ピースメーカー   作:月見月 月魅

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 若干ながら設定の修正があります。今話のあとがきを読んでもらえれば特に問題はありません。


鬼──亜弥

 

「お前のせいだ! お前がいたからだ! お前が悪い! この悪魔め! 呪われた邪鬼め!!」

 

「呪ったのはお前だろ、クソ親父」

 

 相澤は、その一瞬の躊躇を後悔する。

 多くの制止の声を無視して飛び出して行った亜弥。顔や肩、腰に首まで、あちこちに手を着けた敵のリーダーと思われる男の指示、文句を無視して突撃してくる、亜弥が『クソ親父』と呼ぶ男。

 捕縛布を伸ばせば、亜弥を銃弾から守りつつ強引に止めることは容易に出来た。追い越すように己も出撃すれば、亜弥が接敵する前に打倒することも難しい話ではなかった。

 しかし相澤は、動けなかった。

 この短い付き合いの中で、何度も言われてきた言葉──苗字で呼ばないで──たった一言だが、既に相澤の中ではその言葉は亜弥を象徴する一文となっていた。亜弥にしても、相澤に名前呼びさせることは半ば諦めていた。

 だからこそ──普段とは桁外れな嫌悪、憎悪に濡れた、同じはずの言葉は、相澤の足どころか、思考までも止めてしまった。

 

「お前のせいでっ、お前のせいで俺は!! 銭湯に入れなくなったんだぞ!! 温泉にも、サウナにもだ! 女の一人だって抱けやしねぇ!」

 

「麗しのJC抱けたんだから満足してろっつーの!」

 

「ガキなんざ何百抱こうが満足なんて出来るか!! お前なんてオナホの代わりだ!! アバズレの落し子め!!」

 

「私の処女は百億万!!」

 

 躊躇してしまったがばっかりに──畏怖してしまったがばっかりに──女子高生とは思えない(思いたくない)ベクトルの親子喧嘩を見せられてしまっている。慌てて、他のヴィラン達を見てみれば、相澤同様、下劣極まりない親子喧嘩を前に呆然としてしまっていた。

 

 ヴィランの一人、黒いモヤのような体の異形は、リーダーと何か相談でもするかのように話す。どうやら想定外の事態らしい。

 

 相澤は生徒達に避難するよう再度告げてから、この隙に──ひとまず面倒事は後回しにしてから──隙だらけのリーダーを捕らえてしまおうと、首に巻いた捕縛布を解きつつ突撃する。

 

「風俗のババアが俺の竹輪を見てなんつったと思う!? 淡白な竿ねって言いやがったぞ!! あのヘラヘラした笑いを思い出すだけで歯が痒くなる!!」

 

「竹輪ぶら下げて行ったの!? マジで!?」

 

 銃弾や蹴り、ピースが飛び交う喧嘩を遠回りするように避けて、時間をかけて接近しては、当然ヴィランも気づく。イラつきを隠そうともしないリーダーの叫ぶ指示に従って、名前も顔も知らないチンピラのようなヴィラン達が、やはり、親子喧嘩を大袈裟に避けるように動きながら相澤を迎え撃つ。

 

 相澤の個性は抹消。目視している人間の個性を一時的に無効化出来る個性。しかしそれだけで、目以外は無個性に等しい。異形系の個性を持つヴィランにとって、相澤は無個性のカモ同然。

 けれどそれは間違いだった。実戦と訓練によって鍛えられた身体能力と、強固ながら優柔な捕縛布を変幻自在に操る技術を総合した戦闘能力は、もはや個性の領域。

 絶え間ない数の暴力を相手に、縛っては投げ、殴っては投げ、蹴っては投げ、ヴィランはたった一匹のカモを相手に振り回されるカエル同然であった。

 

「すごい……! 多対一こそ先生の得意分野だったんだ!」

 

 遠目に見ていた緑谷が感嘆の声を上げる。もし相澤が聞いていたなら、「一芸じゃヒーローはつとまらん」とでも言うのだろうが、天下の雄英高校に勤めるヒーローと同等の戦闘能力を、そこら中にいるヒーローにも求めるのは酷というもの。ヴィランにしてみても、相澤は想定外の化け物であった。

 

 

 


 

 

 

 出来ることなら、さっさと蹴り殺すなり、解して袋詰めにするなりしたいところなのだけれど、このどれだけ解しても湧いてくる(というか生えてくる?)巨大な竹輪がそうはさせてくれない。呪う対象がすぐ近くにいるからだろう。今まで街中に湧いていたらしい竹輪が今は、全て私を喰らおうと集中してきている。しかも厄介なのが、呪いの元凶であるクソ親父には巨大な竹輪なんて見えていなくて、銃弾もナイフも本人もが、大量の竹輪の群れを通り抜けるようにして襲ってくる。

 呪いはピース化しても、触れられる人間は限られる(というかほぼいない)。この魚肉の壁達をピースの山にしたところで、状況は大して変わらない。だからピース化した直後にピース化を解き、もう一度ピース化することでより細かいピースにする──この工程を何度も繰り返すことで、竹輪は空気よりも軽くなり、飛んでいくようにして除去している。けどこれじゃあ、キリがない。マキナみたいに、パワーダッシュなり、プラズマダッシュなりで蹴り払えればいいのだけど、それじゃあ緑谷くんの二の舞。蹴り払った直後に私の身体はベッキベキに壊れる。

 

「殺人鬼の足なんて物騒なもん着けてるから性根も腐るんだ!! 殺人鬼の呪いだ!! 女は男に抱かれてりゃいいんだよぉ!!」

 

「うははっ! 性根がイカれてんのはお前だろ!? あっちこっち食い散らしやがって!! 人様に迷惑かけるくらいなら看守オカズにシコって寝てろ!」

 

 なんて、冗談みたく返してるけど、ぶっちゃけかなりきつい。個性の許容限界まで秒読みだし、マジキチセリフへの返しもいい加減ネタ切れ寸前。

 

 もういっそ、纏めて解しちまおうか?

 許容限界までやるとどうなるのかさっぱりだけど、ろくでもないことになるのは確か。だけどきっと、全身ベッキベキよりかはマシだろう。

 きっとすぐにヒーロー達が駆けつけてくる。

 これだけ呪いが集中してきていれば、委員長あたりが飛んでくる……はず。

 後先考えずに飛び出して今更かもしれないけど、後先を考えよう。敵は一人ではない。味方も一人ではない。

 

 戦い(やり)方は、知っている。

 

 口角を上げろ。

 喉から声を出せ。

 それだけで後先の恐怖は退けられる。

 

「はっ、うははっ(ピースメーカー)うははははっ(ピースメーカー)! うはははははははっ(ピースメーカー)!!」

 

 解して解して解して解せ。

 解したピースを細かく解せ。

 細かなピースを微細に解せ。

 積もるピースを盛大に解せ。

 

解々々々々々々(うはははははは)っ! 解解解解解解解解解解(はははははははははは)っ!!」

 

「なっ、なんだ亜弥っ!? 待て! 近寄るな!! お前はまた俺をっ──」

 

解解解解解解解解解解解解解解解解(呪いと罪に溺れ死ね、クソ親父)!!」

 

 竹輪の壁に穴を開け、クソ親父を銃もナイフも区別なく解した。元凶が意識を失ったからだろう、私を囲い、喰らおうとしていた呪い(竹輪)は、跡形も無く消滅した。

 

 そして私は、経験したことの無い次元からの負荷のようなものに意識を追いやられ──ここで記憶が途切れる。

 

 

 


 

 

 

「ギャハ。ギャハハ。ギャハハハハッ。ギャハハハハハハッ!」

 

 一人のヴィランと戦っていたようには到底見えない戦い方をしていた亜弥は、何か見えない壁のようなものを突破し、父親らしい男の全身をピース化した。五分と満たない戦いの決着だった。しかしどうしたことか、亜弥の様子がおかしい。

 

「ギャハハハハッハハハァ! ──パワーダッシュモーター、ダッシュアクセル!!!」

 

 相澤が数多のヴィランと戦っているところを見るや、目付きを鬼のように鋭くさせ、走る。その初速はもはや爆発。走る様はさながら弾丸。蹴るのではなく走るという禁じ手。肉体が耐えられない出力という禁じ手。二重の破滅は轢殺の名に相応しく、数多のヴィランを木っ端微塵に轢き殺す。亜弥や相澤がずぶ濡れになるほどに血の雨が降り注ぎ、地面が赤と黒とピンクと白で染まる。

 

「…………荒屋敷。お前、一体何をしているんだ」

 

 相澤が怒ったように問うと、亜弥もまた不機嫌そうに睨んで答えた。

 

「俺を苗字で呼ぶんじゃねーよ。殺すぞ」

 

 死の光線でも放たれそうな程に鋭い目は、すぐに相澤からは逸れる。

 その視線の先にいるのは、黒い異形、脳剥き出しの巨体と、敵のリーダー。掴むように顔を覆う手の先には、信じられないものを目撃した人間の顔がある。

 

 相澤と亜弥は、ほとんど同時に気がつく。ついさっきまでいたはずの、黒いモヤのようなヴィランの姿が無い。

 一人は慌てて、一人は愉快そうに背後に意識を向けるけれど、ヴィランが大人しく待つ義理も無し。

 

「クソクソクソクソ……! なんなんだよあのガキはぁ! あのロリコン野郎も勝手に死にやがるし──殺れ脳無! あのガキを殺せ!!」

 

「ギャハハハハッ! 俺を殺すだぁ? おーきーどーきー、遊んでやるよ」

 

 亜弥は殺人鬼の右足を軸に回るように振り向き、猪突猛進してくる異形──脳無を嘲笑う。





 呪いの若干メタな説明。

 恨みという材料を、恐怖で形作られたもの。
 亜弥の義父の場合、性器を竹輪へと替えられた恨み、己の肉体に竹輪がくっついているという恐怖によって、無限で巨大な竹輪という呪いが生まれた。

 対処法
 元凶──某漫画に合わせて術士と言うとわかりやすいが、当人に意図、自覚は無い──から恨みを消滅させる。
 手っ取り早く済ませてしまうなら、殺すといい。
 人道的に、道徳的に解決したいなら、果たさせるしかない。
 呪いを物理的に殺すことで終わることも稀にある。

 関われるもの
 呪われた当人は呪いを、まるで現実にあるように見え、触れられる。逆にそれ以外の人間には、基本的には見えないし触れられない。例外は多分にあるが。
 悪魔や天使、鬼などの異形もまた、呪われた当人同様に関わることが出来る。心を鬼にしていたり、天使や悪魔を脳に飼っていることで見える人間もいる。

 ──個性、異能の馴染んだ社会とはオカルト文明の再誕を意味する。ならば未来の都市伝説が現代では現実となっても、不思議はない。世界のありとあらゆるが不可思議であり、ならばありとあらゆる不可思議は現実足りうる。
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