『バースト・カース』   作:ゅゅ

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紙面上の戦争

 夜。

 

 俺は眠らぬ夜の中で、ずっと考えごとをしていた。

 隣に眠る蒼姫は、生き物じゃ無い。この子は物語の登場人物で、紙面に書かれた文字なんだそうだ。

 

 でもそんなこと信じられるかよ。

 蒼姫は確かにここに眠っている。肌を触れば暖かいし、寝息だって感じるし、心臓は鼓動している。それなのに、この子は本の中の存在で、俺とは違う世界を生きる別の概念なのだ。

 

 俺はそのことを蒼姫に説明したが、それもまた、蒼姫には半分くらいしか聞こえていなかった。

 蒼姫が理解出来たのは、俺が外の世界から来て、やがて帰らなくてはならないこと。蒼姫はもうじき殺されること。そして、俺の名前を蒼姫に教えることは出来ないということ。

 

 大まかなことだけなら伝えられる。その仕組みまではダメだった。

 

「結局理不尽かよ……」

 

 俺は、今日はちょっとだけ幸せだったんだ。

 久しぶりに友達と意気投合してさ、辛いことを吐いて、聞いて、それでお互いに笑い合って、大変なことも乗り越えて、ちょっとえっちなイベントがあったりして、本当に最高の一日だったんだ。

 

 でも、今の俺は泣きたいよ。

 

 これが終わったら、バッドエンドでもハッピーエンドでも、俺と蒼姫は絶対に別れることになる。

 そして、蒼姫は俺のことを忘れてしまう。

 

 俺は布団の中で、蒼姫の頭を撫でた。さらりとした蒼い髪。蒼穹の映し鏡のような、美しい髪。

 これ全部、嘘なのかよ。

 

『達也。これは文学の怪異の見せる幻のようなものだ。不条理で、論理的に破綻していて、謎のルールによって運行される人外の世界だ。人間の理解も道理も感情も、通用はしない。最初に言ったはずだ。私たちはイカれた学園に閉じ込められたんだ。ここではイカれている奴のほうが強い』

「つまり、なんだよ……」

『その世界の人間は全て人間じゃない。人間だと思って関わると、怪異に呑まれて死ぬぞ』

「今まさに絶賛心が揺れてる最中だよ。でもありがとよ。お前が俺にマトモなアドバイスをくれるとはな」

『私は最初からマトモなアドバイスしかしていない』

 

 紗雪の言葉に、俺はそれでも納得が出来ないと奥歯を噛む。

 

「でもよ、蒼姫は俺のことを好きって言ってくれたぜ?」

『本にそう書いてあるな』

「蒼姫と助け合ってここまで来たんだぜ?」

『本にそう書いてあるな』

「蒼姫は……今目の前にいるんだぜ?」

『……本にそう書いてあるな』

 

 そうなんだよ。結局はそれなんだよ。

 これは本だ。俺の身体はこの本の外にある。

 十字架に掛けられ、クルミ割り人形の口の前で、今か今かと割られるのを待っている。

 あの十字架は、たぶん対象を本の中に閉じ込めるためのギミックだ。

 

 そう考えると、今の俺は、この肉体は、精神体のようなものなのかもしれない。

 考えようによってはバーチャルな世界と言えなくもない。

 

「で、なんだよ」

 

 だからなんだってんだよ。

 

「俺は蒼姫を本気で救いてえんだよ……! 自分が助かるため!? そうだよ!! それもそうなんだけどさあ!! でも、俺、蒼姫のことが……」

 

 そこまで言って、俺は息が切れた。

 泣きたい。というか、泣きそうだ。

 

 俺の好きな子は、助けても助からないんだからな。

 一生この本の中で、永遠にループするんだ。

 俺はこの本が憎い。

 何度開いても、何度読み返しても、同じ物語を紡ごうとするこの本が憎い。

 

 でも、俺にはどうしようもない。

 もう、心が参ってしまった。

 

『明日が運命の日だ』

 

 文学の怪異はそう言っていた。

 ご丁寧に最後の審判がいつなのか教えてくれるとは、少しは殊勝なところもあるみたいだが、俺にとっては、そういう事実は御免被りたいところだった。

 

「いい夢、見てえよな……」

 

 蒼姫を撫で、彼女がどんな夢を見ているのか夢想する。

 その夢すらも、本の中には記載があるのだろうか。

 

 嫌になってくるな。決められた運命の中で藻掻くなんてよ。

 

『達也さん』

「次はマリアか。どうしたんだ? こんな弱気なゾンビを見て、もう本を閉じたくなったか?」

『いいえ。あなたはこの教室の救世主です。生パスタの子を覚えていますか? 彼女の後ろに並んでいた、無数の生徒たちのことは、覚えていますか?』

「ああ、一応な」

『あなたは人を助けるためにこの本の中に入りました。そして、その本の中でさえ、人を助けようとしています』

「お前は蒼姫を人って言ってくれるんだな」

『ええ、私は達也さんの見る世界を、語る世界を信じます』

「ありがとよ」

『ですから、達也さん。最後まで諦めないでください。奇跡は起こります。必ず、起こります』

「お前の信仰する神様がそう言ってくれてんのか?」

『主は何も仰ってくれません。これは私たちが何とかすべき問題です』

「じゃあ奇跡とかないじゃん」

『達也さん、奇跡は神のみが起こすものではありません。それを起こした者が、後に救世主と呼ばれ、神とされることもあるのです。私の信仰には異端となる考え方かもしれませんが……。信じる者は救われます。何を信じるかは、それぞれが決めるべき事柄かと私は思います』

「なんだってんだよ?」

『あなたの欲する未来を信じてください。それが奇跡を起こす種になります』

「生きる糧ってやつか。……無理そうだが、善処するよ」

『絶対に出来ると信じています』

 

 マリアはそう言って、俺との会話を終えた。

 

「何言ってるか分かんねえよ。……宗教の話か?」

 

 信じろとか、奇跡は起きるとか、そんな都合のいい話があるかよ。

 この学園では生徒は一方的に理不尽を押し付けられるだけの存在で、学園に対して理不尽を押し付けるなんて逆転現象は起きえない。

 

 ここは理不尽と不条理の巣窟だ。

 だから……。

 

 俺は穏やかに眠る蒼姫を抱く。

 

「俺だって諦めたくねえよ!!!!」

 

 目に涙が滲む。

 頼む。この涙の雫で、この本の中の俺を消し去ってくれ。

 この子が、ただのインクが紡いだ文字でしかないなんて信じたくない。

 

 真っ暗な夜の闇が嘲笑う。

 

 友情、友愛、絆、約束、希望、未来、人生の戦い。

 俺たちの中の全てを侮辱しようと、ただただ静かに嗤う。

 

 紙面上の戦争は、最終局面へと進んでいく。

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