『バースト・カース』   作:ゅゅ

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分からないけど

 ぼんやりだが、こちらの世界のことを俺は知っている。

 身体が覚えている……というやつだろうか?

 俺の憑依した「紅姫」の記憶が、断片的に思い出せるのだ。

 

 そして、目の前の彼女は蒼姫。生まれた時からずっと一緒に暮らしてきた腹違いの姉妹で、親友同士でもある。

 

 しかし、蒼姫は虚弱体質な上に周囲から疎まれ陰湿な嫌がらせを受けている。俺は……紅姫はそんな蒼姫のことを助けたい。それぞれ、生みの親が違うだけなんだ。たったそれだけのことでこんな理不尽なことをされていいはずがない……。

 

 勝ち気な紅姫はこの世界の仕組みに抗おうとしている。

 そんな彼女の意思を俺は継いだ。

 

「紅姫めっちゃ主人公気質のいいやつじゃん……! 俺、こういう奴大好きだぜ?」

『私もです。達也さんそっくりな、やるときはやる優しい人ですね』

『コイツはそんな立派な奴じゃない。不死の能力を得て調子に乗っているだけの道化だ』

 

 マリアは褒め過ぎだし、紗雪は貶し過ぎだ。

 俺はそのちょうど中間くらいの、至って平凡な高校生だ。

 

 てか、ちょっと思ってたんだけどもしかしてマリアって少なからず俺のこと良く思ってないか?

 

『達也さん、考えていることが手元の本に記されることをお忘れのないように……』

「あ、はい……」

 

 これはどっちだ?

 照れてるのか? それとも、純粋に事実の指摘をしているだけなのか?

 

『授業に集中しろ。殺すぞ』

「アッ、はい……」

 

 マジの殺意を感じたので、冗談はこれくらいにしておこう。

 

「紅姫、さっきからどうしたの? お空とお話ばかりして、幽霊でも見えてるの?」

「え、ああ……まあそんなところだ」

 

 俺の言葉に蒼姫は首を傾げる。

 

「ふーん? でも、紅姫の友達なら幽霊でもいい人だよね! 私、紅姫に憧れちゃう……。紅姫は元気で健康で、自分の主張があって、相手が大人でも物怖じしないで自分の思ってることを言える。流石は皇帝の跡取り娘って感じだよ。それに比べて私なんか、気弱で、何か言わなきゃいけない時も黙っちゃうし、体も弱いし、全然ダメ……」

 

 蒼姫はその美しい顔を曇らせる。

 

 は~~~っ!!!

 美少女はどんな顔をしていても絵になるからいいな! この瞬間をカメラに写して現像して額縁に入れて玄関に飾りたいくらいだ!!

 

『ほら見ろ、コイツはただのクズだ』

『どのような立派な方でも、内なる欲望というものはあるものです。大切なのは、それを表に出さず立派に振る舞い続けること……。邪な思いに負けない気力が聖人の心を形作るのです』

 

 これから先、常にこういう実況解説が付きまとうのか?

 死ぬほどやりづれえな……。

 

「私……紅姫みたいになりたかったな……」

 

 蒼姫の言葉に俺は目を逸らした。

 「なりたかったな」とか言われても、俺は紅姫じゃねえし。

 

 俺は紅姫みたいに生きてきてない。親の金で飯食って、親の金で学校行って、家ではぐーたらゲームしてるだけの恵まれた現代の高校生だ。

 

「お前も凄いだろうがよ」

「え?」

 

「だって、お前は自分の弱さを知ってるだろ。自分の立場を知ってるだろ。自分が周囲にどう思われているかも、知ってるだろ」

「え、あぅ……」

「どうなんだ?」

 

 俺の問いに蒼姫は泣き出しそうな顔をする。

 

「し、しし……知ってるよぉ!! 私、みんなに嫌われてるし、紅姫と姉妹で、しかもお母さんは侍女で、宮廷では除け者だもん! う、うぅ……っ!!」

 

 蒼姫は潤んだ瞳を地面に向ける。

 

「私、私なんか……」

「凄いじゃねえか!」

「え……?」

 

 蒼姫は顔を上げた。

 

「凄い? え、何が……? 私、今言ったこと全部ダメなとこだよ?」

「どこがだよ。お前が悪い要素なんてひとつもねえじゃん! 悪いのは全部! お前の周りの奴らじゃねえか! 生まれが悪いからって差別して、心底くだらねえ奴らだぜ」

「で、でも……! 違うよ……。私は、生まれてきたこと自体が──」

 

 俺は可愛い女の子の曇る顔を見て「いいな」って思うクズだが、それでも限度ってもんを弁えてる。

 

 蒼姫は抑えられた口をもごもごさせながら、うるうるした瞳で自分が何をされているのか分からないといった表情でこちらを見ている。

 俺は蒼姫の口を右手で押さえたまま言った。

 

「そこから先は言わせねえぞ……。たとえ本人だろうがな」

 

 生まれてきて間違いな奴なんていねえ。

 

「俺はお前のこと全然知らねえけど! お前の良いところを少なくとも100個言えるぞ!」

『100個もですか!? 初対面で!?』

 

 マリアが今までにないくらいの驚愕の声を上げている。

 すまないマリア、これは勢いで言ったことだ……。

 

『ですよね……流石に100個は言い過ぎですよね……』

『嘘つきが』

 

 でも、10個くらいなら言えるな。

 

「目が綺麗だ。瞳が透き通っていて、月並みな表現になるが、宝石みたいだ。宝石じゃなければ、真冬の雪景色の中にある澄んだ湖みたいだ。肌が綺麗だ。真っ白でシルクみたいに滑らかで、どれだけ見ていても飽きない。すらっとしていて全体的に美人だ。髪型も好きだ。蒼い髪は空みたいだ。どこまでも広い蒼空の色だ。きっとお前が舞ったらその髪が風になびいて綺麗だと思う」

 

 他にもしなやかな手脚や骨張った肩や首筋、まつげの長さとか、全部言おうとしたらキリがない。

 俺は蒼姫の口から手を離す。

 

「全部見た目のこと……」

 

 仕方がねえだろ。初対面だぞ。

 だけど、これは最初に言おうとしたことだ。

 

「重圧の中で頑張ってるだろ。それが一番すげえよ」

「頑張ってないよ……」

「でも、生きて呼吸をしてるだろ」

「そんなの誰だって出来るもん……」

「出来ない奴もいる。負けちまうやつはいる」

「それは……そうかもだけど……」

 

「まだ勝負は付いてないだろ?」

 

 蒼姫は顔を上げた。

 大きく見開かれた蒼い瞳を、俺は真っ直ぐに見つめ返す。

 

「まだ勝っても負けてもねえ。人生の戦いの途中。それが今だ」

 

 俺は拳を突き出した。

 

「蒼姫、お前はまだ「白旗」上げてねえんだぜ? 戦力は二人だ。俺とお前。それだけあれば、こんな宮廷のごたごた、乗り越えられると思わねえか?」

 

 蒼姫は困惑し、おどおどしながら、それからそっと俺の拳に自分の手を控えめにぶつけた。

 

「私には分からないけど……」

「俺にも分かんねえよ」

「分からないの!? 分からないのに言ってるの!?」

 

 ああ、俺はいつだってそうだ。

 

「分からねえから言うんだよ。心を強く持つためにな!」

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