな場所が作れるなら──)
「でも歩夢先輩!」
「世界で1番かわいいのは、このかすみんですからねぇ~」
♬ Poppin' Up!
かすみは歌った。少し高く、甘く、それでいて芯のある声が、夕暮れに広がっていく。
普段の言動だけを見ていると、かすみは自分のかわいさばかりを追い求めているように見える。けれど、歌っているときの彼女は違った。
誰かに見てほしい。
自分の存在を知ってほしい。
そして、かわいいと思ってほしい。
その願いを、かすみは全身で表現していた。
侑はすっかり夢中になっている。歩夢も、驚いたように目を見開きながら、やがて柔らかな笑みを浮かべた。
歌い続ける。地球の果ての果てまで届くような声で
オンリーワンのキラメキを信じて────
「ハァ…ハァ…どうでしたか?」
「わぁぁぁぁぁ!!かわいい!!かわいすぎるよかすみちゃん!!」ダキッ
かすみの元へ駆け寄り抱きつく侑。
「侑先輩、苦しいです〜」
「だってすごくいいライブだったんだもん!完全にときめいちゃったよー!」ナデナデ
「えへへへ♪」
歩夢が呟く。
「これが、かすみちゃんライブ。なんだか楽しそう」
「そうだな」
ふと、俺は手の中のボトルに違和感を覚えた。
先ほどまで濁った色をしていたボトルの中身が、淡い光を放っている。
「……これは」
俺がボトルを掲げると、内部で光が渦を巻いた。
かすみの歌声に呼応するように、濁っていた液体が少しずつ澄んでいく。やがてボトル全体が、黄色の光に包まれた。
「ボトルが……」
無数の光の粒が、夕暮れの公園へ降り注ぐ。まるで、かすみの歌を祝福するように。
俺はその光景を、ただ黙って見つめていた。
怪物と戦っているときには感じなかった、不思議な温かさがあった。
誰かを傷つける力ではない。
誰かを支え、前へ進ませる力。
「……本当に、すげーな……スクールアイドルは…」
思わず、そんな言葉が口からこぼれた。
そして、かすみは心の中で思う。
(色んなかっこいいもかわいいも一緒にいられるそんな場所が本当に作られるなら─そこは絶対!世界で1番の”ワンダーランド”です!)
世界で一番のワンダーランド。
そんなものが本当に作れるのかは、まだ分からない。
だけど、その場所へ向かおうとする彼女たちの姿は、確かにまぶしかった。
──────────────────────
♬ NEO SKY. NEO MAP!
─────────────────────
俺のスマートフォンが短く震えた。
「ん?」
画面を確認すると、そこには一件のメッセージが表示されていた。
差出人は――中川菜々。
(中川から?)
思わず、画面を開く。
そこには、簡潔な文章が記されていた。
『今日、話したいことがあります。今から、学園に来てもらえますか』
たった一通のメッセージ。
それだけなのに、胸の奥が妙にざわついた。
俺は侑たちに一言断りを入れて学園に急いで向かった。
※※※
「ほう、これはいい闇の素質があるじゃないか…中川菜々」
菜々の近くで呟く1人の影にまだ誰も気づいてはいない。
続く………
2─3話でした
本編3話は2-3,5話 を書いてからです