『バースト・カース』 作:ゅゅ
朝。
どうやら俺は眠らなくても大丈夫らしい。
まあそりゃあそうか。死んでも大丈夫な奴なんだから、たった一日睡眠を欠かしたくらいで別に支障はないだろう。
「紅姫! 私、おトイレ行きたい!」
「あ、ああ……」
『聞くなよ?』
『……』
分かってますって。
耳は塞ぎますよっと。
蒼姫が用を済ませ、俺もついでに済ませると、ふと廊下で昨日見かけた顔とすれ違う。
「あら、紅姫。今朝のお勉強は済んだのですか?」
「……はい。全て問題なく、午後のお勉強も励みます」
「お利巧ね。……そっちの」
そっちの。とか言っちゃう~!?
めっちゃ口悪いじゃん!!
「あ、はい……」
「くれぐれも紅姫の邪魔はしないように。お前は頭が悪くてドジで見ていて腹が立つ。そういうところが嫌われる所以なのよ。分かったら、紅姫を少しは見習いなさい!」
「はい……」
瞬間、乾いた音が廊下に響いた。
「あ、ぅ……」
「返事もろくに出来ないとは、あの腐った女の腹から生まれただけあるわね。……紅姫?」
皇后は俺に掴まれた袖に視線を落とす。
オイ待てやコラ。
てめえ今何やった?
俺は震える手で袖を握りしめ、ギリギリと歯ぎしりする。
俺は、すぐにでもコイツをぶん殴りたい。だが……。
『堪えてください、達也さん……! 相手は皇后です。ここで、蒼姫ちゃんとあなたが一緒にいるこの状況で! あなたが手を出せば必ず蒼姫さんのせいにされます!! 「蒼姫の影響で紅姫が手を出すようになった」と主張されれば!』
『これは怪異の罠だ! 達也、手を下ろせ!!』
畜生!
クソ!!!
こんなゴミみてえなくだり見せられて、手を咥えて大人しく見てろってか!?!???????
『達也さん!!』
『達也!!』
瞬間、俺は皇后の腹をぶん殴った。
「がぁ──ッ!?」
『マリア! 達也がやった!!』
『致し方ありません! 文学の怪異よ、編集権の行使を!』
「待てマリア!! お前! 許さねえぞ!!」
『許可する──』
瞬間、俺は皇后の腹を撫でた。
「は?」
「えっと……。どうしたのですか? 紅姫? 急に腹など撫でて……」
「あ、紅姫を生んでくれた皇后さまのお身体を、きっとねぎらっているのかと!!」
蒼姫の言葉に皇后は蔑んだ表情を見せたが、俺の手を取って皇后は微笑む。
「紅姫、お前は本当に優しい子だ。お前こそ花国の次期皇帝に相応しい。これからも励みなさい。きっとお前の努力は報われるから」
そう言って、皇后は廊下を歩いて行った。
『四文字消費だ。残り六文字。よく考えて行動をしろ』
文学の言葉に俺は震える手を握りしめる。
クソが。
なんだよ、クソ……。
『達也』
「分かってる! 俺が馬鹿だった。耐えるべきだった……。畜生。あれを、耐えなきゃいけないのが、世渡りってやつなんだろう!? 俺は……まだ世間を舐め腐った学生だ!! 立場が上の奴の靴をべろべろ舐めるのが大人なんだろ!? 畜生!! ううぅううう!!!」
俺は悔しい。
あんな奴のあんな言葉に乗った自分の情けなさが。仲間に、貴重な文字を使わせた情けなさが。自分のエゴで蒼姫を窮地に陥れるそうになった、その思慮の浅さが。
『達也さん、あなたは間違ってない。ただ、ここは怪異の中です。生き残るためには、倫理や道徳を捨てる必要があることもあるのです。あなたは人として正しかった。ただ、生き残るために間違ったことをした。思い出してください。ここは、あなたにとって、どんな場所ですか?』
「理不尽と不条理の巣窟だ」
『耐えて抗う。そのふたつは時に相反する概念です。ですが、私はあえて言います。耐えて、抗ってください。時と場合に応じて……』
「ああ、そうだな。ありがとうマリア」
マリアは真剣な声で俺に語りかけてくれた。言ってることは全部真っ当だし、俺のことを思っての言葉だ。
だから大人しく聞く。しっかりと受け止める。これを言ってくれる仲間がいるだけ、まだ俺はマシな環境に生きている。
『達也。マリアの言ったことがすべてだが、私からもあえて言わせてもらう。これは文学の怪異との戦争だ』
「終戦記念日までは堪える」
『そうしろ』
俺は頭を冷やし、ほっと息をついた。
もう引きずるのはやめよう。
「紅姫……ありがとう。私のために、怒ってくれたんだよね?」
「覚えてるのか? お前は保護対象だから、特別なのか?」
「よく、分からないけど……紅姫が皇后さまを叩いたのは覚えてる。でも、なんでかそれがなくなって……」
この世界において、蒼姫は他の人間とは少し違うルールで動いているのかもしれない。
それもそうか。この子はルールそのものだ。彼女の死がゲームオーバーそのものであり、怪異の定める謎ルールそのものなのだ。
「俺は、お前を危険に晒した。すまない」
「ううん。私、すごく嬉しかった」
蒼姫は俺の手を握る。
「ありがとな」
俺は最悪なことをしたが、だが、恵まれている。
俺にはマリアと紗雪という仲間がいて、俺のミスをカバーしてくれる。
蒼姫は、俺がいなかったら本当に孤独だ。
だから、俺が、俺にとってのマリアや紗雪のように、蒼姫にとっての仲間として頑張らなくちゃいけない。
「仕切り直しだ」
「勝とう。人生に」
蒼姫が言うのを聞き、俺は頷く。
「ようやく、ここがどういう場所だか分かったぜ」
文学の怪異、お前、趣味悪ぃな。
俺がもっと楽しくて希望に満ち溢れた物語に塗り替えてやるから、今回のことは覚えておけ。
宣言する。
最後に笑うのは、俺たちだ。