『バースト・カース』   作:ゅゅ

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やらなきゃならないこと

 蠱毒──。

 多種多様な毒虫を同じ容器内に飼育し、互いに共食いさせる。その中で最後に勝ち残ったものが呪いとなる。この呪いは絶対であり、これを向けられた者は、「必ず死ぬ」。

 

「この怪異は自らの体内世界に無数の外の者を連れ込み、殺し、また一からやり直すという性質の怪異です。つまりは、この怪異そのものが蠱毒の性質を併せ持っており、また、それによって生まれた呪いはこの怪異の内部にいる人間にでも、得ようと思えば得られる類いのものなのです。何しろ、怪異はこの呪いには興味を示しておりません。怪異は自らのルールと、そのルールの上で藻掻く者の行く末にしか興味を示しません。ルールの範疇にないものまで怪異は支配しない……。支配されていないものを我々の自由に出来るというのは何もおかしなことではありません。むしろ道理でしょう。私はこの世界のルールの中で生き、ルールの許す範疇で生を謳歌し、ルールが壊れぬよう見守り続ける、この世界における、言わば神のような存在なのです」

 

 皇后はなにやら難しいことを言っているが、つまり、この世界で死んだ生徒の怨念を見付けて、それを呪いという形で武器にしているということだろう。

 

「それ、どうやって見付けたんだ? それに、世界が一からやり直すのなら、お前の記憶も同時に消えるはずだ……」

「さあ、何故でしょうねえ……。ただ、分かるのです。世界がもう一度始まった瞬間、なぜか私の脳には朧気ながら前の世界の記憶がある。恐らく、この世界の神が私を選んだのでしょう。この世界の護り手として、ルールの、システムの護り手として、最適な思想の持ち主として、神が私を輪廻の巫女として選んだのです」

 

「なるほど、つまり自分でも分からねえってか」

 

 俺は辺りを見渡した。

 月のない真夜中。紅蒼城からは無数のゾンビの群れが現れる。

 池の中から、天守閣から、空から、地面から、ありとありとあらゆるところからゾンビが湧き出してくる。

 

「またゾンビかよ。でもよ……」

 

 俺は槍を構えた。

 

「ゾンビが強いのって序盤だけなんだよなぁ!!!」

 

 俺は目を覚まさない蒼姫を守りつつ、無数に沸き上がるゾンビを粉々に分解していく。

 槍を振り回し、切っ先の閃光を血飛沫に濡らし、肉片を空に巻き上げ、内臓をミンチに変えていく。

 

 毎秒ゾンビを蹴散らし、毎秒ゾンビが湧いてくる。

 俺はキリが無いことを悟ると、天守閣を見上げた。

 

「馬鹿正直に全部殺る必要もねえか……」

 

 俺は蒼姫を抱き上げ、ゾンビの波の中を縫っていく。

 尻尾があるお陰で蒼姫を抱いていても道を開くのは簡単だ。

 

「……飛べばいいか」

 

 俺は翼をはためかせ、城の一階の屋根瓦に降り立った。

 

「は、これでほとんどのゾンビは無力化だな」

 

 俺は蒼姫を抱き、そのまま天守閣へと羽ばたいていく。

 刹那、俺の羽根を槍が貫く。俺は落ちそうになったところを四階の屋根に捕まり、その上に這い上がる。

 

 振り返った先、ゾンビになった柚木がこちらに向かって何かを叫んでいる。もはや自我はなさそうだが、投げ槍のスキルは残っていたらしい。

 奴の周りにはもう槍はない。遠隔攻撃の恐れはないだろう。

 

 しかし、俺の翼は他の能力と比べて脆い。

 時間経過による消失も早いし、受けたダメージによる劣化も激しいらしい。

 

「まあいい。この上が天守閣だからな……」

 

 俺は蒼姫を抱き、尻尾に槍を持ったまま城内を進んでいく。

 

「ぁ、か……ひめ?」

「ああ、目覚めたか。もうじき全部終わるぞ。お前は、絶対に死なせないからな」

「ありがとう……」

 

 蒼姫は微笑み、俺の頬を撫でる。

 

 俺はその手の温かさに微笑み、それから廊下の向こうに視線を戻す。

 現実を見るときが近い。

 

 蒼姫は、この物語の登場人物だ。紙の中の生き物だ。文字の紡ぐ情報だ。

 だから、俺がこの世界で何もかも蹴散らして、蒼姫の敵が全員いなくなったら、俺はこの世界から消える。

 そして、この世界は全部元に戻って、蒼姫は俺のことを忘れて、元の、弱かった頃の蒼姫に戻る。

 

 何もかも、なかったことになっちまう。

 

「俺は何のために戦うんだ? 俺は、蒼姫を助けたい……だけど……!」

 

 畜生、理不尽だ。不条理だ。

 助けたら、助ける前に戻っちまうんだ。

 

「どうしたらいいってんだよ……」

 

 俺は文学の単位だけが欲しいわけじゃねえ。そんなもん取るのはもう目の前だ。

 問題なのは、蒼姫が消えちまうってことだけだ……。

 

 俺は天守閣に登り詰め、皇帝と皇后の前に立つ。

 蒼姫は俺の目を見て、それから頷く。

 

 俺は蒼姫を降ろした。

 

「蒼姫……すまない。しかし、花国は見ての通りだ。悪霊を祓わねばならぬ」

「関係ねえんだよ。蒼姫とはよ」

「いいえ、大ありです。皇帝様、さあ、この刀を……」

 

 皇帝は皇后から受け取った刀を抜くと、それを俺と蒼姫に向けた。

 

「お前……心の底から腐っちまったか……」

 

 歯を食い縛る俺の前に、蒼姫が立った。

 

「紅姫……いや、「あなた」。最後に、私に言いたいことを言わせて……いい?」

「ああ」

 

 蒼姫は皇帝の前に頭を下げた。

 

「お父様、私のことを想ってくださり、ここまで育ててくださり、ありがとうございました。数日前、不安な私を抱きしめてくれて……本当に嬉しかった」

 

 彼女は顔を上げ、それから俺のほうを見た。

 

「だけど、これはこれ、それはそれです。お父様、私は自らの道を見付けました。その道がたとえ途中で途絶えていようと、それが私の道だと、私自身の後悔のない本物の人生だと、私には思うのです」

 

 皇帝を見据えて言う。

 

「お父様の間違いは、自らの道を自らの意思で決めなかったことです。何が呪いですか! 何が占いですか! 皇后さまに騙されて、馬鹿みたい!!」

 

 それから蒼姫は俺のほうに微笑む。

 

「お願い紅姫。私のお父様を、ぶん殴ってやって……!」

 

 蒼姫の笑みに俺は同じように笑顔で返す。

 

「ああ……任せとけ!!」

 

 何のために戦うか。何を求めて戦うか。

 生きるか、死ぬか。

 人生の戦い。

 

 色々な言葉が俺の中にはあった。

 だが、どうやら俺は言葉とかルールとかに惑わされちまっていたみたいだ。

 

 文学の単位がほしい。そうだ。

 この世界を脱出したい。そうだ。

 蒼姫を助けたい。そうだ。

 蒼姫に忘れてほしくない。そうだ。

 

 でもよ、それってかなり先の話だろ。

 まだ、そこに至るまでの過程がいくらか残ってるだろ。

 

 じゃあ、俺がしなきゃならねえことって何だよ。

 

「お前をぶっとばして……蒼姫を笑わせる!」

 

 俺は槍を構え、皇帝は剣を向ける。

 最後の戦いが、今、幕を開く。

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