『バースト・カース』 作:ゅゅ
真っ暗な闇が明けると、畳み張りの大広間が視界に映る。
障子の貼られた襖に囲まれ、そこには20人ばかりの学生たちが集められている。
「新参か」
俺の真後ろの生徒がそんなことを呟く。
振り返り、片目の隠れた黒髪の男が目に入る。
「ここは…」
「見ての通りここは文学の教室だよ」
俺は辺りを見渡すが、これが見ての通りの教室なのかは怪しいところだ。開かれた襖の向こうには縁側があり、その向こうには枯山水の日本風庭園が広がり豊かな新緑が目に優しく映っている。
「文学というよりTHE・和って感じだな」
「ここは他の授業とは違って安心安全。殺しあいも戦いも存在しない、安穏とした授業そのもの。そこら辺に胡座を搔いて順番を待ってれば時期にツーマンセルでの授業が始まる。それにしても君らは運が良かった」
そう言って男は俺の背を叩き、どかりと畳に腰を下ろした。
「まあ君も座れよ。順番待ちの間に体力を使うのはバカバカしいだろう?」
俺はマリアと紗雪のほうへと視線を向けた。紗雪は顔を逸らし、マリアは愛想笑いを浮かべたまま何も言わない。
二人は座らないらしいが、俺はこの男から情報を得たい。形だけでも仲良くするために、俺も畳の上に腰を下ろす。
「で、順番待ちってなんだよ。あと、俺たちが運が良いってのは?」
「君らチャイムギリギリで入って来ただろ? 文学の教師は優しくないからね、チャイムが鳴る前にルールの説明を始めて、それから僕たちはくじ引きをして順番を決めさせられた。最後に入って来た君らはくじが引けなかったから、最後になるのかな」
「最後だと有利なのか?」
「まあ、たぶんね」
刹那、俺たちの間にぼとぼとと赤い液体が降ってきた。
「あ、なんだこれ」
触ってみると、すこしぬるぬるしている。単純な液体というよりも、何か脂のようなものや、よく分からない白いものが混じっている。
すると、さらにもうひとつの物体がごとりと音を立ててその液体の中に落下してきた。
「うっ!? わあああ!?!?!」
俺は突如落ちてきた女の生首に悲鳴を上げる。
男は俺の反応を見て笑いながら手を叩く。
「あー、田中さんはダメだったかぁ……」
「なんだ!? 誰!? 田中?!」
俺が騒いでいると、隣に見慣れたAKが突き出された。
銃口は片目隠れの男の眉間に押し付けられ、男は真顔で紗雪のことを見上げる。
「要点を話せ。ここでは何が行われている」
「上を見なよ」
男に促され上を見ると、そこには無限の闇の中に浮かぶ十字架が浮かび、その背後には巨大なくるみ割り人形が聳え立っている。
「あのくるみ割り人形の口はギロチンになっている。クエストに失敗すると、磔にされたセリヌンティウスは罰として噛み潰され、心臓を食われる」
「クエストとはなんだ?」
男は落ちてきた生首から眼球をくりぬくと、片方を右手に、片方を左手に握る。
「一人が異世界に転生し身体を差し出す。もう一人が神として転生者のサポートをする。転生者がその世界で見た物、聴いた者は神の手元のまっさらな本の上に文字として現れていく」
「なるほど、あれはそういう怪異というわけか」
「話は最後まで聞いたほうがいいよ。転生者はその世界で与えられた使命を果たさなければならない。だけど、転生者が何をどう頑張っても、世界の矯正力によって大抵のことは元の悲劇の物語へと戻る仕組みになっているんだ。そこで、神の出番だ。神は与えられた本の記述を書き換えることで、外部から転生者を助けることが出来る。ただし」
男は右手の瞳を握り潰し、俺のほうを見てにやりと笑う。
「目的が達成出来なかった場合、転生者はあの怪異によって首を落とされ死んでしまう」
「神役は死なないのか?」
「ああ、それが憎いところでね、能力者にもカースト……つまり序列があるだろう? 弱い奴らが身を差し出して、強い奴らが神を演じているよ。何せ、弱い奴らは強い奴らには逆らえないからね」
マリアは俺の能力を強いと言っていた。自分たちが生き残れたのは強い能力を引いたからだとも。
じゃあ、逆説的に弱い能力というものも存在するわけで、それがこの学園のスクール・カーストになっているわけだ。
「君たちはみんなこの学校を脱出したい。一人でも多くの生徒が脱出するためには「合理性」が一番大切だ。そのためにはみんな合理的な選択をしなくちゃいけない」
「弱者を搾取し、強者が生き残るってか?」
「言い方が悪いね。弱者の死が道を作り、その死で舗装された道を猛者たちが行くのさ。この学園を破壊するためにね。これはあくまでもみんながした選択だ。一人でも多くの生徒たちが生き残るための、合理的で理性的な……ね?」
男がそう言うと、俺は立ち上がり、紗雪のAKを握った。
「紗雪、お前コイツが話し終わったらここにいる奴ら全員殺すつもりだっただろ」
「……なぜ分かった?」
「コイツ殺すだけなら全身にAKを生やす必要はねえからだ。ひっこめろ」
紗雪は俺の眉間にAKを突き付ける。
「私に命令するとは偉くなったものだな。なぜ引っ込める必要がある? さっきの戦いを見て思わなかったのか? 「生徒は生徒から単位を奪い取れる」。この学園で生きていく中でも最も危惧すべき、最も憂慮すべき最悪のルールだ」
「だからってお前、自分以外の生徒全員ぶっ殺すつもりかよ」
「全員ではない。お前とマリアは有益だから生かしている。無益なら殺す」
紗雪は最初に言っていた。この学園では普通な奴から死んでいく。イカれた奴ほど生き残り前に進んでいく。
それは分かる。紗雪もマリアもこの男も甲子園球児もみんなイカれてる。
「単位取得で上の階に上がれると言ったな」
俺は虚空に浮かぶ十字架を見上げ、それから紗雪のほうに視線を向ける。
「俺たちが二階に上がれば、一階のコイツらは俺たちとはもう無関係だ。違うか?」
現状俺たちは二つの単位を持っている。
マリアが保有する芸術と球児から奪った化学の二つ。
二階に上がるためにはこの二つに加えて文学の単位が必要になる。今回ここに来たのも、その文学の単位が欲しかったからだ。
俺たちはあれから「同好会」を作って単位を共有することにした。
同好会。
参加メンバーの単位を全て共有財産にする制度だ。つまり、俺とマリアと紗雪、この三人で合計三つの単位を持っていれば二階に上がることが出来る。
ただし、同好会の誰か一人でもこの学園から消えることになれば……同好会の保有している単位はそれと同時に「全て失われる」。
つまり、参加人数が多いほど上の階に行きやすくなるが、逆に誰か一人でも死人を出せば、集めた単位はゼロになる。これも弱者に厳しいルールだ。強者だけで同好会を組んで二階に上がったメンバーもいるだろう。逆に弱者は足枷にしかならず、一階に置いて行かれる。
酷いルールだ。
俺は紗雪のことを見据えて言った。
「俺がここの単位を取得してきてやる。そして、俺とお前とマリアの三人でとっとと二階に上がろうぜ。お前は強いんだから雑魚なんかに目をくれるな」
これ以上弱者をいたぶるのは気分が悪い。
俺の説得に紗雪は応じ、全身のAKを引っ込める。
「それならとっととやれ」
「言われなくてもやってやるよ。マリア、神役を頼めるか?」
「それは、ええ……。でもいいんですか?」
「俺は死んでも蘇れる。でもコイツらは死んだら終わりだ」
俺は十字架へと向かう階段を上っていき、生徒たちの列を押し退けて前に出る。
「邪魔だ! どいてろ雑魚共!」
「あなたは……なに? この十字架に掛けられたら、死んじゃうんですよ……?」
絶望に青い顔をした最前列の女学生が驚き、俺の正気を疑ってくる。
だが、俺は正気だ。この学園で唯一な。
だから言ってやる。女を指さし、俺は言った。
「成功したら死なねえんだろ? お前は雑魚だから失敗して死ぬ! 俺は強いから成功して生きる!」
「一体、何を言っているの……?」
女学生は頭を抱え、今目の前で起きていることの整理が付かないと言った様子でしゃがみ込む。
「参考までに教えてくれよ! お前雑魚なんだろ? 誕生日は!?」
女学生は顔を上げ、口を開いた。
「7月8日……です……」
「何の日だ!!」
「……の日です」
「あ!? もっと胸張ってデカい声で言え!!」
「な、生パスタの日です……!!」
「パスタ美味いよな!! いい日じゃねえか!!」
「え……」
「お前のお陰で家に帰る楽しみがひとつ増えたぜ! 帰宅後の晩飯はペペロンチーノに決定だ!」
俺はくるみ割り人形を睨み付け笑った。
「よお怪物、奇遇だな。俺も怪物なんだぜ? なあ、仲良くやろうぜぇえッ!!」