Prologue.
聖杯戦争。
それは魔術の世界における用語として、“聖杯とされる器にまつわる闘争”を総称した言葉だ。
聖杯はかの晩餐にて振る舞われた器。
絶対なる願いの願望機。
ある世界に置いて、第五次まで行われた聖杯戦争があった。
それは聖杯と言う名を借りた、大望を叶えるための器を争う戦争。
七騎の騎士――サーヴァントを召喚し、その力を聖杯に結集する。
かくして戦いは大いなる戦乱となり、時には戦場に幾つもの災禍をもたらした。
――これは、ある世界。ある土地にて執り行われる、聖杯戦争。
奇しくもそれは、異なる世界の聖杯戦争と同様。
七騎のサーヴァント。
そして七人のマスター。
これらが七つの陣営を作り、競う事となる戦争。
その手に宿るは三画の令呪。
サーヴァントはそれにより、マスターに付き従い、マスターは己が大望、そして横に立つサーヴァントの願望を叶えるべく、戦いに身を投じる。
別なる世界に生じるデジャヴュ。
それは神域の奇跡のたまものか――はたまた宝石翁の導きか。
かくして、聖杯戦争の骨子は世界を超えて同一と成った。
けれども、その細部にまで同一であるものが存在するとは限らない。
その最もたる点が――東洋の英霊の存在だろう。
元来、さる世界の聖杯は、聖杯にその姿を似せた「贋作」であった。
それがこの世界においては、そもそも“名を借りた”だけの、異なる礼装が用いられているのだ。
そして――神秘宿さぬ現代の英霊。
硝煙をその身に染み込ませ、鉛の弾丸が、耳元をかすめた英霊。
あらゆる条件において召喚される、英霊と呼べる存在が、召喚の条件を満たした。
時は満ちれり。
盃は掲げられた。
願望ありし魔術師たちが、そのもとに集い。
選ばれるは七名。
――それは、
聖杯を作り上げたある魔術師一門と、その一門に縁あるものたち。
全三名。
聖杯戦争開催地、その
奇縁から選ばれた魔術師崩れ。
奇跡から選ばれた、時計塔の落ちこぼれ魔術師。
そして、
――この物語における中心人物。
ある、“魔術使い”の男が一名。
幾つもの思いが絡みあう。
復讐か、救出か、高慢か、
――それは、ある“運命”の物語。
聖杯戦争。
大いなる願望機、聖杯を巡る、血塗られた戦場と、
過去へと至る――物語。
♪
そこはどこともしれぬ場所。
魔術的な霊地というわけでもなく、また、そのものの拠点というわけでもない。
本来の彼の拠点は聖杯戦争開催地である“信濃”のある都市の小霊地である。
信濃、正確には長野県の、ある山に囲まれた中規模都市。
周囲を峰に囲まれ、山村と盆地の都市を一体化させた、少しだけ古ぼけた街。
とはいえ、日本における有数の霊地の一つがここにあり、また、有数とはいえ一般的な霊脈の要と比べれば寂れている。
人の集まりが少なく、どんな勢力の影響も受けない。
そんな土地が、聖杯戦争の舞台に選ばれることは、さしたる疑問も浮かばないだろう。
話は戻るが、現在彼は別に霊地というわけでもない山の中にいる。
現地の土地勘がない彼は、その土地の名前すら、てんで検討がつかない場所だ。
ここにいる目的は単純。
サーヴァントの召喚である。
彼は聖杯戦争に選ばれたマスターであった。
手の甲に浮かび上がった令呪は、その存在を今も明らかにしている。
彼がこんな、工房でもない場所で召喚を行う理由は幾つかある。
まずひとつ、拠点の隠蔽。
さして周囲に見向きされるわけでもないが、バレてしまえば襲うにはちょうどいい場所ではある。
召喚の場所を周囲の監視がない山中としたのは、この拠点を隠すため。
とはいえ、拠点へと戻る際、見つかる可能性が無いとはいえない。
けれどもその点に関しては問題ないだろう。
これから彼が呼ぼうとしているサーヴァントであれば、“彼自身も”気配遮断を得られる可能性がある。
そうなれば、拠点に関する情報は、おおよそ隠蔽できると言って良い。
無論、この聖杯戦争はある世界に行われたものと違い、これが初めての開催である。
これまで理論上で幾つものシミュレートが世界の魔術師たちの間でなされたが、シミュレートが正確である保証はどこにもない。
ぶっつけ本番。
――そうとしか、言いようが無いのであった。
そしてもう一つ、彼はその経歴を鑑みればわかることだが、“何の準備もせず戦場に赴くわけには行かない”のである。
無論、危険がすぎるというわけでもないだろうが、保険として、この山中で召喚してから拠点に入るというのは、決して無い選択肢ではない。
そう。
そもそも彼は、まだ拠点に入ってすらいないのだ。
故に、工房など作られてもいない。
一応、召喚のための魔法陣が完成しているこの山中の方が、まだ工房と言えなくもないのだ。
――本来であれば、こういった山中に拠点を構えるのがいいのだろうが。
一人ごちる。
しかし、そうはいっても、こういった山の中にある霊地は既に全て確保されている。
さして魔力消費が激しいとも思えない英霊を召喚するのであるが、さすがに霊地でもなんでもない場所で休憩など、効率が悪くて考えたくもない。
山中での戦闘を有利にするか。
はたまた、霊地における魔力回復をとるか。
――選んだのは後者であった。
当然といえば当然か。
彼が拠点として選んだ霊地はその性質上戦闘に向かない。
戦闘に出るとなれば、人通りのない街中か、今彼がいるような山中か。
どちらにせよ、それは彼にとって都合のいい戦闘ができるのだから、それで良い。
かくして彼は、現在サーヴァント召喚の儀にあった。
「素には銀と鉄。礎に意思と契約の大公」
さえずるは言葉。
古を想い、そして望む者の言の葉。
「降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
いくつかの言葉を並べる。
「
ただ、あるがままの意思をのせ。
「――――告げる」
唸りを上げるは、描かれた魔法陣。
上質な魔術媒体の一つであり、契約という点において、特に効果を発揮するもの――
――血を使った魔法陣。
「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
――同時刻。
「……マスター、こちらにいたのですか? 今は大事な時ですよ、お体を冷やしてはいけません」
「あ、うん。ありがとキャスター、戻ろっか」
都市を見下ろす小高い丘に建てられた住まい。
時代を大いに履き違えた武家屋敷を思わせる佇まい。
少女がいるのはその入り口にあたる山門の前だ。
ここからは、少しばかり急勾配な坂の下に、街の風景を眺める事ができる。
山の中とはいえ、手入れされ、晴れた視界は、ポツンポツンと灯る人の明かりの夜景を見せた。
けして都会の壮大さはないけれど、人の住む気配を確かに伝える光の群れだ。
なんとなくそれを、少女はホタルのようだと感じた。
これからこの街で戦争が始まる。
――それを全て終えた時、そこにあるのは、ホタルが如き幻想か、はたまた――
――同時刻。
「ひゅー、いい景色ねぇ! 日本の山奥ってのも捨てたもんじゃないのね!」
「あまり身を乗り出さないでくれよ? アンタは生身の人間だ、落ちたらひとたまりも無いだろう」
解ってるわよ、と、二十近くになるかという少女は陽気にパイロットへ手を降った。
空の世界。
夜闇に紛れ、雲間を切り裂き、一組の男女が宙にいた。
そこから見える世界は、この世のものとも思えない、なんとも大層な景色であるようだ。
楽しげな少女と、それを傍目に嘆息気味の中年男性。
彼女らがこれから見る景色は、果たしてこのように、美しく尊いものであるだろうか。
――同時刻。
「■■■■■■■■■■■」
「っぐ、お、止めろ、僕に触れるな! その拳を僕にむけるなぁぁぁーーー! れ、令呪を持って命ずる、僕の意に従え、バーサーカー!」
サーヴァントの召喚を進める一人の男より早く。
二十とそこらに思える男性が、一足早くサーヴァントの召喚を行っていた。
彼が呼び出したのはバーサーカー。
狂気を帯びたサーヴァント。
――彼はある考えを持っていた。
それは、サーヴァントに置いて、バーサーカーこそが最強である、という考えだ。
なにせ英霊が、更に能力を強化させて召喚できるのだ。
これ以上に強いサーヴァントはいない、そう考えていた。
もしも彼が、この聖杯戦争を正しくシミュレートできる“仲間”に恵まれていたならば、そんな考えは持たなかったであろう。
しかし、周囲から孤立していた彼は、自分の思いを正すことができなかった。
そうして喚ばれたサーヴァント、バーサーカー。
その狂化スキルはランクにして“A+”。
召喚者である男性が、ステータスを極限まで上げるために、狂化スキルを意図的に引き上げたのだ。
結果は、主人の意すら令呪によってしか聞き入れない、文字通りの“バーサーカー”の誕生であった。
――そして。
「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」
場所は再び、召喚を進める男の下へ戻る。
既に男の詠唱は最終段階を迎えていた。
残る一節、それを――男は、幾つもの感情を持って、告げた。
「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――――――――!」
かくして、
それは、世界に顕現する。
英霊。
――サーヴァント。
その姿は、マスターである彼がおおよそ想像した通りのものであった。
現代に近い、軍服にヘルメット。
――何より彼の存在において強烈であるのは、その瞳であった。
威圧。
とも、また違う、ただ見ているだけで惹き込まれるほどの瞳。
意思、とでも呼ぶべきそれは、まさしく英雄と呼ぶにふさわしい猛々しさであった。
「――問いましょう。キミが、私のマスターなのですね?」
はっきりと、通る声だ。
また、そこには鋭さもある。
人に物を問う、その上で、“有無を言わせない”力が、それにはあった。
――だが、問われた男もまた、それを真っ向から受け止める。
こくりと、神妙に、肯定してみせた。
「私は――サーヴァント、アサシンのクラスにより召喚されました。これより、貴方の手、そして頭脳となりましょう。共に、良き聖杯戦争を送りましょう」
――アサシン。
暗殺者のサーヴァント。
得意とするは気配遮断、そして文字通りの暗殺。
ただし、彼の場合は“それ以外”の面における期待を、マスターはかけているのだが。
「……名乗らせてもらう」
アサシンが手を差し伸べた。
握手を求めた彼の右手に、そっと、男が添える。
「――雪白辰向。貴方の、マスターを務めさせて頂く。よろしく頼む」
「……こちらこそ」
辰向、そう名乗った男は、見るからに日本人――さらに言えば、東洋人の顔立ちをしていた。
手をとって、アサシンはふと、ひとつの事実に気がつく。
自身のマスターとなる魔術師は、とても固い手をしている。
明らかに鍛えている手である。
無論それは、端から見て軍人であるアサシンも同様だが――少しばかり、種類が違う。
ただその手だけで、アサシンは見て取った。
この男――雪白辰向は戦場を経験している。
それも、血と死と煙の灰が満ち満ちた、“最前線”をだ。
「少し、問いをよろしいですか?」
アサシンから見て、辰向は非常に恵まれた体格をしている。
それは東洋人として、ではなく、人類として、だ。
百九十オーバーはあろうかという身長に、二の腕に着いた筋肉も、無駄なく美しいものだ。
「……問題はないけれど、なんだろうか」
そして何より、傷がない。
初夏の陽気ゆえに、夜の帳の中にアレ、辰向はそれなりの軽装であるが、そこに傷と見える傷がないのだ。
せいぜい、ほほに走る一本の傷。
ただ、恐らくそれも、本人の意思あって残しているものなのだろう。
「――君の大望。君がこの聖杯戦争に求める、栄誉と、それを賭ける、挟持を」
そして、アサシンにとって、行き着くところはつまりそれだ。
アサシンに願いと呼べる願いはない。
彼の人生が、満足とは行かずとも、悔いのない人生であったがゆえに、願いはない。
「私の願いは瑣末な物だ。けれども、そんな私を呼んだ、君の願いが決して瑣末とは思えない。――どうだろう。君の意思は、君の想いは、大いに君の中に在るものだと、私は思うが」
――アサシンの言葉は、彼が知る
多くの人を知り、そして知る機会を得たアサシンは、故に辰向の思考を見て取った。
そう、アサシンは辰向を真正面から見ている。
その意味を、理解できない辰向ではなかった。
「――救いたい、人がいる」
大手を振ってそこに語ろう。
さながら舞台役者の口上が如く。
張り上げる声は、彼の短い人生の中で――二十そこらの人生の中で、きっと、後にも先にもただひとつしかないものだ。
「そいつは、俺にとって数少ない家族で、たった一人の肉親だ。だから、救いたい。ただ救うだけじゃダメなんだ」
それは願いと――そして決意と呼ばれる男の精神。
続ける。
――アサシンはそれを、満足気に聞いていた。
「――奇跡に願う、救いが必要なんだ」
それはならば良いだろう。
アサシンは思った。
けして邪悪に染まったマスターではない。
応えるに値する、良きマスターをアサシンは得た。
まだまだ自分の、五分の一も生きていない若造だ。
――如何にも芽のある小童だ。
『105mm砲』を触媒とし呼ばれたアサシンは思う。
――これより聖杯戦争が始まる。
アサシンと、雪白辰向の出会いをもって、――――開始する。
というわけで始まりました。
冬木とかが出てきすらしない世界観に寄る聖杯戦争です。
一応、時計塔など、舞台背景などは同一となっています。
いわゆるよく似た別世界。そりゃあ宝石翁も出張ってきます。
某AA安価スレ界隈の影響を強く受けた作品となっております。
基本的に、更新は一日一話となります。
さて、では最後に真名当てクイズ。
今回登場したアサシンのサーヴァント、一体誰でしょう
ちなみに現代鯖なので本編に真名は出てきません、多分。