ピースメーカー   作:月見月 月魅

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お隣さん――麗日お茶子

 春休みというのは夏休みと違って宿題はなく、気温も幾らか過ごしやすいため、学生にとって最も心安らぐ期間である。はずである。

 

 だというのに私は、突然なことを言い出した妖怪を退治しなければならざるを得ない事態に対峙していた。

 

「おいおいおいおい待ちたまえよ豆じじい。私が一人暮らしなんて始めたら死ぬでしょうが」

 

「誰が豆じじいだ不良娘! だいたい、てめぇが居なくても俺ぁ生きていけらぁ!」

 

 家主、グラントリノは私に一人暮らしを始めるよう言い渡した。既に手頃なアパートの一室を契約してしまっているらしく、朝早くに叩き起された私は引越しの準備をさせされた。

 

「いや、師匠が死ぬとは欠片も思ってねーっつーの。私が一人孤独に死ぬでしょうが」

 

「ハンっ! 俺が死ぬまでは死ねると思うなよ、バカ弟子」

 

「私の個性でどう頑張ろうと千年は無理に決まってんだろ」

 

「桁がおかしいわバカタレ!!」

 

「万年はいくら妖怪でもヤンチャしすぎでしょうが! 程々に死なせろ!」

 

「なぜ増やした!?」

 

 いや、百年やそこらじゃアンタ死なねぇだろ。

 死にたいと思ったことは無いけど、千年生きたいとも思ったことは無い。

 

「まぁ、いい。もう諸々の家電は向こうに用意してあるし、手続きももうあらかた済ませたからな」

 

「私に何も言わずに!? つーかいつの間に!?」

 

「あとはお前を送り届ければ、俺は晴れて自由の身ってわけだ」

 

 この妖怪じじい、人を地縛霊かなんかみたいに言いやがって。そのうちこの家にお祓い呼んでやる。

 

「どうせここから雄英は遠いだろうが。近くに美味いたい焼き屋もあるし、雄英もここよか大分近いぞ」

 

 うぐ。

 たい焼きはどうでもいいけど、雄英に近いのはかなり魅力的……。

 入試の時もかなり早くに家を出なきゃならなかったし、通学距離か時間をどうにかしようとは考えていた。

 

「ほら行った行った! 俺のことなんぞさっさと忘れちまえ!」

 

「待てコラじじい! せめて昼飯は食ってから行かせろ!!」

 

「……アパートの最寄りにラーメン屋があるらしいぞ」

 

「あばよクソジジイ! 墓参りは毎年行くから安心しろ!」

 

「待てコラ薄情娘ぇ!! その歪んだ性根を叩き忘れておった!」

 

 

 

 私は半ば追い出されるように出立した。

 強引に渡された地図のコピーに書き出された住所を見るに、私が到着するのは早くともお昼をかなり過ぎた時間になる。

 何処にあるのかも分からないラーメン屋を目指すか、すぐそこの駅前のマクドナルドで済ますか、私は選択を迫られる。

 

 それにしても、もう少しまともな去り方が出来なかったのだろうか、私。

 別に嫌いではないし、父親のようにも祖父のようにも思っているが故の抵抗だと、あのツンデレじじいは分からないのだろうか。

 

 ……いや。お互い素直になれないだけか。

 

「あーあ。どっちが後悔するのか、考えたくもねーや」

 

 よし、ラーメン食べに行こう。あるか知らないけどチャーシュー丼も付けて、ちょっと早めの夕飯ってことにしてしまおう。

 

 

 


 

 

 

 

 元々持ち物の少ない私は、着替えと化粧品、財布と携帯電話、その他諸々を詰めて尚余裕あるリュックサックを、家具の一つもない部屋に降ろした。……うわ、ちょっとラーメン屋の臭い染みてんじゃん。

 

 にしても、家電だけ一通り揃えて設置までしていくとか、何考えてんだあのクソジジイ。いや、拘りとか特にない家電はいいとして、家具を任せるにはジジイじゃ不安か。残り少ない春休みで揃えて行くかな。

 

 さて。

 

 ちゃんと引越しをするのはこれで初めての事だけれど、まずすべきことといえば、一つだろう。

 

 そう、お隣さんへの挨拶である。今後の生活で関わることは極わずかであろうとも、壁を隔てて同じ屋根を共有する人との面識は早くに済ませておいた方が良いに決まっている。幸運にも持ってきていた歯磨きセットが早速活躍してくれた。服に染み付いた臭いは、……着替えるしかないか。

 

 インドア派の私が持ち合わせる数少ない外着に着替え、私は左足に靴を履く。右足も靴を履くと歩きにくくなるから仕方ないとはいえ、靴一足だけが鎮座する玄関というのは酷く不気味な光景だった。一人暮らし故の新発見一つ目がこれなのはちょっと嫌だな……。

 深いため息を垂れ流してから、私は玄関を出て隣の部屋のドアの前に立つ。

 

 ……やばい。めっちゃ緊張してきた。これでこわいおにーさんとか出てきたらどうしよう。既に留守であれと願ってる私が喉まで出かかっている。

 

 ──よし、三、二、一で行こう。

 多少怖い人でも私の右足を見れば、義足と勘違いして、威嚇してきたりはしないだろう。最悪、蹴り飛ばしてしまえば一秒で事足りる。大丈夫。私の足は殺人鬼だ。人間程度に怖気付くようには出来ていない。

 

 ……三。

 やっぱ十から始めた方がいいかな。

 いやでも、流石に人の家の前でずっと突っ立ってて、不審者に思われても嫌だし。

 

 ……二。

 空き部屋であったらどれだけ良かったことか。私も入る前に確認した部屋番号の下には、『麗日』と。簡易的な表札に書かれている。断じて、このアパートの名称が麗日なわけではない。

 

 ……一。

 

 古い型式のインターホンを押す。

 ノイズ混じりのチャイムと共に、女の子の「はーい!」という返事がドア越しに聞こえてきた。

 

 ドアを開けて現れたのは、雄英の制服を着た、茶髪をショートボブにした女の子。良かった! 女の子で同年代! しかも可愛い!

 

「隣に越してきた、荒屋敷亜弥です。──これ、菓子折り代わりのたい焼きです」

 

「た、たい焼き? これはご丁寧にどう、も? あ、私、麗日お茶子っていいます!」

 

 妖怪──つぶあん派に寄越されたたい焼きを、お茶子ちゃんは笑顔で受け取ってくれた。グッジョブじゃねぇか、ジジイ。私のセンスだったらこれがどうなっていたことやら。

 お茶子ちゃんは、もしかしてだけど──と、私の右足を見て訊いてきた。

 

「──雄英の入試にいた右足の人?」

 

「右足て、まぁそうだけどさ。……あっ、ビンタの子かきみ!!」

 

「ビンタの子!? いっ、いやしたけどっ!」

 

 ……お互い、ろくな覚え方してなかった。右足が原因で気を使われるよりずっとマシだけど、右足の人って。

 それにしても、同じ試験会場にいて、今制服を着てるってことは同い年、来週には同級生になるわけか。

 

「うははっ、まぁ第一印象なんてそんなもんだよ。私を見て右足以外の印象持つやつなんて多分居ないし」

 

「うーん、まあいっか」

 

 器が大きいのか、それとも単に雑な性格なのか、お茶子ちゃんはさも当然のことのように受け入れる。

 

「ごめん、聞いていいのか分からんのやけど、……その足、大丈夫なん?」

 

 お茶子ちゃんは恐る恐る訊いてくれたけれど、私としても素直に訊かれたほうがありがたい。何も聞かずとも分かりますみたいなツラして勝手に助けに来られるよりずっといい。

 

「靴が履けないのと長さが合ってない以外はなんともないから気にしないでいいよ。疲れ知らずで便利なくらい」

 

「すっごいポジティブ!? へ、へー……。最近の義足って凄いんだね」

 

「そう。超凄いんだよ」

 

 色んな意味で安心したような様子のお茶子ちゃん。器が大きいのか雑なのかはこの短時間じゃ分からないけれど、ヒーロー科らしく優しいのは痛いくらい身に染みた。

 

「そういえば、言い忘れてたよ──合格おめでとう、お茶子ちゃん」

 

「あっ──おめでとうっ! 亜弥ちゃん、でいい?」

 

「うははー。むしろ苗字で呼ぼうものなら、向こう一年は登校出来ない身体にしてたところだよ」

 

「怖っ!?」

 

 うん、可愛い。私が殺人鬼だったら、ヒミコに次いで最後から二番目まで殺さずにおいてたよ。

 

「おっと、そういえば私はこれから至急寝具を買いに行かないと、今夜を冷たい床と共に過ごすことになるのでね。今日のところはおさらばだ──ヒーロー科でまた会おう、お茶子ちゃん」

 

「うんっ、また! 雄英で!」

 

 第一回(で終わりであって欲しい)血湧き(ドキドキ)肉も湧く(ワクワク)初めましてお隣さん大作戦は、心配をことごとく杞憂として完遂した。マジグッジョブクソジジイ。

 私はこれからニトリに向かい、寝具を買ってくる。

 

 あれ、ベッドだと郵送にならないか? 敷布団だとしてもこの足じゃ持ち帰らせてくれなさそうだし……。

 

 よし。せめて枕だけでも確保しよう。どうせずっと安物のソファで寝てたんだ。今日明日くらいは余裕で我慢出来るはず。……最悪、お茶子ちゃんを頼ろう。

 

 





 お茶子ちゃんから見た亜弥ちゃん
 特徴的な右足で、無敵っぽい人。触ったものをバラバラにする個性?

 亜弥ちゃんから見たお茶子ちゃん
 丸顔平手打ち美少女。優しいお隣さん。




 次話あたりでやっと入学かなあ……。
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