アサシンのマスターはやがて自分から袋小路に追い詰められてくれた。
工場の一角。
本来であれば行き来も可能であろうが、現在周囲にはシャッターが降ろされている。
あのマスターの身体能力ならば屋根の上に飛び上がることは可能だろう。
――だが、さすがにそれはバーサーカーでも追いつける。
だからだろう、敵マスターはへたり込んでいた。
光の薄い空間に身を縮めるようにしている。
故にわかりづいらいが、そこに気配は確かにあった。
もはや状況は確定していた。
敵のマスターは完全に、詰んでいる。
バーサーカーに守護を任せ、後はこの男をダグラス自身が嬲ることもかのうだろう。
全てはダグラスの手のひらにある。
そう思えば、コレまでの苛立ちも、ようやく解消できるというものだ。
「あぁ本当に、これまで何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も、僕の邪魔をしてくれたものだ。――君も、君のサーヴァントも、そして僕に仇なすあらゆる存在も!」
高らかに宣言する。
勝利宣言――美酒に酔うのは、本当に素晴らしい感覚だ。
本来ならば、ダグラス=イングルビーはこの感覚の中に永遠とならねばならない。
だのに、なぜ、なぜこうも自分は苦渋を呑まなければならない?
必要ない。
――そんな必要、どこにもないのだ。
「だが、これからは違う。僕は、僕のサーヴァントは最強だ! 僕に仇なす全ての存在が僕にひれ伏し、僕を敬う世界がもうすぐやってくるんだよ。羨ましいとは思わないか?」
「――、」
敵は、答えない。
息を整え、この状況においてまだ、後退の余地を探しているのか。
――この場を破壊し逃げようとしても無駄だ。
確実に、それよりバーサーカーが速いというのに。
幾らでも選択肢に近い選択肢はある。
だがそれは所詮、成功確率ゼロパーセントの選択肢。
――人はそれを無謀というのだ。
「喜べ、これは救済だ。僕が、僕自身が――君に、世界に! 怠惰にして無意味で無価値なこの世界に、光と救済を与えてやるのだよ! 夜明けが来るぞォ! 僕の夜明けだァ――」
ハ、ハハ。
それこそ世界に広がるような。
どこか遠くにあるような、言葉にしがたい、声。
「ハハハ、ハハハハハハハ――――ッ!」
もはや意味も持たない哄笑であった。
「……お前」
そこで、
――ようやく、敵のマスターが口を開いた。
「何で、魂喰いをした?」
息も絶え絶え。
ここまでの疲労はそうそう抜けないだろう。
そもそもアレだけの戦闘能力、身体に負荷をかけないなどありえない。
「――はぁ? 訳がわからないな。そんなの当たり前だろ、こいつの魔力消費は異様に高いんだ。だから、“献上”させてやってるんだよ、そこらの愚図からな」
「献上……?」
「そうだ。何がおかしいことがある? 単なる人間が、僕のような“貴族”に捧げ物をするのは当然の権利――いいや、義務だね」
ダグラスは機嫌がいい、これから少しずつ殺していくだけの相手の質問に、答えを述べた。
あと少し、自身の気が許すまでなら、会話も悪くはない。
敵の男はその言葉を聞いたきり、だんまりである。
何やら考え事をしているのか――
とまれ、埒が明かない。
敵に反撃を受けない程度の距離で、ダグラスは男に近づいた。
「何故、魂喰いなんて選択をした? それだけのバーサーカー、まさか魔力供給の宛もなく呼んだわけもないだろう」
普通に運用すれば、間違いなくバーサーカーを使用したマスターは自滅する。
第一手に魂喰いを選択するマスターに、魔力の余裕があるとは思えない。
だから、話題を変えて男は問いかけたのだろう。
そうダグラスは考え、余裕と共に笑みを浮かべて応えた。
――男の意思を、切って捨てるかのように。
「あるさ。肉を林の用に並べ、酒を池と見たて盃を満たす。それを食することでバーサーカーはかなりの魔力を補える。けれども、それにはだいぶ資金が必要だからね」
肉は高級品。
それこそ、古来から好まれてきたレベルの、上等なものでなければならない。
酒は、更に面倒だ。
池となるほど――最低でも、湯船一つを酒に変えなくてはならないだろう。
肉以上に高級な代物を――だ。
「だったら、魂喰いの方が“手っ取り早い”。――当然の選択だろう?」
「……、」
再び、だんまりであった。
否、こんどはその気配もまた違う。
さながら――もう、ダグラスに問いかけることはない、とでも言うように。
「――おい、もう終わりか? 僕は気分がいい、わざわざ会話を許してやっているんだぞ? なんだ、命乞いでもしてみろよ」
いよいよ、ダグラスも怒りへ天秤が傾いた。
低い沸点を、あっという間に満たしてしまったのである。
――それでも、男は何も語らなかった。
ただ、ダグラスを闇の中から見ている。
――視線だけが、ダグラスを射殺そうとしているのが知れた。
「おい、お前――」
ダグラスは怒りをそのまま言葉に変えようとした。
しかし、それはなされなかった。
アサシンのマスターが、遮るように、告げた。
「――お前、救えないな」
それで、
――ダグラスの我慢は、終わった。
「……ぶち殺せ! バーサーカー!」
躊躇なく、命令する。
それで、敵のアサシンマスターは死ぬ。
ダグラスは彼の名前を知ることすら無く――――殺す。
はず、だった。
その時――響いた音は、銃声だった。
二発、音は、それぞれ別の場所からによるものだった。
♪
「……ホント救えないよ、お前。全然気づかなかったのか?」
辰向のズボンはかなり余裕のあるデザインになっている。
そこには、自身が得意とする得物や、そうでない物もひと通り取り付けられている。
その中で最もポピュラーな物は本命である礼装用のギミックナイフ、そして――
――拳銃、であった。
「敵を油断させおびき寄せる、かなり古典的な策だったんだがな」
「な、お、え――?」
ダグラスは、自身が地に伏して、辰向が立ち上がっていることに気付いてすらいないだろう。
撃たれたのだ、そのことすらも――
「この距離でも、早打ちとなるとさすがに正確には狙えない。――悪いな、即死させられなくて」
「ふざ、ふざけ」
「ふざけてるのはお前だよ。魔力が足りないのなら、それを補える同盟相手をまず探せ、結果論だが――此度のキャスターは非常にお前と相性が良いだろうよ」
沈黙。
ダグラスは、痛みに故か、言葉が出ないのだろう。
――バーサーカーは、ダグラスの後方にいた。
辰向と同時に襲いかかったもう一つの銃弾。
アサシンによるものを防いだのだ。
隙を生じぬ二段構え、ダグラスは辰向の策にハマった、そして“詰んだ”。
それだけのこと。
「■■■■ーーーーーーッ!」
バーサーカーが再び動いた。
目の前に敵がいる。
――ならば、殺さなくてはならない。
彼の本能には、そういう令呪が刻まれている。
――間に合わない。
バーサーカーが動くよりも先に、辰向の銃弾がダグラスを殺す。
それで、本当に今度こそ、この戦闘は終了だ。
――だが、もし辰向にも想定外の事があったとすれば。
想定した上で、“無問題だと切り捨て、考慮しなかった点”があるとすればそれは。
――ダグラスに、この期に及んで自身の詰みを理解する思考力が残されていたことだろう。
「令呪を持って命ずる――――」
「――――僕を、この場から、――全力で逃がせ、バー、サー、カァァァアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!」
光を帯びた令呪が、
最後の一画が、その瞬間。
バーサーカーの身体を、極限まで行使させ、辰向の弾丸に、“間に合わせた”。
辰向の銃弾は空を切る。
ダグラスは、その場から掻き消えていた。
「……無駄撃ちかよ、畜生」
「――ですが、これで終わりでしょう、マスター」
ぼやく辰向に合わせ、ようやくアサシンが姿を見せた。
嘆息気味に辰向がアサシンをねぎらう。
そして、
「……にしても、あいつは自分を“貴族”と言った。――こっちの読み通りではあるんだけど、チゲぇよ、そいつはチゲぇ」
ダグラスは勘違いをしている。
彼の言う貴族の像は、間違っている。
――物語に描かれる貴族の中には、彼のような悪逆非道は多く存在する。
腐りきったものも山のようにいる。
それでも、――それは貴族ではない。
それらは貴族としても否定的に描かれる――害悪だ。
――時に物語の中では、肯定的に描かれる暴君がいる。
それらは強大なカリスマ性と――ある一つの視点により、覇道を行く名君とされる。
「……貴族っていうのは、未来に自分の天秤を持ち込める奴の事を言うんだ。あいつの言う貴族はそうじゃない――あれは子どもだ。ダダをこねる、子どもだよ」
♪
「ふむ、逃げましたね。どうします、マスター」
「面倒くさいなー。アレそのうち魔力切れで死ぬじゃん」
戦闘の行く末を見物し終えたキャスター陣営。
ぼんやりとした朝海の言葉に、思わずキャスターは苦笑をこぼした。
「ですが、このまま放置してしまうと逃げ続ける間、何を破壊するかもわかりませんよ?」
「……だよねー」
わかってはいた、という風に朝海は伸びをした。
現在、バーサーカー陣営は、自身のマスターを抱えたバーサーカーが工場内を爆走している。
すでに閉まったままのシャッターをどうにかするという考えは無いようで、行き当たりばったりに、走り回っているというのが正しい。
その速度は脅威である。
令呪によるサポートということもあるにはあるが、強烈すぎる狂化により、サーヴァントの性能が異常なレベルに達しているのだ。
無論、その脅威はもはや脅威とは言いがたいものではあるが。
「命令に令呪が必要なサーヴァント……私、絶対いらない」
「サーヴァントの身ではありますが、私も、少し……」
お茶を濁すキャスターが、せめてもの良心であろうか。
さて、と一息いれて、朝海が伸びを終えた。
同時――ゆっくりと翻る。
「ふむ、ここまでアサシンズが仕事をしたんだ。ま、義理立て、は必要だよね」
「そうですね――義理は人情を持って返さなくては。――彼らの人情、少し、興味がありますね」
応じるように、キャスター。
山門へと引き返す朝海に、キャスターは更に問いかけた。
「では、どのようにしましょう」
「――ここに引き寄せて。今騙すのはバーサーカーだけでいいから、余裕だよ」
「そうですね。では――――」
キャスターが構えた。
魔術師として、キャスターというサーヴァントにまで至った“英霊クラスの魔術”。
魔力の洗練は、朝海のそれを容易に超越する。
「……ふふ、そうですね。懐かしい――気分です!」
誰かに答えるように、一人ぽつんと言葉を漏らした。
それはきっと、キャスターと朝海の間にある“別の誰か”との縁だろう。
(……何百年も私達瀬場の家はこの地を守り、信仰を守り続けてきた。キャスターが活躍していた時代も、そのもっと前の時代も)
信仰は、一日にしてならず。
多くの苦難をもって西洋が神を信仰するに至ったように。
――瀬場一門にも、それ相応の歴史というものがある。
その歴史は、“霊”という存在によって、成り立っている。
(“あの頃”から、見守っていた霊も、いるのかな。――本当に、おせっかいで、どうしようもなく真っ直ぐな、魂さんだ)
「参ります。――かつて貴方の家に受けた恩。そして今、私が抱く貴方への義理。マスター……命じてください!」
風が。
幽霊の火の玉を揺らすような、寒気と怖気と畏れを思い出させる風が、吹く。
キャスターの、流れるような黒髪が、まっすぐな長髪が、それになびいて、
さながら、散りゆく桜のように――流れた。
「うん、――キャスター、やっちゃって」
その後方、朝海はキャスターに一言告げる。
キャスターの瞳には、瞬間、多大な意思が籠もり――光となってあふれた。
火の粉の用に光が散って、それが朝海の肩を、そして頬を掠める。
朝海のそこにある瞳もまた、キャスターと同じ、瞳をしていた。
やっちゃえバーサーもといキャスター。
魔術使いであることには朝海は特に反応ないけど、アサシンが現代兵器使った時点で想定内です。