『バースト・カース』 作:ゅゅ
城内広場。
牧草の生い茂るこの広大な草原の中、俺の視界の先には一体の魔物が立ちはだかっている。
「……嘘だよな」
奴は黒ずんだ屈強な身体に巨大な斧を背負い、荒い鼻息でこちらをすっと見据えている。
ミノタウロス──。
「馬じゃねえのかよ!!」
巨大なツノの生えたその怪人は、背負った大斧を両手に構え、一直線に蒼姫のほうへと突撃してくる。
「させるかよ!!! ッらぁあああ!!!!」
俺は尻尾でその頬をぶん殴り、そのまま尻尾を脚に絡めて転倒させる。その尻尾を握り、俺はハンマー投げの要領でミノタウロスを投げ飛ばし、奴は全身を殴打しながら転がっていく。
「せめてケンタウロスとかだろ!!」
瞬間、俺の腹を何かが貫く。
「ぐぅ……なんだよッ!! 矢か?」
俺は腹に刺さったそれを抜く。
それは槍……。
「柚木、推参……」
「お前……どうやって監獄から脱出した!!」
「私は忍者だ」
「そういやそうだったぜ!!」
俺は柚木の投げ槍をクルクル回し、それをミノタウロスと忍者の両方に対して構えた。
「俺の槍無くなっちまったからよぉ!! 差し入れマジで助かったぜぇえええ!!!!!」
俺は翼を広げ、柚木のほうに飛ぶ。
まずは雑魚から片付けたい。だが……。
「ふ゛ん゛!!!!」
「おあっ!!! 危ねええええ!!!!!!!!」
目の前に振り下ろされた大斧を回避し、そのままの勢いで柚木へと駆ける。
クナイと手裏剣を弾き、忍者刀と俺の槍がぶつかり合う。
「雑魚が!! どいてろ!!」
「先日は不覚を取ったが、この状況では流石に私が負けることはない。なんといえど……」
「二対一だ!」
俺は背後のミノタウロスの一撃を避け、尻尾で縛った柚木を盾にする。
「ッ!!!」
「貴様!!!」
「仲間を盾にされちゃあ手出し出来ねえだろ!!!」
ミノタウロスがたじろいだ一瞬の隙、その牛の怪物の心臓を槍で突き、柚木から奪い取った忍者刀で首を落とす。
「馬術師範殿!!!」
「コイツ馬術師範だったのか!!」
剣術師範と違って最初から異形だったからそういう化け物かと勘違いしちまった。
でもまあいいか。
「もう人間じゃねえしなあ!!!」
切り落としたミノタウロスの首を池のほうに投げ飛ばし、胴体から槍を引き抜く。首は池に沈んだが、一応身体の至る所に槍をぶち込み続け、牛の怪物が完全に沈黙したことを確認する。
勢いよく噴出する血の雨を浴びながら、俺は柚木のほうに赤く濡れた槍を翳した。
「まだやるか?」
「ひ、ひぃ……っ! 怪物!!」
「馬術師範の見た目のほうがまだ怪物だったろ……」
俺が言っていると、城のほうから二つの人影が現れた。
天守閣からこちらを見下ろす二人は、皇帝と皇后のふたりだ。
「確定された運命の死! つまり……それに至るまでの雑魚敵は全て片付けたってわけか……ッ!!」
俺は蒼姫のほうに親指を立てた。
「前哨戦はパーフェクトだったな!」
「紅姫……カッコいい!!」
俺は蒼姫の笑顔にニッと笑い、それから皇帝を見上げた。
「二人揃って何の用だ? 娘ら二人の健闘を褒めそやしにでもやってきたか? ああ?」
「随分と汚い口を利くようになりましたね、紅姫。しかしそれも全て、そこにいる穢れた血の姫のお陰かしら?」
相変わらず思い込みの激しいババアだ。
「私は穢れてなんかいない!!」
俺の横で、蒼姫がそう答える。
俺は驚いた。今までの蒼姫なら、俺の影に隠れていた。
だけど……。
「私、初めて自分が人の役に立てることを知ったの……。それに、自分が自分のまま生きていていいってことも……」
蒼姫は胸元で手をぎゅっと握り、皇后を見上げて言った。
「紅姫が教えてくれたの!! 私はまだ負けてない!! これは人生の戦いの途中だって!!」
「そうですか。でも残念でしたね。あなたはまだ負けてない。確かにそうかもしれません。ですが、これから負けるのです。ああ、本当に残念。時間さえ止まればあなたは負けずに済むのに、本当に可哀想でなりません……」
空が赤く染まる。さっきまでの晴れ間が、不気味な夕陽に飲み込まれる。
「皇帝様、占いの結果は既に見た通りです」
「ああ……」
「お父様……!」
蒼姫を見て、皇帝は悲痛に顔を歪める。
しかし、覚悟を決めたかのようにその表情は変わった。
「魔物め……っ!!」
「っ!?」
「テメエ!!!!」
口を押さえ目を見開く蒼姫を抱き、俺は皇帝に吠える。
「お前! 自分の娘を何だと思ってんだ!! お前……あまりにもあんまりじゃねえか!!!」
「黙れ……紅姫、お前は今冷静な判断力を失っている。悪霊に取り憑かれ、今のお前は、お前ではないのだ……!」
「お、俺は……」
俺は紅姫じゃない。
俺は俺だ。
確かにそうだが……。
「だったら何だってんだ!! 蒼姫が可哀想じゃねえのか!!」
「世の中、すべてが上手く行くとは限らない。私は軍略においては無敵だったが、その報いとして血に恵まれなかった。全てが因果の中にあることだ。私は多くの命を殺めることで恨みを買った。その因果が私の家系に悪魔を忍ばせた……」
皇帝は空を見上げた。
「何かを得るには何かを捨てるしかない。その覚悟なき者は、やがて全てを失うだろう。それが真理だ。それこそが現実だ。だから私は……最も愛する者を救うために、最も愛する者を捧げよう……」
そうか! 紅姫を助けるために、蒼姫を生贄にしようってのか!!
「お前……それこそ逃げだぞ!! 現実はそう簡単じゃねええ!! 神に祈って全部解決だ!? 生贄を捧げれば悪魔は祓えるだぁ!? 何眠てえこと宣ってやがる!!! お前皇帝なんだろ!? 国を治める超偉い奴なんだろ!? 情けねえこと言ってんじゃねえぞ!!!」
俺の言葉に皇帝は苦虫を噛んだような顔をした。
「お前……皇帝である以前に父親だろ……」
俺は奥歯を噛み絞める。
「だったらよ……娘二人、両方とも助けるくらいのデケえ口叩けねえのかよ……」
皇帝を見据え、俺は言った。
「多くの戦争に勝って来たんだろ!? お前には腕が二本もあるんだろ!? あの時みたいに、俺ら二人を抱きしめて見せろや!!!!」
「悪魔の言葉に迷うことはありません。儀式の用意は出来ております」
俺は赤い髪の女のほうに視線を移す。
皇后は皇帝の前に一枚の紙を差し出した。
「これに蒼姫の名を記してください。それで無事、刑は執行されます」
「オイ! がぁ──ッ!?!?」
俺の身体は宙に舞い、腹から内臓やら何やらが零れ落ちる。
四肢がふらふらと当て所もなく宙をさまよい、滴る赤い液の先に俺は憎たらしい「奴」の顔を見た。
「お前……! 戻ってくるのが早すぎるだろ……」
剣がしなり、俺は地面に叩き落とされる。
腹の傷がヤバい。全身が燃えるように痛い。槍は……?
ああ、貫かれた時にそこらへんに転がっていったか……。
「紅姫ぇ!!!」
「よ、寄るな……蒼姫……!」
俺は甲冑を睨み上げ、甲冑は俺の首元に剣を添える。
「クソ……ッ! 強すぎるんだよな……お前……」
「皇帝様、どうぞお書きに……」
「おい!!!」
「無様ですねえ。吠えることしか出来ないなんて、なんと哀れで醜いあやかし。剣術師範!その者は殺さぬよう……。蒼姫の死をその者に見せ付けるのです。真実の絶望が何か、正しく教えて差し上げましょう」
「テメエなああ!!!」
俺は叫ぶが、甲冑が俺の腹を踏みつぶす。
「が……ぁ……!!!」
「紅姫! ぁ……ぅう!?」
俺のほうに手を伸ばす蒼姫が、苦悶の表情を浮かべる。
その手は自らの首元に。何かに抗うように、掴み、しかしその力に抗い切れないと言った様子で苦しみ出す。
「あ、ぉ……ひめ……」
俺は朧気な視界で、彼女のほうに手を伸ばす。しかし、その手は空をきるばかりで、何も触れられない。
蒼姫は何かに首を絞められたまま、宙へと浮く。蒼い光を放ちながら、その背後に無数の呪文が現れる。
何が書いてあるかは分からない。でも、あれがマトモなもんじゃないことだけは分かる。
それなのに、俺は何も出来ない。
嘘だろ。ここで終わりかよ。
俺は何も出来ず、ここで蒼姫を殺されて、好きな子が死ぬのを目の前で見て、それで、俺自身も死んで、これで全部終わりか?
「なんだよ、それ……」
俺は顔を押さえる。
何も見たくねえ。この世界は全部が狂ってる。
憎しみと過酷と苦しみだけが視界に映る。
俺は何も出来ない。全身が傷だらけで、甲冑に踏まれ、動けない。
「なんだよ、それ……」
確定した死の運命。これ以上先のない地獄。
だけどこれは紙面上で起きていること。何もかもが予定調和で、奇跡なんて起きるはずがない。
そうだ、ここはそういう場所だ。
理不尽で、不条理で、俺たちに牙を剥く怪異の中だ。
俺は絶望した。
だから……。
「マリア、「六文字」頼む」
俺は顔を覆った隙間からニッと笑顔で甲冑を睨んだ。
刹那、甲冑の首が飛んだ。
俺は立ち上がる。
『達也さん!!! 「俺は「絶望」した」を「俺は「能力を全回復」した」に書き換えました!!』
「ナイスだマリア!!!」
俺は甲冑の胴体を蹴り飛ばし、全身を槍で切り刻む。
「サイコロステーキうめえよなッッッ!! お前も好きだろ!?!?!」
まさか起き上がるとは思わなかった相手からの一撃。油断し首を飛ばされ、残った胴体も容赦なく斬り刻まれる。
やっぱり強敵に勝つには騙し討ちしかねえよなああああ!!!!!
俺は甲冑を完全撃破すると、閉じた腹の傷を撫で、元に戻った槍を振り、翼をはためかせ、皇后のほうを見て挑発するように牙を見せた。
「編集能力、最ッッッッッッ高~~~~~!!!!!!!」
「なんだと!? なぜ!? あなたはあれだけの傷を負って……!? どうして元に戻っているのですか!?」
「この世界にはそういうルールもあるんだぜ!? 全部知った気になってるようだがよぉ~!!!」
俺は蒼姫のほうへと近寄り、謎の呪文を斬り刻んだ。
倒れ込む蒼姫を抱き止め、皇后のほうを睨み付ける。
「さあどうするよ! まだ続けんのか!?」
皇后は歯軋りし、それから懐から一つの小箱を取り出した。
「閉じられた世界を開くわけにはいきませぬ……」
彼女は箱を開き、刹那、世界は暗闇に包まれた。
「蒼姫の処刑は確定事項。ここは、そういう場所なのです……」