針の筵とはこのことか。
周囲からの視線によるオールレンジ攻撃に耐えながら、少年―織斑一夏―は今のこの状況に嘆いた。
視線と言えども様々だ。
興味本意
珍獣を見る目
整った顔立ちに黄色い悲鳴を上げるもの
女尊男卑からくる侮蔑
この女性優位の御時世に女の園たるIS学園に放り込まれる現状は、端から見れば『それ何てギャルゲー?』と
これからこの空間で勉強して3年間過ごすとなれば、むしろ永遠とも感じる地獄だろう。
自分の高校生活に絶望している一夏。
だがそこに光明とも言える一筋の光が差し込んできた。
「おはようさん!!1の1の諸君!」
元気ハツラツ、と言えば聞こえは良いが、寧ろ空気を読まずに能天気に挨拶をする赤髪の青年が、堂々と教室に入ってきたのである。その背はスラリと高く、かと言って痩せているわけではないようで、服の上からでも鍛えられているのがありありと分かるほどにガッチリしている。
部外者か?と言われれば、その服装は多少改造されてはいるものの、一夏の着ているそれと同じ制服で、ここの生徒であることは分かる。
分かるのだが、
「えっ!?えぇっ!?二人目の男性操縦者!?」
「うっそ!?聞いてないわよ!?」
「しかもイケメン!」
「正統派な織斑君に対して、チャラい系!」
早速色めき立つ教室と廊下。
熱い視線を向けてくる女子たちに軽く手を振りながら、目を丸くしている一夏の元へ向かう青年。
「アンタが一人目さんかい?」
「あ、はい」
「俺はアクセル・アルマー。所謂二人目って奴だ。男同士、よろしく頼むぜ」
「よ、よろしくお願いします、織斑一夏です」
差し出された右手を握り返して挨拶を交わす二人。
ただ初対面の挨拶をした。至極当然の行為。
なのにここには様々な『人種』がいる訳で。
「アクセル×一夏!イケメン同士なのね!嫌いじゃないわ!」
「一夏×アクセルも唆られる!」
「夏の祭典はこの二つで攻めるわよ!」
「アイアイマム!」
無論、801な方々の格好の餌食……もとい、パロディ元となってしまった。
「……ま、まぁ堅苦しいのはなしで行こうぜ。俺はアクセルでいいぜ。俺も一夏って呼ぶからよ」
「お、おぅ、よろしく、アクセル」
唯一無二の男同士として仲良くするのは確かに同意だ。同性だからこそ気安くなれるものもあるだろう。
「よし!全員席につけ!これよりホームルームを始める!」
「お!千冬ちゃん!朝飯以来なんだな、これぐふぅっ!!」
教壇に立つ千冬に来やすく話しかけた所、縦回転で一直線に投げられた出席簿がアクセルの頭にめり込んだ。
「織斑先生と呼べ、アルマー。飽くまでも教師と生徒であることを自覚しろ。さもなくば死ね」
「ちょっ!先生を名乗るなら、生徒に死ねは禁句だと思うぞ、こいつは!」
「おかわりが欲しいか?」
「ノーセンキュー」
怖ず怖ずと自分に割り当てられた席に着くアクセル。
そしてそんな彼の軽さに少し頭が痛くなる千冬。
そして鬼のような姉にあんなライトな接し方をするアクセルに、羨望に似た視線を送る一夏。
IS学園一学期一日目は、今後の波乱を予測させそうな、そんなスタートとなった。
「先ずは諸君、入学おめでとうと言っておこう。狭き門たるこの学園に入学できた事それ即ちその才能と努力に素直に敬意を評そう」
IS学園は国際学校だ。そして世界技術トップレベルたるISを学べる唯一無二の学校。そこに入るために世界各国から我も我もと毎年数多の入学希望者が試験を受ける。しかし、地球規模の希望者の中から合格ラインを満たしたうえで、更にその中か定員という縛りがある。例えば定員五十人で、入試テストで百点満点が五十人居れば、例え九十九点を取っても入れない。点数の高いものから入学枠が埋まっていく。そんな学校だ。
つまりここに居るということは、世界の高校生でもトップレベルの頭脳を持つことに直結するのだ。
「そして私がこのクラスの担任となる織斑千冬だ。これから三年間、諸君らにISのイロハを仕込み、一人前の操縦者として送り出す。ISは競技用と銘打っているが、兵器にも転用は可能だ。故に人を傷付け、殺めるには容易い力を持つことをしっかりと心に刻み、各授業に励むように」
『ハイッ!』
どうやら今年の生徒はISを学ぶにあたり、気概はありそうだと、千冬は満足気に頷く。
今年も毎年のように、自身の功績に憧れて入ってきたミーハーな奴らが黄色い悲鳴をあげるのかと危惧していたが、取り越し苦労だったらしい。
「ではまず、入学初日らしく各々簡単な自己紹介をしてもらおうか。出席番号一番!」
「はい!」
と言うことで始まる恒例の自己紹介。一番に相川という女子が簡潔に済ませて場の雰囲気を作り上げる。
「次、アルマー」
「うぃっす」
「はい、だ。馬鹿者」
「……ハイ」
釘を差されて怖ず怖ずと立ち上がるアクセル。見渡せば、静かではあるものの、自身の自己紹介に興味津々といった目線を向けてくるクラスメイト。一夏もその例に漏れずと言った様子。
(よし、ここは俺が自己紹介の見本てやつを見せてやるぜ)
年上としての矜持にかけて、後進の先達となるべく、アクセルはコホンと咳払いを一つ。
「アクセル・アルマーだ。出身、来歴、彼女いない歴不明!何故なら記憶喪失だからなんだな、これが!」
記憶喪失
その言葉を予想していなかったクラスメイトの顔色は困惑の色に包まれていく。
「まぁでも記憶なんて戻る時は戻るし、戻らん時には戻らんくらいにしか思ってないんで、そんな深刻に捉えなくても大丈夫だ、これが。座右の銘は『なるようにならぁね』ってことでヨロシク!」
そんな軽いノリで締めくくったアクセル。
場の空気は記憶喪失という言葉で少しばかり暗くはなっているが、アクセルの前向き、というよりも能天気な人柄でマシなものになっていた。
「まぁ見ての通り、記憶喪失を深刻と捉えていないようなのでそこまで身構える必要はない。年上ではあるが、同じクラスメイトだ。仲良くしてやってくれ」
「おっ!千冬ちゃん、ナイスフォローだばっ!?」
再びめり込む出席簿で、クラスに戦慄が走る。
「どうやら先程窘めた記憶も喪失したらしいな。どれ、ここらでショック療法と洒落込むか?ん?」
「勘弁してくれ!記憶が戻るかどうかよりも、意識が先に喪失しちまう!」
「ならば学習しろ、さもなくばすり潰すぞ」
「ひいっ!?」
とりあえず1−1の生徒の中でアクセルは、『お調子者の残念なイケメン』という定義づけるが行われた。
「次、織斑!」
「は!はい!え、えっと……」
次に呼ばれたのは一夏だ。アクセルのトンデモ自己紹介に呑まれて全く脳内で予行演習していなかっただけに、しどろもどろになっている。
「お、織斑一夏です」
さて、何を続ける?一夏にはアクセルの様に記憶喪失などというネタはない。かと言って、彼の後で何かしら捻ったことでも言わなければならない気がしてならない。何せ、周囲から期待の眼差しが突き刺さっているのだから。
ならばと意気込み、息を大きく吸い込み、飛び出した言葉は……
「以上です!」
ある意味その予想外の内容に、誰しもがズッコケたのは言うまでもない。