『バースト・カース』   作:ゅゅ

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ハイタッチ

 俺は野球のルールを知らない。

 

 だから、コイツらが今からしようとしていることが本当に野球なのかも分からない。

 だが、そんな俺にも分かることが一つだけある。

 

「応援だ……」

「応援、ですか?」

 

 マリアは訝しむ様子で俺の顔を見上げた。

 

「昔テレビのチャンネルを変えている時にちらっと見たことがあるんだ。甲子園球場は声援に溢れている。俺たちが応援すれば……紗雪が有利になるかもしれない……」

「なるほど。一理ありますね」

「いや……言うほど関係ねえか」

「そうですね」

 

 俺とマリアはただ黙って後ろから見ていることにした。

 

「見ろ! お前の仲間は腰抜けだぞ!」

 

 甲子園球児がそんな俺たちの様子に嘲笑の声を上げた。

 おい。

 スポーツマンシップはどうなってんだ?

 

 紗雪はそんなことには構わないといった様子でバレットを男に向ける。

 

「試合に集中しろ。……私の弾は速いぞ」

「俺のバッドは神速だ」

 

 刹那、火花が散った。

 

「ふ゛ぅ゛ん゛っ゛!!!」

 

 男のバッドが振り抜けると同時、俺の頬を何かが掠めていった。

 

「あれ、なんか頬から血出てる。……あれ? 今何が起きたんだ?」

「紗雪さんの弾丸が跳ね返されて達也さんの顔を掠めました」

「おおぉおおおおおん!?!?!?!? 危っっっねえなああオイ!!!!!! 死んだらどうすんだよ!?!?!?!?」

 

 叫ぶ俺を見て、マリアはくすりと笑う。

 

「生き返ればいいのでは?」

「確かに! 俺死んでも大丈夫なの忘れてたわ!!!」

 

 自分がハロウィンの能力者であることを完全に忘れていた。

 無理も無い。能力を付与されてからまだ間も無いし、未だに地面に降りる方法すら分からないのだ。

 

「それに、仮に直撃しそうになったら、私が主の奇跡であなたを守りますよ?」

「へえ……」

 

 俺はマリアがまた主がどうとか言うのを尻目に、そういえば廊下にゾンビがいないなと思い、辺りを見回す。紗雪と球児が蹴散らしたからというのもあるが、どうやらマリアの奇跡がゾンビ避けの効果を発揮しているらしい。

 

「ゾンビって序盤は脅威だけど、中盤からは雑に扱われるよな」

「そういうところも可愛らしいですよね?」

「うーん? そう、かなあ……?」

「あ! 私いいこと思いつきました!」

「え、何、急に?」

「耳を貸してください」

 

 マリアはちょいちょいと手を招き、俺の耳元で「いいこと」とやらを囁く。

 

「え~……危なくね?」

「きっと出来ます!」

 

 マリアはぐっとガッツポーズを見せながら言うが、正直、どうかなと思う。

 

「まあ、いいんじゃない? 失敗して損するのはマリアなんだし」

「では紗雪さんにも伝えてきますね!」

 

 そういって、彼女は紗雪の隣まで駆けていく。

 球児と紗雪は相変わらず野球をしているが、マリアはそんなことなど一向に気に掛けない様子で、紗雪の耳元で「いいこと」を囁いている。

 

「……不安だ」

 

 説明が終わったのか、マリアはにこにこと微笑みながら戻って来た。

 

「どうだった?」

「返事はありませんでした。試合に集中してるんでしょうね」

「試合って何だっけ……」

 

 俺はマリアの横から二人の戦いを眺める。

 

 バレットが咆吼を上げ、球児のバッドが弾丸を受け火花を散らす。

 甲高い悲鳴のような音が廊下中に響き渡り、それから弾かれた弾丸が壁とか天井のどこかにめり込んで、回転しながら、「じゅーっ」とエグい音を立ててやがて静止する。

 

 試合は九回裏。

 紗雪はバレッドを構え直し、球児はもはや原形を留めていないバッドを構え直す。

 

「そろそろ弾切れなんじゃねえのか? 無限に撃てるわけじゃあねえんだろ? 一発一発大事に撃ってたからなあ……。能力は色々なことが出来るが、基本と応用があるからな。基本はほとんど無制限だが、応用はそうはいかねえ。なあ、その特別な銃は応用なんだろ?」

「口より手を動かせ。言ったはずだぞ、私の弾は速いと。無駄口を叩いていると見逃すぞ」

「はあ、お前の球速にはもう慣れたぜ? 目視で弾丸の旋状痕も見取れるくらいだ」

 

 球児の言葉に俺は眉根を寄せた。

 

「動体視力どうなってんだ?」

 

 球児はバッドを構え紗雪を挑発する。

 これが最後の一撃だと彼は分かりきっている。俺とは違い紗雪もマリアも球児も、この学園での戦いというものを幾度となく経験しているのだ。

 

「来いよ。デッドボール」

 

 瞬間、紗雪のバレットが轟音を上げた。

 

「はは! 遅いぜ!!」

 

 瞬間、球児の顔色が変わる。

 勝利を確信した自信に満ちた笑みから、焦りを隠せない真っ青な顔色に……。

 俺はそれを見て、何が起きているのか何となく察しを付けた。

 

『私いいこと思いつきました!』

 

 マリアはこんなことを言っていた。

 

『単位を撃っちゃいましょう!』

『は? 単位って……そんなもん撃ったら壊れちまうんじゃないのか?』

『壊れちゃうかもしれませんが、この状況で勝つには一番良い方法じゃないかなって思うんです。だって、あの人は単位が欲しくて襲ってきたんですよね? だったら、単位が壊れるのは嫌ですよね?』

『ああ。確かにそうだが、単位が壊れたら俺たちも困る』

『ですから、あの人に単位を守らせるんです! あの人は甲子園球児ですから、バッターだけやってるわけじゃありません! 能力には基本と応用があります。あのバッドが基本なら、応用のグローブがあるハズなんです!』

『つまり、奴は撃たれた単位を無事に取るためにグローブを出す』

『そうです! そして、紗雪さんは別に野球がしたいわけではありません!』

 

 球児は手元のバッドを消滅させ、グローブを生成する。コンマ数秒、それでも間に合うかどうか分からない。

 彼は必死の形相で単位の軌道を読む。紗雪は今までとは違う軌道で撃ってきた。デッドボールから外して来たのだ。

 

「うぉおおおおおおおお!!!!!!!!」

 

 球児は跳び、腕を伸ばし、単位を掴み取る。

 そうだ、彼はこれを手に入れるために戦いを挑んだ。

 顔が晴れる。

 

「取ったぞ芸術の単位!!! これで俺は授業を受けずに──ッ」

「ゲームセット。お前の負けだ」

「あ……?」

 

 球児はグローブの中の単位から、自らの腹のほうへと視線を移した。

 

「赤い……これ、俺の血か……?」

「ああ。デッドボールでなくて悪いな。デッドソードだ」

 

 紗雪は突き刺した刃を引き抜き、その先端に絡め取った心臓を球児の目の前に落としてやった。

 本体から切り離され、意味も無く鼓動を続ける心臓を見つめ、球児は自らのグローブのほうへと視線をやった。

 

 球児は二階に上がるために単位を取った。その単位は今、自らのグローブの中にある。

 しかし意味はない。なぜなら、彼は既に死んでいるから。

 

「畜生……。予選敗退じゃねえか……」

 

 球児はそう呟き、静かに息絶えた。

 

「野球はチームでやるものだ。そして、馬鹿正直に力比べをするものでもない。私たちの作戦勝ちというやつだな」

 

 紗雪が振り返り、マリアはにこにこしながら俺と紗雪の顔を見合わせ、それぞれに手の平を見せてくる。

 

「なんだ?」

「ハイタッチですよ! 三人でやりましょう」

「ああ……確かに、このまま終わりってのもアレだし、終わった感出すためにも大事かもな」

 

 紗雪は暫し考え込み、それから俺とマリアの方に手を差し出す。

 

 三人で互いに差し出した手を勢いよくぶつけ合わせ、ボロボロになった廊下にぱちんと心地良い音が響いた。

 

「俺たちの初勝利だ!!!」

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