「う………ここは…?」
妙な浮遊感に包まれていた事に違和感を感じ、目を見開いた。
「モニターは………一応、生きているか。」
所々ひび割れているものの、外の景色を確認することくらいはできるようだ。
ぼやける視界を修正しながら、モニターに映し出されたそれを見て、彼は息を呑んだ。
周囲に映し出されたもの。
それは青くも暗い宇宙の色とは異なったものだった。
「……何なんだ?この景色は…。」
それは周りすべてがマーブルに彩られた異様な空間。あの暗がりの宇宙とはまるでかけ離れた色だった。
その異様さに思わず目を見開いてしまうが、すぐに目を閉じて一息吐き出す。
「ここがどこだろうが……関係はないか。しかし…●●●●●●、思ったより丈夫だったらしい。」
あれだけボロボロの状態で戦って、次元転移の爆発に巻き込まれたにも関わらず、こうしてコクピットのエアーが保てるほどまでに耐えていたのだ。愛機の堅牢さには舌を巻く以外ない。
「システムの再起動は……無理か。手動での脱出は……ダメだ。装甲がひしゃげて引っ掛かってるな。………フッ…出られたからと言ってどうなるわけでもないが。」
明らかに異様なこの空間。どう考えても普通の空間ではない。恐らくは、次元転移のショックで異空間にでも飛ばされたのだろう。
諦めた彼は、力を抜き、浮遊感に見を預ける。
妙な心地よさだった。
なんのお供しない。ただただ静寂が支配する世界。
「静かだ。世界はこれくらい静かな方が良いのかもしれん。………静寂が日常である世界、案外悪くはないようだ。」
闘争をかつて望んでいた自分たちだったが、
闘争もない、
戦争もない、
そんな世界をその身で感じ、それは意外にも満たされていた。
これが平和を望み戦うものが得られる特権なのかもしれない。
「酸素残量は…後20分前後か。それまでは生きていられるか。………あの部隊は全滅。後は残った俺がいなくなれば、すべて終わる。…終わるときは…まともな死に方をするとは思っていなかったが…フッ、俺は贅沢ものだな。」
けたたましい銃声鳴り響く戦場で戦死することもなく、
ただただ静寂の中で一人で、ゆっくりと………
自分がまさかそんな最期を迎えることができようとは、夢に思わなかった。
「この訳のわからん空間が俺の墓場っていうのが気に食わんが、それも贅沢、というものか。だが………
もっと贅沢を言うなら、
平和という甘い世界を………見て、歩いて、感じてみたいというのは、欲張りなのだろうな。」
【そんな貴方の願い、私が叶えてあげますの。】
「!?!?」
独り言に応じるように頭に響く声。閉じていた目を開き、何事にも応じれるように身構える。
「…誰だ?」
【私は今、巷で流行りの転生の女神ですの。今、貴方が言っていた平和な世界で過ごしてみたい。その願いを叶えられますの。】
「女神…?ふざけているのか?」
【マジもマジ。大マジですのよ?】
…どうにもこのヒトを食ったような声に懐かしさを覚えつつも、警戒を怠ることはない。
「仮にお前が女神として、ここはどこだ?あの世、というやつなのか?」
【そうでもあって、そうでもないですの。ここは所謂、次元の狭間ですの。】
「次元の狭間…だと?」
【その名の通り、あまねく世界の間にある場所ですのよ。あの世もこの世もその世もどの世も行けますの。】
正直眉唾ものだった。女神だの何だのオカルトを信じる程、彼は信心深くはない。だが、この空間を他に説明できないのも事実だ。
「仮に俺を平和な世界へ飛ばすとして…お前に何のメリットが有る?平和な世界で何をさせるつもりだ?」
【疑り深いですのねぇ。私、悲しいですの。しくしく。】
「取って付けたような泣き真似はやめろ。ばればれだぞ、これがな。」
【…ホントに泣きますのよ?…まぁ見返りとして、その壊れかけの機体。その特殊な力を借りたいですの。】
「特殊な…?」
【正確に言えば、その装甲材質ですの。】
用途はわからないが、この機体の装甲にはある程度の自己修復機能が備わっている。それをご所望らしい。
「…幾度となく俺を救ってくれた相棒だ。このまま朽ちていくよりも、何らかの役に立てれるなら、それに越したことはないだろう。」
【契約、成立ですのね?】
「あぁ。貴様の好きにしろ。」
【ありがとうですの。………これで私は………私自身になる方法を…。】
「………?」
何やら後半が聞き取れなかったが、どうせここで切れる縁だ、と彼は気には止めなかった。
兎にも角にも、これで平和な世界へとシフトとなる。不安もないわけではないが、期待もないわけではなかった。
【では、これから貴方をかの世界へ誘いますの。準備はいいですの?】
「いつでも構わん。好きなときにやれ。」
【了解ですの。】
そう応じるやいなや、彼の体が淡い光りに包まれる。不可思議な光景だが、考察するより先に、次は体が透け始めた。いよいよ異世界へ飛ぶことが現実味を帯びてきた。
【そうそう、言い忘れましたの。】
「なんだ?」
【これから次元をぬけることになりますの。つまり強いショックに晒されますの。衝撃で記憶がブッ飛ぶかもしれませんので、了承お願いしますの。】
「なん……だと……?」
以前、彼は一度次元転移を体験し、記憶を失ったことがあった。
その時の自身の性格を思い出し、背筋に薄ら寒いものが走る。
「アレが…まだ起きるかもしれないのか!?」
【起きるかもしれませんし、起きないかもしれませんの。】
「どっちだ!?」
【それは神のみぞ知る、というやつですのよ。】
「貴様!さっき自分で女神と言っただろう!?」
【記憶にございませんの。】
体の感覚がなくなってきた。いよいよその時が来たらしい。
「くそっ!分の悪い賭けになったもんだ!」
【分の悪い賭け……好きではありませんの?】
「ここまで嫌な賭けは好まん!」
体がもはやここにあるかすらわからない状態へと変わってきた。もう喋ることすらままならない。
【時間ですの。】
「………!………!」
何かを訴えようにも声が出ない。
そんな焦りのさなか、やっぱとんでもないことを最後に口走った。
【では、向こうで会いましょうですの。】
転生の女神様………一体何者なんだ(棒)