ピースメーカー 作:月見月 月魅
普通科の推薦入学者、白神彩織は委員長である。
そんな端的な説明じゃ、彼女の過去を、中学時代を知らないクラスメイト達は首を傾げることだろうけれど、しかし白神彩織という存在を説明する上で、白神彩織という人間を設計する上で、白神彩織という概念を構成する上で、委員長という情報は基礎にして基準だ。
絶対の委員長。究極の委員長。白銀の委員長。最強の委員長。完全の委員長。永遠の委員長。残響の委員長。狂想の委員長。白刃の委員長、エトセトラエトセトラ。
きっと名付けた誰か達は中二病を拗らせていたのだろう。けれど、その数ある名の全てに名前負けしないほどに、白神彩織は万全に委員長であった。
世界を彩る芸術家も、世界を謳う小説家も、血縁なき双子の兄弟も、悪魔の如き知恵を持つ後輩も、禁忌を網羅した小学生も、地軸すら傾ける傾国の美少女も──かの委員長の前では、一人の学生へと身を落とす。
かくいう私とて、親を捨てた家出娘である私とて、教室では一人の中学生として──友達こそろくに出来なかったとはいえ──卒業まで恙無く暮らすことが出来た。
人類最強とは誰か──私は恩人である轢殺の殺人鬼、マキナも、平和の象徴であるオールマイトも差し置いて、彼女の名を上げよう。
十全にして、万全にして、完全の委員長──白神彩織。
朝のホームルームで、先日の屋内戦闘訓練を見た感想と注意、私への講評を軽く済ませた相澤先生は、唐突に「学級委員長を決めてもらう」と言い出した。
学級委員長って決めるものだったのか。……中学じゃ、委員長を差し置いて委員長になろうなんて考える奴いなかったし、始業式(つまり私の転校初日でもある日)から委員長は教師達からも委員長として扱われていたから、委員長とは役職であることを私は忘れていたらしい。
皆が挙手して、各々勝手に委員長になりたい旨を語り出す。
みんなのリーダー、なるほど。委員長という立場はそう見ることも出来るのか。確かに委員長も一部からリーダーと呼ばれて……いや、あの人達は別枠か。
「亜弥ちゃんは委員長にならなくていいん?」
お茶子ちゃんが意外そうに訊いてくる。
「私には荷が重いよ、委員長なんて」
いや、あのレベルの人間がこの世にもう何人もいるとは思っていないし、この教室に居るなんて期待もしていないけれども。
「静粛にしたまえ!!」
教室が騒々しさがエスカレートしていくのが耐えきれなかったのか、インテリ眼鏡な委員長面──飯田天哉が挙手しながら立ち上がり場を制した。
「多を牽引する責任重大な仕事だぞ! やりたいだけでなれるものでは無いだろう! 周囲からの信頼あってこそ務まる聖務!! ──これは投票で決めるべき議案である!!」
とは言いつつ、自分もなりたいのだろう。言葉とは裏腹に、天を射抜かんばかりに手がそびえ立っている。正直なのやら真面目なのやら。
「日も浅いのに信頼もクソもないわ、飯田ちゃん」
どことなくカエルっぽい少女、梅雨ちゃんが反論する。なるほどその通り、私はクラスの男子の殆どを知らない。
「確かにそうだが、だからこそ! ここで複数票を取れる者こそ真に委員長に相応しい人間だと思わないか!? どうでしょうか、先生!?」
ふむ、確かに。かの委員長は初対面ですら絶大の信用、信頼を獲得していた。……あれはむしろ乱獲というべきか。
ならば確かに、その信頼を数値化して比較するなら、投票という手はあながち間違いでもないだろう。
「時間内に決まるならなんでもいいよ」
相澤先生は丸投げして、寝袋に籠り寝入ってしまう。
気を利かせた百ちゃんが紙と箱を用意してくれているけれど、これって……。
「私以外の全員が立候補してる時点で、決定権は実質私のものじゃん」
「「「確かに!?!?」」」
「オイ!! 俺に入れなかったらどうなるか分かってんだろうなぁ!?」
「ごめん、顔が好みじゃねぇ」
「オイラのマニフェストはスカート膝上三十センチ!」
「女子相手に言ってのけたその勇気は認めよう。しかし私はロング派だ」
馬鹿みたいに肌を露出してる美少女もそれはそれで可愛くてエロくて素敵だとは思うけれど、だけど私はマイクロビキニよりもスク水派だし、夏服よりも冬服派だし、ミニスカートよりもロングスカート派だし、タンクトップよりも萌え袖派だし、巫女服は脇を出さない派だし、ブラはスポブラ派だし、ブルマよりも芋ジャージ派だし、裸エプロンよりもメイド服派である。隔たりのないエロスを否定する気は無いがしかし、見えないからこそのエロスは無限大だと私は確信している。自覚している。パンツ剥き出しの女の子はどう見てもパンツ剥き出しの女の子でしかない。しかしスカートをロングにして完全に隠された場合、その中には無限の可能性が内包されることになる。さながらシュレディンガーの猫だ。中を確認しない限り、そこにはあらゆるカラーリング、あらゆる模様、あらゆる装飾のパンツが同時に存在しており、そして存在していないのである。仮にこの世の全女性の下着が服装で隠されたなら、全女性にノーパンノーブラである可能性が生じ、我々は中身を自由自在に空想できるのだ。目の前で歩いている通学中のJKが実はノーパンノーブラでヒヤヒヤドキドキしているという妄想も、実はブリーフを履いていていつ見られまいかとドギマギしているという妄想も、常にパンツ丸出しで歩かれていては出来たものではない。秘められてこそのエロス。それを理解できないうちは、まだまだ中学一年生を卒業出来ていないと言わざるを得ないね。
「だから委員長は君がやればいいよ、眼鏡だし」
「いやっ、まったく意味が分からないんだが!?」
委員長といえば眼鏡。眼鏡といえば委員長。
そういえばかの委員長はその例からかけ離れていたけれど、あの人もきっと眼鏡が似合うだろう。比べて今のクラスメイト達は彼以外に眼鏡の似合いそうな顔は無いし、この人選は的確だろう。
「げ」
「……開口一番から失礼ですね。我ながら外見は見目麗しく思っているのですが」
昼休み。昨日の反省を早速生かし、今日はちゃんとしたものを食べようときつねうどんを注文、受け取り、席を探していると、遂に出会ってしまった。
歩いていて踏まないのかと見てて不安になる程に長い銀髪。
天上の住人を思わせる穢れの知らない白肌。
強者であるべくして産まれたと確信しているような自己愛に満ちた美貌。
その目は鋭くも優しい色をしていて、口元には笑みが滲み、久々の再会の喜びを隠しきれない様子が見て取れる。
中学時代からの恩人である、白銀の委員長──白神彩織である。
またの名を──
「彼氏を放ったらかしていいの? 恋人が
「あなたが私達をどういう仲だと思い込んでいるのかはそのうち
「あっそ」
友達というわけではない。
仲間というともっと違う。
知り合い、というにはお互い知りすぎている。
元同級生、同窓というにも近すぎる。
百歩譲って四捨五入してお互いの事情を加味して、さらに百歩譲って、強いに強いて言えば、……旧友といったところか。それも近い言葉というだけで、過去に友人関係があった訳では無いが。
「今後関わらないという保証もないので、一応報告しておこうと思いまして」
「それなら電話でよくない? そんなことのために彼氏と別行動とか、珍しいじゃん」
「あなたはどうか知りませんし知りたくもありませんが、私はあなたを大切な愛すべき友人だと思っています。カインも大事な恋人であり仲間であり家族ですが、時には友を優先することもありましょう。……まぁ確かに、あなたの言う通りで珍しいことではありますね」
カイン──
「カインを同行させてもよかったのですが、残念ながら仕事中でして。……それにここはヒーロー志望が多く、あのような顔ではどうしても悪目立ちしますから」
「あー、まぁ、イレズミマンじゃ仕方ないか」
銀髪という奇抜な髪色をした彼女の恋人が普通な外見をしているはずもなく。カインの顔面には異国の文字で『神の落書き』を意味する単語が左頬に刻まれている。その真意には二人の出生に関わることらしいけれど、詳しいことは聞いていない。
ちなみに本人の前で下の名前やイレズミマンなんて呼ぶと、ブチ切れて髪型を変えられる。かつて『
女の子のような名前で呼ばれることに抵抗があるらしく、自己紹介の際には本名ではなくあだ名のカインを名乗ることが多い。
「で、昨日何があったのさ?」
「ここの生徒の誰かが呪われました」
平然と、事務的な声音で委員長は言う。
「竹輪です」
「いや、それは卵焼きでしょ」
プラスチック製のピンク色の箸に掴まれているのは、どう見ても竹輪ではない、黄色の固形物。
基本ハイスペックで、危険思想とはいえ割と真面目なのに、変なとこで天然なんだよなぁ。
「巨大な円柱状の、質量無き怪物。別に呼び名なんてバームクーヘンでもうまい棒でもいいのですが、踏み潰した感触的に、竹輪の呪いだと判断しました」
「いや、竹輪を踏み潰した感触も知らないけど」
──呪い。
私の時は、地を泳ぐ無限の鮫だった。
見知った例だと、右手、左手の肘あたりで繋がり一体化した二人一対の赤子だったり、酸素を喰らう巨大な鰐だったり。
「一体一体は大した問題ではなく、最低限戦える力があれば十分に倒せるのですが、問題は数、そして範囲でして」
「……要するに、私の鮫と似たような感じってこと?」
「一網打尽にできただけ、あなたの時の方が幾分か楽でしたよ。──昨夜より殲滅し続けている竹輪は、複数発生する上に群れないのです」
「は? いやそれ、おかしいでしょ」
呪いというのは、まぁいわゆる呪いで、基本的に個人を対象とした完全非接触の攻撃。一般的には眉唾物で、藁人形に五寸釘を打ち込もうと、組み木の箱に血と肉を詰めようと何も起きない。
しかし偶然か、奇跡か、あるいはそういった個性だったり、マジの呪術師だったりが関わることで、何らかの現象が個人を襲うことがある。
私が誰かに呪われた時の鮫も、大量にいて群れているにも関わらず、私以外の人間には見向きもしていなかった。
そういった前知識を持ち合わせてしまっているが故に、その竹輪とやらは呪いとしても異常事態だろう。
「ええ、まったくです。おかげで昨日からほぼ徹夜でして。──雄英周辺は日の出までに片付けたのですが、まだ街のあちこちに、それこそモグラ叩きゲームのように湧いてでて来ます」
竹輪が生えてくるモグラ叩きゲームか……。ゲームのサイズ感でも嫌だな。気持ち悪い。
うわ、竹輪なんて想像しちゃったおかげで父親まで思い出した。最悪。殺意殺意。
「それも放課後までには片付くでしょうけれど、──もしもの場合、あなたの異能に頼るかもしれませんので、心の準備だけはしておいて下さい」
「それはいいけど、……そうだ。近々に手伝って欲しいことがあるんだけど──」
油揚げを一口サイズに裂こうとした刹那──なるべくなら聞きたくない警報音がスピーカーから鳴り響いた。
『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんは速やかに屋外へ避難してください。繰り返します──』
劈くような機械音声に急かされるように、誰も彼もが我先にと出口目掛けて走り出した。しかし感情こそ統一できているものの、思考も判断もペースも歩幅もがズレており、あちこちで転倒と踏み付け、圧迫が起きている。
パッと見でアウトローな委員長と、片足義足な私を避ける程度の理性はあるようだけど、まともに身動きが取れる訳でもないし、このままじゃ声も届かないだろう。
──ダンッッッッッッッッッッッッ!!!!
『ッ』が十二個連なるほどの轟音──足踏み。私ではなく、委員長の足からそれは鳴った。
喧しいだけのパニックなんてものは、この委員長にしてみれば耳元で舞う羽音のようなものなのだろう。……五月蝿くてうざい、と。
つま先、踵からの振動に──耳、鼓膜を叩きつける銃声のような轟音に──この場の全員が足を止め、意識を委員長へと集中させた。もうスピーカーから鳴る警報なんて、誰にも届いてはいないだろう。耳痛ってぇ。
「状況を見定めなさい。足元は見ましたか? 近くで倒れている人がいませんか? 割れた食器はありませんか? 気付かぬうちに火傷していたりはしませんか? ──我先にと逃げるだけなら野生の猿でも出来ましょう。あなた達が人間を自称するのなら、知性と理性を駆使して安全に避難しなさい」
全員が視線を足元に向ける。
あちらこちらで腰も下げ、床に倒れている者に手を差し伸べる者が現れる。
出入口に近い者から順に、走らず、けれど足早に外へと向かう。
「さすが委員長」
「喧しい。あなたはいるだけで心配かけるんですから、さっさとこの場を離れますよ」
「ちょっとまって。うどんが伸びる」
「……私を前にそれだけ言えるようになったことを友として喜ぶべきか、手に負えない問題児が増えたことを嘆くべきか、悩ましいところですね」
などと言っている委員長も、お弁当と箸を手放してはいない。強者としての余裕か、或いは彼氏に作ってもらったお弁当がそれほど大切なのか──両方ともだし、両方だろう。
呪い
彩織達がそう呼んでいるだけで、呼び名は無数にある。UMA、異形、妖怪、怪異、呪い、怨嗟、思い、災害、天災、神罰、悪魔、神、過去、未来、歴史、妄想、家族、友人、天体、機械、幽霊、個性、エトセトラエトセトラ。
目に見え、耳に聞こえるものの、触れられないなにか。あるいは見えず、聞こえず、触れず、存在しない無そのもの。
一説には上の次元からこぼれ落ちてきた生物とも言われており、彼らは一方的に人間を襲う。喰らう。殺す。取り込む。人間でいうところの個性のような能力を持つ呪いは珍しくなく、無限増殖する鮫や、大気中の酸素を消し去る鰐などが確認されている。
条件が噛み合えば接触、攻撃が可能で、彩織やカインは呪いを物理的に殴り殺せる稀有な存在。亜弥もピース化することで無力化することが可能。
一般には認知も目撃もされていないのは、そもそもの事例数が少ない上、世界各地に存在する専門の機関が徹底的に駆除しているから。また、そもそも見えない事例が圧倒的に多数。
彩織の場合、一般人に近い位置で活動している上に隠すつもりもないため、周囲に呪いを認知している知人が多い。