『バースト・カース』 作:ゅゅ
「ここは……どこだ?」
目を覚まし、辺りを見渡す。
学校の教室のようだが、自分の他には生徒も先生も誰もいない。
規則正しく並んだ机や椅子がやけに不気味で、全体的に重苦しい空気が漂っている。俺は何となく気分が悪く感じ、着た覚えのない学ランの胸元を押さえて深呼吸をした。
「何なんだ、ここ……」
窓の外からは夕陽が射し込み、壁掛け時計は午後の18時を示している。
知らない学校の知らない教室。
なぜ自分がここにいるのか全く分からないが、とにかく、早く家に帰りたい。
「クソ……なんで扉が開かないんだよ……」
教室の外に出ようと引き戸を開こうとするが、どれだけ力を入れてもびくともしない。
仕方が無いので扉から離れ、助走を付けて体当たりする。跳び蹴りをする。椅子で殴り付ける。
「……どんな最新素材だよ」
俺は傷ひとつ付かない無敵の扉を前に嘆息混じりに呟く。
見た目も触り心地も、ごく普通の「教室の扉」だ。しかし信じられないくらいに頑丈で、しかも開かない。戦車の装甲とかに使ったら凄く優秀な素材かもしれない。だが、扉としては最悪だ。
「開けゴマ! 我が呼びかけに応じよ! 扉よ、時は来た──。黒木達也の名の下に命じる! 扉よ、開け!」
色々と叫んでみるが、これではただの変質者だ。
俺は床に座り込み溜息を吐く。
「誰かが来るのを待とう……」
その瞬間、聞き慣れた音が学校中に響き渡る。
授業終了のチャイムだ。
しかし、こんな時間になぜ……?
俺は外の様子を確かめようと開かない扉に手をかける。
そして……開いた。
なんの引っかかりもなく、すんなりと、嘘のように滑らかに開いた扉。
俺はその扉に驚く暇も無く悲鳴を上げた。
「グゥルゥアアアアアア!!!!!!!!!」
「うわぁあああっ!?」
俺はいきなり目の前から襲いかかってきた男子学生に押し倒され、首筋を噛みつかれそうになりながら叫ぶ。
「オラァアアア!!!!」
全力で男を蹴り飛ばし、大急ぎで立ち上がる。
ワケが分からないが、危険なことだけは確かだ。
「ガァアアアアアアアア!!!!!!!!!」
「なんだなんだ!?!?」
俺は教室の椅子を持ち上げ、よろめきながら立ち上がる男子学生を前に威嚇の声を上げた。
「お! おい! これ以上近付いたらこの椅子で脳天かち割るぞ!!」
「ガッァアアアアアア!!!!」
「言っただろうがよッ!!!!!!」
宣言通り男の頭を椅子で砕くが、その男は止まらなかった。
頭が真っ二つになった学生はそのまま俺を押し倒し、首筋に噛みつく。
「キアァアアアアッツ!!!!」
「おあああ!!! 痛ってエェエエエなああ!!!!!」
男の腹を殴り、蹴飛ばし、立ち上がって胸倉を掴む。
そのまま窓のほうへと全力で走り──
「犯罪者は!! 死ねッ!!!」
窓ガラスが割れ、男は絶叫と共に宙を舞い、地面にぶつかって死んだ。
たぶん首の骨が折れたのだろう。全体的にヤバい状況だが、相手を気遣っている余裕は俺にはなかった。たぶんこれは正当防衛に入るはず……。
それよりも……
「首! 首噛まれた……! 血! 血ぃぃいい!!!」
「お前、噛まれたのか」
「あらあら、慈悲が必要ですねえ……」
顔を上げる。
視界に映ったのは二人の女子高生だ。
片方は全身から銃を生やした女だ。黒髪の長髪で胸は薄い。全身血だらけで刀を持っている。
「え、怖い……」
もう片方の女に視線を向ける。巨乳だ。茶髪……というよりはベージュがかった髪を肩の辺りで切り揃え、異様に爛々と輝く黄金色の瞳にシスターベール、あと、胸元にロザリオを掲げている。
「別の意味で怖い……」
二人は顔を見合わせ、それから黒髪の女が刀を構えた。
「新入生だな? 悪いがゾンビ化する前に殺らせてもらう」
「新入生!? 殺る!?」
刹那、俺の視界は転がった。
二回、三回と世界が廻り、それから俺の視界の先に黒い学ランが映った。
首のない、学ラン。
「え?」
俺……の身体だ。
俺は今、自分がどうなっているのかを知ろうとして手を動かそうとするが……顔を触ろうとするが……なぜだか手が動かない。
当然だ。
俺の手はいま目の前にあって……。
そうか、俺は死んだのか……。
「どうか、この方に神の導きのあらんことを……」
ベージュ色のシスターが何か言っている。
いや、待て。待てよ。嘘だろ? 死んだことにするなよ……。
だって俺はまだ何も知らない! まだ死にたくなんかない……!
ここがどこで、コイツが誰で、なぜ自分がここにいるのか。あの噛みついてきた男が何者なのか。なんで学校に刀を持った女とシスターがいるのか。俺はなんで斬られなきゃならなかったのか。なぜ、俺は生首になって転がることになったのか……。
ああ……視界がぼやける。
意識が揺らぎ、微睡みが襲ってくる。
眠い。穏やかな闇の波間へとたゆたっていく。
嫌だ! このまま寝たら、きっと死ぬ!
嫌だ! いやだ!
いや、だ……。
「可哀想に……。でもご安心ください。神様はお優しい方ですから」
その言葉を聞き、俺は無性に腹が立った。
「お前ぇえ……! 見た目も声も可愛いけどッ! なんかシスターの格好とかしてるけど! 全然! 全っ然!! 優しくねえなぁあああ! なあ助けてくれよ……! お前、なんで俺が斬られるとき黙って見てたんだよ……! シスターなんだろ!? なんで助けてくれなかったんだよぉおお……ッ!!」
俺は死ぬ気で意識を繋ぎ止める。この怨嗟の言葉を言い終えるまでは死んでなるものか!
一生残るようなトラウマを植え付けてやる。血溜まりの中の生首の絶叫だ。死者の語る呪いの言葉だ。震えろ。俺はこの恨みを言い晴らすまでは死ねない。
「クソがよ! 俺は家に帰ってゲームして、飯食って風呂入って寝てぇんだ!! クソ! お前! お前なあ!!」
そうだ、俺は家に帰ってだらだらしたいんだ。
その瞬間、俺は自分自身の怒りを、願いを、叫んでいた。
「俺は……死んでも! ここから出るぞ……ッ!」
俺の身体が立ち上がり、頭を拾い上げ身体の上に乗っけた。
傷口が、繋がっていく……。
黒髪の女はこちらに刀を向けて叫んだ。
「お前……誕生日は何月何日だ!」
俺はそれを聞き納得した。
なるほど。ここでは誕生日が重要なのか。
「俺の誕生日は10月31日……」
ハロウィンだ。