ピースメーカー   作:月見月 月魅

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師――グラントリノ

 

 そういえば、今年はまだ行っていなかったか。一年や二年放置した程度で怒るような人じゃないけれど、お盆を「暑いから」と諦めたのは、今更ながら罪悪感。

 雄英の入試を終えて翌日、結果待ちの私は、電車に揺られ、墓参りへと向かっていた。

 墓参りとはいっても、そこは墓地ではなく、どころか墓石もない、山奥に放置されている石造りの廃墟なのだが。

 山の麓にある無人駅で降りて、山道に沿って頂上まで登り、そこから、駅とは反対方向に真っ直ぐ降りれば到着する。登山家が激怒しそうなルートだけれど、残念ながら、墓石代わりの廃墟まで続く道というのは存在しない。もしかしたら、かつてはあったのかもしれないけれど、現存していない。

 一世紀ほど時代遅れなアナウンスと共に、電車が止まった。恩人である殺人鬼の好物だったらしい、ミスタードーナツの箱を忘れずに抱えて、私は電車を降りた。

 

 

 

 基本的にインドア趣味な私でも、冬の山の空気を美味しいと感じる程度の感性は持ち合わせていた。何もない頂上から、麓の寂れた町並みを見下ろして見ると、嫌でも達成感を得ざるを得ない。

 

 趣味でもない登山も程々に、私は反対側へと下山する。……下山というには随分と険しく、というか滑り落ちているだけなのだが。

 

 何度か激突しそうになった木を解すことで回避しながら、廃墟へと無事着地できた。勢い余って廃墟に風穴を空けかけたが、何とか右足を地面に突き刺すことでギリギリ止まれた。やっぱり、けもの道でも何でもいいから、安全に来れる道は欲しいかもしれない。それで私以外の人間が此処に来てしまえるようになるのなら、やっぱり御免だけれど。

 

 非常に重く、野生動物が開けることはないものの、鍵は閉まっていない鉄の扉を開ける。前に来た時と変わらず、錆び付いていて、嫌な音が響く。

 

 廃墟の中は倉庫のような構造で、壁沿いに棚が設置されている以外には、何も無い。別の部屋や秘密の地下室なんてものもなく、右足の無い()()()は入口の方に身体を向けて、壁に寄りかかるような姿勢で腰を落として眠っている。

 

「や、久しぶり」

 

 返事はないと分かっていても、傷も劣化もない顔を見たら、一言声をかけずには居られなかった。

 私は物言わぬ殺人鬼の隣に腰を降ろし、ミスタードーナツの箱を開ける。

 

「またミスド持ってきたよ。今日はポンデリングとフレンチクルーラーと、……これなんだっけ、ゴールデン、チョコ? みたいなやつ」

 

 三種類を二個づつ、計六個のドーナツ。一緒に食べたことはないけれど、生前、この殺人鬼はミスタードーナツのドーナツが好物だと言っていた。他に何が好きなのかは聞けなかったから、此処に来る時は毎回ミスタードーナツで、適当に私が食べたいヤツを二人分買って持ってきている。

 本当は線香とか花とか持ってくるべきなんだろうけど、そのどちらも、この殺人鬼には似合わないように思えて仕方がない。

 

「昨日、雄英に行ってきたよ。受験でね」

 

 ミスタードーナツのこと以上に、聞かされた自慢話。

 この殺人鬼はかつてヒーローだったこともあるらしく、なんと、今ではナンバーワンヒーローである平和の象徴、オールマイトと同級生だったらしい。当時担任だった、私の師匠(という名の親代わり)、グラントリノには随分と手痛く鍛えられたのだとか。……私の個性で生まれるピースに匹敵する強度の肉体をして手痛い修行とか、あの爺さんの全盛期はどれだけ化け物だったのやら。

 

「オールマイト並かって言われたら全然だけどさ、すっごい男がいたんだよ。あれはやばいね。私とかには欠けらも無い、ヒーロー足りうる何かで爆発してた。あいつと同級生だったんだぜって、私も自慢できるかもね」

 

 買ってから随分と時間が経っているし、そうでなくとも冬の山はかなり冷える。冷たくなったドーナツを齧りながら、私は一方的に話す。

 

「私の個性もかなり成長してさ。あなたに言われてた、全身の表面をピース化しての全身防御ってのはまだ出来ないけど、攻撃が届く前に解す全面防御ができるようになった」

 

 返事が無いことは分かっているし、相手が物言わぬ人形なのも、分かっている。それでも長々と、随分と話し込んでいた。ドーナツ六個を食べ切るまでに、学校であったこととか、グラントリノがボケ始めたこととか、入試の難しかった問題の愚痴とか、思いつく限りのことは話せたと思う。

 空になった箱を折りたたんで、ゴミ袋として持ってきたビニール袋に入れてから立ち上がる。

 

「また来るよ。次はゴールデンウィーク辺りかな」

 

 次こそ、この扉に鍵をつけよう。

 今まで何度も決意しては忘れることを今日も決意して、私は廃墟から出て扉を閉める。

 

暦的にはもう春なのかもしれないけれど、冬というのはやっぱり、日が短すぎる。 電車が駅に着いたのがお昼頃だったはずなのに、気がつけば空は赤く染っている。急いで戻らないと、夜の山道を歩くことになりかねない。

 

 私は未だ使いこなせていない右足のモーターをゆっくりと回して、急ぎ足で駅へと向かう。

 

 墓参りというには色々と欠けているけれど、私と殺人鬼の繋がりなら、きっとこの程度で十分だろう。

 

 

 


 

 

 

 睡眠には、ざっくり二つの役割があるらしい。

 一つは脳の休息で、一つは肉体の休息。

 身体の一部が無機物で、その分肉体の疲労も少ない私に必要な睡眠時間は常人より遥かに少ない。

 だというのに、同居人というか家主であるこの、全盛期と比べてかなり縮んだように見えるご老体は私よりもさらに起きるのが早い。身体が縮むとそうなるのか、それとも鍛えすぎて肉体の疲労が微々たるものなのか。

 

「お前が何時までも寝てるだけだろうが、家出娘。これだから最近の若者は……」

 

 老人──グラントリノは、ソファを占領して寝ていた私を、封筒か何かで叩き起しやがる。

 

「今どきの若者は夜行性なんだよ。そんなことも知らないのかね、今どきの年寄りは」

 

「はん、どうりで夜に犯罪が多いわけだ」

 

 軽口を叩き合いながら身体を起こして、差し出される封筒を受け取る。頻繁に買い換える安物の壁掛け時計を見てみれば、既に短針は天井を見上げている。寝たのが夜中の四時頃だったから──

 

「うし、ギリ八時間睡眠」

 

「うしじゃねぇよ不良娘ぇ!」

 

「仮にもプロヒーローがヒーロー志望に向かってなんてこと言いやがるクソジジイ」

 

 別に嫌いな訳じゃないし、完全に住まわせていただいてる身として感謝もしているけれど、それはそれとして嫌な部分が帳消しになるわけではない。

 グチグチと口うるさく騒ぎ立てるし、珍しく鍛錬の場を用意してくれたかと思ったら、無理難題と立体機動パンチが同時に飛んでくるし、主食が冷食のたい焼きだし。

 

 要するにツンデレなのだ、この老いぼれ師匠は。

 

「お前のその減らず口には百も千もグチグチ言いたいところだが、まぁいい。入試の結果だろう、それ」

 

 封筒を早く開けろと言外に訴えてくるのが、目を見ずとも分かった。そんなに気になるなら勝手に開ければいいものを……。

 

 封を切って、中身を取り出す。

 出てきたのは数枚の書類と、円盤型の端末。書類はひとまず置いておいて、電源ボタンを押すと、空中に立体映像が投影された。

 

『私が投影された!!』

 

「あぁ? 俊典ぃ?」

 

 現れたのは、ナンバーワンヒーロー、オールマイトだった。元担任であり、なかなか顔を出さない彼を何かと気にかけていたグラントリノは不機嫌そうな声を漏らした。

 

『なぜ私が投影されたかというと他でもない、雄英に勤めることになったからさ!』

 

 すぐ近くに不機嫌な師匠がいるってだけで内容が入ってこないのに、オールマイトのアメリカンな語り口が相まって、この先が心配になるくらいには集中できなかった。

 書面にも目を通して分かったのは、私が無事に雄英高校ヒーロー科に合格したということ。あとオールマイトが雄英に勤めるらしいということ。

 

「学校で会えたら、顔見せに来るよう言った方がいい?」

 

「……ふん」

 

 このツンデレジジイ、いつか痛い目見ればいい。





 あとがき。というか、グラントリノと荒屋敷亜弥の関係。

 親の離婚と再婚を三度経験した亜弥。現在、戸籍上は血縁のない父親の一人娘ということになっている。
 親子仲はお世辞にも良いとは言えず、亜弥は中学二年生になる前の春休みに家出、グラントリノに保護された。
 殺人鬼とオールマイトの元担任であったというグラントリノの存在は聞かされていたものの、亜弥はグラントリノの外見も居住地も知らず、グラントリノ本人に直接保護されたのは全くの偶然。

 グラントリノは当初、亜弥と父親の仲を仲介するつもりだった。
 ひとまず保護したことを伝えようと、亜弥から聞き出した電話番号にかけるも、帰ってくる返答は拒絶の言葉。まるで亜弥を化け物か凶悪ヴィランにでも見えているような口ぶりだったという。

 ならばと、適当な施設に預けようとも考えたが、亜弥は己の元教え子のヴィランの影響を受け、その上でヒーローを目指すと言う。グラントリノは渋々という体をとりながら、亜弥を弟子として引き取ることに決めた。

 亜弥の個性が攻撃的な為、せめて仮免許を取得するまでは防御方面のみ鍛えるつもりだったが、速度と耐久性に特化した攻撃的過ぎる殺人鬼の影響か、元来の才能か、亜弥は防御以上に攻撃の技術を、想定外な方向へと伸ばし続けた。

 グラントリノから見た亜弥
 戦争の天才。一体多数の戦闘において無敵の力を誇る、意志を持った核爆弾。
 故に個性無しでの戦い方を教え続けるも、亜弥は勝手に個性での応用を実践し、実用レベルまでを速攻で仕上げてしまう。天性の異能力者。

 亜弥から見たグラントリノ
 口うるさい老人。恩人その二。師匠。つぶあん派なのは許せない。



 ※グラントリノがつぶあん派というのは本作独自設定です。
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