『バースト・カース』 作:ゅゅ
「おじさま……なんで……?」
蒼姫は悲しげな顔で忍者を見下ろす。
白髪壮齢、口元に薄く髭を蓄えたその男はただ目を逸らすだけだった。
え、何この状況。
何でそんな悲しそうなの?
なんで顔を逸らすの?
そもそも誰なの?
「紅姫様……ひとつ聞きたいことがありまする……」
「正体がバレた瞬間敬語かよ。で、なんだ?」
柚木は空を見上げ、問う。
「この槍は何でありまするか」
「……槍だよ」
「その尻尾は?」
「……尻尾だよ」
「翼は……」
「……翼だよ」
柚木は自らの手で顔を覆った。
「なんということだ……蒼姫様は忌み子! そして紅姫様はあやかしであったか!! なんということ!! なんという呪われた血筋なのだ!!」
なるほど。
蒼姫を殺せば全て解決だと思ってたのに、俺が悪魔の姿をしているから目を逸らしたのか。
とりあえず翼と尻尾をひっこめよう。
他の奴らに見つかっても面倒だしな。
「おおい! 紅姫様と蒼姫様が何者かに襲われているぞ!!」
「万事窮すか……」
柚木は槍を抜いて逃げようとするが、俺の槍は地面に刺さった瞬間に刺さった部分に返しを作って抜けないように細工してある。抜け出すのは無理だ。
「紅姫! 蒼姫! それに柚木……これは一体何事か!?」
城から出てきた一群の中、最もみやびな恰好の男が柚木を見て驚愕の表情を見せた。
「蒼姫、コイツは?」
「え? え? あ、えっと……。ぉ、お父様……」
なんだ?
蒼姫は俺の背後に縮こまるようにして隠れてしまう。
黒い長髪を後ろでまとめ冠を身に着けた地位の高そうなその男に、柚木は叫んだ。
「皇帝様! あなたの血は骨の髄まで呪われていらっしゃる!! この柚木、この目ではっきりと見たのです!! 紅姫様が妖術を使うのを!!」
「柚木……」
皇帝は怒りと悲しみがない混ぜになったような顔で彼のことを見下ろした。
たぶん、紅姫と蒼姫の二人がこれをやったとは皇帝もとても信じられないだろう。しかも柚木は妖術とか言ってるし、怪しさマックスだ。しかし、この槍についてだけは物証として言い逃れが出来ない。
仕方がない。
紅姫のフリをして嘘の供述をしよう。
「お父様……!」
って感じで抱き着いてさ。
「私たち、柚木のおじさまに襲われました……。でも、誰かが陰から助けてくれたんです! ただ、あまりの素早さに姿をハッキリと見ることは出来ず……とても怖かったです……」
「そうなのか? 紅姫、お前がそれほど怖がるとは……。蒼姫、お前も見たのか?」
「え……?」
俺は蒼姫にウインクしまくる。
頼む~! 俺の供述に合わせてくれ~!!
「は、はい……! まさにあやかしの如き速さ。一体何者なのか見当も付きませんでした……」
「そうか……。あやかしに救われるとは、一体どういうことなのだろうか……」
皇帝は頭を抱える。
「この国は、私は呪われている。男児はみな死に、たった二人しかいない愛娘はこんな目に晒され……。私は一体何をどうしたらいい……?」
俺は知らんおっさんに抱き着きながら、彼の顔を見上げる。
コイツ……自分の不幸とか国のこととか、未来のことばかり気にして、自分の娘を全ッ然見てねえな。
それに蒼姫。
アイツのあの態度。俺の背後に隠れたのは忌み子だからか?
だけど、この皇帝は紅姫だけを愛娘とは言わなかった。「たった二人の愛娘」とコイツは言ったのだ。
だったら、踏み出せば行けるはずだ。
俺は蒼姫に手招きする。
蒼姫は俺のほうを見て困惑し、それから嘆く皇帝を見上げた。
(でも……)
(いいから! 来い!)
そんな感じのイメージだろうか。俺たちは視線で会話し、蒼姫はおずおずと俺たちのほうへと歩いてくる。
「お父様」
「なんだ、紅姫よ?」
「私だけでなく蒼姫も抱いてあげてください。蒼姫は健気です……。それほど不安のないように振舞っていますが、それはお父様に心配をお掛けしたくない一心からくるもの……。あの子も心の奥底では震えております……」
俺の言葉に皇帝ははっとする。
「そうなのか、蒼姫? いや、聞くのは野暮な話だ。親として、そのようなことにも考えが及ばぬようでは……」
皇帝は手を広げる。
それに対し、蒼姫は胸元で手をぎゅっと握りしめ、周囲をきょろきょろと見回す。
俺は彼女の視線の先を見た。
睨……。
誰だか分からない男と女。大人の一群が、ぎらついた瞳で蒼姫を睨んでいる。
コイツらか。
コイツらが、紅姫の王位のために、蒼姫を亡き者にしようとする輩の一群だな。
いや、ここにいる奴らで全員なはずがない。
俺は紅蒼城を見上げる。
あそこには蒼姫の敵が無数にいる。
だから、この子を守るのは……。
俺は文学の怪異を思い出す。
奴は、たぶん最初から俺たちに勝たせるつもりなど毛頭ない。だがそんなことは最初から分かり切ったことだ。
この学園は理不尽と不条理の巣窟……。
だから、俺は……。
「蒼姫!」
俺は彼女の元へと駆けていく。
細く頼りない手を握りしめ、その柔らかいぬくもりを、握った手に感じ取る。
生の感触だ。この子は生きている。そして、俺はこの子を死なせない。
俺は蒼姫を連れて、皇帝の元へと駆け寄った。
「さ、蒼姫!」
「え、でも……」
俺は彼女の耳元で囁く。
「やってみろ。俺が付いてる。何かあったらまた助けてやる。信じろよ、俺と親父をよ!」
蒼姫はそれを聞き、皇帝を見上げた。
それから、父の胸の中に抱き着いた。
「お父様! 私……ずっと怖かった! 怖かったです!!!」
「蒼姫……そなたを不安にさせて、私は親失格だ……」
……。
ふーん。
なんだよ、いい奴じゃねえか。
まあそりゃそうか、呪いやら霊やら言われてノイローゼ気味だっただけで、コイツは皇后に騙されて蒼姫を処刑こそしたが、後に後悔して娘の死を悼み自刃するような男だ。
父娘の感動の抱擁を俺は腕組みで眺め、それから俺は、その光景を取り巻く大人たちを見渡した。
邪悪だなあ……。
コイツらを何とかしねえと蒼姫はここにいる限りずっと危険だ。
そして、ふと一人の女と視線があった。
深紅の燃えるような髪の妙齢の女性だ。
彼女は蒼姫をまるで射殺すばかりの勢いで睨みつけている。
コイツが皇后か……。
そんなことを思っていると、蒼姫の声が聞こえてくる。
「紅姫! あなたも、一緒に!」
「え、ああ……俺は別に……」
蒼姫の笑顔と共に、皇帝も俺のほうに手招きする。
マジか……親子団らんの中に俺が入っていくのか……?
まあ、今は一応俺が紅姫だしな……。
俺は蒼姫と共に、知らんおっさんに優しく抱かれた。
僅かに加齢臭を感じたが、不思議と嫌ではなかった。
紅姫の身体だからだろうか?
それとも、本物の父のぬくもりを感じているのか。
まあいい。
本来の目的を忘れるな。
大事なのは、文学の単位だ。