ピースメーカー 作:月見月 月魅
中学校の卒業式が終わった。師匠にして親代わりにして家主であるグラントリノに引き取られてから転校した中学校だから、通ったのは二年間。友達と呼べるような同級生はおらず、最後のホームルームが終わると、私は随分と世話になった委員長と幾らか話してすぐに帰宅した。
今日から春休み。雄英に入学してからは遊ぶ暇なんて無くなると、あのおぞましき妖怪、つぶあんじじいに脅かされたため、私はこの春休みを遊んで過ごすことに決めた。
雄英の合格祝いとして結構な金額を無理やり握らされたおかげで、遊ぶ金には困らない。とりあえず、最近近場できたショッピングモールには映画館とゲームセンターがあるらしいし、今日は退屈にはならないだろう。
苦虫みたいな食感の餡子を緑茶で流し込み、私は家を出た。
──あんまいいのやってないなぁ。
ショッピングモールを程々に見て回りながら、映画館の受付近くまで来て、私は久しく忘れていた落胆の気持ちを思い出していた。見たいと思えるようなタイトルが一つもない。どころか、そもそも私は映画を楽しむような趣味を持ち合わせてもいないことをやっとこさ思い出した。
「どうすっかね」
「退屈なのです」
ん?
近くで聞き覚えのない声が聞こえてきて、私は何も考え無しに振り向いた。
乱れた髪をお団子二つにしたような金髪の女の子。微かに覗く犬歯と腫れぼったい目元がチャーミング。
いまは何処も春休みだろうに、何故か学生服を着ている。その退屈そうな表情は、刃物のように冷たい。
「……どうも」
「……どうも」
彼女の方も私の目に気がついたようで、お互いに会釈を返した。
知り合いでもなければ、同級生でもない。見たことの無いデザインな制服だし、ここからは離れた場所の学生なのだろう。もしかしたら、ただのコスプレイヤーなのかもしれないけれど、そんな邪推は失礼だろう。私はうっかり無礼を口走る前に、足早にこの場を立ち去ることにした。
どの道見たい映画もなかったし、これといってなにか思うところがある訳でもない。
平和ボケならぬ春休みボケとでも言おうか。あるいは妖怪の認知症が伝染ったのか、うっかり忘れていた。
私の右足で服屋に入ろうものなら、店員達が、それはもう盛大に気を遣ってくれやがる。長さが合ってないから姿勢こそ不安定だけど、別に不自由なく着替えられるってのに。女性店員を呼びつける男性店員達を見てしまったら、もう落ち着いて買い物なんてできたもんじゃない。
やむなく店に居られなくなった私は、ろくに買い物もできず、ゲームセンターのコインゲームで時間を潰していた。上手くやれば数百円で一日潰せるため、コツさえ掴んで仕舞えばこの上なくコスパのいい暇つぶしだった。
オープンして間もないからか、随分と繁盛しているらしく、老若男女入り混じった客が椅子取りゲームのように余すことなく陣取っている。だから私の隣に誰が座ろうと不思議ではないのだけれど、この状況が偶然なのだとしたら間違いなく、私と彼女は何かただならぬ運命で結ばれているのだろう。
映画館の受付近くでも出会った学生服の彼女の名は、ヒミコというらしい。私が名前だけ名乗ったら、彼女も名前だけ名乗ってくれた。
私が離れた後に何か映画を見てきたようで、半分ほど残ったポップコーンを間に置いて、私に分けてくれている。せめてもの対価、お返しに、コインを使い切ったヒミコに稼ぎを分けて一緒にプレイしているけれど、ヒミコは対価なんて考えもせずに、それが当然のことのようにポップコーンを分けてくれた。なんだこの天使。どうして同じ学校でクラスメイトじゃなかったんだ。後二年早く出会っていれば間違いなく親友になっていただろうに。幼馴染であれば性別なんて考えもせず告っていたに違いない。
「あっ、ちょ、ジャックポッドまじか!? ごめんヒミコっ、コイン入れる籠かなんか持ってきてくれない!? 山分けしよう!」
「わかりましたっ!」
五百円から始めてゆっくり増やすのが私の趣味なのに、運命の出会いを祝福してくれているのか、溢れんばかりにコインが手元に流れ込んでくる。というかもう溢れそう。むしろ詰まってるまである。
「アヤちゃんお待たせ!」
「サンキュ助かる! 詰まってほっといたら壊れそうだから掻き出して!」
「これ詰まるとかあるんですか!?」
「絶対どっかバグってるっつの! もう入れる暇もないんだけど!?」
ヒミコが持ってきた籠も三つが山盛りになり、四つ目が一杯になったところでようやっと、流れが止まる。
「うっはー、大漁大漁。幾ら分だろこれ」
「こういうの、初めて見ました……」
「私もだよ」
いつもは五百枚程度まで溜まったらあとは適当に使い切って終わらせるから、こんな千枚単位の量なんて自分で稼いだのは初めてのこと。
「じゃ、閉店時間までにこれ使い切るからもうちょい付き合って」
「……はい?」
「私、貯金はしない主義なんだ」
キョトンと目を丸くさせるヒミコは、アイドルかモデルになれそうなくらいに可愛かった。
黙々とコインを無駄遣いするのも退屈な気がして、私はヒミコに話しかける。
「ヒミコってさ、家出中だったりする?」
「え……臭います?」
ヒミコは袖口や胸襟を鼻に近づけるけれど、臭いはさほど気にならない。けれど、肌や髪からして、ヒミコはあまりまともな生活を送れていない。家出しているのか、家庭環境が悪いのか、詳しくは表面を見ただけじゃわからないけれど、経験者でもある私の目に間違いはないだろう。……単にヒミコがズボラという可能性もなくはないのだけれど。
「せっかく可愛いんだから、お風呂にはなるべく入った方がいいよ。私も公園で水洗いとかしたけどさ」
「そこまで女の子を捨てたことは流石にないのです」
ヒミコは拗ねたように口を尖らせて、コインを十枚くらい一気に投下する。いいね。ナイス無駄遣い。
「使い切ったら一緒に温泉行こうよ。近くにあるし、奢るよ」
「おんせん!」
ほのかに
「でも、コインまで貰ってるのに、いいのです?」
人殺しとは思えない、申し訳なさそうな顔でヒミコは訊いてくるから、私は笑って返した。
「そりゃ、私が付き合わせてるようなものだし──遠慮なんてしたら引っ捕らえるよ」
「──!? ……アヤちゃんは、トガのことを知っていて誘うんですか」
「いや、今日あった仲じゃん。──そうでなくても、私は罪で人を差別するような人間じゃないよ」
トガ、ね。ヴィランネームじゃなくて本名なのなら、トガヒミコってとこかな。漢字までは想像つかないけど。
ヒミコは「しまった!」みたいな、焦った顔で周囲を見渡すも、幸いなことにここはゲームセンター。それもコインゲームのエリアで、私達の会話なんて他の客までは聞こえていない……はずである。地獄耳の個性とか持ってる人がいたら話は別かもしれないけれども。
「私は殺人鬼の恩人がいてね。彼の正義である、──可愛いは正義。私はそれを勝手ながら継いだんだ。殺人鬼の正義に善悪の区別はない」
「かぁいいは正義、なんです?」
「可愛いものの為に──我が身可愛さのために──可愛いあの子の為に──可愛いものを害するお前をぶっ殺す。私はそんな、自分本位な正義によって生かされた。ヒミコがなんのために殺すのかなんて知ったこっちゃないけど、可愛いを捨てるなら、たとえ友達でも引っ捕らえるのが私の理想のヒーロー像なのさ」
なんて、初対面の友達になったばかりな女の子に、たとえヴィランであっても、殺人鬼であってもいきなり話すようなことじゃなかったか。我が事ながら、初めての友達に私は舞い上がっているのかもしれない。
ひかれてたらどうしようと不安になって、私はヒミコから顔を逸らす。
「……でも私は、血の匂いのするボロボロな人が好き。その人の真似をしてみたり、同じものを身につけてみたりして、その人そのものになってみたくなって、だから切り刻むの。……ずっとそうやって生きてきた」
返ってきたのは、私でも引くくらいにイカれた女の子の話。だけど私はそれが面白くって、やっぱりヒミコとはもっと早くに出会いたかったと思えて仕方なかった。
「奇遇だね。私も気に入ったものはまず解すのが趣味なんだ」
骨の髄まで見なくちゃ落ち着かない。
記憶の底まで覗かなくては満足出来ない。
血の一滴まで愛せなきゃ愛せない。
私達はお互いの性癖にドン引きしながら、その日を夜まで遊び倒した。
渡我被身子から見たアヤ
やばい性癖のお友達。
荒屋敷亜弥から見たヒミコ
やばい性癖のお友達。