赤ワカメは平和が恋しい   作:ロシアよ永遠に

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第三話『流れ着いた異邦人』

「ぅ………!」

 

目を覚ましたときに目に飛び込んできたのは、見知らぬ天井だった。白く、清潔感のあるそれと、容赦なく目に差し込むLEDライトは、寝起きにとっては苦悶以外何者でもなかった。

 

「ここは…?」

 

ゆっくりと体を起こす。ベッドがギジリと軋み、長い間横になっていたのか、体の関節も悲鳴を上げる。

 

「ようやく起きたか。侵入者め。」

 

「んぉ?」

 

予期せぬ低い女性の声に、随分と間抜けな声が出てしまった。

声の方を見れば、まるで鷹が鷲と形容するにふさわしい、黒髪の女性がガイナ立ちしていた。

 

「え、えと………。」

 

「………。」

 

「おはようございました?」

 

「なぜ尋ねる?」

 

「で、ですよね〜。」

 

愛想笑いを浮かべる男。対し女性は鋭い視線を崩すことなく備え付けの丸椅子に座り、変わらず睨みつけてくる。

 

「それで?お前は何者だ?どうしてココの敷地内の浜辺に倒れていた?」

 

「………俺…?俺は……。…?……??」

 

「どうした?まさか記憶喪失などと言うまいな?」

 

「………もし、もしだけど。そのまさかだったら……。」

 

「信じる、とでも?」

 

そのような茶番は通用しないとばかりに圧を強められた。

ありとあらゆる汗腺から嫌な汗が吹き出てくる。

 

「まさか本当に記憶喪失とでも言うつもりか?」

 

「………ハイ。」

 

絞り出した二文字の返事に、女性は大きなため息一つとともに頭を抱えた。

 

「名前は?せめてそれくらいは思い出せんか?」

 

「名前………名前…。」

 

靄がかかった頭の中を必死に探し求める。その中でようやく見つけた陽光を掴み取った。

 

「アクセル………アクセル…アルマー………。」

 

妙にしっくり来た。呼び慣れた記憶が蘇ってくる感覚が、妙に心地よく感じる。

 

「そうか………ならばアクセル。思い出せることが少しでもあるなら、話してもらいたい。例えば、ここに来た経緯とかな?」

 

「う〜ん…それができたら楽なんだけど…。そうだな……君のような美人にキスされたら思い出…」

 

鋭く風を切る音が部屋に響いた。

ほんの一瞬でアクセルの頬に当たる既のところで、刀が止まっていたのだ。

 

「私が……なんだって?」

 

「イエ……ナンデモナイデス……。」

 

「全く……!」

 

刀をどこかへ収めながらも、彼女の中では一つ疑問が浮かび上がっていた。

 

(こいつ……私の剣戟にある程度反応していた。)

 

彼女…織斑千冬は人間離れした身体能力の持ち主だ。こと剣術においては、世界最高峰と言われるほどの。そんな彼女が放った…ある程度手加減し、寸止めの腹積もりだったとはいえ、こちらが動いた瞬間に体を反らし、身構えたのだ。

 

(…なるほど、ただの記憶喪失の男と言うには惜しいな。)

 

にやりと口元を緩める千冬は、ポケットに忍ばせていたとあるものを引っ掴むと、アクセルに投げ付ける。それを難なく掴み、投げ渡された物を見たアクセルは疑問符を浮かべる。

 

「なんだい?これは。」

 

「発見した当初、お前が握りしめていたものだ。覚えはあるか?」

 

「う〜ん…ある様な無い様な………なんかもやっとはするんだがねぇ。」

 

「曖昧だな。」

 

「こればっかりはどうしようもなくてね。」

 

だが…投げ渡されたもの…翠水晶のネックレスに妙な引っ掛かりを感じずには居られなかった。

 

(なんだ…?俺はこいつを知っている…?)

 

だが先程とは違い、その正体を掴むには至らず、もどかしさだけが残る。

だがどことなく…一押し、あと一押しでなにか思い出せそうな…そんな予感がする。

 

「軽く解析して見たところ…大まかにそれはISであることがわかったんだが…。」

 

「あいえす?」

 

「…まさか、IS…インフィニット・ストラトスをも知らんというのか?」

 

「そりゃ記憶喪失だからな。PTとかAMとかなら………ん?」

 

「ぴーてぃー?えーえむ?それはなんだ?」

 

(なんだ…?俺はこの言葉を知っているのか…?)

 

また頭を靄が覆う。断片的すぎる記憶のおかげで、何もかもが中途半端だ。そのせいで、もどかしさばかりが支配してくる。

 

「悪い…。ふらっと頭を過ぎったんだ。俺の記憶となんか関係があるのかね、こいつは。」

 

「ふむ…、まぁ思い出せたらで構わん。…因みに、そのISのデータ。それで解析できたのは名前だけだ。全く、持ち主と同じで、名前しかわからんとは…皮肉なものだな。」

 

「は……はは…。」

 

もはや苦笑いが関の山だ。こればかりはISを造ったやつに言って欲しいものだ。

 

「そんで…ISの名前は…?」

 

「名は…

 

 

 

 

 

ソウルゲイン。」

 

「ソウル…ゲイン………?ぐっ………ぉっ!!」

 

瞬間、

アクセルの脳裏に電流のような痛みが迸った。

先程とは全く違った痛みに、思わず頭を抱えて呻き出す。

 

「アクセル!?どうしたというのだ!?」

 

「ソウル…ゲイン…!」

 

再び己が『相棒』の名を呟く。

瞬間、頭に自身の記憶だろうか?何らかの映像が断片的にフラッシュバックしてきた。 

 

『お前達は…望まれない…世界を作る……。』

 

『勝利…敗北……そこに意味はない…。破壊されるか…創り出されるか…。創造は破壊…破壊の創造…。お前は方舟と共に朽ちよ…。』

 

「ベーオ……ウルフゥ……!」

 

孤狼

その意味を指す、獰猛な蒼き狼の姿の名を浮かべる。

なぜかはわからない。だが、この名は自身にとって忘れてはならない、そして忌むべき名であることは確かなものがあった。

 

「ベーオウルフ…?孤狼だと?それは何なのだ?」

 

「わからない……ただ、俺にとってはただの言葉じゃないことは確かだ、これがな。」

 

「ふむ…お前のその表情を見るに、余程の言葉なのだろうな。」

 

「表情?」

 

「お前、人を射殺せそうなほどの顔をしているぞ?」

 

「うぇ…。」

 

一体どれほどの思いがこもっていたのか?

そう言わしめるだけの何かがこの言葉にあるのか?

今はない記憶の中で、自身の本能がそうさせているのだろうか?

 

「とにかく…そのISはソウルゲインで、所持者はお前で登録しておく。それで構わんな?」

 

「あぁ、構わんぜ。って、ノリと勢いでそう言ったけど、いいのか?これは。」

 

「そうだな。良くないな。」

 

「おぃ。」

 

曰く、

世界に五百とないコアを用いたISを所持すること、即ち世界中で喉から手の出る程の物であり、また、女性しか操れないISを操れる男性ともなれば、更に厄介な連中(行き過ぎた女性権利団体とか研究機関)に狙われるであろうこと。

 

「どうする?このままソウルゲインに登録し我々の保護の元で生活をするか、ソウルゲインを手放し自由を手に入れるかの2択だ。」

 

「それ、選択があってないようなもんだろ。」

 

「それが世界の状勢だ。そこは受け入れてもらうよりないな。」

 

「マジかよ……。」

 

がっくり項垂れる。

保護されれば衣食住は保証されるが、監視下で過ごさざるを得なくなる。

逆に自由を選べば、監視はなくなるものの、戸籍もなにもない根無し草の自分が食っていけるのかわからない。

答えはほぼほぼ決まっている。いや、決められていた。

 

「仕方ねえ。登録する意外にねぇか。ま、なるようにならぁね。」

 

「殊勝な判断だな。」

 

「そりゃどうも。まぁ、生活の保証もあるけど、なんとなくこいつを手放したくないっていうのもあってね。」

 

「ともすれば、記憶を失う前のお前は…なぜISを持っていたのか気になるな。」

 

「記憶が戻らねぇとわかりようがないな、これは。」

 

「わかっているさ。だが、なるべく早く戻ってくれるとありがたいな。」

 

「善処はするぜ。あとは…まぁ保護と同時に監視の意味もあるんだろ?こんな素性もわからない色男をほっぽりだすのも危険だろうしな。」

 

「色男かどうかは別として、お前の予想は間違ってはいない。」

 

そんな感じで尋問だか事情聴取だかを終わらせると、退室しようとする千冬。

 

「そうだ。アンタの名前聞いてなかったな。俺だけ名乗るってのもフェアじゃなくないか?」

 

「そういえば名乗っていなかったな。私は織斑 千冬。ここ、IS学園で教師をしている。」

 

「は?学園?教師?」

 

「IS学園は、その名の通り、ISの使い方を学ぶところだ。この部屋から無闇に出歩くなよ?」

 

「なんでだよ?」

 

「ISは元来女性にしか動かせん。そしてそのISの操縦を学びに来るのは100%女子だ。つまり、この学園には…」

 

「女の子だらけ…ってわけね。」

 

「そうだ、お前はいわゆる女学園のど真ん中にいる男ということだな。」

 

理解したアクセルの顔色が悪くなる。

これで下手に外を出歩いて生徒に見つかりでもしたら、学園とは別口の機関…さしずめ国家権力の名のもとに、牢屋で保護されることになるだろう。

そんなのまっぴらごめんだ。

 

「りょ〜かい。ここで大人しくしとくよ。シチュエーションはハーレムなんだがな。」

 

「止めておけ。今の御時世ISという存在で、女尊男卑の思考を持つものが少なからず居る。お前の想像するような男の理想郷などとは程遠いぞ。」

 

「うげ……。」

 

「想像して、より実感できたようで何よりだ。まぁおとなしく数日待てば、今ほど不自由な生活はさせんよ。」

 

頼もしい言葉を残し、千冬はようやく退室した。

再び静寂に包まれた部屋で、話し相手がいなくなったアクセルは、再びベッドに身を預けた。

 

「何だって、記憶喪失なのかねぇ……。」

 

そのボヤキに誰も応じてはくれない。ただただ静かに、夜の月明かりが窓から差し込んでいるだけ。

 

「ま、なるようにならぁね。そうだろ?ソウルゲイン。」

 

その問いに答えるように、翠の相棒は月明かりに照らされて、幻想的に輝くのだった。

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