Fate/R avenge Knight   作:暁刀魚

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第二章 2

 朝海が案内されたのは、商店の三階にある居住スペース。

 入ってすぐのリビングであった。

 ――この場所は、朝海も知っている。

 数年前、とある人物に連れられて初めてこの店を訪れた時、通された場所だ。

 

 もう何年も立っているというのに、その時はそのまま。

 朝海の記憶の通りにあった。

 部屋の一角、元はこたつであっただろうテーブルを囲む。

 どちらから言うでもなく、そこに辿り着いたのであった。

 

「お茶を用意するから、少し待っててくれるか?」

 

 ――座る前に、そう辰向が言ったのであるが。

 

「こちらにありますよ」

 

 と、どこからとも無く現れたアサシンによりお茶うけが用意された。

 これは辰向も意外だったようである。

 どこかぎこちない礼を述べ、朝海を気にしていた。

 

「……いただきます」

 

 朝海は気にした様子もなく――実際サーヴァントの存在など気にもせず、出されたお茶請けに手を付けた。

 こんな場で戦闘など、恐らくこの店の主が許さないだろうと考えたのだ。

 彼は商人である、もしも問題を起こせば、それが誰であれ、恐ろしい事になるのは間違いない。

 

 ――昔、こんなお茶を飲んだことがある気がする。

 恐らくは、昔訪れた時に出されたものと、変わらないものなのだろう。

 

「――おいしい」

 

「それは良かった。……といっても、別に俺のものではないけどな」

 

 そして、辰向もまた茶をすする。

 初めてこの家を訪れて、歓待を受けた時と同じように、それなりに高級な茶葉だ。

 

「それにしても……何で私がくるって分かったの?」

 

「来る可能性はあるってだけの話で、確信はしてないさ。なにせここはこの街で唯一、魔術と関わりのある店だからな」

 

 聖杯戦争の最中においても、気軽にマスターが訪れることができる店。

 それはかなり貴重な場所である。

 無論、昼に戦争をふっかけるマスターはそうそういないのであるから、危険もなにも無いではあるが。

 

「まー、根拠としては単純。あんたは何か面倒な事があった時、理由をつけてそれを放り投げるタイプだと俺は見た」

 

「……よく分かるね、正解。でもそうするとキャスターの視線が痛いから、こうして逃げてきたって訳」

 

「スマンな、いろいろ後処理押し付けちまって」

 

「え? そっちじゃないけど」

 

 ――別に神秘の秘匿もろもろの後処理など苦ではない。

 しれっと、朝海はそんな風に言う。

 

(一応、人が目の前で死んだだろうにな)

 

 恐らく、バーサーカーのマスターは死んでいるだろう。

 令呪をああいったふうに斬った時点で、令呪が途切れればバーサーカーに殺されることはほど確定である。

 その後処理すら、朝海は平然と行ったのではないか。

 

 ぼんやりとしている少女だ。

 ――どこに思考の根本があるのかを読み取れない。

 それは、“読み取れなくなった”のか、はたまた“読み取れなくしている”のか。

 

「それに、工場はそっちが何とかしてくれたんでしょ? むしろ助かった。さすがにあの広い敷地を、何か変なことがないか確かめるのは面倒だし」

 

「まぁそのくらいはな」

 

 昨晩の戦闘、辰向達は最初から工場にバーサーカーが誘い込まれるであろうと当たりをつけて待ち伏せしていた。

 それ以外の場所は、そもそも何があったかすらわからないのだ。

 

「貴方もたいがい律儀で行動派だよね。――普通、貴方の起源からすれば、億劫だと思うんだけど」

 

「……俺の起源、解るか?」

 

「無力、でしょ? いえまぁ表現の違いはあるかも知れないけど、多分そういうニュアンスなんだろうなーって」

 

 正解である。

 辰向の起源――“無力”。

 そのせいか辰向は朝が弱いし、時折無性に虚脱感を感じることがある。

 起源として認識し、それに精神を近づけない限り、それはあくまで辰向の個性でしかない。

 しかし、それは辰向の根源的な個性であるのだ。

 

 ――それを、全く相反するように辰向は聖杯戦争において行動を起こし続けている。

 

「能動的でなかったことなんて、こうして私を出迎えたことくらい?」

 

「まーそれなんだがな。俺は基本的に、心持ちを弱く持ちたくないんだよ。もしも精神を弱らせて起源に触れれば、即効で呑まれるからな」

 

 前に進む選択をするか。

 後ろに下がる選択をするか。

 

 どちらを取るかと言われた時、辰向は絶対に迷わない。

 それは彼なりの処世術であり――起源と付き合っていくと決めた時からの信条であった。

 そして、ただそれだけではない、のも辰向である。

 

 時には弱気にもなるだろう。

 朝には相変わらず弱いままで、それは一生治らない。

 こういった思考をする時、辰向はある程度の指針は用意する。

 それが彼のプライドであったり判断基準であったりするわけだが――

 

 彼は時に、自身のプライドすらも容易に変質させるのだ。

 

「――ねぇ。前々から聞いてみたかったことがあるの」

 

 茶菓子を頬張りながら、なんでもないように。

 ――なんでもあるように、朝海は辰向へ問いかけた。

 

 少しだけ、もったいぶった物言いで。

 

 

「――君の願いって、何?」

 

 

 言葉と同時に、パリっと、クッキーが真っ二つに割れた。

 

 

 ♪

 

 

「君は、間違いなくまっすぐな人間で、そんな君は、一体何を願うのかなって。――聖杯戦争に選ばれて、それだけってわけでも無いでしょ?」

 

 ――私と違って。

 そんな二の句は、言外の行間へ消えた。

 少しの沈黙、そうして辰向は、菓子をモゴモゴとしている朝海に、問いかけた。

 

「分かった。答える――が、逆に、聞いてもいいか? 朝海、アンタの願いは一体なんだ?」

 

 それは、今だからこそ問える問い。

 利害と意思を探りあう関係ではなく。

 

 ――ただ、互いに言葉を交わし合うだけの関係となった、今だからこそ。

 まくし立てるように一方的な物言いで、辰向が決めつけるのではなく、問う。

 

「まぁ、大体は君の言葉通りだよ。私は赤紫羅に復讐がしたい。無論、それだけじゃなくて、聖杯戦争を無事に乗り切る、っていう願いもあるけど」

 

「穏健だなぁ」

 

「――瀬場は、魔術師として焦りを覚える必要がないんだ。瀬場の最終目標は、あの神樹が根源に到達できるくらい魔力を貯めるのを待つこと、なんだから」

 

 ――数千年、どころではないだろう。

 万という単位が必要なほどの長い年月、あの神樹を守り続ける。

 それが、“根源を目指す魔術師”としての瀬場である。

 

「一応、本懐を遂げようと思えば今回の聖杯戦争、絶好の機会であることは確か。――名目上はね」

 

 聖杯戦争は、願望機を争うという争いの他に、“根源を目指す儀式”であるということを朝海は知っている。

 現在商品とされているモノ以上の商品が、この戦争の裏には隠されていた。

 

 そう、あくまで表向きは。

 

 ――裏の表向き、などというおかしな表現にはなるが、それは本来の目的が“根源を目指すこと”であったのに、それが後に歪んだことが原因である。

 その歪みの原因が赤紫羅。

 

 ――瀬場朝海にとっての、永遠の怨敵。

 

「まぁ、根源にたどり着くっていうのが、“赤紫羅”の目的ではないだろうな。つまり、聖杯を使って根源を目指す理由は薄いってわけだ」

 

「そう。――まぁそこら辺は君も想定どおりでしょ? ……つまらない話、全部、君の言っていた通りなんだから」

 

 なるほど、と辰向は頷いた。

 まぁでも――と、続ける。

 

 

「――それを、あんたの口から聞けて良かったよ」

 

 

 たったそれだけの事。

 何ら飾らない、そして何気ない一言。

 

「……なんだかなぁ」

 

 ただ、それを聞いた朝海は、そこからどこか理不尽に近い感情を感じた。

 

「辰向はさ、――言葉を飾るより、そっちの方が似合ってるよ」

 

「……? どういう意味だ?」

 

「ううん、なーんでもない」

 

 やれやれ、とお手上げのポーズで朝海は嘆息する。

 それ以上語らない彼女に、困ったように辰向は肩をすくめて――

 

 本題に入った。

 

「俺の願い――簡単に言えば、救いたい人がいるんだ」

 

「救いたい……人」

 

「まぁ、有り体に言ってしまえば家族だよ。――俺の、唯一の肉親なんだ」

 

「肉親……? 雪白の人ってことかな」

 

 そうだ、と無言で辰向は首肯する。

 どこか不思議そうに首を傾げながら、朝海はぼんやりとお茶をすする。

 暑さと、渋み。

 だが何よりも喉を潤す感覚が麗しい。

 

「――俺には五つ下の妹が居てな。だが、もう六年も会ってない。会おうと思っても、それは叶わないんだ」

 

「……その妹さんは、まだ生きてるの?」

 

 朝海の問いかけは最もだ、辰向はそう感じた。

 だから、促されるように言葉を続ける。

 

「生きてる。妹は生きてなきゃ、俺以外の誰かにとっても意味が無いんだ。――だから、生きてる。ただ――――」

 

「……救うのには、聖杯レベルの奇跡が必要、なんだね」

 

 正解である。

 言葉はなかった、しかし、沈黙は朝海にとっては肯定だろう。

 そして、否定もなく、訂正もなく、辰向は続けた。

 

「赤紫羅を打倒するため、同じ目的で繋がりを持てるだろうあんたを選んだ。打算はいくつもあった。俺はあんたの人となりを知らないし、あんたは俺を何も知らない」

 

 ――雪白の名を出せば、説得力が出ることを辰向は知っていた。

 ――瀬場にとって、赤紫羅は因縁のある相手であり、自身と共通の敵とできる事を知っていた。

 いくらでもある。

 打算や、思惑は、いくらでも。

 

 そんな辰向の言葉を聞いた。

 ――朝海の口からは、なぜだか自然と、彼に対する答えが出ていた。

 

 

「でも、今はもう知っているよ? 私も、君も」

 

 

 今は、

 ――その言葉は、どうしてか、自分にはあまりに不釣り合いのような気がしてならない。

 それでも、言わずにはいられなかった。

 いられなくって、いたたまれない。

 

「……そうだな」

 

 言ってから、お茶を飲み干す辰向を朝海は見る。

 顔には一筋の傷がある。

 ――一体いつの傷だろう。

 それを、朝海は全く知らない。

 

 でも、想像することならばできる。

 きっと辰向もそうではなかろうか――

 

 バーサーカーのマスターが死んだとき、平然としていた自分の姿を。

 辰向もまた、想像したのではないだろうか。

 

(――私は、自分で言うのも何だけど、頑固な人間だ。譲れないボーダーラインは、一度決めたら絶対に揺るがない。もちろん、それ以外の部分は柔軟なつもりだけど)

 

 石頭のようで、真面目でつまらない人間だ。

 けれども、辰向はきっとその逆なのだろう。

 

(彼は積極性がある、そして大願もある。でも、――私に協力を持ちかける時、彼は自分の背景を全部私に揃えてくれた。私に敵対するという方法もできるのに、何も全部譲らなくったっていいのに)

 

 辰向という青年はきっと、願いという結論以外のあらゆるすべてを。

 願いに至る全ての方法をその場で歪め、かえる事のできる人間なのだろう。

 

 願いは薄い。

 結末が希薄なかわりに、路はひとつしかない瀬場朝海と。

 

 願いは濃い。

 結末が確定的なかわりに、路はいくらでもある雪白辰向。

 

 それはあまりに、――正反対だ。

 だからこそ、

 

(背を預けるには、ちょうどいい相手なのかもしれない)

 

 表裏一体、相反する。

 背を向け合って、しかし近づくことができる。

 反目し合いながら付き合う二人はきっと、相棒と呼ぶのがふさわしいのだろう。

 

(――今はまだ、全てを互いに知れたわけではない。けれども、今日のこれは、大いに辰向という人間を知ることができた。小さなきっかけと、大きな機会)

 

 まだ、赤紫羅の陣営は姿を見せない。

 けれども、もしも彼らとの戦闘が激化し始めた時。

 きっと辰向と朝海は同盟を結ぶことになる。

 

「――――」

 

「…………」

 

 互いにそれを言葉にすることはない。

 互いにそれを表明する必要はない。

 

 それでもきっと十分だから。

 それがただ確実であるとわかったから。

 

 ――二人は、甘い菓子と、渋い緑茶に舌鼓をうつ。

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