『バースト・カース』 作:ゅゅ
「俺は……第三の選択をするぞ」
その言葉に紗雪は困惑する。
『第三の選択だと……?』
俺は蒼姫を抱いた。
そして、彼女の耳元で囁く。
「蒼姫、少しだけ我慢していてくれ……俺は未来を信じる。自分自身の欲する未来を」
信じる者は救われる。何を信じるかはそれぞれが決めることだ。
そして、俺は自分の欲する未来を信じる。それが、奇跡を起こす種になる。
そうだろ、マリア。
奇跡は神が起こすとは限らない。
俺でも、起こせるかもしれないんだろ?
俺は彼女の首筋に牙を突き立てた。
柔らかい肌にエナメル質の犬歯が刺さっていき、そのまま、皮を破り、肉に食い込み、血管へと到達する。
「……貴様、何をしている?」
文学は扉のほうから、俺のほうへと視線を向ける。
蒼姫の首から滴る赤い血液。白く美しい肌の上を駆ける一筋のその紅に、文学は嫌な気配を感じ取っていた。
俺の周囲に風が舞い、失われた腕が、翼が、尻尾が再生していく。
「貴様……誕生日は何月何日だ?」
俺は蒼姫の首筋から唇を離した。
周囲に紫色の光を発する魔法陣が無数に現れ、空を貫く光が蒼姫を照らす。
白く滑らかな肌、蒼空のような長髪。
彼女は瞼を開き、口を開き、息を吸う。
鮮血の紅。
彼女の瞳の色だ。
「……蒼姫の目は蒼のはずだ!」
文学は目の前の事実に目を見張る。
口元に見え隠れするものは、まるで吸血鬼のような鋭い犬歯。
その姿に文学はたじろぐ。
「俺の誕生日を聞いたな?」
俺は立ち上がり、手元に出現させた槍でその影を刺し貫く。
「10月31日……ハロウィンだ」
「き、貴様……!!!」
俺はそのまま闇を斬り裂き、引き裂き、縦横無尽に切っ先を踊らせる。
闇もゾンビも甲冑も、何もかも纏めて粉々に斬り刻んでやる。
「血を吸ってパワーアップしたぜええええええええ!!!!!!!!!」
全てを斬り刻み、夜空に鮮血のシャワーが舞った。
そして、俺は振り返る。
「悪い、蒼姫。これ以外に思いつかなかった……」
蒼姫は自分の歯を触り、それからにこりと微笑む。
「えっと……これ、何?」
「ヴァンパイア……。吸血鬼だな。噛みついた相手を眷属に出来る」
俺の言葉にマリアは息を飲んだ。
『まさか……達也さんは、蒼姫さんに新たなルールを付与した!?』
『これが第三の選択……!!』
蒼姫はこの世界のルールによって自らの存在を保っている。
だが、俺はそのルールを書き換えた。
蒼姫は今この瞬間、「紅姫蒼姫物語」の登場人物ではなく、俺の「眷属」になった。
今の彼女は吸血鬼……つまり、ヴァンパイアだ。
この物語の蒼姫からはもう完全に別物になったのだ。
マリアと紗雪の声に俺はニッと笑う。
「蒼姫、約束は覚えているか?」
それを聞いた彼女ははっと息を飲み、それから、泣き出しそうな顔をして、にこりと笑った。
「もちろん!!」
俺は蒼姫の手を引き、扉の前まで駆ける。
『ま!待て!! 貴様!!! まさか!!! それはやめろ!!!! それは私を構成するルールだ!! それを外に出すなああ!!!』
文学の怪異が闇の中から無数に現れる。
俺はその全てを粉微塵に斬り捨てると、一応、蒼姫に聞いた。
「蒼姫、お前の誕生日は?」
「誕生日……? 10月12日だよ……?」
「コロンブスの新大陸上陸の日だ!! これ以上の日はねえや!!!」
俺はニッと笑い、蒼姫の手を引く。
準備は良いか? なんて野暮なことは聞かねえ。
俺たちは、いつも、いつだって、唐突な理不尽に襲われる。準備なんかしている暇なんかねえんだ。
だから、俺は蒼姫を、何の躊躇いもなく連れていくんだ……!
「俺の……! いや!」
「私たちの人生の戦いに!!!!」
『やぁあああああああめろぉおおおおおおおおおッッッッッ!!!!!!!!!!!!』
俺たちが扉をくぐった瞬間、背後で何かが弾けた。
それは闇であり、怪異であり、血であり、肉であり、ルールであり、文章であり、命であり、俺たちがこの世界に戻って来た、ハッピーエンドを告げる祝福の赤いクラッカーでもあった。
「おらぁあああああ!!!!!! 戻って来たぜぇえええ!!!!!!」
「や、やったぁあああああ!!!!」
無理してテンションを合せてくれる蒼姫を抱き、俺はその場にクルクルと舞う。
血飛沫のクラッカーが教室中を濡らし、俺たち二人の帰還を、紅姫蒼姫物語のハッピーエンドを告げる。
「蒼姫! 俺の名前は、黒木達也だ!!」
「っ……!!!」
蒼姫はそれを聞き、口を覆った。それから、大粒の涙を流す。
「紅姫……ううん、紅姫で、黒木達也、くん……」
彼女は血だらけの俺に抱きつき、泣きながら叫んだ。
「やっと! やっとあなたの名前を知ることが出来た!! やっと!!!」
「ああ!! やっと伝えられた!!! ずっと、知って欲しかったんだ!!!」
彼女は今まで、俺の名前すら知らなかった。
だけど、それ以外のことはみんな知ってる。
全部、話したからな。
「とりあえずハッピーエンドってことで!」
俺は蒼姫を抱き上げ、マリアと紗雪の元へと駆け寄る。
二人は困ったような顔でお互いに顔を見合わせ、こちらに手を上げるように促してきた。
「な、なんだ?」
「いいから、はやく」
「ほらほら! 前もやりましたよ!」
俺が両手を上げると、二人はそこに全力で手の平をぶつけた。
「いっっっっっってぇえええ!!!!! なんだよ!!!! いやハイタッチか!!!!!! もう一回やろうぜ!!!!!」
俺は二人ともう一度ハイタッチし、それから蒼姫も混ぜて、何度も何度もハイタッチした。
「うひ~!! 手がいてええ!!!!」
「斬られるよりはマシだろう」
「お前が言う!? お前が言っちゃうの!?」
「達也さん!」
瞬間、俺の頬に柔らかいものが触れた。
「え?」
え?
え……?
えええぇええええええええ!?!?!?!?!??!?
「お前……それ、信仰的にいいの!? てかなんで!!?!?!? 俺のこと好き!?!?!?!?」
「達也さんはお馬鹿さんですねえ……。そんなわけないじゃないですか。……約束、覚えてますか?」
「えっと……」
マリアはムッとして言った。
「ちゃんとこちらに戻ってきてください。と言いました……」
「あ! ああああ!!!! あれか!!!!」
「そのご褒美です! それに、ほっぺただから大丈夫! セーフですよ!!」
そういうものなの!?
えへへへへへへ……じゃあ、沢山ほっぺにしてもらお……。
「沢山はしませんよ?」
「あれ、なんであの世界を出たのに心の声が……」
マリアは消えかけの本をこちらに見せてくる。
あー! しぶといなコイツ!!
『き、さま……!』
「おうおう! 殺す殺す言っといて自分が死にそうじゃねえか!? で、何だ? 最後の言葉くらい聞いてやるよ!!」
『よくも……私を構成する……ルールを……奪ったな……ッ!!』
それを聞き、俺は胸を張った。
「まあな!!!」
『貴様アアアア!!!!!!!』
文学は、そう言い残して消滅していった。
奴の中には「蒼姫を助ける」ことがルールにあった。
怪異はルールに厳密な存在だ。そんな怪異が、自らのルールを奪われたら……。
自分自身の構成要素を、その最も核となる一文を奪われたら……。
それは、心臓を引きずり出されることと全く同じ意味を表すだろう。
「蒼姫はお前の心臓にしておくには勿体ない子だ。だから、もらってくぜ。安心しな。絶対に幸せにしてやるからよ!」
その様子を見て、学生たちはざわつきだす。
「怪異が死んだ……」
「なんで!?!? 怪異って殺せるの!?!?」
「私あんなの初めて見た……!」
「ぱぁああんって! ぱぁああんって破裂してさ!!!」
生徒たちは口々に目の前の出来事を話し合う。
今まで話したこともない相手同士で、本来あり得ないことが起きたと、奇跡が起きたと、明るい声で互いに語る。
そして、やがて彼らは口々に「その単語」を言い始める。
誰が最初に言ったかは分からない。だが、それはこの学園に、「スクール・カース」に生きる彼らにとって、彼女らにとって、初めての希望となる言葉だった。
「バースト・カースだ!!! アイツはバースト・カースだよ!!!」
「怪異が破裂したからバースト・カース!!!! 怪異を殺せる怪物!!!」
「いや怪物じゃねえ!! この学園のヒーローだ!!!」
「いや怪物でヒーローだ!! なんたってヴァンパイアだからな!!!」
「ヴァンパイアでゾンビで悪魔で、えーっと……とにかく!!! ハロウィンだ!!!」
学生たちが俺のほうに野次を飛ばす。
俺は一体何が起きているのか分からず、おろおろとマリアと紗雪と蒼姫のほうを見た。
「なんだ、なんだ!?」
「それだけのことをしたと思うぞ」
「始めに言いました。奇跡を起こすのは神だけではありません。奇跡を起こした者が、後に救世主として讃えられると」
俺は紗雪とマリアに背を叩かれ、みんなの前に一歩を踏み出す。
俺は、この学園に来てまだ日が浅い。
だけど、この理不尽と不条理の巣窟に生きるみんなにとって、俺は……。
「俺は、バースト・カースだ!!!」
天井に拳を突き上げた。
瞬間、歓声が沸く。
絶望を突き破り、呪いを破裂させ、怪異と戦う者を、彼らはその名を以て賛美した。
『バースト・カース』と。
少女は彼の前に立ち、精一杯の声を張り上げる。
「紅姫は……達也くんは私の王子様なんだよ!!!! みんなのものじゃないんだから!!!」
それを聞いて、みんなが笑った。
「そうだ!!! よく言ったぞヒロイン!!!!」
「私は蒼姫!!!」
「蒼姫ちゃん可愛い!!!」
そして、教室は蒼姫可愛いコールに包まれた。
「な、なんなのこれ!?」
「こういう終わり方も乙だな!!!」
『バースト・カース』第一部:紅姫蒼姫物語
~単位修了~