ピースメーカー 作:月見月 月魅
かつて人類最賢と呼ばれた賢者は、移植された殺人鬼の右足を見て言った。
「医学的、科学的には証明されていないことだがな? 臓器を移植すると、元の持ち主の趣味嗜好、性格なんかも移るらしい。その例に臓器だけでなく肢体も含まれるのなら、右足を移されたお主にはかの殺人鬼──轢殺の殺人鬼の趣味嗜好や性格なんかも移っておるのかのう?」
黒いファラオと呼ばれた魔女は、杖ではなくチョークを片手に語った。
「僕に言わせるなら、殺人という行為には意味や価値と言えるものが何一つとて無いのだよ。……良くないな。この言い方は誤解をさせそうだ、言い直そう。──殺人という言葉に、存在するに足る理由が無い。何故って? そりゃ、人というのは皆、殺されて死ぬからさ。例えば君に。例えば僕に。例えば海に。例えば山に。例えば時に。例えば自分に。殺されなければ死ぬことも許されない人間を殺すことが罪だなんて、面白い話だとは思わないかな? ──いや、これは僕の哲学だ。道徳と言い換えてもいいね」
万物を生み出した超能力者は、お気に入りの漫画を閉じてから笑顔で話してくれた。
「人権ピックアップガチャで大爆死かました程度でこの世を二度滅ぼした私に言われたくないでしょうけれど、花粉症の八つ当たりで滅ぼした私にも言われたくないでしょうけれど、朝のアラームがうるさかった程度で滅ぼした私なんかに言われたくないでしょうけれど、無闇矢鱈と殺す殺戮者にはなってはいけませんよ。その先にあるのは返り血を己が血で洗う地獄です。……ざっくり三百億の人間を殺してる私には、本当に言われたくないでしょうけどね」
かつては名探偵とも称された探偵は、書面から一切目を逸らさずに告げた。
「お前の過去には同情しよう。だがそれだけだ。その程度だ。よくある事だ。自分だけが不幸だと思うなよ。それは他人の不幸が見えてないだけだ。人間は幸福で着飾る生き物だからな。そら、そこの超能力者を見てみろ。そいつは不幸すぎて人権も戸籍も名前も記録も失った不幸の極みみたいな奴だが、いまじゃ『でんじゃらすじーさん』でバカ笑いしてやがる。その程度だ。不幸なんて奴はギャグ漫画の一冊でも読めば駆逐できるんだよ」
数多の異名を持つ委員長の双子の姉は、顔に飛んだ返り血をウェットティッシュで拭いながら言った。
「特別な人間になんてならなくていいんだよ。そりゃ、彩織とかイレズミマンとか見ちゃったら憧れるのも分かるし、力があれば活用したいと思うのも普通のことだけどさ。もっと大事なのは、誰かの特別になること。あの子達の場合は、その『誰か』の人数が沢山いて、亜弥ちゃんもその誰かの一人だから特別に見えてるだけなの。だからね、亜弥ちゃん。百万人を救ったヒーローになろう、百万人を殺した殺人鬼になろう、なんてしちゃ駄目だよ。そんなことするより、誰かの為のヒーロー、誰かの為の殺人鬼っていうほうが、ずっと素敵だからさ」
水風呂から引き摺り出された小説家は、骨董品レベルで古い型のノートパソコンのキーボードを叩きながら唄う。
「努力とか工夫とか訓練とか強化なんてものは、成功してから始めるべきものなのよ。まだ何も成し遂げていないあなたはまず成功をしなさい。成功の味を知りなさい。成功の喜びを知りなさい。成功の虚しさを知りなさい。──成功を知らない人間の努力なんてね、魚を見たことも食べたこともないのに釣ろうとしているようなものなのよ」
天使の翼を思わせるような銀髪の同級生は、蠢く死体の山を築きながら吐き捨てる。
「負けず、折れず、美しくて格好よくて、万人に認められて、全員に許される、そんな絶対的な正義は存在しませんよ。どんな英雄だろうと、たとえ神だろうと、誰かには恨まれ、疎まれ、嫌われるものです。万人に許される必要なんてありません。──愛するものに許されるなら、どれだけ血に染まろうと、それは正義なのです。……それはそれとして、正義が必須な社会というのはいい加減うんざりですが」
殺人鬼は言っていた。
「お前はピースメーカーだ。誰にも出来ないことがお前には出来る。それだけの力がある。資格がある。だから心配するな。好きなだけ好きなように、なるべく可愛く生きろ。お前に俺の右足も、なんもかんも全てくれてやる。それでダメなら──俺が殺してやるよ」