――赤紫羅。
聖杯戦争の主催者にして、二十年前の対戦の“勝利者”。
その本質は数百年来となる“異大陸”からの魔術師一門。
戦乱の時代、安土桃山の最中にこの地に根付いた一族であり、少なくとも、おおよそ中堅クラスの魔術師としての地名を有する。
名門、と呼ぶにはふさわしく、世界に名だたるには程遠い。
それが赤紫羅と呼ばれる一派であった。
魔術刻印の全盛期はもう少し先であるため、今後共魔術師としては安泰であろう。
そんな、言ってしまえばさほど珍しくもない一門に、変化が訪れたのは今からもう四十年も前になる。
突如として現れた、英霊クラスの大天才魔術師。
マスタークラスにたったの二十五年で足を踏み入れ、赤紫羅の魔術を一世代にして百年以上は前に推し進めたという傑物。
――『赤紫羅仁』の存在によって、大きくその知名度を変容させることとなる。
そしてそんな彼の比較対象となった、もう一人の“超”天才。
魔法使い一歩手間とさえ称される“雪白姫香”の存在もあるのだが――それはまた余談か。
とまれ、彼は聖杯戦争を開催し、優勝を目指すこととなる。
彼が使役するは『セイバー』最優にして、そしてこの聖杯戦争において、最強とも言えるサーヴァント。
赤紫羅仁、そしてセイバーのタッグは、間違いなくこの戦争における“最強”であるのだ。
♪
――アーチャー。
弓兵は、今赤紫羅の本拠地である邸宅の一室にいる。
そこは数百年来の伝統を誇る、元は瀬場の本拠であった場所であり、神樹を祀る神社に併設された家屋の、“離れ”に当たる部分。
正座をし、アーチャーは何か、本を読んでいた。
――否、正確には、何かを誰かに読み聞かせていた。
アーチャーは白の髪がよく映える、どこか物憂げな顔が特徴的だ。
その性別は男性ともとれるが、女性ともとれる。
肩を大きくさらけ出し、背中すらも露出した、どこか艶美とも言える服装。
バニースーツの類を思い浮かべてもらうと分かりやすいが、“彼/彼女”の場合は下半身はスカートのようなデザインとなっている。
言うなれば、妖精、とでも評すべき、この世のものではない衣装。
ただ、彼/彼女が特異とするところは、そういった部分にはない。
――アーチャーが手にするのは本ではある。
しかし、それは通常のものとは異なる――点字で描かれたものだった。
そう、アーチャーは盲目だ。
今もその瞳は、閉じたままとなっている。
「――めでたし、めでたし」
物語を締めくくる常套句。
どっとはらい、とっぴんぱらりのぷぅ。
アーチャーはパタン、と本を閉じると――それを読み聞かせていた“少女”を見た。
そして、口にする。
「いかがでしたか? ――マスター」
――――と。
マスターと呼ばれた少女は、未だ十と少しの幼さであった。
聖杯戦争に参加するマスター、その中で、もっとも幼いであろう少女。
灰色に近い長髪は、セミロング程度の長さで切りそろえられている。
少し不格好な切り分け方だ。
現在は、すでに就寝前なのか、ネグリジェ姿で布団に入っている。
「――うん、――楽しかったよ、――アーチャー」
少女は、
どこか無機質で、
感情のない言葉を、述べた。
「……、」
アーチャーは、微笑みながらもどこか重苦しい沈黙を浮かべる。
言葉はないからこそ、その重みは更に負荷を増す。
どこまでも、もはや耐え難いほどの沈黙。
――だが、アーチャーのマスターは、それを気にすることもなく、ゆっくりと眠りに落ちる。
アーチャーは瞳に光を宿さない。
それでも、解る。
自身のマスターの瞳に、生の気配はない。
それは機械のごとく無機質で。
また、心がないと思うほどに、空虚であった。
――分かっている。
今、自分がしていることはあまりに無意味なことであると。
アーチャーは諦めと自嘲を織り交ぜて、大きく息を吐きだした。
同時、彼/彼女が貼り付けていた笑みも、また剥がれ落ちる。
しばらく、なんとも言えない表情でマスターの様子を見る。
寝息と思われる吐息が聞こえてくるまでに、数分もかからなかった。
やがてマスターの睡眠を確認すると、アーチャーは立ち上がる。
もう、この場にいる意味は無い。
マスターの守護、という面に関して言えば、アーチャーは“過剰”な存在であると言えた。
「――よう、お疲れ様」
部屋を出たアーチャーに、声をかける者がいた。
瞬間、アーチャーは自身から湧き出る感情と共に、睨みつけるようにその声の主へ顔を向ける。
「おうおうおっかない。――それでぇ、どうだったよ。あいつの様子は、――本を読ませたんだろ?」
――二十かそこらの、比較的若い男であった。
男は、どこか細い体つきをしている。
身体ができていないというわけではないが、ひょろく、弱々しく感じる。
アーチャーからしてみれば、彼のような“弱々しい男”というのは、あまりよい印象を覚えない。
更に、アーチャーの盲の視点からは伺えないが、男はなんとも言えない狐のような笑みを浮かべている。
胡散臭い、飄々としている――きっと、そう評するべきなのだろう。
「どうもこうも、想像の通りだ。――マスターは、何の反応も示さなかった」
きつく、荒々しい言葉遣いで、アーチャーは敵意を交えて男に伝えた。
「……だろうなぁ。今更、あいつに変化なんざありえねぇってーの。ま、ご苦労なことだ」
解りきったことのように男は言う。
吐き捨てるような言葉に、アーチャーは更に怒りを募らせる。
「貴様――! おめおめとそのようなことを! 貴様が、貴様らがマスターをああしたんだろう!」
アーチャーはこの男が嫌いだ。
憎い、死すら呪うほどに憎くて仕方がない。
それは、この男が――赤紫羅の人間が、自身のマスターを苦しめているからだ。
「――――赤紫羅、弓弦!」
赤紫羅弓弦。
男の名であった。
――彼は赤紫羅仁の肉親にして、後継者。
また、赤紫羅陣営の三翼を担う、一人のマスターでもあった。
使役するはランサー。
現在、席を外しているのだが。
「お前が何をしようと、結果は何も変わんねーんだよ。あいつは何も変わらねぇ、何も変えようがねぇ……アーチャーよ。お前、まだあいつが“人間”だと思ってんじゃねーか?」
「貴様ぁぁあああッ!」
憤る。
身体中の血肉が、そうとしか思えない体中の感覚が。
一点に、赤紫羅弓弦へ向けられた。
それは殺意。
世界に刻まれた、英雄としての格を有するほどの存在。
その英霊が、真っ向から、なんの混じりっけなしの殺意である。
それが人の身に向けられたのならば、よほどの強者であれ圧倒を覚える。
――故に、英霊は人を超越し、人では敵わぬ存在なのだ。
少なくとも、この戦争に参加しているサーヴァントと拮抗しうる存在は、人の道を踏み外して、もしくは人の手に余る力でようやく、サーヴァントと同じ土台に立っているに過ぎない。
そう、人間が相手にできるのは英霊ではない、その一部でしかないサーヴァントなのだ。
そのサーヴァントが、一切の躊躇もなく殺意を向ける。
切り売りされたような安易な感情ではあれど、そこに伴う“死”の気配は、濃厚。
「それがサーヴァントであれ、人間であれ――道具に肩入れするのは不毛だよ。何の意味も、ありゃーしねーのさ」
だが、
――弓弦はそれを真っ向から受け止める。
飄々と、風に流すかのごとく意識を向けない。
普通であれば、――間違いなくこの後自分が迎えるのは死であろうに。
否、今ですら、彼はアーチャーの死線に、いやというほどさらされているのに。
何一つ、動じない。
何の感情もアーチャーから受け取っていないかのごとく。
能面のようなあくどい笑みが、ただ彼には貼り付けられている。
「――貴様と語らうことなど何もない。散れ、“私”はこの場にいる。マスターを守るのがサーヴァントの役目だ」
「おっと、これ以上は手が出ちまいそうだ。――ま、蛇をつっつくのは危険も承知。引き際はわきまえねーのさ」
ひらひらと手を降って、弓弦はその場から身を翻す。
もう一度、殺意を込めてアーチャーは弓弦を意識で睨むと、ふん、と一つ鼻を鳴らして掻き消えた。
霊体化したのだろう。
――聖杯戦争の主催者、赤紫羅陣営が一翼。
弓兵を手繰る幼き少女。
――名を、雪白真華と言う。
♪
「――マスターよ。お前様もご苦労なことだ」
アーチャーの元を離れた弓弦に、声をかける偉丈夫がいる。
身長は優に二メートルはあるかという巨躯の持ち主。
鍛えあげられた肉体は、男の神秘を思わせる。
十字にクロスされた布が“巻きつけられた”かのような服。
下半身は、余らせた布がマントの用に広がっていた。
――サーヴァントである。
その風格が、いかにもその事実を伝えていた。
「……ランサー、か。話を聞いていたのか? 盗み聞きは趣味が悪いだろぉよ」
クラスはランサー。
赤紫羅弓弦のサーヴァントだ。
「いいや。だが――解るぞ、あの怒気。あの女、相当な英霊だな」
「――女? ランサーには、あいつが女に見えるのか?」
彼/彼女の性別は、端から見て解るものではない。
女性のように見える――が、男性としての振る舞いが目立つ。
何より、
「……本来なら、あいつは間違いなく男なんだけどよぉ。まぁ、神話クラスにもなると、例外ってのもあるだろーけどさ……」
「――それにしても行けないな。あの手合は馬鹿正直で、思考が単純すぎる」
――疑うことを知らない。
比喩としての盲目が、あのアーチャーにはぴったりだろう。
「加えて、“アレ”に騙されたトラウマか、馬鹿が馬鹿なりの猜疑心を得てしまった。人間不信というやつだな」
「思うによー、あの衣装も“アレ”に騙されて着せられたんじゃーないか? で、“アレ”はあいつの本来の性別を知っているだろうし――」
「……ま、想像の域をでないがな」
セイバーならば、間違いなく答えを知っているだろうが。
“あの”セイバーが、わざわざ教えてくれるとも思えない。
そも、そのセイバー事態が、アーチャーと似たような存在なのだ。
セイバーの場合、性別は存在するアーチャーと違い、正確に“性別がない”のであるが。
「ふむ、まぁいいだろう。それより、これからの方針だ。無論、俺はこの陣営に手を貸すだけだが」
話は、今後の方針にとって変わる。
アーチャーの考察は、さほど面白みが出ないまま終わってしまうのだ。
――すでに、バーサーカーの陣営が崩壊したことは赤紫羅も察知している。
何が会ったかまでは判断しようがないが、
「基本的に、アーチャーは高い単独行動のスキルを持っているし、俺達は元より斥候が役目だ。とすれば、マスターよ、そろそろではないか?」
「そーだろうねぃ。つってもまぁ、まだ速いだろうよ。――正直な話、俺達は親父がいる限り、残る“三陣営が同盟を組んで襲撃してきても絶対に負けない”。四陣営なら話は別だがな」
――弓弦の見たてでは、四陣営による同盟でようやく対主催者陣営は互角である。
三騎の最優サーヴァントはどれも神代の大英霊である。
「今後の盤面は、恐らく残されたアサシン、キャスター、ライダーの陣営を中心に回るだろう。ただ、時間をかければ相手は三陣営同盟に向けて動き出す、こちらが引きこもる限りはな」
そこはランサーの言葉通りだ。
何せ、赤紫羅陣営が引きこもる限り、三陣営同盟は、何の妨害も受けないのだ。
三陣営対三陣営の戦争がそこで決定的と成った場合、戦争は停滞するだろう。
そうなれば、確殺の『赤紫羅仁・セイバー陣営』に対する対策も可能と成るかもしれない。
少なくとも、何か一つの構えをして、それだけで勝利できるほど、この戦争は甘くない。
となれば――
「――打って出る。本来なら、四陣営の鍔迫り合いを、同盟の方向に向かないよう見張りながら傍観のふうだったんだが、バーサーカーが落ちるのが早すぎんだな。よほどのぼんくらか、何がしかの理由会ってか――ま、そこらへんはおいおいだ」
「おう、腕が鳴る。――ただでさえ圧倒的優位の陣営だ。そのくらいの役得が無くてはな、戦争は剣戟がなければつまらん」
「ま、どこか一陣営でも落とせばこっちの勝ちなんだけどな」
――赤紫羅陣営は、敵が二陣営以下になれば、ほぼ間違いなく圧殺が可能。
対するそれ以外の陣営は、赤紫羅陣営を全て排さなければ勝利はない。
これだけの状況だ。
きっと、純粋な戦闘が望めることだろう。
「さぁ、今日から出るぞ。何にせよ、俺達の釣り針に、誰が引っかかるかっつー話なんだがねぃ」
聖杯戦争二日目。
一日目にして、バーサーカーの脱落という形で大きく動いた戦局。
そこへさらなる混沌を呼び出すべく、赤紫羅陣営の暗躍が始まる――
昨日投稿するはずだった分です。
しばらくしたら順番入れ替えようかと。
赤紫羅、黒幕の本格登場。