ピースメーカー 作:月見月 月魅
入学初日だからと張り切って早すぎるくらいの時間に登校した結果、交通事故に遭った。
そんな残念なキャラが主人公の小説を読んだ私は、しっかり彼を反面教師にして、私は遅刻寸前の時間に到着するよう、余裕たらたらに身支度をして、のんびりとイヤホンで音楽を聴きながら優雅に登校した。
進学校ではなく、専門性の強い雄英のヒーロー科といえど、ここは偏差値七十以上とかいう頭のおかしなことになっている学校。そんな学校に受験してくる奴というのは誰も彼も、根本的に真面目らしい。
私はぶっちぎりに出遅れて教室に踏み入ることとなった。素直にお茶子ちゃんの誘いに乗って、一緒に来ればよかったなぁ。
すでに私以外全員が座っているおかげで、私の席は一目瞭然。廊下側、前から四番目。近くにはお茶子ちゃんの姿もある。
「お茶子ちゃん同じクラスじゃん。おはー」
お茶子ちゃんは誰かに聞かれまいとするような小声で急かすように言う。
「挨拶はいいから亜弥ちゃんっ、早く席に着いて!」
ふむ?
お茶子ちゃんの視線の先を辿れば、そこには教卓。クラスメイト達の髪色が派手すぎて全く視界に入らなかったけれど、既に担任と思わしき教師――髪は伸び放題で、髭もあまり手入れされておらず、ホームレスと見紛うほどに小汚い男――が立っていて、私を思いっきり睨みつけている。素で目つきが悪いでは片付けられない、苛つきという文字が頭上に具現化しかねないほどの顔をしておられる。
ついでに私の席の一つ後ろである眼鏡男子もすごく物言いたげな顔をしている。
「遅刻ギリギリに加えお友達ごっことは余裕だな、荒屋敷」
「はあ、すいません。人喰い鮫と天使の戦争に巻き込まれて遅れました。あと苗字で呼ばないでください」
担任の先生は何も言わず、その鋭い目でさっさと座れと訴えてくる。別に逆らう理由もない私は素直に席に着くと、やっと先生は口をひらく。
「時間は有限。多少のアクシデントじゃ動じないよう余裕を持ったスケジュールで行動するように――担任の相澤消太だ。よろしく」
……やっぱ先生なんだ、この汚っさん。そう思ってるのは私だけじゃないらしく、ここから見える顔だけでもみんな似たような顔をしている。
「早速だが、
担任――相澤先生はどこからか、雄英のジャージを取り出して言った。雄英体育祭とかで雄英生がきてるのを何回か見たことあるけれど、遂に私もあれに袖を通すのか……。
制服は派手なわりに見慣れてなかったから、あんま感動とかなかったんだよねぇ。
「お茶子ちゃん、明日から一緒に登校しようよ」
「今日も誘ったよね!? いいよ!」
私は詳しいから知ってるんだ。あの手の気怠げ疲れた風なヒーローは強いって。ソースは師匠……いや、あれはただ老いぼれてるだけか。
「……揃ったな。これから個性把握テストを行う」
「ええ!? 入学式は!? ガイダンスは!?」
「しっ、お茶子ちゃん! これでも先生渾身の一発ギャグなんだから、水さしちゃだめだよ」
「そうなん!?」
妖怪つぶあんも寝起き早々に山まで連れ出して「朝飯までに帰ってこい」とか言ってきたことあったし、間違いない。
――鍛錬をギャグ呼ばわりは俊典でもしなかったぞ!!!
「いい加減にしろ荒屋敷」
「名前で呼んでってば。リピートアフターミー、あやちゃん」
JKを名前呼びするのがそんなに恥ずかしいのか、相澤先生はそっぽを向いて、説明を始めてしまった。
「中学の頃にもやってるだろ――個性禁止の体力テスト。国は、未だ画一的な記録をとって平均を作り続けている――合理的じゃない。ま、文部科学省の怠慢だな」
一度深いため息を挟んで、私の方を見ながら続ける。
「実技入試テストのトップは……、荒屋敷だったか」
「名前」
「荒屋敷。中学の時、五十メートル走やったか?」
無視すんなし。
「あやちゃん。あやくんでも可。……まあやったけどさ」
((((やったの!? その足で!?))))
うん。私の右足に注目が集まってるのが痛いくらいに分かる。まあ実際、側から見たら痛々しくも見えるか。ぱっと見は義足だし
「記録、何秒だった?」
「六秒ちょっと。まあまあ速かったよ」
((((普通に速えじゃねーか!!))))
まあ、バレない程度にモーター回してたからこそだけどね。
「じゃあ、個性使ってやってみろ」
「ほーい」
私は相澤先生が指差す、五十メートル直進コースのスタート地点に立つ。
『ヨーイ』
相澤先生ではない、計測機器からの機械音声が告げる。
クラウチングスタートはいいのかと、相澤先生が聞いてくるけれど、殺人鬼の足はどんな姿勢からでも最高速度で走り出せる。それでも微小の差は生じるため、素早く地面を蹴れるよう、軽く右足を持ち上げてスタートの合図を待つ。
再度確認を挟んだ後、やっとこさスタートの合図を機械音声が告げる。と、同時――
――ノーマルモーター、キックアクセル。
たかが五十メートルなんざ、この足には距離じゃない。右足の勢いに任せて飛び出した私は、地面とほぼ並行に飛び、機械音声がスタートと言い切る前に、ゴールラインより数センチ先に右足のつま先を突き刺して止まる。
相澤先生の持つ端末に、一秒にも満たない記録が表示され、遅れて爆音のような音と衝撃が轟く。
クラスメイト達が衝撃によろめきながらも、「面白そう!」など、歓声が上がる。そう言われちゃ、私としても面白おかしく思えてくる。
だけどそういうことを言っていいのは、悲劇を笑って叩きのめせる偉い奴だけ。ただ力を振り回したいだけなら、それは考え無しのヴィランの思考と変わりない。
「面白そう――か。ヒーローになるための三年間、そんな腹づもりでいるのかい?」
厳しい言葉に、クラスメイト達の顔色が翳る。
「……よし」
そんな様子を見て、相澤先生は不敵に笑う。
あー……。この人、師匠とか訓練官とかには向いてても、教職には向いてないタイプだ。具体的には、私の師匠と同類――つまりツンデレ。
「八種目トータル成績で最下位の者は、見込みなしと判断し、除籍処分としよう」
「「「はぁあああ!?」」」
ちょっ、私詰まないか!? 握力とか体力とか腕力とかポンコツだぞ私! 右足以外はこういう時役立たずだぞ!?
「こういう理不尽を覆していくのがヒーロー。これが雄英高校ヒーロー科だ。全力で乗り越えてこい――プルスウルトラさ」
発想力で補えればいいけど、大丈夫か私……。
誰も彼もが不安を抱いたまま、個性把握テストが始まった。
第一種目――50m走
計測機器の限界のようで、二度三度と計測しても、私の記録は0.01秒としか出なかった。これが全種目と平均化した時にどの程度響くやら……。
第二種目――握力
32kgw――どうしろってんだこんなもん!? 解してやろうか!?
第三種目――立ち幅跳び
五十メートル走の時より、気持ち高めにキックアクセル――256m――もう二度とやらねえ。顔面からずっこけた。
第四種目――反復横跳び
45回――右足だけの片足跳びで頑張ってみたけど、大した記録にはならなかったし疲れた。
第五種目――ソフトボール投げ
キックアクセルを始めてちゃんと使った気がする――358m――まだ力加減とか射出角度とか、工夫すれば数倍は伸ばせそうな気がする。
第六種目――持久走
今の私は左右でバランスが悪い。それが一番作用するのは、走る時。走るという行動そのものが殺戮であった殺人鬼の足を移植した結果が、まともに走れないというのはなんと皮肉なことか――ギブアップ。
第七種目――長座体前屈
第八種目――上体起こし
どうしろってんだだからさあ!! 中学の時の方がマシだったよチクショウ!!
一つ一つどうにか打開策を考えながらこなしつつ、私は一人の男を探していた。言うまでもなかろうが、入試の時に見た、巨大ロボを拳一つで破壊した、あの地味目の受験生。地味過ぎて顔を覚えてなかったし、B組の方にいるかもしれないとわかっていても、私は無意識に探していた。
ソフトボール投げの時にようやっと、彼がヒーローらしい記録を出すところを目撃し、確信した。
緑谷出久といったか――入試の後にでもお茶子ちゃんと何かあったのか、随分仲良さそうにしてた。……あ、ちげぇ。お茶子ちゃんの距離感がデフォで近いんだ。
……そんなこんな、散々な最後で全八種目を全員が終了。これより結果発表。
私の計算に狂いがなければ、最下位は透明人間の女の子――透ちゃんか、文字通りぶっ壊れ超パワーの個性を持つ、出久くん。
どっちもやだなー!!
出久くんは絶対いいヒーローになるし、透ちゃんもめちゃくちゃ可愛いし!! 見込み無しどころか見所万歳じゃん勿体無いって!! ……いや、出久くんは見栄えする感じの顔ではないし、透ちゃんの顔も見えないけどさ。
「んじゃ、パパッと結果発表。口頭で説明するのは時間の無駄なので一括表示する」
総合点数順の表が、勿体ぶったりとか一切せず飾りっ気なしに表示される。
「ちなみに除籍は嘘――君らの最大限を引き出す、合理的虚偽だ」
相澤先生はハッと鼻で笑う。そうそう、それでいい。ナイス判断。
それはそれとして私の順位が微妙な位置なのは納得いかないけど!
「これにて、個性把握テストは終わりだ。教室にカリキュラムなどの書類があるから目ぇ通しとけ」
最後にそう言い残し、手を負傷したらしい出久君に保健室届けを渡してから去って行く。
「ねえお茶子ちゃん、彼にほの字だったりする?」
「ちっ、ちゃうよ!? 全然そんなんじゃないって!」
……ほーん。